オーケストラHARUKA第14回演奏会(ショスタコーヴィチ交響曲第5番)

何処から住所を手に入れたのか分らないが主催者から自宅に定期演奏会の案内状が届いたこともあってコンサート当日にチケットを受け取って入場できるように手配しておいた。このオーケストラによる年一回の定期演奏会を聴くのは4年ぶりである。昨年11月に北大交響楽団と共演し、同月にデュオ・リサイタルも聴いたソリストの出演も魅力的だった。

2017年5月6日(土) 13:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ 三河 正典    管弦楽/ オーケストラHARUKA
ピアノ/ 佐野 峻司

〈Program〉
 ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー(ピアノ独奏:佐野峻司)
           パリのアメリカ人
 ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 作品47

ガーシュイン(1898-1937)の代表作2作品は演奏機会が結構多い。アメリカのジャズがふんだんに取り入れられた作品はもう現在ではクラシック音楽の範疇に入る曲となっている。まるで幻想曲風のピアノ協奏曲。
クラリネット・ソロの開始部分が極めて印象的で特別な気分に引き込まれた。クラリネットの上昇グリッサンド(*音階を駆け上がっていく奏法は普通のクラシックには無い奏法らしい)に続いてピアノのカデンツァ。曲はシンフォニックに展開され、全曲にわたってシンコペーションのリズムが出てきて伝統的なクラシック音楽にはない新鮮さが漂った。

佐野は北大医学部5年在学中で、レパートリーの広さがうかがえた。聴衆が期待するアンコール曲は披露されなかったが、その理由が後で判った。(コンサートの後半の大曲にも出演したのである。)

オーケストラのメンバーはプロとアマの混成らしい。前回の印象より管楽器の安定度が増しているように思えた。クラリネット・ソロは素晴らしかったし、オーケストラ全体のバランスが取れていた。

「パリのアメリカ人」はガーシュインがパリを訪れた時の印象を書き綴った。ポピュラー音楽を書き続けていたガーシュインは1924年に書き上げた“Rhapsody in Blue”が成功して、再び委嘱を受けてジャズとクラシッを融合した作品を発表(1928年)。“An American in Paris”のアメリカ人は作曲者自身を指す。ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団の定期演奏会で初演されたという。

曲はヴァイオリンとオーボエによる「散歩とテーマ」で始まり、その後にタクシーのクラクションの音も聞こえる。トランペットによる哀調を帯びたブルースも歌われて、華やかなクライマックスでフィナーレ。
クラシック音楽では普段は使われない3本のサクソフォン(*アルト、テナー、バリトン)をはじめ管楽器の響きが目立って興味深く聴けた。

ショスタコーヴィチ(1906-75)の15曲の交響曲の中で今まで一番多く耳にしていたのが「第5番」。最近は「第8番」、「第10番」を聴いてショスタコーヴィチの音楽の深さがだんだん分かってきた。
「第5番」はムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルのCD(1973)で何回か聴いていた。最新のCDは佐渡裕指揮ベルリン・フィル・デビューLIVE(2011)。
約50分の大作。ピアノとチェレスタが佐野。(*ピアノが最後部で高いところに配置され、ピアニストの手の動きが見れた。)
4楽章構成。第1楽章からピアノとチェレスタが使われているのを知った。陰鬱な空気に包まれた状況で暮らす人々の姿、闘争が始まりそうな様相が感じられた。第2楽章は諧謔的なスケルツォ。第3楽章は痛切な悲しみを堪えた内省的な緩徐楽章。ショスタコーヴィチの声が聞こえてくるような感じさえした。第4楽章のティンパニの連打が意味するものは聴く者の心に響くが、どう受け止めるかは解釈次第。作曲者は破滅的な結末を予言したのではないか。暗から明へと向かうベートーヴェン流の音楽でカモフラージュしたとも解釈されている。当時のソ連の社会体制の中で生き抜くショスタコーヴィチの苦しかった当時の心境がいろいろと想像される曲ではある。

今日は3曲とも三河の安定したタクトのもとでオーケストラの演奏も素人にとっては充分に満足でき、聴きごたえのある演奏会になった。
アンコール曲は「ショスタコーヴィチ:ジャズ組曲 第2番 より ワルツ」。ショスタコーヴィチがこんなワルツを書いているとは!

Kitaraあ・ら・かると 《3歳からのコンサートⅢ》(ピアノ:入江一雄)

コンサートでは普通は未就学児の入場は許可されていない。ゴールデンウィーク音楽祭など特別な折には、今回のように親子で楽しめる「3歳からのコンサート」も企画されている。今回は祝日の3日間Kitara主催のコンサートとして“トランペット”、“ハープ”、“ヴァイオリン”を用いる演奏会が開かれた。普段はこの種のコンサートに参加することはないが、最終日のヴァイオリンで注目のピアニストが出演するとあって急遽チケットを買い求めた。

ピアニストの名は入江一雄(Kazuo Irie)。彼は昨年から音楽雑誌を通して良く耳にする名前。東京藝術大学・同大学院首席で卒業・修了後、モスクワ音楽院に学び、ロシアのピアノの巨匠ヴィルサラーゼ(*2003年Kitara でテミルカーノ指揮サンクトペテルブルグ響と共演し、ラフマニノフの協奏曲第3番を演奏)に師事。帰国してから首都圏を中心に活躍している新進気鋭のピアニスト。3月末にはイギリスで研鑽を積んだチェリスト伊藤悠貴とデュオリサイタルシリーズを横浜みなとみらいホールで開始して、ラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番を弾いた。17年4月より東京藝術大学非常勤講師。

ヴァイオリンの瀧村依里(Eri Takimura)の名は初めて聞くと思ったが、入江をピアノ伴奏にするくらいの腕前の演奏家だと推測した。本日のプログラムのプロフィールで二人は1986年生まれで大学の同級生と判明。瀧村と入江は大学4年の2008年第77回日本音楽コンクールで共に第1位。瀧村は東京藝大卒業後、ウィーン国立音楽大学大学院を修了。現在、読売日本交響楽団首席奏者。

2017年5月5日(金・祝) 13:00~13:45  札幌コンサートホールKitara 小ホール
〈PROGRAM〉
 エルガー:朝の歌 作品15-2
 クロール:バンジョーとフィドル
 クライスラー:シンコペーション、 中国の太鼓
 ヴィヴァルディ:「四季」より “冬”
 モンティ:チャルダッシュ

ヴァイオリニストは東京のオーケストラに所属して、たぶんアウトリーチ活動も多く、トークに慣れているように思えた。幼稚園児を含めた小さな子ども相手に巧みにミニ・コンサートを進行した。
ヴァイオリン楽器の説明で、馬のしっぽが使われている部分をほどいた場面は私自身も初めて目にして興味深かった。鍵盤楽器のピアノ以外に子どもたちに知っている楽器の名を言わせるのも子どもの扱いに慣れていると感心した。
弦をはじく奏法を“ピッツィカート”と得意になって答える幼児もいて褒め方も上手い。弦を「こする」と「はじく」曲の説明に「バンジョーとフィドル」を演奏。この曲は初めて聴いて為になった。

彼女は昨日Kitara のステージで演奏してみた時に“Kitaraホールの音の響きの素晴らしさに感動した“と語った。話には聞いていても、実際に体験して述べる演奏家の言葉を通して改めてKitaraの有難さが身に染みる。

クライスラーの「中国の太鼓」はヴァイオリンの名曲として聴く機会が多い。ピアノが奏でる太鼓のリズムで打楽器のような音も作り出せる選曲と思われた。

ヴィヴァルディの曲を通して“どんな色を連想する?”を子どもたちに問うた。色の名前をいろいろ挙げるこどもたち、多くの色の名が挙がった。曲を聴いて、“寒い、暖かい?”と訊かれて、様々な答えが飛び交った。ヴァイオリニストは曲のタイトルを教えて、“どれも正しい”と言い、戸外の寒さと暖炉で暖まる室内の様子を話す。いろんな鑑賞の仕方を伝える説明にとても感心した。

最後にステージを降りて客席に近づきながらの演奏で、ヴァイオリンの様々な奏法(速く、遅く、弾く、はじくなど)が試みられる「チャルダッシュ」。

アンコールに「浜辺の歌」が演奏されたが、さすがに小さな子どもたちは聴きなれない曲で飽きた様子。小学校の高学年以上でないと、30分も過ぎると集中力を持続させるのは難しいようであった。予想以上に子どもたちはおとなしくコンサートに臨んでいたと思った。幼児を連れたお父さん、お母さんの姿は微笑ましかった。

今日は「こどもの日」で家族連れで賑わったKitaraあ・ら・かると。コンサートのほかに楽器体験コーナーやスタンプラリーなどのイベントもあってホワイエ、中庭なども大勢の人で賑わって盛況の様子は何よりであった。

天候に恵まれたゴールデンウイーク期間中に中島公園の桜も満開で、公園内のあちこちで花見をしながら家族で憩う姿は楽しそうであった。

コンサートの帰りに公園内のパークホテルで開催されている北海道書道展に立ち寄った。Kitaraの行き帰りにはホテルの横を通るが、地下にある書道展を見に行ったのは初めてである。妻が会友として初出品になったので立ち寄ったが、500点もの作品はなかなか見ごたえがあった。

※帰宅して「音楽の友」2008年12月号で第77回日本音楽コンクールのヴァイオリン部門とピアノ部門でそれぞれ優勝した二人の名を確認した。ヴァイオリン第3位の寺内詩織とピアノ部門第3位の實川風の名は今でもよく目にする。ヴァイオリン部門の評論家によると瀧村の高度な技術力は特筆すべきと書かれていた。ファイナルではブラームスの協奏曲が指定され、カデンツァは自由だった。 ピアノ部門は第1位が二人いて入江はプロコフィエフの第2番を演奏。同じく第1位の喜多宏丞はリストの第2番。

Kitaraあ・ら・かると 《きがるにオーケストラ》(大植英次&札響)

2013・2014年に次いで3年ぶりの“Kitaraあ・ら・かると”鑑賞になった。ゴールデンウィークの音楽祭として定着しているが、個人的には魅力あるプログラムではない。大植英次の指揮に魅力があって2年連続して聴いた。大植は昨年に続いて《きがるにオーケストラ》に4回目の出演となった。

2017年5月3日(水・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ 大植英次     管弦楽/ 札幌交響楽団

〈プログラム〉
 リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30より “導入部”
 ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版より) “火の鳥のヴァリエーション”
 伊福部 昭:ゴジラのテーマ
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
 ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)より 3曲
 ジョン・ウィリアムズ:映画「シンドラーのリスト」より “メイン・テーマ”
 バーンスタイン(ハーモン編):組曲「キャンディ-ド」
 レスピーギ:交響詩「ローマの松」より “アッピア街道の松”

オープニングはドイツの大哲学者ニーチェの著作に基づく作品。曲の導入部“日の出”は2分程度で、映画「2001年宇宙の旅」(1968)で人気曲となった。トランペットが吹奏する荘厳な「自然のテーマ」が宇宙の壮大さを感じさせた。大植は北海道の広大さも表現したかったようである。

指揮者は札幌の歴史を調べて今回のコンサートの選曲を行った。札幌の語源はアイヌ語で「乾いた大きな川」を意味する“サッ・ポロ・ベツ”。「乾いた」はストラヴィンスキーの作品に感じられる“dry”な感性。「大きな」は札幌で学生時代を過ごした北海道出身の作曲家・伊福部の“ゴジラ”で北海道の大きさとスケール感を表現。「川」は「ドナウ河」で表した。

ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽の第1作「火の鳥」。組曲は7曲から成る。第3曲が“火の鳥のヴァリエーション”。第5曲“カスチェイ王の悪魔の踊り”、第6曲“子守歌”、第7曲“終曲”の3曲が続けて演奏された。この組曲(1919年版)が演奏曲目になった理由は世界的に知られるようになった札幌味噌ラーメンの創始者が1919年生まれだという。こんな話は初耳である。かなりのこじ付けだが札幌に寄せる指揮者の並々ならぬ想いを感じた。

前半は札幌に視点を当てた曲。演奏時間30分、トーク30分。とうとうと話しまくり、知らない話もあったが、音楽でもっと雄弁に語って欲しいと思ったのが正直な感想。

後半の「シンドラーのリスト」は映画で感動したのが20年も前のことで、音楽は全く印象に残っていなかった。札響コンサートマスター・大平まゆみのヴァイオリン独奏による哀切なメロディを持つオーケストラ演奏を通して戦争の悲惨さ、人種を越えての他人への思いやりなどを感じ取ってもらおうと選曲したようである。作曲者は指揮者の友人でもあるそうである。

バーンスタインは大植英次の師匠。「キャンディ-ド」はPMFを含めて耳にする機会の多い曲で、いつもと少々違う感じのする曲だと思った。後で気づくと編曲版だった。曲には馴染んでいても、ヴォルテールの原作「カンデイ-ド、あるいは楽天主義説」のストーリーは知らなかった。ドイツの片田舎で暮らしていた楽天家の主人公が城を追い出されて、行く先々で様々な苦難を経験した末、故郷の良さを知って生まれ育った土地へ帰る物語。北海道を故郷に持つ幸せを感じ取って欲しいという指揮者の願いが込められた選曲。

最後の曲は「アッピア街道の松」。レスピーギが古代ローマの幻影を追い求めて書いた曲。北海道には松前藩があった。(ほっ)かいどうのまつ(まえはん)---街道の松---から連想した選曲。かなりのこじ付けに笑いを堪えられない発想に驚いた。松がたくさん自生する北海道の自然に着目し、金管楽器のファンファーレで勇壮に閉じられる人気の曲で最後を飾って、聴衆の記憶に届ける印象の深さを狙ったようである。

最初と最後の曲にはオルガンが用いられて札幌コンサートホール専属オルガニストのダヴィデ・マリアーノが出演。「アッピア街道の松」ではバンダで札幌日本大学高等学校吹奏楽部員9名が出演。2階のRB, LB席横からの吹奏で聴衆の喝采を浴びた。

映画音楽や気軽に楽しめる曲が多くて客席には高校生、特に吹奏楽部員らしい生徒がかなり多く目立った。大植の指揮ぶりはダイナミックで聴衆を楽しませる雰囲気を見せたが、トークの準備が大変だったようである。熱意は評価できるが、年月日などあまり意味のない言及も目立った。ドナウ河が流れる20近い国(たぶん17ヶ国)の名を早口で並べ続けたのには感心して舌を巻いた。
最後の曲でコンサートを盛り上げる演出は巧みであった。

聴衆の拍手大喝采に応えてアンコール曲は映画音楽「スターウォーズ」。前半は札幌、後半は北海道に焦点を当てた演奏。アメリカのミネソタやドイツのハノーファーで絶大な人気を集めた熱い心が伝わり、“情熱のマエストロ”と呼ばれる所以が判った気がしたことは確かである。




直木賞・本屋大賞受賞作「蜜蜂と遠雷」を読んで聴こえる音楽

現在はクラシック音楽鑑賞が最大の趣味ではあるが、映画も20年前から鑑賞機会が増えている。高校時代には読書にも親しんでいた。世界文学全集はかなり読んだ。大学に入ってからは専門の英語の勉強の合間に日本文学にも親しんだ。就職してからは気晴らしに松本清張の推理小説を新書版で100冊以上は読んだと思う。30年前は何百冊かの本は図書館に寄贈できた。100冊余りの世界文学全集を購入していたが積読で終わって、今年の初めに廃棄処分にした。シェイクスピアの原文の全集だけは未だ手元にある。読書の習慣は以前より減ったが、元々、文学賞で話題になった本はめったに読まない。10年ほど前には図書館から音楽演奏家に関する著書を借りて呼んでいた時期もあった。
近年は文庫本は読んでも新版の単行本は読まない。村上春樹の小説も文庫本として出版されてから読みだしている。例外的に新刊「小澤征爾さんと音楽について話をする」は発売当時に直ぐ購入した。村上春樹が音楽に詳しいことをこの本を読んで知って、彼の著書を読んでみる気にもなった。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」はリストの「巡礼の年」のCDを買う動機にもなった。彼の著作には音楽史上で有名な曲が出てくることもあって最近はよく手にする。
村上の最新作「騎士団長殺し」も丁度読み始めたところである。

実はこのブログを書いてみる気になったのは、先日読み終えたばかりの恩田陸著「蜜蜂と遠雷」。直木賞・本屋大賞受賞作で国際ピアノコンクールの様子が生き生きと描かれていて大変面白かったからである。正に文学と音楽が結びつく様を満喫できた。一気に読めるが演奏場面が心に浮かぶように、500ページほどの単行本を持ち歩いて15分程度乗車の電車の中でも読み続けた。

フィクションとはいえ、この本の舞台は実在する浜松国際ピアノコンクール。昨年逝去した日本が世界に誇るピアニスト中村紘子が審査委員長として活躍し、世界的に評価の高い国際コンクールに成長している。1991年に第1回が開かれ、3年ごとの開催で世界的ピアニストがこのコンクールから巣立っている。私のブログでも第4回優勝者ガブリリュクと、オンデマンドで聴いた2012年第8回コンクールの様子を書き綴った。2015年の第9回大会優勝者ガジェヴのリサイタルも日本国内で開かれて彼の演奏会を堪能した。次回は2018年開催である。

登場人物の姿がまるで実在する人物に思え、弾かれる曲目が音を伴って聴こえてくる。第一次予選、第二次予選、第三次予選、本選が行われる2週間と彼らを取り巻く審査員の様子も描かれて興味を増す。
出場ピアニストの個性も豊かであり、著者の音楽鑑賞のレヴェルも一流である。音の広がりの解釈は人それぞれであろうが、達者な表現力で言葉も判りやすい。目次が演奏曲目になっているのもあって興味を惹くタイトル。
主要な出演者の予選、決戦での演奏曲目一覧が載っていたのもストーリー展開の予想が自由に描けてワクワクした。50曲ほどのうち8割は聴いたことのある曲でCDもある。書斎でCDをかけながら読み進める試みもしてみた。

ファイナルの演奏曲目ではCDをかけながら今までKitaraなどで聴いたライヴの様子も思い浮かべた。「プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番」ではPMF2002 デュトワ&アルゲリッチの名演奏、「プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番」では2007年マゼール&ユンディ・リのライヴと小沢&ベルリン・フィルのCD、「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番」では2010年札響&横山、2013年佐渡&BBC&辻井の感動的なライヴを思い出す。ラフマニノフの第3番ではPMF2017のベレゾフスキーの演奏を思い出した。今回CDでは第2・3番のキーシンの演奏を改めて聴いた。
「バルトーク:ピアノ協奏曲第3番」は2月にブロムシュテット&シフのデジタル・コンサートホールで聴いた。「第3番」は今まで聴いたことが無くてアンドラシュ・シフ{*20年前のKitara開館の年にKitaraで演奏)の姿と独特な演奏を聴いて印象付けられた曲。

今回は特別な読み方をしたが、別な機会に本だけに集中してもう一度読み直してみたいと思う。

※2013年本屋大賞を獲得した「海賊とよばれた男」を読んで大変面白かったことを覚えている。映画化もされたが本の面白さを失わないように映画は敢えて観なかった。原作者が社会的に発言する内容は意に沿わないが、本は非常に面白く読んだ。
今回も話題の本を読んで全国の書店員が選ぶ大賞への興味が募った。
※「蜜蜂と遠雷」の中で書かれたカタカナ語「アンラック」が3回でてきて気になった。英語のluckyの反対語はunluckyであるが、名詞で使うと“bad luck”が適当である。「アンラック」が“unlucky”の意味で使っていると思って読み流したが、実際に日本語でも普通に使われだしたのかと思った次第である。(*もと英語教師として、こんなことも気になるので書いてみた。)

三上亮(Vn)&宮澤むじか(Pf) デュオリサイタル

元札響コンサートマスター(2007-11)の三上亮と札幌在住のピアニスト宮澤むじかによるデュオリサイタル。三上は4年間の札響在籍中にNew Kitara ホールカルテットのメンバーとしても活躍。その後、東京を拠点として自由な音楽活動をしているようである。札幌には14年に〈ヴィルタス・クヮルテットwith宮澤むじか〉のKitara公演を聴く機会を持った。15年にはチェリストとのデュオや室内楽公演も聴いた。デュオとはいえ、リサイタルのような感じでコンサートを聴きに来た。

2017年4月27日(金) 7:00PM開演  ザ・ルーテルホール
〈Program〉
【第一部】
 モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調 K.304
  シューベルト=リスト:水の上で歌う 作品72(ピアノ・ソロ:宮澤むじか)
               糸を紡ぐグレートヒェン、  どこへ 
 ミルシテイン:パガニニアーナ(ヴァイオリン・ソロ:三上亮)
【第二部】 
 R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 作品18

人気のヴァイオリニストと地元のピアニストの共演ということで会場に入った途端ドアーからロビーに通じる空間が人であふれかえっていた。このホールには先月も来ているが整理券を配って番号順に入場させているのは初めてであった。余りに混雑していて、整理券を渡している係の人の姿も見えずに受付近くに行って整理券が必要なことが判った。主催者の要領の悪い対応に少々いらつきを覚えた。2階のホールに入ると間もなく満席状態になった。やはり客席が埋まると気分も高揚する。

モーツァルトの曲は長調が大部分で軽快で明るい曲が多いのが特徴。ヴァイオリン・ソナタで短調の曲は「K304」だけである。この曲は2楽章構成。第1楽章はアレグロで悲しみが漂う陰鬱な感じの曲。謙虚で打ち解けた調べもあり、飾り気のない美しさも感じれた。第2楽章のメヌエットはメランコリーに陥りながらも気品を失わない姿も感じ取れた。巡業ピアニストとして旅をするモーツァルトの心境を思い浮かべながら聴いてみた。この曲はコンサートでもよく耳にするが、演奏前に三上のトークもあってそれを参考にしながら聴けた。

宮澤むじかは現在、札幌コンセルヴァトワール専任講師で実績を積んだピアニスト。今までにコンチェルトや前回のヴィルタス・クヮルテット室内楽公演でも演奏を聴いたことがあるが、非常に堂々とした力強い演奏で印象に残っている。
今回はシューベルト=リストのピアノ曲を3曲続けて演奏した。3曲共に原曲はシューベルトの歌曲。第1曲は初めて聴いたと思う。第2曲は聴く機会の多い曲で、シューベルトはゲーテのファウストに曲をつけた。第3曲の「どこへ?」はキーシンが弾くCDに3分ほどの曲が入っているのに気づいた。有名な曲なのだろうが、メロディには慣れていなかった。
宮澤の演奏は綺麗な歌心に包まれていた。

ミルシテイン(1904-92)はロシア国内でホロヴィッツと組んで演奏会を行っていたヴァイオリンのヴィルトオーソ。グラズノフの協奏曲でデビューし、たまたま彼のこの曲のCDを所有している。「パガニニアーナ」は“パガニーニあれこれ”という意味でミルシテインがパガニーニ作品から聴きどころを集めて編曲した。「24のカプリース」第24番を主題とする変奏など超絶技巧の旋律が次々とメドレーで綴られる曲。1954年頃にアメリカで作曲され、ミルシテインの看板曲になったという。
三上亮は無伴奏ヴァイオリン曲で難曲と思われる高度な技巧を要する曲を凄いスピードで弾き切った。彼のヴァイオリン・ソロを聴いて流石一流のヴァイオリニストで、聴きに来た価値があると思った。

R.シュトラウスが書いた唯一のヴァイオリン・ソナタは先月、漆原啓子のリサイタルでも聴いた。第1楽章は表情豊かにロマンティックでドラマティックな曲が展開される。第2楽章はアンダンテ・カンタービレ。甘美な旋律が面々と歌われる美しい緩徐楽章。第3楽章のフィナーレは情熱的な主題の数々が魅力的なメロディとなって瑞々しく展開された。
三上が昨年より貸与された1628年製のニコロ・アマティを手にして彼の紡ぎだす音も一層輝きを増しているように感じた。

ステージのライトが照り付けて30度を越す中で満席の聴衆に気分も高揚しての熱演。“北海道はいいですね!”と言ってアンコールに2曲。①ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女  ②モンティ:チャルダッシュ。

次回の三上のコンサートに是非来ようと思わせるコンサートだった。帰りにミニ・バー“Old Classic”に立ち寄って珍しいデュ・プレの
映像(1962年)を見て感激した。彼女が17歳当時の白黒の貴重な映像だった。帰る頃にお世話になっている札響くらぶのメンバーに会えて交流できたのも嬉しかった。


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fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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