METライブビューイング2015-16 第7作《マノン・レスコー》

今シーズンのMETビューイングは第1作から健康上の理由で見逃し続けた。第4作《ルル》は鑑賞できたが、その後も体調が悪くて残念な思いをしてきた。昨日は何とか歩行の痛みが和らいで会場に出かけた。

2011-12シーズン第10作『マスネ作マノン』はネトレプコ&ペチャワ共演で観賞していた。今回は『プッチーニ作マノン・レスコー』でカウフマンの出演を楽しみにしていた。健康上の理由でお目当ての歌手は降板したがオポライスの演唱も期待していた。

プッチーニのオペラは《ボエーム》、《トスカ》、《蝶々夫人》の上演回数と比較すると、《マノン・レスコー》の上演頻度は低いようである。1893年初演のこのオペラは大成功を収めてプッチーニの出世作tと言われる。(*マスネの同作品は1884年初演)
二人のオペラ作品はアべ・プレヴォ―の長編小説を基にしてオペラ化された。(*小説の題名は「騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語」。)

1940年代のフランスを舞台にしたリチャード・エアによる新演出。イタリア語上演。全4幕。
小悪魔マノンをめぐる官能的な悲劇がドラマティックな音楽を背景にして描かれた。1941年、享楽的性格のせいで修道院に入ることになった美少女マノンはその道中にアミアンの町で青年デ・グリューと恋に落ち、二人は駆け落ちする。しかし、デ・グリューとの貧乏生活に耐えられなくなったマノンは3ヶ月後には裕福な大蔵大臣ジェロントの愛人となり、パリで贅沢な生活をしている。デ・グリューは彼女を探し出し、説得する。ジェロントが現れて現場を見つけて激怒する。直ちに彼の命を受けた憲兵に捕らえられて彼女は追放され流刑の身となる。そんなマノンを追いかけてデ・グリューは彼女と同じ船に乗り込んで地の果てまで同行する。たどり着いた廃墟の地で彼の腕に抱かれてマノンは息絶える。

男たちを破滅させる女を描いたロマン主義の文学作品として知られる「マノン・レスコー」。マノン役のラトヴィア出身の歌姫クリスティーヌ・オポライスのスピント・ソプラノの歌声は彼女の美貌とともに全幕で圧倒的な魅力を発していた。ヨーロッパの歌劇場でヨナス・カウフマンとの共演は名コンビとされていたようである。全幕を通しての容姿、特に第1幕と第2幕で異なった美しさを見せた。第2幕でのビーズをちりばめたピンクのドレスが官能的で本人もインタヴューで“マリリン・モンローになったような気分”と語っていた。

急遽、代役を務めることになったロベルト・アラーニャ。1日12時間の猛練習で初めてのデ・グリュー役に万全の備えをしたと言う。第1幕終盤でのアリア“僕は今までこのように美しい乙女を見たことがない”の熱唱は素晴らしかった。高音で伸びやかな歌唱は圧巻だった。第2幕の愛の二重唱も見せ場となった。長身でハンサムなカウフマンに比べ、ずんぐりとして若々しい青年とは見えぬ容貌だが、マノンを愛する一途なひたむきさが素晴らしい歌唱とともに心に響いた。

第4幕最後の幕切れの二重唱の絶唱“ひとり寂しく”に感動。エンデイングも良かった。2大歌手の演唱の素晴らしさが好印象だったのは言うまでもないが、首席指揮者ファビオ・ルイージ率いるオーケストラの演奏がオペラを引き立てた。新演出はとかく新しさを求めて世間離れしてしまう印象を受ける場合があるが、今回の演出は見事だと思った。間奏曲をはじめ全幕を通してプッチーニの美しい魅力あふれる音楽に包まれて期待以上に楽しめたMETビューィングとなった。

METライブビューイング2015-2016 第4作 ベルク《ルル》

METライブ・ビューイングは近年は毎年5作品ほどは鑑賞してきた。今シーズンの初めには鑑賞スケジュールを手帳に書き込んでいたが、残念ながら病気入院などで第1作から第3作までは上映劇場に足を運べなかった。

シェーンベルク楽派(=新ウィーン楽派)アルバン・ベルク(1885-1935)によるオペラ作品で耳にしたことがあるのは《ヴォツェック》のみ。題名だけで中身はほとんど知らない。今回の作品名は初めて聞いた。都合をつけて観ることに決めてチラシの出演者の名を見た時に以前コンサートで聴いたソプラノ歌手の名に気づいた。
彼女の名はMarlis Petersen。3年半前のPacific Music Festival 2012にボーカル・アカデミー生の教授陣として音楽祭に参加して、《マリス・ペーターゼン&ロベルト・セルヴィーレ デュオリサイタル》をKitara大ホールで開いてくれた。素晴らしい歌声を堪能した記憶が今も鮮明に脳裏に焼き付いている。1階5列の中央席あたりから聴いていて、終了後にめったに口にすることのない単語“BRAVA!”、“BRAVI!”と叫んでいた。およそ15分にわたるオペラの場面における二人の熱唱は感動的で、その時のことをフェイスブックに書いた思い出もある。(*その頃はブログは書き始めていなかった。)この時のピアノ伴奏が当時のPMF芸術監督ファビオ・ルイジだったことにも驚いたものである。

そんな記憶も蘇って《LULU》の鑑賞意欲も高まった。病後の体調回復もほぼ順調で15、16日のKitaraボランテイア活動を行なって翌日曜日のオペラ鑑賞に備えてチケットを購入しておいた。あまりポピュラーな演目ではないにもかかわらず、当日は約100席の座席の半分は埋まっていた。

当時の音楽界で最も前衛的作曲家のベルクは師シェーンベルクやウェーベルンとともに無調音楽および十二音技法の開拓で新しいクラシック音楽の分野に取り組んでいた。ベルクの作品は「ヴァイオリン協奏曲」のCDを所有していて、ジュゼッペ・シノーポリ指揮ドレスデン・シュターカペレ&渡辺玲子の演奏を数回耳にした程度でこの曲の良さは未だ十分に理解していない。

《ルル》は1935年の作で舞台は当時のドイツでドイツ語上演。3幕もので上映時間は約4時間。魔性の女ルルをめぐる壮絶な愛憎劇で現代にも通じる問題作。個人的に好みの作ではなかった。音楽がリズムに乗る明るい曲でもなく、アリアといえるような名曲が出てくるわけでもない。セリフが中心で、歌手がメロディに乗せて歌うのが極めて難しい。この特殊なオペラを歌いこなす歌手は限られてきそうな感じがする。

マルリース・ペーターセン(*今回の日本語での表記名)はドイツ生まれ。リリック・コロラトゥーラの声質を持ち、バロックから現代音楽まで幅広いレパートリーをこなすと評価が高い。「ルル」は彼女の国際舞台への足掛かりとなった「はまり役」で、今回の上演を最後にしてこの演目から降りるとのこと。超絶技巧の歌唱力と深い演技力を併せ持った余人が成し難い役どころ。

バス・バリトンのヨハン・ロイターはデンマーク出身でヨーロパの歌劇場でも経験済みの役どころで貫禄十分。アメリカ出身の若いダニエル・ブレンナのヘルデン・テノールの圧倒的歌声は魅力的で新鮮なMETデビューを飾った。メゾ・ソプラノのスーザン・グラハムは経験豊富な堂々とした役回り。

指揮はレヴァインに代わってローター・ケー二クス。初めて名を聞く指揮者。オペラが始まると、3年前に観たショスタコーヴィチの《鼻》を思い出した。演出が同じケントリッジで画家の肖像画や書道の分野の手法を用い、映像をふんだんに用いていた。舞台上映が困難な作品での工夫だろう。出演者の心理描写が特に難しいと思った。

語りが多くてアリアが殆どなく、音楽も難しい。盛り上がる個所も少なく、メトロポリタン歌劇場の広いステージの雰囲気も味わえなかった。演目の面でやむを得なかった。
シェーンベルクやベルクの音楽は繰り返して聴かないと個人的には鑑賞が難しい音楽という先入観が未だ抜けない。繰り返して彼らの音楽を聴いて特徴を把握して理解を深めるほかないのだろうと思った。

数年前にKitaraのステージに登場し、現在も世界のオペラ劇場で活躍している歌手をMETビューイングで観ることのできた喜びは大きかった。札幌公演前にその偉大さが判っている場合とのギャップを感じた。鑑賞時の高揚感が断然違うのである。

METライブビューイング2014-15 第10作《カヴァレリア・ルスティカーナ》&《道化師》

今シーズン最後のMET Live Viewingはマスカー二《カヴァレリア・ルスティカーナ》とレオンカヴァッロ《道化師》の2本立て。両作品ともに新演出。イタリア語上演。これらのオペラのタイトルは知っていても「間奏曲」やアリア「衣装をつけろ」を聴いている程度であった。
この2作品は「ヴェリズモ・オペラ」(現実主義オペラ)の代表作として知られ、現在も人気作で今回のように組んで上演されることが多いと言う。(それぞれの初演が1890年、1892年)。登場人物が王侯・貴族でなく一般庶民で彼らの生活や出来事をありのままに描いた。)

《カヴァレリア・ルスティカーナ》 全1幕。
19世紀のシチリア。居酒屋の息子トゥリッドゥは兵役中に恋人ローラを資産家の馬車屋アルフィオに奪われてしまう。トゥリッドゥは村娘サントゥッツァと親しくなったが、嫉妬したローラは再びトゥリッドゥと逢引きを重ねる仲になった。トゥリッドゥに捨てられたサントゥッツァはアルフィオに告げ口する。アルフィオは激怒して復讐を誓うが、サントゥッツァは直ぐに告げ口したことを後悔する。ここで有名な「間奏曲」が流れる。教会のミサが終って男たちがトゥリッドゥの母の酒場で乾杯する。アルフィオはトゥリッドゥが勧める杯を断り、決闘を申し合わせて店を出る。トゥリッドゥは母に彼が死んだらサントゥッツァの面倒を見ることを頼んで店を出る。しばらくすると“トゥリッドゥが殺された。”という女の悲鳴が響き、村人の驚きの声と共に幕が下りる。

約75分の1幕もので舞台装置は簡素だったが、各歌手の歌声に味わいがあって感銘を受けた。ソプラノのヴェストブルックの女心を歌い上げる迫真の演技と美しい歌唱力は素晴らしかった。感情の起伏の激しい繊細な役回りを表現する演唱には心を打たれた。(オランダ出身のスター歌手らしい。)
マルセロ・アルヴァレスは名高い世界的テノール歌手。情熱的で圧倒的な歌唱力は聴く者を魅了する。2本立ての作品に25分の休憩で出演というタフな仕事をいとも簡単にこなしたエネルギーには驚いた。(彼はアルゼンチン出身らしい。)
ルチッチの代役で急遽出演したバリトンのギャグニッサは当初から出演予定だった「道化師」のト二オ役とともにアルフィオ役を見事に演じた。
世界的な高いレヴェルの歌手ばかりの演唱に今までにないほど強烈な印象を受けた。合唱も素晴らしかった。舞台装置や衣装などが豪華でなく歌唱力が際立ったせいかもしれない。

2本立てで指揮台に立ったのがファビオ・ルイージ。PMFで馴染みの指揮者ということもあって親近感が湧いた。叙情的な音楽が多かったが、オーケストラから色彩豊かな音を引き出し、歌手の感情に添う音楽を作り出していたように思う。演奏において心がけていることは「色を付ける」と述べたのが印象に残った。

《道化師》 全2幕。幕が上がる前に旅一座のトニオが道化師の姿で登場。「道化役者も普通の人間で悲しみや苦悩を感じるのも皆さんと一緒です。」と前口上を述べるプロローグ。
19世紀後半のシチリア。ある村に道化師カニオが率いる旅回りの一座がやってきた。一座のスター女優ネッダはカニオの妻だが、嫉妬深い夫に嫌気がさして愛人をつくる。ネッダはシルヴィオと駆け落ちの約束をした。ネッダに想いを寄せていたトニオから情報を得て妻の逢引きの現場を目撃したカニオは激怒して相手の名を妻に問い詰める。芝居の準備を迫られて芝居小屋に戻り、カニオは開演前に道化師の衣装をつけ、顔に白粉を塗りながら己の苦悩を自嘲しながら独白するアリアを歌う。(METの会場から万雷の拍手が沸き起こった)。
芝居が始まると、夫の留守中に妻が恋人を家に呼んだ時に夫が帰宅すると言う実生活と全く同じ場面になる。カニオは芝居と現実の区別がつかなくなってしまい、妻をナイフで刺し、観客の中から飛び出してきたシルヴィオも刺し殺してしまった。カニオは“喜劇は終わりました”と叫んで幕が下りた。

第1幕45分、第2幕25分。ロバやプロの道化師も登場してのオペラ。劇中劇のアイディアが秀逸。テノールの絶唱「衣装をつけろ」は名場面。カウフマン、グリゴーロと共に名高いテノール歌手アルヴァレスのエネルギッシュな演唱には驚くばかり。さすがプロという印象!

ネッダ役のラセットは極めて個性的で味のあるパフォーマンスを披露した。声量豊かで魅力的なソプラノ歌手。インタビューで米国以外の歌手が自国に向けて行う挨拶がなかったので多分アメリカ生まれではないかと思った。

※プッチーニもヴェズリモ・オペラの作曲家で《トスカ》、《ボエーム》、《蝶々夫人》、《トゥーランドット》などの作品を観ると現実主義オペラの範疇が理解できそうである。ただ狭い意味でリアリズムと言っても内容に暴力を伴うオペラを「ヴェズリモ・オペラ」と定義する場合には本日上演の2作品が同じ範疇に属する作品と見做されているようである。










METライブビューイング2014-15 《イオランタ》&《青ひげ公の城》

第8作は2本立て。
チャイコフスキー 《イオランタ》 MET初演  全一幕  ロシア語上演
バルトーク 《青ひげ公の城》 新演出  全一幕  ハンガリー語上演

2本共にタイトルを知っているだけで、ストーリーも全然わかっていないので、近年はこのようなオペラ作品に興味がある。特に今回はネトレプコが主演するので期待していた。《マクベス》ではドラマティックな歌唱と迫真の演技で圧倒的な存在感を示した。今やアンナ・ネトレプコはMETの女王の風格充分で世界のディーヴァと言えるだろう。

《Iolanta》
昨シーズンの第1作《エフゲニー・オネーギン》に続いて名指揮者ゲルギエフとネトレプコのゴールデン・コンビで、相手役もピョートル・べチャワ。三人ともロシア物の上演では特に気が合っての共演。
ロシアでは人気のオペラが123年の歴史を持つMETでは初演。ロシアの歌姫の登場で可能になった作品かもしれない。

アンデルセンの童話を基にしたチャイコフスキー晩年の作品。目が見えないことを知らない王女イオランタが人里離れた森の館で乳母たちに囲まれて幸せに暮らしていた。レネ王は見知らぬ人との接触を禁じていた。ある日、彼女の婚約者になっていたロベルトが王に婚約解消を告げるために、友人ヴォデモンと森の中で迷い込んでいた。
城の一室でイオランタを見たヴォデモンは彼女の美しさに魅了されてしまう。彼は彼女が盲目であるのに気付いて、彼女の知らない光の素晴らしさを伝えて「二重唱」を歌う。(この二重唱が素晴らしい。)ヴォデモンは王に姫を妻にと望み、結果的に願いが叶う。イオランタの“光を見たい!”という叫びが手術の成功に結びつき目が見えるようになってハッピーエンド。

80分程度の一幕物で舞台は簡素だが、館が回り舞台になっていて森の様子にも転換できる舞台装置。チャイコフスキーの美しい音楽を中心にソリストたちの歌唱がそれぞれ素晴らしかった、大向こうをうならせる見せ場が各々のソリストにあった。主役だけでなく脇役のアリアも聴きごたえがある歌唱。(ネトレプコの太り過ぎの体が少々気になった程度。)
闇から抜け出て浴びる光、世界の美しさ、生きることの美しさを歌い上げ、全員の合唱で大団円の舞台を飾るフィナーレは見応えがあった。

《Bluebeard's Castle》
元々はグリム童話でペローやメーテルリンクによって戯曲化されたらしい。字幕に原作がペローとなっていた。グリムの童話には大人向けの作品があるようだが、この童話の原作は完全に大人向けである。
バルトークの唯一のオペラ。《青ひげ公の城》の音楽は初めて耳にしたが、物語の内容に即して極めて音楽が陰湿で重苦しい雰囲気が漂う。専門的には解らないが、各場面で短調や長調で曲の色彩を変化させているようである。

プロローグに始まり、7つの扉を開けてストーリーが展開される。実質的な出演者は2人。ソプラノのN.ミカエルとバリトンのM.ぺトレンコ。
愛する夫の全てを知ろうと城の中を案内してもらう新妻ユティット。第1の扉は拷問部屋。第2の扉は武器庫。第3の扉は宝物庫。いずれの室にも血痕が付着していた。第4の扉は秘密の庭園。白いバラに血痕。土に血が染み込んでいた。第5の扉は青ひげの広大な領地が見える部屋。雲から赤い血の影。不吉な予感が押し寄せる中でユティットは残りの扉を開けるように迫る。
2人の心理状態が緊迫する。第6の扉は涙の湖。2人は抱擁する。妻は夫が過去に愛した女のことを聞いて嫉妬する。やがて殺したのではと疑う。最後の扉を開けるのに抵抗していた青ひげだが、遂に第7の扉が開く。3人の妻が列になって現れる。まるで生きているようで美しい姿。彼女たちは「夜明け」、「真昼」、「夕暮れ」を支配している。青ひげは「4人目を真夜中に見つけた」と言い、彼女も4人目の妻として第7の扉に消える。青ひげも暗闇の中に消えていく。

映像でストーリーが綴られるので、実際の舞台が曖昧で解り難かった。実演なら緊迫感があったかもしれない。サスペンスオペラで意外性はあった。愛する人のすべてを知ろうとして、相手の心の奥底まで踏み入ってしまう人間の性。悲劇になってしまうドラマは現代にも通ずるところがある。
2人だけの心理劇を迫真の演技で表現したミカエルとぺトレンコの演唱を他のオペラでいずれかの機会に聴いてみたい。

演出家によると今回のオペラは1つの続き物として演出したと言う。目が見えなかった女性と目が見える女性の対照的な童話ともとれる。

私は2011年からMET Live Viewing を見始めて、今は年に5・6本は鑑賞している。妻も昨年あたりから私以上にMETビューイングが面白くなって忙しいスケジュールを縫って私と別の日に楽しんでいるようである。





 

METライブビューイング2014-15 第7作 《ホフマン物語》

オペレッタの創始者ジャック・オッフェンバック(Jacques Offenbach)の残した唯一のオペラ《ホフマン物語》。
彼の有名なオペレッタ《天国と地獄》の上演が北海道二期会30周年記念公演として1994年2月に行われて観た時以来のオッフェンバックの作品鑑賞。
オッフェンバック(1819-80)はドイツ生まれでフランスで活躍した作曲家、チェリスト。(後にフランスに帰化。)《ホフマン物語》は未完成の遺作となったが、ギロー補筆で1881年初演。今日でも上演される機会の多いフランス・オペラ。

舞台は19世紀のドイツ。人々で賑わう酒場で恋人ステラを待つ酔いどれ詩人ホフマンが叶わなかった過去の恋を語り始める。 機械人形と気付かずに恋したオランピア。歌うのを禁止されたのに歌ってしまい亡くなった病弱な歌手アントニア。誘われるままに情熱を捧げた娼婦ジュリエッタ。3つの恋は悪魔の化身である男に操られていた。更にステラとの恋にも暗雲が立ち込めていた。 全3幕。フランス語上演。
 
主演のホフマンは現在オペラ界で人気のイタリア人・テノール歌手、ヴィットリオ・グリゴーロ。自己破滅的な恋愛を通して孤独な男を演じ、高音域から低音域までいろいろな色彩を持った声を操るグリゴーロ。第1幕でオリンピア役のエリン・モーリーが歌う超絶技巧のアリア“生垣に小鳥たちが”のコロラトゥラの歌声はまさに驚異的。第1幕の幻想的な舞台も見もの。第2幕のアントニア役(ステラと二役)のヒブラ・ゲルツマ―ヴァの堂々たる体躯からの歌声は圧倒的で心に響いた。
全3幕に登場して悪魔の化身を演じた名バリトン、トーマス・ハンプソンの存在感がこのオペラを引き締めていた。ハンプソンはPMF2011に出演して「マーラー:亡き子をしのぶ歌」などを歌った。夕やみ迫る芸術の森に響き渡る歌声は脳裏に焼き付いている。(彼はPMF1990にも来日している。) 

第1幕や第3幕には大勢の人々が登場して合唱や踊りに加わり、舞台では小道具にも工夫がなされていた。演出家の話では1920-30年代のカフカの世界を描き、オーストリアの怪しいサーカスを連想させる舞台で幻想的なストーリーが展開された。オペラの終盤で流れる「ホフマンの舟歌」が親しまれているメロディで久し振りに耳にした。
エピローグで「人は恋によって大きくなり、涙によってより大きくなる。」と語られたのが印象に残った。

グリゴーロは4月に来日して、5日と10日にリサイタルを開く予定で、今回の公演の注目度が一層高まっているようである。


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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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