チェコ・フィル ストリング・カルテット 2016

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団は世界のメジャー・オーケストラとして知られるが、21世紀に入ってからその勢いが衰えてきている感がしないでもない。札幌コンサートホールが開館した1997年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とともにKitaraのステージに初登場したのは記念すべき出来事であった。ウラディーミル・ヴァ―レク率いるチェコ・フィルに続いて2003年にはジャン・フルネ指揮による同フィルのフランス音楽の演奏が最後となっていた。その後に札幌公演も行われたが聴く機会を持たなかった。
チェコ・フィル・ストリング・カルテットの札幌公演は昨年スケジュールの調整が出来ずに聴けなかったが、今年の2度目の来札公演は何とか聴くことが出来た。

2016年3月6日(日) 開演13:00  札幌コンサートホール大ホール

Czech Philharmonic String Quartet は1992年チェコ・フィルの主要団員たちによって結成され、2011年ヴァイオリン奏者2名の定年によるチェコ・フィル退団を受けて、新進気鋭のコンサートマスターなど優れたメンバーが加わった。

出演/ ヨゼフ・シュパチェク,Jr(第1ヴァイオリン)、 ミラン:ヴァヴジーネク(第2ヴァイオリン)、 ヤン・シモン(ヴィオラ)、 ヨゼフ・ シュパチェク,Sr(チェロ)

〈PROGRAM〉
 モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハト・ムジ―ク K.525より 第1楽章、  
 バッハ:G線上のアリア、ハイドン:セレナード、ベートーヴェン:エリーゼのために、
 シューマン:トロイメライ、 ショパン:子犬のワルツ、サン=サーンス:白鳥、
 リムスキー=コルサコフ:熊蜂の飛行、
 ドヴォルザーク:ユモレスク、  ハチャトゥリアン:剣の舞、
 オッフェンバック:「天国と地獄」序曲より、 ワルトトイフェル:スケーターズ・ワルツ、
 バダチェフスカ:乙女の祈り、  イヴァノヴィッチ:ドナウ川のさざ波、 
 ネッケ:クシコスポスト、 ピアソラ:リベルタンゴ、  ビートルズ:ミッシェル、  
 グレン・ミラー:ムーンライト・セレナーデ、
 ロドリゲス:ラ・クンパルシータ、   エリントン:A列車で行こう

クラシックの名曲を中心に珠玉の名曲集コンサート。前半は超有名曲10曲、後半はポピュラー音楽をまじえた名曲10曲。殆ど聴き慣れた曲ばかりであるが徹底した有名曲のプログラムに興味をそそられた。
リーダーのJosef Spacek、Jrは1986年、チェコ生まれ。アメリカの名門カーティス音楽院を卒業後、ジュリアード音楽院でパールマンに師事。ソリストとして活躍し、2011年チェコ・フィルのコンマスに就任。このカルテットのリーダーとしてコンサートを仕切った。コンサートの進め方は堂に入っていた。日本語の挨拶で売り出した1200ほどの座席を埋めた客の心を巧みに掴んだ。演奏でも終始リーダーシップを発揮していた。途中でメンバーを自己紹介させ、チェロ奏者と同じ名で彼の息子と述べた。(*帰宅後にチェコ・フィル札幌公演のプログラムで当時のオーケストラメンバーとして2回とも彼の名があった。シュパチェクと同じ1962年生まれでヴィオラ奏者のJan Simonとヴァイオリンのミランも03年のチェコ・フィル来札公演に加わっていた。)

わかりやすい日本語で話しながら、“日本語は難しい。英語の方が得意です。”と言って、今度は早口の英語で話し始めた。日本では度々、公演を行なっているが日本の聴衆は世界一と述べ、日本の食べ物の美味しさなど日本の素晴らしさを話した。今回が56回目の来日となり日本食が大好きなヴィオラ奏者ヤンに話を振り料理の種類を述べさせ、会場が和やかになる雰囲気を演出した。英語が理解できなくても“寿司、刺身、てんぷら、しゃぶしゃぶ、味噌ラーメン”という言葉が解って会場に笑いが広がった。

前半の耳に馴染んだ名曲の演奏はあっという間に終った。後半に始まった「スケーターズ・ワルツ」には懐かしい思い出がある。大学に入学して月2千円の奨学金が授与されることになった。6月に支給された3ヶ月分6000円は思わぬ大金で電気蓄音機を購入した。早速、「スケーターズ・ワルツ」や「子犬のワルツ」が入ったSPレコードを手に入れて毎日のように聴いていた。その後、「スケーターズ・ワルツ」は殆ど耳にすることは無かったが、ワルトトイフェルの名は忘れたことはない。
(*話は逸れるが、卒業後に公立中学校教員になった場合には4年間に貸与された約10万円は返還の義務が免除されていた。公立高校教員になった場合は翌年から年5千円の返還が義務付けされていた。奨学金は殆ど書籍の購入に充てていて希望の職に就いたので卒業後は返還のつもりでいた。ところが就職した翌年から高校教員も返還が免除されることになった。返還義務が始まる1962年に返還を怠ったところ延滞金が課せられた。当然のことながら翌年から20年間に亘って返還義務を果たした。就職した年の初任給は1万5千円で、70年以降の急激な給料上昇のお陰もあり、当時の奨学金の有り難さは身に染みている。)

後半のプログラムのドイツの作曲家ネッケ(1850-1912)の名は知らなかったが、流れてきたメロディが《「天国と地獄」序曲より》と同じく日本の運動会で耳慣れたものだった。ポピュラーな曲はそれほど馴染んでいない。「ラ・クンパルシータ」だけは有名なアルゼンチン・タンゴで心も踊るリズミカルな曲で楽しめた。

全20曲がそれぞれアンコールとして演奏される小品。最初の「小夜曲」が第1楽章だけでなく全楽章を演奏しても良かったのではないかと思った。好みは人それぞれだが、堅苦しい曲よりも全曲が小品の有名曲を好んで休日の午後のひと時を歓迎した人が大勢いたかもしれない。充実感は覚えなかったが、妻の日頃の世話に感謝してコンサートに誘って気軽な気持ちで楽しんだ。

アンコール曲は3曲。①ブラームス:ハンガリー舞曲第5番、 ②ニーノロータ:ロミオとジュリエット。2曲の演奏後にリーダーはサイン会の宣伝を日本語でして最後の曲を演奏したが、彼は聴衆を喜ばせる術を心得ている様子だった。③ヨハン・シュトラウスⅠ:ラデツキー行進曲。帰りのホワイエには多くの人が列をなして並んでいた。



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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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