グザヴィエ・ドゥ・メストレ ハープリサイタル

グザヴィエ・ドゥ・メストレ(Xavier de Maistre)は1973年、フランス生まれのハープ奏者。99年ウィ―ン・フィルハーモニー管弦楽団のソロ・ハープ奏者に就任し、02年から09年までPMFに教授陣として6回参加。Kitaraでは顔なじみの超格好良いハーピストとして知られた。08年11月、Kitara 小ホールで開催されたメストレ・ハープリサイタルは過去300回ぐらいは聴いている小ホールでのコンサートの中で最も感動したコンサートのひとつである。まるでファッションモデルのように颯爽とした容姿でステージに登場して、終始ウットリするような旋律を奏でて聴衆を魅了した。当時のコンサートの様子は昨日の出来事のように生き生きと眼前に浮かぶ。コンサートが終わってホワイエで前から2・3番目に並んで感想を述べた言葉も大体覚えている。私の感想に耳を傾けて購入したCDにサインをして“Thank you so much.”と返事をしてくれた。
彼は10年にウィ-ン・フィルを退団してソリストとしての活動機会を増やし世界各地でマスター・クラスも開いている。2001年よりハンブルク音楽大学教授。

[Kitaraワールドソリストシリーズ]
.〈Program〉「
 グリンカ:歌劇「魔笛」の主題による変奏曲 変ホ長調
       夜想曲 変ホ長調
 ペシェッテイ(メストレ編):ソナタ ハ短調
 ハチャトゥリアン:2つの小品より 第1曲「東洋的な踊り」、第2曲「トッカータ」
 チャイコフスキー(ワルター=キューネ編):歌劇「エフゲニー・オネーギン」の主題による幻想曲
 アルヴァーズ:マンドリン 作品84
 カプレ:ディヴェルティスマン 第1番“フランス風”、第2番“スペイン風”
 ドビュッシー(ルニエ編):アラベスク第1番 ホ長調
                「ベルガマスク組曲」より “月の光”
 スメタナ(トゥルネチェック編):交響詩《我が祖国》より 「モルダウ」

6時半過ぎに地下鉄駅を降りた時からKitaraに向かう人の群れはまるで大ホールが会場であるかのような錯覚を抱かせるほどであった。比較的に若い年代の人の姿が多かったのもいつもの札響定期の時の様子とは違う。エスカレーターに乗ってホワイエ内もいつもとは違う活気が漂っていた。コンサートに集まっている人々の高揚感が感じられた。
CD売り場も混んでいて横の通路から会場に入った。

コンサート開始直前のアナウンスでプログラムに変更がある旨の発表があったが、曲名の連絡がなかった。ホール正面の入り口に変更曲目が記されているものと思われた。少々不安な気持ちが現れた。ハープの曲に慣れてはいなくても大体は分るだろうと不安を打ち消した。
前回と違ってメストレのステージの登場はごく自然体であった。
最初の曲はロシア国民音楽の祖グリンカ(1804-57)のハープ曲。彼の作品はオペラ「ルスランとリュドミラ」序曲が有名である。彼は18歳の時にオペラが好きでハープが得意な女性に出会ってモーツァルトのオペラから変奏曲を書いた。1828年に書いた「夜想曲」もハープまたはピアノのための作品で美しい旋律が恋心を紡ぐ。

ペシェッテイ(1704-66)はヴェネツィア生まれの鍵盤楽器奏者。1736年にロンドンに渡り、ヘンデルと覇を競ったといわれる音楽家。6曲から成るチェンバロ・ソナタ集の中の1曲。20世紀前半にサルセード(*MET歌劇場管の首席ハーピスト)が編曲した曲が前回のリサイタルで演奏された。今回はメストレ自身の編曲による演奏。3楽章構成の作品で、気品に溢れロマンティックな叙情に満ちた曲。聴きごたえのある曲として鑑賞できた。ソリストとして独立して自ら編曲を試みた自信作だと思った。

ハチャトゥリアン(1903-78)はグルジア生まれのアルメニア人作曲家。「剣の舞」が名高い作品であるが、最近は「仮面舞踏会」の音楽で知られる。中央アジアの民謡風の音楽が特徴で、〈2つの小品〉からもハチャトゥリアン独特の旋律が奏でられた。弦をはじきながら楽器の胴を叩いて太鼓の音も表現する「東洋的な踊り」は特に面白かった。

プログラムの変更はこれまでは無いと思って聴いていたら前半最後のチャイコフスキーの曲に至って違いに気づいた。誰の曲かは分らなかったが勿論ハープが紡ぐメロディは美しかった。「フォーレ:即興曲 作品86」。(*休憩時間中に確認すると入り口に曲目変更の掲示があった。) 予め変更曲名をアナウンスしてくれたらよかったのにと思った。聴く人の立場で放送を心がけてほしいものである。

アルヴァーズ(1808-49)はイギリス出身のハープのヴィルトゥオーゾ。メストレは彼のことを“ピアノでいえばリスト、ヴァイオリンでいえばパガニーニ”のような存在と言う。「マンドリン」はナポリを旅した時の印象をもとに1844年に作曲された。この大幻想曲はウィ―ン楽友協会のアーカイヴから近年発見されて世に出た作品で前回の演奏会でも披露された。
イタリアの輝かしい太陽と青空を感じさせる明るい作品。

カプレ(1878-1925)はドビュッシーと同時代のフランスの作曲家・指揮者。彼が亡くなる前年の作品。曲のタイトルから曲風が感じられて心地よく聴けた。「スペイン風」はギター曲を思わせスペイン情緒が漂った。フランス語の“divertissement”は気晴らしになる「嬉遊曲」の意味だろう。

ドビュッシー(1862-1918)は今更言及の必要がないフランス印象派の大作曲家。「アラベスク第1番」の編曲者、ルニエ(1875-1956)はフランスの女性ハープ奏者として活躍し、サルセードなど多くの後進を育てた教育者でもあった。ピアノ曲で親しまれている「アラべスク」、「ベルガマスク組曲」は弦を両手で弾くハープに編曲しやすい曲のようにも思う。右手で高音部、左手で低音部を弾く演奏機構は鍵盤楽器に似ている。絹の絨毯の上を音が滑るような美しさは何とも言えない。ピアノとは違った高貴な雰囲気を持つ。この2曲はこの上ない世界を広げてくれた。
(*前回の「月の光」はメストレ編曲で演奏されたが、今回のルニエ編曲の方が優れていると思ったのだろうかは定かでない。)

※本日のコンサートの数日前に前回のリサイタルの折に購入したCD《グザヴィエ・メストレ 星の輝く夜  クロード・ドビュッシーのハープ音楽》をしばらくぶりに聴き返してみた。ピアノ曲として聴く機会の多い名曲のほかに歌曲が7曲収録されていた。ヴェルレーヌ、マラルメなどの有名な詩に曲をつけている作品が多々あるのを余り認識していなかった。ソプラノがネトレプコ、バルトリに並ぶ世界のディーヴァであるダムラウなのにも驚いた。

最後の曲はチェコ国民音楽の祖、スメタナ(1824-84)の「モルダウ」。この名曲も前回のリサイタルで披露された。世界の様々な民族色あふれる音楽がいろいろな楽器で聴けるのも楽しい。

8年前のリサイタルの時ほど興奮することは無かったが心が和むコンサートだった。アンコール曲は「フェリックス・ゴロフノフ:ヴェニス謝肉祭 作品184」。作曲者名は知らなかったが馴染みの旋律。いろいろな楽器での編曲がある名曲ではないかと思った。

ハープ・リサイタルを聴く機会はめったにないのでホールを埋めたファンの満足度は高くて帰りのホワイエでもサイン会に姿を現したメストレにひと際高い歓声と拍手が起きて盛り上がっていた。CDを買い求めてサインを求める人の列も長くなっていた。CDの種類も多くあったようだが今回は買うのをやめた。

ブログを書いている最中に気付いた。吉野直子のCDを持っているのだが、「フォーレ・即興曲 作品86」が収録されていた。フォーレはパリ音楽院の院長の任にあったが、ハープ科教授のアッセルマンのために《ハープのための即興曲》を1904年に作曲した。この作品はハープ作品の中でも最も有名なレパートリーのひとつとして親しまれているそうである。後日耳にしてみようかと思う。







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札響第592回定期演奏会(グラーフ十八番のデュティーユ&幻想交響曲)

フランスの現代作曲j家、デュティーユ生誕100年記念のプログラムは興味津々。馴染みの作曲家ではないが名は耳にしたことがある程度だった。今シーズンのプログラムが昨年発表され、今回の指揮者ハンス・グラーフの名を目にした時に心が時めくのを感じた。自分が札幌に転勤になった年の1988年に音楽監督を務めていたザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団を率いて特別演奏会が旧北海道厚生年金会館で開催された。この年はスラットキン指揮ロンドン・フィルやサヴァリッシュ指揮バイエル国立管の札幌公演もあって足しげくコンサートに通っていた。今年6月のスラットキンに続いて28年ぶりに世界的な指揮者の演奏を聴くことになった。

Hans Grafは1949年生のオーストリアの指揮者。チェリビダッケ、A・ヤンソンス(マリスの父)に師事して、79年カール・べーム指揮者コンクールに優勝。81年ウィーン国立歌劇場にデビュー。84年から94年までザルツブルブルク・モーツァルテウム管の音楽監督を務めてモーツァルトの交響曲全曲を収録。その後、カナダ、フランス、アメリカのオーケストラの音楽監督を歴任。2004年からヒューストン響の音楽監督を務め、ウィ-ン・フィルをはじめ世界の主要オーケストラと共演を重ねて いる。フランス政府、オーストリア政府より勲章を授与されている人望ある音楽家のひとり。

2016年8月27日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 デュティーユ:交響曲第2番 「ル・ドゥ―ブル」
 ベルリオーズ:幻想交響曲 op.14

アンリ・デュティーユ(1916-2013)は多彩なオーケストラ作品で知られるフランスの作曲家。彼と生前親交のあったグラーフがフランス国立ボルドー・アキテーヌ管で作曲家立ち合いのもとデュティーユの管弦楽曲集の録音を行っている。
「交響曲第2番」は1959年ミュンシュ指揮ボストン響によって初演された。“Le Double”は二重(ダブル)の意味。大小2つのオーケストラが共存し、通常のオーケストラ(2管編成)の前に小オーケストラ(12人の独奏者))が配置されて演奏された。普段とは違う演奏形態が興味を掻き立てた。
ドビュッシーが亡くなった年に生まれたデュティーユはパリ音楽院に学び近代フランス音楽の伝統を引き継いで発展させたと言われる。「ル・ドゥーブル」は12音技法が流行った当時の現代音楽作曲家の作品とは違った印象を受ける曲であった。何となくドビュッシーの印象主義の流れに沿って独特の技法を織り交ぜて書いた作品のように思えた。3楽章構成で30分ほどの曲。2つのオーケストラが対話をしながら曲が進む面白さがあった。(大オーケストラは打楽器が大太鼓、小太鼓、シンバルなどティンパニを除く9種類でその多さが目についた)。室内オーケストラの編成はオーボエ、クラリネット、ファゴット、トランペット、トロンボーン、ティンパニ、チェンバロ、チェレスタ、弦楽四重奏)。札響初演の曲。演奏終了後に12人の独奏者にひとりひとり握手を求めた指揮者の姿は期待通りの演奏に応えた彼らへの感謝と称賛の意かなと思った。

ベルリオーズ(1803-63)の作品で最も演奏機会の多い人気の曲が《幻想交響曲》。フランスの大作曲家だが、ほかに有名な作品を余り多く残していない。しかし、この1曲だけでもベルリオーズの偉大さが際立つ。前回の札響による演奏は2012年1月定期(指揮:サッシャ・ゲッツエル)。
ベルリオーズは熱血漢としての人物像が伝わっている。彼の人生に影響を与えた人物が4人いたと言われる。シェイクスピア、ゲーテ、ベートーヴェン、もう一人が女優ハリエット・スミッソン。彼女に対する熱烈な狂おしいまでの愛によって《幻想交響曲》という型破りの名曲が生み出された。24歳の時にパリで「ハムレット」、「ロミオとジュリエット」を見て彼女に対する想いがつのり、1830年に曲が完成した。〈ある芸術家の生涯の挿話〉というサブタイトルが付けられ、各楽章がそれぞれ標題を持つ初めての交響曲となった。
曲の冒頭には作曲者自身による説明が次のように記されている。「病的な感受性と想像力を持った若い芸術家が失恋の結果、アヘンを飲んで自殺をはかる。しかし量が少なくて死にきれずに奇怪で幻想的な夢を見る。」
ベルリオーズは全5楽章にスミッソンを表す固定楽想を何回か再現させる。第1楽章「夢・情熱」、第2楽章「舞踏会」、第3楽章「野辺の風景」、第4楽章「断頭台への行進」、第5楽章「魔女の夜の宴~魔女のロンド」。

第1楽章でフルートとヴァイオリンによる固定楽想。第2楽章全体がワルツで、交響曲としては初の試みだった。この曲に親しみを持つ切っ掛けになった優美なメロディ。第3楽章で羊飼いの二重奏があるがイングリッシュホルンとオーボエの掛け合いが聴きどころ。オーボエ奏者は客席の後方から演奏したように思えた(*オーボエ奏者がカーテンコールで上手ドアから登場した)。遠くの雷の音(*ティンパニが4人必要だと思ったが確認できなかった)。荒涼とした野辺に漂う孤独と静寂。ベートーヴェンの「田園」を思わせる楽章。第4楽章で恋人を殺した芸術家は死刑を宣告され断頭台へ曳かれてゆく。不気味に響くティンパニの連打。チェロとコントラバスによる死の宣告。重々しい行進。ギロチンの刃が閃く瞬間。比較的に短い楽章だがドラマティックな場面。最終章に向かって迫力に満ちたオーケストラの総奏! 最終楽章で若い芸術家は恐ろしい怪物たちと共に魔女の踊りを見る。パーカッションの1人がステージを下がりバックヤードから弔いの鐘を鳴らす。この鐘の音が極めて効果的でコンサートも最高潮に達した。「怒りの日」の旋律が流れる。ゲーテの「ファウスト」にヒントを得た楽章と言われる。奇怪な地獄の狂乱がクライマックスに達する。

最初から最後まで力強いグラーフの指揮ぶりはフィナーレに向かって最高の盛り上がりを見せた。オーケストラも終盤に向かって一層逞しくドラマティックに演奏して壮大なスケールの曲を引き締めた。4年前は座席がRAだったが、SS席で聴いた今回ほど金管楽器の演奏の素晴らしさを感じ取ったことはなかった。4本のファゴットの使用や弦楽器が弓の背で弦を打つ奏法など生演奏でしか分らない場面も数多くあって観ていても楽しかった。

グラーフは世界的な指揮者で有名だが、スラットキンの演奏会と同様に日本での知名度が欧米と比べて高くなくて残念ながら客の入りが良くなかった。ただ、「幻想交響曲」の演奏終了後に歓声が沸き起こり盛大な拍手がいつまでも続いた。聴衆は充分な満足感を得てこのドラマティックな演奏を楽しんだことは疑いがない。
Kitaraに登場したことでマス・メディアを通して彼らの知名度が上がり札響での公演が増えることを期待したい。今年はスラットキンとグラーフの二人ともフランス音楽のブログラムだった。スラットキンは日本での知名度が上がって来年デトロイト響を率いての来日公演が決まっている。

※ベルリオーズはローマ大賞も獲得し、33年には念願のハリエットとも結婚できたが、結婚生活は幸せではなかったようである。



ブラジルのスラム街から生まれたオーケストラ

ブラジルのRio de Janeiroで行われたオリンピックも無事終わった。史上最多のメダルを獲得した日本選手団の健闘を称えたい。感動的な場面が幾つかあったが最も印象に残ったのが陸上男子400Mリレーの銀メダル獲得。ジャマイカと優勝を争うとは予想もしていなかった。(レース終了後にウサイン・ボルトが日本の4選手に握手を求めた姿も印象的であった。) 素晴らしかったリレーのVTRは何度見ても見飽きない。体操男子個人総合で内村選手が最後の鉄棒で見せた完璧な演技も強烈な印象を残した。

リオ五輪を前にリオ・デ・ジャネイロの貧民街ファべーラの様子をテレビ映像を通して知った。今大会初のブラジルの金メダリストはファべーラで育った柔道女子選手であった。恵まれない環境の中でスポーツや音楽で逞しく育っている人々がいるのは見事である。

昨日は久しぶりに音楽映画を鑑賞。ブラジル最大の都市サン・パウロの貧民街から生まれたオーケストラの物語を描いた映画の上映が数日前から始まっていた。2015年制作のブラジル映画で英語のタイトルは“The Violin Teacher”.。日本語のタイトルは「ストリート・オーケストラ」。
物語の舞台はサン・パウロ最大のスラム街エリオポリス。NGOが支援するスラム街の子供たちのヴァイオリン教師として赴任した男の物語。彼は厳しい教育環境にもめげずに音楽を通して未来を切り拓くことを子供たちに辛抱強く教えた。ひとりのヴァイオリストの情熱的な活動によって子供たちが音楽演奏に生きがいを見出して自分たちのオーケストラ“エリオポリス交響楽団”を設立した。サッカーやサンバで熱いブラジルのイメージが浮かびがちだが、この映画はクラシック音楽でブラジルを動かした感動の実話に基づくストーリーである。

※音楽によって青少年を貧困や犯罪から救う“エル・システマ”の活動が南米ベネズエラから発信されて世界に知れ渡った。グスターボ・ドゥダメル(Gustavo Dudamel)はシモン・ボリバル・ユース・オーケストラを率いて来日公演を行ったのも記憶に新しい。彼は2010年からロスアンゼルス・フィルの音楽監督を務め、ベルリン・フィルとも度々共演している。ほかにエル・システマ出身者として世界的に活躍している演奏家もいる。

※Rio de Janeiroの地名が日本では通常リオデジャネイロと綴られている。ポルトガル語の綴りからはリオ・デ・ジャネイロとなるのだろうが、慣習的に区切りをつけない。少し長めの地名なのでリオデジャ・ネイロと区切って発音しがちになる。自分も長年にわたって、そのように発音してきた。2年前にイグアスの滝を訪れた時に綴りに気付いた。60年以上も綴りを意識していなかった。ラテン系の言語を考えたら当然の“de”。思い込んでいると想像力も働かない。新しいことに気づいて新鮮な感じを覚えた瞬間であった。(*都市名はポルトガル語で「1月の川」、つまり英語で“The River of January”を意味する。ポルトガル人が約500年前の1月に発見した川に因んで命名され、後に町の名に転用されたと言う。) 1960年までブラジルの首都であったリオデジャネイロで9月からパラリンピックが始まる。また、テレビ中継に夢中になりそうである。

木野雅之 ヴァイオリンの魅力 Vol.7

連日リオ・オリンピックを楽しんでいる。毎日、日本選手の健闘が続いている。今朝素晴らしいニュースが飛び込んできた。レスリング女子3階級で3人の選手全員が金メダルの快挙! 昨夜は順調な滑り出しを確認して、一人か二人は金メダルは獲得できそうとは思ったが、まさか3人とも優勝するとは夢にも思っていなかった。午後の再放送で彼女らの活躍を目にした。伊調馨が全競技を通して個人種目の女子選手初のオリンピック4連覇を達成した偉業は凄い。3選手ともに慎重な試合運びで焦ることなく決勝は大熱戦で逆転で勝利を収めた試合が興奮度を増した。最後まで試合を諦めない彼らの勝負強さと精神面の充実も見て取れて感動的なドラマとなった。明日のレスリング女子でも吉田沙保里のオリンピック4連覇をはじめ他の選手のメダルが期待できる。

昨夜から台風の北海道上陸で広範囲にわたって被害が広がっているようである。今日は何とか天候も回復して予定通りにコンサート鑑賞に出かけた。

木野雅之のヴァイオリン・リサイタルを3年連続して聴くことになった。前2回は面白い小品が入っていたが、今年のプログラムは少々新鮮味に欠ける印象を持ったが、8月はコンサートが少ないので聴いてみることにした。

2016年8月18日(木) 7:00PM 開演 札幌コンサートホールKitara小ホール

〈プログラム〉
 ヴィタ―リ:シャコンヌ ト短調
 グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ短調 Op.45
 ブラームス:スケルツォ 《F.A.E.ソナタ》より
 ショーソン:詩曲 Op.25
 サラサーテ:序奏とタランテラ Op.43
 ヴュータン:夢
 サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン 

本日のプログラムの中で「ヴュータン:夢」だけは聴き慣れていない曲名。ブラームスの「スケルツォ」も余り知られた作品ではないが、偶々シューマンのヴァイオリン・ソナタのCDに収録されていた。カントロフが40年前に録音して7年前にデジタル化されたCD。1853年に3人の作曲家が合作で書いた珍しい曲。シューマンが第2楽章と第4楽章、彼の友人ディートリッヒが第1楽章、ブラームス(*当時20歳)が第3楽章の「スケルツォ」を書いた。3人の共通の友人である大ヴァイオリニスト、ヨアヒムに献呈された。
現在ではブラームスの曲のみ演奏されることが多いという。5分程度のリズミカルな曲。

ヴィターリ(1663-1745)はイタリアのヴァイオリニスト・作曲家。「ヴァイオリンと通奏低音のためのシャコンヌ」が最も良く知られた作品。冒頭にピアノで奏でられる主題がヴァイオリンの技巧を凝らした華やかな変奏で展開される。10分程度の曲。
ピアノ伴奏は毎回,藤本史子が務めているが結構、力強い演奏を展開していたように思った。
バッハの「シャコンヌ」は無伴奏のヴァイオリン曲で演奏会が多く親しまれている名曲。この数年はブゾーニ編曲のピアノ独奏曲としてピアニストが弾くことも増えてきた感じがする。

グリーグ(1843-1907)はノルウエー・ベルゲン生まれ。彼が書いた3曲のヴァイオリン・ソナタはデュメイ(現在、関西フィル音楽監督)とピリスのCDでコンサートの曲目になる度に聴く。北欧の民族的色彩の濃い作品で親しまれているグリーグの音楽。いずれのヴァイオリン・ソナタも美しい旋律が印象的であるが、「第3番」が最も有名で演奏機会も多い。前2曲のソナタから20年ほど後の作品で情熱も汲み取れるドラマティックな要素もある。3楽章を通して叙情味溢れる約25分の曲は聴きごたえがあった。

ショーソン(1855-99)はフランスの作曲家でドビュッシーやラベルのの印象主義音楽の先駆者と言われたが、若くして事故で亡くなった。よく演奏される作品は「詩曲」。オリジナルはオーケストラとヴァイオリンのための曲でハイフェッツの演奏で専ら親しんでいる。1896年イザイが初演。現在はピアノ伴奏で演奏されることが多いようである。
ピアノの陰鬱な序奏のあと途中からヴァイオリンが情熱的な主題を奏で、独特な詩情を醸し出す。15分弱の曲。

サラサーテ(1844-1908)はスペインの作曲家でヴァイオリンのヴィルトオーゾとして名高い。「ブルッフ:スコットランド幻想曲」、「ラロ:スペイン交響曲」などは彼のために書かれた作品。自らの才能を示す超絶技巧を凝らしたヴァイオリンの名曲が多い。
「序奏とタランテラ」は高度な演奏技巧が要求される曲でアンコール・ピースとして偶々演奏される馴染みのメロディ。“タランテラ”はイタリアの急速で激しい舞曲。難曲とされているようである。

ヴュータン(1820-81)の名は知っていても彼の作品を演奏会で聴いた記憶はあまりハッキリしない。ベルギーのヴィルトオーゾとしてヨーロッパ各地で活躍したそうである。イザイを育て上げたというから、グリュミオー、デュメイなどフランコ=ベルギー派の流れにあるヴァイオリストに属するのだろう。木野雅之もその流派に属して選曲しているのかもしれないと勝手に想像してみた。
オリジナルはヴァイオリンとハープの二重奏曲という。ハープ独特のロマンティックな旋律がピアノで奏されてヴァイオリンの華麗な技巧が楽しめる曲であった。
初めて耳にする曲かと思っていたら、昨年、このコンビのアンコール曲として演奏されていた。

コンサートの最後を飾った曲は最もポピュラーな「ツィゴイネルワイゼン」。哀愁と華麗さを備えたドラマティックな曲。フィナーレに相応しい曲で会場から歓声が沸き起こった。

アンコール曲は「ジョン・オードウエイ:旅愁」。熊本県人吉市出身の作詞家が付けた日本語の歌詞があって人々に広く親しまれているメロディ。アメリカ民謡とは知らなかった。聴いていて意外に思うと同時に歌詞も覚えていた。ピアニストの藤本も熊本出身で被災者。
木野のリサイタルが熊本地震本震の当日に熊本で開催予定であったが中止になったという。熊本支援の募金活動の一環としての“熊本に関わるアンコール曲”であった。(帰りに募金箱に寸志を入れてきた。)
最後のアンコール曲は「ラフマニノフ:ハンガリー舞曲」。

札幌文化芸術劇場 プレコンサート~オペラ・バレエ名曲集

本格的なオペラやバレエ、ミュージカルなどの公演に適する北海道初の多面舞台を備えた劇場(2300席)が2018年10月にオープンの予定である。開館が未だ2年先の事であり、プレコンサートと銘打つのは少々大袈裟な感じがしないわけでもない。札幌市民にいち早く情報公開をして市民のための劇場運営を目指して運営に備える試みなのだろうと思う。当日は映像による「札幌市民交流プラザ」の施設紹介もあることで興味を抱き、妻と一緒に参加することにした。

~札響メンバーによる珠玉のオペラ・バレエ名曲集~

2016年8月14日(日) 開演13:30  札幌コンサートホールKitara小ホール

出演/ 大平まゆみ、織田美貴子(ヴァイオリン)、青木晃一(ヴィオラ)、坪田亮(チェロ)

〈プログラム〉
 ビゼー:歌劇「カルメン」より
        アラゴネーズ、セギディーリャ、闘牛士の歌 ほか メロディ
 マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より 間奏曲
 ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇「こうもり」より 序曲
 ワーグナー:歌劇「ローエングリン」より 結婚行進曲
 チャイコフスキー:バレエ「くるみ割り人形」より 小さな序曲、トレパック、花のワルツ
 チャイコフスキー:バレエ「白鳥の湖」より 情景、4羽の白鳥の踊り
 ヴェルディ:歌劇「アイーダ」より 凱旋行進曲

コンサートに先立って映像による《札幌市民交流プラザ》(Sapporo Community Plaza)の紹介が行われた。札幌市民交流プラザは札幌の都心に誕生する新しい文化施設。札幌文化芸術劇場(3階~9階)、札幌文化芸術交流センター(1階・2階)、札幌市図書・情報館(1階・2階)の3つの施設から成る。隣接する高層棟には放送局やオフィスが入居するほか、地下には駐車場や公共駐輪場などが整備される。

札幌文化芸術劇場はオペラ、バレエ、ミュージカルなどのほかにポップス、歌謡コンサートなど様々なジャンルの公演に利用される。他都市の劇場や地元文化芸術団体との共同制作などを通して、札幌の舞台芸術の振興を図る。講演会、入学式、卒業式など大規模な集会にも利用される。
こけら落とし公演はオペラ「アイーダ」。神奈川県民ホール、兵庫県立芸術文化センター、iichiko総合文化センター、東京二期会との共同制作。札幌からスタートして北から南まで日本縦断のオペラ公演。指揮はイタリアの若手指揮者アンドレア・バッティスト―ニが務める。(*今、日本で注目のバッティスト―ニの名を聞いてワクワクした。札幌公演のオーケストラは札響。)

10分ほどの映像の後、1時間のコンサート。札響コンサートマスター大平の巧みな話術でフランス、イタリア、オーストリア、ドイツのオペラの名曲が演奏された。大平まゆみがコンサートマスターを務める札響の定期演奏会は何十回も聴いていて、コンマスの仕事ぶりには好感を持っているが、彼女が何度も定期的に開いているリサイタルは聴く機会がない。彼女は人気のある演奏家でリサイタルでも巧みなトークを繰り広げていることが想像された。妻の話では講演会で彼女の話を聴いたことがあるという。演奏だけでなく、トークも得意なようである。適度な説明をしながら演奏会を進めた。他の3人にも話をする機会を与えてコンサートを進行した事にも感心した。マイクの使い方も上手で後方の席でも明瞭に彼女の話は聞こえた。
チャイコフスキーのバレエ音楽から名曲を演奏した後、終曲は《アイーダ》より凱旋行進曲。カルテットの演奏曲としては無理だったと思うが、2年後の〈こけら落とし公演〉を意識して選曲したのだろう。
アンコール曲に《ヴェルデイ:椿姫より 「乾杯の歌」》を演奏してコンサートを締めくくった。予想していたよりは良いコンサートとなった。新劇場のイメージを心に描きながら聴けただけでも良かった。










ふきのとうホール 夏のフェスティバル2016 シューベルト弦楽三重奏曲・ピアノ五重奏曲

昨年7月にオープンした《ふきのとうホール》が夏のフェスティヴァルを3日間にわたって開催する。今月の札幌では好みのコンサートが少なくて何となく物足りない感じがしていた。外国の奏者の名は耳にしたことはなかったが、国内の室内楽の分野での活躍が目立つ演奏家の名と演奏曲目を見て急に思い立ってチケットを2日前に購入した。

2016年8月12日(金) 午後7時開演  ふきのとうホール(六花亭札幌本店6階)
 
ふきのとうホール 夏のフェスティバル 第2日 シューベルトの内なる声

〈出演〉 ゴットリープ・ヴァリシュ(ピアノ)、マオロ・カローリ(フルート)、白井圭(ヴァイオリン)、佐々木亮(ヴィオラ)、花崎薫(チェロ)、吉田秀(コントラバス)
 
〈曲目〉 シューベルト:弦楽三重奏曲 変ロ長調 D471、  フルートとピアノのための「しぼめる花」による序奏と変奏曲 op.160, D802、  ピアノ五重奏曲 イ長調 「ます」 op.114, D667 

開演に先立って〈ふきのとうホール音楽監督、岡山潔〉から本日のプログラムについて10分程度のプレトークがあった。
シューベルトの二重奏曲、三重奏曲、五重奏曲が取り上げられた演奏会。特にフルートとピアノによる二重奏曲にはシューベルトの過去の作品の旋律が数多く使われ演奏も難曲で知られるという。

シューベルト(1797-1828)は弦楽四重奏曲の作品を数多く残している。PMF2016でも「第9番」、「第12番」を聴いたばかりである。八重奏曲も聴いた。彼の「弦楽三重奏曲」(Vn,Va,Vc)は1曲のみで19歳の時に書かれた。作品は未完で第1楽章のみである。実際は第2楽章の一部が書き残されているので、その部分も演奏された。結構、聴くに値する曲だと思うが何らかの理由で完成せなかったり、破り捨てたりした作品がシューベルトには少なからずあるようである。

Gottlieb Wallischは12歳でウィーン楽友協会大ホールでデビューして以降、欧米を中心に世界各地でリサイタルを行い、ウィーン・フィル、ウィ-ン響などと共演。現在はジュネーヴ高等音楽院教授。
Mario Caroliはイタリア生まれ。フィルハーモニア管、東京フィル、フランス国立放送管などと共演。録音では40枚のCDをリリース。ポリーニやパユからの評価も高く、“フルートのパガニーニ”の評もある。
 
“歌曲王”シューベルトは自作のドイツ歌曲を室内楽の素材として用いている。早世したシューベルトが晩年ともいえる27歳の時に書いた作品。“美しき水車小屋の娘”、“ロザムンデ”、“死と乙女”の旋律も入れている。これまでの彼の短い人生で起きた様々なことを振り返っての想いが込められてるような気がした。(*冒頭の解説ではベートーヴェンの第7交響曲の第2楽章のメロディも使われているという話もあった。)

背の高い細身のカロ―リは踊るような仕種で楽器を吹きながらリズムを取ってフルートから美しい音を自由自在に引き出していた。音の魔術師のような世界に浸れた。ピアノのヴァリッシュもヴェテランで様々な色合いの音を生み出せる達人に思えた。

後半の「ます」は何十年も前から聴き親しんだメロディがふんだんに出てくる。このピアノ五重奏曲は1819年、シューベルト22歳の時の作品。この作品の楽器編成は特徴的である。ヴァイオリンがひとつでコントラバスが使われている。ピアノと弦楽器が対照的な音となってバランス良く聴こえた。コントラバスの低音が素晴らしい調和を生み出したように思えた。5楽章編成。全曲が明るい雰囲気に満ち溢れた魅力的な作品。第4楽章で弦楽のみの合奏で《歌曲「ます」》の主題が奏されたのが特に印象に残った。

弦楽器奏者は4人ともに東京藝術大学卒。白井 圭(Kei Shirai)は1983年、トリニダートトバゴ生まれ。2001年日本音楽コンクール第2位、2009年ミュンヘン国際音楽コンクール第2位、ハイドン国際室内楽コンクール・ピアノトリオ部門第2位。ソリストとしてはウィ-ン楽友協会でのリサイタルやチェコ・フィルなどと共演。2011年ウィ-ン・フィル日本ツァーに現地から参加。現在、いくつかの室内楽のメンバーとしてヨーロッパで活躍して、神戸室内管のコンマスも務める。

佐々木 亮(Ryou Sasaki)は1969年生まれ。ジュリアード音楽院卒業。91年日本現代音楽協会室内楽コンクール第1位、92年東京国際音楽コンクール室内楽部門第2位、アスペン音楽祭、マールボロ音楽祭に参加。2つの大学卒業後はソロ、室内楽、オーケストラ奏者として全米各地で演奏活動を行う。ニューヨーク・リンカーンセンターでのリサイタル、内田光子やヒラーリー・ハーンなどとの共演は特筆される。2004年N響入団、08年首席奏者、同時にソリスト、室内楽奏者として幅広く活動している。

花崎 薫(Kaoru Hanazaki)は1981年第50回日本音楽コンクールチェロ部門第3位。東京芸大在学中にベルリン芸術大学に2年間留学。86年にもドイツ留学。89年エルデーディ弦楽四重奏団結成。11年、長年にわたって首席チェロ奏者を務めた新日本フィルを退団。現在、愛知県立芸術大学教授。

吉田 秀(Shu Yshida)は1963年生まれ。東京藝術大学管弦楽研究部首席奏者を経て、91年N響に入団。現在、首席奏者を務める。デュメイ、ズーカーマン、キュッヒル、クレーメル、ピリス、アルゲリッチ、カルミナ弦楽四重奏団などと共演。霧島国際音楽祭、宮崎国際音楽祭に参加。東京藝術大学準教授、東京音楽大学客員教授。

弦楽四重奏団の演奏会は増えているが、珍しいデュエット、トリオ、クインテットの演奏機会は多くない、今回のプログラミングは大変良かった。音楽監督が力を入れて取り組んだ成果と言えよう。今年のPMFでコントラバスとハープの二重奏が楽しめたが、コントラバスを生かしたプログラムがあると面白い。素晴らしい室内楽ホールの良さが生きる意欲的なプログラミングを今後とも期待したい。



HIMESオーケストラ Vol.5

HIMES オーケストラ(Hokkaido International Music Exchange Society Orchestra)は2012年設立。毎年夏に開催される演奏会は今年で5回目を迎える。指揮者は新田ユリ。彼女はシベリウス演奏のスペシャリストで現在は日本シベリウス協会会長、愛知室内オーケストラ常任指揮者。昨年11月にはシベリウス生誕150年を記念して“祝祭シベリウス・フェスティバル in SAPPORO”でオール・シベリウス・プログラムの指揮も担った。

ハイメス・オーケストラはハイメス会員、札響メンバー、同OBなどのプロ奏者と一部のアマチュア奏者で組織されている。第1回と第3回演奏会に続いて聴くのが3回目。札幌地下鉄東西線の西側の終点・宮の沢駅に続くビル内にある《ちえりあホール》に足を運ぶのは2年ぶりである。

2016年8月11日(木・祝) 17:00開演  ちえりあホール

〈Program〉
 リスト:前奏曲 S.97/R414
  シューベルト(リスト編曲):「ミニョンの歌」より「この装いをお許しください」D.877-3
                  糸を紡ぐグレートヒェン D.118
                  (ソプラノ:松井亜樹)
 リスト:死の舞踏 S.126/R457 (ピアノ:荒川ジャスミン茉莉子)
 リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」

リストに焦点化したプログラミングが特徴のコンサート。R.コルサクフの作品もリストに献呈さてている。2人の優れた作曲家のオーケストレーションの巧みさを堪能する機会になった。

リスト(1811-86)はフランスの詩人ラマルティーヌの「詩的瞑想」を読んでいるうちに感銘を受けてこの「交響詩」を書いたという。“交響詩”は文学や絵画を音楽で表現する作品としてリストが広げた分野である。
人生にはいくつかの前奏曲があることで人間の愛、悩み、争いが人生の記録として描かれている。第1部は“死”を暗示する第1主題と“愛の歌”の第2主題。第2部は“嵐”、第3部は“田園”、第4部は“戦い”で最後に最後は輝かしい行進曲で幕を閉じる。
文学的標題をとりながら写実的に表現されている曲で味わい深い。
〔人間はいつかは死ぬ。愛に囲まれて生活していても嵐に襲われてしまう。田園で平和を求めようとしても、人は幸せを味わい続けてはいられない。危険を告げるラッパを聞いて戦いに挑まなければならないこともある。やがて自分を取り戻して自分の生き方を見つける。〕 「前奏曲」を以上のような解釈をしながら鑑賞してみたのは初めてのことである。
カラヤン指揮ベルリン・フィルの輸入盤で聴き続けていたのでメロディには親しんでいた。コンサートでも偶に聴くことはあったがストーリーを思い描きながら聴いたにのは初めてで良い経験となった。オーケストラの金管の総奏が今ひとつだった気がした。

オーケストラをバックにドイツ・リートを歌った松井亜樹はラフマニノフを中心としたロシアの歌曲を歌ったのを2度ほど聴いたことがあった。選曲やロシア歌曲との違いもあるのだろうが、前2回より声量が豊かで高音が良く響いてレヴェルが高い歌唱になっていると感じた。帰りに出会った友人も好印象の感想を述べていた。

「死の舞踏」は1838年にイタリアのピサで見たフレスコ画「死の勝利」にインスピレーションを得て作曲を始めたとされる。1849年に完成し、53年と59年に改定されている。65年にリストの娘婿ハンス・フォン・ビューロのピアノで演奏されたが評判とはならず、67年のワルシャワ、ロシアの演奏会で成功したそうである。この作品はビューローに捧げられた。〈“怒りの日(Dies Irae)”によるピアノと管弦楽のためのパラフレーズ〉であるが形態としてはピアノ協奏曲である。(*サン=サーンスの交響詩「死の舞踏」、ベルリオーズの幻想交響曲にも“怒りの日”の旋律が用いられている。)
曲は主題と5つの変奏曲,、そして劇的な変奏のコーダで終わる。

演奏が始まって直ちにピアニストの超絶技巧が散りばめられた演奏に引き込まれた。
荒川茉莉子は北海道生まれ、東京藝術大学卒業。2005年第17回ハイメスコンクール〈ピアノ部門〉第1位。インディアナ大学に学び、欧米で活躍し、海外数ヶ国の音楽大学でマスタークラス開催。2013年インディアナ大学で音楽博士号取得。彼女のプロフィールを見て、かなり実力のある経験豊富なピアニストと分った。15分余りの感動的な演奏はホールを埋めた聴衆の心を掴み演奏終了後の万雷の拍手は凄かった。素晴らしい見事な演奏だった。演奏会で聴く珍しい曲で非常に面白かった。

演奏会前に手持ちのCDを探したが見つからなかった。「死の舞踏」は管弦楽曲と思い込んでいた。実際はヒュー・ウルフ指揮フィルハーモニア管とベレゾフスキーのピアノで「リスト・ピアノ協奏曲集」に収録されていた。20年ほどは聴いていなかったので今回は全く新鮮な曲として聴けた。コンサートで生で聴いたのも初めてのような気がする。そんな経緯もあって大いに楽しめた。

後半はリムスキー=コルサコフ(1844-1908)が1888年に描いた豪華なアラビアンナイトの物語。彼がアラビアンナイトから受けたイメージを音楽にした傑作。
4曲構成。第1曲:海とシンドバッドの船、第2曲:カランダ―ル王子の物語、第3曲:若い王子と王女、第4曲:バクダッドの祭り、海、青銅の騎士の立つ岩での難破、終曲。

〈昔、トルコ王シャーリアルは妃となった者を初夜に全て殺していた。何番目かの妃に選ばれたシェエラザードは面白い話を毎晩聞かせて王の気をそらして千一夜も話を続けた。シャーリアル王は優しいシェエラザードの心に包まれて残忍な復讐心が消えていた。〉という有名な物語。

札響のコンサートマスター大平まゆみが弾くシェエラザードのヴァイオリンの優しい音色が全編にわたって響き渡る。曲中の大海原の状景も描かれた。トロンボーン、トランペット、クラリネット、ファゴット、フルート、オーボエなど木管・金管ソロ奏者とハープ、ティンパニ奏者も随所で活躍してオーケストラ全体の融合が上手くいっていた。さすがプロが入って要所を抑えると曲が引き締まる。
アマチュアで活躍している人もプロとの交流で刺激を受けて引き続き研鑽を積み重ねることを願う。

毎年来札してHIMESオーケストラを率いている新田ユリは札幌の音楽の発展に今や欠かせない存在である。プロもアマもお互いに切磋琢磨して音楽の楽しみを市民に広げる努力を続けていってほしいものである。

「イグアスの滝」観光の思い出

南米旅行に出かけたのが2年前の3月末。ペルーのマチュピチュを目指した。私のブログはコンサートの記録が中心だが帰国1年後にテレビ番組を見て《マチュピチュ村を創った日本人》と題して珍しいブログを書いた。当時、興味深く読んでくださった方が大勢いた。いずれはリオ・デ・ジャロネロ・オリンピックの折に《イグアスの滝》についても書いてみようと思っていた。

マチュピチュ観光を堪能してクスコに1泊した翌日は飛行機でペルーの首都リマ経由で空路イグアスへ向かった。4時間余りの飛行時間は偶々隣り合わせに座ったオーストラリアの観光客と親しくなって会話が弾んだ。40年前に2ヶ月程オーストラリア各地を訪れたこともあって話題は尽きなかった。彼らの旅行の日程は3週間くらいは普通。20名ほどの団体だが、マチュピチュには山を数日かけて登るグループと幾つかのグループに分かれて日程を組んでいるようだった。オーストラリアから南米に来るのは長旅だと思ってしまったが後で同じ南半球の国で日本よりずっと近いことに気づいた。南米には日本より気軽に渡って来れるのだ。(何十年か前に沖縄を訪れた時の台湾観光客に出会った折にも似たことがあった。つい自分中心に考えてしまう結果である。)
ブラジル到着前に機中からイグアス川と延々と続く滝の姿も目にできてワクワクした。

ブラジル側のフォス・ド・イグアス国際空港に到着。ブラジルは入国審査が厳しい。日本出発前もブラジル旅行に際してビザを取得する手続きが大変手間がかかって驚いた。旅慣れたオーストラリアの観光客もパスポートの有効期間で引っかかって一行の入国に時間がかかったようであった。

ブラジル入国日は私の誕生日だった。ホテルの夕食会場となった大きなレストランではグランドピアノから音楽が流れていた。間もなく“Happy Birthday to You !”のメロディが流れてきて、気付くと巨大なケーキを持ったボーイがテーブルに近づいてきた。旅行会社の添乗員から贈り物も戴き、約20名の旅の仲間からも祝福してもらったのは未だ忘れられない思い出である。


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3月29日はアルゼンチン側からのイグアスの滝の観光。滝への玄関口となる街はブラジル側がフォス・ド・イグアス、アルゼンチン側はプェルト・イグアスである。宿泊したブラジル側のホテルからアルゼンチンの街に入る。写真左上はアルゼンチン、パラグアイ、ブラジルの三国国境地点で撮ったもの。アルゼンチン側のイグアス国立公園(PARQUE NACIONAL IGUAZU)に入場。トロッコ列車に乗って「悪魔のノド笛」と呼ばれる滝の落下の様子を直前で見られるポイントから撮った写真が右上。滝の落差が最も大きく常にしぶきが降りかかるポイントで轟く音の迫力が物凄かった。
午後は自由行動で国立公園内の小高い様々な場所から滝の姿を鑑賞した。妻は上下のカッパを用意して約20人乗りの小型ボートに乗船して滝の落下点近くまで出かけた。
翌日午前の降雨確率が高いため午後4時過ぎにブラジル側に移動してヘリコプターに搭乗して上空から滝を鑑賞した。


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翌日の30日は正午にホテルを出発してブラジル側のイグアス国立公園(PARQUE NACIONAL DO IGUACU)に入場。公園内に作られた歩道を3時間ほどかけて滝の雄大な景色を様々な角度から鑑賞。予想を超えた滝の数の多さに圧倒され、滝の素晴らしさを堪能した。
50年前に《ナイアガラの滝》を訪れてアメリカ側とカナダ側から鑑賞したが、鑑賞にかけた時間と鑑賞地点の数の違いもあるが《イグアスの滝》が予想以上に断然凄かった。

現在はtwitterは行なっていないが、昨年イグアスの滝に虹が架かった美しい光景をツィッターの画面で見てつぶやいたことがあった。確か今年のオリンピック期間中にも現れる現象だと聞いた気がする。

Rio Olympicsが始まった。華やかな開会式も無事終了してこれから2週間はテレビに釘付けとなる。日本選手の活躍をワクワクしながら見守りたい。



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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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