アメリカ合衆国のクリスマスと正月

1961年大学卒業後に全日制課程が設立された十勝の高校に勤務して第1期生を送り出したのが1964年3月であった。英語教員として一生を過ごすと考えていた頃、一度は海外留学をしたいと決意していた。国際ロータリー財団が世界で100名の大学院課程で学ぶ学生の募集をしていることを知った。(*国連で活躍した緒方貞子さんは1961年、日本で2人目の奨学生。)当時の日本のロータリー地区は13に分かれ、東日本と西日本で2年交代で留学生が数名派遣されていた。北海道地区は1名で選考試験は65年に数ヶ月をかけて実地され、同年秋に幸い選考試験に合格した。Rotary International の合格通知が来てからの大学の入学手続きを含めてすべて自分ですることになっていた。第5希望までの大学(1国が3つまで)を記入し、私は第1希望の米国フロリダ州立大学になった。当時は海外に出るためにはドルや円を持ち出すことに極めて厳しい制限があった。(円は2万円、ドルは500ドル以下と決まっていた。)外国為替銀行は東京銀行だけ、レントゲン写真は北海道大学病院で撮ったものを持参と出入国が厳しかった。当時で$4,000(*1ドル360円)が3回に分けて支出されたと記憶している。海外に出るのに3度は日本銀行札幌支店に出向いた。夜行列車で札幌に来ていた。 アメリカ領事館やHokkaido International School で英語の総合的な試験も受けに来た。若くて目的意識がしっかりあったから出来たことで今ならできそうにない。

1996年8月末に羽田空港を出発。50年前にはサンフランシスコやロスアンゼルスへの直行便はなかった。ハワイかアンカレッジで給油をしなければならない時代だった。50年も経つと国の事情もいろいろ違う。学問だけでなく国際親善のためにロータリークラブの招待があれば出席して30分程度のスピーチをすることになっていた。1年と決められた時間の中で自分にできる掛け替えのない活動が出来た。

今回はアメリカ市民が毎年クリスマス休暇中に外国人留学生を招く“International  House”について書き記してみたい。
50年前の出来事は詳しく覚えていないのは当たり前のことであるが、留学中は日記をつけていて帰国後は読む暇など無かった。3年ぐらい前に初めてノート数冊を通して読んだことがある。

1966年12月17日~1967年1月2日まで全米7つの家が解放された。人種、国籍、性別、独身、既婚、宗教に関わらず大学生、大学院生に呼びかけて開かれた家。私は19日にフロリダの隣のアラバマ州モービル(Mobile)まで長距離バスに乗って出かけた。
Mobileまでの交通費は自費でそれ以外は全て無料。都市の中心部にある教会関係の施設に宿泊。ハウスでの過ごし方は日曜日を除いて自由。行事の参加も各自の自由。ハウスでの滞在予定も参加者の自由。50名の定員は入所前に満員になっていた。
2週間の日程のうちクリスマスの期間の数日だけ参加したり途中で帰るのも自由ということで気軽に過ごせる自由度の高いアメリカならではの“International House”。

外国人はニカラグア、ナイジェリア、レバノン、香港、タイ、台湾、韓国、日本、オーストラリア、ドイツ、パキスタン、アフガニスタン、エジプトなど。
お世話をしてくれるアメリカ人は教会関係者。レストランやボーリング場などの経営者も無料で遊ばせてくれたりした。市内の有力者が大邸宅を案内してくれることもあった。昼食は街でピザやシー・フードを楽しむこともあった。20名程度の外出で留学生同士の交流もできるが、話が合う人は限られる。

24日午後は全員で太平洋戦争で活躍した戦艦アラバマの船内見学。モービル湾沿いを公園にして観光地化する計画のようであった。夕食は全員が個人の家に招待されて食べたdinnerはおいしかった。皆でChristmas songsを歌って楽しい時を過ごした。
日記によるとモスクワ放送でアメリカ人とカナダ人に向けて“Merry Christmas and Happy New Year”と呼びかけられた。

25日には多分2人づつペアで市内の各家庭に招かれて特別なDinner。この時は台湾人と一緒にturkeyを食べた。ホストが七面鳥の肉にナイフを入れて一人づつ皿に盛っていく様子に見入った。料理もとてもおいしかった。ホステスが“Did you bring a cold weather?”とか“Would you care for a cup of coffee?”とかいろいろ気を遣って場を和ませてくれた。家族を交えたChristmas Dinnerを体験出来て良かった。
7時から教会での夜の礼拝に出かけて4ヶ国の留学生が各々の国でのクリスマスの過ごし方を語った。9時半ごろハウスに戻って、またディナー・パーティがあったが、“Can I be excused?”と言って床に就いた。

26日はバスで全員Bellingrath Gardensを見学して記念撮影。木々が林立しする広大な庭で日本庭園もあったがお世辞にも立派とは言えなかったが世界的に有名だと説明を受けた。春は一面花できれいなようである。現在はおそらくライトアップされて見事な庭園になっていると想像される。

27日は貿易センターを見学すると実験室に7ヶ国語のテープが用意されていて、日本語のテープもあり日本の貿易面での重要な役割を目にした。日本紹介の雑誌は近代の日本を伝える良い記事で百科事典の古い記事とは比べ物にならない印象を受けた。
この日の夕方にはレバノンの留学生と一緒にディナーに招待された。彼は米国滞在2年余で巧みな英語を話しjokeも自由自在。お父さんが元大使で家柄も良いらしかった。食欲も旺盛でどんどん食べていた。ラマダンの時期に当たっていた。1日1食で夜に3食分を一度にとる習慣。この経験があって私はラマダンは12月末だとその後も十年ほどは思い込んでいた。毎年、時期が少しづつずれて変化するのを知ったのはかなり後年になってからだった。“ラマダン”という言葉に出会うといつもレバノンの留学生を思い出す。

招待された家庭は裕福な家庭が多いこともあって子どもたちは私立の有名な学校や大学に通っていたり、進学を目指しているようだった。我々への対応も明るく気持ちの良いものだった。子どもたちはどこでも可愛くて家族愛に包まれて家庭環境が良い感じがした。
ハウスを後にした学生も増え始めた。28日は州立造船所見学の予定だったが忙しい日程が続いたので、プランには参加せずにハウス内にとどまった。日本の留学生の奥さんと話をしていると黒人のコックさんが話に加わってきた。割合わかりやすい英語で“I like both of you.” 日本人が他の外国人に比べて自己主張が少なくて控えめなところに気づいていたようであった。彼の話ではここMobileでは他の地方と違ってcolored peopleのsegregation(黒人差別)が少なくてintegration(人種差別撤廃)がほぼ完全に行われているという信じがたいが興味深い話をしてくれた。教会の建物の料理人としての彼の特別な環境から出る話かなと思った。
※50年前の米国南部では学校、レストラン、トイレなどは白人専用と黒人専用に分かれていた。当時のフロリダは州立大学が2つしかなかった。白人だけが通える大学だった。2万人が学ぶ大学の広い構内(北海道大学よりはるかに広いキャンパス)で黒人の姿を見たことはなかった。

29日の午前中はテレビ局へ。見学と思っていたらドイツ・韓国・イランの留学生と一緒にテレビ出演。生放送でのインタヴューを受けた。午後は韓国1人、イラン3人とともにモービル・ロータリークラブの例会に出席して帯広ロータリークラブ(*国際ロータリー財団奨学生への推薦ロータリークラブ)のバナーと交換した。3日前のディナーに招待してくれた人がロータリアンで例会へ誘ってくれていた。この日は車酔いで疲れも出て夕食はとらずに頭痛薬をもらって早めに床に就いた。

1966年の最後の日は日本と違って大晦日の実感が湧いてこなかった。台湾の留学生と一緒に招かれた家庭でディナー。夕食後に彼らの娘2人、息子1人とともにNew Year's Eve Worship Serviceに出かけた。今年は天候に恵まれない年の暮れ。悪天候のせいもあって出席した人の数も少なめだった。12時にお祈りが終わると人々は口々に“Happy New Year”と互いに挨拶を交わしたが何となく物足りなかった。牧師の“Let us pray for World Peace”という言葉が強く心に響いた。
連絡の行き違いもあり、その後、別のご夫妻のお宅に世話になった。お宅に着いてレコードを聴くように勧められた。ベートーヴェンの第九の第4楽章とチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を聴いてベッドに就いたのは1時半ごろ。(*この日記を読んで当時の記憶が蘇ってきた)。

アメリカの正月の行事はカレッジ・フットボールとバレード。Cotton Bowl (テキサス州ダラス)とGator Bowl(フロリダ州ジャクソンビル)のテレビ中継。現在はどうなっているか知らないが伝統は崩れていないのではと思う。
国民が家庭で祝う行事は特にないのではないか。

昨夜は遅く寝たので目覚めたのが8時半過ぎ。barのような場所での朝食。フロリダ滞在中、朝食用と夕食用の部屋が別になっているお宅も何軒か見た。New Year's Dinnerに今朝到着した中国人2人と招かれたお宅へ。特別な正月料理はないようである。supper に black and white beansを食べるのを習慣にしていると語ってくれた婦人もいた。健康と金運につながるそうである。

雨模様の毎日で昨日も今日(1月2日)も雨。午前10時半のバスでモービルを出発し、タラハッシ(フロリダの州都)には午後8時に到着。2週間のChristmas Holidaysは楽しかった。アメリカ人のhospitalityは素晴らしかった。50年後に日記を読み返して人の心の温かさを改めて感じた。
1年間のフロリダ滞在中に南部旅行をしたり、帰国の途中にワシントン、ニューヨーク、ボストン、シカゴ、デトロイト、ロスアンゼルスなどでも得難い体験ができたことを幸せに思う。





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ラトル指揮ベルリン・フィルによるフランス音楽

先日ドイツから郵便小包が届いた。ベルリン・フィルの《デジタル・コンサートホール》特典2枚組DVDが送られてきた。サー・サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のフランス音楽である。
一昨年から《デジタル・コンサートホール》は無料視聴放送を聴いて興味を持った。高品質のヘッドフォンを予め用意したかったり、聴く時間が十分にないこともあって契約には躊躇していた。その後、一年が経過していた。2週間ほど前に発注していたDVDがチケットと共に手元に届いた。

ベルリン・フィルのCDは何十枚も所有しているが、ベルリン・フィルの演奏を生で聴いたのは2004年11月だけである。サイモン・ラトルが2002年に芸術監督に就任してからの初来日であった。最初の日本ツアーは札幌、岡山、金沢、川崎、東京(オペラを含む6公演)。当時からフランス音楽に力を入れていたのか札幌公演のプログラムは「ドビュッシー:海」、「ラヴェル:ダフニスとクロエ 第2組曲」と「リンドベルイ:オーラ」。(*当日のチケット代は42.000円+郵送料600円の高額で座席も自分で選べなく心から楽しめる演奏会にはならなかった苦い思い出のコンサート。満席でもチケット代だけではペイしないという話を当時から耳にしていた。)

サイモン・ラトル2004年 来日記念盤“THE PREMIUM”がリリースしされ9人の作曲家の作品12曲が収録されている。指揮者のCDにしては珍しく曲の一部だけの作品もあって物足りなくて聴く機会は少ない。

【DVDの収録曲】
 DVD1(99分) ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、ラヴェル:ダフニスとクロエ 第2組曲、ルーセル:蜘蛛の饗宴、ドビュッシー:海、ブーレーズ:ノタシオン   DVD2(99分) ドビュッシー:イベリア、 フォーレ:ペレアスとメリザンド、 ベルリオーズ:幻想交響曲

2日間かけてフランス音楽を堪能した。ルーセル、ブーレーズの曲は初めて耳にした。フォーレの美しい調べに酔いしれた。ベルリン・フィルハーモニーにおける2009~16年のライブ録音。樫本大進、アンドレアス・ブラウ、エマニュエル・パユ、ジョナサン・ケリー、アルブレヒト・マイヤー、サラ・ウィリス、タマーシュ・ヴェレンツェイ、ライナー・ゼーガスなどPMFでおなじみの顔ぶれも見れて親しみが深まった。イングリッシュ・ホルンのドミニク・ヴォレンヴェーバーは久しぶりに見る美男子姿。「幻想交響曲」では惚れ惚れする旋律を奏でた。弦楽器奏者の中にもやがて顔がわかる奏者も出てくるだろう。楽しみである。(*チェロのクヴァントの姿がチョット目に入った。)

映像を通して聴く音楽は見る楽しさも加わる。

※7:30pmから2時間、BSフジで《ベルリン・フィル ドキュメント&第九演奏会》のテレビ番組を偶然見つけて観た。ベルリン・フィルのメンバーがラトルの要求を受けてベートーヴェンの交響曲に今までと違った新しい角度から挑戦する音楽つくりが理解できて刺激的で面白かった。番組中で、「第1番」「第3番」に対するラトルの解釈も説得力があった。
番組の最後に2015年10月のラトル指揮ベルリン・フィルの「第九」演奏会の模様が録画中継された。民放なので楽章間にコマーシャルが入って流れが途切れたのが残念だった。
日本で聴く「第九」とは違う印象を受けた。合唱団は約60名。最近は150名ほどの大合唱団で歌う「第九」は特別なのかとふと思った。とにかく年末に良いタイミングで思いがけずに「第九」が聴けた。

2016年私のコンサート ベスト12

2016年1月から12月までの1年間にコンサートに通った回数は92回であった。会場は80回が札幌コンサートホールKitara。
2012年から「私のコンサート・トップ・テン」を始めた。この2年間は数を絞るのに少々難しさを感じる。自分なりに印象の強かったコンサートを選んでいるが10にこだわる必要がないと思って2016年は12にした。

【12 Best Concerts in the year of 2016】

★第17回ショパン国際ピアノコンクール入賞者ガラ・コンサート(1月31日)
  スケルツォ第2番(ドミトリー・シシキン)、 舟歌(イーケ・(トニー・)ヤン
  アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ(エリック・ルー)
  ピアノ協奏曲第1番(ケイト・リウ)
  ピアノ協奏曲第2番(シャルル・リシャール=アムラン)
  ノクターン第13番、幻想曲、ポロネーズ第6番「英雄」(チョ・ソンジン)
    [ヤツェク・カスプシック指揮ワルシャワ国立フィル]

★樫本大進&コンスタンチン・リフリッツ(2月16日)
  ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第7番
  ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第2番
  プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ 第1番

★ミシェル・ブヴァ―ル オルガンリサイタル(4月16日)
  J.S.バッハ(イゾワール編):4台のチェンバロのための協奏曲
  デュモン、F・クープランらのヴェルサイユの音楽
  モーツァルト:ディヴェルティメント第9番
  メンデルスゾーン(スミッツ編):厳格な変奏曲
  デュプレ、J.ブヴァ―ル、J,アラン、デュリュフレらの20世紀の音楽

★辻井伸行&オルフェウス室内管弦楽団(6月12日)
  ベートーヴェン:《コリオラン》序曲、 交響曲第5番「運命」
            ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
  
★レーピン&諏訪内&マイスキー&ルガンスキー.(6月20日)
  プロコフィエフ:2つのヴァイオリンのためのソナタ
  ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲
  チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」
 
★アレクサンデル・ガジェヴ ピアノリサイタル(6月24日)
  ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第31番   ショパン:ピアノ・ソナタ 第2番
  J.S.バッハ(ブゾーニ編):シャコンヌ     リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調

★堤 剛 J.S.バッハ無伴奏チェロ組曲全曲演奏会(9月11日)

★第594回札幌交響楽団定期演奏会(指揮/ラドミル・エリシュカ)(10月15日)
  スメタナ:交響詩「ワレンシュタインの陣営」
  ドヴォルジャーク:スケルツォ・カプリチオーソ
  チャイコフスキー:交響曲第5番

★内田光子withマーラー・チェンバー・オーケストラⅠ・Ⅱ(10月28日、30日)
   Ⅰ  モーツァルト:ピアノ協奏曲 第17番&第25番
       バルトーク:弦楽のためのディヴェルティメント
   Ⅱ  モーツァルト:ピアノ協奏曲 第19番&第20番
       武満 徹:弦楽のためのレクイエム

★内田光子とマーラー・チェンバー・オーケストラ メンバー《室内楽の夕べ》(10月31日)
  モーツァルト:フルート四重奏曲第1番
  武満 徹:アントゥル=タン~オーボエと弦楽四重奏のための
  シューベルト:華麗なるロンド
  メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲

★鈴木雅明j指揮バッハ・コレギウム・ジャパン(11月15日)
  J.S.バッハ:ミサ曲 ロ短調

★名古屋フィルハーモニー交響楽団第440回定期演奏会(11月19日)
   [指揮/小泉和裕   ピアノ/ゲルハルト・オピッツ]
  ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
  バルトーク:管弦楽のための協奏曲

※ここ数年の札幌交響楽団定期演奏会の充実度は特筆に値する。札響定期会員として年10回の定期演奏会の順位を求められるが選ぶのが難しい状況が続く。三位一体(指揮者、オーケストラ、聴衆)のコンサートが続いて演奏終了後の一体感が何とも言えない。札響1月定期(パーメルト&ファウスト)、3月定期(エリシュカ)、6月定期(広上&ベルキン)も秀逸。あとは好みの問題。
6月宮田大、10月アリス=紗良・オットのリサイタルも素晴らしい印象を残した。
 

Kitaraのクリスマス2016 (井上道義&児玉桃)

井上道義は2007年から11年まで5年連続して〈Kitaraのクリスマス〉に出ていた。今回は5年ぶりの同プログラム登場となった。井上は1946年12月23日生まれ。〈Kitara のバースディ〉をはじめ毎年開催のKitara主催のコンサートの開催日は必ずしも固定されていない。〈Kitaraのクリスマス〉だけが12月23日に固定されていると感じていたが、その理由が分かった気がした。今年は彼の70歳の記念すべき誕生日に当たる。Happy Birthday! (*平成元年から28回目の祝日だが、年末のため他の祝日に比して休日の気分がしない。83歳を迎えた天皇陛下が皇居の一般参賀で述べるお言葉に国民を思う気持が滲み出ていて感動を覚えた。)

Michiyoshi  Inoueは71年にイタリアのカンテルリ国際コンクールで優勝。76年に日本フィルを指揮して国内デビュー。ニュージーランド国立響首席客演指揮者(77-82) 、新日本フィル音楽itaria 監督(83-88)、京都市響音楽監督・常任指揮者(90-98)を歴任。2007年からオーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督および石川県立音楽堂アーティスティック・アドバイザーを務め、〈ラ・フォル・ジュルネ金沢〉をはじめ多くの画期的なプロジェクトを実施。これまでにロイヤル・フィル、シカゴ響など海外オーケストラの客演指揮も数多い。「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト」を企画・開催するなど独自の音楽活動を展開し、13年にはサンクトペテルブルク響と日本国内ツアーを実施。14年より大阪フィル首席指揮者も兼任。

私は2001年に2日間連続の日フィル札幌公演、09年オーケストラ・アンサンブル金沢のニューイヤーコンサート、10年のKitaraのクリスマス以来、彼の指揮によるコンサートは5回目。

児玉 桃(Momo Kodama)は1972年、大阪生まれ。1歳で家族とともにヨーロッパに移住。13歳でパリ音国立高等楽院に入学し、数々のフランス国内のコンクールに優勝。17歳でカントロフと共演してパリ・デビュー。ぺライア、シフなどに師事。91年ミュンヘン国際コンクールで1位なしの2位で最年少入賞。92年に東京フィルと共演して日本デビュー。同年、大阪でリサイタル。その後、ケント・ナガノ指揮ベルリン・フィル、小澤征爾指揮ボストン響などメジャー・オーケストラと共演。バッハから現代作曲家までレパートリーが幅広く、特にショパン、メシアン演奏で評価が高い。パリ在住。

1997年Kitaraオープニング・シリーズでフォスター指揮N響と共演して「ショパン:ピアノ協奏曲第1番」を弾いた。2000年円光寺指揮札響と「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」。前回の12年2月札響定期で「メシアン:トゥーランガリラ交響曲」で高関と共演。札響との共演が続くのは興味深い。彼女のピアノをKitaraで聴くのは5回目。

2016年12月23日(金・祝) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ 井上 道義       ピアノ/ 児玉 桃   
管弦楽/ 札幌交響楽団

〈プログラム〉
 ビゼー:小組曲「子どもの遊び」
 グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16
 ドビュッシー:バレエ音楽「おもちゃ箱」(井上道義カット版)
 アンダーソン:クリスマス・フェスティバル

歌劇「カルメン」や組曲「アルルの女」で有名なビゼーだが、他の作品はほとんど知らない。この小組曲もよく演奏されるらしいが、今までに耳にした記憶がない。12曲からなるピアノ連弾用組曲が5曲編成の管弦楽組曲に編曲されたという。第1曲 行進曲「ラッパと太鼓」、第2曲 子守唄「人形」、第3曲 即興曲「コマ回し」、第4曲 二重奏「小さな夫と妻」、第5曲 ギャロップ「舞踏会」。タイトルを読んだだけで曲想が浮かぶ。指揮者は各曲の演奏前に説明を加え、ステージでコマ回しをしながら指揮をする巧みな技も披露。子供に対する愛情に溢れた作品を通して聴衆に子供時代を想起させた。

ノルウェーらしい郷土色が全編に感じられ溌溂として雄大なグリーグのピアノ協奏曲は6年前に行われた札響リクエストコンサート~3大ピアノ協奏曲にも選ばれた。(“1番好きなピアノ協奏曲”のアンケートで総得票数303票中で第1位はチャイコフスキー第1番、第2位はラフマニノフ第2番、第3位がグリーグ。ちなみに第4位がショパン第1番、第5位がベートーヴェン第5番だった。)
児玉の演奏はこの曲をあまり聴いたことがないと思われる客をも魅了した(*スケールの大きなコーダのある第1楽章の終りにかなり多くの人が拍手をした)。久しぶりに聴くグリーグの協奏曲に曲の素晴らしさを改めて味わった。
盛大な拍手に応えてアンコール曲として耳慣れた旋律を奏で始めた途端にメロディが“Happy Birthday to you”に変わった。気づいた聴衆の拍手にマエストロ井上がステージへ。カーテンコールに“70歳になりました”と挨拶して聴衆から再び祝いの拍手が送られた。

ドビュッシー作曲の「子どもの領分」はしばしば聴くが「おもちゃ箱」は初めて耳にする曲でタイトルさえ知らなかった。彼の晩年に書き上げたという子どもたちへの愛情を込めた作品。(*「英雄的子守歌」という管弦楽曲がピアノ曲の編曲として1916年に書かれているが、同じ作品でタイトルだけが違うのかも知れない)。
タイトルにふさわしい子どもの夢心を思わせる楽しい音楽。おもちゃ箱の中での出来事が綴られる。音楽に合わせてのステージ上での小道具と仕掛けも指揮者の期待以上の工夫が凝らされているようであった。マエストロ井上の優れた音楽企画が生かされて、Kitaraのスタッフやバレリーナたちも彼の期待に充分に応えた作品になっていた。
バレエ音楽はマエストロの語りと指揮で30分弱の音楽。児玉がこの曲のピアノを担当したのにも驚いた。曲の中でオーボエ首席奏者やコンマスなども寸劇に参加。小学生と思われるバレリーナは札幌舞踊会のメンバーで井上の3日間の振り付けによる踊りで指揮者から感心されていた。定期公演並みのリハーサルを行っているのをKitaraのtwitterで知っていたが成程と思った。

指揮者のプロフィールにも書いたがユニークな音楽つくりは既成のクラシック音楽の垣根を越える試みだと思った。100年前に作られたドビュッシーの作品を新しい角度から表現したように感じた。

コンサートの最後はクリスマスの時期に歌われる10分弱のアンダーソン作曲のクリスマス名曲集。「もろびとこぞりて」、「ジングル・ベル」、「きよしこの夜」などがメドレーで演奏された。アンコールに「きよしこの夜」のオーケストラ演奏に続いて聴衆全員の斉唱。

Kitaraで5年ぶりの演奏会を行ったマエストロも満足そうであった。公園の中に立地するKitaraと大ホールの素晴らしさを何度も言及していたが、80回ほど足を運んだKitaraホールも今年は今日が最後。レセプショニストの対応にも感謝しつつホールを後にした。外は朝からの雪が止む気配がなく深々と降り続いていた。

昨日から間断なく降り続く雪のためコンサート会場に来れない聴衆も多くいたようであった。それでも9割以上の客が恒例のコンサートに駆け付けた。12月の積雪も90cmを超えた札幌も50年ぶりの記録的な大雪となって帰路も道が一段と狭くなっていた。このような悪天候でも地下鉄が時間通りに発着しているのは有難いことである。

第16回「札響くらぶサロン」~クリスマスのミニコンサート(トランぺット)

年4回開催の“Taketsu Memorial Salon”が前回9月の会場、明治天皇ゆかりの「豊平館」で開催された。会員以外にも知人や家族も参加できるサロンである。今回は開催時期が12月でクリスマス・ミニコンサートがメインのプログラムで子供たちを連れた家族ずれも含めて77名の参加で大盛況であった。

開催日:2016年12月18日(日曜日) 時間:午後6時  場所:札幌市「豊平館」広間

[サロン第1部] 【クリスマスのミニコンサート】
 トランペット/ 前川和弘(札響トランペット奏者)、 ピアノ/三春菜奈
  〈プログラム〉
   バッハ:主よ人の望みの喜びよ、 ネルーダ:コンチェルトEb、 
   ショパン:ノクターンOp.9-2(ピアノ独奏)、クラーク編曲:ヴェニスの謝肉祭
    映画音楽より「ムーン・リヴァー」、「ゴッドファーザーⅠ・Ⅱ」 

各曲の演奏前にトークを入れながらプログラムが進められた。ヴェテランならではの余裕のある解説。空気が乾燥していてトークと息継ぎの難しい楽器の演奏は大変なようであった。
   
プログラムの最後に用意された2曲は客も参加。前川さんから全員に配られた様々な大きさの鈴を振りながら「サンタが街にやってくる」の演奏が楽しい雰囲気を作り出した。一番最後は「きよしこの夜」。トランペット、ピアノ、斉唱と分担して締めくくられた。アンコール曲は「カッチーニ・アヴェ・マリア」。1時間のミニコンサートでの熱演に“ブラヴォー”の声と盛大な拍手が送られた。

前川和弘さんは1978年札響入団。入団以来、15・20・25・30・35周年と5年おきにリサイタルを開催。2008年にCDをリリースし、2011年から東日本大震災チャリティーコンサートを毎年継続中。現在、札幌大谷大学講師なども務める。
いつもステージ上の演奏姿は見ているが、直ぐ近くでトランペットから奏でられる音を聴いていると顔の表情や喉の渇きも手に取るように分かり得難い体験をした。当日の会場は気温が上がってピッチの調整も大変で、金管楽器奏者の苦労が一段とよく解った。

[サロン第2部]【楽譜贈呈式】
 札響くらぶ上田会長から札響永井専務理事へ。
  札響くらぶは活動の一環として2006年から毎年年間50万円の楽譜支援活動を続けている。会員の年会費3000円のうち500円が楽譜支援となる。会員の中には多額の支援を行ってる人もいるようで、私もわずかながらプラス500円で毎年千円の支援を続けている。
創立55年を迎えた札響も演奏回数の多い曲は過去の指揮者の指導による書き込みが重なると継続して何十年もの使用が困難になる(*鉛筆使用で消せるようにはなっていても楽譜が経年劣化で使用に耐えなくなるものが増えてくる。)初演の時には楽譜を揃える必要もある。素晴らしい演奏をしてもらうためには演奏家への支援は望ましい。

[サロン第3部] 【クリスマスパーティ】
 ワインとビール、オードブルをいただきながら、楽団員さんを交えてのパーティ。前川さんと三春さんが同じテーブルで話す機会があって良かった。たまたま前川さんからモーリス・アンドレの名が出た。金管楽器の歴史を変えた偉大なトランペット奏者は2002年にKitaraに登場していたのである。ナカリャコフの名も出して金管楽器演奏の難しさなど私の知っている表面的な知識を話したら同意してくれたので嬉しくもあった。
パーティを盛り上げる運営委員のプログラムも始まった。曲のイントロを聴いて曲名を答えるクイズ。テーブルごとの争い。最初のうちはほんの数音だけのイントロでプロ並みの実力が必要なクイズ。私の隣に座ったKitaraボランティアの友人が殆どの曲を当てる確率の高さに驚いた。彼は第1回の札響定期を聴いて50年もLPで音楽を聴き続けているクラシック・ファンだが、私とは音楽愛好の知識のレヴェルが違う。彼の豊富な知識には感服していたが、音楽の詳しさのレヴェルの違いを改めて知った。曲名だけでなく、第2・3楽章のイントロ、曲の調性まで知っているのだから恐れ入った。
10数曲のうち、午後の及川のリサイタルで聴いた「愛の夢第3番」、「亡き王女のためのパヴァーヌ」、や「愛の喜び」も出てきて、演奏会をまるで振り返っているような気がした。

12月恒例のビンゴゲームもあって和やかに交流会が閉じられた。テーブルの上の後片付けをして帰宅の用意をした。コートも着て帽子もかぶって帰り支度も整ったが、椅子やテーブルの片付けをしている役員の人々を手伝わないではいられない気持ちにかられた。会長をはじめ楽団員の人も仕事をしている状況で一応の目途がついて場を離れた。地下鉄の駅に向かう途中で札響くらぶ創立メンバーと交流ができたり、副会長さんと電車の中で親しい会話が弾んだりして心も軽くなって家路についた。


  

及川浩治ピアノ・リサイタル2016

98年以来、日本のピアニストの中で及川浩治のコンサートを聴く機会は多い方である。今回は2年ぶり15回目となる。

2016年12月18日(日) 1:30pm開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈ロマンティック・ヴィルトゥオーゾプログラム〉
 デビュー21年目のスペシャル・プログラムとして人々に親しまれている曲ばかりを並べての名曲コンサート。

 J.S.バッハ(ブゾーニ編):シャコンヌ ニ短調 BWV1004より
 ショパン:ラルゲット(ピアノ協奏曲第2番op.21より第2楽章)
       練習曲《別れの曲》 ホ長調 op.10-3
 リスト(ブゾーニ編):ラ・カンパネラ 嬰ト短調
 リスト:愛の夢第3番 変イ長調、 メフィストワルツ第1番
 ドビュッシー:月の光、 アルぺジョのための練習曲
 ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ、 ラ・ヴァルス
 ラフマニノフ:前奏曲《鐘》 op.3-2、 ヴォカリーズ(コチシュ編)op.34-4
 クライスラー(ラフマニノフ編):愛の喜び
 ラフマニノフ:練習曲《音の絵》 ニ長調 op.39-9

昨年デビュー20周年を迎えた及川浩治は彼の音楽の原点であるブルガリア・ソフィアを訪れ、かの地で20数年ぶりにコンサートを開催したという。新たな出発の年にふさわしい若さと夢とロマンに溢れた作品でプログラムを構成したようである。
前半6曲、後半8曲。

第1曲目の「シャコンヌ」のブゾーニ編曲によるピアノ曲はこの数年リサイタルで聴く機会が非常に多い。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番の最終楽章はいつ聴いても感動する。今回のピアノ編曲での演奏は今までに無いほどの強烈な印象を受けた。強い打鍵を用いての深い感情移入が新鮮な曲となった感じがした。編曲の範囲を超えたブゾーニ(1866-1924)のピアノ音楽の素晴らしさを味わった。

ショパンの2曲は及川のCDでもよく耳にした。15年前の2001年、及川はブルガリアのゲオルギエヴァ(Vn)とデュエットを組んで国内ツアーを行った。妻と一緒に出掛けた札幌公演で私はゲオルギエヴァ、妻は及川のCDを買った。どちらも小品集であった。及川のCDに収録されていた「ラルゲット」はその当時から珍しいと思っていた。ショパンのピアノ協奏曲で第1番と第2番は各12名のピアニストのCDを所有しているが勿論すべて全楽章の演奏盤。及川にとって「ラルゲット」は特に思い入れのある楽章なのだろう。
「ラルゲット」は当時ショパンが恋心を抱いていた女性への想いを表現した楽章と言われる。美しい旋律の中に織り込まれる情感と合い通じるものがあるのかも知れないなどと勝手に推し量ってみた。

「ラ・カンパネラ」は最も親しまれている曲の一つで、超絶技巧による演奏も魅力であるが、ブゾーニがここでも自身のヴィルトオーゾぶりを存分に発揮している。原曲が歌曲の「愛の夢 第3番」は改めて言及するまでもないピアノ独奏版の名曲で美しい調べが心に染み入る。
上記の2曲に比べてポピュラーではないが「メフィストワルツ第1番」はリストならではの作品。管弦楽曲がピアノ独奏用に編曲された。十数年前からアルゲリッチのCDで聴くようになった。リストの曲の中でも難易度が高い曲と言われ、演奏の様子を観ていると超絶技巧ぶりが良く分かる。
演奏終了後に迫真の演奏に対して一斉にため息交じりの歓声が沸き起こった。及川浩治は演奏中の“間”の取り方が巧みで、自身の集中力をコントロールすると同時に聴衆の心も掴んでいる感じがする。連続してほかの曲に入る場合に余計な拍手が入らなくて済むのは聴く者の集中度も高まって非常に良かった。

比較的ピアノタッチの力強い演奏が目立った前半とは対照的に後半のスタートは柔らかな繊細なタッチのドビュッシーの曲。2曲目のタイトルが余り馴染みではないと一瞬思ったが、〈12の練習曲集〉の1曲でドビュッシーならではの音の世界に引き込まれた。

ピアノ曲として演奏機会の多い「亡き王女のためのパヴァーヌ」はラヴェル自身が管弦楽曲にも編曲している。ラヴェルが20代の頃に書いたピアノ曲。パヴァーヌはヨーロッパの宮廷で流行った舞踊。この曲は様々な楽器編成のためにも編曲されている。

ワルツという意味の「ラ・ヴァルス」は管弦楽曲として演奏されることが多い。ラヴェル自身がピアノ曲に編曲しているが、ピアノリサイタルで聴くのは珍しい。目まぐるしく華麗に変化するラヴェルの世界が独奏ピアノで見事に繰り広げられる演奏はまさに圧巻であった。
後半の静かな3曲とは打って変わった曲の展開に聴衆もすっかり魅了された。

最後の4曲はラフマニノフがメイン。ラフマニノフは“鐘”を様々な楽曲に用いている。このピアノ曲の冒頭の楽想はクレムリン宮殿の鐘にインスピレーションを得たといわれる。詩情あふれる曲だが、この曲はリストの「鐘」のようにはポピュラーな曲ではない。

“ヴォカリーズ”とは歌詞の無い歌曲全般を指すが、現在では『ヴォカリーズといえばラフマニノフ』と言われるほど親しまれている。
原曲はソプラノまたはテノールのための【14の歌曲集】の終曲。ピアノ独奏曲だけでなく多くの編曲版がある。
編曲者のゾルタン・コチシュ(1952-2016)はアンドラーシュ・シフ、デジュ・ラーンキとともに“ハンガリーの三羽烏”のピアニストとして名を成した。83年にイヴァン・フィッシャーとともにブタペスト祝祭管を創設、指揮者として今年10月予定の来日が病気で中止となり先月死去。コチシュ演奏のドビュッシーのCDを持っていて親しみのあるピアニストだった。作曲家としての活動は知らなかったので、今日の編曲版を聴いて一層感慨の想いに浸った。

クライスラーの「愛の喜び」はヴァイオリン曲として最も演奏される機会の多い名曲。ピアノ曲としては聴くのは初めてである。ラフマニノフがピアノ曲に編曲したとは全然知らなかった。二人はマネージャーが同じ間柄で親しかったそうである。
この曲は即興的に編曲されたらしい。有名な旋律が何度も繰り返し変奏されて原曲の2倍ほどの長さになっている。意外性のある選曲で面白かった。

《音の絵》はラフマニノフのロシア時代の最後の作品。演奏技術と表現力習得のための練習曲集が2集全17曲。17曲中のうち数曲は外山啓介や小山実稚恵のCDに入っていたが、5年前に小山の[音の旅]の演奏会の折に全曲入りのCDを買い求めた。タイトルから想像する抒情的な旋律が出てくる曲ではないので簡単に素人が親しめない。何回か演奏会やCDで聴いているが深く印象に残っていない。
作品39-9は練習曲集の終曲。華やかで交響的な曲の感じで、コンサートの最後を飾るにふさわしい壮大な演奏となった。
いつものリサイタルより曲数が多くて焦点が定まらないかと思ったが、経験豊富なピアニストだけにプログラミングは充分に説得力のあるものになっていた。

アンコール曲は「プーランク:エディットピアフへのオマージュ」。

平成28年度時計台案内活動反省会と親睦ランチ会

今年度5月1日~11月30日まで7ヶ月間に亘って行われた時計台案内活動の反省会が国際プラザの会議室で行われた。時計台ボランティア活動が始まって8年が経つ。反省会に参加するのは数年ぶりである。昨年は体調を崩して活動日数が減ったが、今年は月4回平均のペースで活動した。
昨年に続いて今年も1日午前・午後の2回の活動の充足率が100%だったと知り、改めてシフト担当のボランティアのご苦労に感謝した。すべてのボランティア活動は無償である。今年度の時計台定点案内活動の登録者は116名。実際の活動人数は63名(男30、女33)。活動期間中の来館者の概数は11万人。(*年間の時計台入館者数は約20万人)。ボランティア対応人数は日本人2万人、外国人5千人。海外からの来館者は約60ヶ国。外国人対応の言語は英語、中国語、韓国語。中国人の来館者が一番多いが、以前に比して英語対応が断然多い。来館者の反応は例年通り、好印象が続く。時計台と札幌の街に対する好感度は高い。喜んでくれる来館者に接すると来年度への活動意欲も湧き上がってしまう。

反省会の出席者約30名のうち、半数がグランドホテルでの親睦ランチ会に参加した。女性の参加者が1名のみで寂しかったが同年代の参加者以外に、今年度の新規登録者11名のうち2名の若者と会の後半に交流できて良かった。来年度の彼らの活動を激励しながら自らの活動も奮い立させる日になった。

今年も残り2週間になった。時計台活動日数が24日間に対し、Kitaraでのボランティア活動はDM(ダイレクト・メイル)活動のみで14日間。以前と比べて活動日数も減った。コンサートでKitaraに出かける日もあと2回の予定。明日は及川浩治のリサイタルと札響くらぶのミニコンサートが連続する。腰の治療で整骨院に連日通いながら日程を過ごしている。無理が通るのは元気のせいだろうと自問している。

青木晃一ヴィオラリサイタル

文化庁委託事業〈平成28年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業〉
     新進演奏家育成プロジェクト リサイタル・シリーズSAPPORO11

3年前の札響12月定期公演終了後に〈札響くらぶ・クリスマスパーティ〉が開催された折に、会に参加していた青木晃一さんに会う機会があった。Kitaraホールでのステージ姿は毎月のように見慣れていたが、若い演奏家の溌剌とした品のある対応に好印象を受けていた。9月の〈札響くらぶ交流会〉で今回のリサイタルの案内を受けてチケットをその場で購入していた。(*本人が会場で16日と18日のコンサート出演のチラシを配っていた。)

2016年12月16日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

青木晃一(Koichi Aoki)は兵庫県姫路市出身。桐朋学園大学、ケルン音楽大学、同大学院修士課程に学ぶ。ドイツ留学中に数多くの国際音楽祭に参加。デュッセルドルフ響などで副首席奏者、幾つかのオーケストラアで客演首席奏者を務める。ドイツを中心にソリスト、室内楽奏者として活躍。2012年、札幌交響楽団に入団。現在、ヴィオラ副首席奏者。

ピアノは田島ゆみ。2008年、ドイツ・フライブルク国立音楽大学大学院修士課程を修了。ヨーロッパ各地でピアノデュオ、室内楽活動を展開し、ドイツ国内の音楽祭にも参加。11年余のドイツ滞在の後、2014年帰国して札幌を拠点に活動。札響首席奏者たちとの共演をはじめ、様々な室内楽コンサートで活躍し、2015年以降PMFコンダクティング・アカデミー・ピアニストを務めている。

〈PROGRAM〉
 J.S.バッハ:無伴奏ヴィオラ組曲 第6番 ト長調 BWV1012
 バックス:ヴィオラとピアノの為のソナタ
 ヒンデミット:無伴奏ヴィオラ・ソナタ(1937)
 ブラームス:ピアノとヴァイオリンの為のソナタ第2番 変ホ長調 作品120-2

バッハ(1685-1750)の無伴奏チェロ組曲はカザルスのCDを所有していて、去る9月に堤剛のリサイタルで聴いた。ヴィオリストが中心のヴィオラのCDはバシュメットと今井信子のものしか所有していない。ヴィオラ・ソロが入るコンサートもバシュメットと今井によるものだけである。そういう意味で今回の青木のリサイタルは私にとって極めて稀なコンサートである。
無伴奏チェロ組曲第6番はバッハが考案した5弦楽器ヴィオラ・ポンポーザのために作曲されたとされる。今回はこの曲がニ長調からト長調に移調して演奏された。最も高度な技巧が必要とされる「第6番」がチェロの響きとは違うが、バロック音楽特有の雄渾壮麗な曲として興味深く聴けた。

バックス(1883-1953)は初めて名を聞く作曲家。プログラムノートによるとアイルランド民謡が取り入れられた曲。現代曲ながら、抒情的な旋律を持ち親しみやすい。第2楽章のスケルツォでのリズミックなピアノ伴奏に合わせてのヴィオラの響きも印象的。ピアノの魅力も充分で味わい深かった。

ヒンデミット(1895-1963)は有名な現代作曲家として、彼の曲はPMFではしばしば取り上げられていた。ヴァイオリン奏者・ヴィオラ奏者として活躍したとは知らなかった。ヴィオラという楽器を愛し続けて、4つの無伴奏曲を含む7つのヴィオラ・ソナタを遺したという。解説には音楽史上最大の“ヴィオラ作曲家”と書かれていた。この曲が書かれた頃、ヒンデミットはナチスから社会的地位を奪われてドイツでの音楽活動が困難で、アメリカ演奏旅行中の列車の中で書かれた作品だそうである。
ヴィオラの楽器の特性と技巧が最大限に生かされた作品。ヒンデミットならではの現代曲と言える感じがした。

ブラームス(1833-97)の作品120はバシュメットのdisc(*1992,Torontoでの録音盤)に入っていて、今回の演奏会に備えて久しぶりに聴いてみた。「第2番」は特に魅力的な曲だった。このヴィオラ・ソナタ第2番が「クラリネット・ソナタ第2番」としてカール・ライスター(*カラヤン時代のベルリン・フィル奏者)のCDにも入っていることを知ってビックリした。両方の曲を各4回ほど聴いてみたが、弦の方が自分の好みに合っていて、とても気に入った。
第1楽章はアレグロ・アマビーレで美しい旋律の変奏が幸福感を漂わせる。第2楽章はスケルツォ的な感じのアレグロ・アパッショナート。第3楽章はアンダンテ・コン・モートで変奏曲の形式。第5変奏で見事なフィナーレ。
生の演奏を聴いてブラームスの室内楽曲の素晴らしさを味わった。

ヴィオラはオーケストラや室内楽では地味なパートを担当して目立たない楽器。チェロよりも小回りが利く楽器でヴァイオリンに近い運動性を持つが、ヴィオラのためのオリジナル作品が少ないために馴染みの曲が圧倒的に少ないのが実情である。
今回は〈新進演奏家育成プロジェクト〉としては実績を充分に積んだヴィオリスト青木晃一の出番が遅すぎた感さえした。「ヴィオラ・リサイタル」に相応しいプログラムのもとで彼のヴィルトオージティが遺憾なく発揮された聴き応えのある演奏会であった。

演奏終了後の聴衆の盛大な拍手に応えてアンコール曲が2曲演奏された。
①メンデルスゾーン:歌の翼に  ②レ―ガ―:子守歌

札響の第9(2016) 秋山和慶

年末恒例の〈札響の第9〉は元札響首席指揮者の秋山和慶を迎えて開催された。昨年から「第九」の他に1曲が加わることになった。今年の追加プログラムは「ヴィヴァルディ:四季]より。

秋山和慶(Kazuyoshi Akiyama)は1941年生まれの日本指揮界の大御所。63年に桐朋学園大学卒業後、64年東京交響楽団に迎えられ、68年音楽監督・常任指揮者に就任。北米の主要オーケストラ(クリーヴランド管、フィラデルフィア管、ボストン響、ロスアンゼルス・フィルなど)を中心にヨーロッパでも活躍。68年からトロント響副指揮者、アメリカ響音楽監督(73-78)、バンクーバー響音楽監督(72-85)などを歴任。国内では2004年東京響を勇退して桂冠指揮者となる。その間、86年札響首席客演指揮者となり、88年~98年まで札響ミュージック・アドバイザー・首席指揮者に就任。98年より広島響首席指揮者を経て16年まで広島響音楽監督を務める。
現在は東京響桂冠指揮者の他にバンクーバー響桂冠指揮者、シラキューズ響名誉指揮者、九州響桂冠指揮者など。日本指揮者協会会長。

私は88年に札響会員となって94年までは年2回は彼の指揮に親しんできた。Kitaraがオープンした1997年7月4日の落成記念式典やオープニングコンサートは忘れられないイヴェントである。鮮やかなバトン・テクニックで品の良い整然とした音楽作りが特徴だったように思う。札響の第300回定期の曲が「ローマの松」、Kitara開館年のオープン記念コンサートの曲が「ローマ三部作」、11年6月札響定期の曲も「ローマ三部作」。全くの偶然とはいえマエストロ秋山はレスピーギが大好きなのだろうと思った。彼は近年何度が札響に客演しているが、私自身は秋山の指揮を観るのは5年ぶり20回目である。

2016年12月10日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara 大ホール

指揮&チェンバロ/ 秋山 和慶    管弦楽/ 札幌交響楽団
ヴァイオリン独奏/ 田島 高広(札響コンサートマスター)
ソプラノ/ 川島 幸子、  メゾ・ソプラノ/ 坂本 朱
テノール/ 福井 敬、   バリトン/ 山下 浩司 
合唱/ 札響合唱団、 札幌放送合唱団、 札幌大谷大学合唱団
合唱指揮/ 長内 勲

〈Program〉
 ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集 op.8 《四季》より「春」「冬」
 ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 op.125《合唱付き》

4日前のKitaraの行き帰りの歩道路面はツルツル状態だった。今年の北海道の冬の到来は例年になく早い。今日の札幌は間断なく雪が降り60㎝を越えて、この時期としては29年ぶりの1日の降雪量を記録した。こんな悪天候にもかかわらず、「第九」第1日目のコンサートには9割程度の客がホールを埋めた。厳しい冬の様子を描いたヴィヴァルディの曲はこの時期にはタイムリーな選曲となった。20名の弦楽合奏だったが、弾き振りでチェンバロを弾いた秋山和慶の姿は初めて見て興味深かった。
田島高宏(Takahiro Tajima)は桐朋学園大学卒業後、2001年から3年間、札響コンサートマスターに就任。2004年よりドイツ・フライブルク大学に留学。日本では和波孝禧、ドイツでR.クスマウルに師事。08年北西ドイツ・フィルのコンマスに就任し、ドイツ各地のオーケストラで客演コンマスも務める。14年9月より札響コンサートマスターに再就任。経験豊富なヴァイオリスト。
「春」、「冬」と各3楽章から成り、人々に親しまれている旋律を生き生きと綴った。“冬きたりなば春遠からじ”というが、まだ冬を迎えたばかりで春は遠い。

19世紀はオペラの時代で、ヨーロッパでは劇場が市民の重要な娯楽となっていた。演奏会でも歌やアリア、合唱が好まれていたと聞く。交響曲に合唱を加えた作品で、シンフォニーの形式を広げたベートーヴェンは新しい時代を築いた。日本では12月には全国各地で「第九」の演奏会が開かれている。この曲を聴かないと“年を越せない人”もいる。私もその一人である。

今日の演奏会では4人のソリストが第1楽章が始まる前からステージに上がっていた。第3楽章の前にソリストが入場する場合もあるが、聴衆の拍手が入るので個人的には好まない。楽章間の拍手は音楽鑑賞のマナーに反すると思うからである。そんな訳で最初から好感を持って安心して聴けた。コーラスは以前と比べ近年は男性のパートが充実してきている。今日は2階CBブロック中央の真ん中の席から聴いたが、140名ほどの女性男性合唱陣のバランスもとれて素晴らしい歌声となって「合唱」が一層ダイナミックに心に響いた。
ソリストは出番が少ないとはいえ、バリトンがいつも目立つが今日はテノールの福井敬の美しい声が印象に残った。Kei Fukuiは日本テノール界の第一人者で札響で耳にする機会も多い。特に08年札響定期の「ピーター・グライムズ」役は名演であった。
秋山和慶は久しぶりに観たが、安定感のあるドラマティックな指揮ぶりでオーケストラの力強い演奏を作り上げた。

※追記:「第九」の演奏会での指揮回数が世界中の指揮者の中で一番多いのではないかと思われる指揮者が小林研一郎である。彼は〈音楽の友12月号〉でインタヴューに答えて次のように語っているエピソードを読んで思わず笑ってしまった。
「1980年5月、オランダのコンセルトへボウでのネーデルランド・フィルとの生放送中の出来事。第3楽章に登場したソリストが3人だけ。第4楽章が始まってもテノールは現れずに、仕方なく4人のソリストが歌い始める前に演奏を止めた。すると、ディレクターが“テノールが近くのホテルを出たまま行方不明のため本日の演奏会はここで取り止めとさせて頂きたい”と告げた。聴衆は直ちに“演奏を続けろ”のコール。10分ほどの中断のあと演奏を再開して、何とか第4楽章を無事に終了。客席から“テノールがいないはずでは?”との声が漏れた。実はマエストロが指揮をしながらテノールのパートを歌っていた。」という面白いエピソード。










宮崎陽江 ヴァイオリン協奏曲の夕べ 2016 (大友&札響)

ヴァイオリニストがコンサートのソリストとしてオーケストラと共演してヴァイオリン協奏曲を弾く機会は数多くある。ソリストの名を中心にして『宮崎陽江ヴァイオリン協奏曲の夕べ』というタイトルで開催されるコンサートは極めて稀である。
昨年12月のコンサートの時から今回のプログラムが決まっていて大友直人の出演があるので予定に入れていた。

指揮/ 大友 直人(Naoto Otomo)
ヴァイオリン/ 宮崎 陽江(Yoe Miyazaki)
管弦楽/ 札幌交響楽団(Sapporo Symphony Orchestra)

大友直人は1958年東京生まれ。桐朋学園大学卒業。22歳でN響デビュー。在京オーケストラに次々と客演。86年大阪フィルと欧州ツアー、92年東京響と東南アジアツアー、96年再び東京響と欧州ツアーと海外公演もこなし破竹の勢いで日本の俊英指揮者として活躍。コロラド響、インディアナポリス響、ロイヤル・ストックホルム・フィルなどの海外のオーケストラにも客演。88年、「魔弾の射手」でオペラデビューも行って、「リゴレット」、「魔笛」などの他に「忠臣蔵」、「ジュニア・バタフライ」の独特な演目を披露して意欲的な指揮活動を展開。イタリアのプッチーニ音楽祭でも注目を浴びた。
現在、群馬交響楽団音楽監督、東京交響楽団名誉客演指揮者、京都市交響楽団桂冠指揮者、琉球交響楽団ミュージックアドバイザー。
彼の指揮活動を初めて見たのが86年日本フィル正指揮者としての旭川公演。続いて、92年に日本フィル札幌公演。時を置いて06年、京都市響常任指揮者として京都市響創立50周年記念でKitaraに登場。近年は現ニューヨーク・フィル音楽監督のアラン・ギルバートと国際音楽セミナーを毎年開催して教育的活動にも従事している。10年ぶりの札幌公演。

2016年12月7日(水) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈オール・ベートーヴェン・プログラム〉
  プロメテウスの創造物 Op.43 より 序曲
  ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61
  交響曲第7番 イ長調 Op.92

バレエ音楽として書かれた「プロメテウスの創造物」は現在は上演される機会は殆どない。「序曲」は度々コンサートで取り上げられる。昨年11月、アシュケナージ指揮札響定期でも演奏された。12年11月にもエリシュカ指揮札響演奏の記録もある。5分程度の序曲なのでコンサートのイントロに使われやすいのだろう。曲の詳細は解らなくてもタイトルから様々な想像力を生かして鑑賞できる。

4大ヴァイオリン協奏曲は演奏会が多いが何時聴いても素晴らしい楽曲。ベートーヴェンが書いた唯一のヴァイオリン協奏曲は定期的に耳にして50年にもなるが全然飽きない。べズロードニーのヴァイオリン独奏でロジェストヴェンスキー指揮モスクワ・フィルによるLPレコードは擦り切れるほど聴いた。今はCDが7枚あって、ハイフェッツ、シゲティ、グリュミオー、パールマン、クレーメル、キョン=ファなどの演奏を聴く。ソロとオーケストラが統合して響き合う交響的色彩が強い曲。美しく伸びやかに歌うソロとともに奏でられるオーケストラも抒情的で気品と壮大さを感じさせる。
ベートーヴェンはピアノ協奏曲と違ってカデンツァを書いていないことに今回注目した。カデンツァはクライスラーのものが有名のようである。ハイフェッツ、クライスラーは自らのカデンツァを使っている。宮崎陽江はかなり意欲的な活動を展開しているので、彼女自身のカデンツァを使ったのかもしれない。曲の細かいところまでは解らないが、宮崎は風格も身について堂々たる演奏を展開した。

「第7番」は13年2月のサロネン指揮フィルハーモニア管の演奏に感動した記憶が鮮明である。ベートーヴェンは最も好きな作曲家で交響曲は「第5番」、「第6番」、「第9番」により親しみを持っていた。演奏会に臨むモチヴェーションや集中度によって鑑賞の印象は異なることも間間ある。
「第7番」は2管編成で「英雄」、「運命」や「田園」に比べて少し軽めの交響曲に見られていた感じがする。この曲の特徴は何よりもリズムという要素に重点が置かれている。ヒロイズムや闘争心も描かれで生命感、躍動感に溢れた作品。10年ほど前から「第8番」とともにその曲の良さを味わい出したが、現在の日本における「第7番」の人気度は極めて高い。

本日は大友直人指揮のもと札響弦楽器陣の安定した演奏とともに木管・金管・打楽器奏者の健闘もあってリズム感のある「第7番」を大いに楽しめた。メロディに富み、聴衆の理解しやすい音楽が終わると一段と大きなブラヴォーの叫び声があちこちから沸き上がった。いつもの札響定期とは違って若い学生の姿もかなり多かった。各楽章におけるリズム・パターンが躍動感を生み、若者の心を揺さぶっていたような気がした。
演奏終了後の盛大な拍手大喝采と歓声は指揮者・大友直人と「第7番」の曲の相乗効果のように思った。アンコールを期待する雰囲気もあったが今回はその場ではなかった。どんな曲でも品の良い音楽を作り上げるマエストロに感服!
プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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