佐々木典子ソプラノ・リサイタル

ふきのとうホールのオープニングフェスティバルに参加するのも26日が最後の予定であった。26日に5階のエレベーターを降りたところで声をかけられた。Kitara Club会員でKitaraボランティアとしても活動している顔見知りの女性であった。31日で終了する六花亭のコンサートに来る予定があるかと訊かれたが、6回も通ったので今日が最終回だと告げると、チケットを無駄にしたくないので良ければ使ってほしいとの話であった。“喜んで”と答えると、妻の分も含めて2枚頂くことになった。彼女の手元には事情があってチケットが何枚かあったようで、無駄になることを気にしていた様子であった。コンサートの開催日も押し迫って音楽好きの人に譲ろうとしていたように思えた。断るのは簡単だったが、遠慮なく頂いた方が良いと判断した。声楽のコンサートで以前にソリストとしてその歌声を聴いたことのある歌手が出演するコンサートだった。

2015年7月30日(木) 開演時間 19:00

佐々木典子  R.シュトラウスを歌う

佐々木典子(Noriko Sasaki)は熊本県出身。武蔵野音楽大学を卒業後、モーツァルテウム芸術大学オペラ科を首席で修了。その後、ウィ-ン国立歌劇場オペラ研修所を経て、同歌劇場専属歌手(1986-91)として活躍。ウィ-ンを始めヨーロッパ各地の劇場に出演の他、マーラーやR.シュトラウスなどのコンサートにも数多く出演。帰国後は二期会などで活躍。特に、R.シュトラウスの作品で傑出した演唱で高い評価が定着。現在、東京藝術大学教授。東京二期会会員。

2009年2月、佐々木典子は天羽明恵の代役としてピアノの仲道郁代とデュオ・コンサートに出演した。その時の彼女の話で鮮明に記憶していることがある。指揮者やオーケストラと共演するピアニスト、ヴァイオリニストなどと違って、歌手の場合は公演契約時から代役が決まっているということである。世界中のどこでも同じ慣習であると伺った。
その後、彼女は12年5月の札響定期演奏会のプログラム「ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス」でソプラノのソリストとして出演していた。生で彼女の歌声を聴くのは今回が三度目になる。

野平一郎(Ichiro Nodaira) は1953年、東京生まれ。東京藝術大学、同大学院修士課程作曲家修了後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院で作曲とピアノ伴奏法を学ぶ。ソリストとして内外の著名オーケストラと共演し、室内楽奏者としても多くの演奏会に出演。間宮芳生や日本の作曲家の作品の世界初演、リゲティの「ピアノ協奏曲」の日本初演など多彩な活動で芸術選奨文部大臣賞など受賞も数多い。2005年より静岡音楽館AOI芸術監督。現在、東京藝術大学教授。
彼のピアノは今回が3回目。98年は渡辺玲子ヴァイオリン・リサイタルのピアノ伴奏を担当。08年は「メシアン生誕100年記念プログラム」で藤井一興との共演におけるピアノ連弾、2台ピアノでの演奏は記憶に残る演奏会だった。

Richard Strauss 歌曲の夕べ  R. Strauss Program

「夜」Die Nacht, op.10-3 作詞:H.v.ギルム
「万霊節」Allerseelen, op.10-8 作詞:H.v.ギルム
「思いの全ては」All mein Gedanken, op.21-1 作詞:F.ダーン
「私の心の王冠」Du meines Herzens Kronelein, op.21-2 作詞:F.ダーン
「矢車菊」Kornblumen, op.22-1 作詞:F.ダーン
「ばらの花冠」Das Rosenband, op.36-1 作詞:F.G.クロプシュトック
「ツェチーリエ」Cacilie, op.27-2 作詞:J.ハルト
「献呈」Zueignung, op.10-1 作詞:H.v.ギルム
「あすの朝」Morgen, op.27-4 作詞:J.H.マッケイ(独奏ヴァイオリン付き)

★歌劇《ばらの騎士》より 「元帥夫人のモノローグ
 Marschallin's Monologue from “Der Rosenkavalier”

★四つの最後の歌 Vier letzte Lieder
1.「春」 Fruhling 作詞:H.ヘッセ
2.「九月」 September 作詞:H.ヘッセ
3.「眠りゆくとき」 Beim Schlafengehen 作詞:H..ヘッセ
4.「夕映え」 Im Abendrot  作詞:J.v.アイヒェンドルフ

歌曲の分野ではシューベルトの曲は親しむ機会はあったが、シューマンやR.シュトラウス、ラフマニノフなどは多くの作品を作っていることは判っても聴く機会がない。それでもR.シュトラウスやマーラーの作品を最近は聴く機会がでてきた。
木の香りの漂う新しいホール。30年も寝かせていた乾燥材が使われているそうである。木の温もりも伝わってくるホールは何とも心地よい。

Richard Strauss(1864-1949)はシューベルトが作り上げた芸術歌曲を高度なドイツ歌曲に発展させた作曲家として知られる。彼は生涯を通して歌曲を作ったが、今回選ばれた曲目は彼の20代の若い頃の作品が主である。プログラムに載っている詩を演奏中に目を通すことも出来た。(プログラムをめくる音を立てる人は周囲にはいないのが幸いであった。読みやすい大きな字で書かれた歌詞とともに曲をより良く鑑賞できた)。自然やごく平凡な日常生活での出来事や恋心を何気なく描いている詩を選んでの曲つくり。

佐々木は8曲を一気に歌い上げた。1曲目からホールに響き渡る歌声に聴き惚れたが、歌手は聴衆の拍手が入る中断を好まずに8曲を通して歌った。歌手が歌に集中できる環境を用意してあげるのも聴衆の役割でないかと思った。誰一人歌手の邪魔をする人がいなかったのは好ましかった。拍手したくなる場面が何度かあったが、1曲ごとの拍手はプログラムによっては相応しくないと常々思っている。歌曲ではR.シュトラウスを得意として世界のホールで活躍してきた佐々木が格調高く、見事な演唱を繰り広げた。

8曲目の「献呈」が終って拍手大喝采。聴衆はそれまで抑えていた感情を大拍手で表現。野平一郎のピアノ伴奏も超一流だった。ピアノはベーゼンドルファー。(*ピアノは今までのコンサートでスタインウェイも使われていたが、ヤマハも用意されているのかなと余計なことも気になった。)

9曲目のヴァイオリン独奏はエーリッヒ・へーバルト(Erich Hobarth)。今回のオープニング・フェスティバルで「モザイク・カルテット」の一員として三夜に亘って出演の予定があったが今夜は特別出演。「モザイク・カルテット」はニコラウス・アーノンクールが主宰するウィ-ン・コンツェルトゥス・ムジクスのソリストやメンバー。古楽器による弦楽四重奏団では世界最高のひとつとされる。アーノンクール率いるウィ-ン・コンツェルトゥス・ムジクスは06年にKitaraで公演。へーバルトはこのオーケストラのコンサートマスターも務めている。彼を含むカルテットのメンバーも客席でコンサートを楽しんでいた。

後半はオペラ用の衣装で登場。《ばらの騎士》は1911年ドレスデンで上演されて大成功を収め、ウィ-ンからドレスデンまで特別列車が走ったというエピソードがあり、今日でも人気の演目。おそらく、佐々木はウィ-ン国立歌劇場を始め他の歌劇場で何度もステージに立ち演じたと思われる役の曲だったのではないかと思った。

「四つの最後の歌」はR.シュトラウスの死の前年1948年に書かれた曲で演奏会での演目になることが多い。以前、生で日本人歌手でも森麻季、昨年はテレビで藤村実穂子の歌声を聴いた。(昨年3月、藤村がKitaraでリサイタルを開いてR.シュトラウスを歌った。)ソプラノ、メゾ・ソプラノで声の種類が何通りかあるようで、詳しくは判らない。同じソプラノでも、イタリアものが似合う歌手、ドイツものが似合う歌手がいるような気がする。佐々木典子はどちらかと言えば重厚なドイツものに向いている感じがした。 

全ての曲が終ってステージに再登場した時に、彼女は“アンコール曲は用意していない”と言ったが、盛大な拍手に応えて、前半で歌った「献呈」を想いを込めて熱唱した。

小ホールでも収容人数が200~500ぐらいのものまで様々であるが、「ふきのとうホール」は響きの良さ、交通の利便性、適正な収容人数などの観点から開催可能なコンサートも絞られるだろう。月2回程度の常設のコンサートが開催されるようである。しばらく聴いていない「天満敦子のリサイタル」(11月14日)は一応計画に入れてある。

今月は新設された「ふきのとうホール」で7回、Kitaraで7回と月14回のコンサート鑑賞は13年7月の13回を超える新記録であった。歩くのに支障が出たり、病院通いも続く状況で無事に7月も過ぎ去る。趣味が高じて道楽になった感が無いでもないが、いつまでも続くわけではない。ただ8月(5)、9月(8)、10月(8)、11月(5)、12月(3)のチケットは購入済みで数回は増える見込み。大きな病気をしないようにと願っている。予定が狂った時はそれまでと達観している。

 
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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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