HIMES オーケストラ Vol.3

HIMES (Hokkaido International Music Exchange Society)オーケストラ Vol.3
    ~第3回ハイメスオーケストラ演奏会~

北海道国際音楽交流協会は1988年8月に音楽家、一般市民、企業・団体が協働して設立された。会の設立以来、毎年開催される音楽コンクールにおいて優秀な成績を収めた若手音楽家に海外研修の機会を与えている。2005年からはオーケストラ事業をスタートさせ、2012年にアーティスト会員を軸とする「ハイメスオーケストラ」を結成して第1回演奏会を開催した。

ハイメスオーケストラはハイメスアーティスト会員、札響メンバー、同OB、その他札幌で活躍しているプロ奏者と一般公募で参加されるアマチュア奏者により組織されている。
2012年8月の第1回演奏会に始まって、今年で第3回目を迎える。

2014年8月14日(木) 17:00開演  ちえりあホール(札幌市生涯学習センター)
 
指揮者:新田 ユリ
コンサートマスター: 大平 まゆみ(札幌交響楽団コンサートマスター)

〈プログラム〉
 シベリウス:交響詩「トゥオネラの白鳥(レンミンカイネン組曲第2曲 Op.22)」
        ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 Op.47(ソリスト:大平まゆみ)
 チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 Op.36

新田ユリ(Yuri Nitta)は1961年生まれ。国立音楽大学、桐朋学園大学で学ぶ。1990年、ブサンソン国際指揮者コンクールファイナリスト、91年、東京国際音楽コンクール・指揮部門第2位。91年4月、東京交響楽団にデビュー、その後、国内主要オーケストラへ客演。2000年よりフィンランド・ラハティに留学し、オスモ・ヴァンスカの薫陶を受けた。シべリウスをはじめとする北欧音楽紹介・演奏のスペシャリスト。09年よりハイメスのオーケストラ事業に関わり、演奏会で指揮活動を続けている。15年、愛知室内オーケストラ常任指揮者に就任予定。

大平まゆみ(Mayumi Ohira)は1957年、仙台生まれ。東京藝術大学入学3ヶ月後、サンフランシスコ音楽院に招待留学。大学卒業後、室内楽活動の後、シラキュース響、バンクーバー響でヴァイオリン奏者を務める。89年、帰国して東京響(90-95)で活動、ゲストコンサートマスターとして読売日響、九州響、札響などに客演。98年より札響コンサートマスターに就任し、現在に至る。札幌で地道な音楽活動を実践して、近年は定期的に年数回Kitaraでリサイタルを開催し、CDも数枚リリースしている。09年、札幌芸術賞受賞。12年、ソロプチミスト日本財団社会貢献賞受賞。

最初の演奏曲目「トゥオネラの白鳥」が去る7月6日に亡くなられた竹津宣男氏(ハイメス副理事長)への追悼曲として演奏された。(*彼が6月21日に開催された札響くらぶサロンで講師を務め、交流会で親しく懇談した時の様子はブログに書いた。その僅か2週間後の急逝であり、信じられない日々が続いた。)

曲はシベリウスが途中で諦めたオペラの序曲として書かれたが、レンミンカイネン組曲の4楽章の第2楽章に使った。トゥオネラはフィンランドの「黄泉(よみ)の国」のことで、そこを流れるトゥオネラ川が現世と死者の世を隔てている。白鳥(*英文の解説ではblack swan が行き交う)の浮かぶ川の神秘的で不思議な美しい光景が描かれている。
曲を聴きながら、今は亡き竹津氏を偲び、改めて心からの冥福を祈った。

4大ヴァイオリン協奏曲は40年前からLPレコードで親しんでいたが、シベリウスのヴァイオリン協奏曲は今世紀に入ってから聴くようになった。CDも7枚はある。ジョシュア・ベルや諏訪内のCDで何十回も聴いて親しむようになった。録音が60年代がスターン、90年代がレーピン、ヴェンゲーロフなど、02年が諏訪内。コンサートでも聴く機会が多くなった曲。

シベリウス(1865-1957)の唯一のヴァイオリン協奏曲は1903年に書かれた。交響詩のように幻想的な協奏曲は比較的初期のドイツ・ロマン派音楽の影響が感じられるが、華麗な雰囲気はなく、シベリウス特有の内省的な傾向の強い、北欧的な渋い幽玄的な作品と言えよう。
第1楽章は全曲のほぼ半分を占める長大な楽章。寂寞感が漂う主題とオーケストラの力強い主題で独特で壮大な曲が展開された。第2楽章は緩徐楽章。第3楽章はティンパニと低音弦楽器の激しいリズムに乗って独奏ヴァイオリンが鮮やかに高度な技巧を発揮する。

ホールの前2列に空きがあったが、開演10分前に入場した時には、ほぼ満員状態。幸い前から6列目に席を取れた。ところが4列目の年輩のご婦人が何か開始前から明確でない独り言を発している様子。隣のご主人と思われる方が口に手をやって注意していたが一向に収まらない。何か病気を患っている感じでもあった。一曲目が終わって2列目の空席に移動する配慮はあったが、2曲目が終わるまで様子は変わらなかった。
ソリストや演奏者が気にならないかと思ったりして、曲への集中力が途切れてしまった。札響コンサートマスターの黒いドレス姿しか見ていない大平さんがソリストとして美しい銀色のドレス姿で最後までこの難曲を弾き切った。彼女の演奏にも支障があったのではと余計な雑念が頭をよぎった。彼女自身にとっても大曲で少々ミスがあって最高の出来ではないなと感じた。それでも全体的に力強い演奏ではあった。
演奏終了後、贈呈された花束を彼女はステージ上手のヴィオラ奏者の空席の椅子の足元に捧げた。(竹津さんはヴィオラ奏者として参加する予定だったのだと推測した。)このような心遣いが素晴らしい。

チャイコフスキー(1840-93)の「第4交響曲」は彼の音楽としてやや珍しい諧謔を表している曲として知られる。チャイコフスキーの6曲の交響曲は第6番「悲愴」が最も有名で、若い時はこの曲ばかり聴いていた。他の交響曲は親しく聴く機会がなかったのである。今ではCDで第1~3番を聴くこともあるが、一時期第4番、第5番がとても気に入った。第5番はコンサートで聴く機会が最近では多くなった。
今日は久しぶりで「第4番」を聴いた。1838年の作曲で、初演のモスクワの演奏会でニコライ・ルビンシテインの指揮で行われ成功を収めた。金管群によって始まる「運命の主題」はこの曲の悲劇性を強調し、情熱的な第1楽章となっている。第2楽章は悲哀にみちた旋律でメランコリックな気分と安らぎの表情が混じった感じ。このメロディは親しみがある。第3楽章で弦楽器はピッツィカート奏法での演奏のみ。(これほど徹底した演奏法だと気付いていなかった。)管楽器のみで演奏される中間部のおどけた民俗舞踊のようなパートが興味深かった。このスケルツォの楽章で明確に生き生きと諧謔性が表れている。第4楽章は憂鬱な気分を一掃する激しく勇ましい主題とロシア民謡による素朴な主題が交互に展開され、祝祭的なフィナーレへと向かう。
新田の指揮は追悼曲と協奏曲の際と違って大きな動作で伸び伸びとした指揮ぶりであった。
最初から最後まで音楽に集中できて、この曲の良さが味わえた。オーケストラの響きも充分満足のいくものであった。合同練習が充分とは言えなかったのではないかと思うが、札響メンバーや札響OBの参加も増え「ハイメスオーケストラ」のレベルが間違いなく向上している印象を受けた。最後の曲を楽しめたので、前半のもやもやしたフラストレーションが吹き飛んだ。

演奏終了後、指揮者の挨拶。09年から「オーケストラワークショップ」で竹津氏と協力して音楽活動に携わり、引き続き12年に「ハイメスオーケストラ」が発足して、今回で6回目の登場となった指揮者の想いが披露され、彼女もヴィオラ席に花を一輪手向けた。

アンコール曲に「ヨハン・シュトラウス:騎士のマーチ」。曲の後半で聴衆に手拍子を求めて客席に向かって指揮。手拍子は聴衆と共に今は天国にいる竹津さんに拍手を送って感謝の意を示しているように思えた。演奏会の最後も良い思い出に残るシーンとなった。

***前述の客の件であるが、後半の曲はオーケストラの音にかき消されて彼女の奇声に煩わされなくて済んだ。休憩時間中に座席を変えた人もいたようだが、大部分の客は寛容的な対応をしていたように見受けた。本人や家族は音楽を楽しみにして来ているのだろうから、どこまで許容されるのかは難しい問題である。余り神経質にならずに、お互いに音楽を楽しめる環境を考え直すことも必要かなと思った。



関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR