田代慎之介ピアノリサイタル

田代慎之介という名のピアニストの名は20年くらい前からコンサート案内で知っていたが、今まで聴く機会が無かった。東京と札幌で定期的にリサイタルを開催し、加えて各地での演奏会、公開講座、録音などで活躍しているようである。

2017年8月29日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 バッハ=ブゾーニ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルテイータ第2番より
             「シャコンヌ」 ニ短調 BWV1004
 ブラームス:自作主題による変奏曲 ニ長調 op.21-1
        ハンガリーの歌による変奏曲 ニ長調 op.21-2
 バルトーク:子供のためにⅠーⅡ ハンガリー民謡編より
 リスト:死の舞踏(「怒りの日」」によるパラフレーズ)

「シャコンヌ」は数年前から原曲よりピアノ曲として毎年何度も耳にする曲。アルバムにしてリリースするピアニストも増えているほどの人気曲。変奏形式の曲が3部から成り、第1、3部はニ短調、第2部はニ長調と初めて知った。ピアノの豊かなハーモニーで崇高な音楽の響きが心を洗ってくれる感じがする。

ブラームスは変奏曲が得意だったようで、《ヘンデル、ハイドン、パガニーニの主題による変奏曲》をそれぞれ遺している。彼はピアノ曲で変奏の巧みさを示していると聞くので、有名な作曲家による変奏曲のほかに、彼のオリジナルの主題による変奏曲があるのは当然だと思った。今までに聴いたことが無かったので予めYouTubeで聴いておいた。
主題と11の変奏から成り、全体的にブラームスらしい穏やかな深みのある音の調べがしたが、第8~10変奏における激しいリズムで楽想が一変した。シューマンの死に動揺し、クララへとの関係にも苦悩した様子が表現されたのだろうか。最後の第11変奏は主題を大きく展開して印象的なフィナーレとなった。

ヴァイオリニストのレメーニを通して知ったと言われるハンガリーの歌を主題に奔放なジプシー音楽が表現された曲。テーマに関連した多彩な変奏で、ブラームスが後に書いた《ハンガリー舞曲集》に繋がったものと類推できた。

バルトークがハンガーリやルーマニアの民俗音楽を収集して、数多くの作品を遺しているが、「子供のために」はタイトルさえ知らなかった。予め、YouTubeで曲の一部を赤松林太郎のピアノ演奏で聴いておいたので曲のイメージは大体つかめた。
プログラム解説によると、「子供のために」は4巻(79曲)中、Ⅰ、Ⅱ巻に収められている全ての曲(40曲)はハンガリー民謡の編曲。
演奏曲は19曲で1曲1分程度で簡潔なピアニズムが美しいハーモニーで彩られている。
田代はリサイタルの全曲を暗譜で弾いたが、全曲40曲から抜粋した19曲を番号順に暗譜で弾くのはプロでも簡単にできることではないのでないかと思った。未だ還暦を迎える年齢ではないようだが、味わい深いピアニズムと合わせて、このピアニストの並々ならぬ研鑽が伝わってきた。

今回のプログラムで楽しみにしていた曲が「死の舞踏」。「死の舞踏」と言えばサン=サーンスの交響詩を連想していたが、実は〈ピアノと管弦楽のための作品〉としてリスト作曲の「死の舞踏」はベレゾフスキー演奏(*ヒュー・ウルフ指揮フィルハーモニア管)のCDを所有している。リストのピアノ協奏曲2曲と一緒に収録されていたので長い間気づいていなかった。昨年ハイメスオーケストラ演奏会で札幌フィルと共演した米国在住の日本人ピアニストがピアノ協奏曲ともいえるこの曲を演奏してとても面白かった。自分でも何処かで聞いたことのある曲の感じはしていたが、ライヴで聴いたのはその時が初めてであった。
また前置きが長くなったが、コンサート当日前にベレゾフスキー(*90年チャイコフスキー国際コンクール優勝者)のCDを聴いた。ピアノ独奏の曲を聴いてみたくなってYouTubeを開いた。偶々、観たのが菅原望(*2012年ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ)演奏の特級二次予選での「死の舞踏」。キーシンがデビューした当時を思わせる容姿のピアニストが繰り広げる魅力的な演奏に心を揺さぶられた。余りにも感動して繰り返して2度観たほどだった。
リストの曲は最高難度の技巧が次々と披露される。手の動きを観ていると興味深さが倍加する。とにかくライヴの前にワクワクが募っていた。

グレゴリオ聖歌「怒りの日(ディエス・イレ)」は死を意味するものとしてロマン派以降の作曲家に多く用いられ、ベルリオーズ、サン=サーンス、ラフマニノフの作品でも使われている。
曲は変奏曲の形はとっているが、テーマの提示や変奏などを含めて既成概念に囚われない自由な発想で展開される。第2変奏と思える箇所ではビックリするような技巧が何度も使われる。「メフィストワルツ第1番」、「ロ短調」など度肝を抜く演奏はリストならではとつくづく魅せられる。
数十年前はリストの超絶技巧曲の演奏は限られたピアニストによって可能であったようだが、現在では20歳前後の若いピアニストが次々と難曲を弾きこなしている。還暦前後のピアニストは演奏可能でも、実際の演奏会でプログラムに入れるのは大変なことだと思う。まずは挑戦したピアニストに敬意を表したい。経験豊富な重厚なピアニズムを味わった後で、迫力に満ち溢れた力強い演奏を聴かせてもらって満足した。

聴衆はピアノが専門の聴衆が多いような気がした。
アンコールに2曲。①リスト:コンソレーション第3番  ②リスト:ラ・カンパネラ
誰にも耳慣れたリストの名曲が会場を和やかにした。

※所有のCDの解説によると、リストが1849年に〈ピアノと管弦楽のための作品〉(死の舞踏「怒りの日」によるパラフレーズ)を作曲した。この曲はTotentanz(死の舞踏) 作品番号S126 R457となっている。その後53年と59年に改訂し、59年に2台ピアノのための曲に編曲。別の書物ではサン=サーンスが74年に作曲した「死の舞踏」をリストは76年にピアノ独奏版に編曲したことになっている。(*この最後の記述はチョット変だと思っている。よくわからないが、サン=サーンスの交響詩と無理やり繋げた印象が残っていた。
リスト音楽院で研鑽を積んだ田代慎之介によると初稿の最終的な完成年は62年となり、その折にピアノ独奏用と2台ピアノ用も作られ1865年に出版されている。リストはオーケストラ曲をピアノ版に数多く編曲しているが、彼の記述の方が信頼性があるように思う。リストの曲を演奏して東京藝術大学などで教鞭も執っている専門のピアニストの解説に納得した。
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ティ-レマンとポリーニがショパンのピアノ協奏曲第1番で共演

2016年1月16日にポリーニがティ-レマン指揮ベルリン・フィルと共演してピアノ協奏曲第1番を弾いた情報を得て早速デジタル・コンサート・ホールを視聴した。
この2人は12年12月のベルリン・フィル演奏会でもモーツァルト協奏曲第21番で共演したという。11年にもシュターツカペレ・ドレスデンとブラームス協奏曲第1番を共演してライヴ・レコーディングを行っている間柄で相性が良いのだろう。

Maurizio Polliniは弱冠18歳で1960年ショパン国際ピアノ・コンクールに優勝。当時の審査委員長を務めた大ピアニストのルービンシュタインから“技巧的には、審査委員の誰よりも上手い”と絶賛された話は語り草として伝わっている。

ショパンのピアノ協奏曲第1番は1968年版ビクターLPレコードで聴き親しんだ。約30年間、レコードが擦り切れるほどまで愛聴した。ピアノはゲーリー・グラフマン(Graffman)で当時アメリカの中堅ピアニストでミュンシュ指揮ボストン響の演奏。99年に購入した最初のショパンのCDが偶々ポリーニ演奏の協奏曲第1番(*パウル・クレツキ指揮フィルハーモニア管)で1960年4月の録音。コンクール直後のロンドンでのライヴ録音でデビュー盤と言える。
今では自宅でこの「第1番」を聴くことは殆どないのでポリーニのCDのことはすっかり忘れていた。「第1番」はルービンシュタイン、ピリス、ツィメルマン、中村紘子、アルゲリッチ、キーシン、ブーニン、ユンディ・リなど12枚もあって、それぞれ数回耳にした程度である。

札幌コンサートホールには世界的に偉大な指揮者、演奏家が相次いで登場しているが、残念ながらポリーニの演奏をライヴで聴いたことが無かったので2012年11月に東京サントリーホールの演奏会に出かけた。ベートーヴェンのピアをノ・ソナタ第28番&第29番を聴いた。演奏会はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番~第32番と現代作曲家の曲を組み合わせて4日間開催された。その頃はポリーニ・パースぺクティヴとして数年間に亘って開催され、2012年は10月23日から11月14日まで室内楽公演も含めて開催された。
私が聴いた日は5割ぐらいの客入りだったが、初めてポリーニの演奏を聴いて胸が高鳴ったのを覚えている。70歳になってステージへの出入りは年齢を感じさせたが、鍵盤に向かった姿はきりりとして彼の真摯な演奏に聴衆は魅了された。緊張感を味わいながらも彼の音楽に集中した瞬間は今でも忘れられない。

今回のデジタル・コンサートホールでの姿はその時以来である。若い時は別にして、近年はショパンとポリーニを繋げて考えることは殆どなかった。特に「ピアノ協奏曲第1番」をポリーニが演奏会で弾くことは無いと思い込んでいた。フィルハーモニーでの聴衆も彼の演奏を大いに楽しんだようだった。カメラも通常のコンチェルトの際のカメラワークと違って、指揮者よりポリーニに焦点を当てていろんな角度から映像に収めていた。その分、たっぷりピアニストの表情や手の動きが見れた。
演奏中にコンサートマスターの樫本大進とスタブラヴァの姿も見え、演奏終了後にポリーニが彼らと握手をする姿も目に出来て良かった。
若手の華やかな演奏とは違って落ち着いた味わいのある演奏を鑑賞できた。1990年から5年ごとにショパン国際ピアノコンクール入賞者のガラ・コンサートを札幌で聴いているので20歳代前後の若いピアニストの演奏は聴き慣れている。ヴィルトオーゾが定期演奏会などで演奏曲目には選曲しそうにもないと思っていたので今回はある意味でとても新鮮だった。

ブログを書く前にポリーニが18歳で演奏した当時のCDを聴いてみた。現在の高品質のヘッドフォンで聴く音質と演奏の様子が見て取れる映像入りの音楽では少々違うとはいえ15年ぶりぐらいとなるCDもなかなか良かった。やはり名盤となっているのだろう。

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札響第602回定期演奏会(スダーン指揮フランク交響曲&モーツァルト協奏交響曲)

ユベール・スダーン(Hubert Soudant)は1975年の札響定期に客演し前回の札響との共演は2015年1月定期で見事なフランス音楽を聴かせてくれた(フォーレ:組曲“ペレアスとメリザンド”、ラヴェル:“ダフニスとクロエ”第2組曲)。
スダーンは2006年にザルツブルク・モーツァルト管を率いてKitaraに登場してオール・モーツァルト・プログラムを披露してモーツァルト生誕250年を祝った。
今回は「フランク:交響曲」がメイン曲で、もうひとつの話題曲は【プリンシパルズの協奏】とタイトルを付けて札響管楽器首席奏者をソリストにしての「モーツァルト:協奏交響曲」が演奏された。

2017年8月26日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara 大ホール

指揮/ ユベール・スダーン
独奏/  関 美矢子(オーボエ)、三瓶 佳紀(クラリネット)
     坂口 聡(ファゴット)、 山田 圭祐(ホルン)
〈Program〉
 ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番 op.72b
 モーツァルト:協奏交響曲 変ホ長調 K.297b(Anh. C14.01)
 フランク:交響曲 ニ短調 

「レオノーレ」序曲は3曲の中で最も壮大で勇ましいが、歌劇「フィデリオ」の序曲としては長すぎることもあってオペラ上演では演奏機会は殆ど無いようである。ただし、オペラの幕間に入れられたりする場面も多いと聴く。この序曲は単独で演奏される機会が多いと思うが札響定期演奏会で聴くのは久しぶりである。この序曲にはフロレスタンの妻レオノーレが男装して名をフィデリオに変えて夫を救い出す歌劇の場面が暗示されるトランペットの響きをはじめ、歌劇から取られている材料が多いといわれる。「序曲」として長い方であるが、ドラマティックな展開で聴きごたえがある。舞台裏から演奏されるバンダトランペットが印象的であった。

協奏交響曲は複数の独奏楽器を持つ交響曲風の楽曲でソロの活躍が目立つ。モーツァルトのこの曲では「オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン」の4つの管楽器がソロとなる協奏交響曲である。協奏曲は通常、外部から独奏者を招くが、協奏交響曲ではソリストにオーケストラの首席奏者を起用する(*PMF2000の札響演奏会ではソリストは4人のウィ-ン・フィル奏者が務めた)。
今回は札響首席奏者がソリストを務めるほど札響の管楽器奏者のレヴェルが高くなっている証左といえよう。4つの管楽器が織りなす魅力的な音色は得も言われぬ美しい響きとなってホールを包んだ。
(*本来の独奏楽器はフルート、オーボエ、ファゴット、ホルンだったが、依頼人がモーツァルトの手稿を失くしたためにモーツァルトが記憶で書き直した。その際にフルートがクラリネットに変わっていたのだが、その理由は不明のままだというエピソードのある曲でもある。この曲の筆写譜は20世紀初頭に発見された。1964年以降の研究でも結論が出ずに「疑作・偽作」を示す番号が付けられて複雑のままである。)

スダーンはオランダ出身であるが、新フランス放送フィル音楽監督(1982-83)などを務め、94年ザルツブルク・モーツァルト管首席指揮者・首席客演指揮者を10年以上務める。彼は99年から東京交響楽団首席客演指揮者に就任し、04年から14年まで音楽監督。現在は東京響桂冠指揮者。90年代より在京オーケストラを一通り指揮して評価を高めて、日本各地のオーケストラの客演指揮も多い。東京響とは相性が良く、同響のレヴェルを一段と押し上げたのではないだろうか。彼はオペラの分野でも話題作を上演し続け、ヨーロッパの歌劇場やオーケストラへの客演も多い。東京では外国人がシェフを務めるオーケストラが多いが、日本のオーケストラの実力向上に果している役割は多大である。

ベーム指揮ベルリン・フィルのCDで何回か聴いたことがある曲だったが、モーツァルトの権威の指揮者が札響のソリストを中心にオーケストラから引き出す音楽に惹きつけられた。4人の顔なじみの奏者がステージの真ん前で演奏する姿も普段と違う雰囲気が出ていて新鮮であった。女性のオーボエ奏者がソリストを務める時の衣装も一段と華やかで彩を添えた。

フランクの「交響曲」は久しく耳にしていない。近年は「ヴァイオリン・ソナタ」は聴く機会が極めて多い。フランク唯一の交響曲は66歳の時に作曲された。亡くなる2年前であった。この交響曲ニ短調は珍しい3楽章構成。しかし、第2楽章の中間部にスケルツォが入っているので、実質的には4楽章の形式を持っているとも言える。

冒頭のヴィオラ、チェロ、コントラバスの低音楽器による序奏で始まるテーマが全曲の循環主題となる重々しい響き。続いて第1ヴァイオリンが奏でる清らかな“希望の動機”。第2主題は全管弦楽による“信仰の動機”で曲の高まりを見せる。第2楽章では
弦楽器のピツィカートとハープの序奏のあとイングリシュ・ホルンの悲しげな調べの第1主題。弦楽器が奏でる第2主題も合わさる。第3楽章は管楽器の総奏のあとファゴットとチェロによる明るい“歓喜の主題”。この第1主題が様々に繰り返されて発展し、第2主題はトランペットが奏でる。その後、第1楽章や第2楽章の主題が組み合わされ、最後は“歓喜の主題”によってフィナーレとなる。

ニ短調からニ長調へと変わる“暗”から“明”への流れが全曲を貫いている感じをスダーンの明解な指揮ぶりから充分に鑑賞できた。フランクの生い立ちも本を読んで知っていたこともあって、曲の中にオルガン奏者としての重厚な響きも感じた気がした。
管楽器首席奏者4人が抜けても、前首席奏者や客演奏者が補ってメイン曲を演奏できるくらいの実力を備えていることは喜ばしい。

演奏終了後に指揮者が楽団員を称える関係にもスダーンと日本人との相性の良さが見て取れた。本拠地を日本にも置いて活躍する姿を確認できて良かった。また、札響と客演する日を楽しみにしたい。
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エマーソン弦楽四重奏団の思い出

先日(8月20日)の「クラシック音楽館」で【究極の対話】《弦楽四重奏の世界》が放映された。「アルデッティ弦楽四重奏団」と「エマーソン弦楽四重奏団」のグループ名に惹かれて2時間番組を視聴した。
初めてエマーソン弦楽四重奏団の演奏会を札幌で聴いたのが25年前(92年)のことで「ベートーヴェンのラズモフスキー3曲」。メンバーの若々しい姿が好印象だった。99年にはKitaraにも登場してベートーヴェン、ショスタコーヴィチ、シューベルトを聴かせてくれた。同じメンバー構成で当時の演奏の様子も比較的に鮮明に記憶している。

クラシック音楽のジャンルではカルテットやクインテットは馴染んでいないほうだが、その後、Kitaraホール・カルテットも結成され聴く機会は増えてきた。ジュリアード弦楽四重奏団、スメタナ四重奏団、ハーゲン四重奏団、ボロディン四重奏団、アルバン・ベルク四重奏団、東京クヮルテットなどの演奏でCDは2・30枚ほどは持っている。

弦楽四重奏曲は未だ鑑賞のコツを理解していないこともあって、感動を味わう場面が少なくなっている。弦楽器奏者がそれぞれ主張しあって4人で音楽をまとめ上げる様子に演奏家としての醍醐味があるようである。

1974年結成のアルデッティ弦楽四重奏団は「バルトーク弦楽四重奏曲第3番」を弾いた。このカルテットは現代音楽に特化したグループで、作曲家との共同作業で演奏に臨むのが特徴とアルデッティは語った。日本の温泉を訪れて日本の独特な文化に接しながら、インタヴューにも応じて何曲か演奏を行った。メンバーは現代曲は演奏家にとって作曲家の意図を聞けるので楽な音楽つくりになると口々に述べていた。
他の演奏曲は「リゲティ:第2番」、「細川俊夫:沈黙の花」(*華道家の父から受継いだ伝統を表現した曲で98年世界初演)。

1973年結成のクロノス・クヮルテットの変幻自在な演奏、1992年結成の日本のモルゴーア・クヮルテットの演奏もあった。対話を重視しながら変貌を遂げる弦楽四重奏団を紹介した後は世界最高のクヮルテットとして歴史に名を刻んだALBAN BERG Quartett(2005年Kitara来演)による弦楽四重奏の王道となるハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの曲の一部の演奏。

番組の最後を飾ったのが1976年結成のEmerson String Quartet。アメリカの偉大な思想家の名前を付けた四重奏団もメンバーが変わって、ヴィオラ奏者だけが当時と同じようであった。20年も経つと眼鏡をかけて一見では分らなかった。演奏曲はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第11番「厳粛」。一瞬アレ?と思ったが「セリオーソ」と同じこと。当日、聴いていて最も馴染みのメロディが出てきてホッとした気持ちになった。
第1ヴァイオリン奏者は“最初はとぐろを巻いたネジのような印象で始まるが、厳粛な曲がスピードが上がって素早いフィナーレとなる。この曲はベートーヴェンの後期作品に向けての実験的な作品だった”と話したのが印象に残った。「玄人のための作品」と語るメンバーもいた。
とにかく、過去とつなげる良い思い出の番組となった。

以前、諏訪内晶子が現代曲の練習をしている際に壁にぶつかって、思い切って存命中の作曲家に相談したことがあると語っていた。パーヴォ・ヤルヴィも作曲家の意図を楽譜だけでなく本人の話で確認できるので、古典派やロマン派の過去の時代の作曲家よりも現代音楽のほうが解釈が遥かに楽であると語っていた。
ところが、私にとっては現代曲の良さはなかなか分らない。最低限の音楽の知識が無いと無理なのだろうか。どんな音楽でも聴く耳はあると思うが、楽しみには必ずしも繋がらない。





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木野雅之 ヴァイオリンの魅力 Vol.8

木野雅之は日本フィルのコンサートマスターを務めていた20年以上前から札幌には毎年来ていたのだろうが、彼の師イヴリー・ギトリスの2回目のKitaraでのヴァイオリン・リサイタル(2007年)の折に、ギトリスのサポートで共演していたのが切っ掛けで木野のコンサートに通うようになった。(*1922年イスラエル生まれの世界的なヴァイオリニストのギトリスは毎年のように東京公演を開催)。木野のリサイタルは09年から聴き始めて、14年から連続して聴きに来ている。「木野雅之を聴く会」の主催でKitara公演も8月恒例の演奏会になっている。彼のプログラムは定番の曲が少なくて未知の曲が多いのが魅力である。

2017年8月16日(水) 7:00PM 開演 札幌コンサートホールKitara小ホール
〈Program〉
 ストラヴィンスキー(ドゥシュキン編曲):田園
 グラナドス:ヴァイオリン・ソナタ
 チャイコフスキー:懐かしい土地の思い出 OP.42
 シマノフスキー:ロマンス ニ長調 OP.23
 シベリウス:6つの小品 Op.79
  ヴュータン:ファンタジア・アパッショナータ Op.35

今回のプログラムで知っているのはチャイコフスキーの曲だけで、珍しい曲が多いのに興味を抱いた。
ストラヴィンスキー(1882-1971)が25歳の若い時に書いた歌曲が、その後ヴァイオリン奏者ドゥシュキンの協力を得て「ヴァイオリンとピアノのための曲」に編曲された。時代を反映して現代的な音作りで、3分程度の独特な曲で面白かった。

グラナドス(1867-1916)はスペインを代表する作曲家。昨年が没後100年、今年は生誕150年で演奏会で取り上げられる機会が増えているように思う。スペイン舞曲集などのピアノ曲を多く耳にする。このヴァイオリン曲はフランスの名ヴァイオリニストであるジャック・ティボーに献呈されたと言われ、フランス風の雰囲気を漂わせる曲に仕上がっていた。単一楽章のソナタだが、ピアノ(藤本史子)もなかなかの好演だった。第2楽章以降は未完に終わったらしいが、ヴァイオリンとピアノの掛け合う曲想は聴きごたえがあった。

チャイコフスキー(1840-93)の《懐かしい土地の思い出》は彼の支援者メック夫人の所有するウクライナを指すらしい。曲は「瞑想曲」、「スケルツォ」、「メロディ」の3曲から成る。第3曲「メロディ」はレーピンとMidori のCDで何度かその旋律に親しんでいる。第1曲「瞑想曲」は昔のスラヴ音楽の特徴が入った旋律でロシアの色彩がどことなくある感じがした。グラナドスがオーケストラ用に編曲したほど魅力的な調べ。第2曲は軽快なテンポでピッツイカートも入ってスケルツォらしいムード。第3曲は単独で演奏されることもある親しまれた「メロディ」。優美なメロディに溢れた組曲は実にチャイコフスキーらしい作品で心地よい気分に浸った。

シマノフスキー(1882-1937)はポーランド出身の作曲家として名前は知っていたが、作品は殆ど知らない。プログラムの解説によると、現ウクライナに領地を持つポーランド貴族の家庭で育った環境で、彼の作風は後期ドイツロマン派、印象主義の影響を受けたようである。「ロマンス」は流麗でロマンの香り漂う小品だった。

シべリウス(1865-1957) の管弦楽曲は親しんでいるが、ヴァイオリン曲は協奏曲しか聴いたことがない。シベリウスはベルリン・フィルのヴァイオリン奏者を目指して努力を積み重ねたが、試験の場では緊張して実力を発揮できずに作曲家になったという話はよく知られている。ヴァイオリン曲は協奏曲以外にはCDも持っていなくて小品を今までコンサートで聴く機会も全然なかったように思う。木野の話によると、シベリウスが作曲家の道を選んでくれたお陰で、彼は数多くのヴァイオリン曲を書き残してくれた。
「6つの小品」は50歳ころに書かれた作品。①思い出 ②メヌエットのテンポで ③特徴的なダンス ④セレナード ⑤田園風舞曲 ⑥子守唄。フィンランドの自然や情景に寄せるシベリウスの想いが美しく表現された小品集。
ヴァイオリンのヴィルトオーゾへの憧れもあってか技巧的にも工夫が凝らされヴァイオリンが活躍する場面が目立った曲作り。シベリウスの交響曲や管弦楽曲などにも共通する美しい調べが豊かで、それぞれのタイトルから連想できる雰囲気を感じ取りながら演奏を聴いた。

ヴュータン(1820-81)はベルギー生まれで幼くして演奏会デビューを果し、ヴィルトオーゾ・ヴァイオリニストとしてヨーロッパ各地で華々しく活躍。作曲家として彼の名を知ったのは15年ほど前のことで、韓国の世界的ヴァイオリニストのチョン・キョンファのCDを通してだった。ローレンス・フォスター(*97年N響札幌公演でKitara登場)指揮ロンドン響&Kyung・Whaの「ヴァイオリン協奏曲第5番」。昨日のコンサートに先立って単一楽章のこの曲を何年振りかで聴いてみた。
ヴュータンの作品はパリ音楽界だけでなく、ロシアやアメリカでも評価されたらしい。
「ファンタジア・アパッショナータ」(熱情的幻想曲)は1860年ころのロシア滞在中に書かれ、元は管弦楽とヴァイオリンのための作品。この解説を読んでヴァイオリン協奏曲第5番との繋がりも感じれた。3部から成る曲で“情熱的で華麗な”ヴァイオリン・ソナタ風の曲だった。躍動感に溢れ、ヴァイオリンのヴィルトオーゾらしい高度な技巧も散りばめられて、フィナーレがタランテラで魅力的な終曲となった。

小ホールの1階だけが使われ、客は200名強だった。小学生低学年の子どもとその母親たちの姿が目立った。元気な男の子は演奏前や休憩時間中にあちこち動き回っていたが、演奏中は静かにして集中力を高めて音楽を聴いていた。音楽教室に通ってヴァイオリンを習っている子供たちのようだった。コンサートだけでなく、支援者との交流の機会も設けている様子がうかがえた。
毎年一度の演奏会は真夏の大阪や熊本と比べて北海道の涼しさは一服の清涼剤になっている様子。演奏会のチラシで曲目解説が載っているので、最低限必要なトークを交えてのコンサートは個人的には聴きに来やすい。
耳にする機会の少ない珍しい曲ばかりだったこともあって、アンコール曲は「サラサーテ:チゴイネルワイゼン」。盛大な拍手に応えて、アンコールにもう1曲「パガニーニ:カンタービレ」。
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札幌西高等学校管弦楽団第48回定期演奏会

日本の学校教育で合唱や吹奏楽が課外活動で盛んに行われているがオーケストラが高校レヴェルで設立されている学校は稀である。北海道内では札幌西高校だけである。四半世紀前に息子の入学式で札幌西高校のオーケストラの演奏を聴いた。同校の定期演奏会に足を運んだのは今回が初めてである。

札幌西高校オーケストラ部は60年を越える歴史と伝統を誇り、1970年(昭和45年)の第1回定期演奏会以降は毎年1回定期演奏会が開催されてきている。道内の有数の進学校で伝統を守り続ける姿は誠に頼もしい。

2017年8月12日(土) 18:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈PROGRAM〉
 ドヴォルザーク:「スラヴ舞曲第1集」より 第8番
 ハチャトゥリアン:組曲{仮面舞踏会」しt
 ドヴォルジャーク:交響曲 第8番 ト長調 作品88

演奏会の初めに「札幌西高等学校校歌」と「札幌第二中学校校歌」が部長の指揮のもとで演奏された。校歌は本来、オーケストラ用ではないので、盛り上がりに欠ける演奏だったのは止むを得ない。

正式なプログラムが顧問の高橋利夫先生のタクトで始まるとオーケストラは見違えるような音を発した。
スラヴ舞曲は第1集は8曲から成るが、「第8番」はコンサートのアンコール曲としても演奏機会が多く親しまれている。スラヴ舞曲ならではの音楽で色彩感も豊かで活気あるリズムは高揚感を搔き立てた。最初のプログラムに相応しい選曲と思った。

ハチャトゥリアンは当時のグルジア生まれのソ連の作曲家。ロシアの作家レールモントフが書いた戯曲「仮面舞踏会」にハチャトゥリアンが音楽を付けた。帝政ロシアの貴族社会を舞台に嫉妬にかられた夫が妻を殺してしまう悲劇の物語。この劇音楽の中から5曲が組曲として編まれた。
第1曲の「ワルツ」が浅田真央がフィギュア・スケートで使用した曲で一気に有名になり日本だけでなく世界で親しまれるようになった。第2曲ノクターン、第3曲マズルカ、第4曲ロマンス、第5曲ギャロップ。タイトルで曲の展開がある程度判断できる。抒情的で美しいメロディ、ポーランド風の舞曲、悲しいドラマの後で様々な人間模様が時には静かに、時には賑やかにと描かれて華やかなフィナーレとなる。
曲に変化があり、弦楽器、管楽器、打楽器の活躍がそれぞれあって勢いのあるドラマテイックな音楽が繰り広げられた

前半は85名の部員がほぼ全員が参加しての演奏。26名の新入部員を加えてのまとまりのある演奏に顧問の先生の苦労は並大抵でなかった様子がプログラムの中の言葉からも窺がえた。短期間でこれだけの成果を上げるのは大したものである。

後半は馴染みのドヴォルザークの「第8番」。この曲の演奏ではOB・OG5名の協力を得て総勢65名の出演者。在学中の短期間でまとまった演奏に仕上げるのは簡単ではない。顧問の叱咤激励を得ながら苦しい練習を積み重ねてきたことは容易に想像できる。とにかく違和感なく演奏を最初から最後まできちんと聴けた。勉強と両立しながら部活動を行い、この夏休みは最後の仕上げで猛練習したことだろう。
この大曲を届けてくれた高校生を称えたい。プロの道に進む人も中にはいると想像されるが、高校で活動に終止符を打つ者もいるだろう。でも、音楽は何らかの形で彼らと繋がっていくことを確信している。

演奏終了後に会場に集まった1200名以上の聴衆から盛大な拍手が沸き起こった。今年で現役を退く顧問と部長の挨拶に際してはプロや他のアマチュア・オーケストラのコンサートとは少々違った聴衆の応援と感謝の気持ちが広がって感動的であった。
アンコール曲は85名の部員全員で「エルガー:ニム・ロッド」と「ヨーゼフ・シュトラウス:鍛冶屋のポルカ」。

※今回の定期演奏会に際して札幌西高でコントラバス奏者を務めた卒業生が寄稿文を載せていた。彼は高校卒業後イタリアの弦楽器製作所に入学して、卒業後も工房に通って約8年間修業。2012年に帰国して、現在は名古屋で弦楽器の修理工をしているという。彼は今年の初めに西高を訪れて当時の楽器に触れる機会を得た時の感慨も綴っていた。西高オケに出会って現在の自分があると記している。いろんな道で引き続き音楽と関わって人生を歩んでいる人の姿は美しいと思った。

※帰路、Kitaraを出ると通路を戻ってくるレセプショニストと出会った。間もなく友人の姿が目に入ると、ステッキをついていたがコンクリートに躓く瞬間を見て慌てて彼の名を呼んで声を掛けた。彼もすぐ気づいてくれた。伝えてあげたコンサートの情報で、まさかと思っていたら、連日のKitara通い。翌日の西高OBオーケストラの時間も訊かれた。日曜日の教会の話が早く終わったら、また鑑賞に来るとのことだった。オルガニストのフェアウエル・コンサートのチケットは先日買い求めたと言っていた。今月末のソプラノ・リサイタルの招待状の申し出を受けたが東京からの帰りの飛行機の中の時間になるということでお断りした話など、いろいろ話をしてくれた。全盲など感じさせない力強い生き方に刺激を受けつつ、相手の立場で考えることも学んでいる。
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HBCジュニアオーケストラ2017サマーコンサート

コンサートのチケットは通常3ヶ月~6ヶ月前から購入している。鑑賞予定でも、全席自由席の大ホールのコンサートは早くても1ヶ月前くらいに手にする。8月のチケットは3回分だけで、今月はスケジュールに余裕があった。例年なら行かないような演奏会を3つ追加した。中高生が中心のアマチュアオーケストラを今日、明日と続けて鑑賞することになった。

2017年8月11日(金・祝) 開演15:00  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/阿部 博光  ヴァイオリン/森田 昌弘

HBCジュニアオーケストラは1964年創立で、小学4年生から高校3年生までが入団対象。今回の出演者113名中、小学生1割、中学生3割、高校生5割、OB・OG1割。
北海道放送(HBC)が創設して、札幌市内だけでなく道内各地で演奏。札幌の姉妹都市の米国ポートランドやロシア・ノボシビルスクに親善公演旅行を実施している。近年では07年にウィ-ン楽友協会、チェコ海外演奏旅行、12年に再びウィ-ン楽友協会を含む海外演奏旅行を行った。15年の「北海道文化賞」に続いて16年には文化庁から「地域文化功労者表彰」を受賞。

このオーケストラのことは知っていたがコンサートに来たのは今回が初めてである。5年前のジルベスター・コンサートで札幌出身のヴァイオリニスト成田達輝がHBCジュニアオーケストラに入っていてKitaraのステージに上がっていたがそれ以来初めての大ホールのステージと語っていたのを懐かしく思い出した。

〈Program〉
 ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集 作品46から第1番
 ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26
 ワーグナー:楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー』から第1幕への前奏曲
 チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64

指揮の阿部博光は東京藝術大学在学中より日本フィル首席フルート奏者を務め、1995年北海道教育大学岩見沢校助教授に就任。札幌でリサイタルや室内楽コンサートを開催。97年HBCジュニアオーケストラ常任指揮者に就任。札幌音楽家協議会オーケストラの指揮者を務めていて、度々彼の指揮は観たことがある。彼は札幌音楽界の重鎮として活躍中だが、ジュニアオーケストラに20年も関わっていたことは知らなかった。
小ホールで30名程度の室内オーケストラを指揮している時と違って100名程度のオーケストラを指揮している様子は段違いである。オーケストラ全体を掌握して体全体を大きく使っての小気味の良い指揮ぶりは力強い印象を残した。

ヴァイオリンの森田昌弘は現在、NHK響次席奏者。大ホールに来てプログラムを読んで初めて知った。HBCジュニアオーケストラには小学3年時より入団し、卒団まで10年間在籍。桐朋学園大学在学中に在京オーケストラのゲスト・アシスタント・コンサートマスターなどを務め、室内楽メンバーとしても活動し、卒業後の1995年にN響入団。
04年のHBCジュニアオーケストラ創立40周年サマーコンサートではチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏。

ブルッフのヴァイオリン協奏曲はPMFで素晴らしい演奏を聴いたばかりの曲。ジュニアオーケストラをバックにしての演奏と比べる方が無理と言えよう。森田は勿論オーケストラの健闘を称えていた。

前半3曲に比して、後半のチャイコフスキーはメンバーの練習量の多さと曲の持つ壮大さのためかも知れないが、その響きは十分に聴きごたえがあった。特に管楽器の響きが優れていた印象を受けた。オーケストラの練習日は普段は日曜日だけということだが吹奏楽部に所属するとか個人での練習で経験豊富な高校生が多くいるように見えた。
聴き慣れたメロディが多くて人気のオーケストラ曲の演奏終了後には盛大な拍手大喝采が沸き起こった。中高校生や出演者の家族と思われる人々の姿も目立って、P席を除く客席は8割ほどの客の入り。1400名ぐらいは入っていたのではないか。

アンコールに「エルガー:威風堂々第1番」。鳴りやまぬ拍手喝采に応えて、アンコール曲の最後のパートを再演奏。演奏機会が多くて得意な演目と思えた。管楽器が40本もあると迫力が違う感を強くした。

Kitaraの外に出ると、レセプショニストに手を引かれた目の不自由な友人と出会った。彼女のサポートを引き継いで彼に話しかけ、地下鉄大通り駅まで同行した。彼はアマチュアの演奏会にも結構、来ている様子で今日のアンコール曲は毎回恒例の演奏曲だと言った。ヴァイオリニストの名を口にしたら、N響のヴァイオリニストと知って驚いていた。
明日の札幌西高オーケストラの演奏会を話題にしたら、“いい話を聞いた”と言った。演奏会情報を100%得ているわけでは無いらしい。この面でも援助できることがあれば良いかもしれないと思った。
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パールマン&バレンボイムの《ベートヴェン:ヴァイオリン協奏曲》

先月末にベルリン・フィルハーモニーからemailでnewsletterが届いた。1992年2月に本拠地のホールではなく、ジェンダルメンマルクトのシャウスピールハウスで行われた《パールマンとバレンボイム指揮ベルリン・フィルの「ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲」であった。PMFで忙しい最中であったが、映像で観るパールマンとバレンボイムの演奏をワクワクしながら聴いた。

イツァーク・パールマンは1991年9月に元北海道厚生年金開館でリサイタルを聴いた。ドビュッシーやフォーレのヴァイオリン・ソナタを弾いたが、この頃の思い出は余り記憶に残っていない。当時、演奏曲目の知識は全く持ち合わせていなかった。世界的なヴァイオリニストに憧れて聴きに出かけたようである。
Perlmanが98年3月のKitaraでリサイタルを開いた時の様子はかなり鮮明に記憶している。彼は幼少時に小児麻痺になり、下半身不随となるが、障害を克服して演奏家として世界の頂点を極めた。Kitaraでのプログラムはモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスのソナタ。完璧な技巧と艶やかで透き通った音質は表面的にしか音楽が分らない自分でも素晴らしいと感動したものである。
その後、来札の機会が無くて残念に思っていた。

ダニエル・バレンボイムは彼のCDをかなり所有していることもあって、早くからピアニストとしてファンになっていた。彼は今や世界の指揮界のトップに君陣して来日公演も多い。Kitara にはベルリン・シュターツカペレを率いて2005年2月に一度来演しただけである。彼の自信に溢れた堂々たる姿を見たのはその時の1回だけである。当時は「ベート―ヴェン:ピアノ協奏曲第2番」を弾き振りした。彼のピアノ演奏を聴けたのには満足した。交響曲は「マーラー:第5番」だった。今ではマーラーの曲の中で親しんでいる方だが、当時は鑑賞が難しかった。2曲共に余りポピュラーな曲でないこともあって、客の入りが少なかった。世界一流のオーケストラと指揮者を迎えて“もったいない”と思った印象が残っている。

この二人の指揮ぶりと演奏の様子をそれぞれ、20年、12年ぶりに観れて心も躍った。二人ともに現在は70代であるが、この映像では40代で当然ながら若々しく見えた。特にバレンボイムの姿が若々しくて生き生きとした指揮ぶりであった。パールマンの車椅子でのステージの出入りはKitaraでのコンサートの様子が眼前に浮かんだ。
ヴァイオリン協奏曲の中で最も親しまれたメロディを持つ偉大な曲の演奏はアッという間に終わってしまったが、素晴らしい演奏に引き込まれて生演奏を聴いているような感じさえした。

演奏中にはオーボエ奏者アルブレヒト・マイヤー(*試用期間中の来日公演の際に彼の様子を追っていたテレビ番組で彼の名をずっと記憶していて今では首席奏者)の初々しい入団早々の姿、当時の第一コンサートマスター安永徹も目に入って懐かしく思った。
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反田恭平ピアノ・リサイタル 2017 全国縦断ツアー(札幌公演)

待望のSorita Kyoheiのリサイタル。Soritaが高校在学中の2012年に日本音楽コンクールで優勝した様子を偶々テレビで観ていた。その後、モスクワ音楽院に在学中にホロヴィッツ愛用のピアノを使ってのCD「リスト」が発売され、2年前には購入していた。透明感のある音色で他のCDとは違って生き生きとした響きに気分が高揚した。CDを聴いて興奮するのは珍しいことであった。その頃、Twitterをしていたので彼がロシアと日本を忙しく行き来する様子も分かっていた。
昨年11月Kitara 主催公演でサクソフォン奏者上野耕平とのデュオ・リサイタルがあって、反田恭平もリストの「愛の夢」や「タランテラ」を弾いたが彼のピアノを存分に楽しむまでには至らなかった。 
今回のリサイタルは札幌生まれの彼にとっても家族にとっても念願のリサイタルとなった。チケットは2月中旬から早々に売り出されていて完売となっていた。昨日はコンサートの前に彼のCDを聴いて出かけた。地下鉄を降りた時間帯にはKitaraに向かう人の群れで活気があった。エントランスホールも入場中で人々の期待度も高まっていた。札幌市民にとっても待ち望んでいたリサイタルであったことが演奏中の聴衆の鑑賞態度や帰りのサイン会に並ぶ長蛇の列にも表れていた。

2017年8月3日(木) 7:00PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 武満 徹:遮られない休息
 シューベルト:4つの即興曲 D899/op.90
 ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
 リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178

武満のこのピアノ作品は初めて聴く。悲しい調べが静かに響き渡る。抽象的な現代音楽で、3分ほどの2曲の後に“愛の歌”が奏でられた。不規則な音の展開にいろんな心模様を想像して耳を傾けた。

シューベルトは亡くなる前年に「4つの即興曲」 op.90 とop.142の作品を計8曲書いた。シューベルトが気のおもむくままに書いたような曲は「即興曲」として親しまれている。心地よい響きで「楽興の時」と同じように人気の調べに包まれたピアノ曲。
2000人の客が入ると曲の切れ目にパラパラと拍手が起こりがちだが、昨日の公演では一切、それが無かった。聴きなれていない人もいただろうが、聴衆の鑑賞の仕方に感心した。

久しぶりにワインを飲んでホワイエでひと時を過ごした休憩後のフランス音楽は美しいラヴェルのピアノ曲。個性的なリストの大曲を前に色合いの違う作品を演奏して対照性を浮き彫りにした。ここまでの曲は楽譜を見て、自ら譜めくりをしながらの演奏で少々意外であった。何らかの思いがあったと思われる。楽譜に忠実に丁寧に弾いたのであろう。

リストの「ロ短調」をライヴで初めて聴いたと思うコンサートが2006年小山実稚恵の演奏だったが、強烈な印象を与えられた演奏は09年ケマル・ゲキチ。それ以後、それまで聴き慣れていなかった曲をアルゲリッチやリヒテルのCDで親しむようにして何度か聴いた。ライヴの前には必ず数回は耳にしているが、最近では昨年はガジェヴ、紗良・オット、今年5月は牛田と続けてライヴで聴く機会があってそれぞれ素晴らしい演奏だった。
今回は予めオグドン(*イギリスのピアニストで1960年ブゾーニ・コンクール、61年リスト・コンクールに優勝。62年チャイコフスキー・コンクールでアシュケナージと共に優勝。89年に急逝)の演奏(*64年)を予め聴いておいたがCDでも曲の凄さが伝わってきた。

,ヴィルトオーゾ的な華やかさと溢れるファンタジーを盛り込んで、リストが試みた大胆で革新的なソナタの傑作。緩徐楽章的要素も取り入れた構成の変則的なソナタ形式で3部から成る長大な単一楽章。
第1部に「ファウスト風の主題」、「メフィスト風の主題」が出てくるが、人間の二面性の葛藤を描いた表現だろうか。第2部のアンダンテでは美しいメロディ(ファウストの恋の主題か?)とメフィストの音型。第3部の再現部に入って、メフィストの音型が再現され、最後には様々な主題が組み合わさって壮大なコーダで結末を迎える。

今では鑑賞力も高まって曲の理解がかなり深まった。以前はただ漠然と聴いていてピアニストの魔術に魅せられていた感があった。反田は「ロ短調」を楽譜なしで、リストの演奏に没入していた。2月中旬にはチケットを購入していたが、その時点で演奏者の運指が見える1階席が取れずに、1階席最後部の中央ではあるが、指の動きが見えない席だったのが残念であった。リストの集大成ともいえる作品を若くして堂々と弾きこなすピアニストが増えているが、それぞれのピアニズムを発揮しているように思った。
鑑賞が難しい作品だと思うが、聴衆は演奏技術に魅せられるので興味を持続できたようであった。聴衆の集中度は高くて演奏終了後の拍手は一段と大きくなっていた。会場は札幌出身のピアニストへの歓迎と称賛が入り混じった大声援に包まれた。

赤ん坊の頃に札幌を離れたとはいえ祖父母の家に来てKitaraに通い、いつかKitaraのステージにという想いが巡って迎えたソロ・リサイタル(*昨年のデュオ・コンサートの折に本人が話していた)。感慨も一入であったと思う。アンコール曲は2曲で終わりかと思ったら3曲も弾いてくれた。第2曲の「月の光」が余りにも美しくて、今まで何十回も聴いたであろうメロディが一段と美しく心に響いた。
アンコール曲は①ショパン:12の練習曲より「第1番」 ②ドビュッシー:月の光  ③シューマン=リスト:献呈

※反田恭平はロシアに在住して一時ロシアと日本を行き来して音楽活動を行っていた。ロシア音楽を得意としているが、現在は多分パリに移っているとTwitterに書いていたのを記憶している。今回のプログラムにフランス音楽が入っていて、ロシア音楽とは趣の違った曲に集中しているのかなと勝手 に想像した。
弱冠22歳で輝きながら、個性的な活動を続けるピアニストの今後がますます楽しみである。
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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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