天満敦子ソロ・ヴァイオリン・コンサート

《望郷のバラード》でブレークして話題となり、親しみのある飾り気のない雰囲気の演奏会で人気のヴァイオリニスト、天満敦子。彼女のコンサートを初めて聴いたのはKitaraがオープンした年の1997年11月。大ホールでの演奏曲目を当時のプログラムで確認すると「ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番」、「ポルムべスク:望郷のバラード」、「バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」、「バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番」という本格的なもの。2回目は2003年スワロフスキ―指揮スロヴァキア・フィルとの共演で「ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲」、「望郷のバラード」、「ツィゴイネルワイゼン」と今ではビックリするほどのプログラム。2010年は「フランク:ヴァイオリン・ソナタ」以外は名曲の小品集。
しばらく彼女のコンサートは聴いていなかったので、昨年12月〈ふきのとうホール〉での公演を聴くつもりだった。その時は入院中のため妻にチケットを譲っていた。今回はその埋め合わせのコンサート。Kitaraでは3年半ぶりのリサイタルになるそうである。

2016年5月29日(日) 1:30pm 札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 J.S.バッハ:無伴奏パルティータ第2番より 「アルマンド」
 カタロニア民謡/カザルス編曲:「鳥の歌」
 シューマン:「トロイメライ」、フォーレ:「シチリア―ノ」、マスネ:「タイスの瞑想曲」
 イギリス民謡/和田薫編曲:「グリーンスリーヴズ」、 フォスター:「スワニー河」
 黒人霊歌:「アメイジング・グレイス」、 ポルムべスク:「望郷のバラード」
 山田耕作・梁田貢/竹内邦光編曲:「この道・城ヶ島の雨」
 熊本県民謡:「五木の子守唄」
 岡山県民謡ー山田耕作/和田薫編曲:「中国地方の子守唄」 
 中田喜直:「雪の降る街を」、 小林秀雄:「落葉松」
 ホルスト:「ジュピター」

今回は小品集のプログラムによる全15曲。前半は外国の作品9曲。後半は日本の曲5曲とホルストの作品。全ての曲が無伴奏で演奏された。叙情味あふれる曲ばかり。
前半の曲は馴染みの名曲小品集だが、選曲に天満の特徴も出ている。アメリカ的性格を持つ歌曲や、黒人霊歌も入れた。
シチリアーナとはイタリアのシチリア島が発祥の舞曲。一昨日の三浦文彰のコンサートでもアンコール曲として演奏され、曲名は同じだが作曲家名が違った。

天満敦子の代名詞とも称される「望郷のバラード」はルーマニアの作曲家の作品。ポルムべスクはブルックナーに師事し、将来を嘱望されていたが29歳の若さでなくなった。この曲は祖国の独立運動に参加して投獄されていた収容所で故郷を偲びつつ書かれたと言う。1992年に天満は文化施設としてルーマニアを訪問した。それが縁で翌年に「望郷のバラード」の日本初演を行い、CDの発表に繋がり大ブレイク。これ以降、彼女はクラシックという従来の枠にとらわれない幅広い音楽活動を展開するようになった。

前半終了後、主催者に促されてのトークだったが、彼女の話を待ち望んでいた客が大部分であったようである。“ピアノなしの無伴奏によるコンサートは節約の為か?”という雑音も聞こえてくるが、“ヴァイオリンだけが奏でる音が堪らなくて”敢えて「ソロ・ヴァイオリン・コンサート〉も企画していると語った。
ストラディヴァリウスの楽器に出会って29年目を迎えると言う。楽器の29回目の誕生日、6月6日にはウィーン楽友協会のブラームス・ザールでコンサートを開くそうである。“人間とは未婚であるが、ヴァイオリンという旦那さんと結婚して29年目”という彼女の率直な語りに愛器ストラディヴァリウスに寄せる想いが感じとれた。
天満はKitaraホールを埋めた約千名への感謝の気持ちを何度も表し感激している様子であった。何度も来札公演を行っているが還暦を迎えてのKitaraでのコンサートに感慨も一入だったと想像される。
私自身、大ホールではリサイタルでも7・8列目中央に座席をとるのが普通であるが、今日は特別に3列目のほぼ中央に座ってヴァイオリンの弱音を聴きとれるようにした。ステージに近いところで演奏家に密着できた気がした。

後半は日本の童謡・民謡などが中心のプログラム。
「この道」の歌詞には“あかしやの花”や“白い時計台”が出てくる。北原白秋が札幌の思い出を綴った詩とされている。昨日は時計台でボランテイア活動をして観光客に時計台の案内をしたばかりだった。歌曲“城ヶ島の雨”とともに1曲の無伴奏ヴァイオリン曲として味わい深く聴けた。
日本の童謡・唱歌・民謡などはオペラ歌手のプログラムで聴くこともあるが、無伴奏のヴァイオリン曲として聴いたのは初めてかも知れない。叙情味あふれる曲なので、歌詞から情景を思い浮かべながら独特の音を奏でる曲に浸った。特に、「雪の降る街を」は素晴らしくて堪能できた。

天満はコンサートの最終曲はいつも「望郷のバラード」にしていた。2011年東日本大震後の東北のコンサートで最後に「ジュピター」を演奏した。その時以来、「ジュピター」を最後の演奏曲にしているという。札幌では数年来PMF賛歌として親しまれている曲で、客の反応も良くブラボーの声も一段と高かった。ヴァイオリニスト自身もKitaraで思い通りの演奏が出来たようでガッツポーズをしていた。

アンコール曲は「山田耕作:からたちの花」、「佐々木すぐる:月の砂漠」。

昼間に開催されるコンサートではKitaraの行き帰りに通る中島公園の緑の木々の間で、午後の陽射しを浴びて輝くつつじやライラックなどの花が見られる。藤棚の下を通るとウィステリアの独特な香りが漂ってくる。コンサートで演奏されたアンコール曲の余韻に浸りながら歩く楽しさは至福のひと時でもある。(*天気に恵まれないときなどは別にして、地下鉄と直結していないKitaraホールの環境の素晴らしさを改めて痛感!)



三浦文彰ヴァイオリン・リサイタル(ピアノ:田村 響)

セキスイハイム特別協賛による三浦と辻井のコンサートが5月と6月にKitaraで続く。辻井伸行ピアノ・リサイタルの全国ツアーが1・3月に行なわれて、2月は彼の休みの月かなと思っていた。あとで、2月にはオーケストラとの共演やヴァイオリニスト三浦文彰とのデュオによるコンサートの予定がそれぞれ幾つか入っているのが判ってエネルギッシュな辻井の活動に驚いたことがあった。同時に三浦との交流を知る機会にもなった。

三浦文彰(Fumiaki Miura)は2009年ハノーファー国際コンクールに史上最年少の16歳で優勝。早速、2011年トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィーンに登場する予定だったが、東日本大震災のため公演中止となり、翌年の同公演で札幌でのコンサートも実現して「モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第2番」を弾いた。地味な選曲を意外に思ったものである。三浦は2016年1月からはNHK大河ドラマのテーマ曲による斬新なメロディの演奏で一躍脚光を浴びている。

2016年5月27日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈プログラム〉
 ドヴォルザーク:4つロマンティックな小品 作品75
 ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 作品24 《春》
 服部隆之:大河ドラマ「真田丸」メインテーマ
 タルティ-ニ: ヴァイオリン・ソナタ ト短調 《悪魔のトリル》
 ヴィエニャフスキ:華麗なるポロネーズ第1番 作品4
 グルック:メロディ~歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」より
 ブロッホ:ニーグン
 サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン 作品20

国内外のオーケストラとの共演や国際的な音楽祭出演などで大活躍の三浦の初のヴァイオリン・リサイタルを聴けるのは大きな楽しみだった。ピアニストの田村響は2007年ロン・ティボー国際コンクール優勝(*当時20歳)で大変な話題を集めた。いつかリサイタルを聴きたいと願っていたピアニストで、今回のデュオのプログラムは大歓迎だった。

ドヴォルジャークのこの曲は聴いたことは無いかなと思ったら、5年前の吉田恭子・白石光隆のデュオリサイタルの折に購入した彼らのCDに曲が入っているのに気づいたのが数日前の事。少なくとも1・2度は耳にしている。「カヴァティーナ」、「カプリツィオ」、「ロマンス」、「エレジー」の4曲として構想されたが、無題のまま出版されたという。タイトルがあると曲のイメージも浮かんできて親しめるのにと思った。コンサート当日までに数回聴いておいた。チェコの舞曲や民話をもとにした作品かも知れない。美しい旋律に満ちた15分程度の曲。

ベートーヴェンの10曲のヴァイオリン・ソナタの中で、やはりタイトルのある「春」と「クロィツェル」は馴染みの曲で言及するまでもない。4楽章から成る曲が全編を通して明るい。

前半2曲はピアノとヴァイオリンが対等に渡り合う曲で、三浦も楽譜を前に置いての演奏だったのは意外だった。ピアニストとの呼吸のとり方で慎重を期したのだろう。

後半はテレビを通して毎週日曜日に流れる曲。本人の生演奏で聴くのは堪らない。戦国時代に城を守る武士たちの様子が眼前に浮かぶ。ヴァイオリンのスピード感ある音色が続く演奏に高揚した聴衆の反応は一段と大きくなり会場が盛り上がった。

「悪魔のトリル」は川畠成道が度々演奏していた曲でタイトルを覚えた。イダ・ヘンデル演奏のCDで約15分のソナタを改めて聴いてみた。イタリアの作曲家タルティーニ(1692-1770)が1740年代に“夢の中で、魂を売り渡すのと引き換えに悪魔が聴かせてくれたトリルのパッセージに霊感を受けて”書いたという作品。曲の終盤で絶え間ない“悪魔のトリル”が繰り返される。無伴奏でヴァイオリンが奏でるパートがかなり長く続いたが、目の前で繰り広げられる高度なテクニックに釘付けになった。

ポーランドの大ヴァイオリニスト&作曲家であったヴィニャエフスキ(1835-80)は11歳でパリ音楽院を卒業した天才。ポーランドの舞曲ポロネーズのリズムに合わせて華麗なテーマと陰りのあるトリオが美しいコントラストをなして展開される。レーピンやヴェンゲーロフが得意としているようだが、ロシアでの人気曲なのだろう。勿論、日本でも親しまれている華やかな馴染みのメロディ。

グルック(1714-87)はウィ‐ンを本拠地としてヨーロッパ各地で活躍したオペラ作曲家。歌劇の改革者といわれるグルックの最も革新的な作品から「精霊の踊り」(メロディ)。昨年、五嶋龍がリサイタルのアンコール曲にこの曲を弾いた。クライスラーが編曲したこの曲が吉田恭子のCDに入っていた。花が咲き乱れ、小川が流れる天国の野原で精霊たちが踊る様子が描かれる美しい曲。簡単に弾いているように見えるが、多分この曲も難曲なのかもしれない。

ブロッホ(1880-1959)は作曲家名は曖昧な記憶だけで、作品名は初めて聞く。プログラムの解説によると、スイスの作曲家でヴァイオリンの名手イザイに師事し、アメリカで演奏と教育に携わった。この作品はユダヤ敬虔主義の信者を描いた3枚の絵を表す3曲から成る組曲《バール・シェム》の第2曲。「ニーグン」は即興的な祈りの歌で思ったより親しみやすい曲であった。

サラサーテ(1844-1908)は有名なスペインの作曲家で“パガニーニの再来”と称されたヴァイオリンのヴィルトオーソ。ドイツ語のタイトルは「ジプシーの歌」の意味。チャルダ-シュを用いたヴァイオリン曲として演奏機会の多い名曲。
コンサートのフィナーレに相応しい曲で、超絶技巧を駆使した三浦の演奏は聴衆の心を鷲掴みにした。

後半はヴァイオリストが技巧を発揮する場面の多い曲がほとんどで、三浦は全て暗譜で演奏した。ヴァイオリ二ストが自分の技量を見せるには格好の曲で、ピアニストはどちらかといえば支え役だが田村はしっかりサポートした印象を受けた。

国際的なコンクール優勝の実績を持つ20代の若者によるコンサートはいつもと違う雰囲気を作り上げていた。コンサート終了後は満席に近いホールを埋めて観衆は女性客が比較的に多くテレビを通しての人気の高さを窺がわせた。
アンコール曲は「パラディス:シチリアーノ」。最後に、共演者の田村に促されて、三浦が《「真田丸」のメインテーマ》を無伴奏で演奏した。

※伊勢志摩サミットが終了したが、2008年洞爺湖サミットでボランティァ活動に参加したことを思い出した。札幌国際プラザ外国語ボランティアとして海外から来る報道陣や観光客を主な対象として札幌駅インフォメーションデスクで2日間対応を行なった。いろんな案内があったが駅のロッカーが封鎖されて使えない理由を問われた状況は今回のサミット開催に伴う状況と変わらない。この時ほど全国から派遣された多くの警察官の姿を市の中心部で目にした事はなかった。とにかく無事にサミット終って何よりだった。

※サミット終了と同時にメディアの関心事は米国オバマ大統領の広島訪問に移った。歴史的な米国大統領の広島訪問。核廃絶につながる小さな一歩であることは確かである。夜遅く聞いたオバマ大統領の演説は心に響く素晴らしいスピーチだった。ハーバード大学では20年以上にもわたって「トルーマンと原爆投下の是非」を論じる授業が行われているという。(*1月に出版されたPHP新書「ハーバードでいちばん人気の国・日本」の著書による。)どこの国にも言えるのだろうが日本のメディアが必ずしも客観的な情報網を持っているとは限らない。知らない情報が沢山あるようである。50年前に訪れたスミソニアン博物館で見た「エノラ・ゲイ」は今も目に焼き付いている。(*1995年の展示騒動以後、エノラ・ゲイはWashington D.C.の国立博物館には展示されていない。)

川畠成道ヴァイオリン・リサイタル2016

視覚障害を持つ人々を支援するチャリティコンサートを展開する川畠成道のリサイタルを2014、2015年に続いて今年も聴くことにした。2001年に彼のコンサートを聴き始めてから今回が6回目となる。

2016年3月18日(金) 開演18:30  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈プログラム〉
 ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調 Op.12-3
 ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
 ミルシテイン:パガニーニアーナ(ヴァイオリン独奏のための変奏曲)
 パガニーニ:『うつろな心(ネル・コル・ピウ)』の主題による序奏と変奏曲 ト長調  
 グノー:アヴェ・マリア
 サラサーテ:序奏とタランテラ Op.43

前半のヴァイオリン・ソナタ2曲は聴きごたえがあった。ベートーヴェンのソナタは「春」と「クロイツェル」が定番で大ホールでは聴衆の入りを考慮してだろうが演目に入る場合が多い。2012年11月、庄司紗矢香&ジャンルカ・カシオ―リのコンサートでもそうだった。ただ、その折に彼らの「第1・3・4番」が収録されたCDを会場で購入した。今まで「第5・9番」しか所有していなかったCDも、これを機会にして、2年前に樫本大進&コンスタンチン・リフシッツによるソナタ全集を手に入れた。Daishin&Lifschitzは大ホールのコンサートで「第4・10番」を弾いた。聴きなれない曲が演奏曲目に入ると楽しみが増える。
そんな意味で今日の「第3番」は興味津々でCDも予め数回聴いておいた。演奏者の姿を目にしながら聴く味わいも加わって新鮮な受け取り方もできた。第5番以前のソナタの中では演奏機会が多いようである。全体にゆったりとしたテンポの曲でピアノとヴァイオリンが縦横にやり取りを繰り広げ、快活な印象を受けた。

ドビュッシー(1862-1918)は印象主義音楽の祖と呼ばれラヴェルと共に独特なフランス音楽を生み出した作曲家として知られる。このソナタは1916年から17年にかけ作曲されたが、結果的に遺作となった。軽やかで生き生きとした第1楽章、幻想的で軽快な第2楽章、極めて活発な第3楽章。ドビュッシーの特徴が表されている作品。この曲は演奏会で数回は耳にしている。
前半の2曲が終了して休憩後の後半のスタートでのトークによると、川畠がドビュッシーに取り組むのは初めてで、今後取り組んでいきたい作曲家と言う。プロだから当然だろうが、今年度初めて披露した曲とは思えない聴衆の心に響く演奏だった。

後半のプログラム開始に先立ってトークが入った。Kitaraのステージに初登場したのが2001年(*私は01,06,08年と大ホールでの公演を3回聴いているが、当時はロンドンを本拠地として活動していてピアニストも同世代の外国人であった。)と懐かしんでいた。多分、その後は英国と日本を本拠地として活動の幅を広げ、毎年数多くのリサイタルを行なっている。“Kitaraは大好きなホールで来年も再来年も新しい演目を増やしてリサイタルを続けたい”と語った。

後半は川畠の得意とするプログラム。最初の2曲は無伴奏でヴァイオリンの名手・作曲家による超絶技巧の曲。
ミルシテイン(1903-92)はウクライナ生まれの大ヴィルトゥオーゾ。名盤として有名なドヴォルジャーク、グラズノフのヴァイオリン協奏曲のCD(*1957年録音)を所有している。彼が作曲した作品があるのは知らなかった。パガニーニの「24のカプリース」の中の「第24番」の最も有名な旋律をもとに書かれた変奏曲。帰宅してから気づいたのだが庄司紗矢香の初のCDにこの小品が収録されていた。
※ミルシテインはホロヴィッツと共にロシアで大人気を博し、その後はヨーロッパ、アメリカで大活躍して世界各地で演奏旅行を行った。1972年アメリカの演奏会でミルシテインの代役を藤原浜雄が務めたエピソードは先日のコンサートで知った。

パガニーニ(1782-1840)のこの作品は初めて聴いた。今回のコンサートのプログラムには前2回にはなかった曲の解説が付いていた。川畠自身が自らの言葉で書いた解説でとても興味深いものだった。原曲はイタリアの作曲家パイジェッロのオペラ「美しい水車小屋の娘」のアリア。パガニーニが編み出したと言われる超高度な技巧の演奏に目を奪われた。指で弦をはじくピッチカート奏法を使いながら同時に弓で弦を弾く技がいとも簡単に繰り返された。序奏と主題、7つの変奏曲と終結部からなる曲で最初から最後まで今まで見たこともない特殊な奏法を駆使しての演奏は迫力充分であった。視覚的にも大いに楽しめた。

無伴奏のヴァイオリン曲に続き、プログラム最後の2曲はピアノとヴァイオリン。

グノー(1818-93)の「アヴェ・マリア」は誰もが耳にしたことがある名曲。川畠には思い入れのある曲であることがプログラムに書かれていた。彼が8歳の時、1980年ロサンゼルスで命の危険にさらされた時に彼を献身的に世話してくれた、今は亡き“はる子”さんのアメリカンネームが“マリアン”だったと言う。2000年に20年ぶりに訪れたロサンゼルスでのコンサートの最後にこの曲を演奏したとのこと。今までの人生で彼を支えてくれた人たちへの感謝の気持ちがこの曲を演奏するたびに湧き上がるそうである。

サラサーテ(1884-1909)はパガニーニとともにヴァイオリンの名手として知られる。サン=サーンスなどから献呈された曲もあって有名なヴィルトゥオーゾ。「序奏とタランテラ」を演奏会で聴くのは多分初めてのような気がした。プログラムの解説によるとタランテラとは高速の3連音符を用いた舞曲。この曲の冒頭の抒情的な旋律を耳にして聴いたことがあると思った。シンプルで快活な曲であるが、演奏者にとっては細かな運指が長く続くので負担が大きいようである。驚異的なテクニックでヴァイオリニストとして当時の人々を魅了したサラサーテならではの曲を堪能した。(*帰宅して、ふとCDの棚を見ると五嶋みどり“アンコール!ヴァイオリン愛奏曲集”が目に入った。全20曲の中に「序奏とタランテラ」が入っていた。)

前2回よりも今回は鑑賞の充実度が高かった。演目が自分の好みに合っていた。聴覚的にも視覚的にも小ホールで満足できるコンサートとなった。ピアニストの大伏啓太(Keita Oobushi)はベートーヴェンのソナタでピアノ・パートが難しいといわれる第1楽章を含めて、いろいろな曲で安定した伴奏でヴァイオリンを引き立てた。また、来年も来てみようかと思えるようなコンサートであった。

アンコール曲は①アルファンブラの思い出  ②ディ-ニク:ひばり  ③映画「ディア・ハンター」より “カバティーナ”。
 



 

宮崎陽江 ヴァイオリン協奏曲の夕べ 2015

宮崎陽江のヴァイオリンは4年前に「宮崎陽江ヴァイオリンの夕べ」でリサイタルを聴いたのが初めてである。2年前のKitara小ホールでは矢崎彦太郎指揮札響と共演した折に、「フォーレ:ヴァイオリン協奏曲」など札幌で聴く機会の少ないコンサートを聴いてみた。翌年に大ホールで開かれた秋山和慶指揮札響とのコンサートは聴かなかった。今回が3度目のコンサート。

スイスを拠点にヨーロッパで活躍している宮崎陽江が10年ほど前から札幌と東京で毎年開催しているコンサート。数年前からはオーケストラとの共演も行なっている。今年の《音楽の友 6月号 “People”》に彼女の取材の文と写真が載っていた。この記事を見た時には既に今回のコンサートのチケットは購入していて確認済みの内容だったが、彼女がヴァイオリニストとして日本での活躍が評価されていることを知って嬉しくもあった。

7月にサントリーホールで行なわれたスワロフスキー指揮スロヴァキア・フィルと宮崎の共演による東京公演と今回12月のスワロフスキー指揮札響の札幌公演のプログラムは全く同じである。

レオシュ・スワロフスキーは1961年、チェコ生まれの指揮者。ヴァ―ツラフ・ノイマンに師事。プラハ国立歌劇場芸術監督・首席指揮者、ブルノ国立フィル管首席指揮者などを歴任。現在はスロヴァキア・フィル常任客演指揮者。14年4月よりセントラル愛知交響楽団音楽監督に就任。

2003年7月、スロヴァキア・フィルを率いてKitara初登場。(この時は天満敦子が共演。先月14日、5年ぶりの札幌公演となった「六花亭ふきのとうホール」での彼女のリサイタルは入院中のため妻が代わりに出かけた。) 09年1月は都響北海道公演で指揮。(この時のソリストが世界的に有名なイタリアのヴァイオリニストであるウート・ウーギであったのは忘れもしないコンサート。)
海外のオーケストラの日本公演でも活躍して、チェコ・フィルにも定期的に客演。日本国内オーケストラへの客演も多い。札幌で3度目という馴染みの指揮者。

最近の「宮崎陽江のヴァイオリン協奏曲の夕べ」は大々的にスポンサーがついて、今回も“Panasonic Concerts”として開催された。少なくとも東京と札幌はPanasonicが支援しているようである。来年のヨーロッパコンサートもパナソニックがスポンサーとなる。北海道では北海道放送などいくつかの会社も支援に加わって、エントランスやホワイエにも多くの祝いの花束が飾られていた。地下鉄中島公園駅を降りた直後からKitaraへ向かう人の群れが、続いていた。会場は高校生を含む幅広い世代の聴衆でいつものシニア層が多く占める札響定期の演奏会とは少々様子を異にしていた。

2015年12月4日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈プログラム〉
 オール・チャイコフスキー・プログラム
   歌劇「エフゲニー・オネーギン」Op.24 より ポロネーズ
   ヴァイオリン協奏曲 二長調 Op.35
   交響曲第5番 ホ短調 Op.64

コンサートの最初はチャイコフスキーのオペラ「エフゲニー・オネーギン」の第3幕冒頭の舞踏会で演奏されるオーケストラ曲。ポーランド民族舞曲ポロネーズのリズムを用いての壮麗な音楽。2年前のMETビューイングで観たオペラの場面を思い浮かべて楽しめた。若き日の恋の想いが通じなくて、今は伯爵夫人となって舞踏会で脚光を浴びる彼女に言い寄る男を毅然として撥ね退ける役を演じた当代随一のソプラノ歌手、アンナ・ネトレプコの演唱を思い出した。絢爛豪華な舞踏会の様子が美しい音楽となってホール全体に響き渡ると気分も高揚してコンサートの景気付けに相応しい曲であった。トロンボーン3人が入って音楽が一層引き立った感じがした。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲はベートーヴェン、メンデルスゾーンと共に最も親しんだヴァイオリン協奏曲。十年ほど前までこれらが「三大ヴァイオリン協奏曲」と呼ばれていると思っていた。宮崎陽江自身もプログラムにそのように書いているが、実際はベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスの3曲が「三大ヴァイオリン協奏曲」で、甲乙つけがたいチャイコフスキーの曲を含めて「四大ヴァイオリン協奏曲」と呼ぶのが伝統的らしい。人の好みもあるので、決定的な根拠もないようである。しかし、音楽の盛んなドイツ出身の作曲家とロシア出身の作曲家の曲は現代ではともかく、19世紀当時では位置付けが違っていたようである。(*「世界の三大オーケストラ」や「アメリカの五大オーケストラ」など、時代の流れで変化があって当然なのに、現在でもこんな言葉が使われている。)

宮崎陽江はフランスで幼少期を過ごし、スイス在住でヨーロッパでの活躍も多くて、フランス音楽を得意にしているようである。リサイタルではそのような音楽を聴く機会があるが、大ホールで聴衆を多く集めるとなると人々に愛されているヴァイオリン協奏曲をプログラムに組むことになる。それなりに堂々としたコンチェルトではあったし、カデンツァに彼女らしい特徴も出ていた。
オーケストラとの共演でもヨーロッパも含めて経験を積んでいるので、彼女なりの華やかな音楽は楽しめるが、大ホールに拘らずに彼女独特の音楽のリサイタルを聴きたい気がした。そういう意味で、アンコール曲に弾いた自作「幻想の炎 “Fantaisie flamboyante”は魅力的であった。

チャイコフスキーの交響曲はレコード時代は「悲愴」しか聴く機会を持たなかった。今でこそ、「第4番」や「第5番」も聴く機会が多くなった。2001年2月、ロストロポーヴィチ指揮ロンドン交響楽団の演奏で「第5番」の魅力を知った。その後の演奏会では何十回となく聴いている気がする。CDで小澤征爾指揮ベルリン・フィルの録音で聴く機会が多いのだが、最近はゲルギエフ指揮マリインスキー響のDVDで試聴することも多くなった。つい先日は偶々手元にあったエッティンガー指揮東京フィルのCDを聴いてみた。何気なく耳にしてもこの曲は壮大である。

スワロフスキーは今までソリスト目当てであまり注目していなかった。外見からして60代のヴェテランかと思っていたら、まだ50代前半。身体の動きも若々しくて、躍動感あふれる指揮ぶり。オーケストラを手中に納めて、オーケストラの音を存分に引き出している感じがした。(*来年10月札響定期でエリシュカの「第5番」が聴けるが、今から楽しみである。)

弦楽器を含め木管、金管や打楽器の総奏は極めて迫力のある演奏。詰めかけた多くの学生はこの「第5番」が目当てだったのかと納得できるような木管楽器・金管楽器奏者の活躍が印象に残った。P席は売り出されなかったが1600の座席が埋まっていて大盛況であった。ソリストが中心のコンサートでオーケストラは脇役に回った思いか、オーケストラのアンコール曲はなかった。

音楽家のホールでのスケジュールは通常1・2年前から決まっていると言われるが、「宮崎陽江コンサート 2016」 東京・札幌公演の日程も決まっていて、先行案内のチラシが入っていた。 指揮者が大友直人なので、来年の計画に入りそうである。

前橋汀子アフタヌーン・コンサート2015

前橋汀子は日本を代表するヴァイオリン界の第一人者である。今日では海外の音楽院で学ぶ学生は雨後の竹の子のごとく無数にいるが、彼女の時代はごく限られた人にしか与えられない環境の下での海外留学であった。17歳で旧ソ連国立レニングラード音楽院(現サンクトペテルブルグ音楽院)の日本人初の留学生に選ばれ、3年間学んだ。その後、ジュリアード音楽院でロバート・マン、ドロシー・ディレイの指導を受け、さらにスイスでシゲティ、ミルシティンの薫陶を受けた。こんな経歴のヴァイオリストは他にいないだろう。
その後の国内外での活動は言を待たない。現在では彼女の後を継ぐ日本の若い有能なヴァイオリニストが続々と輩出している。

以前暮らしていた旭川でも彼女の演奏会は聴いたことがあると思うが、記録がない。92年から05年までは6回だけだったが、10年のリサイタルを切っ掛けに毎年のリサイタルを聴くようになった。12年秋から始まったアフタヌーン・コンサートは毎年聴くほどではないと思っていたが、その時期になるとKitaraに足が向く。
古稀を越えて前橋の演奏活動は疲れることを知らない。14年4月の《バッハ無伴奏ヴァイオリン全曲演奏会》の迫力あるリサイタルは今も脳裏に残る。

2015年10月4日(日) 1:30PM 開演  札幌コンサートホールKitara 大ホール

〈プログラム〉
 エルガー:愛の挨拶
 ベートーヴェン:ロマンス第2番 op.50
 べートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番 op.47 「クロイツェル」
 クライスラー:ウィ-ン奇想曲
 クライスラー:プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ
 パガニーニ(クライスラー編):ラ・カンパネラ
 サン=サーンス:動物の謝肉祭より 「白鳥」
 ショパン(サラサーテ編):ノクターン第2番 op.9-2
 ファリャ(クライスラー編):スペイン舞曲第1番
 サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン

定刻に間に合わずに遅れて入場する人を待つことを指示したように推察されるが、コンサートは定刻より5分以上遅れて始まった。毎回、前半は予定のプログラムがすべて終了してからステージを下がる。着慣れないロングドレスを引きずって何度も出入りするのは好まない様子である。演奏も一気に自分のペースで弾き切り、集中力を切らさないようにしているように思われる。
今回は特に前半のプログラムの中断を嫌って開始時間を遅らせたように思った。

昨年は楽章間の拍手が無くて良かったが、今年は第1楽章終了後に拍手をする人がかなりいた。第1楽章の終わりが劇的だったので、曲が終ったと思ったようだ。プログラムには第1楽章、第2楽章、第3楽章と3行で示され、楽章間の拍手は遠慮するように書かれていたのだが少々残念であった。演奏家の集中力を妨げてしまったが、前橋は軽く一礼して対応した。(*拍手を無視して、自分の集中力を保つ演奏家が多いように思う。)
「クロイツエル」の演奏自体は前橋の迫真の演奏によって聴衆の満足度は非常に高かった。このヴァイオリン・ソナタの中の最高傑作は何度聴いても感動する。

後半のプログラムはヴァイオリンの小品名曲集。
クライスラーの「プニャーニ様式による前奏曲とアレグロ」は聞いたことのない曲名だと思っていたが、Midoriのアンコール曲集に「前奏曲とアレグロ」の曲があるのに気付いた。クライスラーは自作のオリジナルでも他の作曲家の名を使って編曲のように思わせることを本で読んだことがあった。プログラム・ノートにもオリジナル作品と書かれていた。
後半の7曲は一気に演奏された。1曲終わるごとの聴衆の拍手喝采は絶えることがなかった。超絶技巧を駆使して全力で弾き切った後に、曲調がすっかり変わる曲の演奏も見事で聴衆も心を奪われるほどであった。
昨年と同じ曲はプログラム変更で結果的に新たに加わったファリャの曲だけ。馴染みのある名曲集に客席を埋めた聴衆を感動の渦に巻き込んだコンサートは大いに盛り上がった。

予定のプログラムを息つく暇もなく演奏し続ける彼女の体力と集中力に改めて驚きさえ感ずる。 前半は真っ白のドレス、後半は真紅のドレス。演奏終了後に一度ステージを離れて、再登場してアンコール曲に臨んだ。
アンコール曲は①ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女、②ブラームス:ハンガリー舞曲第1番、③ブラームス:ハンガリー舞曲第2番。

ピアノの松本和将を促してのアンコール曲の披露に聴衆は大喜び。全席指定席の同一料金で1階は満席。3階とP席などは売り出されなかったが、2階もかなりの入りで、1200名ほどの聴衆。コンサート終了後、“今日のコンサートはお得だった”と言っている人もいた。今回はサイン会もあって多分ホワイエも賑わっていたのではないか。
プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR