PMF2016 《PMF・GALAコンサート》より〈プログラムC〉をPMFオン・デマンドで鑑賞

去る8月6日にKitaraで開催された『PMF・GALAコンサート』の中から芸術監督ゲルギエフ率いるPMFオーケストラが演奏した〈プログラムC〉が昨日(9月30日)からハイビジョン映像でストリーミング配信された。

今年度のPMF演奏会には7回出かけた。GALAコンサートは毎年聴いているが、今年はピクニックコンサートにして当日券で間に合わせようとしていた。途中で世界的に有名なヴァイオリニスト、カヴァコス出演の連絡が入ったが、8月6日は先約があって日程が埋まっていた。結果的に翌7日も都合がつかなくなった。レオニダス・カヴァコスの演奏を聴き逃したのが極めて残念に思っていた。

数日前に聴き逃した公演がPMFオン・デマンドで鑑賞できるメールが入った。年末にPMF組織委員会から贈られてくるCD(*非売品)で我慢しようと思っていたが、ハイビジョン映像が見れるとは嬉しいニュース。CDと映像付きでは大違い。しかも音質・音量ともに優れたヘッドフォンを使って聴けたので臨場感あふれるサウンドを楽しめた。

演奏曲目は「メンデルスゾーン:交響曲第4番」、「ブラームス:ヴァイオリン協奏曲」、「ショスタコーヴィチ:交響曲第8番」。ソリスト・アンコール曲「バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番より ガヴォットとロンド」も入って約150分の収録。2時間半もアッという間に過ぎて良い時間を過ごせた。
何といってもカヴァコスの演奏が圧巻。1967年、ギリシャ生まれで、88年のパガニーニ国際コンクールで優勝して、同年日本デビュー。既に85年シベリウス国際ヴァイオリン・コンクール優勝を飾っていて彼の高度な演奏技法が脚光を浴びていたという。ラテン系の情熱的で個性的な雰囲気を持ったヴィルトゥオーゾ。驚異的なテクニックを見せながらの演奏に直ちに引き込まれた。カヴァコスの独特なオーラも漂っていて言い知れぬ満足感を覚えた。

ゲルギエフは2002年にKitaraのステージに初登場してから、何度も来札している顔なじみの指揮者。これまで彼の指揮ぶりを9回は見ている。ゲルギエフ&マリインスキー劇場管によるCDやDVDが手元にあるほど彼の指揮ぶりとKitaraへの情熱に魅力を感じていた。PMF2004年の「ショスタコーヴィチ:交響曲第11番」の演奏も印象深くて札幌芸術の森でのステージも目に浮かぶ。08年12月、2夜連続のチャイコフスキー・ツィクルスも忘れられない。12年11月のコンサートも含めて偉大なるマエストロ・ゲルギエフの超人的な活動は当時のブログにも書いた。
昨年は2日連続で「ショスタコーヴィチ:第10番」の指揮ぶりを見た。相変わらずオーラを放ってオーケストラを纏め上げていたが、あまり感動が湧いてこなかった。折角の芸術監督としてのPMF出演だったが、教育音楽祭におけるアカデミー生に対する指導日数が足りない感じがした。

今年は同じプログラムを千歳・札幌・函館・東京の5公演で演奏して、かなり高い評価を得たようである。少なくてもゲルギエフは昨年以上のエネルギーをアカデミー生の指導に注ぎ込んだようである。
GALAコンサートでの録画を見てもマエストロは輝かしい太陽が照りつけるイタリアの風景を背景に若い奏者の明るい溌剌とした演奏を作り上げていた。カヴァコスの演奏を支えた指揮ぶりもさることながら、「ショスタコーヴィチ第8番」はPMF教授陣も加わっての演奏でもあったが、ゲルギエフの解釈に基づく“戦争交響曲”で人生に起こったいろいろなドラマが表現された。6月定期の広上&札響とは違った角度で興味深く聴けた。大規模な楽器編成で音量も違ったが管楽器ソロも素晴らしく、何といってもゲルギエフの手の振りを含めて今年は指揮ぶりに一段と力が入っていたと見たのは言い過ぎだろうか。とにかく力演であった。

4月の時点でGALAコンサートのチケットを予約する気になれなかった理由がもう一つある。ゲルギエフがあまりにもプーチン寄りで芸術が政治に利用されている臭いを何となく感じ取っていた。昨年のチャイコフスキーコンクールのピアノ部門の入賞者がGALAに出演することになっていたが、6月のコンクール終了後にも優勝者の名が発表されずに、当日の演奏曲目も変更になった。
「音楽の友 12月号」で今は亡き中村紘子の連載“ピア二ストだって冒険する”の記事を読んで謎が解けた。同時に権力者のおぞましい姿を垣間見て衝撃を受けた。
チャイコフスキー国際コンクールはピアノ、ヴァイオリン、チェロ、声楽(男性)、声楽(女性)の5部門で開催されている。2015年度の5部門を統括する審査委員長はゲルギエフ。中村紘子は審査委員になっていたが本番は欠場となった。参加した西欧のピアノ部門審査員が彼女に漏らした話が書かれていた。「今年のピアノ部門の最終結果を嫌ったゲルギエフは表彰式当日になって他の審査員に断りもなく独断で順位を変えてしまったそうである。その時は、ロシア人以外の外国人審査員の大部分はすでに本国に向けて帰ってしまっていた」(*彼女の原文のまま)。続けて中村が書いている。「独裁者が牛耳れば、もうそのコンクールは公正とはいえなくなる」)。私自身が危惧してたことである。今年のリオ・オリンピックの出来事を見れば、切迫感がつのる。スポーツだけでなく芸術までも政治の影響を受け独裁者の支配が及ぶと世界が危うくなる。

西側諸国とロシア・中国との溝は根深いが領土問題で解決を急ごうとして日本がロシアに結果的に利用されないように願うばかりである。芸術分野での良好な関係は是非継続してほしい。PMFの発展を望んで止まない。
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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