きがるにオーケストラ “Great New World” 若き勇気と夢で創る音楽会

 札幌コンサートホールKitaraでは5月5日の「こどもの日」に≪きがるにオーケストラ≫というコンサートを恒例の行事として開催している。〈祝日に家族と一緒にオーケストラを楽しもう〉という趣旨で始まり、オーケストラは札幌交響楽団が担っている。今年の指揮者は何とマエストロ大植が登場した。

 大植英次は1956年(本人の話)、広島生まれ。タングルウッド音楽祭を切っ掛けにしてレナード・バーンスタインの薫陶を受け、90年の第1回PMFアカデミーの教授陣に加わり、東京公演ではバーンスタインの代役を務めた。91年のPMFでもレジデント・コンダクターとして活躍し、92年もPMFアカデミー生の指導に当たった。95~2002年までアメリカの中西部を代表するオーケストラ、ミネソタ管弦楽団音楽監督に就任。アメリカのトップテンに入るオーケストラの水準の高さを維持しつつ、ミネソタの学校や病院への演奏訪問などで地域と繋がった活動で人気も高かったと言われている。98~2009年まで北ドイツ放送ハノーファー・フィルハーモニー首席指揮者としても活躍し、辞任後に終身名誉指揮者の称号を贈られた。05年のバイロイト音楽祭に登場した最初の日本人指揮者としても知られる。
 朝比奈隆の後を継いで大阪フィルハーモ二ー交響楽団音楽監督(03~12年)を務めた。

 私自身にとって大植英次指揮の演奏会を聴くのは実は今回初めてである。PMFの時には聴く機会がなかったので、2001年のミネソタ管弦楽団札幌公演(11月18日)はチケットを購入して楽しみにしていた。残念なことに、その年に発生した9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の影響で日本公演は中止になってしまった。日本公演はマエストロにとって凱旋公演とも言えただろうから、彼自身にとっても極めて残念な出来事であったのではないだろうか。04年のハノーファ・フィルとの日本公演は前年のウィーン楽友協会での公演成功後の来日公演でマエストロ自身の一区切りはついたのかもしれない。ハノーファー・フィルとは06年に続き3回目となる09年にも日本ツアー(大阪、広島、名古屋、静岡、東京)が行なわれた。

 世界の檜舞台での活躍が期待されていた時に大阪フィルに戻ってくるニュースは最初は信じられなかった。特別な想いがあったのだろうと推測する。12年、同フィル音楽監督を辞任して自由な立場での活動に入って、今日そのマエストロが≪きがるにオーケストラ≫に気軽に出演してくれた。12年間、待ち続けていた指揮者がやっと聴けた。
 
プログラム。
  バーンスタイン:「キャンディード」序曲
  ヒンデミット:ウエーバーの主題による交響的変容
  ガ―シュイン:パリのアメリカ人
  ドヴォルジャーク:交響曲第9番「新世界より」
  
 本日のプログラムはアメリカにちなんだ名曲ばかりである。大植は真っ白なジャケット姿で登場。
 ≪キャンディ―ド≫はPMFでバーンスタイン(1918~90)を偲んで演奏される機会が度々ある。演奏に先立って、この曲の初演は指揮者の生年、1956年と説明があった(ウィキぺディア等での1957年は間違いと思われる)。エネルギッシュで華やかな表現力に満ちた曲。マエストロは先ずはアメリカの元気に溢れ、溌剌とした音楽を奏でた。

 ヒンデミット(1895~1963)はあらゆる楽器のために600曲もの作品を書いたドイツの作曲家。様々な楽器を弾きこなす演奏家でもあったが、指揮者として1956年にウィーン・フィルの初来日公演を行った。≪ウエーバーの主題による交響的変容≫は1940~47年までアメリカで暮らしていた時期に作曲された。当時のアメリカ音楽の影響も受けた作品で万華鏡のような多彩な音が紡がれる。第2楽章の打楽器による鐘の音、フルートとの掛け合いが印象的。弦楽器がピツチカート奏法で木管・金管楽器の演奏を支え、曲が現代音楽らしい響き。第3楽章は一転して抒情的な旋律。第4楽章は威勢のいい管楽器の音色が響き渡り、壮大なフィナーレ。木管・金管楽器の活躍が目立ち、ジャズの模倣など大変面白い曲で楽しめた。
 演奏終了後、マエストロは札響の素晴らしさを称賛。チョット褒め過ぎかなと思うくらいだが褒め上手。

 ガ―シュイン(1898~1937)は、10歳の時に聴いたドヴォルジャークの《ユモレスク》に感銘を受け、音楽に目覚めてポピュラー音楽を書き続け、「ラプソディ・イン・ブルー」で一躍有名になった。1928年にパリを旅行した時の印象を綴ったのが≪パリのアメリカ人≫。タイトルの「アメリカ人」とは作曲者自身のことである。ヴァイオリンとオーボエによる「散歩のテーマ」で曲は始まり、タクシーのクラクションが聞こえてきたり、パリジェンヌを描いたヴァイオリンのソロ、トランペットの哀愁を帯びたソロなど、ガ―シュインが見たパリの様子が面白おかしく表現されて華やかなクライマックスで曲が終る。
 ジャズ風のメロディ、懐かしいリズムと調べが流れて久しぶりに聴く音楽に心地よい気分に浸る。人々の心を捉える音楽! これぞ名曲!
札響にとってもアメリカ音楽の新しいレパートリーが増えた感じを受けた。指揮者によって、こんなに曲が生き生きと聞こえてくるのかを感じ取れて感無量!

 大植は楽譜を見ないで、全身を使う指揮は踊るようである。楽譜にこの上なく忠実で、物凄く楽譜にこだわると言われているから指揮ぶりの印象からは不思議なくらいである。彼はエンタティナーの素養を持ち合わせている。指揮ぶりも雄弁だが、話も雄弁で率直な語り。アメリカやドイツのオーケストラと地元の人々に多大な影響を与えた理由が納得できた気がした。
 
 後半の≪新世界交響曲≫がどのような指揮ぶりになるのか楽しみでもあり、少々不安でもあった。
ところが、黒の燕尾服で登場して別人の雰囲気を漂わせて聴衆をドヴォルジャーク(1841~1904)の世界に引き込んだ。基本的に指揮の仕方は同じだが、曲のイメージが前半とは大きく違った。ドヴォルジャークはチェコ、スロヴァキア、ロシアのスラヴ民謡を大切にしたが、アメリカでも黒人霊歌など他民族の民謡を作曲に取り入れる姿勢もこの曲から改めて感じ取った。
 マエストロは音楽の楽しさを身体全体を使って表現してくれた。演奏終了後、札響の優れた演奏を褒め、Kitaraホールが日本一のホールであると称賛した。聴衆に感謝の念を捧げていたが、5割程度の聴衆の少なさに残念な気がした。こんな素晴らしい音楽を伝えてくれる偉大な指揮者の存在が市民に知れ渡っていなくて、その音楽に触れれないのはもったいないと思った。

 アンコールにバーンスタインの≪「キャンディード組曲」から「僕らの庭を育てよう」≫
バーンスタインの{自然の大切さ、家族愛、世界は一つ、世界平和}を伝えるメッセージとの説明。
バーンスタイン没後、遺族からバーンスタインが最後のコンサートで使った指揮棒とジャケットを形見分けされているらしいが、彼の精神を受け継いで{音楽の幸せ 、音楽の楽しさ}を懸命に伝えている姿に感動さえ覚えた。一緒に演奏したオーケストラの各団員への敬意を示す態度も音楽を共に楽しんだ仲間への共感の表し方なのかと思って同時に感動した。
 
 今日のコンサートで、客の出迎え、見送り、プログラム渡し、アナウンスを子どもスタッフが体験した。特にステージでの可愛い子どもたちのアナウンスが会場の雰囲気を和やかにしてくれた。「こどもの日」に相応しいとても良い取り組みだったと思う。

 大植英次は最後までエネルギーに溢れ、ステージの子どもたちとハイタッチを交わしたり、ステージから飛び降りて客席の一般客やこどもスタッフとハイタッチを交わすなど驚くべき交流を図る様子は人間味あふれる情景であった。





 




 


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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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