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ウィ-ン・フィル ニュー・イヤー・コンサート2018

ウィ-ン・フィルのニュー・イヤー・コンサートは毎年聴いているわけではないが、今年はリッカルド・ムーティが登場するので最初から最後まで聴いた。
ワルツやポルカが十数曲演奏されるが、聴き慣れている曲は数曲で初めて聴く曲が多い。今年はイタリア色が濃い選曲で、イタリア出身のムーティらしい明るく気品のある曲が目立つ感じがした。聴き慣れた名曲は「雷鳴と電光」のポルカシュネルやワルツ「南国のバラ」。イタリアのバラが一面に咲いている宮殿の庭園の中でバレエも繰り広げられた。

今回興味深かったのは1918年のハプスブルク帝国が崩壊した年から100年を経たウィ-ン・フィルの歴史を顧みる選曲。第一次世界大戦後、労働者のためのコンサートの観点に立ち、ウィ-ン・フィル主催の舞踏会や録音などの活動を通して、新しいオーケストラの転換期となった百年。ウィ-ンの建築家、オット・ワグナーの没後100年にも当たるという。ウィ-ン・フィルは人々の不安を解消し、希望を与える演奏会を目指した。
それぞれの思いが込められた歴史のつながりも振り返った曲が演奏された。解説が字幕に書かれていて参考になった。

NHKの担当アナウンサーのほかに、ウィ-ン・フィルのチェロ奏者、へーデンボルク・直樹とバレリーナ橋本清香もコンサート直前と休憩時間中のトークに参加した。直樹は今回は降り番で来年が出番だそうである。兄のへーデンボルク・和樹がヴァイオリン奏者としてコンサートに加わった。彼らのことは昨年の「音楽の友」11月号で名前を初めて知った。一番下の弟のピアニストを加えて3人で“へーデンボルク・トリオ”を組んで昨年、日本デビュー。今年のウィ-ン・フィル日本公演には2人の兄弟も加わり、トリオの室内楽公演も予定されているそうである(*3人はスウェーデン人ヴァイオリニストの父、日本人ピアニストの母の下でザルツブルグで生まれ育った)。
休憩時間中にウィ-ン・フィルの楽団長で、PMFウィ-ンで馴染みのメンバーのフロシャウアーさんが日本語で日本の視聴者に挨拶して親日家の一面を見せた。

ウィ-ン・フィルの軽やかな演奏はいつもと変わらないが、今年はイタリアの雰囲気も感じられる一層明るいコンサートとなった。
ムーティは1971年ザルツブルク音楽祭でウィ-ン・フィルと初共演以来、500回も共演を重ねている巨匠指揮者。
ムーティがPMFに初登場したのが2007年、札幌芸術の森での開会式と記念演奏では、その姿はカラフルな服装によって一段とカッコ良かった。Kitaraでは黒の燕尾服だった。メインの演奏曲は「シューベルト:ザ・グレイト」で強烈な印象を残した。翌年にはウィ-ン・フィル札幌公演で《ロッシーニ:歌劇「セミラーミデ」序曲》、《チャイコフスキー:交響曲第5番》などを演奏。
当時から見ると格好の良さは感じても、当然ながら老けて見えた。ウィ-ン・フィル・ニュー・イヤー・コンサートには5回目の登場だったそうである。まだまだ現役としての活躍が期待される。
演奏中、今年のKitaraのニューイヤーに登場するコンサートマスターのシュトイデやPMFウイーンのチェロ奏者ノージュなどの顔なじみの姿も目に入った。トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ンで来札するメンバーもいるだろう。以前より女性メンバーが少し増えたように思った。
例年と同じくプログラムの最後はワルツ「美しく青きドナウ」で締められた。アンコール曲も恒例の「ラデツキー行進曲」。華やかな雰囲気の裡にコンサートが終った。

※小澤征爾がNew Year's Concertに出演したのが2002年で、その当時はCDも早々に手に入れたものだ。16年も経ってしまった。正月気分が抜けきらないうちに久しぶりに聴いてみようかなと思う。来年はティーレマンが指揮者に決まっているそうである。
ウィ-ン・フィルは毎年来日公演を行っているが、ライヴ公演を聴いたのは1973年、1997年、2008年の3回だけ。Kitaraが開館した年の公演が一番印象に残っている。
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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