室内楽の夕べ(内田&MCOのメンバー)

内田光子が2001年12月、Kitaraのステージに初登場した時のコンサートのタイトルが『室内楽の夕べ』であった。その時はリサイタルなら良かったのにと思ったものだ。この時は自分が苦手とする現代作曲家のシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」が曲目の一つだったのは今でも忘れない。他の演奏曲は覚えていなかったが、当時のプログラムによると「モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番(弦楽四重奏版)」、ハイドン:弦楽四重奏曲第35番」。

内田光子withマーラー・チェンバー・オーケストラ(MCO)による『室内楽の夕べ』が今回の日本ツアー札幌公演の最後を飾った。

2016年10月31日(月) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈Program〉
 モーツァルト:フルート四重奏曲 第1番 ニ長調 K285
 武満 徹:アントゥル=タン~オーボエと弦楽四重奏のための
 シューベルト:華麗なるロンド ロ短調 D895
 メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調 作品20

『室内楽夕べ』 出演者 (Musicians of the Chamber Music Concert)
 Piano:内田光子(Mitsuko Uchida)
 Flute:キアラ・トネッリ(Chiara Tonelli)、Oboe:吉井瑞穂(Mizuho Yoshii-Smith)
 Volin:イタマール・ゾルマン(Itamar Zorman)、シンディ・アルプラハト(Cindy Albracht)、エンヤ・ゼムラー(Henja Semmler)、ソーニャ・シュタルケ(Sonja Starke)
 Viola:ジョエル・ハンター(Joel Hunter)、フロラン・ブルモン(Florent Bremond)
 Violoncello:クリストフ・モリン(Christophe Morin)、
         フィリップ・フォン・シュタイネッカー(Philipp von Steinaecker)

今夜のプログラムで比較的に親しんでいる曲は「フルート四重奏曲」だけである。ジェームズ・ゴールウェイ&東京クヮルテットのCDで良く聴いたものである。最近は耳にしていなくて今朝しばらくぶりで聴いて懐かしい思いだった。
編成はフルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。第1楽章はアレグロで主題はいずれもフルートが提示により、ソナタ形式。第2楽章はアダージョで3部形式。弦楽器がピッチカートで伴奏。悲壮感が漂う緩徐楽章。第3楽章はロンドー。ロンド形式で華麗なフィナーレ。

今年はモーツァルトの生誕260年だったが、日本の作曲家として西欧でも演奏機会の多い武満は2016年は没20年の記念年である。ブログラムの解説によると、作品はイーストマン音楽院の委嘱で1986年に作曲された。この曲は詩集からインスピレーションを得て、「鳥の主題」の緩やかな旋律を奏でて聴く者の空想を広げる感じがした。吉井は世界で活躍するオーボエ奏者として知られるが、聴衆の期待にたがわぬ素晴らしい演奏であった。武満の作品は何曲か聴いているが、こんなに魅力あふれる曲と出会ったのは初めてと思うような強烈な印象を受けた。聴く者の心に響くオーボエ演奏に感動した聴衆の反応はひと際目立った。

内田は“シューベルト弾き”と呼ばれる時代もあった。今夜はピアノとヴァイオリンのための小品が取り上げられた。彼の亡くなる2年前の作品。単一楽章で書かれた長大な曲。ロ短調の悲劇的な幕開けから華麗なロ長調のロンドへ。更にテンポが速くなって壮大なコーダ。ヴァイオリンの技巧的な演奏が華やかで協奏曲の様相を呈してピアノとの対話が印象的であった。シューベルトのヴァイオリン曲は今まで聴いたことが無かった。シューベルトの作品とは思えないような激しいリズムと華麗な曲を楽しく聴けた。
イスラエル出身のゾルマンは魅力的な演奏で聴衆の心を掴んだ。内田が譜めくりスト用の椅子に座って彼にアンコール曲の演奏を促した。イタマール・ゾルマンはMCOのコンサートマスターに抜擢された新進気鋭のヴァイオリニストかなと思った。30代前後の若くて初々しい印象を受けた。アンコール曲は「バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第3番より“ラルゴ”」。

最後を飾ったメンデルスゾーンの曲は彼が16歳の時に書いた作品。楽器編成はヴァイオリン4、ヴィオラ2、チェロ2。4楽章構成の大曲。室内楽と言っても交響的なスケールを持ち、流麗で豊かな色彩感と幻想的なロマン溢れる曲となっている。7年後の1832年に補筆、改定が施されているというが、若さが横溢する曲として満足感を味わえた。
メンデルスゾーンは恵まれた家庭環境で子供時代を過ごし、8歳でピアノと作曲を習い、9歳で演奏会を開いて天才ぶりを示したという。17歳の時に、かの有名な「真夏の世の夢 序曲」を作曲したことは知っていたが、この「弦楽八重奏曲」の演奏を聴いて改めて彼が天才肌の音楽家であったことを再認識した。
曲の素晴らしさを伝えるMCOのメンバーの質の高さにも魅せられた。何度ものカーテンコールに応えてアンコールに第3楽章を再び演奏した。

今夜の小ホールはほぼ満席で札幌公演の最後を飾るにふさわしい盛況となった。
尚、昨日の内田光子のアンコール曲は「モーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番より 第2楽章 “アンダンテ・カンタービレ”」。


   
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内田光子withマーラー・チェンバー・オーケストラⅡ(モーツァルト&武満)

〈Kitaraワールドオーケストラシリーズ〉 大崎電機工業 創業100周年記念スペシャル
Mitsuko Uchida with Mahler Chamber Orchestra Japan Tour

今回のTouring Members of the Mahler Chamber Orchestraは総勢35名(弦25、管9.ティンパニ1)。コンサートマスターはイタマール・ゾルマン(Itamar Zorman).。オーボエ奏者の一人が日本人女性・吉井瑞穂(Mizuho Yoshii-Smith)。

2016年10月30日(日) 17:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 モーツァルト:ピアノ協奏曲 第19番 ヘ長調 K459
 武満 徹:弦楽のためのレクイエム
 モーツァルト:ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K466

「第19番」はCDを所有していないので一昨日のコンサート会場で販売していたディスクを買い求めた。今日のコンサートの前に聴いてみた。モーツァルト(1756-91)は予約演奏会の活動が頂点に達した1984年には6曲のピアノ協奏曲を書いた。その年の最後の曲が「第19番」。多分コンサートでは初めて耳にする曲だと思う。
第1楽章は行進曲の軍楽リズムで始まりピアノ独奏が絡んで、カデンツァが入る。内田が奏でると曲の魅力が増すから不思議である。第2楽章の活発なアレグレット、第3楽章にもモーツァルト自作のカデンツァが入るがロンド形式のフィナーレ。
 
武満徹(1930-96)は57年に東京交響楽団から委嘱されて「弦楽のためのレクイエム」を書いた。“レクイエム”と言っても追悼ミサで演奏される宗教音楽ではないという。作曲者によると、55年に早世した早坂文雄を思いつつ書いたそうである。“レクイエム”をメディテーションとしてもよかったと綴っている。瞑想という言葉を耳に入れながらこの曲を聴くと違う鑑賞の仕方が出来るように思った。

前半の曲が終ってブラヴォーの声も上がり、拍手大喝采。一昨日とほぼ同じ5割程度の客の入りだったが、P席やRA、LA席が7割ほど埋まってアリーナ型の客席の特徴が生かされていた感じがした。

モーツァルトは1785年、ハイドンに6曲の弦楽四重奏曲を献呈。この年に父・レオポルトがウィーンに来た。「フィガロの結婚」を作曲し、後期の大作となるピアノ協奏曲6曲を書き上げた年でもある。
「第20番」はモーツァルトのピアノ協奏曲では珍しい短調で書かれた作品で、短調の作品は他に「第24番」があるだけである。後期の8大ピアノ協奏曲の作品である《第20番ニ短調K466》は初演で大きな成功を収めた。レオポルトの手紙によると、臨席していた皇帝は“ブラヴォー・モーツァルト!”と叫び、ハイドンは“あなたの息子は私の知っている作曲家の中で最も偉大な方です”と絶賛したと言われる。この曲はベートーヴェンやブラームスも好んで弾いたという。モーツァルトのピアノ協奏曲の中で最もポピュラーで親しまれている協奏曲の一つ。
第1楽章は不安が突き上げてくるような暗い第1主題で始まり、ピアノ・ソロが新しい主題を緊迫感のあるカデンツァで綴り、晴れやかな第2主題が提示される。第2楽章はロマンス、優しく美しい主題が短調となり、暗く激しいピアノ独奏があり、木管楽器が色彩感に富んだ旋律で彩る。第3楽章はニ短調で独奏ピアノが暗くて雄弁な主題を奏でオーケストラも緊張感に満ちた音楽で激しいフィナーレへと向かうドラマティックな展開、最後はニ長調のコーダで堂々たる終結。

聴き慣れたメロディが入る曲に対する聴衆の反応はやはり違う。ブラヴォーの声があちこちで湧き上がった。内田の弾き振りの魅力が存分に発揮された。オーケストラの楽員と一緒に音楽を作っている様子が伝わった。お互いに音を聴き合って作り上げている様子が分る。

内田はクリーヴランド管弦楽団のアーティスト・イン・レジデンスとしてモーツアルトの協奏曲をシリーズで弾き振りしてアルバムをリリースしている。2010年にはKitaraのステージでクリ―ヴランド管を弾き振りして「ピアノ協奏曲第20番&第27番」を弾き振りした。P席のど真ん中から鑑賞して満喫したが、その時とは違う感動を味えた。同じ曲でもオーケストラが違ったりすると当然だが、様々な状況の下で違う鑑賞の仕方が出来るのは興味深い。

以前にアシュケナージとバレンボイムの弾き振りを観たことがあるが、内田の指揮ぶりの方がより表情が豊かな印象を受けた。休みなく体を動かしてオーケストラの楽員と呼吸を合わせて音楽を作っている様子は感動的である。今回は彼女の鍵盤上の指の動きを見ようとRA席に座って前回とは違う鑑賞の仕方をしてみた。弾き振りを存分に楽しめて良かった。

アンコールに弾かれた曲は聴き慣れた旋律を持つ曲だった。曲名がいつもの掲示板に表示されていなかった。後日ホームページでお知らせしますと書かれていた。
前日のアンコール曲をKitaraのホームページで確認すると《シューマン:「謝肉祭」 作品9より 第17曲「告白」》となっていた。仲道郁代とキーシンのCDがあって数回は耳にしているのだが全然分らなかった。1分余りの曲を聴いてみて“この曲だ”と分った。

内田光子withマーラー・チェンバー・オーケストラⅠ(モーツァルト&バルトーク)

〈Kitaraワールドオーケストラシリーズ〉

今年のKitaraの最大のトピックは《内田光子とマーラー・チェンバー・オーケストラ(MCO)》が共演するコンサートである。昨年のMCOの来日ではレイフ・オヴェ・アンスネスとベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会が開催され羨ましいと思っていた。今年は内田光子との札幌公演が室内楽も含めて3日間もある。夢のような話でこの日を心待ちにしていた。

マーラー・チェンバー・オーケストラは今は亡きクラウディオ・アバドの提唱により、世界20ヶ国から集まった若くて優秀な45人のメンバーを核として1997年に室内オーケストラとして結成された。今年は内田が《モーツァルト:ピアノ協奏曲》で弾き振りする。内田はMCOのアーティスティック・パートナーとして関わり既に1月のヨーロッパ・ツアーを行なった。今回の国内ツアーは札幌の後は大阪1公演、東京3公演、豊田1公演が予定されているが、札幌公演が3日もあるのは異例である。3日間それぞれ違ったプログラムで行われるKitaraのコンサートを楽しみにしてこの日を迎えた。

〈Program〉
 モーツァルト:ピアノ協奏曲 第17番 ト長調 K453
 バルトーク:弦楽のためのデヴェルティメント Sz113
 モーツァルト:ピアノ協奏曲 第25番 ハ長調 K503

内田光子は1980年代はモーツァルト弾きのピアニストとして世界の脚光を浴び、モーツァルトの「ソナタ全集」と「協奏曲全集」をリリースしている。「ピアノ協奏曲」はジェフェリー・テイト指揮イギリス室内管弦楽団のCDを多く所有しているが、「第17番」は2004年にアシュケナージがイタリア・パドヴァ管弦楽団を率いて弾き振りした時に初めて聴いてCDを会場で購入した記憶が鮮明である。
溌剌としたリズムと晴朗な旋律から作曲当時のモーツァルトの天真爛漫な一面がうかがえる。豊かなオーケストレーションが施され、特に木管の活躍が目立った。
弦25、管7の小編成だが、個々のメンバーが演奏の主体性をもって音楽作りを目指して内田の指揮とピアノの流れに沿って極めて融合している様子が最初から見て取れた。内田光子の指揮ぶりは一段と堂に入って輝かしい。ピアノとオーケストラの呼吸もピッタリであった。ピアノを弾きながら両手を大きく広げて上にあげるとショールが鳥の羽のように舞う姿は白鳥のように美しく見えた。
演奏終了後に直ちに起こったブラヴォーの声と拍手大歓声は“音楽の質の高さが判る”聴衆のレヴェルを表しているように思った。

バルトーク(1881-1945)はハンガリーの作曲家で1940年にアメリカに亡命した。彼の代表作として有名な「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」はスイスの指揮者パウル・ザッハーの委嘱を受けて作曲された。「弦楽のための嬉遊曲」はニューヨークに移住する前年の1939年8月2日から17日までの短期間でザッハーのアルプスの山荘で書き上げられた。
スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮ザールブリュッケン放送響のCDが手元にあったので予め聴いてみた。快適な環境が作曲者に与えた好ましい結果がバルトークにはめったに見られないくつろいだ質の作品になっていると評価されている。ディヴェルティメントと言っても気晴らしの要素はあっても軽快な性格を持った音楽ではない。ロマン派的な香りを漂わせながらも現代音楽の色彩の濃い興味深い作品となっている。
チェロ奏者を除いて全員が立っての演奏であった。力強いテンポの速い演奏が印象的であった。それ程ポピュラーな曲ではないが25名編成のオーケストラの熱演に対する歓声は大きくて聴衆の感動の様子が伝わって良かった。

*バルトーク「の作品の中で管弦楽のための協奏曲」(1943年)が現在では最も演奏機会が多いと思うが昨年9月のホリガー指揮札響定期でも演奏された。

後半の「第25番」は昨年11月アシュケナージ指揮札響定期で聴いた(ピアノ:河村尚子)。ピアニストもオーケストラの規模も違うと、同じ曲でも違った鑑賞が出来るのは極めて興味深い。モーツァルトの協奏曲で20番代の曲はCDも各曲数枚づつ持っていて馴染んでいる。聴き慣れたメロディのある曲は親近感があって注目度は高くなる。
今回の楽器編成は弦楽器23、管楽器9、テンパニでオーケストラは33名。モーツァルト(1756-91)は1784年から1786年までの間にいずれも傑作として名高い12曲のピアノ協奏曲を書いた。「25番」は第14番に始まる一連のピアノ協奏曲の最後を飾る作品。シンフォニックな性格が目を引くこの25番はピアノとオーケストラの対立と融合を同時に追求する試みが鮮やかに結実した作品と言える。
冒頭に置かれた壮大なファンファーレが印象的。第2楽章は優美な主題と控えめなオーケストレィションが効果的。第3楽章は軽快で心地よいロンド・フィナーレ。
第1曲目より管楽器が増えてスケールを増したが、基本的には同じ音楽作りで更なるピアノとオーケストラの対立と融合が味わえた。ピアノのヴィルトオージティは言うまでもなく発揮され、モーツァルトの音楽の良さに浸ることができた。こんなに優雅なモーツァルトを鑑賞できて嬉しかった。

世界的に評判のオーケストラの知名度が札幌では高くないのか、客の入りが良くなかったのは残念であった。東京と同じプログラムで敢えて札幌公演に取り組んだ関係者に感謝したい。今回の日本ツアーは〔大崎電機工業創業100周年記念スペシャル]として開催されプログラムも無料で配布された。
演奏会終了時の万雷の拍手に応えて内田は短いピアノ曲を演奏したが曲目は不明。

*余りに良い気分になって帰宅途中に“名曲 mini BAR OLD CLASSIC”に立ち寄った.。ロンドンのRoyal Albert Hallで行なわれたヤンソンス指揮バイエルン放送響の「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」を内田光子の演奏で聴いた。モーツァルトとは違うベートーヴェンの素晴らしさも堪能できて至福の時間を過ごした。

ムジカ・アンティカ・サッポロ Vol.10 (バッハ:管弦楽組曲)

ムジカ・アンティカ・サッポロ(Musica Antiqua Sapporo)は札響ヴィオラ奏者の物部憲一が札響メンバーやフリー奏者を募って2012年に結成したアンサンブルで年2回程度のコンサートを開催している。Kitara小ホールが会場になって聴きやすい環境になり、演目も魅力的だったので1ヶ月前にチケットを購入した。

2016年10月27日(木) 午後7時開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈Program〉
 ヘンデル:水上の音楽 第2組曲 ニ長調 HWV349
 J.S.バッハ:管弦楽組曲 第2番 ロ短調 BWV1067
         ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV104
         管弦楽組曲 第4番 ニ長調 BWV1069 

ヘンデル(1685-1759)はバッハと同年のドイツ生まれの音楽家であるが、作曲家としての活動の大部分はイギリスで行なった。イギリス国王の舟遊びのために作られたというエピソードがあるが、現在の《水上の音楽》の楽譜は写譜されたパート譜によるものとされる。この作品はヘ長調、ニ長調、ト長調の3種類の組曲から成る。 予め、クーベリック指揮ベルリン・フィルのCDで聴いてみた。
本日の曲は「序曲~アラ・ホーンパイプ~メヌエット~ラントマン~ブーレ」で構成されていた。屋外の演奏用に金管楽器を多用した華やかな開放感あふれる音楽で国王や貴族に楽しんでもらえるような曲作り。当時のテームズ川の光景が眼前に浮かぶような演奏を楽しめた。当時はバッハよりヘンデルの方が断然人気が高かったと言われるが、その片鱗がうかがえる15分程度の曲。

バッハ(1685-1750)の管弦楽組曲4曲のうち「第1番」と「第3番」は前回のVol.9で演奏された。「第2番」は弦とフルートのみによる室内楽的な組曲で独奏:野津雄太(札響副首席)が華やかで優雅さに溢れた演奏を行った。フルート協奏曲と言えそうな曲で、4曲中で最も親しまれている曲。
「第4番」は3本のトランペットとティンパニを伴う華麗な組曲。この曲は4曲中で最も大きな編成で21名だった。(*第2番は7名)。いずれの組曲もフランス風序曲で始まり幾つかの舞曲が入っている。終曲が“歓び”の楽章となっていて楽しく聴けた。

バッハの3曲のヴァイオリン協奏曲の中で最も親しまれているのが「第2番」。独奏の田島高宏(Takahiro Tajima)は札響コンサートマスター。独奏ヴァイオリンの活躍が目立つ曲の印象が強いが、オーケストラとの対比が鮮明で、緊密な関係が築かれた協奏曲。バッハの作品で最も好きな曲の一つである。

指揮を担当した物部憲一は古楽器による活動を継続的に展開しているが、今回はモダン楽器を使用したコンサートであった。25名編成のオーケストラで札響メンバー17名。
札響メンバーが札響定期演奏会を核として多角的な演奏活動を行なっていることは極めて好ましいと思う。様々な活動を通して楽団員同士が技量を高め、より良い人間関係も作って札響のレヴェルを高めてくれることを期待する。札響のレヴェルが高くなっているのを日頃実感しているが楽団員の様々な活動で心を一つにして札響の音を磨いているのがこんなコンサートからも感じ取れた。

アンコール曲は「バッハ:管弦楽組曲第3番より “ジ―ク”」。
今夜は久しぶりに2階の最前列中央の席に座ってオーケストラ全体が見渡せる場所から“my favourite pieces of Baroque music”を存分に堪能できて良かった。

ミュージカル 《WICKED》 The Broadway Musical

ブロードウェイ生まれの超大作ミュージカル「ウィキッド」が今年5月3に北海道四季劇場で開幕して、もう11月6日にはフィナーレを迎えることになった。1年ぐらいは上演が続くと思っていたが閉幕が近いということでコンサート鑑賞の合間を縫って今月中旬に1年ぶりに会場に足を運んだ。
《オズの魔法使い》は良く知られているが、そのプロローグとも言えるもう一つのオズの物語であった。『WICKED』は“善い魔女”と“悪い魔女”をめぐる壮大な物語。

ストーリー:人間と動物が同じ言葉を話し共存する自由な国“オズ”。そこにある魔法の大学で緑色の肌と不思議な力を持つ少女エルファバは明るく人気者の美しい少女グリンダと出会う。外見も性格も正反対の2人は互いに反発しあいながらも、どこか気になる存在。そんな2人は同じ部屋をシェアすることになって互いに仲良くなり深い友情で結ばれる。しかし、この平和な国に異変が起きる。次々と動物たちが言葉を失っていく。エルファバは動物たちの自由のために戦うことを決意する。彼女は“悪い魔女”として追われることになり、一方グリンダは“善い魔女”として祀り上げられる生き方を選ぶ。

友情と使命、陰謀と正義、そして恋する苦悩など華やかなステージでファンタジックな世界が繰り広げられた。ストーリーの内容はともかく衣装や照明も豪華だったが、何といって音楽が素晴らしかった。オペラのアリアにも匹敵する迫力のある歌唱力には感動した。グリンダ役、エルファバ役の2人と彼らの恋の相手フィエロ役の3人の歌唱は特に聴きごたえがあり、愛の二重唱は特に印象に残った。

昼公演を観たがS1席は満席でも全体的には空席もあったが会場の盛り上がりは毎回凄い。リピーターが多いようで最終公演日まで低料金の座席は完売。約3時間の公演終了後の拍手喝采やスタンディングオヴェ―ションによる観客の反応はコンサートの比ではなかった。カーテンコールが何度も繰り返されるほど観客は熱狂的で少なくても6回以上はあったのには驚いた。

劇団四季の次回作「ノートルダムの鐘」も大変興味深い。北海道四季劇場での公演が待ち遠しい。

札響名曲シリーズ2016-17 Vol.4 チェコを離れて(組曲「火の鳥」)

〈森の響フレンドコンサート〉 札響名曲シリーズ2016-2017

指揮/ ラドミル・エリシュカ

チェコを離れて  エリシュカのお気に入り

先週の札響第594回定期演奏会に続いて札響名誉指揮者ラドミル・エリシュカが故郷チェコにとらわれず、お気に入りの名曲を披露するコンサートになった。ロンドン、ウィ-ン、ライプツィヒの都市に続く第4回は出来ればエリシュカと繋がりのある思い出の都市になることが期待されたのだが、今回の演目はシリーズの一貫性に欠けていたのは少々残念であった。エリシュカは定期演奏会のチェコ音楽シリーズや2年前の名曲シリーズでもチェコの音楽を数多く取り上げてきているので、都市に因んだ名曲を選曲することは困難であったと想像できる。
エリシュカ人気は凄いと改めて実感するほどの客の入り。定期は2日間の日程で行なわれ、名曲シリーズは1日だけという事情もあるが、最近の演奏会は満席状態とは言えない状況である。本日の公演は満席に近くてエリシュカ人気の高さを物語っていた。

〈Program〉
 モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550
 ドヴォルジャーク:アメリカ組曲 op.98b B.190
 ストラヴィンスキー:組曲「火の鳥」(1919年版)

エリシュカは人々に最も親しまれているモーツァルトの交響曲で早々に聴衆の心を掴んだ。札響首席客演指揮者に就任した2008年4月定期と09年4月定期にはモーツァルトのピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲をそれぞれ指揮している。14年11月定期では交響曲38番「プラハ」も指揮しており、ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーと得意とする作曲家も多くてレパートリーは広い。

モーツァルトの交響曲で短調の曲は少ない。ト短調の調性の曲は第25番と第40番だけ。「第40番」はモーツァルトの不遇の晩年の心境を表しているかのように悲劇的な暗さに満ちている。しかしながら、悲哀が優美な旋律で綴られても地上の苦しみを乗り越える力強さもある。第41番と並んで名曲として聴く機会が多いが、この曲ではトランペットとティンパニが使われていないのに改めて気付いた。
演奏が終わるとブラヴォーの声があちこちから湧き上がって盛大な拍手喝采! 来年以降の演奏会で「ジュピター」を聴く機会がありそうである。

ドヴォルジャークの「アメリカ組曲」は余り知られていない曲。アメリカの音楽院院長在任中に作曲された「交響曲第9番 新世界より」、「チェロ協奏曲」、「弦楽四重奏曲 アメリカ」が有名であるが、同じ時期に書かれたピアノの「組曲」が管弦楽曲版として自ら編曲した。
初めて耳にしたがアメリカ的な音楽で親しみやすいメロディに溢れ、5楽章構成の20分ほどの曲。2管づつの木管、10本の金管による演奏は華麗で勇壮であった。アメリカの地のリズムを入れながらボヘミアの雰囲気も感じさせる曲作り。五音音階も多用されていたのも印象的であった。

ストラヴィンスキーの3大バレエの第1作「火の鳥」。1909年、ロシア・バレエ団のディアギレフから依頼を受けて作曲して、パリ初演が大成功。原曲のバレエはロシアの幾つかの妖精の物語を寄せ集めたもの。「魔王カスチェイの魔法にかけられた若い王子が火の鳥の救けによって自由の身となり、王女とめでたく結ばれるというストーリー」。作風は師のR.コルサコフの影響を受けて後期ロマン派風の色彩が強いとされる。バレエ音楽は1919年に2管編成の組曲に書き換えられた。
組曲は「序奏~火の鳥とその踊り」、「火の鳥のヴァリエーション」、「王女たちのロンド」、「カスチェイ王の悪魔の踊り」、「子守歌」、「終曲」の6つの部分から成る。
序奏が始まって現代音楽の世界が広がった。やはりストラヴィンスキーの音楽は従来の音楽とは違うと思ったのは最初だけだった。もう今では何度か耳にして聴き慣れた心地よい音楽に変わった。曲の繊細さ、大胆さが表現されて、色々な旋律が心地よく響き渡り素晴らしい音楽に浸れた。エリシュカの魔力にすっかり引き込まれていた。
力強いフィナーレで曲が終わるとホールにブラヴォーの声が一段と大きく広がり、満員の聴衆の感動が伝わった。どんな音楽でも聴衆を感動の渦に巻き込むエリシュカの魔法にかかった感じがした。
エリシュカの音楽作りに応えたオーケストラの底力を印象つけられた。

アンコール曲は《スメタナ:歌劇「売られた花嫁」より “道化師の踊り”》。


松竹歌舞伎特別公演 『安宅・勧進帳』(市川海老蔵&中村獅童)

日本の古典芸能・歌舞伎を初めて観たのは50年前、1966年7月米国留学直前の歌舞伎座だった。演目の記憶も全然ない。海外に行く前に日本の伝統芸能に触れてみたいと単純に思って鑑賞したのかもしれない。
この5年程を振り返ると、2011年松竹花形歌舞伎で「瞼の母」、「お祭り」を中村獅童、片岡秀太郎主演で、2013年松竹大歌舞伎で「義経千本桜」を尾上菊五郎、中村時蔵、尾上松緑、尾上菊之助などの出演で鑑賞した。シネマ歌舞伎では坂東玉三郎&市川海老蔵主演の「海神別荘」、坂東玉三郎&中村獅童主演の「高野聖」なども鑑賞した。

若手の歌舞伎役者として市川海老蔵は歌舞伎の範囲を超えて幅広い活動を積極的に展開している。昨年3月の〈邦楽と洋楽のコラボレーションとしての舞台劇《源氏物語》は画期的な試みであった。

今回の〈秋の特別公演〉は本格的な歌舞伎の古典的な演目。ここ2年ほど歌舞伎は観ていないが、海老蔵の大ファンで彼のブログを数年前から毎日チェックしている妻の都合に合わせて札幌3日間4公演の初日のチケットを購入してあった。ホール入り口に「当日券なし。前売り券完売」の張り紙があって、入場時から活気がみなぎっていた。

2016年10月21日(金) 18:30開演  〔会場〕ニトリ文化ホール

秋の特別公演 古典への誘い(いざない)

一、能楽・舞囃子 『安宅』 (あたか)
ニ、歌舞伎・十八番の内 『勧進帳』 (かんじんちょう)

義経、弁慶の伝説を基にした〔能〕の「安宅」と〔歌舞伎〕の「勧進帳」という2つの名作。この2つの作品は、源頼朝に追われ奥州へ下向する源義経一行が安宅の関で咎められるが武蔵坊弁慶の機転によって難を逃れるという同じストーリーを題材としている。
(*安宅は現在の石川県小松市にあたる地名)。

能「安宅」は今から550年ほど前の作で上演時間が3時間もかかる大作だそうである。「舞囃子」(まいばやし)は能のいわば“サワリ”のところを囃子つきで部分的に演ずる形式。(*囃子は楽器を演奏する役)。物語の一場面。何とか関を通過した一行の元へ関守が非礼を詫びるために酒をふるまい、弁慶が舞を披露する作品のクライマックス。装束などは着けずに紋付袴姿での15分ほどの舞。能面を着けない珍しいステージは普段の能のイメージとは違うが能の多面性を感じた。

能は300年ほど前に歌舞伎に脚色されて「勧進帳」の物語として親しまれるようになったという。本作品は1840年、能の「安宅」を題材とした長唄の舞踊劇。「勧進帳」を初演した7世市川團十郎の時代から市川團十郎家の《歌舞伎十八番》とされている。安宅の関の場面はよく知られているが“荒事”と言われる演技は観ていて一番心が動いた。歌舞伎役者が簡単にできる業ではないように思った。非常に見ごたえのある演技で海老蔵の熱演が光った。関守・富樫役の中村獅童も好演だった。全体を通して緊張感ある見どころのある出し物。久しぶりの観劇で大まかな筋しか頭になかったが1時間余りの歌舞伎の醍醐味を楽しんだ。後でプログラムの解説を読んで詳しい話を読み取ることになった。事前に学習しておけばもっと理解が深まったと思う。
 
国内9都市27公演にもなる10月の巡業日程は役者にとって非常にきついと思う。来週の東京・浅草公演が千穐楽で無事に終ってほしい。当代随一の歌舞伎役者として成長している市川海老蔵の今後益々の活躍を祈りたい。





札響第594回定期演奏会(エリシュカのチャイコフスキー第5番)

~R.エリシュカ チャイコフスキー後期3大交響曲シリーズ3~

チャイコフスキー後期3大交響曲シリーズ第1回は2014年が4月定期演奏会で「第6番」、第2回は2015年3月定期演奏会で「第4番」が演奏された。

2016年10月15日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ラドミル・エリシュカ

〈プログラム〉
 スメタナ:交響詩「ワレンシュタインの陣営」
 ドヴォルジャーク:スケルツォ・カプリチオーソ
 チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調
 
たまたま会場に早く着いて開演30分前のロビーコンサートを聴いた。曲は《スメタナ:弦楽四重奏曲第1番「わが生涯」より 第1楽章》。出演は大平まゆみ、佐藤郁子、青木晃一、坪田亮。スメタナが波乱に富んだ自分の人生を振り返って書いた曲。“楽しかった青春時代の音楽への愛、何ものかへの漠然とした憧れ”が描かれ、聴き慣れた抒情的なメロディがホワイエに広がって心地よい気分に浸った。

スメタナの曲は「我が祖国」、「売られた花嫁」が代表的な作品。チェコ国民音楽の祖として有名だが案外と知らない曲が多い。この曲のタイトルも今回の演奏で初めて耳にした。シラーが30年戦争の勇将ワレンシュタインを描いた史劇に基づいて作曲されたという。軍営の夜と昼の様子が鮮やかに表現されている。バグパイプ風の旋律、ポルカのリズムなどが用いられた民族的な色彩感に富む曲。管楽器が活気に溢れ、勇壮な雰囲気を作り出していた。今演奏会が札響初演。

「スケルツォ・カプリチオーソ」はエリシュカが2014年4月札響定期で演奏して初めて聴いた曲。「スケルツォ」はオーケストラ曲の中でベートーヴェンが使っており、ショパンの4つのピアノ曲としても知られている。「カプリチオーソ」も無理に日本語にしても曲のイメージが正しく伝わらない。ドヴォルジャークの交響曲から受ける感じとは少し違う。ホルンで主題が吹かれてオーケストラ全体に広がリを見せる。ハープの音色が美しい。イングリッシュ・ホルンの響きも印象に残った。
前半2曲ともに管楽器の活躍が曲の溌剌としたチェコの民族音楽の特徴を作り上げていたように思った。チェコの音楽家エリシュカならではの音楽と思ったのは穿ち過ぎだろうか。

エリシュカの「チャイコフスキー:第5番」はブラームス・シリーズに続いてチャイコフスキー・シリーズの最後を飾る曲となった。昨年12月にはスワロフスキー指揮札響とジャジューラ指揮キエフ国立フィルによる「チャイコフスキー:第5番」を続けて聴く機会があって、ほぼ1年ぶりの「第5番」。
この作品の特徴は冒頭2本のクラリネットの旋律が“運命の動機”として各楽章に登場することである。冒頭では苦悩の象徴であった“運命の動機”が第4楽章のコーダでは勝利の凱旋として生まれ変わる。聴く者に感動を与えずにはおかない曲の流れとなって効果的である。第2楽章での美しい「アンダンテ・カンタービレ」。ホルン独奏の甘美な主旋律が何といっても魅力的。(*ホルン首席の山田圭祐が前半は出演していなかったが、満を持しての登場で安心した)。第3楽章は幻想的なワルツ。(*ワルツはベルリオーズがオーケストラに初めて用いて脚光を浴びた)。第4楽章は歌謡的な主題が次々と現れ、“運命の動機”のファンファーレもあってドラマティックな展開を見せて圧倒的な歓喜の調べとなってフィナーレ。

札響の弦は常に安定して定評があるが、近年の管の充実が札響の飛躍に繋がっているように思われる。本日の演奏でもそのことを強く感じた。東京の3つのベスト・オーケストラに次ぐ評価を受けているというのも納得できる。ポンマー・エリシュカ・尾高の布陣で現在の札響は最高潮にあると言えよう。指揮者とオーケストラ団員の信頼感、指揮者とオーケストラと聴衆との繋がりは毎回素晴らしい音楽を作り出している。

チャイコフスキーの作品中で特に人気の高い盛り上がりを見せた「第5番」。エリシュカは後半の演奏で聴衆を一気に歓喜の渦に巻き込んだ。演奏終了後にブラヴォーの声があちこちから盛大に湧き上がった。85歳を迎えたエリシュカは健康状態が良いのか、若々しい指揮ぶりは言うまでもなく、ステージへの出入りの足取りも若返った印象を受けた。カーテンコールは何度も続いて聴衆の拍手喝采はホール内が一段と明るくなるまで鳴りやまなかった。


舘野 泉ピアノコンサート(舘野泉ファンクラブ北海道創立30周年記念)

IZUMI TATENO PIANO CONCERT
 
舘野泉のピアノを最初に聴いたのが1982年ヘルシンキ・フィルの旭川公演。89年日本フィル札幌公演の演奏曲も「グリーグ:ピアノ協奏曲」だった。95年、96年はピアノ・リサイタル。ヘルシンキを本拠地にして活動していたが90年代までに北海道で彼の演奏を聴く機会は6回はあった。左手のピアニストとしての復帰後のコンサートは05、08、10、12、14年に続いて6回目。05、08、14年は「ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲」を演奏した。14年9月札響名曲シリーズに出演の際にブログで彼のプロフィールも含めて記録を整理しておいた。
2010年には彼の演奏生活50周年を祝って「舘野泉のために作曲された4作品」のピアノ・リサイタル。12年は長男ヤンネとのデュオ・リサイタルがKitara小ホールで開催された。今回のコンサートは〈舘野泉ファンクラブ北海道〉の主催で開催された。

2016年10月14日(金) 18:30開演  六花亭札幌本店 ふきのとうホール

〈PROGRAM〉
 バッハ(ブラームス編):シャコンヌ ニ短調
 スクリャービン:前奏曲と夜想曲 Op,9
 光永浩一郎:サムライ(舘野泉に捧ぐ)
 吉松 隆:「平清盛」より “遊びをせんとや生まれけむ”、“海鳴り”
 ノルドグレン:「小泉八雲の怪談によるバラード」より “振袖火事”(舘野泉に捧ぐ)
 coba:記憶樹(舘野泉に捧ぐ)

ブラームス編曲の「シャコンヌ」は初めて聴くような気がする。ブゾーニ編以外に聴いた記憶は余りないが、いろいろな作曲家が編曲を試みているらしい。バッハの曲が原曲なのでメロディは当然馴染みである。
左手だけで弾いているとは思えない演奏ぶりには驚きを禁じ得なかった。「ラヴェル:左手のためのピアノ協奏曲」が有名であるが、ブラームスやスクリャービンによる本日の曲も左手用の曲なのではないかと思った。左手のピアニストとして有名だったヴィトゲンシュタインの依頼で作曲されたのかも知れない(?)。スクリャービンの曲も心に深く沁みいるメロディで素晴らしかった。

光永浩一郎という名は初めて耳にした。現代作曲家なのだろう。外国人がイメージとして持つ“SAMURAI”とは違う心が優しく精神的に強そうなサムライの曲。

吉松隆は「プレイアデス舞曲集」で20年前に話題になった有名な現代作曲家。2010年舘野泉ピアノ・リサイタルでは吉松が彼に依頼されて作った曲が世界初演された。2人の音楽家は強い友情で結ばれている。
2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」で音楽を担当した吉松は番組の中で書いた曲を左手のピアノのためにアレンジした。当時のドラマで色彩感に溢れた抒情的なメロディを舘野が演奏した。4年前に耳にしたのだろうが平安時代末期の流行歌(*子供の遊び歌)だったらしいが余り覚えていない。ロビーでCDを買った後で分かったことである。

後半2曲の演奏前に舘野がプレトークを行なった。ノルドグレンはフィンランドの現代作曲家として知られる。〈小泉八雲の怪談〉の中から「振袖火事」の話があった。比較的に興味深い話でストーリーに沿って曲が展開されたが、恐ろしい悲劇的な物語とは違って曲そのものは透き通った澄んだ音色でタイトルからは思いもよらない美しい調べ。天空の世界を描いている感じがした。

後半は2曲とも楽譜を用意して譜めくりストがついた。cobaはアコーデオン奏者・作曲家で、この曲は前回2010年のリサイタルで演奏された。〈舘野泉左手の文庫〉助成作品として08年、舘野泉に献呈された。全10曲のうちから6曲。記憶樹は人の感覚と繋がっている生命体。感覚と肉体は共にあり、記憶樹は精神と深く繋がっていることを作曲家は表現しているらしい。曲の内容は難しいが舘野泉は優れた作品として世界の各地で100回は演奏していると紹介した。(*cobaは東儀秀樹、古澤巌とトリオを組んで定期的に演奏会を開いてKitaraのステージにも何度か登場している。)

アンコール曲を続けて2曲(ステージの出入りが大変なので続けて2曲と言って聴衆の笑いを誘った)。〈左手のためのピアノ小品集〉より「母に捧げる子守歌」と「赤とんぼ」。演奏が終って、もう1曲の演奏は多分「アヴェ・マリア」。(*曲名の発表は無かった。1999年の田部京子の演奏会で「吉松隆:アヴェ・マリア」をアンコール曲で初めて聴いた記憶があったので、その後に左手のためのピアノ曲にアレンジされた曲と想像した。)

※舘野泉は来月に80歳を迎えるが、昨年から「音楽の友」誌に寄稿を続けている。11月号で連載も15回となる。最近は面白い記事が多い。彼の母の実家が室蘭ということも知って思いもよらぬ情報だった。彼の祖父は仙台から室蘭に移住し眼科医として日本3大名医とも言われた人。母は幼少時に室蘭で暮らしていた。電信浜や地球岬のことが触れられていると高校時代が懐かしくなる。
泉はチェリストの父とピアニストの母のもと東京で生まれた。10月号では慶応義塾高校卒業後に東京藝術大学に入学した経緯も書かれていた。凡人には専門的な音楽のことだけではなく成長の過程や演奏活動の裏話などが読めて面白さが増すのである。

オーストリアのピアニスト、イェルク・デムスは87歳の現役ピアニストとして毎年のように来日して演奏を続けている(*Kitaraには1999年と2007年に登場)。舘野泉も今回のメッセージで“まだまだ弾いていくつもりです”と伝えている。「演奏生活60周年には何をしようか」と以前は語っていたが、先ずは健康を維持して次回のコンサートに臨んで人々に生きる力を与えてほしいと切に願うばかりである。今日のコンサートにもかなり高齢の人々の姿が多く目について彼のコンサートを大切にしている人が多い印象を受けた。




札幌フィル第55回定期演奏会(ヴェルデイ&レスピーギ)

アマチュア・オーケストラの演奏会に出かける機会は少ないがオーケストラのメンバーとして活躍しているKitaraボランテイアの友人から案内を受けて鑑賞する機会がある。今回は会場がKitaraでなくて情報も手元になかった。4・6・8日とKitaraでのコンサートの予定が入っていてスケジュールが詰まっていた。札幌フィルハーモニー管弦楽団は創立45周年記念演奏会として秋のプログラムがVerdi&Respighi.。
友人から案内があってプログラムに惹かれた。札響第300回定期演奏会が1989年3月に札幌市民会館で開催された。「ローマの松」の演奏で客席横の階段通路から聴こえてきたトランペットの響きは当時は驚きをもって耳にした。この非常に独特な場面をローマの三部作がコンサートの演目になる度に思い出す。このことを妻に話したら彼女もその演奏会を聴いたと言う。私は会員で席は違ったと思うが、一緒に出掛けたのだろう。会場は札幌市民ホールに変わったが場所はほぼ同じ地で、思い出の曲を一緒に聴くことにして急遽チケットを購入した。

2016年10月9日(日) 14:00開演  わくわくホリデ―ホール(札幌市民ホール)

指揮/ 松元 宏康(Hiroyasu Matsumoto)
近年は毎年1回聴いている札幌フィルハーモニー管弦楽団は今年は創立45周年記念の年で55回目の定期演奏会。41歳の指揮者、松元は現在、琉球フィルハーモニック正指揮者。幅広い指揮活動を行い年間コンサート出演は70公演以上。初めての札フィルの指揮を担当して、演奏前にプレトークで演目の紹介を行った。イタリアの作曲家の曲をリラックスして聴いてほしいと話した。
〈Program〉
 ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
        歌劇「アイーダ」より “凱旋行進曲”
 レスピーギ:交響詩「ローマの噴水」
         交響詩「ローマの松」

前半は「運命の力」と「ローマの噴水」、後半」が「凱旋行進曲」と「ローマの松」。札フィル・メンバーの曲目紹介を引用すると、〈愛する人の父と兄を殺してしまった残酷な“運命”と、ほんの一瞬ではあったが愛する人に再び会えた赤い糸のような“運命”。そんな2つの運命が込められた「運命の力」序曲〉。若々しさと力強さが感じられたオーケストラの音。

レスピーギ(1879-1936)は留学したロシアでリムスキー=コルサコフの指導を受け色彩感豊かな管弦楽曲を作曲した。「ローマの噴水」は〈ローマ3部作〉の第1作。1916年に書かれた第1作は最も印象主義の色彩が強い。4つの楽章は続けて演奏される。
第1楽章“夜明けのジュリアの谷の噴水”、第2楽章“朝のトリトンの噴水”、第3楽章“昼のトレドの噴水”、第4楽章“たそがれのメディチ荘の噴水”。ローマの夜明けの霧の中を羊が通り過ぎてゆく牧歌的な風景、朝の太陽の光に照らされたまばゆい噴水、ローマで最も有名な観光地トレヴィの噴水からの幻想、夕暮れの郷愁のひととき。
夜明け、朝、昼、黄昏の4つの時間帯でローマの名所4か所の噴水や周辺の情景が描かれる交響詩。鐘の響きや小鳥のさえずり、樹々のざわめきなどがいろいろな楽器で表現される巧みな情景描写に心が動いた。静かに音が消えていく瞬間を巧みに統率する指揮者の姿を聴衆が最後まで冷静に見守っていたのも素晴らしいと思った。

後半は勇ましい「凱旋行進曲」で始まった。歌劇「アイーダ」は2001年にプラハ国立歌劇場による札幌公演を、2013年にはMETライブ・ビューィングを観た。古代エジプトを舞台にした壮麗なオペラ「アイーダ」を2年後に完成する《札幌文化芸術劇場》のこけら落とし公演として観れると思うとワクワクする気持ちが高まる。札フィルメンバー約70名に加えて25名ほどの客演者を得ての今回のコンサート。金管楽器奏者の活躍もあって迫力ある大音響の演奏となった。

「ローマの松」は1923年に3部作の第2作として書かれ、3曲中では最も芸術的とされている。この曲も切れ間なく続けて演奏される。第1楽章“ボルゲーゼ荘の松”、第2楽章“カタコンブ付近の松”、第3楽章“ジャニコロの松”、第4楽章“アッピア街道の松”。第1楽章は17世紀にボルゲーゼ公が作った名園で遊ぶ子供たちの姿が甲高い楽器で演奏されて2分強の短い時間で終った。第2楽章は古代ローマの地下墓場から聞こえてくる幻想。舞台裏からも音が聞こえてきた。第3楽章はピアノに導かれてオーケストラが満月に照らされたジャニコロの丘の松の情景を描く。弦、木管、ハープ、チェレスタが南国の夜を彩る。金管の演奏がないのは後で気づいた。第4楽章はこの曲のメインともいえる楽章。霧深い夜に古代ローマ軍が有名なアッピア街道を進軍していく様子が描かれる。朝を告げる信号ラッパとなる注目のバンダは3階に用意されていた。間に合わせのホールなので演奏効果が充分に出ないのが残念だった。壁が障害となって3階からの音が鮮明でなかった。ステージ上のトランペットとバンダが鳴らすファンファーレでフィナーレへ。

アンコール曲は「マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲。

若さ溢れるエネルギッシュな指揮ぶりで熱演であった松元宏康の2度目の登場も近いかもしれない。出演者一覧には現役の札響メンバーの名もあった。横井慎吾さんは1989年の札響第300回定期でも演奏していた。他のアマチュアのオーケストラにも参加して活動を続けていることを素晴らしく思う。音楽が好きでオーケストラで頑張って音楽愛好者に楽しみを与えている人たちに感謝したい。




ダヴィデ・マリアーノ デビューリサイタル(Kitara専属オルガ二スト)

2016年10月8日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

第18代札幌コンサートホール専属オルガニストは今回初めてイタリアから赴任する。札幌市は毎年1人若手のオルガニストをヨーロッパから招いている。これまではフランス人が多かったが昨年はアメリカから初めてオルガニストを迎えた。
ダヴィデ・マリアーノ(Davide Mariano)は1988年、イタリア生まれ。イタリア、ウィ―ンの音楽院に学び、オルガンとチェンバロの修士号取得。2008年以降の国際コンクールで優秀な成績を収めている。2015年にパリ高等音楽院でミシェル・プヴァ―ル、オリヴィエ・ラトリ―らに師事。16年、アーテイスト・ディプロマ・オブ・オルガンを取得。これまでに、ウィ―ン楽友協会大ホールやマドリード国立音楽堂をはじめ欧米やアジア各国でコンサートを行うほか、ヨーロッパ各地の音楽祭に出演。

〈Program〉
 J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
 クープラン:「修道院のためのミサ」より ティエルス・アン・タイユ
 ヴィヴァルディ(J.S.バッハ編):協奏曲 イ短調 BWV593
 モーツァルト:アンダンテ ヘ長調 K.616
 J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ト長調 BWV541
 ヴィドール:オルガン交響曲 第6番 ト短調 作品42-2より 第1・4楽章
 ヴィエルヌ:幻想的小品集より 即興曲 作品54-2
 ボッシ:スケルツォ ト短調 作品49-2
 ギルマン:オルガン・ソナタ第1番 ニ短調 作品42より 第3楽章

前半5曲は18世紀までのオルガン音楽。「バッハ:トッカータとフーガ」は最も有名なオルガン曲。Kitaraでオルガンを聴き始めてからCDやコンサートで何十回も聴いている。オルガン曲を聴いてすぐタイトルが分るのはこの曲ぐらいである。自由な即興演奏は何度聴いても親しみが湧いて飽きない。

バッハはヴィヴァルディの協奏曲をオルガンとチェンバロのための作品に編曲している。「ニ短調 BWV596」が第15代オルガニスト、カチョルのCDに収録されていた。

「モーツァルト:アンダンテ」は自動オルガンのための曲で、数年前に第5代メルツォーバとカチョルの連弾で聴いたことがある。

「バッハ:前奏曲とフーガ ト長調」は求職中の長男ヴィルヘルム・フリーデマンのために写譜してオーディションに備えさせた曲と言われる。息子は幸いドレスデンの教会オルガニストの職を得て12年間つとめた。この曲はイタリア風の明るい曲調で演奏技法も凝らされオルガン曲として優れていると思った。

演奏終了後にブラヴォーの声が上がるぐらいに聴衆を魅了する素晴らしい演奏であった。譜めくりストを置かずに演奏したのでRA.席に座った人はオルガニストの手元、足元がハッキリ見えて良かったと思う。(以前RA席に座って手鍵盤、足鍵盤が見えたが近年は譜めくりストがいる場合が多くて2階席や3階席から鑑賞している。今後はオルガン・ソロの場合にはRA席かLA席に座ってみる気になった。) 前半が終って解りやすいオルガン音楽を楽しめた。

後半は19世紀以降のオルガン音楽。ヴィドール、ヴィエルヌは第10代以降のオルガニストの演奏会を通して彼らの名を知るようになった。「ヴィドール:オルガン交響曲第6番」は今までに演奏会で2・3度聴いたことがある。
「オルガン交響曲第6番」はオルガン制作技術の発展によって大規模なオルガン音楽として書かれた。1878年パリ万博に際して作建設された宮殿の公共コンサートホールでヴィドール自身が初演した曲。「第1楽章 アレグロ」は足鍵盤も頻繁に使われた壮大な演奏となった。
「第4楽章 カンタービレ」はオーボエやトランペットの音色で奏でられる美しいメロディ。第1楽章と比べて響きが対照的であった。19世紀のオルガン音楽がオーケストラの交響曲のように作られていることを実感した。

第1楽章と第4楽章の間に「ヴィエルヌ:幻想小品集より “即興曲”」が演奏された。ヴィエルヌはヴィドールの弟子で印象主義の作曲家。ヴィエルヌの作品はドビュッシーのピアノ曲のオルガン版のように叙景的な特徴がある。ヴィエルヌの曲はCDでしばしば聴いている。Kitara専属オルガニストの日本語サポート活動を通して知り合った3人のオルガニスト(第10代シルヴァン・エリ、第11代シンディ・カスティーヨ、第12代ローラン=シプリアン・ジロー)がリリースしたCDの中に「ヴィエルヌの幻想小品集」より数曲が収録されている。“太陽の賛歌”、“月の光”、“ライン川で”など。今日のコンサートの前にヴィエルヌの曲を再び聴いてみた。オルガン曲に親しむと同時に彼等との交流を思い出す機会ともなっている。

ボッシとギルマンは初めて聞く名前。ボッシはヴィドールやヴィエルヌと同時代のイタリアの作曲家。フランスの作曲家のスケルツォに影響を受けたボッシはイタリア的要素を「スケルツォ」作品として多く残した。彼は演奏旅行でイタリアのオルガン楽曲を世界に広めたコンサート・オルガニストであった。明るいイタリアの雰囲気を感じさせる曲であった。
ギルマンは1878年パリ万博の際に宮殿のコンサートで「オルガン・ソナタ第1番」を初演。「第3楽章 フィナーレ」は合唱のようなオルガンの大音響で演奏された。本日のコンサートのフィナーレを飾るにふさわしい華々しい曲となった。

オルガン・コンサートはその時によって客の入りが違うが今日は多い方だったと思う。プログラミングが巧みでオルガン曲に慣れていない人でも充分に楽しめるコンサートであった。私自身の好みもあるが今日のコンサートは大満足であった。例年2回ほどのオルガン曲の鑑賞を増やしても良いと思えた。
マリアーノは“アンコール曲にバッハの小フーガを演奏します。楽しんでください。”と日本語で挨拶して聴衆に好印象を与えた。アンコール曲はニ短調の「トッカータとフーガ」と並んで有名な作品で、マリー=クレール・アランのCDで聴いている曲だと分かった。



バロック音楽の諸相〈カンタータと協奏曲 オーボエ・金子亜未を迎えて〉

前札響オーボエ首席奏者、金子亜未がKitaraのステージに帰ってくる事を知って《バロック・コレギウム・サッポロ》が主催するコンサートを聴いてみることにした。
金子亜末(Ami Kaneko)は2012年7月~2016年3月まで札幌交響楽団首席オーボエ奏者を務め札響のレヴェルアップに貢献。現在は新日本フィルハーモニー交響楽団首席オーボエ奏者。札響演奏活動以外に札幌市内の他のコンサート会場でも積極的な活動を展開。「モーツァルト:オーボエ四重奏曲、オーボエ協奏曲」を聴く機会もあった。最も印象に残っているのが〈井関楽器のスタインウェイスタジオ〉でのミニ・コンサートで、リサイタルとして個人的なエピソードも聞けて楽しかった。
2012年第10回国際オーボエコンクール軽井沢で第2位を獲得し、第11回の日本人女性奏者優勝にも繋がる活躍で日本の音楽界にも刺激を与えたと思う。現在の札響オーボエ首席も女性である。

2016年10月6日(木) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

指揮・ヴァイオリン独奏/ 長岡 聡季(Satoki Nagaoka)
オーボエ独奏/ 金子 亜末
独唱/ 芳野 直美、岩村 悠子、斎藤 詩音、粟野 伶惟
合唱・合奏/ バロック・コレギウム・サッポロ

〈プログラム〉
 J.S.バッハ:カンタータ第39番「飢えたる者に汝のパンを分け与えよ」BWV39
        ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲 ニ短調 BWV1060R
 J.マルチェッロ:オーボエ協奏曲 ニ短調
 J.S.バッハ:カンタータ第140番「目覚めよと、われらに呼ばわる物見らの声」BWV140 

バッハ(1685-1750)は1723年にライプツィヒの聖トマス教会音楽監督を亡くなるまで務めた。福音書の内容に応じたカンタータが作曲されて教会で上演された。第39番は①コラール②レチタティ-ヴォ(バス)③アリア(アルト)④アリア(バス)⑤アリア(ソプラノ)⑥レチタティ-ヴォ(アルト)⑦コラール。
指揮を務めた長岡聡季は東京藝術大学、同大学院修士課程を経て室内楽科博士後期課程修了。横浜シンフォニエッタの理事およびコンサートマスターを務め、2015年韓国公演にも参加。昨年から北海道にも拠点も持って幅広く活動している。現在、北海道教育大学岩見沢校特任准教授。
長年に亘る合唱指揮者の経験がうかがえるオーケストラ(約20名)と合唱(約20名)を纏め上げる大きな指揮ぶりが目立った。

通奏低音が伴奏となる独唱陣の声は充分にホールに響き渡っていた。チェンバロの響きがバロック音楽の特徴を一層引き立てていた。

ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲は3楽章構成。初めて耳にする曲かと思っていたら、第1楽章から聴き慣れたメロディが流れて心地よかった。10分程度の曲はバッハの魅力あふれる曲として楽しめた。バッハの曲を通してオーボエが木管楽器として一番古い楽器であることを再認識した。

マルチェッロ(1669-1747)はあまり親しみのない名だが、バッハと同時代のイタリア・ヴェネツィアの作曲家。金子亜未のプログラム・ノートによると多くのヴェネツィアの作曲家によるオーボエの名曲が残されているそうである。この曲はマルチェッロの代表的な作品だが、バッハが多くのイタリアの作曲家の曲を編曲したうちの1曲でチェンバロ協奏曲BWV974として知られている。第2楽章が映画「ヴェニスの愛」で挿入されて有名になったそうである。
管楽器は弦楽器に比して長い演奏は難しいようである。今回のバロック音楽の協奏曲はそれぞれ10分程度で短かった。

カンタータはそれぞれ30分程度の曲で「第140番」も7曲構成。①コラール②レチタティーヴォ(テノール)③二重唱アリア(ソプラノ/バス)④コラール(テノール)⑤レチタティーヴォ(バス)⑥二重唱アリア(ソプラノ/バス)⑦コラール。第1曲でソプラノによるコラール旋律が歌われた。第3・6曲ではアルトが歌っていたようだった。花嫁と花婿の二重唱が入る「愛」に溢れたカンタータ。

アンコール曲は「バッハ:コラールBWV147」。美しい旋律が有名でオルガン用にも編曲されて聴く機会が多い。歌詞を違えて“心と口と行ないと生命もて”と“主よ、人の喜びよ”がある。

カンタータを好んで聴くことはないが久しぶりに長い曲を聴いた。今日は金子ファン、バロック音楽愛好者や道教育大の学生・関係者も集まったのか小ホールは満席に近い客の入りで盛況であった。

アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタル札幌公演

アリス=紗良・オットの公演を聴くのは昨年8月のN響北海道公演に続いて7回目。この公演で彼女は「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番」を弾いたが、アンコール曲に弾いた「ラ・カンパネラ」が聴衆の熱狂的な反応を呼び起こした。この時に彼女の演奏を初めて聴いたと思われる人々の感動の声が私の耳に飛び込んできた。「ラ・カンパネラ」は何度も演奏会で聴く機会があるが私自身も[最も感銘を受けたラ・カンパネラ]として印象に残っている。“紗良・オットのリサイタルには絶対くる”という若い女性の声も耳にした。
今回のリサイタルは札幌では2011、2012年に続いて3回目のリサイタルになると思う。

2016年10月4日(火) 開演19:00  札幌コンサートホールKitara大ホール
〈Program〉
 グリーグ:叙情小曲集より
       ノルウェー民謡による変奏曲形式のバラード Op.24
 リスト:ソナタ ロ短調 S.178

グリーグ(1843-1907)のピアノ協奏曲は演奏会で聴く機会はあってもピアノのための小品はこれまでコンサートで聴いた記憶があまりない。協奏曲以外にピアノ曲として彼が書いた数多くの作品で数曲収められた「叙情小曲集」のCDが手元にあると思っていたが見つからなかった。コンサート前に彼の曲を聴く機会を持てなくてコンサートに臨んだ。ステージに登場した紗良・オットは演奏を始める前にプレ・トークを行なった。今までにない試みだった。彼女にとって思い入れの強いグリーグの曲をメインにした演奏会は昨年から発表されていた。忙しい日常の演奏活動でストレスもたまる状況で彼女はグリーグのピアノ曲に出会った。懐かし子供時代を思い出す曲が彼女の心を癒したと言う。
ピア二ストでもあったグリーグは数多くのピアノ小品を生涯にわたって書き綴った。日々の生活の中で感興の赴くままに綴られた作品は子供心に溢れ美しい夢の世界も描いている。各巻6曲~8曲程度から成る10集構成の「抒情小品集」。紗良・オットは数十曲の小品集から12曲を選んで演奏した。

前半のプログラムは50分もの長い曲だが続けて演奏したいということで、聴衆をワンダーランドで繰り広げられるおとぎの世界に案内してくれることになった。彼女自身がまるで妖精のようにメルヒェンの世界に踏み込んでいった。曲が始まって馴染みのメロディも耳に入ってきた。数曲は聴き慣れた曲だった。(*グリーグのピアノ協奏曲とともに収録された「抒情小品集」のCDで20年前に購入して、ここ10年以上は聴いていなかったのですっかり忘れていた。)
馴染みの曲は「蝶々」、「春に寄す」とグリーグ自身が管弦楽に編曲した《抒情組曲》に含まれている「小人の行進」、「夜想曲」。ノルウェーの自然の様子や伝説の物語が美しい音楽にのせて幻想的に奏でられた。

〈バラード〉は変奏曲形式で小さな曲のつながり。この作品でも妖精や小人が現れワンダーランドの旅が続いた。この作品のフィナーレの演奏は強烈な打鍵で、リストを思わせる激しい演奏になって見応えもあった。

50分連続の演奏を聴くのが大変だった人もいたようが、途中で拍手したりする人もなくピア二ストが集中力を切らさないでワンダーランドの世界を描き切ったのは良かった。
前半の演奏終了後の聴衆の反応はかってないほどで、二度もステージに演奏者が戻るほどの拍手喝采で感動した客が多かった。

後半ブログラムのリスト(1811-86)はピアノ・ソナタの概念を超えた作品として知られ単一楽章で書かれた傑作。難曲とされているが、近年では演奏会の曲目になることも多くて聴く機会が結構多い。私も今はすっかり馴染みのピアノ曲として聴けるようになった。
前半の妖精のようなイメージのドレスとは対照的な黒いドレスに身を包んだオットがステージに出てくると会場に溜息が漏れた。ファッションモデルのようにスタイルの良い細身の身体は何を着ても似合う。後半のステージは照明が落とされステージ上に一筋の明かりが鍵盤を照らすだけでホールは真っ暗。照明の効果も計算したステージ。前半とは対照的な暗いイメージの悪魔のような音楽に仕上げる演出にもなっていた。

オットの演奏は彼女独特のもので個性的である。メリハリがついていて彼女の感性が伝わってくる感じの演奏になる。言葉では上手く表現できないが他のピアニストの演奏とは違う味がする。
単一楽章とはいえ緩徐楽章や終楽章を思わせる変化のある構成で30分の時間も彼女の演奏に引き込まれるとアッという間に過ぎた。圧倒的な演奏に終了後の聴衆の感動がホールに広がった。

アンコール曲は《グリーグ:〈ぺ―ル・ギュント組曲 第1番〉より「山の魔王の宮殿にて」》

日本でも人気のピアニストで今回の日本ツアーも10公演ある。福岡での前半最後の公演が終わって札幌は後半最初の公演だったようである。台風の影響で心配された飛行機も運行されて無事に札幌での公演も終った。
3階を除いて客席が売り出されたが思ったより客の入りは良くはなかった。
紗良・オットは飾り気のない明るい人柄で聴衆への配慮も温かい。ステージでのお辞儀は常に角度も90度以上で身体が極めて柔らかい。何といっても20代後半の現在でも天真爛漫の雰囲気に満ちている。
帰りのホワイエで彼女のサインを貰う長蛇の列には改めて驚いた。私は前回サインをもらったので今回はやめにした。

PMF2016 《PMF・GALAコンサート》より〈プログラムC〉をPMFオン・デマンドで鑑賞

去る8月6日にKitaraで開催された『PMF・GALAコンサート』の中から芸術監督ゲルギエフ率いるPMFオーケストラが演奏した〈プログラムC〉が昨日(9月30日)からハイビジョン映像でストリーミング配信された。

今年度のPMF演奏会には7回出かけた。GALAコンサートは毎年聴いているが、今年はピクニックコンサートにして当日券で間に合わせようとしていた。途中で世界的に有名なヴァイオリニスト、カヴァコス出演の連絡が入ったが、8月6日は先約があって日程が埋まっていた。結果的に翌7日も都合がつかなくなった。レオニダス・カヴァコスの演奏を聴き逃したのが極めて残念に思っていた。

数日前に聴き逃した公演がPMFオン・デマンドで鑑賞できるメールが入った。年末にPMF組織委員会から贈られてくるCD(*非売品)で我慢しようと思っていたが、ハイビジョン映像が見れるとは嬉しいニュース。CDと映像付きでは大違い。しかも音質・音量ともに優れたヘッドフォンを使って聴けたので臨場感あふれるサウンドを楽しめた。

演奏曲目は「メンデルスゾーン:交響曲第4番」、「ブラームス:ヴァイオリン協奏曲」、「ショスタコーヴィチ:交響曲第8番」。ソリスト・アンコール曲「バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番より ガヴォットとロンド」も入って約150分の収録。2時間半もアッという間に過ぎて良い時間を過ごせた。
何といってもカヴァコスの演奏が圧巻。1967年、ギリシャ生まれで、88年のパガニーニ国際コンクールで優勝して、同年日本デビュー。既に85年シベリウス国際ヴァイオリン・コンクール優勝を飾っていて彼の高度な演奏技法が脚光を浴びていたという。ラテン系の情熱的で個性的な雰囲気を持ったヴィルトゥオーゾ。驚異的なテクニックを見せながらの演奏に直ちに引き込まれた。カヴァコスの独特なオーラも漂っていて言い知れぬ満足感を覚えた。

ゲルギエフは2002年にKitaraのステージに初登場してから、何度も来札している顔なじみの指揮者。これまで彼の指揮ぶりを9回は見ている。ゲルギエフ&マリインスキー劇場管によるCDやDVDが手元にあるほど彼の指揮ぶりとKitaraへの情熱に魅力を感じていた。PMF2004年の「ショスタコーヴィチ:交響曲第11番」の演奏も印象深くて札幌芸術の森でのステージも目に浮かぶ。08年12月、2夜連続のチャイコフスキー・ツィクルスも忘れられない。12年11月のコンサートも含めて偉大なるマエストロ・ゲルギエフの超人的な活動は当時のブログにも書いた。
昨年は2日連続で「ショスタコーヴィチ:第10番」の指揮ぶりを見た。相変わらずオーラを放ってオーケストラを纏め上げていたが、あまり感動が湧いてこなかった。折角の芸術監督としてのPMF出演だったが、教育音楽祭におけるアカデミー生に対する指導日数が足りない感じがした。

今年は同じプログラムを千歳・札幌・函館・東京の5公演で演奏して、かなり高い評価を得たようである。少なくてもゲルギエフは昨年以上のエネルギーをアカデミー生の指導に注ぎ込んだようである。
GALAコンサートでの録画を見てもマエストロは輝かしい太陽が照りつけるイタリアの風景を背景に若い奏者の明るい溌剌とした演奏を作り上げていた。カヴァコスの演奏を支えた指揮ぶりもさることながら、「ショスタコーヴィチ第8番」はPMF教授陣も加わっての演奏でもあったが、ゲルギエフの解釈に基づく“戦争交響曲”で人生に起こったいろいろなドラマが表現された。6月定期の広上&札響とは違った角度で興味深く聴けた。大規模な楽器編成で音量も違ったが管楽器ソロも素晴らしく、何といってもゲルギエフの手の振りを含めて今年は指揮ぶりに一段と力が入っていたと見たのは言い過ぎだろうか。とにかく力演であった。

4月の時点でGALAコンサートのチケットを予約する気になれなかった理由がもう一つある。ゲルギエフがあまりにもプーチン寄りで芸術が政治に利用されている臭いを何となく感じ取っていた。昨年のチャイコフスキーコンクールのピアノ部門の入賞者がGALAに出演することになっていたが、6月のコンクール終了後にも優勝者の名が発表されずに、当日の演奏曲目も変更になった。
「音楽の友 12月号」で今は亡き中村紘子の連載“ピア二ストだって冒険する”の記事を読んで謎が解けた。同時に権力者のおぞましい姿を垣間見て衝撃を受けた。
チャイコフスキー国際コンクールはピアノ、ヴァイオリン、チェロ、声楽(男性)、声楽(女性)の5部門で開催されている。2015年度の5部門を統括する審査委員長はゲルギエフ。中村紘子は審査委員になっていたが本番は欠場となった。参加した西欧のピアノ部門審査員が彼女に漏らした話が書かれていた。「今年のピアノ部門の最終結果を嫌ったゲルギエフは表彰式当日になって他の審査員に断りもなく独断で順位を変えてしまったそうである。その時は、ロシア人以外の外国人審査員の大部分はすでに本国に向けて帰ってしまっていた」(*彼女の原文のまま)。続けて中村が書いている。「独裁者が牛耳れば、もうそのコンクールは公正とはいえなくなる」)。私自身が危惧してたことである。今年のリオ・オリンピックの出来事を見れば、切迫感がつのる。スポーツだけでなく芸術までも政治の影響を受け独裁者の支配が及ぶと世界が危うくなる。

西側諸国とロシア・中国との溝は根深いが領土問題で解決を急ごうとして日本がロシアに結果的に利用されないように願うばかりである。芸術分野での良好な関係は是非継続してほしい。PMFの発展を望んで止まない。
プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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