時計台ボランティア活動(2013年度)

今年も6月から月4回の時計台ボランティア活動を行なっている。
今日たまたまシフトに当っていた8月12日は時計台の時計機械の誕生日でした。1881年(明治14年)8月12日の正午に稼動し、風雨に耐えながら、現在も正確に時を告げ、鐘を鳴らしています。2013年8月12日は時計稼動132年記念の日でした。2階に集まっていた約100名の来館者に11時45分から時計台館長が時計に関する話を始めた。いよいよ正午近くになり電波時計を持っていた来館者の協力でカウント・ダウンが始まって、12時正午に鐘が12回鳴り、居合わせた人々が誕生日を拍手で祝った。

子どもの夏休み期間中とあって、あいにくの雨模様にも関わらず家族連れの姿が目立った。小さな子どもや小学生を連れた夫婦、孫を案内する年輩の人たち等、朝早くから入場してくる人の応対に大忙しであった。時間に余裕を持って訪れる来館者には興味の程度に応じて演武場、時計機械、新渡戸稲造のこと等を説明した。いつの間にか雨も上がって、昼近くには大勢の入場者が訪れて、カウント・ダウンを楽しんでいた。時計台で良い思い出ができた様子がうかがえた。殆どが本州からの観光客で、今日の午前中は珍しく外国人の姿があまり見えなかった。

日本最初の農学校として札幌農学校は1876年(明治9年)に開校した。マサチューセッツ農科大学学長のクラーク博士がホイラー、ペンハロー両教授と共に札幌に赴任して8月に開校式。生徒は24名。(大部分の授業が英語で行なわれたために、4年後に卒業できた生徒の大部分は東京英語学校出身の生徒で、一期生として卒業できた者は13名。)1878年(明治11年)10月16日に演武場(兵式訓練、体育の授業、儀式の場)の落成式が行われた。当時の北海道開拓使長官黒田清隆が塔時計の設置を指示したことで、1881年に時計塔が完成して8月12日正午に運転が開始された。

IMG_0794 (300x225) 昨年2月の雪まつり期間中のボランティア活動の折の時計台のただずまいは他の四季の様子とかなり違う。 

 
札幌市時計台は日本最古の塔時計である。時計塔は5層構造になっており、5階にある鐘から重りが下がる1階までが時計の機能を果たしている。時計機械は時を刻む装置と鐘を鳴らす装置が一体となっている。アメリカのE・ハワード社製で、動力としての重りを利用する機械式。重りは2種類あって、運針用が約50kg、打鐘用が約150kg。重りの巻き上げは人力により週2回行っている。毎正時に時の数だけ鐘が鳴る。鐘の音はかっては一里(約4km)四方に響き渡ったと言われる。現在は周囲がビルに囲まれていて、近くにいないと鐘の音に気付かないらしい。時計は風などの影響が少なくて、今では1日1秒も狂わないそうである。

時計台近くで時計店を営んでいた井上清さん(故人)が時計台の時計が止まっているのに気付いて、1933年(昭和8年)にボランティアで保守点検の仕事を始めた。その後、井上和雄さんが引き継いで親子2代で約80年に亘って塔時計を守り続けてきた。4年前に井上さんが引退して、現在は社団法人・札幌市友会が保守点検の仕事を行なっている。
時計台が今日あるのは井上さん親子の献身的なボランティア活動に負うところが大であると思っている。私は時計機械の説明をする時には井上さん親子の話を必ずする。井上さんは腰を痛めて足も少々不自由ですが週2回事務室に顔を出している。私の活動日は月曜日なので毎週会う機会があって、偶然館内を通る井上さんの姿を見るとお客さんに紹介することもある。

関東大震災、第二次世界大戦の空襲や時代の流れで失った文化財が沢山あるが、時計台の中に入って学ぶことはいろいろある。外国の観光客や本州の観光客が圧倒的に多い現状ですが、札幌市内に住んでいる人には、ゆっくり時間を取って是非見学してほしいと思う。私自身も5年前にボランティア活動を始めてから学んだことが大部分で、まだ知らないことの方が多いのではないかと感じている。

  IMG_0795_1 (300x225) IMG_0796 (300x225)

現在の時計台には演武場が建設された135年前の窓ガラスが数多く残っていて、外の景色を見ると歪んで見えるのが判る。道路を走る自動車のガラスと反射すると窓のガラスの見事な模様が見える時があるそうである。普段でも注意して窓の外を見ると、ガラスがゴツゴツしていて普通のガラスと違うことに気付く。(ガラス窓であっても外からは内部が見えないガラスがKitaraの楽屋に使われていることを思い出したが、100年以上前からガラスにもいろいろな工夫があるようだ。)

2階の正面に「演武場」の額が飾られていて、書の左側に《従一位具視》と署名がある。当時、右大臣であった岩倉具視の揮毫である。この額を背景に記念写真を撮っていく人が結構いる。(岩倉具視の揮毫した書と気付く人は少ないようであるが、、、)
北極星をかたどった「五稜星」は北海道開拓使のシンボルマークで、北海道開拓時代の建物として演武場の他に、道庁赤レンガ庁舎、豊平館、サッポロビールのマークに使われ、北海道の旗にも使われている。(サッポロビールは開拓使が作った官営のビール工場だった。)

 
  



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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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