棟方志功(MUNAKATA SHIKO)展

昨年はゴッホ展を観る機会を得たが、今回は棟方志功展の鑑賞で北海道近代美術館へ出かけた。棟方が18歳の時にゴッホの「向日葵」を見て感動し、“わだば、ゴッホになる”と決意して青森から上京したという話で、前回の美術展との繋がりも味わえた。

私が棟方志功の名を知り、本人の講演を聴いたのは、彼がヴェネツィア・ビエンナーレ展で国際版画大賞を受賞(1956年)して高校の文化講演会に来校した時であった。60年以上も前のことであるが、講堂の演壇から部厚い眼鏡をかけた小柄の人物の姿は今でも瞼に浮かべることができる。残念ながら講演の内容はほとんど覚えていないが、視力が良くない状況で繊細な木彫りの作業を通して版画を作り上げてグランプリに輝いたという偉業は伝わっていた。当時の珍しい言葉“ビエンナーレ”も印象的で、ずっと頭の隅にあった。2年に一度というイタリア語で、3年に一度はトリアンナーレということも後で解るようになった。

今迄、ニューヨークの近代美術館や英国博物館などで棟方志功の作品を観ることもあったが、今回のような74作品、およそ350点もの大々的な展示物の公開は珍しい。
STV創立60周年・STVラジオ開局55周年記念美術展で2月3日より3月25日までの開催。 会期後半や土・日は混み合うことが予想されるので、2月中の平日に鑑賞しようと計画した。

棟方志功と言えば版画(*本人は木を使い、木の魂というイメージを得て途中から「板画」と書いている)だが、油絵から入って板画に転向した。初期の油絵5作品のほかに、晩年のひまわりの油絵「太陽花」(*花瓶は黄・青・真赤・黒・瑠璃の5色)も過去の自分を振り返った作品として興味深かった。

棟方の版画は菩薩など宗教をテーマにした作品、岡本かの子や吉井勇、宮沢賢治などの詩歌を使って絵と組み合わせたユニークな作品もあり、時代によって作品の変化がある。谷崎潤一郎の《鍵》の挿絵を担当した当時の60点の作品は意外だった。仏像や詩などから人生の奥深さを学び取って作品に仕上げている姿が解って、棟方の芸術を追求する心の豊かさを感じ取ることができて素晴らしいと思った。ただ単に、ユニークな版画の作品を通して「世界のムナカタ」として高い評価を受けたのではないと感じた。

彼の戦後の作品で女人が多いが、顔立ちがふっくらとして、切れ長の目で、鼻筋が通っていて、口が小さいのが魅力的である。1959年にアメリカに渡った時のいくつかの作品で絵の中に英語が書かれているのも面白かった。1967年に描かれた「ニューヨーク近代美術館図」、「グリニッチビレッジ図」、「ハドソン河」が1967年制作となっていたのに感慨を覚えた(*この年に私はニューヨークに1週間滞在して市内を隈なく歩き回った。1967年は彼の2度目の紐育訪問では無くて、たぶん前回のスケッチを参考にして後で描いたのかもしれない)。観光で訪れた場所を芸術で表現できる才能が普通の人間とは違うとつくづく思った。
1959年には船でアメリカと同時にヨーロッパの各地も回ったようだ。1963年制作の板画「歓喜自画像の柵」には自画像に加えて、主に片仮名を用いて“ゴッホ エヲカキ二デル”や“ベートーべン 讃 ヨロコビノウタ”の字も入っていた(*かなり、注意をして見ないと判らない)。こういう細かい点まで見て回れたが、混雑している場合はたぶん気が付かない。興味のある人にはお勧めの小品。

全74作品の中には全長約27メートルの板画や全長約17メートルの絵巻物もあった。物凄いエネルギーが無いと、こんな巨大な作品は出来ない。「柵」という字が使われている作品が多いが、四国巡礼の際に首に下げる寺々へ納める廻札の意味で、自分の願いと信念を寺に納めていくそうである。こういう解説がないと「柵」の意味も簡単には理解できない。「板画」、「柵」にも画家独特の意味が込められているのを知った。

還暦を迎えてからは故郷への想いが強くなり、数多くの「望郷の作品群」が作られた。70年代の初めには北海道も訪れて、「北大構内並木図」の油絵や「厚岸港図」などの珍しい小品も展示されている。
力強いダイナミックな書も3点あったが驚いた。芸術家の幅の広さと能力の高さを感じた。

1時間の鑑賞の後に、椅子に座れる時間もあって休憩も取れて、13時から15時まで2時間たっぷり充実した美術展鑑賞ができた。美術展の会期も後半に入るが勤務時間の関係で土日しか時間が取れない人は止むを得ないが、時間に余裕のある人は会期末にならない平日に鑑賞するようにお勧めしたい。
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札響第607回定期演奏会(尾高・札響のオール武満プログラム)

2018年2月24日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
指揮/尾高 忠明(札響名誉音楽監督)   クラリネット/三瓶 佳紀(札響首席奏者)   
ヴァイオリン/アレックス・シオザキ      語り/中井 貴惠(女優・エッセイスト)

〈オール・武満 徹プログラム〉
  「乱・組曲
  ファンタズマ/カントス(クラリネット:Yoshinori Mikame) 
  遠い呼び声の彼方へ !(ヴァイオリン:Alex Shiozaki)  
  弦楽のためのレクイエム
  「系図」-若い人たちのための音楽詩(詩:谷川俊太郎)(語り/Kie Nakai) 

武満 徹(1939-96)は現在、世界で最も演奏される機会の多い日本人作曲家。オーケストラ作品、室内楽作品以外でも幅広いジャンルで作曲活動を行った。日本のオーケストラが海外公演を行う場合に武満や細川作品を入れるのが恒例のようである。今回は尾高指揮の定期演奏会では1976年、2006年に続く3回目の「オール武満」プログラムとなった。

黒沢朗監督の「乱」の映画音楽演奏を武満が札響に依頼した当時の札響音楽監督は岩城宏之(*正指揮者が尾高)で、武満は札響サウンドが最も適切と主張して実現したエピソードが語り継がれている。「乱」の映画音楽が再構成された組曲版。4楽章構成。3管編成で多種多様な打楽器を用いたオーケストラによって「落城の様子や戦いの場面」が力強い、迫力ある演奏で展開された。

「ファンタズマ/カントス」(幻想/歌)はタイトル通り、二つの語はこの曲では同義語。武満は音楽の庭を想定して曲作りをしたようである。世界的なクラリネット奏者のリチャード・ストルツマンとBBCウェールズ響のためにBBCから委嘱されて作曲された。1991年に尾高忠明が同楽団首席指揮者として初演。札響初演は2007年。三瓶は近年ソリストとして札響と共演を重ねているが、この曲でも力演。

「遠い呼び声の彼方へ!」のタイトルの曲には馴染んでいなかった。武満の曲で“水”に因んだピアノ曲などは抒情的な感じで偶々耳にして聴きやすいと思っていたが、オーケストラ曲の良さは概して理解しにくい。この曲の抒情性は何となく感じ取れた。シオザキは現代音楽を中心にニューヨークで幅広い活躍が注目されている若手のヴァイオリニスト。華やかさは無かったのは地味な曲目なのでやむを得ない。

1957年に東京響からの委嘱で作曲した「弦楽のためのレクイエム」は59年に来日したストラヴィンスキーから絶賛されて、武満の出世作となった。海外で演奏される機会が最も多い武満作品と言われ、3年前の内田光子指揮マーラー・チェンバー・オケストラの札幌公演でも演奏された。西欧のレクイエムと特徴が異なる瞑想的な音楽で、作曲家・早坂文雄の死を悼み書かれた鎮魂歌。弦楽合奏曲。

谷川俊太郎の数多くの詩は合唱曲に使われているが、オーケストラに使われているのは初めて知った。谷川の詩集『はだか』より
“Family Tree”。詩は子どもが過去の自分、祖父母、父母、将来の自分を見つめて全て平仮名で書かれた6つの詩を6曲に綴った。
ナレーションの後に演奏が続くと思っていたら、演奏が続く中で語りがあった。札響初演。
ナレーターの中井は《大人と子供のための読みきかせの会》を主宰し、絵本と生の音楽を付けた読み聞かせで人気を博しているという。高音が聞き取りにくい難聴の所為で8割ほどしか聴き取れなかったが、音楽の流れには支障はなかった。落ち着いた朗読で家族の優しい繋がりと子供の観点から綴られた曲に独特の味わいが滲み出ていた。

クラシック音楽の演奏会で日本人作曲家の作品がもっと取り上げられてしかるべきという声もあるが、曲の内容が人々に知られて親しまれている作品が少ないのも事実である。聴衆の盛り上がりを考慮に入れたりすると、その頻度数も限られるのだろう。
今回は弦楽器、管楽器、打楽器奏者も含め客演奏者が25名にも達する大々的な演奏者数になっていたのにも注目した。

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ヴィットーリオ・グリゴーロ主演のMET《トスカ》

プッチーニは「ヴェズリモ・オペラ」として代表的なイタリアの作曲家。「ボエーム」、「トスカ」、「蝶々夫人」などの悲劇的オペラで聴く者の心を打つドラマで後世に残る作品を遺した。作品の中の名アリアも親しまれている。
海外歌劇場の札幌公演を都合のつく折に旭川から聴きに来ていたのが1970年代だった。当時はモーツァルトやビゼーの作品が多かったと思う。札幌に転勤してからは北海道二期会の珍しい演目のオペラ公演で度々会場に足を運んだ方である。北海道芸協の配慮で海外のオペラ・バレエを2000年代まで低料金で楽しめたのは忘れられない。

2011年に札幌オペラ映画愛好会のお陰でドミンゴとパヴァロッティが主演した映画会が年4回上映されたことがあった。《トスカ》はドミンゴ主演で本格的に味わえるオペラ映画(1976年)であった。その後、Kitara の大ホールを会場にして2012年10月ウィ-ン・バーデン市劇場のオペラが上演された。《トスカ》を1階7列で生のオペラの迫力を十分に楽してめ、特別にKitaraから「カラス主演サバータ指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団のCD」をもらった。
この時のライヴは舞台装置も簡素で限られた条件の下で開催されたが、結構満足できるものであった。

7年ほど前からMETビューングでタイトルにも馴染んでいなかったオペラを鑑賞するようになった。5年前にMETで「トスカ」の上演があったが、その際は鑑賞しなかった。今回は主演のカヴァラドッシ役がグリゴーロなので鑑賞予定に入れていた。Kitaraや時計台のボランテイア活動が続いていて日程の調整が大変だったが無理をした。

ヴィットーリオ・グリゴーロは3年前の《ホフマン物語》で彼の甘い魅力的なテノールの歌唱と演唱に惹きつけられていた。カウフマンに継ぐお気に入りのテノール歌手になっていた。

METビューイング第4作 プッチーニ《トスカ》  新演出
指揮/エマニュエル・ヴィヨーム  演出/デイヴィッド・マクヴィカー
出演/ソニア・ヨンチェヴァ、 ヴィット-リオ・グリゴーロ、 ジェリコ・ルチッチ

全3幕。イタリア語上演。上映時間3時間(休憩2回)

時代と場所/1800年、ナポレオン時代のローマ
主役となる登場人物 3名(歌姫:トスカ、画家/カヴァラドッシ、警視総監/スカルピア)
【簡単なストーリー】
『第1幕、教会』 トスカと画家は恋人同士。画家が教会で絵を描いていると、脱獄した政治犯が同志の画家のもとにやって来る。画家は彼を別荘にかくまうことにする。スカルピアが教会に来て、画家の恋人トスカの嫉妬心を利用して隠れ家を突き止める。
『第2幕、警視総監の執務室』 カヴァラドッシが逮捕されて政治犯が拷問される様子をトスカに見せて、スカルピアは老獪な悪だくみを意図してトスカを誘惑する。トスカは窮地に追い込まれてスカルピアをナイフで刺殺する。
『第3幕、城の屋上』 星が輝く夜明け頃に屋上に連れ出されたカヴァラドッシはトスカに別れの手紙を書く。第2幕でトスカは恋人と自分の通行許可証を発行してもらうことを条件にしてスカルピアに身を任せる決意をしていた。屋上で恋人に会ったトスカは見せかけの銃殺の予定だと話すが、銃を何発も打たれたカヴァラドッシは息絶えていた。トスカは城壁から身を投げ自ら命を絶った。

予定の指揮者や出演者の変更が相次いだためか、全体的にはもうひとつ物足りない感じがした。オーケストラの盛り上げが不足した感じ。第1幕での少年少女を交えた合唱は素晴らしくて、全幕での舞台装置を含めて海外と日本での違いを痛切に感じた。

主役3人は好演。テノールのグリゴーロには最初から最後まで甘いマスクと歌声で魅了されたが、何といっても第3幕の「星は光りぬ」は申し分のない感動的なアリアであった。この名アリアは何度か耳にしているが、オペラの場面で最高の音響で聴けたこともあって今までにない感動を覚えた。ニューヨークの聴衆も従来とは違う反応を示して拍手歓声が長く続いた。グリゴーロはステージでの演技も若い情熱的な芸術家・社会改革派の味を出していた。

ソニア・ヨンチェヴァは彗星の如く現れたように思えたMETの花形。今シーズン「第6作 ラ・ボエーム」、「第9作 ルイザ・ミラー」にも主役で出演が予定されている。マリア・カラスなど歴代の歌姫が演じた情熱の女性を美しい美声で好演した。第2幕で歌った「歌に生き、恋に生き」も見事な歌唱となった。第6・9作は制作発表時から決まっていたようである。今回の第4作は当初、カウフマンとオポライスの主演の予定だったらしい。トスカ役もカヴァラドッシ役もヨンチェバ、グリゴーロにとって初めてだったようである。2人は今回が初めての共演ではなくて、インタビューでグリゴーロはヨーロッパのコンサートで既に共演していて顔見知りだったという。二重唱の場面もあって良かったが、前述の2曲のアリアが大喝采を浴びていた。

第1・2幕でこれ以上ないという悪役を演じたジェリコ・ルチッチは代役としての出演。ヴェテランでスカルピア役を何度か経験しているらしく見事な演唱。

グリゴーロは「ホフマン物語」の後に日本公演のリサイタルがあって日本でも大人気のテノール歌手というのが納得できた。

※「歌に生き、恋に生き」の対訳(対訳者:永竹由幸)
歌に生き、恋に生き、決して他の人に悪いことなんかしてませんでした! 多くの可哀そうな人たちに会いました。そのたびにそっと内緒で助けてあげてきました。いつも心から神を信じて、祭壇にお祈りを捧げました。それなのに神様、この苦しみの時に、どうして、どうして、どうして私にこんな仕打ちをなさるのです? 聖母様のマントに宝石を寄進し、私の歌を、星に、天に捧げ、天はその歌に優しく微笑んで下さったではないですか。それなのに、この苦しみの時に どうして、どうして、神よ、ああ! どうして私にこんな仕打ちをなさるのですか?
※「星は光りぬ」or「星は輝き」の対訳(対訳者:戸口幸策)
星は輝き・・・大地は香り…菜園の戸が軋んで…足が軽やかに砂地に触れた。いい匂いをさせた彼女が入って来て、私の胸に倒れかかった。ああ、甘い口づけ、悩ましい愛撫、そのあいだに私は、震えながら、美しい姿をその覆いから引き出していた!
私の愛の夢は永久に消え・・・時は去り、私は絶望して死ぬ! 今ほど人生をいとおしんだことはない!
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ミクローシュ・ペレーニ チェロリサイタル

〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉
【第21回リスト音楽院セミナー講師による特別コンサート】

2018年2月20日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
 チェロ/ ミクローシュ・ペレーニ(Miiklos Perenyi)
 ピアノ/ イシュトヴァーン・ラントシュ(Istvan Lantos)

〈PROGRAM〉
 J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011
 シューマン:民謡風の5つの小品集 作品102
  おとぎ話の挿絵 作品113
 マルティヌー:チェロ・ソナタ 第3番 H.340

ペレーニはリスト音楽院教授として札幌コンサートホールが開館しで始まったリスト音楽院セミナーのチェロ講師として来札を重ねて日本での知名度を高め、2011年には札響2月定期で「ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第2番」を弾いた。セミナー講師の特別コンサートでは何度もリサイタルを開催して「バッハ:無伴奏チェロ組曲」の連続演奏も続いている。東京でのリサイタルも増えて、今日では世界チェロ界の巨匠と称せられるようになった。彼は真摯なスタイルの演奏が特徴で、過去の演奏会では2009年の「ブリテン:無伴奏チェロ組曲第3番」が珍しい演奏曲として忘れ難い。
ラントシュは1994-97年にリスト音楽院学長を務め、20年前からセミナー講師としてKitaraと深く関わり、リサイタルも行っている。

バッハの「第5番」は組曲中で最も深みのある作品とされる。前奏曲、アルマンド、クーラント、サラバンド、ガヴォット、ジーグから成る。フランス風序曲の前奏曲、リズミカルなアルマンド、フランス風のクーラント、沈んだ感じのサラバンド、珍しい配置のガヴォット、急進的なジーグ。バッハの無伴奏曲は何度聴いても深みのある重厚な曲に惹かれる。

シューマンの小品集のタイトルは聴き慣れていなかったが、作品番号でCDを所有していることが判った。直ぐ見つからずに、探してみると室内楽全集の輸入盤(5枚)に曲が入っていた。少なくても購入してから一度は聴いている。昼過ぎに一応聴いておいた。
作品113はヴィオラとピアノのための曲。20年以上前に録音されたマルタ・アルゲリッチと今井信子のCDだった。初めて聴いた時には2人の大家の演奏だとは気づいていなかった。
今回の室内楽2曲はシューマン晩年の作品。「作品102」は数少ないチェロのための曲。5つの小品の内容に繋がりは無さそうで、東欧風の民謡に基づくシューマンらしい幻想的で抒情的な曲に思えた。
「作品113」の原曲はヴィオラとピアノのための作品。4曲から成り、チェロとピアノの対話が際立って面白かった。ピアノ曲「子供の情景」と同じく子供向きの作品ではなく、大人のための作品。第2曲はチェロのピッチカート奏法が入ったりして躍動感に溢れていた。第3曲でピアノの歯切れのよい音も楽しかった。

マルティヌー(1895-1959)はスメタナ、ドヴォルジャーク、ヤナーチェク以後にチェコが生んだ最大の作曲家。2011年に「すみだトリフォニーホール」でC・アルミンク指揮の新日本フィル定期演奏会を聴いた時の「マルティヌー:交響曲第3番」。この時に初めてマルティヌーの名を知った。2018-19シーズンからチェコ・フィル首席客演指揮者を務めるヤクブ・フルシャ(*エリシュカの教え子)は都響首席客演者在任中にマルティヌーの作品を集中的に取り上げていたことでも知られる。
マルティヌーはフランス滞在中にドイツ・ナチスによって祖国が占拠されてアメリカ亡命を余儀なくされた。彼は民族意識が高まる環境に置かれ、ヒューマニズムを追求する作品にその影響が表れているとされる。大戦後にヨーロッパには移住できたが、故国の土を再び踏むことはなかった。
「チェロ・ソナタ第3番」は現代音楽と古典的な音楽が融合した作品として聴けた。明るい雰囲気も味わえた曲を重厚な演奏で楽しめた。
札響の定期演奏会で是非マルチヌーの交響曲(*「第6番」を所有しているので、たぶん6曲はある)も取り上げてほしいと思った。

聴衆の拍手大喝采に応えてアンコールに2曲も演奏された。①シューマン:「3つのロマンス」 作品94-2  ②コダーイ:「エピグラム」より 第2・3・5・7番。
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川井郁子コンサートツアー2018 LUNA~千年の恋がたり~

川井郁子の名は10年以上前に耳にしていたが、彼女のコンサートは普通のヴァイオリンコンサートとは少々違うもので今迄に聴く機会を持たなかった。川井はクラシックからジャズ、クロスオーヴァーまで幅広いジャンルで活躍する一流のヴァイオリニスト。国内外の主要オーケストラとの共演のほかに、自ら作曲した曲を含むデビュー・アルバムをリリースして話題を集め、カーネギーホールやパリ・オペラ座公演も行っている。クラシック音楽ではファジル・サイ、ホセ・カレーラスとも共演、仲道郁代、遠藤真理、森麻季などと室内楽を展開している。
一度は聴いてみようと思って今回の公演を聴くことにした。

2018年2月18日(日) 1:30PM 開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

出演はヴァイオリニスト、ピアノ・キ-ボード奏者、尺八・琵琶奏者、和太鼓奏者の4名。
プログラムは2部構成。
 〔第一部〕
  ロドリーゴ(川井郁子編):恋のアランフェス~レッド・ヴァイオリン~
  川井郁子:流浪の女、 赤い月
  モンティ:チャールダーシュ
  作者不詳:さくら
 〔第二部〕「源氏がたり」 (林 真理子著作より) *演出:川井郁子・吉井盛悟
  川井郁子:時の彼方に、 宵待の月、 風のあとに
  川井郁子:夕顔 ~「源氏物語」より~
  チャイコフスキー(川井郁子編):ホワイト・レジェンド『復活』~白鳥の湖より~

エントランスで渡されたプログラムは広告が多くて、演奏曲目が載っていないのに戸惑った。主催者が作成した紙に曲目が書かれていてホッと一安心。
ギターのヴィルトオーゾの有名な曲の聴き慣れた旋律で始まった。最初の曲はヴァイオリン、ピアノ、和楽器、和太鼓を使用した編曲もの。川井が目指した和楽器と洋楽器のコラボレーションとなる曲作りの方向性が伝わった。
2曲目以降はピアノの代わりにキーボード、日本の楽器は尺八・琵琶・笛・和太鼓などが用いられた。シルクロードを通ってジプシーの音楽やオリエンタルな雰囲気も広がる曲が続いた。ヴァイオリン曲として演奏される機会の多い「チャールダーシュ」はいつもと違う楽器構成で興味深かった。予定の演奏家が来札できなくて曲目変更があり、日本古謡「さくら」が演奏された。現代的な洋風の音楽に編曲されて粋な感じがした。
ヴァイオリニストが前半最後の曲「赤い月」の演奏前にマイクを持った。携帯電話について触れ、後半の曲の説明をした。聴き取れいないことが多くて、携帯の音源に注意の連絡かと思っていた。ところが、隣席の女性が携帯をいじり始め、前方の十数名が携帯やスマホで写真を一斉に撮り始める姿が目に入った。フラッシュも光った。主催者のプログラムにはもちろん写真撮影厳禁と書かれている。撮影許可の話があったのかと判断せざるを得ない状況だった。前代未聞の状況に驚いて、いささか動揺した。

後半は川井が平安時代を思わせる着物姿で語りも交えて、ヴァイオリンを演奏した。琵琶が入って独特の幻想的な源氏物語の世界が描かれた。川井の才能の豊かさを感じさせるステージであった。
アンコール曲は「ソーラン節」で北海道公演を盛り上げた。自分にとって必ずしも好みのコンサートではなかったが、いろいろなコンサートがあってよいと思った。
ジャンルを超えた活躍でファンの心を掴んでいる様子は帰りのホワイエに彼女のサインを待つ人々の長い列にも表れていた。




 
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藤村実穂子メゾソプラノリサイタル

[札幌コンサートホール開館20周年]
〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉

世界的なメゾソプラノ歌手として名高い藤村実穂子が4年ぶりにKitaraのステージに登場。前回はR.シュトラウスとマーラーの歌曲で対照的な味わいの妙が素人にも分かる圧倒的な歌唱だった。

2018年2月15日(木) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈出演〉メゾソプラノ/ 藤村 実穂子(Mihoko Fujimura)
ピアノ/ ヴォルフラム・リーガー(Wolfram Rieger)
〈Program〉
 シューベルト:糸を紡ぐグレートヒェン D118
 ワーグナー:ヴェーゼンドンクの詩による歌曲
 ブラームス:セレナーデ 作品106-1
 マーラー:リュッケルトの詩による歌曲

シューベルトの歌曲5つ。有名な曲でピアノ曲などでも知られている「糸を紡ぐグレートヒェン」。他は「ガニュメ-ト」、「ギリシャの神々」、「湖上にて」、「憩いなき愛」。シラーの詩「ギリシャの神々」のほかは、4曲共にゲーテの詩に曲を付けた。シューベルトが書き始めたドイツ・リートは胸を打つものが多い。
藤村が歌いだし始めた途端に心が高鳴った。やはり世界的な歌手の歌声は艶があるだけでなく、心の奥深くに届いてくる。

ワーグナーの歌曲集から5曲。「天使」、「止まれ!」、「温室で」、「痛み」、「夢」。先月の〈佐々木アンリ ソプラノ・リサイタル〉で歌われた歌曲。予め歌詞対訳を読んでいて、曲の内容が分かっていたので、歌に込められたヴェーゼンドンク夫人のワーグナーに寄せる想いも読み取れたように思った。オペラに書かれたメロディも入っている感じがして、さすがワーグナーらしい曲作り。第4曲に愛の喜びが力強く歌われていた。

ブラームスの歌曲5つ。「セレナーデ」、「日曜日」、「五月の夜」、「永遠の愛」、「私の愛は緑」。コンサートでブラームスの歌曲を聴くのは珍しい。第4曲は非常に情熱的な愛の歌。第5曲はクララに頼まれて、彼女の息子が書いた詩にブラームスが付曲したという。

マーラーの《リュッケルトの詩による歌曲》から5曲。「あなたが美しさゆえに愛するなら」、「私の歌を見ないで」、「私は優しい香りを吸い込んだ」、「真夜中に」、「私はこの世から姿を消した」。マーラーの交響曲のCDに第3曲「私は優しい香りを吸い込んだ」がオーケストラ伴奏で入っていたので、以前からこの歌曲集の名は知っていた。マーラーの《亡き児を偲ぶ歌》は同様な内容を持つ歌を用いた歌曲集で、何度かコンサートで聴いたことがある。一方、《リッケルトの詩による歌曲》は曲の雰囲気は互いに似ていても、内容に関連は無いようである。第3曲は菩提樹が歌詞に入っているので以前から、印象に残っていた。
「第4曲」はドラマティックな感じの歌。

シューベルトから時代を追って4人の作曲家の歌曲が選曲されてドイツ・リートの歴史の一端が分かった気がした。言葉がはっきりと解らなくても曲の良さは伝わってくるが、歌詞が理解できていると尚一層、心にしみるのだろうと思った。
世界の舞台で活躍を続ける藤村j実穂子の歌声をライヴで2回も聴くことが出来て満足であった。前半10曲、後半10曲と休憩をはさんで全20曲が一気に歌い上げられた。前回と同じ外国人ピアニストも情感豊かなピアノ伴奏で光を放った。彼は間のとり方が巧みで、特にアンコール曲歌唱後の余韻が印象的だった。盛大な拍手大喝采に応えたアンコール曲は「マーラー:原初の光」と「R.シュトラウス:明日!」。



 
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ヤンソンスとトリフォノフがシューマンで共演

ダニール・トリフォノフ(Danill Trifonov)がベルリン・フィル・デビューを飾った2016年ジルベスターコンサートを楽しみにしていたが、デジタルコンサートホールでの日本中継は許可が下りずに残念な思いをしていた。2018年1月下旬のベルリン・フィル定期演奏会でヤンソンスとトリフォノフが共演するプログラムを2月に入って2度視聴する機会を持った。

現在、自分が一番聴きたいと思っているピアニストがロシア出身のダニール・トリフォノフである。彼はKitaraのステージには既に2度登場している。1991年生まれのピアニストが2010年ショパン国際コンクールで第3位入賞。11年のルービンシュタイン国際コンクールとチャイコフスキー国際コンクールで共に優勝。彼は11年1月ショパン国際ピアノコンクール入賞者ガラコンサート、12年4月チャイコフスキー国際コンクール優勝者ガラコンサートの日本公演で来札した。アンコール曲の演奏でも作曲活動も行っている才能豊かな雰囲気を感じて魅力が増した。

マリス・ヤンソンス(MARISS JANSONS)は今世紀のクラシック音楽界を牽引している人気の指揮者。現在75歳で指揮台に立つだけでオーラを放つマエストロ。ヤンソンスが1997年ピッツバーグ響の音楽監督に就任した翌年1998年に初の日本ツアーを行い、同じラトヴィア出身のクレーメル(vn)とマイスキー(vc)を同伴した。札幌での共演者はマイスキーでシューマンの協奏曲を聴いたのは忘れもしない曲。交響曲は記憶していなかったが、当時のプログラムで確認してみると「運命」だった。
同じ週にKitaraでラトル指揮バーミンガム市響の演奏会があって、どちらにしようか迷ったものである。やがて、彼ら2人がべルリン・フィルのアバドの後継者となる有力候補に挙がった。
ヤンソンスはその後、2003年にバイエルン放送響音楽監督、04年ロイヤル・コンセルトへボウ管首席指揮者に就任。日本へは2つのオーケストラが交互に隔年で来日公演を開催していた。現在はバイエルン放送響に専念しているが、他のメジャー・オーケストラへの客演機会も多い。マエストロの来札の機会は無くて、ライヴは一度きりである。 テレビ中継では何度か視聴したことはあり、最近では2016年ウィ-ン・フィル・ニューイヤーコンサートで久しぶりにヤンソンスの姿を見れた。16年10月にはKitara で内田&マーラー・チェンバー・オーケストラの「モーツァルトのピアノ協奏曲」を聴いた夜に立ち寄った市内のバーでヤンソンス&バイエルン放送響&内田による「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」の録画を高音質・大音量でワクワクして聴いたことも忘れられない。

久しぶりに登場したベルリン・フィルの2017年4月定期では、ヤンソンスは「シベリウス:交響曲第1番」、「バルトーク:中国の不思議な役人」を指揮した。予定のプログラム「モーツァルト:交響曲第33番」は変更されて、「ウエーバー:クラリネット協奏曲第1番」(独奏/アンドレアス・オッテンザマー)になっていたが、若き有能なクラリネット奏者の響きが楽しめた。

今回の[ヤンソンスとトリフォノフがシューマンで共演]が私の心を惹きつけていた。20年前にヤンソンス指揮の下でシューマンのチェロ協奏曲を聴き、今回はヤンソンス指揮の下でシューマンのピアノ協奏曲。大好きなミッシャ・マイスキーとダニール・トリフォノフの演奏をマリス・ヤンソンスがつないでくれる想いを勝手に抱いて悦に入っている自分がいた。

Robert Shuman: Piano Concerto in A major, op.54
Anton Bruckner: Symphony No.6 in A major

個人的にはピアノ協奏曲の中でシューマンの作品は最も気に入りの5曲には入る。昨年10月にはラトル&内田のシューマンを09年のアーカイヴで聴いて感銘を受けた。ピアニストが違うとそれぞれの個性が出てきて少々異なる印象を受けるのは当然である。
この曲は最初「ピアノと管弦楽のための幻想曲」として発表され、その後、その幻想曲が第1楽章となり、第2・3楽章が加わってピアノ協奏曲の形になったといわれている。曲は妻のクララに捧げられ、メンデルスゾーン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管とクララの共演で初演された。
曲はシューマンのクララへの想いが綴られて幻想風に展開され、気分が移り変わるシューマンの心情が読み取れる。2管編成で、室内楽のようにピアノがオーケストラ、特に木管楽器と対話する(*樫本がコンマスを務めたが、マイヤーとオッテンザマーの奏でるメロディの美しさにも感動)。トリフォノフのしなやかな長い手が鍵盤を這うさまに目が吸い込まれてしまう。愛情に包まれた雰囲気が巧みなトリフォノフのピアニズムで綴られていく様は実に美しかった。間奏曲の第2楽章はピアノと弦の対話も印象的で適度なロマンティシズムが表現された。アタッカで入った第3楽章は輝かしさに溢れ、コーダは華麗さを発揮しながらフィナーレとなった。
トリフォノフはゆるぎないテクニックで繊細な表現を遺憾なく流れるようなピアニズムで展開した。曲に込められた心情を淡々と柔らかなタッチで綴る姿には感動さえ覚えた。あごひげや頬ひげをはやしている顔は想像していなかったが、深い音楽性を湛えたトリフォノフの今後はヴィルトオーゾとしての評価をますます高めていくことは間違いなさそうである。
演奏終了後に聴衆からブーケを受け取って弾いたアンコール曲は「ショパン(コルトー編):チェロ・ソナタ 第3楽章」。アンコールに応えて弾く曲も個性的だと思った。

ブルックナーの「第6番」は2014年9月の児玉宏札響定期でコンサートでは初めて耳にしたように思った曲で、めったに聴くことはない。CDで1・2度聴いたぐらいでは分からない。ライヴで聴いた時には集中して聴いているので、それなりに曲の良さを味わったが、親しむまではいかない。
ブルックナーは曲を書いた後に書き直すことが多かったようだが、「第6番」は全4楽章が初演されたのは、作曲家の死後だそうである。その時の指揮者がマーラーで彼の手直しとカットが施されて演奏されたという。
ヤンソンスは今回がベルリン・フィルとのブ共演では初のブルックナーであったのは意外である。シェフを務めていたオーケストラとの共演は数多くあるという。指揮台に立っているだけで存在感のある指揮者。曲の内容は詳しく分からないが、円熟の境地で指揮にあたっている様子であった。年齢的にまだまだ第一線で活躍が期待されるマエストロ。

※ピッツバーグ交響楽団は一時アメリカの6大交響楽団だった時代があって、クレンペラー、ライナー、サーバタ、、スタインバーグ、プレヴィン、マゼールと続いてヤンソンスがシェフを2004年まで務めた。
数年前に50年前の米国留学中にフロリダ州立大学の講堂でスタインバーグ指揮ピッツバーグ響の演奏会を聴いていたことが判った。フロリダの州都タラハッシは当時人口5万人で大学内には5万5千人収容のフットボール競技場もある広大なキャンパスがあり、2つしか州立大学がない州で、フロリダの人口は北海道とほぼ同じ550万人だった(*現在は州の人口も州都の人口も4倍を超えている)。大学は音楽学部もあり、校内で各種のコンサート、バレエ、映画やサーカスも原則無料で楽しめた。有料の場合は1ドル程度。留学中に日記をつけていたのだが、帰国して見直す時間も無かった。2・3年前に大雑把に読み返してみたら記憶が蘇ったことが数多くある。ピッツバーグ響を聴いた記憶はあったが、指揮者がまさか音楽監督だとは想像もしなかった。「レオノーレ序曲第1番」、「幻想交響曲」を聴いたのだが、当時は指揮者のことも、ベルリオーズのことも詳しく知らなかった。曲を聴いて感動する余裕はなかったようだ。
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新進演奏家育成プロジェクト オーケストラ・シリーズ 第42回札幌

このシリーズの開催を知って3年連続で札幌公演のコンサートを聴いた。平成29年度オーディションで選ばれた5名の新人演奏家が札幌交響楽団と共演した。

2018年2月11日(日・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
  指揮/ 現田 茂夫    管弦楽/ 札幌交響楽団
[1部]
  坂東 由依(ソプラノ)~モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」より 2曲
  佐藤 悠光(ユーフォニアム)~ホロヴィッツ:ユーフォニアム協奏曲
  横山 瑠佳(ピアノ)~ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調
[2部]
  水口 真由(ピアノ)~サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番 へ長調「エジプト風」
  入川  奨(マリンバ)~クレストン:コンチェルティーノ

現田茂夫は現在、神奈川フィル名誉指揮者。86年、オペラ・デビューを飾り、プラハ国立歌劇場の日本公演を指揮、96年より13シーズンに亘って神奈川フィル常任指揮者を務めて、同フィルを飛躍的に向上させた功績が評価されている。国内外のオーケストラに客演を重ねている。オペラとシンフォニーで活躍し、札響とのジルベスターコンサートは2005年より連続して指揮を務めている。04年にオペラ「セビリアの理髪師」で神奈川フィルを率いて来札、12年ジルベスターコンサートで横山(p)、成田(vn)などとKitara で共演した印象的な場面から久しぶりに現田の指揮ぶりを観た。

冊子によると、このプロジェクトのオーケストラ・シリーズが全国6都市(札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡)で平成23年度にスタートして7年目。現田は前6回が大阪で、今回が初の札幌担当。札響とは毎年、共演しているので札響団員との意思疎通は充分で、安心して観ていられた。未だ還暦を迎える年齢でもなく、今年10月にオープンする札幌文化劇場でのオペラでの活躍を期待したい指揮者である。夫人の佐藤しのぶの共演も是非実現してもらえれば嬉しい。

モテットは声楽曲の一分野で、モーツァルトはカストラート歌手のために書いたという。ホールに響き渡る坂東の歌声はステージでの経験の豊富さを感じさせた。
ユーフォニアムと言う金管楽器名は10年ほど前に初めて耳にした。チューバを小型にしたような楽器だが、音域が広くて、重厚な響きもあり、柔らかな音も出ている感じ。牧歌的な旋律もあって、佐藤は3楽章構成の聴きごたえのある曲を変化に富んだ演奏で吹きこなした。他の金管楽器には無い魅力を兼ね備えた楽器を演奏する女性奏者の意気込みが伝わってきた。
今回の演目で馴染みの曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番だけであった。一年前にアマチュアのコンサートでも聴いたが、オーケストラが札響だとやはりサウンドが違う。第4楽章ではオーケストラに対抗できる音量も出していた。横山は東京芸大在学中で、九響との共演も経験し、前途有望のピアニストのようである。

サン=サーンスはフランス国民協議会を設立し、偉大な音楽家としての業績を残しているが他の作曲家と比べて評価が高くない。「序奏とロンド・カプリチオーソ」、交響詩「死の舞踏」、「動物の謝肉祭」(特に“白鳥”)が有名な作品で、交響曲ではオルガン付きの「第3番」は演奏機会が多い。「ピアノ協奏曲第5番」は彼のピアニスト・デビュー50周年の祝賀会で初演。世界各地を旅行して、北アフリカも旅した。たぶん、その時の印象を音楽にしたものと思われる。演奏会で聴いた記憶は無いが、Kitara開館当時のPMFでジャン=イヴ・テボーデがピアノリサイタルを開いたので、10年前にEUで発売された彼のピアノ協奏曲2&5を購入していた。今回のコンサートの前に2回ほど聴いてみて、意外と興味が湧く曲だと思った。水口は東京芸大卒業後、札幌で活躍中のピアニスト。
「エジプト風」の第2楽章のアンダンテはナイルのエギゾチックな趣を描いており、第3楽章では2000年のエジプト旅行をしてナイル川を帆船で下った際に歌ったヌピア人の様子を思い浮かべた。北アフリカの雰囲気が楽しめ、ヨーロッパのピアノ曲とは違う味わいがあり、心地よい音が響いた。ピアノを打楽器のように弾く奏法もあって興味深かった。

前4人の演奏家は北海道出身。入川奨(いりかわしょう)は静岡県出身で、現在は札響首席ティンパニ・打楽器奏者。前任者が退団してから、後任が不在だったが、入川が17年1月に正式入団。今では彼の安定したティンパニの響きで、札響での評価も高い。彼のインタビュー記事が札響応援の機関紙「札響くらぶ」に載ったのが昨年7月の79号。札響メンバーのインタビュー記事はくらぶ編集委員のご苦労もあって楽しい読み物になっている。入川がヴァイオリンを習い始めて家族でファミリー・コンサートを楽しみ、中学・高校の吹奏楽部で打楽器にはまって、ソロを目指した経緯が語られた。打楽器奏者から指揮者に転向した音楽家に岩城宏之がいるが、ラトルもそうである。いろんな楽器を弾けても最終的に打楽器を選ぶ人の姿が記事を通して生き生きと伝わってきて強い印象を受けていた。今回のコンサートのチラシを見た時に、馴染みの指揮者は目に入っていたが、写真付きの演奏家で札響楽団員の名には気づかなかった。1月下旬に入って鑑賞しようと決めて聴きに来た。

木琴奏者として平岡養一の名を知っていて、30年ほど前にザ・ルーテルホールで木琴・マリンバ演奏会が開かれて聴いた記憶がある。楽器を譲られた演奏家がステージに数種類の楽器を並べて演奏したと思う。現在では楽器もマリンバと呼ばれ、KitaraではSINSUKEや女性演奏家の室内楽は聴いたことはある。オーケストラの楽器としてマリンバが使われている曲も聴いてはいる。
今回はオーケストラをバックに演奏するマリンバ協奏曲と言える曲。20世紀のニューヨーク出身の作曲家が書いた3楽章構成の15分の曲で、ジャズのようなリズムが入って、リズミカルな音楽。数種類のバチを使っての妙技が楽しめた。

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さっぽろ雪まつり期間中の時計台来訪者

札幌国際プラザ外国語ネットワークによる時計台ボランティアのレギュラー活動は5月から11月までの7ヶ月間。他に、さっぽろ雪まつり期間中の特別活動。普段と違って、雪まつりが主目的で来札する観光客が大部分で、彼らは祭りを見た後に時計台に立ち寄る。この時期の来館者は「札幌市時計台」が「元札幌農学校演武場」であったことを殆ど知らない。入館者の反応によって、最小限の説明はする。昨年の7ヶ月でボランテイアが応対した日本人は約2万5千人、外国人は70ヶ国6千人に及ぶ。この数日の外国人の来館者はオーストラリア人とアジア人が多くて、真夏の国からのオーストラリア人が圧倒的に多いようである。

私自身は館内をあちこち動き回らずに入り口近くの所定の室内で対応する場面が多かった。オーストラリアの若者3人に英語の紙芝居を使って札幌農学校の歴史と時計台の歩みを説明した。その様子を途中から最後まで見ていた大阪の数人の女性が自分たちにも聴かせてほしいと言ってきたので、日本語で農学校開校当時の事情と時計台の話を20分ほどしてあげた。農学校開校に尽力したホーレス・ケプロン、黒田清隆の話。明治時代に太陽暦に変えるために全国に72台の時計塔が設置されたが、現在も残っているのは札幌の時計台だけであること。おもり式の時計を1週間に2度巻き戻す仕事をしながら古い時計を守り通していること。

1時から4時半までのボランテイア活動を終えて、大通公園の雪まつり会場に足を運んだ。会場は好天に恵まれて連日大賑わいのようだが、裏方の人々の助力もあって会場内は割合スムースに移動できた。雪まつり会場には毎年来ているわけではないが、今回は10丁目会場で思わぬ出来事があった。今迄、10丁目広場が大雪像の会場に使われているのは知らなかったのだが、この広場の北側には「黒田清隆之像」、南側には「ホーレス・ケプロン之像」がテレビ塔を向いて建っていた(2つの銅像は台座も含めて6メートルの高さ)。1967年の北海道百年記念で建立された。ぞの名を確認しながらカメラを回しているご夫婦の姿を見たので話しかけてみた。ケプロンのことを説明してあげた。彼は農学校の設立を北海道開拓使長官の黒田清隆に進言して北海道開拓に貢献した明治政府のお雇い外国人である。時計台のことも話題にしたら、熱心に私の話を聞き、何度も来ている北海道だが、次回は時計台を見学すると言っていた。時計台が元札幌農学校の建物であり、由緒ある歴史的建造物で貴重な文化遺産となっていることは実際に建築物内に入ってみないと解らないでいる人が多い。ご夫婦に意外なところで感謝されて嬉しい気持ちになった。

13丁目の市民の小雪像で両ひざから下が素あしの外国人の姿を見て、思わず「寒くないですか」と英語で声を掛けたら、「ほんのチョット」と返答があった。オーストラリアから来た若い人で、スキーを楽しみに北海道に来ているのかと訊いてみたら、そうだという。ニセコに来ているのだと思ったら、2週間の予定だと言っていた。風を引かないように気を付けて、スキーを楽しんでと言って気軽にごく自然な会話の雰囲気。ニセコで日本人にも慣れているのだろうが、どこでも気軽に対応できる外国人が増えているのは良いことである。

※今年は北海道命名150年。三重県松坂出身の探検家の松浦武四郎が本州から北海道・樺太などを何度も探検して、現在の北海道の地名の候補をあげた。そのうちの「北加伊道」が採用され、東海、南海、西海に対応して「北海道」になったのが1869年。今年は北海道命名150年の記念年。数年前に三重県の人たち一行が地元の偉人の松浦武四郎が名付け親の地を訪れようということで来道して時計台に立ち寄った際に、松浦武四郎が三重県出身と分ったのである。

※黒田清隆は第3代北海道開拓使長官を務めて、日本最初の札幌農学校設立と北海道開拓に貢献した。のちに、第2代内閣総理大臣を務めたことは余り人々に知られていない。
同じ薩摩藩士の西郷隆盛は明治維新の立役者として有名である。弟の西郷従道(じゅうどう、つぐみち)は黒田清隆が辞任した後の第4代北海道開拓使長官の任にあった(*2ヶ月ほど)。時計台に来館した外国人を通して知った。(*彼は日本の国際将棋大会にオーストリア代表として来日した人で赤レンガで歴代開拓使長官・知事の写真を見てきて、黒田の次の開拓使長官が西郷隆盛の弟である西郷従道だと語ったのである)。数年前の出来事であるが、私は早速赤レンガを訪ねて西郷従道の名を知った。
今年のNHK大河ドラマ「西郷どん」で「従道」の活躍の場面も出てくるだろうが、彼は初代海軍大臣で明治政府の要職を務め、内閣総理大臣候補として推されたが断り続けた話も語り継がれている。

※時計台は阪神淡路大震災が勃発した1995年(平成7年)から耐震装置を備えるための工事で建物全体が解体され、復元工事が1998年(平成10年)に完成した。外壁と屋根の改修工事が今年20年ぶりに行われるために、5月から10月まで閉館の予定である。そのため、例年は行っていなかった雪まつり以降も4月末まで時計台ボランテイア活動は続く。
札幌市がどんな広報活動を行うか分からないが、国内、特に海外の観光客に予め休館の情報が伝わって無駄足にならないようにと願う。
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オルガン・ウインター・コンサート 2018

[札幌コンサートホール開館20周年]

Kitara恒例のOrgan Winter Concertは札幌雪まつりの開催時期に開催されている。この機会に本州からKitaraを訪れる観光客の姿を見るのも嬉しいことである。

2018年2月4日(日) 15:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

オルガン/ マルタン・グレゴリウス(第19代札幌コンサートホール専属オルガニスト)

〈プログラム
 J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
        「シュープラー・コラール集」より “目覚めよ、と呼ぶ声あり” BWV645
 ダカン:異国風のノエル
 ヴィヴァルディ:「四季」より “冬”  第2楽章 ラルゴ
 モランディ:序奏、主題と変奏、終曲 第1番 へ長調
 グレゴリウス:日本とポーランドの曲に基づく即興演奏
 フランク:「3つの小品」より 第2曲 カンタービレ ロ長調
 ヴィドール:オルガン交響曲 第5番 ヘ短調 作品42-1より 第5楽章 トッカータ

地下鉄中島公園駅を降りた際の人の群れからKitaraへ向かう人々の熱気のようなものが辺りを包んでいた。昨日の札響の演奏会に臨む人々とは少々違う人たち。寒さは厳しいが降雪もなくて好天に恵まれ、しかも、ワンコインで鑑賞できるコンサートとあって子ども連れの家族や若いカップル、Kitaraを初めて訪れる観光客と思われる人の姿もあった。開演前のホールは満席状態で聴衆の期待度が高まっていた。
今回のオルガン鑑賞は手鍵盤と足鍵盤が見えるRA席の端の方に座ろうと決めていた。譜めくりストがいる場合は必ずしも望みが叶うわけでもない。数曲の演奏に譜めくりストが立っている場面があったが、幸いオルガニストの手と脚の動きは見れた。

バッハの2曲は最も人々に親しまれている曲。曲の趣は違うのが、手鍵盤と足鍵盤の使い方で分かった。手鍵盤は4段あるが、荘重な音を出す第3・4手鍵盤を使うのが第1曲。第2曲が第2・3手鍵盤。超低音の足鍵盤は各曲で随時、使用される。

第3曲と第4曲は冬がテーマのタイムリーな選曲。ヴィヴァルディは有名だが、初めて名を聞くダカンはヴィヴァルディとほぼ同時代のフランスの作曲家だそうである。フランス語の「ノエル」は「クリスマス」の意。第2・3・4手鍵盤を用いていたのが目を惹いた。

モランディは19世紀イタリア音楽に演劇的な効果をもたらした作曲家とグレゴリウスは述べている。曲のタイトルに従って聴くとオペラの流れのように展開される音楽。第1・4手鍵盤、第2・3手鍵盤の使用で、曲調の変化も効果的で、大きな響きでフィナーレ。

グレゴリウスが得意な即興演奏を聴くのは3度目になるが、今回は歌われた日本の音楽のメロディが何だったのか見当もつかなかった。前2回と違って、誰もが直ぐ判るほどのメロディではなかったようである。

フランクとヴィドールは有名な作曲家。オーケストラのような多彩な音色や響きを生み出す曲作り。「カンタービレ」は第4、第2手鍵盤が交互に使われ、第3手鍵盤や足鍵盤を合わせて用いられる意外な展開。

ヴィドールの「オルガン交響曲」ではパイプオルガンが持つ音の多様性を発揮して、ストップを使って予めレジストレーションされた音と相まって管弦楽曲のような音楽。50分弱のコンサートを締めくくるのに相応しい曲であった。

オルガン・リサイタルでチケット完売になったことが過去に数回あるが、グレゴリウスはホールの座席を埋めた客に日本語で挨拶して、一段と大きな拍手を浴びた。アンコール曲も日本語で紹介して、「バッハ:主よ、人の望みの喜びよ」を演奏。
ホールが聴衆で埋まるのは嬉しい。気分が高揚して音楽を楽しめ、帰路に着く足も軽くなる。
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札響名曲シリーズ2017-18 ~田園から運命へ~ (指揮/ポンマー)

2018年2月3日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ マックス・ポンマー    管弦楽/ 札幌交響楽団

ポンマーが初めて札響に客演した時から、お互いに相性が良くて、2015年に首席指揮者に就任してから3シーズンが経過した。2018年3月で任期満了を迎え、81歳の首席指揮者は年齢のこともあり、敢えて契約を更新しなかったようである。自分のすべきことが、このオーケストラで達成できて満足している様子がコンサートやいろいろな記事などでの状況から判断できる。
今回が札響首席指揮者としての最後の演奏会であったが、6日の東京公演も最後の札幌公演と同じプログラムで指揮を執る。

〈Program〉
 ベートーヴェン:交響曲第6番 へ長調 作品68「田園」
           交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」

バッハを中心にドイツ音楽を主に紹介してきたポンマーがベートーヴェンの最高傑作2曲を最後のプログラムに据えた。クラシック音楽ファンのみならず多くの人に最も親しまれている交響曲を選曲したこともあり、地元のオーケストラの首席指揮者として最後の舞台を飾るにふさわしい満席状況の中でコンサートが行われた。

ベートーヴェン・チクルスの場合は別として、奇数番号の交響曲の演奏機会は多いが、偶数番号の演奏機会は非常に少ない。作曲家自身が付けた曲のタイトルは良く知られいて、メロディも親しまれている。派手な曲ではないので指揮者が敬遠しがちなのだろうか。CDでは「運命」と「未完成」がカップリングされたものが、以前は出回っていて、手元にもワルターやC・クライバー指揮のCDがある。演奏会で「田園」と「運命」の組み合わせは珍しいと思った。今シーズンの名曲シリーズの5回券を購入していたので、鑑賞することになった。

「第5番」と「第6番」は同じ頃に完成されて、初演は1808年12月22日ベートーヴェン自身の指揮で行われた。「田園」は自然をこよなく愛したベートーヴェンが5楽章構成で書き上げた。各楽章に標題をつけ、自然描写を試みているが、第5楽章は造物主に対する感謝の歌。第1・2楽章が長めの楽章で聴きごたえがあったが、その後の第3・4楽章がそれぞれ短くて、曲のメリハリを味わえなかった。第3楽章以降はアタッカで切れ目なく演奏された。全体的にはメロディの美しさが鮮やかで、ホルン、フルート、オーボエなどの管楽器が奏でる旋律が楽しかった。
演奏終了後にはブラヴォーの掛け声も飛んで、盛り上がった。

「運命」のタイトルは日本でのみ通用する呼称と言われている。「第5番」の第1楽章の第1主題に“運命のモチーフ”が出てくるが、楽章全体を支配する雰囲気になる。第2楽章は牧歌的であるが、ここにも“運命の動機”が現れる。第3楽章はスケルツォ。第4楽章はアレグロでピッコロ、コントラ・ファゴット、トロンボーンが加わる。(*トロンボーンはベートーヴェンによって初めて交響曲に用いられた楽器と記憶している)。この最終楽章では勝利の喜びが歌われるが、“運命のモチーフ”がここでも出てくる。ミュンシュ指揮ボストン響による演奏をLPで1960年代後半から聴き始めて、ベートーヴェンの交響曲では最高だと思っていた時代もあった「運命」。久しぶりで、良い席から耳にして、改めて曲の良さを味わった。
自分としては、「第6番」より「第5番」の方もが盛り上がったが、演奏終了後に盛大な拍手は沸き起こったが、ブラヴォーの声は上がらなかった。声を上げる人が居合わせなかったのかも知れない。

アンコール曲は「J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番より “アリア”」。

6日のサントリーホールでの演奏はどんな評価を受けるのだろうか。マックス・ポンマーは札響首席指揮者は退任するが、11月・12月の札響定期には客演する予定になっている。

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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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