ダネル弦楽四重奏団

Kitara弦楽四重奏シリーズ
ダネル弦楽四重奏団(QUATUOR DANEL)

ダネル弦楽四重奏団は1991年ベルギー・ブリュッセルで結成。アマデウス、ボロディン、ベートーヴェン各弦楽四重奏団などの下で学び、結成後数年で国際的に活躍の幅を広げた。93年サンクトベルクのショスタコーヴィチ国際弦楽四重奏コンクール第1位を初め、いろいろな弦楽四重奏コンクールで上位入賞してヨーロッパ各地でコンサートを行なっている。特にショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全曲演奏は注目を浴びた。

05年に札幌コンサートホールの招聘により初来日を果たし、札幌・釧路・新潟・東京で演奏。札幌では06、07、09、11年に続き今回で6回目の公演となった。
私は09年8月の小ホールで彼らの公演を初めて聴いた。
演奏曲目はハイドン:弦楽四重奏曲 第47番、モーツァルト:弦楽四重奏曲 第19番「不協和音」、シェーンベルク:弦楽四重奏曲第4番。
比較的に若いカルテットで親しみ易い印象を受けた。レパートリーがハイドンから現代作曲家まで幅広い取り組みをしている。Kitara主催のコンサートへの出演を契機に、この年は所沢と福岡でも公演を行なった。
11年10月には「カルテット傑作集」と銘打って民衆に親しまれている「ハイドン:皇帝」、「モーツァルト:不協和音」、「ドヴォルザーク:アメリカ」がプログラミングされていた。私は急に旅行の計画が入ったために、チケットをワイフに譲って代わりに楽しんでもらった。

今回は前回までのQuatuor Danelと違ってチェロが新メンバーになった。
第1ヴァイオリン:マルク・ダネル(Marc Danel)
第2ヴァイオリン:ジル・ミレ(Gilles Millet)
ヴィオラ:ヴラッド・ボグダナス(Vlad Bogdanas)
チェロ:ヨヴァン:マルコヴィッチ(Yovan Markovitch)

本日のプログラム
 ハイドン:弦楽四重奏曲 第3番 ニ長調
 ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調
 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第13番 変ロ長調(オリジナル版) 

今日に伝わっているような弦楽四重奏曲を作り上げたのがハイドン(1732~1809)と言われている。交響曲と同じような4楽章を持つ様式を作り上げた。70曲近い弦楽四重奏曲の中で「第3番」は最も初期の作品である。当時、それぞれが短い全5楽章から成るディヴェルティメントのような作品で、娯楽性に富んだ室内楽であり、貴族が宮廷で楽しむ雰囲気の曲。

ラヴェル(1875~1937)はパリ音楽院に在学中に、「グロテスクなセレナード」、「古風なメヌエット」、「亡き王女のためのパヴァ―ヌ」、「水の戯れ」などの独創的なピアノ曲を作って注目されていた。ローマ大賞を目指して作品を何度も提出していたが、審査員の教授陣に認められずに受賞できずにいた。
古典的形式に囚われない曲作りが特徴なラヴェルに「弦楽四重奏曲」の作品があるのには気付いていなかった。それ故、今日のラヴェルの弦楽四重奏曲は新鮮に感じた。ラヴェル本来の作曲技法が存分に生かされていて、特に第2楽章のピチカートによる活発なスケルツォ風と抒情的な調べの対比が印象的であった。是非、後程CDを買って聴いてみたい魅力的に思える曲であった。
この「弦楽四重奏曲」でも新進作曲家としての評判が高まっていたので、ローマ大賞の落選問題はジャーナリズムの大きな問題となり、いわゆる《ラヴェル事件》で音楽院の院長の引責辞職に繋がった。(1905年にラヴェルを陰で支援していたフォーレが院長となってこの事件は決着した。)

ベートーヴェン(1770~1827)はハイドン、モーツァルトの影響を受けながらも、独自の作品を作り上げ最終的に16曲の弦楽四重奏曲を書いた。亡くなる前の4年間で5曲の弦楽四重奏曲と大フーガを作曲した。後期の作品群は後期のピアノ・ソナタ作品とともに、深い精神性を表現した偉大な作品として知られている。
第13番は幽玄、長大で6つの楽章を持ち、第6楽章は巨大なフーガであった。初演の時にこの「大フーガ」による終楽章が長すぎて難解であるとの声が多くて、ベートーヴェンは後に10分程度の長さの楽章に差し替えた。
通常、この13番は短い楽章を加えたもので演奏され、最初に書かれたオリジナル版の「大フーガ」は独立した作品として演奏されることが多いようである。今日は16分程のオリジナル版(Op.133)で演奏された。
アダージョの序奏とアレグロ(*プログラムに抜けていた)の対立する要素が効果的に展開する第1楽章、スケルツォ風の短い舞曲の第2楽章、美しい旋律の緩徐楽章、ドイツ舞曲風の第4楽章、深い精神性を持つ意欲的な試みでベートーヴェン自身も満足したと言われる第5楽章、晩年になっても創作意欲が枯れることなく激しい表現を試みた最終楽章。演奏に約45分もかかる大曲であるが、第5楽章のあとにポーズを置いて弾いてくれたこともあって、最後まで集中力を持ち続けて聴くことができた。
リーダーのDanelの指導力が一際目立ち、見事なアンサンブルが展開された。Kitaraには馴染みのカルテットで固定ファンも増えたのか、ほぼ満席の各席から大きな歓声も起こり盛り上がったコンサートになった。

力の入った大曲演奏後にも拘らず、アンコールを2曲。
ワインベルク:ストリング・カルテット 第5番 第3楽章 スケルツォ。
ハイドン:弦楽四重奏曲 第3番 二長調 第1楽章 アダージョ。

ショスタコーヴィチの友人としても知られるワインベルクの弦楽四重奏曲の全曲録音に取り組んでいるとのことで、「スケルツォ」はアンコール曲として特に魅力的であった。今日の全演奏曲目の中でも、第1ヴァイオリンが主導するスケルツォに好印象を持った。ともすれば退屈になりやすい弦楽四重奏で、変化に富んだスケルツォは曲全体に与える影響が大きいように思う。聴き慣れない作曲家の作品の場合は特にそのように感ずる。勿論、曲全体の重みとは違うのは当然のことである。

*《ローマ大賞とラヴェル事件について》
パリ音楽院の作曲科で学ぶ生徒はローマ大賞(Grand Prix de Rome)を目指した。1803~1968年迄続いた賞でフランスの才能ある作曲家たちがこの栄誉を求めて競い合った。優勝するとフランス国家から奨学金が授与されローマに数年間留学できる制度であった。ベルリオーズ、グノー、ビゼー、マスネ、ドビュッシーなどが受賞し、落選したが大成した有名な作曲家にはラヴェルのほかにサン=サーンスがいる。ラヴェルはパリ音楽院に14歳から30歳まで在籍して、01,02,03,05年と4度落選した。05年にコンクール主催当局は30歳になった学生は応募資格が失われると称してラヴェルを予選で落とした。これが明るみに出て大問題となった。ロマン・ロランや文部大臣をも巻き込む出来事となり、審査員も面目丸つぶれでパリ音楽院長も辞任。これが《ラヴェル事件》。以後、ラヴェルは重要な作品を作曲して発表することで音楽院やアカデミーの不明を一般大衆に確認させたのである。

 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR