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ウィ-ン・フィル ニュー・イヤー・コンサート2018

ウィ-ン・フィルのニュー・イヤー・コンサートは毎年聴いているわけではないが、今年はリッカルド・ムーティが登場するので最初から最後まで聴いた。
ワルツやポルカが十数曲演奏されるが、聴き慣れている曲は数曲で初めて聴く曲が多い。今年はイタリア色が濃い選曲で、イタリア出身のムーティらしい明るく気品のある曲が目立つ感じがした。聴き慣れた名曲は「雷鳴と電光」のポルカシュネルやワルツ「南国のバラ」。イタリアのバラが一面に咲いている宮殿の庭園の中でバレエも繰り広げられた。

今回興味深かったのは1918年のハプスブルク帝国が崩壊した年から100年を経たウィ-ン・フィルの歴史を顧みる選曲。第一次世界大戦後、労働者のためのコンサートの観点に立ち、ウィ-ン・フィル主催の舞踏会や録音などの活動を通して、新しいオーケストラの転換期となった百年。ウィ-ンの建築家、オット・ワグナーの没後100年にも当たるという。ウィ-ン・フィルは人々の不安を解消し、希望を与える演奏会を目指した。
それぞれの思いが込められた歴史のつながりも振り返った曲が演奏された。解説が字幕に書かれていて参考になった。

NHKの担当アナウンサーのほかに、ウィ-ン・フィルのチェロ奏者、へーデンボルク・直樹とバレリーナ橋本清香もコンサート直前と休憩時間中のトークに参加した。直樹は今回は降り番で来年が出番だそうである。兄のへーデンボルク・和樹がヴァイオリン奏者としてコンサートに加わった。彼らのことは昨年の「音楽の友」11月号で名前を初めて知った。一番下の弟のピアニストを加えて3人で“へーデンボルク・トリオ”を組んで昨年、日本デビュー。今年のウィ-ン・フィル日本公演には2人の兄弟も加わり、トリオの室内楽公演も予定されているそうである(*3人はスウェーデン人ヴァイオリニストの父、日本人ピアニストの母の下でザルツブルグで生まれ育った)。
休憩時間中にウィ-ン・フィルの楽団長で、PMFウィ-ンで馴染みのメンバーのフロシャウアーさんが日本語で日本の視聴者に挨拶して親日家の一面を見せた。

ウィ-ン・フィルの軽やかな演奏はいつもと変わらないが、今年はイタリアの雰囲気も感じられる一層明るいコンサートとなった。
ムーティは1971年ザルツブルク音楽祭でウィ-ン・フィルと初共演以来、500回も共演を重ねている巨匠指揮者。
ムーティがPMFに初登場したのが2007年、札幌芸術の森での開会式と記念演奏では、その姿はカラフルな服装によって一段とカッコ良かった。Kitaraでは黒の燕尾服だった。メインの演奏曲は「シューベルト:ザ・グレイト」で強烈な印象を残した。翌年にはウィ-ン・フィル札幌公演で《ロッシーニ:歌劇「セミラーミデ」序曲》、《チャイコフスキー:交響曲第5番》などを演奏。
当時から見ると格好の良さは感じても、当然ながら老けて見えた。ウィ-ン・フィル・ニュー・イヤー・コンサートには5回目の登場だったそうである。まだまだ現役としての活躍が期待される。
演奏中、今年のKitaraのニューイヤーに登場するコンサートマスターのシュトイデやPMFウイーンのチェロ奏者ノージュなどの顔なじみの姿も目に入った。トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ンで来札するメンバーもいるだろう。以前より女性メンバーが少し増えたように思った。
例年と同じくプログラムの最後はワルツ「美しく青きドナウ」で締められた。アンコール曲も恒例の「ラデツキー行進曲」。華やかな雰囲気の裡にコンサートが終った。

※小澤征爾がNew Year's Concertに出演したのが2002年で、その当時はCDも早々に手に入れたものだ。16年も経ってしまった。正月気分が抜けきらないうちに久しぶりに聴いてみようかなと思う。来年はティーレマンが指揮者に決まっているそうである。
ウィ-ン・フィルは毎年来日公演を行っているが、ライヴ公演を聴いたのは1973年、1997年、2008年の3回だけ。Kitaraが開館した年の公演が一番印象に残っている。

エッシェンバッハ指揮 N響“第9”演奏会

Eテレで今迄気づいていていなかった大晦日恒例の『N響の第9』を聴いた。指揮がエッシェンバッハだったことと年末のテレビ番組が興味の湧くものが他に無かったからである。もちろん、一年の最後を「第九」で終えようと思ったからでもある。

エッシェンバッハをライヴで初めて聴いたのが1991年。1990年にスタートしたPacific Music Festival(PMF)がバーンスタインの急逝でウィ-ン・フィルのメンバーを中心として引き継ぐこととなった。芸術監督にマイケル・ティルソン・トーマス(ロンドン響首席指揮者)とクリストフ・エッシェンバッハ(ヒューストン響音楽監督)が就任した。この年に《ヒューストン交響楽団演奏会》で初めてエッシェンバッハの指揮ぶりを見た(*バーンスタイン:交響曲第1番「エレミア」を聴いたことになっているが、歌手のルートヴィヒが出演したのは記憶している)。彼はM・T.・トーマスと共に芸術監督を長く務めた。93、94、96、97,98年とPMFで活躍して、2000年5月にはハンブルク北ドイツ放送響(現NDRエルブ・フィルハーモニー管)を率いてKitaraに来演し「シューマン:交響曲2番」を演奏。09年のPMF20周年にバーンスタイン思い出の「シューマン:交響曲第2番」でPMFオーケストラを指揮したのは今なお印象深い。エッシェンバッハは世界のメジャーオーケストラのパリ管やフィラデルフィア管の音楽監督を務めたが、10年に要職を辞した。ワシントン・ナショナル響の音楽監督に就任していたが、現在はたぶん自由な立場でタクトを振っているのではないだろうか。

エッシェンバッハは昨年11月にN響に客演してブラームスの全交響曲を指揮した。N響客演コンサートマスターに就任したキュッヒルが出演した演奏会でもあったので、12月3日の〈クラシック音楽館〉で「ブラームス:交響曲第4番・第1番」を聴いて、ドイツの香りを満喫した。
この時に年末の〈N響第9〉の情報を得た。年末の〈N響第9〉は22、23.24、26日の4日間がNHKホール、27日は特別プログラムも含めてサントーリーホールが会場で計5回も公演が行われた。指揮者、オーケストラ楽団員、合唱団員、ソリストたちは大変なエネルギーを使って強行日程をこなした。

大晦日のEテレ番組で【N響“第9”演奏会】が録画中継された(*22日公演)。
指揮/クリストフ・エッシェンバッハ   管弦楽/NHK交響楽団
ソリスト/市原 愛(S)、加納悦子(Ms)、福井 敬(T)、 甲斐栄次郎(Br)
合唱/東京オペラシンガーズ

演奏前にエッシェンバッハは「第9」へのパッションを熱く語った。リハーサルで指揮者が話す内容を楽団員が直ぐに理解して、曲の演奏に臨んでくれるので、彼はオーケストラが紡ぐハーモニーに満足そうであった。オーケストラのレヴェルの高さは世界のトップクラスにあると話した。日本人が考えている以上に、現在の日本のオーケストラのレヴェルは世界のトップクラスの水準にあると言われている。特にN響はパーヴォ・ヤルヴィも世界のトップテンに入るオーケストラと認識しているようである。

エッシェンバッハは「第9」を幻想的な音楽と位置づけ、第3楽章は正に「天使の音楽」と捉えて指揮に当たった。エッシェンバッハはピアニストして常に歌うような演奏を心がけていたこともあり、指揮においてもオーケストラを歌わせるのが巧みなようである。特に第4楽章では指揮者、オーケストララ、ソリスト、合唱が一体となった音楽であった。
指揮者の放つオーラはやはり凄いもので、創り出される音楽はドイツ音楽の色彩がいちだんと濃厚になって響き渡った。ドイツ音楽の大きさを改めて感じた。

短期間に連続して5回も同じ曲を演奏する場合には、全く同じ演奏にはならないのではないかと思う。基本的には同じ調べでも、演奏に少々の違いが出てくる方が自然なのではないだろうか。機械とは違うのだから、人間が演奏する味が出てきて当然だと思う。指揮者も全く同じ演奏になっていないと想像するが、果たしてどうなのだろう?
同じ「第9」でも年末と他の時期では気分が違うのは当たり前になっている。

Kitaraのクリスマス2017(高関&清水)

札響正指揮者を長年務めた高関健のKitara登場は2月の名曲シリーズ以来である。現在は東京シテイ・フィル常任指揮者として同フィルのレヴェルを一段と高めている様子であり、今年4月にはサンクトぺテルブルク・フィル定期に2回目の登場を果して大絶賛を博したことは喜ばしい限りである。また、京都市響常任客演指揮者も兼任しながら、藝大フィルハーモニア管首席指揮者を務めて後進の指導に当たっている活躍ぶりは実に頼もしい。
清水和音は昨年7月札響定期に客演して尾高忠明指揮の下で「尾高惇忠:ピアノ協奏曲」を弾いた。清水の札響出演で強烈な印象を残したコンサートは彼のデビュー30周年記念として開催された2011年《札響夏の特別演奏会》のプログラム、〈オール・ラフマニノフ・コンチェルト〉は驚異的な演奏で忘れ難いコンサートとなっている。《Kitaraのクリスマス》には5年ぶりの再登場。前回は「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番」を演奏した。指揮の広上とのトークで“同じ曲でもリハーサルと本番では同じ演奏にはならない”と互いに語ったことが印象に残っている。

[札幌コンサートホール開館20周年] Kitaraのクリスマス

2017年12月23日(土・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
指揮/高関 健   ピアノ/清水 和音  管弦楽/札幌交響楽団
【プログラム】
 グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ長調 作品23(ピアノ/清水和音)
 バーンスタイン:「キャンディード」序曲、 
           「ウエスト・サイド物語」より “シンフォニック・ダンス”
 アンダーソン:そりすべり、 クリスマス・フェスティバル

グリンカはロシア国民音楽の祖。「五人組」やチャイコフスキーに大きな影響を与えた。オペラのタイトルは有名であるが、観たことはない。「序曲」は聴く機会が多くて、その明るい活気に満ちあふれた音楽は人々に親しまれている。

チャイコフスキーは3曲のピアノ協奏曲を書いているが、「第1番」は数多あるピアノ協奏曲の中でも最も人気の高い曲のベスト3に入る曲。2010年に札響ファンが選んだリクエスト曲で第1位となり、清水和音が札響と演奏した曲である。
清水が20歳の時にロン・ティボー国際コンクールピアノ部門で優勝した記事が新聞に載った1981年から36年も経った。彼がKitaraのステージに初めて立った2001年以来、彼の演奏を聴いたのは今回で7回目だった。14年からリサイタル・シリーズを年2回5年計画で開催し、昨年からは年6回の室内楽シリーズも始めている。現在、油の乗り切った時期を迎えているようである。

「第1番」は何度聴いてもロマンティックで美しい旋律は聴く者の心を虜にする。ピアノのカデンツァも素晴らしいが、木管楽器の奏でる牧歌的旋律も美しく、ウクライナ民謡も取り入れられて、全楽章が魅力的で聴いていて冗漫になるところがない。オーケストラとピアノの対話も生き生きとしている。チャイコフスキーのメロディ・メーカーとしての魅力満載の曲である。清水和音のヴィルトゥオーゾとしてのピアニズムが伝わってくる演奏を楽しんだ。
ソリストのアンコール曲は「ショパン:ノクターン第5番 作品15-2」。

後半プログラムの最初の2曲は来年バーンスタイン生誕100年を迎える前祝いの選曲だろう。高関は1982年にタングルウッド音楽祭でバーンスタインの指導を受けた。その音楽祭でバーンスタインが演奏した曲の中から2曲を選んだという。バーンスタインの曲はPMFで演奏される機会が多くある。今年のPMFでも「シンフォニック・ダンス」を聴いた。

「キャンディード」はヴォルテールの小説に基づくコミック・オペレッタだが、詳しいストーリーは知らない。楽天主義のキャンディードが恋人を追い求めて大冒険をする物語だという。「序曲」は何度も耳にしている曲で、楽天的で行動派の若者のイメージが湧いてくる楽しい音楽。

悲劇的なミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」は「ロミオとジュリエット」をニューヨークに舞台を変えて書かれた。バーンスタインが育った地区のイースト・サイド・ストーリーとして20歳の頃に書かれたが、映画化される時代にはイーストサイド地区が、国連ビルが建つ再開発地域になっていて、当時の面影を残すウエスト・サイド・ストーリーにタイトルを変えたという伝記を読んだ記憶がある。いずれにしても、アカデミー賞を受賞した映画が世界的に話題となり、音楽も有名になった。
北米と南米のダンスリズムの対比でバーンスタイン節と呼ばれる独特の作曲技法で書かれたが、原曲の管弦楽編曲を担当した彼の友人2人が管弦楽用の組曲を作った。原曲は9曲の舞踊組曲で、カットされて数曲だけが演奏されることもある。
今回の「シンフォニック・ダンス」は9曲。①プロローグ ②どこかに ③スケルツォ ④マンボ ⑤チャチャ ⑥出会いの場面 ⑦クール~フーガ ⑧決闘 ⑨フィナーレ。第4曲「マンボ」で指揮者の合図で聴衆が“マンボ”と掛け声を出す場面が2度あり、面白かった。
高関が実際にバーンスタインがボストン響を指揮するコンサートを聴いているのは財産だと思った。聴く方の心構えも何となく違うような雰囲気があった。札響メンバーにも何らかの前向きな反応があったのではないだろうか。

2008年にPMFオーケストラ演奏会[バーンスタイン生誕90年ガラ・コンサート]が開催され、当日のプログラムは「オール・バーンスタイン・プログラム」だった。3名の指揮者が出演して、マエストロ尾高が「シンフォニック・ダンス」全曲を指揮し、ルイス・ビアヴァが「キャンディード」序曲を指揮した。10年前の様子を懐かしく思い出した。「不安の時代」のピアノ演奏中に携帯音が鳴って、その音を小曽根が直ぐ即興で曲に取り入れた出来事があったことも併せて思い出した。

大ホールを飾りつけした職員の苦労が生きるクリスマスの音楽は照明の効果もあって楽しい雰囲気で展開された。内容は例年と殆ど同じ。最後はオーケストラの演奏に続いて、聴衆の斉唱で「きよしこの夜」。9割程度の客の入りで、家族で楽しんでいる姿も見られた。今年のKitaraでのコンサート鑑賞は今日が最終回。明るい気分でKitaraの会場を後にできたのは何よりだった。

札響の第9(2017) 広上淳一

「第九」は年末に聴いて、年度の締めにしたいという気持ちを未だに拭えない。以前は札響でも文字通り年末に「第9」を演奏していた。いろいろ事情があって、近年は12月でも10日と20日の間である。上旬では気分が乗らなくて鑑賞しない年もあった。今年はどうしようかと思っていたが、ソリストの中村恵里と甲斐栄次郎に魅力を感じてチケットを購入した。

2017年12月16日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/広上 淳一
独唱/ 中村 恵理(ソプラノ)、中島 郁子(メゾソプラノ)
    吉田 博之(テノール)、甲斐 栄次郎(バリトン)
合唱/札響合唱団、札幌放送合唱団、札幌大谷大学合唱団
合唱指揮/長内 勲
管弦楽/ 札幌交響楽団

〈Program〉
 モーツァルト:交響曲第9番 ハ長調 K.73
 ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 op.125「合唱付き」

めったに演奏される機会のないモーツァルトの「第9番」はCDで予め聴いてみたが、メロディは印象に残らない。13歳の頃に書かれた、アレグロ、アンダンテ、メヌエット、アレグロから成る4楽章構成。
10分強の演奏の後で直ぐ、休憩。無理して小品を加える必要はないという感じがしている。指揮者はそれなりに工夫して、アイデアを出しているようである。今回はある意味で、面白い選曲であるが、「第九」だけで十分という思いは消えない。

「第九」については改めて書くまでもない。芸術のすべてが盛り込まれたような曲はベートーヴェンの集大成となり、彼は交響曲に合唱が組み込まれる先駆者となった。第1楽章から第3楽章までも素晴らしいが、圧巻は何と言っても第4楽章。

中村恵理は16年にKitaraでリサイタル、甲斐栄次郎は15年の〈札響の第9〉に出演して彼らの歌声を聴くのは2回目だった。甲斐はウィーン国立歌劇場の専属ソリスト歌手を10年間、中村はバイエルン国立歌劇場の専属ソリスト歌手を6年間務めて、それぞれ本拠地を日本に移した。中島、吉田の名は耳にしたように思うが、オーケストラのソリストとして来演したことがあるかどうかの記憶は定かでない。日本の第一線で活躍するソロ歌手が出演し、合唱も札響合唱団およそ90名に加えて、約50名の応援を得て、140名ほどの編成。独唱と合唱が相まって、ベートーヴェン独特の迫力ある音楽がホール全体に広がった。

広上の個性的な指揮ぶりも9割以上の聴衆を集めた会場を拍手の渦に巻き込んだ。たぶん、明日も大観衆がKitara大ホールの客席を埋めるだろう。「第九」は日本人に最も好まれる交響曲として輝き続ける。


北海道教育大学岩見沢校音楽文化専攻 定期演奏会

北海道教育大学札幌分校に特設音楽課程が設置されていたが、改組して芸術課程が岩見沢校に集約されてから何十年にもなる。現在、道内で本格的に音楽を学べる国立大学は岩見沢校だけである。大学も改組を重ねて「芸術・スポーツ文化学科音楽文化専攻」の学生が今回の定期演奏会を開催した。以前から道教育大岩見沢校の定期演奏会はKitaraで開催されていたが、演奏会に出かけたのは昨日が初めてであった。

2017年12月13日(水) 18:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 西村 朗:秘儀Ⅳ〈行進〉(吹奏楽) (指揮/渡部謙一)
 グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16より 第2・3楽章(ピアノ/井内沙織)
 ヴォーン・ウイリアムズ:テューバ協奏曲より 第1楽章(テューバ/鈴木瞬弥)
 高田三郎:水のいのち(合唱)  (指揮:阿部博光)
 チャイコフスキー:弦楽セレナーデ ハ短調 作品48より 第1・4楽章
 尾高尚忠:フルート協奏曲 作品30bより 第1楽章(フルート/佐川彩名)
 レスピーギ:交響詩「ローマの祭り」

芸術・スポーツ文化学科音楽文化専攻の学生出演者180名、賛助出演者11名、教員4名。

以前にN響アワーの司会者を務めた作曲家による「秘儀Ⅲ」は2015年吹奏楽コンクールの課題曲だったそうで、「秘儀Ⅳ」は70名以上の編成。木管・金管楽器の多さに度肝を抜かれた感じがした。久しぶりに聴く吹奏楽の迫力を味わった。

吹奏楽、合唱、弦楽アンサンブル、ソロ、オーケストラと演目が多種にわたった。ソロはオーディションで選ばれた3名のステージ。全楽章を演奏できないのは時間配分の関係で止むを得ない事情と判断した。ピアノ曲は余りにも有名で聴く機会が多いが、立派な演奏だった。テューバの曲は5年前の札響名曲シリーズで札響テューバ奏者の玉木亮一が吹いた曲だが、テューバ独特の音色を興味深く聴いた。マエストロ尾高の父が書いた名曲は4年前の札響夏の特別演奏会で札響フルート首席の高橋聖純が演奏した。それ以来の2度目になるが、最後まで聴いて見たいと思うくらいの素晴らしい演奏で会場からも歓声が上がった。

ヴァイオリン、チェロに大学の先生も入り、ヴィオラには札響首席の廣狩亮の姿もあった。弦楽器の各パートの指導も兼ねていたのかもしれない。札幌音楽家協議会のメンバーも賛助出演していたが、弦楽アンサンブルは見事な演奏ぶりで、一段とレヴェルの上がった曲として楽しめた。

曲目ごとにステージの椅子の配置換えで、十数名の学生がきびきびと要領よく良く動き回って、準備する様子には感心させられた。将来、プロの仕事に就く場合にも役立つことであると思うが、裏方役を見事に果たしていた。

最初の3曲とオーケストラが伴奏する合唱を含めて4つのプログラムの指揮は担当が分かれた。2人とも大学の教員で、阿部博光は小編成のオーケストラで指揮をする場面を何度か観ているが、大編成のオーケストラの指揮はやはり一段と体の使い方が違って大きな指揮ぶりになっていた。

レスピーギはロシアでR.コルサコフから個人レッスンと受けた影響もあってか、オーケストレーションが凄く巧みで豪快な曲を書いた。《ローマ三部作》が最も有名であるが、三部作の中で「ローマの松」の演奏機会が多い。打楽器奏者が10名など多数の管楽器奏者も必要となり、普通の演奏会では「ローマの祭り」が演奏される機会は限られる。そういう意味でも、今回の曲目は多くの学生が出演可能でコンサートの最後を飾るに相応しい曲であった。

やはり音楽専攻の大学生のコンサートは演奏レヴェルが高い。来年も都合をつけて聴いてみようと思う演奏会であった。

札響第605回定期演奏会(ポンマー指揮バッハのクリスマス・オラトリオ)

土曜日昼公演の会員であるが、明日は聴きたいコンサートが札響定演と同じ時間帯に別のホールであるために、日程振替を利用して金曜日の演奏会を聴いた。
今年2017年の札響は1月定期のバッハ「管弦楽組曲」で始まり、12月定期の「クリスマス・オラトリオ」で終わる。ポンマーの思い入れの強いバッハの音楽の年。

2017年12月1日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

《ポンマーのバッハ・プロジェクト第2弾 歓喜の前に、クリスマスの歌声》
指揮/マックス・ポンマー  
独唱/針生美智子(S)、富岡明子(Ms)、櫻田 亮(T),、久保和範(Br)
合唱指揮/ 長内 勲  合唱/札響合唱団、東京バロック・スコラーズ、ウィステリア・アンサンブル
〈Program〉
 J.S.バッハ:「クリスマス・オラトリオ」より 第1、第2、第5、第6カンタータ

プログラムの解説によると、曲はバッハが残した3つのオラトリオの中で最も規模が大きい作品。バッハが49歳でライプツィヒに移って11年目になる1734年のクリスマスから翌年1月6日にかけて、6日にわたって初演された。6回の祝祭日に、1つずつクリスマス・カンタータが演奏され、まとめて「クリスマス・オラトリオ」と呼んだそうである。6部構成で、全部で64曲。

実質的に6つのカンタータから構成され、一貫したストーリーは無い。オーケストラも小編成であり、各部で異なる。
冒頭の合唱はトランペット3本とティンパニが活躍する威勢のよい華やかな祝賀カンタータ。第1・2部(各30分)では聖書朗読者(テノール)が朗誦する「ルカによる福音書」からの引用。第5・6部(各25分)では「マタイによる福音書」からの引用。第6部の最後の曲はトランペット3本とティンパニも入っての華麗なフィナーレ。

4人の歌手は二期会会員。針生は何十回もKitaraのステージに立っている小樽出身のソプラノ歌手。テノールの櫻田も札響との共演も多く、秀でた朗誦。初めて聴くメゾソプラノ(ァルト)の富岡の歌声が目立った。彼女は来年の二期会公演のベッリーニ《ノルマ》にアダルジーザ役(*先月のMETビューイングでディドナートが名演)で出演予定も成程と頷ける美声。バリトン(バス)の久保の低音も魅力的だった。
約90名の合唱団は主力の札響合唱団に15名の助っ人が加わった。小編成のオーケストラに対して合唱の役割が大きかった。オーケストラではチェロとコントラバスが通奏低音の響きでバロック音楽の特徴が出ていた。管楽器はオーボエの活躍の場面が目立った。一度だけだったがフルート独奏が入る場面は美しい旋律が聴けて良かった。全体を通してバロック時代の雰囲気が味わえる演奏会となった。

札響定期でバッハだけの演奏会が1年に2回もあって、バッハが大好きな人には好評だろうが、オーケストラ団員の出演機会が少ないのが気になった。めったに聴けない曲を聴ける楽しさもあるが、聴衆の入りが悪いのは残念であった。

ロシア国立交響楽団《シンフォニック・カペレ》~チャイコフスキー三大交響曲

ロシア国立交響楽団(The State Symphony Orchestra of Russia)は1936年創立のロシアを代表するオーケストラである。スヴェトラーノフが1965年~2000年まで音楽監督・首席指揮者として黄金時代を築いた。今回の来演するオーケストラの日本語名が同じであるが、英語名が“State Symphony Capella of Russia”.。
サンクトペテルブルク・フィルやマリインスキー劇場管、モスクワ・フィル、チャイコフスキー響(旧モスクワ放送響)は度々聴きに行っていた.。このオーケストラの公演情報が年明け早々にあった時にはやや躊躇していた。妻が主催者の特別先行販売の案内を受けてチケットをインターネットで申し込むということで、プログラムの「チャイコフスキー第4~6番一挙連続演奏」の魅力もあって付き合うことにした。チケットは異常に早く7ヶ月以上前に届いていた。

昨日のコンサートに出かける前に、ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管による“TCHAIKOVSKY SYMPHONIES NOS 4.5 &6”(パリのサル・プレイエルでのライヴ録音、2010年)のDVDを視聴した。何かほかの事をしながら聴く“ながら”CDより集中度が高くなる。ゲルギエフ&マリインスキー劇場管は2009年に2夜にわたってチャイコフスキー3大交響曲とピアノ協奏曲を演奏したことがあった。
今回のように一晩での連続演奏会は極めて珍しい。どのオーケストラでも実現できるわけではない。

2017年11月10日(金) 18:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ヴァレリー・ポリャンスキー(Valery Polyansky)
管弦楽/ ロシア国立交響楽団《シンフォニック・カペレ》(State Symphony of Russia)

ポリャンスキーは1949年、モスクワ生まれのロシアの指揮者。モスクワ音楽院でオーケストラと合唱の指揮を学ぶ。大学院の時にロジェストヴェンスキーに師事し、77年からボリショイ劇場でロジェストヴェンスキーのアシスタントを務め、やがて同劇場の指揮者となる。国内外のオーケストラにも客演して、92年にはロシア国立シンフォニー・カペラ(前身はソヴィエト文化省響)首席指揮者に就任。2002年よりスウェーデン・エーテボリ音楽祭首席指揮者、モスクワ音楽院教授。

音楽之友社によると、このオーケストラは1982年にソヴィエト国立文化省交響楽団として発足した。ロジェストヴェンスキーが国内名門オーケストラの中から優れた奏者たちを集め、オーディションで選抜したモスクワ音楽院の若き音楽家たちを加えて、まさに夢のオーケストラを結成したという。モスクワを本拠地にして、演奏活動、録音活動ともに順調なスタートを開始したが、ソ連崩壊によって挫折した。「モスクワ・シンフォニック・カペレ」として活動を続けたが、指揮者のロジェストヴェンスキーが国外へ出てしまった(*ロジェストヴェンスキーは読売日響の名誉指揮者となっているが、同響での活躍も多く、96年に札幌公演も行った)。国の援助も途絶えて、91年頃は解散状態のようだったと言われるが、ゲルギエフを中心とする音楽家たちの努力でロシア政府を動かし、21世紀に入って、ロシア音楽の復興が図られたように思われる。、

2015年の来日公演でロシア国立交響楽団は「チャイコフスキー第4・5・6番連続演奏」を敢行して、全国10公演が大好評を博したという。人気のチャイコフスキーの3交響曲の演奏は魅力的なプログラムであることは間違いないが、一晩での3曲一挙公演は困難である。今回の3曲連続演奏会は貴重な機会となった。

〈Program〉
 チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 作品36
 チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64
 チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」

チャイコフスキーはマンフレッド交響曲を含めると7曲の交響曲を残している。「第4番」は最も変化に富んだ劇的な作品。第3番までの民族的な表現法に加えて自伝的な標題音楽を重ね合わせることによって、独自の交響曲の様式を確立したように思う。この曲を書いた当時、チャイコフスキーは不幸な結婚に悩み、精神の激動の時期にあった。運命に対して絶望し、奮闘して勝利する様子が描かれている。
ホルンとファゴットが奏でる激しい序奏は「運命」のモチーフ。人間に襲い掛かる運命の動機はこの曲の悲劇性を強調する。曲が展開されると抒情性もくみ取れる。緩徐楽章の第2楽章では悲哀に満ちたオーボエの旋律が印象的だが、クラリネットやファゴットで奏される農民舞曲風の安らぎの調べも心に響く。第3楽章のスケルツォは弦楽器のピッチカートが曲に変化を与えた。憂鬱な気分を吹き飛ばすような荒々しい主題とロシア民謡の旋律による主題。交互に繰り返されて最後に祝祭的な気分のフィナーレ。

ステージ上で楽器の配置の段差が無くて、管楽器奏者の演奏状況が見れなかったのが残念! 座席が1階6列やや上手寄りで弦楽器群に比して管楽器奏者が全く視野に入らなかった(*自分で座席を選べなかった)。シンバルとトライアングルの奏者のみ立って演奏した時に目に入った。管楽器奏者が少なめと思ったが、音量は十分に出ていた。楽器の音色の区別は幸いできていた。
指揮台も無く、ステージ上の台の設置も無しというKitaraでは珍しいステージの状況で、その理由はハッキリとはしなかったが、音楽鑑賞には支障はなく、演奏効果を狙ったのかもしれないと思った。

1曲が45分程度の曲で休憩時間が2回あった(各20分)。2階RB、LBにかなりの空席が見えたが、P席は埋まり、3階席もほぼ埋まっているようで、チャイコフスキーの人気の高さが窺がえた。

チャイコフスキーの曲でも最も人気が高く演奏機会の多い「第5番」。彼は結婚生活の破綻によって、主に西ヨーロッパで生活を始め、第4番から10年あまりを経て第5番を一気に作曲した。「運命」の主題による循環形式を採用して、次々と魅力的なメロディを繰り出し、暗から明へと展開していくドラマティックな構成の曲作り。
第1楽章冒頭のクラリネットの重々しい旋律が運命の主題。4つの楽章に全て現れる。第2楽章はアンダンテ・カンタービレ。弦楽器による導入の後、ホルン独奏による翳りを帯びた鮮やかな旋律は何とも言えない美しさ。第3楽章が幻想的なワルツ。スケルツォでなく、ワルツはベルリオーズが「幻想交響曲」の第2楽章に用いているのを思い出す。第4楽章は輝かしい凱歌と言える終結部で、非常に力強くて雄渾なフィナーレ。

緊張も解けた聴衆からブラヴォーの声が飛び交った。休憩が入って、ホッと一息つくが、聴衆も集中力を保つのが大変だと思う。演奏者がチャイコフスキーの大曲、3曲を続けて演奏するのは体力、精神力も必要で大変なエネルギーを要する。今回の日本ツアー8公演中、東京、福島、札幌、新潟の4公演のようである。木管・金管群の活躍が光った。特に金管奏者の消耗が激しいと想像するが、大健闘である。

チャイコフスキー最後の作品となった「悲愴」に着手したのは亡くなる前年のこと。彼の交響曲の中で最も独創的な内容を持つ作品。ペシミズムが全編を覆っている。彼の最大の支援者であり、理解者でもあったメック夫人からの援助が突然に打ち切られた苦悩と孤独が大きな影を落としているようである。しかし、この曲は多くの人間が持ち合わせている感情を表したものかも知れない。初演が終わって9日後に、チャイコフスキーは亡くなった。
コントラバスとファゴットが暗くて、まるで呻くような旋律を奏でて曲は始まる。低音域の第1主題、チェロと第1ヴァイオリンの甘美だが、哀しみを秘めた第2主題の第1楽章。ロシア民謡が入って間奏曲のようであるが、不安げな暗い印象の第2楽章。第3楽章はスケルツォと行進曲を組み合わせたユニークな楽章、決して明るい気分ではなく、何となく落ち着かない雰囲気。第4楽章は、タイトル通りの重く打ちひしがれた終曲。交響曲の終楽章がこんな遅いテンポの曲も珍しいが、「悲愴」の象徴的な楽章でもある。

第3楽章は力強く閉じられるので、終曲と勘違いして拍手が起こりがちで、チョット心配したが、パラパラとわずかに起きた拍手には気づかなかった。全曲の終了時間は21時35分。永遠の静寂の中に音が消えていき、指揮者の手が下ろされた途端に万雷の拍手とブラヴォーとアンコールの声があちこちの客席から飛び交い、指揮者も何度もカーテンコールに応えた。3時間を要した力強い演奏に感動した聴衆の惜しみない拍手が指揮者とオーケストラ全員に贈られた。

チャイコフスキーの3大交響曲は何度聴いてもその曲の素晴らしさに感動する。帰りの地下鉄の電車の中で妻が旭川から出かけてきた小・中・高と一緒だった女性と出会って思わぬ再会を果していた。市内だけでなく、道内から聴きに来たチャイコフスキー・ファンも数多くいたようである。

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

ブロムシュテット指揮ゲヴァントハウス管のKitaraでの演奏は2002年、05年に続き3回目となった。90歳を迎えた偉大なる指揮者ブロムシュテットが今回Kitaraに三度出演する日を昨年から一日千秋の思いで心待ちにしていた。
昨年もバンベルク響を率いての来日公演でベートーヴェンの「運命」と「田園」を熱演する様子を〈クラシック音楽館〉で観ていた。89歳になっても進化を続け毅然とした音楽つくりで演奏に臨み、定番の音楽に新しい命が宿るようで新鮮な気持ちで聴いた。演奏中は勿論だが、インタビューでの話は温かい人柄で作曲家に寄り添っての解釈にも心を惹きつけられていた。私が最も大好きな指揮者である。

Herbert Blomstedtは1927年、スウェーデン人の両親のもとに生まれ、29年に家族と共にスウェーデンに移住。ストックホルム王立音楽院卒業後はザルツブルグに留学し、スイスやアメリカでも学ぶ。1954年にストックホルム・フィルを指揮してデビュー。同年ノールショピング響首席指揮者に就任。55年ザルツブルグ指揮コンクール優勝。その後、オスロ・フィル、デンマーク放送響、スウェーデン放送響の音楽監督を歴任。75~85年にはドレスデン・シュターツカペレ首席指揮者、85-95年サンフランシスコ響音楽監督、96-98年北ドイツ放送響首席指揮者、98-2005年にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管カぺルマイスター。
ブロムシュテットは現在バンベルク響名誉指揮者、N響桂冠名誉指揮者。
ゲヴァントハウス管在任中に同楽団の演奏水準を一気に引き上げたという評価を得ている。N響にも数多く客演して、モーツァルトやベートーヴェンなどの名曲を通して日本人にも親しまれ、N響名誉指揮者の称号を得ていたが、さらに桂冠名誉指揮者となるほど日本の音楽界に貢献している。プロフィールから判断すると、北欧の音楽を聴く機会が今までにあっても良かった感じがする。
世界のメジャー・オーケストラに客演を重ねているが、今年の1月にもベルリン・フィル定期に客演して「ブラームス:交響曲第1番」を指揮して、インタヴューでブラームスの素晴らしさを熱く語る姿も元気そうで楽しかった。

レオ二ダス・カヴァコス(Leonidas Kavakos)は1967年アテネ生まれの世界的ヴァイオリニスト。85年シベリウス国際コンクール優勝。86年インディアナ国際では竹澤恭子に次いで第2位入賞。80年代後半から国際的な活動を始め、シベリウスのヴァイオリン協奏曲の録音がグラモフォン賞に輝いて、世界の注目を一気に浴びたようである。ギリシャを拠点にしてベルリン・フィルやコンセルトヘボウ管らメジャー・オーケストラにも客演して世界的評価が確立し、2012-13シーズンはベルリン・フィルのアーティスト・イン・レジデンスを務めた。
PMF2016には芸術監督ゲルギエフの指名で急遽Kitaraに登場してブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾いた。その様子はPMFオン・デマンドで鑑賞して、彼の情熱的で一味違う名曲の演奏に感動した。今回のKitaraの演奏会は話題の二人の登場で早くから期待を集めていた。

札幌コンサートホール開館20周年 〈Kitaraワールドオーケストラ&合唱シリーズ〉

2017年11月7日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 創立275周年記念ツアープログラム〉
  メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
  ブルックナー:交響曲 第7番 ホ長調 WAB,107 (ノーヴァク版)

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(Gewandhausorchester Leipzig)は1743年にライプツィヒの商人16人が出資してコンサート協会を設立。2018年に創立275周年を迎える世界最初の市民オーケストラ。1781年に500席収容の素晴らしい音響を持つゲヴァントハウス(織物会館)が完成し、オーケストラの本拠地となった(*現在の新ゲヴァントハウスは1981年完成で客席数1905)。1835年にメンデルスゾーンはゲヴァントハウス管の最初の常任指揮者となった。在任中にバッハの「マタイ受難曲」を蘇演して、バッハを復活させた貢献も大である(思い出したが、2008年にゲヴァントハウス管はマタイ受難曲の演奏でもKitaraに来演して聴いたことがある)。メンデルスゾーンは、1843年にはライプツィヒ音楽学校を設立した偉大な足跡も遺している。

このオーケストラが世界初演を行った曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲《皇帝》(1811年)、シューベルトの交響曲《ザ・グレイト》(1839年)、シューマンの交響曲《春》(1841年)、メンデルスゾーンの交響曲《スコットランド》(1842年)とヴァイオリン協奏曲ホ短調(1845年)、ブラームスのヴァイオリン協奏曲(1879年)、ブルックナーの交響曲第7番(1884年)などである。
今回の演奏曲は2曲ともゲヴァントハウス管の世界初演曲。

3大ヴァイオリン協奏曲または4大ヴァイオリン協奏曲のひとつ「メンコン」は最も人々に愛されている明るいメロディを持つヴァイオリン協奏曲。技巧的にも難しい曲と言われるが、現今では若い才能が弾きこなし、20歳前後のヴァイオリニストがコンサートで弾くことも多い。昨年1月にイザベル・ファウストが札響定期で若い演奏家とは一味違う演奏を披露した。今回も世界的ヴァイオリニストの演奏に興味を抱いて聴きに来た人が大部分だったと思う。
カヴァコスは50歳を迎えたばかりだが、最近では弾き振りも行っているというヴァイオリニスト。作曲には余り時間を掛けないメンデルスゾーンが6年もかけて完成させた協奏曲。当時のゲヴァントハウスのコンサートマスターに迎えたダヴィットが全面的に協力して作り上げたという曲。この協奏曲は全楽章が切れ目なく続けて演奏される。緊張が途切れない演奏が期待される観点も含め、新しい試みが入っている曲とされる。
優雅で気品に満ち、明快で抒情的な旋律を持つ美しいヴァイオリン曲を第1楽章でのカデンツァでは弱音もホールの3階まで美しく届いた。30分弱の曲を驚異的なテクニックを駆使しながらカヴァコスは最初から最後までホールを埋めた2千人の聴衆の心を掴んで魅了した。
盛大な拍手に応えて、アンコール曲は「J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番より “ガヴォット”」。

休憩時間中に久しぶりにワインでも飲もうかと思ったが、ホワイエには今までに見ないほどの長い列が続いていて諦めた。男子トイレも珍しいほどの混雑ぶりで、人がホワイエにはみ出して列をなしていた。日常のコンサートでは女性客の方が多いと感じているが、昨日は特に男性客が多いようであった。当日券も出たが、結果的に座席は完売して空席が見当たらなかった。

前半から楽器配置に特徴があった。後半に備えての楽器配置に思えた。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの対抗配置は珍しくないが、コントラバスが第1ヴァイオリン横、チェロがほぼ中央、ヴィオラが第2ヴァイオリンの横。木管がやや上手寄り。
ブルックナーはブロムシュテットが得意としていることを知らなかった。2002年の札幌公演で「ブルックナー:交響曲第5番」が演目になっているのを昨日になるまで気づいていなかった。15年前の演奏会で買い求めたぶ厚いブログラムを見て分かった。
ブルックナーが書いた0番を含む11曲の交響曲の中で「第4番」と「第7番」は親しめる曲になっている。クラシック音楽に通な人は比較的ブルックナーを好んでいるようであるが、私自身は苦手である。

昨日は午前中にカラヤン&ベルリンフィルのCD、午後はマゼール&ベルリンフィルのYouTube(*映像なしだが、高音質の録音をヘッドフォンで)、夜はブロムシュテット&ゲヴァントハウス管の生演奏で「第7番」を3時間以上も聴いたことになった。ライヴが1番良かったことは勿論である。
自らオルガニストだった経験を生かしたオルガンのスタイルが感じ取れる壮大な音楽つくり。弦のトレモロによる神秘的な導入と木管の歌謡旋律は民謡的で親しめる。第1楽章の終わりにはティンパニも入って壮大なクライマックス。第2楽章ではワーグナーチューバ4本も加わって重厚なオーケストレーションが展開され、観ていて興味深かった。ワーグナーの死に関連した葬送の音楽の悲しみの表現。ワーグナーチューバとホルン各4本が並んで、他の金管セクションの楽器位置と離れているのにも注目した。
第3楽章は田園風景を思わせる明るい自然描写。第4楽章は第1楽章と同じように3つの主題を中心としたソナタ形式でドラマティックに展開されて雄渾なクライマックスで終わる。
久しぶりに座った3階1列中央からステージ全体を見渡せて特に管楽器の演奏ぶりが見れて良かった。15年前はP席からブロムシュテットの顔の表情を十分に見れ、最近は映像で指揮者の顔は焼き付いているので、後姿だけだったが90歳の凛とした姿で指揮に当たっている様子は感動的であった。
演奏終了後にはブラヴォーの掛け声があちこちから掛かった。オーケストラに対しての拍手でもあったが、90歳の指揮者に対しての感謝と感動の拍手がいつまでも続いた。品の良い紳士のブロムシュテットは、オーケストラの演奏を称え、聴衆への謝意を表すのに楽団員の退席後もステージに出てきて別れの手を振った。

※コンサートガイドによると、今回の日本ツアーはこの後に横浜、東京での4公演がある。サントリーホールの料金が札幌の2倍になっているのに驚いた。主催者のKitara が料金を低めに抑えたのだと想像する。ブロムシュテットが無事に公演を終えて帰国されることを祈りたい。


札響第604回定期演奏会~エリシュカ最後の来日公演

札幌交響楽団と2006年に共演し、08年からは首席客演指揮者を、15年からは名誉指揮者を務めたエリシュカが健康上の理由で本日の公演が最終公演となった。
09年の九州響、N響に客演して《わが祖国》で日本のクラシック音楽界に大反響を巻き起こしたラドミル・エリシュカは札響の存在も全国に轟かせる役割を果した。ドヴォルザーク、スメタナ、ヤナーチェクなどチェコ音楽を広めただけでなく、チャイコフスキー後期三大交響曲、ブラームス交響曲全曲演奏のプロジェクトを行って全曲録音も行われ高い評価を得た。札響のレヴェル向上に多大な貢献を成し遂げ、オーケストラ楽員から尊敬を集め、聴衆の人気が絶大である。三位一体の音楽が毎回展開されているのが特に嬉しい。

札響での共演は今回で24回(42公演)となり、私は18回聴いたことになる。マエストロ尾高がエリシュカを札響に迎えた慧眼は物凄い。エリシュカの公演は毎回大盛況であるが、今回のサヨナラ公演の高まりは例を見ないものとなった。

2017年10月28日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 スメタナ:歌劇「売られた花嫁」序曲
 ドヴォルザーク:チェコ組曲 ニ長調 op.39
 リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」 op.35

チェコ国民楽派の祖として名高いスメタナの作品で人々に最も親しまれている曲が「わが祖国」。「売られた花嫁」のタイトルも有名で序曲を度々耳にすることはあるが、メロディには親しんではいない。スメタナは日本で考えられている以上にチェコでは人気が高いと言う。農家の娘が地主に売られ、相愛の青年によって取り戻される物語。
エリシュカは同じ曲は殆ど取り上げないが、この序曲は今回が3度目である(ただし、定期では今回が初めて)。チェコで如何に人気が高いか分るオペラ。

ドヴォルザークの「チェコ組曲」は今まで聴いたことがない。有名な「スラヴ舞曲集」に続いて作曲したとされ、「弦楽セレナード」に似た雰囲気の作品で、管楽器の活躍が目立った。5曲編成。①前奏曲(牧歌) ②ポルカ ③メヌエット(ソウセツカ舞曲) ④ロマンス ⑤フィナーレ(フリアント)。フィナーレではティンパ二も加わってチェコの民族舞曲のリズムで力強く終わる。管弦楽曲として、ボヘミアの郷土色が濃い作品。20年ほど前に函館、青森での札響演奏歴があるが札幌では初演らしい。チェコ音楽には良い曲がまだまだ沢山あることを知った。

エリシュカの最後の曲は彼が札幌と初共演した時の「シェエラザード」。彼にとって札響との縁を結べた記念すべき曲。エリシュカはヨーロッパでは評価の高い指揮者として認識されているようだが、1989年に起ったビロード革命のためにチェコ国内で指揮者の活動が出来なくなり、指導者の道を歩んだ。当時、札響と共演したチェコの指揮者が意外と多いのに驚く。75歳で出会った札響との演奏で日本では巨匠と呼ばれる指揮活動だったが、残念ながら世界的には注目されていないのは残念である。個人的な感想であるが、ヨーロッパでは日本の後追いはしたくないのかも知れない。いずれにしても、エリシュカの最後の演奏曲はとにかく強烈な印象を残す彼の解釈に基づいた「シェエラザード」で新鮮な曲として聴けた(*前回の札響との共演は聴き逃していた)。

リムスキー=コルサコフはロシア国民楽派の「五人組」のひとり。殆ど独学で音楽を学び、職業は海軍士官で、のちにペテルブルグ音楽院教授を務めた。華麗なオーケストレーションを施した曲を書き、ボロディンなどの未完成曲の補筆でも活躍した。「シェエラザード」は彼が遺した最高傑作。華麗なオーケストラの響きとエキゾチックなメロディで絵巻物のように極彩色の音楽が展開される。ラヴェル同様にオーケストラの魔術師の感じがする。

メータ指揮イスラエル・フィルが1987年に録音したCDで楽しんでいたが、ここ何年も聴いていない。生演奏でこの曲を聴くのも久しぶりである。初めて聴く人々も心から楽しめる音楽。伝統的な作曲技法に囚われずに独創的に書き上げたと思われる魅力的な作品。「アラビアン・ナイト」で知られるストーリーを4楽章構成の曲にした。
①海とシンドバッドの船 ②カランダ―ル王子の物語 ③若き王子と王女 ④バクダッドの祭り、海、青銅の騎士の立つ岩での難破、終曲。王の威圧的な主題に続いてシェエラザードの優美な主題を独奏ヴァイオリンが歌う。この王女の主題が曲全体で流れる。第1曲で航海の様子が巧みに描かれ、第2曲のファゴットが奏でる主題がユーモラス。第4曲では王とシェエラザードの主題がいろいろ変化して現れ、海の情景が荒々しくなって船が難破。コーダに入り田島コンマスの奏でるシェエラザードの主題で曲が閉じられた。

予め“曲の余韻を楽しんでから拍手をお願いします”というアナウンスがあって、間をおいてブラヴォーの嵐。聴き慣れた美しい音楽の後に人々の感動の叫びと嵐のような拍手が続いた。何度ものカーテンコールでエリシュカも感極まった様子。スタンディング・オヴェイションをする人の数が多くなり、指揮者は何度もステージを出入りを繰り返す。楽員が退場した後でも鳴り響く拍手にエリシュカがあちこちに礼をする姿を見て、最後には会場に残っていた全員がスタンディング・オヴェイション!残っていた千人を超える人々の別れを惜しむ様子は正に感動的であった。目頭が熱くなる瞬間を味わった人々が多かったのではないだろうか。

コンサートの前後にホワイエに展示されていた札響でのエリシュカの思い出の写真を見る人が重なり合っていたり、指揮者に伝えるメッセージを書いている人々の列が延々と続いている様子も前代未聞。予想を超える状況に驚くと同時に人々のエリシュカに対する感謝の想いが伝わった。音楽家として人間として札幌に偉大な足跡を残した指揮者を改めて素晴らしいと思った。

※実は2年前の心臓バイパス手術後の昨年2月にカテーテル施術でステントを入れて経過観察のため、昨年10月に続いて、今年も昨日カテーテル検査で1泊入院。今日の午前中に退院したばかり。血液がきれいに流れていると分って一安心。万が一の場合はキャンセルも覚悟していたが、楽観主義で生きているので明日の午後もコンサート鑑賞の予定。コンサートを楽しめるのも健康のお陰である。


 

札響名曲シリーズ2017-18 遠くイタリアを夢見て(指揮/バーメルト)

〈森の響フレンドコンサート〉
 
スイス出身の指揮者、マティアス・バーメルトは過去2回札響定期に登場。札響との初共演が2014年1月、続く2016年1月はヴァイオリニストのイザベル・ファウストと協演して2度目の登場。今回の3度目の共演を前に2018年4月から札幌交響楽団首席指揮者に就任することが決まった。

2017年10月14日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ マティアス・バーメルト(Matthias Bamert)     管弦楽/ 札幌交響楽団

〈Program〉
 チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
 メンデルスゾーン:交響曲第4番 イ長調 「イタリア」 op/90
 プロコフィエフ:組曲「ロメオとジュリエット」抜粋(バーメルト編)

チャイコフスキーはシェイクスピアに題材を得た管弦楽曲を3曲残しているが、《幻想序曲「ロメオとジュリエット」》は最初に書かれた曲で最も親しまれている。(*他の2曲は《交響的幻想曲「テンペスト」》と《幻想序曲「ハムレット」》。偶々、ドゥダメル指揮シモン・ボリバル響の演奏による3曲入りの輸入盤が手元にあったが耳にしたのは一度だけである)。「ロメオとジュリエット」はゲルギエフ指揮ウィ-ン・フィルのCDに「悲愴」とカップリングされていて何度か聴いたことがある。
チャイコフスキーの初期の傑作とされる「ロメオとジュリエット」は色彩豊かでオーケストレーションがダイナミックである。馴染みのストーリー展開であるが、モンタギュー家とキャプレット家の抗争が巧みに表現され、イングリッシュ・ホルンとヴィオラによる“愛の主題”が歌われる。両家の反目の主題がトゥッテイで奏され、最後に二人の死を悼むティンパニの響き。思っていたより大人数での演奏も観ていて気持ちが高揚した。

メンデルスゾーンが書いた5曲の交響曲の中で最も有名で広く親しまれている「イタリア」。メンデルスゾーンは20歳の頃にヨーロッパ各地を演奏旅行した折の印象を様々な曲に綴っている。その中でもドイツと対照的な明るい風土を持つイタリアが気に入って作曲した「イタリア交響曲」。ナポリなど風光明媚な街を訪れ、明るい陽の光の中で過ごす人々と接して得た色々な印象を基に作曲した。4楽章全体にわたって印象的なメロディが入っていて魅力的な曲。第4楽章はローマ周辺で流行った舞曲「サルタレロ」のリズムで始まり、ナポリの舞曲「タランテラ」のリズムも加わった。楽しい気分のうちにクライマックスへ。
前曲と対照的にオーケストラの編成は意外と小振りであった。

プロコフィエフは1917年ロシア革命勃発でアメリカに亡命して、33年に母国ソ連に戻り、祖国復帰後の初の大作が《バレエ音楽「ロメオとジュリエット」(全曲52曲)》。ボリショイ劇場での初演の機会に恵まれずに、プロコフィエフは演奏会用組曲に編み直し、36年に〈第1番〉7曲、37年に〈第2番〉7曲で初演にこぎつけた。44年に〈第3番〉6曲。
組曲がそのままの形で演奏されることは珍しく、指揮者が様々な形で抜粋することが多いようである。デュトワ指揮N響のCDでは8曲が収録されていて何度か聴いているが、演奏会で聴くのは今回が多分初めてだと思う。
今回はバーメルト抜粋で11曲。「モンタギュー家とキャピュレット家」、「朝の歌」、「少女ジュリエット」、「情景」、「朝の踊り」、「仮面」、「踊り」、「ティボルトの死」、「別れの前のロメオとジュリエット」、「ジュリエットの墓の前のロメオ」、「ジュリエットの死」。
5曲がCDと一致していたが、馴染みのメロディは2・3曲だけだった。
両家の抗争の場面は別にして音楽は抒情的な場面が多くて、粗筋は知っていても、具体的な場面が想像だけで把握しきれなかった。指揮者に目が行くより、ピアノ、チェレスタ、打楽器、管楽器の奏者に注目して音が発する楽器に思わず目が行った。ステージ全体が見渡せる2階正面の席から各奏者の動きが観れたが、静かな音楽が中心の曲の流れに何となく身をゆだねた感じになってしまった。

※バレエとしての初演は38年チェコスロヴァキアのブルノ劇場、祖国での初演は40年レニングラードのキーロフ劇場。
10年ほど前にゲルギエフ指揮マリインスキー劇場キーロフ・オーケストラによるバレエ音楽の全曲のCD2枚を手に入れ、購入時に一度は通して聴いている。バレエの実演で観ないとなかなか充実した鑑賞は出来ない。来年オープンする札幌文化芸術劇場でいつの日かバレエ音楽を鑑賞できる日を待ちたいと思う。

今回の演奏会では次期札響常任指揮者に就任したバーメルトへの歓迎の雰囲気が演奏会の最初から最後まで大ホールに漲っていた。特に演奏終了後のバーメルトに対する態度でオーケストラ楽員を含めて聴衆の盛大な拍手は凄かった。
来シーズンは4月の名曲シリーズ、4月定期、9月定期、1月定期と4回バーメルトは札響の指揮を執る。

アンコール曲は弦楽合奏で「モーツァルト:カッサシオン K.63より “アンダンテ”」。
プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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