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西本幸弘ヴァイオリンリサイタルシリーズ 札幌公演

11月は海外から一流の演奏家が立て続けに来札して充実した演奏会が続いた。グルベローヴァ、プロムシュテットのような全盛期を過ぎた歌手、指揮者の栄光は今も輝いている。コンサートの感想への世界の読者の反応に驚きを禁じ得ない。特にグルベローヴァのファンは世界中で組織を作って彼女の活動の様子を様々な言語に翻訳して関係者に伝えている様子が窺がえる。私のブログを英語に翻訳する仕事をしている人もいるようである。今までもドイツ語、フランス語などの翻訳記事でアクセスしている人は結構いた。今回は一時的な現象だろうが、スロヴァキア語、チェコ語、ドイツ語(ドイツ、スイス)、フランス語、スペイン語、デンマーク語などの言語を通して10ヵ国もの人々のアクセスがあったのは初めてである。彼女のコンサートからひと月近くになるが, gruberova.comから毎日のようにアクセスが続いている。彼女の人気の凄さに驚いている。

前回のコンサートから1週間も空いた。11月最後の日に札幌出身のヴァイオリニストで、仙台フィルのコンマスを務めている西本幸弘のコンサートを聴いてみることにした。

2017年11月30日(木) 19:00開演  札幌コンサートホール大ホール
Yukio Nishimoto VIOLINable Discovery vol.4
(ピアノ/ 大伏 啓太)

〈Program〉
 ヘンデル:ヴァイオリンソナタ 第4番 ニ長調 op.1-13 HWV371
 クライスラー:クープランの様式による才たけた貴婦人
 サラサーテ:ミ二ヨンのガヴォット op.16
 サン=サーンス:サラバンドとリゴードン op.93
 ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ 第4番 イ短調 op.23
 フォーレ:初見視奏曲
 フォーレ:ヴァイオリンソナタ 第1番 イ長調 op.13
 
“Violinable Discovery”という言葉にはヴァイオリンの“可能性”を追い求めながら、様々な“発見”をするコンサートの意図が込められているようである。
西本は東京芸大卒業後、英国の音楽院に学んで多くの褒賞を受賞。英国を拠点にして目覚ましい活躍を行い、2010年に帰国。2012年、仙台フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターに就任。多様な音楽活動に従事しながら、毎年恒例の札幌公演も今回で4回目となる。
プログラムが新鮮に思えた。べート―ヴェンのソナタ第4番だけはCDで数度耳にしているが、他の曲はたぶん初めてであった。

ヘンデルはバッハと同時代の作曲家だが、現代と違って当時はバッハよりヘンデルが大人気だったと言われている。バロック期の音楽は通奏低音がハープシコードだったと思うので、現代のピアノは何となくイメージが違った。しかし、ヴァイオリンには当時の雰囲気が出ている感じはした。

続く小品3曲はフランスの香りが漂う曲で始まった。サラサーテの曲は元々はフランスの作曲家・トマの《ミニヨン》というオペラの中に出てくる舞曲だという。サラサーテならではの超絶技巧のヴァイオリン曲になっていた。サラバンドとリゴードンは元々弦楽合奏のために書かれた作品で、タイトルはバッハの舞曲を用いた曲でも知られる。軽やかなリズムでドイツ音楽とは違う色彩感はあった。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの中では第5番と9番が有名で演奏会で聴く機会が多くて、「第4番」は珍しい。数日前に樫本&リフシッツと庄司&カシオ―リの2種類のCDで聴いてみたが、3楽章ともに馴染みの旋律のある曲になっているのに自分でも意外に思って嬉しくなった。
西本は10年計画でベートーヴェンのソナタ全10曲を演奏中らしい。今回は第4回で「第4番」ということで、順番に演奏している。最終回が第10番となるようである。
ベートーヴェンが初めて書いた短調のソナタはベートーヴェン独自の特徴が出ている曲作り。第1楽章と第3楽章が緊迫感のあるドラマティックな展開となり、第2楽章がスケルツォで心休まる緩徐楽章。ピアノとヴァイオリンが対等な役割で演奏されて充実した聴き方が出来た。海外での活躍ぶりが納得のいく説得力のある演奏をした西本の実力が見て取れた。
ピアノの大伏は前2回の川畠成道のリサイタルでもピアノ伴奏の実力のほどを示していたが、安定感が抜群であった。ベルリンフィルのクラリネット首席奏者フックスなど国内外の一流の演奏家と共演している様子からも伴奏者として高い評価を受けているのが判る。

後半はフォーレの作品。チェロで聴く「夢のあとに」や「エレジー」で親しまれている作曲家。彼の最大の作品は「レクイエム」らしい。ジャン=フィリップ・コラールのピアノ集のCDを所有しているが、ピアノ音楽を通して聴くフォーレの音楽は優しくて美しい。今回のヴァイオリン曲は新鮮な気持ちで耳を傾けた。
1曲目はタイトルからして耳慣れない「初見視奏曲」。パリ音楽院の教授をしていた時に学生試験用に書かれたという非常に短い曲。フォーレらしい優しい調べで、あっという間に終った。

「ヴァイオリンソナタ第1番」は4楽章構成。温かい柔らかなピアノの調べで始まり、情熱的なヴァイオリンの演奏が入って変化のある第1楽章。ピアノとヴァイオリンの呼吸が合う滑らかな第2楽章。スケルツォの第3楽章ではヴァイオリンの技巧が光った。第4楽章は優しさあふれるフィナーレとなるが、全体的にフォーレの音楽の特徴が出ていた。

※フォーレはラヴェルがパリ音楽院に在学していた頃、教授陣の評価が低かったラヴェルを支えた教授で、ラヴェル事件の後にパリ音楽院院長として活躍した人物としても知られている。彼の作品はラヴェルとは全く違う作風であるが、当時からラヴェルの才能を見抜いていたフォーレは偉大な作曲家でもあった。

西本は才能豊かでトークも得意のようで、クラシック音楽の垣根を越えて様々な活動に従事している様子。幅広い分野で活躍している若い音楽家の今後の期待は大である。また、いつか都合が付けば彼のリサイタルに足を運ぼうと思った。

アンコール曲は「バッハ(グノー編曲):アヴェ・マリア」。
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宮崎陽江 室内楽の調べ 《ヴィルトゥオーゾ シューベルト》

今まで『ヴァイオリンの夕べ』、『ヴァイオリン協奏曲の夕べ』を開いてきた宮崎陽江が今年は『室内楽の調べ」。近年は日本での定期的に開催されるコンサートが高い評価を受け、音楽の友誌でも注目されているヴァイオリニスト。外国に本拠地を置いて活動している音楽家は、日本で知名度を上げるには時間がかかる。半面、今回のように外国の音楽仲間と日本で共演する機会も生まれやすい。ヨーロッパと日本の音楽仲間との共演が実現した室内楽コンサート。シューベルトに焦点を絞ったオール・シューベルト・プログラム。

2017年11月23日(木・祝) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Artists) 
 宮崎陽江(ヴァイオリン)、マルコ・グリサンティ(ピアノ)、ハンス=クリスチャン・サルノー(ヴィオラ)、コンスタンティン・ネゴイタ(チェロ)、飯田啓典(コントラバス)
〈Program〉
 シューベルト:華麗なるロンド ロ短調 作品70 D.895(vn,pf)
 エルンスト:シューベルトの《魔王》による大奇想曲 ト短調 作品26(vn solo)
 シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 作品162 D.574(vn,pf)
 シューベルト:ピアノ五重奏曲 イ長調 作品114 D.667「鱒」

シューベルトのヴァイオリン曲は全然知らなくて、「ソナチネ ト短調 op.137」(ズーカーマン&バレンボイム)の短い作品だけCDが手元にあった。「華麗なるロンド」は昨年、内田光子とマーラー・チェンバーオーケストラのコンマスとのデュオで聴いて素晴らしい曲という印象を持っていた。単一楽章の長大な曲。ヴァイオリンの技巧が発揮され、ピアノとの対話は聴きごたえがあった。

歌曲王シューベルトが遺した数々の名高いリートは多くの作曲家によって様々な編曲が生まれている。エルンストの曲は先日の服部百音の演奏会で耳にしたばかりで、超絶技巧が必要な無伴奏のヴァイオリン曲。

シューベルトの4楽章構成のヴァイオリン・ソナタは今までに聴いた記憶がないくらいの新鮮な曲。シューベルト特有の歌謡性に富み、明るい調べで親しみやすい曲になっていた。

後半の「ピアノ五重奏曲」は何十年も前から聴き親しんだメロディ。今年の秋にウィ-ン室内管の演奏でも楽しんだが、今回は前半と対照的な楽器編成で、演奏に変化があって良かった。通常のピアノ五重奏曲とは違って、コントラバス(札響副首席奏者)が入り、各楽器の特徴が楽しめた。40分程度の長大な曲も短く感じるほどで、特に弦楽器のみの合奏で始まる第4楽章は歌曲「ます」の主題と変奏が続く楽章で良かった。
札響奏者とは限られた時間内でのリハーサルで本番に臨んだと思われるが、演奏終了後にお互いの健闘を称えあう姿も好印象であった。

アンコール曲は「クライスラー:愛の悲しみ」(ピアノ五重奏曲版)。
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METライブビューイング2017-18 第1作 ベッリーニ《ノルマ》

ベルカント・オペラの3人の作曲家ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニの中で今まで一度もオペラを鑑賞する機会のなかったベッリーニの作品は観てみたいと思っていた。彼の代表作「ノルマ」と「夢遊病の女」はオペラの一部がマリア・カラスのCDに収録され、オペラのタイトルは知っていても内容は殆ど知らないでいた。コンサートで日本の代表的なソプラノ歌手・森麻季が取り上げていたことはあった。近年、再評価が一段と高まっているオペラ作曲家のようである。
「ベル・カント」というイタリア語は美しい歌い方の意味で単純な言葉だが、ベルカント唱法は主にソプラノやテノールの歌唱についての呼称のように思う。
ベッリーニ(1801-1835)は歌手が感情を込めて歌う美しい旋律を書き、ヴェルデイへの道を切り開いたオペラ作曲家として知られる。

今シーズン第1作 ベッリーニ《ノルマ》
指揮/カルロ・リッツィ  演出/デイヴィッド・マクヴィカー
出演/サンドラ・ラドヴァノフスキー、ジョイス・ディドナート、ジョセフ・カレーヤ、マシュー・ローズ
全2幕  イタリア語上演  上映時間:3時間27分(休憩1回)

[あらすじ] 紀元前50年ごろ(*シーザー、クレオパトラの時代)、ローマ帝国の支配下にあったガリア地方(*現在の北イタリア、フランス)ではドルイド教と呼ばれる宗教が信じられていた。ドルイド教の尼僧長(巫女)ノルマは神に仕える身でありながら、ローマ帝国の将軍ポッリオーネと恋に落ち、2人の子どもをもうけていた。将軍はノルマに飽きて、若い巫女のアダルジーザに心を移していた。禁断の愛に悩んでいたノルマは、同じく恋の悩みを持つアダルジーザの相談に乗っていたが、相手が同じポッリオーネと知った途端に彼の不実を激しくなじる。
ローマとの戦いが始まり、将軍が恋人に会いに神殿に忍び込んで、人々に捕えられて来る。元に戻るなら、命は助けるというノルマの言葉を彼は拒否する。怒りに燃えたノルマは全員を招集して、一人の巫女を生贄にすると宣言する。しかし、ノルマが口にしたのは自分の名前だった。今までの罪を告白して、子どもの命乞いをするノルマを見て、ポッリオーネは改心する。人々に用意させた火刑台(かけいだい)にノルマが向かうシーンで幕。

信仰の証として暮らす人々の地が森なので、舞台装置が立派で、5面舞台を持つ大掛かりな装置を持つMETならではの工夫もあったが、森の場面で全体が暗めになっていた。舞台装置の凄さが伝わってこなかった。
今回のオペラで圧倒的な存在感を放ったのが3人の歌手陣。タイトルロールを歌ったラドヴァノフスキーは「ロベルト・デヴェリュー」でのエリザベス一世役が凄い演唱で強烈な印象を与えられていた。METに200回出演の大歌手だが、名を知ったのは昨年が初めてだった。ソプラノ最難関の役と言われるノルマはカラスの得意役であったが、名高いソプラノ歌手が誰でもこなせる役ではないらしい。第1幕で歌われる有名なアリア「清らかな女神よ」は“神はまだ争いは望まぬと告げ、月の女神に平和を祈る”。素晴らしい心を打つアリアで極めて印象的であった。ラドヴァノフスキーは全編を通して、女として、母として、指導者として生きる姿を好演。

ディドナートは最も人気の高いメゾ・ソプラノ歌手として有名で、MET出演も多いが、METビューイングで観るのは今回が初めてだった。少し前にベルリン・フィルと共演している様子を見たが、今回の歌唱力と演技力には感動した。METの看板メゾとして活躍しているが、オペラだけでなく、コンサートにも出演していることで彼女の実力のほどが分かる。コロラトゥーラの技術も凄いが、同時に強い感情を湛えた表現力が凄い。ポッリオーネとの「愛の二重唱」も素晴らしかったが、ノルマとアダルジーザがお互いの友情を確認して歌う有名な美しい二重唱は特に心に響いた。同じ旋律でも、感情は別であるのが伝わってくるのは2人の歌手のヴェテランの味なのだろう。純真さと献身的な心を見事に表現したディドナートに魅了された。

主役3人のうちのポッリオーネは身勝手な振る舞いを続け最後に改心するが、歌唱力と堂々とした姿で異彩を放った。カレーヤの高音は凄く魅力的で、特に「愛の二重唱」や「恋の修羅場の三重唱」は聴かせどころであった。

多くの人々が歌う合唱にも迫力はあったが、歌手陣の大健闘が光るオペラであった。

ここ数年は妻もオペラが大好きになって、今シーズンも3枚セットのムビチケカードを購入して鑑賞の予定だった。スケジュールの調整がつかなくて、今回は断念しようかと思っていたらしい。私の感想を聞いて、明日午後3時のコンサート鑑賞の前にMETの予定を組むようである。METビューイングは1週間上映なので、自分の都合の良い日を選べるのが、普通のコンサートと違う便利なところである。
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ラトル指揮ベルリン・フィル日本公演2017に先立ち、東京公演と同じプログラムをデジタル・コンサートホールで鑑賞

2017年11月のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(サイモン・ラトル指揮)アジア・ツアーに先立って、ベルリン・フィルハーモニーで11月3日と4日の2日間、東京公演と同じプログラムが演奏された。シーズン・プログラム(PROGRAMME 2017/2018)には11月のコンサートは一つだけで少ないと思っていた。11月にアジア・ツアーが実施され、香港・中国・韓国・日本の公演があるのに気づいていなかった。
メールに香港公演のプログラムが入っていて、東京公演と同じ2種類のコンサートを視聴できることを知った。定期公演(3日)の視聴を先日済ませていて、今日は4日に行われたフィルハーモニーでの公演を視聴した。今日は3日の公演も再び視聴した。

【ラトルが《ペトルーシュカ》とラフマニノフ「第3番」を指揮】
演奏曲目/ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ(1947年版)、チン・ウンスク(陳銀淑):コロス・コルドン(ベルリン・フィル委嘱作品)、ラフマニノフ:交響曲第3番。

「ペトルーシュカ」は当初、ピアノとオーケストラの協奏曲風の作品として構想され、ディアギレフの説得を受けてバレエ音楽として書かれ、1911年に初演された。1947年に楽器編成を縮小して改訂版が出された。ペテルブルグの謝肉祭に起こった人形ペトルーシュカの悲劇を題材にした音楽。ピアノの華々しい活躍があり、ロシア民謡、舞踏曲などの音楽が入った華麗な作品で、CDで聴いていただけでは分らない漠然とした音楽が,今回は生き生きとして伝わってきて非常に楽しめた。映像を見て、ストーリーの場面を把握しながらワクワクした気分で鑑賞した。ラトルも表情豊かな指揮ぶりで、木管、金管各奏者のソロも含めて楽器の特徴的な響きを心から楽しめた。ストラヴィンスキーの曲をこんなに楽しい気分で最初から最後まで聴けたのは今までにないことで、日を変えて2度聴いた。

Unsuk Chinは韓国の若い女性作曲家。曲のタイトルは“古代ギリシャの弦の踊り”の意味。天文学や宇宙論に興味があるというが、陳の演奏時間11分の曲は音響的にはストラヴィンスキーに近い性格の現代曲。韓国で彼女は大歓迎を受けるのは間違いなさそうである。

ラフマニノフの最後の交響曲「第3番」は米国に亡命中の1935・36年の完成で、第2番から30年近くが経っていた。ピアニストとして多忙で絶頂期を迎えていた時期に書かれた作品はラフマニノフ特有のロシア的抒情を湛えながらも、晩年に近い心境も吐露された曲のように思えた。第2番に比べて聴く機会が少ないが、非常に聴きごたえのある作品であった。
ヴァイオリン・ソロでコンマスの樫本が奏でる甘美な旋律、フルートのパユ(*来月5日にKitaraで久しぶりにリサイタルを開く)が歌う旋律も美しい。オーボエのマイヤー、ホルンのドールのソロなどの惚れ惚れする響きも心にしみた。ラフマニノフのオーケストレーションの素晴らしさを満喫した。

【チョ・ソンジンがラトル指揮でベルリン・フィルにデビュー】
演奏曲目/R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」、ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調、ブラームス:交響曲第4番。

シュトラウスはハンガリーの詩人レーナウの叙情詩に基づいて、この曲を書き、理想の女性を求めて女から女へと移り、最後には決闘で傷ついて人生を終える悲劇的な男の姿を描いた。何度も聴いている曲であるが、いつもと違って、より身近な曲として聴けて楽しかった。4日のコンマスはスタブラヴァ、各楽器のソロ担当は前日と違う奏者だった。西欧のオーケストラは東欧と比べて奏者の負担が少なくて済む陣容を整えているのを実感した。

ピアノ奏者に予定されていたラン・ランの代役で2015年ショパン国際ピアノコンクール優勝者Seong-Jin Choがベルリン・フィル初登場。今年の1月にKitaraで感動的なリサイタルで強烈な印象を残したチョ・ソンジンは当然ベルリン・フィルハーモニーのステージに上がっていると思っていたので少々意外であった。急遽の代役で、予定の曲目はChoが15歳から弾き続けているというラベルの協奏曲に変更された。
ラヴェルのスペイン趣味やアメリカのジャズから生まれた独自の幻想味あふれる曲の展開はラヴェルならではの独創的な試みがなされている。楽想が豊かで、色彩感のある表現も見事である。第2楽章は繊細さと華やかさを備えた緩徐楽章。終楽章は力強く煌びやかなフィナーレ。
何度か演奏会で聴いているが、やはり手の動きと顔の表情が明瞭に見れる映像付きで聴く音楽は違う。チョは、まだ23歳だが、貫禄十分で圧倒的な演奏で聴衆の盛大な拍手と歓声を贈られていた。
ベルリン・フィルの日本人第2ヴァイオリニストの伊藤マレーネからのインタヴューを受けて、本拠地をパリからベルリンに移した話も初めて耳にした。フランス音楽を勉強して、その成果をCDでリリースしてもいる。今回の韓国訪問は2度目の凱旋帰国になり熱狂的な歓迎を受けるようであるが、本人は冷静にいつもと変わらぬ演奏を続ける覚悟を語った。

ブラームスの「第4番」は第1番と並ぶ人気の交響曲。「ドン・ファン」と「ブラームス第4番」は前回の日本公演と同一プログラムだそうである。ラトル最後のベルリン・フィル首席指揮者としての最後の来日公演を飾る記念すべきプログラムのようである。
2日間にわたるラトルの指揮ぶりは心なしかいつもより渾身の力のこもった指揮ぶりに思えた。23・24・25日の川崎・東京公演が成功裡に終わることを祈る!
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カティア・ブニアティシヴィリ ピアノ・リサイタル

世界の俊英ピアニストのひとり、ブニアティシヴィリはクレーメル・トリオのメンバーとして2011年4月6日、Kitaraでチャイコフスキーのピアノ三重奏曲などを演奏する予定になっていた。残念ながら、東日本大震災のためキャンセルになった。その時からピアニストの名を記憶していて、彼女が世界の注目を浴びる演奏家になっていく様子を見守っていた。1年前から札幌公演の情報を得て、今回のリサイタルを楽しみしていた。

札幌コンサートホール開館20周年 〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉
Khatia Buniatishvili Piano Recital

2017年11月18日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

ブニアティシヴィリは1987年グルジア(現在のジョージア)生まれ。12歳から本格的な演奏活動を始める。2003年ホロヴィッツ国際コンクールで特別賞、2008年ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第3位。同年カーネギーホールにデビュー。その後、プレトニョフ、アシュケナージ、パーヴォ・ヤルヴィ指揮の世界の一流オーケストラと共演するほかに、リサイタルや室内楽で活躍している。

〈Program〉
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 「熱情」 作品57
 リスト:「ドン・ジョバンニ」の回想
 チャイコフスキー(プレトニョフ編曲):組曲「くるみ割り人形」
 ショパン:バラード 第4番 ヘ短調 作品52
 リスト:スペイン狂詩曲
 リスト(ホロヴィッツ編曲):ハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調

ピアノという楽器の限界を駆使しながら情熱を荒々しく表現したベートーヴェンの最高傑作ともいえるピアノ・ソナタ。バックハウス、シュナーベル、グールド、ホロヴィッツ、ゲルバー、ハイドシェク、ポリーニ、ブーニン、トカレフ、ユンディと10枚を超えるCDが手元にあり、ライヴで聴いたピアニストは数えきれないほど。運命の動機が入り、緊迫感のある第1楽章、情感を湛えた第2楽章、情熱的な嵐が吹く第3楽章。ダイナミックでドラマティックな曲を久しぶりに聴いた。

モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」は序曲は聴く機会が多く、今月2日のグルベローヴァの演奏会で「ドンナ・アンナのアリア」も聴いたばかり(*スロヴァキア、チェコ、ドイツ、スイスなどgruberova.comから毎日私のブログにアクセスしてくるが、グルベローヴァ・ファンの多さに改めて驚く)。
ピアノ編曲版は初めて聴いた。オペラの第2幕、墓地で騎士長の石像がドン・ジョバンニに復讐をほのめかす場面から始まり、美しい二重唱「お手をどうぞ」による変奏などを聴きながら、オペラの場面を何となく思い浮かべた。さすが、リストの曲だと思わせる鍵盤の上を手が走り回る超絶技巧の演奏テクニックに目を奪われた。
演奏中に村上春樹の小説「騎士団長殺し」を思い浮かべる雑念もあった。とにかく面白かった。

プレトニョフ編曲の「くるみ割り人形」は10年前まで4年連続して来演していた若手のニコライ・トカレフのCDが手元にある。「行進曲」、「金平糖の踊り」、「タランテラ」、「間奏曲」、「トレパーク」、「中国の踊り」、「アンダンテ・マエストーソ」の7曲から成る組曲。管弦楽のバレエ音楽を見事にピアノ曲に編曲した作品で、馴染みのメロディに心も弾む。来年10月開館の札幌文化芸術劇場でバレエを観る機会がいつかあると期待も大きくなる。

ブニアティシヴィリはリストとショパンのアルバムをリリースしていて彼らの曲を得意にしているようである。リストとは全く趣の違ったショパンの曲。美しい主題が、次々と変容していくドラマティックで色彩感に富んだ曲。バラード4曲中で「第1番」が最も親しまれていると思うが、「第4番」はショパンの偉大な創造性が示された作品として音楽的に傑作とされているようである。

前半2曲の後に休憩を挟んで後半は4曲。後半はステージを下がらずに弾き続け、最後の2曲はピアニストが最も得意としているリストの作品。
「スペイン狂詩曲」はスティーヴン・ハフと反田恭平のCDがあるが、馴染みの曲にはなっていないので、今回のコンサートの前に聴いてみた。2年前にリリースしたKyohei Soritaの“Liszt”は発売早々に手に入れた。ニューヨーク・スタインウェイCD75(1912年製造)を使用しての演奏は素晴らしくて、何度か繰り返して聴いている。リストはスペイン旅行を行った1845年に「スペインの歌による演奏会用大幻想曲」を完成している。1863年頃、この作品の主題を用いて新たに書かれた曲が「スペイン狂詩曲」。前半ではフォリアと呼ばれる荘重なスペイン舞曲、中間部ではホタ・アラゴネーサ(スペインのアラゴン地方の民謡)が用いられ、最後はフォリアが華麗に再現される。リストの作品の中でも、ひときわ高度な演奏技術が要求されるという難曲をいとも簡単な様子で弾くブニアティシヴィリ。運指の動きがホール中央の座席から見え、ミスタッチがあるかもしれないような速度で何分も弾き続けるピアニスト。凄いと言うほかに言葉が見つからないほどのテクニック。

最後はホロヴィッツ編曲の「ハンガリー狂詩曲第2番」。この曲は演奏会で馴染みのメロディ。ランランとトカレフの弾くCDでもよく聴いた。全19曲のうちで、「第2番」は実に華やかで、聴いていて楽しい。コンサートの最後を飾った曲にブラヴォーの声があちこちから飛び交った。

1ヶ月前にチケット完売となり、演奏終了後の客席を埋めた聴衆盛大な拍手喝采に、ブニアティシヴィリも満足の様子で、次々とアンコール曲を披露して最終的には5曲にもなった。2階バルコニー席からスタンデイング・オヴェ―ションをしている若い客の姿も目に入った。
アンコール曲は①シューベルト(リスト編):セレナード ②リスト:メフィストワルツ第1番 ③ドビュッシー:月の光 ④ヘンデル:メヌエット ⑤ショパン:前奏曲 ホ短調 作品28-4。

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服部百音 ヴァイオリン・リサイタル

服部百音という天才的ヴァイオリニストの名は彼女がティーンエイジャーになる前から耳にしていた。現今では4・5歳からピアノやヴァイオリンを始める子は珍しくなく、環境に恵まれて本人の才能・努力があればティーン・エイジャーで世界に羽ばたく演奏家も現れる時代である。ただピアノとヴァイオリンでは大人と互角に競える年齢に違いがあるようである。例えば、日本音楽コンクールのピアノ部門の最年少優勝者は高校生であるが、ヴァイオリン部門は中学生が快挙を成し遂げている。
服部の名が“もね”と呼ぶのに気づいたのは半年前のことで、それまでは“ももね”と覚えていた。11歳で世界デビューしていたことも、昨日のYouTubeの映像で知った。
日本の若手のヴァイオリニストの活躍が頼もしいと思う昨今であるが、今回のリサイタルは発表時から楽しみにしていた。プログラミングが魅力的で、難曲と思われる曲がずらりと並んで、聴いたこともない曲も数曲演奏されるのが愉しみを倍加させた。

服部百音(Mone Hattori)は1999年生まれで、8歳よりザハール・ブロンに師事(*ブロンはレーピン、樫本、ヴェンゲーロフなど世界的ヴァイオリニストを綺羅星のごとく育て上げている指導者)。09年ヴィエニャフスキ国際コンクールのジュニア部門で史上最年少優勝。13年ノヴォシビルスク国際ヴァイオリンコンクールでグランプリに輝き、15年にはアシュケナージ指揮EUユース管と共演し、16年にはマリインスキー劇場でも演奏、国内リサイタル・ツアーも行った。

2017年11月14日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 エルンスト:《夏の名残りのばら》による変奏曲
 プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番 ヘ短調 作品80
 エルンスト:シューベルトの《魔王》による大奇想曲 作品26
 ショーソン:詩曲 作品25
 マスネ:タイスの瞑想曲
 ジンバリスト:R=コルサコフの《金鶏》の主題による演奏会用幻想曲
 ラヴェル:ツィガーヌ

エルンストとジンバリストはヴァオリニストとして知っていたが、作曲家としての作品を聴くのは初めてだと思う。
エルンストはヤナーチェクと同じチェコ・モラヴィア地方のブルノ出身。神童としてウィーンでヴァイオリンを学ぶ。アイルランドの詩人、ムーアの詩による「夏の名残りのばら」は日本では「庭の千草」として知られている。いろいろな変奏で繰り返し馴染みのメロディも出てくるが、ピツィカートを使いながら演奏するテクニックは最高に難度の高いものに見えた。
曲は「無伴奏ヴァイオリンのための重音奏法の6つの練習曲」の中の第6曲。超絶技巧を駆使した曲に聴衆が魅了され、ブラヴォーの声が沸き起こった。

プロコフィエフが書いたヴァイオリン・ソナタ「第1番」は1938年に着手されたが、第二次世界大戦の混乱もあって再着手が1946年で、同年に完成してオイストラフ&オボーリンのコンビで初演され、スターリン賞を受賞した。
シゲティが弾くCDを所有していて、以前の演奏会の前にも聴いたことがあるが、今回は真っ白な状態でコンサートに臨むことにした。プロコフィエフらしい現代音楽の味がした。ヴァイオリンの持つ幅広い表現力が発揮され、ピアノのドラマティックな伴奏も力強く、ピアニストの実力も試される曲のように感じた。4楽章構成で演奏時間は30分ほどの聴き応えのある曲。

エルンストはパガニーニの影響を受け、彼の作品を上回るような超絶技巧が必要なヴァイオリン曲を次々と書いたといわれる。ゲーテの詩によるシューベルトのドラマティックなストーリーに沿ってヴァイオリン独奏用の作品に仕上げた。

ショーソンの「詩曲」は元々はヴァイオリンとオーケストラのための作品であるが、ふつうはピアノ伴奏で演奏される。演奏会で取り上げられる機会も多い。ツルゲーネフの小説「愛の勝利の歌」に基づく作品で、文学的要素がある。美しい調べをヴァイオリンが歌いまくる詩情に満ちた曲。

「タイスの瞑想曲」は30年ほど前に出勤の行き帰りにカーステレオで毎日のように聴いていた曲。珠玉の名曲集の小品には必ず組み込まれる曲で最も親しまれているヴァイオリン曲のひとつ。
マスネの歌劇「タイス」に出てくる間奏曲だが、単独の名曲として知っているだけで、オペラは観たことがない。

ジンバリストはロシア生まれのヴィルトゥオーゾで、後年アメリカに移住。来日公演も度々重ねた。リムスキー=コルサコフのオペラ《金鶏》はタイトルも今まで知らなかった。「演奏会用幻想曲」はオペラ音楽の編曲作品。今回のプログラムの解説を読んで寓話の内容も初めて知った。
ヴァイオリンとピアノのための演奏会用幻想曲は冒頭のファンファーレの部分から始まって、オペラのストーリーを追う形で音楽が進んだ。10分程度の曲だが、難曲と思える演奏技術をスピード感をもって軽々と弾きこなす力は何とも凄い。

最後の「ツィガーヌ」はヴァイオリン独奏部による情熱的な長い導入部があって無伴奏ヴァイオリン曲のよう。ハンガリーのロマ(ジプシー)のヴァイオリニストの即興演奏を思わせる部分。超絶技巧を要する作品でヴァイオリニストの力量や個性が表れる作品。後半にピアノも入る幻想的なパートも印象的だった。

聴衆からため息が出るような感動的な演奏が繰り広げられた。ピアノ伴奏を務めた三又瑛子(みまた あきこ)も好演。
アンコール曲は「イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番 第4楽章」。

今回のリサイタルはヴァイオリニストが演奏したい曲を自ら選曲して開催されたように思えるが、私個人としては素晴らしいプログラミングに感謝したい。これほどワクワク感と満足感を覚えたヴァイオリン・リサイタルも珍しい。
服部百音は11月の国内公演を1日にN響コンサートでスタートして、井上道義指揮でチャイコフスキーの協奏曲を演奏。その後、リサイタル・ツアーを名古屋、大阪、札幌、東京で開催。来年以降の来札を期待したい。

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ロシア国立交響楽団《シンフォニック・カペレ》~チャイコフスキー三大交響曲

ロシア国立交響楽団(The State Symphony Orchestra of Russia)は1936年創立のロシアを代表するオーケストラである。スヴェトラーノフが1965年~2000年まで音楽監督・首席指揮者として黄金時代を築いた。今回の来演するオーケストラの日本語名が同じであるが、英語名が“State Symphony Capella of Russia”.。
サンクトペテルブルク・フィルやマリインスキー劇場管、モスクワ・フィル、チャイコフスキー響(旧モスクワ放送響)は度々聴きに行っていた.。このオーケストラの公演情報が年明け早々にあった時にはやや躊躇していた。妻が主催者の特別先行販売の案内を受けてチケットをインターネットで申し込むということで、プログラムの「チャイコフスキー第4~6番一挙連続演奏」の魅力もあって付き合うことにした。チケットは異常に早く7ヶ月以上前に届いていた。

昨日のコンサートに出かける前に、ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管による“TCHAIKOVSKY SYMPHONIES NOS 4.5 &6”(パリのサル・プレイエルでのライヴ録音、2010年)のDVDを視聴した。何かほかの事をしながら聴く“ながら”CDより集中度が高くなる。ゲルギエフ&マリインスキー劇場管は2009年に2夜にわたってチャイコフスキー3大交響曲とピアノ協奏曲を演奏したことがあった。
今回のように一晩での連続演奏会は極めて珍しい。どのオーケストラでも実現できるわけではない。

2017年11月10日(金) 18:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ヴァレリー・ポリャンスキー(Valery Polyansky)
管弦楽/ ロシア国立交響楽団《シンフォニック・カペレ》(State Symphony of Russia)

ポリャンスキーは1949年、モスクワ生まれのロシアの指揮者。モスクワ音楽院でオーケストラと合唱の指揮を学ぶ。大学院の時にロジェストヴェンスキーに師事し、77年からボリショイ劇場でロジェストヴェンスキーのアシスタントを務め、やがて同劇場の指揮者となる。国内外のオーケストラにも客演して、92年にはロシア国立シンフォニー・カペラ(前身はソヴィエト文化省響)首席指揮者に就任。2002年よりスウェーデン・エーテボリ音楽祭首席指揮者、モスクワ音楽院教授。

音楽之友社によると、このオーケストラは1982年にソヴィエト国立文化省交響楽団として発足した。ロジェストヴェンスキーが国内名門オーケストラの中から優れた奏者たちを集め、オーディションで選抜したモスクワ音楽院の若き音楽家たちを加えて、まさに夢のオーケストラを結成したという。モスクワを本拠地にして、演奏活動、録音活動ともに順調なスタートを開始したが、ソ連崩壊によって挫折した。「モスクワ・シンフォニック・カペレ」として活動を続けたが、指揮者のロジェストヴェンスキーが国外へ出てしまった(*ロジェストヴェンスキーは読売日響の名誉指揮者となっているが、同響での活躍も多く、96年に札幌公演も行った)。国の援助も途絶えて、91年頃は解散状態のようだったと言われるが、ゲルギエフを中心とする音楽家たちの努力でロシア政府を動かし、21世紀に入って、ロシア音楽の復興が図られたように思われる。、

2015年の来日公演でロシア国立交響楽団は「チャイコフスキー第4・5・6番連続演奏」を敢行して、全国10公演が大好評を博したという。人気のチャイコフスキーの3交響曲の演奏は魅力的なプログラムであることは間違いないが、一晩での3曲一挙公演は困難である。今回の3曲連続演奏会は貴重な機会となった。

〈Program〉
 チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 作品36
 チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64
 チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」

チャイコフスキーはマンフレッド交響曲を含めると7曲の交響曲を残している。「第4番」は最も変化に富んだ劇的な作品。第3番までの民族的な表現法に加えて自伝的な標題音楽を重ね合わせることによって、独自の交響曲の様式を確立したように思う。この曲を書いた当時、チャイコフスキーは不幸な結婚に悩み、精神の激動の時期にあった。運命に対して絶望し、奮闘して勝利する様子が描かれている。
ホルンとファゴットが奏でる激しい序奏は「運命」のモチーフ。人間に襲い掛かる運命の動機はこの曲の悲劇性を強調する。曲が展開されると抒情性もくみ取れる。緩徐楽章の第2楽章では悲哀に満ちたオーボエの旋律が印象的だが、クラリネットやファゴットで奏される農民舞曲風の安らぎの調べも心に響く。第3楽章のスケルツォは弦楽器のピッチカートが曲に変化を与えた。憂鬱な気分を吹き飛ばすような荒々しい主題とロシア民謡の旋律による主題。交互に繰り返されて最後に祝祭的な気分のフィナーレ。

ステージ上で楽器の配置の段差が無くて、管楽器奏者の演奏状況が見れなかったのが残念! 座席が1階6列やや上手寄りで弦楽器群に比して管楽器奏者が全く視野に入らなかった(*自分で座席を選べなかった)。シンバルとトライアングルの奏者のみ立って演奏した時に目に入った。管楽器奏者が少なめと思ったが、音量は十分に出ていた。楽器の音色の区別は幸いできていた。
指揮台も無く、ステージ上の台の設置も無しというKitaraでは珍しいステージの状況で、その理由はハッキリとはしなかったが、音楽鑑賞には支障はなく、演奏効果を狙ったのかもしれないと思った。

1曲が45分程度の曲で休憩時間が2回あった(各20分)。2階RB、LBにかなりの空席が見えたが、P席は埋まり、3階席もほぼ埋まっているようで、チャイコフスキーの人気の高さが窺がえた。

チャイコフスキーの曲でも最も人気が高く演奏機会の多い「第5番」。彼は結婚生活の破綻によって、主に西ヨーロッパで生活を始め、第4番から10年あまりを経て第5番を一気に作曲した。「運命」の主題による循環形式を採用して、次々と魅力的なメロディを繰り出し、暗から明へと展開していくドラマティックな構成の曲作り。
第1楽章冒頭のクラリネットの重々しい旋律が運命の主題。4つの楽章に全て現れる。第2楽章はアンダンテ・カンタービレ。弦楽器による導入の後、ホルン独奏による翳りを帯びた鮮やかな旋律は何とも言えない美しさ。第3楽章が幻想的なワルツ。スケルツォでなく、ワルツはベルリオーズが「幻想交響曲」の第2楽章に用いているのを思い出す。第4楽章は輝かしい凱歌と言える終結部で、非常に力強くて雄渾なフィナーレ。

緊張も解けた聴衆からブラヴォーの声が飛び交った。休憩が入って、ホッと一息つくが、聴衆も集中力を保つのが大変だと思う。演奏者がチャイコフスキーの大曲、3曲を続けて演奏するのは体力、精神力も必要で大変なエネルギーを要する。今回の日本ツアー8公演中、東京、福島、札幌、新潟の4公演のようである。木管・金管群の活躍が光った。特に金管奏者の消耗が激しいと想像するが、大健闘である。

チャイコフスキー最後の作品となった「悲愴」に着手したのは亡くなる前年のこと。彼の交響曲の中で最も独創的な内容を持つ作品。ペシミズムが全編を覆っている。彼の最大の支援者であり、理解者でもあったメック夫人からの援助が突然に打ち切られた苦悩と孤独が大きな影を落としているようである。しかし、この曲は多くの人間が持ち合わせている感情を表したものかも知れない。初演が終わって9日後に、チャイコフスキーは亡くなった。
コントラバスとファゴットが暗くて、まるで呻くような旋律を奏でて曲は始まる。低音域の第1主題、チェロと第1ヴァイオリンの甘美だが、哀しみを秘めた第2主題の第1楽章。ロシア民謡が入って間奏曲のようであるが、不安げな暗い印象の第2楽章。第3楽章はスケルツォと行進曲を組み合わせたユニークな楽章、決して明るい気分ではなく、何となく落ち着かない雰囲気。第4楽章は、タイトル通りの重く打ちひしがれた終曲。交響曲の終楽章がこんな遅いテンポの曲も珍しいが、「悲愴」の象徴的な楽章でもある。

第3楽章は力強く閉じられるので、終曲と勘違いして拍手が起こりがちで、チョット心配したが、パラパラとわずかに起きた拍手には気づかなかった。全曲の終了時間は21時35分。永遠の静寂の中に音が消えていき、指揮者の手が下ろされた途端に万雷の拍手とブラヴォーとアンコールの声があちこちの客席から飛び交い、指揮者も何度もカーテンコールに応えた。3時間を要した力強い演奏に感動した聴衆の惜しみない拍手が指揮者とオーケストラ全員に贈られた。

チャイコフスキーの3大交響曲は何度聴いてもその曲の素晴らしさに感動する。帰りの地下鉄の電車の中で妻が旭川から出かけてきた小・中・高と一緒だった女性と出会って思わぬ再会を果していた。市内だけでなく、道内から聴きに来たチャイコフスキー・ファンも数多くいたようである。
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ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

ブロムシュテット指揮ゲヴァントハウス管のKitaraでの演奏は2002年、05年に続き3回目となった。90歳を迎えた偉大なる指揮者ブロムシュテットが今回Kitaraに三度出演する日を昨年から一日千秋の思いで心待ちにしていた。
昨年もバンベルク響を率いての来日公演でベートーヴェンの「運命」と「田園」を熱演する様子を〈クラシック音楽館〉で観ていた。89歳になっても進化を続け毅然とした音楽つくりで演奏に臨み、定番の音楽に新しい命が宿るようで新鮮な気持ちで聴いた。演奏中は勿論だが、インタビューでの話は温かい人柄で作曲家に寄り添っての解釈にも心を惹きつけられていた。私が最も大好きな指揮者である。

Herbert Blomstedtは1927年、スウェーデン人の両親のもとに生まれ、29年に家族と共にスウェーデンに移住。ストックホルム王立音楽院卒業後はザルツブルグに留学し、スイスやアメリカでも学ぶ。1954年にストックホルム・フィルを指揮してデビュー。同年ノールショピング響首席指揮者に就任。55年ザルツブルグ指揮コンクール優勝。その後、オスロ・フィル、デンマーク放送響、スウェーデン放送響の音楽監督を歴任。75~85年にはドレスデン・シュターツカペレ首席指揮者、85-95年サンフランシスコ響音楽監督、96-98年北ドイツ放送響首席指揮者、98-2005年にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管カぺルマイスター。
ブロムシュテットは現在バンベルク響名誉指揮者、N響桂冠名誉指揮者。
ゲヴァントハウス管在任中に同楽団の演奏水準を一気に引き上げたという評価を得ている。N響にも数多く客演して、モーツァルトやベートーヴェンなどの名曲を通して日本人にも親しまれ、N響名誉指揮者の称号を得ていたが、さらに桂冠名誉指揮者となるほど日本の音楽界に貢献している。プロフィールから判断すると、北欧の音楽を聴く機会が今までにあっても良かった感じがする。
世界のメジャー・オーケストラに客演を重ねているが、今年の1月にもベルリン・フィル定期に客演して「ブラームス:交響曲第1番」を指揮して、インタヴューでブラームスの素晴らしさを熱く語る姿も元気そうで楽しかった。

レオ二ダス・カヴァコス(Leonidas Kavakos)は1967年アテネ生まれの世界的ヴァイオリニスト。85年シベリウス国際コンクール優勝。86年インディアナ国際では竹澤恭子に次いで第2位入賞。80年代後半から国際的な活動を始め、シベリウスのヴァイオリン協奏曲の録音がグラモフォン賞に輝いて、世界の注目を一気に浴びたようである。ギリシャを拠点にしてベルリン・フィルやコンセルトヘボウ管らメジャー・オーケストラにも客演して世界的評価が確立し、2012-13シーズンはベルリン・フィルのアーティスト・イン・レジデンスを務めた。
PMF2016には芸術監督ゲルギエフの指名で急遽Kitaraに登場してブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾いた。その様子はPMFオン・デマンドで鑑賞して、彼の情熱的で一味違う名曲の演奏に感動した。今回のKitaraの演奏会は話題の二人の登場で早くから期待を集めていた。

札幌コンサートホール開館20周年 〈Kitaraワールドオーケストラ&合唱シリーズ〉

2017年11月7日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 創立275周年記念ツアープログラム〉
  メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
  ブルックナー:交響曲 第7番 ホ長調 WAB,107 (ノーヴァク版)

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(Gewandhausorchester Leipzig)は1743年にライプツィヒの商人16人が出資してコンサート協会を設立。2018年に創立275周年を迎える世界最初の市民オーケストラ。1781年に500席収容の素晴らしい音響を持つゲヴァントハウス(織物会館)が完成し、オーケストラの本拠地となった(*現在の新ゲヴァントハウスは1981年完成で客席数1905)。1835年にメンデルスゾーンはゲヴァントハウス管の最初の常任指揮者となった。在任中にバッハの「マタイ受難曲」を蘇演して、バッハを復活させた貢献も大である(思い出したが、2008年にゲヴァントハウス管はマタイ受難曲の演奏でもKitaraに来演して聴いたことがある)。メンデルスゾーンは、1843年にはライプツィヒ音楽学校を設立した偉大な足跡も遺している。

このオーケストラが世界初演を行った曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲《皇帝》(1811年)、シューベルトの交響曲《ザ・グレイト》(1839年)、シューマンの交響曲《春》(1841年)、メンデルスゾーンの交響曲《スコットランド》(1842年)とヴァイオリン協奏曲ホ短調(1845年)、ブラームスのヴァイオリン協奏曲(1879年)、ブルックナーの交響曲第7番(1884年)などである。
今回の演奏曲は2曲ともゲヴァントハウス管の世界初演曲。

3大ヴァイオリン協奏曲または4大ヴァイオリン協奏曲のひとつ「メンコン」は最も人々に愛されている明るいメロディを持つヴァイオリン協奏曲。技巧的にも難しい曲と言われるが、現今では若い才能が弾きこなし、20歳前後のヴァイオリニストがコンサートで弾くことも多い。昨年1月にイザベル・ファウストが札響定期で若い演奏家とは一味違う演奏を披露した。今回も世界的ヴァイオリニストの演奏に興味を抱いて聴きに来た人が大部分だったと思う。
カヴァコスは50歳を迎えたばかりだが、最近では弾き振りも行っているというヴァイオリニスト。作曲には余り時間を掛けないメンデルスゾーンが6年もかけて完成させた協奏曲。当時のゲヴァントハウスのコンサートマスターに迎えたダヴィットが全面的に協力して作り上げたという曲。この協奏曲は全楽章が切れ目なく続けて演奏される。緊張が途切れない演奏が期待される観点も含め、新しい試みが入っている曲とされる。
優雅で気品に満ち、明快で抒情的な旋律を持つ美しいヴァイオリン曲を第1楽章でのカデンツァでは弱音もホールの3階まで美しく届いた。30分弱の曲を驚異的なテクニックを駆使しながらカヴァコスは最初から最後までホールを埋めた2千人の聴衆の心を掴んで魅了した。
盛大な拍手に応えて、アンコール曲は「J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番より “ガヴォット”」。

休憩時間中に久しぶりにワインでも飲もうかと思ったが、ホワイエには今までに見ないほどの長い列が続いていて諦めた。男子トイレも珍しいほどの混雑ぶりで、人がホワイエにはみ出して列をなしていた。日常のコンサートでは女性客の方が多いと感じているが、昨日は特に男性客が多いようであった。当日券も出たが、結果的に座席は完売して空席が見当たらなかった。

前半から楽器配置に特徴があった。後半に備えての楽器配置に思えた。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの対抗配置は珍しくないが、コントラバスが第1ヴァイオリン横、チェロがほぼ中央、ヴィオラが第2ヴァイオリンの横。木管がやや上手寄り。
ブルックナーはブロムシュテットが得意としていることを知らなかった。2002年の札幌公演で「ブルックナー:交響曲第5番」が演目になっているのを昨日になるまで気づいていなかった。15年前の演奏会で買い求めたぶ厚いブログラムを見て分かった。
ブルックナーが書いた0番を含む11曲の交響曲の中で「第4番」と「第7番」は親しめる曲になっている。クラシック音楽に通な人は比較的ブルックナーを好んでいるようであるが、私自身は苦手である。

昨日は午前中にカラヤン&ベルリンフィルのCD、午後はマゼール&ベルリンフィルのYouTube(*映像なしだが、高音質の録音をヘッドフォンで)、夜はブロムシュテット&ゲヴァントハウス管の生演奏で「第7番」を3時間以上も聴いたことになった。ライヴが1番良かったことは勿論である。
自らオルガニストだった経験を生かしたオルガンのスタイルが感じ取れる壮大な音楽つくり。弦のトレモロによる神秘的な導入と木管の歌謡旋律は民謡的で親しめる。第1楽章の終わりにはティンパニも入って壮大なクライマックス。第2楽章ではワーグナーチューバ4本も加わって重厚なオーケストレーションが展開され、観ていて興味深かった。ワーグナーの死に関連した葬送の音楽の悲しみの表現。ワーグナーチューバとホルン各4本が並んで、他の金管セクションの楽器位置と離れているのにも注目した。
第3楽章は田園風景を思わせる明るい自然描写。第4楽章は第1楽章と同じように3つの主題を中心としたソナタ形式でドラマティックに展開されて雄渾なクライマックスで終わる。
久しぶりに座った3階1列中央からステージ全体を見渡せて特に管楽器の演奏ぶりが見れて良かった。15年前はP席からブロムシュテットの顔の表情を十分に見れ、最近は映像で指揮者の顔は焼き付いているので、後姿だけだったが90歳の凛とした姿で指揮に当たっている様子は感動的であった。
演奏終了後にはブラヴォーの掛け声があちこちから掛かった。オーケストラに対しての拍手でもあったが、90歳の指揮者に対しての感謝と感動の拍手がいつまでも続いた。品の良い紳士のブロムシュテットは、オーケストラの演奏を称え、聴衆への謝意を表すのに楽団員の退席後もステージに出てきて別れの手を振った。

※コンサートガイドによると、今回の日本ツアーはこの後に横浜、東京での4公演がある。サントリーホールの料金が札幌の2倍になっているのに驚いた。主催者のKitara が料金を低めに抑えたのだと想像する。ブロムシュテットが無事に公演を終えて帰国されることを祈りたい。


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エディタ・グルベローヴァ オペラ名曲を歌う

半年前にグルベローヴァがKitaraのステージに登場するニュースを知ってビックリした。彼女は2015年での引退表明をしていた。思わぬ吉報に心も弾んでいち早くチケットを購入した。
20世紀のディーヴァ(歌姫)はマリア・カラス。オペラの主役(プリマ)を歌う女性(ドンナ)は数多く生まれるが、ディーヴァの称号を得る歌手は限られている。現在のディーヴァとして世界最高の評価を得ているソプラノ歌手はアンナ・ネトレプコと言えよう。一世代前のディーヴァとしてオペラ界の人気を得ていたのはエディタ・グルヴベローヴァだろう。70歳を迎えたグルベローヴァが現役として活躍を続けて、札幌を訪れてくれることは大きな喜びである。

今回の札幌公演が17年ぶりと判って、過去のことを思い出した。Kitaraが開館して5年ぐらいは世界のオーケストラや演奏家が大挙してKitaraにやってきた。ヨーロッパのオーケストラのいくつかのコンサートのチケットを既に買っていて、日程的に連続したのでグルベローヴァのデュオ・リサイタルは残念ながら聴かなかった(*デュオの相手の名を知らず、料金が高額だったことも聴かなかった一因)。
今月は世界的な指揮者、オーケストラ、演奏家の来札が続くので一層充実した音楽鑑賞が楽しめる。

2017年11月2日(木) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

ソプラノ/ エデイタ・グルベローヴァ(Edita Gruberova)
指揮/ ペーター・ヴァレントヴィッチ(Peter Valentovich)
管弦楽/ 札幌交響楽団(Sapporo Symphony Orchestra)

〈Programme〉
 第1部
  モーツァルト:歌劇《後宮からの誘拐》序曲
  モーツァルト:歌劇《後宮からの誘拐》より コンスタンツェのアリア
            「悲しみが私の宿命となった~どんな拷問が待っていようとも」
  モーツァルト:歌劇《ドン・ジョヴァンニ》序曲
  モーツァルト:歌劇《ドン・ジョヴァンニ》より ドンナ・アンナのアリア
            「ひどいですって? そんなことはおっしゃらないで」
  モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》序曲
  モーツァルト:歌劇《イドメネオ》より エレットラのアリア
            「オレステとアイアーチェの苦悩を」
 第2部
  ベッリーニ:歌劇「夢遊病の女」より アミーナのアリア
           「ああ、もし私があと一度でも~ああ、信じられないわ」
  ロッシー二:歌劇《セヴィリアの理髪師》序曲
  ドニゼッティ:歌劇《アンナ・ボレーナ》より アンナのアリア
           「あなた方は泣いているの?~あの場所に連れて行って~邪悪な夫婦よ」
  ロッシーニ:歌劇《泥棒かささぎ》序曲
  ドニゼッティ:歌劇《ロベルト・デヴリュー》より 最後のシーン

ヴァレントヴィッチは2004年スロヴァキア・フィル管を指揮して注目を浴び、スロヴァキア国立歌劇場にも登場、2013年のウィ-ンでのグルベローヴァとの共演以来、彼女との縁が深い。昨年、プラハ国立歌劇場の来日公演では彼女の出演公演すべてで指揮を担当したという。
オペラ公演に慣れていて、初共演となる札響を指揮して5曲の序曲の演奏でオペラの雰囲気を醸し出す役割を十分に果たしていた。

グルベローヴァがステージに登場すると大きな拍手とともに歓声も沸き上がった。大スターの貫録を感じた。
大ホールに入場する前に知らされていたが、第1曲の後半部分の有名な「どんな拷問が待っていようとも」がキャンセルされた。アリアのなかでも最も難しい曲とされるようだが、体調が思わしくなったのかも知れないと思った。聴きどころが聴けなかったのと、やはり年齢を感じさせる歌唱になって第一印象はこんなものかと少々落胆した。

ところが2曲目から見違えるように劇的なオペラに引き込まれる歌唱と演唱。
各曲の演唱終了後にはブラヴィー(*二人以上の男女混合の演奏者に贈られる絶賛の叫び)の声が多分、同一人物と思われる人から何回も続いた。ブラヴォーと叫ぼうとした人も声を出したくても出せなかったのかもしれない状況だったが、会場は盛大な拍手に包まれた。それくらい素晴らしい聴衆の心を打つ歌唱がプログラムの最後まで続いた。

《イドメネオ》や《ロベルト・デヴリュー》は昨年と今年にそれぞれMETビューイングで観ていたので、歌唱の場面が判ってより良い鑑賞ができた。
怒りのアリアや狂乱の場面をアリアに込める超絶技巧を駆使しての感情移入には凄い迫力を感じた。コロラトゥラ歌手として絶頂期の頃と比しての衰えはあっても、鮮やかな声質の転換や表情豊かな演唱は絶品であった。最後の曲まで彼女の熱唱は衰えなかった。まさにディーヴァの名に相応しい演唱であった。

6年前に札幌でドミンゴとパヴァロッティが主演したオペラ映画の上映会が4回あった。「トスカ」(1976)、「カルメン」(1983)、「リゴレット」(1982)、「オテロ」(1986)。「リゴレット」でマントヴァ公爵役がパヴァロッティ、ジルダ役がグルベローヴァだったが、エディタの映像を観たのがこれが最初だった。
今回、グルベローヴァの歌唱を聴けて物凄く感激した。ピアノ伴奏による歌唱とオーケストラをバックにした歌唱では迫力も違った。演奏終了後のホールの盛り上がりも凄かった。

絶賛の嵐に応えてアンコールに「プッチーニ:歌劇《ジャン二・スキッキ》より“私のお父さん”」。止まらない拍手大喝采に「ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇《こうもり》より“侯爵様、あなたのようなお方は”」も歌われた。

今月はハンガリー国立歌劇場の来日公演があり、グルベローヴァは9日の東京文化会館での「ランメルモールのルチア」に出演予定。この機会を利用して札幌と東京でコンサートが開かれたようである。彼女はデビュー50周年を迎える来年に正式引退する。
今回が札幌でのサヨナラ公演の意味もあって花束を捧げる人、感謝を告げる幕を用意する人もあって、会場は延々と止まらぬ拍手で最後は聴衆全員総立ちの拍手で別れを告げた。
先週のエリシュカの時と同じような感動的な音楽家との心の交流は記憶に残るだろう。グルベローヴァは旧チェコスロヴァキアのブラティスラバ生まれ、音楽を通してチェコ、スロヴァキア、ハンガリーと日本の繋がりを感じることが時折ある。
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fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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