第557回札幌交響楽団定期演奏会 と 尾高忠明

Sapporo Symphony Orchestra The 557th Subscription Concert
シベリウス交響曲シリーズ vol.1
 
 再来年の2015年はシベリウスの生誕150年に当たる。それを記念して札幌交響楽団音楽監督の尾高忠明はシベリウスの交響曲全7曲を演奏するプロジェクトを立ち上げた。
 尾高忠明(1947年生まれ)は1971年、NHK交響楽団を指揮してデビュー。東京フィル常任指揮者(74~91、現桂冠指揮者)、札幌交響楽団正指揮者(81~86)、BBCウエールズ・ナショナル交響楽団首席指揮者(87~95、現桂冠指揮者)、読売日本交響楽団常任指揮者(92~98、現名誉客演指揮者)などを歴任。98年から札幌交響楽団のミュージック・アドヴァイザー/常任指揮者に就任、04年以降は音楽監督のポストに在る。現在、他に新国立劇場オペラ芸術監督、NHK交響楽団正指揮者、メルボルン交響楽団首席指揮者など多くの任もある。国内外でのオーケストラの客演指揮にも当たり、八面六臂の活躍ぶりである。
 尾高はその的確なバトン・テクニック、ウイーンで培われた音楽的教養と温厚な人柄で楽団員の信望も厚く、札響定期会員にも人気がある。エルガーやブリテンのような英国の作曲家を札響だけでなくN響を通しても日本中に広く紹介しており、他の日本人指揮者の追随を許さない。88年、尾高はBBCウエールズ響を振ってロンドンの夏の名物「プロムス」にデビュー。マーラーの5番で大成功を収めて英国だけでなく欧州でも評判になった。当時の報道でBBCウエールズ響の本拠地カーディフは知名度が上がった。札響も01、11年にカーディフを含む英国の都市を訪れて公演を行った。マエストロ尾高は札響と共演で武満、ドヴォルザーク、エルガー、シベリウス等の作品をレコーディングしており、昨年はベートーヴェン交響曲全集をリリースしている。英国、フィンランド、オーストラリアには毎年のように客演指揮活動に出かけている他に東京藝術大学でも後進の指導に当たっており、その精力的な活動ぶりには頭が下がる。
 97年英国エリザベス女王より大英勲章CBEを授与される栄誉を受けた。

 本日の演奏曲目:交響詩「フィンランディア」、 交響曲第3番 ハ長調、
         交響曲第1番 ホ短調
 
 シベリウス(1865~1957)は2歳で父を亡くし母方の祖母のもとに引き取られて育った。伯母の影響で10歳前後に作曲を始めるようになった。彼がその生涯を音楽に向けるようになったのは、14歳の年にヴァイオリンを買ってもらったことであった。学校のオーケストラに入ってアンサンブルを楽しみ、家庭では姉・弟とピアノトリオを組んで音楽に親しんだ。20歳の年にはヘルシンキ大学法科に入学し、同時にヘルシンキ音楽院にも学んだ。翌年大学を中退して、音楽に専念する決意をした。
 ヘルシンキ音楽院を卒業して、1889年ベルリンに留学中に自国の伝承芸術を素材として作品を書くことの重要さを悟ったようである。これが後に民俗的作風の作曲家となる拠り所となった。1892年母校ヘルシンキ音楽院(現シベリウス音楽院)の教授になった。結婚して、生活も楽であったが教育に時間を割く時間が多くて作曲する時間が取れない悩みを抱えるようになった。
 1897年にフィンランドの議会はシベリウスに終身年金を贈ることを議決した。シベリウスの音楽活動がフィンランドの民族精神の高揚に貢献したと認められたのである。教職の時間を減らして、作曲に時間を注ぐことが可能になった。こうして大曲を書く時間が生まれて、1899年純器楽曲用の「交響曲第1番」が完成した。
 ≪交響曲第1番≫はドイツ・ロマン派とロシア国民楽派の影響を濃厚に現し、控えめにフィンランド色が盛られている。
 第1楽章はクラリネットが瞑想的な旋律を奏でる序奏で始まる。第1ヴァイオリンの雄大な旋律とオーボエが歌う対照的な旋律。 第2楽章は牧歌的なメロディで始まる。クラリネットが奏でる美しい旋律。ヴァイオリンに合わせて4本のホルンが歌う旋律。第3楽章は男性的な荒々しい表情のスケルツォ。甘美な旋律も奏でられる。第4楽章は「幻想曲風に」と指定されたフィナーレ。序奏でクラリネットの旋律の回想。劇的な性格の強い楽章。短調の曲でもあり、最終楽章ではチャイコフスキーの音楽に何となく似た感じを受けたがプログラムの最後を締めくくるフィナーレとして良かったのではないか。
 
 ≪フィンランディア≫はシベリウスの作品では最も演奏される機会が多く、日本でも人気が高い有名な曲。帝政ロシアの圧政を暗示するような序奏に始まり、やがて幾多の困難を乗り越えて祖国の勝利を謳歌するような輝かしいクライマックスへ。オーケストラの力感がフルに引き出された力強い名曲。フィンランド国の象徴の曲で「シべりウス交響曲シリーズ」の幕開けに相応しい曲であった。
 フィンランド人は自国のことを「スオミ Suomi(1000の湖の国という意味)」と呼んでいるので、この曲も国内では「スオミ」とよばれることもあった。曲名だけ変えてロシア当局の目を逃れて演奏したこともあった歴史的なエピソードのある曲。

 シベリウスは1900年ヘルシンキ管弦楽団と一緒に外国での演奏旅行で自作(第1交響曲、フィンランディア等)の指揮を行って、彼の名声は国際的なものとなった。



 上記の画像はフィンランド、ヤルヴェンバーの山荘「アイノラ」。1904年、シベリウスは39歳の時それまでのヘルシンキ生活に終止符をうって、ヘルシンキから30キロほど離れた湖に面し、もみや樺の林に囲まれた地に山荘風の家を建て移り住んだ。山荘は夫人の名前をとって「アイノラ」と名付けられ、ここで数々の作品が生まれた。シベリウスは残りの生涯をこの山荘で過ごした。

 この山荘「アイノラ」に入った後、「交響曲第3番」に着手して1907年に完成した。9月、ヘルシンキでシベリウス自身の指揮により初演。この作品はシベリウスの全7曲の交響曲中、最も演奏頻度の少ない曲だが、内容的には初めてシベリウス独自の特徴を出すことができたと言われる。
 ≪交響曲第3番≫は第1番、第2番と違って交響詩風のロマン的幻想が後退して古典的凝縮性が見られ内省的になっている。楽章が3つなのもシンフォニーではユニークである。
 第1楽章はチェロとコントラバスのみが奏でるピッチカート奏法での静かで潜在的エネルギーに満ちた主題。続くトランペットとトロンボーン、その後に続くホルンと木管楽器が歌う旋律。チェロが第2主題の旋律を奏で、ファゴット、クラリネット、オーボエが第2主題を悲しげに歌う。第1主題も現れ緊張感が高まる。讃美歌のような調べ。コンサートで初めて聴く曲に耳も眼も皿のようにして集中。CDを予め聴いて出かけたが、どの楽器がどんな音を出すのかに通常の鑑賞態度より関心大。CDより美しい音の広がりを感じた。第2楽章でもチェロとコントラバスのピッチカート奏法が見られたが、低音弦楽器の心地よい響きを楽しんだ。スローなダンス音楽のリズムと内省的な静けさ。フィンランドの真冬の短い昼間の情景を思い浮かべた。最終楽章はスケルツォの要素を部分的に持っている(通常4楽章の交響曲が3楽章になった理由が判る)。静かだが凄く速い動きの楽章。曲は勝利の讃歌へと進み力強く終結。

 今回の演奏会が札響初演。3月1日、2日の2日間の演奏のあと、5日に東京のサントリーホールで同じプログラムで演奏会が開かれる予定。珍しい曲目なので多くの聴衆を集めるかもしれない。今日の札幌は3月弥生とは言え強風の吹雪模様で真冬並みの悪天候。定期会員のS席はあちこちに空席が目立ったが、RA,LA,P席がここ数回のうちでは一般客が多かったのは札幌フィンランド協会や北欧関係の音楽活動の裾野の広さかなという印象を受けた。来年のこの時期にシリーズの2回目が開催される。
 
 


 



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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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