時計台ボランティア(4)

 今年度の時計台ボランティア活動は11月で終りで、今日の午後のシフトが今年最後となった。今朝から北海道は暴風雪に見舞われたが午後は何とか天気も回復した。
 
 いつもより来館者は少なかったが、かえって落ち着いて札幌農学校の演武場や時計機械の説明をすることができた。時計台が「演武場」という名称だった理由は説明を聞くとやっと納得してくれます。 札幌時計台の時計はおもりで動いています。週に2度機械室に入って、重りを手動で巻き上げることで動き続けていることを知って皆さんビックリされます。
 
 農学校2期生の新渡戸稲造のノートがきれいな綴りの英語で書かれているのに気が付くお客さんは余りの見事な美しい字体に驚きを隠せません。また、明治時代に農学校で授業が英語で行われていた事など予想もできないようです。

 オーストリアのウイ―ンから来た人に英語での案内を求められ、ホーレス・ケプロンや黒田清隆の写真から説明を始めました。その時に「黒田清隆の次の北海道開拓使長官は西郷隆盛の弟だったのか」と尋ねられ、「いや、それはわかりません」と答えるほかありませんでした。彼は「写真で見てきた」と言うのです。時計台の前に赤レンガ(旧道庁)を訪ねて、歴代の長官名とその写真を見てきたらしい。西郷隆盛がファンなので確認したいようでした。
 
 新渡戸稲造のことは知識がなかったようで詳しく説明してあげました。2階の時計機械のことも関心を持って聞いてくれましたが、とてもユーモアに溢れた感じの良い人でした。
 
 帰宅してから、パソコンで検索して確認してみると、第4代北海道開拓使長官として1ヶ月足らずですが、確かに、その任に西郷従道(つぐみち)の名前がありました。
 
 彼は囲碁のオーストリア代表で日本に11月の初めに来て、来週帰国するとのことでした。

札幌時計台でのボランティア活動(3)

 クラシック音楽の分野で2012年はドビュッシーの生誕150周年で、コンサートのプログラムに例年より多くドビュッシーの曲が演奏されている。

 今年は日本の偉大な教育家・思想家であった新渡戸稲造の生誕150周年に当たり、札幌時計台で8月末から10月8日まで記念展が開催された。この機会に時計台でのボランティア活動を通しての新渡戸博士に関するエピソードを二三紹介したいと思う。

 新渡戸稲造は五千円券の肖像になったこともあり子供から大人まで広くその名が知れ渡っているが、彼の業績が具体的にはそれほど知られていない。時計台を訪れた学生に新渡戸博士が日本銀行券の肖像になったことに疑問を呈されたことがある。「武士道」という本を英文で書いてニューヨークでベストセラーになったり、第一次世界大戦後にできた国際連盟の事務次長を勤めあげて国際的に活躍した人物で、それが評価されてお札の肖像になったのでしょうと説明したことがありました。

 カナダの訪問客からはバンクーバーに「新渡戸記念庭園」があることを知らされて改めて博士の国際的な評価を感じ取りました。1960年にブリティッシュ・コロンビア大学のキャンパスに造園され、2009年には天皇・皇后も同庭園を訪れたそうです。

 昨年の台湾旅行で「新渡戸稲造は後藤新平とともに台湾の発展に貢献して、台湾第2の都市である高雄を作り上げた」とガイドが紹介していました。博士が台湾でも足跡を残していることを初めて知りました。
 今年の6月頃、初めて北海道旅行の折に札幌を訪れた高齢の婦人が<祖母から「新渡戸稲造に世話になった」と子供の時からよく話を聞かされていたが、博士とどういう関係か謎なのです。>と私に話しかけてきました。私が台湾での思い出話をしましたら、「謎がやっと解けました。台湾製糖に勤めていたのです。」 長い間、心に引っかかっていたことを取り除けてホッとした様子で、礼を言われ私も嬉しい気持ちになりました。

 今日はたまたま新渡戸稲造博士生誕150周年記念展の最終日でした。アメリカのアイダホ州から来館した人と話が弾んだ。彼の奥さんに新渡戸稲造の「武士道」の本について説明したら、夫がアメリカの剣道の先生へのお土産に英文の"Bushido:The Soul of Japan"を書店で買い求めていたと言った。「武士道」という日本語を知っていて、著者の知識なしで購入していたらしい。良い本を買ったことで喜んでいました。 

 9月1日が新渡戸稲造博士の誕生日で、当日の朝に当番になっていた時計台に着いて、初めて150周年のことを知りました。16・7枚のパネルを読んで新しく吸収できたこともあり、その後、記念展について出会う人に紹介したりもしました。記念展の最終日に当番になったのも偶然でした。新渡戸稲造への興味がますます深まる昨今です。

札幌時計台でのボランティア活動(2)

 一昨日に続いて時計台での活動になった。実は昨日の前橋汀子のコンサートの直後に、Kitaraでも札幌コンサートホールのボランティア活動に従事したんです。Kitara見学ツアー「大ホール舞台裏見学ツアー」で楽屋・ピアノ庫・ホアイエなどの案内役でした。結果的には3日連続のボランティア活動になってしまいました。

 朝9時前に時計台に着くと、すでに来館者がいて「演武場の歴史・札幌農学校・時計塔・時計機械」などにまつわる話を詳しく話すと、ある女性が「来て良かった。昨日飛行機に乗れなくてよかった。」と言葉を発したのです。飛行機の欠航のため予定外の計画で来館したようです。
 
 活動終了間際に、前述の女性から「面白い話を聞いた」と聞き再度訪れた観光客もいました。自分の好きなように自由に活動させてもらっていますが、来館者に喜んでもらえると疲労感など吹き飛びます。

札幌時計台でのボランティア活動(1)

 札幌時計台でボランティア活動を始めてから4年目になる。毎年6月から11月までの観光客が多く来館する時期に活動を依頼されている。私は月平均4回、年20回程度である。外国人対応のために配置されているが、応対の8割は日本人である。ボランティアを始めてから、時計台それ自体について学んだことも多いが、来館者から日本人の礼儀正しさなどを含めて学んだことも多い。

 外国人は世界中から来ているが、アジアが断然多くてヨーロッパや北米からも来館者がいる。 
以前は香港・韓国・台湾から訪れる人が多かったが、今年は随分と減っているようである。

 今日の午前9時~12時半までの当番では、珍しくアルゼンチンの留学生と親しく交流できた。
時計台の建築様式に興味を示して予想もしない質問もしてきて、向学心が旺盛な好感の持てる若者であった。英語で話していたが日本語も理解できることが判り、難しいことでも意思の疎通が十分にとれた。

 また、3・4歳の外国人の幼児に英語で話しかけたが、子供が恥ずかしがっている場面で、2人の男の子の父親がスリランカから来たと答えてくれ、いろいろ話が弾んだ。現在は岐阜在住で北海道は2度目の訪問だが、子供たちを北海道に連れてきたかったとのことだった。母親も遊園地が近くにないか尋ねてきて相談にのってあげた。2階の時計機械の前に私がたまたまいた時に、父親は関心を示していろいろ質問をしてきた。最後に自分の家族への応対と時計台についての説明に感謝の言葉を述べて帰って行った。

 どこの国の人でも同じではあっても、今迄に応対したことがない外国の人とコミュニケーションが図れるのは嬉しいものだ。

 これを機会に札幌時計台についてもブログに書いてみようと思う。
 
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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