札響第600回記念定期演奏会《モーツァルト3大交響曲》(ポンマー指揮)

1961年創設の札幌交響楽団が第1回定期演奏会を開いたのが1961年9月。今回は第600回となる記念すべき定期演奏会。前回の第500回定期は2007年6月、尾高忠明指揮による《マーラー:交響曲第2番「復活」》。
第1回定期の演奏曲目は「ベートーヴェン:交響曲第1番」他、第100回定期(1970年)は「モーツァルト:交響曲第36番」と「ブルックナー:交響曲第7番」、第200回定期(1980年)は「マーラー:交響曲第1番」他、第300回定期(1989年)は「レスピーギ:ローマの松」他、第400回定期(1998年)は「マーラー:交響曲第7番」。

前札響正指揮者の高関健が第500回記念定期演奏会の折に彼自身がニューヨーク・フィル(1842年創立)の一万回目のコンサートに同席した思い出が書かれていた。欧米のオーケストラの歴史には遠く及ばないが、日本のオーケストラの最近のレヴェルは欧米並みに達していると評価されている。札響も創立以来何回目かの黄金時代を迎えているのではないかと思われる演奏会が続いている。札幌市民、北海道民のオーケストラとして着実な歩みを続けてほしいとこの機会に願いを新たにした。

札幌交響楽団第600回記念定期演奏会
第600回記念・モーツァルト3大交響曲

2017年6月10日(土) 14:00開演  札幌コンサートホール大ホール
 指揮/ マックス・ポンマー(Max Pommer)
《プログラム》
 モーツァルト:交響曲第39番 変ホ長調 K.543
          交響曲第40番 ト短調 K.550
          交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

モーツァルトは家庭の経済状況が悪化していた31歳の時に機会音楽と思われる3つの交響曲を僅か3ヶ月で書き上げた。当時41曲と考えられていた交響曲数も現在では50数曲ともされている。私自身が所有している曲も46曲は有る。旧モーツァルト全集では「ジュピター」が最後の交響曲となっている。

3つの交響曲はいずれも違った持ち味のシンフォニーで短期間でそれぞれ特徴的な曲を作った才能に驚嘆するばかりである。3曲を1回の演奏会で聴いたのは数年前のNHKの「クラシック音楽館」だったと思う。ブロムシュテットがN響と共演した時のプログラムで、放映に先立って歌いながら各曲を解説していた様子が今でも眼前に浮かぶほど印象深かった。3曲はこの十数年に亘ってよく耳にしている。演奏会では第40・41番が演目になっていることが多いが、メロディには3曲ともに馴染んでいる。

「第39番」は演奏会で聴いた記憶は無い。生で聴いて気づいたのは楽器編成である。2管編成だが、オーボエが入っていない。クラリネットを使って、当時としては目新しい音色を創り出したようである。清楚で美しいメロディが歌心に満ちている。モーツァルトのクラリネット協奏曲やクラリネット五重奏曲は一時CDでよく聴いていたので、シンフォニーにクラリネットが使用されているのが当然と思い込んでいた。音楽に親しんでいるようでも素人には曖昧なことがまだ沢山あるようである。

「第40番」の楽器編成はフルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦5部。クラリネットは無し。ティンパニも使われていなかった。(*クラリネットを使った版も後に書かれている)。モーツァルトの曲で短調で書かれてる作品は珍しく、短調の交響曲は他に同じト短調の第25番だけで演奏会で一度聴いたことがある。
強烈なインパクトを持つ、悲劇的で格調の高い作品。何度か生のコンサートで聴いたことのある曲はドラマティックに響いた。激しい感情と安らぎに満ちた穏やかな表情の対比がよく出ていた。第3楽章のメヌエットでの管楽器の響きも良かった。偉大な作品に相応しいフィナーレ。

「第41番」はローマ神話で最高の神であるジュピターの愛称を後に付けられた。その名に相応しい偉容と充実した内容を持つ。最後の交響曲の楽器編成はクラリネットは無く、トランペット2とティンパニが加わった。
第1楽章は明るく力強い総合奏で始まる第1主題、弦楽器の典雅で軽快な第2主題の対比が印象的。民謡的な旋律は深いニュアンスがあって素晴らしい。第2楽章のアンダンテ・カンタービレは情感が豊か。第3楽章はチャーミングで親しみやすく壮麗なメヌエット。個性的な第4楽章は「終楽章にフーガを持つ交響曲」と称されるほどの特徴があるフィナーレ。

モーツァルトの有名な交響曲のコンサートで親しみやすかったのか、最近の札響定期演奏会では最も客席が埋まったように思えた。個人的には聴きなれて親しみのある曲ばかりだったのと、テレビ放映を通してとはいえ《モーツァルト3大交響曲》の新鮮味が薄れていたこともあって感動を味わうほどではなかった。

比較的短い期間でこのような偉大な作品を書いたモーツァルトの偉大さを改めて感じたことは確かである。1789年のフランス革命の前年に作曲されたこれらの交響曲はヨーロッパの新時代を予見する曲にもなっているように思えた。そういう意味で札響の新時代へ向けての選曲だったのかも知れない。

演奏終了後にはブラヴォーの声も上がって聴衆は拍手大喝采でポンマーと札響の演奏を称えた。ポンマーは管楽器奏者、大平コンマスの健闘を労った後に、第2ヴァイオリン首席奏者の大森潤子に歩み寄り言葉をかけていた様子。珍しいことに結構な時間をかけて話していたので、多分、第2ヴァイオリンが果たした役割の労をねぎらっていたのではと類推した。オーケストラ演奏で地味な楽器が演奏に果たす貢献を評価したのだと思った。(*勘違いかも知れないが、敢えて書いてみた。)


小山実稚恵 「音の旅」第23回(シューマン、ベートーヴェン、シューベルト)

12年間・24回リサイタルシーリズ2006~2017の最終年に入った。シリーズのスタート前に全演奏曲を決めて一切の変更なしに実施し続けてきた企画力と実行力に敬意を表するばかりである。札幌では回を増すごとに聴衆の関心が増して満席の状態が続いていることは喜ばしい。シューマン没後150年の年に始まった「音の旅」を毎年のように聴き続けて今回が17回目となった。ここ4回ほどは重量感のあるプログラムで非常に聴きごたえのあるコンサートの連続であった。

2017年6月8日(木) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

第23回 祈りを込めて [くすんだ青緑/湿気・さらに奥深くへ]
 シューマン:幻想小曲集 作品12
 ベートーヴェン:ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
 シューベルト:ソナタ 第21番 変ロ長調 D960

シューマンの「幻想小曲集」は8曲編成であるが、全曲を聴く機会は殆どない。そういう意味では貴重な機会となった。
①夕べに、②飛翔、③なぜに、④気まぐれ、⑤夜に、⑥寓話、⑦夢のもつれ、⑧歌の終わりに。第1・3曲は静かに、しなやかに歌われ、第2・4曲では躍動感があり、速いテンポ。第7曲は優れたテクニックと爽快なリズム感が味わえた。明暗や動静がはっきりした立体感のある演奏として聴けた。小山の曲の紹介には“クララへのシューマンの想いがファンタジーで羽ばたいた小品集”と書かれていたが、文字通り詩情とファンタジーに満ちた作品だった。

ベートーヴェンの後期3大ソナタは近年の演奏会で聴く機会が多い。ベートーヴェンが到達した心境がうかがえる抒情的で味わい豊かなソナタ。詩情豊かで幻想的な美しさを持つ第1楽章。スケルツォ的な第2楽章。第3楽章は独創的で多彩な表現効果に満ちて壮麗なフィナーレとなって終結した。
さすが、力のこもった堂々たる深みのある演奏に魅了された。小ホールの座席に余りこだわりはないが、やはり正面のやや左で手の動きがよく見える場所は満足感が大きい。演奏終了後にブラヴォーの声も上がったが、声には出さないまでもホールには大きな感動が生まれた。偉大なピアニストが醸し出す瞬間は尊い。

シューベルトは歌曲王としてのイメージが強すぎて「未完成交響曲」や「ます」などを除いて彼の曲には親しむ機会が余り無かった。シューベルトのピアノ曲で「即興曲」や「楽興の時」のメロディには親しんでいたが、ソナタの良さを知ったのは思い返すと紗良・オットの「第17番」の演奏を聴いてからだった。シューベルトに親しむ決定的な瞬間は2012年11月に東京で聴いたラドゥ・ルプー演奏のシューベルト・プログラム。「第21番」は圧巻であった。2014年にKitara で田部京子のリサイタルを聴いた時にはD.960の曲をかなり理解できるようになっていた。

この作品はシューベルトの死の直前に完成された最後のピアノ曲。彼の死(1828年)から10年も経った1839年に出版された遺作。ベートーヴェンが完成させたウィーン式4楽章制(急ー緩ースケルツォー急)のピアノ・ソナタ。アカデミックではあるが、独自の歌が曲中に溢れているシューベルトらしいソナタ。苦悩、優しさ、悲しみなど自己を吐露する気持ちの表現が率直に綴られ、やがて上手く調和して祈りが実って超越の域に達する“さすらい人の旅”が描かれているような気がした。自己の先入観を投入し過ぎたかもしれないが、歌心のある祈りも込められた曲は小山実稚恵の演奏を通してシューベルトの声が聞こえてくるようであった。

※シューベルトはモーツァルトやベートーヴェンのようなピアノの名手だとは伝わっていないが、「歌心」が作曲において極めて重要な要素なのだろうと痛感した。

演奏終了後の万雷の拍手に応えて演奏されたアンコール曲は3曲。①ショパン:ノクターン第21番 ②ショパン:ノクターン第13番
③バッハ:平均律クラヴィーア曲集より第1番。
3曲ともに聴き慣れたメロディの名曲に心も一層癒された。こんなに良い気分に浸って家路に着けたのも嬉しかった。

タリス・スコラーズ~モンティヴェルディ生誕450年記念~

コンサート鑑賞前に毎年開催される大学のゼミ仲間の会合が入っていた。道庁前のホテルで会食2時間の予定を途中で切り上げて地下鉄に乗り継いで急いで会場に駆け付けたがコンサート開始時間の直前に飛び込んだ感じになってしまった。レセプショニストにはお世話をおかけした。

世界最高のア・カペラ合唱団と言われる《タリス・スコラーズ》は前回はKitaraリニューアル・オープン記念として開催され4ヶ月の休館後の最初のコンサート(2015年4月17日)で特別な印象が残る合唱団でもあった。2年ぶいとなるが、同合唱団にとっては3度目のKitaraのステージ。
指揮はピーター・フィリップス(Peter Phillips)。1973年にフィリップスが創立し。年間70回の演奏を教会やコンサートで行っている。今回が16度目の来日。来日メンバーの歌手は前回同様10名。ソプラノ4名、アルト2名、テノール2名、バス2名。(*メンバー5人は前回とは違うメンバー)

今回の公演は《モンティヴェルデイ生誕450年記念》と銘打って開催された。
モンティヴェルディ(1567-1643)はルネサンス音楽とバロック音楽の過渡期にあたるイタリアの作曲家。ヴェネツィア音楽の最も華やかな時代を作り上げた。音楽の様式に変革をもたらした改革者とされる。オペラの最初期の作品「オルフェオ」で知られる。

2017年6月6日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
 〈Program〉
  タリス:ミサ曲 “おさなごわれらに生まれ”(約25分)
  バード:“めでたし、真実なる御体”(約4分)、 “義人らの魂は”(約3分)、
       “聖所にて至高なる主を賛美もて祝え”(約6分)
  アレグリ:ミゼレーレ(約12分)
  モンティヴェルディ:無伴奏による4声のミサ(約22分)
  パレストリーナ:“しもべらよ、主をたたえよ”(約7分)

タリス(1505頃ー85)はヘンリ8世、エドワード6世、メアリ1世、エリザベス1世と4人の英国王に仕えて活動した。王室礼拝堂のために多くの教会音楽を書いた。この曲はメアリ1世時代の1554年作曲とみられる7声のミサ曲。
※この合唱団の名はこの作曲家に由来して正式名は“THE TALLIS SCHOLARS”.。

バード(1540頃ー1623)は1572年から女王エリザベス1世に仕えて王室礼拝堂の音楽家として活躍し、英語による教会音楽も書いたが、終生カトリックの信仰を持ち続けて伝統的なラテン語による教会音楽を数多く残した。
3曲共にラテン語で書かれた4声か5声のモテトゥス。今回初めて耳にした作曲家名。

ピアノ伴奏なしで聴く「ア・カペラ」は声の美しさが直接に伝わるので何とも心に染み入リ安らぎを覚えた。

プログラム前半はルネサンス時代に活躍したイングランドの2人の作曲家の宗教曲だったが、プログラム後半はルネサンス時代からバロック時代にかけてのイタリアの3人作曲家の宗教曲が歌われた。

アレグリ(1582-1652)は初期バロック時代のローマを代表する作曲家。《ミゼレーレ》はラテン語で「憐れみたまえ」という意味で、伝統的な手法で書かれたアレグリの代表作といわれ、5声合唱と4声合唱が交互に歌い合う2重合唱の形による9声曲。ステージに5名、オルガン演奏台前に1名(カウンターテナー、3階客席最後部に4名の歌手の配置。
合唱の掛け合いが面白くカウンター・テナーと後方から響き渡るソプラノの高音の歌声が素晴らしく特に心地良かった。前回はRA席で歌手全員の姿を見れたが、今回は真正面から声が聴きとれるように1階席にしたので、歌手の姿は退場の際に3階出口で確認できただけであった。ホールに響き渡るソプラノの歌声に魅了されて歌唱中に何度か3階後方を見渡す人もいたが、姿までは見えなかったようである。
タリス・スコラーズも何度も取り上げている代表曲で何度聴いても圧倒的で魅力的なア・カペラである。先月の札響定期でラトヴィア放送合唱団の「夕映えのなかで~マーラーのアダージェット」も絶品だったが、世界的な合唱団の無伴奏による合唱曲を続けて堪能できたのは幸運である。

モンテヴェルデイの名は知っていたが、教会音楽に関する知識は皆無である。彼が書いたオペラの方に関心がある。「音楽の友」6月号に彼のオペラ「ウリッセの帰還」について書かれた記事があった。モーツァルトの「イドメネオ」の父と子の再会は「ウリッセ」の父と子の再会と似ている。オペラの原型を作った音楽家とオペラの伝統を引き継いだ音楽家の話が繋がるような記事を読んで興味を覚えたのである。

パレストリーナ(1525頃ー94)は16世紀後半の最も重要な作曲家のひとり。教皇庁をはじめローマ各地で活動し、様々な種類の教会音楽を書き残した。前回は「教皇マルチェルスのミサ曲」が演奏された。

ローマ教皇庁聖歌隊のために書かれた《ミゼーレ》は教皇庁システィナ礼拝堂以外では演奏できない門外不出の秘曲とされてきた。14歳のモーツァルトが教皇庁でこの曲を聴いた後に記憶だけで楽譜に書き記したというエピソードでも名高い曲。1994年、システィナ礼拝堂の大修復が終わったことを記念するコンサートでタリス・スコラーズがこの曲を演奏しているという。私も2000年8月に訪れたバチカン市国にあるシスティナ礼拝堂のミケランジェロが書いた有名な天井画を思い出して再び曲の重みを感じた。
演奏曲は全体的に良かったが、何といっても《ミゼーレ》が断然素晴らしかった。

アンコール曲はモンティヴェルディの曲を含む2曲。演奏終了後にスタンディング・オヴェイションをする人があちこちで目立つほど聴衆に無伴奏合唱の素晴らしさが伝わった。ホワイエでCDを買い求めてサイン会に並ぶ人の多さにも演奏会に感動した人々の様子が見て取れた。

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第18回「札響くらぶサロン」ミニコンサート/チェロ:小野木 遼)

札響のメンバーが「札響くらぶサロン」でミニコンサートを開いてくれるようになったのが15年の第9回ヴァイオリン河邊さん、第10回ホルン山田さん。その後は年4回定期的に開催されているが毎回参加できているわけではない。第15回から会場が豊平館になり、オーボエ関さん、第16回トランペット前川さんのコンサートで参加者も増えて活気を帯びてきている。開催の労を取ってくれる役員には感謝の気持ちでいっぱいである。ミニコンサートも今回で早や10回に達した。引き続き札響メンバーの協力が得られることを期待したい。

さて、今回のソリストは札響チェロ奏者の小野木 遼(RYO ONOKI)さん。1987年、北見出身。東京藝術大学を経て、同大学院修了。PMF2007にも参加。サントリーホール・チェンバームージック・アカデミー1・2期生。国内外のコンクールにも入賞を重ね、国際的に活躍する竹澤恭子、渡辺玲子、マリオ・ブルネロ、ラデク・バボラークとも室内楽で共演するほどの実力者。
彼は平成27年度新進演奏家育成プロジェクト・オーケストラ・シリーズ札幌公演で札響と共演して「ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番」を昨年1月にKitaraで演奏した。更に、昨年2月のKitara主催リスト音楽院セミナーで最優秀受講生に選ばれ、今年の春にハンガリーで開催された「ブダペスト・スプリング・フェスティバル」に参加した。

〈演奏曲目〉
 J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番
 ジョージ・クラム:無伴奏チェロ・ソナタ
 黛 敏郎:「BUNRAKU」~チェロ独奏のための

バッハの「無伴奏チェロ組曲」は昨年、堤剛の全曲演奏会があって記憶に新しい。3時間半の熱演が強烈な印象を残した。メインが3番か5番のような気がする。バッハのヴァイオリン曲に比べると数回耳にするだけでは親しむ旋律はそう多くはない。前奏曲、アルマンド、クーラント、サラバンド、ブーレ、ジーグと続いたが、第5曲“ブーレ”だけが馴染みのメロディ。「第4番」は手が大きくないと広がりが大きいので手の小さな女性では演奏が難しいそうである。

ジョージ・クラム(George Crumb)は始めて聞く名前。アメリカの現代音楽の作曲家で音楽教育者らしい(1929- )。米国では知名度の高い現代作曲家らしく、演奏家の間では彼の曲が親しまれているようである。演奏された曲には“To my mother”という言葉がつけられていると説明があった。現代曲らしい響きはあるが、母に捧げた曲か優しい雰囲気も込められ美しくて比較的に理解しやすい曲であった。

黛 敏郎(1929-97)は日本のクラシック音楽、現代音楽界を代表する音楽家。黛(MAYUZUMI)は音楽のあらゆるジャンルで数多の作品を遺している。「涅槃交響曲」、やオペラ「金閣寺」などタイトルだけ覚えている作品はあるが、近年、彼の曲を直接に聴いた記憶は殆どない。これだけ有名な作曲家なのに不思議ではある。(*札響30周年の全演奏曲目の記録には「まんだら交響曲」、「舞楽」、「越後獅子」、「スポーツニューステーマ」が載っている。)
彼は1964年の東京オリンピックの年に「題名のない音楽会」をテレビで開始してクラシック音楽の普及に貢献したことでも知られているが、この番組が今日も続いているのは感慨深い。

文楽の雰囲気に満ちた日本の古典芸能をチェロで表現する試みは、タイトルが「BUNRAKU」と書かれているので海外に紹介する意図があって作曲されたと想像される(1960年作)。邦楽、日本人の心を三味線に通ずる(?)西洋楽器で表現した試みは素晴らしい。ピッチカート奏法を使うと三味線が奏でる音が生じる。チェロから奏でられるとは想像もつかない音が紡がれ、興味津々で10分ほどの曲を聴けた。近松門左衛門の「心中天の網島」の文楽の場面も浮かんだが、目の前で奏でられる音に終始惹きつけられた。海外でも人気の作品で大好評であったことが容易に想像される。

今回の3曲はハンガリー公演でも演奏し、ライプツイヒ、ブダペストの様子も語ってくれた。演奏終了後にブラヴォーの声が上がって、殆どの人が初めて聴く「BUNNRAKU」に感動の様子。

恒例の交流パーティでは小野木さんが同じテーブルの目の前に座って非常に気さくな態度で話に応じてくれた。彼のCDにサインをもらう人々に対応しながらもいろいろな話に付き合ってくれた。いつも隣り合わせる知人との話も興味深く今日も楽しい時間を過ごせた。

オロスコ=エストラーダがベルリン・フィルでデビュー(ショスタコーヴィチ:交響曲第5番)

昨夕は妻と映画鑑賞。それぞれの趣味を中心に生活しているので一緒に外出することは稀である。6月10日封切の映画「光をくれた人」の試写会が劇場公開に先立って朝日新聞北海道支社主催で開催された。Asahi Family Clubのメンバーで毎年のように映画上映会や講演会に応募して参加していたが最近は久しぶりである。映画は平日の都合の良い時間帯に鑑賞していて、夕方に観ることはない。今回は妻が応募して招待状が届き、偶々時間が空いていたので一緒に出掛けた。
“The Light Between Oceans”はアメリカ・オーストラリア・ニュージーランドの合作映画で灯台守が主人公の物語。オーストラリアの孤島に暮らす孤独な灯台守が妻を迎えて幸せに暮し始めるが、ある出来事が彼らの人生を狂わせる。お互いの愛が人々の心を揺さぶるラブストーリー。一見の価値がある映画である。

昨日の午後は5月開催の3つのデジタル・コンサートホールの最終コンサートを視聴した。
客演指揮者Orozco-Estrada(アンドレス・オロスコ=エストラーダ)は1977年コロンビア出身。若手の俊英指揮者として注目されて既に日本でも客演している。現在、フランクフルトhr響、ヒューストン響の首席指揮者、ロンドン・フィルの首席客演指揮者。今回べルリン・フィルハーモニーに初登場。

前半の演目は珍しい曲。近年、ベルリン・フィルで演奏されていない曲と時間配分を考えて指揮者が選んだ2曲。(*インタヴューで選曲の様子を答えていた。)

〈PROGRAM〉
 R.シュトラウス:交響詩「マクベス」 op.23
 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番 ト短調 op.40
 ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 op.47

シュトラウスの最初の交響詩となる「マクベス」はベルリン・フィルの前回の演奏が2000年という。シェイクスピアの戯曲を基にしているが、ドラマティックな要素もなく何となくスムーズに20分ほどの曲が終わった感じがした。初めて耳にしたので曲の特徴がよく分からなかった所為もある。

ラフマニノフはピアノ協奏曲は第2・3番は名曲として演奏機会が多いが、第4番は最も頻度が少ない。1941年にラフマニノフ自身のピアノ演奏によるオーマンディ指揮フィラデルフィア管のCDで何度か耳にしているが、生で聴いたのは2011年清水和音が高関指揮札響と4曲全曲を弾いた時だけである。

今回のピアニストLeif Ove Andnes(レイフ・オヴェ・アンスネス)は1970年、ノルウエー出身の巨匠。92年にはベルリン・フィルにデビューして国際的に活躍して、十年ぐらい前から何度も来日しているが残念ながら彼の公演を生で聴いたことはない。アンスネスは2010-11年シーズン、ベルリン・フィルのアーティスト・イン・レジデンスを務め、ベルリン・フィルとの共演は数多いピアニスト。

1917年のロシア革命後にアメリカに亡命したラフマニノは演奏家としての活動が多くて、作品は余り残していない。代表作は「ピアノ協奏曲第4番」と「パガニーニの主題による狂詩曲」ぐらいである。
「第4番」は変奏曲の形式が使われるなど従来の曲とは違う革新的な試みがなされている。第1楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。オーケストラとピアノが一体となって壮大な音楽を奏でる。第2楽章はラルゴで静かな主題がピアノと弦で交互に紡がれ、素朴なメロディが流れる。第3楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。自由な形式によるラプソディ風の音楽。オーケストラの激しい響きに始まり、ピアノが主題を色彩豊かにいろいろに彩る。力強い響きでフィナーレ。

ピアノの名手アンスネスの比類ない美しさを湛えて情感が籠った演奏は聴衆を圧倒した。アンコールに「シベリウス:ロマンス」。北欧出身でグリーグで脚光を浴び、比較的に地味なデビューだったが今やベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲をマーラー・チェンバー・オーケストラと弾き振りするなどの活躍ぶりは実に頼もしい。アンコール曲に北欧の作曲家の作品を演奏したのも印象的だった。来札公演を期待したいピアニストである。

「ショスタコーヴィチ:交響曲第5番」は2011年の佐渡裕がベルリン・フィル・デビューで指揮した曲でもある。ベルリン・フィルは数年前にも演奏したらしいが、人気の大曲なので指揮者は腕の見せ所として選曲したと思われる。

戦前、戦中、戦後の社会主義国ソ連で生きたショスタコーヴィチは生涯に交響曲を15曲書いた。その中で最も演奏機会が多くて親しまれているのが「第5番」だと思う。ベートーヴェンの「第5番」を意識して作られた「マーラーの第5番」とともに20世紀後半以降では人気の作品。

ショスタコーヴィチはこの曲の発表前に彼の作品はソヴィエト共産党機関紙プラウダによって社会主義にふさわしくないと批判されて苦境に陥っていた。1937年の革命20周年記念演奏会の曲として作られたこの曲の初演で成功を収めて彼の名誉が回復された。“革命”という愛称がある「第5番」は英雄的曲想を持ち「苦悩から勝利へ」、「暗から明へ」と向かう様子が当時のソヴィエト連邦という社会主義国で好意的に受け止められた。ベートーヴェンやマーラーを意識して書き上げた作品かも知れない。
ショスタコーヴィチは極端な社会体制の下で友人を含めて多くの人々を失い苦悩していたが、「第5番」では抒情的な着想で書かれていて、明るい人生感、生きる喜びで結ばれている。人間性をテーマとした作品に仕上げているが、その後の作品でも社会体制に疑問を投げかける作品も多くあり、何処までが彼の本心かは分からない。
いずれにしても「第5番」はショスタコーヴィチの交響曲の中でも最も聴く機会が多くて各楽章に親しみのあるメロディも多くて、一番聴きやすい曲になっている。

オロスコ=エストラーダの指揮ぶりは初めて観たが若々しくて勢いがあり、オーケストラとの調和を図って楽団員の個性も生かしたようであった。(*ヴァイオリニストのインタヴューでの応答ぶりからも判断した。)

※当日のコンサートマスターは樫本大進で第2楽章での美しいソロ・パートの場面も観れて良かった。
プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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