中丸三千繪 ソプラノ・リサイタル

 中丸三千繪のソプラノ・リサイタルを初めて聴いたのはKitaraが開館して1年目の1998年4月のことであった。

1987年単身イタリアに渡り、マリア・カラスと最も多く共演し世界最高のメゾ・ソプラノ歌手として名高かったジュリエット・シミオナートに直訴してレッスンを受けた。88年パヴァロッティ・コンクールに優勝して、「ラ・ボエーム」のミミ役でヨーロッパ・デビュー。89年世界三大テノールの一人パヴァロッティと「愛の妙薬」で共演し、アメリカ・デビュー。90年「マリア・カラス国際声楽コンクール」に優勝。イタリア人以外の外国人として初の快挙となり欧米の注目を浴びて出演依頼が殺到した。以来、世界各国の歌劇場でドミンゴを始め世界的な歌手と共演している。92年の日本では全国ツアー全公演完売を記録して追加公演するほどの人気ぶりであった。(近年の辻井伸行現象に当たる状況だったかも知れない。)
 94年の日本公演も完売となった。ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管によるベートーヴェンの「第九」のソリストとして出演。マゼール指揮フィルハーモニア管とは97年の日本公演でも共演した。(今月14日にマゼールはミュンヘン・フィルと札幌公演。)当時、彼女はイタリア、ニューヨーク、パリに在住して世界各地で活躍していた。

 98年の全国公演の際にコンサートでは見たことも無いようなプログラム(プロフィールや曲目解説のほかに数々の美しい写真が上質の紙に載せられ装丁もしっかりしていて、まるでアルバムと言ってもいいようなもの)が販売されていたのが下の画像である。当時よりも今回その良さを味わった気がする。(多分、今では高すぎて買わないと思うが、、、)

プログラムによると曲は素人の私にとって聴き慣れた曲ではなかったが、当時は会場の雰囲気と世界のディーバの歌声に満足したに違いない。

 08年6月、中丸三千繪が10年ぶりにKitaraのステージに姿を見せた。「池辺晋一郎&上杉春雄 ジョイントコンサート」に友人として特別出演した。ベートーヴェンや池辺作曲の歌曲、プッチーニやヴェルディの歌劇からアリアを歌ってくれた。「歌に生き、愛に生き」と アンコールに歌ってくれた「日本の歌」(北原白秋作詞ばかり数曲だったと思うが、、、)の印象は今でも記憶に残っている。

 この頃、彼女のマリア・カラス・コンクール優勝までの道程を綴った自叙伝を興味深く読んだ。いろいろなエピソ―ドは非常に面白かった。特にイタリアでは男性歌手に“Bravo”、女性歌手には“Brava”、複数の歌手には“Bravi”と拍手喝采するのが慣例の掛け声であると書かれていた。Kitaraのコンサートで“Bravi”と声が掛かった場面があったが、その時の様子は別な機会に紹介したい。

 近年は日本での活動も増え、2008年には三枝成彰作曲モノオペラ「悲嘆」を初演。2010年トルコやイタリアのミラノ大聖堂、ローマのバチカンでもコンサートを開催。2011年、モノオペラ「悲嘆」とプーランク作曲モノオペラ「人間の声」の2つのモノオペラ(奥田瑛二演出)を一晩で一人で演じTV放送された。
 
 2013年4月6日、Kitaraでの15年ぶりのリサイタル。 ピアノは菊池真美。
  Program
    シューベルト:≪アヴェ・マリア≫、 カッチー二:≪アヴェ・マリア≫、
    ヘンデル:歌劇「リナルド」より≪私を泣かせてください≫
    ヘンデル:歌劇セルセ」より≪オンブラ マイ フ≫
    ドヴォルザーク:≪わが母の教え給いし歌≫
    ドヴォルザーク:歌劇「ルサルカ」より≪月に寄せる歌≫
    ヴェルディ:歌劇「シチリア島の夕べの祈り」より≪有難う愛する友よ≫
    プッチーニ:歌劇「ジャン二・スキッキ」より≪私のお父さん≫
    ラフマニノフ:「12の歌」Op.14より≪春の洪水≫
   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    野口雨情作詞・本居長世作曲・三枝成彰編曲:≪赤いくつ≫
    竹久夢二作詞・多 忠亮作曲・三枝成彰編曲:≪宵待ち草≫
    石川啄木作詞・越谷達之助作曲:「一握の砂」より≪初恋≫
    モリコーネ:映画「ニュー・シネマ・パラダイス」より≪チネマ・パラディーゾ≫
    ヴェルディ:歌劇「椿姫」より≪さようなら過ぎ去った日よ≫
    プッチーニ:歌劇「トスカ」より≪歌に生き、愛に生き≫
    チレア:歌劇「アドリアーナ・ルクヴルール」より≪私は芸術の下僕≫
    べッリー二:歌劇「ノルマ」より≪清らかな女神よ≫

 中丸三千繪は真紅のロング・ドレスで登場。ピアニストの黒の衣装とピアノの黒と対照的な色合いで、まるでステージに花が咲いたようだった。

 ≪アヴェ・マリア≫は同名の曲が沢山あるが、英国の詩人ウォルター・スコットの詩に「歌曲王」と呼ばれるシューベルトが曲をつけたものが最も親しまれている。
 ≪私を泣かせてください≫は15年前のリサイタルでも歌ったイタリア古典歌曲。≪オンブラ マイ フ≫は「ヘンデルのラルゴ」として有名なイタリア古典歌曲で日本でも広く歌わている。Ombra mai fu はペルシャ王セルセが歌う「木陰への愛」。イタリア語歌詞 Ombra mai fu di vegetabile, cara ed amabile, soave piu.[かって木陰がこんなに親しく愛すべき甘美なものであったことはない]の歌い出しの部分から題名がとられている。いろいろな楽器にも編曲されて親しまれている曲。
 ドヴォルザークの声楽曲は殆ど聴く機会がないが、旋律が美しい。彼は人魚姫の物語を土台に「ルサルカ」というオペラを書いた。歌劇の名は聞いたことがあるだけで、意識して聴いたのは初めてだが、切ない想いが心に響く歌声で盛り上がった。

 ヴェルディの曲が始まるとステージの下手に移動、階段を下りて客席の間を周りながら歌うサーピス。「シチリア島の夕べの祈り」序曲は何回かコンサートで演奏され、この曲もCDを持っていて偶々耳にするが、実演で聴くと迫力が違う。≪ありがとう愛する友よ≫はボレロ調のアリア。
この曲を歌い終るとマイクを使って挨拶。階段が目に入ったので急に動き回る気持ちになったそうである。北海道が大好きで、いつか移住したい計画もあるとか。演奏家はいつも何らかのトレーニングをして身体を鍛えておく必要があると話していた。彼女はスポーツ好きのようである。話も淀みなくて心地よく響いた。
 ≪私のお父さん≫は数あるプッチーニの中でも特に広く親しまれていて、たびたび聴く機会のある名曲。
 前半のプログラム最後の曲≪春の洪水≫は長い冬が終って、春の始まりを告げる川のせせらぎのきらめく様子が目に浮かぶ。雪解け水が川に洪水のように流れ込む様子が激しいピアノで表現されるのも印象的。ラフマニノフはピアノ曲に次いで声楽曲の作品が多いらしい。彼女は前回のリサイタルでもこの曲を歌っている。

 後半には鮮やかなオレンジ色のドレスで登場。まだ雪で覆われている北海道に一足早く春が訪れた感じ。
 
 最初の3曲は日本の歌。越谷達之助(1909~85)は名ソプラノ三浦環の伴奏ピアニストとしても知られていた、1938年に歌曲集「啄木によせて歌える」の第1曲に収めた代表作が≪初恋≫で、歌曲の題名は作曲家が命名。この曲も15年前に歌われている。日本でのリサイタルでは日本語の歌を披露するように心がけているようである。作曲家の三枝が中丸のために編曲した曲を今回のリサイタルで披露した。子音と母音から成る日本語の特徴を生かした歌は美しくて抒情性にあふれている。
 ≪チネマ・パラディーゾ≫は1988年公開のイタリア映画のテーマ曲。
 
 一端ステージを下がって、再登場した時には衣装の早替り。宮廷での舞踏用の白いドレス姿で髪をアップにしてリボンをつけて、ステージに姿を現すと周囲からその見事な早業に溜息。別な歌い手が登場したように思えて、顔を見ると違う人物に見えるから不思議。最後のオペラのアリア4曲にあった舞台衣装。
 ヴェルディの≪さようなら過ぎ去った日よ≫は「椿姫」でヴィオレッタが幸せの日々を思い返して歌うアリア。
 
 ≪歌に生き、愛に生き≫は昨年のバーデン劇場の公演やMETビューイングでも鑑賞したので、極めて身近に感じてオペラの場面を思い浮かべながら聴けた。感情移入もできて、盛り上がったアリアは最高潮に達した。曲が終ったところで客席後方から“Bravo”の掛け声、1・2秒差で私も思わず“Brava”と叫んでいた。ステージ上の彼女の真正面で1階5列目の座席からの掛け声だったので彼女の耳に届いたはずである。人生で初めて、勿論Kitaraでの初めての経験であった。彼女の著書で知った単語を彼女のコンサートで発するのに少々の勇気は必要だったが躊躇しないで発音できたことに違和感は覚えなかった。グッド・タイミングだったと思う。

 一端ステージを下がって最後の2曲を歌った。
チレアは初めて聞く名前だったが、盛り上がりのある曲で楽しめた。
≪清らかな女神よ≫はマリア・カラスのCDで何度か聴いているので馴染みのある名曲中の名曲。べッリー二の壮大なメロディは歌手の特別な技巧を求めるが、それゆえに名歌手の聴かせどころでもある。聴衆を魅了する迫力ある歌声と演技力がうまく噛み合って感動的なフィナーレ。中丸三千繪は中高音が得意なのかと思った。

 今回はP席やステ―ジ両脇のRA,LA席は販売せずに(歌手本人の説明)歌声がきちんと明瞭に届くような座席の販売方法をとって全席指定5,000円。1階席は満席、2階席は8割ほどの入りで、全体で900名未満か。しかし、あちこちに客が散らばるよりも密度の濃い客の配置になったと思う。

 アンコール曲はラフマニノフの「美しい人よ、決して歌わないで」とマスカー二の「アヴェ・マリア」。
北海道の釧路でロシア人に教えてもらった曲で、北海道との縁があると話して歌ったのがラフマニノフの曲。推測すると90年代の公演で何回か北海道を訪れて札幌を含めて道内での公演が開催されていて、北海道との繋がりがある印象を受けた。
「アヴェ・マリア」で始まり「アヴェ・マリア」で終わったが、これもプログラミングの妙。

 15年前と比べて半額の価格で聴けたが安かった感じ。7月3日東京の紀尾井ホール(800席)では6000~10000円で今回と同様なリサイタルが開かれる。(会場でのチラシの情報による。)



 
 

 
 


 
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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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