シャルル・デュトワとPMF

昨夜のNHK・Eテレ「クラシック音楽館」でシャルル・デュトワ&NHK交響楽団による定期公演を聴いた。プログラムの前半は「武満徹:弦楽のためのレクイエム」、「ベルク:ヴァイオリン協奏曲」。私が興味を抱いたのはベルクの曲。渡辺玲子のCDデビュー曲でCDは持っているが数回聴いただけ。直ぐには親しめない曲で、生の演奏会で聴いた経験もない。演奏者のアラべラ・美歩・シュタインバッハ―が2007年のネヴィル・マリナー指揮札幌交響楽団と共演してメンデルスゾーンの協奏曲を弾いたのを記憶していた。演奏前に曲の説明があって曲の理解に役立った。彼女は説得力のある心揺さぶる演奏を展開してレクイエムの雰囲気が味わえた。
定期演奏会では2曲とも人気のある曲とは言えないが、デュトワはN響との客演指揮で敢えて演奏曲目に選んだ。意外だったのはメインの曲に「新世界交響曲」を選んだこと。インタヴューに対する彼の説明で選曲の理由が解った。指揮者として新しい曲に挑戦したいが、前半に鑑賞が難しい曲を演奏したので、後半は聴衆に親しみがあり、心に響きやすい人気のある曲を選んだと率直に語った。N響とは15年ぶりの演奏曲であったようだ。

デュトワはモントリオール交響楽団を世界のメジャー・オーケストラに育て上げた後、N響の音楽監督を務め、思いがけなくPMF芸術監督として札幌を訪れてくれた。この機会に偉大な指揮者としての彼の功績を振り返ってみたい。

Charles Dutoitは1936年、スイスのローザンヌ生まれ。ベルン交響楽団(67-78)、エーテボリ交響楽団(76-79)の首席指揮者を経て、モントリオール交響楽団(78-02)とフランス国立管弦楽団(91-01)の音楽監督、96年にNHK交響楽団常任指揮者、音楽監督(98ー03)を歴任。その後、フィラデルフィア管弦楽団首席指揮者・芸術顧問(08-12)、09年にロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者・芸術監督に就任。

デュトワはN響音楽監督在任中の2000年~2002年の3年間、PMF芸術監督を務めた。2000年の芸術監督はマイケル・ティルソン・トーマスとの二人体制だったが、01・02年はデュトワのみ。
2000-2002年の3年間、PMFのプログラムにN響も加わった。デュトワが指揮したPMFプログラムは次の通り。

①2000年7月17日(月) 19:00  N響演奏会 Kitara
〈演奏曲目〉プーランク:オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲
       ドビュッシー:夜想曲
       プロコフィエフ:交響曲第3番
デュトワの演奏を初めて聴けると言うより、その指揮ぶりを生で観れた印象は何となく残っているが、演奏曲目の印象は15年経った今や殆ど記憶がない。

②2000年7月22日(土)Kitara, 23日(日)芸術の森野外ステージ
PMFオーケストラ演奏会
 〈演奏曲目〉カーニス:ムジカ・セレスティス
       シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第2番(独奏:シャンタル・ジュイエ)
       ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ぺトルーシュカ」
       ラヴェル:ヴァルス
  *カーニスはレジデント・コンポーザー。両日とも聴いていないが、ヴァルス意外は曲に魅力がないと思ったのだろう。

③2001年7月8日(日) 19:00 N響演奏会  Kitara
 〈演奏曲目〉ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム
       ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番(ピアノ:小山実稚恵)
       ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
 ブリテンの曲は紀元2600年(西暦1940年)を祝う日本政府の委嘱で作曲されたが、いきさつがあって日本での初演は1956年のブリテン指揮N響による演奏。珍しくて興味深かった。華やかなピアノ演奏が魅力的だったし、この時のことは比較的に良く覚えている。

④2001年7月11日(水) 19:00 N響演奏会  Kitara
 〈演奏曲目〉武満徹:弦楽のためのレクイエム
       リーバーマン:ピアノ協奏曲第2番(ピアノ:スティーヴン・ハフ)
       チャイコフスキー:交響曲第4番
 リーバーマンはレジデント・コンポーザー。曲は1992年に完成というから聴いてみないとどんな曲か想像もつかない。

⑤2001年7月14日(土)Kitara、15日(日)芸術の森
 PMFオーケストラ演奏会
  〈演奏曲目〉R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
      ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲(ピアノ:スティーヴン・ハフ)
      ベルリオーズ:幻想交響曲
 幻想交響曲はシャルル・ミュンシュ指揮ボストン・交響楽団のCDで聴いて親しんでいた。デュトワが得意とする曲で、ウィ-ン・フィル首席奏者も加わって迫力に満ちたドラマティックな演奏が展開され非常に楽しかった。今でもその時の様子が眼前に浮かぶ。

⑥2001年7月20(金) Kitara、 21日(土) 芸術の森
  PMFオーケストラ演奏会
  〈演奏曲目〉ラヴェル:スペイン狂詩曲
        ドビュッシー:「海」~3つの交響的素描~
        ストラヴィンスキー:春の祭典
 デュトワらしい選曲。

⑦2002年7月9日(火) 19:00 N響演奏会 Kitara
 〈演奏曲目〉ココリアーノ:交響曲第1番
       ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(独奏:ジョシュア・ベル)
 レジデント・コンポーザーにジョン・ココリアーノが招聘され、アジアの若手作曲家育成のために新設されたコンポジションコースの指導に当った。ココリアーノは映画「レッド・ヴァイオリン」のサウンド・トラックを作曲し、アカデミー賞作曲賞を受賞した。同映画音楽の演奏を担当したのがジョシュア・ベル。この音楽映画を実際に観ており、ベルは人気のあるヴァイオリニストであった。その後、来日の情報がなかったが、彼は室内楽や指揮など多方面で活動を行ない、現在はアカデミー・オブ・セント・マーテイン・イン・ザ・フィールズの音楽監督として活躍しているらしい。そのうち来日の機会があるだろう。

⑧2002年7月20日(土) 19:00 PMFオーケストラ演奏会 Kitara
 〈演奏曲目〉ラヴェル:組曲「マ・メール・ロワ」
        プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番(ピアノ:マルタ・アルゲリッチ)
        R.シュトラウス:アルプス交響曲
アルゲリッチのコンサートはPMFフレンズ会員対象の先行発売でもチケットが買えず、PMF開幕前には完売という状況だった。後にも先にも彼女のコンサートを聴いたのはこの時だけだった。大ホール3階の一番後ろの座席からの鑑賞はワクワクして興奮した。彼女は1970年1月に札響と共演して同じ曲を演奏していた記録がある。プロコフィエフの第3番は今では聴き慣れた曲になった。アルゲリッチの印象が強烈で他の曲のことは余り覚えていない。

シャルル・デュトワのPMFの記録は札幌開催のコンサートのみ。私が聴いた演奏会は①、③、⑤のKitara、⑦、⑧の5回である。彼の軽やかな指揮ぶりで、ドイツの重厚な音楽とは違ったフランス風の色彩に富んだ音色が楽しめた印象が残っている。

音楽とは直接に関わりのない話だが、ベルン響の首席指揮者に就任した頃にアルゲリッチと結婚している。1970年4月、読売日響の公演と大阪の万博記念公演の指揮で日本デビュー。以降、73年と74年に来日。74年3月の来日の折にアルゲリッチと喧嘩して、彼女は公演をキャンセルして離日。同年、離婚した話はよく知られている。その後、音楽の面では協調して共演を重ね、プロコフィエフやバルトークの協奏曲を録音。モントリオール響と二人が共演した「ショパン:ピアノ協奏曲第1番&第2番」のCD(1998年)も手元にある。
札幌での共演は1回のみであったが、PMF2002では栃木、横浜、東京でも同じプログラムで共演した。

78年にモントリオール響のシェフになってから、スイスのフランス語圏出身のデュトワはカナダのフランス語圏のオーケストラと色々な面で相性が良かったと思われる。オーケストラが急成長したと言われる。80-81年シーズンにミラノ・スカラ座管、ボストン響、ベルリン・フィルにデビュー。その後、ニューヨーク・フィル、ロンドン・フィル、フィルハーモニア管、バイエルン放送響などに客演。91年にはマゼールの後任としてフランス国立管の音楽監督に就任した。デュトワがN響を初めて指揮したのが87年。96年にシェフに就任してからは、ドイツ音楽が得意であったN響にフランス音楽を多く演奏する機会を作って、レコーデイングや海外公演の機会を増やした。デュトワのお蔭でN響は日本国内だけでなく国際的名声を高めたのではないかと思う。 

パーヴォ・ヤルヴィが新しくNHK交響楽団の新しい常任指揮者に就任することで日本のオーケストラが一層活気づくことを期待したい。また、PMFも今年からゲルギエフとジンマンという二人の巨匠を迎えて益々発展していくことを切に望む。
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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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