PMFオーケストラ演奏会・プログラムA[準・メルクル指揮《ダフニスとクロエ》]

2017年のPMFオーケストラ演奏会も3つのプログラムが用意されている。日本人を母に持つドイツ人指揮者の準・メルクルは05年、08年は客演指揮者として参加して、13年、15年は首席指揮者を務めPMFには5回目の参加。3つのプログラムは札幌ではそれぞれ2公演開催。

2017年7月16日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara 大ホール

〈出演者〉 j準・メルクル(指揮)、PMFヨーロッパ、 PMFオーケストラ
       (*PMFヨーロッパはウィ-ン・フィル、ベルリン・フィルの教授陣)
〈演奏曲目〉
 ベルリオーズ:序曲「海賊」 作品21
 細川 俊夫:夢を綴る
 ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」

ベルリオーズ(1803-69)の「幻想交響曲」はあまりにも有名で好んで聴くが、「海賊」は一度テレビで聴いた記憶がある程度の曲。
パリ音楽院在学中にローマ大賞を受賞して、イタリアに留学。この曲はローマ滞在中にバイロンの物語詩「海賊」に触発されて書いたという演奏会用序曲。フランスの作曲家らしい雰囲気のあるロマンティックな作品。2管編成だが、金管楽器が12本で管楽器の響きに特徴があった。10分程度の曲。

細川俊夫((1955- )は武満徹とともに日本現代音楽を代表する海外で人気の作曲家。この管弦楽曲は2010年ルツェルン音楽祭で初演された作品だそうで、もちろん初めて聴いた。日本を連想させる曲想が印象的で、打楽器が静かに奏でる音楽は神秘さを湛えている。海外で喜ばれる曲でもあり、現代曲の良さが伝わった。チェレスタをはじめ様々な打楽器の音色とそれを支える弦楽器の技法にも現代曲の工夫が見られた。15分程度の曲で聴衆の心を動かした作品。

ラヴェル(1875-1937)には輝かしいオペレーションを施した魅力的な作品が沢山ある。彼の代表作の一つ「ダフニスとクロエ」はコンサートでバレエ音楽の全曲を聴くのは初めてのような気がする。管弦楽曲として編まれた第2組曲を演奏会で何回か聴いている。15年にケント・ナガノ指揮モントリオール響、最近では昨年6月にスラットキン指揮フランス国立リヨン管の演奏を聴いた。やはりフランス系のオーケストラによる演奏は独特の味がある。バレエ音楽の全曲のCDは所有しているが、詳しいストーリーは分らずに聴いていてもライヴで音楽を直接に聴く迫力が伝わらない。

この作品はロシア・バレエ団の依頼で書かれた、3部から成るバレエ音楽。1909-12年に作曲。台本は2・3世紀のギリシャの小説家ロンギュスによる物語に基づく。牧人のダフニスと羊飼いの娘クロエが様々な障害を乗り越えて結ばれるストーリー。この健康的な賛歌をラヴェルが巨大な音楽のフレスコ画にした。恋物語の感情表現というより、古代の壁画から作り出された音の叙事詩といった方が良い作品。50分を越える大曲。
【第1部】“序奏と宗教的な踊り”、“全員の踊り”、“ダフニスの踊りとダルコンのグロテスクな踊り”、“ダフニスの優しくて軽やかな踊り”、“ヴェールの踊り~海賊の来襲”、“夜想曲とニンフの神秘的な踊り”
【第2部】“序奏”、“戦いの踊り”、“クロエの踊り”
【第3部】“夜明け”、“無言劇”、“全員の踊り”
 
第1部の舞台は丘や洞窟を臨む野原。第2部は海賊の陣地。第3部の舞台は第1部と同じ。日が昇り、鳥がさえずる夜明けにダフニスは海賊たちにさらわれていたクロエと再会。ダフニスがクロエへの愛を誓い、若者たちが祝って賑やかに踊る。

指揮者のメルクルもリヨン管の音楽監督在任中には演奏機会が何度かあったと思う。彼はオペラの経験も豊富なのでバレエ音楽として「ダフニスとクロエ」は手中にあるようである。
PMFヨーロッパの14人の奏者がそれぞれのパートのソロを弾いて安定感を引き出していたように思った。特に第3部の夜明けでフルートの奏でる美しいメロディが魅力的であった。戦いの場面や踊りの場面でのオーケストラの盛り上がる演奏は聴きごたえがあった。オーケストラの魔術師と呼ばれたラヴェルならではの曲の盛り上げ方に心も弾んだ。
打楽器の種類も多くて奏者も大活躍、チェレスタはPMFピアニストが演奏していたのではないかと思った。

2階の正面席2列13.・14番の特等席からオーケストラの音を友人と一緒に観覧。時折、オペラグラスで演奏者の姿もハッキリ確認しながらコンサート全体を楽しんだ。前列や右側の数席が空いていたのは大雨の被害を受けたのか都合で来れない人がいたのは気の毒であった。

※PMFヨーロッパはメインプログラムだけの出演で、全体の演奏に加わるほかソロ・パートを受け持つのが通例でオーケストラの質を高めている。ところがホルン・ソロはサラでなく昨年に続いて今年もアカデミー・メンバーが行っていたようである。経験を積ませようとのサラ・ウィリスの配慮だと思った。

バーンスタイン・レガシー・コンサート

Bernstein Legacy Concert(バーンスタイン・レガシー・コンサート)には今まで行ったことが無かった。今回は2007年、パリで開催されたロン・テイボー国際コンクール優勝の田村響がピアニストとして出演するので聴くことにした。是非一度リサイサイタルを聴きたいピアニストであるが、オーケストラとの共演も待ち望んでいた。昨年Kitara小ホールで三浦文彰ヴァイオリンリサイタルのピアノ伴奏を務めていて、大ホールには初めての登場だと思う。

2017年7月11日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈出演者〉指揮/大山平一郎、 ピアノ/田村 響  管弦楽/PMFオーケストラ
      お話/田中 泰
〈演奏曲目〉
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15(ピアノ:田村 響)
 コープランド:市民のためのファンファーレ
 ミヨー:屋根の上の牛 作品58
 バーンスタイン:「ウエストサイド・ストーリー」から “シンフォニック・ダンス”

大山平一郎(Heiichiro Ohyama)は8日のPMFオープニング・コンサートでPMFに初参加して、バーンスタインの曲の演奏で経験豊かな指揮ぶりを見せた。大山はPMF芸術監督を務めたマイケル・テイルソン・トーマスとは一時期ロスアンゼルス・フィルで一緒だった。彼を通してPMFの情報を得ていた。また、バーンスタイン指揮による「シンフォニック・ダンス」のLPレコード収録にヴィオラ奏者として参加していた。
大山は九州響常任指揮者時代に園田高弘とベートーヴェン・ピアノ協奏曲全曲録音を残している。現在、米国サンタ・バーバラ室内管音楽監督・常任指揮者。

田村 響(Hibiki Tamura)は1986年、愛知県出身。愛知県立明和高等学校音楽科に学んでザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学に留学。2002年ピティナピアノ・コンペティション特級グランプリ、園田高弘ピアノ・コンクール第1位など目覚ましい活躍で03年のアリオン賞、06年出光音楽賞受賞と続き、ヨーロッパ、南米などでのリサイタルやオーケストラ共演で頭角を現す。07年のロン・ティボーコンクール優勝で一気に日本での知名度が高まった。09年ビシュコフ指揮ケルン放響のソリストとして日本ツアー。室内楽でもヴェンゲーロフ、堀米ゆず子、宮田大らと共演。2015年大阪音楽大学大学院修了。現在、京都市立芸術大学専任講師。

PMFは20世紀のクラシック音楽界を代表する指揮者・作曲家のレナード・バーンスタインが、1990年に札幌に創設した国際教育音楽祭。これまでPMFで学んだ若手音楽家は76ヵ国・地域から約3,300人、現在、修了生は200を超えるオーケストラで現役奏者として活躍しているという。
バーンスタイン・レガシー・コンサートは何年か前にPMFの恒例のコンサートなって開催されている。バーンスタインの楽曲と彼が愛した作品、まさにレガシー(遺産)を取り上げる特別企画である。

「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番」はバーンスタインがベートーヴェンの全5曲のピアノ協奏曲の中で最もお気に入りで何度も弾き振りしていた曲という。コンサートでは「第3・4・5番」が演奏される機会が多い。「第2番」は2005年にKitaraでバレンボイムが手兵のベルリン・シュターツカペレを弾き振りした時のことは覚えているが、「第1番」は今までコンサートで聴いた記憶は無かった。CDはギレリス、バレンボイム、ブロンフマンのCDがあって、昨日の午前中に聴いてみた。5・6年は聴いていないと思ったが、聴きなれたメロディが多くて、こんな名曲だったかと一層ベートーヴェンの偉大さが解った。ただ、内容がシンプルで深みがないので、演奏会で取り上げられることが殆どないのかなと思った。

田村も初めて演奏する曲だということで念入りに練習して臨んだようである。第1楽章の長いカデンツァも印象的だったし、オーケストラと溶け合って素晴らしい演奏を繰り広げた。若手の登竜門と言われる世界的なコンクールを20歳で制して、10年が過ぎた。順調に実績を積み重ねているようで何よりである。札幌は3度目と後で話したが、1回聴き逃したことになる。俊英ピアニストの今後の活躍が大いに期待される。
オーケストラではクラリネット奏者の美しいメロディが光った。

コープランド(1900-90)はバーンスタインが敬愛するアメリカが生んだ有名な作曲家。この曲は初めて聴くが、金管楽器と打楽器だけで演奏された音楽は勇壮であった。オリンピック・ファンファーレの先駆けになったそうである。

ミヨー(1892-1974)はフランスの作曲家で、小品は聴いたことがある。バーンスタインはミヨーと共にタングル音楽祭の教授を務めた。この作品は彼がブラジルで過ごした2年間を曲に綴ったもので、異国情緒が漂いつつ、フランスの洒落た音楽も入っている感じがした。

最後に取り上げたバーンスタインの傑作「ウエストサイド・ストーリー」はシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を1950年代のニューーヨークに置き換えて作曲された作品。そのダンスナンバーを中心にオーケストラ用に編曲された「シンフォニック・ダンス」。
この曲はバーンスタインの代表作で様々なコンサートの演目になって親しまれている。
芸術の森で行われたオープニング・コンサートの盛り上がりとは違う雰囲気で聴くことになり、正直言って野外コンサートでの方が楽しめた。室内楽とオーケストラと対照的なプログラムであったし、コンサートの締めくくりとしてPMFオーケストラの登場は新鮮であった。
昨夜は9時近くに演奏が始まり、帰りの時間を気にする人の集中力も薄れていたかもしれない。演奏そのものは音響効果抜群のホールで、聴衆が堪能する曲だったことは間違いない。最後の曲をメインに聴きに来た人も多かっただろう。私自身は田村響の「ベートーヴェン第1番」を聴いて充分に満足していた。
指揮者も渾身の力を込めて指導に当たり全曲を振り終えて満足の様子であった。最後の演奏曲にベルリン・フィルのゼーガスもパーカッションのメンバーに加わって参加していたのは好感が持てた。PMFピアニストの佐久間晃子もピアノを担当していた。

※今朝パソコンを開いてブログランキングを見て驚いた。「ロシアの巨匠フェドセーエフ」と「PMF2017オープニング・コンサート」の記事が第1位と第2位を占めていた。先週の6日も「Kitaraのバースディ」と「時計台ボランティア活動2017」の記事が「第1位」と「第2位」だった。6月の記事は余り注目を浴びていなかったのだが自分のブログが評価されるのは嬉しい。





札響第601回定期演奏会~祝Kitara20周年こけら落とし指揮者とともに

1997年7月4日に札幌コンサートホールKitaraがオープンして20年になる。《こけら落としのコンサート》と《オープン記念コンサート》を指揮した当時の札響常任指揮者、秋山和慶を迎えての2017年7月定期演奏会。
土曜日公演の定期会員であるが、7日の土曜日はPMFオープニング・コンサートが札幌芸術の森で同時刻に開催されるために札響定期は金曜日に振り替えて鑑賞した。

2017年7月7日(金) 19:00開演  札幌コンサートKitara大ホール

指揮/ 秋山 和慶      ヴァイオリン/ 神尾 真由子

88年から札響定期会員だったこともあってマエストロ秋山の指揮は今回で22回目(*尾高は先日の指揮で51回、高関が30回)。
秋山和慶(Kazuyoshi Akiyama)はオープン記念コンサートでレスピーギのローマ三部作を指揮し、札響300回定期演奏会でも「ローマの松」を演奏した。札響を離れてからも客演の機会の多い指揮者で端正で品格のある指揮ぶりは定評がある。

神尾の演奏は2年ぶり4回目。神尾真由子(Mayuko Kamio)は2007年チャイコフスキー国際コンクール優勝以来、札幌での凱旋公演が09年3月の札響定期。ドイツ人指揮者、ハンス=マルティン・シュナイトとの協演で「ブラームス:ヴァイオリン協奏曲」。12年1月の札響定期はウィーン生まれのサーシャ・ゲッツェル指揮のもとで「ハチャトゥリアン::ヴァイオリン協奏曲」、15年はフィンランド人のオッコ・カム指揮ラハテイ響と「シベリウス:ヴァイオリン協奏曲」。過去3回の演奏の指揮者が外国人ばかりで、演奏曲も指揮者と関係のある国との選曲が目立った特徴。
彼女はロシア人ピアニストのクルティシェフと結婚してサンクトペテルブルクが本拠地なはずで、ヨーロッパをはじめ海外での活躍が多いようである。今度はリサイタルを聴きたいと思っている。プログラムによると札響とは2000年に初共演を果たしているから、札響との繋がりは深いようである。神尾は札響定期で集客力ナンバーワンのソリストだそうである。

〈Program〉
 チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
 ショスタコーヴィチ/交響曲第5番 ニ短調 作品47

クラシック音楽をLPレコードで聴き初めて最も親しんでいたヴァイオリン協奏曲と言えるチャイコフスキーの曲。ロシアの民族性にあふれたロマン派の名作。土曜日の昼公演より少なめの聴衆がヴァイオリンの逸材の演奏を聴こうと押しかけてホールの座席がかなり埋まった。
ステージに登場してから最初から最後まで神尾の圧倒的な演奏に聴衆の集中力の高まりも凄かった。
憂愁を帯びた第1主題を独奏ヴァイオリンが呈示して、楽想が展開され、物憂げで美しい第2主題が続く。第1主題が管弦楽の強奏で力強く歌われ、幻想的雰囲気を作って、長い華やかなカデンツァに入る。フルートが優美な旋律を奏でる。パッションとメランコリーの繰り返しのうちに力強い第1楽章が結ばれる。
第2楽章はカンツォネッタ、アンダンテ。管楽器だけの静かな序奏に伴って、弱音器を付けた独奏ヴァイオリンが切ない旋律を奏でる。“軽い気分の小歌曲”と言える緩徐楽章。
第3楽章はチャイコフスキーの民族主義的傾向が示されたフィナーレ。独奏ヴァイオリンがカプリッチョ風に歌いだし、ロシアの民俗舞曲トレパークの明るい第1主題。第2主題も民族舞曲風の旋律。ロシア風の魅力ある音楽つくりが見られる。イタリアの影響を受けた明るい曲調がうかがえる楽章。コーダが入って管弦楽の躍動的なフィナーレ。りかいしやすくて

神尾真由子のオーラを放ちながら演奏する姿は世界的なトップ・ヴァイオリニストとしての存在感を見せた。外国でのメジャー・オーケストラの共演やリサイタルを通して、確固たる地位を築いているのが実感できる演奏であった。演奏終了後の聴衆の反応は予想以上に凄いもので、感嘆を超えて余りに強烈な演奏に度肝を抜かれた感じであった。今、神尾はヴァイオリニストとして絶頂期を迎えているといっても過言ではないだろう。
アンコール曲は《パガニーニ:「24の奇想曲」より 「第24番」》。超絶技巧に満ちた素晴らしい演奏で、カーテンコールが続く普段に例を見ないくらいの聴衆の熱狂と感動ぶり。

ショスタコーヴィチの交響曲を札響定期で取り上げるのは4シーズン連続である。近年は「第15番」、「第10番」、「第8番」に続く演奏曲。「第5番」はショスタコーヴィチの全15曲の交響曲の中で最も人気のある交響曲である。
ショスタコーヴィチの音楽は鑑賞が難しいとされているが、この「第5番」は理解しやすくて人々に親しまれている。1937年の作曲で、曲の構成も変化があり、力強くて重厚な作品で面白さもある。

第1楽章は低音弦楽器と高音弦楽器の印象的な対話で始まる。前半は深刻な悲劇的な気分が漂う。ヴァイオリン、オーボエ、フルートによる応答主題は美しい。途中から勇壮な行進曲となり、最後はフルートのメロディも入って静かに終わる。
第2楽章は伝統的なスケルツォ。ブラック・ユーモアが入って、おどけた楽章。
第3楽章は金管は無く、弦楽器と木管、ハープ、チェレスタ、鐘だけでの演奏。深い悲しみを讃え、情緒に溢れた楽章。
第4楽章は「暗」から「明」への歓喜の楽章ともされる。それまでの暗い雰囲気を一掃するような金管とティンパニの力強い行進曲で始まる。力強いフィナーレ。

曲の発表時にはソヴィエトでは大成功をおさめたが、当時の社会情勢でいろいろな解釈が行われている。ショスタコーヴィチの社会体制への批判とも受け取られる解釈もされているが、いろんな解釈が可能な作品ではある。
個人的には悲劇的な要素を中心に鑑賞することが多いが、今回は白紙に戻って先入観の無い聴き方をした。

秋山はこれまでに札響共演が119回にもなるが、ショスタコーヴィチの第5番は初めての指揮だったようである。曲に変化もあるせいか、いつもより大きな指揮ぶりのように思えた。
演奏終了後にブラヴォーの声があちこちから飛び、感動した聴衆の様子がホール中に広がって大声援が巻き起こった。端正な指揮ぶりで、終了後も礼儀正しい拍手喝采で終わる印象が今回は違った。

興奮が冷めない帰りのホワイエには神尾のサインを貰おうと並ぶ人々の列が続いていた。




Kitaraのバースディ~札幌コンサートホール開館20周年記念

Kitaraのバースディは札幌コンサートホールのシンボルであるオルガンにスポットを当てて開催されてきた。今年はKitara開館20周年を記念して1997年7月4日に行われた落成記念式典&記念演奏を核にしたプログラムで開催された。パイプオルガンとオーケストラ、ソプラノ、そして札幌市内の中学生たちによる吹奏楽の演奏。

〈出演〉指揮/尾高 忠明   オルガン/ダヴィデ・マリアーノ   ソプラノ/針生 美智子
     管弦楽/札幌交響楽団   吹奏楽/Kitara20周年記念バンド(指揮/鹿討 譲二)
〈PROGRAM 〉
 【オルガン・ソロ】
  三善 晃(マリアーノ編):札幌コンサートホール開館記念ファンファーレ~23の金管のための
 【ソプラノとオルガン】
  フランク:天使の糧
  モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」より “アレルヤ”
  ヘンデル:「メサイア」より “シオンの娘たちよ、大いに喜べ”
 【吹奏楽】
  ショスタコーヴィチ(ハンスバーガー編):祝典序曲 作品96
  内藤淳一:式典のための行進曲「栄光をたたえて」
  ワーグナー(カイリェ編):歌劇「ローエングリン」より “エルザの大聖堂への行列”
 【管弦楽】
  プーランク:オルガン、管弦楽とティンパニのための協奏曲
  ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92
 
Kitaraホール落成記念式典の冒頭では原曲が札響の23名の金管奏者によってステージ上と客席両側に分かれて三方向から演奏された。オルガンでは残念ながら20年前の迫力は伝わらなかった。

ソプラノの針生(Hariu)は小樽出身でKitara開館の記念演奏の「第九」にも出演し、以来、何度もKitaraのステージに登場している。二期会会員で活躍を続けているが、北海道を代表するソプラノ歌手。札響との共演では「カルミナ・ブラーナ」(2008年)の熱唱が特に印象に残っていた。
オルガン伴奏での歌唱もオーケストラやピアノとは違った味が出ていた。フランクはヴァイオリン・ソナタで親しんでいるが、オルガン曲も偶に耳にする。彼の歌曲は初めて聴くような気がした。「神を褒め称えよ」という意味の「アレルヤ」を繰り返す歌は馴染みであり、明るく華やかな雰囲気が技巧的な歌唱に良く出ていた。ヘンデルの曲もイエスの生誕を喜ぶ人々の様子が歌われているそうで快活なアリアとして楽しく聴けた。3曲とも祝典にふさわしい曲とされる。

20年前の記念演奏ではファンファーレに続いて小林英之によるオルガン演奏があったのはハッキリ記憶しているが、中学生による吹奏楽演奏があったことは忘れていた。その日に演奏されたショスタコーヴィチとワーグナーを当時と同じ指揮者を迎えて、市内4つの中学校から選抜されたメンバー(72名)に当時の中学生4名も参加したWind Ensembleによる演奏が、今回も行われた。
ソ連の革命記念日のために書かれたオーケストラ曲が原曲だが、作品完成の1954年当初から吹奏楽にアレンジされて盛んに演奏されていたといわれる。演奏終了後にブラヴォーの声が上がって会場は盛大な拍手に包まれた。
内藤の作品は2001年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲だったという。式典にふさわしい堂々とした曲。トランペットとトロンボーンのファンファーレでは20年前のメンバーが活躍した様子がうかがえた。
1965年に結成された札幌市中学校吹奏楽部協議会も50年もの歴史を持ち、中学生の実力も年を追うごとに向上しているようである。今回の演奏ではメンバーの大部分が女生徒でチョット驚いたが演奏技術は高くて、心地よく聴けた。
ワーグナーの曲はフィラデルフィア管のクラリネット奏者だったカイリェが吹奏楽用にアレンジしたそうだが、前2曲に比して壮大さとハーモニーの点で今一歩という感じがした。
総合的な印象では中学生の演奏がここまで向上しているのかと感心した。

フランスのエスプリを表現した魅力的なピアノ曲を通して知っている程度のプーランク。管弦楽の作品は余り知らない。楽器編成が弦5部とティンパニとオルガンという「オルガン協奏曲」と言える曲を聴いて凄く感動した。オルガンが管楽器の役割を果たしていた。フルート管やトランペット管などの音を出せることは知っていても、木管や金管のソロ・パートが単独で見事に演奏される様は正に圧巻であった。弦楽器と対する演奏も絶妙であった。協奏曲としてオルガンの魅力がふんだんに発揮される様に魅了された。初演がデュリュフレというのは理解できたが、プーランクはオルガンの名手でもあったのだろうか。
第18代Kitara専属オルガニストDavide Marianoのコンサートは昨年10月以来、何度か聴いているが、いつも素晴らしい。

尾高のベートーヴェン・ツィクルスは2011年に聴いているが、「第7番」は13年のサロネン指揮フィルハーモニア管の演奏が強烈な印象を残した。日本でも超人気の交響曲となった第7番は4楽章のすべてが魅力的。類例を見ないほどリズミカルで躍動感に溢れる作品。第1楽章ヴィヴァーチェ、第2楽章アレグレット、第3楽章プレスト、第4楽章アレグロという速さ。
オルガン協奏曲に集中しすぎて、余りにも定番の曲で良い曲、良い演奏でも、何となく聞き流した感じになってしまった。

演奏終了後にアンコールという声が沸き起こって、マエストロ尾高からKitaraホールの素晴らしさに感謝の言葉。Kitaraホールの音響担当者Toyotaは世界中の音楽ホールの音響設計を委嘱されて自動車会社と同じくらいに有名になっている。尾高札響名誉音楽監督は“Kitaraは一番上手くいった”と彼が語っていたと話した。いつの発言かは分からないが、現在でも世界の名だたるホールの地位にあることは間違いない。
アンコール曲に「エルガー:威風堂々 第1番」。祝典の最後を飾るに相応しい曲であった。

目の前の座席に若い外国人の男女が座っていたので、帰り際に話しかけてみた。ドイツから休暇を利用して札幌コンサートホールに駆け付けたという。Kitaraの音響の評判を聞いてコンサートを聴きに来た様子だった。詳しい話はできなかったが、音響の素晴らしさに感動して満足していた。また、PMFコンサート5枚のチケットを買ってあげて一緒に鑑賞する友人にホワイエで偶然に会えたのも良かった。










 

札幌シンフォニエッタ第60回演奏会

2年前のKitara休館中に札幌シンフォニエッタ第55回演奏会を聴いたことがあった。1983年結成のこのアマチュア・オーケストラの存在は知っていたが、前回は当時の札響オーボエ首席奏者金子亜末の客演が魅力で出かけていた。
今回は今月上旬にKitaraのコンサート会場で出会った教え子(かかりつけの歯科医)に招待されて偶々スケジュールが空いていたので好意に応えることができた。彼女が高校時代に吹奏楽部員だったのは知っていたが、フルート奏者としても活躍している姿を目にするのも嬉しいことであった。

2017年6月25日(日) 13:30開演  札幌サンプラザホール

指揮/御法川 雄也(Minorikawa Yuya)
ピアノ/富永 峻(Tominaga Shun)

御法川は現在、N響ヴィオラ奏者。2003年、桐朋学園大学卒業。在学中からバレエ音楽「くるみ割り人形」(全幕)で関西フィルを指揮し、卒業後には同じ演目で大阪響、関西フィルにも登場。09年N響入団。10年には静岡響の定期に堤俊作の代役で出演し、12年にはバレエ公演で札響とも共演。16年、ロイヤル・チェンバー・オーケストラのバレエ公演を指揮。N響のほかに幾つかのオーケストラのメンバーでもあり、幅広い音楽活動を行っている。

富永はポルトガル、スペイン、ドイツで育った日本人ピアニスト。スペインで数々の国際コンクールに入賞して、マドリード王立音楽院在学中はスペイン各地でソロリサイタル・室内楽コンサートを開催。その後、ドイツ・フライブルグ音楽大学に学び、同大学でソリストクラス(修士課程)を卒業。2010年に帰国。14年、15年と東京オペラシテイで連続してリサイタルを開催。16年よりsonorium(東京都杉並区)でシリーズコンサートを実施。

〈Program〉
 ベートーヴェン:バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲 作品43
           ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58
 シューマン:交響曲第4番 ニ短調 作品120

バレエ音楽というと「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」のようなロマンティック・バレエを思い浮かべがちである。ベートーヴェンは物語と音楽を一体化させたオペラやミュージカルのような総合芸術作品を目指したという。彼が書き上げた11曲の序曲のうちの一番最初の序曲となった。前年に作曲された交響曲第1番(1800年)と同じ調性のハ長調の曲。この機会に後で「交響曲第1番」を聴いてみようと思った。

この2年ほどは演奏会で「第5番 皇帝」を聴く機会が多くて「第4番」は久しぶりである。私が「第4番」が好きだと何年か前に言ったのを耳にしていた教え子が今回の演奏会を紹介してくれた一因でもあったようだ。
「ピアノ協奏曲第4番」は華麗な演奏効果という点では「第5番」に及ばないが、豊かな情感や緻密な曲の構築の面では優れた作品となっていると思う。創意工夫の特徴のひとつはオーケストラの演奏の前に独奏ピアノが第1主題を提示して曲が始まることである。
ピアノが奏でる音が澄み切っていて新鮮な音色で輝いていた。ピアニストの繊細なタッチで紡がれる旋律に心が奪われた。柔らかな手が自由自在に鍵盤を這う姿も魅力だった。長大な第1楽章の後の短い緩徐楽章では管楽器とティンパニの演奏は無く、静かで抒情的な弦の響きだけで幻想的な雰囲気が漂う。これも生演奏で観ていて直ぐ気づくことである。第3楽章はリズミカルな主題を中心に曲が展開され、明るくて美しいクライマックスへと向かう。ベートーヴェン自身が初演を行ったというピアノの名手ならではの曲作り。初めて名を聞く演奏家のピアニズムに魅せられた。チャンスがあればもう一度聴いて観たいと思えるピアニストだった。
2管編成の曲であるが、フルートが1名で教え子の演奏に思わず目が行った。
500席余りのホールはほぼ満席状態だったが、演奏終了後の聴衆の反応にも感動の様子があらわれていた。ブラヴォーの声が飛び交い、カーテンコールでアンコール曲に「シューマン=リスト:献呈」が演奏された。この小品の演奏も心に響いた。

シューマンが1841年から51年の間に書き上げた4曲の交響曲。「第4番」は実質的にシューマンの2番目の交響曲。“管弦楽の年”の1841年に続いて着手してクララの誕生日の贈り物として一応完成されたが、出版されずに第3番の翌年の51年に改作されて出版の運びとなった。初演はシューマン自身の指揮で行われた。
曲は全楽章切れ目なく演奏された。ここ10年は聴いていないと思うが、憂愁と幻想的な雰囲気が漂い、シューマンが最初に「交響的幻想曲」と名付けた意味が分かる曲であった。ホルンとトロンボーンの演奏も目を引いた。
 
指揮者のプロフィールにも書いたが、若いが経験豊富で非常に力強くて若さに溢れたエネルギーが伝わる指揮ぶりが全3曲を通して印象付けられた。素晴らしい演奏に満足した聴衆の反応は演奏終了後に再び起こった拍手大喝采とブラヴォーの叫びに出ていた。50名弱のアマチュアオーケストラが作り上げる音楽に感動さえ覚えた。

アンコール曲に演奏された「シャブリエ:ハバネラ」の心地よいリズムに心も躍った。雨模様の午後だったが、外に出てからの小雨にも気分は沈まなかった。2年ぶりのホールには歩いても30分程度で来れる距離である。次回の演奏会の予定がプログラムに記載されていたが、都合がつけば次回も聴きに来ようと思わせるコンサートであった。



 

札響名曲シリーズ2017-18 Vol.1大地のショパン(円光寺雅彦&遠藤郁子)

〈森の響フレンドコンサート〉

2017年6月24日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/円光寺 雅彦      ピアノ/遠藤 郁子    管弦楽/札幌交響楽団
 〈Program〉
  ドヴォルジャーク:序曲「謝肉祭」 作品92
  ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11(ピアノ独奏:遠藤郁子)
  ムソルグスキー(R.コルサコフ編):交響詩「はげ山の一夜」
  ハチャトゥリアン:「ガイ-ヌ」より  “剣の舞” 他3曲
  ボロディン:「イーゴリ公」より “だったん人の踊り”

円光寺雅彦(Masahiko Enkoji)は1954年東京生まれ。桐朋学園大学卒業後、1980年ウィ-ン国立大学に留学。オトマール・スイトナーに師事。東京フィル指揮者、仙台フィル常任指揮者、札響正指揮者などを歴任。仙台フィル時代に同オーケストラの飛躍的向上に貢献。現在、名古屋フィル正指揮者、桐朋学園大学院大学特別招聘教授。
93年以降、札響との共演で10年まで7回は聴いている。10年2月の名曲シリーズで中村紘子デビュー50周年の演奏会、10年夏の特別演奏会「札響リクエストコンサート~3大ピアノコンサート」を指揮した印象が残っている。今回は7年ぶりだった。

遠藤郁子(Ikuko Endo)は札響との共演は久しぶりだが、彼女の演奏を聴くのは8回目。Kitara大ホールで〈オール・ショパン・プログラム〉によるリサイタルを何度か聴いた。最近は他のホールで毎年コンサートを開いている。札響定期との共演は68年、78年、88年と続き、私は94年1月定期で「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」を聴いた。50年ぐらい前から札響と何回も共演を続けている偉大なピアニストである。

札幌と繋がりの深い音楽家と魅力的なプログラムのコンサートに会場は満席状態。人気曲のピアノ協奏曲を中心として、それほど聴く機会の多くない名曲に関心が集まったようである。

チェコの民族音楽の要素が入り、生命を謳歌するような躍動的なリズムに溢れた《序曲「謝肉祭」》でコンサートの雰囲気が盛り上がった。

演奏会では珍しい着物姿の遠藤郁子は見慣れているが、自然体で彼女の得意とする正統派のショパンを淡々と綴った。年齢を感じさせない演奏姿に日本の伝統美も感じ取れた。
大曲の演奏が終わってアンコール曲は無いかもしれないと思ったが、会場の盛大な拍手歓声に応えて「パデレフスキー:メヌエット」を弾いた。

後半のプログラムは旧ソ連の作曲家の代表的な曲。
「はげ山の一夜」は曲のタイトルが珍しくて昔から覚えていた。好みのメロディではなくても曲の一部分には慣れ親しんでいた。夏至の夜に魔物たちが集まって饗宴を開くロシア民話に由来するタイトル。管弦楽でクラリネットの独奏のメロディが印象に残った。

ハチャトゥリアンの代表作として知られるバレエ音楽「ガイ-ヌ」はスターリン賞を受賞して当時のソ連では話題となった。アルメニア山岳地帯の集団農場が舞台で社会主義を背景にしたストーリーであるが、民謡を用いた音楽が魅力的である。
「剣の舞」も馴染みのタイトルで、この曲のメロディは独特で学生時代にSPレコードでよく耳にした。クルド人の出陣の踊りで、東洋的な強烈なリズムと色彩を放つ曲。「子守唄」、「薔薇の少女たちの踊り」は「剣の舞」の勇壮な音楽と違ってタイトルから想像できるようなアルメニア民謡に基づく曲。「レズギンカ」はコーカサス地方に住むレズギ族たちのエネルギッシュな舞踊を描き管楽器と打楽器の活躍が目立った。

「イーゴリ公」はロシアでは特に人気のオペラのようである。METオペラビューィングでも数年前に見たことがある。音楽としては「だったん人の踊り」が最も有名な曲。この曲は囚われの身となったイーゴリ公を前にポロヴェツ人が異国的な踊りをする場面で演奏される。東洋風の旋律が管楽器で歌われ、打楽器が炸裂するのも印象的だった。
美しいメロディや勇ましい音楽で盛り上がる曲。

ロシアの大地に響くような音楽の演奏終了後に聴衆の拍手大喝采が沸き起こった。アンコール曲は《チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より “トレパック”》。

※コンサート終了後、まっすぐ帰宅せずに中島公園内を散策した。池にたたずむカモの親子連れの姿が目に入った。10羽ほどの小鴨を親ガモが見守る珍しい姿。普段、何気なく通り過ぎる公園内にも少し時間と取ると自然界の様子が目に入る。
夕方から、以前勤めた学校の退職者の毎年恒例の会合に出席した。退職後に初めて会う先生もいて旧職員と懐かしい思い出話に花が咲いた。在職当時の学校長とも親しく話もでき、今年定年退職したばかりの人たちとも旧交を温めれて嬉しい思いをした。

ドゥネーヴ指揮ブリュッセル・フィル管withモナ=飛鳥・オット

《Kitaraワールドオーケストラシリーズ》

ベルギーのオーケストラのKitara公演は初めてだと思う。1935年創立の国立放送交響楽団が前身。フランドル系とフランス系の放送局が別々にオーケストラを所有して複雑なようである。2008年にブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団(Brussels Philharmonic )となり、2015年9月にステファヌ・ドゥネーヴが音楽監督に就任して世界の注目を浴びるオーケストラとして来日公演に繋がったらしい。近年のツアーでは、ウィーン、ベルリン、ロンドン、パリの檜舞台で大成功を収めているという。

ステファヌ・ドゥネーヴ(Stephane Deneve)は1971年フランス生まれ。88年サイトウ・キネン・オーケストラで小澤征爾のアシスタントを務め日本のオーケストラへの客演も増えた。2003年新日本フィルを指揮して日本デビュー。その後、都響やN響などとも共演。
11年シュトゥットガルト放送響首席指揮者として13年に来日公演し、14年フィラデルフィア管首席客演指揮者に就任、15年ブリュッセル・フィルハーモニー管首席指揮者に就任。15年のN響と客演した「ラヴェル:ボレロ」は反響を呼んだという。

2017年6月12日(月) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 コネソン:フラメンシュリフト(炎の言葉)
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 「皇帝}(ピアノ:モナ=飛鳥・オット)
 ドビュッシー:交響詩「海」
 ラヴェル:ボレロ

指揮者が指揮台に上がって演奏を始める前に、ヴァイオリン奏者一人を呼び寄せ挨拶があった。指揮者より先に女性が“Good evening.”、続いてドゥネーヴが“こんばんは”。予想外の演出に会場に笑いが起こった。あとは、ドゥネーヴの英語と通訳の日本人奏者(*オーケストラには日本人奏者2人が在籍)のプレトーク。
コネソン(1970- )は初めて名を聴く現代音楽作曲家。ベートーヴェンを尊敬し、「運命」と同じ楽器編成で管楽器と弦楽器を対比させてリズミカルな作曲要素を高い次元に高めようとした曲。漠然としてハッキリした意図は理解できなかったが、曲として違和感のあるものではなかった。ドイツ・グラモフォンからリリースされCDにも入っていて購入の宣伝もしていた。

ここ2年ほどはベートーヴェンの「皇帝」が演目になっていて聴く会が多い。モナ=飛鳥・オットは白いドレス姿で颯爽と姿を現した。技巧的で華やかな曲を最初から最後まで聴衆の耳を釘付けにした演奏はこの上なく魅力的であった。鍵盤の上を彩る手の動きや打鍵の強弱で曲が絢爛豪華に彩られた。カデンツァも含め見事な集中力で弾き切り、演奏を聴き惚れた。最初から最後まで40分弱のドラマが見事に展開され、ベートーヴェン魅力満載のコンチェルトを堪能した。最近の「皇帝」では最も気に入ったベートーヴェンのピアノ協奏曲になった。陰から支えたオーケストラとドゥネーヴの指揮ぶりが貢献したことも確かであろう。

ブラヴォーの声も上がり大拍手に包まれて、モナはアンコール曲に「リスト:巡礼の年 「ヴェネツィアとナポリ」(第2年補遺)より“カンツォーネ”。右手と左手で同時に違うリズムを刻む難曲を見事な技で披露して聴衆の度肝を抜いた。(*姉アリスと同様に素足で登場する姿は、性格は違っていて演奏スタイルも別であるが、姉妹でやはり似ていると思った。)

後半はこのオーケストラに期待したフランス音楽。13年前に聴いたベルリン・フィルの「海」の印象は強く残っていない。(*その時は現在ほど鑑賞力が高まっていなかった所為もある。)PMF2017 でアクセルロッド指揮で聴いた時には心構えができていてドビュッシーの音楽に浸った。
葛飾北斎の浮世絵の影響も受けてイメージしたと思われる海の情景がフランス音楽の印象主義作曲家ドビュッシーによって描かれた。第1曲「海の夜明けから真昼まで」はゆったりとした低弦の響きに2台のハープが応える薄あかりで始まり、絵画的で光の増大の様が感じられた。第2曲「波の戯れ」は風と泡の動きが弦や管で表現され、ハープの響きも神秘的であった。第3曲「風と海との対話」はティンパニと大太鼓のトレモロに始まり、変容する海の風景が描かれる。風の弦と海の管が対話しているように思えた。第1曲に出てきた讃美歌らしいモチーフが入って、熱狂的なトッティでフィナーレ。
今までにない色彩豊かなオーケストレーションで作り上げられた音楽をドゥネーヴは堂々とした体躯を生かした大きな指揮ぶりで繊細な音楽を鮮やかに彩った。

最終曲「ボレロ」は2014年のケント・ナガノ指揮モントリール響で堪能して以来、初めて聴く。バレエ音楽「ボレロ」は1990年にジョルジュ・ドンと東京バレエ団創立25周年記念特別札幌公演で観た神の踊りが忘れられない。
ドビュッシーと共にフランス印象派音楽を代表するラヴェルは生涯に5曲のバレエ音楽を書いたが、1928年に完成された「ボレロ」は最後を飾る傑作である。
このバレエ音楽は主題、副主題、小太鼓が絶え間なく刻み続けるリズム・パターン、という3つの要素だけから成る。ボレロはスペイン起源のダンス。バレーのストーリーはセヴィリアの酒場で一人の踊り子が最初は静かに、そして次第に興奮して激しく踊りだし、酒場の客も一緒に踊りだすというもの。
小太鼓(=スネアドラム)が最初から最後まで同じリズムを繰り返す中で、フルートが旋律を最初に静かに演奏し、木管楽器からサクソフォンを含む金管楽器、そして弦楽器がその旋律を繰り返しながら響きを増大し圧倒的な迫力の中で曲が閉じられる。
極めて単純な素材を執拗なまでに繰り返しすが、飽きることはない。 その見事なオーケストレーションの曲を堂々とした体躯のドゥネーヴの大きなタクトの下でオーケストラの存在感も増した感じ。

前回のモントリオール響の演奏では小太鼓がステージ中央に配置されていたが、今回は下手後方の配置。結果的にそれぞれの管楽器奏者の演奏が際立つように思えて良かった。第1ヴァイオリンとチェロの対抗配置もあって指揮者の音作りの配慮もうかがえた。やはりフランス音楽の魅力は独特のものがあると思った。
演奏終了後の拍手は極めて盛大で聴衆の感動の様子が広がった。(*2階席LA半分とRA半分を空席にしてP席を販売してほぼ満席にした珍しい座席の売り方は珍しいと思ったが、面白い販売方法だと思った。)

ドゥヌーヴは経歴からも分かるが親日家で日本人の鑑賞態度も心得ている。「盛大な拍手を有難うございます」と上手な日本語で挨拶して、「もう1曲お楽しみください」と言って《ビゼー:劇音楽「アルルの女」第2組曲より “ファランドール”》を演奏。迫力ある演奏に大歓声が沸き起こった。時間は9時半近くになっていたが、席を立つ人も人もほとんどいなくて大ホールは感動の渦。
ステファヌ・ドゥネーヴの実力と人気の理由が分かった。世界のどこでも期待される実力とパーソナリティを兼ね備えた指揮者だと思った。期待以上の演奏会となって思わず満足感で笑みもこぼれた。

※ベルギーの首都ブリュッセルはEU本部のある都市として知られる。ベルギーの公用語はオランダ語、フランス語、ドイツ語。ベルギーにベルギー語は無く、言語境界線が公式に設定されている。北部のフランダース地域(*“フランダースの犬”で親しまれた)がオランダ語の方言フラマン語。南部のワロン地域がフランス語方言のワロン語。東部がドイツ語。人口の60%がオランダ語、40%がフランス語、約1%がドイツ語。
ベルギーは国内で言語紛争が起きるくらいの複雑な状況にある国。オランダから分離・独立した国で、一時期フランスの領土でもあった歴史がある。ブリュッセルはフランダース地域にあるがオランダ語とフランス語の併用地域。住民の8割近くがフランス人系。国際的な都市であり、英語を話す住民が多い。ブリュッセル周囲の地域はオランダ語圏でオランダ語しか話せない人も多いそうである。産業構造の変化によって、フランス系の住民が近郊の市町村に移住する場合は言語紛争の事態が発生している(*例えば、オランダ語圏の公園ではフラマン語が解らないものは利用できない。)

カナダもモントリオールはフランス語圏なのでフランス音楽の本場といえるが、ベルギーもフランス音楽が盛んな地域は限られているのかもしれない。

札響第600回記念定期演奏会《モーツァルト3大交響曲》(ポンマー指揮)

1961年創設の札幌交響楽団が第1回定期演奏会を開いたのが1961年9月。今回は第600回となる記念すべき定期演奏会。前回の第500回定期は2007年6月、尾高忠明指揮による《マーラー:交響曲第2番「復活」》。
第1回定期の演奏曲目は「ベートーヴェン:交響曲第1番」他、第100回定期(1970年)は「モーツァルト:交響曲第36番」と「ブルックナー:交響曲第7番」、第200回定期(1980年)は「マーラー:交響曲第1番」他、第300回定期(1989年)は「レスピーギ:ローマの松」他、第400回定期(1998年)は「マーラー:交響曲第7番」。

前札響正指揮者の高関健が第500回記念定期演奏会の折に彼自身がニューヨーク・フィル(1842年創立)の一万回目のコンサートに同席した思い出が書かれていた。欧米のオーケストラの歴史には遠く及ばないが、日本のオーケストラの最近のレヴェルは欧米並みに達していると評価されている。札響も創立以来何回目かの黄金時代を迎えているのではないかと思われる演奏会が続いている。札幌市民、北海道民のオーケストラとして着実な歩みを続けてほしいとこの機会に願いを新たにした。

札幌交響楽団第600回記念定期演奏会
第600回記念・モーツァルト3大交響曲

2017年6月10日(土) 14:00開演  札幌コンサートホール大ホール
 指揮/ マックス・ポンマー(Max Pommer)
《プログラム》
 モーツァルト:交響曲第39番 変ホ長調 K.543
          交響曲第40番 ト短調 K.550
          交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

モーツァルトは家庭の経済状況が悪化していた31歳の時に機会音楽と思われる3つの交響曲を僅か3ヶ月で書き上げた。当時41曲と考えられていた交響曲数も現在では50数曲ともされている。私自身が所有している曲も46曲は有る。旧モーツァルト全集では「ジュピター」が最後の交響曲となっている。

3つの交響曲はいずれも違った持ち味のシンフォニーで短期間でそれぞれ特徴的な曲を作った才能に驚嘆するばかりである。3曲を1回の演奏会で聴いたのは数年前のNHKの「クラシック音楽館」だったと思う。ブロムシュテットがN響と共演した時のプログラムで、放映に先立って歌いながら各曲を解説していた様子が今でも眼前に浮かぶほど印象深かった。3曲はこの十数年に亘ってよく耳にしている。演奏会では第40・41番が演目になっていることが多いが、メロディには3曲ともに馴染んでいる。

「第39番」は演奏会で聴いた記憶は無い。生で聴いて気づいたのは楽器編成である。2管編成だが、オーボエが入っていない。クラリネットを使って、当時としては目新しい音色を創り出したようである。清楚で美しいメロディが歌心に満ちている。モーツァルトのクラリネット協奏曲やクラリネット五重奏曲は一時CDでよく聴いていたので、シンフォニーにクラリネットが使用されているのが当然と思い込んでいた。音楽に親しんでいるようでも素人には曖昧なことがまだ沢山あるようである。

「第40番」の楽器編成はフルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦5部。クラリネットは無し。ティンパニも使われていなかった。(*クラリネットを使った版も後に書かれている)。モーツァルトの曲で短調で書かれてる作品は珍しく、短調の交響曲は他に同じト短調の第25番だけで演奏会で一度聴いたことがある。
強烈なインパクトを持つ、悲劇的で格調の高い作品。何度か生のコンサートで聴いたことのある曲はドラマティックに響いた。激しい感情と安らぎに満ちた穏やかな表情の対比がよく出ていた。第3楽章のメヌエットでの管楽器の響きも良かった。偉大な作品に相応しいフィナーレ。

「第41番」はローマ神話で最高の神であるジュピターの愛称を後に付けられた。その名に相応しい偉容と充実した内容を持つ。最後の交響曲の楽器編成はクラリネットは無く、トランペット2とティンパニが加わった。
第1楽章は明るく力強い総合奏で始まる第1主題、弦楽器の典雅で軽快な第2主題の対比が印象的。民謡的な旋律は深いニュアンスがあって素晴らしい。第2楽章のアンダンテ・カンタービレは情感が豊か。第3楽章はチャーミングで親しみやすく壮麗なメヌエット。個性的な第4楽章は「終楽章にフーガを持つ交響曲」と称されるほどの特徴があるフィナーレ。

モーツァルトの有名な交響曲のコンサートで親しみやすかったのか、最近の札響定期演奏会では最も客席が埋まったように思えた。個人的には聴きなれて親しみのある曲ばかりだったのと、テレビ放映を通してとはいえ《モーツァルト3大交響曲》の新鮮味が薄れていたこともあって感動を味わうほどではなかった。

比較的短い期間でこのような偉大な作品を書いたモーツァルトの偉大さを改めて感じたことは確かである。1789年のフランス革命の前年に作曲されたこれらの交響曲はヨーロッパの新時代を予見する曲にもなっているように思えた。そういう意味で札響の新時代へ向けての選曲だったのかも知れない。

演奏終了後にはブラヴォーの声も上がって聴衆は拍手大喝采でポンマーと札響の演奏を称えた。ポンマーは管楽器奏者、大平コンマスの健闘を労った後に、第2ヴァイオリン首席奏者の大森潤子に歩み寄り言葉をかけていた様子。珍しいことに結構な時間をかけて話していたので、多分、第2ヴァイオリンが果たした役割の労をねぎらっていたのではと類推した。オーケストラ演奏で地味な楽器が演奏に果たす貢献を評価したのだと思った。(*勘違いかも知れないが、敢えて書いてみた。)


札幌フィルハーモニー管弦楽団第56回定期演奏会

札幌は5月大型連休の頃から比較的好天が続いていたが、運動会が予定されている月末の土日は雨模様が心配される天気予報である。孫は本州にいて直接の関わりはないが青空の下で無事に行事が行われてほしいと願う。

昨年と同様に5月から始まった時計台のボランティア活動で既に4回の活動を終えた。週一度のペースで活動に加わっている。「旧札幌農学校演武場」の建物は明治39年から「札幌市時計台」となっている。演武場設立当初には時計は無く、3年後の1881年(明治14年)から時計は稼働している。現在2階は夜は頻繁にコンサートに利用されて多くの札幌市民にも親しまれているが、「演武場」として使われていた歴史を知らない人が多いようである。来館者の多くは観光客で年間20万人で外国人の来館者が1割強。明治時代に作られた72台の日本の時計機械で現在も稼働しているのは札幌の時計台のみである。マン・パワーで動き続けている時計の存在を目のあたりにして感激する人が大部分である。予想外の知識を得て感謝されることが多い活動でやり甲斐がある。

今月のKitaraでのコンサート鑑賞は6回目。最近10年間の統計を取ってみたら、春150回、夏203回、秋202回、冬158回となっていた。(*秋が断然多いと思っていたが、PMFで夏が多くなっている)。コンサートの開始前には1日中降り続いた雨も止んでいて、中島公園の緑も一層映え、ライラックの紫色の花や橙色のつつじが鮮やかに咲き誇っていた。

2017年5月17日(土) 開演:18:30  札幌コンサートホールKitara大ホール
 〈Program〉
  ウォルトン:戴冠行進曲 「王冠」
  チャイコフスキー:イタリア奇想曲
  ブラームス:交響曲第4番 ホ短調

ウォルトン(1902-83)の名を知ったのは諏訪内晶子のヴァイオリン協奏曲のCDにシベリウスとカップリングされていた十数年前。彼はブリテンと並ぶ20世紀のイギリスの作曲家だと分かった。ハイフェッツからの委嘱を受けて書いたヴァイオリン協奏曲の他にヴィオラ協奏曲、チェロ協奏曲も優れた作品だという。しかし、コンサートで聴いた記憶はない。
ウォルトンは英国王の戴冠式のための行進曲を2曲作曲している。1曲目はジョージ6世の時(1937年)の「王冠」で尾高忠明指揮札響の名曲シリーズ(*エリザベス女王の即位60周年に当たる2012年)、2曲目はエリザべス2世の時(1953年)の「宝玉と王の杖」も尾高&札響で2016年4月の名曲シリーズ。
「王冠」(Crown Imperial)は若々しく気高い王を迎えるに相応しい勇ましい行進曲。ジョージ6世は映画「国王のスピーチ」で話題となったエリザベス女王の父君。5年前に訪れたバッキンガム宮殿前の衛兵の行進の様子も思い浮かべながら聴いた。英国人の勇気、希望、誇りが湧き上がるような曲。金管楽器も多く、大人数での演奏は難しそうであったが、オープニングを飾るに相応しい威勢の良い曲であった。

チャイコフスキーが40歳の頃にイタリアを旅行して書いた「イタリア奇想曲」(Italian Capriccio)。彼が旅行中に耳にしたファンファーレで始まった曲はイタリア滞在中の思い出が“カプリッチョ”(気ままに)綴られた。メロディ・メーカーとしてのチャイコフスキーの魅力が溢れた曲。チャイコフスキーが耳にした民謡の旋律によるイタリア組曲は風土や人々の明るさが横溢している。午前中にYouTubeで広上指揮京都市響の素晴らしい演奏を堪能した。
札フィルのトランペット奏者のファンファーレは見事! 第1曲は緊張もあったのか金管奏者の音が思い切り出ていないように思われたが、それに比べてずっと聴きやすくなっていた。かなりの練習量を積んだのだろうが、迫力が違っていても楽しい雰囲気で聴けた。オーボエの演奏も良かったし弦楽器の響きもまずまずだった。

指揮は板倉雄司。昨年の定期の指揮も担当した様子。北海道教育大学札幌分校卒で同大学院修了。現在は札幌創成高等学校教諭。地元で活躍中で昨年の定期に続いての指揮だそうである。

後半の交響曲は2管編成のオーケストラ。ブラームスが交響曲を本格的に書き始めたのは40歳を過ぎてからで、生涯に4つの交響曲しか作らなかった。しかし、4つの交響曲は全て優れていて演奏機会が多い。特に「第1番」と「第4番」は完成度が高い名作である。
「第4番」は重厚長大な作品。この曲がスタートして札フィルの安定した実力が発揮されたように感じた。弦楽器と管楽器の調和がとれた演奏で前半と見違えるような印象を受けた。聴きなれない吹奏楽的な管弦楽曲の響きと聴きなれた交響曲の落ち着いた響きの違いによる個人的な印象かも知れない。
楽章の流れは今更触れない。フルート独奏のメロディが美しかったが、全体的にバランスのとれた良い演奏のように思った。

プロの演奏会とは違うアマチュアの演奏会の雰囲気と聴衆の年齢層。アマチュアのオーケストラを応援する人々の姿も好ましい。演奏終了後の拍手は盛大であった。
アンコール曲は「ブラームス:ハンガリー舞曲第4番」。

札フィルの演奏を初めて聴いたのが2007年であるが、Kitaraボランテイアが札フィルのチェロ奏者として活躍していることもあって、13年以降聴き続けて、(昨年は都合で聴かなかったが)今回が5回目だった。
職業に従事しながら、あるいは趣味としてオーケストラに所属して音楽を楽しみ、他の人々に音楽を届けることは素晴らしい。簡単にできることではないが、続けてほしい。

※プログラムに札フィルのメンバーの一言が載っていた。チェロ奏者が視覚障がい者のために点字プログラムの作成を続けているという。昨年は同伴者が必要な人が32名参加、点字プログラムは16名分も作ったそうである。楽器演奏のほかにも貴重な活動をしていることを知って心からの敬意を表したい。

札響第599回定期演奏会(ホリガー指揮ラトヴィア放送合唱団)

昨日は午前中にKitaraボランティアの活動があり、午後はレストランで今年度新加入のボランテイアを迎えての交流会がランチ会形式で開催された。60名の人数は最近では一番多いほうで、午前の活動も含めてお互いに和気あいあいの雰囲気の中で短時間ながらもボランテイア同志の交流が進んだ。
その後、直ぐの定期コンサート鑑賞。今回はオーケストラ演奏より、ホリガー指揮とともに世界的に名高いラトヴィア放送合唱団の共演に注目が集まった。
ホリガーは2015年9月第580回札響定期に続く2度目の指揮者としての来演。前回はオーボエ演奏も聴けて大満足であった。公演での聴衆の感動もさることながら前回の札響を評価して今回の公演に繋がったのだろうと推測できて嬉しい。

2017年5月20日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ハインツ・ホリガー(Heinz Holliger)
独唱・合唱/ ラトヴィア放送合唱団(Latvian Radio Choir)

〈Program〉
 シューマン:ミサ・サクラ ハ短調 op.147
 マーラー:アダージェット~交響曲第5番より
       夕映えのなかで~無伴奏合唱のための (交響曲第5番よりアダージェット)
       (編曲:ゴットヴァルト、詞:アイフェンドルフ)
 ドビュッシー:海~3つの交響的素描

シューマンの「ミサ」や「レクイエム」は今まで聴いたこともない。ヨーロッパでは当たり前のことでも、宗教音楽などは日本で馴染みでないことは不思議ではない。今演奏会が札響初演。曲は「キリエ」、「グローリア」、「クレド」、「オッフェルトリウム」、「サンクトゥス」「アニュス・デイ」の6章からなう約45分の曲。ソプラノ独唱、テノール、バスの独唱も入った。さすが統制のとれた綺麗な歌声。
合唱団員の構成はソプラノ、アルト、テノール、バス各6名の24名。合唱団の中でソリストを担当できる人材がいることにこの合唱団のレヴェルの高さが表れていると思った。

マーラーの5楽章から成る「交響曲第5番」の第4楽章「アダージェット」は単独でも演奏される機会があって親しまれている。弦楽合奏とハープのみの演奏。抒情と悲しみに満ちた音楽。

このマーラーの名曲がゴッドヴァルトによって合唱曲にアレンジされたものが「夕映えのなかで」という作品。もちろん、今回初めて聴くが無伴奏で歌われると、この合唱団の素晴らしさが良く分かる。10分ほどの合唱曲。マーラーと妻アルマの愛と死を歌った詞に曲をつけたように思われた。演奏終了後にはブラヴォーの声が客席のあちこちから上がった。ブラヴォーの掛け声と万雷の拍手に聴衆の感動の様子がうかがえた。ホリガーも合唱団を北欧の地から呼び寄せて一緒に公演を行ったことが成功して満足そうであった。札響の演奏と合わせてプログラムを組んだのが良かった。
演奏終了後にホリガーが客席からステージに呼び寄せた人物は合唱曲の編曲者だったのではないかと思った。

最後を飾ったドビュッシーの「海」は幅広い音楽を扱えるホリガーのレパートリーの広さを示していた。フランス音楽でも独特な味を伝える印象派のドビュッシーの音楽。ピアノ曲が多い中で彼のオーケストラ作品は少なめである。
3楽章構成の曲。第1楽章「海の上の夜明けから真昼まで」、第2楽章「波の戯れ」、第3楽章「風と海との対話」。19世紀までの管弦楽曲とは違う洗練されたリズムを使って絶妙な雰囲気の曲を書き上げた。色彩感豊かな表現力にうっとりさせられる。最終楽章での風は弦楽器、海は管楽器が奏でていたように想像した。
2004年にラトル指揮ベルリン・フィル札幌公演でこの曲を聴いてから10年以上も経ったが、音楽を聴きながらの想像力は広がっているのを感じる。
初版総譜の表紙に北斎の浮世絵が刷られた話は有名である。先月、訪れた東海道五十三次内の鞠子(丸子)で当時の様子が伝わる店で“とろろ汁”を食べた。百何十年も前から創業している店内に美術作品があって北斎やドビュッシー関連の絵もあったのをこの機会にまた思い出した。

※ラトヴィアは人口200万ぐらいの小国でバルト三国のひとつ。ラトヴィアはヴァイオリンのギドン・クレーメル、指揮者のマリス・ヤンソンス(バイエルン放送響音楽監督)、アンドリス・ネルソンス(ボストン響音楽監督)など世界トップで活躍する音楽家を次々と輩出している。ソプラノ歌手、オポライスのMETでの活躍ぶりは目覚ましい。ラトヴィア合唱団も世界最高の合唱団と言われるほどの高い評価を受けて、21日は武蔵野市民文化会館での公演、25日にはホリガー作曲の作品が上演される東京オペラシティにも出演する。

プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR