札幌交響楽団ニューイヤー・パーティー2015

2013年の札響ニューイヤーパーティに参加した時にミニコンサートがあったので、今年は2年ぶりに参加してみる気になった。

2015年1月13日(火)19:00開演  会場:ロイトン札幌 3Fロイトンホール
 19:00~ コンサート (指揮/尾高忠明  演奏/札幌交響楽団
 20:00~ 交流パーティ

《ニューイヤー・コンサート》
 ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲
 シベリウス:アンダンテ・フェスティーヴォ
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」

札響ニューイヤー・パーティーは2004年、尾高忠明が音楽監督就任の年に始まったそうである。今年は12年目で、3月末で札響音楽監督を退任するマエストロにとって最後の札響ニューイヤー・パーティになる。彼はウィ-ンに留学していたころに想いを馳せて演奏している様子が曲目からもうかがえた。
「こうもリ」序曲は日本では元旦にテレビで生中継されているが、ウィ-ンでは大晦日と元旦の2日間に亘って演奏されていることを昨年のNHKニューイヤーオペラコンサートでゲスト出演のライナー・キュッヒルが語っていた。その事実と合わせてニューイヤーコンサートの生中継に備えての猛烈なリハーサルが行われていることが尾高の口から語られた。
ズービン・メータやライナー・キュッヒルらが東日本震災当時に日本に寄せた心遣いも熱く語った。

生誕150年を記念してのシベリウス・チクルスも来月の定期で完成するが、2010年に一足早く札響との演奏でCD化された「アンダンテ・フェスティ-ボ」。シベリウスは1925年に交響詩「タピオラ」を作曲してから隠遁生活に入リ、その後、1957年に亡くなるまでほとんど作曲活動はしなかった。1922年、ある工場の25周年記念に短い弦楽四重奏曲を書いていたが、38年に依頼に応えてこの曲に手を加え弦楽オーケストラ(*任意でティンパニを加える)のために編曲した。
その曲が「アンダンテ・フェスティ-ボ」(祝祭アンダンテ)。別荘地“アイノラ”に引きこもっていながら書いた作品。北欧の澄んだ空に美しい音が広がっていくような曲。詩情豊かな優しい調べが心に響いた。
(ピアニストの舘野泉さんに案内されてアイノラを訪れたということで、マエストロ尾高のこの曲にかける想いも一層伝わった。)

「美しく青きドナウ」は定番で10日のコンサートでも聴いたが、指揮者が留学していた当時のドナウ川は汚れて水の色は青くは無かったそうである。札幌の豊平川も鮭が戻ってくるような澄んだ川になって日も浅い。
この曲は一月に聴く機会が多くなったが、何度聴いても美しい曲で踊れるものなら踊りたくなる気分の曲。

40分程度のコンサートの締めは「ヨハン・シュトラウスⅠ:ラディッキー行進曲」。
パーティー前の華やかなコンサートは予定通り終了した。

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《ニューイヤー・パーティー》
 
パーティ-の準備に少々時間がかかり、理事長挨拶、来賓挨拶、鏡開きなどの後、乾杯による開宴は実質的に8時15分ごろ(?)になっていた。
 1時間ほどの楽員との交流が楽しかった。私の場合はこれが楽しみで参加している。飲み物はともかく料理は余り食べない。一昨年は同じテーブルで一緒になったトランペットの佐藤さん、コントラバスの稲橋さんとの交流を楽しんだ。
今年はヴィオラの廣刈さん、オーボエの宮城さん、フルートの高橋さん、ホルンの橋本さんが同じテーブルになって親しく会話ができた。札響以外のコンサートで聴く機会の多い廣刈さんとはヴィオリストの話など幅広く話が弾んだ。(かなり時間を取らせて悪かったかも?)。ホルンの橋本さんとは第4番ホルンの話題を持ちかけると管楽器のこと、リハーサルの日数など私の質問を切っ掛けに詳しく興味深い話をして下さった。

 あっという間に1時間が過ぎ、お開きの時間も9時15分を過ぎていた。コンサートは6列目の正面近くで音楽を楽しみ、パーティは会場入り口のテーブルで楽員との交流を楽しむ私流のスタイル。快く応対していただいた4人の楽員に感謝の挨拶をして早々に良い気分で家路に着いた。

※前日の「札響くらぶサロン」のブログでフィンランドでは自国を“SUOMI”と呼ぶことを書いた。英語の国名は“Finland”で、「フィン人の国」の意味。フィン人は北欧に移住する民族の一つで、居住域はフィンランド。今日のコンサートの折に尾高さんは「フン族」と述べてFinland. Hungaryの繋がりを述べていてモンゴルとも繋がり日本とも繋がりのある話があった。フィン人はアジア系でそこで使われていた言語もウラル語族に属する言語群でアジア系と言われている。(スウェ‐デン語はゲルマン語群でヨーロッパ系である。フィンランドにはフィン人以外のスウェーデン系の人も居住していた。シべリウスはスウェーデン系なので歌曲はスウェーデン語で書かれているのは当然だと思う。(フィンランド語で書かれた歌曲があるかどうかは判らない。)
fin とフン族、フィン人は同じでも Hunがフン族と繋がるかどうかは学説として諸説があるようである。尾高さんの話はいつも面白いが真偽のほどはともかく興味深い話題である。音楽的にはチェコと日本の繋がりも興味深い。
北欧の国として、スウェーデンとフィンランドは同一に考えられがちであるが、国の成り立ちや言語は大違いである。今日でもフィンランドの自治領でありながら、公用語がスウェーデン語というオーラン諸島がある。両国の領有権争いがあって国際連盟に問題が提起され、当時の事務次長の新渡戸裁定で平和裏に解決された稀有の事例。
バルト海にあるオーランド諸島は6700以上の群島から成るが、殆どの島が無人島で、諸島全体の人口が約30万人。今日でも両国民が自由に往来できる島として新渡戸稲造の名はフィンランド国の恩人として知れ渡っているようである。
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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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