直木賞・本屋大賞受賞作「蜜蜂と遠雷」を読んで聴こえる音楽

現在はクラシック音楽鑑賞が最大の趣味ではあるが、映画も20年前から鑑賞機会が増えている。高校時代には読書にも親しんでいた。世界文学全集はかなり読んだ。大学に入ってからは専門の英語の勉強の合間に日本文学にも親しんだ。就職してからは気晴らしに松本清張の推理小説を新書版で100冊以上は読んだと思う。30年前は何百冊かの本は図書館に寄贈できた。100冊余りの世界文学全集を購入していたが積読で終わって、今年の初めに廃棄処分にした。シェイクスピアの原文の全集だけは未だ手元にある。読書の習慣は以前より減ったが、元々、文学賞で話題になった本はめったに読まない。10年ほど前には図書館から音楽演奏家に関する著書を借りて呼んでいた時期もあった。
近年は文庫本は読んでも新版の単行本は読まない。村上春樹の小説も文庫本として出版されてから読みだしている。例外的に新刊「小澤征爾さんと音楽について話をする」は発売当時に直ぐ購入した。村上春樹が音楽に詳しいことをこの本を読んで知って、彼の著書を読んでみる気にもなった。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」はリストの「巡礼の年」のCDを買う動機にもなった。彼の著作には音楽史上で有名な曲が出てくることもあって最近はよく手にする。
村上の最新作「騎士団長殺し」も丁度読み始めたところである。

実はこのブログを書いてみる気になったのは、先日読み終えたばかりの恩田陸著「蜜蜂と遠雷」。直木賞・本屋大賞受賞作で国際ピアノコンクールの様子が生き生きと描かれていて大変面白かったからである。正に文学と音楽が結びつく様を満喫できた。一気に読めるが演奏場面が心に浮かぶように、500ページほどの単行本を持ち歩いて15分程度乗車の電車の中でも読み続けた。

フィクションとはいえ、この本の舞台は実在する浜松国際ピアノコンクール。昨年逝去した日本が世界に誇るピアニスト中村紘子が審査委員長として活躍し、世界的に評価の高い国際コンクールに成長している。1991年に第1回が開かれ、3年ごとの開催で世界的ピアニストがこのコンクールから巣立っている。私のブログでも第4回優勝者ガブリリュクと、オンデマンドで聴いた2012年第8回コンクールの様子を書き綴った。2015年の第9回大会優勝者ガジェヴのリサイタルも日本国内で開かれて彼の演奏会を堪能した。次回は2018年開催である。

登場人物の姿がまるで実在する人物に思え、弾かれる曲目が音を伴って聴こえてくる。第一次予選、第二次予選、第三次予選、本選が行われる2週間と彼らを取り巻く審査員の様子も描かれて興味を増す。
出場ピアニストの個性も豊かであり、著者の音楽鑑賞のレヴェルも一流である。音の広がりの解釈は人それぞれであろうが、達者な表現力で言葉も判りやすい。目次が演奏曲目になっているのもあって興味を惹くタイトル。
主要な出演者の予選、決戦での演奏曲目一覧が載っていたのもストーリー展開の予想が自由に描けてワクワクした。50曲ほどのうち8割は聴いたことのある曲でCDもある。書斎でCDをかけながら読み進める試みもしてみた。

ファイナルの演奏曲目ではCDをかけながら今までKitaraなどで聴いたライヴの様子も思い浮かべた。「プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番」ではPMF2002 デュトワ&アルゲリッチの名演奏、「プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番」では2007年マゼール&ユンディ・リのライヴと小沢&ベルリン・フィルのCD、「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番」では2010年札響&横山、2013年佐渡&BBC&辻井の感動的なライヴを思い出す。ラフマニノフの第3番ではPMF2017のベレゾフスキーの演奏を思い出した。今回CDでは第2・3番のキーシンの演奏を改めて聴いた。
「バルトーク:ピアノ協奏曲第3番」は2月にブロムシュテット&シフのデジタル・コンサートホールで聴いた。「第3番」は今まで聴いたことが無くてアンドラシュ・シフ{*20年前のKitara開館の年にKitaraで演奏)の姿と独特な演奏を聴いて印象付けられた曲。

今回は特別な読み方をしたが、別な機会に本だけに集中してもう一度読み直してみたいと思う。

※2013年本屋大賞を獲得した「海賊とよばれた男」を読んで大変面白かったことを覚えている。映画化もされたが本の面白さを失わないように映画は敢えて観なかった。原作者が社会的に発言する内容は意に沿わないが、本は非常に面白く読んだ。
今回も話題の本を読んで全国の書店員が選ぶ大賞への興味が募った。
※「蜜蜂と遠雷」の中で書かれたカタカナ語「アンラック」が3回でてきて気になった。英語のluckyの反対語はunluckyであるが、名詞で使うと“bad luck”が適当である。「アンラック」が“unlucky”の意味で使っていると思って読み流したが、実際に日本語でも普通に使われだしたのかと思った次第である。(*もと英語教師として、こんなことも気になるので書いてみた。)
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三上亮(Vn)&宮澤むじか(Pf) デュオリサイタル

元札響コンサートマスター(2007-11)の三上亮と札幌在住のピアニスト宮澤むじかによるデュオリサイタル。三上は4年間の札響在籍中にNew Kitara ホールカルテットのメンバーとしても活躍。その後、東京を拠点として自由な音楽活動をしているようである。札幌には14年に〈ヴィルタス・クヮルテットwith宮澤むじか〉のKitara公演を聴く機会を持った。15年にはチェリストとのデュオや室内楽公演も聴いた。デュオとはいえ、リサイタルのような感じでコンサートを聴きに来た。

2017年4月27日(金) 7:00PM開演  ザ・ルーテルホール
〈Program〉
【第一部】
 モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調 K.304
  シューベルト=リスト:水の上で歌う 作品72(ピアノ・ソロ:宮澤むじか)
               糸を紡ぐグレートヒェン、  どこへ 
 ミルシテイン:パガニニアーナ(ヴァイオリン・ソロ:三上亮)
【第二部】 
 R.シュトラウス:ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 作品18

人気のヴァイオリニストと地元のピアニストの共演ということで会場に入った途端ドアーからロビーに通じる空間が人であふれかえっていた。このホールには先月も来ているが整理券を配って番号順に入場させているのは初めてであった。余りに混雑していて、整理券を渡している係の人の姿も見えずに受付近くに行って整理券が必要なことが判った。主催者の要領の悪い対応に少々いらつきを覚えた。2階のホールに入ると間もなく満席状態になった。やはり客席が埋まると気分も高揚する。

モーツァルトの曲は長調が大部分で軽快で明るい曲が多いのが特徴。ヴァイオリン・ソナタで短調の曲は「K304」だけである。この曲は2楽章構成。第1楽章はアレグロで悲しみが漂う陰鬱な感じの曲。謙虚で打ち解けた調べもあり、飾り気のない美しさも感じれた。第2楽章のメヌエットはメランコリーに陥りながらも気品を失わない姿も感じ取れた。巡業ピアニストとして旅をするモーツァルトの心境を思い浮かべながら聴いてみた。この曲はコンサートでもよく耳にするが、演奏前に三上のトークもあってそれを参考にしながら聴けた。

宮澤むじかは現在、札幌コンセルヴァトワール専任講師で実績を積んだピアニスト。今までにコンチェルトや前回のヴィルタス・クヮルテット室内楽公演でも演奏を聴いたことがあるが、非常に堂々とした力強い演奏で印象に残っている。
今回はシューベルト=リストのピアノ曲を3曲続けて演奏した。3曲共に原曲はシューベルトの歌曲。第1曲は初めて聴いたと思う。第2曲は聴く機会の多い曲で、シューベルトはゲーテのファウストに曲をつけた。第3曲の「どこへ?」はキーシンが弾くCDに3分ほどの曲が入っているのに気づいた。有名な曲なのだろうが、メロディには慣れていなかった。
宮澤の演奏は綺麗な歌心に包まれていた。

ミルシテイン(1904-92)はロシア国内でホロヴィッツと組んで演奏会を行っていたヴァイオリンのヴィルトオーソ。グラズノフの協奏曲でデビューし、たまたま彼のこの曲のCDを所有している。「パガニニアーナ」は“パガニーニあれこれ”という意味でミルシテインがパガニーニ作品から聴きどころを集めて編曲した。「24のカプリース」第24番を主題とする変奏など超絶技巧の旋律が次々とメドレーで綴られる曲。1954年頃にアメリカで作曲され、ミルシテインの看板曲になったという。
三上亮は無伴奏ヴァイオリン曲で難曲と思われる高度な技巧を要する曲を凄いスピードで弾き切った。彼のヴァイオリン・ソロを聴いて流石一流のヴァイオリニストで、聴きに来た価値があると思った。

R.シュトラウスが書いた唯一のヴァイオリン・ソナタは先月、漆原啓子のリサイタルでも聴いた。第1楽章は表情豊かにロマンティックでドラマティックな曲が展開される。第2楽章はアンダンテ・カンタービレ。甘美な旋律が面々と歌われる美しい緩徐楽章。第3楽章のフィナーレは情熱的な主題の数々が魅力的なメロディとなって瑞々しく展開された。
三上が昨年より貸与された1628年製のニコロ・アマティを手にして彼の紡ぎだす音も一層輝きを増しているように感じた。

ステージのライトが照り付けて30度を越す中で満席の聴衆に気分も高揚しての熱演。“北海道はいいですね!”と言ってアンコールに2曲。①ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女  ②モンティ:チャルダッシュ。

次回の三上のコンサートに是非来ようと思わせるコンサートだった。帰りにミニ・バー“Old Classic”に立ち寄って珍しいデュ・プレの
映像(1962年)を見て感激した。彼女が17歳当時の白黒の貴重な映像だった。帰る頃にお世話になっている札響くらぶのメンバーに会えて交流できたのも嬉しかった。


トヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィーン2017 札幌公演

《ウィーン・プレミアム・コンサート》札幌公演

2000年にトヨタの社会貢献活動の一環として始まったコンサートは日本国内7都市で開催されているが、札幌もその中に入っているのは幸せである。チケットを買い遅れると完売になっていることが度々あって、今年は3ヶ月前に購入していた。ただ、ここ数年は必ずしも満席でない状況が続いている。ステージ後方のP席に客がいなかったことは初めてのような気がした。
しかし、演奏会は年に一度の特別なものとして期待感に溢れた雰囲気の中で始まった。

2017年4月24日(月) 19:00開演  札幌コンサートホール大ホール
〈PROGRAM〉
 ベートーヴェン:「コリオラン」序曲 ハ短調 Op.62
 ハイドン:チェロ協奏曲 第2番 ニ長調 Hob.Ⅶb-2(チェロ:ロベルト・ノージュ)
 モーツァルト:交響曲 第35番 ニ長調 「ハフナー」K.385
 シューベルト:交響曲 第6番 ハ長調 D.589

鮮烈な序曲が開演を彩った。古代ローマの悲劇の英雄コリオラヌスを題材とした芝居「コリオラン」からインスピレーションを得て書いたといわれる「序曲」は実際の舞台上演では演奏される機会は無かったようである。コンサートの演目として単独でしばしば取り上げられている曲。7分ほどの演奏終了後にブラヴォーの声を上げる人もいた。

ハイドンの「チェロ協奏曲」はマイスキーや藤原真理のCDで十年以上前は何度か聴いていた。最近はコンサートで聴く機会もなかった。この曲はハイドンが指導するオーケストラのメンバーのために書かれたといわれる。華々しい演奏効果を持つ曲にするためにヴィルトゥオーゾの腕前を持つチェリストの助言を得て作り上げたようである。
第1楽章は優雅な響きで、終わり近くにカデンツァが入った。第2楽章は美しい調べで静謐な緩徐楽章。溌溂として生気に満ちたフィナーレ。
ウィ-ン・フィルのソロ・チェロ奏者Robert Nagyの苗字はナジとも日本では表記されている。彼は20年前からKitaraのステージには度々登場している。1966年ハンガリー生まれで、09年よりウィ-ン国立芸術大学教授も務めているチェロの名手。PMF2017の教授陣として7月にも来札予定。

ウィーン古典派のハイドンに続くモーツァルトの曲はハフナー家のために書いた華やかな交響曲。後期三大交響曲が余りにも有名で少々陰に隠れていて、それほど演奏機会は多くないがタイトルが付けられていてモーツァルトの交響曲の中でも親しまれている曲ではある。原曲がモーツァルトがハフナー家の祝宴のために創ったセレナードだったことは解説を読んで知った。多楽章のセレナードが4楽章シンフォニーになり、フルートとクラリネットが加わったそうである。
第1楽章が力強く終わった時に曲の終了と勘違いした客が拍手をしたが、コンサートに慣れていないのだから仕方がないだろう。懲りずに次回も会場に足を運んでほしいと思った。

先月の札響定期で「シューベルト:交響曲第5番」を聴いたばかりだが、今回は「シューベルト:交響曲第6番」。聴く機会の少ない曲が演目に入ると個人的には嬉しい。コンサート前日にムーティ指揮ウィーン・フィルのCDで予め聴いておいたが、シューベルトらしいなかなか良い曲だと思った。

シュトイデ率いる室内オーケストラを通して素晴らしい音楽に触れるコンサート。今回はプログラム構成もあってかウィ-ンの香りが漂う雰囲気を満喫した。ブラヴォー、アンコールの声が飛び交い、いつものコンサートとは一味違う会場の興奮の高まりが通じたのか、盛大な拍手に応えて恐らく予定外の「美しく青きドナウ」を演奏してくれた。これには聴衆も大喜びで一段と大きな歓声が沸き起こった。

※例年より少し高めの鑑賞料金のせいもあって、客の入りが8割を切っていたように思えた。“東北復興チャリティとして売り上げの一部が子供たちへの育成支援のために寄付される”コンサートでもあったのだが、オーケストラ・メンバーの意向が届く広報活動がもう一工夫あっても良かったのではないかと思った。








 

札響第598回定期演奏会(広上淳一・友情客演指揮者就任記念)

広上淳一は現在、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザー、東京音楽大学指揮科教授を務め、全国各地のオーケストラに客演する他に、オペラ指揮などで日本の音楽界の牽牛役として目覚ましい活躍をしている。京都市響を関西随一のレヴェルに引き上げた手腕も高く評価されている。2012年からは毎年Kitaraのステージで札響に客演している。今年のKitaraのニューイヤーに続いての札響指揮。2017年4月から札響友情客演指揮者に就任。珍しいタイトルであるが、札響に対する深い想いと愛情から日本人指揮者としてを何らかの役割を果たしたい思いに駆られたのではないかと推察する。

2017年4月22日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

《コルンゴルト生誕120周年&没後60年記念》

指揮/広上 淳一     ヴァイオリン/ ダニエル・ホープ
女性合唱/札響合唱団    合唱指揮/長内 勲

〈Program〉
 コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35
 ホルスト:組曲「惑星」 op.32

コルンゴルト(1897-1957)の名は現代音楽や映画音楽で知られるアメリカの作曲家と思い込んでいた。最近のコンサートで彼の曲が演奏される機会が増えているようである。3月に漆原啓子がヴァイオリン曲で「から騒ぎ」を弾いた。その時に目にした作曲者の名前の綴りからドイツ系と思った。Korngoldはオーストリア=ハンガリー帝国(現在のチェコ)に生まれ、4歳でウィ-ンに移住。1934年に渡米して映画音楽をたくさん書いた。1943年にアメリカに帰化。近年、コルンゴルトの再評価が進んでいるらしい。
札響初演となったこの曲を1974年2月定期(指揮:秋山和慶、ヴァイオリン:藤原浜雄)で聴いていたことが判った。当時の会場は札幌市民会館で全然記憶に残っていない。余程のことがないと忘れているほうが普通かもしれない。
 
この曲はフーベルマンのために着想されたが、彼の急死でハイフェッツに献呈。初演が1947年、セントルイス響の演奏で行われた。どの楽章も彼が書いた映画音楽が基になっている。ハリウッドで活躍した作曲家の様子も分る理解しやすい現代音楽になっている。ヴァイオリンの名手に捧げた高度な技法が用いられている曲のように思えた。

ヴァイオリンのDaniel Hopeは1974年英国生まれ。メニューインと60回を越す共演を重ねたとされる。数多くの著名なオーケストラや一流演奏家たちと共演を重ね、録音も多く、ラジオやテレビの司会者としても活躍している。
ダニエル・ホープは珍しい曲の演奏で聴衆を魅了し、大喝采を浴びた。アンコールに弾いた曲も今までに聞いたことがなく、普通のクラシック音楽とは違う感じの曲だった。難しいと思われる曲でも集中して聴く耳を持つ日本人の礼儀正しさも常日頃すごいと思っている。

ホルスト(1874-1934)が残した「ジュピター」は人気曲。全7曲から成る組曲を聴く機会はめったにない。札響の全曲演奏は今回が20年ぶりで3回目のようである。2000年にカラヤン指揮ウィーン・フィルのCDで一時は聴き親しんで、10年にレヴァイン指揮シカゴ響のCDで金管の響きを好んだ。その後は殆ど耳にしていないが、ここ数年はPMFのテーマ曲として「ジュピター」は気に入りのメロディとなっている。

壮大な宇宙をテーマにした“THE PLANETS”.。4管編成でホルン6本、多数の打楽器やオルガンも使われ、札響メンバーのほかに30名に近い客演奏者が出演した。
第1曲「火星」は戦争を予感させる緊迫感に満ちたダイナミックな曲。第2曲「金星」は穏やかで安らぎに満ちた平和な曲。第3曲「水星」は陽気で軽やかな曲。第4曲「木星」は6本のホルンが奏でる朗々とした快活な気分の主題で始まる。この楽章は全曲の中心で規模も大きく、英国的な雰囲気が出ている印象を受ける。第5曲「土星」は年老いて感じる想いの曲。第6曲「天王星」は魔術師に導かれるような曲。第7曲「冥王星」は幽玄な雰囲気が漂う神秘的な曲で女性合唱を伴う。

約50分を要する大オーケストラによる演奏を最初から最後まで広上は小柄な体を大きく使ってとてもダイナミックな指揮ぶりだった。拍手大喝采に包まれて、ホルン首席の山田圭祐、オーボエの関美矢子はじめ木管・金管奏者、打楽器奏者たちの健闘を湛え札響の全メンバーに拍手を贈る広上の姿も好ましいものであった。
コンサートの終わりに広上淳一は聴衆に向けて札響の奏でる音楽の素晴らしさを語り、札幌と北海道のオーケストラとして世界に誇るオーケストラのために聴衆とともに彼自身も精進していくと力強い挨拶をした。
 
※彼の挨拶の中で“オーケストラは街のレストランである”という言葉が印象に残った。









 

富士山眺望に恵まれた静岡旅行

北海道に住んでいて中部地方を旅行する機会がなかった。名古屋を訪れたのも昨年が初めてだった。伊豆の石廊崎には50年以上前に修学旅行で行ったことがあるが、今回は静岡県内の東部・中部・西部を隈なく巡る3日間の旅に出かけた。初日は雨で富士山は見えなかったが、残り2日間で富士山の眺望を存分に楽しめたのは幸運であった。

小雨の富士山静岡空港に到着して、美しい茶畑を眺めながらのバスの旅。満開の時期は過ぎて葉桜の木が多かったが、道中で咲いている桜の並木も楽しめた。大井川鉄道を利用して昭和15年に作られてJRでの引退まで北海道で走行していたという列車の旅も50年前の修学旅行の気分を味わえて懐かしい思いがした。雨脚が強くなって列車からの眺めは良くなかったが、バスから見渡す大井川は大河であった。「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と歌われ、橋を架けなかった江戸時代の背景が歴史上の観点から実感できた。
夕食を摂ったのが江戸の宿場町・丸子(鞠子)の名物茶店。東海道五十三次の内の「鞠子」にも描かれた場面。看板に「名物とろろ汁」と書かれていた。“梅若葉まりこの宿のとろろ汁”と歌った芭蕉の句もある。食事は珍しいだけで好みではなかったが、店内に葛飾北斎、安藤広重、喜多川歌麿の復刻版などを含めて十数点展示されていた。本物も1点額に入っていた。浮世絵の影響を受けたドビュッシーの「海」の記述もあって興味深かった。慶長元年(1596年)創業の店で歴史と伝統を守りながら経営を続けていることに敬意を抱いた。

1日目は伊豆地方北部の沼津市で宿泊。夜中に激しい雨が降り続いて、下田では洪水に見舞われるところもあったらしい。雨上がりの2日目は風はあったが好天気。公園内の柿田川湧水(富士の湧き水)を鑑賞。三島の伊豆フルーツパークではイチゴ狩り。果物狩りは初めての経験で20個くらいは食べて楽しめた。

戦国時代の末期に北条が築城した山中城は豊臣軍の攻撃(1590年)によって落城。三島市は400年間埋もれていた山中城の発掘調査を昭和48年に開始して、戦後の世を今に伝える文化遺産として「山中城跡」を復元。往復60分かけて山道を上り下り。チョット辛かったが見ごたえのある山城の様子が分かって普通の城の見学とは違った面白味があった。
富士市を通って山道を下る途中でバスの中から目にする鮮やかな富士山が見えると車内で一斉に歓声が起こった。最近は新幹線の車中から遥か遠くに見える富士山しか見ていなかったので、近くから観る富士山は格別であった。

すっきりと晴れ上がった午後は清水港ベイクルーズ。四方八方から富士山の全景が見渡せる状況下での湾内クルーズ。多くの中国人も乗船したが、彼らの大部分は船内での昼食で席が別なこともあってか満席の船でも比較的落ち着いた雰囲気でのクルーズとなった。清水港はヨットハーバーとしても使われているが、湾内には多くの工場があって巨大な外国船も停泊していた。
三保の松原も素晴らしかった。太い松の木々を通る“神の道”を抜けて樹齢何百年と思われる「羽衣」をはじめとする巨大な木は目を奪う。砂浜に入って臨む富士山は名状しがたい美しさ。富士山もいろいろな表情を持つが「三保の松原と富士山」は何か神々しい特別な感情が伝わった。

静岡市内の家康ゆかりの駿府城は戦いで壊滅状態にあって、石垣が一部残った。平成の時代に入って二の丸東御門と巽櫓が復元。駿府城公園の外側に通りを挟んで城内中学校が建っていた。歴史的建造物の復元が平成時代に入ってからとは驚いた次第。石垣を復元する事業を通して城の復元に至ったようである。

最後に訪れた浜松市内の中田島砂丘。今年の大河ドラマのロケが行われた場所でもあると知った。遠州灘の風紋美しい砂浜の光景を一望しただけで奥まで入って行かなかった。砂丘といえば鳥取砂丘しか知らなかったが、ここも静岡では名所なのだろうか、駐車場が広々としていた。
浜松といえば名物ウナギ。修学旅行で駅弁は苦手だったが、浜松のウナギ弁当だけは今でも記憶に残る美味さだった。夕食に「うな重」を浜松で評判の名店で味わった。

その夜は浜松に宿泊して、3日目は大河ドラマ館に入館。今年の大河ドラマは小説を読み終えていた。朝早くから館内は混み合っていたが、テレビも見て状況を知っているので短い時間でも要領よく見て回った。次の見学場所が井伊家の菩提寺「龍潭寺」。話題の寺とあって凄い賑わい。小堀遠州が作った庭園(*札幌中島公園内の八窓庵の茶室も小堀遠州作)が美しくてその姿を何枚も写真に撮った。

家康が天下統一を果たして駿府に入城した後、浜松城は主に家康ゆかりの譜代大名が城主となった。戦国時代の出世城といわれる浜松城。天守は17世紀に姿を消し天守台のみが現在に伝わる。野面積みの石垣で有名。浜松城公園内に平成26年、天守門が140年ぶりに復元された。天主台に着くまで急な道路の階段を上っていくのは息切れがして大変だった。

最後の観光場所が掛川城。山内一豊は戦乱で傷んだ城の改築や城下の整備を実行し、天守閣を作った。天守閣の狭い階段の上り下りは年寄りには大変であったが、市街を見下ろす景観はなかなかのものだった。御殿から見上げる掛川城は東海の名城にふさわしい美しい景観である。
予定の見学場所が終わってバスは一路空港へ。空港を離れるまで富士山が見送ってくれた。

近藤嘉宏ピアノ・リサイタル2017

2015年12月にデビュー20周年を迎えた近藤嘉宏による毎年恒例のピアノ・リサイタル。今回で彼のコンサートを聴くのも14回を数える。近年はソロ活動に加えて弦楽四重奏団との共演、国内外のオーケストラ客演,、海外でのりサイタルなど多岐にわたる幅広い活動に携わり、これまでのキャリアを着実に高めている。

2017年4月16日(日) 1:30PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 J.S.バッハ(ブゾーニ編):コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」
 J.S.バッハ(ヘス編):主よ、人の望みの喜びよ
 モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K.310
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 Op.110
 サティ:グノシェンス第1番
 ドビュッシー:「月の光」~ベルガマスク組曲より
 ラヴェル:水の戯れ
 ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op.22
 リスト:メフィスト・ワルツ第1番 S.514

前半はバッハ、モーツァルト、ベートーヴェとドイツ・オーストリアの作曲家、後半はサティ、ドビュッシー、ラヴェルとフランスの作曲家に加えてパリの社交界で大ピアニストとしても活躍したショパン、リストの名曲を連ねたプログラム構成。

来年には50歳を迎えるというのが信じられないほどの若い雰囲気を保ちつつ、卓越したテクニックと表現力で近藤嘉宏が綴る名曲の数々には歌心が溢れている。(*彼の昨日のブログには“歌のイメージを具体的に自分の中で描くことが大変重要である”と書かれていた。歌心を大切にしていることが実感できる演奏会であった。)

モーツァルトの「第8番」では珍しい短調の曲での“悲しみ”の表現が心を打つ。べート―ヴェンの「第31番」では彼が到達した人生観がしみじみと心奥深くに届く。演奏を聴いてこんな感想を抱いた。
チョット変わったタイトルや作風で知られるサテイの曲はドビュッシーやラヴェルの曲ほどには通じていない。月の光の輝く様子や水の音と輝きをイメージした曲を聴いて美しい世界に身を置いた。
ショパンの曲の魅力がふんだんに散りばめられた華麗な名曲と、超難曲であるとピアニストの運指を見ていても分かるリストの「メフィスト・ワルツ第1番」。1月に仲道郁代の演奏でも聴いたが、手の動きを見ながら鑑賞するとワクワクする。以前に舞台での寸劇「村の居酒屋での踊り」の場面付きの演奏を思い出しながら鑑賞した。悪魔的、官能的な音楽をより一層楽しめた。

見事な演奏終了後に歓声も上がった。アンコールに「ベートーヴェン:月光」が演奏されて一層大きな歓声が沸き起こった。時間があったとはいえ、アンコール曲に3楽章から成る「ソナタ」が演奏されてるのは極めて珍しくて今までの記憶にない。聴衆も大喜びで、“今日は得をした”と言う声が聞かれるほどであった。「月光」の魅力は凄いと改めて感じた。

※2年前に大病を患って以来となる妻と一緒の旅行に明日出かける。東京の桜は満開の時期は終わったようだが、4月中旬で鹿児島の桜は満開でなかったようだから、今年の春は地域によって例年とは違う様相を呈している。富士山が見渡せる地域で桜を含め春の花が楽しめれば嬉しい。2泊3日の小旅行だが、何の準備もしていないので、今回は早めにブログを書き終えた。
 

池辺晋一郎&上杉春雄ジョイント・コンサート(ゲスト:小林沙羅)

作曲家・池辺晋一郎と医師兼ピアニスト・上杉春雄のジョイント・コンサートがKitaraで始まったのが2006年である。その後、この二人のジョイント・コンサートは2年ごとに開催されていた。06年のコンサートⅠがモーツァルト、08年のⅡがベートーヴェン、10年のⅢがシューマンの作品。一人の作曲家の作品が池辺・上杉のほかにゲストを入れて演奏された。東日本大震災後の12年は池辺が総合プロデュース&トークで藤原真理、波多野睦美、上杉春雄の出演でバッハの曲で被災者への“祈りと希望”というタイトルのコンサートとして開催。
今回は間が空いて5年ぶりのジョイント・コンサート。《フランス音楽の魅力》。

2017年4月15日(土) 1:30開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

【第1部】「これもフランス音楽!?から、これぞフランス音楽!まで」
  マショー(池辺編):ノートルダム・ミサ曲より    クープラン:恋のナイチンゲール
  ロワイエ:めまい        ラモー:ガヴォットと変奏
【第2部】「ザ・フランス音楽百花繚乱」
  アーン:クロリスに    デュパルク:悲しき歌、旅へのいざない
  フォーレ:夢のあとに (以上4曲 ソプラノ:小林沙羅)
  ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女、 映像第1集より「水の反映」(ピアノ:上杉)
  ラヴェル:水の戯れ(ピアノ:上杉)、 「マ・メール・ロワ」より 3曲(ピアノ:池辺・上杉)     
  グノー:宝石の歌 (ソプラノ:小林沙羅) 

第1部は“教会や王侯貴族のためのフランス音楽”
 マショー(1300頃ー1377)は聖職者・作曲家・詩人で中世の怪人と呼ばれる人物。オリジナルは全6曲から成る合唱曲。曲中の“キリエ”を池辺晋一郎が編曲した2台ピアノ版「ノートルダム・ファンタジー」で池辺と上杉の共演。
 クープラン(1668-1733)はラヴェルを通して親しんでいる作曲家名。クープラン家のうち最も有名なフランソワはフランス・バロック音楽を代表する人物。鍵盤楽器の名手であったフランソワの「クラブサン曲集」の1曲。愛らしい調べ。
 ロワン(1705-55)はイタリア生まれだがフランスでバッハと同時代に活躍した。エネルギッシュな音楽。
 ラモー(1683-1764)はバッハの陰に隠れていたが近代音楽の父と呼ばれていたこともあってか名前は知っていた。鍵盤音楽の大家だがオペラも作曲したそうである。舞曲で華やかな印象とともに何となく品の良い調べ。

4人の曲を聴くのは初めてだったが、曲はドイツのオルガン曲とは違うシャレたフランス風の音楽に思えた。コンサートは池辺の勧めで地元のピアニスト上杉の司会で進行。大学の作曲コースでフランス楽派を専攻した池辺のトークで新しい知識を得た。

第2部はフォーレ、ドビュッシー、ラヴェルたちがひと時代を築いた“市民のフランス音楽”
 小林沙羅がKitaraのステージに初登場して歌曲を4曲、続けて熱唱。透明で伸びやかな歌声で聴衆を魅了。彼女は東京藝術大学大学院終了後、2006年に国内デビュー。2010年にウィーンとローマで研鑽を積み、2012年にソフィア国立歌劇場でオペラ・デビュー。近年はオペラ以外での活躍も目立ち、多くの国内オーケストラとの共演でコンサートソリストとしての活動も多い。映画、ミュージカル、テレビなど多方面での幅広い活動が注目されている人気のソプラノ歌手。
今回のKitara 初出演でフランス歌曲も勉強してきたと初々しく語った。

フランスの作曲家は19世紀に入ってベルリオーズ、サン=サーンス、ビゼーなどが活躍したが、ドイツ・オーストリアと比べると後世に残る作曲家は少ない感がある。フォーレがフランス近代音楽の先陣を切った。「夢のあとに」はチェロの曲として耳にすることが多いと思うが、歌曲で聴けたのは新鮮だった。
ドビュッシーやラヴェルについては言及するまでもない。上杉春雄のリサイタルはデビュー15周年と25周年の2回聴いた。2013年のリサイタルは感動的なリサイタルで、医師とピアニストの両立を図っている高度なレヴェルの演奏がいまだ記憶に残る。近年はピアニストの活動が増えている様子。水の音と水面の輝きをイメージした曲がそれぞれ違う美しさで聴きとれた見事な演奏に心癒された。上杉は近年はバッハを得意としているようだが、どんな音楽でもカバーできる正にプロフェッショナル。

「マ・メール・ロワ」より“眠れる森の美女のパヴァーヌ”、“バゴタの女王レドロネット”、“妖精の園”の3曲。ピアノ連弾でメルヘンの世界が繰り広げられた。音楽ではマ・メール・ロワ、文学ではマザー・グースとして広く知られている。フランス語と英語の違いで池辺の説明もあった。

最後の曲はグノー(1818-93):歌劇「ファウスト」より“宝石の歌”。華やかな衣装でステージに登場した小林が得意とするオペラのアリアを披露。歌曲とは違った演唱にウットリ! 若い純真な娘が虚栄心を垣間見せながら無邪気に喜ぶ場面が描かれた。
コンサートの最後を飾るにふさわしいアリアで聴衆を湧かせた。

アンコールに「サティ:ジュ・ドゥ・ヴュ(あなたが大好き)」。ピアノのイントロで始まり、ピアノ・ソロと思わせたが、曲の感じでソプラノが入ると思った。下手のドアーが開いていて小林が歌いながらステージの真ん中に。なかなかシャレた演出だった。拍手大喝采でフィナーレ。

※Kitara のホールから外に出ると、目の不自由な人がレセプショニストに手を引かれて歩いている姿が目に入った。先月も同じ状況があった時に思ったことを直ぐに実行に移した。レセプショニストと別れた時に、彼に話しかけて帰路を共にした。地下鉄大通り駅で彼が降車するまでご一緒した。ごく自然に行動でき、帰路にいろいろ音楽の話などができて良かった。見ているだけでなくて助けになることを自然にできたことを嬉しく思った。


N響ベストコンサート2016のアンケート投票で第1位デュトワ指揮《カルメン》

1997年に〈N響ベストコンサート〉として始まって以来、第20回目となる〈最も心に残るN響コンサート2016〉(2016年1月~12月定期公演)のアンケート集計結果が発表された。送られてきたTwitterで偶々情報を得た。(*所有のパソコンがWindows10になった15年12月からTwitterはやっていないが、以前の書き込みからTwitterのハイライトが送信されてきている。)

N響定期公演はライヴで聴いたことはないが、「N響アワー」や「クラシック音楽館」はよく視聴している。昨シーズンの投票で第1位はシャルル・デュトワ指揮《ビゼー:歌劇「カルメン」(演奏会形式)》(12月Aプロ)。12月定期公演の模様が「クラシック音楽館」で3月5日と12日の2週にわたって放映された。N響名誉音楽監督デュトワが指揮するNHK交響楽団、新国立劇場合唱団、NHK東京児童合唱団がステージに上がっての演奏会形式は歌劇場でのオペラ上演とは一味違う楽しみ方が出来て感動していたのである。
有名な“闘牛士の歌”、“闘牛士の入場“、“カルメンの宿命のテーマ”などが散りばめられた「前奏曲」は久しぶりで聴く心躍る名曲。3つの「間奏曲」も久しぶりに楽しめた。

カルメン、ホセ、エスカミーリョ、ミカエラの4役は外国人で、その堂々たる体躯から歌いだされる歌唱力、存在感は見事なものであった。オペラ上演で長い歴史を誇る欧米の歌手陣の層の厚さを改めて感じたが、脇役の日本人歌手も健闘していた。

演奏会形式の良さが伝わったのは結果的にオーケストラと合唱に焦点を当てて聴けたことである。第1日の第1幕と第2幕には普通のオペラ上演とは違う楽しさを味わった。残念だったのは、放送時間の関係で第3幕と第4幕が翌週に回ってしまったこと。折角の集中力がやや失われていた。いずれにしても、ひと月前のコンサートが鮮明に思い浮かぶ。毎回、視聴しているわけではないが、「カルメン」を聴いた多くの人々が第1位に選んだことが納得できるコンサートであった。

※3月5日の放映後に所有のオペラ全集のDISCで「カルメン」全曲を聴いた。ジョルジュ・プレートル指揮パリ国立歌劇場管、マリア・カラス主演による1964年の録音。世界の一流歌劇場で活躍した名指揮者プレートルは1998年国立パリ管を率いて来札、2008年ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートに登場して話題となった。2017年1月に92歳で逝去。

※〈最も心に残ったN響コンサート2016〉の第3位に選ばれたコンサートは、38年ぶりのN響との協演となった井上道義によるオール・ショスタコーヴィチ・プログラム(11月Cプロ)。とても印象的なコンサートだった。ショスタコーヴィチの世界観が表現された井上の気合いの入ったダイナミックな指揮ぶりが素晴らしかった。
なお、札響音楽監督の尾高忠明指揮の5月Aプロが第2位に入っていたことも嬉しいニュースであった。(*このコンサートは聴き逃した。)

札響ウインド・アンサンブル演奏会(モーツァルト:グラン・パルティータ)

垣内悠希が指揮するコンサートを聴く機会を一度は持ちたいと思っていた。彼は1978年東京生まれ。東京藝術大学、ウィーン国立音楽大学に学び、2011年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。フランス、ベルギー、ロシアなどの海外のオーケストラを含め日本各地のオーケストラにも客演している俊英の指揮者。昨年4月より札響指揮者に就任したが、定期や名曲シリーズにはまだ出演していない。偶々、ふきのとうホールでのコンサートの出演を知って六花亭札幌本店まで出かけてチケットを購入していた。

2017年4月5日(水) 午後7時開演  六花亭札幌本店 ふきのとうホール

〈出演〉札幌交響楽団木管楽器奏者&ホルン奏者
〈指揮〉垣内 悠希(Yuki Kakiuchi)
〈曲目〉R.シュトラウス:13管楽器のための組曲 変ロ長調 op.4
    モーツァルト:セレナード第10番 変ロ長調 K.361 「グラン・パルティータ」

R.シュトラウス(1864-1949)の父は宮廷オペラのホルン奏者、王立音楽学校教師であったこともあり、息子リヒャルトは幼少より音楽に秀でていた。17歳で「13吹奏楽器のためのセレナード」を書いた曲が翌年ドレスデンで初演された。その後、ミュンヘン大学に入学して哲学や美術も聴講して教養を広げた。84年マイニンゲン管弦楽団のために「13管(=吹奏)楽器のための組曲」を作曲し、ミュンヘンで自らの指揮で初演。翌年マイニンゲン宮廷管弦楽団の第2指揮者に就任して、ビューローの代理指揮者となる。86年に病気のためマイニンゲンを去り、作曲家としての道を歩んだ。

この曲の楽器編成はフルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4。4楽章構成。今までに全く聴いたことのない曲で見当もつかなかった。ただ「23の独奏弦楽器のためのメタモルフォーゼン」(*1945年の作品)という彼の曲のディスクが手元にあって、シュトラウスらしいタイトルだとは思っていた。
Ⅰ.前奏曲 Ⅱ.ロマンス Ⅲ.ガヴォット Ⅳ.序奏とフーガ(*各楽章のドイツ語の翻訳は当てずっぽう?)。第1楽章は少々重々しい感じだったが、第2・3楽章は軽やかな雰囲気で第4楽章は歯切れが良い曲に思えた。30分余りの曲の良さは充分には分からなかった。

モーツァルトのセレナードの中で《第13番 弦楽のためのセレナード 「アイネ・クライネ・ナハトムジ―ク」》が最も親しまれていて演奏機会も多い。「第10番」は彼が書いた管楽アンサンブルで最大の編成であり、全曲で50分ほどの大曲。楽器編成がオーボエ2、クラリネット2、パセットホルン2、ホルン4、ファゴット2、コントラバス1(*コントラファゴットで代用される場合は「13管楽器のためのセレナード」と呼ばれることもある)。オルフェウス室内管のディスクで数回聴いたことがある曲だが、メロディには親しむまでには至っていない。午前中も一応は曲を聴いてコンサートに臨んだ。
「グラン・パルティータ」は“大組曲”の意味。7楽章構成。Ⅰ.ラルゴ-モルト・アレグロ Ⅱ.メヌエット Ⅲ.アダージョ Ⅳ.メヌエット、アレグレット Ⅴ.ロマンスーアダージョ Ⅵ.主題と変奏(第1~第6) Ⅶ.ロンド-モルト・アレグロ。
印象的なメロディが多く、多彩な楽器の音色が駆使されている。生演奏で聴く曲は良さが伝わる。第1楽章からモーツァルトらしい軽快なメロディの連続。ハーモニーも美しく心地良く聴けた。特に心躍るようなフィナーレはバロック時代の組曲パルティータの名にふさわしかった。

小ホールのステージは13名の奏者に指揮者が加わると狭く見えた。リーダーがいる弦楽合奏と違って、楽器の種類が多い管楽合奏には指揮者がいないとハーモニーが難しいのかなと感じた。大編成でなくても指揮者の存在感のあるコンサートを味わった。
垣内はフランス在住で本拠地をフランスと日本においての活動なのだろう。コンサートガイドによると、3月も札響、オーケストラ・アンサンブル金沢、京都響、東京シテイ・フィルと4回全く違ったプログラムで全国を駆け巡っての公演活動は頼もしい限り。4月1日もKitaraで札響と共演した様子。
現在、ポンマー、エリシュカ、尾高という名指揮者で最強時代を築き上げている札響。佐藤俊太郎、垣内悠希など若い指揮者が札響に吹き込むエネルギーも潤滑剤になっているような気もする。最近、安定した実力を誇る札響オーケストラであるが、管楽器セクションの著しい実力向上の結果とも言えるだろう。今回のような管楽作品のプログラムはオーケストラ全体の向上にも繋がる試みで大いに評価したい。

今夜も満員となったホールは大いに盛り上がった。六花亭主催のコンサートではプログラム・ノートが無いが、短い解説でも聴衆にとっては有難いのではないかと思う。コンサート前のコーヒー&ケーキのサービスも悪くはないが、コンサートのサービスの在り方の工夫があっても良いと思った。

※ブザンソン国際指揮者コンクールは1951年に第1回が始まって59年の第9回で小澤征爾が優勝し、国際指揮者コンクールとして長い伝統を誇り、日本人優勝者が多いコンクールとしても知られている。93年の第43回まで毎年開催されていたが、その後は隔年開催となっている。
ブザンソンはフランス東部の都市。時計産業(高級時計製造業)で知られる。2017年9月に第55回コンクールが予定されているが、結果も楽しみである。
歴代のブザンソン国際指揮者コンクールの日本人優勝者。
 1959年 小澤 征爾   1982年 松尾 葉子   1989年 佐渡 裕   
 1990年 沼尻 竜典   1991年 曽我 大介   1995年 阪 哲朗   
 2001年 下野 竜也   2009年 山田 和樹   2011年 垣内 悠希


 

天満敦子ソロ・ヴァイオリン・コンサート2017

昨年に続く珠玉の名曲を集めての天満敦子の無伴奏によるヴァイオリンのコンサート。ソリストとしてジャンルの枠にとらわれない演奏活動を続けている。
1992年のルーマニア訪問から話題を集め、「望郷のバラード」で一気にブレイク。彼女のコンサート・プログラム最後を飾る曲として長年続いた彼女の代名詞とも称された曲。近年は「ジュピター」で終わるプログラム編成。今回のプログラムの特徴は作曲家・和田薫が天満敦子に献呈した曲の演奏。

2017年4月2日(日) 1:30PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈プログラム〉
 J.S.バッハ:アダージョ(無伴奏ソナタ第1番より)、G線上のアリア
 フォーレ:夢のあとに、 シチリアーナ
 マスネ:タイスの瞑想曲
 ドヴォルザーク:ユーモレスク
 和田 薫:独奏ヴァイオリンのための譚歌より
        「琥珀」、「紅蓮」、「漆黒」、「萌黄」
 熊本県民謡:五木の子守唄、    山本正美:ねむの木の子守歌
 弘田龍太郎:叱られて、       菅野よう子:花は咲く
 ポルムべスク:望郷のバラ―ド
 ホルスト:ジュピター

コンサート前半の外国の作品6曲はクラシック音楽の名曲として親しまれているが、すべて無伴奏で暗譜による演奏。「ユーモレスク」は気恥ずかしくて演奏をためらっていたが、この曲を演奏した時に彼女の父が“やっと演奏してくれた”と語ったという曲。父への思いも込めての演奏だったようである。6曲の演奏終了後に2007年~10年に亘って和田薫から献呈された《独奏ヴァイオリンのための全5曲》より4曲が演奏された。天満の無伴奏のヴァイオリン演奏に感銘を受けた作曲家が書き上げた作品。
多彩な音色と技巧に彩られ、東洋的な詩情あふれる作品になっている。各曲に日本独自の色彩名が付いている。

後半のプログラム前半4曲は馴染みの曲。プログラム・ノートで初めて知り得たことが多々あった。「五木の子守唄」は赤ちゃんをあやすための子守唄ではなく、子守り奉公に出された娘の気持ちを歌った唄だそうである。
「ねむの木の子守歌」は皇后陛下美智子様が聖心女学院高等科在学中に作られた詩に、指揮者・作曲家だった故山本直純夫人の山本正美が清純な詩に感動して作曲して、1965年の秋篠宮様のご誕生を祝って皇后さまに献上したという話は初耳であった。
「叱られて」は久しぶりに耳にする懐かしいメロディ。郷愁を誘うメロディを持つ童謡を懐かしく思い出した。
「花は咲く」は東日本大震災の被害からの復興を応援するNHKによる支援プロジェクトのテーマソングとして広く知られている。

「望郷のバラード」はルーマニアの作曲家が祖国の独立運動に関わって投獄され、獄中で故郷を偲びつつ書いた作品。29歳の若さでこの世を去ったポルムべスクにスポットライトを当てることになった天満のヴァイオリン。心を揺さぶる旋律が、手にして30年目を迎えるストラディヴァリウスから紡がれ続ける。

ホルストが書いた《組曲「惑星」》の第4曲「木星」が最も親しまれている曲。この曲の第4主題に歌詞をつけた「ジュピター」は英国の愛国的賛歌として広く歌われているという。札幌の国際音楽祭PMFでは「ジュピター」(田中カレン編曲、井上頌一作詞)をPMF賛歌として聴衆全員が斉唱するのが恒例で人々に親しまれている。

2011年以降、天満は“日本のうた”を演奏曲目に入れ始めたようである。飾り気のない語り口と人々の心に染み入る演奏で人気を高めて、来年の札幌公演(4月8日)の予告もしていた。
1000人ほどの聴衆を集めたコンサートは盛会であった。彼女は“Kitaraで演奏会を開けて嬉しい”と今年も語った。アンコール曲は続けて2曲。①中田喜直:雪の降る街を ②岡野貞一:故郷(ふるさと)。
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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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