三浦文彰ヴァイオリン・リサイタル(ピアノ:イタマール・ゴラン)

三浦文彰は2009年ドイツ・ハノーファー国際コンクールにおいて16歳で優勝して一躍脚光を浴び、一昨年のNHK大河ドラマ「真田丸」のメインテーマ演奏で全国的に知名度を上げた。Kitaraのステージには2012年以来、4回目の登場。前回の出演は広上指揮札響との共演で〈Kitaraのニューイヤー2017〉。今回のリサイタルは2016年5月以来で2回目の開催。

2018年3月6日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈出演〉 ヴァイオリン/ 三浦 文彰(Fumiaki Miura)、 ピアノ/ イタマール・ゴラン(Itamar Golan)
〈Program〉
 モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ 第30番 ニ長調 K.306
 R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 Op.18
 バルトーク:ルーマニア舞曲
 福田恵子:「赤とんぼ」の主題による小ファンタジー
 ブラームス(ヨアヒム編):ハンガリー舞曲第5番 
 チャイコフスキー:ワルツ・スケルツォ ハ長調 Op.34,、  感傷的なワルツ Op.51-6
 サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調 Op.28

ピアノのイタマール・ゴランは1970年リトアニア生まれ。室内楽活動が顕著であるが、ベルリン・フィル、ウィ-ン・フィルとも共演する実力者。Kitaraでも2006年レーピン、09年竹澤恭子と共演。レーピンのリサイタルの折にはゴランのサインも貰った。1994年からパリ高等音楽院教授を務める。

半年前に予定されていたプログラムは小品集が多めだったが、ソナタが前半2曲入り、結果的に重量感のあるプログラムになって良かった。後半の小品も予定されたものは2曲だけだったが、在り来たりの名曲でなくて新鮮味が期待できるプログラミング。

モーツァルトは10代まではピアノを主とするヴァイオリン・ソナタを書いていたが、22歳の頃からはピアノとヴァイオリンが対等の作品を書いた。K.301、,K.304などは演奏の機会が多くてメロディにも馴染んでいる方である。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタは番号に慣れていないので「第30番」は演奏会では初めて聴くような感じがした。ケッヘル番号で判断すると所有のCDの棚にはあるなとは思った。「第30番」は以前の2楽章構成と違って、急・緩・急の3楽章制で曲の変化が際立って面白い。30分弱を要する長めのソナタもピアノとヴァイオリンの対話が興味深くて面白く聴けた。

R.シュトラウス唯一のヴァイオリン・ソナタはここ数年で演奏される機会が多くて楽しんで聴いている。ピアノ、ヴァイオリンともに高度な演奏テクニックが展開されるスケールの大きな作品。曲は急・緩・急の伝統的な3楽章構成。2人の丁々発止のドラマティックな演奏で凄く盛り上がった。自分でもこんなに気分が高揚してR.シュトラウスの曲を聴けたのは初めてと思うくらいの感激度だった。
演奏終了後の聴衆の盛り上がりも一段と凄かった。早くからチケット完売で期待されていた演奏会だったが、聴衆の感動の様子がホールに広がった。演奏家同士もお互いに健闘を称え、2階バルコニーの客にも反応する姿も非常に良かった。

世界のピアニストと共演する三浦の物おじしない堂々たる演奏も頼もしいが、イタマール・ゴランのピアノを身近で聴いて今回ほど彼のピアニズムに魅了されたことはなかった。前回まではゴランの演奏は大ホールで聴いていて、ヴァイオリニストに目が集中し過ぎていたのかも知れない。室内楽での彼の偉大さを知った。今回はデュオ・コンサートと呼ぶにふさわしい前半のプログラムであった。

後半はヴァイオリンを中心にした小品6曲。後半の初めに三浦がプログラムの変更について説明したが、彼の人間性があらわれる
話しぶりで客の好感度を増した。

手渡されたプログラムにバルトークの小品が追加された。「ルーマニアン・ダンス」と紹介されたが、「ルーマニア民俗舞曲」6曲中の1曲と思われた。聴いたことのあるメロディが流れた。

福田の作品は三浦文彰委嘱作品。山田耕筰作曲の「赤とんぼ」を主題にして福田はヴァイオリン・ソロ曲を作っていた。三浦の委嘱を受けてピアノとのデュオの作品にしたという。抒情的で幻想風の小品。

「ハンガリー舞曲第5番」はピアノ曲、管弦楽曲として最も親しまれていて言及するまでもない。ここではヴァイオリンとピアノ用編曲版。ヨアヒムは19世紀後半を代表する名ヴァイオリニストで、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の初演者として知られる。

チャイコフスキーのヴァイオリンの小品は「ワルツ・スケルツォ」、「メロディ」などが有名である。タイトルが示す通りで、ワルツの優雅さとスケルツォの軽快さを備えた小品。「感傷的なワルツ」は本来はピアノ曲だが、現在ではヴァイオリンやチェロで演奏されることが多いようである。

サン=サーンスがピアノの名手サラサーテのために書いた曲で、小品と言うより中品と言える。アンダンテの序奏と気まぐれなロンドから成る。ジプシー風の音楽に始まり、ヴァイオリンの超絶技巧が使われる華麗な音楽でプログラムが終了した。

後半にも盛大な拍手があったが、前半2曲のソナタの聴きごたえに比べると、感動的と言えるほどでもなかった。名曲では新鮮さが必ずしも味わえないが、演奏家の技巧は楽しめる。今回のハイライトは何と言っても前半のソナタ。心に残る素晴らしい演奏会であった。
アンコール曲は2曲。①クライスラー:中国の太鼓  ②チャイコフスキー:メロディ。

今回のコンサートでは演奏以外にヴァイオリニストの性格の一端が覗けて興味深かった。年齢は20歳は違うが、まるで同輩のようでお互いに目指す音楽性が共通しているのだろうと思った。
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名曲の花束 及川浩治ピアノ・リサイタル 

2016年12月のリサイタル以来、及川のピアノを聴いたのは16回。オーケストラとの共演でコンチェルトを聴きたいと思っていたが
、今回も前回と同様にピアノ名曲のプログラム。今回のタイトル「名曲の花束」は2001年にブルガリア出身のヴァイオリニストと及川が共演したデュエットのタイトル「音楽の花束」を想起した。2000年からCDを集め出した時期でもあったので、コンサート会場で妻が及川浩治のCD、私がミラ・ゲオルギエヴァのCDを購入してサイン会に並んだコンサートを思い出した。

2018年3月3日(土) 13:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 J.S.バッハ(ヘス編):主よ、人の望みの喜びよ
 J.S.バッハ(ブゾーニ編):トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
 シューマン:トロイメライ
 リスト(ブゾーニ編):ラ・カンパネラ
 ベートーヴェン:エリーゼのために、 ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調「熱情」Op.57
 ショパン:ノクターン第16番 変ホ長調 Op.55-2、 バラード第1番 ト短調 Op.23
 リスト:愛の夢 第3番,  死の舞踏 S.525
 
及川は1999年「ショパンの旅」で国内ツアーを大々的に行って脚光を浴びて以来、ほぼ毎年のようにリサイタルを開催している。ショパンに加えてベートーヴェン、リストなどを得意にして、昨年はバッハの「シャコンヌ」に注目した。
今年もオープニングの曲はバッハ。教会カンタータのコラールから有名なメロディで始まった。 2曲目はオルガン曲としてコンサートで最も聴く機会の多い馴染みの曲だが、ピアノ曲として聴くのは初めてのような気がした。
「トロイメライ」、「ラ・カンパネラ」は誰もが耳にしたことのある親しまれたメロディ。
「エリーゼのために」はSP時代から親しまれているベートーヴェンのピアノ曲だがプロのコンサートの曲目として演奏されるのは極めて珍しいように思う。及川自身が「ベートーヴェン:4大ピアノ・ソナタ+エリーゼのために」でプログラムを過去に組んだことがあったと記憶している。やはり「熱情」は聴きごたえのあるソナタ。200年以上も前のピアノでこんな力強い曲を創り出せたものだとつくづく思う。鍵盤の上を這うピアニストの手の素早い動きとテクニックに引き込まれた。

後半のプログラムは及川が最も得意とするショパンとリスト。ノクターン「第16番」と「死の舞踏」はメロディには親しんでいない。「バラード第1番」は私自身の大好きなピアノ曲のひとつ。羽生結弦のフィギュア・スケートの使用曲でになって、知らない人がいないくらいのメロディになった。先月の平昌五輪で1日に10回以上も羽生選手の素晴らしいスケーティングに見惚れながら聴いたメロディは一生記憶にとどまるだろう。
リストのピアノ曲の中で最も有名で親しまれている「愛の夢 第3番」は美しい調べでコンサート定番の小品。「死の舞踏」は昨年8月の田代慎之介のリサイタルで聴いたが、この曲を聴く機会は少ない。生の演奏会で視聴して面白さが伝わる曲。キリスト教聖歌の「怒りの日」を主題とした変奏曲で演奏に超絶技巧が必要な難曲と言われる。抒情的な美しさと厳しい切迫感が漂って楽想の展開が目まぐるしく変化する。15分程度の演奏に目が奪われた。

超絶技巧の演奏終了後に客席からブラヴォーの声も上がって、聴き慣れない曲でも聴衆は率直に感動した様子を伝えた。
及川浩治はデビュー当時はショパンやベートーヴェンの演奏で作曲家の立場から語りを入れながら演奏を進めていた。
本日は演奏後に挨拶をして、アンコール曲の説明を加えながら2曲。①ショパン:ピアノ協奏曲第2番第2楽章(ピアノ独奏版) ②ショパン:ノクターン第20番。

※及川浩治はブルガリア・ソフィア音楽院に学び、ブルガリアとのつながりも深い。1999年10月にはソフィア・ゾリステン&ミラ・ゲオルギエヴァがKitaraで「名曲の花束」のタイトルで演奏会を開いた。2015年11月にはブルガリアでソフィア・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会に出演。同年デビュー20周年を迎えた及川のリサイタルには新たな出発としてプログラム構成にも前回から変化が見られた。今後も「名曲の花束」と銘打ったコンサートが続くかもしれない。まだまだ若さに溢れた演奏ぶりであるが、彼も五十路を越えた。円熟味も兼ね備えた演奏家として活躍が続くことを期待する。
 

           

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棟方志功(MUNAKATA SHIKO)展

昨年はゴッホ展を観る機会を得たが、今回は棟方志功展の鑑賞で北海道近代美術館へ出かけた。棟方が18歳の時にゴッホの「向日葵」を見て感動し、“わだば、ゴッホになる”と決意して青森から上京したという話で、前回の美術展との繋がりも味わえた。

私が棟方志功の名を知り、本人の講演を聴いたのは、彼がヴェネツィア・ビエンナーレ展で国際版画大賞を受賞(1956年)して高校の文化講演会に来校した時であった。60年以上も前のことであるが、講堂の演壇から部厚い眼鏡をかけた小柄の人物の姿は今でも瞼に浮かべることができる。残念ながら講演の内容はほとんど覚えていないが、視力が良くない状況で繊細な木彫りの作業を通して版画を作り上げてグランプリに輝いたという偉業は伝わっていた。当時の珍しい言葉“ビエンナーレ”も印象的で、ずっと頭の隅にあった。2年に一度というイタリア語で、3年に一度はトリアンナーレということも後で解るようになった。

今迄、ニューヨークの近代美術館や英国博物館などで棟方志功の作品を観ることもあったが、今回のような74作品、およそ350点もの大々的な展示物の公開は珍しい。
STV創立60周年・STVラジオ開局55周年記念美術展で2月3日より3月25日までの開催。 会期後半や土・日は混み合うことが予想されるので、2月中の平日に鑑賞しようと計画した。

棟方志功と言えば版画(*本人は木を使い、木の魂というイメージを得て途中から「板画」と書いている)だが、油絵から入って板画に転向した。初期の油絵5作品のほかに、晩年のひまわりの油絵「太陽花」(*花瓶は黄・青・真赤・黒・瑠璃の5色)も過去の自分を振り返った作品として興味深かった。

棟方の版画は菩薩など宗教をテーマにした作品、岡本かの子や吉井勇、宮沢賢治などの詩歌を使って絵と組み合わせたユニークな作品もあり、時代によって作品の変化がある。谷崎潤一郎の《鍵》の挿絵を担当した当時の60点の作品は意外だった。仏像や詩などから人生の奥深さを学び取って作品に仕上げている姿が解って、棟方の芸術を追求する心の豊かさを感じ取ることができて素晴らしいと思った。ただ単に、ユニークな版画の作品を通して「世界のムナカタ」として高い評価を受けたのではないと感じた。

彼の戦後の作品で女人が多いが、顔立ちがふっくらとして、切れ長の目で、鼻筋が通っていて、口が小さいのが魅力的である。1959年にアメリカに渡った時のいくつかの作品で絵の中に英語が書かれているのも面白かった。1967年に描かれた「ニューヨーク近代美術館図」、「グリニッチビレッジ図」、「ハドソン河」が1967年制作となっていたのに感慨を覚えた(*この年に私はニューヨークに1週間滞在して市内を隈なく歩き回った。1967年は彼の2度目の紐育訪問では無くて、たぶん前回のスケッチを参考にして後で描いたのかもしれない)。観光で訪れた場所を芸術で表現できる才能が普通の人間とは違うとつくづく思った。
1959年には船でアメリカと同時にヨーロッパの各地も回ったようだ。1963年制作の板画「歓喜自画像の柵」には自画像に加えて、主に片仮名を用いて“ゴッホ エヲカキ二デル”や“ベートーべン 讃 ヨロコビノウタ”の字も入っていた(*かなり、注意をして見ないと判らない)。こういう細かい点まで見て回れたが、混雑している場合はたぶん気が付かない。興味のある人にはお勧めの小品。

全74作品の中には全長約27メートルの板画や全長約17メートルの絵巻物もあった。物凄いエネルギーが無いと、こんな巨大な作品は出来ない。「柵」という字が使われている作品が多いが、四国巡礼の際に首に下げる寺々へ納める廻札の意味で、自分の願いと信念を寺に納めていくそうである。こういう解説がないと「柵」の意味も簡単には理解できない。「板画」、「柵」にも画家独特の意味が込められているのを知った。

還暦を迎えてからは故郷への想いが強くなり、数多くの「望郷の作品群」が作られた。70年代の初めには北海道も訪れて、「北大構内並木図」の油絵や「厚岸港図」などの珍しい小品も展示されている。
力強いダイナミックな書も3点あったが驚いた。芸術家の幅の広さと能力の高さを感じた。

1時間の鑑賞の後に、椅子に座れる時間もあって休憩も取れて、13時から15時まで2時間たっぷり充実した美術展鑑賞ができた。美術展の会期も後半に入るが勤務時間の関係で土日しか時間が取れない人は止むを得ないが、時間に余裕のある人は会期末にならない平日に鑑賞するようにお勧めしたい。
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札響第607回定期演奏会(尾高・札響のオール武満プログラム)

2018年2月24日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
指揮/尾高 忠明(札響名誉音楽監督)   クラリネット/三瓶 佳紀(札響首席奏者)   
ヴァイオリン/アレックス・シオザキ      語り/中井 貴惠(女優・エッセイスト)

〈オール・武満 徹プログラム〉
  「乱・組曲
  ファンタズマ/カントス(クラリネット:Yoshinori Mikame) 
  遠い呼び声の彼方へ !(ヴァイオリン:Alex Shiozaki)  
  弦楽のためのレクイエム
  「系図」-若い人たちのための音楽詩(詩:谷川俊太郎)(語り/Kie Nakai) 

武満 徹(1939-96)は現在、世界で最も演奏される機会の多い日本人作曲家。オーケストラ作品、室内楽作品以外でも幅広いジャンルで作曲活動を行った。日本のオーケストラが海外公演を行う場合に武満や細川作品を入れるのが恒例のようである。今回は尾高指揮の定期演奏会では1976年、2006年に続く3回目の「オール武満」プログラムとなった。

黒沢朗監督の「乱」の映画音楽演奏を武満が札響に依頼した当時の札響音楽監督は岩城宏之(*正指揮者が尾高)で、武満は札響サウンドが最も適切と主張して実現したエピソードが語り継がれている。「乱」の映画音楽が再構成された組曲版。4楽章構成。3管編成で多種多様な打楽器を用いたオーケストラによって「落城の様子や戦いの場面」が力強い、迫力ある演奏で展開された。

「ファンタズマ/カントス」(幻想/歌)はタイトル通り、二つの語はこの曲では同義語。武満は音楽の庭を想定して曲作りをしたようである。世界的なクラリネット奏者のリチャード・ストルツマンとBBCウェールズ響のためにBBCから委嘱されて作曲された。1991年に尾高忠明が同楽団首席指揮者として初演。札響初演は2007年。三瓶は近年ソリストとして札響と共演を重ねているが、この曲でも力演。

「遠い呼び声の彼方へ!」のタイトルの曲には馴染んでいなかった。武満の曲で“水”に因んだピアノ曲などは抒情的な感じで偶々耳にして聴きやすいと思っていたが、オーケストラ曲の良さは概して理解しにくい。この曲の抒情性は何となく感じ取れた。シオザキは現代音楽を中心にニューヨークで幅広い活躍が注目されている若手のヴァイオリニスト。華やかさは無かったのは地味な曲目なのでやむを得ない。

1957年に東京響からの委嘱で作曲した「弦楽のためのレクイエム」は59年に来日したストラヴィンスキーから絶賛されて、武満の出世作となった。海外で演奏される機会が最も多い武満作品と言われ、3年前の内田光子指揮マーラー・チェンバー・オケストラの札幌公演でも演奏された。西欧のレクイエムと特徴が異なる瞑想的な音楽で、作曲家・早坂文雄の死を悼み書かれた鎮魂歌。弦楽合奏曲。

谷川俊太郎の数多くの詩は合唱曲に使われているが、オーケストラに使われているのは初めて知った。谷川の詩集『はだか』より
“Family Tree”。詩は子どもが過去の自分、祖父母、父母、将来の自分を見つめて全て平仮名で書かれた6つの詩を6曲に綴った。
ナレーションの後に演奏が続くと思っていたら、演奏が続く中で語りがあった。札響初演。
ナレーターの中井は《大人と子供のための読みきかせの会》を主宰し、絵本と生の音楽を付けた読み聞かせで人気を博しているという。高音が聞き取りにくい難聴の所為で8割ほどしか聴き取れなかったが、音楽の流れには支障はなかった。落ち着いた朗読で家族の優しい繋がりと子供の観点から綴られた曲に独特の味わいが滲み出ていた。

クラシック音楽の演奏会で日本人作曲家の作品がもっと取り上げられてしかるべきという声もあるが、曲の内容が人々に知られて親しまれている作品が少ないのも事実である。聴衆の盛り上がりを考慮に入れたりすると、その頻度数も限られるのだろう。
今回は弦楽器、管楽器、打楽器奏者も含め客演奏者が25名にも達する大々的な演奏者数になっていたのにも注目した。

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ヴィットーリオ・グリゴーロ主演のMET《トスカ》

プッチーニは「ヴェズリモ・オペラ」として代表的なイタリアの作曲家。「ボエーム」、「トスカ」、「蝶々夫人」などの悲劇的オペラで聴く者の心を打つドラマで後世に残る作品を遺した。作品の中の名アリアも親しまれている。
海外歌劇場の札幌公演を都合のつく折に旭川から聴きに来ていたのが1970年代だった。当時はモーツァルトやビゼーの作品が多かったと思う。札幌に転勤してからは北海道二期会の珍しい演目のオペラ公演で度々会場に足を運んだ方である。北海道芸協の配慮で海外のオペラ・バレエを2000年代まで低料金で楽しめたのは忘れられない。

2011年に札幌オペラ映画愛好会のお陰でドミンゴとパヴァロッティが主演した映画会が年4回上映されたことがあった。《トスカ》はドミンゴ主演で本格的に味わえるオペラ映画(1976年)であった。その後、Kitara の大ホールを会場にして2012年10月ウィ-ン・バーデン市劇場のオペラが上演された。《トスカ》を1階7列で生のオペラの迫力を十分に楽してめ、特別にKitaraから「カラス主演サバータ指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団のCD」をもらった。
この時のライヴは舞台装置も簡素で限られた条件の下で開催されたが、結構満足できるものであった。

7年ほど前からMETビューングでタイトルにも馴染んでいなかったオペラを鑑賞するようになった。5年前にMETで「トスカ」の上演があったが、その際は鑑賞しなかった。今回は主演のカヴァラドッシ役がグリゴーロなので鑑賞予定に入れていた。Kitaraや時計台のボランテイア活動が続いていて日程の調整が大変だったが無理をした。

ヴィットーリオ・グリゴーロは3年前の《ホフマン物語》で彼の甘い魅力的なテノールの歌唱と演唱に惹きつけられていた。カウフマンに継ぐお気に入りのテノール歌手になっていた。

METビューイング第4作 プッチーニ《トスカ》  新演出
指揮/エマニュエル・ヴィヨーム  演出/デイヴィッド・マクヴィカー
出演/ソニア・ヨンチェヴァ、 ヴィット-リオ・グリゴーロ、 ジェリコ・ルチッチ

全3幕。イタリア語上演。上映時間3時間(休憩2回)

時代と場所/1800年、ナポレオン時代のローマ
主役となる登場人物 3名(歌姫:トスカ、画家/カヴァラドッシ、警視総監/スカルピア)
【簡単なストーリー】
『第1幕、教会』 トスカと画家は恋人同士。画家が教会で絵を描いていると、脱獄した政治犯が同志の画家のもとにやって来る。画家は彼を別荘にかくまうことにする。スカルピアが教会に来て、画家の恋人トスカの嫉妬心を利用して隠れ家を突き止める。
『第2幕、警視総監の執務室』 カヴァラドッシが逮捕されて政治犯が拷問される様子をトスカに見せて、スカルピアは老獪な悪だくみを意図してトスカを誘惑する。トスカは窮地に追い込まれてスカルピアをナイフで刺殺する。
『第3幕、城の屋上』 星が輝く夜明け頃に屋上に連れ出されたカヴァラドッシはトスカに別れの手紙を書く。第2幕でトスカは恋人と自分の通行許可証を発行してもらうことを条件にしてスカルピアに身を任せる決意をしていた。屋上で恋人に会ったトスカは見せかけの銃殺の予定だと話すが、銃を何発も打たれたカヴァラドッシは息絶えていた。トスカは城壁から身を投げ自ら命を絶った。

予定の指揮者や出演者の変更が相次いだためか、全体的にはもうひとつ物足りない感じがした。オーケストラの盛り上げが不足した感じ。第1幕での少年少女を交えた合唱は素晴らしくて、全幕での舞台装置を含めて海外と日本での違いを痛切に感じた。

主役3人は好演。テノールのグリゴーロには最初から最後まで甘いマスクと歌声で魅了されたが、何といっても第3幕の「星は光りぬ」は申し分のない感動的なアリアであった。この名アリアは何度か耳にしているが、オペラの場面で最高の音響で聴けたこともあって今までにない感動を覚えた。ニューヨークの聴衆も従来とは違う反応を示して拍手歓声が長く続いた。グリゴーロはステージでの演技も若い情熱的な芸術家・社会改革派の味を出していた。

ソニア・ヨンチェヴァは彗星の如く現れたように思えたMETの花形。今シーズン「第6作 ラ・ボエーム」、「第9作 ルイザ・ミラー」にも主役で出演が予定されている。マリア・カラスなど歴代の歌姫が演じた情熱の女性を美しい美声で好演した。第2幕で歌った「歌に生き、恋に生き」も見事な歌唱となった。第6・9作は制作発表時から決まっていたようである。今回の第4作は当初、カウフマンとオポライスの主演の予定だったらしい。トスカ役もカヴァラドッシ役もヨンチェバ、グリゴーロにとって初めてだったようである。2人は今回が初めての共演ではなくて、インタビューでグリゴーロはヨーロッパのコンサートで既に共演していて顔見知りだったという。二重唱の場面もあって良かったが、前述の2曲のアリアが大喝采を浴びていた。

第1・2幕でこれ以上ないという悪役を演じたジェリコ・ルチッチは代役としての出演。ヴェテランでスカルピア役を何度か経験しているらしく見事な演唱。

グリゴーロは「ホフマン物語」の後に日本公演のリサイタルがあって日本でも大人気のテノール歌手というのが納得できた。

※「歌に生き、恋に生き」の対訳(対訳者:永竹由幸)
歌に生き、恋に生き、決して他の人に悪いことなんかしてませんでした! 多くの可哀そうな人たちに会いました。そのたびにそっと内緒で助けてあげてきました。いつも心から神を信じて、祭壇にお祈りを捧げました。それなのに神様、この苦しみの時に、どうして、どうして、どうして私にこんな仕打ちをなさるのです? 聖母様のマントに宝石を寄進し、私の歌を、星に、天に捧げ、天はその歌に優しく微笑んで下さったではないですか。それなのに、この苦しみの時に どうして、どうして、神よ、ああ! どうして私にこんな仕打ちをなさるのですか?
※「星は光りぬ」or「星は輝き」の対訳(対訳者:戸口幸策)
星は輝き・・・大地は香り…菜園の戸が軋んで…足が軽やかに砂地に触れた。いい匂いをさせた彼女が入って来て、私の胸に倒れかかった。ああ、甘い口づけ、悩ましい愛撫、そのあいだに私は、震えながら、美しい姿をその覆いから引き出していた!
私の愛の夢は永久に消え・・・時は去り、私は絶望して死ぬ! 今ほど人生をいとおしんだことはない!
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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