時計台ボランテイア活動2017

札幌国際プラザ外国語ボランティア・ネットワークに加わっているが、多岐にわたる活動の中で最近は時計台に関わる活動のみに参加している。昨年は5月から11月迄で25日間(午前or午後3時間半)の活動に参加した。ボランテイアは1シフト2名が普通で、以前は英語1名、中国語1名が多かったが、近年は英語2名が多くなった。私自身1名だけの活動日も何度かあった。私が1日に対応する人数は三・四十名。うち外国人は約1割。
年間の時計台入館者は約20万人。昨年7ヶ月間にボランティアが対応した人数の概数は、日本人2万人、外国人5千人。統計によるとアジア、ヨーロッパ、北アメリカ、中南米、オセアニアなど世界の約60ヶ国から来館者を迎えている。国・地域では中国、台湾、香港が断然多く、近年はマレーシア、タイからの観光客が増えている(*2・3年前までは韓国人も多かったが、個人的には少なくなった印象がある)。香港、マレーシア、タイの観光客は英語を話す。

5月から始まった今年度も月4回のペースで活動を行っている。今月の活動で印象に残ったのはインドネシアの4人家族。300年以上もオランダの支配下にあり、先の大戦時には日本の支配下にあったインドネシア。時計台にある「世界の鐘」を耳にして会話した女性は親日家の様子。大学生の息子2人とご主人を含む家族4人に「札幌農学校の演武場と時計台」の案内を依頼された。1・2階の案内が終って、彼らに時計機械のビデオを見てもらっている間に1階に降りたが(*ビデオに英語の字幕が新しく入れられたのに初めて気づいた)が、帰りにわざわざ御礼の挨拶に来てくれた。おもてなしの心が届いたのかと思うと嬉しかった。

前回の活動では韓国人の若いカップルに好印象を受けた。入場時に英語での説明を求められ、1階での説明で時計機械がボストンの会社からの輸入品と分かって突然、男性が興味を示した。彼がボストンの大学で学んでいることが判った。2階の時計機械の説明が終って、スナップ写真に一緒に納まった。帰りの階段で50年前の留学中に一時ルームメートであった韓国人の話や彼を通して知り合った数人の韓国人の良い印象を話して別れた。最初から好印象のハンサムな韓国人だったが、ビックリしたのは帰りの出口からボランティアの活動場所に戻ってきて、50分の1の時計台ミニチュアをバックに写真を撮りにきた。名前を趙恒瑞(CHO・Hang・Seo)とハングル文字も含めて書いてくれた。ピアニストのチョ・ソンジンと同じ苗字と分って親しみが増した。最後まで好印象を残してくれた青年だった。ボストンでも充実した学生生活を送ってほしいと思った。

日本人の来館者で微笑ましい姿を見せてくれた関西在住の年配の女性たち5人。“どちらからいらっしゃいましたか”に応えて、一斉に、それぞれ“関西、神戸、京都、兵庫、大阪”と応えてくれた。旧札幌農学校演武場・時計台の説明を実に表情豊かに、また興味深げに聴いてくれた様子には有難く思ったものである。最後はミニチュアをバックに一緒に写真に納まった。8年余の時計台活動でも記憶に残る来館者だった。多分、彼女たちは女学校時代のクラスメイトで二度目の修学旅行を楽しんでいるのでは?と思わせるような品の良い若さを持った人たちでした。

紙芝居の英語原稿が行方不明になっていて、20枚の絵を使っての紙芝居は前回まで休んでいた。先日のボランテイア活動の帰り際に英語の原稿が戻っているのに気づいていた。
本日の午後の外国人来館者はカナダのご夫婦とアイルランドの女性の3人。英国の北アイルランド出身の若者の対応をしたことはあったが、アイルランドの来館者は初めてだった。時計台の説明を聞く時間が充分にあるかを尋ねて、20分ほどかかる紙芝居を始めた。最初から彼らの関心の高さが分ったが、20枚の絵の説明に彼らの表情を見ながら語るような調子でストーリーを展開できて、聴き手の示す反応に刺激を受けて自分でも今までで最高の出来だったように思う。終了後の感想にも満足できた。

間を置いて、スーダンからの来館者で現在は大阪在住という女性が来館した。北海道は初めてで仕事の合間に時計台に立ち寄った様子。“日本語は話せますね”と言うと“チョットだけ”と答えたので、また紙芝居を英語ですることにした。彼女も非常に興味深げに聴いてくれ、教養の高い女性の印象を受けた。終了後に質問もしてきて、会話が弾み、大阪での仕事を訊くと大阪大学で経済学を勉強しているとのことであった。大学院で学んでいるか、研究生としての来日らしい。3年間で沖縄、長崎、熊本、松山などを旅して、10ヶ月後の離日までに東日本を旅行してみたいと語った。

2000年にエジプトに旅行した折に南の隣国がスーダンだと思い出した。南スーダンが独立したのはその10年余も後のことだと思うが、エジプトや南アフリカ以外のアフリカ出身の国の時計台来館者は珍しい。国のことは話題にしなかったが、南スーダンが独立する前はアフリカで最大の国土を持つ国だった。Sudanを彼女はスダーンと発音した。日本ではスーダンと表記しているが、スーダーン(*長母音が2ヵ所)という表記の仕方もあるようである。
帰宅してパソコンで確認したが、エジプトで“ヌビア”という語を耳にしていたことを思い出した。エジプトの南の国はアラビア人と違う黒人が住む国と知って認識を新たにした。中国がアフリカに進出して20年以上になるようで、残念ながらスーダンや南スーダンの今後の見通しは明るくないようである。

これからアフリカ人の来道も増えてくることが予想される。より世界が狭くなっていることを言葉だけでなく実感できる日がやってくる。51年前にマラウィという国の肌が真っ黒な19歳のアフリカの黒人と話す機会があり、英語で通じ合えることの驚きと喜びを感じたのを思い出した(*スーダン出身の来館者はアラブ系アフリカ人だった)。
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クァルテット・エクセルシオ 第10回札幌定期演奏会

昨年11月22日、クァルテット・エクセルシオ第9回札幌定期演奏会のブログを書いた折に記事ランキングで第1位になっていたのには驚いた。自分では不得意なジャンルなので記述がそれほど興味深い記事を書いたつもりはない。弦楽四重奏曲は特定の曲に親しむようになったとはいえ、他のジャンルに比べて親しみの度合いは少ない。聴く曲も限られている。今回の演奏会の演目は珍しい。CDでも全く聴いたことのない曲ばかりのコンサートは初めてのような気がする。

午前中は月1回の定期検査で通院。血液検査の結果はまずまずの結果が続いているが、脊柱管狭窄症に起因する足の痺れが気になる状況は依然として消えない。一応コンサートに通える状況に安堵はしている。

2017年6月27日(火) 19時開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈PROGRAM〉
 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第2番 ト長調 作品18-2 
 シューベルト:弦楽四重奏曲 第11番 ホ長調 D353
 ブラームス:弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 作品51-2 

ベートーヴェンは17曲の弦楽四重奏曲を遺している。第7番以降のCDは手元にあり、演奏会でも聴く機会がよくあるが、1800年に書かれた初期の6曲から成る作品18は初めて聴いた。30歳の頃に一気に書かれた6曲。
第2番は「挨拶」というタイトルが付いている。宮廷で紳士が淑女に挨拶する姿も想像された。アレグロの第1楽章とアダージョ・カンタービレの第2楽章の対比が印象的。第3楽章はスでケルツォ、第4楽章はチェロが歌い始めて魅力的なメロディが展開された。
ハイドンやモーツァルトの影響を受けたと思われる明るい軽快な感じの曲。ベートーヴェンの中期・後期の作品とは明らかに異なる作品で面白かった。

シューベルトの第13番「ロザムンデ」と第14番「死と乙女」はCDを所有していて曲に親しんでいるメロディもあるが、20歳ごろまでの作品はウィーン古典派の影響が強いとされ、今までのコンサートでも耳にする機会は多くない。ロマン的傾向が強くなり始めた1815年(18歳)に書かれた「第9番」はPMFウィ-ン演奏会で聴いた記憶はある。「第11番」は1816年の作品とされる。小学校教員だったこの頃、シューベルトの器楽作品創作はそれまでの家庭やサロンで楽しむ曲から変化する過渡期の作品に当たるようである。「ロザムンデ」や「死と乙女」の曲の魅力に比して迫力に乏しく曲の良さが伝わらなかった。

ブラームスの室内楽曲で「弦楽六重奏曲」、「ピアノ四重奏曲」のCDは所有していて数回耳にしている。「ピアノ五重奏曲」は近藤嘉宏&クァルテット・エクセルシオによるCDを一昨年のコンサートの折に購入してサイン入りのCDもある。ところが、弦楽四重奏曲のCDは一枚も持っていない。ブラームスが40歳を過ぎてから書いて遺した作品で偶々縁が無かった。今ではピアノ曲の魅力が勝っている。

プログラムの解説を読んで、“自由だが孤独だ”というブラームスのモットーの雰囲気を感じながら曲を聴いた。長大な第1楽章に続くアンダンテ・モデラートの静かで情熱的な第2楽章、メヌエット風の第3楽章、第1ヴァイオリンが主導する情熱的なチャールダッシュ舞曲風の終楽章。45分も続く大曲だが、曲の魅力が分かるには至らなった。

弦楽四重奏曲は他のジャンルの曲と違って心に安らぎを覚える良さがあるのは間違いないが、作曲家の内なる声を聞きとるには繰り返して曲を聴く必要があるように思った。

個人的には心に強く響く演奏会ではなかったが、聴衆の反応は悪くはなかった。曲ごとに盛大な拍手が沸き起こって、アンコール曲の演奏が予想されたが、アンコール曲は無かった。
女性奏者3名の涼しげで爽やかな青いドレス姿は印象的だった。






 
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札幌シンフォニエッタ第60回演奏会

2年前のKitara休館中に札幌シンフォニエッタ第55回演奏会を聴いたことがあった。1983年結成のこのアマチュア・オーケストラの存在は知っていたが、前回は当時の札響オーボエ首席奏者金子亜末の客演が魅力で出かけていた。
今回は今月上旬にKitaraのコンサート会場で出会った教え子(かかりつけの歯科医)に招待されて偶々スケジュールが空いていたので好意に応えることができた。彼女が高校時代に吹奏楽部員だったのは知っていたが、フルート奏者としても活躍している姿を目にするのも嬉しいことであった。

2017年6月25日(日) 13:30開演  札幌サンプラザホール

指揮/御法川 雄也(Minorikawa Yuya)
ピアノ/富永 峻(Tominaga Shun)

御法川は現在、N響ヴィオラ奏者。2003年、桐朋学園大学卒業。在学中からバレエ音楽「くるみ割り人形」(全幕)で関西フィルを指揮し、卒業後には同じ演目で大阪響、関西フィルにも登場。09年N響入団。10年には静岡響の定期に堤俊作の代役で出演し、12年にはバレエ公演で札響とも共演。16年、ロイヤル・チェンバー・オーケストラのバレエ公演を指揮。N響のほかに幾つかのオーケストラのメンバーでもあり、幅広い音楽活動を行っている。

富永はポルトガル、スペイン、ドイツで育った日本人ピアニスト。スペインで数々の国際コンクールに入賞して、マドリード王立音楽院在学中はスペイン各地でソロリサイタル・室内楽コンサートを開催。その後、ドイツ・フライブルグ音楽大学に学び、同大学でソリストクラス(修士課程)を卒業。2010年に帰国。14年、15年と東京オペラシテイで連続してリサイタルを開催。16年よりsonorium(東京都杉並区)でシリーズコンサートを実施。

〈Program〉
 ベートーヴェン:バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲 作品43
           ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58
 シューマン:交響曲第4番 ニ短調 作品120

バレエ音楽というと「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」のようなロマンティック・バレエを思い浮かべがちである。ベートーヴェンは物語と音楽を一体化させたオペラやミュージカルのような総合芸術作品を目指したという。彼が書き上げた11曲の序曲のうちの一番最初の序曲となった。前年に作曲された交響曲第1番(1800年)と同じ調性のハ長調の曲。この機会に後で「交響曲第1番」を聴いてみようと思った。

この2年ほどは演奏会で「第5番 皇帝」を聴く機会が多くて「第4番」は久しぶりである。私が「第4番」が好きだと何年か前に言ったのを耳にしていた教え子が今回の演奏会を紹介してくれた一因でもあったようだ。
「ピアノ協奏曲第4番」は華麗な演奏効果という点では「第5番」に及ばないが、豊かな情感や緻密な曲の構築の面では優れた作品となっていると思う。創意工夫の特徴のひとつはオーケストラの演奏の前に独奏ピアノが第1主題を提示して曲が始まることである。
ピアノが奏でる音が澄み切っていて新鮮な音色で輝いていた。ピアニストの繊細なタッチで紡がれる旋律に心が奪われた。柔らかな手が自由自在に鍵盤を這う姿も魅力だった。長大な第1楽章の後の短い緩徐楽章では管楽器とティンパニの演奏は無く、静かで抒情的な弦の響きだけで幻想的な雰囲気が漂う。これも生演奏で観ていて直ぐ気づくことである。第3楽章はリズミカルな主題を中心に曲が展開され、明るくて美しいクライマックスへと向かう。ベートーヴェン自身が初演を行ったというピアノの名手ならではの曲作り。初めて名を聞く演奏家のピアニズムに魅せられた。チャンスがあればもう一度聴いて観たいと思えるピアニストだった。
2管編成の曲であるが、フルートが1名で教え子の演奏に思わず目が行った。
500席余りのホールはほぼ満席状態だったが、演奏終了後の聴衆の反応にも感動の様子があらわれていた。ブラヴォーの声が飛び交い、カーテンコールでアンコール曲に「シューマン=リスト:献呈」が演奏された。この小品の演奏も心に響いた。

シューマンが1841年から51年の間に書き上げた4曲の交響曲。「第4番」は実質的にシューマンの2番目の交響曲。“管弦楽の年”の1841年に続いて着手してクララの誕生日の贈り物として一応完成されたが、出版されずに第3番の翌年の51年に改作されて出版の運びとなった。初演はシューマン自身の指揮で行われた。
曲は全楽章切れ目なく演奏された。ここ10年は聴いていないと思うが、憂愁と幻想的な雰囲気が漂い、シューマンが最初に「交響的幻想曲」と名付けた意味が分かる曲であった。ホルンとトロンボーンの演奏も目を引いた。
 
指揮者のプロフィールにも書いたが、若いが経験豊富で非常に力強くて若さに溢れたエネルギーが伝わる指揮ぶりが全3曲を通して印象付けられた。素晴らしい演奏に満足した聴衆の反応は演奏終了後に再び起こった拍手大喝采とブラヴォーの叫びに出ていた。50名弱のアマチュアオーケストラが作り上げる音楽に感動さえ覚えた。

アンコール曲に演奏された「シャブリエ:ハバネラ」の心地よいリズムに心も躍った。雨模様の午後だったが、外に出てからの小雨にも気分は沈まなかった。2年ぶりのホールには歩いても30分程度で来れる距離である。次回の演奏会の予定がプログラムに記載されていたが、都合がつけば次回も聴きに来ようと思わせるコンサートであった。



 

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札響名曲シリーズ2017-18 Vol.1大地のショパン(円光寺雅彦&遠藤郁子)

〈森の響フレンドコンサート〉

2017年6月24日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/円光寺 雅彦      ピアノ/遠藤 郁子    管弦楽/札幌交響楽団
 〈Program〉
  ドヴォルジャーク:序曲「謝肉祭」 作品92
  ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11(ピアノ独奏:遠藤郁子)
  ムソルグスキー(R.コルサコフ編):交響詩「はげ山の一夜」
  ハチャトゥリアン:「ガイ-ヌ」より  “剣の舞” 他3曲
  ボロディン:「イーゴリ公」より “だったん人の踊り”

円光寺雅彦(Masahiko Enkoji)は1954年東京生まれ。桐朋学園大学卒業後、1980年ウィ-ン国立大学に留学。オトマール・スイトナーに師事。東京フィル指揮者、仙台フィル常任指揮者、札響正指揮者などを歴任。仙台フィル時代に同オーケストラの飛躍的向上に貢献。現在、名古屋フィル正指揮者、桐朋学園大学院大学特別招聘教授。
93年以降、札響との共演で10年まで7回は聴いている。10年2月の名曲シリーズで中村紘子デビュー50周年の演奏会、10年夏の特別演奏会「札響リクエストコンサート~3大ピアノコンサート」を指揮した印象が残っている。今回は7年ぶりだった。

遠藤郁子(Ikuko Endo)は札響との共演は久しぶりだが、彼女の演奏を聴くのは8回目。Kitara大ホールで〈オール・ショパン・プログラム〉によるリサイタルを何度か聴いた。最近は他のホールで毎年コンサートを開いている。札響定期との共演は68年、78年、88年と続き、私は94年1月定期で「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」を聴いた。50年ぐらい前から札響と何回も共演を続けている偉大なピアニストである。

札幌と繋がりの深い音楽家と魅力的なプログラムのコンサートに会場は満席状態。人気曲のピアノ協奏曲を中心として、それほど聴く機会の多くない名曲に関心が集まったようである。

チェコの民族音楽の要素が入り、生命を謳歌するような躍動的なリズムに溢れた《序曲「謝肉祭」》でコンサートの雰囲気が盛り上がった。

演奏会では珍しい着物姿の遠藤郁子は見慣れているが、自然体で彼女の得意とする正統派のショパンを淡々と綴った。年齢を感じさせない演奏姿に日本の伝統美も感じ取れた。
大曲の演奏が終わってアンコール曲は無いかもしれないと思ったが、会場の盛大な拍手歓声に応えて「パデレフスキー:メヌエット」を弾いた。

後半のプログラムは旧ソ連の作曲家の代表的な曲。
「はげ山の一夜」は曲のタイトルが珍しくて昔から覚えていた。好みのメロディではなくても曲の一部分には慣れ親しんでいた。夏至の夜に魔物たちが集まって饗宴を開くロシア民話に由来するタイトル。管弦楽でクラリネットの独奏のメロディが印象に残った。

ハチャトゥリアンの代表作として知られるバレエ音楽「ガイ-ヌ」はスターリン賞を受賞して当時のソ連では話題となった。アルメニア山岳地帯の集団農場が舞台で社会主義を背景にしたストーリーであるが、民謡を用いた音楽が魅力的である。
「剣の舞」も馴染みのタイトルで、この曲のメロディは独特で学生時代にSPレコードでよく耳にした。クルド人の出陣の踊りで、東洋的な強烈なリズムと色彩を放つ曲。「子守唄」、「薔薇の少女たちの踊り」は「剣の舞」の勇壮な音楽と違ってタイトルから想像できるようなアルメニア民謡に基づく曲。「レズギンカ」はコーカサス地方に住むレズギ族たちのエネルギッシュな舞踊を描き管楽器と打楽器の活躍が目立った。

「イーゴリ公」はロシアでは特に人気のオペラのようである。METオペラビューィングでも数年前に見たことがある。音楽としては「だったん人の踊り」が最も有名な曲。この曲は囚われの身となったイーゴリ公を前にポロヴェツ人が異国的な踊りをする場面で演奏される。東洋風の旋律が管楽器で歌われ、打楽器が炸裂するのも印象的だった。
美しいメロディや勇ましい音楽で盛り上がる曲。

ロシアの大地に響くような音楽の演奏終了後に聴衆の拍手大喝采が沸き起こった。アンコール曲は《チャイコフスキー:「くるみ割り人形」より “トレパック”》。

※コンサート終了後、まっすぐ帰宅せずに中島公園内を散策した。池にたたずむカモの親子連れの姿が目に入った。10羽ほどの小鴨を親ガモが見守る珍しい姿。普段、何気なく通り過ぎる公園内にも少し時間と取ると自然界の様子が目に入る。
夕方から、以前勤めた学校の退職者の毎年恒例の会合に出席した。退職後に初めて会う先生もいて旧職員と懐かしい思い出話に花が咲いた。在職当時の学校長とも親しく話もでき、今年定年退職したばかりの人たちとも旧交を温めれて嬉しい思いをした。
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千住真理子ヴァイオリン・リサイタル

千住真理子のヴァイオリン・リサイタルを聴いたのが彼女のデビュー35周年記念として開催された2010年だった。史上最年少の15歳で優勝した日本音楽コンクールで全国的な脚光を浴び、20世紀後半までに国際的な活動をしていた。2012年にストラディヴァリウス「デュランティ」を手にしてから彼女は一層積極的な活動を始めた。
12歳でN響デビュー、87年ロンドン、88年ローマ・デビューして、日本国内ではプラハ響、ベルリン室内管、スーク室内オーケストラ、ワルシャワ国立フィルなど海外オーケストラのソリストとしての活躍が比較的多かった。そのようなコンサートのタイトルが〈千住真理子&うんぬん〉と銘打たれるほど彼女の知名度は高い。4大ヴァイオリン協奏曲の他にリサイタルで弾かれる小品も含まれる演奏会もあったが、今回のリサイタルを聴くのは7年ぶりで2回目だった。

2017年6月23日(金) 7:00PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
 〈Program〉
  J.S.バッハ:アダージョ(無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番より)
  モーツァルト:アンダンテ・グラティオーソ~トルコ行進曲
  ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」
  ブラームス:ハンガリー舞曲第1番
  ドヴォルザーク:我が母の教え給いし歌
  メンデルスゾーン(ハイフェッツ編):歌の翼に
  アイルランド民謡(クライスラー編):ロンドンデリーの歌
  岡野貞一(朝川朋之編):故郷
  サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン

コンサート活動以外にも、著書を出版したり、講演会やラジオのパーソナリティーを務めるなど知性的で多才ぶりを発揮して好感度大のヴァイオリニスト。彼女の言葉によると“憧れのKitara”でのリサイタルの演奏曲目はKitaraホールの素晴らしい響きを生かすように慎重に選んだようである。語り慣れた話し方で曲の解説などを織り交ぜながらコンサートを進めた。(*予備知識があるので彼女の話は大部分は理解できたが、マイクの使い方が良くなかったのか、1階6列正面席にもかかわらず耳のせいもあってか7割程度しか聴きとれなかったのは残念であった。)

バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番第1楽章のみの演奏は初めてかもしれない。「アダージョ」と言っても直ぐピンと来ていなかった。幻想的、即興的な調べでコンサートのスタートに相応しい壮麗な世界が広がって非常に良かった。

2曲目はピアノ曲として親しんでいるが、「アンダンテ・グラティオーソ」が第1・2楽章のどちらかが分からなかった。第3楽章は短くて有名なメロディ。ヴァイオリン曲として聴いたことがなく、第1楽章は長大で、どのように編曲してあるのかワクワクしていた。結果的には第1楽章の主題と6つの変奏のうち主題だけが取り上げられ、トルコ風な第3楽章がメインの編曲になっていた。演奏者自身か兄が編曲に関わっていたのかもしれない。トルコ軍楽隊の行進が超絶技巧を駆使した力強い音楽のリズム・パターンとなって繰り返し反復されて楽しい見事な演奏だった。
演奏終了後にブラヴォーの声が上がるほど聴衆を歓喜させた。

前半最後の曲がメインとなるヴァイオリン・ソナタ。ブラームスは「ヴァイオリン・ソナタ」を3曲しか遺していないが、3曲とも名曲で味わい深い。曲にタイトルが付く「第1番」はブラームス自身の歌曲「雨の歌」の主題をそのまま用いているための呼称。
穏やかに語りかけるように始まる美しいメロディ。ピアノとヴァイオリンの対話で愛情あふれる親密な雰囲気が生み出される。雨を背景にして様々な感情の動きも読み取れる。
この曲の演奏では樫本大進とリフシッツの名演が思い出される。デュオと違って千住に視点が偏りがちだが、ピアニストも好演だった。

ピアニストの丸山滋は東京藝大大学院修了後、ミュンヘン音楽大学に学ぶ。コンクールで歌曲伴奏特別賞を受賞するなど国際的経験を積む。97年国際歌曲コンクール(東京・大阪)で優秀伴奏者賞を受賞。2014年Kitaraで開いたリサイタルで札幌市民芸術祭大賞を受賞。現在、東京藝術大学非常勤講師。

プログラムの後半は珠玉の名曲小品集。千住は各曲の演奏前に解説を加えながら演奏した。
◎ブラームスがハンガリーの民族色の濃いジプシー音楽をピアノ連弾用に書いた作品が原曲。
◎ドヴォルザークの歌曲集「ジプシーの歌」の第4曲が原曲。4年前に母を亡くした千住が想いを込めて弾いた。
◎メンデルスゾーンがハイネの詩に曲をつけた歌曲が原曲。
◎ロンドンデリーとはアイルランドの州の名前。英国の北アイルランドでは事実上の国歌として扱われているという。「ロンドンデリーの歌」には様々な歌詞によって歌われているが、「ダニー・ボーイ」が最も有名である。

◎唱歌「故郷」は大正時代以降、日本の自然風景の象徴的な歌として親しまれているが、東日本大震災後は特にコンサートなどで歌われる機会が増えた。高野辰之作詞、岡野貞一作曲の唱歌は、他に「春が来た」、「春の小川」、「朧月夜」、「もみじ」などがある。昨日の演奏はクラシック風の編曲によるもので、千住が個人的に委嘱してヴァイオリン曲に編曲してもらったらしい。
◎プログラムの最後を飾るに相応しい技巧の限りを尽くした超絶技巧の連続の曲。名手サラサーテならではの名曲。「ツィゴイネルワイゼン」とはドイツ語で「ジプシーの歌」の意。情熱的で哀愁を帯びた第1部、甘美で抒情的な第2部、急速で技巧的、華麗な第3部から成る。
曲の途中で弱音器をつけ、また外す場面をヴァイオリニストが演奏前に解説で説明してくれた。今まで何回もこの曲を聴いているが、弱音器をつけた時の音が急に変わったので直ぐに反応できた。弱音器を落として華麗な第3部に入る様子を観察出来て非常に興味深かった。
演奏終了後に千名以上の客席を埋めた聴衆の大歓声は凄かった。

拍手大喝采に応えてのアンコール曲は3曲。①マスネ:タイスの瞑想曲 ②クライスラー:愛の喜び ③バッハ:G線上のアリア。
マイクなしだったが、地声の曲の紹介は全て聴きとれた。安らぎを感じる曲ばかりで名曲に浸った。
周囲で“素晴らしかった”と声を上げる女性があちこちで見られた。帰りのホワイエにはサインをもらう人の列が長くつながっていた。
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METライブビューイング2016-17 第10作《R.シュトラウス:ばらの騎士》

216-17シーズン最後のMET作品《ばらの騎士》は見逃すまいと思っていた。ニューヨークのリンカンセンターの前に立ってカメラを回したのが1967年7月でメトロポリタン歌劇場(MET)が移転した年だった。内部には入れなかったが、METライヴビューイングの度に毎回目にするリンカンセンターの光景に50年前を懐かしく思い出して今回は特に感慨一入であった。

タイトルの「ばらの騎士」はウィーンの貴族が婚約の申し込みに際して立てる使者のことで、婚約の印として銀のバラの花を届けることからの呼称。
リヒャルト・シュトラウスのオペラはオーケストラの役割が伴奏にとどまることが多かった19世紀前半のイタリア・オペラでのものと違って、極めて複雑なものになっている。
物語の舞台はハプスブルク王朝時代の末期で第一世界大戦前のウィーン。台本はオーストリアの文豪、ホフマンスタール。R.シュトラウスが書いたオペラはモーツァルト風のオペラで、プロットは「フィガロの結婚」に似ている。新演出。ドイツ語上演。3幕。上映時間:4時間20分(休憩2回)。

【第1幕】ヴェルデンベルク侯爵夫人の寝室。 元帥夫人は夫の留守中に年下の愛人(17歳2ヶ月)であるオクタヴィアン伯爵と逢引きをした。翌朝、従兄のオックス男爵が貴族になったばかりの家の娘ゾフィーと婚約したので薔薇の騎士を務める青年を推薦してほしいと頼みに来た。オクタヴィアンは慌てて小間使いに女装し、男爵と顔を合わす。皆が帰ってから元帥夫人は憂鬱になる。

【第2幕】新興貴族ファーニナルの邸宅。 結納の日に薔薇の騎士が銀のバラを届けに来る。ゾフィは下品な振る舞いを続ける初老の男爵に幻滅し、オクタヴィアンに助けを求める。2人の間に恋が芽生える。オクタヴィアンがゾフィのために剣を抜いて男爵と争いになる騒動が起こる。その後、男爵は小間使いから来た逢引きの手紙を見て機嫌を直す。

【第3幕】娼婦の館。 密会の場所にやってきた男爵は小間使いを口説く。オクタヴィアンが男爵を懲らしめようと策略を用意していた。騒ぎが大きくなって、警官や軍人、ゾフィー、彼女の父や元帥夫人までやって来て、男爵は事の真相がわかる。元帥夫人はオクタヴィアンとゾフィの愛を知り、身を引く決意をして二人を祝福して去る。

元帥夫人役のルネ・フレミングはアメリカが生んだスター歌姫。91年のMETデビュー以来、同歌劇の看板プリマとして君臨。14年「ルサルカ」、15年「メリー・ウィドウ」を観た。膨大なレパートリーを誇り、リリック・ソプラノとして艶のある美しい歌声は衰えていないが、今回で元帥夫人役は最後にするようである。高貴で気品のある役は彼女のはまり役だった。

オクタヴィアン役のエリーナ・ガランチャはラトヴィア出身のメゾ・ソプラノ歌手としてソプラノのネトレプコと並び称される美貌と歌唱力を兼ね備えたスター歌手。14年「マスネ:ウェルテル」、15年「ドニゼッティ:ロベルト・デヴュリュー」で魅力的な歌手として記憶していた。ズボン役も風貌から全然違和感は無いが、オクタヴィアン役は丁度17年2ヶ月にもなる今回でピリオドを打つつもりのようである。

フレミングとガランチャの2大スターの組み合わせは大成功だと思った。オペラのタイトルと2大スター歌手の出演が魅力的で今回は観客が凄く多かった。

ゾフィ役のエリン・モーリーもリリック・ソプラノで高音が得意なようで初々しい個性的な演唱で堂々としていた。オックス男爵役のギュンター・グロイスペックはバスの低音で難しい役をこなすヴェテラン歌手のようであった。マシュ・ボレンザーニがイタリアの名歌手カルーソーのような素晴らしい歌声で登場したが、その後にMETビューィングの案内役を務めた。テノールのアリアを突然はさんでイタリアのオペラを揶揄するような場面となり、シュトラウスのイタリア・オペラに対する偏見のようなものが垣間見えた。

オーケストラは随所でシュトラウスらしい官能的で色彩的な音楽も入ったが、全体的にモーツァルトのような軽妙で透明な音楽で楽しめた。ウィーンナー・ワルツが流れる場面はウィーンの雰囲気が出て心地良く聴ける。指揮のセバスティアン・バイグレの名は知らなかったが、1961年ドイツ出身の指揮者で2000年にMETに登場し、07年にバイロイト音楽祭にデビューを果たしており、オペラ指揮者として名高いようである。今回の指揮ではセリフを伴う曲で歌手に合わせる演奏に気を配る場面が多くて大変なようであった。

アリアは無かったが、自分の想いを独自に歌う三重唱は光った。「ばらの騎士の三重唱」として知られるようで印象的な場面であった。自己所有のオペラ全集に収録されているR.シュトラウスのオペラは「ばらの騎士」(*1971年バーンスタイン指揮ウィー・フィルの録音)と「サロメ」。改めて「ばらの騎士」の注目の高さが分かった。

※オペラを鑑賞したのが昨日、今日の午前中は時計台のボランテイア活動。初めて活動に参加した若い女性と一緒だったが、インドネシアの家族や関西のご婦人グループに感謝され、それぞれカメラに収まって気持ちの良い半日を過ごした。明日・明後日とKitaraのボランティア活動が続く。結構、忙しいスケジュールを作っているが、これも身体が動けるから出来ることで、やり甲斐を感じながら活動を続けている。コンサート鑑賞も月末に4回ある。












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ドゥネーヴ指揮ブリュッセル・フィル管withモナ=飛鳥・オット

《Kitaraワールドオーケストラシリーズ》

ベルギーのオーケストラのKitara公演は初めてだと思う。1935年創立の国立放送交響楽団が前身。フランドル系とフランス系の放送局が別々にオーケストラを所有して複雑なようである。2008年にブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団(Brussels Philharmonic )となり、2015年9月にステファヌ・ドゥネーヴが音楽監督に就任して世界の注目を浴びるオーケストラとして来日公演に繋がったらしい。近年のツアーでは、ウィーン、ベルリン、ロンドン、パリの檜舞台で大成功を収めているという。

ステファヌ・ドゥネーヴ(Stephane Deneve)は1971年フランス生まれ。88年サイトウ・キネン・オーケストラで小澤征爾のアシスタントを務め日本のオーケストラへの客演も増えた。2003年新日本フィルを指揮して日本デビュー。その後、都響やN響などとも共演。
11年シュトゥットガルト放送響首席指揮者として13年に来日公演し、14年フィラデルフィア管首席客演指揮者に就任、15年ブリュッセル・フィルハーモニー管首席指揮者に就任。15年のN響と客演した「ラヴェル:ボレロ」は反響を呼んだという。

2017年6月12日(月) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 コネソン:フラメンシュリフト(炎の言葉)
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 「皇帝}(ピアノ:モナ=飛鳥・オット)
 ドビュッシー:交響詩「海」
 ラヴェル:ボレロ

指揮者が指揮台に上がって演奏を始める前に、ヴァイオリン奏者一人を呼び寄せ挨拶があった。指揮者より先に女性が“Good evening.”、続いてドゥネーヴが“こんばんは”。予想外の演出に会場に笑いが起こった。あとは、ドゥネーヴの英語と通訳の日本人奏者(*オーケストラには日本人奏者2人が在籍)のプレトーク。
コネソン(1970- )は初めて名を聴く現代音楽作曲家。ベートーヴェンを尊敬し、「運命」と同じ楽器編成で管楽器と弦楽器を対比させてリズミカルな作曲要素を高い次元に高めようとした曲。漠然としてハッキリした意図は理解できなかったが、曲として違和感のあるものではなかった。ドイツ・グラモフォンからリリースされCDにも入っていて購入の宣伝もしていた。

ここ2年ほどはベートーヴェンの「皇帝」が演目になっていて聴く会が多い。モナ=飛鳥・オットは白いドレス姿で颯爽と姿を現した。技巧的で華やかな曲を最初から最後まで聴衆の耳を釘付けにした演奏はこの上なく魅力的であった。鍵盤の上を彩る手の動きや打鍵の強弱で曲が絢爛豪華に彩られた。カデンツァも含め見事な集中力で弾き切り、演奏を聴き惚れた。最初から最後まで40分弱のドラマが見事に展開され、ベートーヴェン魅力満載のコンチェルトを堪能した。最近の「皇帝」では最も気に入ったベートーヴェンのピアノ協奏曲になった。陰から支えたオーケストラとドゥネーヴの指揮ぶりが貢献したことも確かであろう。

ブラヴォーの声も上がり大拍手に包まれて、モナはアンコール曲に「リスト:巡礼の年 「ヴェネツィアとナポリ」(第2年補遺)より“カンツォーネ”。右手と左手で同時に違うリズムを刻む難曲を見事な技で披露して聴衆の度肝を抜いた。(*姉アリスと同様に素足で登場する姿は、性格は違っていて演奏スタイルも別であるが、姉妹でやはり似ていると思った。)

後半はこのオーケストラに期待したフランス音楽。13年前に聴いたベルリン・フィルの「海」の印象は強く残っていない。(*その時は現在ほど鑑賞力が高まっていなかった所為もある。)PMF2017 でアクセルロッド指揮で聴いた時には心構えができていてドビュッシーの音楽に浸った。
葛飾北斎の浮世絵の影響も受けてイメージしたと思われる海の情景がフランス音楽の印象主義作曲家ドビュッシーによって描かれた。第1曲「海の夜明けから真昼まで」はゆったりとした低弦の響きに2台のハープが応える薄あかりで始まり、絵画的で光の増大の様が感じられた。第2曲「波の戯れ」は風と泡の動きが弦や管で表現され、ハープの響きも神秘的であった。第3曲「風と海との対話」はティンパニと大太鼓のトレモロに始まり、変容する海の風景が描かれる。風の弦と海の管が対話しているように思えた。第1曲に出てきた讃美歌らしいモチーフが入って、熱狂的なトッティでフィナーレ。
今までにない色彩豊かなオーケストレーションで作り上げられた音楽をドゥネーヴは堂々とした体躯を生かした大きな指揮ぶりで繊細な音楽を鮮やかに彩った。

最終曲「ボレロ」は2014年のケント・ナガノ指揮モントリール響で堪能して以来、初めて聴く。バレエ音楽「ボレロ」は1990年にジョルジュ・ドンと東京バレエ団創立25周年記念特別札幌公演で観た神の踊りが忘れられない。
ドビュッシーと共にフランス印象派音楽を代表するラヴェルは生涯に5曲のバレエ音楽を書いたが、1928年に完成された「ボレロ」は最後を飾る傑作である。
このバレエ音楽は主題、副主題、小太鼓が絶え間なく刻み続けるリズム・パターン、という3つの要素だけから成る。ボレロはスペイン起源のダンス。バレーのストーリーはセヴィリアの酒場で一人の踊り子が最初は静かに、そして次第に興奮して激しく踊りだし、酒場の客も一緒に踊りだすというもの。
小太鼓(=スネアドラム)が最初から最後まで同じリズムを繰り返す中で、フルートが旋律を最初に静かに演奏し、木管楽器からサクソフォンを含む金管楽器、そして弦楽器がその旋律を繰り返しながら響きを増大し圧倒的な迫力の中で曲が閉じられる。
極めて単純な素材を執拗なまでに繰り返しすが、飽きることはない。 その見事なオーケストレーションの曲を堂々とした体躯のドゥネーヴの大きなタクトの下でオーケストラの存在感も増した感じ。

前回のモントリオール響の演奏では小太鼓がステージ中央に配置されていたが、今回は下手後方の配置。結果的にそれぞれの管楽器奏者の演奏が際立つように思えて良かった。第1ヴァイオリンとチェロの対抗配置もあって指揮者の音作りの配慮もうかがえた。やはりフランス音楽の魅力は独特のものがあると思った。
演奏終了後の拍手は極めて盛大で聴衆の感動の様子が広がった。(*2階席LA半分とRA半分を空席にしてP席を販売してほぼ満席にした珍しい座席の売り方は珍しいと思ったが、面白い販売方法だと思った。)

ドゥヌーヴは経歴からも分かるが親日家で日本人の鑑賞態度も心得ている。「盛大な拍手を有難うございます」と上手な日本語で挨拶して、「もう1曲お楽しみください」と言って《ビゼー:劇音楽「アルルの女」第2組曲より “ファランドール”》を演奏。迫力ある演奏に大歓声が沸き起こった。時間は9時半近くになっていたが、席を立つ人も人もほとんどいなくて大ホールは感動の渦。
ステファヌ・ドゥネーヴの実力と人気の理由が分かった。世界のどこでも期待される実力とパーソナリティを兼ね備えた指揮者だと思った。期待以上の演奏会となって思わず満足感で笑みもこぼれた。

※ベルギーの首都ブリュッセルはEU本部のある都市として知られる。ベルギーの公用語はオランダ語、フランス語、ドイツ語。ベルギーにベルギー語は無く、言語境界線が公式に設定されている。北部のフランダース地域(*“フランダースの犬”で親しまれた)がオランダ語の方言フラマン語。南部のワロン地域がフランス語方言のワロン語。東部がドイツ語。人口の60%がオランダ語、40%がフランス語、約1%がドイツ語。
ベルギーは国内で言語紛争が起きるくらいの複雑な状況にある国。オランダから分離・独立した国で、一時期フランスの領土でもあった歴史がある。ブリュッセルはフランダース地域にあるがオランダ語とフランス語の併用地域。住民の8割近くがフランス人系。国際的な都市であり、英語を話す住民が多い。ブリュッセル周囲の地域はオランダ語圏でオランダ語しか話せない人も多いそうである。産業構造の変化によって、フランス系の住民が近郊の市町村に移住する場合は言語紛争の事態が発生している(*例えば、オランダ語圏の公園ではフラマン語が解らないものは利用できない。)

カナダもモントリオールはフランス語圏なのでフランス音楽の本場といえるが、ベルギーもフランス音楽が盛んな地域は限られているのかもしれない。

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札響第600回記念定期演奏会《モーツァルト3大交響曲》(ポンマー指揮)

1961年創設の札幌交響楽団が第1回定期演奏会を開いたのが1961年9月。今回は第600回となる記念すべき定期演奏会。前回の第500回定期は2007年6月、尾高忠明指揮による《マーラー:交響曲第2番「復活」》。
第1回定期の演奏曲目は「ベートーヴェン:交響曲第1番」他、第100回定期(1970年)は「モーツァルト:交響曲第36番」と「ブルックナー:交響曲第7番」、第200回定期(1980年)は「マーラー:交響曲第1番」他、第300回定期(1989年)は「レスピーギ:ローマの松」他、第400回定期(1998年)は「マーラー:交響曲第7番」。

前札響正指揮者の高関健が第500回記念定期演奏会の折に彼自身がニューヨーク・フィル(1842年創立)の一万回目のコンサートに同席した思い出が書かれていた。欧米のオーケストラの歴史には遠く及ばないが、日本のオーケストラの最近のレヴェルは欧米並みに達していると評価されている。札響も創立以来何回目かの黄金時代を迎えているのではないかと思われる演奏会が続いている。札幌市民、北海道民のオーケストラとして着実な歩みを続けてほしいとこの機会に願いを新たにした。

札幌交響楽団第600回記念定期演奏会
第600回記念・モーツァルト3大交響曲

2017年6月10日(土) 14:00開演  札幌コンサートホール大ホール
 指揮/ マックス・ポンマー(Max Pommer)
《プログラム》
 モーツァルト:交響曲第39番 変ホ長調 K.543
          交響曲第40番 ト短調 K.550
          交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

モーツァルトは家庭の経済状況が悪化していた31歳の時に機会音楽と思われる3つの交響曲を僅か3ヶ月で書き上げた。当時41曲と考えられていた交響曲数も現在では50数曲ともされている。私自身が所有している曲も46曲は有る。旧モーツァルト全集では「ジュピター」が最後の交響曲となっている。

3つの交響曲はいずれも違った持ち味のシンフォニーで短期間でそれぞれ特徴的な曲を作った才能に驚嘆するばかりである。3曲を1回の演奏会で聴いたのは数年前のNHKの「クラシック音楽館」だったと思う。ブロムシュテットがN響と共演した時のプログラムで、放映に先立って歌いながら各曲を解説していた様子が今でも眼前に浮かぶほど印象深かった。3曲はこの十数年に亘ってよく耳にしている。演奏会では第40・41番が演目になっていることが多いが、メロディには3曲ともに馴染んでいる。

「第39番」は演奏会で聴いた記憶は無い。生で聴いて気づいたのは楽器編成である。2管編成だが、オーボエが入っていない。クラリネットを使って、当時としては目新しい音色を創り出したようである。清楚で美しいメロディが歌心に満ちている。モーツァルトのクラリネット協奏曲やクラリネット五重奏曲は一時CDでよく聴いていたので、シンフォニーにクラリネットが使用されているのが当然と思い込んでいた。音楽に親しんでいるようでも素人には曖昧なことがまだ沢山あるようである。

「第40番」の楽器編成はフルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦5部。クラリネットは無し。ティンパニも使われていなかった。(*クラリネットを使った版も後に書かれている)。モーツァルトの曲で短調で書かれてる作品は珍しく、短調の交響曲は他に同じト短調の第25番だけで演奏会で一度聴いたことがある。
強烈なインパクトを持つ、悲劇的で格調の高い作品。何度か生のコンサートで聴いたことのある曲はドラマティックに響いた。激しい感情と安らぎに満ちた穏やかな表情の対比がよく出ていた。第3楽章のメヌエットでの管楽器の響きも良かった。偉大な作品に相応しいフィナーレ。

「第41番」はローマ神話で最高の神であるジュピターの愛称を後に付けられた。その名に相応しい偉容と充実した内容を持つ。最後の交響曲の楽器編成はクラリネットは無く、トランペット2とティンパニが加わった。
第1楽章は明るく力強い総合奏で始まる第1主題、弦楽器の典雅で軽快な第2主題の対比が印象的。民謡的な旋律は深いニュアンスがあって素晴らしい。第2楽章のアンダンテ・カンタービレは情感が豊か。第3楽章はチャーミングで親しみやすく壮麗なメヌエット。個性的な第4楽章は「終楽章にフーガを持つ交響曲」と称されるほどの特徴があるフィナーレ。

モーツァルトの有名な交響曲のコンサートで親しみやすかったのか、最近の札響定期演奏会では最も客席が埋まったように思えた。個人的には聴きなれて親しみのある曲ばかりだったのと、テレビ放映を通してとはいえ《モーツァルト3大交響曲》の新鮮味が薄れていたこともあって感動を味わうほどではなかった。

比較的短い期間でこのような偉大な作品を書いたモーツァルトの偉大さを改めて感じたことは確かである。1789年のフランス革命の前年に作曲されたこれらの交響曲はヨーロッパの新時代を予見する曲にもなっているように思えた。そういう意味で札響の新時代へ向けての選曲だったのかも知れない。

演奏終了後にはブラヴォーの声も上がって聴衆は拍手大喝采でポンマーと札響の演奏を称えた。ポンマーは管楽器奏者、大平コンマスの健闘を労った後に、第2ヴァイオリン首席奏者の大森潤子に歩み寄り言葉をかけていた様子。珍しいことに結構な時間をかけて話していたので、多分、第2ヴァイオリンが果たした役割の労をねぎらっていたのではと類推した。オーケストラ演奏で地味な楽器が演奏に果たす貢献を評価したのだと思った。(*勘違いかも知れないが、敢えて書いてみた。)


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小山実稚恵 「音の旅」第23回(シューマン、ベートーヴェン、シューベルト)

12年間・24回リサイタルシーリズ2006~2017の最終年に入った。シリーズのスタート前に全演奏曲を決めて一切の変更なしに実施し続けてきた企画力と実行力に敬意を表するばかりである。札幌では回を増すごとに聴衆の関心が増して満席の状態が続いていることは喜ばしい。シューマン没後150年の年に始まった「音の旅」を毎年のように聴き続けて今回が17回目となった。ここ4回ほどは重量感のあるプログラムで非常に聴きごたえのあるコンサートの連続であった。

2017年6月8日(木) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

第23回 祈りを込めて [くすんだ青緑/湿気・さらに奥深くへ]
 シューマン:幻想小曲集 作品12
 ベートーヴェン:ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
 シューベルト:ソナタ 第21番 変ロ長調 D960

シューマンの「幻想小曲集」は8曲編成であるが、全曲を聴く機会は殆どない。そういう意味では貴重な機会となった。
①夕べに、②飛翔、③なぜに、④気まぐれ、⑤夜に、⑥寓話、⑦夢のもつれ、⑧歌の終わりに。第1・3曲は静かに、しなやかに歌われ、第2・4曲では躍動感があり、速いテンポ。第7曲は優れたテクニックと爽快なリズム感が味わえた。明暗や動静がはっきりした立体感のある演奏として聴けた。小山の曲の紹介には“クララへのシューマンの想いがファンタジーで羽ばたいた小品集”と書かれていたが、文字通り詩情とファンタジーに満ちた作品だった。

ベートーヴェンの後期3大ソナタは近年の演奏会で聴く機会が多い。ベートーヴェンが到達した心境がうかがえる抒情的で味わい豊かなソナタ。詩情豊かで幻想的な美しさを持つ第1楽章。スケルツォ的な第2楽章。第3楽章は独創的で多彩な表現効果に満ちて壮麗なフィナーレとなって終結した。
さすが、力のこもった堂々たる深みのある演奏に魅了された。小ホールの座席に余りこだわりはないが、やはり正面のやや左で手の動きがよく見える場所は満足感が大きい。演奏終了後にブラヴォーの声も上がったが、声には出さないまでもホールには大きな感動が生まれた。偉大なピアニストが醸し出す瞬間は尊い。

シューベルトは歌曲王としてのイメージが強すぎて「未完成交響曲」や「ます」などを除いて彼の曲には親しむ機会が余り無かった。シューベルトのピアノ曲で「即興曲」や「楽興の時」のメロディには親しんでいたが、ソナタの良さを知ったのは思い返すと紗良・オットの「第17番」の演奏を聴いてからだった。シューベルトに親しむ決定的な瞬間は2012年11月に東京で聴いたラドゥ・ルプー演奏のシューベルト・プログラム。「第21番」は圧巻であった。2014年にKitara で田部京子のリサイタルを聴いた時にはD.960の曲をかなり理解できるようになっていた。

この作品はシューベルトの死の直前に完成された最後のピアノ曲。彼の死(1828年)から10年も経った1839年に出版された遺作。ベートーヴェンが完成させたウィーン式4楽章制(急ー緩ースケルツォー急)のピアノ・ソナタ。アカデミックではあるが、独自の歌が曲中に溢れているシューベルトらしいソナタ。苦悩、優しさ、悲しみなど自己を吐露する気持ちの表現が率直に綴られ、やがて上手く調和して祈りが実って超越の域に達する“さすらい人の旅”が描かれているような気がした。自己の先入観を投入し過ぎたかもしれないが、歌心のある祈りも込められた曲は小山実稚恵の演奏を通してシューベルトの声が聞こえてくるようであった。

※シューベルトはモーツァルトやベートーヴェンのようなピアノの名手だとは伝わっていないが、「歌心」が作曲において極めて重要な要素なのだろうと痛感した。

演奏終了後の万雷の拍手に応えて演奏されたアンコール曲は3曲。①ショパン:ノクターン第21番 ②ショパン:ノクターン第13番
③バッハ:平均律クラヴィーア曲集より第1番。
3曲ともに聴き慣れたメロディの名曲に心も一層癒された。こんなに良い気分に浸って家路に着けたのも嬉しかった。
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タリス・スコラーズ~モンティヴェルディ生誕450年記念~

コンサート鑑賞前に毎年開催される大学のゼミ仲間の会合が入っていた。道庁前のホテルで会食2時間の予定を途中で切り上げて地下鉄に乗り継いで急いで会場に駆け付けたがコンサート開始時間の直前に飛び込んだ感じになってしまった。レセプショニストにはお世話をおかけした。

世界最高のア・カペラ合唱団と言われる《タリス・スコラーズ》は前回はKitaraリニューアル・オープン記念として開催され4ヶ月の休館後の最初のコンサート(2015年4月17日)で特別な印象が残る合唱団でもあった。2年ぶいとなるが、同合唱団にとっては3度目のKitaraのステージ。
指揮はピーター・フィリップス(Peter Phillips)。1973年にフィリップスが創立し。年間70回の演奏を教会やコンサートで行っている。今回が16度目の来日。来日メンバーの歌手は前回同様10名。ソプラノ4名、アルト2名、テノール2名、バス2名。(*メンバー5人は前回とは違うメンバー)

今回の公演は《モンティヴェルデイ生誕450年記念》と銘打って開催された。
モンティヴェルディ(1567-1643)はルネサンス音楽とバロック音楽の過渡期にあたるイタリアの作曲家。ヴェネツィア音楽の最も華やかな時代を作り上げた。音楽の様式に変革をもたらした改革者とされる。オペラの最初期の作品「オルフェオ」で知られる。

2017年6月6日(火) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
 〈Program〉
  タリス:ミサ曲 “おさなごわれらに生まれ”(約25分)
  バード:“めでたし、真実なる御体”(約4分)、 “義人らの魂は”(約3分)、
       “聖所にて至高なる主を賛美もて祝え”(約6分)
  アレグリ:ミゼレーレ(約12分)
  モンティヴェルディ:無伴奏による4声のミサ(約22分)
  パレストリーナ:“しもべらよ、主をたたえよ”(約7分)

タリス(1505頃ー85)はヘンリ8世、エドワード6世、メアリ1世、エリザベス1世と4人の英国王に仕えて活動した。王室礼拝堂のために多くの教会音楽を書いた。この曲はメアリ1世時代の1554年作曲とみられる7声のミサ曲。
※この合唱団の名はこの作曲家に由来して正式名は“THE TALLIS SCHOLARS”.。

バード(1540頃ー1623)は1572年から女王エリザベス1世に仕えて王室礼拝堂の音楽家として活躍し、英語による教会音楽も書いたが、終生カトリックの信仰を持ち続けて伝統的なラテン語による教会音楽を数多く残した。
3曲共にラテン語で書かれた4声か5声のモテトゥス。今回初めて耳にした作曲家名。

ピアノ伴奏なしで聴く「ア・カペラ」は声の美しさが直接に伝わるので何とも心に染み入リ安らぎを覚えた。

プログラム前半はルネサンス時代に活躍したイングランドの2人の作曲家の宗教曲だったが、プログラム後半はルネサンス時代からバロック時代にかけてのイタリアの3人作曲家の宗教曲が歌われた。

アレグリ(1582-1652)は初期バロック時代のローマを代表する作曲家。《ミゼレーレ》はラテン語で「憐れみたまえ」という意味で、伝統的な手法で書かれたアレグリの代表作といわれ、5声合唱と4声合唱が交互に歌い合う2重合唱の形による9声曲。ステージに5名、オルガン演奏台前に1名(カウンターテナー、3階客席最後部に4名の歌手の配置。
合唱の掛け合いが面白くカウンター・テナーと後方から響き渡るソプラノの高音の歌声が素晴らしく特に心地良かった。前回はRA席で歌手全員の姿を見れたが、今回は真正面から声が聴きとれるように1階席にしたので、歌手の姿は退場の際に3階出口で確認できただけであった。ホールに響き渡るソプラノの歌声に魅了されて歌唱中に何度か3階後方を見渡す人もいたが、姿までは見えなかったようである。
タリス・スコラーズも何度も取り上げている代表曲で何度聴いても圧倒的で魅力的なア・カペラである。先月の札響定期でラトヴィア放送合唱団の「夕映えのなかで~マーラーのアダージェット」も絶品だったが、世界的な合唱団の無伴奏による合唱曲を続けて堪能できたのは幸運である。

モンテヴェルデイの名は知っていたが、教会音楽に関する知識は皆無である。彼が書いたオペラの方に関心がある。「音楽の友」6月号に彼のオペラ「ウリッセの帰還」について書かれた記事があった。モーツァルトの「イドメネオ」の父と子の再会は「ウリッセ」の父と子の再会と似ている。オペラの原型を作った音楽家とオペラの伝統を引き継いだ音楽家の話が繋がるような記事を読んで興味を覚えたのである。

パレストリーナ(1525頃ー94)は16世紀後半の最も重要な作曲家のひとり。教皇庁をはじめローマ各地で活動し、様々な種類の教会音楽を書き残した。前回は「教皇マルチェルスのミサ曲」が演奏された。

ローマ教皇庁聖歌隊のために書かれた《ミゼーレ》は教皇庁システィナ礼拝堂以外では演奏できない門外不出の秘曲とされてきた。14歳のモーツァルトが教皇庁でこの曲を聴いた後に記憶だけで楽譜に書き記したというエピソードでも名高い曲。1994年、システィナ礼拝堂の大修復が終わったことを記念するコンサートでタリス・スコラーズがこの曲を演奏しているという。私も2000年8月に訪れたバチカン市国にあるシスティナ礼拝堂のミケランジェロが書いた有名な天井画を思い出して再び曲の重みを感じた。
演奏曲は全体的に良かったが、何といっても《ミゼーレ》が断然素晴らしかった。

アンコール曲はモンティヴェルディの曲を含む2曲。演奏終了後にスタンディング・オヴェイションをする人があちこちで目立つほど聴衆に無伴奏合唱の素晴らしさが伝わった。ホワイエでCDを買い求めてサイン会に並ぶ人の多さにも演奏会に感動した人々の様子が見て取れた。

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第18回「札響くらぶサロン」ミニコンサート/チェロ:小野木 遼)

札響のメンバーが「札響くらぶサロン」でミニコンサートを開いてくれるようになったのが15年の第9回ヴァイオリン河邊さん、第10回ホルン山田さん。その後は年4回定期的に開催されているが毎回参加できているわけではない。第15回から会場が豊平館になり、オーボエ関さん、第16回トランペット前川さんのコンサートで参加者も増えて活気を帯びてきている。開催の労を取ってくれる役員には感謝の気持ちでいっぱいである。ミニコンサートも今回で早や10回に達した。引き続き札響メンバーの協力が得られることを期待したい。

さて、今回のソリストは札響チェロ奏者の小野木 遼(RYO ONOKI)さん。1987年、北見出身。東京藝術大学を経て、同大学院修了。PMF2007にも参加。サントリーホール・チェンバームージック・アカデミー1・2期生。国内外のコンクールにも入賞を重ね、国際的に活躍する竹澤恭子、渡辺玲子、マリオ・ブルネロ、ラデク・バボラークとも室内楽で共演するほどの実力者。
彼は平成27年度新進演奏家育成プロジェクト・オーケストラ・シリーズ札幌公演で札響と共演して「ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番」を昨年1月にKitaraで演奏した。更に、昨年2月のKitara主催リスト音楽院セミナーで最優秀受講生に選ばれ、今年の春にハンガリーで開催された「ブダペスト・スプリング・フェスティバル」に参加した。

〈演奏曲目〉
 J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番
 ジョージ・クラム:無伴奏チェロ・ソナタ
 黛 敏郎:「BUNRAKU」~チェロ独奏のための

バッハの「無伴奏チェロ組曲」は昨年、堤剛の全曲演奏会があって記憶に新しい。3時間半の熱演が強烈な印象を残した。メインが3番か5番のような気がする。バッハのヴァイオリン曲に比べると数回耳にするだけでは親しむ旋律はそう多くはない。前奏曲、アルマンド、クーラント、サラバンド、ブーレ、ジーグと続いたが、第5曲“ブーレ”だけが馴染みのメロディ。「第4番」は手が大きくないと広がりが大きいので手の小さな女性では演奏が難しいそうである。

ジョージ・クラム(George Crumb)は始めて聞く名前。アメリカの現代音楽の作曲家で音楽教育者らしい(1929- )。米国では知名度の高い現代作曲家らしく、演奏家の間では彼の曲が親しまれているようである。演奏された曲には“To my mother”という言葉がつけられていると説明があった。現代曲らしい響きはあるが、母に捧げた曲か優しい雰囲気も込められ美しくて比較的に理解しやすい曲であった。

黛 敏郎(1929-97)は日本のクラシック音楽、現代音楽界を代表する音楽家。黛(MAYUZUMI)は音楽のあらゆるジャンルで数多の作品を遺している。「涅槃交響曲」、やオペラ「金閣寺」などタイトルだけ覚えている作品はあるが、近年、彼の曲を直接に聴いた記憶は殆どない。これだけ有名な作曲家なのに不思議ではある。(*札響30周年の全演奏曲目の記録には「まんだら交響曲」、「舞楽」、「越後獅子」、「スポーツニューステーマ」が載っている。)
彼は1964年の東京オリンピックの年に「題名のない音楽会」をテレビで開始してクラシック音楽の普及に貢献したことでも知られているが、この番組が今日も続いているのは感慨深い。

文楽の雰囲気に満ちた日本の古典芸能をチェロで表現する試みは、タイトルが「BUNRAKU」と書かれているので海外に紹介する意図があって作曲されたと想像される(1960年作)。邦楽、日本人の心を三味線に通ずる(?)西洋楽器で表現した試みは素晴らしい。ピッチカート奏法を使うと三味線が奏でる音が生じる。チェロから奏でられるとは想像もつかない音が紡がれ、興味津々で10分ほどの曲を聴けた。近松門左衛門の「心中天の網島」の文楽の場面も浮かんだが、目の前で奏でられる音に終始惹きつけられた。海外でも人気の作品で大好評であったことが容易に想像される。

今回の3曲はハンガリー公演でも演奏し、ライプツイヒ、ブダペストの様子も語ってくれた。演奏終了後にブラヴォーの声が上がって、殆どの人が初めて聴く「BUNNRAKU」に感動の様子。

恒例の交流パーティでは小野木さんが同じテーブルの目の前に座って非常に気さくな態度で話に応じてくれた。彼のCDにサインをもらう人々に対応しながらもいろいろな話に付き合ってくれた。いつも隣り合わせる知人との話も興味深く今日も楽しい時間を過ごせた。

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fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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