METライブビューイング2014-15 《イオランタ》&《青ひげ公の城》

第8作は2本立て。
チャイコフスキー 《イオランタ》 MET初演  全一幕  ロシア語上演
バルトーク 《青ひげ公の城》 新演出  全一幕  ハンガリー語上演

2本共にタイトルを知っているだけで、ストーリーも全然わかっていないので、近年はこのようなオペラ作品に興味がある。特に今回はネトレプコが主演するので期待していた。《マクベス》ではドラマティックな歌唱と迫真の演技で圧倒的な存在感を示した。今やアンナ・ネトレプコはMETの女王の風格充分で世界のディーヴァと言えるだろう。

《Iolanta》
昨シーズンの第1作《エフゲニー・オネーギン》に続いて名指揮者ゲルギエフとネトレプコのゴールデン・コンビで、相手役もピョートル・べチャワ。三人ともロシア物の上演では特に気が合っての共演。
ロシアでは人気のオペラが123年の歴史を持つMETでは初演。ロシアの歌姫の登場で可能になった作品かもしれない。

アンデルセンの童話を基にしたチャイコフスキー晩年の作品。目が見えないことを知らない王女イオランタが人里離れた森の館で乳母たちに囲まれて幸せに暮らしていた。レネ王は見知らぬ人との接触を禁じていた。ある日、彼女の婚約者になっていたロベルトが王に婚約解消を告げるために、友人ヴォデモンと森の中で迷い込んでいた。
城の一室でイオランタを見たヴォデモンは彼女の美しさに魅了されてしまう。彼は彼女が盲目であるのに気付いて、彼女の知らない光の素晴らしさを伝えて「二重唱」を歌う。(この二重唱が素晴らしい。)ヴォデモンは王に姫を妻にと望み、結果的に願いが叶う。イオランタの“光を見たい!”という叫びが手術の成功に結びつき目が見えるようになってハッピーエンド。

80分程度の一幕物で舞台は簡素だが、館が回り舞台になっていて森の様子にも転換できる舞台装置。チャイコフスキーの美しい音楽を中心にソリストたちの歌唱がそれぞれ素晴らしかった、大向こうをうならせる見せ場が各々のソリストにあった。主役だけでなく脇役のアリアも聴きごたえがある歌唱。(ネトレプコの太り過ぎの体が少々気になった程度。)
闇から抜け出て浴びる光、世界の美しさ、生きることの美しさを歌い上げ、全員の合唱で大団円の舞台を飾るフィナーレは見応えがあった。

《Bluebeard's Castle》
元々はグリム童話でペローやメーテルリンクによって戯曲化されたらしい。字幕に原作がペローとなっていた。グリムの童話には大人向けの作品があるようだが、この童話の原作は完全に大人向けである。
バルトークの唯一のオペラ。《青ひげ公の城》の音楽は初めて耳にしたが、物語の内容に即して極めて音楽が陰湿で重苦しい雰囲気が漂う。専門的には解らないが、各場面で短調や長調で曲の色彩を変化させているようである。

プロローグに始まり、7つの扉を開けてストーリーが展開される。実質的な出演者は2人。ソプラノのN.ミカエルとバリトンのM.ぺトレンコ。
愛する夫の全てを知ろうと城の中を案内してもらう新妻ユティット。第1の扉は拷問部屋。第2の扉は武器庫。第3の扉は宝物庫。いずれの室にも血痕が付着していた。第4の扉は秘密の庭園。白いバラに血痕。土に血が染み込んでいた。第5の扉は青ひげの広大な領地が見える部屋。雲から赤い血の影。不吉な予感が押し寄せる中でユティットは残りの扉を開けるように迫る。
2人の心理状態が緊迫する。第6の扉は涙の湖。2人は抱擁する。妻は夫が過去に愛した女のことを聞いて嫉妬する。やがて殺したのではと疑う。最後の扉を開けるのに抵抗していた青ひげだが、遂に第7の扉が開く。3人の妻が列になって現れる。まるで生きているようで美しい姿。彼女たちは「夜明け」、「真昼」、「夕暮れ」を支配している。青ひげは「4人目を真夜中に見つけた」と言い、彼女も4人目の妻として第7の扉に消える。青ひげも暗闇の中に消えていく。

映像でストーリーが綴られるので、実際の舞台が曖昧で解り難かった。実演なら緊迫感があったかもしれない。サスペンスオペラで意外性はあった。愛する人のすべてを知ろうとして、相手の心の奥底まで踏み入ってしまう人間の性。悲劇になってしまうドラマは現代にも通ずるところがある。
2人だけの心理劇を迫真の演技で表現したミカエルとぺトレンコの演唱を他のオペラでいずれかの機会に聴いてみたい。

演出家によると今回のオペラは1つの続き物として演出したと言う。目が見えなかった女性と目が見える女性の対照的な童話ともとれる。

私は2011年からMET Live Viewing を見始めて、今は年に5・6本は鑑賞している。妻も昨年あたりから私以上にMETビューイングが面白くなって忙しいスケジュールを縫って私と別の日に楽しんでいるようである。





 

METライブビューイング2014-15 第7作 《ホフマン物語》

オペレッタの創始者ジャック・オッフェンバック(Jacques Offenbach)の残した唯一のオペラ《ホフマン物語》。
彼の有名なオペレッタ《天国と地獄》の上演が北海道二期会30周年記念公演として1994年2月に行われて観た時以来のオッフェンバックの作品鑑賞。
オッフェンバック(1819-80)はドイツ生まれでフランスで活躍した作曲家、チェリスト。(後にフランスに帰化。)《ホフマン物語》は未完成の遺作となったが、ギロー補筆で1881年初演。今日でも上演される機会の多いフランス・オペラ。

舞台は19世紀のドイツ。人々で賑わう酒場で恋人ステラを待つ酔いどれ詩人ホフマンが叶わなかった過去の恋を語り始める。 機械人形と気付かずに恋したオランピア。歌うのを禁止されたのに歌ってしまい亡くなった病弱な歌手アントニア。誘われるままに情熱を捧げた娼婦ジュリエッタ。3つの恋は悪魔の化身である男に操られていた。更にステラとの恋にも暗雲が立ち込めていた。 全3幕。フランス語上演。
 
主演のホフマンは現在オペラ界で人気のイタリア人・テノール歌手、ヴィットリオ・グリゴーロ。自己破滅的な恋愛を通して孤独な男を演じ、高音域から低音域までいろいろな色彩を持った声を操るグリゴーロ。第1幕でオリンピア役のエリン・モーリーが歌う超絶技巧のアリア“生垣に小鳥たちが”のコロラトゥラの歌声はまさに驚異的。第1幕の幻想的な舞台も見もの。第2幕のアントニア役(ステラと二役)のヒブラ・ゲルツマ―ヴァの堂々たる体躯からの歌声は圧倒的で心に響いた。
全3幕に登場して悪魔の化身を演じた名バリトン、トーマス・ハンプソンの存在感がこのオペラを引き締めていた。ハンプソンはPMF2011に出演して「マーラー:亡き子をしのぶ歌」などを歌った。夕やみ迫る芸術の森に響き渡る歌声は脳裏に焼き付いている。(彼はPMF1990にも来日している。) 

第1幕や第3幕には大勢の人々が登場して合唱や踊りに加わり、舞台では小道具にも工夫がなされていた。演出家の話では1920-30年代のカフカの世界を描き、オーストリアの怪しいサーカスを連想させる舞台で幻想的なストーリーが展開された。オペラの終盤で流れる「ホフマンの舟歌」が親しまれているメロディで久し振りに耳にした。
エピローグで「人は恋によって大きくなり、涙によってより大きくなる。」と語られたのが印象に残った。

グリゴーロは4月に来日して、5日と10日にリサイタルを開く予定で、今回の公演の注目度が一層高まっているようである。


METライブビューインーグ2014-15 第6作「メリー・ウィドウ」

今シーズンのMET鑑賞は第1作《マクベス》以来となる。前回はアンナ・ネトレプコの究極の悪女に挑む演技と歌唱に圧倒された。第2~第4作までは余りにもポピュラーな作品で劇場には足を運ばなかった。第5作《ニュルンベルクのマイスタージンガ‐》は観たことがないので予定に入れていたが、6時間近くもかかる演目で結果的に断念した。

《メリー・ウイドウ》もポピュラーな作品であり、いろいろな機会に「アリア」も歌われ、親しんでいるメロディも多い。十数年ほど前にオペラに親しもうとオペラ全集を購入していた。その中に《メリー・ウィドウ》が全曲収めれれていて、何度か通して聴いたりしていた。1962年のロヴロ・フォン・マタチッチ指揮フィルハーモニア管による演奏でエリザベート・シュワルツコップがハンナを演じた録音盤である。
演奏会で歌われる「ヴィリアの歌」は耳に馴染んでいる。最近では昨年の〈Kitaraのニューイヤー〉で幸田浩子が歌ったので記憶に新しい。

レハール(1870-1948)は当時オーストリア・ハンガリー帝国の領土であったブタペスト近郊に生まれた。ウィ-ンのテアター・アン・デア・ウィ-ンの楽長に任ぜられ、オペレッタ《メリー・ウィドウ》は1905年に初演されて大ヒットした。
《メリー・ウィドウ》はヨハン・シュトラウスⅡの《こうもり》と並ぶオペレッタの傑作。

オペレッタのタイトルは日本では「メリー・ウィドウ」として親しまれているが、日本語にすると「陽気な未亡人」。ドイツ語では“Die Lustige Witwe”。原語上演が普通だと思うが、今回のメトロポリタン歌劇場ではブロードウェイの演出家による新演出で英語上演となった。 “The Merry Widow” 全3幕。

舞台は20世紀初めのパリ。東欧の小国ポンテヴェドロワの外交官ツェータ男爵は亡夫から莫大な遺産を相続したハンナが他国の男性と再婚すると国が破綻する危機に陥ることを恐れていた。彼は書記官のダニロ伯爵にハンナに求婚するよう命じる。実はダニロはハンナと恋仲の関係にあったが身分違いで結婚できなかった。
ハンナはダニロをまだ愛していた。ダニロは再三の上司の要請を断り続ける。一方ハンナはツェ-タ男爵の妻の浮気が露呈しそうになった時に彼女をかばってダニロの誤解を招く。色々な恋の駆け引きがあって、最後にはハンナとダニロの恋は実を結んでハッピーエンドとなる。

ブロードウェイの女性の演出家の新演出で台詞中心の芝居。しかも主演の男爵夫人がブロードウェイのスター、ケリー・オハラのMETデビューとなって注目されたようだ。ダンスシーンの多い作品で本格的な舞踏場面ではオペラ歌手も大変ではないかと思った。

主演のハンナ役はMETのスターであるソプラノ歌手ルネ・フレミング。昨シーズンの第5作《ルサルカ》で叙情味あふれる歌唱力を発揮して、美しい姿と澄みきった歌声が印象的だった。ルサルカは彼女の当たり役で、昨年は何とも言えない魅力を感じた。今年の演目での若くリッチな未亡人をめぐる恋の騒動では年齢的に少々無理な面を感じた。作品によっては峠を過ぎた感じがしないわけでもない。素晴らしい歌唱力と演技力で存在感を示したのは確かである。

全編を通して美しいワルツが流れる。第1幕でのパーティでの舞踏はプロのダンサーが混じっての本格的なダンス。ウィンナーワルツの心地の良いメロディ。第2幕でハンナが故郷を思い出し民族衣装を着て歌う「ヴィリアの歌」はこのオペレッタで一番の聴きどころ。「若者が故郷の森の妖精ヴィリアに一目ぼれして熱いキスを交わすが、ヴィリアは姿を消してしまう」という内容の歌。アリアに続いての合唱も素晴らしい。「コロ」の踊り。

第2幕と第3幕の間の間奏曲も美しい旋律。第3幕はキャバレーでのフレンチ・カンカンが壮観。プロのダンサーが混じっての大勢のダンスはブロードウェイの雰囲気。最後の場で主役二人が歌う二重唱「くちびるは黙し、ヴァイオリンは囁く」は恋の大団円。

ブロードウェイの女性演出家の演出とあって華やかな歌と踊り。ダンスの多さにブロードウェイの特色が出ていたのかも知れない。台詞が多いのも目立った。ブロードウェイで使っているマイクがMETでは使えないために、字幕を用意していたとのこと。劇場の後方の座席では生の声が聞こえづらいための配慮だと思われる。

ドイツ語より英語の方が解りやすかったが、個人としては原語で上演してもらいたかった。原語の持つ雰囲気は大きな意味を持つと思っている。外国の映画でもDVDでも吹き替えでなくて字幕がある方を好んでいる。今回の英語上演はアメリカ国内で観客を広げる新しい試みだったのかも知れない。

久し振りのMETビューイングを楽しんだが大満足というわけではなかった。第7作から第10作まではタイトルを知っているだけで観たこともない作品なので、全作品を鑑賞する予定にしている。

PMFステージオペラin Kitara 「ナクソス島のアリアドネ」

~25回記念アニバーサリープログラム~
PMFステージオペラ in Kitara 「ナクソス島のアリアドネ」
                         (全2幕・ドイツ語上演、字幕付き)
R.シュトラウス生誕150年記念

このオペラ」は7月18日(金)夜公演でも同じ出演者で上演された。

2014年7月20日(日) 14:00開演  札幌コンサートホール Kitara大ホール

R. Strauss:“Ariadne auf Naxos”
〈出演〉 
沼尻竜典(指揮) 
ヨズア・バルチュ(執事長)、駒田敏章(音楽教師)、塩崎めぐみ(作曲家)、水口聡(テノール歌手:バッカス)、伊藤達人(士官)、日浦眞矩(舞踏教師)、大塚博章(かつら師)、清水那由太(従僕)、天羽明恵(ツェルビネッタ)、大村博美(プリマドンナ:アリアドネ)、村松恒矢(ハルレキン)、澤武紀行(ブリゲッラ)、九嶋香奈枝(ナヤーデ)、林よう子(ドゥリアーデ)、今野沙知恵(エコー)
PMFウィーン、安楽真理子(ハープ)、野間春美(ピアノ)、佐久間晃子(チェレスタ)、オクタヴィアン・ソニエ(ハルモニウム)
PMFオーケストラ

沼尻竜典(Ryusuke Numajiri)は1964年、東京生まれ。桐朋学園大学、ベルリン芸術大学で学び、90年ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝。新星日本交響楽団正指揮者(93-98)、東京フィル正指揮者(99-03)、名古屋フィル常任指揮者(03-06)、日本フィル正指揮者(03-08)を歴任。07年から、びわ湖ホール芸術監督として同ホールでのオペラ・シリーズでの活躍が顕著な指揮者。98年にロンドン響を指揮して海外デビュー。以来、国内外で多くのオーケストラと共演。05年にケルン歌劇場、07年にバイエルン州立歌劇場などにデビュー。
04年、読売日響の札幌公演以来のKitara 出演。10年ぶりとは思えない程、その活躍ぶりを身近に感じていた。

リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)は多くの交響詩を書いたことで知られている。「ドン・ファン」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」、「ツァラトゥストラはかく語りき」、「ドン・キホーテ」、「英雄の生涯」など。「家庭交響曲」「アルプス交響曲」も交響詩的な作品であり、コンサートで聴く機会もある。彼は指揮者としての活動も顕著で、ウィ―ン国立歌劇場の指揮者も務めた(1919-24)。歌曲の作品も数多く残している。
ドイツ・オーストリア系の作曲家としてはワーグナーとともにモーツァルト以来の偉大なオペラ作曲家である。「サロメ」、「ばらの騎士」などが良く知られた作品で実に多くの舞台作品を手がけている。私自身は彼のオペラ作品は観たことが無い。

今回のオペラもタイトルを聞いたことがあるくらいでストーリも全然知らない。
プログラムの解説には次のように書かれている。《18世紀のウィ―ンで、ある大富豪が、「宴会の余興に喜劇芝居と悲劇オペラを同時に上演せよ」と執事に命じる。彼の気まぐれに作曲家は憤慨、歌手勢も顔色を変えるが、洒落気の強い演劇人は乗り気になり、「捨てられた王女アリアドネ」の筋立てに、コメディアンが堂々と絡むことに、、、。》
オペラのあらすじも詳しく知らずに鑑賞することになった。

第1幕(約40分)のプロローグで執事長役のドイツ語からドイツ・オペラの雰囲気が感じ取れた。持ち込まれた難題に悩む音楽教師や作曲家、プリマドンナ、踊り子たちのドタバタぶりが描かれた。作曲家役の塩崎めぐみの歌唱力が光った。(第1幕40分)
第2幕(約80分)の舞台は《ナクソス島の洞窟の入り口》。ギリシャ悲劇のヒロインの王女役アリアドネが夫に取り残された孤島で悲しみの日々を送っている。ツェルビネッタと踊り子たちが彼女を慰めるが効果がない。天羽明恵が「偉大なる王女様」のアリアを堂々と歌い上げた。超絶的コロラトゥ-ラとリリックな声とともに確かな演技力が観客を魅了した。
若い神バッカスが島に来たことを告げられ、アリアドネは死の使いが現れた思い込む。バッカスのお蔭で死への渇望が消え、生きる喜びに目覚めて、二人は結ばれる。
水口聡はウィ―ン国立音楽大学を首席で卒業。1988年ミラノ国際コンクールに優勝し、欧州各地の歌劇場で活躍。現在もウィ―ン在住。聴いて酔いしれるほどの圧倒的な歌唱がホールを包んだ。大村博美もヨーロッパ諸国で数々の国際オペラコンクールに入賞した実績を感じさせ、容姿も含めて気品のある役柄を見事に演じた。荘重なアリアだったので観客の大拍手を得る場面にはならなかったのが残念であった。
今回の演目は北海道初演だが東京などでは歌手陣も経験を積んでいる様子がうかがえた。

オーケストラは37名の小編成ではあったが、鍵盤楽器、打楽器、ハープなどが多用されて多彩な音色を出していた。オーケストラは伴奏に終るだけでなく音楽を響かせている印象を受けた。R.シュトラウスの巧みな作曲のせいなのかも知れないと思った。
彼の交響詩の良さが少しづつ解りかけてきた段階なので、オペラ作品は鑑賞を積み重ねないと理解は難しいだろう。とにかく今日は素晴らしい歌声を聴けて良かった。
 
PMFも前半が終わって一区切り、PMFウィ―ンの出演するコンサートも今日が最後であった。キュッヒルさんを始め弦楽器の教授陣に感謝したい。お疲れ様でした。また来年を楽しみにしています。

ハープの安楽真理子さん、今日大健闘した天羽さんは8月3日の最終日までPMF後半のプログラムが目白押しです。私も後半4つのコンサートを聴く予定である。

METライブビューイング2013-14 《イーゴリ公》 & 《ウェルテル》

MET Live Viewing 2013-14 第6作 ボロディン 《イーゴリ公》
先週、ボロデイン《イーゴリ公》を観てきた。ロシアでは定番のオペラと言われるが、アメリカでは馴染みの作品ではなく、METではほぼ100年ぶりの上演だったそうである。ロシア語上演。
「だったん人の踊り」は有名な曲でしばしば聴く機会があるが、オペラ作品の中では親しんでいないので鑑賞してみることにした。

ロシア五人組の作曲家の一人であるアレクサンドル・ボロディン(1804-57)は化学者であったが作曲活動も行った。彼の唯一のオペラ《イーゴリ公》は未完成のまま、作曲者が亡くなってしまったので、彼の友人のリムスキー=コルサコフとグラズノフが補筆して完成された。1890年にサンクトペテルブルグで初演された。
「12世紀キエフの王イーゴリ公がホロヴェッ人(=だったん人)討伐に向かうが敗北し捕虜となる。最後には脱走を果して故国に帰還するという英雄劇」

時代を19世紀に移して新演出で上演。イーゴリ公の心理描写に重点を置いた演出。舞台とセット映像がユニークであった。オペラに詳しくないので出演歌手の名前は初めて聞くものばかりだった。ただ、指揮者はジャナンドレア・ノセダで有名なイタリア人指揮者。ゲルギエフの薫陶を受け、ロシアの作品にも通じているらしい。2007年からトリノ王立歌劇場の音楽監督を務め、10年には日本でも同歌劇場管を率いてイタリア・オペラの上演を行っている。世界のメジャー・オーケストラとも数多く共演し、N響にも客演指揮をしている。

ロシアのバス・バリトンのアブドラザコフはイーゴリ公の苦悩を素晴らしい歌声と演技で表現。何と言っても圧巻だったのはコーラス。110名の合唱団のコーラスは素晴らしかった。普通は第2幕で演奏される「だったん人の踊り」が第1幕で歌われた。舞台いっぱいに咲き乱れる12,500本もの真っ赤なケシの花畑で踊る大勢のダンサーの踊りがコーラスで展開された。イーゴリ公の至高の境地か? イーゴリ公の理想郷が幻想となって表現されているのかなと思った。

一人の人間としてのイーゴリ公を掘り下げて描いた作品。現代社会でも通じる人物像が描かれており、最後の場面で英雄が再起を目指す場面は観る者の心に響く。歴史絵巻と心理劇を組み合わせた演出は興味深かった。

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MET Live Viewing 2013-14 第7作 マスネ 《ウェルテル》

今日4月16日はゲーテの文芸大作「若きウェルテルの悩み」をフランスの作曲家マスネ(1842-1912)がオペラ化した作品を鑑賞してきた。フランス語上演。
フランスの作曲家のオペラ作品として人気の高いのが「マスネのウェルテル」の他に「ピゼーのカルメン」、「グノーのフアウスト」、「ドビュッシーのぺリアスとメリザント」、「オッフェンバックのホフマン物語」等があげられる。
2011-12シーズン第6作に「フアウスト」がMETで上演されて観た。

マスネのオペラは21012-13シーズン第10作「マノン」をネトレプコ主演で昨年鑑賞したばかり。マスネは約40ものオペラを作って19世紀末から20世紀初頭にかけて大変人気を博したらしい。現在では上記2作品の他にヴァイオリン独奏曲として有名な《タイスの瞑想曲》が間奏曲に使われる「タイス」も知られている。

オペラ《ウェルテル》は登場人物が少なく、舞台装置も大きくなくて上演できる、どちらかといえば小劇場向けの作品と言えるかも知れない。ストーリーは永遠の恋の悲劇。18世紀末のドイツで暮らす詩人ウェルテルは大法官の令嬢で従妹のシャルロットに一目惚れする。彼女には親が決めたいいなづけのアルベールがいた。アルベールとシャルロットが結婚した後も、ウェルテルは恋の炎に身を焦がし彼女のことが諦めきれない。クリスマスイヴの夜、シャルロットは彼の手紙に心が揺らぐが、愛を告白する彼を突き放してしまう。絶望したウェルテルは自分の部屋で銃を手にして自殺を図る。シャルロットが瀕死のウェルテルを発見するが、彼は彼女に抱えられて静かに息を引き取る。

報われない恋に身を焦がす青年の苦悩をヨナス・カウフマンが情緒たっぷりに見事な歌唱と演技を披露する。カウフマンは「フアウスト」と「パルシファル」に続いてMETビューイングで観るのが3回目だが、毎回ただ感動するのみ。歌唱力も演技力も凄い。他のオペラ歌手の追随を許さない程の圧倒的な印象を与えてくれる。幅のある高音域の歌声や声量は聴き惚れるばかりであるし、色々な感情表現が実に素晴らしい。第3幕での「春風よ、何故に私を目覚めさせるのか?」が印象的なアリア。

フランスを代表するメゾソプラノのソフィ・コッシュの名は初めて聞くが、シャルロット歌いとして名高いそうである。カウフマンとこの役で共演するのは、パリ、ウィ―ンに続いて今回が三度目と言う。彼女のMETデビューとなったが、コッシュもカウフマンと堂々と渡り合って、後半の全身全霊で熱唱する二重唱は本当に素晴らしくて感動的であった。

フランス語上演で言葉を大切にして、音楽が言葉をかき消さないような配慮からか、オーケストラも室内楽的だったり、ソロ演奏があったりして、歌手を前面に出す音楽作りのようであった。
映像やフレームの効果的な使用など、新演出での工夫も印象に残った。


MET ライブ ビューイング2013-14 第5作 ドヴォルザーク  ≪ルサルカ≫

今シーズンのMET Live Viewingは第1作「オフゲニー・オネーギン」、第2作「鼻」、第4作「ファルスタッフ」に続いて、今日は第5作を観てきた。ショスタコーヴィチの風刺劇である「鼻」とヴェルディの遺作の感想はツィッターでつぶやいて、ブログには書かなかった。

第5作 ≪ルサルカ≫ (RUSALKA)

ドヴォルザーク(1841-1904)の交響曲第9番「新世界より」、チェロ協奏曲などが余りにも有名で、彼がオペラ作曲家でもあったとは数年前まで知らなかった。
チェコでは歌劇「売られた花嫁」で知られるスメタナが、今日でもチェコ音楽の祖として、ドヴォルザークより国民の人気が高いことは聞いていた。チェコのオペラ界はスメタナのお蔭で芸術的に水準の高い作品が生まれるようになったと言われている。ドヴォルザークはオペラ作品を10作ほど書いたが、台本に恵まれずに海外で評判になった作品はわずかだったようである。
1900年に作曲された歌劇「ルサルカ」は「売られた花嫁」と並んで、最も人気の高いチェコ歌劇の1つと言われる。

歌劇「ルサルカ」は人間に恋をした水の精ルサルカの悲恋の物語。 全3幕。 チェコ語公演。

第1幕。ある日、森に住むルサルカは王子に恋をし、魔法使いに人間の姿に変えてもらう。人間の姿の間は声を出せないのが条件であった。さもないと王子と一緒に水底に沈むと告げられる。美しい娘になったルサルカを見た王子は彼女を城に連れ帰って結婚する。
第1幕で森の木に登って月を見ながら、ヴァイオリンとハープにのせて歌う「月に寄せる歌」が、このオペラの中で最も有名なアリア。METのオーディションの時からルサルカを歌い、このオペラでデビューしたMETのスター、ルネ・フレミングの当たり役。かなり長いアリアを叙情味あふれる歌唱力で美しく歌い上げる場面は圧巻。
王子役のピョートル・ペチャワのテノールも素晴らしかった。昨シーズンの第10作「マノン」、今シーズンの第1作「エフゲニー・オネーギン」の2つの作品でネトレプコと共演して、主役を演じて注目していた歌手。今回は一人で歌い続ける場面が多く、聴く者を惹きつけた。張りがあって艶のある高音が魅力的で素晴らしさが際立った。
 
第2幕。お祝いのパーティで口をきかないルサルカに不満を抱き、王子は外国の王女に心を寄せる。そのうち、ルサルカは水の精によって庭にある池に連れ込まれる。
ペチャワの第1幕とは違った味わいの歌唱も見事。フレミングが歌わないで振る舞う演技力も凄い。

第3幕。王子は森の湖に移されたルサルカのもとへ帰って彼女に償いをしようとするが、彼女は呪いにかけられていた。彼は彼女の呪いを取り除こうとして、彼女に口づけを求め、その胸に抱かれて死ぬ決意をする。ルサルカは最後には彼の求めに応じて、彼を抱いて口づけをし、暗い湖底へと沈んでいく。

幻想的なメルヘン・オペラ。 アンデルセンが書いた「人魚姫」のオペラ版。 
R.フレミングは美しい自然を背景に美しい姿と澄み渡った歌声を披露した。水の精の複雑な内面も見事に表現した。ペチャワの歌唱力には改めて感動した。主役2人以外の共演者の歌手陣も持ち味を発揮して好演。
チェコ語上演はMETでは珍しいようであった。チェコ語はロシア語と同じスラブ系の言語なので、ポーランド出身のペチャワにとって得意の言語であることも最高のパフォーマンスに繋がったのかも知れない。

ドヴォルザークの魅力ある美しいメロディが散りばめられた曲をドラマティックな指揮で音楽を綴ったヤニック・ネゼ=セガン。彼は1975年生まれのカナダ人で、世界で最も活躍が期待される若手指揮者の1人。12年、フィラデルフィア管の音楽監督に就任。14年6月、同団を率いて来日予定。ロッテルダム・フィルの音楽監督も兼任。
ネゼ=セガンは表情豊かなダイナミックな指揮ぶりで、オーケストラから抒情性に富むロマンティツクで親しみ易い音楽を引き出し、自然描写と結びついた幻想的な美しい響きを作り出していた。オーケストラ演奏の場面でカメラが指揮者の姿を通常より多く追っていたのは、それだけ注目度が高かったからではないかと思った。いずれにしても格好良い指揮者で、いつの日か札幌での公演を期待したい。

NHKニューイヤーオペラコンサート2014

Eテレの正月番組欄で偶々オペラコンサートを見つけたので聴いてみた。第57回というから昔から放映していたのだろうが、全く知らなかった。NHKホールからの生放送番組。1月3日 7:00PM~9:00PM

2時間番組の前半は〈花が誘う歌物語〉で《カルメン》、《蝶々夫人》、《ばらの騎士》のオペラ名場面を花の香りとともに楽しめるアリア。日本のオペラ歌手の独唱がゲストの假屋崎省吾が生けた超豪華な花の舞台をバックに展開された。

ウィ―ン・リング・アンサンブルが特別出演して、ヨハン・シュトラウスの歌劇《こうもり》から「こうもりカドリール」と「チャールダッシュ ふるさとの調べよ」の2曲。チャールダッシュのアリアを腰越満美が熱唱。ゲストのライナー・キュッヒルが司会者の質問に答えて、「ウィ―ン・リング・アンサンブルの日本での公演は今回が24回目。ウィーンで12月31日と1月1日に毎年《こうもり》を演奏するのは、このオペラには名曲が沢山あり、物語が面白くて、音楽が素晴らしいから」と日本語で話した。
《こうもり》からもう2曲。「夜会は招く」を福井敬、「侯爵様あなたのようなお方は」を幸田浩子。


後半は下野竜也指揮東京フィルハーモニー交響楽団の演奏で堀内康雄、中村恵理、錦織健などのオペラ歌手がアリアを歌った。藤原歌劇団合唱団や二期会合唱団の出演もあってホールも盛り上がった様子。

世界的なメゾソプラノ歌手藤村実穂子がR.シュトラウスの《ナクソス島のアリアドネ》からアリアを圧倒的な歌唱力で熱唱した。
彼女は大晦日のEテレの2時間半に亘る〈クラシックハイライト2013〉として1年を振り返っての番組の中で、チョン・ミョンフン指揮フランスのオーケストラとの共演で《カルメン》からアリアを数曲歌うのを聴いたばかりだった。今日の日本でのコンサート出演は意外性があり注目して傾聴した。

最後に本日の出演者全員で《椿姫》より「乾杯の歌」をグラスを手にして高らかに歌って今年のオペラ・コンサートが華やかな舞台での大合唱で終わった。
来年からこのオペラ・コンサートの番組は見逃さないようにしたい。

METライブビューイング2013-14 第1作《エフゲニー・オネーギン》

2013-14シーズンのメトロポリタン・オペラがニューヨークで幕を開けた。恒例のMET Live Viewingは昨シーズンは全10作のうち5作品を鑑賞した。今シーズンも半分ぐらいは鑑賞したいと思っている。

今シーズンの第1作は チャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》

歌劇「エフゲニー・オネーギン」は1996年のPMFオーケストラ演奏会(演奏会形式)で外国人歌手を招いて上演されて聴いたのだが、残念ながらオペラのストーリーを全く覚えていない。そんな訳で今回は見逃さないで観ようと思った。

アンナ・ネトレプコ主演、ワレリー・ゲルギエフ指揮とあって鑑賞意欲もいやが上にも高まった。
ネトレプコは3シーズン連続の第1作出演だそうである。昨シーズンは「愛の妙薬」でコケティシュな役を演じて、それなりに満足したが、今年はヒロイン役の歌唱・演技ともに一層の魅力を放って大満足。公爵夫人としての振る舞いは見事な演技力。さすが世界のプリマドンナ・ネトレプコは他の一流歌手と一味違うところを見せてくれた。

ロシアのプーシキンの有名な韻文小説「エフゲニー・オネーギン」をオペラ化した作品。題名がロシアのあらゆる読書階級に知れ渡っていたことと、チャイコフスキーの甘美なメロディに溢れた音楽と相まって人気の歌劇となったようである。「スペードの女王」とともにチャイコフスキーの歌劇として最も有名な作品となっている。

タチヤーナとオリガの姉妹とオネーギン、レンスキーをめぐる恋愛模様を描いた『愛のすれ違い』の悲劇。
空想的で内気な夢見るヒロインのタチヤーナの想いがほとばしる〈手紙の場〉、タチヤーナとオネーギンの美しい二重唱、ピョートル・ペチャワが演じるレンスキー役のテノールの心の底に染み入るような〈悲しみのアリア〉が特に印象に残った。冷血な教養のある厭世的遊蕩児オネーギンを演じるマリウシュ・クヴィエチェンの演技と歌唱力も堂々たるもの。二人のテノール歌手はポーランド出身のようであった。向こう見ずで明るいオリガ役のオクサナ・ヴォルコヴァも好演。公爵役のバリトンの惚れ惚れとする歌声にも感動。

ロシア語上演で時代は19世紀後半の新演出。舞台はロシアの田舎とペテルブルグ。別荘の庭園を望む部屋、冬の田園風景、ペテルブルグの豪華な宮殿(?)での舞踏会場面などの舞台転換が素晴らしかった。
それにしてもメトロポリタン歌劇場の舞台・舞台裏の広さにはいつも感嘆する。休憩時間中での舞台裏の仕事を見るのも興味深い。
ゲルギエフ指揮のメトロポリタン歌劇場管弦楽団はドラマティックな場面を含めて全体的に優美で、感傷的過ぎない音作りで美しい旋律を奏でた。舞踏会でのポロネーズ、エコセーズの曲はオーケストラの軽快な音楽で何となく気分が高揚した。

カーテンコールで最後にゲルギエフが舞台に上がる時にネトレプコが駆け寄る姿は彼女が20歳の時からゲルギエフに見い出されて育てられたことを思い起こさせた。ゲルギエフはレーピンやキーシンを始めロシアの若手ソリストを伴っての海外公演など、ロシアの優れた若い音楽家を世界に紹介してきた。彼がネトレプコを世界のソプラノ歌手に育て上げた話は特に広く知れ渡っている。

*“Evgeny Onegin” が英語名かと思っていたら、タイトルが“Eugene Onegin”となっていた。発音すると「ユージ―ン・オネーギン」になるのだろう。

バーゼル歌劇場がおくる モーツァルト5大オペラ 夢のガラ・コンサート

〈Kitaraワールドオーケストラ&オペラシリーズ〉

当初、≪スイス・バーゼル歌劇場 初来日記念ガラ・コンサート~カルメラ・レミージョのモーツァルト~≫が予定されていたが、レミージョが出演できなくなったためにプログラムが変更を余儀なくされた。彼女は2001年5月のチョン・ミョンフン指揮ローマ・サンタチェチ―リア国立アカデミー管弦楽団との共演でKitara初登場の予定になっていたが、その時に次いで2度目のキャンセルで残念である。レミージョを目当てにチケットを購入したので、キャンセルしようかと思ったが気持ちを入れ替えて聴くことにした。

スイス・バーゼル歌劇場はモーツァルトの「フィガロの結婚」の日本上演で初来日であったらしい。先月末に愛知、富山、東京、滋賀で4公演を終えた後、札幌でのガラ・コンサート。

≪モーツァルト 5大オペラ 夢のガラ・コンサート≫と題した新しいプログラムもそれなりの魅力がある。

出演:ソプラノ/ジャクリーン・ワグナー、マヤ・ボーグ、ローレンス・ギロ
   メゾ・ソプラノ/フランツィスカ・ゴットヴァルト
   バリトン/エフゲニー・アレクシエフ、 クリストファー・ボルダック
   指揮/ジュリア―ノ・ベッタ  管弦楽/バーゼル・シンフォニエッタ

曲目:歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」より 序曲
                     ご婦人方はよく浮気をする;
                     風よ、穏やかであれ; 他2曲。
   歌劇「魔笛」より    愛の喜びは霧と消え; 
                 パパゲーナ!~パ、パ、パ; 他1曲。
   歌劇「ドン・ジョバンニ」より 序曲
                  恋人よ私を不親切な女と思わないで;
                  酒でみんなが酔いつぶれるまで「シャンパンの歌」;他3曲。
   歌劇「皇帝ティートの慈悲」より 序曲
                  私は行く、だが愛しい人よ; 他2曲。
   歌劇「フィガロの結婚」より 序曲
                  愛の神よ、安らぎを与えたまえ;
                  恋とはどんなものかしら; スザンナ、出てきなさい;
                  早くおいで、恋人よ;
                  そよ風に寄せて「手紙のニ重唱」; 
                  もう飛ぶまいぞ、この蝶々; 他3曲。

オペラは1600年頃にイタリアのフィレンツェで生まれた。モーツァルト(1756~1791)は、11歳で劇音楽を作り始めたが、オペラ作曲の技は3度のイタリア旅行(1769、70、71年)によって手に入れたようである。モーツァルトはイタリアに学び、イタリア・オペラを書いて、イタリアで受け入れられた。しかし、72年以後はイタリアを訪れることはなかった。

「フィガロの結婚」は1786年、「ドン・ジョバンニ」は1787年、「魔笛」(原語はドイツ語)は1791年の作曲で、いわゆる≪モーツァルトの3大オペラ≫と称せられている。今回はこの3つのほかに、「コジ・ファン・トゥッテ」(1790年)、彼の最後のオペラ作品「皇帝ティートの慈悲」(1791年)を加えて《5大オペラ》としてのガラ・コンサート。
バーゼル歌劇場が札幌のために特別に用意してくれたスペシャル・プログラム。モーツアルトの名作オペラに登場する人物たちが歌うアリアとアンサンブル。

幸いこれらのオペラはすべて観たことがあり、聴き慣れたアリアや序曲のメロディを親しみを持って聴くことができた。6人のソリストたちが、モーツァルトの聴きどころを24曲も歌ってくれて、それぞれのオペラの場面を思い浮かべながら聴けたのはめったに無い機会で心から楽しめた。特に「皇帝ティートの慈悲」は今年の1月にMETビューイングで観たばかりなので、より親しめた。このオペラは最近、日本人のキャストで上演されていることもあり、普及して行くのではないか。序曲も単独で「フィガロの結婚」に次ぐ演奏会での曲目になっても良いくらいの親しめる曲である。

ヨーロッパの歌手は粒ぞろいで、歌唱力は勿論、演技力が優れていて、歌を通しての表現が優れている。同じソプラノ、バリトンであっても、それぞれの個性が出ていて声の幅が違う。若手ソプラノのワグナーは美声と共に役柄によってがらりと変える表現力は抜群であった(特に伯爵夫人の役)。ケルビーノ、セストなどの男役をメゾ・ソプラノが演ずるのは何の違和感もない。(ゴットヴァルトはヴェテランの領域に達しているかも)。スザンナ役のボーグの機智に富んだ温かみのある歌唱・演技が印象に残った。6人のソリスト全員がそれぞれの魅力を持ち合わせている。
今回はオペラを《声楽》の分野で演ずるのに多少の苦労があったと思うが、衣装や小道具で工夫を凝らしたり、舞台での演技力でカバーして、それなりのオペラの場面作りをしていたのは流石であった。

正味2時間、休憩時間をはさんで2時間半の公演。終了後、指揮者が日本人のホルン奏者を通訳にして挨拶をした。バーゼル歌劇場は6月18日に来日してから2週間、今日の札幌が最後の公演。無事終了とあって感謝の言葉。アンコールに、最後の曲目であった≪フィガロの結婚の第4幕フィナーレより 「妻よ、許してくれ」≫を再びソリスト全員で歌って終った。それほどの客入りではなかったが、聴衆は普段とは違った趣向の本日のプログラムに満足した様子で終了後も拍手がしばらく鳴り止まなかった。出演者は何度もステージに登場して、観客の拍手に応え日本での最後の公演終了に別れを惜しんでいる様子がうかがえて良かった。

2013年はヴェルディ、ワーグナーの記念年であるが、モーツアルトのオペラ・プログラムをこのように楽しめたのは期待以上であった。



MET ライブビューイング 第10作 パルjジファル

MET Live Viewing ワーグナー≪パルジファル≫ 新演出

 今シーズンは第1、4、5、6作を鑑賞したが、第10作はワーグナーの作品である。オペラというより、オラトリオの色彩を持ち、神話を取り入れた宗教劇。ヴェルディとは対照的な作曲家。
 
 ワーグナーの歌劇・楽劇は「序曲」や「前奏曲」などを管弦楽名曲集で親しむことがあっても、演奏時間の長いオペラを鑑賞する機会は殆どない。2010年、Kitaraでトヨタコミュニティコンサートとして「ニーベルングの指輪」~4部作よりハイライト~が上演された。《北海道交響楽団 創立30周年記念演奏会》で演出は渋谷文孝、音楽監督は三枝成彰であった。壮大なプログラムでワーグナーのオペラに詳しくない自分にとって作品全体の複雑な構成を理解するのが難しかった。この時がワーグナーの楽劇を見る初めての機会だったと思う。
 
 今回の≪パルジファル≫はシーズンのプログラムが公表されてから鑑賞を計画していた。“PARSIFAL”については全く知識がなかったので検索を利用して《あらすじ》を調べ、作曲家の生涯について書かれた本を読んで鑑賞前に予備知識を蓄えておいた。

 ≪パルジファル≫はワーグナーの最後の作品であり、彼の晩年独特の宗教的理想を象徴的に表現した傑作と言われている。亡くなる前年の1882年にバイロイト祝祭劇場で初演されて好評を博し、16回にわたり上演されたそうである。バイロイト祝祭劇場では現在でも毎年ワーグナーのオペラが上演されていて、バイロイト音楽祭は世界中から音楽愛好者が集まる音楽祭として有名である。
 IMG_0830 (200x150) (6) (300x225) (約50年前の写真) 
 *バイロイトの町(左)とバイロイト音楽祭の開かれている祝祭劇場(右)
 
 この「舞台神聖祝典劇」と銘打たれた楽劇は10世紀ごろのスペインの城が舞台で、台本としては無知な若者パルジファルが奪われた聖槍(十字架上のキリストの脇腹を刺した槍)を取り戻すというだけの話であるが、登場人物が複雑な背景を持っていてストーリーが組み立てられている。聖槍を奪われた時に被った傷のために瀕死の状態に陥って苦悩している王を、成長して知を得たパルジファルが王の苦悩を共有して一人前の騎士になって聖槍を奪還し、聖杯(キリストが最後の晩餐でワインを飲んだ器。彼が十字架で傷を受けた時その血を受け入れたとされる。)守護の王となる話。

 今回のMETでの上演は新演出で近未来の場面設定でキリスト教の価値観も変えて描いている。現代における人間性の喪失にも焦点をあて、人の心や苦悩が共有することの大切さを表現していた。男性の服装は白いワイシャツと黒のズボンでまるで現代を思わせる。女性も薄い白いドレスが基本。 
 第2幕の舞台装置には驚いた。舞台には4500リットルもの水が使われ、一瞬血の海になるが水温40度で加熱パットも使用される装置がなされ、幕が下りた後の清掃や女性のシャワーの配慮などを考えると途方もない演出である。

 ワーグナーの生誕200年に合わせて彼の作品を見ようと思ったもう一つの理由は主役が、ヨナス・カウフマンだったからである。カウフマンは昨年グノーの「ファウスト」で観たが、今回のパルジファル役はイタリア歌劇を得意にした世界三大テノールとは違った素晴らしい歌唱力に胸が打たれるほど感動した。ヘルデンテノールという言葉は初めて目にしたが今回初めて納得がいった。ワーグナー作曲の歌劇・楽劇における英雄的な役どころを演じるのに適した声質を持つテノールのことを指すらしい。
 カウフマンの劇的で力強い歌唱力で歌う“パルジファル”は精神的な強さ、英雄的資質、霊的な力を発揮するので、“はまり役”と言えよう。ドイツのドラマティックなレパートリーを得意とするカウフマンに対する「世界最高のヘルデンテノール」の賛辞は相応しい。

 METで今回カウフマンの主役デビューを支えたのはK.ダライマン、R.パーペ、P.マッティら最強のワーグナー歌手たち。特に、聖杯守護の騎士団の長老役のパーペの説得力のある歌唱が見事で印象に残った。指揮はダニエーレ・ガッティ。計画から5年がかりでのMET公演。インタビューワーから暗譜での指揮を驚嘆されていたが、指揮者は肝心なのは「作品をどう解釈するか」であると強調していた。演出家のF.ジラールは現代の苦悩や誘惑との関連、キリスト教だけでなく仏教にも通じる解釈を求め、パルジファルの旅路、彼の悟りの道と人間の成長のドラマを描こうとしたのだろう。

 第1幕が115分、第2幕が70分、第3幕が89分。休憩2回を含めて、上映時間:5時間40分。


 
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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