時計台ボランティア活動(7)

時計台ボランティア活動を始めてから8年目に入るが昨年は病気入院もあって余り活動が出来なかった。今年度は例年より1ヶ月早く5月から始まった。先月は体調も回復して6回活動が出来た。今月は結果的に3回だった。外国人の来館者は例年と少し違った傾向としてタイやマレーシアの観光客が多い印象を受けている。タイからの来館者でタイ語を使わない人が増えているようである。英語での説明が歓迎されている。

1876年(明治9年)に日本最初の農学校として開校した旧札幌農学校(*北海道大学の前身)の演武場は1906年(明治39年)に札幌区に移管された。演武場(Military Drill Hall)は初代教頭クラーク博士の構想に基づいて第2代教頭ホイラーが平面プランを作成し、安達喜幸の設計により1878年(明治11年)に完成。当時の建物には時計はついていなく屋根の上に鐘楼があった。北海道開拓使長官黒田清隆の指示で鐘の代わりに時計を設置することになった。ホイーラー(Wheeler)は米国マサチューセッツ州ボストンに時計機械を発注し、1881年(明治14年)に現在の時計塔が完成した。

明治時代に日本に設置された72台の時計台のうち現在でも動き続けている時計は札幌市時計台だけである。札幌が誇る貴重な文化財なのである。北海道と姉妹提携を結んでいるマサチューセッツ州から札幌市時計台を訪れる人たちもいる。ホイーラーの出身地マサチューセッツ州コンコード(Concord)から市の関係者やホイーラーの出身高校の教師が来札したこともある。数年前にはコンコードの高校生数十名が修学旅行で来館して歓迎会が開かれた。(*高校生の引率責任者が1972年札幌オリンピック以来の来札だと挨拶で語っていたのを思い出した。) 訪問団一行は度々札幌市時計台を訪れている。

絵も得意なボランテイアが紙芝居を作って日本語や英語で「時計台の歩み」を来館者に紹介した時には数回、彼の活動を見守ったことがある。80歳を超えて新しい試みに挑戦した彼の活動は新聞やテレビで話題になった。残念なことに彼は逝去したが彼が作成した紙芝居を発展的に引き継ぐ活動が行なわれている。20枚ほどの絵で約20分ほどかかる日本語版、英語版のほかに中国語版も作られた。
私は昨年、日本語版と英語版をそれぞれ1度上演する機会を持った。丁度1年前の6月28日午前のシフトに当たっていた時に時計台館長からアメリカ人2人の対応を依頼された。彼らは北海道・マサチューセッツ州姉妹提携25周年訪問団のコンコード出身の2人。30分程度での案内を依頼されたので紙芝居を披露することにした。私としては初めての経験であったが、一応順調に事を運べた。何度か来札経験のある年配者と若いブラスバンドのコンダクター。私の学んだフロリダ州立大学の話が出たら、若い人が同じ大学出身と知って驚いていた。札幌白石高校の吹奏楽部と交流を図ったらしい。東海第四高(*現東海大札幌)の話をしたら初耳と言っていた。当時の来館依頼書のコピーが手元にあって懐かしく思い出した。
日本語での紙芝居は十数名が集まり関心を持って聴いてくれた。

昨年の経験を基に今年は既に英語で3回、日本語で1回実施してみた。最初はマサチューセッツ州からの来館者。一人旅で北海道が姉妹州とは知らなかった。今年2回目は対象がマレーシアの学生。引率の教師と思われる人を含めて7名が実に熱心に時計台のストーリーを楽しんでくれた。とても真面目な研修生の印象を受けた。昨日はフランスの女性で鑑賞の後に“日本の文化を味わった”と感想を述べてくれた。紙芝居という言葉に反応していたので日本の知識をある程度持っていたようであった。お国を訊いたら英語流でなくてフランス語流の鼻にかかった独特の発音で心地よさを味わった。

昨日はサンフランシスコから4人家族が来館。子供は“Where are you from?”に“USA.”、“What state?”に“California.”、“What city?”に“San Francisco.”と子供らしい反応で即答。“I visited San Francisco fifty years ago.”と話していたら思わず両親も加わって話が弾んだ。両親と話していると動き回る2人の息子が着ていたユ二フォームにファイターズYOHとサッカー選手MESSIという名を見て微笑ましかった。イタリアの家族は日本語が話せるという男の子に話しかけてみたら恥ずかしそうで反応がなかった。母親に日本語で時計機械の説明をしたらとても興味を持ってくれた。
昨日は暑い1日だったが、新渡戸稲造を始め農学校の卒業生や教授陣の話などにも話が及びゆっくり落ち着いた雰囲気で説明を聴いてくれる来館者が目立って充実した活動ができた。

※書斎として使っている部屋に数年前からコンコードのお土産としてもらったトランプを置いていた。孫が来宅した時にトランプをするが、人物が描かれているカードで使った事がなかった。今回たまたまコンコード名物のカードの中身を見てみた。カードには13名のコンコードゆかりのアメリカの有名人の名があった。Emerson、Alcott、Hawthorneの名を見つけてビックリした。エマーソン(1803-82)はアメリカの随筆家、詩人。オールコット(1832-88)は“Little Women”「若草物語」の著書で有名なアメリカの女性作家、ホーソン(1804-64)は“The Scarlet Letter”「緋文字」などで有名なアメリカの小説家。

3人の作家とも原書で読んだことがある。特に“The Scarlet Letter”は英文学の授業で大学3年時の担任であった教授から仲間と一緒に学んだ小説である。英語科の担任であったその教授とは卒業以来交流が続いて毎年札幌市内で英語専攻の仲間8人ほどが集まって会合を開いている。教授は2年前に91歳で亡くなられたが、奥様も会合に出席する関係が続いていて、ロスアンゼルス在住の仲間も毎年6月6日には札幌に来て交流会が続いている。

コンコードはWilliam Wheelerの出身地で彼は札幌農学校に足跡を残しているだけでなく、札幌市水道記念館にも彼の専門書があり、札幌の水道事業にも貢献したようである。彼の出身校の学生や教師が偉大な先輩の業績を知るために札幌を訪れてくれるのは喜ばしいことである。
孫が来札した折にはコンコードから贈られたカードを使ってトランプ遊びをしてみようと思う。
スポンサーサイト

アレクサンデル・ガジェブ(浜松国際コンクール優勝者)ピアノリサイタル

〈浜松市・札幌市 音楽文化交流都市交流事業〉

浜松市と札幌市は音楽文化の交流を行なっている。浜松国際ピアノコンクール優勝者/札幌市長賞受賞者が札幌での演奏会に毎回参加している。2009年第7回の優勝者、韓国のチョ・ソンジンがPMF2010のオープニングコンサートでPMFオーケストラと共演して「チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番」をKitara大ホールで演奏した。2012年第8回の優勝者、ロシアのイリヤ・ラシュコフスキーは札幌芸術の森でおこなわれたPMF2013オープニングコンサートで「リスト:ハンガリー狂詩曲第2番とラ・カンパネラ」を演奏。
2015年第9回の覇者イタリアのガジェヴが昨日のKitara 小ホールで大々的なリサイタルを開催した。
今回のKitara 小ホールでのリサイタルは第4回浜松国際ピアノコンクール優勝者ガヴリリュク以来のことである。

2016年6月24日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈プロフラム〉
 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 作品110
 ショパン:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ長調 「葬送」 作品35
 J.S.バッハ(ブゾーニ編曲):シャコンヌ ニ短調 BWV1004
 リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調

現在では比較的に聴き慣れた曲ばかりとはいえ、4曲とも力の抜けない大曲。プログラミングに力が入っていると思った。
ベートーヴェンの後期三大ピアノ・ソナタに親しみを覚えるようになって5.6年になる。それまでは曲にタイトルの付いた曲ばかりを聴いていた。この数年はコンサートで取り上げられることも多くなったので、親しみのある旋律も増えた。叙情的な味わい深いソナタとなってベートーヴェンの内面性もより印象深く感じ取れる。

ショパンのソナタ「第2番」「第3番」はコンサートで何十回も聴いているが、毎回曲の素晴らしさを味わっている。特に印象的なのは《第2番》の第3楽章「葬送行進曲」。久しぶりで1階6列9番の席に座ってピアニストの運指がはっきり見れた。第1楽章の打鍵の強さと運指の素早さは想像以上であった。激情的な表現と穏やかで柔和な心の動きの対比がよく出ていた。特に葬送での清らかな音楽が心に響く。
※「葬送行進曲」には今までに忘れられない思い出が2つある。1つは昭和天皇が崩御した昭和64年1月7日。当日は初めて聴くブーニンのコンサートが行なわれる日になっていた。電話でコンサートの開催を確認して会場に足のを運んだ。開幕前に“演奏終了後の拍手はご遠慮ください”とアナウンスがあった。緞帳が開いて「ショパン:葬送行進曲」が奏でられた。(*1989年1月7日の出来事)
もう1つは09年ケマル・ゲキチのコンサートでの出来事。ショパンの全曲バラードやリストのロ短調がメインで2時間に及ぶコンサートの後にアンコール曲が4・5曲は演奏された。そのうちの1曲が9分近くかかる「葬送行進曲」だった。30分にも及ぶアンコール曲を披露してくれたが忘れ難い思い出となっている。

ブゾーニ編曲のバッハの「シャコンヌ」はここ2・3年コンサートでよく聴く。〈無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番の第5楽章〉でクレーメルやハーンの演奏で耳にしている馴染みの旋律。ヴァイオリン曲として聴く習慣を身につけたせいか、全曲の流れの中で聴く「シャコンヌ」は何といっても雄渾で壮大な音楽。ピアノ曲で聴く音としてかなりの音量を意図的に出したのだろうが、バッハのイメージがピッタリこなかったのが正直な感想。

リストの曲で「ロ短調」を意識し出したのは10年くらい前。リヒテルとアルゲリッチのCDを持っていたが、ピアノ協奏曲2曲と一緒に収録されていて、そのことに気づいたのも5.6年前のことであった。リストの他の作品と違って演奏会の曲目になることも殆どなかった。今回の演奏会で聴くのは久しぶりだった。リストが試みた大胆で革新的な曲作り。演奏者の生演奏を見ているだけで心が躍る。CDでよほど集中して聴いていないと伝わらない音がライヴでは演奏技術が眼前で刻々と繰り広げられた。これほどの迫力で演奏される曲を目の当たりにして名状し難い気持ちになった。とにかく30分に亘る圧巻の演奏は聴衆の度肝を抜いた。

演奏終了後の万雷の拍手は割れんばかりであった。精力を使い果たしたと思われたが続いて2曲のアンコール曲を披露した。超絶技巧に満ちた曲は21歳の若者のエネルギーの凄さを感じさせた実に力強い演奏だった。最後は美しい旋律の馴染みの曲でリサイタルを締めくくった。
アンコール曲は①ドビュッシー:12のエチュード 第11曲 “組み合わされたアルペッジョのための“、②プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番 第3楽章 Precioitato、③ドビュッシー:前奏曲集 第1集 第8曲「亜麻色の髪の乙女」。

※過去の浜松国際ピアノコンクールの優勝者や入賞者はその後の活躍も目覚ましく、16歳で優勝したガブリリュクは今や若くして巨匠と呼ばれる活躍をしており、15歳で優勝したチョ・ソンジンは前回のショパン国際コンクールでも見事な優勝を飾った。20歳で優勝を果たしたガジェヴの今後の活躍は期待大である。

レナード・スラットキン指揮 フランス国立リヨン管弦楽団

〈Kitaraワールドオーケストラシリーズ〉

Leonard Slatkinは1944年、ロスアンジェルス生まれ。インディアナ大学、ジュリアード音楽院で学ぶ。1979年にセントルイス響の音楽監督に就任して、同響をアメリカのトップレヴェルのオーケストラに成長させた。80年代後半にはニュ―ヨーク・フィルの次期音楽監督の話もあった。96年にセントルイス響を離れ、ワシントン・ナショナル響音楽監督(96-2008)を務め、2008年からデトロイト響の音楽監督に就任、2011年からはフランス国立リヨン管音楽監督も兼任。バーンスタイン亡き後のアメリカの指揮者として世界中のほぼすべての一流オーケストラに客演している。

レナード・スラットキン指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の日本公演が開催された1988年は私が札幌に転勤してきた年であった。その折のプログラムが手元にあった。全国7都市10公演。当時の日本ツアーの演奏曲目は全公演同一プログラム。《ウォルトン:序曲「ポーツマス」》、《ドヴォルザーク:チェロ協奏曲(チェロ独奏/堤 剛)》、《チャイコフスキー:交響曲第5番》。

当時は札幌交響楽団定期会員になっていてコンサート通いも年20回ほどであった。98年からは札幌コンサートホール開館に伴う海外オーケストラやソリストの来札もあって年4・50回に増えた。その後、札幌ドームでの野球やサッカー観戦も増えて02年から数年は30回程度に減ったが、ボランテイア活動を始めた07年からはKitara通いが年60回に達していた。ここ4年は年80回になっている。
この機会に28年前のスラットキンの札幌公演を懐かしく思い起こした。当時からスラットキンはレヴァイン、M.T.トーマスと共に現役のアメリカ指揮界の“御三家”と呼ばれてきた。3人ともコンクール歴は特になく、ヨーロッパ留学体験もなく、生まれも育ちも米国である。レヴァインもトーマスも指揮台に立ち続けている。スラットキンがセントルイス響の名声を高めた話は世界に知れ渡っている。2013年のヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール(*09年辻井伸行優勝)のファイナルでフォートワース響の指揮をしていた姿をオンデマンドで観ていた。4月にN響に客演した様子がEテレで3週にわたって放映された。スラットキンがトランス=シベリア芸術祭にも参加した姿が3日前のコンサートのプログラムの写真にも載っていた。彼の世界的な活躍ぶりが窺がえた。

リヨン国立管弦楽団(Orchestre National de Lyon)は1969年創設の新しいオーケストラ。クリヴィヌの音楽監督時代(1988-2000)に国際的な評価が確立して、日系の準・メルクル(2005-11)に続いて2011-12年シーズンからスラットキンが音楽監督に就任。リヨン歌劇場のオーケストラを兼ねている。リヨン管を4管編成のオーケストラで今回の来日メンバーは104名。(*日本人女性奏者3名)。

2016年6月23日(木)  19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 ラヴェル:スペイン狂詩曲
       高雅で感傷的なワルツ
       ダフニスとクロエ 第2組曲
 ムソルグスキー(ラヴェル/スラットキン編曲):組曲「展覧会の絵」  

《スペイン狂詩曲》はラヴェル(1875-1937)初の大オーケストラのための作品。4曲構成でスペインのエキゾティックな雰囲気が漂う曲。第1曲「夜への前奏曲」は南国スペインならではの夜の情景が描かれる。第2曲「マラゲーニャ」。第3曲「ハバネラ」のタイトルからもスペイン情緒が漂う。第4曲「祭り」では人々の大騒ぎする模様が生き生きとしてラヴェルの特徴がよく出ている色彩豊かな音楽。

《高雅で感傷的なワルツ》はピアノ独奏曲がオリジナル。“シューベルト風のスタイルで作曲”とラベル自身が述べている。彼が大好きだったウィーンナ・ワルツをラベル流に表現したのだろう。オーケストラへの編曲は1912年でバレエ曲としてパリで初演された。第1曲から第8曲。1曲1分~3分程度の7曲のワルツと第8曲のエピロ―グから成るフランス風の典雅な雰囲気を持つ曲。

《ダフニスとクロエ》はミシェル・フォーキンの台本に基づく、合唱を伴った3部からなる舞踏音楽。ラヴェル作品の中で最大の傑作とされる。4世紀のギリシャの詩人が書いた牧歌劇羊飼いの少年と美しい少女クロエの幼い愛、やがて幸せに至る物語。バレエ音楽は第1部~第3部までの3部構成。管弦楽曲版はバレエの全曲版からから抜粋して「第1組曲」と「第2組曲」が作られた。

今回の《第2組曲》は演奏会で取り上げられる機会は多いが、今までに聴いた記憶はあまりない。楽しみにしていた曲。第1曲「夜明け」、第2曲「パントマイム」、第3曲「全員の踊り」の3曲構成。鳥のさえずり、羊飼いの遠い笛の音で明けてゆく「夜明け」の響きが秀逸。フルート・ソロで始まる得も言われぬ美しさの第2曲には思わず聴き惚れた。第3曲「全員の踊り」では幻想的で壮大な美しさがトゥッティで爆発的に広がって圧倒的なフィナーレ! まさに本日の圧巻といえる音楽であった。ドラマティックな展開を見せるストーリーは実際にバレエを鑑賞してみたい気持ちにさせられた。

ドビュッシーとは違う現代音楽の作曲家としてラヴェルが作り上げた音の世界に浸った時間はすがすがしかった。みずみずしく、ロマンティックな詩情に溢れる音楽を綴ったスラットキン率いるリヨン管の演奏に惹きつけられた。

後半の「展覧会の絵」は何度も演奏機会がある名曲で敢えて詳しい言及は避ける。2014年10月、ケント・ナガノ指揮モントリオール響でもこの曲を聴いたが、フランス系のオーケストラは管楽器が得意な印象を再び強くした。“管弦楽の魔術師”と言われるラヴェルの異才を改めて感じた。
スラットキンは情熱的で生き生きとした指揮ぶりが持ち味だと思うが、オーケストラから引き出す音は見事だと思った。今回は彼自身の編曲だというが細かいことは具体的には判らなかった。
聴き慣れた曲とあって演奏終了時にはブラヴォーの声が飛び交った。アンコールに応えてスラットキンが日本語で“ありがとう”と言って、アンコール曲をゆっくりとした話し方の英語で紹介した。2曲続けて演奏された曲は①オッフェンバック:オペラ《ホフマン物語》から「ホフマンの舟歌」②スラットキン:ツイスト・カンカン(*フレンチ・カンカンのアメリカ版)。和やかな雰囲気の裡にコンサートは終了。

フランス第2の都市リヨンを本拠地とする国立リヨン管によるオール・ラヴェル・プログラムと言えるプログラムのコンサート。ラヴェルだけにフォーカスしたフランス音楽を充分に楽しんだ。

帰りのサイン会に多くの人が列をなした。スラットキンは一人一人に“Hello”と声を掛けて気軽にサインに応じていた。私の番が来て、コンサートの感想を述べて28年前のロンドン・フィルで聴いた話をしたら、ビックリした様子で札幌公演のことは忘れていたようで場所を尋ねてきた。Kitaraでないことを知って、付き人に“新しいストーリーが始まった”と喜んでいた。人柄もおおらかで好印象の音楽家!長い列に並んでいる人のことを考えて余り深入りせずにその場を離れた。

※今回の日本ツアーは札幌で始まり、奈良、大阪、東京、名古屋で終る7公演。大阪・東京ではジョン・ウィリアムズのスピルバーグ映画特集のステージも用意されている。スラットキンのレパートリーの広さを物語るコンサートになるだろう。




  
 

トランス=シベリア芸術祭(レーピン&諏訪内&マイスキー&ルガンスキー)

TRANS-SIBERIAN ART FESTIVAL (トランス=シベリア芸術祭)in Japan 2016
 ~札幌=ノボシビルスク姉妹都市交流、シベリア・北海道文化センター20周年記念~

2014年よりレーピンが故郷ノボシビルスクで芸術監督として開催しているシベリア芸術祭が今回は日本でも開かれた。レーピンはKitaraのコンサートに度々出演しているが、姉妹都市・札幌が縁で豪華な演奏家と共演する夢の室内楽公演。
レーピンは99年以来7回目、諏訪内は90年以来9回目、マイスキーは98年以来5回目、ルガンスキーは91年以来4回目になるが、現在のクラシック音楽界巨匠3人による「ピアノ三重奏曲」の演奏を胸躍る気持ちで待ち望んでいた。

2016年6月20日(月) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール
[ 出演]
 ヴァイオリン/ ワディム・レーピン、諏訪内晶子、田中杏菜
 ヴィオラ/ アンドレイ・グリチュク
 チェロ/ ミッシャ・マイスキー
 ピアノ/ ニコライ・ルガンスキー

[プログラム]
 プロコフィエフ:2台のヴァイオリンのためのソナタ ハ長調 作品56(レーピン&諏訪内)
 ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲 イ長調 作品81
            (諏訪内、田中、クリチュク、マイスキー、ルガンスキー)
 チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲 イ短調 作品50「偉大な芸術家の思い出に」
             (レーピン、マイスキー、ルガンスキー)  

プロコフィエフ(1891-1953)は1918年にアメリカに亡命し、その後9年ぶりにソ連を訪れて各地で演奏活動をした。35年に祖国に復帰する前の32年に2つのヴァイオリンのための作品を聴いて触発され自分流の作品を作り上げた。 
プロコフィエフ流の抒情性あふれる作品に仕上がっている。不協和音も入る4楽章構成の曲。

レーピン(1971- )は40歳を超えたPMF2013の来札以降、演奏技術に加えて品格が滲み出てオーラを発するア-ティストの風格を漂わせている印象が深い。
諏訪内は90年チャイコフスキー・コンクールで史上最年少優勝を飾り、Kitaraでは海外のオーケストラやピア二ストとの共演が多くあった。ライヴで彼女の演奏を聴くのは8年ぶりである。
難曲と思われるプロコフィエフの曲を音楽的に深く理解していなくても演奏の素晴らしさが伝わってきた。聴き慣れていない曲でも二人の演奏によって音楽の素晴らしさが伝わること自体が凄いことだと思った。諏訪内のヴァイオリンを操るテクニック、彼女が紡ぐ美音に改めてSuwanaiが世界一流のヴァイオリニストだと痛感した。

ピアノ五重奏曲はシューベルトの「ます」が最も親しまれている。「ます」は楽器編成がヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・コントラバスとピアノ。一般的にピアノ五重奏は弦楽四重奏にピアノが加わったもの。その意味ではシューマンやブラームスのピアノ五重奏曲が有名で、昨年は近藤嘉宏とクァルテット・エクセルシオのCDを演奏会の折に手に入れた。

ドヴォルザーク(1841-1904)の作品は47歳の時に書かれた円熟した作品。ボヘミアの民族音楽が使われ、甘美でメランコリックな旋律美にあふれた曲。4楽章構成で40分余りの大曲。ピアノ五重奏曲としてシューマン、ブラームスの曲と共に有名で演奏会で耳にしたこともあるがCDは所有していない。
マイスキー(1948- )は世界の巨匠として述べるまでもない。Kitaraで彼の紡ぐチェロの音の素晴らしさを何度も堪能している。
ルガンスキー(1972- )は8歳でベートーヴェンの32曲のピアノ・ソナタを全曲暗譜で演奏できたといわれる天才。90年のラフマニノフ・コンクール第2位で話題になり、91年札幌で聴く機会があった。Kitara には02年ロイヤル・コンセルトへボウ管、09年札響と共演。93年の事故を乗り越え94年チャイコフスキー・コンクールで1位なしの2位になって世界的反響を呼び起こしたピアニスト。その後はロシア・ピア二ズムの伝統を引き継ぐピアニストとして世界各地で活躍している。

共演のグリチュクはシベリア・イルクーツク出身。ソヴィエト国内の数多のコンクールで優勝してモスクワ・ソロイツのメンバーとして世界各地で演奏。97年にKitaraが開館した折にバシュメットと来札していたと思われる。11年の東京共演でも彼らの演奏を聴いた。93年よりベルリン・ドイツ・オペラ管首席奏者。
田中は若干20歳。12年よりレーピン財団の奨学生で、第1回からトランス・シベリア芸術祭に参加、12年ウラジオストック国際コンクール優勝。ノボシビルスク・フィルともソリストとして共演。

第2ヴァイオリンは控えめだったが、各楽器の特徴が生かされた演奏。ウクライナ民謡ドゥムカのスタイルによる演奏もありスラヴ民族の音楽が楽しめた。先日耳にした《ドヴォルザーク:ピアノ、ヴァイオリン、チェロのためのトリオ「ドゥムキー」》を思い出した。
第1曲目に続く諏訪内のヴァイオリンの響きもやはり独特だったが、チェロ独特の哀感あふれる響きは何とも言えない美しさであった。小ホールではピアノの音の響きが強すぎる印象を受けることがあるが大ホールでのピアノの響きは一段と曲を引き立てる感じがした。
演奏終了後の聴衆の反応は1曲目と同じようにブラヴォーの声があちこちで飛び交い大拍手、楽屋袖では演奏を終ったばかりの音楽家が互いに抱擁を交わしている様子が目に入った。リサイタルの時とは違う光景が見れて良かった。お互いに健闘を称える姿は一緒に音楽を作る室内楽の楽しさなのかと思った。(*ウィーン・フィルのコンサートマスターを今シーズンで退任するキュッヒルさんは以前から“ソリストになるつもりは全然ない”と語っていたのが忘れられない。音楽家それぞれの人生だが皆と一緒に作り上げる音楽の楽しさは代え難いものがあるということが垣間見えた瞬間であった。)

チャイコフスキー(1840-93)が他界した恩師ニコライ・ルービンシテイン(1835-81)を偲んで書いた作品はピアノ・トリオの中でも最も有名な曲の一つ。ロシアでは音楽家の死を悼んで「ピアノ三重奏曲」を書く習慣があったようである。ラフマニノフもチャイコフスキーの死を悼んだ作品を残している。
曲はピアノ三重奏曲としては珍しい2楽章構成。第1楽章は悲歌的楽章。ピアノの分散和音に乗りチェロが哀惜の情をたたえた第1主題が厳かに奏でられて他の楽器に受け継がれる。ピアノによる力強い第2主題。第2楽章は第1部が主題と変奏。第2部が変奏の終曲とコーダ。第2楽章の冒頭の主題はチャイコフスキーとルービンシテインふたりが楽しく過ごした回想場面。各楽器が様々な組み合わせで主題を変奏していく。変奏は第11変奏まで。第2部は第12変奏とコーダ。変奏曲主題が力強く示されて、劇的なクライマックスへ。コーダに入って弦が悲歌の主題を歌い続け葬送行進曲となり、最後はピアノの弱いリズムで静かに音が消えて行く。

この曲は14年12月、レーピンがクニャ―ゼフ(チェロ)、コロべイ二コフ(ピアノ)とトリオを組んで素晴らしい演奏をしてくれた。今回はその時の演奏を超える感激を与えられた。言葉で適当な表現が見つからないほどの感激的な演奏。こんな凄いトリオの曲は二度と聴けないのではないかというほどの感動を味わった。座席も1階7列中央で申し分なかった。

アンコール曲は出演者6人全員による演奏。「ショーソン:ヴァイオリン、ピアノと弦楽四重奏のための協奏曲 Op.21 第2楽章 シシリエンヌ」。コンサートが終了したのが9時25分過ぎ。聴衆の興奮も収まらず、出演者への拍手が延々と続いた。極めて好ましい雰囲気の裡にコンサートが幕を閉じた。

3階席とP席を除く1300余りの座席は満席状態だったのではと思うが室内楽でこれほどの聴衆が集まって、聴衆が熱狂したコンサートは珍しいと思った。ヴェンゲーロフもノボシビルスク出身の世界的ヴァイオリニストとして活躍しているが、名を成したロシア出身の演奏家で故郷を盛り上げる活躍をしているレーピンは稀有の存在ではないだろうか。今後益々の活躍を期待し、同時にトランス=シベリア芸術祭の発展を祈念する。

札響名曲シリーズ2016-2017 Vol.2 ウィ-ン (フォルクハルト・シュトィデ)

〈森の響フレンドコンサート〉
 ウィ-ン 華麗なるヴァイオリンと運命

2016年6月18日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを2000年から務めているフォルクハルト・シュトイデ(Volkhard Steude)が札幌交響楽団と共演するコンサート。今シーズン第2回の都市シリーズはウィーン。今回は指揮者なしでシュトイデがコンサートマスターとソリストを兼ねる。
シュトイデはトヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィーンのコンサート・マスターとして毎年春に来日公演を行なっている日本でも顔なじみのヴァイオリニスト。ドイツ・ライプツィヒ出身であるが、ウィーンに移住して本場ウィーンの音楽を発信し続けている音楽家。

〈Program〉
 モーツァルト:セレナード第13番 ト長調 《アイネ・クライネ・ナハト・ムジ―ク》 K.525
          ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
 ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 op.67 「運命」

《アイネ・クライネ・ナハト・ムジ―ク》はモーツァルトの作品中で最も有名で親しまれている曲のひとつ。彼が31歳の時の作品。タイトルは「小夜曲」の意味。「セレナード」はモーツァルトの時代では舞曲を含む多楽章の小編成の器楽曲。この曲のオリジナルは5楽章だったが、第2楽章が消失して全4楽章となっている。弦楽合奏。
聴き慣れた明るい軽快な調べが続く心地よい音楽が大ホールを和やかな雰囲気に包んだ。コンサートマスターがオーケストラ・メンバーの後にステージに登場するオーケストラもある。これはウィーン・フィルのキュッヒルさんは好まないスタイルらしい。今日はシュトイデが先頭になってステージに登場して着席。直ぐ演奏が始まった。そのせいか1曲目の終了後、彼だけが聴衆の拍手に応えて礼をして退場。楽員との呼吸が合っていない場面だったが、これは単なる拍手への対応だけの問題。(*札響コンマスの対応が適当でなかったようである。シュトイデも楽員は目に入らなかったようだった。これだけのヴェテラン演奏家も緊張していた表れだと思った。) 演奏の出来とは無関係の話である。

モーツァルトのヴァイオリン協奏曲5曲は全て彼が19歳の時に書かれた。彼はピアノの名手として知られているが、ヴァイオリンもかなりの腕前であったようである。当時、彼はザルツブルク大司教の下で“コンツェルト・マイスター”に任命されていて自ら演奏するための曲作りであったのではないかという説も伝わっている。
全5曲中、「第5番」が演奏機会が最も多くて親しまれている。コンサートで「第3番」を聴いた記憶は無い。オイストラフ、藤川真弓、ムローヴァのCDを聴いていて「第3・4・5番」のメロディには一応親しんでいる。生演奏で管楽器がフルート、オーボエ、ホルン各2、クラリネットやファゴットが無いのに気づいた。
優雅さと伸び伸びとした明るさを湛えた曲が特徴で、この曲の第1・3楽章は聴き馴染んだメロディ。第3楽章でのフランス風と言われる民謡調のガヴォットが印象的。ピッツィカートの弦楽器群の演奏も興味をひいた。
シュトイデのソロでのヴァイオリンの音色は魅力的で弾き振りも巧みにこなしていた。

「運命」は先週のオルフェウス室内管の余韻が良い意味で残っていた。オーケストラの規模も違って、今回は60名ほどのメンバーによる演奏。先週と同じような場所から、ステージ中央に位置したティンパ二奏者の演奏を注視した。(*前回、ステージ上手に位置したティンパ二奏者の姿が視界に入らなかった。) 第1楽章から第4楽章までの動きが見えてその活躍ぶりが楽しめた。時折、コンマスが低音弦楽器奏者に出す指示の様子も見れて、室内管でのコンマスの動きと違う弾き振りに似た仕事ぶりが伝わった。
2週続けて耳にした「運命」はやはり偉大な曲であった。
シュトイデは今年4月に広島交響楽団のミュージック・パートナーの称号を授与されて同響と「運命」を録音したという。彼にとって思い入れの強い曲なのだろうと思う。今日のコンサート前までは「運命」の選曲の意味がピンと来なかったが理由はそれなりに判った。

2日間にわたる定期演奏会と違って1回だけの名曲シリーズ。プログラムも聴きやすい曲だったのか、大ホールは9割5分以上の客入りの満席に近い状況で盛り上がった。
アンコール曲は「モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲。

辻井伸行&オルフェウス室内管弦楽団 《圧巻のべート―ヴェン》

世界的な〈オルフェウス室内管弦楽団〉の演奏を初めて札幌で聴いたのが1991年の日本ツアー。1972年創立.、Orpheus Chamber Orchestraの最初の日本ツアーは88年。91年はモーツァルト没後200年記念で1月に国内5都市6公演。当時の札幌公演会場は札幌市教育文化会館大ホール。プログラムによると全曲モーツァルト。「セレナード第6番」、「ホルン協奏曲第3番」、「セレナード第12番」、「交響曲第29番」。来日メンバーは27名で3名の日本人団員もいた。

その時から25年、今回はソリストに人気の辻井伸行を迎えてのツアー。日本国内8都市10公演が7日からスタートした。

2016年6月12日(日) 1:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈PROGRAM〉
 《コリオラン》序曲 作品62
 交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」
 ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」

べート―ヴェンの書いた序曲11曲の作品中、「レオノーレ第2番」、「レオノーレ第3番」が最も有名と思っていたが、最近の演奏会では時間配分の関係で5分~8分程度の「コリオラン」、「エグモント」、「プロメテウスの創造物」が取り上げられることが多い。《コリオラン》は暗くて悲劇的なテーマと対照的な優しい旋律のテーマを持つドラマティックな曲。近年はジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管のべート―ヴェン序曲集で聴くが、やはり生で聴く音楽は迫力が違う。

ここ1・2年「運命」をコンサートで聴く機会が多い。定番の曲でプログラムとして余り歓迎しないが、聴くたびに曲の素晴らしさは感じ取る。「運命の動機」が全楽章で関連して、第1楽章の苦悩に満ちた闘争から第4楽章の勝利の喜びに至る展開が見事に表現される。第4楽章のトゥッティー、満を持してコントラファゴットとトロンボーンが加わっての総奏は聴く者の心に感動を呼び起こした。
聴衆の反応は直ぐホール内に沸き起こった。演奏終了後の大ホールに“ブラヴォー”の声が飛び交った。自分自身にとって近年では一番満足度の高い「運命」だった。

25年前は27名だった来日メンバーが今回は39名。トランペットやトロンボーンなどの楽器を加えてレパートリーを増やした。創立以来、指揮者なしのオーケストラとしてユニークな活動で曲ごとにリーダーが変わる。ソリストとしても活躍しているメンバーたちが高度な音楽性と技術を充分に発揮できる独特の運営と演奏法を工夫して時代の流れに合わせた室内オーケストラとして成長を続けている。
前回と同じメンバーはヴァイオリン奏者3名、ヴィオラとホルン奏者各1名で5人。日本人と思われるメンバーは前回は3人で今回は5人。オーケストラはカーネギ―ホールを本拠地として定期的に日本ツアーを行なっている。
辻井伸行とは2014年に定期演奏会で共演した他にアメリカ国内や日本ツアーを行い、15年にはべート―ヴェンとモーツァルトのピアノ協奏曲のCDもリリース。

2009年以降、辻井人気が続でく日本ツアーは各地で満席状態が続くと予想される。今日の札幌は“YOSAKOIソーラン”で混み合う地下鉄を中島公園駅で降りてKitaraに向かう人の群れが切れ目なく会場まで続いた。チケット購入後に都合で来れなくなった人の空席も見えたが、ホールに入ると人々の期待感が高まっていた。

後半のステージに「皇帝」でオーケストラのリーダーを務める日本人ヴァイオリニストNaoko Tanakaが辻井伸行に腕を添えて登場。辻井は着席すると直ぐに第1楽章で独奏ピアノのメロディを奏でた。ベートーヴェン特有の華麗なカデンッアでは、息をのむようにして耳を傾ける聴衆を彼の音楽に引き込む。全曲の約半分を占める第1楽章。今日座った席はピアノの響板が効果的に響く場所でなくて座席選びに失敗したと思った。辻井の演奏は音の強弱や演奏効果を巧みに使い分けてダイナミックに演奏していた。第2楽章は自由な変奏曲形式の緩徐楽章。第3楽章はロンド形式のフィナーレ。力強い演奏に始まり、ピアノとオーケストラの白熱した掛け合いで高揚感が一段と高まって、ドラマティックなフィナーレとなる。

辻井の演奏を固唾をのんで見守っていた聴衆の割れんばかりの拍手喝采が広がった。アンコール曲は①ショパン:練習曲「革命」。2曲目は耳にした旋律で何の曲かと思っていたら途中からオーケストラも加わった。後で判ったが、②モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」より第2楽章。珍しいアンコール曲と思ったが彼らとレコーディングした曲の一部だった。
ステージの出入りで介助した田中リーダーもコンマスの仕事もあって心配りも大変な様子。辻井の出番が終わった後で、日本語で挨拶。札幌のお祭りを楽しんだ話の後、オーケストラのアンコール曲の紹介。③メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲より第3楽章「スケルツォ」。
これで終了かと思ったら、外国人ヴァイオリン奏者がとても上手な日本語による丁寧な挨拶(*聴衆から拍手!)で最後の演奏曲を紹介。④エルガー:愛の挨拶。

演奏曲によってリーダーを替え、メンバー全員が平等の立場でアーティストとして認め合って活動している様子がいろんな場面から窺がえた。同じ室内楽団と言っても、特別な運営方針があるのが垣間見えた。音楽の中身も含めて好印象を残したオーケストラ。
彼らの音楽も凄いが、辻井の集客力の凄さを彼らも改めて知ったのではないだろうか。

札響第590回定期演奏会(広上&ベルキン)

〈サブタイトル 広上と盟友ベルキン 北方の情熱〉

近年、札響との共演が多い広上淳一がシベリウスとショスタコーヴィチを指揮する。ソリストはロシア・ヴァイオリン界の巨匠、ボリス・べルキン。1997年、アイザック・スターンに招かれて宮崎国際音楽祭に参加。日本では広上との共演が多く、2000、03、08、11年など日フィルやN響に客演。06年にはアシュケナージ指揮N響とも共演している。
ベルキンは広上の親友で海外公演での共演も多くて、二人共演のシべリウス、ブルッフ協奏曲の録音もしている。二人の共演による「シべリウス:ヴァイオリン協奏曲」をKitaraで聴くのを楽しみにしていた。

Boris Belkinは1948年生まれ。73年にソ連国内コンクールで優勝した後、74年に西側に移住。その後、ボストン響、クリーヴランド響、ベルリン・フィル、フィラデルフィア管、イスラエル・フィル、バイエルン放送響など次々とメジャー・オーケストラと共演して、名曲の録音も多い。広上&ロイヤル・フィルとのショスタコーヴィチ、グラズノフ協奏曲の録音もある。

2016年6月11日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 シべリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
 ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 作品65

4大ヴァイオリン協奏曲に劣らずコンサートで演奏される機会の多いシべリウスの曲。自己所有のCDの枚数もベートーヴェン、ブラームス、メンデルスゾーン、チャイコフスキーに次いで多い。聴き慣れてはいるが、今月末に来札するレーピンと諏訪内によるシベリウス2枚のCDを予め聴いておいた。1904年に初演された当時は好評は得られず、1935年ハイフェッツの録音によって名曲の評価を高めたと言われる。
シベリウス(1865-1957)はウィ-ン・フィルのヴァイオリン奏者を目指したが試験に落ちて作曲家になったと言われているが、我々が彼の数々の名曲を楽しめるのは不思議な縁と言えよう。

ベルキンの日本での知名度はクレーメルやパールマンほど高くはないが彼らと同世代のヴィルトゥオーソ。第1楽章の始めに奏でたヴァイオリンの音色に惹き込まれた。全曲のほぼ半分を占める第1楽章にはカデンッアも入るがベルキンの演奏は派手さはなく渋い味で淡々と音を紡ぐ。3つの主要主題が絡んで曲の魅力が増す。透明感のある第2楽章。第3楽章は活気のある華やかなフィナーレ。北欧の寂寞感を湛えた名曲に魅せられた30分余りの時間がアッという間に過ぎた。

ステージでいつものソリストが位置する場所より後ろに下がっての演奏。控えめな立ち位置ではあったがオーケストラに音が吸収されることは無かった。客席からは指揮者の身体の動きが良く見えて、結果的に指揮者、オーケストラと対等に渡り合っている姿が浮き出て好印象を受けた。プログラムに載っていた広上の話ではベルキンとの共演は世界中で50回以上になるという。二人の相性は音楽面だけでなく、人間的にも共通するところがあって交流が深いようである。とにかく素晴らしい名演奏が聴けて良かった。

演奏終了後にあちこちからブラヴォーの声も上がって、アンコール曲を期待する聴衆の拍手も一段と大きくなったがアンコール曲は無し。

ショスタコーヴィチ(1906-1975)の交響曲は15曲。全15曲中で比較的に演奏機会の多い曲は第5番と第11番。近年では第10番が2回演奏された。「第8番」は2010年2月札響定期(指揮:高関健)以来で今回が札響演奏歴2回目。今年はショスタコーヴィチ生誕110年を祝っての演奏会が国内でも例年より多いようである。Kitaraでも8月のPMFオーケストラ演奏会でゲルギエフが「第8番」を演奏する予定。

ショスタコーヴィチの曲を聴き始めたのは彼の生誕100年になった10年前である。その年に弦楽四重奏曲を含めて10数枚CDを買った。「交響曲第15番」など興味を惹く曲もあるが、彼の曲の鑑賞は難しい。コンサートの曲目になった時に予め聴くくらいで好んで耳にすることは無い。ピアノ協奏曲は特別である。

「交響曲第8番」は第二次世界大戦中の1943年に作曲された。悲劇的な性格を持つ作品。いろいろな人生模様がドラマティックに心の葛藤も描かれている。ショスタコーヴィチ自身の人生を描いた個人的な作品と言われている。

ロストロポーヴィチは2006年にモスクワと東京で「第8番」を指揮して、翌年すべての力を使い果たして亡くなった。彼はショスタコーヴィチの音楽の本質は心象表現であると語っている。

演奏時間が1時間を超える5楽章構成の大曲。ファゴット、イングリッシュホルン、ピッコロなど独特な楽器での表現は興味深く、特にコントラバスでの暗さや悲しみの表現は心に響くものがあった。9種類もの打楽器の使用も目についた。第1楽章のピア二ッシモは心の奥深くに沈む思いの表現だろうか。第2楽章での行進曲は戦争での勝利の行進を思わせ、スケルツォのような第3楽章でも行進曲で戦争を連想させる。第4楽章冒頭のクライマックスに続いてのパッサカリアの静かな安らぎの音楽。第5楽章では不思議に広がる開けた世界、現世とは違う世界。
ショスタコーヴィチの曲には彼の人生の苦悩が滲み出て社会体制に対する不満をいつも感じ取る。社会主義国家の中で暮らす人間の人生模様が描かれていて曲に変化があり、いろんな鑑賞の仕方がありそうである。広上淳一の指揮ぶりはいつもより迫力があった。小柄な体を大きく使ってダイナミックな演奏を展開した。前回の札響定期でもプロコフィエフを演奏したがロシアものが得意な様子が見て取れた。今回で彼の指揮を観たのが10回目になったが広上の今後の活躍ぶりが益々楽しみである。

演奏終了後に熱演した指揮者に対する拍手喝采はしばらく鳴りやまなかった。今日の演奏会も録音されていたが、オーケストラの演奏も毎回のように好演が続くのは実に頼もしい限りである。

宮田 大 チェロリサイタル

宮田 大は2009年ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールで日本人として初優勝して話題を集めた。Kitaraには2012年12月、読売日響の創立50周年プログラム「3大協奏曲」で辻井、成田とともに出演し、「ドヴォルジャークの協奏曲」を演奏して聴衆の大喝采を浴びた。昨年は《Kitaraのクリスマス》で広上淳一指揮札響と共演して「ドヴォコン」を再演。今回は初めてのリサイタル。

以前のテレビ放映でDAIは3歳から両親が用意した特別に小さな楽器チェロを弾き始め、幼少の頃からチェロ一筋の特別な音楽教育を受けていたことは知っていた。9歳から出場するコンクールは全て第1位で2005年第74回日本音楽コンクールにも優勝。
去る5月17日「徹子の部屋」にゲスト出演して興味深い話が聞けた。チェリストの父、ヴァイオリストの母の下でチェロを始めたが、飴を左手に載せて練習して成功したら練習後に食べるという方法もあって子供ながらに楽しんでいた事。バレーボール部でセッターとして活動した事。栃木・東京間を新幹線で通ったことも話していて面白かった。16歳で小澤征爾指揮で協奏曲を演奏し、26歳で再びハイドンのチェロ協奏曲を共演した思い出も語った。小澤には自由に弾くことを教えられたという。チェロは左手に重心がかかリ左指で弦をはじく力を必要とするせいか、彼の左腕の筋肉は凄い固さで黒柳徹子も驚いていた。この時はとにかく世界的な才能を育んだ両親の愛も伝わってきた。

2016年6月5日(日) 開演13:00  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 サン=サーンス:白鳥 「動物の謝肉祭」より
 ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
 ヴィヴァルディ:チェロ・ソナタ ホ短調 Op.14-5
 ポッパー:ハンガリア狂詩曲
 プロコフィエフ:チェロ・ソナタ ハ長調 Op119

独立したチェロ作品として親しまれている「白鳥」。マイスキーのチェロ名曲小品集のCDで親しんだ。もともとは14曲のの小曲から成る組曲「動物の謝肉祭」の第13曲。美しいチェロの旋律が水上を滑る白鳥の姿を描いている。

ラヴェルのピアノ曲として最も親しまれているが管弦楽曲にも編曲されている。実に美しく優しい旋律を持つこの作品がチェロの楽器で奏でられるのに全く違和感はなかった。心に沁みるメロディにウットリ! ピアノ曲で聴く以上に心に響くものを感じた。

ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲は演奏される機会は多いが、「チェロ・ソナタ」を聴いたのは初めてかもしれない。10分程度のソナタは心地よく聴けた。

ポッパー(1843-1913)は記憶には無かった作曲家。今日の演奏会はソナタだけの予定プログラムの変更があるようだったので手元にあるチェロ名曲小品集のCD2枚(マイスキー、シュタルケル、藤原真理)を聴いてみた。こんな時でもないと聴く機会が余りない。「ハンガリー狂詩曲」が名曲集に含まれていて、シュタルケルが弾いていた曲で何度か耳にした懐かしいメロディが流れた。作曲家名はすっかり忘れていた。彼はチェロの名演奏家・作曲家だった。プラハ生まれでウィ‐ン・フィルの首席奏者を務めたという。ブタペスト音楽院で教鞭をとったこともあって、ハンガリー音楽と出会ったようである。
曲にはロマの情熱的な民俗音楽が表現されている。リストがピアノ曲に使った旋律がフィナーレで超絶技巧を駆使して現れた。圧倒的なフィナーレとなった。

ドビュッシーとR.シュトラウスのチェロ・ソナタが収録された宮田のCDをコンサート開始前に購入した。ポッパ―作曲の小品とアンコール曲に弾かれたラフマニノフのヴォカリーズが収められていたのは全くの偶然であった。

後半のプログラムは本日のメイン、プロコフィエフのソナタ。 多分、初めて耳にする曲。ピアノやヴァイオリン曲と同様に新しい音楽作りを行なったプロコフィエフらしい特徴のある曲であるが、案外と親しめそうな30分程度の曲。
曲の最初からピッツィカート奏法が使われて随所に20世紀作曲家による晩年の作品と思える作品。ここ何年も聴いていないが、プロコフィエフが亡くなった年の前年に1952年に完成した「チェロと管弦楽のための協奏曲」というロストロポーヴィチのCDが手元にあった。明日にでも聴いてみようと思う。

“人間の声に似た音を出すチェロを通して自分の言いたいことを伝えれる”とテレビ出演で語っていた宮田は思い通りの演奏を伸び伸びと展開した。
ピアノは7年前からペアを組んでいるというベルギー出身のジュリアン・ジェルネ(Julien Gernay)。彼はパリ国立高等音楽院でベロフに学び、プレスラー、シュタルケルにも学んでピアノと室内楽でプレミア・プリを得て卒業。世界中の主要なホールでのコンサートに出演して活躍中。

予定のプログラムが終了したのが2時半。1階はほぼ満席で2階正面の席を含めて集まった900人弱の聴衆は演奏終了後に大歓声を上げた。アンコール2曲の後に、“仕事とは思っていないが2時間の枠内でもう1曲”と言って、サントリーホール30周年記念で弾く予定のバッハの無伴奏チェロ組曲を演奏し、最後に日本人作曲家の曲をジェルネと一緒に演奏してコンサートを締めくくった。アンコール曲が4曲も披露されて聴衆は大喜びだった。

アンコール曲は①グラズノフ:吟遊詩人の歌、 ②ラフマニノフ:ヴォカリーズ、 ③バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番“プレリュード”、④植松伸夫:サヤルカンドにて。

帰りのサイン会が行われたホワイエには多くの人が並んで列をなした。 並んだ行列を見ると周囲は殆どご婦人ばかりでビッリ! 宮田は一人一人に丁寧な対応で人柄が出ていると思った。私もいつものように二言、三言。〈徹子の部屋〉の感想を述べると握手される手に力が入っていた。音楽家としてだけでなく、人間としてあらためて好印象を受けた。

宮田は国内外のオーケストラと共演し、クレーメル、バシュメット、ヴェンゲーロフ、デュメイなど著名なソリストとも共演を重ね、国内外の音楽祭にも出演している。現在、水戸室内管のメンバーとしても活躍して、忙しいスケジュールが待っているが、また来年以降の札幌での公演を期待したい。


オルガン・サマー ナイト・コンサート

タイトルは “Organ Summer Night Concert” となっていても北海道は春の時期。ネーミングはピンとこないが2月のウインター・コンサートは聴き逃したので、夕方ワン・コインで楽しめるオルガン・コンサートを聴いてみることにして先週チケットを買った。ウォルトハウゼンが昨年9月Kitara専属オルガニストに就任して開いたデビュー・リサイタルを聴いて以来である。5月末から1日おきにKitaraに通っていることになる。

2016年6月4日(土) 18:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

出演/ ジョン・ウォルトハウゼン(第17代札幌コンサートホールKitara専属オルガニスト)

〈Program〉
 ヴィエルヌ:幻想的小品集より “月の光” 作品53-5
 ラフマニノフ(ヴィエルヌ編曲):前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2
 ポーレ:ラウス
 デュリュフレ:オルガン組曲 作品5

ヴィエルヌ(1870-1937)というフランスの作曲家の名は10年ぐらい前に知った。2007年4月から2008年3月まで《世界オルガン名曲シリーズ10人のオルガニスト》という画期的なコンサートがオルガン音楽に親しむ切っ掛けになった。歴代10人のオルガニストによるリサイタルは全て聴いた。コンサートを通してバッハ以外に初めて聞く名の作曲家が多かった。ヴィエルヌの「幻想的小品集」より何曲か演奏されることもあった。

2007年4月からKitaraボランティア活動を始めた。同年9月から第10代~第12代まで3人の専属オルガニストに日本語を教える活動も加わってオルガン鑑賞の機会が増えた。彼らがそれぞれ作ったCDには「ヴィエルヌ:幻想的小品集」の一部が収録されている。その後のオルガン・コンサートでこの曲目の演奏があるような時には予め耳にしている。
「幻想的小品集」は各6曲から成る6巻全24曲。彼らのCDには作品53は5曲が入っている。第5曲「月の光」はべート―ヴェンとドビュッシーの曲を連想させる。月の光はロマンティックで夢見心地に誘われるような曲。ウォルトハウゼンが今日のコンサートに寄せたメッセージからも選曲の意図がうかがえた。作品53で他は4分程度の小品だが、この第5曲は約10分。

ヴィエルヌはオルガン奏者としても世界各地でコンサートを開催した。彼は同年代のラフマニノフの有名なピアノ曲として知られる前奏曲「鐘」をオルガン曲に編曲した。原曲の素晴らしさがオルガン曲で表現された。

ポーレ(1962- )は現代作曲家で彼の作品は世界各地で演奏されているというが、初めて耳にした現代音楽はリズムが不安定であり曲の理解が難しかった。
 
デュリュフレ(1902-86)のオルガン組曲は「前奏曲」、「シシリエンヌ」、「トッカータ」の3曲から成る。シチリア島の民族舞踊から生まれた“シシリエンヌ” という古い舞曲形式の曲はピアノ曲やヴァイオリン曲として聴くことが多い。(*シシリエンヌはフランス語で“シチリア―ノ”、“シチリアーナ”というイタリア語で呼ばれることもある。) 第11代の専属オルガ二ストが収録したCDにこの曲が入っていてコンサートの前に久しぶりに聴いてみた。
第1曲、第2曲の落ち着いた優しい雰囲気の曲の後に力強い伝統的な形式の「トッカータ」が続いた。前2曲とは対照的な荒々しい迫力あるフィナーレの曲。デリュフレはオルガン奏者・作曲家として名高いが、このオルガン組曲はとても聴きごたえがあった。

開演が午後6時に始まる正味45分間のコンサートは今日では珍しいが、結果的に人々が集まりやすいコンサートになったようである。〈10人のオルガ二スト〉でチケットが完売になった時も2・3回あったが、オルガン・コンサートで1500名程度の客が集まるのは度々あることではない。今日は両親と子供の親子連れの姿も目立った。45分程度は子供も飽きずに鑑賞できる適当な時間で父親も土曜午後6時の開演時間は都合が良いのだろうと思った。

今回のコンサートは個人的には過去のオルガ二ストたちとの出会いを思い出す機会にもなって良かった。

中村恵理ソプラノリサイタル

ヨーロッパを中心に世界の歌劇場で活躍を続けるソプラノ歌手、中村恵理がKitaraに初登場した。2008年より英国ロイヤル・オペラハウスに在籍して、ネトレプコの代役として「カプレーティ家とモンテッキ家」に出演する幸運を掴んで注目を集めた。10年以降、バイエルン国立歌劇場専属ソリストとして活躍中。

2016年6月2日(木) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈プログラム〉
 シューベルト:ガニュメート、ます、糸を紡ぐグレートヒェン 
 C.シューマン:私はあなたの眼の中に、彼は雨と嵐のなかをやってきた、
          美しさゆえに愛するのなら
 R.シューマン:子供の情景 Op.15より トロイメライ(ピアノ・ソロ)
 R.シュトラウス:献呈、 薔薇のリボン、 ツェツィーリェ
 小山作之助:夏は来ぬ
 中田喜直:すずしきうなじ、 霧とはなした
 プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より “私の大好きなお父さん“
 マスネ:歌劇「マノン」より “さようなら、私たちの小さなテーブルよ”
      歌劇「エロディア―ド」より “彼は優しい人”
 ヴェルデイ:歌劇「椿姫}より “ああ、そはかの人~花から花へ”

ドイツ・リート9曲、日本の歌曲3曲、オペラのアリア4曲。バラエティーに富んだ内容でバランスの良いプログラム。圧巻はオペラのアリアでヨーロッパの歌劇場専属歌手として活躍中の現役ソプラノ歌手の演唱を堪能した。

ドイツ・リートの中にピアノ五重奏曲に引用されたメロディがあって心地よく聴けた。ゲーテの「ファウスト」のグレートヒェンが歌う曲は歌のタイトルを知っていた程度。ピアニストとして有名だったクララ・シューマンがリュッケルトの詩につけた3曲の作品は新鮮に感じた。シューベルトは歌曲王と呼ばれ、R.シューマン、R.シュトラウスも歌曲をたくさん書いているが、ドイツ・リートの良さは簡単には解らないのが正直なところである。

愛の歌が多かったが、中村が短い時間で歌に気持ちを投入して大きく口を開けて歌う発声が印象に残った。ドイツ語で言葉が明確に伝わる基本を大切にしている様子が伝わった。

「夏は来ぬ」は懐かしい唱歌で1番の歌詞が自然と出てきた。作詞家の佐々木信綱の名は知っていたが、“日本音楽教育の母”と呼ばれる小山作之助(1864-1927)という作曲家の名は知らなかった。中田喜直(1923-2000)は名曲の数々で有名であるが、歌われた2曲は知らない曲だった。

オペラ歌手の歌声が存分に楽しめたのが最後のプログラムのアリア。プッチーニとヴェルデイの有名なアリアはCDやライヴで聴く機会もたまにあり親しんでいる歌。マスネの歌劇「エロディア―ド」は初めて耳にした。「マノン」は数年前のMETビューイングで観た。マノン役がネトレプコだったので、中村とネトレプコの繋がりを知って更に興味深く聴けた。世界のディーヴァと渡り合うだけの実力を身に着けている中村恵理を一層頼もしく感じた。

歌劇「椿姫」は実演などでも数回見ているが、外国の歌手に劣らぬ歌唱ぶりであった。ヴィオレッタが歌い上げるアリアをピアノ伴奏だけのステージでオーラを放ちながら堂々と演唱する姿には心を揺さぶられた。
(*ピアノの木下志寿子は新国立劇場ピアニスト、同劇場オペラ研究所講師などとして活躍中。)

中村恵理は生まれ持って恵まれた声の持ち主だが、ドイツ語・フランス語・イタリア語で歌い分けながら演ずる今日までの努力は並大抵のものではないと改めて思った。彼女のプロフィールに「2014年NHKニューイヤーオペラコンサート出演」とあったので、当時の自分のブログを読み返すと、彼女の名があった。この頃には日本でも彼女のオペラ歌手としての名声は高まっていたようである。

割れんばかりの盛大な拍手に応えて、アンコール曲」が2曲。「プッチーニ:歌劇「つばめ」より “ドレッタの美しい夢”」と「岡野貞一:おぼろ月夜」。


プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR