オロスコ=エストラーダがベルリン・フィルでデビュー(ショスタコーヴィチ:交響曲第5番)

昨夕は妻と映画鑑賞。それぞれの趣味を中心に生活しているので一緒に外出することは稀である。6月10日封切の映画「光をくれた人」の試写会が劇場公開に先立って朝日新聞北海道支社主催で開催された。Asahi Family Clubのメンバーで毎年のように映画上映会や講演会に応募して参加していたが最近は久しぶりである。映画は平日の都合の良い時間帯に鑑賞していて、夕方に観ることはない。今回は妻が応募して招待状が届き、偶々時間が空いていたので一緒に出掛けた。
“The Light Between Oceans”はアメリカ・オーストラリア・ニュージーランドの合作映画で灯台守が主人公の物語。オーストラリアの孤島に暮らす孤独な灯台守が妻を迎えて幸せに暮し始めるが、ある出来事が彼らの人生を狂わせる。お互いの愛が人々の心を揺さぶるラブストーリー。一見の価値がある映画である。

昨日の午後は5月開催の3つのデジタル・コンサートホールの最終コンサートを視聴した。
客演指揮者Orozco-Estrada(アンドレス・オロスコ=エストラーダ)は1977年コロンビア出身。若手の俊英指揮者として注目されて既に日本でも客演している。現在、フランクフルトhr響、ヒューストン響の首席指揮者、ロンドン・フィルの首席客演指揮者。今回べルリン・フィルハーモニーに初登場。

前半の演目は珍しい曲。近年、ベルリン・フィルで演奏されていない曲と時間配分を考えて指揮者が選んだ2曲。(*インタヴューで選曲の様子を答えていた。)

〈PROGRAM〉
 R.シュトラウス:交響詩「マクベス」 op.23
 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番 ト短調 op.40
 ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 op.47

シュトラウスの最初の交響詩となる「マクベス」はベルリン・フィルの前回の演奏が2000年という。シェイクスピアの戯曲を基にしているが、ドラマティックな要素もなく何となくスムーズに20分ほどの曲が終わった感じがした。初めて耳にしたので曲の特徴がよく分からなかった所為もある。

ラフマニノフはピアノ協奏曲は第2・3番は名曲として演奏機会が多いが、第4番は最も頻度が少ない。1941年にラフマニノフ自身のピアノ演奏によるオーマンディ指揮フィラデルフィア管のCDで何度か耳にしているが、生で聴いたのは2011年清水和音が高関指揮札響と4曲全曲を弾いた時だけである。

今回のピアニストLeif Ove Andnes(レイフ・オヴェ・アンスネス)は1970年、ノルウエー出身の巨匠。92年にはベルリン・フィルにデビューして国際的に活躍して、十年ぐらい前から何度も来日しているが残念ながら彼の公演を生で聴いたことはない。アンスネスは2010-11年シーズン、ベルリン・フィルのアーティスト・イン・レジデンスを務め、ベルリン・フィルとの共演は数多いピアニスト。

1917年のロシア革命後にアメリカに亡命したラフマニノは演奏家としての活動が多くて、作品は余り残していない。代表作は「ピアノ協奏曲第4番」と「パガニーニの主題による狂詩曲」ぐらいである。
「第4番」は変奏曲の形式が使われるなど従来の曲とは違う革新的な試みがなされている。第1楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。オーケストラとピアノが一体となって壮大な音楽を奏でる。第2楽章はラルゴで静かな主題がピアノと弦で交互に紡がれ、素朴なメロディが流れる。第3楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。自由な形式によるラプソディ風の音楽。オーケストラの激しい響きに始まり、ピアノが主題を色彩豊かにいろいろに彩る。力強い響きでフィナーレ。

ピアノの名手アンスネスの比類ない美しさを湛えて情感が籠った演奏は聴衆を圧倒した。アンコールに「シベリウス:ロマンス」。北欧出身でグリーグで脚光を浴び、比較的に地味なデビューだったが今やベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲をマーラー・チェンバー・オーケストラと弾き振りするなどの活躍ぶりは実に頼もしい。アンコール曲に北欧の作曲家の作品を演奏したのも印象的だった。来札公演を期待したいピアニストである。

「ショスタコーヴィチ:交響曲第5番」は2011年の佐渡裕がベルリン・フィル・デビューで指揮した曲でもある。ベルリン・フィルは数年前にも演奏したらしいが、人気の大曲なので指揮者は腕の見せ所として選曲したと思われる。

戦前、戦中、戦後の社会主義国ソ連で生きたショスタコーヴィチは生涯に交響曲を15曲書いた。その中で最も演奏機会が多くて親しまれているのが「第5番」だと思う。ベートーヴェンの「第5番」を意識して作られた「マーラーの第5番」とともに20世紀後半以降では人気の作品。

ショスタコーヴィチはこの曲の発表前に彼の作品はソヴィエト共産党機関紙プラウダによって社会主義にふさわしくないと批判されて苦境に陥っていた。1937年の革命20周年記念演奏会の曲として作られたこの曲の初演で成功を収めて彼の名誉が回復された。“革命”という愛称がある「第5番」は英雄的曲想を持ち「苦悩から勝利へ」、「暗から明へ」と向かう様子が当時のソヴィエト連邦という社会主義国で好意的に受け止められた。ベートーヴェンやマーラーを意識して書き上げた作品かも知れない。
ショスタコーヴィチは極端な社会体制の下で友人を含めて多くの人々を失い苦悩していたが、「第5番」では抒情的な着想で書かれていて、明るい人生感、生きる喜びで結ばれている。人間性をテーマとした作品に仕上げているが、その後の作品でも社会体制に疑問を投げかける作品も多くあり、何処までが彼の本心かは分からない。
いずれにしても「第5番」はショスタコーヴィチの交響曲の中でも最も聴く機会が多くて各楽章に親しみのあるメロディも多くて、一番聴きやすい曲になっている。

オロスコ=エストラーダの指揮ぶりは初めて観たが若々しくて勢いがあり、オーケストラとの調和を図って楽団員の個性も生かしたようであった。(*ヴァイオリニストのインタヴューでの応答ぶりからも判断した。)

※当日のコンサートマスターは樫本大進で第2楽章での美しいソロ・パートの場面も観れて良かった。
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札幌フィルハーモニー管弦楽団第56回定期演奏会

札幌は5月大型連休の頃から比較的好天が続いていたが、運動会が予定されている月末の土日は雨模様が心配される天気予報である。孫は本州にいて直接の関わりはないが青空の下で無事に行事が行われてほしいと願う。

昨年と同様に5月から始まった時計台のボランティア活動で既に4回の活動を終えた。週一度のペースで活動に加わっている。「旧札幌農学校演武場」の建物は明治39年から「札幌市時計台」となっている。演武場設立当初には時計は無く、3年後の1881年(明治14年)から時計は稼働している。現在2階は夜は頻繁にコンサートに利用されて多くの札幌市民にも親しまれているが、「演武場」として使われていた歴史を知らない人が多いようである。来館者の多くは観光客で年間20万人で外国人の来館者が1割強。明治時代に作られた72台の日本の時計機械で現在も稼働しているのは札幌の時計台のみである。マン・パワーで動き続けている時計の存在を目のあたりにして感激する人が大部分である。予想外の知識を得て感謝されることが多い活動でやり甲斐がある。

今月のKitaraでのコンサート鑑賞は6回目。最近10年間の統計を取ってみたら、春150回、夏203回、秋202回、冬158回となっていた。(*秋が断然多いと思っていたが、PMFで夏が多くなっている)。コンサートの開始前には1日中降り続いた雨も止んでいて、中島公園の緑も一層映え、ライラックの紫色の花や橙色のつつじが鮮やかに咲き誇っていた。

2017年5月17日(土) 開演:18:30  札幌コンサートホールKitara大ホール
 〈Program〉
  ウォルトン:戴冠行進曲 「王冠」
  チャイコフスキー:イタリア奇想曲
  ブラームス:交響曲第4番 ホ短調

ウォルトン(1902-83)の名を知ったのは諏訪内晶子のヴァイオリン協奏曲のCDにシベリウスとカップリングされていた十数年前。彼はブリテンと並ぶ20世紀のイギリスの作曲家だと分かった。ハイフェッツからの委嘱を受けて書いたヴァイオリン協奏曲の他にヴィオラ協奏曲、チェロ協奏曲も優れた作品だという。しかし、コンサートで聴いた記憶はない。
ウォルトンは英国王の戴冠式のための行進曲を2曲作曲している。1曲目はジョージ6世の時(1937年)の「王冠」で尾高忠明指揮札響の名曲シリーズ(*エリザベス女王の即位60周年に当たる2012年)、2曲目はエリザべス2世の時(1953年)の「宝玉と王の杖」も尾高&札響で2016年4月の名曲シリーズ。
「王冠」(Crown Imperial)は若々しく気高い王を迎えるに相応しい勇ましい行進曲。ジョージ6世は映画「国王のスピーチ」で話題となったエリザベス女王の父君。5年前に訪れたバッキンガム宮殿前の衛兵の行進の様子も思い浮かべながら聴いた。英国人の勇気、希望、誇りが湧き上がるような曲。金管楽器も多く、大人数での演奏は難しそうであったが、オープニングを飾るに相応しい威勢の良い曲であった。

チャイコフスキーが40歳の頃にイタリアを旅行して書いた「イタリア奇想曲」(Italian Capriccio)。彼が旅行中に耳にしたファンファーレで始まった曲はイタリア滞在中の思い出が“カプリッチョ”(気ままに)綴られた。メロディ・メーカーとしてのチャイコフスキーの魅力が溢れた曲。チャイコフスキーが耳にした民謡の旋律によるイタリア組曲は風土や人々の明るさが横溢している。午前中にYouTubeで広上指揮京都市響の素晴らしい演奏を堪能した。
札フィルのトランペット奏者のファンファーレは見事! 第1曲は緊張もあったのか金管奏者の音が思い切り出ていないように思われたが、それに比べてずっと聴きやすくなっていた。かなりの練習量を積んだのだろうが、迫力が違っていても楽しい雰囲気で聴けた。オーボエの演奏も良かったし弦楽器の響きもまずまずだった。

指揮は板倉雄司。昨年の定期の指揮も担当した様子。北海道教育大学札幌分校卒で同大学院修了。現在は札幌創成高等学校教諭。地元で活躍中で昨年の定期に続いての指揮だそうである。

後半の交響曲は2管編成のオーケストラ。ブラームスが交響曲を本格的に書き始めたのは40歳を過ぎてからで、生涯に4つの交響曲しか作らなかった。しかし、4つの交響曲は全て優れていて演奏機会が多い。特に「第1番」と「第4番」は完成度が高い名作である。
「第4番」は重厚長大な作品。この曲がスタートして札フィルの安定した実力が発揮されたように感じた。弦楽器と管楽器の調和がとれた演奏で前半と見違えるような印象を受けた。聴きなれない吹奏楽的な管弦楽曲の響きと聴きなれた交響曲の落ち着いた響きの違いによる個人的な印象かも知れない。
楽章の流れは今更触れない。フルート独奏のメロディが美しかったが、全体的にバランスのとれた良い演奏のように思った。

プロの演奏会とは違うアマチュアの演奏会の雰囲気と聴衆の年齢層。アマチュアのオーケストラを応援する人々の姿も好ましい。演奏終了後の拍手は盛大であった。
アンコール曲は「ブラームス:ハンガリー舞曲第4番」。

札フィルの演奏を初めて聴いたのが2007年であるが、Kitaraボランテイアが札フィルのチェロ奏者として活躍していることもあって、13年以降聴き続けて、(昨年は都合で聴かなかったが)今回が5回目だった。
職業に従事しながら、あるいは趣味としてオーケストラに所属して音楽を楽しみ、他の人々に音楽を届けることは素晴らしい。簡単にできることではないが、続けてほしい。

※プログラムに札フィルのメンバーの一言が載っていた。チェロ奏者が視覚障がい者のために点字プログラムの作成を続けているという。昨年は同伴者が必要な人が32名参加、点字プログラムは16名分も作ったそうである。楽器演奏のほかにも貴重な活動をしていることを知って心からの敬意を表したい。

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ビシュコフ指揮ベルリン・フィル「R.シュトラウス:英雄の生涯」&「ショスタコーヴィチ・チェロ協奏曲第1番(ゴーティエ・カプソン)」

セミョン・ビシュコフがベルリン・フィルハーモニーに登場。樫本大進がKitaraのステージに初登場したのが1998年10月でオーケストラはケルン放送交響楽団だった。1952年、レーニングラード生まれのビシュコフが97年にケルン放送響(現ケルンWDR交響楽団)の首席指揮者に就任して初の日本デビューの年だった。ビシュコフは74年に米国移住。84年にはニューヨーク・フィルにデビューして、アメリカ国内のメジャー・オーケストラを次々と客演指揮。85年にはベルリン・フィルに初登場。89年にパリ管の音楽監督も兼任して、2010年までWDR響を率いた。彼の指揮ぶりをじっくり観るのは約20年ぶり。
98年の札幌公演での演目はメンコンとマーラーの第5番だった。

2017年5月12日のベルリン・フィルの演奏曲目は「ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番(チェロ独奏:ゴーティエ・カプソン)」と「リヒャルト・シュトラウス:英雄の生涯」。

ショスタコーヴィチ(1906-75) とR.シュトラウス(1864-1949)は共に20世紀の政治状況に直面したが、対処の仕方が対照的な作曲家であったと思う。生まれた時代が違うことが、第ニ次世界大戦後の二人の作曲家の生涯を分けたのも事実であろう。

ショスタコーヴィチはスターリン時代のソヴィエト連邦の政治の悲劇に巻き込まれながら偉大な作曲家としての足跡を残した。第二次世界大戦前の創作前期には前衛的で斬新な作品を書いたが、大戦中や大戦後はスターリン体制の下で曖昧ながらも巧妙な政治批判を込めた作曲活動を行った。ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲を各2曲書いているが、ピアノ協奏曲第1番を除いて、全ての協奏曲は戦後に書かれた。これらの曲にはロマンティックな情感が織り込まれている。2曲のチェロ協奏曲は盟友ロストロポーヴィチに贈られた。「第1番」は1959年に書かれた作品で、全体に軽快な印象の曲で親しみやすい。1966年に書かれた時のソ連国内の政治状況を反映した「第2番」の重苦しい雰囲気とは違っている。

ゴーティエ・カプソンは1981年フランス生まれで、ヴァイオリニストの兄ルノー・カプソンと共に世界的に人気の高い演奏家である。十数前にアルゲリッチとアンサンブル、多分ピアノ三重奏曲で札幌で公演を行った。聴き逃したのが返す返すも残念である。今回、初めて聴いたが高度な技巧を駆使した颯爽とした演奏ぶりは実に見事であった。
ロストロポーヴィチのために書かれただけあって非常に技巧を要する曲で、ショスタコーヴィチの最初のチェロ協奏曲として世界的にも評価されたようである。管楽器がホルンだけで観ていなければ気づかなかったかもしれない。行進曲風の速いテンポで始まるが、やがて緩やかな抒情的な部分となり、長大なカデンツァが入り、壮大なフィナーレ。

「第1番」が作曲された前年の1958年、ショスタコーヴィチはイタリア最古のサンタ・チェチーリア音楽アカデミーの名誉会員に選ばれ、ヘルシンキではシベリウス記念国際賞を授与され、国内では第1回チャイコフスキー国際コンクール委員長として活躍していた。この年には再婚してある面で恵まれた作曲環境にあった。「第1番」には独裁社会の体制下で多くの友を失って生への不安も反映している場面もある。この曲の評判は良かったが、1966年作曲の「第2番」はソ連の体制の中で正当な評価を受けなかった。自分は「第2番」しかCDは持っていないが、落ち着いた雰囲気の内省的な作品でショスタコーヴィチらしさが出ている気がする。

アンコール曲は「カザルス:鳥の歌」。5人のチェロ奏者の前奏があって、その後にカプソンの独奏が入る形の演奏で心が洗われるようであった。馴染みの曲が奏でられてチェロのアンサンブルで新鮮なメロディとなって心に響いた。

R.シュトラウスは父の教育方針もあって音楽学校には行かずにミュンヘン大学で幅広い教養を身に着けて、作曲や指揮活動を行った。ベルリオーズやリストの影響を受けて、数多の交響詩を書いた。「ドン・ファン」、「死と変容」、「マクベス」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」、「ツァラストゥラはかく語りき」、「ドン・キホーテ」、「英雄の生涯」。

「英雄の生涯」は交響詩としての最後の作品で1898年に完成した。その後、シュトラウスは1949年に亡くなるまで交響詩と銘打った作品は書かなかった。
標題の「英雄」は作曲者自身を指す。曲は6つの部分から成り、切れ目なく演奏される。
「第1曲 英雄」は力強いユニゾンで雄々しく立ち上がるスケールの大きな英雄の主題。「第2曲 英雄の敵」は批評家や批判する敵がフルートやオーボエで現れるスケルツォでの調べ。酷評する人々の様子を木管で表現するが、英雄に一喝されておとなしくなる。「第3曲 英雄の妻」はソロ・ヴァイオリンによる優美な主題。孤独な英雄を慰める甘美な愛の世界が繰り広げられる。「第4曲 英雄の戦場」はトランペットのファンファーレ。敵との激しい戦いで、英雄は勝利を得る。「第5曲 英雄の業績」ではこれまでのシュトラウスの前述の作品のテーマが断片的に流れる。「第6曲 英雄の引退と完成」は英雄の幸福な晩年。平和な田園の様子。イングリッシュ・ホルン(*ヴォレンヴェーバーの演奏が心地良く響く)が羊飼いの笛を模しているようだ。音楽は安らぎを深め静かに満足げに終わる。

自分の死の50年前に自分自身を英雄として書き上げるとは恐れ入った。大変な自信家だがオペラを含め音楽の多くのジャンルにわたって偉大な作品を数多く残したリヒャルト・シュトラウスをより深く知りたいと思った。20年ほど前にKitaraで一度聴いたことがあるがタイトルを知っているだけで、その当時から音楽の内容は詳しくは知らなかった。(*彼は1940年、日本の紀元2600年に祝典音楽を依頼されて作曲。ネーメ・ヤルヴィがN響と共演した様子を聴いたことがある。)

シュトラウス自身は聴衆が45分もの交響曲を標題なしで聴くことの難しさから「標題音楽」として交響詩を書き続けたらしい。
テーマの知識はある程度あった方が良い場合もある。R.シュトラウスの音楽は比較的長い音楽が多いので、標題があった方が楽に聴ける。「家庭交響曲」、「アルプス交響曲」はタイトルだけで曲想が分かる。
自由に想像を膨らませて聴いたほうが良い音楽もあるので一概に標題音楽が素晴らしいとは必ずしも言えないのではないだろうか。

ビシュコフが約20年前の日本ツアーの2公演で「英雄の生涯」を演奏している。彼はシュトラウスに深い愛情を抱いているようで、ベルリン・フィルとは過去に「ドン・キホーテ」も共演している。今回はフィルハーモニーの聴衆も大絶賛の演奏会であった。

リヒャルト・シュトラウスは20世紀の独裁政治がもたらした悲劇や苦悩とは関わりのない人生を送ったようである。1945年にアメリカ兵がナチスの帝国音楽院総裁シュトラウスの邸宅を差し押さえに訪れた際に、彼は「私は“ばらの騎士”の作曲家です」と説明して彼らを追い払ったエピソードが伝わっている。(*歌劇「ばらの騎士」は一世を風靡したオペラ。今シーズン最後のMETライブビューイングで来月上映される。)

※今やベルリン・フィルのコンサートマスターを務めているDAISHINがKitaraのステージに初登場した時は彼は弱冠19歳だった。当時のドイツを代表する放送オーケストラのケルン放送響には3人の日本人首席奏者がいた。コンサートミストレスが四方恭子、オーボエ首席が宮本文昭、コントラバス首席が河原泰則。ヨーロッパのオーケストラは様々な国々の人々から構成されているが、今年ヨーロッパ公演旅行に出かけたN響は全員が日本人でレベルの高さを印象付けたようである。


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札響第599回定期演奏会(ホリガー指揮ラトヴィア放送合唱団)

昨日は午前中にKitaraボランティアの活動があり、午後はレストランで今年度新加入のボランテイアを迎えての交流会がランチ会形式で開催された。60名の人数は最近では一番多いほうで、午前の活動も含めてお互いに和気あいあいの雰囲気の中で短時間ながらもボランテイア同志の交流が進んだ。
その後、直ぐの定期コンサート鑑賞。今回はオーケストラ演奏より、ホリガー指揮とともに世界的に名高いラトヴィア放送合唱団の共演に注目が集まった。
ホリガーは2015年9月第580回札響定期に続く2度目の指揮者としての来演。前回はオーボエ演奏も聴けて大満足であった。公演での聴衆の感動もさることながら前回の札響を評価して今回の公演に繋がったのだろうと推測できて嬉しい。

2017年5月20日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ハインツ・ホリガー(Heinz Holliger)
独唱・合唱/ ラトヴィア放送合唱団(Latvian Radio Choir)

〈Program〉
 シューマン:ミサ・サクラ ハ短調 op.147
 マーラー:アダージェット~交響曲第5番より
       夕映えのなかで~無伴奏合唱のための (交響曲第5番よりアダージェット)
       (編曲:ゴットヴァルト、詞:アイフェンドルフ)
 ドビュッシー:海~3つの交響的素描

シューマンの「ミサ」や「レクイエム」は今まで聴いたこともない。ヨーロッパでは当たり前のことでも、宗教音楽などは日本で馴染みでないことは不思議ではない。今演奏会が札響初演。曲は「キリエ」、「グローリア」、「クレド」、「オッフェルトリウム」、「サンクトゥス」「アニュス・デイ」の6章からなう約45分の曲。ソプラノ独唱、テノール、バスの独唱も入った。さすが統制のとれた綺麗な歌声。
合唱団員の構成はソプラノ、アルト、テノール、バス各6名の24名。合唱団の中でソリストを担当できる人材がいることにこの合唱団のレヴェルの高さが表れていると思った。

マーラーの5楽章から成る「交響曲第5番」の第4楽章「アダージェット」は単独でも演奏される機会があって親しまれている。弦楽合奏とハープのみの演奏。抒情と悲しみに満ちた音楽。

このマーラーの名曲がゴッドヴァルトによって合唱曲にアレンジされたものが「夕映えのなかで」という作品。もちろん、今回初めて聴くが無伴奏で歌われると、この合唱団の素晴らしさが良く分かる。10分ほどの合唱曲。マーラーと妻アルマの愛と死を歌った詞に曲をつけたように思われた。演奏終了後にはブラヴォーの声が客席のあちこちから上がった。ブラヴォーの掛け声と万雷の拍手に聴衆の感動の様子がうかがえた。ホリガーも合唱団を北欧の地から呼び寄せて一緒に公演を行ったことが成功して満足そうであった。札響の演奏と合わせてプログラムを組んだのが良かった。
演奏終了後にホリガーが客席からステージに呼び寄せた人物は合唱曲の編曲者だったのではないかと思った。

最後を飾ったドビュッシーの「海」は幅広い音楽を扱えるホリガーのレパートリーの広さを示していた。フランス音楽でも独特な味を伝える印象派のドビュッシーの音楽。ピアノ曲が多い中で彼のオーケストラ作品は少なめである。
3楽章構成の曲。第1楽章「海の上の夜明けから真昼まで」、第2楽章「波の戯れ」、第3楽章「風と海との対話」。19世紀までの管弦楽曲とは違う洗練されたリズムを使って絶妙な雰囲気の曲を書き上げた。色彩感豊かな表現力にうっとりさせられる。最終楽章での風は弦楽器、海は管楽器が奏でていたように想像した。
2004年にラトル指揮ベルリン・フィル札幌公演でこの曲を聴いてから10年以上も経ったが、音楽を聴きながらの想像力は広がっているのを感じる。
初版総譜の表紙に北斎の浮世絵が刷られた話は有名である。先月、訪れた東海道五十三次内の鞠子(丸子)で当時の様子が伝わる店で“とろろ汁”を食べた。百何十年も前から創業している店内に美術作品があって北斎やドビュッシー関連の絵もあったのをこの機会にまた思い出した。

※ラトヴィアは人口200万ぐらいの小国でバルト三国のひとつ。ラトヴィアはヴァイオリンのギドン・クレーメル、指揮者のマリス・ヤンソンス(バイエルン放送響音楽監督)、アンドリス・ネルソンス(ボストン響音楽監督)など世界トップで活躍する音楽家を次々と輩出している。ソプラノ歌手、オポライスのMETでの活躍ぶりは目覚ましい。ラトヴィア合唱団も世界最高の合唱団と言われるほどの高い評価を受けて、21日は武蔵野市民文化会館での公演、25日にはホリガー作曲の作品が上演される東京オペラシティにも出演する。

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ラトル指揮ベルリン・フィルによる「ブルックナー:交響曲第8番」

先週のデジタル・コンサートホールでヤンソンス指揮による「シべリウス交響曲第1番」、「ウェーバー:クラリネット協奏曲(ソリスト:アンドレアス・オッテンザマー)」「バルトーク:中国の不思議な役人」を聴いた。今週はラトル指揮の「ブルックナー交響曲第8番」。実は一昨日アーカイヴを観て感動したばかりである。

昨日の午後は北海道立近代美術館で開かれている「大原美術館展Ⅱ」を鑑賞。5年前の「大原美術館展Ⅰ」を思い出した。丁度20年前には倉敷に在る「大原美術館」を訪れたことを振り返り懐かし思い出が蘇った。「ルオー:道化師」や「岸田劉生:童女舞姿」は何となく記憶の隅にあった。1920年代を中心に描かれた50作家71点の作品を想像力を巡らしながら1時間ほど鑑賞した。
抽象画はもちろんであるが、具象画も自分なりにイマジネーションを広げながら観ると面白い。

音楽鑑賞も人それぞれで印象が違う。私自身は曲そのものだけでなく、作曲家、演奏家の生涯もコンサート前後に考えてみたりすることがよくある。
サイモン・ラトルとマリス・ヤンソンスがKitaraに来たのが1998年5月。確か20日と25日にそれぞれ初登場。ラトルはバーミンガム市響(ソリストがイダ・ヘンデル)、一方ヤンソンスはピッツバーグ響withミッシャ・マイスキー。当時は迷った末にヤンソンスの方を選んだ。この後、2人がアバドの後釜としてベルリン・フィル音楽監督の有力候補になっていた。ヤンソンスはこの時以来Kitaraには来ていないが、2004年にラトルはベルリン・フィルのシェフとして再びKitaraのステージに上がった。

Simon RattleのCDは2004年来日記念盤として発売されて購入した。ポピュラーな曲が11曲ほど収録されていて、何回も聴くほどではない。KRYSTIAN ZIMERMAN, LANG LANGとの共演でBERLINER PHILHARMONIKERとそれぞれ2005年と2013年にEUで制作された2枚のCD「ブラームス:ピアノ協奏曲第1番」、「プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番、バルトーク:ピアノ協奏曲第2番」の海外版は度々聴いている。
ラトルとヤンソンスの指揮の様子はNHKなどの放映で目にしても、ベルリン・フィルハーモニーでの指揮姿は珍しい。2週続けて彼らの姿を観てブログに書いておくことにした。

さて、ラトルは現在は余りポピュラーな曲は定期演奏会では指揮していないように思われる。ベルリン・フィルでは既にブルックナーの「第7番」と「第9番」は演奏済みだという。
私自身、ブルックナーは苦手の方だったが演奏会で耳にすると、それなりに親近感を覚えてきた。「第4番 ロマンティック」だけは聴きやすいと思っていたが、「第6番」は数年前の札響定期で聴いて面白いと思った。CDだけで1回耳にした程度では曲の良さが分からないのだろう。

「第8番」は十数年前にフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルのCD(*1949年ライヴ録音)で1度は聴いていた。おととい聴いた80分強の曲は印象が強烈であった。特に第4楽章の壮大なオーケストラの総奏に魅せられた。フルートやオーボエ、クラリネット、ホルンなど馴染みの奏者の顔が分かることもあって演奏に夢中になった。珍しく、再び今日も聴いてみたくなった。

死を連想させる不気味な響きで始まる第1楽章はやがて様々な楽器の音がぶつかり合って諦めの気分が漂う。第2楽章はロマン的な軽やかな場面を想像させるスケルツォ。第3楽章は荘重でゆったりとしたアダージョ。弦楽合奏、木管合奏が入り、ホルンのみの旋律やチェロの壮麗な主題もあって聴きごたえ十分。4本のテューバの重々しい響きも聞こえた。
第4楽章が何と言っても壮大であった。トランペットのファンファーレは王の登場の合図だろうか。金管楽器は軍楽隊の音楽のようで勇ましかった。ホルン8本、ハープ3台の楽器編成など音楽の壮大さが伝わる。オーケストラのトッティを聴いていると心が浮き立つ。普段は比較的落ち着いた指揮ぶりのラトルもかなり力が入っていた。曲は圧倒的なフィナーレで閉じられた。(曲の終了後、余韻を味わってから盛大な拍手が沸き起こったことに聴衆のレヴェルの高さを感じた。)

※この大編成の曲の演奏機会が少ないのは当然だろうと思った。素晴らしい演奏を耳にできて良かった。また、別な機会にデジタル・コンサートホールのアーカイヴで聴いてみようと思う。

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デビュー5周年記念 牛田智大ピアノリサイタル

前回聴いた牛田智大のリサイタルがデビュー翌年の13年1月。14年6月にはヴラダー指揮ウィ-ン室内管と共演してショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏。17年2月の札響名曲シリーズでは高関指揮による同じコンチェルトを弾いた。今回が札幌での2度目のリサイタル。モスクワ音楽院ジュニア・カレッジ在籍中の17歳がKitaraのステージに登場したのも4回目となった。

2017年5月13日(土) 1:30PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 リスト:愛の夢 第3番
 ショパン:ノクターン第13番 ハ短調、 幻想即興曲 嬰ハ短調
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調「月光」
 J.S.バッハ(ブゾーニ編):シャコンヌ ニ短調
 シューマン(リスト編):「献呈(君に捧ぐ)」
 リスト:ラ・カンパネラ、  ピアノ・ソナタ ロ短調

原曲の歌曲がピアノ用に編曲され、人々に最も親しまれているロマンティックなメロディで始まったコンサート。続いての、ショパンの「ノクターン第13番」は格調が高くスケールの大きい男声的な曲。曲名は直ぐ頭に浮かばなくても馴染みのメロディ。ショパンが書いた4つの即興曲の中で最初の「第4番」は甘美で感傷的な旋律で「幻想」のタイトルが付いた有名な曲。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「月光」は幻想的な雰囲気を持つ叙情あふれるロマンティックな第1楽章が特に印象的。第2楽章に舞曲調の曲想が入り、情熱的な第3楽章で比較的短いソナタが閉じられる。

前半の最後の曲「シャコンヌ」はバッハの〈無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番の最終楽章〉が原曲。近年、ピアノ用に編曲されたブゾーニの作品を聴く機会が多い。15分ほどの壮麗で雄大な調べが超絶技巧の力強い演奏で紡がれた。1階10番ど真ん中の座席から左手と右手が交差するピアニストの運指が良く見えた。牛田の腕の見せ所を充分に味わえた。
3階の客席を除いた1600席ほどの客席が大部分埋まったが、ショパン2曲続けての演奏の間や、ソナタの楽章間の拍手も起らずにピアニストが演奏しやすい環境を作っていたのには聴衆の配慮が感じられた。今回の演奏曲「シャコンヌ」には牛田の意気込みが籠っていて、演奏終了後に歓声が沸き起こった。

リスト編曲作品の中でも演奏される機会の多い「献呈」。シューマンがクララに献呈した歌曲集「ミルテの花」からの編曲。彼らの結婚を祝ってリストが贈ったピアノ曲。余りにも華麗で華やかな曲にクララが怒ったエピソードが伝わっている。

20歳の時にパガニーニの演奏を聴いて、“ピアノのパガニーニ”を目指したと言われるリスト。ピアノ用に編曲された〈パガニーニの主題による6つの大練習曲〉の第3曲「ラ・カンパネラ」。鐘の鳴り響く音の美しいメロディ。超絶技巧を要する曲として最も有名で親しまれている。

リスト唯一のピアノ・ソナタ。難曲ぞろいのリストのピアノ曲中で難曲中の難曲と言われる曲。リヒテルとアルゲリッチのCDで聴いてはいたが、2009年のケマル・ゲキチによるKitara小ホールでの演奏で強烈な印象を受けた。(*彼は14年にも札幌公演を行った)。10年ほど前の「音楽の友」誌で日本の現役ピアニストのアンケートの集計によると「ベートーヴェンのソナタ第32番」と「リストのロ短調」が最も演奏したい曲となっていたと思う。
ゲキチの圧巻の生演奏の様子は今でも眼前に浮かぶ。昨年は6月にアレクサンデル・ガジェヴ、10月にアリス=紗良・オットの「ロ短調」を聴いたばかりで、最近はこの曲を耳にする機会が多くなって鑑賞力も高まってきた感じがしている。人間の体と感覚と魂がピアノを通して表現する力を追求した音楽で何をくみ取るかは難しい。

演奏を始める前に牛田はマイクを取って、鑑賞の一助として「ファウストの4つのテーマ」を紹介した。初めて聞く有益な話で参考にして曲を鑑賞できた。①悪魔メフィストのテーマ、②ファウストのテーマ、③神のテーマ、④ファウストの恋のテーマ。リストの「メフィストワルツ第1番」も度々聴くので、同じテーマが入っていて意外に思った。今まで共通性に気づいていなかった。ゲーテの「ファウスト」はオペラでも取り上げられているが、文学と音楽の関係の広がりを実感した。
今まで漠然として聴き方をしていても、曲の持つ素晴らしさが何となく味わえたが、今回はピアニストの説明で非常に親しみが持てるリズムに一層心が躍った。
30分ほどの単一楽章が聴衆の集中力を持続させ、感動を呼び起こした演奏となった。
デビュー5年でこんな難曲に挑める能力を持つピアニストに驚きを禁じ得ない。

拍手大喝采に応えたアンコールは2曲。①ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲、②プーランク:エディット・ピアフを讃えて。

帰りにホワイエでKitaraボランティアとして10年にわたって親しくさせていただいた友人2人と久しぶりで出会った。レストランでお茶会をして時間の経つのも忘れて交流を楽しんだ。



 
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METライブビューイング2016-17 第8作《モーツァルト:イドメネオ》

モーツァルトの序曲集に《イドメネオ》が入っていて何度か「序曲」は聴いているが、メロディには親しんではいない。今までコンサートで演目になった記憶もない。オペラのタイトルを知ってはいてもストーリーは全く知らない。そんなわけで今回はこのオペラ鑑賞を予め日程に入れていた。

指揮/ ジェイムズ・レヴァイン   演出/ ジャン=ピエール・ポネル
出演/ マシュー・ポレンザーニ、 アリス・クート、 エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー、 ネイディ-ン・シエラ

全3幕。舞台はトロイア戦争後のクレタ島。イタリア語上演。
クレタ王イドメネオの息子イダマンテは戦争に負けて囚われの身となっているトロイア王女イリアを密かに愛している。クレタに逃れているアルゴスの王女エレットラもイダマンテを愛している。
戦争からの帰路で海で嵐に巻き込まれたイドメネオは海神ネプチューンに助けてもらう代償として、帰還して最初に出会った人間を生贄にして差し出す約束をした。その人物が自分の息子だった。
イドメネオの家臣アルバーチェが王の遭難を告げ、人々は悲しみに沈む。
イダマンテはトロイアの捕虜たちに自由を与えると告げ、イリアに愛を告白する。捕虜の解放に反対するエレットラはイダマンテとイリアの2人を見て嫉妬と復讐の念に燃える。
アルバーチェは王から事の次第を聞いてイダマンテとエレットラを一緒にアルゴスに行かせて海神の鎮まりを待つ策を取る。王の命に従って船出しようとすると嵐が起こって怪獣が現れる。怪獣を退治しに赴くイダマンテ。自分を避ける父の想いが解らない息子。怪獣退治に成功して勝利の合唱の中を帰還したイダマンテはイドメネオの真意を知り、潔く死を決意する。イリアが身代わりを申し出る。海神の像が動いて、神の声で「イドメネオは退位して、イダマンテがイリアを王妃にして即位するように」告げる。人々の喜びの合唱で幕を閉じる。

歌手で名を知っていたのはイドメネオ役のポレンザーニのみ。5年前のMET《愛の妙薬》で聴いて印象に残っていた。悩める王を見事な演唱で表現したMETのスター的存在。
メゾソプラノのクートはズボン役を主に得意とする歌手だそうである。余り違和感は無かったが、主役のズボン役は今まで観たオペラでは無かった。慣れていないせいか女性の配役の方が良かった気はした。
イリア役のシエラは純真無垢な可愛らしい王女として歌唱力も演技も初々しい新進ソプラノ歌手。フロリダ出身だそうだが、今後の活躍が期待される。
エレットラ役のヒーヴァーはとても個性的で卓越した表現力でドラマティックな演唱を繰り広げ異彩を放っていた。
本日の上映は個々の歌手のアリアは良かったが場面の展開に変化がなくてやや盛り上がりに欠けた。

休憩2回を挟んで4時間半。正味200分の大作。指揮者レヴァインとオーケストラピットの映像が普段より多かった。40年以上にわたる音楽監督を昨年で退任したレヴァインに対する敬意を感じた。レヴァインもすっかり健康を回復した様子だった。今回の特別映像はいつもより興味深く、特にレヴァインの1988年当時の《ナクソス島のアリアドネ》上演に際してオーケストラや歌手の指導の様子が放映された。凄く印象に残って良かった。ジェシー・ノーマンとキャスリン・バトルの往年の大歌手の素晴らしい歌声が聴けて感動した。オペラ上演に向けてレヴァインがピアノを弾いて彼らと話し合いながら音楽つくりをしている姿は信じられないような光景で宝物の映像のように思った。




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オーケストラHARUKA第14回演奏会(ショスタコーヴィチ交響曲第5番)

何処から住所を手に入れたのか分らないが主催者から自宅に定期演奏会の案内状が届いたこともあってコンサート当日にチケットを受け取って入場できるように手配しておいた。このオーケストラによる年一回の定期演奏会を聴くのは4年ぶりである。昨年11月に北大交響楽団と共演し、同月にデュオ・リサイタルも聴いたソリストの出演も魅力的だった。

2017年5月6日(土) 13:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ 三河 正典    管弦楽/ オーケストラHARUKA
ピアノ/ 佐野 峻司

〈Program〉
 ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー(ピアノ独奏:佐野峻司)
           パリのアメリカ人
 ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 作品47

ガーシュイン(1898-1937)の代表作2作品は演奏機会が結構多い。アメリカのジャズがふんだんに取り入れられた作品はもう現在ではクラシック音楽の範疇に入る曲となっている。まるで幻想曲風のピアノ協奏曲。
クラリネット・ソロの開始部分が極めて印象的で特別な気分に引き込まれた。クラリネットの上昇グリッサンド(*音階を駆け上がっていく奏法は普通のクラシックには無い奏法らしい)に続いてピアノのカデンツァ。曲はシンフォニックに展開され、全曲にわたってシンコペーションのリズムが出てきて伝統的なクラシック音楽にはない新鮮さが漂った。

佐野は北大医学部5年在学中で、レパートリーの広さがうかがえた。聴衆が期待するアンコール曲は披露されなかったが、その理由が後で判った。(コンサートの後半の大曲にも出演したのである。)

オーケストラのメンバーはプロとアマの混成らしい。前回の印象より管楽器の安定度が増しているように思えた。クラリネット・ソロは素晴らしかったし、オーケストラ全体のバランスが取れていた。

「パリのアメリカ人」はガーシュインがパリを訪れた時の印象を書き綴った。ポピュラー音楽を書き続けていたガーシュインは1924年に書き上げた“Rhapsody in Blue”が成功して、再び委嘱を受けてジャズとクラシッを融合した作品を発表(1928年)。“An American in Paris”のアメリカ人は作曲者自身を指す。ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団の定期演奏会で初演されたという。

曲はヴァイオリンとオーボエによる「散歩とテーマ」で始まり、その後にタクシーのクラクションの音も聞こえる。トランペットによる哀調を帯びたブルースも歌われて、華やかなクライマックスでフィナーレ。
クラシック音楽では普段は使われない3本のサクソフォン(*アルト、テナー、バリトン)をはじめ管楽器の響きが目立って興味深く聴けた。

ショスタコーヴィチ(1906-75)の15曲の交響曲の中で今まで一番多く耳にしていたのが「第5番」。最近は「第8番」、「第10番」を聴いてショスタコーヴィチの音楽の深さがだんだん分かってきた。
「第5番」はムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルのCD(1973)で何回か聴いていた。最新のCDは佐渡裕指揮ベルリン・フィル・デビューLIVE(2011)。
約50分の大作。ピアノとチェレスタが佐野。(*ピアノが最後部で高いところに配置され、ピアニストの手の動きが見れた。)
4楽章構成。第1楽章からピアノとチェレスタが使われているのを知った。陰鬱な空気に包まれた状況で暮らす人々の姿、闘争が始まりそうな様相が感じられた。第2楽章は諧謔的なスケルツォ。第3楽章は痛切な悲しみを堪えた内省的な緩徐楽章。ショスタコーヴィチの声が聞こえてくるような感じさえした。第4楽章のティンパニの連打が意味するものは聴く者の心に響くが、どう受け止めるかは解釈次第。作曲者は破滅的な結末を予言したのではないか。暗から明へと向かうベートーヴェン流の音楽でカモフラージュしたとも解釈されている。当時のソ連の社会体制の中で生き抜くショスタコーヴィチの苦しかった当時の心境がいろいろと想像される曲ではある。

今日は3曲とも三河の安定したタクトのもとでオーケストラの演奏も素人にとっては充分に満足でき、聴きごたえのある演奏会になった。
アンコール曲は「ショスタコーヴィチ:ジャズ組曲 第2番 より ワルツ」。ショスタコーヴィチがこんなワルツを書いているとは!
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Kitaraあ・ら・かると 《3歳からのコンサートⅢ》(ピアノ:入江一雄)

コンサートでは普通は未就学児の入場は許可されていない。ゴールデンウィーク音楽祭など特別な折には、今回のように親子で楽しめる「3歳からのコンサート」も企画されている。今回は祝日の3日間Kitara主催のコンサートとして“トランペット”、“ハープ”、“ヴァイオリン”を用いる演奏会が開かれた。普段はこの種のコンサートに参加することはないが、最終日のヴァイオリンで注目のピアニストが出演するとあって急遽チケットを買い求めた。

ピアニストの名は入江一雄(Kazuo Irie)。彼は昨年から音楽雑誌を通して良く耳にする名前。東京藝術大学・同大学院首席で卒業・修了後、モスクワ音楽院に学び、ロシアのピアノの巨匠ヴィルサラーゼ(*2003年Kitara でテミルカーノ指揮サンクトペテルブルグ響と共演し、ラフマニノフの協奏曲第3番を演奏)に師事。帰国してから首都圏を中心に活躍している新進気鋭のピアニスト。3月末にはイギリスで研鑽を積んだチェリスト伊藤悠貴とデュオリサイタルシリーズを横浜みなとみらいホールで開始して、ラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番を弾いた。17年4月より東京藝術大学非常勤講師。

ヴァイオリンの瀧村依里(Eri Takimura)の名は初めて聞くと思ったが、入江をピアノ伴奏にするくらいの腕前の演奏家だと推測した。本日のプログラムのプロフィールで二人は1986年生まれで大学の同級生と判明。瀧村と入江は大学4年の2008年第77回日本音楽コンクールで共に第1位。瀧村は東京藝大卒業後、ウィーン国立音楽大学大学院を修了。現在、読売日本交響楽団首席奏者。

2017年5月5日(金・祝) 13:00~13:45  札幌コンサートホールKitara 小ホール
〈PROGRAM〉
 エルガー:朝の歌 作品15-2
 クロール:バンジョーとフィドル
 クライスラー:シンコペーション、 中国の太鼓
 ヴィヴァルディ:「四季」より “冬”
 モンティ:チャルダッシュ

ヴァイオリニストは東京のオーケストラに所属して、たぶんアウトリーチ活動も多く、トークに慣れているように思えた。幼稚園児を含めた小さな子ども相手に巧みにミニ・コンサートを進行した。
ヴァイオリン楽器の説明で、馬のしっぽが使われている部分をほどいた場面は私自身も初めて目にして興味深かった。鍵盤楽器のピアノ以外に子どもたちに知っている楽器の名を言わせるのも子どもの扱いに慣れていると感心した。
弦をはじく奏法を“ピッツィカート”と得意になって答える幼児もいて褒め方も上手い。弦を「こする」と「はじく」曲の説明に「バンジョーとフィドル」を演奏。この曲は初めて聴いて為になった。

彼女は昨日Kitara のステージで演奏してみた時に“Kitaraホールの音の響きの素晴らしさに感動した“と語った。話には聞いていても、実際に体験して述べる演奏家の言葉を通して改めてKitaraの有難さが身に染みる。

クライスラーの「中国の太鼓」はヴァイオリンの名曲として聴く機会が多い。ピアノが奏でる太鼓のリズムで打楽器のような音も作り出せる選曲と思われた。

ヴィヴァルディの曲を通して“どんな色を連想する?”を子どもたちに問うた。色の名前をいろいろ挙げるこどもたち、多くの色の名が挙がった。曲を聴いて、“寒い、暖かい?”と訊かれて、様々な答えが飛び交った。ヴァイオリニストは曲のタイトルを教えて、“どれも正しい”と言い、戸外の寒さと暖炉で暖まる室内の様子を話す。いろんな鑑賞の仕方を伝える説明にとても感心した。

最後にステージを降りて客席に近づきながらの演奏で、ヴァイオリンの様々な奏法(速く、遅く、弾く、はじくなど)が試みられる「チャルダッシュ」。

アンコールに「浜辺の歌」が演奏されたが、さすがに小さな子どもたちは聴きなれない曲で飽きた様子。小学校の高学年以上でないと、30分も過ぎると集中力を持続させるのは難しいようであった。予想以上に子どもたちはおとなしくコンサートに臨んでいたと思った。幼児を連れたお父さん、お母さんの姿は微笑ましかった。

今日は「こどもの日」で家族連れで賑わったKitaraあ・ら・かると。コンサートのほかに楽器体験コーナーやスタンプラリーなどのイベントもあってホワイエ、中庭なども大勢の人で賑わって盛況の様子は何よりであった。

天候に恵まれたゴールデンウイーク期間中に中島公園の桜も満開で、公園内のあちこちで花見をしながら家族で憩う姿は楽しそうであった。

コンサートの帰りに公園内のパークホテルで開催されている北海道書道展に立ち寄った。Kitaraの行き帰りにはホテルの横を通るが、地下にある書道展を見に行ったのは初めてである。妻が会友として初出品になったので立ち寄ったが、500点もの作品はなかなか見ごたえがあった。

※帰宅して「音楽の友」2008年12月号で第77回日本音楽コンクールのヴァイオリン部門とピアノ部門でそれぞれ優勝した二人の名を確認した。ヴァイオリン第3位の寺内詩織とピアノ部門第3位の實川風の名は今でもよく目にする。ヴァイオリン部門の評論家によると瀧村の高度な技術力は特筆すべきと書かれていた。ファイナルではブラームスの協奏曲が指定され、カデンツァは自由だった。 ピアノ部門は第1位が二人いて入江はプロコフィエフの第2番を演奏。同じく第1位の喜多宏丞はリストの第2番。
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Kitaraあ・ら・かると 《きがるにオーケストラ》(大植英次&札響)

2013・2014年に次いで3年ぶりの“Kitaraあ・ら・かると”鑑賞になった。ゴールデンウィークの音楽祭として定着しているが、個人的には魅力あるプログラムではない。大植英次の指揮に魅力があって2年連続して聴いた。大植は昨年に続いて《きがるにオーケストラ》に4回目の出演となった。

2017年5月3日(水・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ 大植英次     管弦楽/ 札幌交響楽団

〈プログラム〉
 リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30より “導入部”
 ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版より) “火の鳥のヴァリエーション”
 伊福部 昭:ゴジラのテーマ
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
 ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)より 3曲
 ジョン・ウィリアムズ:映画「シンドラーのリスト」より “メイン・テーマ”
 バーンスタイン(ハーモン編):組曲「キャンディ-ド」
 レスピーギ:交響詩「ローマの松」より “アッピア街道の松”

オープニングはドイツの大哲学者ニーチェの著作に基づく作品。曲の導入部“日の出”は2分程度で、映画「2001年宇宙の旅」(1968)で人気曲となった。トランペットが吹奏する荘厳な「自然のテーマ」が宇宙の壮大さを感じさせた。大植は北海道の広大さも表現したかったようである。

指揮者は札幌の歴史を調べて今回のコンサートの選曲を行った。札幌の語源はアイヌ語で「乾いた大きな川」を意味する“サッ・ポロ・ベツ”。「乾いた」はストラヴィンスキーの作品に感じられる“dry”な感性。「大きな」は札幌で学生時代を過ごした北海道出身の作曲家・伊福部の“ゴジラ”で北海道の大きさとスケール感を表現。「川」は「ドナウ河」で表した。

ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽の第1作「火の鳥」。組曲は7曲から成る。第3曲が“火の鳥のヴァリエーション”。第5曲“カスチェイ王の悪魔の踊り”、第6曲“子守歌”、第7曲“終曲”の3曲が続けて演奏された。この組曲(1919年版)が演奏曲目になった理由は世界的に知られるようになった札幌味噌ラーメンの創始者が1919年生まれだという。こんな話は初耳である。かなりのこじ付けだが札幌に寄せる指揮者の並々ならぬ想いを感じた。

前半は札幌に視点を当てた曲。演奏時間30分、トーク30分。とうとうと話しまくり、知らない話もあったが、音楽でもっと雄弁に語って欲しいと思ったのが正直な感想。

後半の「シンドラーのリスト」は映画で感動したのが20年も前のことで、音楽は全く印象に残っていなかった。札響コンサートマスター・大平まゆみのヴァイオリン独奏による哀切なメロディを持つオーケストラ演奏を通して戦争の悲惨さ、人種を越えての他人への思いやりなどを感じ取ってもらおうと選曲したようである。作曲者は指揮者の友人でもあるそうである。

バーンスタインは大植英次の師匠。「キャンディ-ド」はPMFを含めて耳にする機会の多い曲で、いつもと少々違う感じのする曲だと思った。後で気づくと編曲版だった。曲には馴染んでいても、ヴォルテールの原作「カンデイ-ド、あるいは楽天主義説」のストーリーは知らなかった。ドイツの片田舎で暮らしていた楽天家の主人公が城を追い出されて、行く先々で様々な苦難を経験した末、故郷の良さを知って生まれ育った土地へ帰る物語。北海道を故郷に持つ幸せを感じ取って欲しいという指揮者の願いが込められた選曲。

最後の曲は「アッピア街道の松」。レスピーギが古代ローマの幻影を追い求めて書いた曲。北海道には松前藩があった。(ほっ)かいどうのまつ(まえはん)---街道の松---から連想した選曲。かなりのこじ付けに笑いを堪えられない発想に驚いた。松がたくさん自生する北海道の自然に着目し、金管楽器のファンファーレで勇壮に閉じられる人気の曲で最後を飾って、聴衆の記憶に届ける印象の深さを狙ったようである。

最初と最後の曲にはオルガンが用いられて札幌コンサートホール専属オルガニストのダヴィデ・マリアーノが出演。「アッピア街道の松」ではバンダで札幌日本大学高等学校吹奏楽部員9名が出演。2階のRB, LB席横からの吹奏で聴衆の喝采を浴びた。

映画音楽や気軽に楽しめる曲が多くて客席には高校生、特に吹奏楽部員らしい生徒がかなり多く目立った。大植の指揮ぶりはダイナミックで聴衆を楽しませる雰囲気を見せたが、トークの準備が大変だったようである。熱意は評価できるが、年月日などあまり意味のない言及も目立った。ドナウ河が流れる20近い国(たぶん17ヶ国)の名を早口で並べ続けたのには感心して舌を巻いた。
最後の曲でコンサートを盛り上げる演出は巧みであった。

聴衆の拍手大喝采に応えてアンコール曲は映画音楽「スターウォーズ」。前半は札幌、後半は北海道に焦点を当てた演奏。アメリカのミネソタやドイツのハノーファーで絶大な人気を集めた熱い心が伝わり、“情熱のマエストロ”と呼ばれる所以が判った気がしたことは確かである。




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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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