札幌交響楽団第583回定期演奏会(アシュケナージ&河村尚子)

前回の札響定期は入院中で聴くことが出来なかった。無事に退院して10日後の今朝は、早起きして検診で病院に出かけた。血液検査や胸部レントゲン検査の結果、飛躍的に改善している旨を告げられて一安心。時間が指定されているとはいえ、土曜日の総合病院はそれなりに混みあっていた。一旦、帰宅せずに午後のコンサートに備えた。Kitaraチケットセンターで2月のKitara主催コンサートのチケットを購入して、今まで余り聴く機会のなかったロビーコンサートを聴く時間の余裕があった。
1階ホワイエでのロビーコンサートの曲目は「モーツァルト:オーボエ四重奏曲 K.370より 第1,3楽章」。札響首席奏者 金子(ob)、大森(vn)、廣狩(va)、石川(vc).の豪華メンバー。今シーズンで退団する金子さんを贈る仲間の色々な想いを込めてのロビーコンサートだと思って、オーボエを中心に耳を傾けた。とても心に残るロビーコンサートとなった。

2015年11月28日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ウラディ―ミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy)
ピアノ/ 河村 尚子(Hisako Kawamura)
管弦楽/ 札幌交響楽団

〈プログラム〉
 ベートーヴェン:バレエ「プロメテウスの創造物」序曲 作品43
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第25番 ハ長調 K.503 (ピアノ:河村尚子)
 ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 ホ短調 作品93

ベートーヴェンが遺した11曲の序曲で1801年に作曲した最初の序曲。彼は序曲という分野での深みを追求して、コンサート序曲と交響詩の方向付けでパイオニアとしての役割を果したと評価されている。《フィデリオ「序曲」》を例外として、他のすべての序曲はコンサート用序曲としてのみ純粋に演奏されている。
バレエ音楽としてスタートした「プロメテウスの創造物」は序曲に相応しいドラマティックな展開の曲。札響で演奏される機会が比較的に多い序曲。札響演奏歴は今回が25回目(定期で6回目)。

モーツァルトのピアノ協奏曲は第20番、第21番の人気が高く、演奏機会も多い。第20番から第27番までの協奏曲のCDを多く所有していて、特に手元に内田光子演奏のCDが多い。所有している第25番のCDは2枚ともピアノ&指揮がダニエル・バレンボイムである。昨日、久しぶりに彼の演奏を聴いてみた。冒頭の壮大なファンファーレで何度か聴き慣れたメロディを思い出した。第1楽章が曲の半分ほどを占める。第3楽章は軽快で心地よいフィナーレ。
この曲は札響定期では初めての演奏。前回は12年1月のKitaraのニューイヤーで外山啓介による演奏。

今回の河村の演奏は派手な超絶技巧などは余りなくて、軽快で清楚なモーツァルト独特の曲の明るさがホールを包んだ。ピアノの技術面だけでなく、ピアノから生み出される深い味わいを表現できるピアニストはそんなに多くないのかも知れないと思った。

河村尚子は1981年、兵庫生まれ。86年家族と渡独。98年よりハノーファー国立音楽芸術大学でクライネフに師事。99年以降、多くの国際コンクールで優勝。06年ミュンヘン国際コンクール第2位に続き、07年クララ・ハスキル国際コンクール優勝。ドイツを拠点に国際的に活動。11年1月、ブラームスのピアノ協奏曲第1番で札響と初共演。Kitara小ホールでのリサイタルは14年6月のカワイコンサート。待望の彼女のリサイタルを堪能。期待通りの演奏に感動してサイン会でCDを購入。その時は大きなお腹を抱えての演奏で、今頃1歳の可愛いお子さんを子育て中のママさんピアニスト。

聴衆のアンコールを求める拍手大喝采とアシュケナージにお膳立てされてのアンコール曲は「J.S.バッハ(ペトリ編曲):羊は安らかに草を食む」。
来年2月にKitara大ホールで開催される河村のリサイタルのチケットは既に9月に購入済みである。

「ショスタコーヴィチ:交響曲第10番」はPMF2011でポーランド出身のウルバンスキ指揮で初めて聴いた時に面白い曲だと思った。PMF2015ではゲルギエフ指揮のGALAとピックニックコンサートで2回続けて聴いた。今回が4回目である。
1906年にショスターコヴィチ生誕100年の年に彼の曲を集中的に聴き始めた。交響曲は奇数番号の曲が多かった。偶数番号の作品はレコード店でも余り陳列されていなかった。数年前にパーヴォ・ヤルヴィ指揮シンシナティ響の「第10番」のCDを手にして、何度か聴いているが、コンサートにおけるように集中力を持って聴かないと曲の鑑賞は容易ではない。

ショスタコーヴィチは1945年に短い簡素な「交響曲第9番」を作曲したが、小規模な軽妙洒脱な曲に対してソ連社会の批判を受けた。「第10番」はスターリン死去後の1953年に作曲されて世界の注目を浴びた。当時のソ連社会の時代背景を意識して、ショスタコーヴィチは作曲の意図が必ずしも明確でなくて曖昧に解釈できる作品を書かざるを得なかったようである。
約1時間かかる曲の4割を占める長大な第1楽章。暗い楽章だが美しい抒情的な旋律もある。低音域弦楽器の重々しい響き、木管楽器のソロが提示する調べなどで様々な様相を提示。大きな音の出る楽器ピッコロの響きが目立った。“スターリンの肖像”と言われるスケルツォの短い第2楽章。第3楽章は淡く抒情的で何となくぺーソスを感じさせる楽章。ホルンの響きが印象的だった。第4楽章は暗くて悲しい調べで始まるが、徐々に清々しいメロディが響き渡る。その旋律が大きくなって華々しく曲が終る。

アシュケナージの指揮ぶりはこの交響曲の持つ多面性を独自に解釈して説得力のある演奏を展開して、この曲の特徴をより明らかにしているように思った。手の動き、身体全体の動きと楽団員を掌握し、聴衆の期待を一身に集めて音楽作りをする指揮者の魅力溢れるコンサートになった。
集中して聴くと味うことができる迫力ある生演奏の良さを改めて強烈に感じ取った。本日の演奏で圧巻とも言えるアシュケナージによる「第10番」の演奏は聴衆に期待以上の満足感を与えたのではないだろうか。

※同じソヴィエト連邦に生まれたゲルギエフ(1953年)とアシュケナージ(1937年)の二人であるが、体制側の指揮者と西側に渡った音楽家の違いも表れているのかなという印象を受けた。戦前と戦後生まれの違いもあるが、プーチン体制ベッタリでロシア音楽を立て直した功績者でもあるゲルギエフと自由主義国に渡って50年近くにもなるアシュケナージを比べるのは無理かもしれない。これはコンサート終了後にふと思いついた主観的な感想である。




スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR