N響演奏会 札幌公演(指揮:ストルゴーズ、ピアノ:紗良・オット)

前回のN響札幌公演は2012年8月24日。ブログを書き始めた最初のコンサートがN響演奏会だったので記憶が鮮明である。コンサートの記録・感想を中心に書いているブログも300回を超えた。

2015年8月31日(月) 開演:午後7時  札幌コンサートホールKitara大ホール

8月下旬におけるNHK交響楽団東北・北海道公演も本日の札幌公演が最終日。郡山・青森・函館・旭川・北見・札幌の6公演は指揮者・ピアニストも同じで同一プログラムで開催された。N響のコンサートは人気が高く、3年ぶりの公演で客席もほぼ満席で開演前のホールも期待感に満ちていた。

[指揮] ヨーン・ストルゴーズ
[ピアノ] アリス・紗良・オット
[管弦楽] NHK交響楽団

〈オール・ベートーヴェン・プログラム〉
 「エグモント」序曲  作品84
 ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37
 交響曲 第5番 ハ短調 作品67 「運命」

ヨーン・ストルゴーズ(John Storgards)は1963年生まれのフィンランドの指揮者。サロネン時代のスウェ-デン放送響のコンサートマスターを経てシベリウス音楽院でヨルマ・パヌラとエリ・クラス両教授に学ぶという北欧音楽界の王道を歩んだ。今日、世界中で活躍を続けるフィンランド出身の指揮者の中で注目を集める指揮者のひとり。
現在、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者、BBCフィルハーモニック管弦楽団首席客演指揮者、カナダ国立芸術センター管絃楽団首席客演指揮者。

アリス・紗良・オット(Alice Sarah Ott)は1988年、ミュンヘン生まれ。世界各地の主要オーケストラと共演、ソロ、デュオ、室内楽の他に、音楽誌にも寄稿を連載中で縦横無尽の活躍。人気と実力を兼ね備えたピアニスト。
Kitaraで彼女の演奏を聴くのは今回が6回目。12年5月にはパーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送響と「リスト:ピアノ協奏曲第1番」を演奏。12年10月のリサイタルでモーツァルト、シューベルト、ムソルグスキーを弾いた。同年7月のサンクトペテルブルクでのライヴ録音と収録曲目がほぼ同じDVD付きCDを買ってサインを貰った。3年前のブログで画像を載せたが、後で消えていたので写真は削除した。(*どういう訳か画像で一度も消されないのは“五嶋龍のCDの画像”だけである。) 彼女は魅力に溢れた若手ピアニスト。

「エグモント」は文豪ゲーテが書いた戯曲の劇付随音楽。16世紀のオランダ独立運動で活躍したエグモント伯爵をモデルにした物語。ベートーヴェンは1810年に「序曲」と9曲からなる付随音楽を完成させた。劇中の音楽を聴く機会はないが、「序曲」は単独で演奏される機会が多い。
軽やかで透明感のある重厚な曲。伯爵が最後には捕えられて処刑されてしまう悲劇だが、人々に勇気を与えるドラマで荘厳な感じも漂う人気のある序曲。弦楽器と管楽器の見事なハーモニー、クライマックスでトランペットの高らかな響きの演奏が印象に残った。

ベートーヴェンの5曲のピアノ協奏曲の中で「第5番」が一番親しまれていると思うが、「第3番」、「第4番」の人気も高い。自己所有のCDでも第3・4・5番の枚数は各8枚で同数。違いは録音が古い名演奏家のものが「第3・4番」に多い。アラウ、ケンプ、グールド、ギレリス、ルービンシュタイン、グルダ、ミケランジェリなど。
紗良・オットの「皇帝」は09年に井上正義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢との共演で聴いて好印象を受けた。彼女のベートーヴェンを聴くのはその時以来。「第3番」もKitaraで聴くのは久しぶりである。
彼女はいつものように裸足で登場し、ほっそりとした体を包む煌びやかなロングドレス姿でドラマティックな曲を力強く弾き切った。モーツァルトとは違う曲作りに成功した「第3番」はベートーヴェンが自ら作曲したカデンツァが第1楽章に入っている。「ハ短調」で書かれた調性にも注目した。表面的な華やかさだけでなく、内面的な心も描き出されていて曲にドラマ性が際立っている。紗良・オットはメリハリの効いた演奏で、演奏終了後は満足しきった様子だった。オーケストラの木管の響きも秀逸だったと思う。

ホールを埋めた聴衆から万雷の拍手を浴びて、アンコール曲に「リスト:ラ・カンパネラ」を弾いた。聴き慣れた曲とはいえ彼女の力強い心のこもった鐘の音に聴衆は酔いしれた。嵐のような大拍手が起こってカーテンコールでステージに何度も登場する際の彼女の速足に驚いた人もいた様子。彼女が裸足だったことに気付いた人は殆どいなかったと思う。初めて彼女の演奏を聴いた人はスッカリ彼女の魅力にはまったように思えた。

「運命」は“ジャジャジャジャ―ン”で始まる冒頭のモチーフで交響曲はこの曲から親しんだものだ。何百回聴いたか判らないくらい。今では家で聴くことは殆ど無い。演奏会でもしばらく聴いていなかったが、ここ1・2年はKitaraでも数回演目に上がっている。S席でこの曲を聴いたのはしばらく無かったこともあり、今夜は新鮮な曲に聴けてやはり「運命」は名曲だと改めて認識した。〈苦悩から歓喜〉のテーマは「チャイコフスキー第4番」など他の作曲家に多大な影響を与えた作品にも繋がったと実感した。
ストルゴーズの楽譜を忠実に読み取り、メリハリの効いた指揮ぶりでオーケストラを掌握する熱演ぶりは最後の「運命」の演奏に良く表れていた。同じ演目での演奏旅行で慣れと疲れが出てしまわないか危惧していたが、出演者の熱演で心配は無用であった。
渾身の力を絞った演奏で指揮者も疲れ果てたようで、一瞬アンコール曲は無しかと思ったが、ストルゴーズ自ら“Andante Festivo”と言って母国の作曲家の名曲を弦楽合奏で演奏した。
アンコール曲は「シベリウス:アンダンテ・フェスティーヴォ」。

※20世紀末まではフィンランド出身の指揮者として注目されていたのはレイフ・セーゲルスタム、エサ=ペッカ・サロネン、ユッカ=ペッカ・サラステぐらいだった。今やヴァンスカ、オラモ、リントゥ、インキネンなど続々と優れた指揮者がフィンランドから輩出してきている。ストルゴーズの名を聞いたのも半年前あたりである。
フィンランドが指揮者だけでなく優れた音楽家を輩出している理由は何だろうか。500万の人口の国に交響楽団が20もあるという。多くの指揮者が必要とされる。シベリウス音楽院を中心として指揮科の授業ではプロのオーケストラ・メンバーが加わって学生オーケストラの指導にあたり訓練が行われていると言う。優れた指揮者や演奏家が育つ環境が作られている。他の国では考えられない音楽教育が学生時代から根付いていることが疑問の答えになる。

11月にサカリ・オラモ、16年1月にピエタリ・インキネンがKitaraのステージに登場する予定になっているが、今から楽しみである。

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木野雅之 ヴァイオリンの魅力 Vol.6

木野雅之ヴァイオリン・リサイタル
Masayuki Kino Violin Recital 2015
 
毎年夏に札幌で開かれる木野のリサイタルもヴァイオリンの魅力を伝えるコンサートとして恒例になった。昨年は隠れた名作も聴けて心が和んだ。「木野雅之を聴く会」が主催するコンサート。 ピアノは毎回、藤本史子。

2015年8月24日(月) 7:00PM開演 札幌コンサートホールKitara小ホール

〈プログラム〉
 ピッツェッティ(1880-1968):婚約した娘に与える3つの歌
 フランク(1822-90):ヴァイオリン・ソナタ イ長調
 ガ-シュイン(1898-1937):3つの前奏曲
 シベリウス(1865-1957):3つの小品 作品116
 トロヤン(1907-83):鶯
 サラサーテ(1844-1908):サパテア-ド~「スペイン舞曲集」より 作品23-2

今回のプログラムはフランクのヴァイオリン・ソナタの傑作を中心に、作曲家として名高いサラサーテ、シベリウス、ガ‐シュインの作品からの小品などが演奏された。ピッツェッティとトロヤンは初めて耳にする作曲家名。

ピッツェッティは近現代の音楽を嫌って初期バロック音楽やルネサンス音楽を好んだという。レスピーギの後継者とされるイタリアの作曲家。ロマン派、特にフランクとの共通点があるとされる。1940年の日本の皇紀2600年奉祝曲を委嘱された作曲家のひとり。本日の演奏曲は元々チェロとピアノのための作品。自分の娘に捧げられた慈愛に溢れた曲。

ベルギーに生まれ、フランスで活躍したオルガニスト兼作曲家のフランクはヴァイオリン・ソナタを1曲しか書いていない。1886年に書かれたこの曲はヴァイオリン・ソナタの最高傑作のひとつとして演奏機会の多い曲。名ヴァイオリニストで無伴奏ヴァイオリン曲の作曲家としても有名なイザイの結婚を祝って彼に献呈された。イザイは結婚後かなり経ってからこの曲の意味が解ったという。
このソナタは理性と情熱が見事に調和されて美しさが際立つ作品。4つの楽章の主題が互いに関連を持ち、同じ主題が4楽章に繰り返し現れる。循環形式の試みが曲に親しみを持たせ、味わい深い作品になっていると聴くたびに思う。
演奏終了後に“ブラ―ヴォ”の声も上がるほどの人気曲。

ポップスやクラシックというジャンルの垣根を越えた不滅の曲で有名なガ―シュインが遺したピアノ独奏曲。様々な楽器に編曲されて広く人々に親しまれているという。曲が始まって直ぐに聴いたことのあるガ―シュイン特有の旋律が流れた。ジャズやブルースの聴き慣れたメロディもあり、3つのプレリュードに変化があって面白かった。ニューヨークの街の雰囲気も何となく味わえた。

今年が生誕150周年にあたるフィンランドの大作曲家シベリウスは今シーズン彼の作品を聴く機会が大変多い作曲家。交響詩「フィンランディア」、7つの交響曲、ヴァイオリン協奏曲が取り上げられることが多いが、歌曲やピアノ曲など魅力的な小品を数多く残している。ヴァイオリンを携えて森の散歩に出かけていたといわれるシベリウスは「ヴァイオリンとピアノのための3つの小品」が作品番号のついた最後の作品となった。素朴でありながら生き生きとした様が描かれている。
第1曲 舞踏の情景。第2曲 特徴的な舞曲。 第3曲 ロマンティックなロンド。
最初の2曲はテンポの速い賑やかな踊り。3曲目は一転して緩やかな雰囲気が漂う。文字通りの小品。シベリウスは同時期に「4つの小品」も書いているが、今回は「3つの曲」を意図的に選曲したようである。

チェコの作曲家トロヤンはチェコの人形アニメ芸術の巨匠トルンカの長編アニメ「皇帝の鶯」のために作曲した音楽。アンデルセン原作の映画は〈オルゴールの鶯に夢中になった挙げ句、本物の鶯の大切さに想いを馳せる幼い皇帝の姿〉を描いている。哀愁が漂う雰囲気の作品。うぐいすの鳴き声は美しいが、動物や鳥の鳴き声の表し方が国によって違うのを改めて感じた。

サラサーテは天才ヴァイオリニストとして名を馳せ、献呈された作品も数多い。作曲家としても「ツィゴイネルワイゼン」、「カルメン幻想曲」などヴァイオリンのための名曲を遺している。
「サバテアード」とはヒールを打ち鳴らしながら踊る激しいスペイン・アンダルシア地方の舞曲。(*「サバト」は「靴」を意味するスペイン語。)
ヴァイオリンの名手とあって超絶技巧の曲。02年から日本フィルのソロ・コンマスを務め、13年に東京音楽大学教授にも就任して、多方面で活躍している木野雅之は恩師ルッジェーロ・リッチから譲り受けた1776年製ロレンツォ・ストリオーニを使用して自由自在に名器を操った。
国際ピアノ伴奏コンクール、日本ピアノ歌曲伴奏コンクール優勝の実績を持ち、ソロや室内楽でも活躍している藤本史子も木野と息の合った演奏を展開。フランクの曲では対等にヴァイオリンと渡り合った。

後半の4曲は小品ということで20分程度で終了。少々物足りなかった。演奏会で披露するに相応しい珍しいヴァイオリン曲を集めることは、名曲の小品を弾くのと違って困難が伴うのだろう。
聴衆は聴く会の会員の呼びかけもあってか昨年より増えていた。ピアニストもそんな印象を語って来年の予定を話していた。札幌での公演を二人とも毎年楽しみにしているようである。

アンコール曲は「ヴュータン:夢」と「モンティ:チャルダッシュ」。

※「木野雅之を聴く会」で思い出した。ロシアを代表するピアニストとして世界的に有名なニコライ・ルガンスキーは、2002年にKitaraでシャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボー管と「皇帝」を演奏。09年12月の札響定演で広上と共演して「ラフマニノフの第2番」を演奏した。聴かれた方も多いと思う。実はルガンスキーは18歳の1991年3月に「ルガンスキー聴く会」の主催で札幌公演を行っていた。当時、日本航空が協賛して本州で計画されていたピアノリサイタルの追加公演となったようである。本州の公演では主催が毎日放送、東海テレビ、サントリーホールなどであった。札幌教育文化会館小ホールが会場であったが札幌で聴く会を設立して努力した人たちのお蔭で彼の日本デビューを聴くことができた。忘れられない思い出である。

東京大学音楽部管弦楽団 サマーコンサート2015 北海道公演

東京大学にオーケストラが設立されていて入学式などで活躍している様子は知っていた。同大学管弦楽団員によるブログを一度読んで判っただけで詳しい活動については全く知識がなかった。4月に公演情報が入って、8月はKitara開催の聴いてみたいコンサートが少なくて、いち早く東大管弦楽団のチケットを購入しておいた。
今日は2週間ぶりのコンサート鑑賞であった。

2015年8月16日(日) 13:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

〈Program〉
 モーツァルト(1756-91):歌劇「魔笛」序曲 K.620
 R.シュトラウス(1864-1949):交響詩「ドン・ファン」 作品20
 ブラームス(1833-1897):交響曲第2番 二長調 作品73

東京大学管弦楽団の設立は1920年。これまでにベートーヴェンの交響曲第4番の日本初演、マーラーの交響曲第1番の学生初演、ヨーロッパへの演奏旅行(1966年)などの多彩な活動を行い、第100回定期演奏会を今年の2015年1月25日にサントリーホールで開催した。(*東大オーケストラ結成の頃に日本では宮内省・東京音楽学校・九州大学・慶應大学・早稲田大学などにオーケストラがあった。日本最古のプロのオーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団で創設年は1911年。NHK交響楽団の発足は1926年。)

指揮の三石精一(Seiichi Mitsuishi)は1932年生まれ。東京藝術大学指揮科卒業、同大学大学院修了。1956年にメノッティのオペラでデビュー。ラヴェルの「スペインの時」を日本初演し、藤原歌劇団の指揮者、諏訪根自子・藤原義江・砂原美智子などのピアノ伴奏者として活動。73年、渡欧して各地でオーケストラとオペラを研修。77年文化庁芸術家在外研修員派遣プログラムでウィ-ン・フィルやミュンヘン国立歌劇場で研鑚を積み、79-86年まで読売日響の専任指揮者に就任。その後、全国各地のオーケストラに客演し、東京藝術大学などで教鞭をとった。その後、東京音楽大学指揮科主任教授に迎えられ、02年同大学名誉教授。97年創設の東京ユニヴァーサル・フィルの音楽監督・常任指揮者を11年まで務める。東京大学管弦楽団の指揮者を30年間も務め、現在は終身正指揮者となる。

コンサート開始前の正午ごろに雨足が一段と強くなっていた。地下鉄中島公園駅を降りてKitaraに着く時間にも雨が強く降っていた。開場時間12時半の少し前に会場に着いたが、係りの学生が適切な指示で広いエントランスホールを効果的に利用して要領よく会場整理に当っていた。人々で混雑するホールでこんな整然とした光景を見るのは珍しいことである。お蔭でコンサート前に気持ち良く入場できた。ホール内では全席が自由席でリセプショニストもキビキビと客の対応に当っていた。
素人の学生が行う効果的な入場方法をプロに学んでもらいたい。Kitaraのリセプショニストの対応は優れているが、主催者の対応には立派な施設を生かし切れていないことが多々ある。厳しい言葉で言うともっと職業意識を自覚してほしいと思うことがままある。

18年ぶりの北海道公演ということで東大管弦楽団のコンサートに期待する人々で大ホールの雰囲気も盛り上がっていた。13時に若い学生がステージに登場して華やいだ雰囲気になって、いよいよ開演となった。

モーツァルトはイタリア語のオペラを数多く書いたが、歌劇《魔笛》はドイツ語で書かれた〈紙芝居〉(ジングシュピール)である。ドイツ・オペラの基礎を築いた作品と言われ、この最高傑作は1791年に上演された。メルヘン的な作品であるが精神的な深みのある作品でもある。「序曲」は生き生きとした明るい曲でストーリーの展開に相応しい。作品で3の数字が意味を持つが、3回の和音の繰り返しがある。(実際に演奏に携わっている人なら直ぐ気付くのだろうが、残念ながら私は解らなかった。)

「ドン・ファン」はスペインの伝説的な人物。主人公の心理的葛藤に共感して曲を書いたシュトラウスは、1889年に自らワイマール宮廷管弦楽団を指揮して初演した。「ドン・ファンの主題」、「女性の主題」が素晴らしいオーケストレーションで展開される。約90名で構成されたオーケストラが壮大な音楽を響かせた。木管楽器と金管楽器奏者(約25名)が期待以上の見事な演奏で弦楽器と調和して面白く聴けた。国内4公演の最後となる演奏が思い切りの良い清々しい演奏となってとても良かった。久し振りで聴く「ドン・ファン」はとにかく好印象!

三石精一は80歳を越えているとは思えないほどの若々しい指揮ぶりであった。暗譜で演奏したが、プログラムによると毎年サマーコンサートの指揮を行なっている。
後半のメイン曲であるブラームスの「交響曲第2番」もブラームス自身の重圧から解放された喜びに溢れた明るい曲が溌剌とした若さのエネルギーで演奏された。毎年編成が変る学生オーケストラとしては結構な演奏だと思った。昨年秋のエリシュカ指揮の札響の名演を聴いたばかりで、演奏に慣れてしまっているので感動を味わうまでには至らなかった。
指揮者は全て暗譜で特に2曲目以降の「シュトラウスとブラームスは小気味よい指揮ぶりを見せた。オーケストラを手中に収めているようであった。色々な経験を積んで学生の指導にも大ヴェテランの味わいが出ていた。

このオーケストラは定期演奏会を年1回開催しているが、過去10年間の記録で指揮者に現田茂夫・高関健・山下一史・円光寺雅彦・曽我大介の名が合わせて8回もあった。優れた指揮者の下で研鑚を積んでレヴェルを向上させているのかもと思った。

東京大学音楽部管弦楽団の現在のメンバーは総勢130名。コンサートマスターが北海道出身で医学部の学生で演奏中にソロで弾くヴァイオリンの腕も確かなものであった。

アンコール曲は「ブラームス:ハンガリー舞曲第6番」。最後に、このオーケストラのコンサートでは恒例の《ドイツ民謡・丹治 汪作詞による「歌声響く野に山に」》の演奏と聴衆の輪唱で終了。

※北海道大学交響楽団の歴史は1921年に始まって、北大交響楽団成立が1941年で第1回演奏会が行なわれた。56年に第1回復活演奏会を開催。60年に行われた「復活5周年記念 第20回定期演奏会」は川越守指揮で聴いた記憶がある。札幌に転居した88年からは何度か北大演奏会に出かけたものだ。最後に聴いたのが2010年の「第120回定期演奏会」。十年ほど前は葉書で年2回開催の定期演奏会の案内があったが、E-mailアドレスをアンケートに書いて提出して以来、アドレスが間違って送られている様子で連絡が途絶えた。そんな訳で以前ほど北大交響楽団の演奏会に出かけることが少なくなってしまった。卒業生の一部が参加している北海道交響楽団の演奏会はここ数年は毎回聴いている。
Kitaraで開催されるプロのコンサートを中心に鑑賞しているが、開催日の都合がつけば地元の大学のオーケストラの若々しい演奏は望むところである。

ピクニックコンサート PMF2015

ピクニックコンサート
≪レナード・バーンスタイン・メモリアル・コンサート≫

GALA コンサートとピクニックコンサートを2日続けて鑑賞するのは昨年に続いて2度目である。指揮者に魅せられているのと、好天気の下で野外コンサートを楽しめるのは特別なものがあるからである。

2015年8月2日(日) 12:00正午~   札幌芸術の森野外ステージ

会場までの交通渋滞で第1部の開始時刻に間に合わずに12時半過ぎから鑑賞。第Ⅰ部は前日といくつか違ったプログラムが入ったが、第2部は全く同じプログラム。
 
室内楽の演目が前日より増えた。前日の「プーランク:六重奏曲」、「モーツァルト:ディヴェルティメント第17番」の他に演奏された曲目は「シューベルト:ピアノ五重奏曲 “ます”から第4、5楽章」、「マルティーヌ:九重奏曲」、と「トランペット四重奏曲(*作曲者?)」。
前日の「PMFヴォーカル・アカデミー・メンバーによるオペラアリア」の他に「ヴェルディ:歌劇《リゴレット》から四重唱“美しい恋の乙女よ”ほかが歌われた。オペラの実演でないと聴く機会が極めて稀な四重唱は観客にはとても受けたプログラム。
ガラ・コンサートで歌われた独唱曲が入場時に「本日のプログラム」として曲目が載っていた。
天羽はオペラのテーマの99%は「恋」と語って、歌劇「リゴレット」のあらすじを4人の出演者の役どころに絞って巧みに説明した。四重唱の鑑賞に役立つ解説は観客の興味を惹きつけてステージの演唱を面白くした。

前半の最後のプログラム「PMF賛歌」の合唱は約50名の祝祭合唱団と椅子席・芝生席を埋めた数千人の観客が比較的まとまった印象で昨年より盛り上がった感じ。Kitaraと野外ステージでは鑑賞態度や会場の雰囲気も違うが、とにかく司会者・指導者の天羽も今日の「賛歌」の方でより充実感を味わったように思えた。
ゲルギエフが黑のTシャツ姿でステージに登場した時の観客の囃し立て(たぶん教授陣?)や拍手喝采は彼の人気ぶりを表していた。
昨年ほどの猛暑ではなかったが、今年も好天に恵まれて来場者も多くて、森の会場の周囲には各々の家族が用意した色鮮やかなテントがビッシリと張られていた。ステージに登場する出演者も揃いの黒のTシャツを着用してリラックスした雰囲気。

第2部のプログラムは『PMFオーケストラ演奏会 プログラムC』
 ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」序曲
 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18
 ショスタコーヴィチ:交響曲 第10番 ホ短調 作品93
 
昨日と違うのはショスタコーヴィチの曲もPMFオーケストラのみでの演奏であった。

前半もそうであるが、後半は特に芝生に横になって寝転んだりして聴いた。ただ、マスレエフ演奏のラフマニノフの曲は座って第1楽章から第3楽章まで集中して耳を傾けた。西日になって照りつける太陽で少し風も出てきた中でのピアノ演奏。ステージに陰りが出てきた中での力強い演奏に会場を埋めた人々の集中力はピクニックコンサートではありえない程の高まりであった。カラスの鳴き声がピアノと共演する状況にも人々の集中力は変わらなかった。演奏終了後の客の拍手大喝采と引き続いてのアンコール曲の披露。何とも言えない満足感は昨日とは違うもの。

子どもの集中力にも感心したが、後ろに座った若い女性二人が、「ウイリアム・テル」が始まったころから、寝転んで聴いていた曲の初めから演奏中に会話を始めていた。どうも幼稚園か保育園での仕事に携わっている様子。ピアノ曲が始まって顔を後ろに向けてそれとなく、注意を促したつもりだった。直ぐに効き目が表れなかったようだが、そのうち会場の人々の集中力に気付いたのか話が止んだ、第3楽章の途中で我慢できなくてまた話し声がして、そのうち一人が場を離れて行った。こんな人も中にいても不思議ではない世の中だが、こんな人が子育てに関わっていることに不安を感じた。

昨年と同じく妻と一緒に出かけて、いつものように野外コンサートならではの楽しみ方ができたが、上記の出来事が残念であった。ショスタコーヴィチは教授陣がいなくても、それなりの仕上がりの演奏だった。聴き慣れない曲の演奏に聴衆も大喜びであった。ゲルギエフの指揮は手の動きが単調に見えるが、音楽への取り組み方や事前の曲の解釈などで奏者を惹きつける術に長けているのだと思う。ピクニックコンサートは18時半過ぎに無事終了した。ボランティアの皆さんご苦労様でした。

8月3日に横浜公演、4日に東京公演で今年の全公演が終了する。また、来年が楽しみである。





PMF GALA コンサート 2015

PMF2015は芸術監督にワレリー・ゲルギエフを迎えて開催された。昨年11月に第6代目のPMF芸術監督就任記者会見も行われ日本国中の注目を集めた。世界中を飛び回って活躍するマリインスキー歌劇場管弦楽団芸術監督・首席指揮者Valery Gergievについて今更言及するまでもない。
ロシアの芸術の水準を引き上げた功績は良く知られているが、世界のクラシック音楽の発展に寄与する姿は敬服するばかりである。Kitaraをこよなく愛し何回も来札している。手兵のマリインスキー歌劇場管弦楽団、ロンドン交響楽団を率いての演奏会が多かった。私が初めて聴いたのが2002年、それ以来、04、07、08、09年はチャイコフスキー・チクルスで2回、前回が12年11月。今回は3年ぶりで8回目となる。毎年、必ずロシア音楽を紹介しているが、前回はグリーグ、ブラームス、ベルリオーズで少々意外感があったが演奏会そのものは感動的で終演が9時45分になるほどの熱演であったのを未だ覚えている。
62歳のエネルギーほとばしるPMF芸術監督への期待は大である。


2015年8月1日(土) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

今年もPMF GALA コンサートは第Ⅰ部と第Ⅱ部の2部構成であるが、第Ⅰ部は例年より室内楽の要素が強いように思った。司会の天羽明恵(Akie Amou)は2012年以来連続4回目の出演。

[第Ⅰ部] 15:00~
 曲目 1) デュカス:「ラ・ぺリ」のファンファーレ
 出演 PMFアメリカ マーク・J・イノウエ(トランペット)、PMFアカデミー・ブラス・メンバー

  曲目 2) オッフェンバック:歌劇「ホフマン物語」からオランピアのアリア
 出演 天羽明恵(ソプラノ)、ダニエル・マツカワ指揮PMFオーケストラ・メンバー 
  Daniel Matsukawaは2000年からフィラデルフィア管ファゴット首席奏者。PMFにはアカデミー生として1992、93、94年に参加、教授として01年から15回目の参加。PMFで指揮者としてデビューして、09年以降、指揮者としても活動している。演奏前に司会者からマツカワにファゴットの魅力と指揮活動についてインタヴュー。
  コロラトゥラ歌手の天羽は超高度な技巧が必要な機械仕掛けの人形オランピアのアリアを見事に演唱。アシスタント(ゼンマイ巻役)として出演したPMF組織委員会委員長の演技もユーモアがあって演唱に花を添えた。

 曲目 3) プ-ランク:六重奏曲
 出演  PMFアメリカ(ステファン・ラグナ―・ホスクルドソン(fl)、ユージン・イゾトフ(ob)、ボリス・アラフヴェルディアン(cl)、ダニエル・マツカワ(fg)、ウィリアム・カバレロ」(hrn)、PMFピアニスト 南部麻里

 曲目 4) ヴォーカル・アカデミーによるオペラアリア集
 出演  PMFアカデミー・メンバー、 PMFピアニスト 岩淵慶子
  応募者38人の中から選ばれた4人のアカデミー・メンバー(ソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バリトン)による歌唱。彼らの歌唱の前に2人のメンバーとヴォーカル・アカデミー教授、ガブリエラ・トゥッチ(Gabriella Tucci)へのインタヴュー。4人の声量のある堂々とした素晴らしい歌唱がホールに響き渡って拍手喝采を浴びた。歌う時間より話す時間が長過ぎて大幅に時間が超過したのが玉に傷。

 曲目 5) モーツァルト:ディヴェルティメント 第17番 K.334から「メヌエット」、「アダージョ」、「ロンド」
 出演  ライナー・キュッヒル(vn)、PMFオーケストラ・メンバー
  キュッヒルをリーダーとしてPMFオーケストラの弦楽メンバー約20名によるアンサンブル。予定された曲に「アダージョ」が加わっての演奏はキュッヒルの熱意の表れでないかと思った。アカデミー生との弦楽合奏の楽しさを彼自身味わって、室内楽の楽しさを伝える意味もあったのではないかと勝手に推し量った。心地よい演奏が終った後で、アカデミー・メンバー全員に握手を求める姿はいつものキュッヒルの気難しそうな印象とは違っていた。アカデミー生も彼と共演できたことが得難い財産になったのではないかと思う。

 曲目 6) ホルスト(田中カレン編)/ 井上頌一詞):PMF賛歌~ジュピター
 出演  ワレリー・ゲルギエフ(指揮)、天羽明恵(ソプラノ)、PMFオーケストラ
      PMF祝祭合唱団(北海道大学混声合唱団、北海道大学合唱団)
  天羽の巧みな指導でガラ・コンサートの恒例のプログラムになった。多分、ステージに上がる人数制限もあったと思うが、天羽の凄い声量が合唱団を上回るほどで、祝祭合唱団の小規模化もあって、例年より迫力に乏しく聴衆との連携も上手く行かなかった印象だった。遅まきながら、合唱の後半に漸く盛り上がった感じ。
  
天羽明恵は楽しい雰囲気を作り出すのが上手である。第Ⅰ部の終了時間が17時半を過ぎて、昨年とほぼ同様の結果だと思ったが、組織委員会としても時間が大幅に超過する点は改善した方が良い。

[第Ⅱ部] PMFオーケストラ演奏会《プログラムC》 17:50~
 〈曲目〉 ロッシーニ:歌劇「ウィリアム・テル」序曲
       ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18 
       ショスタコーヴィチ:交響曲 第10番 ホ短調 作品93
 〈出演〉 ワレリー・ゲルギエフ(指揮)
       ドミトリー・マスレエフ(ピアノ)(2015年チャイコフスキー国際コンクール優勝者)
       PMFアメリカ、PMFオーケストラ
 
開始時間が50分ずれて第Ⅱ部が始まった。入場時に渡されたプログラムで本日の演奏曲目が変更になったのを初めて知った。少々異常な事態ではあるが、ピアニストの望む曲であれば止むを得ない。同時にロッシーニの序曲が予定のプログラムに追加された。

ロッシーニの最後の歌劇「ウイリアム・テル」は上演に5時間も要する。「序曲」は単独で演奏されることが多くて人々に親しまれている名曲。序曲は「夜明け」、「嵐」、「静寂」、「スイス軍の行進」という4つの部分から構成されている。4曲目の勇ましい曲が特に有名だが、チェロ独奏が活躍する1曲目が特に印象に残った。
この序曲のテーマがショスタコーヴィチの交響曲第15番に引用されているが、PMF2016の演目になる予感がした。(*過去の演奏会の記録ではゲルギエフはショスタコーヴィチを演目にすることが多い.。)

ピアノ協奏曲はベートーヴェンの第5番「皇帝」がゲルギエフの昨年の発表で演目として決まっていた。優勝者マスレエフの強い希望で曲目が変更になったのは充分に納得できる。
ラフマニノフのピアノ協奏曲は大方の聴衆の期待する名協奏曲で、曲目変更に戸惑うことは無かったと思う。むしろ歓迎する雰囲気さえあった。ロシアの底力は凄い。どんどん新鋭のピアニストが出てくる。マスレエフは1988年、ロシア生まれ。11年モスクワ音楽院を卒業後、14年同大学院を修了。これまでに数多くのコンクールで入賞しているが、満を持してチャイコフスキー国際コンクールに出場して優勝の栄冠を勝ち得た。

鐘の音で始まる「第2番」は余りにも有名でこの曲は言及する必要がないほど多くの人に親しまれている。第1楽章から第3楽章まで華やかな曲が満席の聴衆の心を鷲掴みにした。聴衆を興奮のるつぼに巻き込む演奏はとにかく凄かった。
小柄な体から生み出すエネルギーが溢れていた。
アンコールは聴き慣れない曲でチャイコフスキーが最晩年の1893年に遺したピアノ作品。
「18の小品」作品72の中から終曲の第18番「踊りの情景、トレパークへの誘い」。この作品はミハイル・プレトニョフの演奏で知られているようだが、生演奏で聴いたのは初めてであった。明らかに演奏に高度のテクニックが必要な作品で魅力的な曲。ゲルギエフがアンコール曲の演奏中にステージの下手で直立不動の姿勢で聴き入っていたのが目に入った。コンクールの際の審査委員長で優勝者をPMFに呼ぶ企画を発表していたこともあり、演奏の様子を見守る姿にある種の感動を覚えた。
改めて会場からマスレエフの卓越した演奏に称賛の拍手大喝采。未だ舞台慣れしていないピアニストは聴衆の心を完全に奪った印象! チャイコフスキ―国際コンクール優勝後の初めての日本での演奏が札幌だったのも喜ばしかった。

「ショスタコーヴィチの第10番」は2011年のPMFオーケストラ演奏会でポーランド出身のクシシュトフ・ウルバンスキが代役で演奏して親しむ切っ掛けになった曲。ショスタコ―ヴィチの交響曲は第5、7、11、15番など奇数番号の曲を聴く機会はあってCDでも親しむようにしていたが、実際に生演奏を聴くと親しむ切っ掛けになりやすい。その後、パーボ・ヤルヴィ指揮シンシナチ管などの「第10番」のCDを買ったりして偶数の曲も聴くようになった。
今回はゲルギエフのオーラが発する指揮の下で1階席中央席から心行くまで楽しんだ。重苦しく不穏な空気が漂う第1楽章(約25分)、短く凝縮された激烈なスケルツォの第2楽章(約5分)、第3楽章は瞑想の音楽だが深刻な楽想が複雑に絡み合う(約12分)、アンダンテで始まる最終楽章は明るい主題にロシア民謡風の主題が奏でられ、アレグロに変わってコーダの管楽器による華やかな演奏でフィナーレ(約12分)。
スターリンが亡くなった直後の1953年の作曲で当時のソ連の状況が浮かび上がる。
ゲルギエフ指揮でキュッヒルとPMFアメリカの教授陣が核となる演奏はやはり凄い。演奏終了後の鳴り止まぬ拍手大喝采でKitaraを舞台にしたPMFも成功裡に終了した。

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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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