さっぽろ雪まつり期間中の時計台来訪者

札幌国際プラザ外国語ネットワークによる時計台ボランティアのレギュラー活動は5月から11月までの7ヶ月間。他に、さっぽろ雪まつり期間中の特別活動。普段と違って、雪まつりが主目的で来札する観光客が大部分で、彼らは祭りを見た後に時計台に立ち寄る。この時期の来館者は「札幌市時計台」が「元札幌農学校演武場」であったことを殆ど知らない。入館者の反応によって、最小限の説明はする。昨年の7ヶ月でボランテイアが応対した日本人は約2万5千人、外国人は70ヶ国6千人に及ぶ。この数日の外国人の来館者はオーストラリア人とアジア人が多くて、真夏の国からのオーストラリア人が圧倒的に多いようである。

私自身は館内をあちこち動き回らずに入り口近くの所定の室内で対応する場面が多かった。オーストラリアの若者3人に英語の紙芝居を使って札幌農学校の歴史と時計台の歩みを説明した。その様子を途中から最後まで見ていた大阪の数人の女性が自分たちにも聴かせてほしいと言ってきたので、日本語で農学校開校当時の事情と時計台の話を20分ほどしてあげた。農学校開校に尽力したホーレス・ケプロン、黒田清隆の話。明治時代に太陽暦に変えるために全国に72台の時計塔が設置されたが、現在も残っているのは札幌の時計台だけであること。おもり式の時計を1週間に2度巻き戻す仕事をしながら古い時計を守り通していること。

1時から4時半までのボランテイア活動を終えて、大通公園の雪まつり会場に足を運んだ。会場は好天に恵まれて連日大賑わいのようだが、裏方の人々の助力もあって会場内は割合スムースに移動できた。雪まつり会場には毎年来ているわけではないが、今回は10丁目会場で思わぬ出来事があった。今迄、10丁目広場が大雪像の会場に使われているのは知らなかったのだが、この広場の北側には「黒田清隆之像」、南側には「ホーレス・ケプロン之像」がテレビ塔を向いて建っていた(2つの銅像は台座も含めて6メートルの高さ)。1967年の北海道百年記念で建立された。ぞの名を確認しながらカメラを回しているご夫婦の姿を見たので話しかけてみた。ケプロンのことを説明してあげた。彼は農学校の設立を北海道開拓使長官の黒田清隆に進言して北海道開拓に貢献した明治政府のお雇い外国人である。時計台のことも話題にしたら、熱心に私の話を聞き、何度も来ている北海道だが、次回は時計台を見学すると言っていた。時計台が元札幌農学校の建物であり、由緒ある歴史的建造物で貴重な文化遺産となっていることは実際に建築物内に入ってみないと解らないでいる人が多い。ご夫婦に意外なところで感謝されて嬉しい気持ちになった。

13丁目の市民の小雪像で両ひざから下が素あしの外国人の姿を見て、思わず「寒くないですか」と英語で声を掛けたら、「ほんのチョット」と返答があった。オーストラリアから来た若い人で、スキーを楽しみに北海道に来ているのかと訊いてみたら、そうだという。ニセコに来ているのだと思ったら、2週間の予定だと言っていた。風を引かないように気を付けて、スキーを楽しんでと言って気軽にごく自然な会話の雰囲気。ニセコで日本人にも慣れているのだろうが、どこでも気軽に対応できる外国人が増えているのは良いことである。

※今年は北海道命名150年。三重県松坂出身の探検家の松浦武四郎が本州から北海道・樺太などを何度も探検して、現在の北海道の地名の候補をあげた。そのうちの「北加伊道」が採用され、東海、南海、西海に対応して「北海道」になったのが1869年。今年は北海道命名150年の記念年。数年前に三重県の人たち一行が地元の偉人の松浦武四郎が名付け親の地を訪れようということで来道して時計台に立ち寄った際に、松浦武四郎が三重県出身と分ったのである。

※黒田清隆は第3代北海道開拓使長官を務めて、日本最初の札幌農学校設立と北海道開拓に貢献した。のちに、第2代内閣総理大臣を務めたことは余り人々に知られていない。
同じ薩摩藩士の西郷隆盛は明治維新の立役者として有名である。弟の西郷従道(じゅうどう、つぐみち)は黒田清隆が辞任した後の第4代北海道開拓使長官の任にあった(*2ヶ月ほど)。時計台に来館した外国人を通して知った。(*彼は日本の国際将棋大会にオーストリア代表として来日した人で赤レンガで歴代開拓使長官・知事の写真を見てきて、黒田の次の開拓使長官が西郷隆盛の弟である西郷従道だと語ったのである)。数年前の出来事であるが、私は早速赤レンガを訪ねて西郷従道の名を知った。
今年のNHK大河ドラマ「西郷どん」で「従道」の活躍の場面も出てくるだろうが、彼は初代海軍大臣で明治政府の要職を務め、内閣総理大臣候補として推されたが断り続けた話も語り継がれている。

※時計台は阪神淡路大震災が勃発した1995年(平成7年)から耐震装置を備えるための工事で建物全体が解体され、復元工事が1998年(平成10年)に完成した。外壁と屋根の改修工事が今年20年ぶりに行われるために、5月から10月まで閉館の予定である。そのため、例年は行っていなかった雪まつり以降も4月末まで時計台ボランテイア活動は続く。
札幌市がどんな広報活動を行うか分からないが、国内、特に海外の観光客に予め休館の情報が伝わって無駄足にならないようにと願う。
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オルガン・ウインター・コンサート 2018

[札幌コンサートホール開館20周年]

Kitara恒例のOrgan Winter Concertは札幌雪まつりの開催時期に開催されている。この機会に本州からKitaraを訪れる観光客の姿を見るのも嬉しいことである。

2018年2月4日(日) 15:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

オルガン/ マルタン・グレゴリウス(第19代札幌コンサートホール専属オルガニスト)

〈プログラム
 J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
        「シュープラー・コラール集」より “目覚めよ、と呼ぶ声あり” BWV645
 ダカン:異国風のノエル
 ヴィヴァルディ:「四季」より “冬”  第2楽章 ラルゴ
 モランディ:序奏、主題と変奏、終曲 第1番 へ長調
 グレゴリウス:日本とポーランドの曲に基づく即興演奏
 フランク:「3つの小品」より 第2曲 カンタービレ ロ長調
 ヴィドール:オルガン交響曲 第5番 ヘ短調 作品42-1より 第5楽章 トッカータ

地下鉄中島公園駅を降りた際の人の群れからKitaraへ向かう人々の熱気のようなものが辺りを包んでいた。昨日の札響の演奏会に臨む人々とは少々違う人たち。寒さは厳しいが降雪もなくて好天に恵まれ、しかも、ワンコインで鑑賞できるコンサートとあって子ども連れの家族や若いカップル、Kitaraを初めて訪れる観光客と思われる人の姿もあった。開演前のホールは満席状態で聴衆の期待度が高まっていた。
今回のオルガン鑑賞は手鍵盤と足鍵盤が見えるRA席の端の方に座ろうと決めていた。譜めくりストがいる場合は必ずしも望みが叶うわけでもない。数曲の演奏に譜めくりストが立っている場面があったが、幸いオルガニストの手と脚の動きは見れた。

バッハの2曲は最も人々に親しまれている曲。曲の趣は違うのが、手鍵盤と足鍵盤の使い方で分かった。手鍵盤は4段あるが、荘重な音を出す第3・4手鍵盤を使うのが第1曲。第2曲が第2・3手鍵盤。超低音の足鍵盤は各曲で随時、使用される。

第3曲と第4曲は冬がテーマのタイムリーな選曲。ヴィヴァルディは有名だが、初めて名を聞くダカンはヴィヴァルディとほぼ同時代のフランスの作曲家だそうである。フランス語の「ノエル」は「クリスマス」の意。第2・3・4手鍵盤を用いていたのが目を惹いた。

モランディは19世紀イタリア音楽に演劇的な効果をもたらした作曲家とグレゴリウスは述べている。曲のタイトルに従って聴くとオペラの流れのように展開される音楽。第1・4手鍵盤、第2・3手鍵盤の使用で、曲調の変化も効果的で、大きな響きでフィナーレ。

グレゴリウスが得意な即興演奏を聴くのは3度目になるが、今回は歌われた日本の音楽のメロディが何だったのか見当もつかなかった。前2回と違って、誰もが直ぐ判るほどのメロディではなかったようである。

フランクとヴィドールは有名な作曲家。オーケストラのような多彩な音色や響きを生み出す曲作り。「カンタービレ」は第4、第2手鍵盤が交互に使われ、第3手鍵盤や足鍵盤を合わせて用いられる意外な展開。

ヴィドールの「オルガン交響曲」ではパイプオルガンが持つ音の多様性を発揮して、ストップを使って予めレジストレーションされた音と相まって管弦楽曲のような音楽。50分弱のコンサートを締めくくるのに相応しい曲であった。

オルガン・リサイタルでチケット完売になったことが過去に数回あるが、グレゴリウスはホールの座席を埋めた客に日本語で挨拶して、一段と大きな拍手を浴びた。アンコール曲も日本語で紹介して、「バッハ:主よ、人の望みの喜びよ」を演奏。
ホールが聴衆で埋まるのは嬉しい。気分が高揚して音楽を楽しめ、帰路に着く足も軽くなる。
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札響名曲シリーズ2017-18 ~田園から運命へ~ (指揮/ポンマー)

2018年2月3日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ マックス・ポンマー    管弦楽/ 札幌交響楽団

ポンマーが初めて札響に客演した時から、お互いに相性が良くて、2015年に首席指揮者に就任してから3シーズンが経過した。2018年3月で任期満了を迎え、81歳の首席指揮者は年齢のこともあり、敢えて契約を更新しなかったようである。自分のすべきことが、このオーケストラで達成できて満足している様子がコンサートやいろいろな記事などでの状況から判断できる。
今回が札響首席指揮者としての最後の演奏会であったが、6日の東京公演も最後の札幌公演と同じプログラムで指揮を執る。

〈Program〉
 ベートーヴェン:交響曲第6番 へ長調 作品68「田園」
           交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」

バッハを中心にドイツ音楽を主に紹介してきたポンマーがベートーヴェンの最高傑作2曲を最後のプログラムに据えた。クラシック音楽ファンのみならず多くの人に最も親しまれている交響曲を選曲したこともあり、地元のオーケストラの首席指揮者として最後の舞台を飾るにふさわしい満席状況の中でコンサートが行われた。

ベートーヴェン・チクルスの場合は別として、奇数番号の交響曲の演奏機会は多いが、偶数番号の演奏機会は非常に少ない。作曲家自身が付けた曲のタイトルは良く知られいて、メロディも親しまれている。派手な曲ではないので指揮者が敬遠しがちなのだろうか。CDでは「運命」と「未完成」がカップリングされたものが、以前は出回っていて、手元にもワルターやC・クライバー指揮のCDがある。演奏会で「田園」と「運命」の組み合わせは珍しいと思った。今シーズンの名曲シリーズの5回券を購入していたので、鑑賞することになった。

「第5番」と「第6番」は同じ頃に完成されて、初演は1808年12月22日ベートーヴェン自身の指揮で行われた。「田園」は自然をこよなく愛したベートーヴェンが5楽章構成で書き上げた。各楽章に標題をつけ、自然描写を試みているが、第5楽章は造物主に対する感謝の歌。第1・2楽章が長めの楽章で聴きごたえがあったが、その後の第3・4楽章がそれぞれ短くて、曲のメリハリを味わえなかった。第3楽章以降はアタッカで切れ目なく演奏された。全体的にはメロディの美しさが鮮やかで、ホルン、フルート、オーボエなどの管楽器が奏でる旋律が楽しかった。
演奏終了後にはブラヴォーの掛け声も飛んで、盛り上がった。

「運命」のタイトルは日本でのみ通用する呼称と言われている。「第5番」の第1楽章の第1主題に“運命のモチーフ”が出てくるが、楽章全体を支配する雰囲気になる。第2楽章は牧歌的であるが、ここにも“運命の動機”が現れる。第3楽章はスケルツォ。第4楽章はアレグロでピッコロ、コントラ・ファゴット、トロンボーンが加わる。(*トロンボーンはベートーヴェンによって初めて交響曲に用いられた楽器と記憶している)。この最終楽章では勝利の喜びが歌われるが、“運命のモチーフ”がここでも出てくる。ミュンシュ指揮ボストン響による演奏をLPで1960年代後半から聴き始めて、ベートーヴェンの交響曲では最高だと思っていた時代もあった「運命」。久しぶりで、良い席から耳にして、改めて曲の良さを味わった。
自分としては、「第6番」より「第5番」の方もが盛り上がったが、演奏終了後に盛大な拍手は沸き起こったが、ブラヴォーの声は上がらなかった。声を上げる人が居合わせなかったのかも知れない。

アンコール曲は「J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番より “アリア”」。

6日のサントリーホールでの演奏はどんな評価を受けるのだろうか。マックス・ポンマーは札響首席指揮者は退任するが、11月・12月の札響定期には客演する予定になっている。

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札響第606回定期演奏会(首席指揮者ポンマー最後の定期、共演は小菅優)

~北の自然と管弦楽がとけあう・・・「極北の歌」 札響初演~

ポンマーは札響首席指揮者に就任した最初のシーズンにフィンランドの作曲家、ラウタヴァ―ラ(1928-2016)の曲を定期公演で取り上げた。指揮者は30年ほど前に作曲家と知り合い、彼の交響曲をCDにする仕事を引き受けた。レコーディングにあたって彼と親交を深め、彼の作品が好きになって札響で紹介する機会を持った。作曲家も喜んでくれたそうだが、その吉報を得た後に逝去した。ポンマーは札響首席指揮者を退任する最後の定期演奏会で、北国の自然と深く関わり合うラウタヴァーラの作品を再度、演奏することになった。
Pommerはライプツィヒ出身でライプツイヒ音楽院に学び、小澤と共にカラヤンに師事した経歴を持つ。札響在任中にバッハ、メンデルスゾーン、シューマンなどライプツィヒと深く関わる作曲家やモーツァルト、R.シュトラウス、レ―ガ―の作品を数多く演奏した。3年間の首席指揮者在任中に札幌にバッハの伝統を作り上げたいという強い意志とドイツの音楽を伝えたいという伝道師のような働きをした。

小菅優は1983年、東京生まれ。93年にドイツに渡り、9歳でリサイタルを開き、オーケストラと共演したという。その後、音楽の才能を順調に伸ばしてヨーロッパで大活躍。世界各地の著名なオーケストラと共演を続け、05年にカーネギーホール・デビュー、06年にはザルツブルク音楽祭でリサイタル・デビュー。日本では、05年に自主リサイタルを開催し、サカリ・オラモ指揮フィンランド放送響と全国ツアー。07年4月広上指揮札響定期に初登場して、「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」を演奏。今回の札響共演は2回目。Kitaraには12年、シェレンベルガー指揮カメラータ・ザルツブルグとの日本ツアーのソリストとして、「モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番」を弾いて以来、6年ぶり3回目の登場。スケールの大きな演奏スタイルだが、繊細さも持ち合わせて、室内楽でも一流演奏家と共演を続けている。2010年から開始した日本でのベートーヴェン「ピアノ・ソナタ全曲演奏会」(全8回)を15年に完結。まだ30代半ばだが、日本を代表するピアニストとして名高い。札幌でリサイタルを聴きたいと願うピアニストである。

2018年1月27日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

 指揮/ マックス・ポンマー(Max Pommer)   ピアノ/ 小菅 優(Yu Kosuge)
〈Program〉
 ラウタヴァーラ:鳥と管弦楽のための協奏曲「極北の歌」(1972)
 モーツァルト:ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
 メンデルスゾーン:交響曲 第3番 イ短調 op.56 「スコットランド」

鳥の声を素材にした作曲家はメシアンが心に浮かぶが、ラウタヴァーラの音楽には北欧の澄んだ大気と大自然を感じさせるものがある。前回の「交響曲第3番」でも鳥の声を思わせる印象的な場面もあった。「極北の歌」は小鳥の鳴き声と生のオーケストラを共存させた作品。作曲家自身が北極に近い場所で渡り鳥の声を録音したという。録音された何種類もの鳥の声が和声のような響きとなり、オーケストラの演奏と混じり合って一つの音楽となる珍しい試みである。
銅鑼、ハープ、チェレスタも効果的に使われ、管弦楽の響きと調和して北欧の澄んだ空気と大自然の様子が不思議な感じで伝わってきた。

モーツァルトは交響曲も短調作品は2曲だけだが、ピアノ協奏曲も27曲中で短調の曲は2曲のみ。前回、小菅が弾いた「第20番ニ短調」と今回の「第24番ハ短調」は対をなす。予約演奏会のために作曲に追われる環境の中で、モーツァルトは充実した作品を書き続けた。この「ハ短調」の作品もピアノ協奏曲の傑作として知られる。当時の調性感覚を超えた技法で書かれ、美しい旋律が全編を覆う。カデンツァはモーツァルトは書いていないのでピアニストが自由に弾ける。モーツァルトはクラリネットという楽器を曲にあまり使わなかったと記憶しているが、ピアノ協奏曲第22、23,24番にはクラリネットを珍しく用いている。彼の後期3大交響曲(*ポンマーが札響600回定期で演奏)に通ずる内容を持った作品と言えるので、ポンマーが選曲にかかわったのかな(?)と余計なことを考えてしまった。
いずれにしても、緩徐楽章での木管とピアノの対話は美しかった。最終楽章のコーダも力強く、久しぶりで聴く小菅の非の打ちどこるの無いピアニズムに満足した。曲全体を通して、多様なリズム感、繊細な感情や深みのある華やかさなど曲を鮮やかに浮き出させていた。堂々たる演奏であった。ポンマーも満足そうであった。
会場から沸き起こる最大な拍手に応えて、アンコール曲は「メンデルスゾーン:ヴェネツィアの舟歌 第3番」。

※「ピアノ協奏曲第24番」の札響初演が1973年でピアノがラドゥ・ルプーと知ってビックリ。札響定期では76年にペライアが弾いている。前回の定期ではルケシーニが弾いたのは聴いていて記憶していた。特に70年代に海外の演奏家の日本ラッシュがあったようで、札響の記録にも、アルゲリッチ、ホリガー、フレイレ、ゴールウェイ、パールマンなど多くの著名音楽家の名が載っている。

1829年3月、バッハの死後初めて「マタイ受難曲」を再演指揮し、バッハ再評価の口火を切ったメンデルスゾーンはロンドンでの演奏会の後にスコットランドを旅した。その時に序曲「フィンガルの洞窟」と「交響曲第3番」の楽想を得た。番号の付いている交響曲は5曲であるが、「スコットランド」は完成までに13年の歳月を要して楽譜の出版が1842年になり、メンデルゾーン最後の交響曲になった。(*メンデルスゾーンは1843年にライプツィヒ音楽学校を設立。シューマンも作曲とピアノの教授として加わった。)

スコットランド特有の自然・文化を背景に5音音階や民謡的素材を生かしてメンデルゾーンがロマンティックな表現で音楽にしている。スコットランド民謡を素材にして造形された主題は魅力的である。バグパイプ風の感じもするスケルツォ。神秘的な雰囲気も描かれる曲はアタッカで切れ目なして演奏されるのが普通だと思っていたが、最終楽章の前にポンマーは休みを入れた。第4楽章はアレグロ・ヴィヴァチッシモでソナタ形式の終曲。凱歌が奏でられた場面はスコットランドの諸部族の争いの歴史を暗示するものであったようである。フィナーレとして聴きごたえがあった。ある程度イギリスの歴史や民族については知っているつもりだが、スコットランドが1707年までは独立した王国であって、現在もイギリスからの独立を目指しいることと曲が直ぐに繋がらないのが口惜しくもある。

来月3日の札響名曲シリーズにもポンマーは出演するが、首席指揮者としての定期は最後ということで、普段よりもオーケストラの首席・副首席奏者を含め楽団員全員に対する感謝の様子が伝わった。日本人らしい礼儀の正しさも身に着けておられる姿は指揮者としてだけでなく人間としての心の豊かさを感じ取れた。

※日本でイギリス、英国と呼ばれる国の正式名は“The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland”。略してU.K.。
England+Wales=Britain。Britain+Scotoland =Great Britain。Great Britain+Northern Ireland =United Kingdom。イングランドは国の一部で、人を表す語はそれぞれ Englishman, Welshman, Scotsman, Irishman と区別される。BritishはBritain、Great Britainに対応する。スコットランド人に対してEnglishmanという語は適切でない。狭い意味では男性語だが、女性はwomanにすると良い。一例を挙げただけであるが、それそれが英語以外に独特の方言、文化を持つ誇り高い民族である。フットボールの発祥地で現在のWorld Cupでも特別ルールが出来上がっているほどである。ゴルフの聖地がスコットランドであることも有名である。
シェイクスピアの時代のスコットランドは現代とは違って独立国だったのである。知っておいた方が良い知識もまだまだたくさん有ることを今回のコンサートを通して実感した。
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新進演奏家育成プロジェクト リサイタル・シリーズ(ソプラノ/佐々木アンリ)

10年前に[演連コンサートSAPPORO 5] を聴いたことがあった。当時、北海道二期会に所属して、札幌の音楽界で活躍していたソプラノ歌手のリサイタルだった。彼女が音楽大学に進学したのを知っていたので、その活躍ぶりを一見しておきたいと思った。札響とも共演し、多くのステージで活躍していることが判った。
新進演奏家育成プロジェクトのオーケストラ・シリーズ開催を2年前に知って聴き始めた。文化庁の支援事業なので名称を変えて継続されているコンサートだと解った。

今回のコンサートは[リサイタル・シリーズSAPPORO14] 《佐々木アンリ ソプラノ・リサイタル》。ソプラノ歌手の名は何となく知っていた感じがしていた。2年前のオーケストラ・シリーズに札響と共演していた演奏家で、オペラのアリアが凄く印象に残る歌手だったのを思い出した。ピアノの新堀聡子は札幌の音楽界で活躍している俊英ピアニスト。

2018年1月26日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集 作品91
 プーランク:ルイ・アラゴンの2つの歌、愛の小径
 モーツァルト:オペラ《フィガロの結婚》より「愛の神よ、安らぎを与えてください」
 グノー:オペラ《ファウスト》より 宝石の歌「何と美しいこの姿」
 プッチーニ:オペラ《蝶々夫人》より 「ある晴れた日に」
         オペラ《トスカ》より「歌に生き、恋に生き」
 ヴェルディ:オペラ《運命の力》より 「神よ、平和を与えたまえ」

Anli Sasakiは札幌出身で東京藝術大学卒業。ライプツィヒ音楽大学を最優秀で卒業し、バイロイト音楽祭の奨学生に選抜され、ドイツの歌劇場で主役を演じて喝采を浴びた実績を誇る。帰国後、札響との共演も重ね、北海道二期会のオペラにも主役で出演している実力派の演奏家。
開場時から多くの人々がホールに駆け付け、期待の高さがうかがえた。コンサートの前半が歌曲、後半がオペラのアリア。ワーグナーの歌曲は耳にすることは珍しい。来月の藤村美穂子のリサイタルのプログラムで歌曲のタイトルを初めて知ったくらいである。プーランクの曲は「愛の小径」をピアノ曲で聴いたことがある。日本の歌曲やシューベルトなどの聴き慣れた歌曲は別にして、初めて耳にする歌曲の良さは簡単には解らない。白井光子や藤村美穂子などのドイツ・リートは先入観があって、その素晴らしさが味わえた。佐々木の声量も十分で、非凡さが表現されていたのは間違いないが、オペラのアリアに対する期待度が勝っていることもあって、感激するほどでもなかった。
後半のオペラのアリアは極めて有名で聴き慣れていて期待通りだった。オペラのドラマティックな雰囲気が良く出ている演唱となって素晴らしかった。最後の2曲は前回と同じアリアで、彼女が最も得意にしているようであった。《運命の力》は「序曲」を聴く機会は多くても、アリアは珍しい。コンサートの最後を飾るにふさわしいアリアで、佐々木の歌唱にブラヴォーの声がひときわ高く、何度も声が掛かって聴衆の大拍手を浴びた。新進演奏家のレヴェルを超えた卓越した歌手である。実力に加えて、風格も兼ね備えている音楽家のように思えた。

アンコール曲は[プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より“私のお父さん”].。





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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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