ニューイヤー・コンサート2015 ウィ-ン・フォルクスオーパー交響楽団

キューピースペシャル  テレビ北海道開局25周年記念

ウィ-ン国立歌劇場と並ぶオペラ・オペレッタの殿堂、ウィーン・フォルクスオーパーが贈る豪華なニューイヤーコンサート!
NEW YEAR CONCERT 2015  Symphonie-Orchester Der Volksoper Wien

2015年1月14日(水)7:00PM開演 札幌コンサートホール Kitara大ホール
 
アンドレア・ロスト(ソプラノ)、 メルツァード・モンタゼーリ(テノール)
ルドルフ・ビーブル指揮ウィ-ン・フォルクスオーパー交響楽団
ウィ-ン・フォルクスオーパー・バレエ団メンバー

ウィ-ン・フォルクスオーパーのオーケストラメンバーにより結成された楽団が1988年より毎年お正月の日本にウィ-ンの香りを届けてくれてきた。ウィ-ン・フォルクスオーパー名誉指揮者のRudolf Biblが長年に亘ったフォルクスオーパーとの日本公演を今回で引退。Kitaraでの札幌公演がサントリーホールで元旦から始まった2015年のニューイヤーコンサートの最終回となる。

ロスト(Andrea Rost)はハンガリー生まれ。1989年ハンガリー国立歌劇場でオペラ・デビュー。91年にウィ-ン国立歌劇場とソリスト専属契約を結んで同劇場で活躍し、94年ミラノ・スカラ座デビュー。メトロポリタン歌劇場、パリ・オペラ座など欧米の主要歌劇場に出演し、海外の日本公演でも度々来日している。2012、2013年に続くニューイヤーコンサート出演。

モンタゼーリ(Mehrzad Montazeri)はウィ-ンのシューベルト音楽院、ウィ-ン音楽大学に学ぶ。欧米の歌劇場や音楽祭で活躍し、フォルクスオーパーには2004-05シーズンにデビュー。日本のニューイヤーコンサートは09、10、12、14年に続き5回目の出演。

〈PROGRAM〉
 スッペ:オペレッタ《ボッカチオ》序曲
 J.シュトラウスⅡ:オペレッタ《ヴェネツィアの一夜》から「優美なヴェネツィアよ」(Ten.)
 J.シュトラウスⅡ:ワルツ《春の声》 Op.410 (Sop.) 
 J.シュトラウスⅡ:ペストのチャールダーシュ Op.23(Ballet)
 スッペ:オペレッタ《ボッカチオ》から「フィレンツェには美しい女だらけ」(Sop./Ten.)
 J.シュトラウスⅡ:ロマンツェ 第2番 ト短調 Op.255 (Vc.)
 J.シュトラウスⅡ:ワルツ《ウィ-ンの森の物語》 Op.325(Ballet)
-------------------------------- INTERMISSION ---------------------------
 J.シュトラウスⅡ:オペレッタ《こうもり》序曲
 レハール:オペレッタ《ジュディッタ》から「友よ、人生は生きる価値がある」(Ten.)
 カールマン:オペレッタ《マリッツア伯爵家令嬢》から「聞こえるジプシー・ヴァイオリン」(Sop.)
J.シュトラウスⅡ:ワルツ《ドナウ川の乙女》 Op.427 (Ballet)
 レハール:オペレッタ《ジュディッタ》から「青き夏の夜のごとく美しい」(Sop./Ten.)
 J.シュトラウスⅡ:新ピツィカート・ポルカ Op.449(Ballet)
 J.シュトラウスⅡ:ワルツ《美しき青きドナウ》 Op.314(Ballet)

2015年は元旦からテレビでウイーン・フィルニューイヤーコンサートを聴き、3日にはNHKニューイヤーオペラコンサートを昨年とは違った舞台装置、衣装とともにオペラの歌唱を楽しんだ。10日から≪Kitaraのニューイヤー≫など新年を祝う生のコンサートが続いて今日が新年の雰囲気を味わう最後のコンサートとなった。

パリで流行したオペレッタの創始者はオッフェンバックと言われているが、19世紀後半から20世紀前半にかけてオペレッタが最も盛んだったのはウイーンであり、その代表的な作曲家がワルツ王、ヨハン・シュトラウス。彼の代表的なオペレッタは《こうもり》や《ジプシー男爵》。その後、レハールが「メリー・ウィドウ」を作ってウィ-ン独自のオペレッタを繁栄させたと言われる。

スッペ(1819-95)はウィ-ン・オペレッタの基礎を築いた作曲家。ボッカチオの小説「デカメロン」は知っていたがオペラ名に認識は無かった。《ボッカチオ》の中で歌われる「恋はやさし野辺の花よ」は戦前の浅草オペラでも大人気で、戦後にも日本で流行して歌われた曲だと判った。歌詞を覚えているのでオペラ歌手の歌で流行ったのだろう。

“モンティのチャールダーシュ”は有名だがワルツ王の「ペストのチャールダーシュ」は初めて聴く。21歳の時のハンガリー旅行の折に聴衆のために作曲した曲だそうである。当時、ドナウ川西岸の街区がブダで、ドナウ川東岸の街区がペストと呼ばれていたが、1873年に合併でブダペストとなったので聞きなれないと一瞬戸惑ってしまう。(私は2000年にイタリアからギリシャに向かう飛行機が一端ブダペストの空港に降りて乗り換えをした不思議な体験があって、ブダとペストの事は覚えていた。)

「ロマンツェ 第2番」は1861年、ワルツ王がロシアでのコンサートのために作られた。チェロ独奏とオーケストラのための曲。シュトラウス一家の音楽の大部分は軽快で明朗なワルツ、ポルカ、カドリーユなどの舞曲や行進曲である。このチェロ協奏曲は短調で書かれ悲しい旋律を持つ曲でシュトラウスには珍しい作品。

前半のプログラムに書かれている以外でもフォルクスオーパー・バレエ団選りすぐりの2組のペア・ダンサーの踊りが入って華やかなステージを彩った。

後半のプログラムのレハールのオペレッタ名は聞いたこともないし、カールマンも初めて聞く作曲家の名前。管弦楽曲はともかくオペラやオペレッタに関しては一部の音楽専門家を除いて日本の一般の音楽愛好家に拡がっていないと痛感した。

《こうもり》序曲は何度聴いても飽きない曲。序曲と言っても、オペレッタに登場する美しいメロディが巧みに織り込まれている。ダイナミックなワルツのリズムに乗って聴いていて気分も高揚する。まとまった曲で単独で演奏される機会も多い曲。

本日のコンサートでテノールの甘い歌声も良かったが、ソプラノのロストのコロラトゥラと言うのか彼女の高音域による歌声に魅了された。歌唱の1曲ごとにブラヴォーの声が上がるような見事な歌声が披露された。
半年前のコンサート・チラシのプログラムには定番の数曲しか載っていなかったこともあって、思わず一番安い席のP席を購入していた。P席は好みだが歌が入る時には買わないのを原則にしていたが、今回は失敗してしまった。オーケストラだけなら後悔しないのだが、今回のように素晴らしいオペラ歌手の歌声は正面から聴きたかった。

ともかく何度も聴く機会があっても、今回はオーケストラと歌にバレエが入る楽しみ方も味わえて楽しかった。85歳の指揮者と楽員との息の合ったほのぼのとした関係もなかなか良かった。指揮者が“あけまして”、楽員全員が“おめでとうございます”と声を揃えて挨拶する姿も微笑ましかった。

ソリストのアンコール曲は[カールマン:オペレッタ《チャールダーシュの女王》から「踊りたい」] 。オーケストラのアンコール曲は「J.シュトラウスⅡ:ポルカ・シュネル “浮気心”と 「J,シュトラウスⅠ:ラデッキー行進曲」。

最後にサントリーホールで慣れているのか、指揮者の合図で1階席正面と反対側P席に向けて全員がお辞儀をした。その仕種も日本人向けの礼儀の表し方なのだろうと思った。

*ワルツ王、ヨハン・シュトラウス(1825-99)の名は多くの日本人に知られている。父親はダンス集団のリーダーで、大衆音楽の作曲家だったが、息子が音楽家になるのを反対して工業専門学校に行かせ、彼は銀行員になった。シュトラウスⅡは音楽が好きで才能にも恵まれて、その後「ワルツ王」と呼ばれる大作曲家になった。大衆向きの音楽でも、同時代のブラームス、ワーグナー、ブルックナー、マーラーなどからも同じ音楽仲間として尊敬されていたと言う。
500曲以上の彼の作品の楽譜はオーケストラのスコアとして出版されたのは「美しく青きドナウ」など数曲と言われている。1930年からパート譜が集められてフル・スコアの作成が始まり、「こうもり」のフル・スコアが完成したのは1968年だそうである。きちんとした楽譜の完成には膨大な時間がかかることが予想される。バッハ、ベ―トーヴェンなどの音楽の扱い方の違いが今でも感じ取れる。


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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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