札響第606回定期演奏会(首席指揮者ポンマー最後の定期、共演は小菅優)

~北の自然と管弦楽がとけあう・・・「極北の歌」 札響初演~

ポンマーは札響首席指揮者に就任した最初のシーズンにフィンランドの作曲家、ラウタヴァ―ラ(1928-2016)の曲を定期公演で取り上げた。指揮者は30年ほど前に作曲家と知り合い、彼の交響曲をCDにする仕事を引き受けた。レコーディングにあたって彼と親交を深め、彼の作品が好きになって札響で紹介する機会を持った。作曲家も喜んでくれたそうだが、その吉報を得た後に逝去した。ポンマーは札響首席指揮者を退任する最後の定期演奏会で、北国の自然と深く関わり合うラウタヴァーラの作品を再度、演奏することになった。
Pommerはライプツィヒ出身でライプツイヒ音楽院に学び、小澤と共にカラヤンに師事した経歴を持つ。札響在任中にバッハ、メンデルスゾーン、シューマンなどライプツィヒと深く関わる作曲家やモーツァルト、R.シュトラウス、レ―ガ―の作品を数多く演奏した。3年間の首席指揮者在任中に札幌にバッハの伝統を作り上げたいという強い意志とドイツの音楽を伝えたいという伝道師のような働きをした。

小菅優は1983年、東京生まれ。93年にドイツに渡り、9歳でリサイタルを開き、オーケストラと共演したという。その後、音楽の才能を順調に伸ばしてヨーロッパで大活躍。世界各地の著名なオーケストラと共演を続け、05年にカーネギーホール・デビュー、06年にはザルツブルク音楽祭でリサイタル・デビュー。日本では、05年に自主リサイタルを開催し、サカリ・オラモ指揮フィンランド放送響と全国ツアー。07年4月広上指揮札響定期に初登場して、「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」を演奏。今回の札響共演は2回目。Kitaraには12年、シェレンベルガー指揮カメラータ・ザルツブルグとの日本ツアーのソリストとして、「モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番」を弾いて以来、6年ぶり3回目の登場。スケールの大きな演奏スタイルだが、繊細さも持ち合わせて、室内楽でも一流演奏家と共演を続けている。2010年から開始した日本でのベートーヴェン「ピアノ・ソナタ全曲演奏会」(全8回)を15年に完結。まだ30代半ばだが、日本を代表するピアニストとして名高い。札幌でリサイタルを聴きたいと願うピアニストである。

2018年1月27日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

 指揮/ マックス・ポンマー(Max Pommer)   ピアノ/ 小菅 優(Yu Kosuge)
〈Program〉
 ラウタヴァーラ:鳥と管弦楽のための協奏曲「極北の歌」(1972)
 モーツァルト:ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
 メンデルスゾーン:交響曲 第3番 イ短調 op.56 「スコットランド」

鳥の声を素材にした作曲家はメシアンが心に浮かぶが、ラウタヴァーラの音楽には北欧の澄んだ大気と大自然を感じさせるものがある。前回の「交響曲第3番」でも鳥の声を思わせる印象的な場面もあった。「極北の歌」は小鳥の鳴き声と生のオーケストラを共存させた作品。作曲家自身が北極に近い場所で渡り鳥の声を録音したという。録音された何種類もの鳥の声が和声のような響きとなり、オーケストラの演奏と混じり合って一つの音楽となる珍しい試みである。
銅鑼、ハープ、チェレスタも効果的に使われ、管弦楽の響きと調和して北欧の澄んだ空気と大自然の様子が不思議な感じで伝わってきた。

モーツァルトは交響曲も短調作品は2曲だけだが、ピアノ協奏曲も27曲中で短調の曲は2曲のみ。前回、小菅が弾いた「第20番ニ短調」と今回の「第24番ハ短調」は対をなす。予約演奏会のために作曲に追われる環境の中で、モーツァルトは充実した作品を書き続けた。この「ハ短調」の作品もピアノ協奏曲の傑作として知られる。当時の調性感覚を超えた技法で書かれ、美しい旋律が全編を覆う。カデンツァはモーツァルトは書いていないのでピアニストが自由に弾ける。モーツァルトはクラリネットという楽器を曲にあまり使わなかったと記憶しているが、ピアノ協奏曲第22、23,24番にはクラリネットを珍しく用いている。彼の後期3大交響曲(*ポンマーが札響600回定期で演奏)に通ずる内容を持った作品と言えるので、ポンマーが選曲にかかわったのかな(?)と余計なことを考えてしまった。
いずれにしても、緩徐楽章での木管とピアノの対話は美しかった。最終楽章のコーダも力強く、久しぶりで聴く小菅の非の打ちどこるの無いピアニズムに満足した。曲全体を通して、多様なリズム感、繊細な感情や深みのある華やかさなど曲を鮮やかに浮き出させていた。堂々たる演奏であった。ポンマーも満足そうであった。
会場から沸き起こる最大な拍手に応えて、アンコール曲は「メンデルスゾーン:ヴェネツィアの舟歌 第3番」。

※「ピアノ協奏曲第24番」の札響初演が1973年でピアノがラドゥ・ルプーと知ってビックリ。札響定期では76年にペライアが弾いている。前回の定期ではルケシーニが弾いたのは聴いていて記憶していた。特に70年代に海外の演奏家の日本ラッシュがあったようで、札響の記録にも、アルゲリッチ、ホリガー、フレイレ、ゴールウェイ、パールマンなど多くの著名音楽家の名が載っている。

1829年3月、バッハの死後初めて「マタイ受難曲」を再演指揮し、バッハ再評価の口火を切ったメンデルスゾーンはロンドンでの演奏会の後にスコットランドを旅した。その時に序曲「フィンガルの洞窟」と「交響曲第3番」の楽想を得た。番号の付いている交響曲は5曲であるが、「スコットランド」は完成までに13年の歳月を要して楽譜の出版が1842年になり、メンデルゾーン最後の交響曲になった。(*メンデルスゾーンは1843年にライプツィヒ音楽学校を設立。シューマンも作曲とピアノの教授として加わった。)

スコットランド特有の自然・文化を背景に5音音階や民謡的素材を生かしてメンデルゾーンがロマンティックな表現で音楽にしている。スコットランド民謡を素材にして造形された主題は魅力的である。バグパイプ風の感じもするスケルツォ。神秘的な雰囲気も描かれる曲はアタッカで切れ目なして演奏されるのが普通だと思っていたが、最終楽章の前にポンマーは休みを入れた。第4楽章はアレグロ・ヴィヴァチッシモでソナタ形式の終曲。凱歌が奏でられた場面はスコットランドの諸部族の争いの歴史を暗示するものであったようである。フィナーレとして聴きごたえがあった。ある程度イギリスの歴史や民族については知っているつもりだが、スコットランドが1707年までは独立した王国であって、現在もイギリスからの独立を目指しいることと曲が直ぐに繋がらないのが口惜しくもある。

来月3日の札響名曲シリーズにもポンマーは出演するが、首席指揮者としての定期は最後ということで、普段よりもオーケストラの首席・副首席奏者を含め楽団員全員に対する感謝の様子が伝わった。日本人らしい礼儀の正しさも身に着けておられる姿は指揮者としてだけでなく人間としての心の豊かさを感じ取れた。

※日本でイギリス、英国と呼ばれる国の正式名は“The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland”。略してU.K.。
England+Wales=Britain。Britain+Scotoland =Great Britain。Great Britain+Northern Ireland =United Kingdom。イングランドは国の一部で、人を表す語はそれぞれ Englishman, Welshman, Scotsman, Irishman と区別される。BritishはBritain、Great Britainに対応する。スコットランド人に対してEnglishmanという語は適切でない。狭い意味では男性語だが、女性はwomanにすると良い。一例を挙げただけであるが、それそれが英語以外に独特の方言、文化を持つ誇り高い民族である。フットボールの発祥地で現在のWorld Cupでも特別ルールが出来上がっているほどである。ゴルフの聖地がスコットランドであることも有名である。
シェイクスピアの時代のスコットランドは現代とは違って独立国だったのである。知っておいた方が良い知識もまだまだたくさん有ることを今回のコンサートを通して実感した。
関連記事
スポンサーサイト

新進演奏家育成プロジェクト リサイタル・シリーズ(ソプラノ/佐々木アンリ)

10年前に[演連コンサートSAPPORO 5] を聴いたことがあった。当時、北海道二期会に所属して、札幌の音楽界で活躍していたソプラノ歌手のリサイタルだった。彼女が音楽大学に進学したのを知っていたので、その活躍ぶりを一見しておきたいと思った。札響とも共演し、多くのステージで活躍していることが判った。
新進演奏家育成プロジェクトのオーケストラ・シリーズ開催を2年前に知って聴き始めた。文化庁の支援事業なので名称を変えて継続されているコンサートだと解った。

今回のコンサートは[リサイタル・シリーズSAPPORO14] 《佐々木アンリ ソプラノ・リサイタル》。ソプラノ歌手の名は何となく知っていた感じがしていた。2年前のオーケストラ・シリーズに札響と共演していた演奏家で、オペラのアリアが凄く印象に残る歌手だったのを思い出した。ピアノの新堀聡子は札幌の音楽界で活躍している俊英ピアニスト。

2018年1月26日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集 作品91
 プーランク:ルイ・アラゴンの2つの歌、愛の小径
 モーツァルト:オペラ《フィガロの結婚》より「愛の神よ、安らぎを与えてください」
 グノー:オペラ《ファウスト》より 宝石の歌「何と美しいこの姿」
 プッチーニ:オペラ《蝶々夫人》より 「ある晴れた日に」
         オペラ《トスカ》より「歌に生き、恋に生き」
 ヴェルディ:オペラ《運命の力》より 「神よ、平和を与えたまえ」

Anli Sasakiは札幌出身で東京藝術大学卒業。ライプツィヒ音楽大学を最優秀で卒業し、バイロイト音楽祭の奨学生に選抜され、ドイツの歌劇場で主役を演じて喝采を浴びた実績を誇る。帰国後、札響との共演も重ね、北海道二期会のオペラにも主役で出演している実力派の演奏家。
開場時から多くの人々がホールに駆け付け、期待の高さがうかがえた。コンサートの前半が歌曲、後半がオペラのアリア。ワーグナーの歌曲は耳にすることは珍しい。来月の藤村美穂子のリサイタルのプログラムで歌曲のタイトルを初めて知ったくらいである。プーランクの曲は「愛の小径」をピアノ曲で聴いたことがある。日本の歌曲やシューベルトなどの聴き慣れた歌曲は別にして、初めて耳にする歌曲の良さは簡単には解らない。白井光子や藤村美穂子などのドイツ・リートは先入観があって、その素晴らしさが味わえた。佐々木の声量も十分で、非凡さが表現されていたのは間違いないが、オペラのアリアに対する期待度が勝っていることもあって、感激するほどでもなかった。
後半のオペラのアリアは極めて有名で聴き慣れていて期待通りだった。オペラのドラマティックな雰囲気が良く出ている演唱となって素晴らしかった。最後の2曲は前回と同じアリアで、彼女が最も得意にしているようであった。《運命の力》は「序曲」を聴く機会は多くても、アリアは珍しい。コンサートの最後を飾るにふさわしいアリアで、佐々木の歌唱にブラヴォーの声がひときわ高く、何度も声が掛かって聴衆の大拍手を浴びた。新進演奏家のレヴェルを超えた卓越した歌手である。実力に加えて、風格も兼ね備えている音楽家のように思えた。

アンコール曲は[プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より“私のお父さん”].。





関連記事

第20回「札響くらぶサロン」記念ミニコンサート(ヴァイオリン/田島高宏)

年4回開催の「札響くらぶサロン」も20回目を迎えた。ミニコンサートは第9回から始まり、札響奏者の演奏をまじかで鑑賞できるのは格別である。ここ数年は豊平館の広間を会場にして開催している。Kitaraでの午後のコンサートに続いての開催が重なって、必ずしも毎回出席できてはいない。今回も午後2時開演の道響演奏会の後だったが、田島コンサートマスターが出演してくださるミニコンサートだけは聴こうと思った。

ミニコンサートの前に札響ライブラリアンの講演があった。ライブラリアンは本来の意味は「図書館員」だが、クラシック音楽の世界ではオーケストラの演奏で使用する楽譜の手配や購入、回収、製本などを行う専門スタッフのこと。札響には専門の職員が1名であるが、海外のオーケストラでは3名いるところもあるという。ライブラリアンなしでは演奏会が行えないほどの重要なポジションである。
札響ライブラリアン中村大志さんが具体的な仕事内容などを1時間ほど話してくれた。

意外と時間を要して、ミニコンサートが始まったのが7時半前。
コンサートの出演は田島高宏(札響コンサートマスター)と田島ゆみ(ピアノ)。
田島コンマスは桐朋学園大学卒業。2001年より2004年まで札響コンサートマスターを務め、退団して渡独。フライブルク音楽大学でクスマウルに師事し、06年同大学卒業。08年ー14年、北西ドイツ・フィル第1コンサートマスターを務める。14年9月より、再び札響コンサートマスターに復帰。
ピアニストの田島ゆみは08年、フライブルク国立音楽大学大学院修了。ドイツを拠点にピアノ・デュオ、室内楽で活動し、後進の指導にもあたる。11年半のドイツ滞在の後に帰国。現在、札幌在住で札響首席奏者たちと室内楽など幅広い活動に従事している。札響演奏会での客演ピアニストとして出演機会も多い。

〈プログラム〉
 エルガー:朝の歌 op.15-2
 ブラームス:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ト長調 op.78「雨の歌」
 ラヴェル:ツィガーヌ

エルガーのヴァイオリン曲は「愛の挨拶」が最も親しまれているが、「朝の歌」は清々しい旋律で魅力的な曲。ヴァイオリンの音も美しいが、ピアノはただ単なる伴奏と違う技量を示していた。ヴァイオリンとピアノのための楽曲。のちにエルガー自身が管弦楽版も書いた。

ブラームスのヴァイオリン・ソナタ3曲の中で「雨の歌」が特に親しまれていて演奏機会が多い。数年前に樫本大進&コンスタンチン・リフシッツのデュオ・コンサートで全3曲の演奏会があり、昨年は千住真理子の演奏会でも「雨の歌」が演奏された。「第1番」が歌曲“雨の歌”に由来する話を含めて、ヴァイオリニストはブラームスがクララに寄せる想いなどを語った。田島自身、ブラームスが大好きで、ブラームスに関わる地を追っかけのように訪ね周ったようである。特に交響曲第2番、ヴァイオリン協奏曲と「雨の歌」を書いた小村ペルチャッハのことが個人的には印象に残った。

ヴァイオリンとピアノの両方で対等なテクニックが必要な曲を美しく紡いだ。ブラームスへの想いが伝わるような力演で完全に曲に没入して演奏しているのが判った。聴く者にも曲の素晴らしさが伝わる迫力ある演奏は至芸といえるようなものであった。ピアニストの運指が見える正面に座ったので、Kitaraホールとは違う臨場感が味わえて得難いミニコンサートになった。

「ツィガーヌ」とはジプシーを意味するタイトルでハンガリーの女性ヴァイオリニストのために書かれた。曲の演奏前に、彼はハンガリー交響楽団に招かれて、この曲を演奏した話をしてくれた(*小林研一郎が一時、常任指揮者を務めて98年に同団を率いてKitara に来演したハンガリー国立交響楽団のことだと思った)。その時の帰りのバスの中での忘れ物のエピソードは信じられないような話もしてくれた。そんな率直な話をするご主人を優しく見守るピアニストの姿も印象深かった。
難曲として知られ、10分ほどの曲の前半は無伴奏の超絶技巧は見ごたえ、聴きごたえ十分、後半にピアノが入るが簡単な曲ではなさそうだった。ハンガリーのロマの雰囲気が伝わるラヴェルらしい個性的な音楽の演奏が終わると、ブラーヴォの声がひときわ大きく沸き起こった。
体力的には力を尽くしたようであったが、盛大な拍手に応えてアンコール曲に「エルガー:夜の歌 op.15-1」。「朝の歌」と対を成す曲でミニコンサートを締めくくった。

会場には札響常任指揮者ポンマーさんや札響奏者の姿もあった。休憩後にパーティが予定されていたが、時間も遅くなった。最近は午後の活動が続くと疲労感が増幅するのに加えて、翌々日に月に一度の通院の予定もあって、パーティ参加は控えて退席した。
関連記事

北海道交響楽団 第85回演奏会(ショスタコーヴィチ:第11番)

北海道交響楽団の演奏を初めて聴いたのが2001年の第41回演奏会。1950年代から北海道大学交響楽団で活動していた卒業生の要望にも応えて、当時から北大響の指揮者を務めていた川越守が1980年にアマチュア・オーケストラ、北海道交響楽団を創設した。07年からは毎年のように聴いているが、前回の第79回から2年ぶりの演奏会。2016年から定期演奏会が年3回に増えたようである。
昨日、会場に着いてプログラムの最初の曲名を見て衝撃を受けた。道響の音楽監督で、指揮の予定であった川越守氏が昨年12月に逝去されていた。昨年から今回の予定の指揮に2人の名があったので、体調を考慮して予め1曲のみの指揮になるのかも知れないという予想はしていた。16年11月の北大響の指揮が見納めになってしまった。川越氏のご冥福を祈りながら、追悼曲を聴いた。

2018年1月21日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
指揮/中山 耕一
〈プログラム〉
 【追悼演奏】川越守(西田直道・補佐):市民の歌(札幌市民憲章制定1周年記念制定曲)
 ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」 作品235
 チャイコフスキー:バレエ組曲「眠りの森の美女」
 ショスタコーヴィチ:交響曲第11番 ト短調 作品103『1905年』

“わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です”で始まる札幌市民憲章(*1963年制定)の知識はあったが、「市民の歌」があるのは知らなかった。一般公募で川越守作曲の応募作が入選。彼はその後に数多くの作品を書いているが、とりあえず思い出の1作。彼は北大交響楽団を再興し、1960年に第20回定期演奏会を開催したが、その時の演奏会を聴いたのが最初の出会い。彼の突然の死に心の動揺を抑えきれなかったが、その後、落ち着いて感慨深い気持ちになった。

ヨゼフ・シュトラウスはヨハン・シュトラウスⅡの弟。工学が専門で、音楽の道に進むのは好まなかったが、家族のピンチを救うために兄の病気中に代役を務めた。結果的には300曲近くの作品を残した。ウィ-ンフィル・ニューイヤーコンサートで演奏される曲も多いが、「天体の音楽」も有名である。夜空の星の動きを見ながらワルツを踊る光景も何となく浮かぶようである。

チャイコフスキーの三大バレエ音楽は人々に最も親しまれている音楽。「眠りの森の美女」は約3時間の大作が抜粋で組曲となった管弦楽曲。「邪悪な妖精から紡ぎ針に刺されて永遠に眠る呪いをかけられたオーロラ姫が、善良なリラの精の導きで、100年後に、ある国の王子のお陰で目覚めることが出来て、2人は結ばれて幸せに暮らしたという話」
①序奏とリラの精 ②アダージョ ③長靴をはいた猫と白い猫 ④パノラマ ⑤ワルツ。
5曲中のいくつかの美しいメロディは聴き馴染みである。この曲のあたりでは、金管楽器群の演奏の素晴らしさが、際立って、さすが北海道が誇るアマチュア・オケストラの力が遺憾なく発揮されていた。

中山耕一は札幌生まれのフルーティストで、スイスに学んでチューリッヒ高等音楽院を卒業。チューリッヒ・トーンハレ管に客演するなど、ヨーロッパで活動。現在は国内外で演奏活動を行い、札幌市民オーケストラなどで後進の指導に当たっている。道響では93年よりトレーナーとして指導を行っている。
25年もの長きにわたって道響を指導しているので、川越音楽監督の意に沿って指導を続けていることに疑念はない。安心して聴いていられた。指揮・トレーナーとして道響の活動を続けると思われる。

後半は期待の「ショスタコーヴィチ:交響曲第11番」。PMF2004で芸術監督を務めたゲルギエフがピクニック・コンサートで5時開始のPMFオーケストラ演奏会で「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」(ヴァイオリン独奏/ズナイダー)と「ショスタコーヴィチ:交響曲第11番」を指揮した。終了時間は7時過ぎで夕闇も迫っていた。当時、新装なった札幌芸術の森・野外ステージでコンサートに集まった総人数は6400人(:*PMF組織委員会の記録による)で演奏終了後の聴衆の拍手大喝采はまさに感動的であった。私を含めて初めて聴いた人が多かったであろうショスタコーヴィチの60分の大曲はこの年の天候に恵まれた暑い夏でPMF2004 を締めくくるにふさわしい感動の場面を作り上げた。当時の様子は今でも脳裏に濃く焼き付いている。

ショスタコーヴィチが生まれたのは1906年。1904年に日露戦争が勃発して、帝政ロシアは社会情勢が緊迫度を増していた。首都ペテルブルグの労働者たちは戦争の重圧と経済情勢に不穏な空気に包まれていた。1905年1月9日は軍隊と民衆が衝突する血の日曜日となった。これがロシア第一次革命の発端となり、ロシア各地に反乱が広がっていった。ロシア帝政末期に起きた事件を題材にショスタコーヴィチは1957年に「第11番」を作曲した。
第1楽章「宮殿前広場」、第2楽章「1月9日」、第3楽章「永遠の記憶」、第4楽章「警鐘」。演奏時間60分の大曲で、曲はアタッカで休みなしに最後まで演奏される。標題から曲の内容が予想できる。場面に応じて、打楽器を含め、いろいろな楽器が活躍する。特に、イングリシュホルンとハープの紡ぐ美しいメロディが印象的だった。第2楽章以降で革命歌が中心的に歌われるが、緩急取り交ぜたリズム感のある演奏で、時間の長さを感じさせない演奏は素晴らしかった。アマチュアで金管の響きにほころびが無いのは凄いことで、帰りにホワイエで出会ったKitaraボランテイアの仲間もオーケストラの技量に感服していた。
川越氏が指揮をしているのと変わらない出来であったのが何よりであった。

聴衆の数は多くなかったが、聴きごたえのある演奏に聴衆から大拍手がいつまでも続いた。アンコール曲は「ムソルグスキー(ショスタコーヴィチ編):歌劇《ホヴァンシチナ》前奏曲 “モスクワ川の夜明け”」。



関連記事

アバド指揮による1994年ベルリン・フィル東京公演

@BerlinPhilJapanからかなりの頻度でメールが届く。デジタル・コンサートホールを視聴していて、英語版のPROGRAMME2017/2018が手元にあるので、必ずしも求めている情報は多くない。年間約40回配信されるシーズン・プログラムも全て視聴しているわけではない。最新のコンサートに関連した過去のコンサートは気が向けば偶に観る。
今回、クラウデイオ・アバドが日本公演を行った時のコンサートが興味を惹いた。アバド指揮ウィ-ン・フィルの演奏会は45年前に札幌で一度聴いた時のことは3年前のブログに書いた。
アバドは当時は39歳でプログラムでの写真は実に若々しい。1986-91年はウィ-ン国立歌劇場の音楽監督を務め、カラヤンの後任として1990年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督に就任して、2002年に辞任。その後はマーラー・ユーゲント・オーケストラ、ルツェルン祝祭管、モーツァルト管などを設立して若手の演奏家を育て上げた。

アバドは2014年1月に逝去したが、その20年前の東京公演の模様がNHKの収録でデジタル・コンサートホールのアーカイヴに入っていた。

公演日/1994年10月14日  会場/サントリーホール
曲目/ ムソルグスキー:はげ山の一夜、 ストラヴィンスキー:《火の鳥》組曲(1919年版)、チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調

ロシアの管弦楽曲3作品のコンサートはロシアの指揮者では珍しくないが、西欧の指揮者では珍しいかなと思った。アバドの十八番のレパートリーであったようである。映像に写るコンサートマスターのスタブラヴァ、フルートのパユ、オーボエのマイヤー、クラリネットのフックス、ホルンのドールの若々しい姿が何とも微笑ましかった。もちろん、オーケストラ全体の演奏が卓越していて魅了されたのは言うまでもない。
はげ山に集まって明け方まで大騒ぎする不気味な魔女たちの姿を描いた「はげ山の一夜」と美しい旋律で物語が綴られるバレエ音楽「火の鳥」は対照的な音楽で楽しめた。チャイコフスキーの人気の「第5番」では第1楽章でクラリネットが奏でる「運命の動機」が全楽章で使われていて印象深い。
アバドの演奏はヴィデオで観る機会が無かったので、記憶に残るヴィデオ・オンデマンドとなった。
関連記事

Kitaraのニューイヤー2018 (ウィ-ン・フィルのシュトイデ登場)

この数年Kitara恒例のNew Year Concertのプログラム後半にウィンナ・ワルツやポルカを取り入れるようになっているが、今年はウィ-ン・フィルのコンサートマスターを務めるフォルクハルト・シュトイデを迎えた。
シュトイデは1971年、ライプツイヒ生まれ。94年にウィーンに移住して、ウィ-ン音楽を身に着け、97年にウィ-ン・フィルに入団して、2000年から第1コンサートマスターを務める。同年より始まったトヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ンのコンマスとして日本公演に連続して参加。02年に結成したシュトイデ弦楽四重奏団を率いて室内楽でも活躍している(*14年にはKitaraでも公演)。札響との共演は16年6月の名曲シリーズでの弾き振りに次いで2度目。彼の演奏を聴くのは12回目。

2018年1月14日(日) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

コンサートマスター・ソロヴァイオリン/Volkhard Steude
管弦楽/札幌交響楽団
〈Program〉
 ウエーバー:歌劇「オベロン」序曲
 ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 作品26
 ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲
 エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ「テープは切られた」 作品45
 ヨーゼフ・シュトラウス:鍛冶屋のポルカ 作品269
 ヨハン・シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214
 エドゥアルト、ヨーゼフ、シュトラウスⅡ:射撃のカドリーユ
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「ウィ-ン気質」 作品354
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ロシアの行進曲風幻想曲 作品353
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」 作品314                

ウエーバーは「魔弾の射手」序曲の演奏機会が多い有名なドイツの作曲家。彼のオペラの名声がイギリスに及んで《オベロン》が書かれた。イギリスでの初演の2ヶ月後に彼は亡くなった。クルト・ザンデルリンク&シュターカペレ・ドレスデンのCDで数回耳にしている程度だが、ロマンにあふれる軽快な明るい曲でオペラの序曲として楽しい。

ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」は4大ヴァイオリン曲に次ぐ知名度の高い名曲。この2年ほどはKitaraでの演奏機会が驚くほど多い。ヨアヒムの助言を入れて改訂した版はドイツ音楽を中心に考えると、4大ヴァイオリン協奏曲に入る傑作と言われる。ロマンティックな旋律がヴァイオリンに乗せて自由に歌われれ、オーケストラと相まって躍動的で華やかな世界が繰り広げられた。
シュトイデの演奏は非の打ちどころはないようで、演奏終了後には会場のあちこちからブラーヴォの声が力強く上がった。
演奏中はオーケストラへの指示は控えめで、リハーサルでしっかり指導している様子だった。
この曲は何回か聴いたうちで、今回の演奏が最初から最後まで一番心地よく集中できた。シュトイデは6日のオーケストラ・アンサンブル金沢と10日の広島響と曲目は違うが共演を重ねた。札響との共演も2回目でステージの入場の際からオーケストラ楽団員との呼吸が上手くいっているように思えた。
シュトイデはステージに一番先に登場して起立したまま、全員が揃うまで待ってから、会釈をしてコンサートをスタートさせた。私自身が感じた前回のぎこちなさや緊張感が緩和され、極めてスムースに事が運んだ。その後は、ごく自然体での気持ちの良い演奏に繋がったように見えた。
※先日、ブルッフがイギリス最古の「ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニック管弦楽団」(1840年創立)の首席指揮者を務めていたことを知った。ハレ管(1858年創立)が古いのは知っていたが、ロンドン響(1904年創立)より歴史があるのに気づいた。

後半は音楽の都ウィ-ン恒例のニューイヤーコンサートで演奏されるワルツやポルカ。選曲されたプログラムはシュトラウス兄弟3人の曲。
喜歌劇「こうもり」は大晦日の温泉町を舞台に繰り広げられたお洒落な物語。ウィ-ンの人々は年末年始になるとこのオペレッタを楽しむのが恒例になっているようである。「序曲」は日本でも最も親しまれていて、ウィーンの音楽気分を味わう1曲目に相応しい。

シュトラウス一家で作曲に携わらなければならないほどの人気を博した楽団はヨハンの弟を音楽に巻き込むことになった。今回の演奏曲で「テープは切られた」と「ロシアの行進曲風幻想曲」の2曲は初めて聴いた。ロシアにも巡業したことが判るロシアの風土が伝わる曲は通常のヨハンの曲とは違う趣があって興味深かった。
2000曲以上もあると言われるワルツやポルカから比較的に日本でなじみの曲が演奏されたが、新しい曲も聴けて良かった。ウィ-ンフィルのコンサートマスターひとりでも、持っている雰囲気と実力、それに応える楽団員の意気込みでこんなウィ-ン音楽に浸れて、とても楽しかった。指揮者やコンマスやオーケストラの技量を超えたものが、8曲の演奏から伝わってきた。言葉では的確に表現するのは難しいが、本場の音楽家が伝え、その指導に従って音楽を創り出すオーケストラの音楽が新たな感動を引き起こす様を肌で感じた。札響も力演で、とにかく楽しいコンサートであった。
万雷の拍手と歓声に応えて、コンサートの最後は「ヨハン・シュトラウスⅠ:ラデツキー行進曲」。演奏に合わせて、オーディエンスも手拍子を入れながら一緒に楽しんだ。8割以上の客席を埋めた人々も帰路に着く中で喜びを口々に表現していた。

シュトイデは15日~18日まで4日間、続けて本州の4市でリサイタルを開催する予定になっているが、3月31日にはKitaraに帰ってくる。自分のペースで運べるリサイタルと違って、日本のオーケストラと3回も弾き振りで共演する経験は初めてだったと思う。疲労感もあるだろうが、充実感もあったと思いたい。日本人と心も通じあう音楽家として今後の更なる交流を期待したい。

関連記事

ラトル最後のジルベスター・コンサート(独唱はディドナート)

2016年ジルベスターコンサートはデジタル・コンサートホールの登録をしたばかりでダニール・トリフォノフの「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番」の演奏を楽しみしていた。ところが、音楽界の特別の事情があったのだろうが日本への配信は実現しなかった。誠に残念であった。時差の関係で日本では1月1日の深夜開演となる。

昨年の年末から今年の年初めまでは好みのライヴ・コンサート鑑賞が少なくて、かなりの時間をデジタルコンサートなどに費やした。ベルリン・フィルハーモニーで開催された12月の7つのコンサートも見終えた。顔なじみのブロムシュテットとピリスの共演も楽しかった。2000年にブタペスト祝祭管を率いて諏訪内晶子とKitaraに登場したイヴァン・フィッシャーが懐かしかった。当時はCDを集中的に買い求めていた時期で、演奏会で音楽家からサインを貰い始めたが、一番最初にサインを貰ったのがFischerであった。思い出に彼のサインをブログに載せたことがある(*現在、ブログ上のサインがどうなっているかは確かめていない)。

ラトル最後となる2017年ジルベスターコンサートは昨年の経過もあって鑑賞には余り乗り気ではなかったが、MET《ノルマ》で圧倒的な演唱で魅了されたディドナートは今一度、歌曲の歌声を聴いてみたいという思いもあった。

デジタル・コンサートホールは通常は日本時間の午前3時開演になるので、今まではアーカイヴで視聴している。ベルリン・フィルのジルベスター・コンサートを聴くのは全く初めてであった。ステージはイルミネ-ションで飾られ、質素な中にも華やかな雰囲気に包まれていた。
〈Program〉
 ドヴォルザーク:序曲「謝肉祭」op.92、 ストラヴィンスキー:「ミューズを率いるアポロ」より パ・ドゥ・ドゥ、 R.シュトラウス:オーケストラ歌曲集(メゾソプラノ/ディドナート)、 バーンスタイン:「オン・ザ・タウン」より 3つのダンス・エピソード、 ショスタコーヴィチ:「黄金時代」組曲 op.22a

タイトルを初めて聞く曲が多かったが、ダンスのメロディがふんだんに現れて楽しい気分になった。ストラヴィンスキーの曲も夢のような美しい調べ。
リヒャルト・シュトラウスは歌曲をたくさん書いているが、非常に聴きやすい旋律の曲を最も魅力的な声を駆使して、DiDonatoが人々の心に届く素晴らしい歌声を披露した。ただ、聴き惚れるだけであった。
バーンスタイン生誕100年の今年はバーンスタインが書いたいろいろな曲を聴く機会が増えるであろう。“On the Town”はバーンスタイン独特のリズムが心地よくて心も躍るような音楽。ソリストのアンコール曲が入って、「ホワイトハウス・カンタータ」より テイク・ケア・オブ・ディス・ハウス。
ショスタコーヴィチが1930年に書いたバレエ曲も意外な調べで興味深かった。

予想していたより、選曲がダンス曲が中心で、思いもよらないメロディが聴けて楽しかった。肩の凝らない、気持ちが和らぐコンサートであった。
アンコール曲は「ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 op.72-2」と「ブラームス・ハンガリー舞曲第1番」。人々に親しまれている名曲で聴衆も大喜びで、いつまでもカーテンコールが続いた。

※Kitaraボランティアの女性1人がウィ-ン・フィル・ニューイヤーコンサートのリハーサルとベルリン・フィルのジルベスターコンサート鑑賞が組み入れられた海外旅行に出かけていたので会場のどこかにいるのだろうと思った。
関連記事

ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団 ニューイヤー・コンサート

Warsaw Philharmonic-The National Orchestra of Polandの創設は1901年。ワルシャワ・フィルはショパン国際ピアノコンクールの本選で伴奏オーケストラを務めていることでも知られる。5年に一度開催のショパン国際ピアノコンクールの入賞者ガラコンサートが日本で定期的に行われている。ワルシャワ・フィルを初めて聴いた1992年以降、今回が11回目だった。海外のオーケストラとして最多である。近年では海外のオーケストラがグローバル化する中でメンバーの大半がポーランド人という特徴を持つオーケストラになっている。

現在の音楽監督はヤツェク・カスプチェク(Jacek Kaspszyk)。彼はメニューインが1984年、ワルシャワに創設したシンフォニア・ヴァルソヴィアを率いて、2008年にKitaraに初登場(*当時のソリストは小山実稚恵)。前回は16年1月、ショパン国際ピアノコンクール入賞者ガラコンサートで再来札。今回が2年ぶり3回目のKitaraのステージ登場。

ピアニストの牛田智大(Tomoharu Ushida)は昨年2月に高関指揮札響と共演して「ショパン・ピアノ協奏曲第2番」を演奏。5月にはデビュー5周年記念リサイタルを開催した。彼は弱冠18歳だが、鋭い感性を発揮して彼独自のピアニズムを披露している。牛田のピアノを聴くのは2013年1月以来5回目。
今回のチケットは昨年6月に先行発売され、7ヶ月前に早々と手に入れていた。

2018年1月8日(月・祝) 3:00PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 パデレフスキ:序曲 変ホ長調
 ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11
 ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界より」 

パデレフスキ(1860-1941)はポーランドのピアニスト・作曲家・政治家。1901年創設のオーケストラのコンサートのプログラムはポーランド作品だけで、ピアノ独奏はパデレフスキ。ピアニストとして世界的名声を築いた彼は、第一次世界大戦中には祖国の独立運動に貢献して、戦後は国民の後押しで独立国ポーランドの初代首相兼外務大臣を兼務。22年に辞任してアメリカに渡り、演奏活動を続けながら祖国を支援。39年、祖国に復帰してポーランド亡命政府の指導者として活動を続けた。ポーランドは2つの大戦に巻き込まれながらも、伝統的な音楽が歴史的に生き続けている国と言えよう。
この有名なピアニストの作品をコンサートで聴くのは珍しい。パデレフスキの名は知っていても、何かの演奏会で彼の小品がアンコール曲として弾かれた記憶が微かにある程度である。
プログラム解説によると、「序曲」は1884年に作曲されたスコアは残っているが、パデレフスキ没後50年の1991年に初演された。民謡風のメロディや快活なリズムが入る10分程度の曲は興味津々であったが親しみやすい音楽で味わい深かった。

ショパンの2つのピアノ協奏曲はワルシャワを去る直前に書かれていた。20歳の時に書かれた瑞々しい作品はショパン自らのピアノ独奏でワルシャワで初演。この「ピアノ協奏曲第1番」の初演後に、ショパンは故国を後にした。
「ピアノ協奏曲第1番」はピアノ・パートが華麗で、曲の魅力に直ぐはまって若い頃は一番魅了されたピアノコンチェルトであった。LPやカーステレオで聴き親しんでいた時代を懐かしく思い出す。今ではコンサートで聴く機会が断然多くなったが、同時にオーケストラがピアノを支える微妙なパートも評価できる聴き方もできるようになった。
ワルシャワ・フィルとショパンの組み合わせは何か独特な雰囲気で曲を聴く気分になる。そういう意味で今回の若い牛田智大との共演は新鮮さを感じた。
ブラヴォーの声も上がる大歓声に応えてソリストのアンコール曲は「プーランク:即興曲第15番 “エディット・ピアフを讃えて”」。この曲は過去のコンサートでも弾いたので、牛田の思い入れのある曲のようである。

「新世界より」も最も耳に親しんでいる曲。どの楽章も聴きごたえがあるが、何と言っても第2楽章のイングリシュホルンが奏でるメロディが美しく心に響く。ワルシャワ・フィルは世界中のどのオーケストラよりもショパンに曲が絞られてしまって、ツアーでは曲目が限定されてしまう。今回はパデレフスキを入れただけでも新しい方向が見えた感じがした。
盛大な拍手に応えたアンコール曲は「ブラームス:ハンガリー舞曲第1番」。新年に集まった7割程度の聴衆は聴き慣れた楽しい曲に心も躍る様子で喜びを表現していた。

2018年に入って初めてのKitaraのコンサートを大いに楽しめて良かった。帰りの混雑するホワイエで偶然、元Kitaraボランテイア3人の元気な姿を久しぶりに目にして嬉しかった。親しくしていた友人と会えるのは特に嬉しいものである。

※今回の国内ツアーは6日~15日まで7公演。26年前の1992年、カジミェシ・コルト指揮ワルシャワ・フィルは11月17日~12月15日まで日本国内23公演。80年に「連帯」のワレサ議長が民主化運動の先頭に立って東ヨーロッパに民主化の波が広がり、89年にポーランドにワレサ大統領が誕生した時代背景を思い起こした。今日では考えられない強行スケジュールでワルシャワ・フィルは日本各地に音楽を届けていた。1990年のショパン国際コンクールは優勝者なしで第2位のケヴィン・ケナーが20公演のソリストを務めた(*当時の第3位が横山幸雄)。ショパン・コンクール入賞者ガラコンサートは1995年に始まり現在まで続いている(*2005年の開催は無し)。
関連記事

第61回NHKニューイヤーオペラコンサート2018

昨年末の24日を最後にライヴでコンサートを聴く機会がないと少々ストレスがたまる。次回の8日までデジタルコンサートやNHKのEテレなどの音楽番組で間を持たせている。
昨夜は恒例のNHK New Year Opera Concertが開催されたが、私が聴くのは4年ぶりで2回目だと思う。60年も前から開催されていたとはビックリである。

2018年1月3日(水) 19:00開演  NHKホール
指揮/沼尻 竜典   管弦楽/東京フィルハーモニー交響楽団

第1部 モーツァルト・ファンタジー
 モーツァルトの7大オペラを組み合わせながら、人間の愛をファンタジーで構成
 「魔笛」、「フィガロの結婚」、「後宮からの誘拐」、「皇帝ティートの慈悲」、「ドン・ジョバンニ」、「イドメネオ」、「コジ・ファン・トゥッテ」から アリア、二重唱、合唱。 それぞれのオペラの登場人物の愛を描き、語りを挟みながら何となくまとまったストーリーに仕立てあげた脚色はさすがであった。オペラの楽しさが伝わってくる演出。語りは井上芳雄。
出演は黒田博、砂川涼子、林美智子、櫻田亮などの日本の代表的なオペラ歌手。

第2部 没後150年のロッシーニ
 ロッシーニの作と伝えられたが、のちに偽作と判明した「猫の二重唱」は初めて聴く曲。非常にコケティッシュな歌唱で面白かった(歌唱/小林沙羅、市原愛)。
 約40作ものオペラ作曲の後に書いた歌曲2曲。「フィレンツェの花売り娘」(幸田浩子)、「踊り」(村上敏明)は2曲とも聴きごたえのある歌唱だった。(ピアノ/山田武彦)
 オペラの作品ではカウンターテナーとして話題の藤木大地が「タンクレディ」から アリアを歌った。大学時代はテノールだったが、世界的なカウンターテナーとして活躍中で、彼の特徴のある歌声を聴けて良かった。

第3部 ヴェルデイ、プッチーニ、ワーグナー
 ヴェルディの《椿姫》から「乾杯の歌」が藤田卓也と幸田浩子の二人と合唱団による賑やかで馴染みの歌。「さようなら、過ぎ去った日よ」のアリアは中村恵理の演唱で感情が揺さぶられる圧倒的で感動的なものであった。さすが、バイエルン国立歌劇場の専属ソリスト歌手として活躍した人の演唱だった。歌劇の流れの中で歌うのと、前後のつながりが無くて突然歌う曲の違いの難しさは素人でもわかる。そこを超えて感情を投入して歌うのはまさにプロ中のプロであると思った。表現力が豊かで実にドラマティックな演唱であった。、(*日本語では「椿姫」だが、イタリア語では「La Traviata」(道を外した女)。
《ドン・カルロ》から「ヴェールの歌」はアリアと女性合唱、《トロヴァトーレ》からはアリアと男声合唱の舞台も対照的で見事だった。

プッチーニは《ボエーム》から二重唱、《トスカ》から「歌に生き、愛に生き」(大村博美)の有名なアリアで会場の大拍手を浴びていた。

ワーグナーは《ニュルンベルクのマイスタージンガー》からフィナーレ。日本のテノールの第一人者、福井敬とバス歌手の妻屋秀和
による輝かしい歌唱に合唱団が加わる見事なフィナーレの場面。

歌手が約20名、新国立劇場合唱団、二期会合唱団、びわこ声楽アンサンブル、藤原歌劇団合唱部の4団体も加わっての華やかな舞台であった。
コンサートの最後は《こうもり》からの曲で出演者がシャンペン・グラスを片手に持ちながら葡萄酒の歌で乾杯! 盛大なコンサートが幕を閉じた。


関連記事

ウィ-ン・フィル ニュー・イヤー・コンサート2018

ウィ-ン・フィルのニュー・イヤー・コンサートは毎年聴いているわけではないが、今年はリッカルド・ムーティが登場するので最初から最後まで聴いた。
ワルツやポルカが十数曲演奏されるが、聴き慣れている曲は数曲で初めて聴く曲が多い。今年はイタリア色が濃い選曲で、イタリア出身のムーティらしい明るく気品のある曲が目立つ感じがした。聴き慣れた名曲は「雷鳴と電光」のポルカシュネルやワルツ「南国のバラ」。イタリアのバラが一面に咲いている宮殿の庭園の中でバレエも繰り広げられた。

今回興味深かったのは1918年のハプスブルク帝国が崩壊した年から100年を経たウィ-ン・フィルの歴史を顧みる選曲。第一次世界大戦後、労働者のためのコンサートの観点に立ち、ウィ-ン・フィル主催の舞踏会や録音などの活動を通して、新しいオーケストラの転換期となった百年。ウィ-ンの建築家、オット・ワグナーの没後100年にも当たるという。ウィ-ン・フィルは人々の不安を解消し、希望を与える演奏会を目指した。
それぞれの思いが込められた歴史のつながりも振り返った曲が演奏された。解説が字幕に書かれていて参考になった。

NHKの担当アナウンサーのほかに、ウィ-ン・フィルのチェロ奏者、へーデンボルク・直樹とバレリーナ橋本清香もコンサート直前と休憩時間中のトークに参加した。直樹は今回は降り番で来年が出番だそうである。兄のへーデンボルク・和樹がヴァイオリン奏者としてコンサートに加わった。彼らのことは昨年の「音楽の友」11月号で名前を初めて知った。一番下の弟のピアニストを加えて3人で“へーデンボルク・トリオ”を組んで昨年、日本デビュー。今年のウィ-ン・フィル日本公演には2人の兄弟も加わり、トリオの室内楽公演も予定されているそうである(*3人はスウェーデン人ヴァイオリニストの父、日本人ピアニストの母の下でザルツブルグで生まれ育った)。
休憩時間中にウィ-ン・フィルの楽団長で、PMFウィ-ンで馴染みのメンバーのフロシャウアーさんが日本語で日本の視聴者に挨拶して親日家の一面を見せた。

ウィ-ン・フィルの軽やかな演奏はいつもと変わらないが、今年はイタリアの雰囲気も感じられる一層明るいコンサートとなった。
ムーティは1971年ザルツブルク音楽祭でウィ-ン・フィルと初共演以来、500回も共演を重ねている巨匠指揮者。
ムーティがPMFに初登場したのが2007年、札幌芸術の森での開会式と記念演奏では、その姿はカラフルな服装によって一段とカッコ良かった。Kitaraでは黒の燕尾服だった。メインの演奏曲は「シューベルト:ザ・グレイト」で強烈な印象を残した。翌年にはウィ-ン・フィル札幌公演で《ロッシーニ:歌劇「セミラーミデ」序曲》、《チャイコフスキー:交響曲第5番》などを演奏。
当時から見ると格好の良さは感じても、当然ながら老けて見えた。ウィ-ン・フィル・ニュー・イヤー・コンサートには5回目の登場だったそうである。まだまだ現役としての活躍が期待される。
演奏中、今年のKitaraのニューイヤーに登場するコンサートマスターのシュトイデやPMFウイーンのチェロ奏者ノージュなどの顔なじみの姿も目に入った。トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ンで来札するメンバーもいるだろう。以前より女性メンバーが少し増えたように思った。
例年と同じくプログラムの最後はワルツ「美しく青きドナウ」で締められた。アンコール曲も恒例の「ラデツキー行進曲」。華やかな雰囲気の裡にコンサートが終った。

※小澤征爾がNew Year's Concertに出演したのが2002年で、その当時はCDも早々に手に入れたものだ。16年も経ってしまった。正月気分が抜けきらないうちに久しぶりに聴いてみようかなと思う。来年はティーレマンが指揮者に決まっているそうである。
ウィ-ン・フィルは毎年来日公演を行っているが、ライヴ公演を聴いたのは1973年、1997年、2008年の3回だけ。Kitaraが開館した年の公演が一番印象に残っている。
関連記事

エッシェンバッハ指揮 N響“第9”演奏会

Eテレで今迄気づいていていなかった大晦日恒例の『N響の第9』を聴いた。指揮がエッシェンバッハだったことと年末のテレビ番組が興味の湧くものが他に無かったからである。もちろん、一年の最後を「第九」で終えようと思ったからでもある。

エッシェンバッハをライヴで初めて聴いたのが1991年。1990年にスタートしたPacific Music Festival(PMF)がバーンスタインの急逝でウィ-ン・フィルのメンバーを中心として引き継ぐこととなった。芸術監督にマイケル・ティルソン・トーマス(ロンドン響首席指揮者)とクリストフ・エッシェンバッハ(ヒューストン響音楽監督)が就任した。この年に《ヒューストン交響楽団演奏会》で初めてエッシェンバッハの指揮ぶりを見た(*バーンスタイン:交響曲第1番「エレミア」を聴いたことになっているが、歌手のルートヴィヒが出演したのは記憶している)。彼はM・T.・トーマスと共に芸術監督を長く務めた。93、94、96、97,98年とPMFで活躍して、2000年5月にはハンブルク北ドイツ放送響(現NDRエルブ・フィルハーモニー管)を率いてKitaraに来演し「シューマン:交響曲2番」を演奏。09年のPMF20周年にバーンスタイン思い出の「シューマン:交響曲第2番」でPMFオーケストラを指揮したのは今なお印象深い。エッシェンバッハは世界のメジャーオーケストラのパリ管やフィラデルフィア管の音楽監督を務めたが、10年に要職を辞した。ワシントン・ナショナル響の音楽監督に就任していたが、現在はたぶん自由な立場でタクトを振っているのではないだろうか。

エッシェンバッハは昨年11月にN響に客演してブラームスの全交響曲を指揮した。N響客演コンサートマスターに就任したキュッヒルが出演した演奏会でもあったので、12月3日の〈クラシック音楽館〉で「ブラームス:交響曲第4番・第1番」を聴いて、ドイツの香りを満喫した。
この時に年末の〈N響第9〉の情報を得た。年末の〈N響第9〉は22、23.24、26日の4日間がNHKホール、27日は特別プログラムも含めてサントーリーホールが会場で計5回も公演が行われた。指揮者、オーケストラ楽団員、合唱団員、ソリストたちは大変なエネルギーを使って強行日程をこなした。

大晦日のEテレ番組で【N響“第9”演奏会】が録画中継された(*22日公演)。
指揮/クリストフ・エッシェンバッハ   管弦楽/NHK交響楽団
ソリスト/市原 愛(S)、加納悦子(Ms)、福井 敬(T)、 甲斐栄次郎(Br)
合唱/東京オペラシンガーズ

演奏前にエッシェンバッハは「第9」へのパッションを熱く語った。リハーサルで指揮者が話す内容を楽団員が直ぐに理解して、曲の演奏に臨んでくれるので、彼はオーケストラが紡ぐハーモニーに満足そうであった。オーケストラのレヴェルの高さは世界のトップクラスにあると話した。日本人が考えている以上に、現在の日本のオーケストラのレヴェルは世界のトップクラスの水準にあると言われている。特にN響はパーヴォ・ヤルヴィも世界のトップテンに入るオーケストラと認識しているようである。

エッシェンバッハは「第9」を幻想的な音楽と位置づけ、第3楽章は正に「天使の音楽」と捉えて指揮に当たった。エッシェンバッハはピアニストして常に歌うような演奏を心がけていたこともあり、指揮においてもオーケストラを歌わせるのが巧みなようである。特に第4楽章では指揮者、オーケストララ、ソリスト、合唱が一体となった音楽であった。
指揮者の放つオーラはやはり凄いもので、創り出される音楽はドイツ音楽の色彩がいちだんと濃厚になって響き渡った。ドイツ音楽の大きさを改めて感じた。

短期間に連続して5回も同じ曲を演奏する場合には、全く同じ演奏にはならないのではないかと思う。基本的には同じ調べでも、演奏に少々の違いが出てくる方が自然なのではないだろうか。機械とは違うのだから、人間が演奏する味が出てきて当然だと思う。指揮者も全く同じ演奏になっていないと想像するが、果たしてどうなのだろう?
同じ「第9」でも年末と他の時期では気分が違うのは当たり前になっている。
関連記事
プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR