エルム楽器創立40周年記念コンサート

40年の感謝をこめて ~エルム楽器史最大の演奏会~
 ELM 40th ANNIVERSARY CONCERT 2014
 ~ 世界で活躍する室蘭市出身・3名の音楽家を迎えて~

2014年11月30日(SUN.) 14:30開演 札幌コンサートホール Kitara大ホール

北海道室蘭市で創立された会社が本社を札幌にして北海道の音楽文化の発展に寄与してきた。創立40周年を記念して、室蘭市出身の音楽家を中心に据えて大々的なコンサートを開催した。渡邊一正指揮で管弦楽は札幌交響楽団。

〈前半のプログラム〉
 ベートーヴェン:ピアノ、ヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲 ハ長調
 リスト:ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調(ピアノ:上野真)
 
渡邊一正(Kazumasa Watanabe)は1966年生まれ。96年から東京フィル指揮者に就任。広島響の正指揮者(95-02)を務めたほか、日本各地のオーケストラに客演。海外ではサンクトぺテルブルグ響にも客演。新国立劇場でオペラ、バレエも指揮。ピアノの名手でモーツァルト、ベートーヴェン、ラヴェルのピアノ協奏曲の弾き振りも行う。

上野真(Makoto Ueno)は室蘭市出身。昨年2月にKitara小ホールで開催されたヤマハ創業125周年記念特別企画「上野真ピアノリサイタル」に出演。その折にプロフィールは紹介済み。

四方恭子(Kyoko Shikata)は1957年神戸生まれ。ドイツ屈指のオーケストラ、ケルン放送響の第1コンサートミストレス(90-03)。その間、コンチェルト、室内楽、ソロのリサイタルでも活躍。98年10月、ビシュコフ指揮ケルン放送響のコンマスとして日本ツアー(札幌ではソリストが樫本大進。この時のコンマスが彼女だったので、それ以来彼女に注目していた)。05年から兵庫芸術文化センター管のコンサート・ミストレス、09年から東京都響のソロ・コンサート・ミストレスにも就任。アフィニス夏の音楽祭の音楽監督も務めている。現在、京都市立芸術大学教授。

上村昇(Noboru Kamimura)は1952年千葉県市川市生まれ。京都市立芸術大学卒業。77年、日本音楽コンクールチェロ部門第1位。79年、カサド国際チェロ・コンクール優勝。83年に続き90年に札響定期で共演(この時、彼の「ハイドン:チェロ協奏曲を初めて聴いた)。91年ノイマン指揮チェコ・フィルと共演。現在、京都市立芸術大学教授、桐朋学園大学客員教授。

最初のプログラムはベートーヴェンが残した唯一のチェロを伴った協奏曲。“Triple Concertofor Violin, Cello & Piano in C Op.56” はオイストラフ、ロストロポーヴィチ、リヒテル、カラヤン指揮ベルリン・フィルの輸入盤のディスクで聴き親しんでいる。これまで生演奏で聴いた記憶は無い。ソリストを3人も揃えるのが大変なのだろうと思う。今日の演奏会に備えて予め聴いてきたので大曲を身近に聴けた。名高いソリストを迎えて重厚な演奏会の幕開けの曲になった。

リストはそれまでのピアノ奏法とは異なった両手を高く上げ、凄まじい音量で鍵盤を弾き、圧倒的なテクニックで人々を魅了したピアニストとして知られる。この曲の初演は1855年ベルリオーズの指揮で作曲家自身のピアノによって行われた。各楽章4・5分程度で4楽章から成る。全体で約18分で聴きやすく聴衆は華やかな演奏技術に圧倒される。客席の8割が埋まったようだったが、聴衆からブラボーの声が飛び、暫し拍手も鳴りまず演奏者に対する驚きの声も聞こえた。
YAMAHA CFXのピアノを使っての音量は効果的であった。上野は19世紀のピアノ、プレイエルやエラールを使用したアルバムを発表しているが、最新のヤマハのピアノでの圧倒的な演奏は現代の聴衆の心を惹きつける。札幌市内だけでなく地方から駆け付けた幅広い年齢層の人々に強烈な印象を与えたように思った。私自身も彼の演奏を聴いたのは3回目だが、演目が協奏曲と言うこともあってリストの演奏に感動した。
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〈後半のプログラム〉
 土田英介:ピアノ協奏曲(ピアノ独奏:泊真美子) [世界初演]
 チレア:オペラ「アドリア―ナ・ルクヴール」より“私は創造の神のつつましい僕”
 ヴェルディ:オペラ「ドン・カルロ」より“世の虚しさを知る神よ”
 プッチーニ:オペラ「トスカ」より“歌に生き愛に生き”

土田英介(Eisuke Tsuchida)は室蘭市出身の作曲家。東京藝術大学卒業。同大学院修了。1984年、第53回日本音楽コンクール作曲部門第1位(管弦楽曲)。オーケストラ、室内楽、合唱、ピアノ、ヴァイオリン曲など多くの作品がある。現在、東京音楽大学教授、洗足学園大学客員教授。東京芸術大学講師。桐朋学園大学講師。

泊真美子(Mamiko Tomari)東京藝術大学卒業。2003年、第72回日本音楽コンクールピアノ部門第1位。これまでに沼尻竜典指揮東京響、高関健指揮新日本・フィル、渡邊一正指揮札響ほかと共演。近年は「公共ホール音楽活性化事業」、「サントリーホール芸術財団サマーフェスティバル」でも活動。

立野至美(Yoshimi Tatsuno)は室蘭市出身。武蔵野音楽大学卒業。同大学院首席卒業。ミラノ国立ヴェルディ音楽院修了。イタリア・カタラーニ国際コンクール1位。数々の国際コンクールで優勝を重ね、イタリアの国立歌劇場を始めヨーロッパの歌劇場で活躍。藤原歌劇団団員。現在、武蔵野音楽大学講師。

後半のプログラムに登場した作曲家やピアニストの名は初めて耳にした。土田英介作曲の作品は国内やアジアでも演奏されていると言う。ヴァイオリン協奏曲が戸田弥生+十束尚弘指揮札響、漆原啓子+小松一彦指揮新日本フィル。管弦楽曲はソウル、上海、ハノイで演奏され高い評価を得たと言う。ピアノ・ソナタも泊真美子との録音盤がある。
本日の演奏曲は作曲家の集大成となる作品のようで、3管編成のオーケストラ、打楽器9(?)、ハープ2、ピアノ、チェレスタなど現代曲ならではの楽器編成(独奏用ピアノの他にもう1台ピアノが用意された)。かなりの大曲で曲が長く、ある程度の予備知識がないと鑑賞が難しい。弦楽器の演奏方法も変っていてピアノ独奏も特徴があって、それなりに興味はあった。
作曲家自身も1階席で聴いていて感激も一入だったのではないかと思った。

最後に登場したのがオペラ歌手、立野至美。室蘭出身で海外のコンクール入賞のニュースで早くから名前を知っていた。Kitaraの開館記念のコンサートにも何度か登場してその活躍ぶりを目にしていたが、今日は久しぶりのKitara登場。耳にした声は一段と磨きがかかって今までより声量が増した感じ(ソプラノ・スピントの範疇に入る歌声か)。舞台衣装、声量ともに一層華やかでオーラを発している印象さえ受けた。
札幌での知名度の高いソプラノ歌手の登場で客席が湧きたった。3階を埋めた客席まで届く素晴らしい歌唱に拍手喝采が湧き起こって会場の雰囲気が一気に盛り上がった。
アンコール曲にテノール歌手の協力を得て、「ヴェルディ:乾杯の歌」の場面を熱唱。

指揮者と管弦楽はソリストの引き立てにまわって控えめな役まわり。音楽教室や楽器購入などで繋がりのある聴衆が札幌だけでなく地方からも集まったようで、聴衆の年齢層も極めて広く特に若い人たちが多く目立ったのが良かった。

多文化共生とは何か?

札幌国際プラザ外国語ボランティアとして活動して7年目に入る。今は主として札幌時計台を訪れる来館者の対応を行なっている。公益財団法人札幌国際プラザ多文化交流部は400名ほどのボランティア登録者が海外からの訪問客のニーズに応ずるべく様々な活動を行う窓口になっている。

昨日(2014年4月21日)、北海道国際交流・協力総合センター主催で札幌国際プラザが共催する「多文化共生講演会」が〈かでる2・7〉を会場にして開かれて参加してきた。講演者は多文化共生センター大阪の代表理事の田村太郎。田村氏は1995年阪神大震災直後に外国人被災者支援の活動を行って、多文化共生センターを立ち上げ、現在、センターは東京、京都、大阪、兵庫、広島の全国5カ所で活動展開。彼は甲南女子大学・大阪市立大学大学院・関西学院大学非常勤講師も務め、復興庁上席政策調査官としても活躍している。

「多文化共生」という言葉はボランティア活動を始めた時から、グループ活動が行われていて世界各地の留学生との交流会に何度か参加して彼らの文化を知る機会を得てきた。グループのリーダーたちは、留学生や家族の支援だけではなく、彼らの子どたちの学習支援も行って活動している。

表面的なことしか知識が無かったが、今回の講演会で多文化共生について認識を深めることができた。

「多文化」は英語で形容詞にして“Multicultural”(*multiは<多い>の意味)と訳されるが、「多文化共生」は“Intercultural”。(*interは<~の間>という意味を持つ接頭語なので“international”「国家間の、国際的な」という語からも容易に類推できる。)
つまり、「多文化共生」とは、いろいろな文化を持った人々と共に働いて暮らしていくこと

日本は少子化・高齢化社会になって人口が減少して、製造業や建設業だけでなく医療介護の分野でも外国人を必要としている。
スウェーデン、ノルウェーなどの北欧諸国は高福祉・高負担の社会として知られている。1970年代にベトナム人やアフリカ人を移民として受け入れてきた移民政策が今日の国家の基盤を作り上げてきたことが、日本ではメディアを通しても余り報じられていない。フランスはアラブ民族、ドイツはトルコ人を移民として受け入れてきたことは比較的に良く知られてはいる。彼らはアジア人も受け入れてきたが、今やEU地域内の労働者だけを受け入れているようである。
日本だけでなく韓国や中国も少子化・高齢化社会になって、「多文化共生」は今や世界的潮流となってきているのを、昨日の講演会を通して改めて認識した。

オランダ、フランス、ドイツなどでは移民教育の法律が2006年から施行されている。移民を必要とする対策が各方面で取られていることが、具体的に講演で語られた。日本でも政府は取り組み始めているようであるが、国民的な話題になっていない。フィリピン人やインドネシア人の看護師の問題、製造業に従事する日系ブラジル人や中国人の話題が偶に報じられるだけである。
北欧では移民政策によって女性の就業率が上昇し、世帯当たりの所得も上昇して、出生率も40年前の1.5から1.9に上がっている。これは大変、興味深い数字である。

講演のポイントは外国人を観光客として迎えるだけでなく、外国人も暮らしやすい地域づくりを目指すことであった。
外国人登録をして日本に在住していた外国人は、2012年7月から住民基本台帳法に基づいて住民登録するように変わった。彼らの日本滞在の長期化で「出稼ぎ」から「永住」へ指向が変化して、子どもの教育・就労、高齢者福祉も課題として顕在化してきている。
現在、在留外国人数は約210万人。永住資格者(10年以上の定住者)は100万人を越えて、年々増加傾向にある。外国人に対する法制度の不備や社会資源の不足が上げられるが、市民の認識が変っていないことが大きな課題ではないかと思う。
訪日外国人の数が1千万人を越えて嬉しいニュースには違いないが、今回の講演会は多文化共生を目指して活動を見直してみる良い機会になった。

資料を充分に用意してよどみなく講演する田村氏は学生相手にも講義する機会が多くて慣れているようであった。内容が極めて明晰で、時折ダジャレを入れながら巧みな話術で90分余りの講演を見事に展開した。久しぶりに聴いた長時間の講演はあっという間に時間が過ぎた。充実感の味わえるとても有意義な講演であった。

元英語教師の勝手なクラシック評論 札幌交響楽団第566回定期演奏会(コメント返礼)


元英語教師の勝手なクラシック評論 札幌交響楽団第566回定期演奏会



お名前が三連星さんという方からコメントを頂きました、返事を書こうとしましたらこの欄になりました。以前と違う状況で当惑しています。三連星さんへの返礼のつもりで以下に書いておきます。

自分の記録の意味もあって長いブログを書いています、以前より少し短いとはいえ、読むのに忍耐力が必要かも知れません。クラシック音楽好きの方には斜め読みなどで、さほど抵抗はないかもしれません。それでも私は音楽は専門ではありませんので、コンサートの印象は大雑把なのです。楽譜に忠実に演奏しているかどうかの判断は出来ません。全体的に聴いた印象を書き綴っているだけですので、音楽専門の人からは的外れな感の記事もあるでしょう。

楽しむのを目的にしてコンサートに通っていますので、人それぞれの印象を持つのは自由であると考えています。自分の好きな曲やアーティストには思い入れがあるので、その日の演奏の出来・不出来には余り影響を受けません。勿論、聴衆と一体感を味わえる演奏に接する感激は一入です。

先日のコンサートの曲目は古典派中心でしたので、BGMとして心地よく聴けても、大ホールで多くの聴衆を集めるのは難しかったかも知れませんね。ポピュラーな向こう受けする曲ばかりというわけにもいかない定期演奏会の曲目選びは簡単ではないと思います。ただエリシュカさんの人気度は凄いですね。4月の定演の期待度が断然高くて楽しみです。(*昨シーズンの定演2公演の満足度1位、2位独占。来シーズンの定演2公演の期待度1位、2位独占)

クラシック音楽を主にしたブログを書き始めて一年半になります。これまでに160本あまり書きました。北海道が多いのですが、日本中はもとより世界各国からアクセスがあるのは嬉しい限りです。過去のブログを読んでくださる方が多いのが特徴です。以前と違ってブログ名で一覧が直ぐ出て来ないのが難点です。広告も載せずに気儘に書いていますが、興味のある記事がありましたら読んでみてください。

バーンスタインの"West Side Story"の裏話

 バーンスタインの"West Side Story" は彼が作曲した中で最も有名な曲になっている。
1990年にスタートしたPacific Music FestivalでもPMFオーケストラが
「ウエストサイド・ストーリー」から≪シンフォニック・ダンス≫を演奏した。
2008年のPMFはバーンスタインの生誕90年にあたり、Gala Concert celebrating the 90th anniversary of the birth of Maestro Leonard Bernstein が開催された。 「オール・バーンスタイン・プログラム」で 'Symphonic Dances' from "West Side Story"も演奏されたのは記憶に新しい。

 去る9月10日の札幌公演でもシェナ・ウインド・オーケストラが「ウエストサイド・ストーリー」から≪シンフォニック・ダンス≫を演奏した。
 この時のブログで、私は「バーンスタインが曲を作った当初の題名は《イーストサイド・ストーリー》であったことを知っている人は何人いるでしょうか」と書きました。

 機会があれば新たなブログで書いてみようと思っていたのです。
たまたま明日23日の"Kitara のクリスマス"での演奏曲目に入っていたのでこのタイミングにしました。

 2008年にバーンスタインの伝記を読みました。500ページ以上の分厚い本でバーンスタインの身近にいた人の書物でしたが、残念なことに著者の名前を覚えていません。
 彼の本によるとバーンスタインは19歳~20歳の時に"East Side Story"という曲を作りましたが、話題にはならなかった。それから20年ぐらい経ってから、ブロードウェイでミュージカルとして上演されることになりました。ブロードウェイでの初演は1957年でバーンスタインが39歳の時でした。
 
 当時はニューヨークのマンハッタンのイーストサイドと呼ばれていた地域は1945年以降に国連ビルが建つなどして都市開発が行われて周囲の環境が20年前とは様変わりしていた。(私も1967年にニュ―ヨークに1週間滞在していたのでこの本に書かれている事情は直ちに理解できました。)
 そんなわけで舞台状況に合うウエストサイドの地域がバーンスタインが作曲しようとした場面にピッタリということで、ミュージカルの題名が"West Side Story"に変えられたそうです。

 この事実を知った時に「これ本当の話?」と疑って読み返したのを覚えています。1967年当時はイーストサイドはイタリア系やプエルトリコ系の貧しいアメリカ人が住む地域ではなくなっていたのです。ハドソン川沿いのウエストサイドは依然としてあちこちに古いビルがあってミュージカルや映画(1961年、ジョージ・チャキリス主演)の場面に合う状況でした。

 尚、バーンスタインは1960年にミュージカル中のいくつかの曲を集めて編曲してオーケストラのための演奏会組曲「ウエストサイド・ストーリー」からの≪シンフォニック・ダンス≫を作りました。この曲がしばしばオーケストラのレパートリーとして演奏されているのです。
 

ラン・ランとゲルギエフのこぼれ話

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 フェイスブック上にピアニストのラン・ランが「上海でゲルギエフが今夜マリインスキー歌劇場管弦楽団とプロコフィエフを演奏」という記事が載っていた。

 ゲルギエフが「オール・プロコフィエフ・プログラムでピアノ協奏曲第3番と交響曲第1番と第5番を演奏する」と返信していた。

 彼は11日間で10公演という過酷な日本公演スケジュール(11月8日から11月18日)にもかかわらず何種類もの違ったプログラムで演奏会を開催した。同じプログラムは札幌と所沢だけであった。
引き続き海外での公演で異なったプログラムで演奏会を開くゲルギエフの超人的な行動力には驚嘆するばかりである。

 ラン・ランとゲルギエフの親しい交流を知り興味深かった。
自分もラン・ランがゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団との共演で≪ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番≫のCDを持っていることに気付いた。
プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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