ロシア国立交響楽団《シンフォニック・カペレ》~チャイコフスキー三大交響曲

ロシア国立交響楽団(The State Symphony Orchestra of Russia)は1936年創立のロシアを代表するオーケストラである。スヴェトラーノフが1965年~2000年まで音楽監督・首席指揮者として黄金時代を築いた。今回の来演するオーケストラの日本語名が同じであるが、英語名が“State Symphony Capella of Russia”.。
サンクトペテルブルク・フィルやマリインスキー劇場管、モスクワ・フィル、チャイコフスキー響(旧モスクワ放送響)は度々聴きに行っていた.。このオーケストラの公演情報が年明け早々にあった時にはやや躊躇していた。妻が主催者の特別先行販売の案内を受けてチケットをインターネットで申し込むということで、プログラムの「チャイコフスキー第4~6番一挙連続演奏」の魅力もあって付き合うことにした。チケットは異常に早く7ヶ月以上前に届いていた。

昨日のコンサートに出かける前に、ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管による“TCHAIKOVSKY SYMPHONIES NOS 4.5 &6”(パリのサル・プレイエルでのライヴ録音、2010年)のDVDを視聴した。何かほかの事をしながら聴く“ながら”CDより集中度が高くなる。ゲルギエフ&マリインスキー劇場管は2009年に2夜にわたってチャイコフスキー3大交響曲とピアノ協奏曲を演奏したことがあった。
今回のように一晩での連続演奏会は極めて珍しい。どのオーケストラでも実現できるわけではない。

2017年11月10日(金) 18:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ヴァレリー・ポリャンスキー(Valery Polyansky)
管弦楽/ ロシア国立交響楽団《シンフォニック・カペレ》(State Symphony of Russia)

ポリャンスキーは1949年、モスクワ生まれのロシアの指揮者。モスクワ音楽院でオーケストラと合唱の指揮を学ぶ。大学院の時にロジェストヴェンスキーに師事し、77年からボリショイ劇場でロジェストヴェンスキーのアシスタントを務め、やがて同劇場の指揮者となる。国内外のオーケストラにも客演して、92年にはロシア国立シンフォニー・カペラ(前身はソヴィエト文化省響)首席指揮者に就任。2002年よりスウェーデン・エーテボリ音楽祭首席指揮者、モスクワ音楽院教授。

音楽之友社によると、このオーケストラは1982年にソヴィエト国立文化省交響楽団として発足した。ロジェストヴェンスキーが国内名門オーケストラの中から優れた奏者たちを集め、オーディションで選抜したモスクワ音楽院の若き音楽家たちを加えて、まさに夢のオーケストラを結成したという。モスクワを本拠地にして、演奏活動、録音活動ともに順調なスタートを開始したが、ソ連崩壊によって挫折した。「モスクワ・シンフォニック・カペレ」として活動を続けたが、指揮者のロジェストヴェンスキーが国外へ出てしまった(*ロジェストヴェンスキーは読売日響の名誉指揮者となっているが、同響での活躍も多く、96年に札幌公演も行った)。国の援助も途絶えて、91年頃は解散状態のようだったと言われるが、ゲルギエフを中心とする音楽家たちの努力でロシア政府を動かし、21世紀に入って、ロシア音楽の復興が図られたように思われる。、

2015年の来日公演でロシア国立交響楽団は「チャイコフスキー第4・5・6番連続演奏」を敢行して、全国10公演が大好評を博したという。人気のチャイコフスキーの3交響曲の演奏は魅力的なプログラムであることは間違いないが、一晩での3曲一挙公演は困難である。今回の3曲連続演奏会は貴重な機会となった。

〈Program〉
 チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 作品36
 チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64
 チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」

チャイコフスキーはマンフレッド交響曲を含めると7曲の交響曲を残している。「第4番」は最も変化に富んだ劇的な作品。第3番までの民族的な表現法に加えて自伝的な標題音楽を重ね合わせることによって、独自の交響曲の様式を確立したように思う。この曲を書いた当時、チャイコフスキーは不幸な結婚に悩み、精神の激動の時期にあった。運命に対して絶望し、奮闘して勝利する様子が描かれている。
ホルンとファゴットが奏でる激しい序奏は「運命」のモチーフ。人間に襲い掛かる運命の動機はこの曲の悲劇性を強調する。曲が展開されると抒情性もくみ取れる。緩徐楽章の第2楽章では悲哀に満ちたオーボエの旋律が印象的だが、クラリネットやファゴットで奏される農民舞曲風の安らぎの調べも心に響く。第3楽章のスケルツォは弦楽器のピッチカートが曲に変化を与えた。憂鬱な気分を吹き飛ばすような荒々しい主題とロシア民謡の旋律による主題。交互に繰り返されて最後に祝祭的な気分のフィナーレ。

ステージ上で楽器の配置の段差が無くて、管楽器奏者の演奏状況が見れなかったのが残念! 座席が1階6列やや上手寄りで弦楽器群に比して管楽器奏者が全く視野に入らなかった(*自分で座席を選べなかった)。シンバルとトライアングルの奏者のみ立って演奏した時に目に入った。管楽器奏者が少なめと思ったが、音量は十分に出ていた。楽器の音色の区別は幸いできていた。
指揮台も無く、ステージ上の台の設置も無しというKitaraでは珍しいステージの状況で、その理由はハッキリとはしなかったが、音楽鑑賞には支障はなく、演奏効果を狙ったのかもしれないと思った。

1曲が45分程度の曲で休憩時間が2回あった(各20分)。2階RB、LBにかなりの空席が見えたが、P席は埋まり、3階席もほぼ埋まっているようで、チャイコフスキーの人気の高さが窺がえた。

チャイコフスキーの曲でも最も人気が高く演奏機会の多い「第5番」。彼は結婚生活の破綻によって、主に西ヨーロッパで生活を始め、第4番から10年あまりを経て第5番を一気に作曲した。「運命」の主題による循環形式を採用して、次々と魅力的なメロディを繰り出し、暗から明へと展開していくドラマティックな構成の曲作り。
第1楽章冒頭のクラリネットの重々しい旋律が運命の主題。4つの楽章に全て現れる。第2楽章はアンダンテ・カンタービレ。弦楽器による導入の後、ホルン独奏による翳りを帯びた鮮やかな旋律は何とも言えない美しさ。第3楽章が幻想的なワルツ。スケルツォでなく、ワルツはベルリオーズが「幻想交響曲」の第2楽章に用いているのを思い出す。第4楽章は輝かしい凱歌と言える終結部で、非常に力強くて雄渾なフィナーレ。

緊張も解けた聴衆からブラヴォーの声が飛び交った。休憩が入って、ホッと一息つくが、聴衆も集中力を保つのが大変だと思う。演奏者がチャイコフスキーの大曲、3曲を続けて演奏するのは体力、精神力も必要で大変なエネルギーを要する。今回の日本ツアー8公演中、東京、福島、札幌、新潟の4公演のようである。木管・金管群の活躍が光った。特に金管奏者の消耗が激しいと想像するが、大健闘である。

チャイコフスキー最後の作品となった「悲愴」に着手したのは亡くなる前年のこと。彼の交響曲の中で最も独創的な内容を持つ作品。ペシミズムが全編を覆っている。彼の最大の支援者であり、理解者でもあったメック夫人からの援助が突然に打ち切られた苦悩と孤独が大きな影を落としているようである。しかし、この曲は多くの人間が持ち合わせている感情を表したものかも知れない。初演が終わって9日後に、チャイコフスキーは亡くなった。
コントラバスとファゴットが暗くて、まるで呻くような旋律を奏でて曲は始まる。低音域の第1主題、チェロと第1ヴァイオリンの甘美だが、哀しみを秘めた第2主題の第1楽章。ロシア民謡が入って間奏曲のようであるが、不安げな暗い印象の第2楽章。第3楽章はスケルツォと行進曲を組み合わせたユニークな楽章、決して明るい気分ではなく、何となく落ち着かない雰囲気。第4楽章は、タイトル通りの重く打ちひしがれた終曲。交響曲の終楽章がこんな遅いテンポの曲も珍しいが、「悲愴」の象徴的な楽章でもある。

第3楽章は力強く閉じられるので、終曲と勘違いして拍手が起こりがちで、チョット心配したが、パラパラとわずかに起きた拍手には気づかなかった。全曲の終了時間は21時35分。永遠の静寂の中に音が消えていき、指揮者の手が下ろされた途端に万雷の拍手とブラヴォーとアンコールの声があちこちの客席から飛び交い、指揮者も何度もカーテンコールに応えた。3時間を要した力強い演奏に感動した聴衆の惜しみない拍手が指揮者とオーケストラ全員に贈られた。

チャイコフスキーの3大交響曲は何度聴いてもその曲の素晴らしさに感動する。帰りの地下鉄の電車の中で妻が旭川から出かけてきた小・中・高と一緒だった女性と出会って思わぬ再会を果していた。市内だけでなく、道内から聴きに来たチャイコフスキー・ファンも数多くいたようである。
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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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