小山実稚恵「音の旅」第22回 ベートーヴェン・ブラームス・シューベルト

小山実稚恵の12年間・24回にわたるピアノリサイタルシリーズも今回を含めて残すところ3回となった。

第22回 2016年 秋
~心の歌~ イメージ〈グレーベージュ:深い森の中へ分け入っていく

2016年11月3日(木・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈Program〉
 ベートーヴェン:ソナタ 第30番 ホ長調 作品109
 ブラームス:6つの小品 作品118
 シューベルト:ソナタ第20番 イ長調 D.959 

演奏前のプレトーク。24回のリサイタル・シリーズのうち最後の3回のプログラムは構想当初にいち早く決定していたという。ベートーヴェン後期三大ソナタ、シューベルト最晩年の2つのソナタ、ブラーム晩年の小品。
今回はシリーズの中で最も優しさ溢れる「静」のプログラムであると小山は語った。

「ハンマークラヴィーア」でピアノ・ソナタの巨大性を追求したベートーヴェンは「第30番」のソナタでは深い精神性を表現した。非常に落ち着いた内省的な作品。“歌うように心の底から感動を持って”とのベートーヴェンの言葉が添えられている第3楽章が象徴的。美しい主題と6つの変奏、最後にテーマに戻る重厚な作品。小山はゴルトベルク変奏曲に通じる心の底からの感動がある「心の歌」と述べている。

ブラームスの晩年に書かれたピアノ小品はクライバーンとムソルグスキーのCDで聴いていた程度であった。コンサートのアンコール曲に演奏される度に親しみを持ってCDを聴き直したりしていた。ブラームスの作品ではピアノ協奏曲のほかにピアノ小品の良さも分るようになってきて、数年前には田部京子のCDを演奏会の折に購入した。今回もコンサート前に予め聴いておいた。
第1、2、4、6曲は「間奏曲」で第3曲「バラード」、第5曲「ロマンス」。形式は小規模で簡素であるがブラームスの心情が吐露されて心にしみる味わい深い作品。バラードで急に曲調が変わったがほのかな希望の表れだろう。
地味で華やかさには欠けるが、何回か聴いていると聴きごたえのある作品だと思う。

シューベルトのピアノ作品に親しむようになったのは紗良・オットの演奏会が切っ掛けで、ラドゥ・ルプーのオール・シューベルト・プログラムによるコンサートで魅力が一気に開花した。今回も彼のCDを聴いて演奏会に備えた。まだ、ベートーヴェンやショパンの曲ほどには聴きこなせていない。
「第20番」のソナタはシューベルトが亡くなる2ケ月前に書かれた“3つのソナタ”の2番目の作品。3曲の中では最も明るく華やかさもあるが、忍び寄る死の影が感じられるという。
壮大なソナタに相応しい力強さと幻想的な第1楽章。抒情的な第2楽章。第3楽章は即興的なスケルツォ。第4楽章は幸福感に満ちた歌謡主題を持つ長大な最終楽章。
シューベルトの音楽もベートーヴェンやショパンに比べると聴いている頻度が違うので曲の良さが分りつつも心地よい親しみのあるまでには至っていないような気がする。

小山実稚恵「音の旅」を聴き続けて16回。この数年のKitaraでの「音の旅」は満席に近い状況が続く盛り上がりを見せている。来年の秋で今シリーズは終了するが、早くも2018年以降の小山の新しいコンサート企画に関心が集まっているようである。

アンコール曲は①シューベルト:即興曲 Op.90-4 、②シューマン:トロイメライ。2曲とも最も親しまれている心地よい曲だった。

舘野 泉ピアノコンサート(舘野泉ファンクラブ北海道創立30周年記念)

IZUMI TATENO PIANO CONCERT
 
舘野泉のピアノを最初に聴いたのが1982年ヘルシンキ・フィルの旭川公演。89年日本フィル札幌公演の演奏曲も「グリーグ:ピアノ協奏曲」だった。95年、96年はピアノ・リサイタル。ヘルシンキを本拠地にして活動していたが90年代までに北海道で彼の演奏を聴く機会は6回はあった。左手のピアニストとしての復帰後のコンサートは05、08、10、12、14年に続いて6回目。05、08、14年は「ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲」を演奏した。14年9月札響名曲シリーズに出演の際にブログで彼のプロフィールも含めて記録を整理しておいた。
2010年には彼の演奏生活50周年を祝って「舘野泉のために作曲された4作品」のピアノ・リサイタル。12年は長男ヤンネとのデュオ・リサイタルがKitara小ホールで開催された。今回のコンサートは〈舘野泉ファンクラブ北海道〉の主催で開催された。

2016年10月14日(金) 18:30開演  六花亭札幌本店 ふきのとうホール

〈PROGRAM〉
 バッハ(ブラームス編):シャコンヌ ニ短調
 スクリャービン:前奏曲と夜想曲 Op,9
 光永浩一郎:サムライ(舘野泉に捧ぐ)
 吉松 隆:「平清盛」より “遊びをせんとや生まれけむ”、“海鳴り”
 ノルドグレン:「小泉八雲の怪談によるバラード」より “振袖火事”(舘野泉に捧ぐ)
 coba:記憶樹(舘野泉に捧ぐ)

ブラームス編曲の「シャコンヌ」は初めて聴くような気がする。ブゾーニ編以外に聴いた記憶は余りないが、いろいろな作曲家が編曲を試みているらしい。バッハの曲が原曲なのでメロディは当然馴染みである。
左手だけで弾いているとは思えない演奏ぶりには驚きを禁じ得なかった。「ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲」が有名であるが、ブラームスやスクリャービンによる本日の曲も左手用の曲なのではないかと思った。左手のピアニストとして有名だったヴィトゲンシュタインの依頼で作曲されたのかも知れない(?)。スクリャービンの曲も心に深く沁みいるメロディで素晴らしかった。

光永浩一郎という名は初めて耳にした。現代作曲家なのだろう。外国人がイメージとして持つ“SAMURAI”とは違う心が優しく精神的に強そうなサムライの曲。

吉松隆は「プレイアデス舞曲集」で20年前に話題になった有名な現代作曲家。2010年舘野泉ピアノ・リサイタルでは吉松が彼に依頼されて作った曲が世界初演された。2人の音楽家は強い友情で結ばれている。
2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」で音楽を担当した吉松は番組の中で書いた曲を左手のピアノのためにアレンジした。当時のドラマで色彩感に溢れた抒情的なメロディを舘野が演奏した。4年前に耳にしたのだろうが平安時代末期の流行歌(*子供の遊び歌)だったらしいが余り覚えていない。ロビーでCDを買った後で分かったことである。

後半2曲の演奏前に舘野がプレトークを行なった。ノルドグレンはフィンランドの現代作曲家として知られる。〈小泉八雲の怪談〉の中から「振袖火事」の話があった。比較的に興味深い話でストーリーに沿って曲が展開されたが、恐ろしい悲劇的な物語とは違って曲そのものは透き通った澄んだ音色でタイトルからは思いもよらない美しい調べ。天空の世界を描いている感じがした。

後半は2曲とも楽譜を用意して譜めくりストがついた。cobaはアコーデオン奏者・作曲家で、この曲は前回2010年のリサイタルで演奏された。〈舘野泉左手の文庫〉助成作品として08年、舘野泉に献呈された。全10曲のうちから6曲。記憶樹は人の感覚と繋がっている生命体。感覚と肉体は共にあり、記憶樹は精神と深く繋がっていることを作曲家は表現しているらしい。曲の内容は難しいが舘野泉は優れた作品として世界の各地で100回は演奏していると紹介した。(*cobaは東儀秀樹、古澤巌とトリオを組んで定期的に演奏会を開いてKitaraのステージにも何度か登場している。)

アンコール曲を続けて2曲(ステージの出入りが大変なので続けて2曲と言って聴衆の笑いを誘った)。〈左手のためのピアノ小品集〉より「母に捧げる子守歌」と「赤とんぼ」。演奏が終って、もう1曲の演奏は多分「アヴェ・マリア」。(*曲名の発表は無かった。1999年の田部京子の演奏会で「吉松隆:アヴェ・マリア」をアンコール曲で初めて聴いた記憶があったので、その後に左手のためのピアノ曲にアレンジされた曲と想像した。)

※舘野泉は来月に80歳を迎えるが、昨年から「音楽の友」誌に寄稿を続けている。11月号で連載も15回となる。最近は面白い記事が多い。彼の母の実家が室蘭ということも知って思いもよらぬ情報だった。彼の祖父は仙台から室蘭に移住し眼科医として日本3大名医とも言われた人。母は幼少時に室蘭で暮らしていた。電信浜や地球岬のことが触れられていると高校時代が懐かしくなる。
泉はチェリストの父とピアニストの母のもと東京で生まれた。10月号では慶応義塾高校卒業後に東京藝術大学に入学した経緯も書かれていた。凡人には専門的な音楽のことだけではなく成長の過程や演奏活動の裏話などが読めて面白さが増すのである。

オーストリアのピアニスト、イェルク・デムスは87歳の現役ピアニストとして毎年のように来日して演奏を続けている(*Kitaraには1999年と2007年に登場)。舘野泉も今回のメッセージで“まだまだ弾いていくつもりです”と伝えている。「演奏生活60周年には何をしようか」と以前は語っていたが、先ずは健康を維持して次回のコンサートに臨んで人々に生きる力を与えてほしいと切に願うばかりである。今日のコンサートにもかなり高齢の人々の姿が多く目について彼のコンサートを大切にしている人が多い印象を受けた。




アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタル札幌公演

アリス=紗良・オットの公演を聴くのは昨年8月のN響北海道公演に続いて7回目。この公演で彼女は「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番」を弾いたが、アンコール曲に弾いた「ラ・カンパネラ」が聴衆の熱狂的な反応を呼び起こした。この時に彼女の演奏を初めて聴いたと思われる人々の感動の声が私の耳に飛び込んできた。「ラ・カンパネラ」は何度も演奏会で聴く機会があるが私自身も[最も感銘を受けたラ・カンパネラ]として印象に残っている。“紗良・オットのリサイタルには絶対くる”という若い女性の声も耳にした。
今回のリサイタルは札幌では2011、2012年に続いて3回目のリサイタルになると思う。

2016年10月4日(火) 開演19:00  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 グリーグ:叙情小曲集より
       ノルウェー民謡による変奏曲形式のバラード Op.24
 リスト:ソナタ ロ短調 S.178

グリーグ(1843-1907)のピアノ協奏曲は演奏会で聴く機会はあってもピアノのための小品はこれまでコンサートで聴いた記憶があまりない。協奏曲以外にピアノ曲として彼が書いた数多くの作品で数曲収められた「叙情小曲集」のCDが手元にあると思っていたが見つからなかった。コンサート前に彼の曲を聴く機会を持てなくてコンサートに臨んだ。ステージに登場した紗良・オットは演奏を始める前にプレ・トークを行なった。今までにない試みだった。彼女にとって思い入れの強いグリーグの曲をメインにした演奏会は昨年から発表されていた。忙しい日常の演奏活動でストレスもたまる状況で彼女はグリーグのピアノ曲に出会った。懐かし子供時代を思い出す曲が彼女の心を癒したと言う。
ピア二ストでもあったグリーグは数多くのピアノ小品を生涯にわたって書き綴った。日々の生活の中で感興の赴くままに綴られた作品は子供心に溢れ美しい夢の世界も描いている。各巻6曲~8曲程度から成る10集構成の「抒情小品集」。紗良・オットは数十曲の小品集から12曲を選んで演奏した。

前半のプログラムは50分もの長い曲だが続けて演奏したいということで、聴衆をワンダーランドで繰り広げられるおとぎの世界に案内してくれることになった。彼女自身がまるで妖精のようにメルヒェンの世界に踏み込んでいった。曲が始まって馴染みのメロディも耳に入ってきた。数曲は聴き慣れた曲だった。(*グリーグのピアノ協奏曲とともに収録された「抒情小品集」のCDで20年前に購入して、ここ10年以上は聴いていなかったのですっかり忘れていた。)
馴染みの曲は「蝶々」、「春に寄す」とグリーグ自身が管弦楽に編曲した《抒情組曲》に含まれている「小人の行進」、「夜想曲」。ノルウェーの自然の様子や伝説の物語が美しい音楽にのせて幻想的に奏でられた。

〈バラード〉は変奏曲形式で小さな曲のつながり。この作品でも妖精や小人が現れワンダーランドの旅が続いた。この作品のフィナーレの演奏は強烈な打鍵で、リストを思わせる激しい演奏になって見応えもあった。

50分連続の演奏を聴くのが大変だった人もいたようが、途中で拍手したりする人もなくピア二ストが集中力を切らさないでワンダーランドの世界を描き切ったのは良かった。
前半の演奏終了後の聴衆の反応はかってないほどで、二度もステージに演奏者が戻るほどの拍手喝采で感動した客が多かった。

後半ブログラムのリスト(1811-86)はピアノ・ソナタの概念を超えた作品として知られ単一楽章で書かれた傑作。難曲とされているが、近年では演奏会の曲目になることも多くて聴く機会が結構多い。私も今はすっかり馴染みのピアノ曲として聴けるようになった。
前半の妖精のようなイメージのドレスとは対照的な黒いドレスに身を包んだオットがステージに出てくると会場に溜息が漏れた。ファッションモデルのようにスタイルの良い細身の身体は何を着ても似合う。後半のステージは照明が落とされステージ上に一筋の明かりが鍵盤を照らすだけでホールは真っ暗。照明の効果も計算したステージ。前半とは対照的な暗いイメージの悪魔のような音楽に仕上げる演出にもなっていた。

オットの演奏は彼女独特のもので個性的である。メリハリがついていて彼女の感性が伝わってくる感じの演奏になる。言葉では上手く表現できないが他のピアニストの演奏とは違う味がする。
単一楽章とはいえ緩徐楽章や終楽章を思わせる変化のある構成で30分の時間も彼女の演奏に引き込まれるとアッという間に過ぎた。圧倒的な演奏に終了後の聴衆の感動がホールに広がった。

アンコール曲は《グリーグ:〈ぺ―ル・ギュント組曲 第1番〉より「山の魔王の宮殿にて」》

日本でも人気のピアニストで今回の日本ツアーも10公演ある。福岡での前半最後の公演が終わって札幌は後半最初の公演だったようである。台風の影響で心配された飛行機も運行されて無事に札幌での公演も終った。
3階を除いて客席が売り出されたが思ったより客の入りは良くはなかった。
紗良・オットは飾り気のない明るい人柄で聴衆への配慮も温かい。ステージでのお辞儀は常に角度も90度以上で身体が極めて柔らかい。何といっても20代後半の現在でも天真爛漫の雰囲気に満ちている。
帰りのホワイエで彼女のサインを貰う長蛇の列には改めて驚いた。私は前回サインをもらったので今回はやめにした。

外山啓介ピアノ・リサイタル2016 ~ベートーヴェン&リスト~

2005年にKitaraで聴き初めてから欠かさずに聴き続けている外山啓介のコンサートも今回が15回目になる。外山は2007年に正式にデビューして《Keisuke Toyama Piano Recital》として全国ツアーが国内十数か所で始まり、毎年1回定期的に開催されている。

日曜日の午後1時過ぎに地下鉄中島公園駅を降りる人の数が多くて、まるで札響定期演奏会に向かう人たちの群れのようであった。大ホールで開催される人気のある演奏家のリサイタルも10年も経つと聴衆が減っていくのが普通である。外山のコンサートはここ数年は夜に開催されていた。今日は日曜日の昼開催で参加しやすく、当日券を求めて並んでいる人の姿も多くA席は売り切れでS席のみ残っているようであった。1階は満員。最近のリサイタルで2階RA・LA席が満席状態になるのは見たことがなかった。2階のS席に少し空きがあるとはいえ約1300名の大入りであった。それだけに客の高揚感もありホールの雰囲気も良かった。

2016年9月18日(日) 13:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 op.27-2 {月光」
           ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 op.31-1 「テンペスト」
 リスト:愛の夢~3つのノクターン~ S.541
     ラ・カンパネラ (パガニーニによる大練習曲第3番) 嬰ト短調S.141-3
 ワーグナー(リスト編):イゾルデと愛の死 S.447
  リスト:バラード第2番 ロ短調 S.171

前半はベートーヴェン、後半はリストのプログラム。
ベートーヴェンの3大ソナタの中から1曲と7大ソナタに入る1曲。コンサートで「悲愴」、「月光」、「熱情」が定番で、「ワルトシュタイン」が入る時もあるが、「田園」や「告別」などは演奏されることはめったにない。「テンペスト」の選曲はそういう意味で新鮮味があった。
ベートーヴェン自身が付けた“幻想曲風ソナタ”は第1楽章が静かで抒情的な調べで親しまれているが、今日は第3楽章のダイナミックなフィナーレがより印象に残った。

ピアニスト自身によるとコンサートで「テンペスト」を取り上げるのは初めてだそうである。3楽章すべてがソナタ形式で書かれ、暗く劇的で緊迫感のある曲の流れ。シェイクスピアの戯曲とは直接の関係はないのだろうが、つい関連付けて聴いてしまう。10年ほど前にハイドシェックの演奏で興味を抱いた作品。やはり外山の演奏では彼なりのピアノの世界に引き込まれた。

《愛の夢「第3番」》はコンサートで演奏機会の多いリストの名曲でCDにも多く収録されている小品。ショパンのノクターンを思わせる曲として親しまれている。もともと3曲は歌曲だと知ったのは10年ほど前の地元のゾンゴラコンサート。その後、“3つのノットゥルノ”と副題がついた「愛の夢」のCD(ピアノ:ミシェル・ダルベルト)を手に入れた。
第1曲と第2曲の原曲はドイツの詩人ウーラントの「気高き愛」、「聖なる死」。2曲とも歌謡的な色彩が強くてピアノ曲としては少し盛り上がりに欠ける感じ。第3曲のメロディが最も親しまれている《愛の夢》。ドイツ・ロマン派の詩人フライリヒラートの詩集〈墓の間で〉の中にある「愛し得る限り愛せ」による歌曲。冒頭の美しいメロディが曲全体を通して流れ愛を賛美する。

「ラ・カンパネラ」の原曲はパガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番の第3楽章〈鐘のロンド〉。超絶技巧を凝らした華麗な作品はリストならではのピアノ曲。鐘の音を模した主題と変奏が繰り返されリズミカルに響き、演奏が終ると大歓声が沸き起こった。それまでおとなし過ぎた聴衆が聴き慣れた調べと生演奏の醍醐味を味わって一気に反応した。

ワグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》第3幕の終盤、イゾルデが愛の幻想の中で死にゆくモノローグをリストが編曲した。以前コンサートで聴いたことがあったがCDは所有していないと思っていた。河村尚子のショパン:バラード集のCDにリストによる編曲も組み込まれているのに気づいた。早速一昨日聴いてみた。イゾルデの感情の起伏や回想が興味深く表現されていた。実人生でのリストとワーグナーの関係を思うと複雑であるが音楽は超越した芸術なのだろう。

最後の「バラード第2番」の曲はCDで一度聴いたことになっていたが、CDが見つからなかった。帰宅後にリストの10組のCDボックスがあるのでが分った(*チッコリーニの演奏による輸入盤)。リストが遺したバラードの曲に通じていなかった。
プログラム・ノートには演奏至難の曲と書かれていた。外山の演奏はドラマティックで親しみやすい曲として聴けた。最後の演目が終って聴衆の盛大な拍手の後で、外山が述べた言葉があった。「バラード第2番は高校生の頃ピアニストへの道を諦めかけた時期に立ち直る切っ掛けを与えてくれた思い入れの深い作品です。故郷の地でこの曲を皆様に聴いていただけたことを幸せに思います。」と語った。

アンコール曲は「ドビュッシー:ロマンティックなワルツ」。

※リストの曲名あとの「S番号」はサールによるリストの作品整理番号である。








遠藤郁子ピアノ・リサイタル「ショパン序破急幻」

Ikuko Endo Piano Recital 「ショパン序破急幻」 ~亡夫 田中克己を偲んで~

昨年3月の東日本大震災被災者支援コンサートに続いて聴く今回の遠藤郁子コンサートは彼女の夫の三回忌供養で開催された。彼女のピアノ演奏を初めて聴いたのが1992年だった。カジミエシュ・コルト指揮ワルシャワ・フィルとの共演で「ショパン:ピアノ協奏曲第2番」を弾いた。当時コルトから“日本人で唯一のショパン弾き”と高い評価を得た。95年にはCD「ショパン序破急幻」をリリース。
彼女の音楽活動で注目したのが阪神大震災、特にサリン事件被害者に寄り添う支援活動で“癒しのピアニスト”の評価が高まった。彼女自身が陥いった人生の絶望の淵から奇跡的に復帰して生命への無限の愛を表現するピアニストとして注目を浴びたのだと思う。
2000、01、03年とKitara大ホールで続けて彼女のリサイタルを聴いた。オール・ショパン・プログラムが多くて特にショパン「序破急幻」という耳慣れないタイトルの付いた演奏会は何か特別な世界に導かれたようであった。着物姿での演奏は昨年久しぶりに拝見して、彼女独特のピアノの世界に浸った。

2016年9月15日(木) 7:00開演  ふきのとうホール

〈プログラム〉 
 ノクターン 第5番 嬰へ長調 op.15-2 「高砂」(たかさご)
 ノクターン 第7番 嬰ハ短調 op.27-2 「清経」(きよつね)
 バラード 第2番 ヘ長調 op.38 「箙」(えびら)
 ノクターン 第13番 ハ短調 op.48-1 「巴」(ともえ)
 バラード 第3番 変イ長調 op.47 「杜若」(かきつばた)
 -------------------------
 ノクターン 第17番 ロ長調 op.62-1 「羽衣」(はごろも)
 バラード 第1番 ト短調 op.23 「葵上」(あおいのうえ)
 ノクターン 第15番 ヘ短調 op.55-1 「俊寛」(しゅんかん)
 バラード 第4番 ヘ短調 op.52 「通小町」(かよいこまち)
 ノクターン 第18番 ホ長調 op.62-2 「泰山府君」(たいさんぶくん)

開演前に15分間ピアニスト自身によるプレトークがあった。「序破急」は日本古来のテンポとリズムということを初めて知った。〈「序」はゆっくりと始まり「破」のリズミカルな響きにつながってゆく。やがてリズムもテンポも速く激しくなり「急」になって流れも終曲に近づく。全ての日本文化はこの「序破急」で成り立っており、大陸の文化とは異なる。〉
CD『ショパン序破急幻』は同名の田中克己(*遠藤の亡夫)写真集『薪能 序破急幻』から着想したそうである。今回のリサイタルの各曲に能の演目がつけられていて、プログラム・ノートに遠藤自身の書いた解説が載っていた。彼女の人生とショパンの人生を重ね合わせ、同時に能の代表的な演目を通して故田中克己との幸せな生活を振り返って彼へ感謝を捧げる献奏となる趣旨のリサイタルであった。

聴き慣れた曲ばかりだった。バラード全4曲は今年もユンディ・リと辻井伸行のリサイタルでも聴いたが遠藤郁子のショパンはやはり彼女特有の味がある。彼女の人生が色濃く滲み出る音楽になっていた。客席数が221(横17列、縦13列)の小ホールはチケット完売で立派な椅子の補助席が最後部に17席用意されるほどの大盛況であった。

※バラードのプログラム・ノートに注目したので記録に留めておく。
第1番「コンラード・ウォレンロード」。ポーランド人ウォレンロードは宴会で古事を語り、圧政者に死を与えるため癩やその他の疫病を偽りの抱擁で伝染、死に至らしめた件を語り、自分にも今それが可能であることを居並ぶ圧政者に告げる。祖国の悲劇の復讐伝説。
第2番「ウイリスの湖」。湖畔で遊ぶポーランド乙女たち。そこへなだれ込むロシア軍。神はそのあまりの酷さに大地を開き乙女らを吞み込んだ・・・・。後にそこに咲いた花を手折る者に災いあれ。
第3番「水の精」。湖畔で若者は乙女に永遠の愛を誓う。疑う乙女は水の精に変身。若者は誘惑に負けて水の精にも愛を誓う。二重の誓いの罰で若者は深い湖に投げ込まれ、掴まえられぬ水の精を永遠に追う運命となる。
第4番「3人のバドリス」。リトアニアのバラード。父の命令で3人兄弟が遠い国へ宝探しの旅へ出た。長い時が過ぎて父は兄弟の死を想ったが、ある嵐の日に3人の息子達はそれぞれ花嫁を連れて戻ってきた。しかしショパンの音にはハッピーエンドが感じられない。
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fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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