近藤嘉宏ピアノ・リサイタル2017

2015年12月にデビュー20周年を迎えた近藤嘉宏による毎年恒例のピアノ・リサイタル。今回で彼のコンサートを聴くのも14回を数える。近年はソロ活動に加えて弦楽四重奏団との共演、国内外のオーケストラ客演,、海外でのりサイタルなど多岐にわたる幅広い活動に携わり、これまでのキャリアを着実に高めている。

2017年4月16日(日) 1:30PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 J.S.バッハ(ブゾーニ編):コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」
 J.S.バッハ(ヘス編):主よ、人の望みの喜びよ
 モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K.310
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 Op.110
 サティ:グノシェンス第1番
 ドビュッシー:「月の光」~ベルガマスク組曲より
 ラヴェル:水の戯れ
 ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op.22
 リスト:メフィスト・ワルツ第1番 S.514

前半はバッハ、モーツァルト、ベートーヴェとドイツ・オーストリアの作曲家、後半はサティ、ドビュッシー、ラヴェルとフランスの作曲家に加えてパリの社交界で大ピアニストとしても活躍したショパン、リストの名曲を連ねたプログラム構成。

来年には50歳を迎えるというのが信じられないほどの若い雰囲気を保ちつつ、卓越したテクニックと表現力で近藤嘉宏が綴る名曲の数々には歌心が溢れている。(*彼の昨日のブログには“歌のイメージを具体的に自分の中で描くことが大変重要である”と書かれていた。歌心を大切にしていることが実感できる演奏会であった。)

モーツァルトの「第8番」では珍しい短調の曲での“悲しみ”の表現が心を打つ。べート―ヴェンの「第31番」では彼が到達した人生観がしみじみと心奥深くに届く。演奏を聴いてこんな感想を抱いた。
チョット変わったタイトルや作風で知られるサテイの曲はドビュッシーやラヴェルの曲ほどには通じていない。月の光の輝く様子や水の音と輝きをイメージした曲を聴いて美しい世界に身を置いた。
ショパンの曲の魅力がふんだんに散りばめられた華麗な名曲と、超難曲であるとピアニストの運指を見ていても分かるリストの「メフィスト・ワルツ第1番」。1月に仲道郁代の演奏でも聴いたが、手の動きを見ながら鑑賞するとワクワクする。以前に舞台での寸劇「村の居酒屋での踊り」の場面付きの演奏を思い出しながら鑑賞した。悪魔的、官能的な音楽をより一層楽しめた。

見事な演奏終了後に歓声も上がった。アンコールに「ベートーヴェン:月光」が演奏されて一層大きな歓声が沸き起こった。時間があったとはいえ、アンコール曲に3楽章から成る「ソナタ」が演奏されてるのは極めて珍しくて今までの記憶にない。聴衆も大喜びで、“今日は得をした”と言う声が聞かれるほどであった。「月光」の魅力は凄いと改めて感じた。

※2年前に大病を患って以来となる妻と一緒の旅行に明日出かける。東京の桜は満開の時期は終わったようだが、4月中旬で鹿児島の桜は満開でなかったようだから、今年の春は地域によって例年とは違う様相を呈している。富士山が見渡せる地域で桜を含め春の花が楽しめれば嬉しい。2泊3日の小旅行だが、何の準備もしていないので、今回は早めにブログを書き終えた。
 

福間洸太朗のマイアミ国際音楽祭での演奏

数日前に「Twitter のハイライト」ということで私のメールに福間洸太朗(KOTARO FUKUMA)が2017年2月19日に米国フロリダ州マイアミ音楽祭に参加した時の様子がyoutubeで流され、福間のtwitterが届けられた。3月1日に電波にのり拡散し始めているようだ。「ショパン:バラード第1番」を早速聴いてみた。

福間は1982年、東京生まれ。都立武蔵高校卒業後、01年パリ国立高等音楽院に学んでディプロマ取得後、ベルリン大学・同大学院でも学んだ。14歳でジーナ・バッカウアー国際コンクールに入賞するなど、1998年にはPTNAを含む4つの国内コンクールで優勝。2003年クリーヴランド国際ピアノコンクールで日本人初優勝の快挙が注目を集めた。ベルリン在住で国際的に活躍している将来を嘱望される中堅ピアニスト。
今から5・6年前にシューマンのピアノ曲や室内楽曲を中心にCDをかなり買い求めた。その内の一枚が2004年カナダで録音された〈期待の新進演奏家シリーズ/福間洸太朗(ピアノ)〉。NAXOSのシューマン。収録曲が「アベック変奏曲」、「8つのノヴェレッテ」、「3つの幻想的小曲」。力任せに弾かない演奏でシューマンの魅力的なロマンティシズムに溢れた調べを時たま耳にする。

札幌で一度は聴きたいピアニストが何人かいるが、福間はその一人である。丁度よい機会だと思って聴いて観た「バラード1番」の後に「スメタナ(福間編):モルダウ」、「ショパン:英雄ポロネーズ」、「グリーグ:5つの抒情小品」。40分程度の演奏に対するマイアミの聴衆の熱狂的な反応もあって盛り上がった満足のいくコンサート。好感度の良いピアニストだと思っていたが、堂々たる演奏に日本を代表する若手の一人としてアメリカでの知名度も高いようであった。予定せずに急に耳にしたが、ホールの迫力が伝わって来る聴き方ができて予想外の収穫を得て嬉しい気持ちになった。

毎年、札幌で聴いているピアニストは小山実稚恵、外山啓介、及川浩治、近藤嘉宏である。札響との共演などで聴いてはいるが、小菅優、田村響、北村朋幹などの若手のリサイタルは是非聴きたい。金子三勇士、萩原麻未などはなかなか聴く機会が無くて残念である。今一番楽しみにしているのが反田恭介のリサイタル。8月3日の札幌公演が待ち遠しい。

仲道郁代 マイ・フェイヴァリット(デビュー30周年を彩るピアノ名曲集)

仲道郁代のピアノ演奏を初めて聴いたのが1989年4月(第302回札響定期)。山田一雄指揮札響と共演して「ベート―ヴェン:ピアノ協奏曲第4番」を弾いた。ベートーヴェンのピアノ協奏曲は「皇帝」しか聴いていなかったので、「第4番」も素晴らしい曲と印象づけられたコンサートとして忘れ難い。
2000年2月にはヤマハ・ピアノ100周年記念コンサート(Kitara大ホール)でリサイタルが開かれた。同年にはKitara札響特別演奏会として「皇帝」が演奏されたこともあった。その後、09年にソプラノとピアノのデュオ・リサイタルを聴いたが、その後はこの日本を代表するピアニストの演奏を聴く機会がなかった。出来れば本格的なプログラム構成の演奏会が好みではあったが、今回のピアノ名曲集を聴いてみることにした。彼女のコンサートを聴くのは7度目である。

Ikuyo Nakamichiは1963年、仙台生まれ。12歳の時に父親の仕事の関係でアメリカに渡り、その後、桐朋学園大学1年在学中に日本音楽コンクール優勝。1985-87年ミュンヘン音楽大学に留学。この間、ジュネーヴ国際コンクールなどで好成績を収め、国内外で活発な活動を展開。海外のオーケストラとの共演も数多く、実力と人気を兼ね備えて常に新たな試みに挑戦し続けているピアニスト。
仲道は札幌コンサートホールでは2014年から3年にわたって【Kitara Kidsミュージック&アーツクラブ】で音楽とアートのワークショップを通じ、子どもたちと温かい交流を重ねている。今回のプログラムは【Kitaraクラシック入門講座】として開催されたが一連の活動と繋がる催しの趣旨があったのかもしれない。

2017年1月21日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 グリーグ:《抒情小曲集》より 「アリエッタ」、「蝶々」、「ノクターン」
 シューマン:《子供の情景》より 「トロイメライ」 作品15-7
 シューマン(リスト編):歌曲集《ミルテの花》より「献呈」 作品25-1 S.566
 リスト:愛の夢 第3番 変イ長調 S.541
     メフィスト・ワルツ第1番 「村の居酒屋での踊り」 S.514
 ショパン:ワルツ第1番 変ホ長調 「華麗なる大円舞曲」 作品18
       ワルツ第3番 イ短調 作品34-2 
       スケルツォ第2番 変ロ長調 作品31
       ポロネーズ第6番 変イ長調 「英雄」 作品53

仲道は作曲家と演奏曲の解説や魅力を話しながらコンサートを進めた。彼女が音楽の魅力にはまったエピソードなどを織り交ぜながら名曲(Her Favorites)を紹介した。
彼女の母は彼女が胎児のころにグリーグのピアノ協奏曲を好んで弾いていたという。その影響か彼女は北欧のショパンと呼ばれることもあるグリーグの曲に親しんだそうである。「抒情小曲集」は10集70曲ほどの中から3曲。聴いたことがあるのは「蝶々」だけ。聴く者の心にしみる短い曲を続けて演奏した。

クララとの9年にわたる恋が実って結婚に至ったシューマンが結婚前夜にクララのために書いた歌曲。リストから贈られたピアノ独奏用の編曲が余りにも華やかだったので、クララは“私たちの愛をこんなにゴージャスにして”と怒ったという。この彼女の反応は初耳であった。
「トロイメライ」と「愛の夢」は「夢」が共通している。「夢」や「憧れ」を4度や6度の音程の違いで表現する話は興味深かった。
仲道はミシガン州に滞在していた折にホロヴィッツの演奏を聴く幸運に恵まれたという。(*彼がニューヨーク以外で演奏する機会は稀有のことであり、演奏会のチケットを手にするのも容易ではない時代であった。)彼の弾いた2音を聴いただけで涙がこぼれたという。2音だけで人の心を動かす音楽に出会って彼女の人生の行方が決まった。ホロヴィッツの「トロイメライ」演奏に感銘を受けたエピソード。

「メフィスト・ワルツ第1番」はリストならではの超絶技巧が凝らされたピアノ独奏曲。演奏する姿を観ながら今ではすっかりこの曲の魅力に取り込まれている。10分余りの運指の速さにピアニストの技量と表現力に魅了された。演奏終了後に歓声が沸き起こった。

後半のプログラムはショパンの曲。彼がワルシャワを離れ、ウィーンに移り、ウィンナー・ワルツとは違う独自の芸術的香りに満ちたワルツを作り上げていく様子が語られた。パリへ移住した後も故国ポーランドに想いを馳せながら過ごした作曲家の人生は曲とともに人々の心を打つ。ショパンの人生の一端を初めて聞いた子どもたちもいたように思う。対照的な2曲のワルツの紹介も良かった。
ショパンが残した4曲のスケルツォ。交響曲の第3楽章に使われていた曲調でショパンが独自のジャンルを作り上げた。「第2番」は聴く機会が多くて4曲中で最も親しまれている。緊迫した雰囲気を持ち、ドラマティックな展開で魅力的な作品。仲道はこの曲を“黒いマント”と何度か呼んだ。

「ポロネーズ」や「マズルカ」はポーランドの民族舞曲。ポロネーズは全16曲のうち、タイトルがついた「第3番 軍隊」、「第7番 幻想ポロネーズ」の他に、「第6番 英雄」が有名である。最も有名で演奏機会の多い第6番は「英雄ポロネーズ」として親しまれている。勇壮な行進曲で2列となって戦争に備えて堂々と行進する姿が印象的である。ポーランドは他国に支配される不幸な状況下に置かれてきた歴史がある。ショパンとポーランドは音楽では切り離せない繋がりである。

アンコール曲は3曲。①ショパン:エチュード「革命」、 ②ショパン:エチュード「別れの曲」、(*「別れ」は短調が多いのが当然と思っていたが、この曲は長調と説明があった。明るい曲として長年にわたって聴き親しんでいるが、改めて調性を意識した。) ③エルガー:愛の挨拶。

チケットは完売であったが、1階席中央の数列で空席が何席も続いているのが気になった。1階席の端や2階バルコニーも埋まっている中でチョット嫌な感じがした。招待券が無駄になっているとしたら勿体ない。


※先週の「クラシック音楽館」(1月15日)の放送で10:30pm~11:00pmまで仲道郁代がゲストでプレイエル(1827年製)とスタインウェイの2台のピアノを使って興味深い演奏を行った。(*彼女は自宅にピアノを4台所有しているはずだから彼女所有のピアノで演奏したと思った)。ピアニストのデビュー30周年を祝ってのオール・ショパン・プログラム。演奏曲は「ノクターン op.9-2」、「練習曲 op.10-3」、「前奏曲 op.28-7」、「練習曲 op.25-1」(以上プレイエル)、「幻想即興曲」、「ワルツ op34-2」(以上スタインウェイ)。ショパンが使っていた時代のピアノと現代のモダン・ピアノでの響きの違いが出ていて面白かった。

チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル

ライヴ・コンサートは昨年12月23日以来で、2週間以上も間が空いたのは稀である。TVh北海道とオフィイス・ワン主催の《ニュー・イヤー・スペシャル・コンサート2017》。札幌では『2015年ショパン国際ピアノ・コンクール優勝記念』として開催され、【チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル】はその後、福岡・大阪・東京・川崎・名古屋でも開かれ、2月には同プログラムでニューヨーク・カーネギーホールでのリサイタル・デビューも行われる予定という。

チョ・ソンジン(Seong-Jin Cho)は1994年ソウル生まれ。09年浜松国際ピアノコンクールでは15歳で最年少優勝。10年PMFオープニングコンサートに出演して「チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番」をPMFオーケストラと共演。11年チャイコフスキー国際コンクール第3位入賞、その後はパリ国立高等音楽院でミシェル・ベロフ(*辻井伸行のクライバーン・コンクール優勝時の審査員、2013年Kitara来演)に師事。14年ルービンシュタイン・コンクール第3位。15年10月に行われた第17回ショパン国際コンクールの後、11月にはフェドセーエフ指揮N響と共演、直後にアムステルダムでフルシャ指揮ロイヤルコンセルトへボウ管とも共演して別々のコンチェルトを演奏。16年1・2月にはショパン・コンクール以前から決まっていた日本公演に加えて、ショパン・コンクールの入賞者ガラ・コンサートなども重なってハード・スケジュールをこなしていた。

10年、16年に続き3回目のKitaraのステージ。

2016年1月9日(月・祝) 1:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 ベルク:ピアノ・ソナタ ロ短調 Op.1
 シューベルト:ピアノ・ソナタ 第19番 ハ短調 D.958
 ショパン:24の前奏曲 Op.28

ベルク(1885-1935)はシェーンベルク、ヴェーベルンと共に「新ウィーン学派」と呼ばれる作曲家。彼の名を名乗ったアルバン・ベルク弦楽四重奏団は世界最高のカルテットとして親しまれた。ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」は渡辺玲子のCDがあって何回か耳にするが、鑑賞が難しい。
ベルクのピアノ・ソナタは初めて聴いた。7・8分程度の単一楽章の曲で古典的なソナタ形式。ロ短調となっているが調性を超えた曲作り。現代音楽として特別な違和感は無く聴けた。

シューベルトは最近は歌曲よりピアノ曲を聴く機会が断然多くなった。全21曲のソナタの中で近年は「第21番」は度々聴く。彼が亡くなる1828年11月の2ヵ月前に書き上げられた3曲(第19・20・21番)はシューベルト最後の作品。「ピアノのための3つの小品」は遺作となった。3作とも各4楽章構成で大作となっている。
「第19番」は前年に死去したベートーヴェンの影響が特に色濃く表れている曲とされる。ベートーヴェンを想起させる力強い第1主題とコラール風の柔らかい第2主題を中心に展開される第1楽章。シューベルトらしい歌謡的な美しさ溢れる第2楽章。第3楽章は素朴な味わいの短いメヌエット。第4楽章は主題が多彩に展開される長大なフィナーレ。
ポピュラーな曲ではないが、演奏終了後にブラヴォーの声があちこちから上がるほどに聴衆を魅了したチョ・ソンジン。

ショパンの《24の前奏曲》の中でも「第15番 雨だれ」は最も有名で親しまれている曲。演奏時間が一番短い30秒から一番長い5分程度の曲が24曲。この作品は第1番のハ長調から第24番のニ短調まで24の調をすべて用いて書かれた。長調と短調が交互に現れる。第15番は何度も同じ音が繰り返されるところが雨のしずくを表しているように聞こえるところから、後に「雨だれ」と名づけられた。他に親しんでいる曲は1分足らずの「第7番 アンダンティーノ」、「第24番 アレグロ・アパッショナート」の2曲ぐらいだった。昨年のユンディ・リのリサイタルでも<24の前奏曲〉を聴いたこともあって、身近に感じれる曲も増えた。対比が面白い「第10番」やドラマティックな演奏の「第18番」など。

卓越したテクニックと透明な美しい音色で綴られる変化に富んだ曲の流れに最初から最後まで集中度を保ち続けた聴衆も素晴らしかった。演奏終了後のホールは歓声に湧いた。近現代の曲も含め必ずしも耳慣れた曲ではないプログラムにも関わらず、今日のオーディエンスの反応は凄かった。心が揺さぶられる演奏に浸れて感動を覚えて胸が高鳴った。
アンコール曲は「ドビュッシー:月の光」と「ブラームス:ハンガリー舞曲第5番」。誰もが耳にしたことのあるポピュラーな曲が本格的なプログラミングのコンサートに華を添えた。
集客を重視して、ともすれば安易に陥りがちなプログラミングも演奏家と聴衆の要求度が一致すると成功するのではないかと痛感した。22歳の若い韓国人ピアニストの日韓文化交流に果たす役割も小さくない。

及川浩治ピアノ・リサイタル2016

98年以来、日本のピアニストの中で及川浩治のコンサートを聴く機会は多い方である。今回は2年ぶり15回目となる。

2016年12月18日(日) 1:30pm開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈ロマンティック・ヴィルトゥオーゾプログラム〉
 デビュー21年目のスペシャル・プログラムとして人々に親しまれている曲ばかりを並べての名曲コンサート。

 J.S.バッハ(ブゾーニ編):シャコンヌ ニ短調 BWV1004より
 ショパン:ラルゲット(ピアノ協奏曲第2番op.21より第2楽章)
       練習曲《別れの曲》 ホ長調 op.10-3
 リスト(ブゾーニ編):ラ・カンパネラ 嬰ト短調
 リスト:愛の夢第3番 変イ長調、 メフィストワルツ第1番
 ドビュッシー:月の光、 アルぺジョのための練習曲
 ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ、 ラ・ヴァルス
 ラフマニノフ:前奏曲《鐘》 op.3-2、 ヴォカリーズ(コチシュ編)op.34-4
 クライスラー(ラフマニノフ編):愛の喜び
 ラフマニノフ:練習曲《音の絵》 ニ長調 op.39-9

昨年デビュー20周年を迎えた及川浩治は彼の音楽の原点であるブルガリア・ソフィアを訪れ、かの地で20数年ぶりにコンサートを開催したという。新たな出発の年にふさわしい若さと夢とロマンに溢れた作品でプログラムを構成したようである。
前半6曲、後半8曲。

第1曲目の「シャコンヌ」のブゾーニ編曲によるピアノ曲はこの数年リサイタルで聴く機会が非常に多い。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番の最終楽章はいつ聴いても感動する。今回のピアノ編曲での演奏は今までに無いほどの強烈な印象を受けた。強い打鍵を用いての深い感情移入が新鮮な曲となった感じがした。編曲の範囲を超えたブゾーニ(1866-1924)のピアノ音楽の素晴らしさを味わった。

ショパンの2曲は及川のCDでもよく耳にした。15年前の2001年、及川はブルガリアのゲオルギエヴァ(Vn)とデュエットを組んで国内ツアーを行った。妻と一緒に出掛けた札幌公演で私はゲオルギエヴァ、妻は及川のCDを買った。どちらも小品集であった。及川のCDに収録されていた「ラルゲット」はその当時から珍しいと思っていた。ショパンのピアノ協奏曲で第1番と第2番は各12名のピアニストのCDを所有しているが勿論すべて全楽章の演奏盤。及川にとって「ラルゲット」は特に思い入れのある楽章なのだろう。
「ラルゲット」は当時ショパンが恋心を抱いていた女性への想いを表現した楽章と言われる。美しい旋律の中に織り込まれる情感と合い通じるものがあるのかも知れないなどと勝手に推し量ってみた。

「ラ・カンパネラ」は最も親しまれている曲の一つで、超絶技巧による演奏も魅力であるが、ブゾーニがここでも自身のヴィルトオーゾぶりを存分に発揮している。原曲が歌曲の「愛の夢 第3番」は改めて言及するまでもないピアノ独奏版の名曲で美しい調べが心に染み入る。
上記の2曲に比べてポピュラーではないが「メフィストワルツ第1番」はリストならではの作品。管弦楽曲がピアノ独奏用に編曲された。十数年前からアルゲリッチのCDで聴くようになった。リストの曲の中でも難易度が高い曲と言われ、演奏の様子を観ていると超絶技巧ぶりが良く分かる。
演奏終了後に迫真の演奏に対して一斉にため息交じりの歓声が沸き起こった。及川浩治は演奏中の“間”の取り方が巧みで、自身の集中力をコントロールすると同時に聴衆の心も掴んでいる感じがする。連続してほかの曲に入る場合に余計な拍手が入らなくて済むのは聴く者の集中度も高まって非常に良かった。

比較的ピアノタッチの力強い演奏が目立った前半とは対照的に後半のスタートは柔らかな繊細なタッチのドビュッシーの曲。2曲目のタイトルが余り馴染みではないと一瞬思ったが、〈12の練習曲集〉の1曲でドビュッシーならではの音の世界に引き込まれた。

ピアノ曲として演奏機会の多い「亡き王女のためのパヴァーヌ」はラヴェル自身が管弦楽曲にも編曲している。ラヴェルが20代の頃に書いたピアノ曲。パヴァーヌはヨーロッパの宮廷で流行った舞踊。この曲は様々な楽器編成のためにも編曲されている。

ワルツという意味の「ラ・ヴァルス」は管弦楽曲として演奏されることが多い。ラヴェル自身がピアノ曲に編曲しているが、ピアノリサイタルで聴くのは珍しい。目まぐるしく華麗に変化するラヴェルの世界が独奏ピアノで見事に繰り広げられる演奏はまさに圧巻であった。
後半の静かな3曲とは打って変わった曲の展開に聴衆もすっかり魅了された。

最後の4曲はラフマニノフがメイン。ラフマニノフは“鐘”を様々な楽曲に用いている。このピアノ曲の冒頭の楽想はクレムリン宮殿の鐘にインスピレーションを得たといわれる。詩情あふれる曲だが、この曲はリストの「鐘」のようにはポピュラーな曲ではない。

“ヴォカリーズ”とは歌詞の無い歌曲全般を指すが、現在では『ヴォカリーズといえばラフマニノフ』と言われるほど親しまれている。
原曲はソプラノまたはテノールのための【14の歌曲集】の終曲。ピアノ独奏曲だけでなく多くの編曲版がある。
編曲者のゾルタン・コチシュ(1952-2016)はアンドラーシュ・シフ、デジュ・ラーンキとともに“ハンガリーの三羽烏”のピアニストとして名を成した。83年にイヴァン・フィッシャーとともにブタペスト祝祭管を創設、指揮者として今年10月予定の来日が病気で中止となり先月死去。コチシュ演奏のドビュッシーのCDを持っていて親しみのあるピアニストだった。作曲家としての活動は知らなかったので、今日の編曲版を聴いて一層感慨の想いに浸った。

クライスラーの「愛の喜び」はヴァイオリン曲として最も演奏される機会の多い名曲。ピアノ曲としては聴くのは初めてである。ラフマニノフがピアノ曲に編曲したとは全然知らなかった。二人はマネージャーが同じ間柄で親しかったそうである。
この曲は即興的に編曲されたらしい。有名な旋律が何度も繰り返し変奏されて原曲の2倍ほどの長さになっている。意外性のある選曲で面白かった。

《音の絵》はラフマニノフのロシア時代の最後の作品。演奏技術と表現力習得のための練習曲集が2集全17曲。17曲中のうち数曲は外山啓介や小山実稚恵のCDに入っていたが、5年前に小山の[音の旅]の演奏会の折に全曲入りのCDを買い求めた。タイトルから想像する抒情的な旋律が出てくる曲ではないので簡単に素人が親しめない。何回か演奏会やCDで聴いているが深く印象に残っていない。
作品39-9は練習曲集の終曲。華やかで交響的な曲の感じで、コンサートの最後を飾るにふさわしい壮大な演奏となった。
いつものリサイタルより曲数が多くて焦点が定まらないかと思ったが、経験豊富なピアニストだけにプログラミングは充分に説得力のあるものになっていた。

アンコール曲は「プーランク:エディットピアフへのオマージュ」。

小山実稚恵「音の旅」第22回 ベートーヴェン・ブラームス・シューベルト

小山実稚恵の12年間・24回にわたるピアノリサイタルシリーズも今回を含めて残すところ3回となった。

第22回 2016年 秋
~心の歌~ イメージ〈グレーベージュ:深い森の中へ分け入っていく

2016年11月3日(木・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈Program〉
 ベートーヴェン:ソナタ 第30番 ホ長調 作品109
 ブラームス:6つの小品 作品118
 シューベルト:ソナタ第20番 イ長調 D.959 

演奏前のプレトーク。24回のリサイタル・シリーズのうち最後の3回のプログラムは構想当初にいち早く決定していたという。ベートーヴェン後期三大ソナタ、シューベルト最晩年の2つのソナタ、ブラーム晩年の小品。
今回はシリーズの中で最も優しさ溢れる「静」のプログラムであると小山は語った。

「ハンマークラヴィーア」でピアノ・ソナタの巨大性を追求したベートーヴェンは「第30番」のソナタでは深い精神性を表現した。非常に落ち着いた内省的な作品。“歌うように心の底から感動を持って”とのベートーヴェンの言葉が添えられている第3楽章が象徴的。美しい主題と6つの変奏、最後にテーマに戻る重厚な作品。小山はゴルトベルク変奏曲に通じる心の底からの感動がある「心の歌」と述べている。

ブラームスの晩年に書かれたピアノ小品はクライバーンとムソルグスキーのCDで聴いていた程度であった。コンサートのアンコール曲に演奏される度に親しみを持ってCDを聴き直したりしていた。ブラームスの作品ではピアノ協奏曲のほかにピアノ小品の良さも分るようになってきて、数年前には田部京子のCDを演奏会の折に購入した。今回もコンサート前に予め聴いておいた。
第1、2、4、6曲は「間奏曲」で第3曲「バラード」、第5曲「ロマンス」。形式は小規模で簡素であるがブラームスの心情が吐露されて心にしみる味わい深い作品。バラードで急に曲調が変わったがほのかな希望の表れだろう。
地味で華やかさには欠けるが、何回か聴いていると聴きごたえのある作品だと思う。

シューベルトのピアノ作品に親しむようになったのは紗良・オットの演奏会が切っ掛けで、ラドゥ・ルプーのオール・シューベルト・プログラムによるコンサートで魅力が一気に開花した。今回も彼のCDを聴いて演奏会に備えた。まだ、ベートーヴェンやショパンの曲ほどには聴きこなせていない。
「第20番」のソナタはシューベルトが亡くなる2ケ月前に書かれた“3つのソナタ”の2番目の作品。3曲の中では最も明るく華やかさもあるが、忍び寄る死の影が感じられるという。
壮大なソナタに相応しい力強さと幻想的な第1楽章。抒情的な第2楽章。第3楽章は即興的なスケルツォ。第4楽章は幸福感に満ちた歌謡主題を持つ長大な最終楽章。
シューベルトの音楽もベートーヴェンやショパンに比べると聴いている頻度が違うので曲の良さが分りつつも心地よい親しみのあるまでには至っていないような気がする。

小山実稚恵「音の旅」を聴き続けて16回。この数年のKitaraでの「音の旅」は満席に近い状況が続く盛り上がりを見せている。来年の秋で今シリーズは終了するが、早くも2018年以降の小山の新しいコンサート企画に関心が集まっているようである。

アンコール曲は①シューベルト:即興曲 Op.90-4 、②シューマン:トロイメライ。2曲とも最も親しまれている心地よい曲だった。

舘野 泉ピアノコンサート(舘野泉ファンクラブ北海道創立30周年記念)

IZUMI TATENO PIANO CONCERT
 
舘野泉のピアノを最初に聴いたのが1982年ヘルシンキ・フィルの旭川公演。89年日本フィル札幌公演の演奏曲も「グリーグ:ピアノ協奏曲」だった。95年、96年はピアノ・リサイタル。ヘルシンキを本拠地にして活動していたが90年代までに北海道で彼の演奏を聴く機会は6回はあった。左手のピアニストとしての復帰後のコンサートは05、08、10、12、14年に続いて6回目。05、08、14年は「ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲」を演奏した。14年9月札響名曲シリーズに出演の際にブログで彼のプロフィールも含めて記録を整理しておいた。
2010年には彼の演奏生活50周年を祝って「舘野泉のために作曲された4作品」のピアノ・リサイタル。12年は長男ヤンネとのデュオ・リサイタルがKitara小ホールで開催された。今回のコンサートは〈舘野泉ファンクラブ北海道〉の主催で開催された。

2016年10月14日(金) 18:30開演  六花亭札幌本店 ふきのとうホール

〈PROGRAM〉
 バッハ(ブラームス編):シャコンヌ ニ短調
 スクリャービン:前奏曲と夜想曲 Op,9
 光永浩一郎:サムライ(舘野泉に捧ぐ)
 吉松 隆:「平清盛」より “遊びをせんとや生まれけむ”、“海鳴り”
 ノルドグレン:「小泉八雲の怪談によるバラード」より “振袖火事”(舘野泉に捧ぐ)
 coba:記憶樹(舘野泉に捧ぐ)

ブラームス編曲の「シャコンヌ」は初めて聴くような気がする。ブゾーニ編以外に聴いた記憶は余りないが、いろいろな作曲家が編曲を試みているらしい。バッハの曲が原曲なのでメロディは当然馴染みである。
左手だけで弾いているとは思えない演奏ぶりには驚きを禁じ得なかった。「ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲」が有名であるが、ブラームスやスクリャービンによる本日の曲も左手用の曲なのではないかと思った。左手のピアニストとして有名だったヴィトゲンシュタインの依頼で作曲されたのかも知れない(?)。スクリャービンの曲も心に深く沁みいるメロディで素晴らしかった。

光永浩一郎という名は初めて耳にした。現代作曲家なのだろう。外国人がイメージとして持つ“SAMURAI”とは違う心が優しく精神的に強そうなサムライの曲。

吉松隆は「プレイアデス舞曲集」で20年前に話題になった有名な現代作曲家。2010年舘野泉ピアノ・リサイタルでは吉松が彼に依頼されて作った曲が世界初演された。2人の音楽家は強い友情で結ばれている。
2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」で音楽を担当した吉松は番組の中で書いた曲を左手のピアノのためにアレンジした。当時のドラマで色彩感に溢れた抒情的なメロディを舘野が演奏した。4年前に耳にしたのだろうが平安時代末期の流行歌(*子供の遊び歌)だったらしいが余り覚えていない。ロビーでCDを買った後で分かったことである。

後半2曲の演奏前に舘野がプレトークを行なった。ノルドグレンはフィンランドの現代作曲家として知られる。〈小泉八雲の怪談〉の中から「振袖火事」の話があった。比較的に興味深い話でストーリーに沿って曲が展開されたが、恐ろしい悲劇的な物語とは違って曲そのものは透き通った澄んだ音色でタイトルからは思いもよらない美しい調べ。天空の世界を描いている感じがした。

後半は2曲とも楽譜を用意して譜めくりストがついた。cobaはアコーデオン奏者・作曲家で、この曲は前回2010年のリサイタルで演奏された。〈舘野泉左手の文庫〉助成作品として08年、舘野泉に献呈された。全10曲のうちから6曲。記憶樹は人の感覚と繋がっている生命体。感覚と肉体は共にあり、記憶樹は精神と深く繋がっていることを作曲家は表現しているらしい。曲の内容は難しいが舘野泉は優れた作品として世界の各地で100回は演奏していると紹介した。(*cobaは東儀秀樹、古澤巌とトリオを組んで定期的に演奏会を開いてKitaraのステージにも何度か登場している。)

アンコール曲を続けて2曲(ステージの出入りが大変なので続けて2曲と言って聴衆の笑いを誘った)。〈左手のためのピアノ小品集〉より「母に捧げる子守歌」と「赤とんぼ」。演奏が終って、もう1曲の演奏は多分「アヴェ・マリア」。(*曲名の発表は無かった。1999年の田部京子の演奏会で「吉松隆:アヴェ・マリア」をアンコール曲で初めて聴いた記憶があったので、その後に左手のためのピアノ曲にアレンジされた曲と想像した。)

※舘野泉は来月に80歳を迎えるが、昨年から「音楽の友」誌に寄稿を続けている。11月号で連載も15回となる。最近は面白い記事が多い。彼の母の実家が室蘭ということも知って思いもよらぬ情報だった。彼の祖父は仙台から室蘭に移住し眼科医として日本3大名医とも言われた人。母は幼少時に室蘭で暮らしていた。電信浜や地球岬のことが触れられていると高校時代が懐かしくなる。
泉はチェリストの父とピアニストの母のもと東京で生まれた。10月号では慶応義塾高校卒業後に東京藝術大学に入学した経緯も書かれていた。凡人には専門的な音楽のことだけではなく成長の過程や演奏活動の裏話などが読めて面白さが増すのである。

オーストリアのピアニスト、イェルク・デムスは87歳の現役ピアニストとして毎年のように来日して演奏を続けている(*Kitaraには1999年と2007年に登場)。舘野泉も今回のメッセージで“まだまだ弾いていくつもりです”と伝えている。「演奏生活60周年には何をしようか」と以前は語っていたが、先ずは健康を維持して次回のコンサートに臨んで人々に生きる力を与えてほしいと切に願うばかりである。今日のコンサートにもかなり高齢の人々の姿が多く目について彼のコンサートを大切にしている人が多い印象を受けた。




アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタル札幌公演

アリス=紗良・オットの公演を聴くのは昨年8月のN響北海道公演に続いて7回目。この公演で彼女は「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番」を弾いたが、アンコール曲に弾いた「ラ・カンパネラ」が聴衆の熱狂的な反応を呼び起こした。この時に彼女の演奏を初めて聴いたと思われる人々の感動の声が私の耳に飛び込んできた。「ラ・カンパネラ」は何度も演奏会で聴く機会があるが私自身も[最も感銘を受けたラ・カンパネラ]として印象に残っている。“紗良・オットのリサイタルには絶対くる”という若い女性の声も耳にした。
今回のリサイタルは札幌では2011、2012年に続いて3回目のリサイタルになると思う。

2016年10月4日(火) 開演19:00  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 グリーグ:叙情小曲集より
       ノルウェー民謡による変奏曲形式のバラード Op.24
 リスト:ソナタ ロ短調 S.178

グリーグ(1843-1907)のピアノ協奏曲は演奏会で聴く機会はあってもピアノのための小品はこれまでコンサートで聴いた記憶があまりない。協奏曲以外にピアノ曲として彼が書いた数多くの作品で数曲収められた「叙情小曲集」のCDが手元にあると思っていたが見つからなかった。コンサート前に彼の曲を聴く機会を持てなくてコンサートに臨んだ。ステージに登場した紗良・オットは演奏を始める前にプレ・トークを行なった。今までにない試みだった。彼女にとって思い入れの強いグリーグの曲をメインにした演奏会は昨年から発表されていた。忙しい日常の演奏活動でストレスもたまる状況で彼女はグリーグのピアノ曲に出会った。懐かし子供時代を思い出す曲が彼女の心を癒したと言う。
ピア二ストでもあったグリーグは数多くのピアノ小品を生涯にわたって書き綴った。日々の生活の中で感興の赴くままに綴られた作品は子供心に溢れ美しい夢の世界も描いている。各巻6曲~8曲程度から成る10集構成の「抒情小品集」。紗良・オットは数十曲の小品集から12曲を選んで演奏した。

前半のプログラムは50分もの長い曲だが続けて演奏したいということで、聴衆をワンダーランドで繰り広げられるおとぎの世界に案内してくれることになった。彼女自身がまるで妖精のようにメルヒェンの世界に踏み込んでいった。曲が始まって馴染みのメロディも耳に入ってきた。数曲は聴き慣れた曲だった。(*グリーグのピアノ協奏曲とともに収録された「抒情小品集」のCDで20年前に購入して、ここ10年以上は聴いていなかったのですっかり忘れていた。)
馴染みの曲は「蝶々」、「春に寄す」とグリーグ自身が管弦楽に編曲した《抒情組曲》に含まれている「小人の行進」、「夜想曲」。ノルウェーの自然の様子や伝説の物語が美しい音楽にのせて幻想的に奏でられた。

〈バラード〉は変奏曲形式で小さな曲のつながり。この作品でも妖精や小人が現れワンダーランドの旅が続いた。この作品のフィナーレの演奏は強烈な打鍵で、リストを思わせる激しい演奏になって見応えもあった。

50分連続の演奏を聴くのが大変だった人もいたようが、途中で拍手したりする人もなくピア二ストが集中力を切らさないでワンダーランドの世界を描き切ったのは良かった。
前半の演奏終了後の聴衆の反応はかってないほどで、二度もステージに演奏者が戻るほどの拍手喝采で感動した客が多かった。

後半ブログラムのリスト(1811-86)はピアノ・ソナタの概念を超えた作品として知られ単一楽章で書かれた傑作。難曲とされているが、近年では演奏会の曲目になることも多くて聴く機会が結構多い。私も今はすっかり馴染みのピアノ曲として聴けるようになった。
前半の妖精のようなイメージのドレスとは対照的な黒いドレスに身を包んだオットがステージに出てくると会場に溜息が漏れた。ファッションモデルのようにスタイルの良い細身の身体は何を着ても似合う。後半のステージは照明が落とされステージ上に一筋の明かりが鍵盤を照らすだけでホールは真っ暗。照明の効果も計算したステージ。前半とは対照的な暗いイメージの悪魔のような音楽に仕上げる演出にもなっていた。

オットの演奏は彼女独特のもので個性的である。メリハリがついていて彼女の感性が伝わってくる感じの演奏になる。言葉では上手く表現できないが他のピアニストの演奏とは違う味がする。
単一楽章とはいえ緩徐楽章や終楽章を思わせる変化のある構成で30分の時間も彼女の演奏に引き込まれるとアッという間に過ぎた。圧倒的な演奏に終了後の聴衆の感動がホールに広がった。

アンコール曲は《グリーグ:〈ぺ―ル・ギュント組曲 第1番〉より「山の魔王の宮殿にて」》

日本でも人気のピアニストで今回の日本ツアーも10公演ある。福岡での前半最後の公演が終わって札幌は後半最初の公演だったようである。台風の影響で心配された飛行機も運行されて無事に札幌での公演も終った。
3階を除いて客席が売り出されたが思ったより客の入りは良くはなかった。
紗良・オットは飾り気のない明るい人柄で聴衆への配慮も温かい。ステージでのお辞儀は常に角度も90度以上で身体が極めて柔らかい。何といっても20代後半の現在でも天真爛漫の雰囲気に満ちている。
帰りのホワイエで彼女のサインを貰う長蛇の列には改めて驚いた。私は前回サインをもらったので今回はやめにした。

外山啓介ピアノ・リサイタル2016 ~ベートーヴェン&リスト~

2005年にKitaraで聴き初めてから欠かさずに聴き続けている外山啓介のコンサートも今回が15回目になる。外山は2007年に正式にデビューして《Keisuke Toyama Piano Recital》として全国ツアーが国内十数か所で始まり、毎年1回定期的に開催されている。

日曜日の午後1時過ぎに地下鉄中島公園駅を降りる人の数が多くて、まるで札響定期演奏会に向かう人たちの群れのようであった。大ホールで開催される人気のある演奏家のリサイタルも10年も経つと聴衆が減っていくのが普通である。外山のコンサートはここ数年は夜に開催されていた。今日は日曜日の昼開催で参加しやすく、当日券を求めて並んでいる人の姿も多くA席は売り切れでS席のみ残っているようであった。1階は満員。最近のリサイタルで2階RA・LA席が満席状態になるのは見たことがなかった。2階のS席に少し空きがあるとはいえ約1300名の大入りであった。それだけに客の高揚感もありホールの雰囲気も良かった。

2016年9月18日(日) 13:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 op.27-2 {月光」
           ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 op.31-1 「テンペスト」
 リスト:愛の夢~3つのノクターン~ S.541
     ラ・カンパネラ (パガニーニによる大練習曲第3番) 嬰ト短調S.141-3
 ワーグナー(リスト編):イゾルデと愛の死 S.447
  リスト:バラード第2番 ロ短調 S.171

前半はベートーヴェン、後半はリストのプログラム。
ベートーヴェンの3大ソナタの中から1曲と7大ソナタに入る1曲。コンサートで「悲愴」、「月光」、「熱情」が定番で、「ワルトシュタイン」が入る時もあるが、「田園」や「告別」などは演奏されることはめったにない。「テンペスト」の選曲はそういう意味で新鮮味があった。
ベートーヴェン自身が付けた“幻想曲風ソナタ”は第1楽章が静かで抒情的な調べで親しまれているが、今日は第3楽章のダイナミックなフィナーレがより印象に残った。

ピアニスト自身によるとコンサートで「テンペスト」を取り上げるのは初めてだそうである。3楽章すべてがソナタ形式で書かれ、暗く劇的で緊迫感のある曲の流れ。シェイクスピアの戯曲とは直接の関係はないのだろうが、つい関連付けて聴いてしまう。10年ほど前にハイドシェックの演奏で興味を抱いた作品。やはり外山の演奏では彼なりのピアノの世界に引き込まれた。

《愛の夢「第3番」》はコンサートで演奏機会の多いリストの名曲でCDにも多く収録されている小品。ショパンのノクターンを思わせる曲として親しまれている。もともと3曲は歌曲だと知ったのは10年ほど前の地元のゾンゴラコンサート。その後、“3つのノットゥルノ”と副題がついた「愛の夢」のCD(ピアノ:ミシェル・ダルベルト)を手に入れた。
第1曲と第2曲の原曲はドイツの詩人ウーラントの「気高き愛」、「聖なる死」。2曲とも歌謡的な色彩が強くてピアノ曲としては少し盛り上がりに欠ける感じ。第3曲のメロディが最も親しまれている《愛の夢》。ドイツ・ロマン派の詩人フライリヒラートの詩集〈墓の間で〉の中にある「愛し得る限り愛せ」による歌曲。冒頭の美しいメロディが曲全体を通して流れ愛を賛美する。

「ラ・カンパネラ」の原曲はパガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番の第3楽章〈鐘のロンド〉。超絶技巧を凝らした華麗な作品はリストならではのピアノ曲。鐘の音を模した主題と変奏が繰り返されリズミカルに響き、演奏が終ると大歓声が沸き起こった。それまでおとなし過ぎた聴衆が聴き慣れた調べと生演奏の醍醐味を味わって一気に反応した。

ワグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》第3幕の終盤、イゾルデが愛の幻想の中で死にゆくモノローグをリストが編曲した。以前コンサートで聴いたことがあったがCDは所有していないと思っていた。河村尚子のショパン:バラード集のCDにリストによる編曲も組み込まれているのに気づいた。早速一昨日聴いてみた。イゾルデの感情の起伏や回想が興味深く表現されていた。実人生でのリストとワーグナーの関係を思うと複雑であるが音楽は超越した芸術なのだろう。

最後の「バラード第2番」の曲はCDで一度聴いたことになっていたが、CDが見つからなかった。帰宅後にリストの10組のCDボックスがあるのでが分った(*チッコリーニの演奏による輸入盤)。リストが遺したバラードの曲に通じていなかった。
プログラム・ノートには演奏至難の曲と書かれていた。外山の演奏はドラマティックで親しみやすい曲として聴けた。最後の演目が終って聴衆の盛大な拍手の後で、外山が述べた言葉があった。「バラード第2番は高校生の頃ピアニストへの道を諦めかけた時期に立ち直る切っ掛けを与えてくれた思い入れの深い作品です。故郷の地でこの曲を皆様に聴いていただけたことを幸せに思います。」と語った。

アンコール曲は「ドビュッシー:ロマンティックなワルツ」。

※リストの曲名あとの「S番号」はサールによるリストの作品整理番号である。








遠藤郁子ピアノ・リサイタル「ショパン序破急幻」

Ikuko Endo Piano Recital 「ショパン序破急幻」 ~亡夫 田中克己を偲んで~

昨年3月の東日本大震災被災者支援コンサートに続いて聴く今回の遠藤郁子コンサートは彼女の夫の三回忌供養で開催された。彼女のピアノ演奏を初めて聴いたのが1992年だった。カジミエシュ・コルト指揮ワルシャワ・フィルとの共演で「ショパン:ピアノ協奏曲第2番」を弾いた。当時コルトから“日本人で唯一のショパン弾き”と高い評価を得た。95年にはCD「ショパン序破急幻」をリリース。
彼女の音楽活動で注目したのが阪神大震災、特にサリン事件被害者に寄り添う支援活動で“癒しのピアニスト”の評価が高まった。彼女自身が陥いった人生の絶望の淵から奇跡的に復帰して生命への無限の愛を表現するピアニストとして注目を浴びたのだと思う。
2000、01、03年とKitara大ホールで続けて彼女のリサイタルを聴いた。オール・ショパン・プログラムが多くて特にショパン「序破急幻」という耳慣れないタイトルの付いた演奏会は何か特別な世界に導かれたようであった。着物姿での演奏は昨年久しぶりに拝見して、彼女独特のピアノの世界に浸った。

2016年9月15日(木) 7:00開演  ふきのとうホール

〈プログラム〉 
 ノクターン 第5番 嬰へ長調 op.15-2 「高砂」(たかさご)
 ノクターン 第7番 嬰ハ短調 op.27-2 「清経」(きよつね)
 バラード 第2番 ヘ長調 op.38 「箙」(えびら)
 ノクターン 第13番 ハ短調 op.48-1 「巴」(ともえ)
 バラード 第3番 変イ長調 op.47 「杜若」(かきつばた)
 -------------------------
 ノクターン 第17番 ロ長調 op.62-1 「羽衣」(はごろも)
 バラード 第1番 ト短調 op.23 「葵上」(あおいのうえ)
 ノクターン 第15番 ヘ短調 op.55-1 「俊寛」(しゅんかん)
 バラード 第4番 ヘ短調 op.52 「通小町」(かよいこまち)
 ノクターン 第18番 ホ長調 op.62-2 「泰山府君」(たいさんぶくん)

開演前に15分間ピアニスト自身によるプレトークがあった。「序破急」は日本古来のテンポとリズムということを初めて知った。〈「序」はゆっくりと始まり「破」のリズミカルな響きにつながってゆく。やがてリズムもテンポも速く激しくなり「急」になって流れも終曲に近づく。全ての日本文化はこの「序破急」で成り立っており、大陸の文化とは異なる。〉
CD『ショパン序破急幻』は同名の田中克己(*遠藤の亡夫)写真集『薪能 序破急幻』から着想したそうである。今回のリサイタルの各曲に能の演目がつけられていて、プログラム・ノートに遠藤自身の書いた解説が載っていた。彼女の人生とショパンの人生を重ね合わせ、同時に能の代表的な演目を通して故田中克己との幸せな生活を振り返って彼へ感謝を捧げる献奏となる趣旨のリサイタルであった。

聴き慣れた曲ばかりだった。バラード全4曲は今年もユンディ・リと辻井伸行のリサイタルでも聴いたが遠藤郁子のショパンはやはり彼女特有の味がある。彼女の人生が色濃く滲み出る音楽になっていた。客席数が221(横17列、縦13列)の小ホールはチケット完売で立派な椅子の補助席が最後部に17席用意されるほどの大盛況であった。

※バラードのプログラム・ノートに注目したので記録に留めておく。
第1番「コンラード・ウォレンロード」。ポーランド人ウォレンロードは宴会で古事を語り、圧政者に死を与えるため癩やその他の疫病を偽りの抱擁で伝染、死に至らしめた件を語り、自分にも今それが可能であることを居並ぶ圧政者に告げる。祖国の悲劇の復讐伝説。
第2番「ウイリスの湖」。湖畔で遊ぶポーランド乙女たち。そこへなだれ込むロシア軍。神はそのあまりの酷さに大地を開き乙女らを吞み込んだ・・・・。後にそこに咲いた花を手折る者に災いあれ。
第3番「水の精」。湖畔で若者は乙女に永遠の愛を誓う。疑う乙女は水の精に変身。若者は誘惑に負けて水の精にも愛を誓う。二重の誓いの罰で若者は深い湖に投げ込まれ、掴まえられぬ水の精を永遠に追う運命となる。
第4番「3人のバドリス」。リトアニアのバラード。父の命令で3人兄弟が遠い国へ宝探しの旅へ出た。長い時が過ぎて父は兄弟の死を想ったが、ある嵐の日に3人の息子達はそれぞれ花嫁を連れて戻ってきた。しかしショパンの音にはハッピーエンドが感じられない。
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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