大平由美子ピアノ・リサイタル

大平由美子のピアノ・リサイタルを聴いたのは2010年に続いて2度目ではないかと思う。その間に札響チェロ首席奏者石川祐支とのデュオ・リサイタルは2度ほど聴いてブログに書いたことはある。
彼女は東京藝術大学卒業後はドイツに渡り、ベルリン芸術大学卒業。ベルリン芸術大学で講師を務めながら、20年もヨーロッパ各地で多岐にわたる演奏活動を続けて2008年に帰国。現在は札幌在住で新たな室内楽活動の幅も広げている。

2017年9月8日(金) 7:00PM開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 J.S.バッハ(ペトリ編):「狩のカンタータ」BWV208より“羊は安らかに草を食み”
 J.S.バッハ(ケンプ編):コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109
ショパン:舟歌 嬰ホ長調  Op.60
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960(遺作)

バッハの2曲のタイトルは知っていて2・3回聴いたことはあったが、編曲で聴くと印象が違った。好みの問題だろうが、原曲の方が味わいがあると感じた。ピアニストのプログラム・ノートでの解説は参考になった。“羊は安らかに草を食み”は領民を羊、領主を羊飼いに例えたクリスティアンの善政を讃える歌だという。コラール前奏曲とは教会の礼拝で歌われる讃美歌の導入として演奏されるオルガン曲。

ベートーヴェンの「第30番」は冷静に彼自身の心に問いかけた内省的な曲として知られる。落ち着いた美しいソナタで、特に第3楽章が印象的だった。主題と6つの変奏から成り、最後に主題が奏でられて閉じられた。非常に味わい深い曲として聴けた。

ショパン唯一の「舟歌」はメンデルゾーンが書いた数曲のヴェニスのゴンドラの歌とは異なる趣のあるメロディアスな曲。ただ単なる情景描写ではなく、水の流れが激しくなる描写などではショパンの内面をも表現しているように感じられた。この曲はショパン晩年の傑作として演奏機会も多く親しまれている。曲の素晴らしさにはいつも心を奪われる。前半最後の曲で心地よさに身をゆだねた。

今日の演奏曲目で一番期待していたのがシューベルトの最後のソナタ。5年前にラドゥ・ルプーの演奏でこの曲に魅せられ、3年前には田部、今年の春は小山の演奏で曲の素晴らしさに惹かれた。歌曲王として認識はしていたがシューベルトのピアノ曲の良さが分るようになってまだ数年である。死の2ヶ月前に書いたとは思えない歌心のある見事な魅力あふれるピアノ曲。豊かな詩情だけでなく、孤独感や移り行く心情などが綴られた音楽が気高く、美しく聴く者の心に響き渡った。
大平は7年前のリサイタルで「第19番」を弾いていた。繊細で深みのある落ち着いた演奏ぶりには強い印象を受けていた。今回は彼女の集大成として演奏するのだろうかと予想していた。「第21番」は期待通りの演奏で会場を埋めた聴衆の喝采を浴びた。

ピアニストは40分強の大曲を暗譜で弾くのは大変だったと率直に語った。10年前のKitaraでのリサイタルの後に自宅で手を骨折してベルリンに復帰するのを断念して札幌に留まることになった経緯は初めて知った。結果的に、素晴らしい音響を持つKitaraで演奏する機会が増えたことで現在の喜びに繋がったようで、今後も札幌での演奏を続けていく心構えを力強く話した。
彼女のような経験豊かな実力のある演奏家が地元で活躍してくれることは嬉しいことである。

アンコールに「シューベルト:楽興の時 第3番」と「シューマン:トロイメライ」。帰りのホワイエはサイン会に並ぶ多くの人々でコンサートの余韻が漂っていた。

※Kitaraボランティアは80数名の会員がいてダイレクトメールの発送作業以外の活動も行っているが、編集部は月1回“Symphonia”を発行してKitara Club会員にも配布している。大平由美子さんは10年前から5・6年に亘って編集部の依頼で《ベルリン通信》、《ベルリンの思い出》のタイトルで寄稿していた。今回のコンサートの前に手元に保管してある“Symphonia”に寄せた10回ほどの寄稿文を読み返してみた。「カラヤン チケット争奪戦」や「ベルリンの壁の崩壊」など当時のベルリンの情報を楽しく読んだ記憶が蘇った。1990年前後のベルリンの音楽事情の一端を知れて面白かったが、記憶に残っていない記事も改めて再読できて良かった。学生時代は彼女はシューマンのソナタを得意としていて、歌曲は当時の世界の最高峰の歌手フィッシヤー=ディスカウに習い、彼やシュワルツコップのマスタークラスに出て身近に特別なレッスンを受けていたことも知った。
彼女のコンサートを聴き続ける上でもモティヴェーションが高まる情報であった。

 
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ふきのとうホール 秋のフェスティバル2017〈プラハへの旅〉 スークピアノ四重奏団&中嶋彰子/バノハ弦楽四重奏団

六花亭札幌本店に《ふきのとうホール》が開館して3年目を迎えている。この素敵な小ホールがオープンした7月には7つのコンサートを聴いた。今、思えばよく7回も聴きに出かけたものである。昨年8月には夏のフェスティバルが3日間開催され、第2日にシューベルトの室内楽を楽しんだ。今年は開催月が9月で秋のフェスティバルとなった。札幌も朝晩は涼しくなって、すっかり秋に入っている。3日間のうちソプラノ歌手中嶋彰子とスークピアノ四重奏団の演奏会を選んだ。

実はヨゼフ・スーク(*ドヴォルザークの曾孫)&堤剛&ダン・タイソンによる〈トリオの夕べ」の演奏会を89年7月、当時の札幌市民会館で聴いた。スーク・トリオのCDで「チャイコフスキー:偉大な芸術家の思い出に」はこのピアノ三重奏団を通して親しんだ。歌手の中嶋の歌はライヴでは一度しか聴いていなかったのでこの機会に是非と思った。

2017年9月2日(土) 16:00開演 ふきのとうホール
〈Program〉
 J.スーク:ピアノ四重奏曲 第1番 イ短調 op.1 (ヨゼフ・スークピアノ四重奏団)
 ドヴォルザーク:ジプシーの歌 op.55 (ソプラノ:中嶋彰子、ピアノ:V.マーハ)
           歌劇「ルサルカ」 op.114より “月に寄せる歌”
 ドヴォルザーク:弦楽六重奏曲 イ長調 op.48
                    (バノハ弦楽四重奏団+スークピアノ四重奏団)

世界的なヴァイオリン奏者だったヨゼフ・スーク(1929-2011)の父Josef Suk(1874-1935)はチェコの作曲家・ヴァイオリニスト。彼はドヴォルザークの孫にあたる。このピアノ四重奏曲はプラハ音楽院でドヴォルザークに学んでいた10代の頃に書かれたそうである。ドヴォルザークやブラームスの影響が感じられるロマン派の情熱的で美しい作品。
作曲家のヨゼフ・スークからその名を取ったピアノ・カルテットは2014年に結成された若手のQuartet。若さに溢れた瑞々しい曲として感じられた。ピアノが加わると音が響き渡り力強さが増す。

中島彰子(Akiko Nakajima)は今月9月号の音楽の友誌の“People”でも紹介されているが、彼女は日本人初となるウィ-ン私立音楽・芸術大学教授に就任。忙しい演奏活動と教育活動を精力的に両立させている様子が分る。8月・9月は日本各地での活動も入ってタイトなスケジュールをこなしている。
歌唱の前にドヴォルザークについての印象をピアニストに確認しながらトークを始めた。ドヴォルザークは汽車の音が好きだったということで「ユモレスク」のメロディを日本人の妻を持つマーハに弾いてもらっていた。彼女は日本語を6ヶ月間勉強して今回の来日に備えたと語った時に聴衆は一瞬驚いた反応を示した。普段の生活でドイツ語や英語ばかりを使っていると、日本語のリスニングに不自由は無くてもスピーキングが思うようにならないからではないかと思った。
3人、集まればチェコ人、ハンガリー人、オーストリア人という話も興味深かった。ジプシーは誇りが高く、ロマンティックで力強い生き方をしているようである。ジプシーの民俗音楽を耳にして歌曲に綴った歌曲集「ジプシーの歌」は7曲から成る。第4曲の「わが母の教え給えし歌」はヴァイオリン曲をはじめ色々な楽器に編曲されて親しまれている馴染みの曲。この曲は涙を誘うメロディであるが、他の曲は全てジプシーの力強く生きる姿が明るく描かれている。プログラムに曲の訳詞が添えられていたので第4曲の日本語訳を参考に書いておく。
 “私の年老いた母が歌を、歌を教えてくれたとき
  不思議なことにいつも、いつも涙を浮かべてた
  そして今、この日に焼けた頬にも涙が落ちる
  私がジプシーの子供たちに遊びや歌を教える時には!”

中嶋が“宝石箱のようなホール”と印象を語った会場に第一声が響き渡った時の歌声は何とも素晴らしくて適当な言葉が見つからないほどであった。彼女の声量は厚みと艶があってKitara小ホールの半分くらいの客席(221席)のどの席でも直接音と反射音が相まって高音も中低音もよく響いた。さすが世界的なソプラノ歌手の歌声は未だ健在で、今までに耳にした日本人歌手でも凄く印象に残る歌声であった。歌詞を参考にして聴けたので、感情も十分に込められているのが分かった。

歌劇《ルサルカ》は3年前のMETビューィングでルネ・フレミングが歌ったアリア「月に寄せる歌」の絶唱が眼前に浮かぶほどの名場面を思い出した。ステージで1曲だけ抒情的な歌唱で感情移入をしながら熱唱した直後の聴衆の盛大な拍手にも全員の感動の様子が伝わっていた。拍手喝采はしばらく鳴りやまなかった。

休憩後の弦楽六重奏曲の演奏は初めて聞くカルテットの名だがチェコの誇る名門だそうである。スークピアノ四重奏団のヴィオラとチェロ奏者が加わったアンサンブル。若手2人とヴェテラン4人の弦楽器の織りなす繊細な音色が自由自在に変化する様にも魅せられた。第3楽章のスラヴ舞曲が激しい曲想となって特に印象に残った。溌溂としたエネルギーが溢れる音楽のあとの終楽章は再び優しい調べでフィナーレ。
35分ほどの演奏でアンコール曲はないかもと思ったが、アンコールに第3楽章の一部を再び演奏してくれた。

2015年7月1ヶ月に亘って行われた《ふきのとうオープニング・フェスティバル》での演奏の一部が抜粋され3枚の記念CDとなった。2016年のニューイヤーコンサート「モーツァルトの愉しみ」(出演/カルテット・アルパ&阪田知樹)と2016年8月夏のフェスティバル「ヴィヴァルディの奇跡」(曲目/「四季」、出演/日下紗矢子&神戸市室内合奏団)の3種類のライヴ・録音のCDを今までのチケット6枚と交換して手に入って嬉しかった。



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田代慎之介ピアノリサイタル

田代慎之介という名のピアニストの名は20年くらい前からコンサート案内で知っていたが、今まで聴く機会が無かった。東京と札幌で定期的にリサイタルを開催し、加えて各地での演奏会、公開講座、録音などで活躍しているようである。

2017年8月29日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 バッハ=ブゾーニ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルテイータ第2番より
             「シャコンヌ」 ニ短調 BWV1004
 ブラームス:自作主題による変奏曲 ニ長調 op.21-1
        ハンガリーの歌による変奏曲 ニ長調 op.21-2
 バルトーク:子供のためにⅠーⅡ ハンガリー民謡編より
 リスト:死の舞踏(「怒りの日」」によるパラフレーズ)

「シャコンヌ」は数年前から原曲よりピアノ曲として毎年何度も耳にする曲。アルバムにしてリリースするピアニストも増えているほどの人気曲。変奏形式の曲が3部から成り、第1、3部はニ短調、第2部はニ長調と初めて知った。ピアノの豊かなハーモニーで崇高な音楽の響きが心を洗ってくれる感じがする。

ブラームスは変奏曲が得意だったようで、《ヘンデル、ハイドン、パガニーニの主題による変奏曲》をそれぞれ遺している。彼はピアノ曲で変奏の巧みさを示していると聞くので、有名な作曲家による変奏曲のほかに、彼のオリジナルの主題による変奏曲があるのは当然だと思った。今までに聴いたことが無かったので予めYouTubeで聴いておいた。
主題と11の変奏から成り、全体的にブラームスらしい穏やかな深みのある音の調べがしたが、第8~10変奏における激しいリズムで楽想が一変した。シューマンの死に動揺し、クララへとの関係にも苦悩した様子が表現されたのだろうか。最後の第11変奏は主題を大きく展開して印象的なフィナーレとなった。

ヴァイオリニストのレメーニを通して知ったと言われるハンガリーの歌を主題に奔放なジプシー音楽が表現された曲。テーマに関連した多彩な変奏で、ブラームスが後に書いた《ハンガリー舞曲集》に繋がったものと類推できた。

バルトークがハンガーリやルーマニアの民俗音楽を収集して、数多くの作品を遺しているが、「子供のために」はタイトルさえ知らなかった。予め、YouTubeで曲の一部を赤松林太郎のピアノ演奏で聴いておいたので曲のイメージは大体つかめた。
プログラム解説によると、「子供のために」は4巻(79曲)中、Ⅰ、Ⅱ巻に収められている全ての曲(40曲)はハンガリー民謡の編曲。
演奏曲は19曲で1曲1分程度で簡潔なピアニズムが美しいハーモニーで彩られている。
田代はリサイタルの全曲を暗譜で弾いたが、全曲40曲から抜粋した19曲を番号順に暗譜で弾くのはプロでも簡単にできることではないのでないかと思った。未だ還暦を迎える年齢ではないようだが、味わい深いピアニズムと合わせて、このピアニストの並々ならぬ研鑽が伝わってきた。

今回のプログラムで楽しみにしていた曲が「死の舞踏」。「死の舞踏」と言えばサン=サーンスの交響詩を連想していたが、実は〈ピアノと管弦楽のための作品〉としてリスト作曲の「死の舞踏」はベレゾフスキー演奏(*ヒュー・ウルフ指揮フィルハーモニア管)のCDを所有している。リストのピアノ協奏曲2曲と一緒に収録されていたので長い間気づいていなかった。昨年ハイメスオーケストラ演奏会で札幌フィルと共演した米国在住の日本人ピアニストがピアノ協奏曲ともいえるこの曲を演奏してとても面白かった。自分でも何処かで聞いたことのある曲の感じはしていたが、ライヴで聴いたのはその時が初めてであった。
また前置きが長くなったが、コンサート当日前にベレゾフスキー(*90年チャイコフスキー国際コンクール優勝者)のCDを聴いた。ピアノ独奏の曲を聴いてみたくなってYouTubeを開いた。偶々、観たのが菅原望(*2012年ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ)演奏の特級二次予選での「死の舞踏」。キーシンがデビューした当時を思わせる容姿のピアニストが繰り広げる魅力的な演奏に心を揺さぶられた。余りにも感動して繰り返して2度観たほどだった。
リストの曲は最高難度の技巧が次々と披露される。手の動きを観ていると興味深さが倍加する。とにかくライヴの前にワクワクが募っていた。

グレゴリオ聖歌「怒りの日(ディエス・イレ)」は死を意味するものとしてロマン派以降の作曲家に多く用いられ、ベルリオーズ、サン=サーンス、ラフマニノフの作品でも使われている。
曲は変奏曲の形はとっているが、テーマの提示や変奏などを含めて既成概念に囚われない自由な発想で展開される。第2変奏と思える箇所ではビックリするような技巧が何度も使われる。「メフィストワルツ第1番」、「ロ短調」など度肝を抜く演奏はリストならではとつくづく魅せられる。
数十年前はリストの超絶技巧曲の演奏は限られたピアニストによって可能であったようだが、現在では20歳前後の若いピアニストが次々と難曲を弾きこなしている。還暦前後のピアニストは演奏可能でも、実際の演奏会でプログラムに入れるのは大変なことだと思う。まずは挑戦したピアニストに敬意を表したい。経験豊富な重厚なピアニズムを味わった後で、迫力に満ち溢れた力強い演奏を聴かせてもらって満足した。

聴衆はピアノが専門の聴衆が多いような気がした。
アンコールに2曲。①リスト:コンソレーション第3番  ②リスト:ラ・カンパネラ
誰にも耳慣れたリストの名曲が会場を和やかにした。

※所有のCDの解説によると、リストが1849年に〈ピアノと管弦楽のための作品〉(死の舞踏「怒りの日」によるパラフレーズ)を作曲した。この曲はTotentanz(死の舞踏) 作品番号S126 R457となっている。その後53年と59年に改訂し、59年に2台ピアノのための曲に編曲。別の書物ではサン=サーンスが74年に作曲した「死の舞踏」をリストは76年にピアノ独奏版に編曲したことになっている。(*この最後の記述はチョット変だと思っている。よくわからないが、サン=サーンスの交響詩と無理やり繋げた印象が残っていた。
リスト音楽院で研鑽を積んだ田代慎之介によると初稿の最終的な完成年は62年となり、その折にピアノ独奏用と2台ピアノ用も作られ1865年に出版されている。リストはオーケストラ曲をピアノ版に数多く編曲しているが、彼の記述の方が信頼性があるように思う。リストの曲を演奏して東京藝術大学などで教鞭も執っている専門のピアニストの解説に納得した。
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ティ-レマンとポリーニがショパンのピアノ協奏曲第1番で共演

2016年1月16日にポリーニがティ-レマン指揮ベルリン・フィルと共演してピアノ協奏曲第1番を弾いた情報を得て早速デジタル・コンサート・ホールを視聴した。
この2人は12年12月のベルリン・フィル演奏会でもモーツァルト協奏曲第21番で共演したという。11年にもシュターツカペレ・ドレスデンとブラームス協奏曲第1番を共演してライヴ・レコーディングを行っている間柄で相性が良いのだろう。

Maurizio Polliniは弱冠18歳で1960年ショパン国際ピアノ・コンクールに優勝。当時の審査委員長を務めた大ピアニストのルービンシュタインから“技巧的には、審査委員の誰よりも上手い”と絶賛された話は語り草として伝わっている。

ショパンのピアノ協奏曲第1番は1968年版ビクターLPレコードで聴き親しんだ。約30年間、レコードが擦り切れるほどまで愛聴した。ピアノはゲーリー・グラフマン(Graffman)で当時アメリカの中堅ピアニストでミュンシュ指揮ボストン響の演奏。99年に購入した最初のショパンのCDが偶々ポリーニ演奏の協奏曲第1番(*パウル・クレツキ指揮フィルハーモニア管)で1960年4月の録音。コンクール直後のロンドンでのライヴ録音でデビュー盤と言える。
今では自宅でこの「第1番」を聴くことは殆どないのでポリーニのCDのことはすっかり忘れていた。「第1番」はルービンシュタイン、ピリス、ツィメルマン、中村紘子、アルゲリッチ、キーシン、ブーニン、ユンディ・リなど12枚もあって、それぞれ数回耳にした程度である。

札幌コンサートホールには世界的に偉大な指揮者、演奏家が相次いで登場しているが、残念ながらポリーニの演奏をライヴで聴いたことが無かったので2012年11月に東京サントリーホールの演奏会に出かけた。ベートーヴェンのピアをノ・ソナタ第28番&第29番を聴いた。演奏会はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番~第32番と現代作曲家の曲を組み合わせて4日間開催された。その頃はポリーニ・パースぺクティヴとして数年間に亘って開催され、2012年は10月23日から11月14日まで室内楽公演も含めて開催された。
私が聴いた日は5割ぐらいの客入りだったが、初めてポリーニの演奏を聴いて胸が高鳴ったのを覚えている。70歳になってステージへの出入りは年齢を感じさせたが、鍵盤に向かった姿はきりりとして彼の真摯な演奏に聴衆は魅了された。緊張感を味わいながらも彼の音楽に集中した瞬間は今でも忘れられない。

今回のデジタル・コンサートホールでの姿はその時以来である。若い時は別にして、近年はショパンとポリーニを繋げて考えることは殆どなかった。特に「ピアノ協奏曲第1番」をポリーニが演奏会で弾くことは無いと思い込んでいた。フィルハーモニーでの聴衆も彼の演奏を大いに楽しんだようだった。カメラも通常のコンチェルトの際のカメラワークと違って、指揮者よりポリーニに焦点を当てていろんな角度から映像に収めていた。その分、たっぷりピアニストの表情や手の動きが見れた。
演奏中にコンサートマスターの樫本大進とスタブラヴァの姿も見え、演奏終了後にポリーニが彼らと握手をする姿も目に出来て良かった。
若手の華やかな演奏とは違って落ち着いた味わいのある演奏を鑑賞できた。1990年から5年ごとにショパン国際ピアノコンクール入賞者のガラ・コンサートを札幌で聴いているので20歳代前後の若いピアニストの演奏は聴き慣れている。ヴィルトオーゾが定期演奏会などで演奏曲目には選曲しそうにもないと思っていたので今回はある意味でとても新鮮だった。

ブログを書く前にポリーニが18歳で演奏した当時のCDを聴いてみた。現在の高品質のヘッドフォンで聴く音質と演奏の様子が見て取れる映像入りの音楽では少々違うとはいえ15年ぶりぐらいとなるCDもなかなか良かった。やはり名盤となっているのだろう。

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札響第602回定期演奏会(スダーン指揮フランク交響曲&モーツァルト協奏交響曲)

ユベール・スダーン(Hubert Soudant)は1975年の札響定期に客演し前回の札響との共演は2015年1月定期で見事なフランス音楽を聴かせてくれた(フォーレ:組曲“ペレアスとメリザンド”、ラヴェル:“ダフニスとクロエ”第2組曲)。
スダーンは2006年にザルツブルク・モーツァルト管を率いてKitaraに登場してオール・モーツァルト・プログラムを披露してモーツァルト生誕250年を祝った。
今回は「フランク:交響曲」がメイン曲で、もうひとつの話題曲は【プリンシパルズの協奏】とタイトルを付けて札響管楽器首席奏者をソリストにしての「モーツァルト:協奏交響曲」が演奏された。

2017年8月26日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara 大ホール

指揮/ ユベール・スダーン
独奏/  関 美矢子(オーボエ)、三瓶 佳紀(クラリネット)
     坂口 聡(ファゴット)、 山田 圭祐(ホルン)
〈Program〉
 ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番 op.72b
 モーツァルト:協奏交響曲 変ホ長調 K.297b(Anh. C14.01)
 フランク:交響曲 ニ短調 

「レオノーレ」序曲は3曲の中で最も壮大で勇ましいが、歌劇「フィデリオ」の序曲としては長すぎることもあってオペラ上演では演奏機会は殆ど無いようである。ただし、オペラの幕間に入れられたりする場面も多いと聴く。この序曲は単独で演奏される機会が多いと思うが札響定期演奏会で聴くのは久しぶりである。この序曲にはフロレスタンの妻レオノーレが男装して名をフィデリオに変えて夫を救い出す歌劇の場面が暗示されるトランペットの響きをはじめ、歌劇から取られている材料が多いといわれる。「序曲」として長い方であるが、ドラマティックな展開で聴きごたえがある。舞台裏から演奏されるバンダトランペットが印象的であった。

協奏交響曲は複数の独奏楽器を持つ交響曲風の楽曲でソロの活躍が目立つ。モーツァルトのこの曲では「オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン」の4つの管楽器がソロとなる協奏交響曲である。協奏曲は通常、外部から独奏者を招くが、協奏交響曲ではソリストにオーケストラの首席奏者を起用する(*PMF2000の札響演奏会ではソリストは4人のウィ-ン・フィル奏者が務めた)。
今回は札響首席奏者がソリストを務めるほど札響の管楽器奏者のレヴェルが高くなっている証左といえよう。4つの管楽器が織りなす魅力的な音色は得も言われぬ美しい響きとなってホールを包んだ。
(*本来の独奏楽器はフルート、オーボエ、ファゴット、ホルンだったが、依頼人がモーツァルトの手稿を失くしたためにモーツァルトが記憶で書き直した。その際にフルートがクラリネットに変わっていたのだが、その理由は不明のままだというエピソードのある曲でもある。この曲の筆写譜は20世紀初頭に発見された。1964年以降の研究でも結論が出ずに「疑作・偽作」を示す番号が付けられて複雑のままである。)

スダーンはオランダ出身であるが、新フランス放送フィル音楽監督(1982-83)などを務め、94年ザルツブルク・モーツァルト管首席指揮者・首席客演指揮者を10年以上務める。彼は99年から東京交響楽団首席客演指揮者に就任し、04年から14年まで音楽監督。現在は東京響桂冠指揮者。90年代より在京オーケストラを一通り指揮して評価を高めて、日本各地のオーケストラの客演指揮も多い。東京響とは相性が良く、同響のレヴェルを一段と押し上げたのではないだろうか。彼はオペラの分野でも話題作を上演し続け、ヨーロッパの歌劇場やオーケストラへの客演も多い。東京では外国人がシェフを務めるオーケストラが多いが、日本のオーケストラの実力向上に果している役割は多大である。

ベーム指揮ベルリン・フィルのCDで何回か聴いたことがある曲だったが、モーツァルトの権威の指揮者が札響のソリストを中心にオーケストラから引き出す音楽に惹きつけられた。4人の顔なじみの奏者がステージの真ん前で演奏する姿も普段と違う雰囲気が出ていて新鮮であった。女性のオーボエ奏者がソリストを務める時の衣装も一段と華やかで彩を添えた。

フランクの「交響曲」は久しく耳にしていない。近年は「ヴァイオリン・ソナタ」は聴く機会が極めて多い。フランク唯一の交響曲は66歳の時に作曲された。亡くなる2年前であった。この交響曲ニ短調は珍しい3楽章構成。しかし、第2楽章の中間部にスケルツォが入っているので、実質的には4楽章の形式を持っているとも言える。

冒頭のヴィオラ、チェロ、コントラバスの低音楽器による序奏で始まるテーマが全曲の循環主題となる重々しい響き。続いて第1ヴァイオリンが奏でる清らかな“希望の動機”。第2主題は全管弦楽による“信仰の動機”で曲の高まりを見せる。第2楽章では
弦楽器のピツィカートとハープの序奏のあとイングリシュ・ホルンの悲しげな調べの第1主題。弦楽器が奏でる第2主題も合わさる。第3楽章は管楽器の総奏のあとファゴットとチェロによる明るい“歓喜の主題”。この第1主題が様々に繰り返されて発展し、第2主題はトランペットが奏でる。その後、第1楽章や第2楽章の主題が組み合わされ、最後は“歓喜の主題”によってフィナーレとなる。

ニ短調からニ長調へと変わる“暗”から“明”への流れが全曲を貫いている感じをスダーンの明解な指揮ぶりから充分に鑑賞できた。フランクの生い立ちも本を読んで知っていたこともあって、曲の中にオルガン奏者としての重厚な響きも感じた気がした。
管楽器首席奏者4人が抜けても、前首席奏者や客演奏者が補ってメイン曲を演奏できるくらいの実力を備えていることは喜ばしい。

演奏終了後に指揮者が楽団員を称える関係にもスダーンと日本人との相性の良さが見て取れた。本拠地を日本にも置いて活躍する姿を確認できて良かった。また、札響と客演する日を楽しみにしたい。
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fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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