“ありがとう”の言葉

米国・ボストンで開幕したフィギュア・スケート世界選手権の男子ショート・プログラムで日本の羽生結弦が見せた演技は凄かった。ショパンのバラード第1番の音楽をバックに見せる演技は正に至芸と言えよう。芸術とスポーツが融合したパフォーマンスは言葉で言い表せないほどの出来栄え。昨年から世界最高得点を立て続けに出しているが精神的にも重圧がかかる環境の中でパーフェクトに近い演技を行う彼の技術力と精神面の強さには感服する。
今日も演技終了後に言葉にした“ありがとうございました”(Thank you so much.)は観客に対する感謝の気持ちが表されている。(*口元を見て彼の言葉が分った。)得点表示の場面でもコーチにお辞儀をして感謝の言葉も伝えている。自分一人だけの成果ではないという想いの姿。偉大なスポーツ選手の範疇を超えた人間的な素晴らしさをYuzuru Hanyuから感じ取っている。

“arigato”の言葉を知っている外国人は今日では数多い。一昨年の南米旅行の折に空港で日本人旅行客に“arigato”と歓迎の意を口にした多数の空港職員。ブラジル出国の際に係官に“obrigado”(オブリガード)と言ったらビックリされた。(*私は外国旅行の折には簡単な挨拶言葉は現地の言語で対応している。)

日本では「ありがとうございました」の言葉は商店では当たり前に使われるが、役所で職員が使う言葉にはなっていないと思う。今日、訪れた札幌北区役所で対応に当たってくれたヴェテランの男性職員が所定の手続きが終った時にこの言葉を口にした。意外であったが役所の対応に変化を感じて嬉しく思った。

昨年秋、ひと月余り入院した札幌東徳洲会病院で看護師がごく自然に毎日病室を訪れた時に用事が終って口にする“ありがとう”の言葉に強い印象を受けていた。患者が医師や看護師に言う言葉としては当たり前でも、その逆は無いと思っていた。通院だけでは味わえない看護師さんたちへの感謝の思いを入院の度に感じるのは昔も今も変わらないと思う。言葉遣いは人の気持ちに影響を与える。お互いの人間関係を良くすためにも簡単な挨拶は状況に応じて使われるのは好ましいことである。

人間は感情の動物である。数日前に喜寿を迎えたばかりであるが、いろいろな場面に遭遇して学ぶことが多々ある。他人への感謝の思いの大切さを羽生選手を通して改めて知らされた。
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川畠成道ヴァイオリン・リサイタル2016

視覚障害を持つ人々を支援するチャリティコンサートを展開する川畠成道のリサイタルを2014、2015年に続いて今年も聴くことにした。2001年に彼のコンサートを聴き始めてから今回が6回目となる。

2016年3月18日(金) 開演18:30  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈プログラム〉
 ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調 Op.12-3
 ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
 ミルシテイン:パガニーニアーナ(ヴァイオリン独奏のための変奏曲)
 パガニーニ:『うつろな心(ネル・コル・ピウ)』の主題による序奏と変奏曲 ト長調  
 グノー:アヴェ・マリア
 サラサーテ:序奏とタランテラ Op.43

前半のヴァイオリン・ソナタ2曲は聴きごたえがあった。ベートーヴェンのソナタは「春」と「クロイツェル」が定番で大ホールでは聴衆の入りを考慮してだろうが演目に入る場合が多い。2012年11月、庄司紗矢香&ジャンルカ・カシオ―リのコンサートでもそうだった。ただ、その折に彼らの「第1・3・4番」が収録されたCDを会場で購入した。今まで「第5・9番」しか所有していなかったCDも、これを機会にして、2年前に樫本大進&コンスタンチン・リフシッツによるソナタ全集を手に入れた。Daishin&Lifschitzは大ホールのコンサートで「第4・10番」を弾いた。聴きなれない曲が演奏曲目に入ると楽しみが増える。
そんな意味で今日の「第3番」は興味津々でCDも予め数回聴いておいた。演奏者の姿を目にしながら聴く味わいも加わって新鮮な受け取り方もできた。第5番以前のソナタの中では演奏機会が多いようである。全体にゆったりとしたテンポの曲でピアノとヴァイオリンが縦横にやり取りを繰り広げ、快活な印象を受けた。

ドビュッシー(1862-1918)は印象主義音楽の祖と呼ばれラヴェルと共に独特なフランス音楽を生み出した作曲家として知られる。このソナタは1916年から17年にかけ作曲されたが、結果的に遺作となった。軽やかで生き生きとした第1楽章、幻想的で軽快な第2楽章、極めて活発な第3楽章。ドビュッシーの特徴が表されている作品。この曲は演奏会で数回は耳にしている。
前半の2曲が終了して休憩後の後半のスタートでのトークによると、川畠がドビュッシーに取り組むのは初めてで、今後取り組んでいきたい作曲家と言う。プロだから当然だろうが、今年度初めて披露した曲とは思えない聴衆の心に響く演奏だった。

後半のプログラム開始に先立ってトークが入った。Kitaraのステージに初登場したのが2001年(*私は01,06,08年と大ホールでの公演を3回聴いているが、当時はロンドンを本拠地として活動していてピアニストも同世代の外国人であった。)と懐かしんでいた。多分、その後は英国と日本を本拠地として活動の幅を広げ、毎年数多くのリサイタルを行なっている。“Kitaraは大好きなホールで来年も再来年も新しい演目を増やしてリサイタルを続けたい”と語った。

後半は川畠の得意とするプログラム。最初の2曲は無伴奏でヴァイオリンの名手・作曲家による超絶技巧の曲。
ミルシテイン(1903-92)はウクライナ生まれの大ヴィルトゥオーゾ。名盤として有名なドヴォルジャーク、グラズノフのヴァイオリン協奏曲のCD(*1957年録音)を所有している。彼が作曲した作品があるのは知らなかった。パガニーニの「24のカプリース」の中の「第24番」の最も有名な旋律をもとに書かれた変奏曲。帰宅してから気づいたのだが庄司紗矢香の初のCDにこの小品が収録されていた。
※ミルシテインはホロヴィッツと共にロシアで大人気を博し、その後はヨーロッパ、アメリカで大活躍して世界各地で演奏旅行を行った。1972年アメリカの演奏会でミルシテインの代役を藤原浜雄が務めたエピソードは先日のコンサートで知った。

パガニーニ(1782-1840)のこの作品は初めて聴いた。今回のコンサートのプログラムには前2回にはなかった曲の解説が付いていた。川畠自身が自らの言葉で書いた解説でとても興味深いものだった。原曲はイタリアの作曲家パイジェッロのオペラ「美しい水車小屋の娘」のアリア。パガニーニが編み出したと言われる超高度な技巧の演奏に目を奪われた。指で弦をはじくピッチカート奏法を使いながら同時に弓で弦を弾く技がいとも簡単に繰り返された。序奏と主題、7つの変奏曲と終結部からなる曲で最初から最後まで今まで見たこともない特殊な奏法を駆使しての演奏は迫力充分であった。視覚的にも大いに楽しめた。

無伴奏のヴァイオリン曲に続き、プログラム最後の2曲はピアノとヴァイオリン。

グノー(1818-93)の「アヴェ・マリア」は誰もが耳にしたことがある名曲。川畠には思い入れのある曲であることがプログラムに書かれていた。彼が8歳の時、1980年ロサンゼルスで命の危険にさらされた時に彼を献身的に世話してくれた、今は亡き“はる子”さんのアメリカンネームが“マリアン”だったと言う。2000年に20年ぶりに訪れたロサンゼルスでのコンサートの最後にこの曲を演奏したとのこと。今までの人生で彼を支えてくれた人たちへの感謝の気持ちがこの曲を演奏するたびに湧き上がるそうである。

サラサーテ(1884-1909)はパガニーニとともにヴァイオリンの名手として知られる。サン=サーンスなどから献呈された曲もあって有名なヴィルトゥオーゾ。「序奏とタランテラ」を演奏会で聴くのは多分初めてのような気がした。プログラムの解説によるとタランテラとは高速の3連音符を用いた舞曲。この曲の冒頭の抒情的な旋律を耳にして聴いたことがあると思った。シンプルで快活な曲であるが、演奏者にとっては細かな運指が長く続くので負担が大きいようである。驚異的なテクニックでヴァイオリニストとして当時の人々を魅了したサラサーテならではの曲を堪能した。(*帰宅して、ふとCDの棚を見ると五嶋みどり“アンコール!ヴァイオリン愛奏曲集”が目に入った。全20曲の中に「序奏とタランテラ」が入っていた。)

前2回よりも今回は鑑賞の充実度が高かった。演目が自分の好みに合っていた。聴覚的にも視覚的にも小ホールで満足できるコンサートとなった。ピアニストの大伏啓太(Keita Oobushi)はベートーヴェンのソナタでピアノ・パートが難しいといわれる第1楽章を含めて、いろいろな曲で安定した伴奏でヴァイオリンを引き立てた。また、来年も来てみようかと思えるようなコンサートであった。

アンコール曲は①アルファンブラの思い出  ②ディ-ニク:ひばり  ③映画「ディア・ハンター」より “カバティーナ”。
 



 

ロータス・カルテット&ペーター・ブック(vc)

〈Kitara弦楽四重奏シリーズ〉

ロータス・カルテット(Lotus String Quartet)(1992年結成)がKitara弦楽四重奏シリーズに登場するのは今回で3度目だと思う。2008年10月の「ベートーヴェン:ラズモフスキー・セット」全曲演奏会、2010年10月の「シューマン弦楽四重奏曲全曲演奏会」に続いて6年ぶりのKitaraのステージ。東京クヮルテットが解散した現在では、日本が生んだ国際的な常設弦楽四重奏団として唯一の存在として知られる。ドイツ・シュトゥットガルトを拠点にして極めて積極的な活動を展開している。
今回は彼らがドイツに渡って師事して薫陶を受けたメロス弦楽四重奏団(1965-2005)創立メンバーのペーター・ブックが共演する。

2016年3月13日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

出演:小林幸子(Sachiko Kobayashi ,Violin)、マティアス・ノインドルフ(Mathias Neundorf、Violin)、山碕智子(Tomoko Yamasaki 、Viola )、斎藤千尋(Chihiro Saito, Cello)、ペーター・ブック (Peter Buck, Cello)

〈プログラム〉
 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 「ラズモフスキ―第1番」 作品59-1
 シューベルト:弦楽五重奏曲 ハ長調 D.956

ベートーヴェンは17曲の弦楽四重奏曲を書き残した(*番号が付いているのは16番まで)。初期の作品6曲は1800年に書かれたもので、CDも持っていなくて多分聴いたこともない。中期の作品が第7~11番までの5曲。第12番以降が後期の作品。弦楽四重奏曲を意識して聴くようになってから十数年しか経っていない。第8~11番はアルバン・ベルク四重奏団、第12~16番はスメタナ四重奏団のCDで演奏会に備えて聴く機会が多かった。どういうわけか「第7番」だけが手に入らずにいた。今回はようやくCDショップで見つけて何度か聴いてみた。第7~9番の3曲はラズモフスキ―第1~3番と呼ばれていてコンサートでも聴く機会は多い方であるが、親しむほどの曲にはなっていない。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲はピアノ曲、ヴァイオリン曲、交響曲などと違って外面的効果を狙った曲作りをしていないように思われる。ベートーヴェン自身の心の内をあらわにする心情を吐露している面が感じられる。この点が鑑賞の難しさかなと思っている。小ホールで行われるコンサートでは特別な環境に身を置くのでいつもそれなりに良さは味わえている。

ウィーン駐在のロシア大使ラズモフスキ―伯爵から依頼されて作曲して彼に献呈された曲。この曲は3曲中で最も規模が大きく4つの楽章が充実したソナタ形式で書かれており、弦楽四重奏の「エロイカ」と呼ばれることもある。全4楽章にわたって重厚で、管楽器の味わいさえ表現されている革新的な曲作り。
交響曲「英雄」を思わせるチェロのテーマで始まる第1楽章。第2楽章ではスケルツォとしてユーモアと皮肉を盛り込んだ感じ。第3楽章は哀しみを湛えた美しい旋律を持ちジプシーの哀感が漂う緩徐楽章。第4楽章はロシアの主題。ロシア民謡を使ったスケールの大きい楽しいフィナーレ。
やはり生演奏の迫力は充分で満席近い聴衆からブラヴォーの声が上がり、万雷の拍手もしばらく止まなかった。

シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」は有名で親しまれているが、この「弦楽五重奏曲」は耳慣れていない。50分ほどかかる大曲で、彼が亡くなるニヶ月前の1828年9月ごろに書かれた。弦楽四重奏にチェロが追加されたユニークな曲。

力強さと幻想的な雰囲気が調和した様子が表現される第1楽章、調性とリズムの変化で不安感に包まれる第2楽章、スケルツォで軽やかなリズムの部分と落ち着いた楽想の部分など長めの第3楽章、ウィ-ンの舞曲風の雰囲気があって現実の世界のような短めの最終楽章。
チェロ2本で低音弦楽器が目立ち、曲の重厚さが滲み出る印象を受けた。ペーター・ブックの客演で演奏に一層厚みがあったように思えたのは先入観からだろうか。第1ヴァイオリンのメロディの魅力も垣間見えた。全体的に調和のとれた演奏であったことは言うまでもない。
大曲の演奏終了後の拍手喝采は長く続いた。アンコール曲の演奏は無かった。

休憩時間中に大学同期の友人と半年ぶりに出会って立ち話。帰りのエントランス・ホールでも腰を下ろして暫しの間、歓談する時間を持った。彼も札響定期会員で演奏会では出会う機会もある。私から刺激を受けて音楽にハマったようだが、私と違って楽器の演奏が出来る点が素晴らしい。ギターを弾き始めて10年足らずだが、年齢を重ねるごとに演奏力を身に着けて、教えを受ける師を驚かすほどの成長ぶりを見せているらしい。毎日1日2・3時間はギターを弾いていると言う。彼はガンを克服して10年が経ち、新たな人生を見事に切り開いている。互いに脚にしびれの症状がありながらの音楽鑑賞。健康を気遣う後期高齢者同士である。




藤原浜雄(vn)&三上桂子(pf) デュオ

三上桂子プロデュース MOSTLY CHAMBER MUSIC
第17回モ―ストリー・チェンバー・ミュージック

三上桂子という名の音楽家がKitaraで毎年コンサートを開いていることは何となく分っていた。今回は藤原浜雄のヴァイオリンを聴いてみたいと思って2ヶ月ほど前にチケットを購入していた。1994年2月の札響定期にソリストとして出演して「コルンコルド:ヴァイオリン協奏曲」を弾いた記録が手元にある。それ以来、彼のソロは聴いていなかった。

2016年3月9日(水) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

藤原浜雄(Hamao Fujiwara)は1947年神奈川県出身。67年日本音楽コンクール第1位。68年パガニーニ国際第2位、71年エリザべート王妃国際第3位(いずれも当時の日本人最高位)。桐朋学園に学び、ジュリアード音楽院に留学。その後、20年以上アメリカで活躍。92年に帰国して同年11月から2012年3月まで読売日本交響楽団首席ソロ・コンサートマスター。93年より桐朋学園大学院教授、東京音楽大学客員教授。

三上桂子(Katurako Mikami)は札幌市出身。桐朋学園に在学中の1965年日本音楽コンクール第1位。ロン=ティボー国際コンクール特別賞。パリ音楽院、ジュリアード音楽院に学ぶ。カーネギー・ホールでデビュー・リサイタルほかアメリカ各地でソロ、室内楽で活躍。アメリカの大学の夏季講座の講師を長年務め、2000年以降はプラハ、ライプツィヒ、ウィ‐ンの音楽祭や昨年はフランスのニス夏期講習の講師にも招かれて国際的に活躍している。現在、桐朋学園大学名誉教授。

〈Program〉
 シューベルト:華麗なロンド ロ短調 作品70 D895
 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンの為のパルティータ第1番 ロ短調 BWV.1002
 ショパン:バラード第4番 ヘ短調 作品52
 プロコフィエフ:ヴァイオリンとピアノの為のソナタ ヘ短調 お作品80
 サン=サーンス:序奏とロンド・カプリッチオーソ 作品28

シューベルトのヴァイオリン・ソナタの作品は数少ない。このロンドもピアノ曲かヴァイオリン曲か分らなかった。単一楽章ではあるがスケール大きく、ヴァイオリンとピアノが対等に渡り合う古典派の作品。曲想が華やかで、最初から最後まで力強い作品。ピアノの打鍵の速さも含め技巧性が際立ちモーツァルトよりはベートーヴェンを意識した作品のような感じがした。

バッハの「第1番」はアルマンド、クーラント、サラバンド、ブーレという4つの古典舞曲の組み合わせ。第2番や第3番と違って、第1番にはドゥブルが各4曲に付いている。Doubleの意味が今まで解っていなかったが今回“変奏”の意味だと判明した。

ショパンの「バラード第4番」は最近コンサートで取り上げられる機会が多い。内容的にも技巧的にもピアニストが挑戦し甲斐のある曲なのだろう。シューベルトの曲でも目についたが、この曲で思ったより打鍵の速さが目に留まった。馴染みのメロディで心地よく聴けた。

プロコフィエフのヴァイオリン曲は珍しいと思っていたが、先月のDaishin&リフシッツのコンサートで聴いたばかり。デュオでこの曲に取り組むのは大変なのだろうと思った。作曲当時のソ連社会でプロコフィエフが社会主義リアリズムの体制の中で自分の主張を貫き通すことは並大抵で無かったことは容易に想像がつく。作品には陰鬱さ、怒り、恐怖も汲み取れるが、ロマンティックで魅力的な旋律もあらわれる。巧みな曲作りが見て取れる。世界で話題のデュオに比べてオーラは欠けていたが難曲への取り組みからそれなりの成果は感じ取れた。

サン=サーンスがヴァイオリンの名手サラサーテのために書いた作品。初演はサラサーテの独奏と作曲者自身の指揮による管弦楽で行われた。スペイン風の艶やかな曲で気品も漂う作品。ヴァイオリンの名曲として広く親しまれている。玄人受けする本日のプログラムでヴァイオリンの技量が見事に披露された。

日本を代表する名ヴァイオリニストの演奏を堪能した。三上は夫君藤原浜雄に引けを取らないピアニストの力量を存分に発揮した。日本の著名なピアニストの名に彼女の名がないのは長年アメリカに拠点を置いて活躍していたせいなのかもしれないと思った。50年ほど前の日本音コンで優勝した後も二人はたゆまぬ努力を続けている姿が見て取れた。

アンコール曲は2曲。①「チャイコフスキー:憂鬱なセレナード」、 ②「サラサーテ:ザパテアート」。

帰りのエスカレータで“素晴らしかったですね!”と年配のご婦人に声をかけられた。見知らぬ人だったが、“そうでしたね”と応えてタクシー乗り場へと急いだ。本日の聴衆の数は多くなかったが、聴く人の心に響くコンサートであった。

チェコ・フィル ストリング・カルテット 2016

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団は世界のメジャー・オーケストラとして知られるが、21世紀に入ってからその勢いが衰えてきている感がしないでもない。札幌コンサートホールが開館した1997年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とともにKitaraのステージに初登場したのは記念すべき出来事であった。ウラディーミル・ヴァ―レク率いるチェコ・フィルに続いて2003年にはジャン・フルネ指揮による同フィルのフランス音楽の演奏が最後となっていた。その後に札幌公演も行われたが聴く機会を持たなかった。
チェコ・フィル・ストリング・カルテットの札幌公演は昨年スケジュールの調整が出来ずに聴けなかったが、今年の2度目の来札公演は何とか聴くことが出来た。

2016年3月6日(日) 開演13:00  札幌コンサートホール大ホール

Czech Philharmonic String Quartet は1992年チェコ・フィルの主要団員たちによって結成され、2011年ヴァイオリン奏者2名の定年によるチェコ・フィル退団を受けて、新進気鋭のコンサートマスターなど優れたメンバーが加わった。

出演/ ヨゼフ・シュパチェク,Jr(第1ヴァイオリン)、 ミラン:ヴァヴジーネク(第2ヴァイオリン)、 ヤン・シモン(ヴィオラ)、 ヨゼフ・ シュパチェク,Sr(チェロ)

〈PROGRAM〉
 モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハト・ムジ―ク K.525より 第1楽章、  
 バッハ:G線上のアリア、ハイドン:セレナード、ベートーヴェン:エリーゼのために、
 シューマン:トロイメライ、 ショパン:子犬のワルツ、サン=サーンス:白鳥、
 リムスキー=コルサコフ:熊蜂の飛行、
 ドヴォルザーク:ユモレスク、  ハチャトゥリアン:剣の舞、
 オッフェンバック:「天国と地獄」序曲より、 ワルトトイフェル:スケーターズ・ワルツ、
 バダチェフスカ:乙女の祈り、  イヴァノヴィッチ:ドナウ川のさざ波、 
 ネッケ:クシコスポスト、 ピアソラ:リベルタンゴ、  ビートルズ:ミッシェル、  
 グレン・ミラー:ムーンライト・セレナーデ、
 ロドリゲス:ラ・クンパルシータ、   エリントン:A列車で行こう

クラシックの名曲を中心に珠玉の名曲集コンサート。前半は超有名曲10曲、後半はポピュラー音楽をまじえた名曲10曲。殆ど聴き慣れた曲ばかりであるが徹底した有名曲のプログラムに興味をそそられた。
リーダーのJosef Spacek、Jrは1986年、チェコ生まれ。アメリカの名門カーティス音楽院を卒業後、ジュリアード音楽院でパールマンに師事。ソリストとして活躍し、2011年チェコ・フィルのコンマスに就任。このカルテットのリーダーとしてコンサートを仕切った。コンサートの進め方は堂に入っていた。日本語の挨拶で売り出した1200ほどの座席を埋めた客の心を巧みに掴んだ。演奏でも終始リーダーシップを発揮していた。途中でメンバーを自己紹介させ、チェロ奏者と同じ名で彼の息子と述べた。(*帰宅後にチェコ・フィル札幌公演のプログラムで当時のオーケストラメンバーとして2回とも彼の名があった。シュパチェクと同じ1962年生まれでヴィオラ奏者のJan Simonとヴァイオリンのミランも03年のチェコ・フィル来札公演に加わっていた。)

わかりやすい日本語で話しながら、“日本語は難しい。英語の方が得意です。”と言って、今度は早口の英語で話し始めた。日本では度々、公演を行なっているが日本の聴衆は世界一と述べ、日本の食べ物の美味しさなど日本の素晴らしさを話した。今回が56回目の来日となり日本食が大好きなヴィオラ奏者ヤンに話を振り料理の種類を述べさせ、会場が和やかになる雰囲気を演出した。英語が理解できなくても“寿司、刺身、てんぷら、しゃぶしゃぶ、味噌ラーメン”という言葉が解って会場に笑いが広がった。

前半の耳に馴染んだ名曲の演奏はあっという間に終った。後半に始まった「スケーターズ・ワルツ」には懐かしい思い出がある。大学に入学して月2千円の奨学金が授与されることになった。6月に支給された3ヶ月分6000円は思わぬ大金で電気蓄音機を購入した。早速、「スケーターズ・ワルツ」や「子犬のワルツ」が入ったSPレコードを手に入れて毎日のように聴いていた。その後、「スケーターズ・ワルツ」は殆ど耳にすることは無かったが、ワルトトイフェルの名は忘れたことはない。
(*話は逸れるが、卒業後に公立中学校教員になった場合には4年間に貸与された約10万円は返還の義務が免除されていた。公立高校教員になった場合は翌年から年5千円の返還が義務付けされていた。奨学金は殆ど書籍の購入に充てていて希望の職に就いたので卒業後は返還のつもりでいた。ところが就職した翌年から高校教員も返還が免除されることになった。返還義務が始まる1962年に返還を怠ったところ延滞金が課せられた。当然のことながら翌年から20年間に亘って返還義務を果たした。就職した年の初任給は1万5千円で、70年以降の急激な給料上昇のお陰もあり、当時の奨学金の有り難さは身に染みている。)

後半のプログラムのドイツの作曲家ネッケ(1850-1912)の名は知らなかったが、流れてきたメロディが《「天国と地獄」序曲より》と同じく日本の運動会で耳慣れたものだった。ポピュラーな曲はそれほど馴染んでいない。「ラ・クンパルシータ」だけは有名なアルゼンチン・タンゴで心も踊るリズミカルな曲で楽しめた。

全20曲がそれぞれアンコールとして演奏される小品。最初の「小夜曲」が第1楽章だけでなく全楽章を演奏しても良かったのではないかと思った。好みは人それぞれだが、堅苦しい曲よりも全曲が小品の有名曲を好んで休日の午後のひと時を歓迎した人が大勢いたかもしれない。充実感は覚えなかったが、妻の日頃の世話に感謝してコンサートに誘って気軽な気持ちで楽しんだ。

アンコール曲は3曲。①ブラームス:ハンガリー舞曲第5番、 ②ニーノロータ:ロミオとジュリエット。2曲の演奏後にリーダーはサイン会の宣伝を日本語でして最後の曲を演奏したが、彼は聴衆を喜ばせる術を心得ている様子だった。③ヨハン・シュトラウスⅠ:ラデツキー行進曲。帰りのホワイエには多くの人が列をなして並んでいた。



札響第587回定期演奏会(エリシュカ指揮)

2月の札響定期は体調不良でチケットを妻に譲った。3月に入っても歩行困難な状態は変わらないが、今回のエリシュカ指揮札響定期は聴き逃したくなくて無理してKitaraに出かけた。

2016年3月5日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara 大ホール

R.エリシュカ・チャイコフスキー後期3大交響曲シリーズ2~

〈プログラム〉
 スメタナ:「シャールカ」~連作交響詩「我が祖国」より
 ドヴォルジャーク:弦楽セレナード ホ長調 op.22
 チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 op.36

スメタナの全6曲からなる連作交響詩《わが祖国》の第2曲「モルダウ」が演奏会の曲目になることが断然多い。第3曲「シャールカ」が単独で演奏されるのを聴くのは今回が初めてであった。ク―べリック&ボストン響のCDしか持っていなくて、全曲は何度も聴いていてもタイトルは「第2曲」しか知らない。他の5曲の標題はハッキリ覚えていない。
第3曲《シャールカ》は若き英雄的な女性のシャールカの伝説に基づくとされる。「ボヘミアのアマゾン軍を率いるシャールカは裏切られた恋人に復讐しようと策を練る。部下に命じて自分を森の中の木に縛り付けさせ、通りかかった騎士が彼女を救って城に連れ戻す。盛大な宴会が催され、シャールカは酔いつぶれた騎士たちを皆殺しにするストーリー。」
男性軍への怒り、屈辱、復讐の物語がボヘミアの自然を舞台にしてドラマティックに展開される音楽。余りにも「モルダウ」に鑑賞が偏っていたことを改めて気づかせてくれたエリシュカの選曲に感謝!

ドヴォルジャークの青年時代は不遇であったが、「弦楽セレナード」はボヘミアの民族的要素を表現して成功した最初の作品と言われている。チャイコフスキーの「弦楽セレナード」とともに親しまれている作品。
温かい柔らかな雰囲気の第1楽章。優美なワルツを含む第2楽章。生き生きとしたスケルツォの第3楽章。詩情豊かな魅惑的な緩徐楽章の第4楽章。第5楽章は自由なソナタ形式で終曲に相応しいフィナーレ。
第4楽章が終了した時点でエリシュカが見せた満足の仕種に一部の人が曲の終了と勘違いしたのは止むを得ないかもしれない。弦楽器だけで演奏される曲をはさんでメイン・プログラムを後半に備えたプログラミングの妙が解った気がした。

チェコの作曲家の作品の味を何気ない指揮ぶりの中で日本の聴衆に伝えてくれるエリシュカ。彼が日本の音楽に与えてくれた影響は計り知れない。ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーの交響曲も大評判である。

後半のチャイコフスキーは本日のメイン・プログラム。エリシュカ指揮札響定期演奏会のライヴ収録が毎回のように行なわれている。ベートーヴェン、ブラームスに続いてチャイコフスキーのCDも発売される予定になるのだろう。
「第4番」を聴くのは久しぶり。数日前にゲルギエフ指揮マリインスキー・オーケストラによるDVDを鑑賞した。第4・5・6番の3曲ともチャイコフスキーの傑作とされる名曲。
今日の札響の演奏はいつにない大音量に思えた。エリシュカの若々しい迫力のある指揮ぶりに導かれて管楽器の活躍が光った。
ホルンとファゴットが奏でるファンファーレで始まった第1楽章。金管群による“運命の主題”が曲全体の中で何度も出てきて、この曲の悲劇性が表される。第2楽章はオーボエによる悲哀のこもった主旋律とクラリネットとファゴットによる民俗舞踊的なトリオの素朴な表情が対照的だった。第3楽章のスケルツォは弦楽器によるピッツィカートだけの演奏が興味深かった。最終楽章はメランコリックな気分を蹴とばすような第1主題とロシア民謡による第2主題が交互に展開されて祝祭的なフィナーレで曲が閉じられた。

弦楽器が支える札響の安定感は定評があるが、今日は管楽器の力強さが感じ取れた。第1曲の後で満を持して第3曲の力強い演奏に備えていた様子が実感できた。そんな意味でエリシュカのプログラミングの妙を痛感したのである。
演奏終了後に1、2階の客席の殆どを埋め9割ほどの客が入った大ホールにブラヴォーの声が響き渡った。各パートの奏者を称えて、首席、副首席奏者に握手を求めて敬意と感謝の意を表すエリシュカの姿はいつもと変わらない。札響団員との信頼関係は一層深まっている感じさえする。

万雷の拍手に対応した後で、エリシュカは3月末日を持って札響を退団するオーボエ首席奏者の金子亜未にブーケを手渡した。彼女は2012年7月に札響に入団した当初からオーボエ首席奏者に就任して、同年10月のオーボエ国際コンクール・軽井沢で日本人初の第2位に入賞して注目を浴びた。札響以外で彼女の演奏を聴く機会が何度かあって彼女のオーボエ独奏の魅力にはまっていた。札響の管楽器奏者のレベル向上に果たした役割は大きい。札響は惜しい人材を失うが、彼女の今後の活躍を祈念したい。

※エリシュカは2008年から札響首席客演指揮者に就任して、2015年からは名誉指揮者に就任。円熟さを増して外見はむしろ若返っている印象さえ受ける。来週の火曜日、8日にはサントリーホールで本日と同じプログラムで東京公演がある。エリシュカが札響を率いての初めての東京公演となるが成功を祈る。
プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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