第17回ショパン国際ピアノ・コンクール2015 入賞者ガラ・コンサート

5年ごとに開かれているショパン国際ピアノコンクールの入賞者ガラ・コンサートが札幌で初めて開かれたのが1995年だった。この年の10月にワルシャワで開催されたコンクールの翌月実施のコンサートで日本でも初めての開催だったと思われる。全国8都市10公演が行われ、札幌は東京と同じく2公演があった。当時のプログラムも1990年までの入賞者の記録などが載せられて慌ただしく準備されていた様子を今回改めて知った。
札幌での開催日は11月19日と20日。第一夜が北海道厚生年金会館、第二夜が藤学園講堂。第2位から第6位までの入賞者5人が参加。この年も第1位の該当者はなく、優勝の呼び声の高かったロシアのスルタノフは最高位ではあったがフランスのジュジアーノと2位を分け合い不満を表明して表彰式に姿を見せずに来日も見送った。(しかし、彼は翌年の3月に来日して札幌でも公演を行った。) この時のガラ・コンサートには2日続けて聴きに出かけたのは忘れられない思い出になっている。

2000年のガラ・コンサートは11月27日の札幌公演に始まって全国15公演。ユンディ・リが優勝した年である。札幌でのコンサートには残念ながらユンディ・リと第3位コブリンが不参加で、第2、4、5、6位の入賞者4名によるコンサートだった。

2005年のガラ・コンサートは開催なし。第16回ショパン国際ピアノコンクールの入賞者ガラ・コンサートの日本公演は6都市7公演に絞られ2011年1月に行われた。仙台、福岡、大阪、東京、名古屋に続いて札幌が最後の公演地。第1位アヴデーエワ、第2位ヴンダー、第2位ゲニューシャス、第3位トリフォノフの上位4名の参加。第5位デュモンは札幌のみ不参加。第4位のポジャノフは表彰式をボイコットして日本でのガラ・コンサートには不参加。彼は同年11月に佐渡裕指揮ベルリン・ドイツ響との共演で来札、12年5月にも来札してリサイタルを開催した。
この時のコンサートは上位入賞者全員の参加があってコンサートが盛り上がった。アヴデーエワは11月にKitara に再登場してリサイタルを開いた。トリフォノフは2011年11月開催の第14回チャイコフスキー国際コンクールで優勝して、12年4月の優勝者ガラ・コンサートでも来札して日本公演も行い、若くて人気度も高く演奏レヴェルも高い魅力あふれるピアニスト。

今回のガラ・コンサートは第1位から第6位までの入賞者6名全員が参加する初めてのコンサートである。当初から管弦楽団はワルシャワ国立フィルである。ワルシャワ・フィルの来札公演は多くて、私自身が聴くのは1992年以来10回目となる。指揮者はコルト、ヴィットに続いて、今回はカスプシク。

2016年1月31日(日) 3:00PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ヤツェク・カスプシック(Jacek Kasprzyk)
管弦楽/ ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団

カスプシックは1952年、ワルシャワ生まれのポーランドの指揮者。77年カラヤン指揮者コンクール第3位。78年アメリカ響を振って米国デビュー。80年代に主として英国で活躍。87年に来日して読売日響に客演。08年にポーランドの世界的名門室内オーケストラ、シンフォニア・ヴァルゾヴィア(*1984年メニューインが創設)を率いて来札して小山実稚恵と共演。13年9月よりワルシャワ国立フィル音楽監督。今回が多分2回目のKitara のステージ。

〈プログラム〉
 スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31 [ドミトリー・シシキン(第6位)]
 舟歌 嬰へ長調 Op.60  [イーケ・トニー・ヤン(第5位)]
 アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ Op.22 [ エリック・ルー(第4位)]
 ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op.11 [ケイト・リゥ(第3位)]
 ピアノ協奏曲第2番 へ短調 Op.21 [シャルル・リシャール=アムラン(第2位)]
 ノクターン第13番 ハ短調 Op.48-1、  幻想曲 ヘ短調 Op.49、
 ポロネーズ第6番 変イ長調 Op.53「英雄」  [チョ・ソンジン(第1位)]

「第2番」はスケルツォの中で最もポピュラーな曲。冒頭の悲劇的な第1主題と高貴な第2主題は対照的。“諧謔”の意味を持つ語の概念とはほど遠い曲想。作曲当時のショパンの感情の起伏の激しさが表現されているように思われる。
シシキンは92年生まれ。モスクワ音楽院でロシアの巨匠ヴィルサラーゼに師事するロシアン・ピアニズムの継承者。

「舟歌」は本来ヴェネツィアのゴンドラの船頭の歌だが、寂しさが漂っていて叙情性に溢れた名曲。
ヤンは98年生まれのカナダ人で、ショパン・コンクール史上最年少の入賞者。現在、ジュリアード音楽院在学中。

1831年に完成していた“滑らかな”の意味の「スピアナート」のショパンらしい叙情的な曲想の序奏が1834年に書き加えられた華やかな曲想の「ポロネーズ」を引き立てた感じ。ポロネーズの部分がオーケストラ付き。
ルーは97年生まれのアメリカ人。カーティス音楽院在学中。今シーズンにカーネギー・ホールでリサイタル開催予定。

「協奏曲第1番」はポピュラーなピアノ協奏曲。ショパンがワルシャワ音楽院卒業後に書いた2曲の協奏曲のうち、第2番より先に出版されたため若い番号になっている。ワルシャワを去る前の1830年10月の演奏会で初演。ショパンの独創性が発揮された協奏曲。
リゥは94年、シンガポール生まれのアメリカ人女性。カーティス音楽院に在学中。ニューヨークのカーネギー・ホールをはじめワシントンのケネディーセンターなどでリサイタルを開催し既に幅広く活躍中。演奏終了後にかかったブラボーの掛け声に聴衆の感動の大きさが伝わった。

*オーケストラのメンバーは約70名で女性が2割ほど。オーケストラの出番に備えてステージ上で興味深いことに気付いた。チェロやコントラバスの楽器の先端で床が傷つかないようにステージ・クルーが木製の細い板を各低音楽器奏者の前に置いていた。P席に座っていて見えた光景だったが、このようなオーケストラの配慮は今までに見たことが無かった。

「協奏曲第2番」は1830年3月、ワルシャワでショパン自らの初演で大成功。第2楽章はワルシャワ音楽院で共に学んでいたグワドコフスカへの想いが込められたノクターン風の楽章で印象的。
リシャ―ル=アムランは89年生まれのカナダ人。ショパン・コンクールで実質的にチョと優勝を争ったライヴァル。本選10人中ただ一人「第2番」を弾いて聴衆を楽しませたらしい。本人もこの曲を得意としているようだ。
楽しんで演奏している様子で、演奏終了後の拍手喝采に応えて、アンコール曲として「マズルカ ロ短調op.33-4」を弾いた。

チョ・ソンジン(趙 成珍)は94年、ソウル生まれの韓国人。2009年浜松国際ピアノコンクールで優勝した翌年、PMFオープニングコンサートでKitara初登場。11年チャイコフスキー国際第3位、14年ルービンシュタイン国際第3位。15歳で浜松国際で優勝したことを考えると他のコンクールで優勝してもおかしくないと思っていた。チョの洗練されたピアノはチャイコフスキー国際のようなパワー系の外面的効果が重要な部分を占めるコンクールでは必ずしも有利でなかったと思われる。

「ノクターン第13番」は非常に格調が高くスケールの大きな作品。

「幻想曲」は厳格な形式にとらわれずに即興的に自由に書かれた曲。バラード特有の3拍子でないので、「幻想曲」という名になったようである。ショパンの作風には珍しい雄大で堂々とした曲。

「英雄」は堂々と行進する英雄たちの姿を想像させる曲で最も親しまれているポロネーズ。ポーランドの舞曲の勇壮な3拍子のリズムに乗っての行進で心も踊る。

チョはステージに登場する姿も堂々として貫禄十分。ステージ・マナーも他のピアニストと違って日本での数多くのコンサートの経験を生かして余裕の表情。演奏を始める前から聴衆を引き込む術を心得ているようで好印象。オーディエンスは直ちにショパンの世界に引き込まれた。3曲の持ち味を存分に表現したあと、聴衆の歓声もひと際大きくなってアンコール曲に「ノクターン 遺作 嬰ハ短調」を演奏。(*韓国人の名はカタカナより漢字の方が覚えやすくて親しみやすいと感じている。)

時間は6時15分を過ぎていた。客席を埋めた8割ほどの聴衆もショパン・コンクール入賞者のガラ・コンサートを堪能した様子だった。コンクールに応募した445名から選ばれた6名は今回の日本ツアー7公演(盛岡・大阪・新潟・名古屋・東京・札幌)でピアニスト同士の交流もできて得難い体験をしたのではないかと想像される。コンクールは彼らにとって一通過点である。今後の精進を望みたい。
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新進演奏家育成プロジェクト オーケストラ・シリーズ 第26回札幌

文化庁委託事業<平成27年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業>
新進演奏家育成プロジェクト オーケストラ・シリーズは地域の音楽振興と新進演奏家の発掘・紹介を目的としてスタートした。全国6地区(札幌・仙台・名古屋・大阪・広島・福岡)において有望な新進演奏家を厳正なオーディションにより選抜し、プロのオーケストラとの機会を提供するプロジェクト。平成23年度にこの事業は始まったという。今年度初めてこの種の演奏会があるのを知った。昨年度までの4年間で24回の公演が開催され、今回の札幌公演が〈第26回札幌〉となっているわけが分った。

今回は平成27年度オーディションで選ばれた5名の才能ある新進演奏家が札幌交響楽団と共演するコンサート

平成28年1月29日(金) 19時開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ 高関 健     管弦楽/ 札幌交響楽団

1部
 J.シュトラウスⅡ:ワルツ「春の声」作品410(ソプラノ:前田 奈央子)
 コープランド:クラリネット協奏曲(クラリネット:高橋 良輔)
 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18(ピアノ:樋口 智樹)
2部
 プッチーニ:歌劇「トスカ」より “歌に生き、愛に生き”(ソプラノ:佐々木アンリ)
 ヴェルディ:歌劇「運命の力」より “神よ、平和を与えたまえ”
 ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 作品107(チェロ独奏:小野木 遼)
 
入場時に国内6か所開催のプロジェクトの詳細な記録が載った部厚なプログラムが手渡された。文部科学省の予算から出ているのであろう。予備知識もなくて、出演者のプロフィールも詳しくは読んでいなかった。
第1部登場の3人は札幌の音楽大学で学び、研鑽を積んでいる様子。
前田はウィーンの宮廷舞踊会で着るようなピンクのドレスで登場。コロラトゥーラの美声を駆使して馴染みのワルツ「春の声」を堂々と歌い上げた。途中で息切れがしないかと思うような長い曲を楽しそうに歌う姿は華やかでもあった。

コープランド(1900-90)はアメリカの作曲家。20年ほど前のPMFで取り上げられていたのでその名を知る作曲家。弦楽合奏とピアノで始まって、クラリネットが自由自在に曲を操るメロディを聴いて名曲と分った。ジャズ・クラリネット奏者ベニー・グッドマンの委嘱作品だったそうである。1950年の初演でグッドマン独奏、フリッツ・ライナー指揮NBC交響楽団の曲を大いに楽しんだ。ソリストとして魅力あふれる見事な演奏ぶりで聴きごたえがあった。

ラフマニノフの曲を大ホールで演奏する機会を得ただけでも新人演奏家としての実力が評価がされていることが判る。余りにも有名な曲で一流ピアニストがKitaraで奏でる音と比べてしまいがちだが、新人としての力量は発揮できたのではないかと思える演奏であった。

第2部登場は東京芸術大学出身の演奏家。佐々木はライプツイヒ音楽大学に学び、ドイツの歌劇場や音楽祭などでモーツァルトやプッチーニのオペラの主役で出演。帰国後、札幌を拠点に活動しているソプラノ歌手。真紅の舞踏会用ドレス姿で登場。豪華な衣装にも目を奪われた感じ。「歌に生き、愛に生き」は聴きなれたアリア。あっという間に終わったが、2曲目の「運命の力」のアリアは比較的に聴きなれていない曲だったが、オペラのドラマティックな雰囲気がよく出ていた名演だった。歌声だけでなく、演技にも迫力があってヨーロッパでの歌劇場での経験が生きている印象を受けた。

ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲のCDはどういうわけか第2番だけ手元にある。「第1番」は作曲家がロストロポーヴィチのために1959年に作曲した作品。小野木は北見市出身で東京芸術大学卒業後、同大学院修士課程修了。PMF2007に参加。サントリーホールでヴァイオリンの竹澤恭子、渡辺玲子、チェロのマリオ・ブルネロ、ホルンのラデク・バボラークら世界的な演奏家と多数の室内楽で共演。昨年札幌交響楽団に入団。
彼が札響のチェロ奏者であることを知ったのは演奏直前だった。演奏が始まると曲の面白さと小野木の巧みな演奏にたちまち引き込まれた。チェロの持つ独特の美しい響きとは少し違う異なる響きと演奏技法に耳が吸い寄せられた。多用されるピッツィカート奏法やカデンツァなど曲全体の構成が流石ショスタコーヴィチが満を持して盟友チェリストに捧げた曲だけのことはあると痛感した。実に素晴らしい演奏であった。聴きなれていないから一層その感動がオーディエンスにも伝わった。演奏終了後にブラボーの声も上がって、聴衆の反応も大変良かった。

高関健は群馬交響楽団の功績者として名高い。札響の正指揮者(2003-12)を務めた後、現在は京都市響常任首席客演指揮者、15年4月から東京シティ・フィル管常任指揮者。東京芸術大学教授の任にあり同大学オーケストラの指導に当たるなど若い音楽家の育成にも幅広い活動を行なっている。このたびの演奏会の指導ぶりにも出演者への細かい心配りが垣間見えた。

音楽学校に学んで人生を音楽に捧げ続ける人々は音楽愛好者に比してほんの一握りにしかすぎない。少しでも音楽を志す人々の門戸を広げる国家的プロジェクトは日本では遅きに失している。今後このようなプロジェクトが地方自治体に少しでも広がっていくことを期待したい。

Kitaraランチタイムコンサート 《モーツァルトはお好き?Ⅲ》

サッカー男子の五輪アジア最終予選を兼ねたアジア選手権がドーハで行なわれている。昨夜遅くに始まった準決勝のイラク戦で劇的な決勝ゴールが生まれた。時間は午前0時を過ぎていた。心地よい眠りにつけると思ったが興奮していたのか、なかなか寝付けなかった。1993年の「ドーハの悲劇」と呼ばれる出来事は当時修学旅行の生徒引率で上野行きの夜行列車の中で耳にした。それから23年も経過したが、“悲劇”が起きた相手国がイラクだったので今回は因縁のようなものを感じた。1月27日は忘れられない日になった。

1月27日はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの誕生日。その日を記念して午後にKitaraランチタイムコンサートが開催された。2年前の2014年1月28日に開かれた《モーツァルトはお好き?Ⅱ》に続いての札幌音楽家協議会室内オーケストラによるコンサート。
前回と同じくオール・モーツァルト・プログラムで指揮は阿部博光。

2016年1月27日(水) 13:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

〈PROGRAM〉
  セレナード 第6番 「セレナータ・ノットゥルナ」 K.239
   ピアノと管弦楽のためのロンド K.382 (ピアノ:森吉 亮江)    
  交響曲第38番 ニ長調 「プラハ」 K.504

コンサートは八木幸三先生の司会進行で始まった。彼は札幌在住の作曲家で音楽評論家。札幌では演奏会のプレ・トークなどで活躍している。Kitara主催のコンサートではモーツァルトの服装でステージに登場して、巧みな話術で楽しいコンサートの雰囲気を作り出す。モーツァルト姿も似合っていて本人はモーツァルトになりきっている。今日は彼の260回目の誕生日。ホールの客席の9割を埋めた聴衆も今日が彼の誕生日と聞いて印象づけられた様子だった。

「セレナータ・ノットゥルナ」は3楽章構成。弦楽合奏にティンパニが加わった曲。モーツァルトがティンパニを使って新機軸を打ち出そうとしたのだろうと思った。ただ、聴きなれていないせいかティンパニの音が強すぎて曲の良さが伝わってこなかった。イタリア語で“ノットゥルナ”はフランス語の“ノクターン”に当たる言葉だそうである。夜想曲の感じはしなかった。

2曲目から指揮者も登場。管楽器奏者も加わった。ウイーンに移住したモーツァルトは得意のピアノ作品を書きながら予約音楽会などを開いて自活の道を切り開いた。この曲のCDは持っていないが、ロンド風な性格を示す陽気な愛らしい主題と7つの変奏。ピアノの自由なカデンツァが経験豊富なピアニストによって奏でられた。

1787年1月に妻のコンスタンツェと共にプラハの音楽愛好家たちに招かれたモーツァルトは自作自演の演奏会のために前年に書いておいた交響曲を携えてプラハを訪れた。プラハで上演された「フィガロの結婚」が大評判だったのである。
「プラハ」と呼ばれるようになったこの曲には“メヌエット”が無く、3楽章構成なのも特徴となっている。オペラ「魔笛」、「フィガロの結婚」の旋律と似ているところもある。躍動感のある明朗快活な最終楽章が印象的で歓喜に満ちたフィナーレ。

前回同様に色とりどりのドレスで着飾った女性奏者たちが繰り広げる演奏会でどことなく華やかな雰囲気も漂っていた。オーケストラ編成は30名(男性奏者4名、女性奏者26名)。

今日は10日ほど前に鑑賞を決めたコンサートを気軽に楽しめた。演奏会後のホワイエでボランティアで知り合った友人と出会い、その後、Kitaraテラスレストランで一緒にデザートを食べながら会話を楽しんだ。久しぶりの懐かしい出会いが交流を深める機会となってとても充実した時間を過ごせた。
帰宅途中でタワーレコ‐ドに立ち寄って、たまたま梯剛之が演奏するモーツァルトのピアノ・ソナタのCDが目に入って購入した。体調が良くなって、行動に広がりが出てきたのを喜んでいる。

 

北海道交響楽団 第79回演奏会

コンサートのチケットは3ヶ月前から半年くらい前に購入しているが、地元の音楽家が活躍する1月末の演奏会の鑑賞を急遽いくつか予定に入れた。道響は毎年のように聴いている。今回の公演のサブタイトルが「マエストロ川越のおしゃべりマチネー」となっていて、開演時間も日曜とはいえ早めの時間になっているのが軽めのプログラムとともに興味を引いた。

〈プログラム〉
 オッフェンバック:喜歌劇「天国と地獄」序曲
 ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
 リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲 作品34
 ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 作品98

普段の道響の演奏曲目としては重々しさがなくて、若者から年寄りまで幅の広い客層を集めそうなプログラミングが目をひいた。

オッフェンバック(1819-80)はオペレッタの創始者と言われるフランスの作曲家。1850年代からパリで大流行したオペレッタ「天国と地獄」で知られている。序曲の後半のメロディはフレンチカンカンや運動会の徒競走で日本人には特に馴染みの曲。娯楽性の強い喜劇でダンス音楽も取り入れられている。20年ほど前に札幌で実演を観た記憶があったが、喜歌劇の内容は殆ど覚えていない。1994年、北海道二期会30周年記念の行事として札幌で公演(管弦楽は札響、合唱は札幌アカデミー合唱団)が行なわれていた。
開演前の指揮者によるトークではユダヤ人が現在のシリアの難民のように昔から難民としてヨーロッパに渡り、嫌われ者であったが優秀な人材が数多く排出した話があった。オッフェンバックもユダヤ人という話は初耳であった。

ラヴェル(1875-1937)の最も親しまれている作品は「ボレロ」である。ピアノ曲してパリ音楽院在学中の1899年に作曲された「亡き王女のためのパヴァーヌ」は演奏会でしばしば聴く機会がある。1910年にオーケストラ用に編曲された管弦楽曲はインバル指揮フランス国立管によるCDが手元にあるが、演奏会で聴くのは初めてのような気がする。とても繊細で美しい静かな曲が流れた。
ラヴェルの一生については予めかなり詳しい知識を持っていたので、耳新しいことは無かったが興味深い解説であった。

リムスキー=コルサコフ(1844-1908)は交響組曲「シェエラザード」が最も有名で、道響の5年ほど前の演奏会で聴いた記憶がある。「スペイン奇想曲」はアレクサンドル・ラザレフ指揮ボリショイ交響楽団のCDで聴いたことがあるが、私自身そのメロデイにはシェエラザードとは比べられないほど親しんではいない。(*ラザレフは2008年から日本フィルのシェフの任にある。)
コルサコフは海軍士官時代に各地を航海して自らの体験を通して書いた作品が多いとされる。作曲を本業にしていなかったが「五人組」の最年少でロシア国民楽派を代表する作曲家として活躍した。彼は遠洋航海でスペインに立ち寄った程度かも知れないが異国の様子を紹介する曲を書いた。様々な独奏楽器群が壮麗でスペインの情熱的な風土を表現している。

ブラームス(1833-97)はロマン派の作曲家として知られるが、指揮者の解説ではドイツ民族を伝える作品を書き続けた真のロマン派。シューマンと出会い、文学との関わりを大事にしてドイツ・ロマン派の音楽を作り上げた話をかなり詳しく語った。語り出すと止まらないほど知識量が豊富な川越だが、解説が少々長すぎた。
「交響曲第4番」は最近聴く会が多い。昨年6月札響定期のエリシュカの名演が心に残っている。プロの演奏で耳が肥えているせいか、今回の演奏では聴き慣れたメロディが頭を通り過ぎていった。

5割弱の客の入りで盛り上がりに欠けた感があったが、20代の若者の姿が多く目についた。アンコール曲は《ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ「雷鳴と電光」》。

コンサート前半の3曲はしばらく聴いていない曲で新鮮な感じで集中して聴けて楽しかった。例年と変わらないマエストロ川越の元気な姿は来年からも見ることができそうで嬉しい。

※今夜のEテレ番組「NHKクラシック音楽館」にネヴィル・マリナーがN響に客演して「ブラームスの交響曲第4番」を指揮していた。昨年11月N響定期の放映。91歳の現役最高齢の指揮者のかくしゃくとした姿にいささか驚いた。2007年10月の札響定期に登場した時とあまり変わらぬ様子。先月札響定期に登場したゲルハルト・オピッツの演奏も聴けた。ソリストとの共演で余り個性的な主張をしないマリナーの指揮ぶりも再び印象に残った。92歳になる春にまた来日予定が組まれている。




札響第585回定期演奏会(バーメルト&イザベル・ファウスト)

2015-16年シーズンのプログラムが発表になった時からイザベル・ファウストの札響共演を楽しみにしてきた。いよいよ実現の運びとなった。

2016年1月23日(土) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ マティアス・バーメルト(Matthias Bamert)
ヴァイオリン/ イザベル・ファウスト(Isabelle Faust)

パーメルトは1942年、スイス生まれ。ザルツブルク・モーツアルテウム管の首席オーボエ奏者を務め、その後指揮者に転身。セル、マゼールのもとで研鑽を積んで、スイス放送管やロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの音楽監督の他に幾つかのヨーロッパのオーケストラの首席指揮者を歴任。2000年以降、日本のN響にも度々客演して、西オーストラリア響やマレーシア・フィルなどアジアのオーケストラの育成に貢献。クリーヴランド管、シカゴ響、パリ管、フィルハーモニア管、サンクトペテルブルク・フィルなどメジャー・オーケストラへの客演で知名度も高い。札響とは14年1・2月定期以来の客演。前回の「モーツァルト:ポストホルン・セレナード」は好印象で記憶に新しい。

イザベル・ファウストは1972年、ドイツ生まれ。11歳ころから弦楽四重奏団のメンバーとして数年間にわたって活動。87年モーツァルト・コンクールで優勝してソリストとして注目され、93年パガニーニ国際コンクール優勝で世界的な脚光を浴びた。以来、世界の主要オーケストラと共演。94年の音楽祭で初来日以降、都響、東京響、新日本フィルなどと共演。10年ほど前のN響との共演をテレビで観て彼女の演奏に魅了されていた。スケールの大きな音楽、堂々たる風格は魅力的。

〈プログラム〉
 ラヴェル:組曲「マ・メール・ロワ」
 メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調(ヴァイオリン独奏:イザベル・ファウスト)
 ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」

3曲ともに有名な曲であるが、他の2曲ほど「マ・メール・ロワ」は頻繁に聴く機会はない。子供のためのピアノ連弾曲として作曲されていた「マ・メール・ロワ」はお伽噺に基づく5つの小品を集めたもの。その後、バレエ音楽に改作されて、オーケストラのための組曲に編曲された。先ごろ亡くなった偉大な指揮者・作曲家であったブーレーズ(:*バーメルトは彼に師事したとプログラムに書かれているから彼の影響を受けていると想像される。)&ベルリン・フィルのCDで何度か聴いているのだが、あまり強い印象はなくてメロディにも親しんでいない。
曲はメルヘンティックであり、ラヴェル特有のファンタスティックな音の世界に誘われた。特に華やかな終曲の美しい旋律が印象的だった。

偶然だろうが「メンコン」の演奏会が続く。4大ヴァイオリン協奏曲の一つとして知られる「メンコン」はホ短調である。他の3曲はいづれもニ長調。メンデルスゾーンはヴァイオリン協奏曲を他にもう1曲書いていたことが1951年に判明した。13歳の時に書かれたニ短調の曲で演奏される機会は少ないようで、聴いたとはない。ホ短調の曲が名曲中の名曲だからだろう。最高傑作の曲として親しまれ、クラシック・ファンでなくても、その優美で流麗な旋律に魅了される。
国際コンクールで優勝した20代前後の若いヴァイオリニストの演奏で聴くことが断然多い。ヴェテランの領域に達し巨匠と呼ばれるヴァイオリニストの演奏を生で聴く機会は稀のような気がする。そんな意味で今回の曲目は意外であった。同時にヴァイオリン界の女王イザベル・ファウストがどんな演奏をするのか楽しみでもあった。
満席に近い大ホールを埋めた聴衆の期待にたがわず、彼女の紡ぐ音に聴衆は耳を奪われた。同じ音を奏でても人を魅了する術はどこにあるのか不思議である。知的で繊細で、且つ熱のこもった演奏!フィナーレでの力強さは類を見ないほどの圧倒的な迫力!名状し難いほどの雰囲気が漂った。ブラーボの声が上がって、鳴りやまない大歓声に応えてのアンコール曲は「J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番より サラバンド」。
彼女は何度ものカーテンコールを受けるほど聴衆の反応は敏感だった。最後は正面、P席、RA席、LA席と四方に礼をして退場した。彼女に聴衆の感動が伝わったようだった。今回の来日公演は東京・京都・大阪・長野に続いて札幌が最後。8公演中、3公演がリサイタルだったようであるが、次回は是非リサイタルを札幌で聴けたら嬉しい。

最近「展覧会の絵」を聴く頻度が高い。トランペットが吹く「プロムナード」で奏者は呼吸が大変だろうとか、普段あまり気にしないことを考えたりした。サクソフォンやユーフォニアムなどの珍しい楽器の奏者にも注目した。1階正面から見える奏者の様子にも目がいった。
3曲ともフィナーレが壮大だったので曲の終わりが見事な印象を受けた。バーメルトは古楽から現代音楽までレパートリーが広い。今回は比較的ポピュラーな曲が多かったが、オーケストラの掌握度に深みがある様子が指揮ぶりからうかがえる。札響音楽監督ポンマーとの音楽上の共通点があるのを感じ取れた。演奏終了後の楽団員や聴衆の反応も熱のこもったもので札響の演奏会の良さが出ていた。

日も長くなって帰路の雪道も転倒を気にせずに済むので一段と楽になった。24、27、29、31日とKitara通いが続く。













 

辻井伸行ショパン・リサイタル2016

2013年11月末から14年3月末までの期間中に行われた辻井伸行日本ツアー《ショパン&リスト》に続いて、今回は《ショパン・リサイタル》。14年以降に彼のKitaraでの公演は何回か開かれたが、座席を選べない状態が続いているので鑑賞の機会を持たなかった。辻井のコンサートを聴くのは、およそ2年ぶり7回目となった。

2016年1月20日(水) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈オール・ショパン・プログラム〉
 3つのワルツ 作品34 (ワルツ第2番、第3番、第4番)
 12のエチュード 作品10
 4つのバラード
  バラード第1番 ト短調 作品23、  バラード第2番 ヘ長調 作品38
  バラード第3番 変イ長調 作品47、  バラード第4番 ヘ短調 作品52

ショパンのピアノ作品は〈踊りに由来する様式の〔ワルツ、マズルカ、ポロネーズ〕と純粋な音楽様式の〔ソナタ、練習曲、前奏曲、夜想曲、即興曲、バラード、スケルツォ〕に分けられる。 
その3つに絞られたプログラムに好感を抱いた。新しく購入したコンポで今日の午前中に本日の演奏曲を聴いてみた。今までよりも良い音で楽しめた。

ショパンの残したワルツは20曲余りあるが、楽譜があるのが19曲。11曲は死後発表された。初期の作品34「華麗なる円舞曲」(第2~4番)はショパンがパリの社交界でピアニストとして人気を博していた頃の作品。ショパンのワルツは“華やかなワルツ”と“”叙情的なワルツに大きく分けられる。「第2番」は最も規模が大きく華やかなワルツ。「第3番」はワルツとしては遅いテンポで暗くて内省的。「第4番」は猫が鍵盤の上を跳びはねているようで“猫のワルツ”という愛称で親しまれている。(カツァリスとルイサダの全集で聴いている。)

十数年前からブーニンとポリー二のCDで親しんでいる「24の練習曲」。作品25より作品10の方が親しみやすい。愛称が付いていて旋律に慣れているせいだと思っている。「第3番 別れの曲」は18歳の頃からSPレコードで聴いていた。「第5番 黒鍵」は5音音階に基づき、右手が黒鍵、左手が和音を受け持つ面白い曲。「第12番 革命」は革命軍敗北とワルシャワ陥落の知らせを聞いたショパンの絶望と怒りが込められた心情が吐露された曲で演奏される機会が多い。

作品10の演奏前に辻井自身が札幌での演奏を毎年楽しみにしている話があって、“練習曲が1曲終わる度に拍手をしたい人もいるでしょうが、「12の練習曲」には流れがあって集中して演奏するので、全曲が終わってから拍手してもらえると有り難い”という言葉が添えられた。そのお陰で私自身も全曲の鑑賞に集中力が途切れることが無かった。標題がある曲以外の曲の良さも解った気がして充実感を味わえた。
辻井の伸び伸びとした力強い演奏が伝わってきて、曲に感情移入ができた。今まで何となく聞き流していたが新しい角度から聴き直したい魅力あるものに思えた曲も幾つかあって嬉しかった。圧倒的な演奏に辻井伸行の底知れない音楽の才能を感じた。

14年3月のゲルギエフ指揮ミラノ・スカラ座フィルとの共演、同年4月にはリサイタルでパリ・デビュー。15年5月には佐渡裕指揮トーンキュンストラー管との共演でウィ‐ン・デビュー。同年11月にはゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィルとのドイツおよび日本での公演を重ね、各地で大反響を呼んでいるという。3年ぶりに聴いたが、着実に実力をつけて順調に成長している様子が素人の自分にも判る演奏。彼の演奏にぐいぐいと引き込まれた。13年4月、佐渡裕指揮BBCフィルハーモニックと共演しての「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番」以来の感動を覚えた。(*この時に書いたブログで辻井の演奏に関する部分が世界中の辻井ファンのために発行されているニュースに取り上げられ英訳されて載っている。辻井伸行のファンが世界中にいることを知って驚いたものである。)

バラードはショパンが作り出した独特の分野。アシュケナージの全集で聴くのが常だったが、最近は河村尚子のCDでも聴くようになった。
「第1番」は最も親しまれていると思うが、最近ではフィギュア・スケーティングで世界の脚光を浴びる羽生結弦のショート・プログラムの曲としても有名になった。物語風の詩に由来するバラードに相応しい叙情味あふれる美しい曲。
「第2番」はシューマンから贈られた「クライスレリアーナ」への返礼の曲。素朴で穏やかな規模の小さな曲。
「第3番」はショパンが精神的に満たされていた幸せな時期に書かれた作品。繊細で想像力に富んだ高貴な華やかさを持った曲。
「第4番」は音楽的に内容が高度で、プロの演奏家が意欲的に取り組んでいる曲の印象。

フィナーレが曲の終わりを感じさせなかった「第2番」だけ、拍手が無かった。辻井は直ちに次の曲へと進んだ。バラードもできれば4曲続けて、中断なく聴きたかった。「4つのバラード」も素晴らしかったのだが、曲の切れ目に拍手が起きて個人的には集中力をそがれて残念な気がした。結果的に中断無く、音楽に浸れたエチュードが一番印象に残った。

“盛大なアンコールに応えて” 「ショパン:ノクターン 第20番 嬰ハ短調 遺作」。2曲目は辻井が2010年にスペインのマジョルカ島を訪れた時の自然の様子をスケッチした自作の曲で「風の家」。3曲目は「リスト:ラ・カンパネラ」。

辻井のコンサートは09年ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール優勝後はチケットは何ヶ月も前から完売が当たり前の状況が続いている。完売でも演奏会当日には空席が幾つか目につくが、今晩の指定された1階3列目の座席からは空席は一つも目に入らなかった。コンサートの終盤で周囲を見回すと女性客が8割を占めるほどであるのに気づいた。
辻井のトークもなかなかなもので客を喜ばせる術を心得ている。次回のオルフェウス室内管との共演のコンサートの宣伝も入れアンコール曲にも巧みな配慮。コンサートを盛り上げる曲を最後に演奏したあとは気を持たせてピアノの蓋をソッと閉めて客の笑いを誘った。心温まる雰囲気でコンサートが終了。

METライブビューイング2015-2016 第4作 ベルク《ルル》

METライブ・ビューイングは近年は毎年5作品ほどは鑑賞してきた。今シーズンの初めには鑑賞スケジュールを手帳に書き込んでいたが、残念ながら病気入院などで第1作から第3作までは上映劇場に足を運べなかった。

シェーンベルク楽派(=新ウィーン楽派)アルバン・ベルク(1885-1935)によるオペラ作品で耳にしたことがあるのは《ヴォツェック》のみ。題名だけで中身はほとんど知らない。今回の作品名は初めて聞いた。都合をつけて観ることに決めてチラシの出演者の名を見た時に以前コンサートで聴いたソプラノ歌手の名に気づいた。
彼女の名はMarlis Petersen。3年半前のPacific Music Festival 2012にボーカル・アカデミー生の教授陣として音楽祭に参加して、《マリス・ペーターゼン&ロベルト・セルヴィーレ デュオリサイタル》をKitara大ホールで開いてくれた。素晴らしい歌声を堪能した記憶が今も鮮明に脳裏に焼き付いている。1階5列の中央席あたりから聴いていて、終了後にめったに口にすることのない単語“BRAVA!”、“BRAVI!”と叫んでいた。およそ15分にわたるオペラの場面における二人の熱唱は感動的で、その時のことをフェイスブックに書いた思い出もある。(*その頃はブログは書き始めていなかった。)この時のピアノ伴奏が当時のPMF芸術監督ファビオ・ルイジだったことにも驚いたものである。

そんな記憶も蘇って《LULU》の鑑賞意欲も高まった。病後の体調回復もほぼ順調で15、16日のKitaraボランテイア活動を行なって翌日曜日のオペラ鑑賞に備えてチケットを購入しておいた。あまりポピュラーな演目ではないにもかかわらず、当日は約100席の座席の半分は埋まっていた。

当時の音楽界で最も前衛的作曲家のベルクは師シェーンベルクやウェーベルンとともに無調音楽および十二音技法の開拓で新しいクラシック音楽の分野に取り組んでいた。ベルクの作品は「ヴァイオリン協奏曲」のCDを所有していて、ジュゼッペ・シノーポリ指揮ドレスデン・シュターカペレ&渡辺玲子の演奏を数回耳にした程度でこの曲の良さは未だ十分に理解していない。

《ルル》は1935年の作で舞台は当時のドイツでドイツ語上演。3幕もので上映時間は約4時間。魔性の女ルルをめぐる壮絶な愛憎劇で現代にも通じる問題作。個人的に好みの作ではなかった。音楽がリズムに乗る明るい曲でもなく、アリアといえるような名曲が出てくるわけでもない。セリフが中心で、歌手がメロディに乗せて歌うのが極めて難しい。この特殊なオペラを歌いこなす歌手は限られてきそうな感じがする。

マルリース・ペーターセン(*今回の日本語での表記名)はドイツ生まれ。リリック・コロラトゥーラの声質を持ち、バロックから現代音楽まで幅広いレパートリーをこなすと評価が高い。「ルル」は彼女の国際舞台への足掛かりとなった「はまり役」で、今回の上演を最後にしてこの演目から降りるとのこと。超絶技巧の歌唱力と深い演技力を併せ持った余人が成し難い役どころ。

バス・バリトンのヨハン・ロイターはデンマーク出身でヨーロパの歌劇場でも経験済みの役どころで貫禄十分。アメリカ出身の若いダニエル・ブレンナのヘルデン・テノールの圧倒的歌声は魅力的で新鮮なMETデビューを飾った。メゾ・ソプラノのスーザン・グラハムは経験豊富な堂々とした役回り。

指揮はレヴァインに代わってローター・ケー二クス。初めて名を聞く指揮者。オペラが始まると、3年前に観たショスタコーヴィチの《鼻》を思い出した。演出が同じケントリッジで画家の肖像画や書道の分野の手法を用い、映像をふんだんに用いていた。舞台上映が困難な作品での工夫だろう。出演者の心理描写が特に難しいと思った。

語りが多くてアリアが殆どなく、音楽も難しい。盛り上がる個所も少なく、メトロポリタン歌劇場の広いステージの雰囲気も味わえなかった。演目の面でやむを得なかった。
シェーンベルクやベルクの音楽は繰り返して聴かないと個人的には鑑賞が難しい音楽という先入観が未だ抜けない。繰り返して彼らの音楽を聴いて特徴を把握して理解を深めるほかないのだろうと思った。

数年前にKitaraのステージに登場し、現在も世界のオペラ劇場で活躍している歌手をMETビューイングで観ることのできた喜びは大きかった。札幌公演前にその偉大さが判っている場合とのギャップを感じた。鑑賞時の高揚感が断然違うのである。

Kitaraのニューイヤー 2016(飯森泰次郎&中嶋彰子)

Kitara New Year Concert  2016

2016年Kitaraの新年は新国立劇場オペラ芸術監督、飯森泰次郎と北海道出身でウイーン在住のソプラノ歌手、中嶋彰子を迎えて華やかに幕を開けた。

2016年1月9日(土) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ 飯森 泰次郎(Taijiro Iimori)
ソプラノ/ 中嶋 彰子(Akiko Nakajima)
管弦楽/ 札幌交響楽団

飯森泰次郎は1940年生まれ。70年以降バイロイト音楽祭で音楽助手を務め、ブレーメンやマンハイムなどドイツ各地の各歌劇場で指揮者やコーチを歴任。ヨーロッパの歌劇場で研鑽を積み重ねたオペラ、特にワグナー作品に対する深い造詣が今日の彼を日本オペラ界の第一人者の地位に就かせたと評価されている。現在、新国立劇場オペラ部門芸術監督、東京シティ・フィル桂冠名誉指揮者、関西フィル桂冠名誉指揮者。2012年度の文化功労者、2014年には日本芸術院会員に選ばれた。

中嶋彰子は15歳で渡豪し、シド二ー音楽院に学ぶ。90年全豪オペラ・コンクールで優勝して、同国ののオペラハウスでデビュー。92年欧州デビュー。ヨーロッパ各地、オーストラリア、アメリカの歌劇場で活躍して、99年よりウィーン・フォルクスオーパーの専属歌手として活躍。同年シャルル・デュトワ指揮N響と共演して日本デビュー。現在、国際的日本人ソプラノ歌手のひとり。2012年からはプロデュースや演出にも活動の範囲を広げて活躍中。

〈Program〉
 ワーグナー:歌劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より 第1幕への前奏曲
 プッチーニ:歌劇「トスカ」より “歌に生き、恋に生き”(ソプラノ:中嶋彰子)
 マスカー二:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より 間奏曲
 ヴェルディ:歌劇「ナブッコ」序曲
 ワーグナー:歌劇「ローエングリン」より 第3幕への前奏曲
 ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲、 ポルカ「狩り」
                ワルツ「皇帝円舞曲」、 ポルカ「雷鳴と稲妻」
 レハール:喜歌劇「ジュデイッタ」より “唇に熱い口づけを”(ソプラノ:中嶋彰子)
       喜歌劇「メリー・ウィドウ」より “ヴィリアの歌”(ソプラノ:中嶋彰子)
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しき青きドナウ」

飯森がKitaraに初登場したのが09年1月の札響定期。ワーグナーの《歌劇「さまよえるオランダ人」序曲》を演奏。2回目は12年9月、オペラの名曲プログラムで札響と共演。この頃はMETビューイングでオペラ鑑賞の機会が増えてオペラの楽しさを味わっていた。《ビゼー:「カルメン」第1組曲5曲》を含めて、《ワーグナー:「ローエングリン」や「ニュールンベルクのマイスタージンガー」の前奏曲》などオペラの名曲が演奏されて当時のブログにも書いた。

3回目のKitaraのステージはオペラ歌手との共演で華やかな雰囲気のニューイヤーコンサート。プログラムの前半は魅惑のオペラより5曲。飯森の得意とするワーグナーに始まり、ワーグナーで締めくくる壮麗なオペラの前奏曲。トロンボーンが活躍する曲を聴くと気分も高揚して元気づけられる。
最初から最後まで親しみのあるメロディの名曲はマスカー二の間奏曲。カーステレオで通勤の折によく耳にしていた懐かしい曲で演奏会でも聴く機会が多い。3年前のワグナー、ヴェルディの生誕200年に当たる年の札響ニューイヤー・パーティでもマエストロ尾高がマスカー二の生誕150年を祝う意味で「間奏曲」も演奏曲に入れたことを思い出した。しみじみとした味わい深い曲。

中嶋はKitara初登場だと思うが、彼女の美声が大ホールに響き渡る様は圧巻だった。今まで耳にした国際的日本人ソプラノ歌手に勝るとも劣らない歌声の持ち主。有名なアリアを聴き終った聴衆の感動がブラヴォー(*イタリアならブラヴァー)の歓声に表れていた。
彼女の姓がありふれた名で、活動の本拠地がウィーンであることもあって彼女の名は知らなかった。実は、昨年11月末ごろに彼女が日本のテレビ番組に出ていた。外国人と結婚して海外で暮らしている日本人女性の住居をテレビ局のクルーが突然に訪ねて、結婚に至った経緯を訊いたり家庭の様子を見聞きして、家の冷蔵庫の中身を見せてもらったリしながら海外の生活事情を視聴者に紹介する番組である。対象の女性は一般人だが、ウィーンでは結果的に有名人が話題の女性になってしまった。その時に彼女の歌声を聴いて本格的な歌唱に驚いたのである。中嶋彰子という名を聞いて何処かで耳にしたと思った。Kitaraで聴いたコンサートでの記憶はなかった。数日して思い出した。彼女が出演する今回のニューイヤーコンサートのチケットを9月に買い求めていて、歌手の名前が記憶の隅にあったのだった。話は長くなったが、その時から今日のコンサートを楽しみにしていた。

後半のプログラムはKitaraのニューイヤーでも近年恒例になったシュトラウスのワルツやポルカ。ウィーンが本場の正月恒例のブログラム。面白い趣向も凝らされていて、「狩り」では銃を構えた楽団員がステージに出てきて、RA7列2番に座っていた私の方を目がけて打ってきた。空砲が鳴り響いた。一度ステージを下がってから再び現れて銃を向けられたが、そのうち方向が下方に向けられ、指揮者がしゃがむ姿が目に入った。細かい演出と判って思わず笑ってしまった。3度目となる彼の真面目な指揮ぶりを観ていてユーモアのある指揮者の振る舞いが意外でおかしかったと同時にその演技に感心した。

「雷鳴と稲妻」では指揮の途中から用意していた折り畳みの傘を開いて指揮棒のように左右に振り回したり、上下に動かす動作が数分続いた。見事な傘さばきでその巧みな動作は簡単にできない気がした。聴衆は彼の指揮ぶりにすっかり魅入ってしまった。曲が終わると傘をたたんで、濡れた服を撫でまわす所作に笑いが込み上げてきた。大平コンマスも笑いを抑えきれないようだった。指揮者がこんな動作をごく自然に行うことに改めて凄いと思った。彼は聴衆の心を掴んだ。演奏会が一段と盛り上がった。

「ジュディッタ」というレハールの喜歌劇はタイトルさえ聞くのは初めてである。プログラムの解説によると、地中海沿岸の港町と北アフリカを舞台に外人部隊の大尉と人妻ジュディッタとの恋の顛末のストーリー。
“ヴィリアの歌”は有名なアリア。オペレッタの舞台風景が浮かぶような彼女のステージでの所作を含めて、体全体から放たれるオーラをバックに繰り広げられる演唱は実に素晴らしく歌劇場のトップスターの活躍の一端がうかがえた。オーケストラの演奏をはさんで2曲を歌い終えた後には客席を埋めた8割弱の客の大歓声が大ホールいっぱいに広がった。正面の客席だけでなく、横を向いたり、一瞬ではあるが後ろのP席を向いて歌う彼女の客への配慮に心が動いた。

オーディエンスはアンコールを求めたが、取りあえず予定のプログラムの最後の曲「美しく青きドナウ」の演奏。飯森はコンサートの盛りあげ方がうまい。ステージの出入りでは年齢を感じさせたが、その力強い指揮ぶりと演出は若々しい。
聴衆の求めに応じて、先ずソリストのアンコール曲は「ジチンスキー:ウィーン我が夢の街」。続いて、オーケストラのアンコール曲は、ステージ下手から行進しながら指揮台に向かう様子で聴衆の反応も早かった。タイミングの良い聴衆の手拍子。「シュトラウスⅠ:ラデツキー行進曲」で幕を閉じた。今までに味わったことのないほどの非常に楽しい雰囲気の《Kitaraのニューイヤー》となった。

今晩は妻が所属している会の新年会で出かけている。コンサートの前に予約していたKitaraテラス・レストランでディナーをとった。食事制限をしているので量が多かったが一応全部食べた。帰宅すると血圧が上がっていたが、翌日は平常に戻っているだろうと楽観視した。

※音楽の友コンサートガイドによると、中嶋彰子は毎年恒例の1月3日開催のNHKニューイヤーオペラコンサート2016に出演していた。テレビ中継されるイヴェントで14年は観たが残念ながら今年は観れなかった。

:*【追記】 ブログを読んでくださった方から指摘をいただいた。中嶋彰子さんは04年4月13日のトヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウィーンのコンサートでKitaraのステージに登場していました。当時のKitara Newsで確認しました。05年のトヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウイーンでは佐藤美枝子のソプラノは聴いたのですが、前年のコンサートは聴いていませんでした。実績のある歌手ですから、Kitaraへの出演は他にもあったかもしれません。

プラハ交響楽団ニューイヤー名曲コンサート(ピエタリ・インキネン&成田達輝)

チェコのオーケストラの演奏を札幌コンサートホールで初めて聴いたのはKitaraがオープンした1997年。ウラディーミル・ヴァーレク率いる世界的なチェコ・フィルハーモニー管弦楽団。ヴァーレクは2000年にはプラハ放送交響楽団を率いてKitaraのステージに再登場した。
01年にビエロフラーヴェク、03年にマカールがプラハ交響楽団とともに札幌公演を行なった。プラハ・フィルハーモニアを1994年に設立したビエロフラーヴェクは手兵を引き連れて02年と04年に再度Kitaraで公演。
プラハに本拠地を置くチェコの代表的な4つのオーケストラの日本公演は競って1月を中心に行なわれていたようである。その後、しばらく聴く機会を持たなかったが、12年と15年にはピエロフラーヴェクのもとで研鑽を積んだ今をときめく若き指揮者ヤクブ・フルシャがプラハ・フィルの音楽監督・首席指揮者として日本ツアーで来札した。

昨年6月のレナルト&プラハ放響に続くチェコのオーケストラのコンサート。今回でプラハ響を聴くのは3年前に続いて4回目となる。今回のお目当てはフィンランド出身の俊英ピエタリ・インキネン。チェコやスロヴァキア出身以外の指揮者がチェコのオーケストラを率いての札幌公演を聴くのは珍しい。03年にフランス出身のジャン・フルネ&チェコ・フィルのプログラムが全てフランス音楽だったことがある。

2016年1月7日(木) 7:00PM開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

ピエタリ・インキネン(Pietari Inkinen)は1980年生まれのフィンランドの指揮者・ヴァイオリニスト。シベリウス・アカデミーを卒業後、27歳の08年にはニュージーランド交響楽団の音楽監督に就任。09年から日本フィルハーモニー交響楽団首席客演指揮者を務めていて、16年9月には同フィル首席指揮者に就任予定。日本での知名度は極めて高く将来を嘱望される若手指揮者。2015年よりプラハ交響楽団首席指揮者に就任。世界の各地から客演依頼が殺到していて、世界の主要オーケストラとの共演も多い。ヴァイオリニストとしてもザハール・ブロン門下生でフィンランドの一流オーケストラと共演を重ねている。
今回の日本ツアーでは札幌を皮切りに数種類のプログラムを用意して全国8都市9公演が予定されている。

成田達輝(Tatsuki Narita)は1992年、札幌生まれの俊英ヴァイオリニスト。パリ高等音楽院で学び、10年ロン・ティボー国際音楽コンクール第2位、12年エリーザべト王妃国際音楽コンクール第2位で一躍脚光を浴びる。12年12月の読響との共演以来、故郷の札幌公演の機会が増えて、15年2月札響との共演に続いて彼のコンサートは4回目。15年3月、尾高&札響台湾公演のソリストとして海外公演に同行。

〈プログラム〉
 スメタナ:交響詩《わが祖国》より「モルダウ」
 メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64(ヴァイオリン独奏:成田達輝)
 ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」

前回13年1月19日開催の「プラハ交響楽団ニューイヤー名曲コンサート」の際のブログを読み返してみた。今年のプログラムと全く同じであった。少々の違和感はあった。今回は定期公演と違って正月公演なので楽しい雰囲気を味わえれば良いと思って楽な気持で鑑賞した。

1934年創立のプラハ響はヴェテラン揃いの約100名のメンバーで構成されているが、本日の出演者は約80名。比較的多い楽団員数。前回は女性が1割ほどだと思ったが今回は約20名(コンマスの一人は女性で、第1ヴァイオリンの一人が日本人女性)。そろそろ世代交代に差し掛かっている印象を受けた。同時に演奏に安定感があって特にチェコ音楽に独特の雰囲気が出ていたように感じた。
思い切って外国人の首席指揮者を迎え入れて若返りを図る意欲も感じられた。インキネンとの相性も合っているのか、何年も前からチームを組んでいる印象さえ受けた。
Kitaraのステージも久しぶりに若手の指揮者の登場で爽快感を味わった。インキネンは想像より小柄で細身だったが、楽譜をめくりながら丁寧に、時には大胆に表情をつけながらの指揮ぶりには安定感とともに凛々しさが出ていた。派手さは無く、静かな雰囲気を持つ指揮者だが、彼の指揮する音楽には力強さがある。
サロネンやサラステを若くして世界に送り出したフィンランドは他国にない指揮者の育成制度がある。昨年初めて名を知ったリントゥ、ストルゴールズに次いで女性指揮者マルッキ、85年生まれのロウヴァリも世界の檜舞台に立つ日も近い。フィンランド人の活躍から目を離せない。
インキネンも今回の日本ツアーでもチェコ音楽以外でベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキー、シベリウスの曲を用意している。マーラー、ワーグナーなども含めてレパートリーは広く、チェコ・オーケストラの日本公演のマンネリ化した曲目にも変化の兆しを期待したい。

成田達輝もステージに立つたびに堂々として著しい成長の跡を示している。匿名の所有者から貸与された1738年製のガルネリ・デリ・ジェスの影響もあるのだろう。専門的なことは判らないが、今日3たび連続して聴いた彼の「メンコン」は前2回の演奏とは違った響きが出ていた。毎回の演奏に新しい気持ちで立ち向かっているのだろうと思った。
アンコール曲は「J.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番より“プレリュード”」。

《新世界より》は各楽章のメリハリが出ていて曲の素晴らしさを堪能できた。特に第2楽章でイングリッシュ・ホルンの奏でる「家路」のメロディの美しい響きに聴き惚れた。

7割ほどの客席を埋めた聴衆からの大拍手に応えてアンコール曲が2曲。
「ドヴォルザーク:スラヴ舞曲第10番 op.72-2、 スラヴ舞曲第8番 op.46-8」。

2016年の最初のコンサートが文字通り、“名曲コンサート”となって心から楽しめて良かった。

久しぶりの映画鑑賞~「杉原千畝」

昨年12月初旬から「杉原千畝(スギハラチウネ)」がロードショーとして上映されている。杉原千畝は“日本のオスカー・シンドラー”と呼ばれた外交官であるが彼の諜報外交官としての知られざる姿も外国人監督のもとで描かれた。第二次世界大戦中の1940年、杉原は外交官として赴任していた日本のリトアニア領事館でナチスに迫害されるユダヤ人にビザを発給し続けて数千人の命を救った人物である。当時ドイツとソ連が不可侵条約を結んでヨーロッパを支配しようとしていた。バルト三国やフィンランドもソ連の支配下にあり、リトアニアでビザを発給できる国は日本だけという状況下におかれた。まもなくソ連が占領して領事館も閉鎖される状況が迫っていた。そんな差し迫った国際情勢の中で日本の一外交官がとった勇気ある人道的な行動が脚光を浴びているのである。

私が杉原千畝の名を初めて耳にしたのは今から25年ほど前の高校生英語弁論大会においてであった。ある私立高校の1年生が杉原千畝の物語を英語でスピーチしたのである。
1988年に転任した札幌北高等学校で一年目はラグビー部の副顧問として活動したが、充分な活動が出来なかった。翌年、生徒に呼び掛けて文化系の部活動として当時は無かった〈英語が好きな生徒のための「英語同好会」〉を設立した。その後、正式なクラブとして認められて20名前後の部員が「英語研究会」として幅広い活動を行なった。石狩地区英語弁論大会や全道大会に出場して優勝する生徒も出て7・8年は顧問として比較的に充実した活動が出来たことをこの機会に思い出した。 

杉原の行動は日本の外務省の正式な許可を得ていなかったので、彼の活動が国際的に評価され出した1986年以後も日本国民には広く知られていなかった。外務省が彼の活動を公式に認めたのは21世紀に入ってからである。
今回の歴史ドラマによって杉原千畝の過去の偉大な業績が多くの日本人の知るところとなるのは確かである。今回の映画で彼は“センポ・スギハラ”と自己紹介していて海外では“Sempo Sugihara”という名で知られているらしい。

映画が公開されてから1ヶ月も経つが、映画館は混んでいて希望の時間には観れなかった。帰宅後の朝日新聞夕刊の記事にリトアニアの旧領事館のことが書かれていた。現在は「杉原記念館」として使われているが、建築後76年も経って、老朽化しているという。来館者数が2014年には急増して1万人(うち日本人約9千人)を超え、15年は11月までで約1万5千人(うち日本人約1万2千人)にも達している。今後ますます増えることが予想される。映画上映やテレビ報道で一気に人々の関心が高まる中で、過去の日本人が果たした業績が世界で認知されていくことは喜ばしい。日本でもリトアニアのために個人として現在の自分たちに出来ることもあると思う。

海外旅行中、日本ではあまり知られていない日本人の業績や歴史出来事に気づくことは度々ある。悪い面を含めて過去の歴史に関して正しい認識が必要なことを今回の映画を通して改めて痛感した。

※千畝はローマ字で書くと“Chiune”となるが、外国人が正しく発音することは難しい。多分、杉原は「千の畝」を“Sempo”と呼んでもらうことにしたのではないかと推測する。ローマ字ではsen-poと書いても英語で発音する時にはnの後にpが続くことは無い。p、b、mの綴りの前ではnはありえない。(上唇と下唇が閉じてしまうからである。“important , impossible”を覚えている人は多いと思う。“moral”の反意語は“immoral”、“balance”の反意語は“imbalance”(アンバランスは和製英語)。
つい、元英語教師であった職業柄で余分な事を書いてしまいました。






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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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