ミニコンサート(by 中江早希)in Steinway Studio

旭川出身のソプラノ歌手、中江早希は昨年6月のオルガンサマーナイトコンサートで第16代札幌コンサートホール専属オルガニスト、オクタヴィアン・ソニエと共演した。 その時の彼女の歌声が素晴らしかったので、身近に感じれるホールで聴いてみようと思った。

ピアニスト新堀聡子と株式会社井関楽器の企画によるミニコンサートが二年半前に始まった。月一の企画で今回が30回目という。私が初めてスタインウェイスタジオでのミニコンサートに出かけたのが昨年2月の下司貴大(*現在イタリア留学中)のバリトンのコンサート。凄く近い距離で、音をすべて聞き取れるので迫力のある美声を楽しめた。2度目は先月のヴァイオリニスト鎌田泉のコンサートでサロン風な雰囲気で他のホールとは違った趣があるのが良かった。それに続いて今回が3度目である。

2015年3月29日(日) 14:00~14:45  井関楽器札幌3F スタインウェイスタジオ

中江早希(Nakae Saki)は旭川出身。今まで数々の音楽コンクールで入賞し、第12回中田喜直記念コンクールで大賞、第25回ハイメス音楽コンクール声楽部門で第1位、第11回東京音楽コンクール声楽部門第3位(1位なし)。現在、東京藝術大学大学院博士後期課程に在籍。東京芸大の各種コンサートで高関健や湯浅卓雄などと共演。オペラでの活躍が目立つ。東京・札幌・旭川でリサイタルや室内楽などでも活躍中で将来を嘱望される若手ソプラノ歌手。

[PRPGRAM]
すべてリヒャルト・シュトラウスの作品。
~香り漂う花の歌曲~
 ○バラのリボン  ○矢車菊  ○ポピー
~オペラチック歌曲~
 ○セレナード  ○言われたことは それでおしまいではない ○15ペニヒで ○アモール
 
◎4つの最後の歌
 1.春  2.九月  3.眠りにつこうとして 4.夕映えの中で

R,シュトラウス(1864-1949)はドイツの作曲家。交響詩の作品が多くて有名であるが、昨年は彼の生誕150周年に当って各地で演奏される機会が多かった。「家庭交響曲」「アルプス交響曲」などの交響曲も書いているが4楽章から成る伝統的な交響曲は知られていない。偉大な作曲家で、歌曲は160曲以上も作品を残している。「2つの歌」、「3つの歌」、「4つの歌」、「5つの歌」、「6つの歌」、「8つの歌」と一まとめにして数多くの作品を書いた。

プログラム最初のテーマは「花」。配布された〈ちょこっと解説〉によると、「矢車菊」は4月に咲く青い花。「ポピー」は夏に咲く花。花のカラー写真も載せられていた。
次はオペラ風の4曲。中江はオペラの曲が似合う。歌詞の日本語訳も見ながら聞いたが表情豊かな演唱で面白かった。
“Amor”は「愛」の歌。[ソプラノのための3つの賛歌]がオーケストラと独唱付きで1921年の作品にあるので、その3曲目かなと思った。(*帰宅して調べて判った。)
コロラトゥーラの技巧が愛の神様キューピットのケラケラ笑いや飛び回る様子などが描かれる。超絶技巧が駆使された曲。簡単に披露できる曲ではない、彼女ならではの曲。改めて素晴らしい声の持ち主だと感心するばかり。

[4つの最後の歌]はシュトラウスが亡くなる前の1948年の文字通り、「4つの最後の歌」。ヘルマン・ヘッセの詞に曲をつけた。私は歌曲は余り知らないし、シュトラウスの歌で聴いたことがあり、曲名を知っている唯一の歌。「4つの歌」をたくさん書いているので《最後》のと付いている理由が今回初めて判った。今まで森麻季や藤村実穂子の歌で聴いたことはあるが、タイトルは知っていてもメロディなどには親しんでいない。一流の歌手が歌う難曲だという認識はあった。オーケストラを伴う曲なので、歌い甲斐のある作品なのだろうと思う。

ピアニストの新堀聡子も大したもの。普通のピアノ伴奏とは訳が違う。オーケストラのパートをピアノで表現するのは大変だったと思う。井関楽器ピアノ講師としての仕事よりも大変だったのではないかと勝手に想像した。でも、これが彼女の成長にも繋がると素人ながら思った次第。

[4つの最後の歌]は大曲である。博士課程リサイタルの曲目だったかも知れないと最後にふと思った。中江の将来を見据えた通過点なのだろう。とにかく素晴らしい歌声が聴けて楽しかった。80席ほどのホールで歌声を聴くと臨場感が得れる利点がある。
アンコールに「明日」を熱唱。また、いつの日か彼女の歌声を耳にしたい。近い将来に日本を代表するソプラノ歌手になっていることを願う。


松井亜樹ソプラノリサイタル~ロシアオペラの夕べ~

 先月20日(金)に朝日カルチャーセンター札幌主催の公開講座があった。札幌大学教授でピアニストでもある高橋健一郎氏が定期的に講座を開いているが、彼の講座「ラフマニノフと祖国ロシア」を受講した。講師自身のピアノ演奏やCD, DVDの鑑賞を交えながらの講座は興味深かったが、話の最後に「松井亜樹ソプラノリサイタル」の案内があった。25名ほどの講座参加者の中に彼女の姿もあった。
実は2008年の「時計台コンサート」で二人が出演するコンサートを聴いていた。「歌とピアノで伝えるロシアの息吹」と題して行われたコンサート。高橋君は私の高校時代の教え子。彼が2年生の時に担当しただけだが、札幌北高校時代で英語の総合力は断然トップであった。当時から北海道ショパン学生ピアノコンクールでも優秀な成績を残していた。高1までは東京芸大を目指していたようだが、数学、物理に興味を持ち東大理Ⅰに進学した。大学では文系に転向。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。ロシア語学とロシア音楽が専門。

08年のコンサートではロシアの歌曲の他に、チャイコフスキー、ラフマニノフ、メトネルなどのピアノの小品も演奏された。松井さんは北海道教育大学札幌校芸術文化課程を卒業した後、ロシアで修業を積んでいた頃だったようである。新進の歌手としてスタートを切った初々しい感じがしていた。

昨年、音楽雑誌「音楽の友」で彼女の東京での活躍ぶりを知った。2月の朝日カルチャーセンターでの出会いで、リサイタル開催を知った。実は高橋君と言葉を交わしたのは彼の高校卒業以来初めてであった。25年ぶり。(彼が高3の折に札幌北高校を会場にノーベル賞受賞者のフォーラムが開かれ、彼が歓迎の辞を英語で述べることになった。その時の彼が用意したスピーチ原稿の内容はレベルの高い素晴らしいものだった。私は彼のスピーチの指導をすることになっていたが、フランス人の文学賞受賞者が日本の各地で英語ばかりがフォーラムで使われることに苦情をはさんだことで、当事者の突然の変更通知によって高橋君は日本語で挨拶することとなった。当日の同時通訳の英語は当初のスピーチの内容と比べて、格調の高さが欠けてしまった。本人が一番残念だったと思うが、私にも悔しくてたまらない出来事であった。)

前置きが長くなってしまった。いよいよリサイタルの開催である。

平成27年3月6日(金)19時開演。 ザ・ルーテルホール

出演:松井 亜樹(ソプラノ)、高橋健一郎(ピアノ)
 [ 賛助出演 ] 今野博之(バリトン)、中添由美子(ピアノソロ)、坂田朋優、國谷聖香(ピアノ連弾)、藪 淳一(ナレーション)

PROGRAM
[ 第一部 ]
 グリンカ:オペラ『ルスランとリュドミラ』から
         序曲(連弾) (坂田、國谷)
         リュドミラのアリア「ああ、運命よ、私のつらい運命よ!(松井、高橋)
 リムスキー・コルサコフ:オペラ『皇帝の花嫁』から
          グリャズノイのアリア「あの美しい人が忘れられない」(今野、高橋)
 ムソルグスキー:オペラ『ソローチンツィの定期市』から
          ハラ―シャのドゥムカ「悲しまないで、愛しい人よ」(松井、高橋)
          コバック(ラフマニノフ編)(ピアノソロ:中添) 
 ストラヴィンスキー:オペラ「放蕩者の遍歴」から
         アンのアリアとカバレッタ「トムからは何も便りがないーーーかれのところへ行こう」(松井、高橋)

[ 第Ⅱ部 ]
  チャイコフスキー:オペラ『イオランタ』から
              イオランタのアリオーソ
                「なぜ私は前には知らなかったのかしら」(松井、高橋)
        :オペラ『スペードの女王』から
            リーザのアリア「この涙はどこから」(松井、高橋)
            エレツキーのアリア「私はあなたを愛しております」(今野、高橋)
            リーザのアリオーソ「もう真夜中に近い」(松井, 高橋)
        :オペラ『エヴゲニ―・オネーギン」から
            ポロネーズ(連弾)(坂田、國谷)
            オネーギンとタチアナの二重唱「ああ、なんて苦しいの! 再びオネーギンが私の前に現れる」(松井、今野、高橋)

第一部の作曲家の管弦楽曲は知っていても、オペラのタイトルで知っているのは「ルスランとリュドミラ」だけである。といっても序曲だけで、演奏会でアンコール曲として聴く程度である。活気に満ち溢れた曲がピアノ連弾で流れた。

コンサートのナレーションを元HBCアナウンサーを務めていた方(*どこかで見た顔だと思っていたら当時テレビで見ていた)が担当して、オペラのストーリーを話したうえでコンサートが進められた。
最初のオペラは悪魔に奪われたリュドミラを求婚者ルスランが救出するという民話に基づくオペラ。囚われの身になったリュドミラが魔術師には決して従わないと力強く歌い上げるアリア。

ストーリーの展開に沿って、音楽に変化を持たせてピアノを奏でる高橋の演奏は最初から素晴らしい技量を発揮。松井も透明感のある歌声でリュドミラの清らかな心と精神の強さを表現した。

R.コルサコフ、ムソルグスキーは19世紀後半、ストラヴィンスキーは20世紀に活躍したロシアの作曲家で偉大な作品を残しているが、オペラのタイトルは初めて耳にするものばかりである。
賛助出演したバリトンの今野は北海道二期会での活躍が目立ち舞台経験が豊富な様子が歌唱だけでなく舞台での振る舞いにも表れていた。

第二部は全てチャイコフスキーの作品で親近感が持てた。ただし、オペラは他のジャンルに比べて親しんでいない。「スペードの女王」は小澤征爾得意のオペラだと思うが観たこともなく、何の知識もない。「イオランタ」は先月にMET上演があったばかりで鑑賞を予定している。「エヴゲニ―・オネーギン」は13年11月のMETビューイングを観たので印象深い。(その時の模様は次のブログに書いてある。http://teruoblog687.blog.fc2.com/blog-entry-151.html)。

後半に松井は赤のドレスで登場。会場が一瞬華やかな雰囲気に包まれた。年頃になったイオランタが淡い気持ちを乳母に訴える歌。前半のプログラムでは舞台の立ち位置を変えずに歌っていたのが、オペラのシーンに合った状況で可憐な表情で歌い上げたのは良かった。

「スペードの女王」から3曲が歌われたが、ストーリーの内容が良く解らずに集中力が欠けたのかボヤケタ印象になってしまった。鑑賞の仕方がまずかったようである。

「ポロネーズ」はオペラだけでなく演奏会で単独で演奏されるが、昨年もKitaraで聴いた覚えがある。舞踏会の華麗な音楽が、ピアノ連弾で演奏された。率直に言って、グリンカの曲での演奏より心地よく聴けた。
オネーギンとタチアーナの二重唱はタチアーナがオネーギンの告白に動揺しながら、申し出を断り別れを告げる場面はオペラの実際の場面が浮き上がって聴衆の心を動かした。会場に感動の声が湧きあがった。1年半前に観たオペラの場面が蘇って良かった。リサイタルにバリトン歌手の客演があって最後の二重唱で盛り上がった。

最初から最後までピアノの演奏も素晴らしかった。ただ単なる伴奏の域を超えて、全体的に音楽を深く理解した上でのピアノ伴奏だったと思った。短い曲の中で曲調の変化や音の強弱に応じて巧みに鍵盤を操る所作にも凄さを感じ取ったのは私だけであろうか。プロとしてピアノリサイタルを聴いてみたいものである。

松井亜樹はロシア歌曲を得意としていると思うが、アンコールにロシアの歌曲を2曲歌った。1曲は「ラフマニノフ:春の流れ」。もう1曲の曲名は聞き逃した。
最後に出演者と聴衆が一緒に「カチューシャ」を歌って終了。ホールの1回ロビーで、バリトン歌手、ピアニスト、ソプラノ歌手に感想を述べて外へ出た。余韻を楽しむために音楽を大音量で聴けマスターと話ができるBARへと足が向いていた。


     

錦織 健 テノール・リサイタル

錦織健コンサート ロック to バロック’98 を旧北海道厚生年金会館で聴いた記憶がある。何となく頭の片隅に残っているだけである。はっきり覚えているのは04年2月のKitaraにおける「錦織健プロデュ―ス オペラ「セビリアの理髪師」のアルマヴィ-ヴァ伯爵役である。錦織は日本オペラ界を代表するテノールとして第一線で華々しく活躍していた。
10年にはリサイタルを聴いた。彼得意のヘンデルのオラトリオ「メサイア」をはじめ、ロッシーニやプッチーニのオペラの有名なアリアを歌った。珍しく日本の歌曲もプログラムに入っていた。トークをはさみながら、ステージを下りて客席を周るサービスをしていた。
今回は12年に続く2年ぶりのリサイタルとなった。

2014年10月10日(金) 7:00開演 札幌コンサートホール Kitara大ホール

〈プログラム〉
 日本古謡「さくらさくら」、 日本古謡・山田耕筰・曲/「箱根八里は」
 石川啄木・詞/越谷達之助・曲:「初恋」
 北原白秋・詞/山田耕筰・曲:「かやの木山の」「この道」「松島音頭」「からたちの花」
 土井晩翠・詞/滝廉太郎・曲:「荒城の月」
 野上彰・詞/小林秀雄・曲:「落葉松」
 岩井俊二・詞/菅野よう子曲:「花は咲く」
 プッチーニ:歌劇《トゥランドット》より「誰も寝てはならぬ」
 ドニゼッティ:歌劇《愛の妙薬》より「人知れぬ涙」
 ティリンディルリ:「おお春よ」、 カッチーニ:「アマリッリ」、 ロッシーニ:「踊り」
 ショパン:「別れの曲」
 サルトリ&クァラントット:「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」
 バーンスタイン:ミュージカル《ウエストサイド物語》より“Maria”
 ロジャース:ミュージカル《回転木馬》より“You'll never walk alone”
 
錦織健(Ken Nishikiori)は1960年、島根県出雲市生まれ。国立音楽大学卒業。文化庁オペラ研修所を経てミラノ、ウイーンで研鑚を積んで帰国後、輝かしい活躍で脚光を浴びテノール歌手として揺るぎない評価を得た。オペラやクラシック・コンサートだけでなく幅広いジャンルにわたる音楽活動に携わっている。

プログラム前半は日本の歌10曲。「さくらさくら」は日本を象徴する名曲がイタリアのカンツォーネ風に歌われたので少々違和感があった。声量を生かして変化に富んだ歌い方にはなっていた。口を大きく開け、高い張りのある声で歌い上げる歌い方は彼独特のものかもしれない。4年前のリサイタルより声量がある印象を受けた。
抒情的な味わいよりドラマティックな要素が強い歌い方で受け取り方が違ってしまった。

ピアノ伴奏は河原忠之。毎回、錦織と共演し、お互いを知り尽くした同士でプログラム曲の編曲も全て担当している様子。ピアニストの他に指揮者としても活動している。

後半のプログラムは洋もの。オペラ曲は2曲だけだったが、“世界3大テノール”と呼ばれたドミンゴ、パヴァロッティ、カレーラスの歌声を予め家でCDを数回聴いて歌詞も味わってきた(カレーラスは「マリア」)。「人知れぬ涙」は2年前のMETビューイングの場面を思い出しながら何度もCDを聴いた。2曲ともオーケストラ演奏だと前奏が入っていたり、歌が終っても演奏が続いて余韻が残るが今日はそれが味わえなかったのが残念! 「誰も寝てはならぬ」では最後の“Vincero! Vincero!”でもっと盛り上げても良かったように思った。

オペラのアリアに続いてイタリアの歌曲が5曲。錦織も楽しそうに早いテンポに合わせて気持ち良さそうに歌い上げた。
ショパンの名曲にイタリア語の歌詞をのせた歌曲は興味深かった。サルトリ&クァラントットの曲名は英語だがイタリア語で歌われた。

プログラム後半最後の2曲はミュージカル・ナンバー。両曲とも英語で歌われた。「ウエストサイド物語」はオーケストラで聴く機会は結構あるが、歌は何年も聴いていないように思う。TonyがMariaの名を繰り返して呼び、彼女を讃美する歌の歌詞を数十年ぶりに思い出す機会になって良かった。錦織は英語の発音に留意して丁寧に歌っていた。

トークを少なくして2時間のコンサートをこなすのは大変なようで、途中ピアニストのソロもはさんだ。ピアノ・ソロは「プッチーニ:歌劇《マノン・レスコー》より「間奏曲」。
アンコール曲も「オー・ソレ・ミオ」のカンツォーネ以外は、“We are the champion”, “Stand by me”など英語で4曲。
コンサートでいろいろなジャンルの音楽を歌っているのは解っていたが、ポピュラー・ミュージックを取り上げる機会が増えている感じがした。
1000名弱の聴衆も錦織の音楽を求めて聴きに来ている年輩のファンが多いようであった。演奏終了後の拍手、声援は固定したファンの多さを物語っていた。今月2日の朝日新聞の夕刊によると「錦織の趣味はボイストレーニング」と言う。毎日2時間の練習を欠かさないそうである。今日の演奏会で彼の声量が50歳を越えて衰えるどころか、進化しているのではないかと思ったほどである。
来年2-4月にはオペラ・プロデュ―ス「モーツァルト:後宮からの逃走」を手掛ける予定と聞く。

*錦織健はテニスで活躍している錦織圭と間違えられてパソコン等で検索されることが多くなったそうである。錦織圭も島根県出身であるが、島根県には「錦織」という姓が多くて、学校時代にはクラスに3名は同じ苗字の人がいたと言う。名前の呼び方は5通りはあって、彼自身の苗字の読み方も「にしきごおり」であったと言う。(「にしごおり」だったかも?)。大学時代から面倒になって現在の呼び名で通すようになったそうである。

札幌交響楽団第570回定期演奏会(2014年6月)

2014年6月28日(土) 14:00開演 札幌コンサートホール Kitara大ホール

ヴェルディ: レクイエム

指揮/ 尾高忠明
独唱/ 安藤赴美子、 加納悦子、 吉田浩之、 福島明也
合唱/ 札響合唱団、札幌放送合唱団、ウィスティリア アンサンブル、
    どさんこコラリアーズ
合唱指揮/ 長内勲

「レクイエム」とはキリスト教において死者の追悼のために歌われる宗教音楽である。レクイエムの歌詞を読むと、葬儀に参加する人たちが最後の審判、神の怒りの日に死者が昇天するようにイエスに懇願する内容となっている。
私自身、宗教音楽には余り関心が高くなく、バッハの「マタイ受難曲」のテキストを見ながらコンサートを聴いたことがある程度である。モーツァルトの「レクイエム」も一度は聴いたことはある。ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」のCDも所有しているだけ。そんな程度で宗教音楽には親しんでいない。

今日は札響の定期のプログラムにあるので聴きに行ったが、期待度が大というわけではなかった。ところが、いざコンサートが始まって、スタートから140名の大合唱団がオーケストラと共に歌い始める場面にすぐさま惹きつけられた。予想していた音楽の展開とは全く違っていた。オペラを思わせる展開で85分間、終始4人のソリストたちの素晴らししい歌声と4つの合唱団の今迄とは一味もふた味も違う音楽作りを鑑賞できた。

新国立劇場オペラ芸術監督でもある尾高札響音楽監督は札響最後のシーズンに当って、満を持して日本最高のソリストたちを選んで今回の演奏会に臨んだ気構えを感じた。
札響の前回の演奏は03年で合唱団は一つだけであったようなので、今回は合唱の迫力が違ったと想像される。
聴衆の関心度も高く、いつもの定期公演よりも客が入っていたように思われた。終演後の歌手たちや合唱団への拍手も一段と長く続き、感動の度合いも大きいように思えた。もう一度聴いてみたいと思えるコンサートになった。

*音楽雑誌《音楽の友》アンケートでチョット心に引っかかっていることがありました。
「あなたが好きな声楽曲は?」のアンケートで有効回答数が約2400票のうち
「モーツァルトのレクイエム」580票で第1位、「ヴェルディのレクイエム」439票で第3位、「フォーレのレクイエム」334票で第4位。
私自身の心に浮かぶ「声楽曲」のイメージと余りに違うのでギャップを感じて、アンケートの回答者には合唱団所属の人が多かったのかなと思ったりしてました。声楽曲というとオペラの有名なアリア、イタリアのカンツォーネ、日本の歌曲などを思い浮かべるので、この雑誌の設問には違和感があったのです。
今日のコンサートを聴いてみて、人々の中には自分は歌わなくても「レクイエム」を好きな声楽曲と答える人もいるのだろうと思い少し納得しました。

藤村実穂子 メゾソプラノリサイタル 歌曲の夕べ

ソプラノリサイタルに比べてメゾソプラノリサイタルが開催される機会は極めて少ない。著名なメゾソプラノ歌手のリサイタルはこの10年で2回聴いただけである。
1つは〈Kitara10周年記念コンサートシリーズ〉で2007年12月に開かれた《フィオレンツァ・コッソットのデビュー50周年リサイタル》。コッソットは世界の歌劇場でメゾソプラノの女王として活躍し、マリア・カラスとの共演も多く、その名を永遠に残す大プリマドンナであった。
もう1つは〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉で2011年11月に開催された《白井光子&ハルトムート・ヘル リートデュオリサイタル》。白井とヘルは1972年の結成以来「歌と伴奏」という概念を越えた「リートデュオ」。白井光子は74年シューマン・コンクールをはじめ数多くのコンクールに優勝し、国際的リート歌手として世界にその名を馳せた。Kitara小ホールでのコンサートで複数の日本人女性から“Bravi”と声が掛かった珍しい経験が忘れられない。(PMFの演奏会で日本人が“ブラボー”、イタリア人のアカデミー生が“Bravi”と掛け声をかけるのを聞いて以来の出来事であった。)

藤村実穂子(Mihoko Fujimura)はウィ―ン国立歌劇場、バイロイト音楽祭など世界の最高峰の舞台で活躍している現代最高のメゾソプラノ歌手として名高い。オペラだけでなく、コンサートの交響曲の歌い手としての活動の場も多い。

今夜はリヒャルト・シュトラウスとマーラーの曲をたっぷりと楽しめるドイツ・リートの世界。

2014年3月17日(月) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈プログラム〉

R.シュトラウス:薔薇のリボン op.36-1、白いジャスミン op.31-3、高鳴る胸 op.29-2、
          愛を抱きて op.32-1、愛する人よ、別れねばならない op.21-3、
          憧れ op.32-2、静かな歌 op.41-5、解放 op.39-4、岸で op.41-3、
          帰郷 op.15-5、小さな子守唄 op.49-3、子守唄 op.41-1
マーラー:歌曲集「子供の魔法の角笛」より
        ラインの小伝説、 この世の生活、 原初の光
        魚に説教するパドゥアの聖アントニウス、 この歌を想い付いたのは誰?
        不幸の中の慰め、 無駄な努力、 高い知性への賞賛
                   ピアノ/ヴォルフラム・リーガー(Wolfram Rieger)

シューベルトが作り上げた《芸術歌曲》を発展させたのがR.シュトラウス(1864-1949)と言われる。「4つの歌」などコンサートで取り上げられる曲はあっても具体的な曲名は全然知らない。意外と言ったら変だが、今回の12曲はいずれも詩も曲も美しかった。詩を読んで歌を聴くと情景が浮かんでくる。

藤村が声を発した途端、彼女の歌声に魅了される。1曲が終ったあと聴き惚れて、満席の聴衆は6曲が終るまで拍手する気持ちを抑えていた。(実際、1曲終わる度に拍手をしていると、演奏家の集中度が途切れてしまう恐れがある。)曲が進むにつれて彼女の世界に引き込まれていく。
歌の専門家はともかく、素人の自分には初めて聴く曲ばかりであった。Sold outになった客席は女性が9割弱。周囲に男性の姿は殆どなし。声楽を専攻した人たちか音楽大学の出身者が多かったのかもしれない。

R.シュトラウスの交響詩を聴く機会は結構あるが、彼は歌曲の巨匠でもあることが何となく判った。シューベルトやシューマンの後に続くドイツ歌曲に接する機会にはなった。

マーラー(1860-1911)の歌曲集は近年よく耳にする。この歌曲集は名前だけは知っている。交響曲からの主題の借用や交響曲への転用などで知識を得ている。2011年のPMFでトーマス・ハンプソンが歌った「亡き子をしのぶ歌」、「リュッケルトの詩による歌」は一応名前だけは知っている程度である。勿論、この時はハンプソンの歌に酔いしれた。

前半のシュトラウスの詩や曲と対照的に、マーラーのこの作品はアイロニーが多分に含まれていて面白い。戯画化されて皮肉ったり、ユーモアを込めた作品にも興味が湧いた。交響曲から得ている印象とは違ったのである。

オペラの有名なアリアと違って、外国の歌曲はメロディや歌詞は馴染みが薄い。数曲聴いただけで向こう受けする曲は無い気がするが、今晩のようなコンサートで世界一流の歌手が、ある程度まとまった曲を歌ってくれると、その良さが断然聴く者の心に響いてくる。
 
後半の曲風が前半とガラリと変わった味が素晴らしく良く出ていた。艶のある声の響きは言うまでもないが、詩の表現力が凄いと思った。前半とは違う歌手が歌っている感じさえした。彼女が世界の舞台で活躍している様子が実感できた。

ピアニストのリーガーとの呼吸もピッタリあった演奏会。ピアノがステージ上で少々斜めに配置されて聴衆に鍵盤が見えやすくなっていたので、ピアニストの運指や歌手との微妙な呼吸が読み取れて興味深かった。

藤村がステージを下がる度ごとに客席に顔を向けながら退場する様は、歌っているときの凛としたクリアな響きと重なって、実に堂々としていてプリマドンナのようであった。歌曲では歌手が聴衆の顔を見つめながら歌い、心を伝えている様子が感じ取れた。退場の時の態度にも同じことが言えるのかなと思った。いずれにしても、他のコンサートでは余り見られない一貫した態度に注目した訳である。

〈アンコール曲〉
マーラー:ハンスとグレーテ、 たくましい想像力。
2曲を終えたのち、鳴り止まぬ拍手に応えて「マーラー:別離と忌避」で終了。

帰りの小ホールのホアイエはクロークに並ぶ人と、サイン会のため並ぶ人で大混雑。このような盛況ぶりは久しぶり。とにかく藤村実穂子の名はクラシックファンには知れ渡っていたので、今日のリサイタルを待ちわびていた人は多かったはずである。私自身も旅行計画を少し変更して聴く機会を持てた。


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fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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