PMF GALAコンサート2017(ゲルギエフ指揮「ザ・グレイト」他)

PMF GALA コンサートが2012年にスタートしてから6年目に入った。ガラ・コンサートにはPMFオーケストラ・Cプログラムが含まれるが、以前は独立していた。Cプログラムも2公演で会場はKitaraと芸術の森。必ず、どちらかには参加していた。14年と15年は両方に出かけていた。昨年は事情があって両方のコンサートに行かなかった。その後、PMFオン・デマンドでプログラムCがハイビジョン映像でストリーミング配信されて幸い楽しむことができた。何よりもカヴァコスの演奏を聴き逃したのが残念に思っていたので、何とか気持ちが晴れた。

2017年7月29日(土) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
【第1部】
①モーツァルト:エクスルターテ・ユピラーテK.165から“アレグロ”、“アレルヤ”
 〈出演〉天羽明恵(ソプラノ)、ダニエル・マツカワ(指揮)、PMFオーケストラ

ガラ・コンサートが始まった当初から司会(MC)はソプラノ歌手の天羽(Amou)が務めている。歌のタイトルには「踊れ、歌え」のような意味があるらしい。“アレルヤ”は1937年のアメリカ映画「オーケストラの少女」で歌われたらしい。天羽自身は詳しく知らないと話したが、映画のタイトルから当時のフィラデルフィア管弦楽団指揮者レオポルド・ストコフスキー(1882-1977)のことを思い出した。彼は映画に出演していたが、指揮棒を使わないで両手の指を使って指揮する指揮者として有名であった。学生時代(たぶん1960年)に札幌狸小路の名画座で鑑賞した記憶がある。曲が馴染みだったわけではないが、何となく親しみを感じる音楽だった。天羽の歌の上手さは言うまでもない。

日系アメリカ人のMatsukawaはフィラデルフィア管の首席ファゴット奏者でPMFには2001年以降17回目の参加。09年から指揮活動も活発に展開している。司会の天羽がマツカワに日本語でインタヴュー。マツカワは“モーツァルトを聴くとIQが高くなる”と真面目に持論を語った。

②モーツァルト:弦楽五重奏曲第5番 ニ長調 K.593 から第1・4楽章
 〈出演〉ライナー・キュッヒル(ヴァイオリンⅠ)、伊藤瑳紀(ヴァイオリンⅡ)、
       Nayoung Kim (violaⅠ)、 Zhongkun Lu(violaⅡ)、Ryan Donohue(cello)

2年前にもアカデミー生と室内楽を演奏したキュッヒルは今年も楽しそうに一緒に演奏していた。共演のアカデミー・メンバーにとっては一生の財産になることであろうことは疑いない。天羽もそんな印象を話していた。
キュッヒルは前半のファカルテイの活動を終えた後も、PMFに関わって帯広や苫小牧での演奏活動を行い、司会者のインタビューに日本語で答えて来年のバーンスタイン生誕100年にもPMFに参加すると力強く話した。多分、PMF30周年の再来年も来札が続きそうである。

③ヴォーカル・アカデミーによるオペラ・アリア
 〈出演〉黒田詩織(ソプラノ)、アンナ・ミガロス(ソプラノ)、サミュエル・ヒンクル(バリトン)、チョンファ・キム(バリトン)、PMFピアニスト岩淵慶子
今年のヴォーカル・アカデミー生は4名。 担当教授はイタリア出身で世界の一流歌劇場で活躍したガブリエラ・トッチで2015年以降3回目の参加。日本公演でのマリオ・デル・モナコとの共演に触れて天羽が興奮した様子でTucciを紹介していた。彼女ははイタリア語の通訳を介して札幌の素晴らしさを語った。
 〈曲目〉ベッリーニ:歌劇『清教徒』から「ああ、永遠にお前を失ってしまった」(Samuel Hinkle)
      プッチーニ:歌劇『ボエーム』から「あなたの愛の呼ぶ声に」(Anna Migallos)
プッチーニ:歌劇『トゥ-ランドット』から「お聞きください、王子様」(Shiori Kuroda)
ヴェルデイ:歌劇『マクベス』から「あわれみも、誉れも、愛も」(Chonghwa Kim)

4人ともに歌の持ち味を生かして、それぞれ素晴らしい歌声を披露した。フィリピンとアメリカの国籍を持つマガロスは体躯を生かした堂々たる歌声が印象に残った。韓国のバリトンも恵まれた体躯で難曲と思われる変化のあるアリアを圧倒的な熱唱で聴衆を魅了して一段と大きな喝采を浴びた。

④PMF賛歌~ジュピター~(ホルスト/田中・カレン編、井上項一作詞)
 〈出演〉ワレリー・ゲルギエフ(指揮)、PMFオーケストラ、札幌大谷大学合唱団

恒例の聴衆を巻き込んでのPMF賛歌の斉唱は6回目ともなると慣れてきている人が多くなった。このプログラムはそれなりに充実感が湧くが、第1部が時間厳守で余計なトークが減ってスムーズに流れたとはいえ、GALA・CONCERTの内容は少しマンネリ化した感は否めない。

【第2部】
 〈演奏曲目〉
  ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲(ドレスデン版)
  ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26
          (ヴァイオリン独奏:ダニエル・ロザコヴィッチ)
  シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調 D.944 「ザ・グレイト」

歌劇『タンホイザー』は13世紀の初頭ワルトブルクの城を背景に騎士タンホイザーと城主の娘エリザベートの悲恋物語。愛の女神ヴェーヌスと清純な女性の間で揺れるタンホイザーの精神的葛藤とお互いの激しい愛の闘争。「序曲」ではこの物語の内容が描かれる。
「巡礼の合唱」として名高い聖歌で始まるが耳にする機会が多く親しまれているメロディが次々と出てくる。夜の世界の狂乱と朝の巡礼の聖歌の響きが対照的である。この序曲のメロディは有名でもコンサートで近年耳にしたのは第12代Kitara専属オルガニストのオルガン演奏を通してであった。トロンボーン3本の勇壮な音を含めて久しぶりに壮大なオーケストラ曲を楽しめた。

ブルッフ(1838-1920)は19世紀後半を代表するドイツの作曲家のひとりであるが、現在では演奏機会の多い曲として「ヴァイオリン協奏曲第1番」と「スコットランド幻想曲」が有名である。「ヴァイオリン協奏曲第1番」はPMF2013でレーピンが同曲を演奏した。今回の演奏で日本デビューを飾った弱冠16歳のロザコヴィッチは聴衆全員の耳を虜にした。曲全体のメロディが生き生きとして美しい。カデンツァにも若いエネルギーがほとばしる。彼の奏でる音がまるで歌のような優しさでホールに広がった。
Daniel Rozakovichは2001年ストックホルム生まれ。10年にスピヴァコフ指揮モスクワ・ヴィルトオージ室内管と共演というから天才児。以降、王立ストックホルム管、モスクワ・フィルなどヨーロッパ全域のオーケストラと共演を重ね、ヴェンゲーロフやギトリスと室内楽でも共演している様子は驚くばかりである。
演奏終了後の割れんばかりの聴衆の拍手に応えてアンコール曲に「バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より“アルマンド”を弾いた。ゲルギエフが2年前と同じようにステージ下手で彼の演奏を聴いていたのが印象的でもあった。

※今回初めてロザコヴィッチの名を耳にしたが、ゲルギエフの様子を見ていて思い出した。ゲルギエフはソ連時代の1987年にレ-ピンとキーシンを西側諸国に先駆けて日本に彼らをデビューさせた。彼らは共に1971年生まれで当時15歳であった。Kitaraにもロシアの若手をどんどん連れてきていたことを思い出した。ロザコヴィッチはスウェーデン生まれであるがロシアとのつながりが深いのは彼のプロフィールから判る。優れた音楽家を日本に次々と紹介してくれることは嬉しい。

昨日のメイン・プログラムはシューベルトの第8番。「ザ・グレイト」をPMFで聴くのは10のきょうそう年ぶりのことで、前回はムーティがKitaraに初登場した2007年だった。ゲルギエフはロンドン響、マリインスキー劇場管を率いて何度もKitaraに登場してロシアものを演奏し続けていたが、近年は必ずしも拘っていない。現在はミュンヘン・フィルの首席指揮者も兼任していて、あらゆる曲を指揮しているのは当然であろう。彼はマリインスキー劇場でコンサート、オペラ、バレエに全て対応している。トランス・シベリア芸術祭にも関わっていて、来年オープンする札幌文化芸術劇場にも将来出演することも期待できる指揮者である。彼は世界を股にかけて八面六臂の活躍をしていた時期もあったが、指揮界ではカリスマ性を持つ偉大なマエストロとの評価が高い。

シューベルトの集大成となった「The Great」は文字通り偉大な交響曲と実感して、最近は聴いていて惚れ惚れする気分になるお気に入りの曲になっている。
第1楽章アンダンテはホルン2本で始まるノーブルな感じのイントロが気分を高揚させる。クロアチア民謡に由来するらしい調べも印象的。第2楽章アンダンテ・コン・モートはオーボエが奏でるメロディが歌謡的で実に美しい。第3楽章スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェはオーボエ、フルートなど管楽器の美しい響きが心を踊らす。長大なスケルツォとなっているが、シューベルトが亡くなる直前に完成された曲として4楽章がほぼ同じ長さで各楽章が念入りに描かれた巧みな構成力がうかがえる。第4楽章は壮麗で華やかな終楽章。オーボエ(*サンフランシスコ響首席イゾドフ演奏)の美しさがここでも際立ったが、トロンボーンが全曲で使われているのも目立って印象に残った。リズム感のある歌謡性に富んだ曲作りは歌曲に優れた作品を数多く書いたシューベルトならではの歌心に満ちたオーケストラ曲になっていた。曲が終わって“GREAT”と心で叫んだ。満足のいく席から、演奏者の姿も視線に入れながら曲を堪能した。

ゲルギエフのタクトは第1部最後の「PMF賛歌」からオーラを放っていたが、第2部の全3曲で期待通りの指揮ぶりだった。身体全体を使ってのダイナミックなタクトもエネルギッシュで疲れを知らない超人的な指揮者ぶりを遺憾なく発揮していたのは良かった。

昨日の座席は2階CB3列15番。ステージ全体が見渡せ各奏者の動きが判って曲の醍醐味を味わえた。友人は予め隣り合わせのチケットを購入していたが、当日は偶然にKitaraボランティアが隣り合う席になり休憩時間中に話ができて良い交流となった。彼とはホワイエで今までに何十回も会っているが大ホールで座席が隣り合う確率は極めて低く珍しいことだと思って一層楽しくて思い出に残るコンサートになった。

今年は7回PMFのコンサートに通って楽しんだ。天候に恵まれれば本日のピクニックコンサートに出かけるつもりはしていたが、無理はしないことにした。会場で録画中継をしていたが、たぶん昨年と同様にPMFオン・デマンドで10月初旬にはパソコンで観れるのではと予想している。今頃、ピクニックコンサートで演奏中だろう。今日はアカデミー・メンバーだけで演奏しているはずだが、続く川崎・東京公演で有終の美を飾ってほしい。
関連記事
スポンサーサイト

PMFオーケストラ演奏会・プログラムB(メルクル&PMFコンダクティング・アカデミー)

PMF前半のウィ-ン・フィル、ベルリンフィル教授陣のアカデミー・メンバー指導が終わって、後半の指導はアメリカの教授陣が担当し始めた。オーケストラ・アカデミー・メンバーは90名であるが、他にコンダクティング・アカデミー・メンバーが3名選出されている。3人の指導は準・メルクルが行った。その成果の発表が23日のプログラムBで行われた。

2017年7月23日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈出演者〉 準・メルクル、PMFコンダクティング・アカデミー(指揮)
       PMFアメリカ(アメリカの主要オーケストラのメンバー12名) 
       PMFオーケストラ
〈PROGRAM〉
 リスト:交響詩「レ・プレリュード」(指揮:柳澤 謙)(日本・USA)
 ドビュッシー:管弦楽のための「映像」から「イベリア」(指揮:Su-Han Yang)(台湾)
 R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」(指揮:Dawid Runtz)(ポ-ランド) 
 バルトーク:管弦楽のための協奏曲(指揮:準・メルクル、PMFアメリカも参加)

先週のプログラムAに加えてプログラムBもPMF首席指揮者のメルクルがオーケストラを指導、前半の3曲はメルクルから個人指導を受けたアカデミー生が指揮の舞台に立った。

リストは交響詩の分野の先駆者として知られているが、「前奏曲」以外の交響詩は殆ど知らない。カラヤン&ベルリン・フィルのCDで聴くのみである。かなり以前に演奏会で聴いた記憶はある。「人生は死への前奏曲」として曲が綴られ、ドラマティックな展開で華やかなフィナーレとなり、演奏終了後にはブラヴォーの声も上がった。多分、親しい日本の友人たちの声援のように思えた。
出だしは緊張もあったのか、指揮もやや単調で金管楽器奏者も調子に乗りきれないようだった。次第にリズムを取り戻して後半はダイナミックな演奏を引き出した印象を受けた。

ドビュッシーには「映像」というピアノ作品が2集あるが、第3集に管弦楽作品があるのは初めて知った。「海」、「牧神の午後への前奏曲」、「夜想曲」以外で耳に出来て大変良かった。ドビュッシー独特の印象派音楽の世界に浸った。ピアノ曲より現代音楽の作曲家としての色彩の強い新しい試みの工夫がなされていて非常に興味深かった。打楽器やチェレスタの多用も興味を引いた。
安心して観ていられる指揮ぶりで新鮮な曲を楽しんだ。

交響詩を数多く書き残したリヒャルト・シュトラウス(*フランスのイベール同様に日本の紀元2600年奉祝記念にドイツ代表として作品を書いたことでも知られる偉大な作曲家)が最初に書いた交響詩「ドン・ファン」。ハンガリーの詩人レーナウの叙情詩に基づく曲。理想の女性を追い求めて女から女へと遍歴を続けて、最後には決闘に傷つき人生を終える悲劇の男性の物語。
ステージに登場した時点からオーケストラを自分のペースに引き込んだような指揮者。非常に手慣れた格好の良い指揮ぶりが最初から最後まで魅力的であった。演奏機会も多く、聴きなれたメロディも多かったが、20分近い曲が終るのが早く感じた。

指揮者も演奏者も全て若々しい音楽家の姿は生き生きとしていた。プロの演奏家のコンサートとは違う若さに満ち溢れたエネルギーを頼もしく思った。
札響の定期演奏会では必ずしも満足のいく最高の座席ではないので、PMFオーケストラ演奏会では自分が望む最高の座席(2階CB1-3列中央)から鑑賞している。Kitaraは一般的にはどの座席からでも音楽が楽しめる音響を備えているとはいえ、オーケストラ鑑賞ではステージ上の奏者が全て見渡せて、音を奏でる奏者が直ぐ判る座席は観る楽しみが増える。奏者の直接音が直ぐ伝わり、演奏の様子もより生き生きと伝わる。オーケストラの迫力ある音楽を楽しむのに最近、好んでいる座席である。(*指揮者に注目する時には廉価だということもあって、以前はP席を好んで買い求めた)。

バルトークはハンガリーが生んだ最も有名な現代音楽作曲家で現今の世界中の演奏会で取り上げられる作品も数多い。1940年、バルトークは第ニ次世界大戦中にハンガリーからアメリカに亡命した。ハンガリーからアメリカに亡命して大成した指揮者は数多いが、彼はアメリカでは無名で作曲活動はストップしてしまった。彼は友人たちの尽力でボストン響のための新作を依頼され、1943年にこのユニークな作品を白血病の病床にありながら3ヶ月足らずで書き上げた。
「協奏曲」は独奏楽器とオーケストラによる作品というのが通例であるが、バルトークのこの作品では独奏者はオーケストラ全体を指す。様々な楽器にスポットが当てられるので、CDで聴いていてもある程度分るが、ライヴで観ていると極めて楽しい。

曲は5楽章構成。「序章」、「対の遊び」、「悲歌」、「中断された間奏曲」、「終曲」。
メルクル指揮でオーケストラにPMFアメリカの教授陣が加わった(*ハープはウィ-ン国立歌劇場のパップがプログラムAに続いてプログラムBにも参加)。アカデミー生が登場する前にPMF初参加の教授を含むファカルテイ数名がステージに現れて準備を始めて彼らの意気込みを感じた。ファゴット奏者のソロをアカデミー生が務めるのがこの時点で分った(*フィラデルフィア管首席のマツカワは昨年もソロをアカデミー生に担当させていたのを思い出した)。
第1楽章では金管楽器のカノンが楽しい。第2楽章では同種の管楽器が「対」になって音楽が進められた。ファゴット2本、オーボエ2本、クラリネット2本、フルート2本、トランペット2本が次々と対になって演奏される様子は観ていて非常に面白かった。曲想もユーモラスだった。第3楽章はエレジーで夜の音楽。第4楽章には民謡風の旋律が奏でられるが、ショスタコーヴィチの交響曲がバロディ化されるところも出てくる。第5楽章は、オーケストラのトッティで派手なフィナーレとなって勇壮であった。
打楽器、管楽器の活躍で色彩感あふれる音楽が展開されて聴きごたえのある楽しい曲。金管楽器が13本もあると迫力がある。現代音楽でこのような興味深い曲を作り上げたバルトークの偉大さを改めて感じた。

一昨年は札響で、昨年は名古屋フィルでライヴで聴いていてこの曲の良さを味わっているのであるが、まだまだ鑑賞力が足りずに
いた。オーケストラの各楽器担当の細かい観察ができて新たな発見をしたところもあった。
準・メルクルが指揮台に上がり、曲の要所をPMFアメリカが占めるので当然ながら曲が引き締まった、演奏終了後の鳴りやまぬ拍手とカーテンコールにメルクルも最後はコンマスの手を取って一緒に退場した。

2階CB最前列の席で鑑賞することは多くはない。その恩恵に浴した友人と妻にもオーケストラの醍醐味を味わってもらった。ホールを出ても公園内は暑い陽ざしが照りつけていたので、普段は通らない木陰が多い道を通って地下鉄駅に向かった。いつも同じ道を歩いているが、やはり女性の感覚は違うようである。ボートが行きかう菖蒲池の周りにはブルーのアジサイのほかに見慣れないピンクのアジサイの花を見つけた。周りの自然をもっと楽しむ余裕も生活の中に取り入れることも大切と気づいた。

夕食を取るには早い時間だったが、食事の準備も大変な妻のことを考えて外食をして帰宅した。自分は料理が出来ずに、食事の後片付けをするくらいなので偶にはと思って休養日にしてあげた。




関連記事

ハイレゾ・ストリームで楽しむ[ラトル指揮《シベリウス交響曲全集》]

PMFコンサート鑑賞もオーケストラ演奏会を2つ残すだけとなったので、その合間にデジタル・コンサートホールを楽しむ余裕ができた。ベルリン・フィルも夏の休暇に入って定期コンサートは無い。
昨日、自主レーベル「ベルリン・フィル・レコーディングズ」のタイトルをハイレゾ・ストリームで聴いた。前衛的作曲家として解釈するラトルの名盤をCDを超える超高音質で楽しんだ。

Sir Simon Rattle は「シベリウスは最もエキサイティングで独創的な作曲家のひとり」と語っている。7つの交響曲にはシベリウスの多様な美しさが込められている。一度に7曲全部を聴いたのは初めてだった。

シべリウスをLPレコードで聴いたのは45年前で「交響曲第5番」と「フィンランディア」。ジョールジュ・プレートル指揮ニュー・フィルハーモニア管の演奏(*プレートルは98年にパリ管を率いてKitaraに出演した時に名を知った。世界的なオペラ指揮者で、コンサート指揮には余り関わっていなくて日本での知名度は低かった。08年のウィ-ン・フィルのニューイヤーコンサートに出演した時はヨーロッパでも驚きをもって報じられた。世界の一流歌劇場で活躍してカラスとの共演も多く、私もオペラ全集に彼が指揮するCDがあるのに気づいたのは10年前)。
CDで聴き始めた頃の2000年にカラヤン指揮ベルリン・フィルの「交響曲第2番とフィンランディア」がシベリウスとの2度目の出会い。実質的にシベリウスの交響曲で一番身近なのはカラヤンの曲に親しんだ以降であった。この年のエジプト旅行の長時間の機内では偶々フィンランドの俊英指揮者ユッカ=ペッカ・サラステの音楽を何度も聴いた。その影響で彼のCDが目に留まり、帰国後にサラステ指揮フィンランド放送響の「交響曲第1番」、「交響曲第5・7番」を続けて聴くようになった。(*サラステとサロネンはほぼ同年代のフィンランド出身の世界的指揮者だが、現在は差がついたようである。)

その後にジョン・バルビローリやコリン・デイヴィスの輸入盤も手にして他の交響曲なども度々耳にした。ヴァイオリン協奏曲はもちろん数枚あり、お気に入りである。
シベリウスの生誕150年を祝う札響演奏会では当時の尾高忠明音楽監督が《シベリウス交響曲シリーズ》を年1回公演で3年掛けて達成した。それぞれ充実した演奏会となり、一気に連続しての公演とは違う味わいのあるツィクルスになっていたことを思い出す。その時のライヴ録音でのCD「第1・3番」、「第4・5番」の2枚のCDは記念に買い求めた。シベリウスが気に入って、その後、デイヴィス指揮ロンドン響の7CDがSONY MUSICから廉価版で発売されていて手にした。

それから2年余りが経ったが、丁度、今までにない新たな聴き方が出来た折に、長くなったが過去を振り返ってみた。

デジタル・コンサートでは音量の素晴らしさを味わうと同時に、演奏者の姿を観ながら鑑賞している。今回は音にだけ集中して聴くことになった。第1番と第2番はやはりフィンランド独立に向けてのフィンランド国民の気持ちに寄り添った音楽であった。シベリウスが40歳~60歳に掛けて作曲した第3番以降は作曲環境がガラリと変わっている。1904年にはヘルシンキでの生活の煩雑さを逃れて別荘を建てて生涯の隠遁生活に入った。第3番を書いたのは1907年で第7番の完成は1924年、29年以降、亡くなる57年まで筆を折ったと言われている。

第3番は内省的で楽章数も3つに減って、楽器編成も小さくなり、シンプルで明解になった。第4番は4楽章構成だが、室内楽的な雰囲気で、作曲家自身は“精神的交響曲”と呼んでいる。第5番はシベリウスの50歳を祝う国を挙げての記念演奏会のために作曲され、シベリウスの指揮で初演が行われた。北欧の壮大な自然を感じさせるスケールの大きさと華やかさを持った曲。第2番とともに人気のある作品。
第6番は宗教的な敬虔さが漂う曲。この曲は殆ど聴いたことがなくて札響演奏会で初めて耳にした感じだった。今回で3回目だろう。第7番は最初の3楽章の構想を変えて単一楽章となり、ほかのCDでもそうなっている。ところが、今回のハイレゾでの案内では4楽章のように配分されていた。①Adagio、②Vivacissimo Adagio、③Allegro molto moderato---Allegro moderato、④Vivace---Presto---Adagio---Largamente molto---Affettuoso。切れ目なく演奏されていたので、一般の楽章とは違うのだろうが、表記の仕方が普通とは違っていたので不思議に思った。いずれにしても第7番は伝統的な交響曲の楽章分割や、テーマのグループ分けや調の関係に従っていない。形式的には新しい試みを行った曲と思われる。

全7曲に北欧の自然が描かれていて、シベリウスらしい美しい旋律が多く、ヴァイオリンが得意な作曲家らしい面も感じ取れた。デジタル・コンサートホールの会員なので無料配信で聴けたが、珍しい体験をした。
関連記事

PMFオーケストラ演奏会・プログラムA[準・メルクル指揮《ダフニスとクロエ》]

2017年のPMFオーケストラ演奏会も3つのプログラムが用意されている。日本人を母に持つドイツ人指揮者の準・メルクルは05年、08年は客演指揮者として参加して、13年、15年は首席指揮者を務めPMFには5回目の参加。3つのプログラムは札幌ではそれぞれ2公演開催。

2017年7月16日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara 大ホール

〈出演者〉 j準・メルクル(指揮)、PMFヨーロッパ、 PMFオーケストラ
       (*PMFヨーロッパはウィ-ン・フィル、ベルリン・フィルの教授陣)
〈演奏曲目〉
 ベルリオーズ:序曲「海賊」 作品21
 細川 俊夫:夢を綴る
 ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」

ベルリオーズ(1803-69)の「幻想交響曲」はあまりにも有名で好んで聴くが、「海賊」は一度テレビで聴いた記憶がある程度の曲。
パリ音楽院在学中にローマ大賞を受賞して、イタリアに留学。この曲はローマ滞在中にバイロンの物語詩「海賊」に触発されて書いたという演奏会用序曲。フランスの作曲家らしい雰囲気のあるロマンティックな作品。2管編成だが、金管楽器が12本で管楽器の響きに特徴があった。10分程度の曲。

細川俊夫((1955- )は武満徹とともに日本現代音楽を代表する海外で人気の作曲家。この管弦楽曲は2010年ルツェルン音楽祭で初演された作品だそうで、もちろん初めて聴いた。日本を連想させる曲想が印象的で、打楽器が静かに奏でる音楽は神秘さを湛えている。海外で喜ばれる曲でもあり、現代曲の良さが伝わった。チェレスタをはじめ様々な打楽器の音色とそれを支える弦楽器の技法にも現代曲の工夫が見られた。15分程度の曲で聴衆の心を動かした作品。

ラヴェル(1875-1937)には輝かしいオペレーションを施した魅力的な作品が沢山ある。彼の代表作の一つ「ダフニスとクロエ」はコンサートでバレエ音楽の全曲を聴くのは初めてのような気がする。管弦楽曲として編まれた第2組曲を演奏会で何回か聴いている。15年にケント・ナガノ指揮モントリオール響、最近では昨年6月にスラットキン指揮フランス国立リヨン管の演奏を聴いた。やはりフランス系のオーケストラによる演奏は独特の味がある。バレエ音楽の全曲のCDは所有しているが、詳しいストーリーは分らずに聴いていてもライヴで音楽を直接に聴く迫力が伝わらない。

この作品はロシア・バレエ団の依頼で書かれた、3部から成るバレエ音楽。1909-12年に作曲。台本は2・3世紀のギリシャの小説家ロンギュスによる物語に基づく。牧人のダフニスと羊飼いの娘クロエが様々な障害を乗り越えて結ばれるストーリー。この健康的な賛歌をラヴェルが巨大な音楽のフレスコ画にした。恋物語の感情表現というより、古代の壁画から作り出された音の叙事詩といった方が良い作品。50分を越える大曲。
【第1部】“序奏と宗教的な踊り”、“全員の踊り”、“ダフニスの踊りとダルコンのグロテスクな踊り”、“ダフニスの優しくて軽やかな踊り”、“ヴェールの踊り~海賊の来襲”、“夜想曲とニンフの神秘的な踊り”
【第2部】“序奏”、“戦いの踊り”、“クロエの踊り”
【第3部】“夜明け”、“無言劇”、“全員の踊り”
 
第1部の舞台は丘や洞窟を臨む野原。第2部は海賊の陣地。第3部の舞台は第1部と同じ。日が昇り、鳥がさえずる夜明けにダフニスは海賊たちにさらわれていたクロエと再会。ダフニスがクロエへの愛を誓い、若者たちが祝って賑やかに踊る。

指揮者のメルクルもリヨン管の音楽監督在任中には演奏機会が何度かあったと思う。彼はオペラの経験も豊富なのでバレエ音楽として「ダフニスとクロエ」は手中にあるようである。
PMFヨーロッパの14人の奏者がそれぞれのパートのソロを弾いて安定感を引き出していたように思った。特に第3部の夜明けでフルートの奏でる美しいメロディが魅力的であった。戦いの場面や踊りの場面でのオーケストラの盛り上がる演奏は聴きごたえがあった。オーケストラの魔術師と呼ばれたラヴェルならではの曲の盛り上げ方に心も弾んだ。
打楽器の種類も多くて奏者も大活躍、チェレスタはPMFピアニストが演奏していたのではないかと思った。

2階の正面席2列13.・14番の特等席からオーケストラの音を友人と一緒に観覧。時折、オペラグラスで演奏者の姿もハッキリ確認しながらコンサート全体を楽しんだ。前列や右側の数席が空いていたのは大雨の被害を受けたのか都合で来れない人がいたのは気の毒であった。

※PMFヨーロッパはメインプログラムだけの出演で、全体の演奏に加わるほかソロ・パートを受け持つのが通例でオーケストラの質を高めている。ところがホルン・ソロはサラでなく昨年に続いて今年もアカデミー・メンバーが行っていたようである。経験を積ませようとのサラ・ウィリスの配慮だと思った。
関連記事

PMFウィ-ン演奏会2017

ここ数年【PMFウィーン演奏会】は期間中に同じプログラムで2日間にわたって開催されていたが、今回は「PMFウィーン弦楽四重奏演奏会」と「PMFウィーン演奏会」の2種類のコンサートが用意された。従来は弦楽四重奏曲だけだったので、今回は2重奏も入った演奏会を選んだ。

昨日の午前中はKitaraでのボランティア活動を午前中だけにして、夜のコンサートに備えた。昨年あたりから、午前、午後、夜と続く日程をこなすのが大変になってきたので、無理なスケジュールはできるだけ組まないようにしている。

2017年7月14日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈ARTISTS〉PMFウィ-ン(ウィ-ン・フィルハーモニー管弦楽団メンバー)
  キュッヒル(violin)、フロシャウアー(violin)、オクセンホーファー(viola),、ノージュ(cello)、ブラーデラー(double bass)(*キュッヒルは前ウィ-ン・フィルのコンサートマスター、オクセンホーファーは前ウィ-ン・フィル奏者。PMFにはキュッヒルが10回目、オクセンホーファーは15回目、フロシャウアーは5回目で近年は連続して参加、ノージュは初参加。ロベルト・ノージュは今年のトヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィ-ンでソリストを務めた。

〈PROGRAM〉
 ハイドン:弦楽四重奏曲 ニ長調 作品76-5「ラルゴ」
 モーツァルト:セレナード 第13番 ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハト・ムジ―ク」
 ロッシーニ:チェロとコントラバスのための二重奏曲 ニ長調
 ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲 第14番 変イ長調 作品105

ハイドン(1732-1809)は生涯に多くの弦楽四重奏曲を遺した。弦楽四重奏曲のホーボーケン番号は83まであるが、偽作と判明した作品もあってハイドンが書いた弦楽四重奏曲は全68曲とされている。その作品の多さには驚くばかりである。PMFウイーンは毎年のようにハイドンの曲を演奏している。ハイドンの弦楽四重奏曲の中で家で耳にするのは「雲雀」と「皇帝」だけである。
1797年に6曲セットで書かれた彼の最後の弦楽四重奏曲集は作品番号が76。作品76の第3番が「皇帝」。第5番が「ラルゴ」である。エルデーディ伯爵に贈られた作品76は〈エルデーディ四重奏曲〉の通称がある。
第5番は第2楽章がラルゴ・カンタービレで曲の美しさが際立ち「ラルゴ」と呼ばれる。当時の宮廷で華やかに着飾った貴族たちの前で演奏された様子が目に浮かんだ。

モーツァルト(1756-91)の室内楽で最も親しまれて有名な曲が“Eine kleine Nachtmusik”。今回はコントラバスを含む弦楽五重奏曲として演奏された。チェロとコントラバスは同じパートを受け持つので、印象がセレナードというより弦楽四重奏に近い。しかし、コントラバスの響きが曲の魅力を増して、オーケストラ曲と思い違いをするくらいの曲になっている。馴染みのメロディが最初から最後まで続いて心も躍る気分であった。

ロッシーニ(1792-1868)はイタリアのオペラ作曲家として数々のヒット作を遺した。彼のオペラの作品は人気が高い。コンサートでは彼のオペラ作品の「序曲」が演奏される機会が多い。「序曲集」のCDを所有していて、時々聴く。PMF2017ではもうすでに編曲版ではあるが、彼の音楽を聴けた。
ところが、昨日の室内楽作品には驚いた。ロッシーニが32歳の時に書いた作品が、1968年に作品の献呈先で発見されるまで埋もれていたという。しかも、チェロとコントラバスという珍しい低音楽器の組み合わせ。第1楽章アレグロ、第2楽章アンダンテ、第3楽章アレグロの面白い曲で大いに楽しめた。ロッシーニならではの変化のある曲作りで、楽器の弾き方にも技巧が凝らされていて観ていても興味深かった。15分程度の作品。

ドヴォルザーク(1841-1904)は92年にナショナル音楽院院長就任のためアメリカに渡り、滞在中の93年に「新世界交響曲」と「弦楽四重奏曲第12番アメリカ」を書いて喝采を浴びた。95年に「チェロ協奏曲」を置き土産にし、音楽院との契約を破棄してアメリカを去った。プラハに戻って直ぐ書き上げた作品が「弦楽四重奏曲第14番」。
同じ年にもう1曲書いた記録があるが、実質的にこれが最後の弦楽四重奏曲で96年以降は交響詩とオペラ以外には目立った作品は書いていない。故郷に戻って、落ち着いた環境の中で作曲した様子がうかがえるようであった。約35分の曲。

PMF2017の2回のPMF演奏会は毎年チケットが完売で人気の演奏会。2階のバルコニー席も熱心な聴衆で埋まっていた。前半の3曲が終わった時点で、アカデミー生に用意されていた1階後方2列の席は殆ど空いた状態になったようである。勿体ない気がしたが止むを得ない。ただ残念だったのは通路に散らかっていたプログラムの紙。(*午前中のKitaraボランティア活動の際に、アーテイストが使用するエレベーター内がゴミだらけという話を耳にした。掃除担当の人たちからの情報らしい)。後半のスタート直前にスタッフが片付けたらしいが、こんな状況を初めて目にして嫌な感じがした。一部の国の人の行動であるが、音楽だけでなく日本のマナーも学んで欲しいと思った。

後半の曲を鑑賞するのに気持ちを入れ替えるのに少々時間を要した。

全曲が終って拍手の嵐。アカデミー生の大部分が帰っていて、嬌声は無かったが、アンコール曲にハープも加わって「J.シュトラウスⅡ:春の声」(*ハープ奏者はラディスラフ・パップ。Pappはウィーン国立歌劇場のハープ奏者及びウィ-ン・フィル常任ハープ客演ハープ奏者)。1曲で終わりかと思っていたら、2曲目に「観光列車」。この曲も聴いたことのある馴染みの曲で、オープニング・コンサートでも演奏されていたが、その時は曲名が分らなかった。ギャロップで非常にリズム感のある楽しい曲。前回のキュッヒルさんの楽しい仕草が再現された。会場に笑いが広がった。特にステージを下がって出ていく動作に思わず自分も笑いが止まらなかった。とても愉快だった。非常に素晴らしい雰囲気のうちに今年のPMFウィ-ンとPMFベルリンによる演奏会も終わった。

今回は妻と一緒に出掛けたので、帰りのエントランスホールで、妻と知り合いの元Kitaraボランティアの友人2人と会う機会を作った。ひとりは昨日に続いて帰路も地下鉄の札幌駅まで一緒で、コンサートのスケジュールの話で盛り上がった。





 
関連記事

PMFベルリン演奏会2017

【PMFベルリン】はベルリン・フィルの管楽器奏者たちの豪華メンバー。今シーズンはKitara2公演が同じプログラムで10日、13日の2日間にわたって開催された。

2017年7月13日(木) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈ARTISTS〉PMF ベルリン(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団メンバー)
 ブラウ(flute)、ケリー(oboe),、バーダー(clarinet)、シュバイゲルト(basson)、ウィリス(horn)、ヴェレンツェイ(trumpet)、ソレンセン(trombone) (*7名のうち、ブラウは前べルリン・フィル首席奏者)
 佐久間晃子(piano)
〈PROGRAM〉
 J.S.バッハ(マリー・クレール・アラン編):カンタータ第205番からアリア
                                [トランペットとピアノ]
 ダンツィ:木管五重奏曲 ト短調 作品56 第2番
 シューマン(ソレンセン編):ロマンス 作品28から第2曲[トロンボーンとピアノ]
 J.ウイリアムズ:何人に対しても悪意を抱かず(映画「リンカーン」から)
                                [トランペットとピアノ]
 ロッシーニ(シェーファー編):歌劇「チェネレントラによるハルモニームジ―クから
                       “シンフォニア” 他4曲  [木管五重奏曲版]
 シューマン(ソレンセン編):歌曲集「詩人の恋」 作品48から
                      “美しい五月に” 他4曲 [トロンボーンとピアノ]
 ボザ:木管五重奏のためのスケルツォ 作品48
 イベール:木管五重奏のための3つ小品
 
木管楽器奏者5名と金管楽器奏者2名のベルリン・フィル・メンバーで曲を編成すると自ずから演奏曲が限定される。知らない曲が多いのは気にならなく、却って興味度が増した。
1月からデジタル・コンサート・ホールで演奏会をもう20回ほど観ているので、演奏者の姿がテレビを通してではなく目の前で見れるのが何とも嬉しかった。今までは特定のメンバーしか、顔と名前が一致しなかったが、今回は全員のメンバーが分かった。演奏の素晴らしさは言うまでもないが、アーティストをより身近な存在に受け取れるのが特別な嬉しさであった。木管楽器奏者のハーモニーは素晴らしくて惚れ惚れする演奏だった。

作曲家名で知らなかったのはボザ(1905-91)だけ。イタリア人とフランス人の両親のもとに生まれ、ほぼ全てのジャンルに作品と遺したという。コンサートの最後から2番目の曲だったが、他の曲とは趣の違う曲で変化があって面白かった。

第1曲目のオルガニストのアランの編曲は何回か聴いていたオルガンとトランペットのコンサートを思い起こさせた。鍵盤楽器とトランペットの相性の良さを感じた。前半のコンサートのスタートに相応しい優しい響きの音楽だと思った。

ダンツィ(1763-1826)はドイツの作曲家で「木管五重奏」が代表作と言われる。2年前のPMFベルリンで彼の別の作品を聴いたのを覚えている。4楽章から成る曲は抒情味あふれる曲で心地よく聴けた。

シューマンの曲を集中的に聴きだして10年にもなっていない。CDは交響曲、ピアノ曲、室内楽などまとめて所有している。今回のプログラムに入っていた「ロマンス」第2曲がピアノ曲にあった(*一度耳にしただけで覚えていない)。この機会に約4分の曲を聴いてみたが、クララへの甘美な儚い夢が香る抒情的な曲。トロンボーン用に編曲したソレンセン自らの演奏は凄く良かった。ピアノ曲をトロンボーン曲に編曲するアイディアが凄いと思った。ごく自然な味わいのある曲になっていた。

J.ウィリアムズ(1932ー )は映画音楽「スター・ウォーズ」で名高い。スピルバーグ監督による2012年のアメリカ映画「リンカーン」は観なかったので、初めて耳にするメロディ。トランペットの響きが印象的な演奏だった。

ロッシーニのオペラ「チェネレントラ」はシンデレラの物語。ロッシ―ニならではの美しいメロディに満ちたオペラの中から5曲が木管五重奏曲版として演奏された。 “シンフォニア”、“わが女系の後継ぎたちー何か分らぬ甘美なものが”、“ご主人様、一言だけ”、“そう、僕は誓って彼女を見つけ出す”、“終曲”。
オペラからの抜粋で特に曲の連続性はないが、全曲の演奏が終わるまで拍手は起こらないで聴衆は静聴していた。それぞれの曲に盛り上がりがあるので、先日の野外コンサートでは1曲ごとに拍手が起きたのとは対照的であった。

シューマンの歌曲集のCDは持っていないが、「ミルテの花」、「リーダークライス」、「詩人の恋」などの一部の歌曲が収められたものがある。「詩人の恋」は16曲から成る。第1曲“美しい五月に”、第7曲“恨みはしない”の2曲が入っていたので聴いておいた。
1940年、クララと結婚できたシューマンの〈歌曲の年〉に書かれた130余りの歌曲のなかで傑作とされる。愛の喜び、失恋、回想の流れで描かれている。歌詞はハイネ。
“美しい五月に”、“ばらに、百合に、鳩に、太陽”、“心を潜めよう” “恨みはしない”、“恋人の歌を聞くとき”。1曲が1・2分程度の短い曲。明るい季節への複雑な想いを綴った第1曲と、恋人の裏切りへの切なくやるせない想いを歌った第7曲の2曲は特にCDについていた歌詞を読んでいたので演奏を聴く参考になった。
ロマンチストのシューマンならではの作品が意外な編曲で聴いて味わい深かった。

イベール(1890-1962)はパリ生まれの作曲家。日本建国2600年記念奉祝曲の依頼を受けて「祝典序曲」を作曲したことでも知られる。ローマ大賞を受けてイタリアに留学。交響組曲「寄港地」が彼の代表作。吹奏楽でも人気の作曲家のようである。
フランスの作曲家特有の洒落たセンスが音楽にも表れていた。

各曲の終了後の外国人聴衆(アカデミー・メンバー)の反応が日本人と違うのはいつもと同じである。外国人のアカデミー・メンバーが鑑賞していると、指導している教授陣に対する称賛の表し方が一段と強い。口笛も飛んだり、歓声の上げ方も日本人のおとなしさとは違う。特に陽気なホルン奏者のサラ・ウィリスの個性に彼らは敏感に反応する。

全ての演奏が終って、サラは“拍手有難うございます。PMFはとても大切な音楽祭です”と日本語で挨拶して、アンコール曲に「ディーク:ホラ・スタッカート」を演奏。“盛大な拍手を頂ければ、私の日本語が上達したことになる”と言って拍手を煽る仕草。最後に馴染みの曲「アヴレウ:ティコティコ」を3人のパーカッション担当のアカデミー生を加えて演奏。嬌声や珍しく手拍子の拍手が起るなか楽しい雰囲気のうちにPMFベルリン演奏会が締めくくられた。
関連記事

バーンスタイン・レガシー・コンサート

Bernstein Legacy Concert(バーンスタイン・レガシー・コンサート)には今まで行ったことが無かった。今回は2007年、パリで開催されたロン・テイボー国際コンクール優勝の田村響がピアニストとして出演するので聴くことにした。是非一度リサイサイタルを聴きたいピアニストであるが、オーケストラとの共演も待ち望んでいた。昨年Kitara小ホールで三浦文彰ヴァイオリンリサイタルのピアノ伴奏を務めていて、大ホールには初めての登場だと思う。

2017年7月11日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈出演者〉指揮/大山平一郎、 ピアノ/田村 響  管弦楽/PMFオーケストラ
      お話/田中 泰
〈演奏曲目〉
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15(ピアノ:田村 響)
 コープランド:市民のためのファンファーレ
 ミヨー:屋根の上の牛 作品58
 バーンスタイン:「ウエストサイド・ストーリー」から “シンフォニック・ダンス”

大山平一郎(Heiichiro Ohyama)は8日のPMFオープニング・コンサートでPMFに初参加して、バーンスタインの曲の演奏で経験豊かな指揮ぶりを見せた。大山はPMF芸術監督を務めたマイケル・テイルソン・トーマスとは一時期ロスアンゼルス・フィルで一緒だった。彼を通してPMFの情報を得ていた。また、バーンスタイン指揮による「シンフォニック・ダンス」のLPレコード収録にヴィオラ奏者として参加していた。
大山は九州響常任指揮者時代に園田高弘とベートーヴェン・ピアノ協奏曲全曲録音を残している。現在、米国サンタ・バーバラ室内管音楽監督・常任指揮者。

田村 響(Hibiki Tamura)は1986年、愛知県出身。愛知県立明和高等学校音楽科に学んでザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学に留学。2002年ピティナピアノ・コンペティション特級グランプリ、園田高弘ピアノ・コンクール第1位など目覚ましい活躍で03年のアリオン賞、06年出光音楽賞受賞と続き、ヨーロッパ、南米などでのリサイタルやオーケストラ共演で頭角を現す。07年のロン・ティボーコンクール優勝で一気に日本での知名度が高まった。09年ビシュコフ指揮ケルン放響のソリストとして日本ツアー。室内楽でもヴェンゲーロフ、堀米ゆず子、宮田大らと共演。2015年大阪音楽大学大学院修了。現在、京都市立芸術大学専任講師。

PMFは20世紀のクラシック音楽界を代表する指揮者・作曲家のレナード・バーンスタインが、1990年に札幌に創設した国際教育音楽祭。これまでPMFで学んだ若手音楽家は76ヵ国・地域から約3,300人、現在、修了生は200を超えるオーケストラで現役奏者として活躍しているという。
バーンスタイン・レガシー・コンサートは何年か前にPMFの恒例のコンサートなって開催されている。バーンスタインの楽曲と彼が愛した作品、まさにレガシー(遺産)を取り上げる特別企画である。

「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番」はバーンスタインがベートーヴェンの全5曲のピアノ協奏曲の中で最もお気に入りで何度も弾き振りしていた曲という。コンサートでは「第3・4・5番」が演奏される機会が多い。「第2番」は2005年にKitaraでバレンボイムが手兵のベルリン・シュターツカペレを弾き振りした時のことは覚えているが、「第1番」は今までコンサートで聴いた記憶は無かった。CDはギレリス、バレンボイム、ブロンフマンのCDがあって、昨日の午前中に聴いてみた。5・6年は聴いていないと思ったが、聴きなれたメロディが多くて、こんな名曲だったかと一層ベートーヴェンの偉大さが解った。ただ、内容がシンプルで深みがないので、演奏会で取り上げられることが殆どないのかなと思った。

田村も初めて演奏する曲だということで念入りに練習して臨んだようである。第1楽章の長いカデンツァも印象的だったし、オーケストラと溶け合って素晴らしい演奏を繰り広げた。若手の登竜門と言われる世界的なコンクールを20歳で制して、10年が過ぎた。順調に実績を積み重ねているようで何よりである。札幌は3度目と後で話したが、1回聴き逃したことになる。俊英ピアニストの今後の活躍が大いに期待される。
オーケストラではクラリネット奏者の美しいメロディが光った。

コープランド(1900-90)はバーンスタインが敬愛するアメリカが生んだ有名な作曲家。この曲は初めて聴くが、金管楽器と打楽器だけで演奏された音楽は勇壮であった。オリンピック・ファンファーレの先駆けになったそうである。

ミヨー(1892-1974)はフランスの作曲家で、小品は聴いたことがある。バーンスタインはミヨーと共にタングル音楽祭の教授を務めた。この作品は彼がブラジルで過ごした2年間を曲に綴ったもので、異国情緒が漂いつつ、フランスの洒落た音楽も入っている感じがした。

最後に取り上げたバーンスタインの傑作「ウエストサイド・ストーリー」はシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を1950年代のニューーヨークに置き換えて作曲された作品。そのダンスナンバーを中心にオーケストラ用に編曲された「シンフォニック・ダンス」。
この曲はバーンスタインの代表作で様々なコンサートの演目になって親しまれている。
芸術の森で行われたオープニング・コンサートの盛り上がりとは違う雰囲気で聴くことになり、正直言って野外コンサートでの方が楽しめた。室内楽とオーケストラと対照的なプログラムであったし、コンサートの締めくくりとしてPMFオーケストラの登場は新鮮であった。
昨夜は9時近くに演奏が始まり、帰りの時間を気にする人の集中力も薄れていたかもしれない。演奏そのものは音響効果抜群のホールで、聴衆が堪能する曲だったことは間違いない。最後の曲をメインに聴きに来た人も多かっただろう。私自身は田村響の「ベートーヴェン第1番」を聴いて充分に満足していた。
指揮者も渾身の力を込めて指導に当たり全曲を振り終えて満足の様子であった。最後の演奏曲にベルリン・フィルのゼーガスもパーカッションのメンバーに加わって参加していたのは好感が持てた。PMFピアニストの佐久間晃子もピアノを担当していた。

※今朝パソコンを開いてブログランキングを見て驚いた。「ロシアの巨匠フェドセーエフ」と「PMF2017オープニング・コンサート」の記事が第1位と第2位を占めていた。先週の6日も「Kitaraのバースディ」と「時計台ボランティア活動2017」の記事が「第1位」と「第2位」だった。6月の記事は余り注目を浴びていなかったのだが自分のブログが評価されるのは嬉しい。





関連記事

ロシアの巨匠 ウラディーミル・フェドセーエフ

九州北部の豪雨災害のニュースは心を痛めるが、札幌では4日連続の真夏日の猛暑に見舞われている。今日の午前中は時計台のボランティア活動でタイ、韓国の来館者を含めて、本州の観光客の対応に当たって充実した時間を過ごした。一日中、家にいると脚の痛みを感じて必ずしも楽になって休んでいる状態ではなく、最近では外出して身体を動かして活動している方が痛みなど忘れて仕事や音楽鑑賞に集中できるから不思議である。

昨夜はEテレ「クラシック音楽館」を鑑賞。フェドセーエフ指揮N響1861回定期公演(2017年5月)でロシア音楽を聴いた。演目は「グリンカ:カマリンスカヤ」、「ボロディン:交響曲第2番」、「チャイコフスキー:交響曲第4番」。
演奏に先立って、指揮者は「カマリンスカヤ」の説明で「婚礼歌」と「舞踊歌」で娘を手放す親の悲しみ、ロシア・ダンスの楽しさを語った。リハーサルで表情や動作で楽員に日本語を使って伝える指揮者にコンサートマスター篠崎がロシア語を交えて対応する様子も語られて興味深かった。(*「カマリンスカヤ」は「奇妙なステップ」の意味だそうである。)

モスクワ放送響を率いて何度か来札していたフェドセーエフは40年以上も同じオーケストラのシェフを務めている。この機会に過去の札幌公演の様子を振り返ってみた。
Vladimir Fedoseevは1932年、レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。1974年にモスクワ放送交響楽団(Moscow Radio Symphony Orchestra)の音楽監督・首席指揮者に就任して以来、現在に至るまで42年も同一のオーケストラを率いている世界でも珍しい存在。

彼が札幌で行った公演で聴いた4回の公演プログラムが手元にあった。
①1991年、R.コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」、チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲(*ヴェンゲーロフ独奏の予定がプリシェぺンコに代わって残念だったことを今も記憶している)、ボロデイン:歌劇「イーゴリ公」から“ダッタン人の踊り”
②1999年、ショスタコーヴィチ:交響曲第5番、チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲(独奏:レーピン)、祝典序曲「1812年」
(この時の日本ツアーからオーケストラの英語名がTchaikovsky Symphony Orchestra of Moscow Radioとなった)
③2002年、ウィ-ン交響楽団&樫本大進による[ブラームス・プログラム]
(*97年ウィ-ン響首席指揮者に就任して、ムジ―クフェラインでベートヴェン・チクルスを行って反響を呼んだとされる。)
④2004年、チャイコフスキー:ピアノ協奏曲(独奏:上原彩子)、ラフマニノフ:交響曲第2番
この時の札幌公演は〈チャイコフスキー記念モスクワ放響音楽監督首席指揮者30周年フェドセーエフ指揮、チャイコフスキー・コンクール・ピアノ部門初の日本人優勝者・上原彩子〉
(*日本ツアーの他の都市でロシア音楽以外にドビュッシーやラヴェルの曲が演奏される公演もあった。)

ロシア人指揮者がロシアのオーケストラを率いての海外ツアーではオール・ロシア・プログラムが比較的多いようである。ロシア音楽は素晴らしくて魅力がるが、ロシア国内では当然に世界の音楽が演奏されていると思う。

フェドセーエフはチャイコフスキーの曲は日本では人気が高くて、チャイコフスキーの音楽は日本人によく理解されているとインタビューに答えていた。“同じ曲を演奏していて飽きないか?”の質問に“何回演奏しても飽きない”。自分の演奏は変化しているので、過去の自分の演奏を耳にして、“いい演奏だ”と思ったら、ラジオで“只今の演奏はフェドセーエフ指揮モスクワ放響でした”とアナウンスがあって自分の演奏と知ることがあると語った。
指揮の最中は表情を変えないが、リハーサルでは細かい指示を出しているらしい。

※フェドセーエフは96年から東京フィルの首席客演指揮者も務めていたが、現在は不明。世界の一流オーケストラに客演していて、チューリッヒ歌劇場の客演指揮者としてオペラでも活躍している。
84歳でN響に客演して活躍している姿を直接に見れて良かった。フェドセーエフが音楽監督の任にあるオーケストラの日本での呼称は最近では「チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ」となっていることが多かったが、今回の放映では「チャイコフスキー交響楽団」となっていた。後者の方が適訳だと思う。



関連記事

PMF2017オープニング・コンサート

世界の若手音楽家を育てる国際教育音楽祭 第28回パシフィック・ミュージック・フェスティバルが始まった。現在は世界三大教育音楽祭として知られるフェスティバルとなったがスポンサーの大企業の撤退で変化を余儀なくされている。数年前から無駄を省いて音楽祭の質を低下させない試みが続いている。
セレモニーが無くなって、コンサートだけになり内容が充実したというか、聴きごたえのあるものになった数年前から通い続けている。

2017年7月8日(土) 13:00開演  札幌芸術の森・野外ステージ
〈出演〉PMFウィーン  PMFベルリン  大山平一郎(指揮)  PMFオーケストラ
〈演奏曲目〉
 ヴィヴァルディ:2つのトランペットのための協奏曲
 モーツァルト:弦楽四重奏曲 第14番 ト長調 K.387 「春」
 J.シュトラウスⅡ:春の声
 ロッシーニ(シェーファー編):歌劇「チェネレントラ」によるハルモニームジ―クから
                   [木管五重奏版] “シンフォニア” 他5曲
 イベール:木管五重奏のための3つの小品
 ボザ:木管五重奏のためのスケルツォ 作品48
バーンスタイン:「キャンディード」序曲
           「ウエストサイド・ストーリー」から “シンフォニック・ダンス”

13時にPMFアカデミー・メンバーのトランペット・セクション4名によるファンファーレで開幕。10名の金管セクション・メンバーが第1曲目を演奏。
司会者がステージに登場したPMFヨーロッパの教授陣14名、指揮者、ピアニストを紹介。
PMFウィーンによる弦楽四重奏曲の演奏は約30分かかった。続いて馴染みのコントラバス奏者と初登場のハープ奏者が加わって6名による「春の声」。この親しまれた曲はウィ-ンの風を運んできたかのように芸術の森に広がった。アンコールに応えてキュッヒルさんが音頭を取って弦楽五重奏を演奏。彼は終了間際に自ら珍しい陽気な仕草で曲を締めくくり会場の笑いを誘った。いつも生真面目で笑顔を見せることはめったにないのに10回目の出演でのユーモアのある行動にビックリ!

PMFベルリンはフルートの前首席以外はデジタルコンサートで毎週観ている顔ぶれ。数日前にテレビで観たメンバー4名が直ぐ正面の座席から演奏する姿を目にするのは夢のようでもあった。「チェネレントラ」はイタリア語で「シンデレラ」のことで、美しいメロディが奏でられた。Kitaraでまた耳にするが、野外で聴く音楽は室内とは違う開放的な味わいがある。ホルンのサラ・ウィリスがリーダーシップを発揮していたが、彼女の明るさも札幌では欠かせない存在になっている。
木管五重奏曲の演奏後のアンコール曲はベルリン・フィルのゼーガスにアカデミー・メンバーのパーカッション奏者5名が加わって「テイコ・ティコ」。全員がサングラスをかけての演奏は暑い日差しを避けての演奏にピッタリの楽しい演奏曲。2年前のKitaraでのアンコール曲と同じだと思い出した。

最後にPMFオーケストラの演奏。総勢90名のオーケストラ・メンバーが野外ステージに登場。
指揮の大山平一郎(Heiichiro Ohyama)は1947年、京都生まれ。ロサンゼルス・フィルの首席ヴィオラ奏者を経て、同フィルを指揮し、欧米のオーケストラとも共演。日本国内の数多くのオーケストラにも客演。九州交響楽団の常任指揮者も務めた。室内楽奏者、教育者としても多くの実績を持つ。

オーケストラの1曲目は「キャンディ-ド」序曲。華やかで、吹奏楽も含めて演奏される機会の多い人気曲。
「シンフォニック・ダンス」は大山がLAフィル首席ヴィオラ奏者の頃にバーンスタインの指揮でLPレコードに録音されたそうである。まさにバーンスタインとの接点のある曲で指揮にも一段と力がこもって、オーケストラも素晴らしい見事な演奏を展開した。ベルリンフィルのゼーガーも打楽器群に加わっていた。今まで聴いた「シンフォニック・ダンス」でも非常に印象に残った心も躍る演奏であった。各楽器群のソロ奏者や木管・金管・パーカッションの響きが野外コンサートならでは開放的な雰囲気を作り上げた。
個人練習も重ねてきたのだろうが、札幌に着いて間もなくでこんな演奏ができるとはレヴェルが高い。11日の「バーンスタイン・レガシー・コンサートでも大山指揮の下で同じ曲が演奏されるが楽しみである。

※PMFアカデミー・メンバーに今年も北海道大学医学部の川村拓也の名があり、ステージでも姿が目に入った。それぞれの若者が未来を描いて札幌に集まる素晴らしさは何事にも代えがたい。若いエネルギーがほとばしる光景を目にし、彼らの今後の成長を願う気持ちが一段と強くなった。この音楽祭が平和裏に続いて行くことを願わずにはいられない。













   


関連記事

札響第601回定期演奏会~祝Kitara20周年こけら落とし指揮者とともに

1997年7月4日に札幌コンサートホールKitaraがオープンして20年になる。《こけら落としのコンサート》と《オープン記念コンサート》を指揮した当時の札響常任指揮者、秋山和慶を迎えての2017年7月定期演奏会。
土曜日公演の定期会員であるが、7日の土曜日はPMFオープニング・コンサートが札幌芸術の森で同時刻に開催されるために札響定期は金曜日に振り替えて鑑賞した。

2017年7月7日(金) 19:00開演  札幌コンサートKitara大ホール

指揮/ 秋山 和慶      ヴァイオリン/ 神尾 真由子

88年から札響定期会員だったこともあってマエストロ秋山の指揮は今回で22回目(*尾高は先日の指揮で51回、高関が30回)。
秋山和慶(Kazuyoshi Akiyama)はオープン記念コンサートでレスピーギのローマ三部作を指揮し、札響300回定期演奏会でも「ローマの松」を演奏した。札響を離れてからも客演の機会の多い指揮者で端正で品格のある指揮ぶりは定評がある。

神尾の演奏は2年ぶり4回目。神尾真由子(Mayuko Kamio)は2007年チャイコフスキー国際コンクール優勝以来、札幌での凱旋公演が09年3月の札響定期。ドイツ人指揮者、ハンス=マルティン・シュナイトとの協演で「ブラームス:ヴァイオリン協奏曲」。12年1月の札響定期はウィーン生まれのサーシャ・ゲッツェル指揮のもとで「ハチャトゥリアン::ヴァイオリン協奏曲」、15年はフィンランド人のオッコ・カム指揮ラハテイ響と「シベリウス:ヴァイオリン協奏曲」。過去3回の演奏の指揮者が外国人ばかりで、演奏曲も指揮者と関係のある国との選曲が目立った特徴。
彼女はロシア人ピアニストのクルティシェフと結婚してサンクトペテルブルクが本拠地なはずで、ヨーロッパをはじめ海外での活躍が多いようである。今度はリサイタルを聴きたいと思っている。プログラムによると札響とは2000年に初共演を果たしているから、札響との繋がりは深いようである。神尾は札響定期で集客力ナンバーワンのソリストだそうである。

〈Program〉
 チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
 ショスタコーヴィチ/交響曲第5番 ニ短調 作品47

クラシック音楽をLPレコードで聴き初めて最も親しんでいたヴァイオリン協奏曲と言えるチャイコフスキーの曲。ロシアの民族性にあふれたロマン派の名作。土曜日の昼公演より少なめの聴衆がヴァイオリンの逸材の演奏を聴こうと押しかけてホールの座席がかなり埋まった。
ステージに登場してから最初から最後まで神尾の圧倒的な演奏に聴衆の集中力の高まりも凄かった。
憂愁を帯びた第1主題を独奏ヴァイオリンが呈示して、楽想が展開され、物憂げで美しい第2主題が続く。第1主題が管弦楽の強奏で力強く歌われ、幻想的雰囲気を作って、長い華やかなカデンツァに入る。フルートが優美な旋律を奏でる。パッションとメランコリーの繰り返しのうちに力強い第1楽章が結ばれる。
第2楽章はカンツォネッタ、アンダンテ。管楽器だけの静かな序奏に伴って、弱音器を付けた独奏ヴァイオリンが切ない旋律を奏でる。“軽い気分の小歌曲”と言える緩徐楽章。
第3楽章はチャイコフスキーの民族主義的傾向が示されたフィナーレ。独奏ヴァイオリンがカプリッチョ風に歌いだし、ロシアの民俗舞曲トレパークの明るい第1主題。第2主題も民族舞曲風の旋律。ロシア風の魅力ある音楽つくりが見られる。イタリアの影響を受けた明るい曲調がうかがえる楽章。コーダが入って管弦楽の躍動的なフィナーレ。りかいしやすくて

神尾真由子のオーラを放ちながら演奏する姿は世界的なトップ・ヴァイオリニストとしての存在感を見せた。外国でのメジャー・オーケストラの共演やリサイタルを通して、確固たる地位を築いているのが実感できる演奏であった。演奏終了後の聴衆の反応は予想以上に凄いもので、感嘆を超えて余りに強烈な演奏に度肝を抜かれた感じであった。今、神尾はヴァイオリニストとして絶頂期を迎えているといっても過言ではないだろう。
アンコール曲は《パガニーニ:「24の奇想曲」より 「第24番」》。超絶技巧に満ちた素晴らしい演奏で、カーテンコールが続く普段に例を見ないくらいの聴衆の熱狂と感動ぶり。

ショスタコーヴィチの交響曲を札響定期で取り上げるのは4シーズン連続である。近年は「第15番」、「第10番」、「第8番」に続く演奏曲。「第5番」はショスタコーヴィチの全15曲の交響曲の中で最も人気のある交響曲である。
ショスタコーヴィチの音楽は鑑賞が難しいとされているが、この「第5番」は理解しやすくて人々に親しまれている。1937年の作曲で、曲の構成も変化があり、力強くて重厚な作品で面白さもある。

第1楽章は低音弦楽器と高音弦楽器の印象的な対話で始まる。前半は深刻な悲劇的な気分が漂う。ヴァイオリン、オーボエ、フルートによる応答主題は美しい。途中から勇壮な行進曲となり、最後はフルートのメロディも入って静かに終わる。
第2楽章は伝統的なスケルツォ。ブラック・ユーモアが入って、おどけた楽章。
第3楽章は金管は無く、弦楽器と木管、ハープ、チェレスタ、鐘だけでの演奏。深い悲しみを讃え、情緒に溢れた楽章。
第4楽章は「暗」から「明」への歓喜の楽章ともされる。それまでの暗い雰囲気を一掃するような金管とティンパニの力強い行進曲で始まる。力強いフィナーレ。

曲の発表時にはソヴィエトでは大成功をおさめたが、当時の社会情勢でいろいろな解釈が行われている。ショスタコーヴィチの社会体制への批判とも受け取られる解釈もされているが、いろんな解釈が可能な作品ではある。
個人的には悲劇的な要素を中心に鑑賞することが多いが、今回は白紙に戻って先入観の無い聴き方をした。

秋山はこれまでに札響共演が119回にもなるが、ショスタコーヴィチの第5番は初めての指揮だったようである。曲に変化もあるせいか、いつもより大きな指揮ぶりのように思えた。
演奏終了後にブラヴォーの声があちこちから飛び、感動した聴衆の様子がホール中に広がって大声援が巻き起こった。端正な指揮ぶりで、終了後も礼儀正しい拍手喝采で終わる印象が今回は違った。

興奮が冷めない帰りのホワイエには神尾のサインを貰おうと並ぶ人々の列が続いていた。




関連記事

オリジナル楽器で聴くブラームス(佐藤俊介X鈴木秀美Xスーアン・チャイ)演奏会

先月末の朝日新聞で浜離宮朝日ホール主催による室内楽コンサートの広告が目に入った。出演者と演奏曲目を見て札幌でも開催されたら良いのにと思っていた。先月27日のKitara小ホールで開かれた《クァルテット・エクセルシオ札幌定期演奏会》の会場で渡されたチラシに札幌でも東京と同じ演奏会があることを知った。7月はもう9回のコンサート鑑賞の予定が入っているが、当日は空いているので是非チケットを手に入れようと思った。
入場料に使用できる六花亭ポイントカードを妻から借りて近くにある支店で購入できた。店員の対応も感じが良くて、現金を使わないで済んで非常に得をした気分になった。

2017年7月4日(火) 午後7時開演  六花亭札幌本店 ふきのとうホール
〈出演〉佐藤俊介(Vn)、鈴木秀美(Vc)、スーアン・チャイ(フォルテピアノ)
〈曲目〉ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 op.100
            チェロ・ソナタ第1番 ホ短調 op.38
            ハンガリー舞曲より(抜粋) 3曲
            ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 op.101  

佐藤俊介(Shunsuke Sato)は1984年、東京生まれ。モダン、バロックの双方の楽器を弾きこなす世界的に有名なヴァイオリニスト。2歳からヴァイオリンを始め、4歳の時に父親の米国留学に伴って渡米し、カーティス音楽院教授に師事したあと、ジュリアード音楽院のプレ・カレッジでドロシー・ディレイと川崎雅夫に師事。10歳でフィラデルフィア管にデビュー。ボルティモア響、ナショナル響、シアトル響などと共演。2002年のディレイの死後、03年パリ移住。、パリ市芸術大学やエコール・ノルマル音楽院の特別奨学生に選ばれてジェラール・ブーレの下で更なる研鑽を積む。10年J.S.バッハ国際コンクールで第2位。13年よりアムステルダム音楽院古楽科教授。古楽のオーケストラのコンサート・マスターを務め、オランダ・バッハ教会の次期音楽監督に就任予定。オランダ在住で、国内オーケストラとの共演も多い。現在はヨーロッパを中心に活躍中で、日本に滞在中はソリスト、室内楽奏者として活動。

鈴木秀美(Hidemi Suzuki)は1957年、神戸生まれ。79年第48回日本音楽コンクールに優勝し、その後ハーグ王立音楽院でアンナー・ビルスマに師事。パリの第1回国際バロック・チェロ・コンクールで第1位。「18世紀オーケストラ」や「ラ・プティット・バンド」のメンバーを務め、兄の鈴木雅明が率いるBCJで創立以来、2014年まで首席ソロ奏者を務めた。チェリスト自身が創設した「リベラ・クラシカ」(*ハイドンの交響曲CDを何枚か所有)の指揮者としても活躍し、ヴェトナム、オーストラリア、ポーランド、オランダなどでも客演。13年、山形響首席客演指揮者に就任。現在、東京藝術大学非常勤講師、東京音楽大学客員教授として後進の指導にも当たる。

スーアン・チャイ(Shuann Chai)は中国出身の演奏家。ボストンのニューイングランド音楽院とオランダのハーグ王立音楽院に学ぶ。モダン・ピアノとヒストリカル・ピアノの双方の楽器の活動で注目を浴びている。最近ではオランダやパリの教会でベートーヴェンのリサイタルを開いている。中国、台湾、スコットランド、アメリカなどの音楽院や大学でマスター・クラスを開催。2013-14年シーズンの大部分はベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏に打ち込む。現在、ハーグ王立音楽院客員講師。(*音楽雑誌「ぶらあぼ」によると佐藤俊介の奥様という。)

午前中にブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番をはじめ、ピアノ四重奏曲やピアノ五重奏曲、チェロ・ソナタ、チェロとヴァイオリンのための協奏曲など手元にあったモダン楽器でのCDをたっぷり聴いて、バロック楽器との違いを把握しようとした。ブラームスがピアノを得意にしていたことを改めて認識することにもなった。

今回のコンサートは今までにない自由席で会場にはいつもより早めに出かけた。長い間、待ち望んだ佐藤俊介のコンサートでもあったので気持ちが高揚していた。

コンサートの開始前に鈴木秀美がステージに登場して、ステージのピアノについて話した。ブラームスが愛用していたピアノでブラームス博物館に展示されていたこともある1871年製の同型のウィーン式ピアノ。当時のピアノを日本の江森ピアノが購入して、彼の工房から借り出してきたとのこと。ブラームス時代のピアノで、まさにオリジナル楽器のヴァイオリン、チェロを含めて、曲が作られた当時の様子を優れた音楽家の演奏で楽しめる趣向になった。外観が黒でなく木製のピアノから受ける感じもいつものコンサートとの違いを浮きだたせた。

1曲目は今では“My favourites”となったヴァイオリン・ソナタ。第1番「雨の歌」は先日の千住真理子のストラデヴァリウスで聴いたばかり。今回はバロック・ヴァイオリンで聴く「第2番」。曲の規模も雰囲気も第1番に似ていて抒情的で美しいメロディが心に響く。2009年に寺神戸亮がバロック・ヴァイオリンやヴィオラ・ダ・ガンバを用いて弾いたバッハの曲の印象とは全然違った。モダン楽器で弾いているような感じがしたのが率直な印象。佐藤の演奏は生き生きとして柔らかく艶やかな演奏でロマンティックな気分に浸り、聴き惚れてしまった。
ピアノとも非常に良く調和していて素晴らしかった。ブラームスをオリジナル楽器で聴いて何の違和感もなかった。ブラームスの時代に使われていた弦は羊の腸をよじったガット弦だから、現在使われているスティール及びナイロン弦ではない。演奏技法も違うが、響く音に違いがあるのは何となく判っていた。

2曲目のチェロ・ソナタはデュ・プレ&バレンボイムのCD(68年録音の輸入盤)で時折聴くがモダン楽器による演奏だと思う。鈴木秀美のバッハの無伴奏チェロ全曲演奏会が二夜連続で2001年Kitaraで開かれた。多分、古楽器だったのだろうが、当時は意識していなかった。ブラームスの曲ではやはり、古楽器とモダン楽器の違いが出ていた。チェロの音が弱く、ピアノの綺麗な音が勝っている感じがした。
演奏終了後にブラヴォーの声を上げる人もいたので、コンサートの受け取りは人それぞれである。素晴らしい演奏には変わりがなくても、人々の鑑賞力には違いがあるのは当然と思った。

ハンガリー舞曲から抜粋されて演奏された3曲は「第1番」、「第14番」、「第2番」。ハンガリー舞曲21曲の原曲はピアノ連弾用。20歳ころから作られた曲は1872年にはピアノ曲編曲版が書かれ、ブラームス自身が管弦楽用に編曲した曲もある。ヴァイオリン曲への編曲版も親しまれているが、「第12番」は初めて聴いた。ハンガーリ舞曲は心を浮き立させる曲で楽しかった。

ピアノ曲は大好きだが、2台ピアノのための曲やピアノ三重奏曲にはそれほど親しんでいない。これらの曲は多くの作曲家が作品を遺しているらしい。ここニ三年はピアノ三重奏曲の演奏会が市内のあちこちで開かれるようになった。曲にタイトルが付いているベートーヴェン、チャイコフスキー、ドヴォルジャークのピアノ三重奏曲は知っていても、今回のブラームスの「ピアノ三重奏曲」は聴くのが初めてだった。
ブラームスはピアノ三重奏曲を3曲書いているが、今回の「第3番」はヴァイオリン・ソナタ第2番、チェロ・ソナタ第1番と同じ1886年に書かれた曲。当時のブラームスが慣れ親しんでいたシュトライヒャーピアノの馴染んだ音色が出ている作品と思われる。
第1楽章がアレグロで始まる力強い調べ、第2楽章はプレストでヴァイオリンは弱音器を付けて演奏され、文字通り全楽章とは違う対照的な低い音。第3楽章はアンダンテの緩徐楽章で美しい旋律、最終楽章はアレグロで動きのある激しいリズム。20分程度の曲で、ヴァイオリン・ソナタやチェロ・ソナタと趣が異なる曲で聴きなれないと今一歩良さが分からないと感じた。

演奏会終了後のサイン会に備えて、休憩中に佐藤俊介のCDを2枚購入した。話題を呼んだパガニーニとイザイの無伴奏曲は他のヴァィオリニストのCDを所有しているので、「テレマン:ヴァイオリンのための12の幻想曲」と「preludes(佐藤卓史とデュオの名曲集)」を手に入れた。佐藤俊介と佐藤卓史がデュオで7・8年ぐらい前に札幌市内の奥井理ギャラリーでコンサートを開いたことがあったが、その時は聴き逃した。いずれKitaraに来演すると思っていた。ピアニストは日本に本拠地を移してKitaraで聴く機会があったが、ヴァイオリニストは本拠地がオランダで一時的に帰国しても東京中心で札幌での演奏機会が無かった。念願のコンサートが聴けて凄く嬉しくなっていた。しばらく買わないようにしていたCDは一度に2枚も求めることになった。

サイン会に現れたチェリストと16年前のリサイタルやバッハ・コレギウム・ジャパンの話ができた。ヴァイオリニストはtelemannのCDに注目して、2枚も買ってくれたことに嬉しそうに快くサインをしてくれた。ピアニストにも英語で挨拶して場所を後にした。テーブルにはサインペンが用意してあったので、彼らのCDは買わなかったがプログラムにでもサインをもらえば良かったと後悔した。



           
関連記事

ラトル指揮ベルリン・フィル今シーズン最後の演奏会(セレナード)

サー・サイモン・ラトルが指揮する2016-17年シーズン最後のベルリン・フィル演奏会が6月24日に行われた。テーマは《セレナード》。ドヴォルザークの「管楽セレナード」とブラームスの「セレナード第2番」。2曲の間に現代音楽の作曲家ターネイジの曲を挟んだ。
3曲ともヴァイオリンが使われない極めて珍しい楽器編成の演奏会。

〈Program〉
 ドヴォルザーク:管楽セレナード ニ短調
 ターネイジ:リメンバリング
 ブラームス:セレナード 第2番

セレナードは18世紀には宮廷音楽として貴族たちに親しまれていたが、ロマン派時代からシンフォニックな色彩を持つようになって人気を得たようである。
「管楽セレナード」は低音の弦楽器と管楽器という典型的な楽器編成。チェロとコントラバス各1、オーボエ2、ファゴット3、クラリネット2、ホルン3。ドヴォルザークならではのメロディに包まれた色彩感にあふれた曲だった。PMFで顔なじみの奏者が多くて、柔らかい音楽に直ぐ溶け込めた。4楽章構成で30分ほどの曲はあっという間に終った。

Mark-Anthony Turnageは初めて聞く名。調べてみると、イギリスの現代音楽作曲家。モダン・ジャズにに強く影響を受け、同世代の有名なヴァイオリニスト、ナイジェル・ケネディ(*2001年にベルリン・フィルのメンバーとともにKitaraに登場して新鮮なバッハ演奏で強烈な印象を残した)と交流があるという。クラシック風の曲で、比較的に聴きやすい現代音楽だった。ヴァイオリンを用いてない曲ということもあって、全体の統一性を保つためもあって選曲されたのだろう。“Remembering”というタイトルは亡き友の追憶が込められた作品らしい。
後で気づいたのだが、先月の〈N響 Music Tomorrow 2017〉のコンサートで、一柳慧、池辺晋一郎の作品とともにターネイジのピアノ協奏曲が東京オペラシテイで演奏されたようである。を

ブラームスは25・6歳の時にセレナードを2曲書いた。ベートーヴェンの影響で交響曲に着手していても完成するには20年も待たねばならなかった。初めての管弦楽曲がピアノ協奏曲で25歳の時の作品で、交響曲は避けていたようである。この「セレナード第2番」は初めて聴くと思う。2管編成の小編成であるが、ハープや打楽器も使われた。やはり、弦でヴァイオリンがないのが特徴。5楽章構成の約40分の曲はロマンティックであるが、ヴァイオリンが無い弦楽群だけでは何となく落ち着かなかった。暗さの雰囲気を出すにのに高音域楽器を避けたのだろうか。ブラームスの特徴は出ていて、大規模な室内楽作品ともいえるが交響曲のような内容を持っていた。

大曲や名曲だけでなく、ヴァイオリンなしの特徴的なセレナードが聴けて良かった。
 


関連記事

Kitaraのバースディ~札幌コンサートホール開館20周年記念

Kitaraのバースディは札幌コンサートホールのシンボルであるオルガンにスポットを当てて開催されてきた。今年はKitara開館20周年を記念して1997年7月4日に行われた落成記念式典&記念演奏を核にしたプログラムで開催された。パイプオルガンとオーケストラ、ソプラノ、そして札幌市内の中学生たちによる吹奏楽の演奏。

〈出演〉指揮/尾高 忠明   オルガン/ダヴィデ・マリアーノ   ソプラノ/針生 美智子
     管弦楽/札幌交響楽団   吹奏楽/Kitara20周年記念バンド(指揮/鹿討 譲二)
〈PROGRAM 〉
 【オルガン・ソロ】
  三善 晃(マリアーノ編):札幌コンサートホール開館記念ファンファーレ~23の金管のための
 【ソプラノとオルガン】
  フランク:天使の糧
  モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」より “アレルヤ”
  ヘンデル:「メサイア」より “シオンの娘たちよ、大いに喜べ”
 【吹奏楽】
  ショスタコーヴィチ(ハンスバーガー編):祝典序曲 作品96
  内藤淳一:式典のための行進曲「栄光をたたえて」
  ワーグナー(カイリェ編):歌劇「ローエングリン」より “エルザの大聖堂への行列”
 【管弦楽】
  プーランク:オルガン、管弦楽とティンパニのための協奏曲
  ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 作品92
 
Kitaraホール落成記念式典の冒頭では原曲が札響の23名の金管奏者によってステージ上と客席両側に分かれて三方向から演奏された。オルガンでは残念ながら20年前の迫力は伝わらなかった。

ソプラノの針生(Hariu)は小樽出身でKitara開館の記念演奏の「第九」にも出演し、以来、何度もKitaraのステージに登場している。二期会会員で活躍を続けているが、北海道を代表するソプラノ歌手。札響との共演では「カルミナ・ブラーナ」(2008年)の熱唱が特に印象に残っていた。
オルガン伴奏での歌唱もオーケストラやピアノとは違った味が出ていた。フランクはヴァイオリン・ソナタで親しんでいるが、オルガン曲も偶に耳にする。彼の歌曲は初めて聴くような気がした。「神を褒め称えよ」という意味の「アレルヤ」を繰り返す歌は馴染みであり、明るく華やかな雰囲気が技巧的な歌唱に良く出ていた。ヘンデルの曲もイエスの生誕を喜ぶ人々の様子が歌われているそうで快活なアリアとして楽しく聴けた。3曲とも祝典にふさわしい曲とされる。

20年前の記念演奏ではファンファーレに続いて小林英之によるオルガン演奏があったのはハッキリ記憶しているが、中学生による吹奏楽演奏があったことは忘れていた。その日に演奏されたショスタコーヴィチとワーグナーを当時と同じ指揮者を迎えて、市内4つの中学校から選抜されたメンバー(72名)に当時の中学生4名も参加したWind Ensembleによる演奏が、今回も行われた。
ソ連の革命記念日のために書かれたオーケストラ曲が原曲だが、作品完成の1954年当初から吹奏楽にアレンジされて盛んに演奏されていたといわれる。演奏終了後にブラヴォーの声が上がって会場は盛大な拍手に包まれた。
内藤の作品は2001年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲だったという。式典にふさわしい堂々とした曲。トランペットとトロンボーンのファンファーレでは20年前のメンバーが活躍した様子がうかがえた。
1965年に結成された札幌市中学校吹奏楽部協議会も50年もの歴史を持ち、中学生の実力も年を追うごとに向上しているようである。今回の演奏ではメンバーの大部分が女生徒でチョット驚いたが演奏技術は高くて、心地よく聴けた。
ワーグナーの曲はフィラデルフィア管のクラリネット奏者だったカイリェが吹奏楽用にアレンジしたそうだが、前2曲に比して壮大さとハーモニーの点で今一歩という感じがした。
総合的な印象では中学生の演奏がここまで向上しているのかと感心した。

フランスのエスプリを表現した魅力的なピアノ曲を通して知っている程度のプーランク。管弦楽の作品は余り知らない。楽器編成が弦5部とティンパニとオルガンという「オルガン協奏曲」と言える曲を聴いて凄く感動した。オルガンが管楽器の役割を果たしていた。フルート管やトランペット管などの音を出せることは知っていても、木管や金管のソロ・パートが単独で見事に演奏される様は正に圧巻であった。弦楽器と対する演奏も絶妙であった。協奏曲としてオルガンの魅力がふんだんに発揮される様に魅了された。初演がデュリュフレというのは理解できたが、プーランクはオルガンの名手でもあったのだろうか。
第18代Kitara専属オルガニストDavide Marianoのコンサートは昨年10月以来、何度か聴いているが、いつも素晴らしい。

尾高のベートーヴェン・ツィクルスは2011年に聴いているが、「第7番」は13年のサロネン指揮フィルハーモニア管の演奏が強烈な印象を残した。日本でも超人気の交響曲となった第7番は4楽章のすべてが魅力的。類例を見ないほどリズミカルで躍動感に溢れる作品。第1楽章ヴィヴァーチェ、第2楽章アレグレット、第3楽章プレスト、第4楽章アレグロという速さ。
オルガン協奏曲に集中しすぎて、余りにも定番の曲で良い曲、良い演奏でも、何となく聞き流した感じになってしまった。

演奏終了後にアンコールという声が沸き起こって、マエストロ尾高からKitaraホールの素晴らしさに感謝の言葉。Kitaraホールの音響担当者Toyotaは世界中の音楽ホールの音響設計を委嘱されて自動車会社と同じくらいに有名になっている。尾高札響名誉音楽監督は“Kitaraは一番上手くいった”と彼が語っていたと話した。いつの発言かは分からないが、現在でも世界の名だたるホールの地位にあることは間違いない。
アンコール曲に「エルガー:威風堂々 第1番」。祝典の最後を飾るに相応しい曲であった。

目の前の座席に若い外国人の男女が座っていたので、帰り際に話しかけてみた。ドイツから休暇を利用して札幌コンサートホールに駆け付けたという。Kitaraの音響の評判を聞いてコンサートを聴きに来た様子だった。詳しい話はできなかったが、音響の素晴らしさに感動して満足していた。また、PMFコンサート5枚のチケットを買ってあげて一緒に鑑賞する友人にホワイエで偶然に会えたのも良かった。










 
関連記事
プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
最新コメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR