フジコ・ヘミング&モスクワ・フィルハーモニー交響楽団

フジコ・ヘミングの名が日本のマスコミで大きく取り上げられてから15年ぐらいになる。1999年NHK教育ETV特集の放映で大反響を呼び、何回も再放送されて彼女の人気は一気に沸騰。特にリストの「ラ・カンパネラ」は彼女の代名詞となるほどの曲となってCDが大ヒットとなった記憶が残っている。
私自身はテレビで何度かその様子を見た程度で、札幌での公演も聴いてみるほどの意欲は湧かなかったが、今回の公演は妻と共に聴いてみることにした。チケットは昨年12月に売り出されたが、早々と完売となった。今も衰えない彼女の人気ぶりに改めて驚い

フジコ・ヘミング(Ingrid Fujiko Hemming)は1932年ベルリン生まれ。父はスウェーデン人建築家、母は日本人ピアニスト。5歳から日本で暮らしピアノを始めた。16歳で右耳が失聴。ハンディを克服して東京芸術大学卒業後、日本フィルなど数多くのオーケストラと共演。留学を志すも国籍を失っていて難民扱いで海外へ。ベルリン留学後ヨーロッパ各地で演奏活動を行ったが、度々左耳故障に苦しんだ。バーンスタインから絶賛されたが、大事な演奏会の直前に風邪薬の副作用で残る左耳の聴力を失った話はよく知られている。左耳聴力はある程度回復し、ストックホルム移住。1995年、30数年ぶりに日本に帰国して演奏活動を再開。テレビ出演でその数奇な運命が人々の関心を呼び、彼女が得意とするショパンとリストの演奏で人気沸騰。現在、幅広い音楽活動だけでなく目覚ましい社会貢献活動も行なっている。
プログラムによると、2013年に彼女のCD“Mozart & Chopin”がスペイン最大のラジオ局で第1位に選ばれたそうである。

ユーリ・シモノフ(Yuri Simonov)は1941年ロシア生まれ。ムラヴィンスキーのアシスタントを務め、1969年にボリショイ歌劇場の史上最年少での首席指揮者就任。98年にはモスクワ・フィルの音楽監督に就任。モスクワ・フィルとの来日公演も多く、N響にも客演。ロシア人指揮者特有の豪快なアプローチが人気の的。

モスクワ・フィルハーモニー交響楽団(Moscow Philharmonic Orchestra)は戦後の1951年創設の比較的歴史の新しいオーケストラ。1960年からキリル・コンドラシンが音楽監督に就任してから世界的に広く知られるようになったと言われている。コンドラシンは58年の第1回チャイコフスキー国際コンクールの本選で指揮をして優勝者クライバーンのアメリカ凱旋公演にも招待されて有名になり、ショスタコーヴィチをはじめ、数多くのロシアの作曲家たちの作品を取り上げ世界各地で公演を行い、録音も行った。(キリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクールの第1回(1984)の優勝者は日本の広上淳一である。)尚、コンドラシン退任(1976)後のモスクワ・フィルの芸術監督(76~90)は今週末の札響定期公演で客演指揮をするドミトリー・キタエンコ。

2013年6月、モスクワ・フィルの日本公演は全国12都市12公演。ソリストはフジコ・ヘミング、福間洸太朗、清塚信也、及川浩二の4人のピアニスト。フジコ・ヘミングの公演はKitaraの他はサントリーホール、佐賀市文化会館とフェスティバルホール。

本日のプログラム
 グリンカ:幻想的ワルツ 
 ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11
 リスト:ラ・カンパネラ
 チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」ロ短調 作品74

予定の曲目には入っていなかったグリンカの曲。“ロシア国民音楽の父”グリンカ(1804~57)は歌劇「ルスランとリュドミラ」で有名であるが、この曲は初めて聴く。哀愁を帯びたロシア的なワルツ。

ショパンの「ピアノ協奏曲第1番」は演奏会で何十回も聴いているが比較的に若いピアニストばかりで、フジコ・ヘミングのような高齢のピアニストの曲としては先例が無いかもしれない。でも全然年齢を感じさせない若々しいピア二ズムは素晴らしい。今でもいろいろな外国のオーケストラと海外公演を行っている様子が実感できた。80歳以上の海外のピアニストが現役で活躍して来日公演を行っているのは珍しくないが彼女もその一人と考えれば不思議ではない。左耳も殆ど聞こえない状態でコンチェルトを弾くのは物凄いハンディキャップだろうが、その不自由さを微塵も感じさせない演奏は見事そのもの。自由闊達に演奏する彼女の音楽が作り出す世界は特別なものがる。

拍手と歓声の後で弾いた曲はラフマニノフの「プレリュード」。(前奏曲のどの曲か彼女は演奏の前に話したが聞こえなかった。ホールの出口のボードに曲の詳しい説明が書かれてなかったので不明)。これがアンコール曲のつもりだったのかも?、
すぐにチラシで案内の曲目になっていた「ラ・カンパネラ」。僅か5分ばかりのこの名曲の演奏に全神経を集中させる聴衆。今や多くのピアニストが演奏曲目に入れて親しまれているが、フジコ・ヘミングがこの曲を日本に広く紹介したピアニストではないかと思う。本家本元の曲を聴いて満足感を味わった。名曲と言ってもピアニスト個人との繋がりの深い曲は鑑賞の心構えが違ってくるのを実感。(日本公演の札幌会場のプログラムには「ラ・カンパネラ」は載っていなかったので、招聘元としてはアンコール曲が結果的に2曲の扱い。)

チャイコフスキーの「悲愴」はやはり彼の交響曲で一番魅力があるのではと確認を迫られたようなシモノフ指揮のモスクワ・フィルの演奏。人間誰でもが心に抱えている“Pathetique”な感情を抽象的に表現した曲として捉えるとこの曲の素晴らしさがより深く鑑賞できる気がした。
第1ヴァイオリンとチェロを対抗配置にした効果はこの第1楽章の甘美で、どことなく哀しみを秘めた主題を2つの楽器が歌うところから現れていた。間奏曲のような第2楽章はロシア民謡の旋律で美しいが不安な雰囲気も醸し出される。第3楽章はスケルツォと行進曲を合わせたような楽章。金管楽器とティンパニーの一段と強い音で行進曲も活気に満ちているが、苛立たしさも感じさせる。3楽章までの流れがかなり明るいものにも捉えられ第3楽章の終結が壮大なので、指揮者の力の入った動作から曲の終了と勘違いして思わず歓声や拍手が起こる場面もあった。
第4楽章は一転して重い雰囲気で打ちひしがれた気持ちになるフィナーレ。3楽章までの速度と違って極めて遅いテンポで、指示にあるように“悲しげ”に演奏される。最後は音が永遠の静けさの中に消えて行く。

シモノフの指揮ぶりはワルツでは踊るような仕草で、時には指揮棒を大きく廻して金管奏者、打楽器奏者への合図をしたりして、〈ブラス・セクションを大きく鳴らし、打楽器を炸裂させる〉と紹介されているが正にその通りで、指揮ぶりに大きな変化があるのが特徴である。観客を乗せる術を心得ている。

演奏会終了が9時半近くになったが、アンコ―ル曲に2曲も演奏してくれた。
 チャイコフスキー:バレー音楽≪白鳥の湖≫より「情景」
 ドボルジャーク:スラヴ舞曲第8番

ほぼ満席の聴衆も帰りの交通手段のためアンコール曲を聴けずに席を立つ人も多かったが、盛り上がりのある演奏会に満足げな表情であった。どんなアーティストも客に喜んでもらうエンタティナーとしての要素も必要なのだろう。今日の指揮者は客が喜ぶコツを知っている。
昨年の12月にチケットが売り出され半年前には完売となったが、発売後半年も経つと事情で聴きに来れなくなる人がいるのは当たり前である。今夜もあちこちに少し空席があって《もったいない》。チケット販売のシステムが改善されることを待ち望んでいるが、果たしていつになったら《もったいない》空席が解消されるのか関係者の努力の成果を見守りたい。


 

 



 
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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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