札響名曲シリーズ2016-17 Vol.1 ロンドン(尾高忠明&戸田弥生)

森の響フレンドコンサート 札響名曲シリーズ2016-17 Vol.1

札響名曲シリーズは年5回開催されているが昨シーズンは結果的に一度も鑑賞しなかった。昨シーズン2月開催Vol.5(尾高&金子)のR.シュトラウス:オーボエ協奏曲は当日歩行困難のため残念ながら聴き逃した。
今シーズンはシーズン券をすでに購入してある。今シーズンの名曲シリーズは指揮者、コンサートマスターと繋がりのある都市(ロンドン、ウィ-ン、ライプツィヒなど)をテーマとした演奏会。第1回はロンドン。

2016年4月23日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ 尾高 忠明 (Tadaaki Otaka)     ヴァイオリン/ 戸田 弥生(Yayoi Toda)

札響名誉音楽監督としてマエストロ尾高は昨年の札響10月定期と去る2月の名曲シリーズでも札響を指揮しているが、彼の姿を見るのは昨年2月以来で久しぶり。尾高は海外活動では特に英国との縁が深く、1987年からBBCウェールズ・ナショナル管弦楽団の首席指揮者に就任し、96年には桂冠指揮者の称号を贈られた。97年に大英帝国勲章、99年にエルガー・メダルを受賞。ロンドンでのプロムスの常連指揮者のひとり。日本国内のオーケストラには英国作曲家の作品を数多く紹介している。

戸田弥生は1968年、福井県生まれ。85年、日本音楽コンクールで第1位。桐朋学園大学を首席で卒業後、92年より奨学金を得てアムステルダムの音楽院に留学。93年エリーザべト王妃国際音楽コンクールに優勝して国際的に活躍。2003年には名曲シリーズで札響と共演。(*フランス音楽、「マスネ:タイスの瞑想曲」と「サン=サーンス:ハバネラ」を矢崎彦太郎と共演)。現在、フェリス女学院大学教授。

ロンドン~英国女王のもとに~
〈プログラム〉
 エルガー:序曲 「コケイン(ロンドンの下町)」 
 ヴォーン・ウィリアムズ:揚げひばり~ヴァイオリンとオーケストラのためのロマンス  
             コンチェルト・アカデミコ
 ウォルトン:戴冠行進曲 「宝玉と王の杖」
 G.ウィリアムズ:海のスケッチ~弦楽オーケストラのための
 エルガー:行進曲 「威風堂々」 第4番ト長調、 第1番ニ長調

プログラム・ノートによるとマエストロ尾高は昨年のロンドン・プロムスにおいて本日と同じ4名のイギリス人作曲家の作品をBBCウェールズ・ナショナル管と共演した。2012年3月の札響名曲シリーズVol.4「英国万歳」でもオール・イギリス・プログラムだったことを思い出した。
 
エルガー(1857-1934)の序曲「コケイン」は初めて耳にする曲。英語名Cockaigneはロンドンのこと。(*Cockney English はロンドンのイースト・エンドに住む労働者階級が使うロンドンなまりの英語。オーストラリア英語はコックニー・イングリッシュに由来する。4月はアイプリル、今日はツゥダイ、18はアイティ-ンと発音するのが特徴。簡単に言うとエイがアイと訛る英語。)カタカナで書かれていたこともあって全然気づかなかった。「下町」を中心として描いたような曲ではなく大都市ロンドンの様々な情景を描写しているように思えた。英語のサブタイトル“In London Town”のtown“下町”は適訳でないが慣習的に使われているらしい。(:*日本の行政で使われる市、町、村は英語のcity, town, villageとは違う。)

ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)のCDは1枚持っている。10年ほど前に「ロンドン交響曲」というタイトルに引かれて手に入れたと思うが、まさか「ヴァイオリン協奏曲」が収録されているとは昨日まで気づかなかった。バッハやモーツァルトの時代を参考にした新古典派の音楽を目指した3楽章構成の曲。オーケストラは弦楽合奏のみ。第2楽章でソロ・チェロも活躍。

先んじてヴァイオリニストが演奏した「揚げひばり」は15分弱の曲だったが、ヴァイオリンが弱音で奏でる詩情豊かで抒情味あふれる演奏に心が動かされた。4年前に訪れたイングランドの田園風景を思い浮かべながら、雲雀が空高く舞い上がって飛ぶ姿を描けて楽しめた。聴く者の心に深く染み入る演奏は見事であった。近年は若くして世界のヴァイオリン界に羽ばたく日本人ヴァイオリニストが続出しているが、ひと時代前の話題のヴァイオリニストの健在ぶりを示す演奏に満足した。小さめの楽器編成がヴァイオリン・ソロを引き立てていた感じもした。演奏終了後の聴衆の感動もホールに広がって良かった。
アンコールを求める盛大な拍手が続いたが、力を尽くしての2曲連続演奏の疲れや時間の都合もあってかアンコール曲は無し。

ウォルトン(1902-83)は8年前に諏訪内晶子のシベリウス:ヴァイオリン協奏曲のCDを購入した時にカップリング曲になっていてその名を知った。プログラム・ノートによると彼は英国王の戴冠式のため行進曲を2曲書いている。1曲目は1937年に即位したジョージ6世の時の「王冠」で、2012年3月の尾高&札響による名曲シリーズ「英国万歳」で演奏された。2012年はエリザベス女王在位60年記念祭典Diamond Jubileeがロンドンで華やかに行なわれて日本の天皇・皇后両陛下も式典に列席された。私はこの時期に丁度ロンドンを旅行中でバッキンガム宮殿も訪れたが祭典を祝う旗が市の中心部のあちこちに掲げられていて歓迎ムードが漂っていた光景を思い出す。一昨日はエリザベス女王が90歳の誕生日を迎えたニュースが全世界に報道された。
マエストロ尾高は4年前と同じく今回も英国に想いを馳せてイギリス音楽をプログラミングしたのかも知れないと思った。今回の戴冠行進曲「宝玉と王の杖」はエリザベス2世(現女王)戴冠式のための作品。3管編成で大規模なオーケストラから奏でられる管楽器などの大音響は勇ましい音楽ではあったが札響のレベルとしては率直に言って凄いとは思わなかった。

グレイス・ウィリアムズ(1906-77)の名は初めて耳にする。ウェ―ルズ出身の女性作曲家。第2次世界大戦中に疎開していた時に目にした海の情景を5曲にまとめた弦楽合奏組曲。弦楽5部のみの比較的静かな音楽でそれなりに変化もあって聴きやすかった。

エルガーはイギリスの作曲家としてはブリテンと並んで演奏機会が多い。「愛の挨拶」とともに人気があるのが《「威風堂々」第1番》。30年務めた高校の入学式・卒業式で聴き続けた曲で体に染みついたメロディ。奉職した高校の創立110周年記念コンサートで数年前にKitaraで耳にしたがいつも感慨を新たにする。
“Pomp and Circumstance”の日本語訳「威風堂々」は適訳で素晴らしいタイトル。pompは華麗、壮観、威厳の雰囲気を持つ語。circumstanceは儀式ばったこと、ものものしさを意味する。軍隊・儀式などの行進で威厳をもって整然と列をなして行進する様を思い浮かべると良い。
同じタイトルの作品が5曲書かれた。20006年にドイツでリリースされたSONY BMGの輸入盤(バレンボイム&ロンドン・フィル)には軍隊行進曲5曲として収録されている。本日演奏された「第4番」も聴きなれた曲と思ったが、チャールズ皇太子とダイアナ妃の婚礼でも演奏されたそうである。なお、「第1番」は4年前の〈英国万歳〉のフィナーレにもなり、プロムスの恒例のフィナーレを飾る曲になっているということである。
2曲とも各5分余りの曲。流石エルガーの曲は大編成の楽器群でも演奏の響きが違った。札響も演奏機会が多いエルガー作品をプロらしい演奏で締めくくった。「第1番」は盛り上がりのあるフィナーレ曲となったが、オルガンも加わっての演奏は一層壮麗さと壮大さが増した。
演奏終了後の人気のマエストロ尾高に対する聴衆の万雷の拍手も温かかった。予想外に演奏されたアンコール曲は「エルガー:エニグマ変奏曲より ニムロッド」。

※「揚げひばり」の曲に魅せられた理由が別にある。英語名は“The Lark Ascending ”。英国は他のヨーロッパ諸国と比べて不思議なことに偉大な作曲家が多く輩出していないが、ワーズワース、バイロン、キーツなど数多くの詩人が生まれている。ロバート・ブラウニングの詩を日本語訳した上田敏の作品に“揚げひばり”という言葉が出て来るのとつながった。戸田弥生のヴァイオリンの音色を聴きながら学生時代から暗記していた詩が浮かんできた。
  時は春、日は朝(あした)、朝(あした)は七時、片岡に露みちて、
  揚雲雀(あげひばり)なのりいで、 蝸牛(かたつむり)枝に這い、
  神、空に知ろしめす、 すべて世は事も無し
Browning の英詩もすぐ浮かんできた。
 The year's at the spring,  And day's at the morn;  Morning's at seven;  The hill-side's dew-pearled:
The lark's on the wing;  The snail's on the thorn:   God's in His heaven:    All's right with the world!
韻をふむ英詩の良さの鑑賞は原語に勝るべきものはないが、上田敏の日本語訳のこの詩は原詩に劣らぬ素晴らしい詩として多くの日本人が諳んじているほどの名訳として親しまれている。ひばりが空を舞い上がっていく様子を「揚げ雲雀」と短い言葉で表現した素晴らしさを改めて感じた。

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ミシェル・ブヴァ―ル オルガンリサイタル

〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉

Kitara初のオルガンリサイタルは1997年7月12日の札幌コンサートホールオープン記念コンサート。札幌の姉妹都市ミュンヘンから世界的なオルガニスト、エドガー・クラップを迎えて行なわれた。大ホールの正面に設置された全長およそ12メートルのパイプオルガン。外観は木枠に大きな針葉樹林のように86本のパイプが並び、トランペット管116本が観客席に向かって中央部分から突き出ている。この日に巨大なオルガンからオーケストラのように奏でられた音楽を耳にした喜びは私の心に強烈な印象を残した。
その後、ジリアン・ウィーア、マリー=クレール・アラン、ミシェル・シャプイ、オリヴィエ・ラトリー、トン・コープマンなど海外の著名なオルガニストが次々とKitaraに登場した。当時は彼らの名前も初めて耳にするぐらいでオルガンに対する知識は殆ど無に等しかった。
毎年ヨーロッパの優れた若手オルガニストを招くKitara専属オルガニスト制度が1998年に始まったお陰でオルガンに親しむ機会が増えた。98~99年には「オルガンの仕組みと音楽」、「バッハのオルガン音楽」と題したオルガン入門講座にも参加した。マリー=クレール・アランのバッハ:オルガン名曲集を聴き出したのもこの頃で今でも時々耳にする。
2000年以降、それまで年2回くらいだったオルガン鑑賞がKitaraボランティア活動を始めた2007年から急に増え始めた。オルガニストに日本語を教える活動が入ってオルガンをより身近に感じるようになったのだと思う。歴代の専属オルガニストたちが学んだパリ国立高等音楽院についても知識が増え、日本に派遣するオルガニストの選考にオリヴィエ・ラトリ―が深く関わっていることも知るようになった。

今回のコンサートを機にミシェル・ブヴァ―ルの名を初めて知って、彼の業績を知り得た。

2016年4月16日(土) 14:00開演 札幌コンサートホールKitara大ホール

出演/ ミシェル・ブヴァ―ル、  宇山=ブヴァ―ル 康子

Michel Bouvardは1995年、パリ国立高等音楽院教授に就任して世界中から集まる若手オルガニストの指導にあたり、演奏家としても25ヶ国以上で千回を超えるコンサートを行っているフランス・オルガン界の巨匠。2010年からヴェルサイユ宮殿のオルガニスト。(*4名の宮殿首席オルガニストのひとり)
夫人のYasuko Uyama=Bouvardは京都出身。東京藝術大学卒業後、パリ国立高等音楽院に学ぶ。オルガンとクラヴサンの国際コンクールで2度優勝。ソロ・室内楽ともに活躍中。現在、トゥ―ルーズ地方音楽院教授、サン・ピエール教会のオルガン奏者。

〈プログラム〉 
 J.S.バッハ(イゾワール編曲):4台のチェンバロのための協奏曲 イ短調 BWV1065
 シャルパンティエ:「テ・デウム」への前奏曲
 デュモン:前奏曲 第3番、第7番、第10番、第14番
 クープラン:教区のミサより グランジュの奉献唱 
        クラヴサン曲集 第3巻 第15組曲より  
              「ショワジのミュゼット」、「居酒屋のミュゼット」
 モーツァルト:ディヴェルティメント第9番 変ロ長調 K.240
 メンデルスゾーン(スミッツ編曲):厳格な変奏曲 ニ短調 作品54
 デュプレ:行列と連祷 作品19-2
 J.ブヴァ―ル:バスク地方のノエルによる変奏曲
 J.アラン:連祷 JA119
 デュリュフレ:アランの名による前奏曲とフーガ 作品7

10分ほどのバッハの曲はヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集『調和の霊感』を原曲にして書かれた作品。よく耳にする「トッカータとフーガ」とはちょっと違った感じがしたのは当然だろう。

今日のプログラミングが絶妙と思ったのは演奏終了後の感想である。最初の曲が《バッハの音楽》、2曲目から5曲目までが《ヴェルサイユのフランス音楽》、前半最後の曲がモーツァルトがヴェルサイユ宮殿に関わるもの。休憩後の後半5曲が《ロマン派、交響楽派、ポスト交響楽派》とサブタイトルがつけられていた。

ルイ14世によって始まったヴェルサイユ時代は1682年~1789年。デュモンはルイ14世の教会音楽監督としてシャンソンを基にオルガン曲を書いた。4曲とも3手による演奏。シャルパンティエは初期のヴェルサイユ楽派を代表する作曲家で多くの教会音楽を残した。原曲はオラトリオで「前奏曲」は祝祭的な行事などで流されて親しまれているという。いろいろな編曲があるが、本日は3手のオルガンによる演奏。
上記の作曲家の名は馴染みでないが、クープランはラヴェル作曲のピアノ曲「クープランの墓」で人々に知られている。1678年に注文しされ1710年に出来上がったオルガンをヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂で披露演奏したのがフランソワ・クープラン(1668-1733)。「奉献唱」はオルガン独奏。オルガン・ミサの歴史の中で頂点に立つ傑作と言われる。(*ヴェルサイユ宮殿ではルイ14世が自ら選出した4人のオルガニストが春夏秋冬を交代で務めることになっていた。)クープランが残したクラヴサンによる曲は連弾。

モーツァルトのデヴェルティメントは18世紀中ごろに流行った嬉遊曲でアンサンブルのための自由な形式の比較的に短い曲。K.240 はザルツブルク大司教のための食卓音楽だったそうで極めて軽やかで楽しい曲。楽器編成がオーボエ2、ファゴット2、ホルン2の木管6重奏曲を4手によるオルガンのための編曲で演奏された。
モーツァルトは7歳の時にルイ15世の御前演奏をして以来何度かヴェルサイユ宮殿を訪れた。宮殿のオルガニストにとの王の誘いを断ったエピソードが伝わっている。フランス革命後に長年閉じられていた王室礼拝堂のオルガンの修復が行われた後のオルガニストに就任したのがミシェル・シャプイだった。シャプイの後任がミシェル・ブヴァ―ルである。モーツァルトの曲を演奏した理由が判明して曲の楽しさと合わせて面白かった。軽やかで心も癒される演奏は極めて楽しかった。

後半のプログラムは全てオルガン・ソロ。5人の作曲家で馴染みでないのはJ.ブヴァ―ルだけ。彼はミシェルの祖父で、バスク地方のクリスマスの主題と4つの変奏曲は親しみやすい曲作りに思えた。デュプレとアランの曲はタイトルが難しくて曲のイメージが掴めないが、高度な技術で流れるようなリズム感ある演奏。ジャン・アランは第二次世界大戦中に29歳の若さで戦死したが、パリ音楽院時代に多くの作品を残した。彼は20世紀の世界最高のオルガニストとして有名なマリー=クレールの兄としても知られる。

メンデルスゾーンはバッハのマタイ受難曲の復活演奏を行なって19世紀にバッハ音楽復興に寄与したことでの選曲かなと思った。原曲はピアノ独奏曲で数年前に曲名を知った。主題と17の変奏曲とコーダから成る15分弱の曲で本日の演奏曲で一番長い。

最後のデュリュフレの曲は若くして戦死したアランを追悼する曲で今までの演奏会でも聴いたことがある。専門的にはよく解らないがアラン(Alain)の名を音名変換して得られる音列(ラレララファ)を使って書かれているという。

Kitaraのオルガンは演奏家が望む音を出せるオルガンとして評価が高い。ブヴァ―ルはやたらに高音をドラマティックに鳴らさずに、大音量は効果的に使ったのはわずかで、細かい音も単音でなくて滑らかに流れるような和音となって心地よくホールに響き渡った。彼が紡ぐ音はまさに絶妙で聴く者の心に深く響いてきた。今まで50回以上は聴き続けたオルガン演奏会でこんな風に感じたのは初めてかもしれない。演奏終了後には他の聴衆の反応からも感動の様子が伝わってきた。オルガン演奏会では聴衆は静かに耳を傾けていて盛大な拍手があっても、歓声が上がることは経験したことが無かったと思うが、今日は歓声が上がった。

ブヴァ―ルはマイクを手にして英語であいさつ。“日本語を話せなくてすいません。Kitaraのオルガンを演奏できて嬉しく思います。”と話し、続けてアンコールのソロのクリスマス曲と2曲目のYasukoとの連弾曲を紹介して演奏。
アンコール曲は「J.ブヴァ―ル:フランスのノエル」と「ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 四季 冬より “ラルゴ”」

※Kitaraのオルガンはフランスのケルン社が2年の歳月をかけて制作して、同社の社長で製作者のダニエル・ケルンが自らKitaraでの設置と整音作業を4ヶ月にわたって行った。彼の父親アルフレッドはシュヴァイツァー博士と交流があり、博士の励ましによって会社を設立した話が伝わっている。シュヴァイツァー博士はノーベル平和賞受賞の医師として知らぬ人がないほどの偉人であるが、彼がオルガにストだったことはあまり知られていない。その点で昨年のKitaraギャラリーでのシュヴァイツァー展は良い企画だったと思う。(*彼は30歳まで学問と芸術に生きて、その後に医学を学んで奉仕の道に進む決意をした。)シュヴァィツァーは医師の資格をとってからアフリカでの医療奉仕活動に従事して、お金が必要になるとヨーロッパでオルガニストとして演奏活動を行なって得た収入を病院での活動につぎ込んでいたといわれる。彼は当時プロのオルガニストでもあった。

※昨日と今日は3ヶ月ぶりにKitaraボランティアとしてダイレクトメールの活動に参加した。ボランティア同士で作業をしながらお互いに話をしたり聞いたりして気分転換が図れた。今日の午前中の作業が早く終了して、午後のコンサートが始まるまで時間が充分にあったので中島公園内にある北海道立文学館を訪ねた。館内に他に観覧者がいなくて落ち着いて時間をかけて数年前とは違う展示物を読んだ。北海道出身の作家たちの名に親しみを覚えたり、前回までに気づかなかった情報も得れて思ったより充実した時間が過ごせた。午後のコンサートで今までにない楽しみ方が出来たのは一日の流れが好結果を生んだような気がした。









 

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札響第588回定期演奏会(指揮:キタエンコ、チェロ:マインツ)

札響定期演奏会に出かける前の午前中に「PMF2016チケット最優先予約」を行った。午前10時に始まった電話予約が混み合い1時間後にやっと電話が繋がって、今年夏の音楽祭のチケットを無事購入できた。友人2人分のチケットを含めて17枚を予約できて一安心したが、午前中は何かと落ち着かなくて慌ただしい時間を過ごした。

札響創立55年シーズンの幕開けは巨匠キタエンコによるロシア音楽。2013年に続き3度目の札響との共演。今回はオール・ロシア・プログラム。

2016年4月9日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ドミトリー・キタエンコ      チェロ:イェンス=ペーター・マインツ

ドミトリー・キタエンコ(Dmitrij Kitajenko)は1976年から1990年までモスクワ・フィルを率いた。ソ連崩壊後、フランクフルト放送響、ベルゲン・フィル、ベルン響などの首席指揮者を歴任。Kitaraがオープンした翌年の1998年にはベルゲン・フィルを率いてグリーグの「ペール・ギュント」、「ピアノ協奏曲」(ピアノ:中村紘子)を指揮したコンサートは忘れられない思い出である。この演奏会ではチャイコフスキー「悲愴」も演目に入っていた。その後、2006年に札響と共演する機会があったようだった。3年前に札響定期に客演した時は15年ぶりに彼の姿を見入った。演目は「ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲」と「チャイコフスキー:マンフレッド交響曲」。
2012年からベルリン・コンツェルトハウス管首席客演指揮者に就任。2009年からケルン・ギュルツェニヒ管の名誉指揮者。ベルリン・フィルをはじめ世界のメジャーオーケストラに定期的に客演。

イェンス=ぺ―ター・マインツ(Jens-Peter Maintz)は1967年、でドイツ・ハンブルク生まれ。1994年ミュンヘン国際音楽コンクールでチェロ部門17年ぶりの優勝。ベルリン・ドイツ響のソロ・チェリスト(95-04)を務め、04年ベルリン芸術大学教授に就任。06年よりルツェルン祝祭管のソロ・チェリストも務めている。ソリストとして世界的に活躍するドイツを代表するチェリスト。

〈本日のプログラム〉
 プロコフィエフ:交響曲第1番 ニ長調 作品25 「古典」
 チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲 作品33 原典版(チェロ独奏:マインツ)
 ラフマニノフ:交響曲第2番 ホ短調 作品27

プロコフィエフ(1891-1953)の「古典」は1週間前のコンサートで聴いたばかりである。ハイドン時代と同じ楽器編成の曲でハイドンに着想を得たといわれる。プロコフィエフらしいモダンな感覚と才気があふれている興味深い作品。木管楽器の活躍が目立った。ロシア革命が勃発した1917年に作曲され、作曲家自身の指揮で1918年に現在のサンクトペテルブルクで初演。その年にシベリア経由で日本に渡ってアメリカに亡命した経緯もよく知られている。(*プロコフィエフは33年にはソヴィエトに帰国している。ラフマニノフはアメリカ亡命後に故国に戻ることはなかった。)

チャイコフスキー(1840-1893)のこのチェロ曲は人気があって演奏機会も多い方である。札響定期では初めて取り上げられた作品と知って意外だった。演奏時間が20分足らずのせいもあるのかも?と思った。チャイコフスキーのコンチェルトはピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲は最も有名で親しまれている。“チェロ協奏曲”と名づけられていないが、チェロとオーケストラのための作品。チャイコフスキーは西欧の音楽に傾倒して曲作りをした作品が数多く世界で最も親しまれている作曲家であることは言うまでもない。(*ロシア国内ではロシア5人組の国民音楽派の音楽が高く評価されていて他国と違う事情もあるようである。)
今シーズンからプログラムに曲の楽器編成が載るようになった。素人にとって鑑賞するのに有り難い記述。2管編成の曲に打楽器がないのに気づいた。冒頭の簡潔で優美な主題がホールに心地よく響き渡った。長身の格好良く若々しいマインツが紡ぐ音に引きつけられる聴衆の耳にテーマの変奏が8つ続いた。1877年の初演では最後の第8変奏が省略され、曲順も変更されて演奏されたという。初演を基にした出版物が出回っていたが、1956年にチャイコフスキー自筆譜に基づく原典版が出版されたという。
万雷の拍手に応えて何度もステージの出入りで最後は指揮者に促されてのアンコール曲は「J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番サラバンド」。

ラフマニノフ(1873-1943)は交響曲第1番の不評から12年後の1908年に「交響曲第2番」を書き上げた。作曲家、ピアニスト、指揮者として絶頂期を迎えていた時期の作品。「第2番」は帝政ロシアの貴族的雰囲気が横溢して抒情的な旋律に溢れ、色彩感豊かな作品。演奏時間60分の大曲だが、循環主題の手法で書かれた曲で聴いていて退屈しない。チェロの循環モテ―ィフで始まる序奏、続くクラリネットによるグレゴリー聖歌の“怒りの日”に基づく旋律が印象的。第2楽章はホルンが奏でる野性的な響きが入ったスケルツォ。第3楽章はアダージョで抒情的な美しいメロディでクラリネットによる主題の提示。第4楽章はエネルギーに溢れ、“怒りの日”と循環モティーフが繰り返されて力強いフィナーレ。
札響は海外公演の折にこの曲を演目にして得意にしているようである。昨年3月の台湾公演でもこの曲を演奏しているが、マエストロ尾高とは違う味を出せたのかどうか専門的には解らない。ロシアで培ったキタエンコの音楽の解釈による違いも経験できたら楽員にとっても財産になったと思う。
実年齢(75歳)より若々しく白髪で品の良い紳士、キタエンコの安定した品格のある指揮ぶりも好印象であった。今回のプログラムにマエストロ・キタエンコがインタビューに応じた談話記事が載っていてとても興味深かった。奥様がご主人の演奏を舞台袖でいつも立ったまま聴いているという話に驚いた。(*椅子を勧められてもマエストロが立っているからと言って決して座らないそうである。)
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METライブビューイング2015-16 第7作《マノン・レスコー》

今シーズンのMETビューイングは第1作から健康上の理由で見逃し続けた。第4作《ルル》は鑑賞できたが、その後も体調が悪くて残念な思いをしてきた。昨日は何とか歩行の痛みが和らいで会場に出かけた。

2011-12シーズン第10作『マスネ作マノン』はネトレプコ&ペチャワ共演で観賞していた。今回は『プッチーニ作マノン・レスコー』でカウフマンの出演を楽しみにしていた。健康上の理由でお目当ての歌手は降板したがオポライスの演唱も期待していた。

プッチーニのオペラは《ボエーム》、《トスカ》、《蝶々夫人》の上演回数と比較すると、《マノン・レスコー》の上演頻度は低いようである。1893年初演のこのオペラは大成功を収めてプッチーニの出世作tと言われる。(*マスネの同作品は1884年初演)
二人のオペラ作品はアべ・プレヴォ―の長編小説を基にしてオペラ化された。(*小説の題名は「騎士デ・グリューとマノン・レスコーの物語」。)

1940年代のフランスを舞台にしたリチャード・エアによる新演出。イタリア語上演。全4幕。
小悪魔マノンをめぐる官能的な悲劇がドラマティックな音楽を背景にして描かれた。1941年、享楽的性格のせいで修道院に入ることになった美少女マノンはその道中にアミアンの町で青年デ・グリューと恋に落ち、二人は駆け落ちする。しかし、デ・グリューとの貧乏生活に耐えられなくなったマノンは3ヶ月後には裕福な大蔵大臣ジェロントの愛人となり、パリで贅沢な生活をしている。デ・グリューは彼女を探し出し、説得する。ジェロントが現れて現場を見つけて激怒する。直ちに彼の命を受けた憲兵に捕らえられて彼女は追放され流刑の身となる。そんなマノンを追いかけてデ・グリューは彼女と同じ船に乗り込んで地の果てまで同行する。たどり着いた廃墟の地で彼の腕に抱かれてマノンは息絶える。

男たちを破滅させる女を描いたロマン主義の文学作品として知られる「マノン・レスコー」。マノン役のラトヴィア出身の歌姫クリスティーヌ・オポライスのスピント・ソプラノの歌声は彼女の美貌とともに全幕で圧倒的な魅力を発していた。ヨーロッパの歌劇場でヨナス・カウフマンとの共演は名コンビとされていたようである。全幕を通しての容姿、特に第1幕と第2幕で異なった美しさを見せた。第2幕でのビーズをちりばめたピンクのドレスが官能的で本人もインタヴューで“マリリン・モンローになったような気分”と語っていた。

急遽、代役を務めることになったロベルト・アラーニャ。1日12時間の猛練習で初めてのデ・グリュー役に万全の備えをしたと言う。第1幕終盤でのアリア“僕は今までこのように美しい乙女を見たことがない”の熱唱は素晴らしかった。高音で伸びやかな歌唱は圧巻だった。第2幕の愛の二重唱も見せ場となった。長身でハンサムなカウフマンに比べ、ずんぐりとして若々しい青年とは見えぬ容貌だが、マノンを愛する一途なひたむきさが素晴らしい歌唱とともに心に響いた。

第4幕最後の幕切れの二重唱の絶唱“ひとり寂しく”に感動。エンデイングも良かった。2大歌手の演唱の素晴らしさが好印象だったのは言うまでもないが、首席指揮者ファビオ・ルイージ率いるオーケストラの演奏がオペラを引き立てた。新演出はとかく新しさを求めて世間離れしてしまう印象を受ける場合があるが、今回の演出は見事だと思った。間奏曲をはじめ全幕を通してプッチーニの美しい魅力あふれる音楽に包まれて期待以上に楽しめたMETビューィングとなった。
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トヨタ・マスター・プレイヤーズ, ウィ-ン2016 札幌公演

昨年はKitara休館のために北海道公演は苫小牧で行われたので彼らの公演を聴くのは2年ぶりとなった。トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィ-ンの公演を初めて聴いた2000年以降、05年、09年、12年、13年、14年に続き今回が7回目、当初よりこの室内オーケストラのコンサートマスターはフォルクハルト・シュトイデが務めている。

2016年4月1日(金) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈プログラム〉
 ベートーヴェン:バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲 Op.43
 プロコフィエフ:交響曲第1番 ニ長調 Op.25「古典」
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 OP.73「皇帝」(ピアノ:小山実稚恵)
 ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 Op.68「田園」

30人の演奏家がステージに登場するや否や間髪を入れずに、指揮者を置かないオーケストラ「トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィ-ン」のための前奏曲『イントラーダ』でコンサートが始まった。数年前から聴き始めたばかりだが聴き馴染んだメロディとなって心に届いた。

ベートーヴェン(1770-1827)は1800年に交響曲第1番を完成した後にイタリア人の舞踊家からバレエ音楽を委嘱された。ギリシャ神話の「火の神」プロメテウスを描いたべート―ヴェン最初の序曲。躍動感にあふれた曲で交響曲第3番「英雄」の第4楽章にも転用されている。

プロコフィエフ(1891-1953)はウクライナ生まれ。彼の最初の交響曲は1916年から17年にかけて完成された。ハイドンが20世紀に生きていたら書いたであろうと想像して書き上げたユニークな曲作り。「古典」のCDは小澤&ベルリン・フィル、フェドセーエフ&モスクワ放送響のものを所有していたが曲の印象は定かでなかった。曲名には馴染んでいても曲のイメージが浮かんでこなかった。今回の演奏会に備えて何度か聴いてみて鮮烈な印象を受けた。古典派の楽器編成や技法で書かれた作品という。颯爽として優雅でもあり、第3楽章のガボットが印象的だった。4楽章構成で20分程度の曲だが面白い。来週の札響定期のプログラムにも入っているので一層興味深く聴いた。

小山実稚恵の演奏を聴くのは30回目。年2回のリサイタル・シリーズの他にも彼女のコンサートを聴くことがある。コンチェルトを聴くのは今まで5回ほど。記憶をたどると、2001年PMFでN響とラフマニノフ2番、05年リスト室内管とモーツァルト27番、06年シンフォニア・ヴァルゾヴィアとショパン2番、11年はサントリーホールで日フィルとリスト1番、昨年は札響とラフマニノフ3番。毎回違った演目で彼女のレパートリーの広さがうかがえる。
Kitaraで「皇帝」を聴くのは09年オーケストラ・アンサンブル金沢のニューイヤーコンサートでのアリス・紗良・オット以来かも知れない。7年前にもなるが当時の彼女の溌剌とした新鮮な演奏を思い出す。若々しくて華やかではあるが重厚さが感じられなくて大満足というわけではなかった。CDでバックハウス、バレンボイム、ギレリス、ルービンシュタイン、ポリーニ、ミケランジェリ、キーシンなどを何年も聴いていて慣れ親しんでいることもあって条件が整わないと満足感を味わうのは簡単ではない。
今回は日本を代表する大ピアニスト小山実稚恵が演奏する「皇帝」。彼女は昨年デビュー30周年を迎えて年間60回以上ものコンサートを行なって評判を呼び大きな足跡を残した。
今夜の大ホールには期待感を持つ聴衆の熱気があってコンサートの盛り上がりに欠かせない雰囲気があふれていた。ステージ後方のP席(226席)は売りに出されなかったが、客席は9割以上埋まって1700人弱の入り。ステージ全体が見渡せる3階席中央は久しぶりで、比較的に座ることの多い1階席やRA席とは違う鑑賞の仕方が出来て入場した時から気持ちが高揚していた。

前半のプログラムが終るまでオーケストラのメンバーはステージを下がらず、予め空けていた空間にピアノを運び込んで時間の無駄を避けていた。赤いドレスに身を包んだ小山が登場して演奏が始まった。聴衆が固唾を呑んで流れるような演奏に引き込まれていった。第1楽章の力強いカデンツァは圧倒的でダイナミックな演奏が続いた。耳だけでなく手の動きを目で確かめれる音楽は特別なものがある。札響定期の1階左側座席からもピアニストの手の動きが見れるが、3階から今回のような満足感が得られるのはオピッツのベートーヴェン4大ソナタのリサイタル以来のような気がする。(今回は1階に座席を取った時より結果的に満足感を得れたように思った。)第3楽章のピアノとオーケストラの掛け合いも聴きごたえがあった。演奏終了後にはあちこちからブラヴォ―の掛け声が上がって聴衆の感動が伝わった。

本日のコンサートは自分にとって2週間ぶりのコンサートであった。聴きなれた曲は予めコンサートの前に聴くことはしないし、その暇もないのが普通である。脚を痛めて行動の自由がなくてボランティア活動なども休んでいることもあって、今回のコンサートに備えて「田園」も聴き込んだ。ワルター指揮コロンビア響(1958)の録音に基ずくCDで聴くのが普通だが、書斎で聴くのは久しぶりだった。ベートーヴェンの9曲の交響曲の中で最も明るく楽しい交響曲が第6番「田園」である。
プログラム解説に書かれた5楽章の標題は次の通り。第1楽章:田舎に到着した時の晴れ晴れとした表情、第2楽章:小川のほとりの風景、第3楽章:田舎の人たちの楽しい集い、第4楽章:雷鳴、風、第5楽章:羊飼いの歌。

標題が付いていてメロディもきれいで親しみやすい曲となっていたがひと昔と違って今では夢中になって聴くことはない。ベートーヴェンの交響曲チクルスの演奏会で聴くことが増えて、聴いて心地よさは感じても感動を覚えることは珍しい。今日はさすが名手たちならではのアンサンブルであった。

終了時間が9時15分近くでアンコール曲は無いかと思ったが、コントラバス奏者ブラーデラーの“これが最後です”の言葉があって比較的長い曲「J.シュトラウスⅡ:ウィ-ン気質」を熱演。終了したのは9時25分で周囲の人々は大満足の様子であった。

帰宅して前回までのプログラムも含めて読み返してみた。2000年にトヨタ自動車国内生産累計1億台達成を記念に開催されたトヨタ・ミレニアム・コンサートがスタートで現在に至っている。トヨタ・ミレニアム・コンサートは「ウィ‐ンの音楽」を作り出したウィ‐ン・フィル並びにウィ-ン国立歌劇場のメンバーと「日本の技術」を育んだトヨタj自動車が力を合わせて実現した。このプロジェクトは今や日本のクラシック音楽界の恒例イヴェントとなっている。
芸術監督のシュミードル、コンサートマスターのシュトイデをはじめ2000年から欠かさず参加している名も名簿にある。トゥルノフスキー(bassoon )、ハンス・ペーター・シュ―(trumpet)はPMF教授陣としての来日も多くて親しまれている演奏家。パシュコはチェロ奏者として12年以降の常連で、PMF2016にも教授陣として初参加してウィ‐ン弦楽四重奏演奏会にも出演する。ブラーデラー(bass)は今年もPMF教授陣として参加する。知っている顔のメンバーの名を数多く見て親しみが湧いてくる。彼らの今後の活動も楽しみである。
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年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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