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北海道交響楽団 第85回演奏会(ショスタコーヴィチ:第11番)

北海道交響楽団の演奏を初めて聴いたのが2001年の第41回演奏会。1950年代から北海道大学交響楽団で活動していた卒業生の要望にも応えて、当時から北大響の指揮者を務めていた川越守が1980年にアマチュア・オーケストラ、北海道交響楽団を創設した。07年からは毎年のように聴いているが、前回の第79回から2年ぶりの演奏会。2016年から定期演奏会が年3回に増えたようである。
昨日、会場に着いてプログラムの最初の曲名を見て衝撃を受けた。道響の音楽監督で、指揮の予定であった川越守氏が昨年12月に逝去されていた。昨年から今回の予定の指揮に2人の名があったので、体調を考慮して予め1曲のみの指揮になるのかも知れないという予想はしていた。16年11月の北大響の指揮が見納めになってしまった。川越氏のご冥福を祈りながら、追悼曲を聴いた。

2018年1月21日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
指揮/中山 耕一
〈プログラム〉
 【追悼演奏】川越守(西田直道・補佐):市民の歌(札幌市民憲章制定1周年記念制定曲)
 ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」 作品235
 チャイコフスキー:バレエ組曲「眠りの森の美女」
 ショスタコーヴィチ:交響曲第11番 ト短調 作品103『1905年』

“わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です”で始まる札幌市民憲章(*1963年制定)の知識はあったが、「市民の歌」があるのは知らなかった。一般公募で川越守作曲の応募作が入選。彼はその後に数多くの作品を書いているが、とりあえず思い出の1作。彼は北大交響楽団を再興し、1960年に第20回定期演奏会を開催したが、その時の演奏会を聴いたのが最初の出会い。彼の突然の死に心の動揺を抑えきれなかったが、その後、落ち着いて感慨深い気持ちになった。

ヨゼフ・シュトラウスはヨハン・シュトラウスⅡの弟。工学が専門で、音楽の道に進むのは好まなかったが、家族のピンチを救うために兄の病気中に代役を務めた。結果的には300曲近くの作品を残した。ウィ-ンフィル・ニューイヤーコンサートで演奏される曲も多いが、「天体の音楽」も有名である。夜空の星の動きを見ながらワルツを踊る光景も何となく浮かぶようである。

チャイコフスキーの三大バレエ音楽は人々に最も親しまれている音楽。「眠りの森の美女」は約3時間の大作が抜粋で組曲となった管弦楽曲。「邪悪な妖精から紡ぎ針に刺されて永遠に眠る呪いをかけられたオーロラ姫が、善良なリラの精の導きで、100年後に、ある国の王子のお陰で目覚めることが出来て、2人は結ばれて幸せに暮らしたという話」
①序奏とリラの精 ②アダージョ ③長靴をはいた猫と白い猫 ④パノラマ ⑤ワルツ。
5曲中のいくつかの美しいメロディは聴き馴染みである。この曲のあたりでは、金管楽器群の演奏の素晴らしさが、際立って、さすが北海道が誇るアマチュア・オケストラの力が遺憾なく発揮されていた。

中山耕一は札幌生まれのフルーティストで、スイスに学んでチューリッヒ高等音楽院を卒業。チューリッヒ・トーンハレ管に客演するなど、ヨーロッパで活動。現在は国内外で演奏活動を行い、札幌市民オーケストラなどで後進の指導に当たっている。道響では93年よりトレーナーとして指導を行っている。
25年もの長きにわたって道響を指導しているので、川越音楽監督の意に沿って指導を続けていることに疑念はない。安心して聴いていられた。指揮・トレーナーとして道響の活動を続けると思われる。

後半は期待の「ショスタコーヴィチ:交響曲第11番」。PMF2004で芸術監督を務めたゲルギエフがピクニック・コンサートで5時開始のPMFオーケストラ演奏会で「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」(ヴァイオリン独奏/ズナイダー)と「ショスタコーヴィチ:交響曲第11番」を指揮した。終了時間は7時過ぎで夕闇も迫っていた。当時、新装なった札幌芸術の森・野外ステージでコンサートに集まった総人数は6400人(:*PMF組織委員会の記録による)で演奏終了後の聴衆の拍手大喝采はまさに感動的であった。私を含めて初めて聴いた人が多かったであろうショスタコーヴィチの60分の大曲はこの年の天候に恵まれた暑い夏でPMF2004 を締めくくるにふさわしい感動の場面を作り上げた。当時の様子は今でも脳裏に濃く焼き付いている。

ショスタコーヴィチが生まれたのは1906年。1904年に日露戦争が勃発して、帝政ロシアは社会情勢が緊迫度を増していた。首都ペテルブルグの労働者たちは戦争の重圧と経済情勢に不穏な空気に包まれていた。1905年1月9日は軍隊と民衆が衝突する血の日曜日となった。これがロシア第一次革命の発端となり、ロシア各地に反乱が広がっていった。ロシア帝政末期に起きた事件を題材にショスタコーヴィチは1957年に「第11番」を作曲した。
第1楽章「宮殿前広場」、第2楽章「1月9日」、第3楽章「永遠の記憶」、第4楽章「警鐘」。演奏時間60分の大曲で、曲はアタッカで休みなしに最後まで演奏される。標題から曲の内容が予想できる。場面に応じて、打楽器を含め、いろいろな楽器が活躍する。特に、イングリシュホルンとハープの紡ぐ美しいメロディが印象的だった。第2楽章以降で革命歌が中心的に歌われるが、緩急取り交ぜたリズム感のある演奏で、時間の長さを感じさせない演奏は素晴らしかった。アマチュアで金管の響きにほころびが無いのは凄いことで、帰りにホワイエで出会ったKitaraボランテイアの仲間もオーケストラの技量に感服していた。
川越氏が指揮をしているのと変わらない出来であったのが何よりであった。

聴衆の数は多くなかったが、聴きごたえのある演奏に聴衆から大拍手がいつまでも続いた。アンコール曲は「ムソルグスキー(ショスタコーヴィチ編):歌劇《ホヴァンシチナ》前奏曲 “モスクワ川の夜明け”」。



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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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