札幌交響楽団第583回定期演奏会(アシュケナージ&河村尚子)

前回の札響定期は入院中で聴くことが出来なかった。無事に退院して10日後の今朝は、早起きして検診で病院に出かけた。血液検査や胸部レントゲン検査の結果、飛躍的に改善している旨を告げられて一安心。時間が指定されているとはいえ、土曜日の総合病院はそれなりに混みあっていた。一旦、帰宅せずに午後のコンサートに備えた。Kitaraチケットセンターで2月のKitara主催コンサートのチケットを購入して、今まで余り聴く機会のなかったロビーコンサートを聴く時間の余裕があった。
1階ホワイエでのロビーコンサートの曲目は「モーツァルト:オーボエ四重奏曲 K.370より 第1,3楽章」。札響首席奏者 金子(ob)、大森(vn)、廣狩(va)、石川(vc).の豪華メンバー。今シーズンで退団する金子さんを贈る仲間の色々な想いを込めてのロビーコンサートだと思って、オーボエを中心に耳を傾けた。とても心に残るロビーコンサートとなった。

2015年11月28日(日) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

指揮/ ウラディ―ミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy)
ピアノ/ 河村 尚子(Hisako Kawamura)
管弦楽/ 札幌交響楽団

〈プログラム〉
 ベートーヴェン:バレエ「プロメテウスの創造物」序曲 作品43
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第25番 ハ長調 K.503 (ピアノ:河村尚子)
 ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 ホ短調 作品93

ベートーヴェンが遺した11曲の序曲で1801年に作曲した最初の序曲。彼は序曲という分野での深みを追求して、コンサート序曲と交響詩の方向付けでパイオニアとしての役割を果したと評価されている。《フィデリオ「序曲」》を例外として、他のすべての序曲はコンサート用序曲としてのみ純粋に演奏されている。
バレエ音楽としてスタートした「プロメテウスの創造物」は序曲に相応しいドラマティックな展開の曲。札響で演奏される機会が比較的に多い序曲。札響演奏歴は今回が25回目(定期で6回目)。

モーツァルトのピアノ協奏曲は第20番、第21番の人気が高く、演奏機会も多い。第20番から第27番までの協奏曲のCDを多く所有していて、特に手元に内田光子演奏のCDが多い。所有している第25番のCDは2枚ともピアノ&指揮がダニエル・バレンボイムである。昨日、久しぶりに彼の演奏を聴いてみた。冒頭の壮大なファンファーレで何度か聴き慣れたメロディを思い出した。第1楽章が曲の半分ほどを占める。第3楽章は軽快で心地よいフィナーレ。
この曲は札響定期では初めての演奏。前回は12年1月のKitaraのニューイヤーで外山啓介による演奏。

今回の河村の演奏は派手な超絶技巧などは余りなくて、軽快で清楚なモーツァルト独特の曲の明るさがホールを包んだ。ピアノの技術面だけでなく、ピアノから生み出される深い味わいを表現できるピアニストはそんなに多くないのかも知れないと思った。

河村尚子は1981年、兵庫生まれ。86年家族と渡独。98年よりハノーファー国立音楽芸術大学でクライネフに師事。99年以降、多くの国際コンクールで優勝。06年ミュンヘン国際コンクール第2位に続き、07年クララ・ハスキル国際コンクール優勝。ドイツを拠点に国際的に活動。11年1月、ブラームスのピアノ協奏曲第1番で札響と初共演。Kitara小ホールでのリサイタルは14年6月のカワイコンサート。待望の彼女のリサイタルを堪能。期待通りの演奏に感動してサイン会でCDを購入。その時は大きなお腹を抱えての演奏で、今頃1歳の可愛いお子さんを子育て中のママさんピアニスト。

聴衆のアンコールを求める拍手大喝采とアシュケナージにお膳立てされてのアンコール曲は「J.S.バッハ(ペトリ編曲):羊は安らかに草を食む」。
来年2月にKitara大ホールで開催される河村のリサイタルのチケットは既に9月に購入済みである。

「ショスタコーヴィチ:交響曲第10番」はPMF2011でポーランド出身のウルバンスキ指揮で初めて聴いた時に面白い曲だと思った。PMF2015ではゲルギエフ指揮のGALAとピックニックコンサートで2回続けて聴いた。今回が4回目である。
1906年にショスターコヴィチ生誕100年の年に彼の曲を集中的に聴き始めた。交響曲は奇数番号の曲が多かった。偶数番号の作品はレコード店でも余り陳列されていなかった。数年前にパーヴォ・ヤルヴィ指揮シンシナティ響の「第10番」のCDを手にして、何度か聴いているが、コンサートにおけるように集中力を持って聴かないと曲の鑑賞は容易ではない。

ショスタコーヴィチは1945年に短い簡素な「交響曲第9番」を作曲したが、小規模な軽妙洒脱な曲に対してソ連社会の批判を受けた。「第10番」はスターリン死去後の1953年に作曲されて世界の注目を浴びた。当時のソ連社会の時代背景を意識して、ショスタコーヴィチは作曲の意図が必ずしも明確でなくて曖昧に解釈できる作品を書かざるを得なかったようである。
約1時間かかる曲の4割を占める長大な第1楽章。暗い楽章だが美しい抒情的な旋律もある。低音域弦楽器の重々しい響き、木管楽器のソロが提示する調べなどで様々な様相を提示。大きな音の出る楽器ピッコロの響きが目立った。“スターリンの肖像”と言われるスケルツォの短い第2楽章。第3楽章は淡く抒情的で何となくぺーソスを感じさせる楽章。ホルンの響きが印象的だった。第4楽章は暗くて悲しい調べで始まるが、徐々に清々しいメロディが響き渡る。その旋律が大きくなって華々しく曲が終る。

アシュケナージの指揮ぶりはこの交響曲の持つ多面性を独自に解釈して説得力のある演奏を展開して、この曲の特徴をより明らかにしているように思った。手の動き、身体全体の動きと楽団員を掌握し、聴衆の期待を一身に集めて音楽作りをする指揮者の魅力溢れるコンサートになった。
集中して聴くと味うことができる迫力ある生演奏の良さを改めて強烈に感じ取った。本日の演奏で圧巻とも言えるアシュケナージによる「第10番」の演奏は聴衆に期待以上の満足感を与えたのではないだろうか。

※同じソヴィエト連邦に生まれたゲルギエフ(1953年)とアシュケナージ(1937年)の二人であるが、体制側の指揮者と西側に渡った音楽家の違いも表れているのかなという印象を受けた。戦前と戦後生まれの違いもあるが、プーチン体制ベッタリでロシア音楽を立て直した功績者でもあるゲルギエフと自由主義国に渡って50年近くにもなるアシュケナージを比べるのは無理かもしれない。これはコンサート終了後にふと思いついた主観的な感想である。




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ウラディーミル・アシュケナージの札幌公演

ピアニストとして世界最高峰の地位に上り詰めたウラディーミル・アシュケナージが指揮者として今週末の2日間、札幌交響楽団を指揮してKitaraのステージに立つ。
今年の札幌は初雪が遅かったが25日で積雪が44cmに達し、11月の降雪量としては62年ぶりと言う。一気に冬を迎えた札幌の地で、アシュケナージも冬の到来に驚いているかも知れない。
アシュケナージが1955年のショパン国際ピアノコンクールで第2位を収めて(*当時18歳で第1位の評価もあった)、56年のエリザベート国際コンクール、62年のチャイコフスキー国際コンクールにそれぞれ優勝してから、50年以上もの月日が経つ。
彼はソ連を離れ、68年からはアイスランドに移住(*現在はスイス移住)。70年代頃から指揮活動を開始した。81年からフィルハーモニア管、87年ロイヤル・フィル、89年ベルリン・ドイツ響、98年チェコ・フィルなどの首席指揮者や音楽監督を歴任。2004年からはNHK響の音楽監督を務めたこともあって日本との繋がりも深い。

今回の札響指揮でアシュケナージの演奏を聴くのは4回目であるが、完全に指揮だけに専念する札幌登場は今回が初めてである。昨年の2015-2016シーズンの札響プログラムの発表以来、大変楽しみにしていた。彼と同時代を生きた祖国ロシアの偉大なる作曲家ショスタコーヴィチの曲を聴けるのは楽しみである。

92年4月、旧北海道厚生年金開館で初めて聴いたアシュケナージのリサイタルは今でも忘れられない。当時からタートルネックのセーターを着てステージに上がっていた。「展覧会の絵」が演奏されたのはハッキリ記憶していたが、当時の立派な冊子を買い求めていて、プログラムを改めて見るまでは他の曲目の記憶は無かった。20数年前のプログラムを再び読んで感慨深いものがある。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「第31番」、「第32番」は当時の自分の聴き慣れた曲目には入っていなかった。今なら、鑑賞能力は少しは上がっているだろうが、その時はベートーヴェンのタイトル付きのソナタぐらいしか知らなかったのである。とにかく、アシュケナージやロストロポーヴィチが聴けたと感激していた頃であった。

2度目はイタリア・パドヴァ管弦楽団を率いてKitaraに登場した04年6月。この時は「モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番」、「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番」で彼の弾き振りを堪能した。この時にサイン会があって感想を英語で述べると、顔を上げて聴いてくれ、”Thank you so much.”と答えてくれた。彼の優しさに溢れた応対ぶりが今も鮮烈な記憶として脳裏にある。この時の思い出を12年11月のブログに書いた。(*この頃は自分のブログが英訳される場合に不安があって、ブログの一部を英語で書き綴った。英語で書いたのはこの時だけである。)

3度目は14年3月、長男ヴォフカとのピアノ・デュオ・リサイタル。シューベルトとブラームスの2台ピアノ作品のほかに、「春の祭典」や「「だったん人の踊り」のオーケストラ曲が2台ピアノで演奏されて興味深かった。息子に想いを寄せる親の愛情は微笑ましいと思うと同時に親ばかぶりも見て取れた。この時もサイン会があったと思うが、偉大な芸術家の聴衆を大切にする気持ちが伝わってきたのを覚えている。

今頃Kitara大ホールでのリハーサルの最中かも知れない。今週の札響定期演奏会が待ち遠しい。

※[追記] 元北海道新聞記者で北海道の音楽事情に詳しい前川公美夫さんが札響定期演奏会のプログラムに連載記事を書いている。今月11月号によると、アシュケナージは1970年の札響特別演奏会で札響と共演して「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番」を弾いたと書かれている。当時の札響の指揮者はペーター・シュバルツで1970年の札響定期にはアルゲリッチやホリガーなど現代の偉大な音楽家を招いていて外国人指揮者ならではの手腕を感じていた。
今回の前川さんの記事で1970年はベートーヴェンの生誕200年に当たることに気付いた。大阪万博が初めて日本で開かれ、東京オリンピック以来の日本の国際的イヴェントとして世界からも注目されていた。(1966-67年にアメリカ留学中でアメリカの新聞でも話題になっていたので、この辺の事情は知っていたつもりであった。)1970年は日本に、外国のオーケストラや音楽家が大挙して訪れた年として知られている。ジョージ・セルが5月にクリーヴランド響と札幌を訪れた時に聴いた一生忘れられない思い出もある。今まで1970年を大阪万博との繋がりでばかり考えていた。
なぜベートーヴェンとの繋がりが思いつかなかったのか不思議な気がする。当時は英語教育を中心に生活していたのだから当然かもしれない。
前川さんによるとシュバルツは1970年にベートーヴェン生誕200年を記念して全交響曲と序曲、協奏曲による6回の「札響特別演奏会 ベートーヴェン・チクルス」を行なったと言う。その年の第4回でアシュケナージが協奏曲を演奏した思い出が綴られていた。

*2001年チェコ・フィルを率いての札幌公演は聴かなかったが、コンサートがあったことは思い出した。
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オッコ・カム指揮 ラハティ交響楽団~シベリウス生誕150年

〈Kitaraワールドオーケストラシリーズ〉

フィンランドの作曲家シべリウス生誕150年に当たる今年は彼の作品が国内外のオーケストラによって頻繁に演奏されている。特にフィンランドと似た風土を持つ北海道での盛り上がりは凄いものがある。
フィンランドの首都ヘルシンキから北東100キロにある古都ラハティ。人口約10万の都市に1949年に設立されたラハティ交響楽団は、1988年オスモ・ヴァンスカを首席指揮者に迎え、芸術的に大きな躍進を遂げて世界的知名度を得た。ヴァンスカ率いるラハティ響は2003年と2006年にKitara大ホールで公演を行っている。2003年は勿論オール・シべリウス・プログラムで《序曲「カレリア」》、《交響詩「フィンランディア」》 、《交響曲第2番》と《ヴァイオリン協奏曲》(ヴァイオリン独奏:デイヴィッド・ギャレット)。
2006年はシベリウス《交響詩「タピオラ」》、《交響曲第5番》に加えてグリーク《ピアノ協奏曲》(ピアノ:ユホ・ポホヨネン)。(*オスモ・ヴァンスカは昨年のPMF2014でPMFオーケストラを指揮して「ベートーベンの第九」を演奏した姿が記憶に新しい。)

ラハティ交響楽団の来日は2006年以来らしいが、Kitaraは3度目のステージとなる。Kitaraホールの響きも深みを増していると想像される。シべリウス記念イヤーの最後のコンサートに相応しい真打ちの登場である。Lahti Symphony Orchestraは本拠地ラハティのシベリウス・ホールの杮落とし(2000年)を機に、毎年シベリウス・フェスティバルを開催。シベリウス音楽の中心地として世界の注目を浴びている。

2015年11月23日(月・祝) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

オッコ・カム(Okko Kamu)は1946年、ヘルシンキ生まれ。69年、第1回カラヤン国際指揮者コンクールに優勝。フィンランド放送響、オスロ・フィル、ヘルシンキ・フィル等の首席指揮者を歴任。2011年ラハティ交響楽団の首席指揮者、シベリウス音楽祭芸術監督に就任。
早くから彼の名を耳にしていたが、北欧音楽が中心になり過ぎて世界での活躍が目立たなかった感じがしていた。今回初めて彼の指揮ぶりを目にするのは意外の感あり。一度は聴いていると思っていた。

神尾真由子(Mayuko Kamio)は1986年、大阪府生まれ。2007年、第13回チャイコフスキー国際コンクール・ヴァイオリン部門優勝(*1990年の諏訪内晶子以来2人目の日本人優勝)で一躍脚光を浴び、その後の国際的な活躍も目覚ましい。09年、12年に続いて彼女の演奏を聴くのは今回が3度目。

〈PROGRAM〉
 シベリウス Jean Siberius (1865-1957)
  交響詩「フィンランディア」 作品26
  ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
  交響曲第2番 二長調 作品43

2003年の札幌公演の際のプログラムと重なるが、当時はそれほどシベリウスの曲を聴き慣れていなかったので、正直言って曲の印象は殆ど覚えていない。CDではカラヤン指揮ベルリン・フィルを通して専ら親しみ、その後、サラステやバルビローリなどで交響曲の幅を広げ最近ではコリン・デイヴィスのシベリウス全集を買い求めて少しでも曲の理解を深めようとしている。前札響音楽監督尾高忠明によるシベリウス・チクルスの3年間にブログでもかなり詳しく書き綴った。この3年間シベリウスを聴く機会も増え、特に札響が奏でるシベリウスに親しんで感銘を受けた。
その反応か、札響の響きに慣れ過ぎたのか、冬の澄みきった青空に広がるような札響の音とはかなり違う物を感じ取った。ロシアの支配下にあってフィンランドの独立を勝ち取るフィンランド人の何となく泥臭いが力強い響きが伝わってきた。土着の人々の息吹は本国人でないと表現に難しさがあるのかもと勝手に想像してしまった。
外国人の演奏する「フィンランデア」は同じメロディを奏でてもフィンランド人の演奏する曲とは違いがあるのは、むしろ自然なのかも知れないと思ったりしてみた。長い入院生活の後の身には精神的にも元気づけられる曲であった。洗練されていると言うより本場ならではの質朴な感じが出ていて力強かった。

「ヴァイオリン協奏曲」は演奏会で聴く機会が結構多くてCDも6枚は手元にある。スターン、フリード、レーピン、ヴェンゲーロフ演奏の物もあるが、好んで聴くのはジョシュア・ベルと諏訪内晶子による演奏である。オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィルでミリアム・フリードという聴き慣れないヴァイオリニストのCDが有るのに気付いた。30年ほど前のデジタル録音もので何度か耳にしたようである。
オーケストラ曲とは違う感じのヴァイオリンの名曲。シベリウスはヴァイオリン奏者としてウィ-ン・フィル入団を目指したが、試験に落ちたエピソードが残っている。結果的に偉大な作曲家として数々の名曲が生まれたのは幸いであった。
神尾真由子は海外で英才教育を受け、現在はサンクトぺテルベルクを本拠地として世界的に活躍している。久し振りで聴く彼女の演奏は、凛とした姿勢で際立つ高度な技巧。弱音の美しさでホールの聴衆を惹きつける姿は実に見事。RAの座席で丁度良い角度から演奏ぶりを鑑賞できた。

ソリストのアンコール曲は「エルンスト:魔王」。 シューベルトの主題による奇想曲。

指揮者は腰を痛めているのか椅子に座っての指揮であったが、楽譜に忠実で非常に丁寧な指揮ぶり。(*音楽の友11月号によると彼はインタヴューで“楽譜に書き込みは一切しない”と語っている。)「交響曲第2番」もどちらかと言えば威勢の良い馴染みのメロディがふんだんに出てきた。この曲もロシアの圧政下にあったフィンランドの姿が読み取れ、国民の独立の願いが暗示されている曲となっている。同時にフィンランドの牧歌的な雰囲気も味わえる。

演奏終了後にはホールを埋めた聴衆からアンコールの声が湧きあがった。
アンコール曲の3曲ともにシベリウス作品で味わい深い曲。 ①悲しいワルツ op.44-1  ②組曲「クリスチャン2世」 op.27より “ミュゼット” ③鶴のいる風景 op.44-2
 
※ラハティ響は札幌の後、25日 松本、26,27,29の3日間に亘って東京で交響曲チクルスが予定されている。
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祝祭 シベリウス フェスティバル in SAPPORO

シベリウス生誕150年企画

日本シベリウス協会北海道支部はシベリウス生誕150年を祝って、今回は日本シベリウス協会新田ユリ新会長を指揮者に、コンサートマスターに木野雅之を迎えて“シベリウス フェスティヴァル アンサンブル”を編成した。本州支部のメンバーや札響メンバーの応援を得て20名による室内弦楽オーケストラ。

数年前に札幌に移住してKitaraボランティアとしても活動している友人で、札幌フィルハーモニー管弦楽団やHIMESオーケストラのチェロ奏者として幅広く活動している音楽家を通していち早く今回のコンサートの情報を得てチケットを手に入れていた。
新田ユリ、木野雅之は全国的な活動で有名な音楽家で言及を待たない。著名なアーテイストの参加が鑑賞意欲を掻き立てたことは確かである。

2015年11月22日(日) 開演18:00  札幌コンサートホールKitara小ホール

指揮/新田ユリ(Yuri Nitta)
弦楽/シべリウス フェスティバル アンサンブル(Siberius Festival Ensemble)
コンサートマスター/木野雅之(Masayuki Kino)
メゾ・ソプラノ/駒ヶ嶺ゆかり(Yukari Komagamine)

〈PROGRAM〉 ジャン・シベリウス
 プレスト 二長調 作品4
 弦楽のためのロマンス ハ長調 作品42
 組曲「クリスチャン2世」 作品27より “エレジー”
 田園組曲 作品98b
 海辺のバルコニーで 作品38-2(メゾ・ソプラノ:駒ヶ嶺ゆかり)
 アリオーソ 作品3(メゾ・ソプラノ:駒ヶ嶺ゆかり)
 ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための組曲 作品117(ヴァイオリン独奏:木野雅之)
 メロドラマ「伯爵夫人の肖像」 JS88 (朗読:Mikael Nicander Kuwahara)
 そよげ葦よ 作品36-4(メゾ・ソプラノ:駒ヶ嶺ゆかり)
 岸辺の樅の木の下で 作品13-1(メゾ・ソプラノ:駒ヶ嶺ゆかり)
 恋人 作品14

札響楽団員3名を含むプロも入っての編成とはいえアマチュアとしてレベルの高い演奏。すべての曲をマエストロ新田が指揮を担当した。殆ど全ての曲は初めて耳にしたが、シベリウスの弦楽合奏曲は美しい旋律に満ちている。

声楽曲はドラマティックで駒ヶ嶺は声量豊かに堂々とした歌声を披露した。彼女の歌は何度か耳にしているが今回は4曲とも素晴らしい出来で感動した。
シベリウスは声楽曲を100曲以上作曲している筈だが、スウェーデン語での歌曲が多いと思う。(*当時、フィンランドはスウェーデンの支配下にあって、スウェ-デン語が公用語だったからだと推測する。)

プログラムにメロドラマの曲があって朗読がスウェ-デン語で行われる面白い試み。 弦楽合奏をバックにしての独唱や朗読は迫力があって良さが出ていた。

ヴァイオリン独奏での木野の演奏は当然とは言え、ヴェテランの実力で一味違う演奏ぶりであった。

アンコール曲はここ数年よく耳にする「アンダンテ・フェスティ-ヴォ」。聴衆も聴き慣れた曲とあって演奏終了後に嬌声が飛び交うほどの感動ぶりを示していた。シベリウスは1929年に別荘に引きこもって以来、外部との交渉を断ち、作曲も途切れていた。1938年、依頼に応えて1922年に書いていた弦楽四重奏曲を弦楽オーケストラのために編曲して、ラジオ生放送のために指揮をしたと言われる。本日のアンコール曲がその曲として知られている。尾高忠明指揮札響のCDにこの曲が収録されている。彼は1957年に91歳で亡くなるまで長生きした。

※本日の演奏会は18時開演だったが、17時20分からプレ・トークが行われた。私は体調も考慮して会場に到着したのは18時10分前だった。幸いプログラムは手渡されたが、歌曲の歌詞などの配布物は無かった。小ホールは自由席で超満員になっていた。客席数の453席は既に埋まっていて、補助席を案内されたのには驚いた。結果的に補助席以外の席に座れたが、定員以上にチケットを販売したことになる。協会がたぶん無料の招待券を多く発行し過ぎたと推測される。著名な指揮者とコンサートマスターが客演したことで例年以上に客が集まることは予想できなかったのだろうか? 
前半終了時点で会場を後にした人もいたが、補助席20席や車椅子席を含めて、480席は演奏終了後まで埋まっていた。開館以来、何百回と通っているKitara小ホールで初めて見る光景。演奏会が大盛況だったのは良いが、帰りにプログラムなどの印刷物が何十部か配布されている状態にも些かあきれはてた。折角のコンサートに少々不愉快な想いをしたのが残念であった。
 
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小山実稚恵 「音の旅」 第20回 《ゴルトベルク変奏曲》

12年間・24回リサイタルシリーズ2006-2017 「小山実稚恵の世界」
 
「音の旅」第20回 ~究極のアリア~
             イメージ〈金〉:金:孤高の存在・特別なもの

小山実稚恵の壮大なプロジェクトも今回で10年目が終ろうとしている。2006年に始まったシリーズは毎年一度は欠かさず聴いており、今回で14回目になる。特に2011年からは毎年鑑賞の予定に入れていた。ただ、13年春のシリーズでは同日の同じ時間帯でアンネー=ゾフィ―・ムターのヴァイオリンリサイタルが急遽Kitara大ホールで開催されたためムターのコンサートを優先した。
今回も及川浩治のリサイタルと重なったが、小山のプログラムの魅力が勝った。「ゴルドベルク変奏曲」を演奏会で聴く機会はめったに無い。

2015年11月20日(金) 19:00開演 札幌コンサートホールKitara小ホール

〈プログラム〉
 シューマン:花の曲 作品19
 J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲(アリアと30の変奏曲) ト長調 BWV.988

小山のリサイタルシリーズにシューマンの曲が入らないないことは珍しいくらい。「花の曲」は余り聴いたことが無い。作曲当時は後に妻となるクララへの想いを寄せて書いた抒情的な作品。演奏時間7分程度の小品。リサイタルシリーズ第1回がシューマンの「アラベスク 作品18」でスタートした。その隣り合わせの作品を今回のバッハの大曲と組み合わせたと言う。

今日のメインはバッハ。グレン・グールド(1932-82)による55年のワシントンとニュ―ヨークでの“Goldberg Variations“の演奏が話題となり、録音化されて世界で話題を呼んだ曲として知られる。55年盤は90分もかかる曲だと言われるが、81年のCD盤を手にしたのが、グールドに興味を抱いた2000年のことであった。50分程度のテンポの速い曲で今までどれほど耳にしたことか。今日の昼間に何年ぶりかで聴いてみた。64年頃録音のチェンバロによるグスタフ・レオンハルト(1928-2012)のCDも手元にあって久し振りで聴いてみた。(彼のリサイタルをKitara小ホールで2011年5月に聴けたのは今や貴重な思い出である。)

Kitara小ホールで「ゴルトベルク変奏曲」を初めて聴いたのが08年6月。Kitaraランチタイムコンサートで聴くには重々しい曲ではあったが、生演奏で一度聴いてみたかった。ロシア系アメリカ人のセルゲイ・シェプキンによる今も記憶に残る新鮮な演奏であった。当時、すみだトリフォニ―主催「バッハ《ゴルドベルク変奏曲》」シリーズで話題となり09年にKitaraでバッハの「平均律クラヴィーア曲集」を弾いたマルティン・シュタットフェルト(1980- )のバッハ演奏も再び耳にしたい。若いピアニストの解釈による演奏は心弾むものがあった。

プログラムをスタートする前に小山の解説が毎回ある。「音の旅」は10年目の第20回。今年は彼女の演奏活動30周年の年である。今回のメイン・プログラムの曲も30の変奏がある。今年はバッハ生誕330年にあたる。(*彼女が指摘するまでそのことを意識していなかった。)彼女はこのプロジェクトを企画した当初からバッハの大曲「ゴルトベルク変奏曲」は30周年の第20回のプログラムに入れようと決めていたと言うからその綿密な用意周到性に改めて驚いた次第。

「ゴルトベルク変奏曲」は作品自体がその「音の旅」であるように感じられると言う。アリアから始まって30の変奏の旅に出て、最後に再びアリアに戻ってくる。この2つのアリアは耳に馴染んでいるが今日はそれぞれ違った情感を持って聴けた。小山実稚恵の長年の努力と独自の解釈による音の結晶がほぼ満席で埋まった客席の隅々まで心地よく響き渡った。丁度60分にわたる長大な曲を固唾をのんで耳を傾ける聴衆の集中力も凄かった。演奏終了後の感動の渦は特別なものがあった。

精魂込めての演奏で全ての力を使い尽くし、アンコール曲」は「シューマン:アラベスク」のみ。1曲だけは予め用意していたのだろう。これで充分であったが、申し訳なさそうにステージでお辞儀をする姿に彼女の謙虚な人柄が表れていた。

*300年も前に30の変奏曲を3曲毎に舞曲、トッカータ風、カノンと数学的にも工夫を凝らして作曲して後世に偉大な作品を遺したヨハン・セバスティアン・バッハの偉大さを改めて思い知らされた。曲の構成が、3、4、6、12、24などバッハに起源を持つ数字が多いのは承知していたが、《小山実稚恵の世界》がバッハを念頭においてスタートしていたことは今回やっと理解できた。
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ブログの再開に際して

10月中旬頃に体調が思わしくなくて、掛かりつけの内科医に診てもらった。心不全の状況にあることが判明して、紹介状を発行してもらい急遽総合病院に出向くと即入院と決まった。ボランティア活動や音楽鑑賞に時間を使っている場合ではなくなってしまった。
自覚症状がないうちに心筋梗塞にかかっていたことが判って驚愕したのが数年前のことだった。これまで特に心臓に異常は感じていなかったのだが、詳しい検査の結果、冠状動脈バイパス手術を受けることとなった。
手術後、順調に回復して2週間が経った今日午前、やっと退院の運びとなった。35日間の入院期間は長かった。

この間、オペラやコンサートなど10月は6回、11月は3回のコンサート鑑賞が出来なかった。幸い妻や親戚の者にチケットを有効に使ってもらった。10月札響定期のマイシートは札響に譲ることとした。残念だったのは、11月8日に札幌で初開催のクラシックソムリエ検定を受けれなかったこと。エントリー、シルバーの両方のクラスを受検するつもりであった。また、来年を期することにしたい。

妻は内田光子のピアノリサイタルに最も感激したようであった。それほど期待していなかった盲目のピアニスト梯剛之(かけはし たけし)のオール・ショパン・プログラムによるピアノリサイタルには感動して会場でCDを買い求めてきた。私自身、彼のリサイタルは99年、01年に続いて久しぶりに聴く予定であった。妻がCDプレーヤーを病室に運んでくれて3回通してショパン、リストの曲を聴いて気分転換を図れた。梯は生後1ヶ月で視力を失ったが、音楽の才能が花開いて、98年にはロン=ティボー国際コンクールで第2位、2000年にはショパン国際ピアノコンクールでワルシャワ市長賞受賞など輝かしい実績を収めてきたピアニスト。ここ数年、いろいろな心身の悩みを乗り越えて見事に復活した様子が円熟した演奏を通して伝わってきた。

親戚の者がKITARAをはじめて訪れる機会を得て、ピリス&メネセスのデュオ・リサイタルを聴いてホールの素晴らしさに圧倒されたようだった。今度はオルガンのコンサートも聴いてみたいと印象を述べてくれたのも良かった。今回のことでチケットを無駄にせずに札幌コンサートホールを身近に感じてくれる人が出たのは嬉しいことであった。

明後日の小山実稚恵「音の旅」に始まり11月も4回のコンサートチケットが手元にある。ブログを休んでいる間にも、連日毎月以上に私のブログにアクセスしてきている人たちがいるのには驚きを禁じ得ない。いつまで続くか判らないが自分の記録にとどめる意味もあって書き続けようと思う。



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fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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