佐々木典子ソプラノ・リサイタル

ふきのとうホールのオープニングフェスティバルに参加するのも26日が最後の予定であった。26日に5階のエレベーターを降りたところで声をかけられた。Kitara Club会員でKitaraボランティアとしても活動している顔見知りの女性であった。31日で終了する六花亭のコンサートに来る予定があるかと訊かれたが、6回も通ったので今日が最終回だと告げると、チケットを無駄にしたくないので良ければ使ってほしいとの話であった。“喜んで”と答えると、妻の分も含めて2枚頂くことになった。彼女の手元には事情があってチケットが何枚かあったようで、無駄になることを気にしていた様子であった。コンサートの開催日も押し迫って音楽好きの人に譲ろうとしていたように思えた。断るのは簡単だったが、遠慮なく頂いた方が良いと判断した。声楽のコンサートで以前にソリストとしてその歌声を聴いたことのある歌手が出演するコンサートだった。

2015年7月30日(木) 開演時間 19:00

佐々木典子  R.シュトラウスを歌う

佐々木典子(Noriko Sasaki)は熊本県出身。武蔵野音楽大学を卒業後、モーツァルテウム芸術大学オペラ科を首席で修了。その後、ウィ-ン国立歌劇場オペラ研修所を経て、同歌劇場専属歌手(1986-91)として活躍。ウィ-ンを始めヨーロッパ各地の劇場に出演の他、マーラーやR.シュトラウスなどのコンサートにも数多く出演。帰国後は二期会などで活躍。特に、R.シュトラウスの作品で傑出した演唱で高い評価が定着。現在、東京藝術大学教授。東京二期会会員。

2009年2月、佐々木典子は天羽明恵の代役としてピアノの仲道郁代とデュオ・コンサートに出演した。その時の彼女の話で鮮明に記憶していることがある。指揮者やオーケストラと共演するピアニスト、ヴァイオリニストなどと違って、歌手の場合は公演契約時から代役が決まっているということである。世界中のどこでも同じ慣習であると伺った。
その後、彼女は12年5月の札響定期演奏会のプログラム「ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス」でソプラノのソリストとして出演していた。生で彼女の歌声を聴くのは今回が三度目になる。

野平一郎(Ichiro Nodaira) は1953年、東京生まれ。東京藝術大学、同大学院修士課程作曲家修了後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院で作曲とピアノ伴奏法を学ぶ。ソリストとして内外の著名オーケストラと共演し、室内楽奏者としても多くの演奏会に出演。間宮芳生や日本の作曲家の作品の世界初演、リゲティの「ピアノ協奏曲」の日本初演など多彩な活動で芸術選奨文部大臣賞など受賞も数多い。2005年より静岡音楽館AOI芸術監督。現在、東京藝術大学教授。
彼のピアノは今回が3回目。98年は渡辺玲子ヴァイオリン・リサイタルのピアノ伴奏を担当。08年は「メシアン生誕100年記念プログラム」で藤井一興との共演におけるピアノ連弾、2台ピアノでの演奏は記憶に残る演奏会だった。

Richard Strauss 歌曲の夕べ  R. Strauss Program

「夜」Die Nacht, op.10-3 作詞:H.v.ギルム
「万霊節」Allerseelen, op.10-8 作詞:H.v.ギルム
「思いの全ては」All mein Gedanken, op.21-1 作詞:F.ダーン
「私の心の王冠」Du meines Herzens Kronelein, op.21-2 作詞:F.ダーン
「矢車菊」Kornblumen, op.22-1 作詞:F.ダーン
「ばらの花冠」Das Rosenband, op.36-1 作詞:F.G.クロプシュトック
「ツェチーリエ」Cacilie, op.27-2 作詞:J.ハルト
「献呈」Zueignung, op.10-1 作詞:H.v.ギルム
「あすの朝」Morgen, op.27-4 作詞:J.H.マッケイ(独奏ヴァイオリン付き)

★歌劇《ばらの騎士》より 「元帥夫人のモノローグ
 Marschallin's Monologue from “Der Rosenkavalier”

★四つの最後の歌 Vier letzte Lieder
1.「春」 Fruhling 作詞:H.ヘッセ
2.「九月」 September 作詞:H.ヘッセ
3.「眠りゆくとき」 Beim Schlafengehen 作詞:H..ヘッセ
4.「夕映え」 Im Abendrot  作詞:J.v.アイヒェンドルフ

歌曲の分野ではシューベルトの曲は親しむ機会はあったが、シューマンやR.シュトラウス、ラフマニノフなどは多くの作品を作っていることは判っても聴く機会がない。それでもR.シュトラウスやマーラーの作品を最近は聴く機会がでてきた。
木の香りの漂う新しいホール。30年も寝かせていた乾燥材が使われているそうである。木の温もりも伝わってくるホールは何とも心地よい。

Richard Strauss(1864-1949)はシューベルトが作り上げた芸術歌曲を高度なドイツ歌曲に発展させた作曲家として知られる。彼は生涯を通して歌曲を作ったが、今回選ばれた曲目は彼の20代の若い頃の作品が主である。プログラムに載っている詩を演奏中に目を通すことも出来た。(プログラムをめくる音を立てる人は周囲にはいないのが幸いであった。読みやすい大きな字で書かれた歌詞とともに曲をより良く鑑賞できた)。自然やごく平凡な日常生活での出来事や恋心を何気なく描いている詩を選んでの曲つくり。

佐々木は8曲を一気に歌い上げた。1曲目からホールに響き渡る歌声に聴き惚れたが、歌手は聴衆の拍手が入る中断を好まずに8曲を通して歌った。歌手が歌に集中できる環境を用意してあげるのも聴衆の役割でないかと思った。誰一人歌手の邪魔をする人がいなかったのは好ましかった。拍手したくなる場面が何度かあったが、1曲ごとの拍手はプログラムによっては相応しくないと常々思っている。歌曲ではR.シュトラウスを得意として世界のホールで活躍してきた佐々木が格調高く、見事な演唱を繰り広げた。

8曲目の「献呈」が終って拍手大喝采。聴衆はそれまで抑えていた感情を大拍手で表現。野平一郎のピアノ伴奏も超一流だった。ピアノはベーゼンドルファー。(*ピアノは今までのコンサートでスタインウェイも使われていたが、ヤマハも用意されているのかなと余計なことも気になった。)

9曲目のヴァイオリン独奏はエーリッヒ・へーバルト(Erich Hobarth)。今回のオープニング・フェスティバルで「モザイク・カルテット」の一員として三夜に亘って出演の予定があったが今夜は特別出演。「モザイク・カルテット」はニコラウス・アーノンクールが主宰するウィ-ン・コンツェルトゥス・ムジクスのソリストやメンバー。古楽器による弦楽四重奏団では世界最高のひとつとされる。アーノンクール率いるウィ-ン・コンツェルトゥス・ムジクスは06年にKitaraで公演。へーバルトはこのオーケストラのコンサートマスターも務めている。彼を含むカルテットのメンバーも客席でコンサートを楽しんでいた。

後半はオペラ用の衣装で登場。《ばらの騎士》は1911年ドレスデンで上演されて大成功を収め、ウィ-ンからドレスデンまで特別列車が走ったというエピソードがあり、今日でも人気の演目。おそらく、佐々木はウィ-ン国立歌劇場を始め他の歌劇場で何度もステージに立ち演じたと思われる役の曲だったのではないかと思った。

「四つの最後の歌」はR.シュトラウスの死の前年1948年に書かれた曲で演奏会での演目になることが多い。以前、生で日本人歌手でも森麻季、昨年はテレビで藤村実穂子の歌声を聴いた。(昨年3月、藤村がKitaraでリサイタルを開いてR.シュトラウスを歌った。)ソプラノ、メゾ・ソプラノで声の種類が何通りかあるようで、詳しくは判らない。同じソプラノでも、イタリアものが似合う歌手、ドイツものが似合う歌手がいるような気がする。佐々木典子はどちらかと言えば重厚なドイツものに向いている感じがした。 

全ての曲が終ってステージに再登場した時に、彼女は“アンコール曲は用意していない”と言ったが、盛大な拍手に応えて、前半で歌った「献呈」を想いを込めて熱唱した。

小ホールでも収容人数が200~500ぐらいのものまで様々であるが、「ふきのとうホール」は響きの良さ、交通の利便性、適正な収容人数などの観点から開催可能なコンサートも絞られるだろう。月2回程度の常設のコンサートが開催されるようである。しばらく聴いていない「天満敦子のリサイタル」(11月14日)は一応計画に入れてある。

今月は新設された「ふきのとうホール」で7回、Kitaraで7回と月14回のコンサート鑑賞は13年7月の13回を超える新記録であった。歩くのに支障が出たり、病院通いも続く状況で無事に7月も過ぎ去る。趣味が高じて道楽になった感が無いでもないが、いつまでも続くわけではない。ただ8月(5)、9月(8)、10月(8)、11月(5)、12月(3)のチケットは購入済みで数回は増える見込み。大きな病気をしないようにと願っている。予定が狂った時はそれまでと達観している。

 
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東京混声合唱団札幌公演 第二日

《六花亭 ふきのとうホール》 オープニングフェスティバル

7月5日の杮落しコンサートで始まったオープニングフェスティバルも7月31日が最終日。ひと月近くに亘ったフェスティバルも残すところ一週間足らずになった。1月末に6つのコンサートを選んでチケットを購入した。PMFのコンサートの詳細が決まっていなかったが、大体のスケジュールは見当が付いていた。最後の週にモザイク・カルテットのコンサートを鑑賞しようと予定していて、チケットはフェスティバルの期間中に手に入れようと考えていた。6月末までには全てのチケットが完売ということで見通しが甘くて残念だった。半年も前から売り出されているので、当日の演奏会に来れなくなって毎回のコンサートに空席があるのは勿体ない。キャンセルは出来なくても、何らかの工夫が出来ないものか。どこのホールでも同じような問題を抱えているのが日本のホールの実態のようである。
ともかく、今日はフェスティバル期間中の最後で6回目のコンサート。

2015年7月26日(日) 開演時間 14:00  ふきのとうホール

日本を代表する合唱団
東京混声合唱団演奏会 第二日

東京混声合唱団は1956年、東京藝術大学声楽科の卒業生が創設した日本を代表するプロ合唱団。東京、大阪での定期演奏会、国内外のオーケストラとの共演やオペラへの出演、海外公演などを含む年間200回の公演のほかレコーディングやテレビ、ラジオへの出演がある。現在の常任指揮者は山田和樹。

今回の指揮は水戸博之。Hiroyuki Mitoは1988年、北海道江別市出身。東京音楽大学卒業及び同大学院修了。これまでに合唱指揮者として東京混声合唱団との共演を重ねてN響、東京フィル定期で合唱指揮を務める。現在、京都市ジュニアオーケストラ副指揮者。

ピアノは寺島陸也。Rikuya Terashimaは1964年生まれ。東京藝術大学作曲科卒、同大学院修了。作曲のほか、ピアノ演奏やコンサートの企画、99年から北海道美幌町音楽祭の音楽監督を務めるなど多方面にわたる活動を行なっている。

〈Program〉
 ★林光(Hikaru Hayashi)編曲による“日本抒情歌曲集”より
   箱根八里(鳥居枕作詞、滝廉太郎作曲)、城ヶ島の雨(北原白秋作詞、梁田貞作曲)、
   お菓子と娘(西条八十作詞、橋本国彦作曲)、野の羊(大木惇夫作詞、服部正作曲)、
   早春賦(吉丸一昌作詞、中田章作曲)、ペチカ(北原白秋作詞、山田耕筰作曲)、
   この道(北原白秋作詞、山田耕筰作曲)
 ★生誕85年、武満徹が遺した「うた」より
   小さな空(武満徹作詞・作曲)、うたうだけ(谷川俊太郎作詞、武満徹作曲)、
   〇と△の歌(武満徹作詞・作曲)、翼(武満徹作詞・作曲)
 ★六花亭に寄せる歌
   明日(谷川俊太郎作詞、小林亜星作曲)-女声合唱
   花咲く六花亭(伊藤アキラ作詞、小林亜星作曲、信長貴富編曲)
   なんてすてきな(六花亭のみなさん作詞、小林亜星補作詞、小林亜星作曲、信長貴富編曲)
 ★日本の民謡より
   三村ぬ姉小達(沖縄童歌、林光編曲)、阿波踊り(徳島県民謡、三善晃編曲)、
   会津磐梯山(福島県民謡、寺島陸也編曲)、ソーラン節(北海道民謡、三善晃編曲)
 ★没後3年、ヒカルさんの音楽
   死んだ男の残したものは(谷川俊太郎作詞、武満徹作曲、林光編曲)、  
   うた(佐藤信作詞、林光作曲)、ねがい(佐藤信作詞、林光作曲)、
   星めぐりのうた(宮沢賢治作詞・作曲、林光編曲) 

今まで5回のコンサートの座席はE列かF列の8-10の座席を選んできたが今回は合唱なのでJ列9番の席にした。このホールは長方形でシューボックス型のホール。一番前の席がA列1-13番、一番後ろがM列1-17番となっている。縦13、横17で全座席数が221である。響きの良いホールでどの席でもそれほど変わりがあるわけではないが、これまでど真ん中の席で鑑賞できて楽しめた。

日本でプロの合唱団は新国立劇場合唱団と東京混声合唱団の二つのみ。合唱団の歴史は東京混声合唱団の方が断然古い。日本の小中高の学校の合唱部の充実度は世界でも抜きん出ていると思われるが、合唱団がヨーロッパと比べて職業化していない。この合唱団は現在32名で構成されているようだが、今回は小ホールでの演奏会で20名(男性9名、女性11名)による合唱。

5つのステージ。第1ステージはソロ歌手の歌声で聴くことも多い曲。2曲ほど余り耳にしない曲もあったが、抒情味あふれる美しい歌声がホールに響いた。「この道」で歌詞に時計台が出てきて、札幌が舞台の歌だという説を思い出した。
第2ステージは日本の音楽と西洋の音楽を融合しようとした武満徹(Toru Takemitsu)の作品。武満が東京混声合唱団のために作曲したそうである。無伴奏のいわゆるアカペラでの歌唱でこの合唱団のレヴェルの高さが際立った。
第3ステージは六花亭と合唱団との繋がりを歌った曲。六花亭の「六花」は六角形の雪の結晶を意味するようである。十勝の野の花を表す使い方もされている。今月に入ってコマーシャルで流れる歌でお菓子の「六花亭」を意識するようになった。今まではお菓子のメーカーは「千秋庵」、「壷屋」、「石屋製菓」ぐらいしか知らなかった。

後半プログラムの第4ステージの日本の民謡は今までに聴いたことが無い歌唱ぶりが印象的。民謡の良さが味わえて迫力がある合唱で非常に面白かった。
最後のステージの曲は聞いたことのない曲ばかりだったが、この合唱団にとっては思い出の多い作曲家の作品のようだった。「うた」と「ねがい」は1980年にポーランド支援のコンサートで取り上げた曲で、ポーランド音楽に特有の3拍子の曲。「ねがい」はポーランドのマズルカ、ポロネーズを思わせる曲でピアノの美しさも表現されていた。
今日はスタインウェイのピアノが使われていた。小型のピアノで社名が鍵盤の上方に書かれていた。

アンコール曲はプログラム前半で歌った曲と同じ曲が2曲。合唱団も2日間に亘った響きの良いホールでの公演に満足した様子。

※[追記] 日本のプロ合唱団は上記の2つの他にもあることが判った。神戸市混声合唱団もそのひとつ。「音楽の友」9月号の記事で確認した。(8月26日)


PMFオーケストラ演奏会(指揮:アンドリス・ポーガ)〈プログラムB)

PMF Orchestra Concert 《Program B》

2015年7月25日(土) 14:00開演 札幌コンサートホールKitara大ホール

[曲目]
  ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
 モーツァルト:交響曲 第34番 ハ長調 
 チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64
[出演]
 アンドリス・ポーガ(指揮)、ライナー・キュッヒル、PMFアメリカ、 PMFオーケストラ

Andris Pogaは1980年、ラトヴィア生まれ。ラトヴィア音楽院の指揮科を卒業。04年から05年、ウィ-ン国立音楽大学で研鑚を積み、ヤンソンス、小澤、セーゲルスタムなどのマスタークラスに参加。07年にラトヴィア音楽大賞受賞後、定期的にラトヴィア国立交響楽団に客演。10年エフゲニー・スヴェトラーノフ国際指揮者コンクールで優勝。以来、ボルドー国立管、サンクトペテルブルグ響、などへ客演。11-14年パリ管副指揮者、12-13年ボストン響副指揮者を歴任。13年からラトヴィア国立交響楽団の音楽監督を務める。12年に初来日し、仙台フィル、新日本フィル、京都市響に客演、13年N響定期、14年に新日本フィルにサントリー定期で再登場。15年2月に関西フィルと続き、日本での実績を積み重ねている。PMFには初めての参加。

PMFアメリカの教授陣は今回は木管・金管セクション7名とパーカッション1名のみ。初めての参加者は皆無。

ウエーバー(1786-1826)は「舞踏への勧誘」と《歌劇「魔弾の射手」序曲》が最も有名で演奏会で演奏される機会も多い。歌劇「オベロン」序曲も有名ではある。歌劇「オベロン」はウエーバーが残した最後のオペラ。1826年ロンドンでウエーバー自身の指揮で初演された。壮麗でファンタジーに富む「序曲」が有名であり、単独で演奏されることが多い。
今日のコンサートの前に1973年に東京文化会館で収録されたクルト・ザンデルリンク指揮シュターツカペレ・ドレスデンの演奏を数年ぶりで聴いてみた。演奏会で聴くのは何年ぶりだろうか。今日の演奏ではホルンとクラリネットの活躍が印象に残った。
ウエーバー作品はドイツ・ロマン派歌劇の作曲家、特にワーグナーに大きな影響を与えたことで知られる。

モーツァルトの交響曲は40数曲あるが、一応全曲収録されたCD全集が手元にある。この機会に第34番を数回聴いてみた。「第34番」は1780年、故郷ザルツブルグ時代に書かれた最後の交響曲。3楽章構成。メヌエットが無い。行進曲風のテーマで始まる第1楽章、弦楽器だけの優雅なアンダンテの第2楽章、アレグロの第3楽章は激しさと軽快さを併せ持つ楽章。何回か繰り返して聴いているとその良さが段々解ってきて親しみが持てるようになった。
楽器編成はオーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニと弦5部。フルートとクラリネットが無かった。生で見ていないと判らない。実際の演奏に携わっていないと全然気が付かないものである。
「第34番」をPMFオーケストラの演目に選んだ理由がよく解らなかったが、この曲の位置づけが何となく判ったような気がした。ウィ-ン時代の交響曲はモーツァルト独自の世界が広がり、後期三大交響曲に繋がっている。

後半の曲には教授陣が加わった。ライナー・キュッヒルがコンマスとして演奏に加わっていたのは意外だった。弦楽器の総まとめとして参加することにしたのだろう。
アンドリス・ポーガはラトヴィア出身。指揮界の大巨匠マリス・ヤンソンス、若き巨匠アンドリス・ネルソンスを生んだ国。ヴァイオリン界の大巨匠ギドン・クレーメルもラトヴィア出身。北欧の小国から偉大な音楽家が輩出している。ボーガはショスタコーヴィチやチャイコフスキーが得意なようで日本での演目に入れている。
前半のプログラムでも堂々たる体躯を生かしてスケールの大きい若々しい指揮ぶりを魅せた。

第1楽章は「運命のモチーフ」と呼ばれるクラリネットの暗い旋律で始まる。この主旋律が全楽章を通して現れる。第2楽章のアンダンテ・カンタービレでホルンの奏でる哀愁を帯びた旋律は美しい。第3楽章は通例スケルツォだが、ここではワルツ。優雅なこの楽章にも主題が木管で現れて暗い陰りをもたらす。終楽章で「運命の動機」が重々しく現れ、コーダでは華やかで荘厳な行進曲風のリズムに乗ってフィナーレへ。

チャイコススキーの「第5番」は近年の演奏会では聴く機会が多くてお気に入りの交響曲である。PMFアメリカの教授陣のソロが全体を引き立て、4管編成で、特に金管楽器奏者が14名も出演して迫力があった。キュッヒルがコンマスでステージにいるだけでオーケストラが引き締まる印象を受けた。ポーガの生き生きとした大きな指揮ぶりが何より好印象であった。






小山 裕幾フルート・リサイタル

小山裕幾に注目したのは世界的な神戸国際フルートコンクールに日本人として初めて優勝した時であった。このフルート単独の国際コンクールは1985年に始まり4年毎に開催されている。第2回の89年のコンクールでエマニュエル・パユが第1位となり、その後パユは93年にベルリン・フィルの首席ソロ奏者に就任した。この大会の入賞者はパリ管、ロイヤル・コンセルトへボウ管、シカゴ響、バイエルン放送響の首席奏者に就任するなど権威ある若手の登竜門のコンクールとなっている。小山自身も昨年フィンランド放送響の首席奏者に就任した。(*17年の第9回神戸国際コンクールは神戸市で廃止の動きがあり、パユが存続を願う文書を神戸市に提出するなど廃止反対の運動も起きている。)

《六花亭 ふきのとうホール》 オープニングフェスティバル
 
フルートの新鋭  小山裕幾リサイタル

2015年7月24日(金) 開演時間 19:00  ふきのとうホール

小山裕幾(Yuki Koyama)は1986年、新潟県長岡市生まれ。99年第53回全日本学生音楽コンクール全国大会(中学校の部)第1位、02年第56回全日本学生音楽コンクール(高校の部)第1位、同年第7回びわ湖国際フルートコンク-ルにて高校生の部第1位。04年第73回日本音楽コンクール第1位。05年第6回神戸国際フルートコンクールで日本人初の第1位。
オーレル・ニコレ、エマニュエル・パユらに師事。日本各地でリサイタルを開催。N響をはじめ首都圏の国内主要オーケストラとの共演を重ねる。10年慶應義塾大学理工学部卒業。10年9月からスイス・バーゼル音楽院にて研鑚を積む。14年、フィンランド放送交響楽団首席フルート奏者に就任。

斎藤 龍(Ryu Saito)は1981年、神奈川県出身。東京藝術大学卒業。同大学院修士課程修了後、チューリッヒ藝術大学大学院に学ぶ。第16回ブラームス国際コンクール第3位。これまでに神奈川フィル、東京フィルなどと共演。東京文化会館でデビュー・リサイタル。ベートーヴェン・ソナタ全曲演奏会プロジェクトをはじめ、ドイツやスイスでもリサイタルを開催。ピアノトリオやピアノカルテットを組み室内楽でも積極的に活動。10年より15年まで東京藝術大学非常勤講師を務め、現在は沖縄県立芸術大学非常勤講師。

〈Program〉
 テレマン(1681-1767):幻想曲 第7番 二長調
 ゴーベール(1879-1941):フルートソナタ 第1番
 シューベルト(1797-1828):ソナタ 第4番 イ長調 D574
 C.P.E.バッハ(1714-88):ソナタ イ短調
 ヴィドール(1844-1939):組曲 作品34
 シュールホフ(1894-1942):フルートソナタ
 
今夜のコンサートに先立って、7月11日に小山は故郷、長岡市で《フィンランド放送交響楽団首席フルート奏者就任記念 小山裕幾フルート・リサイタル》を開催して凱旋公演を行った。本人にとって一生忘れ難いコンサートになったと思う。

テレマンはバッハやヘンデルと同時代の作曲家。彼は家庭用音楽をたくさん書き残した。当時の代表的な楽器、リコーダーを用いた作品が多くある。現在はフルートを演奏する作品でその名を聞くことが多い。エマニュエル・パユのリサイタルの時に作曲家の名を聞いて覚えていた。2008年のパユの《無伴奏フルート・リサイタル》でのテレマンの「無伴奏のための12の幻想曲」全曲とジョリヴェの「5つの呪文」の演奏は忘れられない思い出。
「第7番」は2楽章構成で無伴奏。第1楽章はフランス風序曲スタイル。第2楽章は軽快なプレスト。

ゴーベールの名は初めて耳にする。 フルートのヴィルトゥオーソや指揮者として知られ、フルートの作曲家として活躍したというフランス人。曲は3楽章構成。20世紀の作曲家の作品であるがとっつきにくさは無い。

シューベルトが1817年にヴァイオリン・ソナタとして作曲した曲のフルート編曲版。先日の郷古廉&津田裕也のデュオで原曲は聴いたばかりだった。今日はコンサートに出かける前にYouTubeでクレーメルとアファナシェフの演奏を聴いてみて、先日のコンサートの模様を思い浮かべた。編曲が行われた時期は不明。
ピアノパートは殆ど同じなのだろうがヴァイオイオリンとフルートでは印象が異なるのは当たり前なのか。管楽器と弦楽器では曲の印象が違った。ヴァイオリン曲の方が親しみ易い感じがした。

前半は3曲。休憩後の後半は3曲。フルートの心得のある人は別にしてポピュラーな曲は無いが、ある意味では聴きごたえのある選曲。

C.P.E.バッハは大バッハの次男。父よりもテレマンの作曲様式を受け継ぎ古典派音楽の基礎を築いたと言われるドイツの作曲家。無伴奏の曲は息継ぎが大変だろうと思う。前半の無伴奏曲が7分間休みなし。後半のバッハの無伴奏曲も12・3分の曲。08年のパユのコンサートではピノックとマンソンの二人の共演者が出演できなくなり結果的にパユ単独でのコンサート開催で無伴奏リサイタルだった。若かったから(当時37・8歳)キャンセルしないで頑張れたのだと思う。若くても管楽器奏者の無伴奏曲の演奏は大変だと思う。3楽章構成で比較的に長い曲を小山は難なくこなしているように思えた。

ヴィドールはフランスのオルガン奏者、作曲家。彼の「オルガン交響曲」はKitaraのオルガンで何度か聴いたことがある。
4楽章構成。第1楽章はモデラート、第2楽章はスケルツォ、第3楽章はロマンス、第4楽章フィナーレ。楽章ごとに曲の雰囲気が伝わる。20分弱の曲。

シュールホフ作曲の「ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲」は昨日聴いたばかり。初めて聞く作曲家の作品を2日続けて聴くのは極めて珍しい。彼はチェコの作曲家、ピアニスト、指揮者。あらゆるジャンルの作品を書き、200もの曲を遺した。
4楽章構成で20分強の曲。民謡風のメロディが親しみ易い。スケルツォで独特な雰囲気を醸し出し、アンダンテで曲調に変化を生み、激しいリズムでのフィナーレ。現代曲でも理解しやすい曲。

小山裕幾は技巧を駆使しての演奏で、疲れも見せずに玄人好みのプログラムを弾き切った。今回のような重量感のあるプログラムでコンサートを開くことは簡単ではないような気がした。
ピアニストもピアノ伴奏の域を超えた領域での演奏は実力が問われる。フルートの高度な技量が発揮される場面ではピアノのテクニークも必要とされる。齋藤龍の健闘も光った。
ピアノはいつものピアノとは違って今日はベーゼンドルファーが使用された。
 
アンコール曲は「ボルヌ:カルメン幻想曲」。
アンコール曲は十数分もかかる「カルメン幻想曲」で聴衆も大喜び。演奏が終わると感動の溜息を伴った一際大きな歓声が沸き起こった。ビゼーのオペラ「カルメン」を要約したワックスマンのヴァイオリン曲が親しまれているが、フルート用にボルヌが作曲したようである。聴衆はすっかり満足した様子で会場を後にした。

日下紗矢子&ペーター・ブルンス デュオ・リサイタル

《六花亭 ふきのとうホール》 オープニングフェスティバル
 
数あるオープニングコンサートのうちでこのコンサートを選んだ理由はベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団のコンサート・マスターを務めて大活躍している日下紗矢子の演奏を聴く機会を狙っていたからである。

今日から4日連続で続くコンサート鑑賞に備えて整形外科病院で腰にブロック注射をしてもらい、腰部脊柱管狭窄症に伴う痛み、しびれを改善する薬を4週間分処方してもらって体調に万全を期することにした。薬が切れたこともあって先週はコンサートの行き帰りにかなりつらい思いをした。今月は時計台のボランティア活動も休み、コンサート鑑賞に万全の態勢を取っている。
 
ヴァイオリンとチェロの絶妙なる二重奏

2015年7月23日(木) 開演時間 19:00  ふきのとうホール

日下紗矢子(Sayako Kusaka)は1979年、兵庫県生まれ。東京藝術大学を首席で卒業。浦川宜他、清水高師らに師事。アメリカの南メソディスト大学、同大学院卒業。06年からフライブルク音楽大学でクスマウルに師事。2000年パガニーニ国際コンクール第2位、日本音楽コンクール第1位、シベリウス国際コンクール第3位など輝かしい活躍。08年、ベルリン・コンツェルトハウス管(*旧東ドイツのベルリン交響楽団)のコンサートマスターに就任。09年、ベルリン・コンツェルトハウス室内管を設立し、リーダーとして活動。10年以降は毎年来日して、国内主要オーケストラと共演し、室内楽、ソロと活発な活動を展開している。2013年より読売日響のコンマスに就任。日独二つのオーケストラのコンサートマスターを兼任。ベルリン在住。

ペーター・ブルンス(Peter Bruns)はベルリン生まれ。ドレスデン国立管やバイロイト祝祭管で首席奏者を歴任。ライプツィヒ放送響、ベルリン響などと共演。現在はベルリン、ウィ-ン、ロンドン、ニューヨーク、東京などの主要コンサートホールで演奏し、ドイツを代表するチェリストとして活躍。ドレスデン音楽学校、ライプツイヒ音楽学校などの教授を務めるなど後進の指導にもあたり、指揮活動も行っている。

〈Program〉
 ラヴェル(1875-1937):ヴァイオリンとチェロのためのソナタ 
 シュールホフ(1894-1942):ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲
 コダーイ(1882-1967):二重奏曲 作品7

現代作曲家の作品として位置づけられる曲がプログラムに並んだ。全て初めて耳にする曲。

ラヴェルはピアノ曲や管弦楽曲を多く作曲しているが、室内楽は珍しい。この作品は1922年完成の曲。ラヴェル独特の絵画的描写が見られたが、当時の現代作曲家のストラヴィンスキー(1882-1971)などに通ずる音楽を感じ取った。何だかピカソの作品を思わせるものを曲に感じた。ラヴェルの作品でこんな現代曲もあるのかと思った。
4楽章構成。第1楽章がアレグロ。第3楽章がレントでイタリア語と同じ指示だが、第2楽章が「非常に元気よく」、第4楽章が「元気一杯に生き生きと」とフランス語の指示に興味を持った。
全体的にチェロの活躍が目立って曲が引き立てられた感じがした。特に第2楽章でのチェロの力強いピッツィカート奏法が印象に残った。この曲でラヴェルは新し音楽を試みたように思った。

シュールホフはチェコの作曲家。ピアニスト、指揮者としても活躍したと言われる。4楽章構成で結構聴きごたえがあった。

コダーイは先日のイシザカ・ダンジュウロウのコンサートでも「チェロ・ソナタ」が演奏された。曲は3楽章構成。コダーイはバルトークと共にマジャールの民謡の採集を行ない、多くの研究論文も残して民謡集も出版。ハンガリーの偉大な作曲家であったが、ブタペスト音楽院教授(1907-41)を務めた音楽学者でもあった。

3曲とも各々20-25分程度の曲で、それぞれ興味深い曲。演奏も現代曲ならではの創意工夫がなされて聴きごたえがあった。二人の演奏家の呼吸もピッタリでホールを埋めた満員の聴衆からもブラヴォーの歓声も上がり拍手大喝采。期待の日下の演奏も素晴らしかった。日下紗矢子はリーダーとしての活躍がうかがえる堂々たる演奏ぶりであった。

ポピュラーな曲と同様に、いや、むしろ初めて親しく聴く20世紀の音楽が面白くもあった。

アンコール曲は「グリエール:カンツォネッタ」。

日下は7月中旬にコンマスを務めるベルリン・コンツェルトハウス室内管のコンサートを東京・神奈川などで開催したが、この後、九州や東京でソロ・リサイタルも予定されている。旧西ベルリンと旧東ベルリンのトップ・オーケストラを同年齢の日本人、樫本大進と日下紗矢子がコンサートマスターとして活躍していることは素晴らしいことである。今後の彼らの活躍を祈るとともに、引き続き才能ある若い日本人演奏家がどんどん海外に出ていくことを期待したい。

PMFオーケストラ演奏会(指揮:準・メルクル)〈プログラムA〉 

今年で26回目となるPacific Music Festivalは新芸術監督にロシアの巨匠ワレリー・ゲルギエフを迎えた。首席指揮者として参加を予定していたデイヴィッド・ジンマンが健康上の理由でキャンセルとなり、準・メルクルが首席指揮者を務め、アンドリス・ポーガが客演指揮者としてアカデミー生の指導にあたる。

約1000人の応募者の中から世界24ヶ国・地域から85人の若手演奏家がオーディションに選ばれてPMF2015に参加して教授陣から指導を受けて、その成果を発表する。

PMF Orchestra Concert 〈Program A〉 

2015年7月18日(土) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara大ホール

[曲目]
 メンデルスゾーン:「真夏の夜の夢」組曲 作品61
 マーラー:さすらう若人の歌
 ドヴォルザーク:交響曲第7番 ニ短調 作品70

[出演]
 準・メルクル(指揮)、松原 友(テノール)、PMFヨーロッパ、 PMFオーケストラ

準・メルクル(Jun Markl)は1959年、ミュンヘン生まれのドイツ人。05年にリヨン国立管の音楽監督、07年にライプツイヒ放送響の首席指揮者に就任。N響、水戸室内管と頻繁に共演。PMFには05、08年に客演指揮者として参加し、13年に首席指揮者として登場。今回で4回目の参加。

松原 友(Tomo Matsubara)は東京藝術大学卒業。同大学大学院修了後、ミュンヘン音楽大学大学院、ウィ-ン音楽大学卒業。1997年、全日本学生音楽コンクール・声楽部門(高校生の部)第1位。2012年第81回、14年第83回日本音楽コンクール・声楽部門第3位。ヨーロッパや日本各地でリサイタル、オラトリオの公演をはじめ、ミュンヘン放送管、新日本フィル、大阪フィルなどと共演。関西二期会会員。PMFには初めての参加。

メンデルスゾーンは17歳の1826年にピアノ連弾用の序曲を作曲し、のちに管弦楽用に編曲した。1843年(34歳)にプロシャ国王の命によりあとの12曲が作曲された。シェイクスピアの喜劇「真夏の夜の夢」のための付随音楽は序曲を含め13曲から成る。演奏会では「序曲」だけか、組曲として12曲の中から数曲が抜粋されて演奏されるのが普通である。
プログラムに抜粋された曲名が書かれていなかったのが残念だった。印刷の時点で抜粋曲が判明していなかったと思われる。「序曲」と有名な「結婚行進曲」の他に「スケルツォ」、「間奏曲」、「夜想曲」と「終曲」で全部で6曲が演奏されたと思った。何年ぶりかで耳にしたので確かではない。

メルクルはドイツの歌劇場の音楽総監督を歴任していて経験豊富なので、オペラの指揮が堂に入っていると感じた。

マーラーの歌曲はトーマス・ハンプソン歌唱による「亡き子をしのぶ歌」と「リュッケルトの詩による歌」をPMF2011で聴いた記憶が鮮明である。以前は全然知らなかった曲が今は身近に聴ける。
「さすらう若人の歌」というタイトルはこの歌曲がマーラーの交響曲第1番のCDにカップリングされていたのが知った切っ掛けである。題名はハッキリと覚えているが歌の内容には親しんでいない。歌詞はともかく曲を聴いていると交響曲第1番に出てくるメロディに親近感が湧く。4曲から成る曲にマーラーの自叙伝的な側面があることに今頃気付くくらいだから、彼の歌曲への関心の低さを思い知らされた。マーラーにとって歌曲と交響曲の関係は密接なので彼の交響曲の鑑賞にも歌曲の理解が必要なのかもと思ったりする。
松原の歌声は柔らかで澄んでいる。今後の活躍に注目したい。

ドヴォルザークの交響曲は第8番と第9番の人気が圧倒的である。チェコやスロヴァキアのオーケストラの来日公演でもこの2曲のどちらかが演奏曲に必ず入る。最近はいささか閉口気味。幸いなことに、札響名誉指揮者ラドミル・エリシュカが定期公演でチェコの音楽を幅広く紹介してくれた。「交響曲第7番」は09年4月の札響定期で演奏した時には大きな反響を呼んだ。なぜ今迄こんな名曲が演奏されずにいたのかと思った定期会員が多数いたようである。(:*ドヴォルザークの交響曲全集を手に入れて聴く機会を持ったが若い番号の交響曲はともかく第5番や第6番も聴きごたえがある。この2曲もエリシュカは演奏してくれた。)
第7番にはチェコの民族音楽が豊かに表現されている。ベルリン・フィルの首席奏者がソロで奏でる木管楽器や金管楽器の美しい旋律は心を揺さぶる。教授陣が入ったオーケストラは4管編成。コンサート前半も良かったが、教授陣が加わった後半のプログラムは音の響きも一段と輝きと深みを増した印象を受けた。ロマン的な情感に満ち溢れた緩徐楽章の第2楽章やスケルツォの第3楽章は何とも魅力的だった。
準・メルクルの表情豊かな多彩な指揮ぶりは鮮やかだった。それに応えたPMFヨーロッパとアカデミー生の呼吸もピッタリ!

PMFのコンサートは毎年回数を多くしているので、オーケストラ演奏会は安価なB席かC席で聴いてきたが、今年はS席にして1階10列中央の席を選んだ。オーケストラの音、特にファカルティ・メンバーの奏でる音が真正面から聴こえてきた。色々な好条件が重なって恵まれた状況で鑑賞できたと思う。満足度は最高であった。
演奏終了後にブラヴォーの声も飛び交って、まわりの雰囲気は今までにない感動の渦。メルクルは何度もステージに登場し、教授陣、各パートの奏者を起立させたりして敬意を表した。各パートの首席、副首席に歩み寄り握手する姿も感動的だった。一昨年もメルクルの指揮でキュッヒルがコンマスを務めたコンサートがあったが、キュッヒル自ら再度メルクルに握手を求めて祝福した姿も印象に残った。教授陣同士やアカデミー生同士が互いの健闘を称えあって握手したりハグしたりしている姿も微笑ましかった。とにかく聴衆の満足度というか感動の度合いは今まで経験したことがないような雰囲気が大ホールに漂っていたことは確かである。

※アカデミー・メンバーの男性は黒の蝶ネクタイ、ファカルティ・メンバーは白の蝶ネクタイが恒例でステージ上の区別が付いていたが、今回は教授陣は普通のネクタイをしていた。どうでもいいようなことだが、こんなことも観察していると楽しいのである。

[追記] コンサート鑑賞の後にブログを書くのが習慣化しているが、ブログの前にTwitterでつぶやいてもいる。開会式でサラ・ウィリスの着物姿のスナップ写真をツイッターで見て第3者にも知らせる目的で英語でリツィートしたら彼女からお気に入りの通知がきた。「PMFベルリン演奏会」の感想をTwitterに載せた時も彼女から直ぐお気に入りの通知が入って嬉しかった。Berlin Philharmoniker を通じてのラインが繋がっていたのかも知れない。

18日の「PMFオーケストラ演奏会」の後にもつぶやいたら、思いがけずにその日のうちに準・メルクルご本人からのお気に入りの通知が入っていた。ご本人も満足する素晴らしい演奏になって一般の反応を見ようと思ったのかも知れない。いずれにしても嬉しい出来事になった。(7月20日)

※メンデルゾーンの戯曲のドイツ語は“Ein Sommernachtstraum”。日本語訳は「夏の夜の夢」が適訳と思う。Shakespeareの作品“A Midsummer Night's Dream”の坪内逍遥による日本語訳「真夏の夜の夢」が固定化していた。戯曲での場面は「真夏」ではなく「夏至」の頃なのでメンデルスゾーンもSommernacht(夏の夜〉としたのではないだろうか。
最近ではメンデルスゾーンの作品は「夏の夜の夢」という日本語訳も多くなってきたようである。ずっと気になっていたが、追記として書き加えることにした。(8月18日)

PMFウィ―ン演奏会

2015年7月17日(金) 14:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

PMF2014に続いてPMF2015でも14日の夜公演と17日の昼公演の2回公演。今年は弦楽器5部が揃った。

出演:PMFウィ-ン
 ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)、ダニエル・フロシャウアー(ヴァイオリン)、ハンス・ペーター・オクセンホーファー(ヴィオラ)、ラファエル・ドレシャル(チェロ)、ミヒャエル・ブラ―デラー(コントラバス)

Rainer Kuchlは1971年にウイーン・フィルに入団し、コンサート・マスターに就任して44年。今シーズン、定年で退任の予定が、後任がオーディションで不合格のため決まらずコンマスの任期1年間延長。PMFには93年に初参加し、ここ3年連続で8回目の参加。
Daniel Froschauerは1998年にウィ-ン・フィルに入団。PMFには3年連続で3回目の参加。
Hans Peter Ochsenhoferは1980年にウィ-ン・フィルに入団し、2013年に定年で退団。05年に室内管弦楽団ウィ-ン・モーツァリウステンを創設して、指揮者としての活動を始める。PMFには96年に初参加し、ここ3年連続で13回目の参加。
Raffael Dolezalは父の代役として急遽出演。2012年よりウィ-ン放送交響楽団チェロ奏者。PMFには初めての参加。
Michael Bladererは2002年にウィ-ン・フィルに入団。PMFには02年以降7回目の参加。

〈プログラム〉
 ハイドン:弦楽四重奏曲 変ホ長調 作品9-2
 シューベルト:弦楽四重奏曲 第13番 イ短調 作品29 D.804 「ロザムンデ」
 ドヴォルザーク:弦楽五重奏曲 第2番 ト短調 作品77

弦楽器の教授陣がPMFウィ-ンで構成され、弦楽四重奏曲に加えて弦楽五重奏曲がプログラムに入った。

ハイドン(1732-1809)の交響曲は104曲もあり「交響曲の父」として余りにも有名であるが、「弦楽四重奏曲」もザッと数えてみただけでも70数曲は作曲している。PMFウィ-ンも毎回取り上げているが、「雲雀」、「皇帝」ぐらいしか親しんでいない。ハイドンは6曲セットでの作品が多い。1769年に作曲された作品9(6曲中の第2曲)。多分、弦楽四重奏曲の創始者としてハイドンの曲は欠かせないのだろうと思った。

シューベルト(1797-1828)の弦楽四重奏曲で親しんでいるのが、第13番と第14番でタイトルの付いた「ロザムンデ」と「死と乙女」だけだと思う。後期作品でハイドンやモーツァルトのいわゆるウィ-ン古典派の影響を脱して、ロマン的傾向を強めていったとされる。
「ロザムンデ」は1824年の作曲で、シューベルトの独創性が際立つ作品。抒情性に富み、力強さもある魅力ある曲。第2楽章の主題が劇音楽《ロザムンデ》の間奏曲から採られたことに由来する。

後半のドヴォルザーク(1841-1904)は弦楽四重奏曲やピアノ三重奏曲など室内楽作品を20曲以上作っているが、弦楽四重奏曲「アメリカ」が最も馴染みのある曲。彼は弦楽五重奏曲を2曲残している。 第1番は1861年の作品でヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロの楽器編成。本日演奏の「第2番 ト長調」の楽器編成はヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。弦楽四重奏曲の楽器にピアノが加わった“ピアノ五重奏曲”の方が耳にする機会の多い曲。
この曲は演奏時間も40分かかる大曲。1875年に作曲され比較的に若い時の作品(*本来はOp.18だが、Op.77となっているのは改訂があって公式の作品発表が遅れた為かも知れない)。第1楽章が曲全体の半分を占め、ドヴォルザーク独特の音楽も入ってフィナーレが力強くて印象に残った。アレグロ、スケルツォ、アンダンテ、アレグロと曲の流れに変化があり、珍しい楽器編成の曲で鑑賞しやすかった。以前に比べて弦楽四重奏曲をはじめとするクァルテット、クインテットなどの室内楽を聴く機会がとても多くなった。実演で耳にすることが曲に親しむ良い機会となる。

ウィ-ン・フィルの演奏会や室内楽アンサンブルで共演するなど経験豊富な活動を通しての一際重厚な演奏を堪能した。代役出演したラファエル・ドレシャルも最近はウィーン・フィルに客演する機会もあり、室内楽でも共演を重ねていることもあって、気おくれすることなく楽しそうに演奏していた。萎縮する様子など全然見られなかったのは良かった。彼にとっても今回の札幌での経験は得難いものになったようである。

アンコール曲は「ボッケリーニ:メヌエット」。耳慣れた懐かしい曲だった。曲名が出て来なかったが、以前よく耳にしたメロディ。CDでも聴いていないし、久しぶりで心地よい懐かしい曲に浸った。どちらかと言うと、室内楽の重々しい曲の後で聴く親しみのあるメロディは一服の清涼剤のような感じがした。

一昨日のPMF教授陣による「PMFベルリン演奏会」に続いての「PMFウィ―ン演奏会」は聴き逃せないコンサート。極上の音楽に浸れる楽しさは何事にも変えられない。
 
※1ヶ月ほど前から脊柱管狭窄症による足のしびれの症状が出て、病院通いをしながらコンサートは欠かさない日々を過ごしている。痛み止めの薬を服用して、リハビリを実行しながら体調管理を行っている。ただ安静にしているだけでは改善にならないので、しびれが消えた昨日は同じマンションに住む友人に誘われて妻と共に7年ぶりにパークゴルフに出かけた。午前と午後のラウンドをこなして不思議と違和感はなかった。
ところが、今日のコンサートに家から会場まで往復するのに途中で数回休みを入れないと歩き続けれない状況になった。この病気にかかった人はご存じだろうが、歩いているうちに腰から足に痛みやしびれが出て、ふくらはぎが張って歩けなくなる。立ち止まったり、ベンチに座ったりして少し休むと改善して歩けるようになる。間欠跛行の状態で今日の午後は少々大変だった。
コンサート会場では何の心配もなく、スケジュール通りにコンサート鑑賞を続けているが、、、
芸術の森で行われた12日のオープニング・コンサートだけは大事をとって休んた。

PMFベルリン演奏会

2015年7月15日(水) 19:00開演 札幌コンサートホールKitara小ホール

昨年は金管セクションのメンバーの編成で「ベルリン・フィルハーモニー・ブラス・アンサンブル演奏会」としてPMF2014のオープニングを飾るコンサートであった。PMF2015は木管・金管セクションの7名による《PMFベルリン演奏会》

出演:PMFベルリン
アンドレアス・ブラウ(フルート)、アルブレヒト・マイヤー(オーボエ)、アレクサンダー・バーダー(クラリネット)、ベンツェ・ボガーニ(ファゴット)、サラ・ウィルス(ホルン)、タマ―シュ・ヴェレンツェイ(トランペット)、イェスパー・ブスク・ソレンセン(トロンボーン)

〈プログラム〉
 コレッリ(ジョシュア・デイヴィス編曲):教会ソナタ 作品3 第7番
 ダンツィ:木管五重奏曲 変ロ長調 作品56-1
 モーツァルト(ヴェント編曲):《魔笛》からの抜粋によるフルートとオーボエのための二重奏曲
 マクリーン:ストリーヴィルの情景
 ラヴェル(メイソン・ジョーンズ編曲):クープランの墓(木管五重奏版)
 クルークハルト:木管五重奏曲 作品79

「教会ソナタ」は金管楽器奏者3名による3楽章構成の曲の演奏。ハンガリー出身のトランペット首席(入団年2000年)Tamas Velenezei は近年はPMFの常連で8回目の参加。Sarah Willis(入団年2001年)はアメリカ人で昨年に続いて2回目のPMF参加。金管セクションのリーダー役として明るい性格でアカデミー生の人気も絶大。デンマーク出身のSorensen(入団年2009年)は昨年に続いて2回目の参加。

ベルリン・フィル・フルート首席Andreas Blauはベルリン・フィル入団が1969年で在籍年数46年、PMFには7回目の参加。ベルリン・フィル・オーボエ首席Albrecht Mayerは入団年1992年で、PMFには初めての参加。ソロ活動や指揮者としての活動もあって今迄はPMFに参加する機会がなかったようである。ブラウとマイヤーは息の合ったコンビぶりで、聴き慣れたオペラのアリア「私は鳥刺し」など心躍る曲を演奏。

クラリネット奏者Alexander Baderは2006年のベルリン・フィル入団でPMFには初めての参加。ファゴット奏者のBence Boganyiは1999年にアカデミー生として参加、2007~13年、ミュンヘン・フィル首席、現在はハノーファー音楽演劇メディア大学教授。ファカルティとして昨年に続き2回目の参加。
 
木管五重奏曲には4つの木管楽器にホルンが加わる。ホルンが中央、下手にフルート、オーボエ、上手にクラリネット、ファゴット。

マクリーンの曲は金管楽器奏者3人による演奏。夜明けから明かりが消える夜までの街の情景を描いたもので、ゲストに打楽器担当のアカデミー生1名を加えての演奏。打楽器が加わることで演奏に独特な味が出た。サラ・ウィリスが日本語で挨拶し、「皆さん、楽しんでいますか」と話しかける場面もあって、会場に和やかな雰囲気が拡がった。客席のアカデミー生から普段の日本の客席からは起きない嬌声が沸き起こった。多分アメリカ人ではなかろうか。別に不快な感じはなかった。

前半の4曲はそれぞれ10分程度の曲。後半の最初の曲はラヴェルのピアノ独奏曲版、管弦楽曲版として有名な「クープランの墓」。昨年のモントリオール交響楽団の演奏を想い起こす。今夜は編曲版で、「前奏曲」、「フーガ」、「メヌエット」と「リゴードン」。まだ、聴き慣れた旋律として馴染んではいない。
最後の演奏曲は耳新しい曲。後半は2曲はそれぞれ20分程度の曲。マイヤーはベルリン・フィルで試用期間が終了して正式に入団が許可されるまでの様子が、当時NHKのテレビで放映されたこともあって名前を記憶していた。最近はBerlin Philharmoniker の
Digital Concert Hallで彼の演奏の姿をよく目にする。彼が札幌コンサートホールの印象を日本語で話した。「Kitaraのホールは本当に素晴らしい」と。多分、同僚たちから聞いていたことを自分の耳を通して実感したことを言葉にしたと思った(*04年11月2日Kitara大ホールで演奏してから彼にとって初めてのKitara小ホールでの演奏)。札幌が誇るKitaraの世界的評価を再認識できて一層嬉しかった。

マイヤーが日本語でアンコール曲を紹介。「ロドリゲス:ラ・クンパルシータ」。
もう1曲にはゲストとして打楽器奏者4人が加わった。マイヤーが紹介。アカデミー生3名とベルリン・フィルのゼーガス。演奏曲は「アブレウ:ティコ・ティコ」。

クラシックの曲と雰囲気の違う曲がアンコール曲として演奏され、温かい和やかな雰囲気に会場が包まれた。楽しい気分になって、会場で居合わせたボランティア仲間と語り合いながら地下鉄駅へと向かった。帰路では足の痛みなど忘れて殆ど気にならなくなっていた。

郷古 廉&津田裕也 デュオ・リサイタル

《若い二人の感性が織りなすソナタの世界》

六花亭札幌本店「ふきのとうホール」のオープンを祝うフェスティバル(2015.7.5~7.31)で日本の若手演奏家二人がデュオを組んでの登場!

郷古廉は2006年メニューイン青少年国際ヴァイオリンコンクール・ジュニア部門で史上最年少優勝を飾り、津田裕也は2007年仙台国際音楽コンクールピアノ部門で優勝して話題を集めた。二人は将来を嘱望される日本の若手演奏家である。

郷古廉(Sunao Goko)は1993年、宮城県多賀城市生まれ。99年桐朋学園子どものための音楽教室仙台分室に入室。04年全日本学生音楽コンクール全国大会・小学校の部第1位。06年メニューイン・コンクール・ジュニア部門優勝以来、フランス国立リール管と共演し、同年初リサイタルを開催。これまで新日本フィル、読響、仙台フィル、アンサンブル金沢と共演を重ね、12年9月には札響定期で「ブラームス:ヴァイオリン協奏曲」を弾いてKitara初登場。国内外の音楽祭でジャン・ジャック・カントロフ、アナ・チュマチェンコらのマスタークラスを受け、サイトウ・キネン・フェスティバル松本にも11年より出演。13年8月、ティボール・ヴァルガ国際ヴァイオリン・コンクール優勝。(*この情報を得て直ぐツィッターでつぶやいた)。12年よりウィ-ン私立音楽大学に留学中。
使用楽器は1682年製アントニオ・ストラディヴァリウス(Banat)(*個人の所有者の厚意による貸与)。

津田裕也(Yuya Tsuda)は1982年、仙台市生まれ。01年、第70回日本音楽コンクール・ピアノ部門第3位。05年、東京藝術大学を首席で卒業。同大学院修士課程を首席で修了。07年仙台国際コンクール優勝後、東京・仙台・新潟でソロ・リサイタルを開催。09年からデュオ、トリオを結成しての室内音楽活動にも積極的に取り組む。11年、ベルリン芸術大学を最優秀の成績で卒業し、ドイツ国家演奏家資格を取得。11年ミュンヘン国際コンクール特別賞受賞。ソリストとしてベルリン響、ドイツ室内響などの海外オーケストラのほか、国内主要オーケストラと共演。ベルリン在住。

2015年7月14日(火) 開演時間 19:00  ふきのとうホール

〈プログラム〉
 ヴェーベルン:4つの小品 作品7
 シューベルト:ヴァイオリンソナタ イ長調 D.574
 J.S.バッハ:ヴァイオリンとハープシコードのためのソナタ 第1番
 プロコフィエフ:ヴァイオリンソナタ 第1番 ヘ短調 作品80

ヴァイオリン協奏曲はCDをかなり所持しているが、ヴァイオリン・ソナタはモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスを除いては余り持っていない。コンサート鑑賞も続き、病院通いも重なって、聴き慣れない曲をコンサートの前にCDで聴いて親しむ時間的余裕もなかった。演奏曲目のCDは手元に無いと思っていたらバッハとプロコフィエフは所有しているのが後で判った。

ヴェーベルン(1883-1945)はシェ―ンベルクやベルクと並ぶ新ウィ-ン音楽派の作曲家。前衛的な作風で知られているが、東京クヮルテットの演奏会でアンコール曲にヴェーベルンの弦楽四重奏曲の一部を聴いてその抒情的旋律を意外だと思ったことがある。
本日、曲のイントロダクションで最初の音が奏でられた時には20世紀前半の前衛的な作風が感じ取れた。同時に美しい旋律も味わえて、とにかく特徴のある作曲家として位置づけられるのが判った気がした。

シューベルト(1797-1828)のヴァイオリン曲は全く聴いたことが無いと思う。1816年に3つのヴァイオリン・ソナタを作曲。イ長調の作品は1817年作曲で4楽章構成。少年期の作品ではあるが創作力が旺盛であった時期を彷彿とさせる。

前半2曲は休まずに続けて演奏された。ヴェーベルンの作品の演奏終了後に、やや間があったのだが、拍手のタイミングを逸した感じ。曲調が明らかに変わったのだが、演奏者は予め用意された楽譜もあり、集中力を途切らせたくなかったように思われた。シューベルトの曲は第4番に相当するようだが、アレグロ・モデラート、プレスト、アンダンティノから終楽章アレグロ・ヴィヴァ―チェへ向かうフィナーレは新鮮であった。

若い二人の演奏に引き込まれた聴衆は、15分休憩の案内があって一瞬ビックリした様子。それなりに切れ目のある小品が8曲も演奏されたわけではなかった。2作品が連続して演奏されたことに直ぐ気付いた。

バッハ(1685-1750)のヴァイオリン・ソナタはBWV.1014~BWV.1019をフランク・ペーター・ツィンマーマンが弾くCDを所有しているが、無伴奏ヴァイオリン・ソナタほど聴き慣れていない。バッハの時代はチェンバロだったから、ピアノとは雰囲気がかなり違った印象を持っている。しばらく聴いていないので、第1番ロ短調BWV.1014と同じ作品だったのか確かめないと判らない。

プロコフィエフ(1891-1953)のヴァイオリン協奏曲が手元にあるのは知っていたが、ソナタも2曲同じCDに入っていることは忘れていた。2・3度聴いたことがあるのだろうが、実演で聴いたことが無いと耳だけの印象では余り覚えていないものである。郷古廉の超絶技巧の連続と言っても良い力強い演奏には驚かされた。身体全体を揺り動かしてエネルギーを使う迫力ある演奏に引き込まれた。
プロコフィエフはロシア革命の折に祖国を離れ、35年にソ連に帰国した。ヴァイオリン・ソナタ2曲は復帰後に社会主義リアリズムを意識して書かれた作品。第1番は作曲(1938-46)後の初演はオイストラフとオボーリン。ヴァイオリンの持つ特性が発揮された曲で、初演を行なったオイストラフに献呈された。現在では、親しみ易い第2番の演奏機会が多いと言われる(*第2番の原曲はフルート・ソナタ。第1番が超難曲というのも一因かもしれない)。

郷古廉の演奏は札響と共演した時と状況は違うが、集客力を意識しなくても済むコンサート(六花亭札幌本店「ふきのとうホール」オープニング・フェスティバル期間中の25回のコンサートすべてのチケットは完売)で思い通りのプログラムによるリサイタルになったのではないだろうか。津田裕也のピアノも高度の技術を駆使してコンサートの魅力を増した。

若手の演奏家のコンサートで比較的に若い聴衆、特に女性が目立ったが、帰り支度を急ぐ人もいて結果的にアンコールは1曲のみ。「クライスラー:愛の悲しみ」。(*もう1曲「パラディス:シチリアーノ」を用意していたらしい。)

ホールの運営で要望したいこともあるが、今月の実施状況を参考にしてより良いホールつくりを目指してほしい。

※ふきのとうホールのコンサートに来週は3回通う。明日からPMFも本格的にスタートする。15日、17日、18日とPMFベルリン演奏会、PMFウィ-ン演奏会、PMFオーケストラ演奏会が続く。ひと月前から持病の脊柱管狭窄症の症状が出て、この1週間は歩行に支障が出てきた。時々襲われる痛みを抑えながら何とかコンサート会場に通っている。今月は時計台のボランティア活動を休んで、体調を整えて予定のコンサート鑑賞を楽しんでいる。コンサート会場では音楽に浸り心身ともにリフレッシュできるのが薬である。


第579回札幌交響楽団定期演奏会(2015年7月)指揮:マックス・ポンマー

~PMFプレコンサート~  札幌交響楽団定期演奏会(第579回)

ポンマー首席指揮者就任記念/ ライプツィヒ1000年記念

Max Pommerは1936年、ライプツィヒ生まれ。ライプツヒ放送響首席指揮者(87-91年)を務め、ドイツを中心に数多くのオーケストラに客演。日本国内の主要オーケストラにも数多く客演。13年11月の札響定期に客演して安定した指揮ぶりが注目を集めた。(期待のルイサダが結果的に評判が良くなくて、ポンマーの指揮の評価が高かった。) マエストロ尾高の後任として意外性があったが、今シーズンのプログラムの豪華さは新しいシェフの功績と言えるように思う。15年4月、札幌交響楽団首席指揮者に就任。札響のメンバーとも心が響き合う首席指揮者としてその指導が期待される。

2015年7月11日(土) 14:00開演  札幌コンサートホール大ホール

〈プログラム〉
 シューマン:交響曲第4番 ニ短調 作品120 
 メンデルスゾーン:交響曲第2番 変ロ長調 作品52 「讃歌」

今回は開演30分前のロビー・コンサートを1階ホアイエで聴くことができた。曲目は「J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第4番より第1楽章」で今回の定期プログラムとの関連性が浮き上がって大変良かった。ライプツィヒは音楽の街でバッハ、シューマン、メンデルスゾーンが暮らした市で聖トーマス教会、バッハ博物館など日本の観光客も多く訪れる古都。世界で最も歴史あるオーケストラのひとつ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を持つ街。(「荒城の月」で有名な「滝廉太郎」がライプツィヒ音楽院とゆかりがあることでも知られる。)

シューマン(1810-56)の4曲の交響曲で第2番の演奏機会は多いように思う。第1番、第3番には「春」、「ライン」とタイトルがあり、何となく親しみ易い。一方、第4番は比較的に聴く機会が少ない。今回、コンサートの前に久し振りでCDで聴いてみると凄く良い曲だと思った。美しい旋律はあるが木管楽器などがソロで奏でるメロディよりも弦楽器と重なる合奏などが多くてオーケストレーションの面白みが欠けている所為で演奏頻度が多くないのかと思ってみたりした。詳しいことは判らない。

今回、ポンマーは札響からメンデルスゾーンの交響曲《讃歌》を演目にするように提案されたという。彼はその提案を受け入れ、シューマンの第4交響曲を組み合わせた。

メンデルスゾーン(1809-47)は5曲の交響曲を作曲しているが、第2番のCDだけは所有していない。今回の公演があるまで余りそのことを気にしていなかった。合唱を含む長大な曲で演奏に65分もかかり、演奏会では簡単に取り上げられる機会もなかったらしい。今回が札響初演となる。そんな訳で「交響曲第2番」に関しての知識が全くなかったが、今回の演奏で勉強になった。

1840年にライプツィヒで開催された、印刷技術を発明したグーテンベルクの400年を祝う祭典のためにメンデルスゾーンが演奏した2曲のうちの1つがこの交響曲「讃歌」。交響曲にコーラスを入れたベートーヴェンの影響を受けたとされる。
器楽のみによる第1部「シンフォニア」の3つの楽章に続いて、第2部に合唱と独唱が加わる12の楽章(*改訂版では9楽章に短縮)。
 
独唱/針生美智子(ソプラノ)、安藤赴美子(ソプラノ)、櫻田亮(テノール)
合唱/札響合唱団  合唱指揮/長内 勲

ソプラノ独唱、ソプラノ二重唱、テノール独唱、テノールとソプラノ二重唱、合唱を含む第2部は9曲からなる。北海道出身で経験豊かな歌手が壮大なプログラムで熱唱。

曲はメンデルスゾーン自身によって「讃歌ーーー聖書の言葉による交響的カンタータ」と名付けられ、歌詞には旧約聖書のドイツ語訳が用いられている。1840年6月25日にライプツィヒの聖トーマス教会でメンデルスゾーン自身の指揮によって初演された。改訂版は12月3日にライプツィヒで演奏された。今回の札幌定期での公演はライプツィヒ初演から175年後になる。偶然、札幌初演と同じ7月10日と11日にリッカルド・シャイ-指揮ゲヴァントハウス管が『ライプツイヒ1000年祭』を祝ってライプツイヒで野外演奏を行なった。

マックス・ポンマーにとっても記念すべき札響首席指揮者就任記念プログラムの演奏は札幌市民にとっても記憶に残るものとなった。この演奏は録音されてCD化されるとのこと。演奏終了後の拍手喝采はしばらく鳴り止まなかった。

なお、今回の札響定期公演は明日12日に始まるPMF2015プレコンサートとしても開催された。

野島 稔ピアノ・リサイタル ~ベートーヴェンの夕べ~

野島稔というピアニストの名は札響やN響への客演を通して知っていた。3年前のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの様子をパソコンのオンデマンド・ビデオで夢中になって見ていたので、野島が同コンクールの審査員として活躍していることが判った。彼の演奏は札響とN響に客演した過去3回聴いたことがある。89年11月札響定期で「ベートーヴェン:協奏曲第5番」、92年8月のN響札幌公演で「チャイコフスキー:協奏曲第1番」、94年5月札響定期で「モーツァルト協奏曲第22番」を弾いた。
今回の《ふきのとうホール》オープニングフェスティバルでは数えきれないほどの魅力的なコンサートの中から現在も現役のピアニストとして活躍している野島のリサイタルを選んだ。

野島 稔(Minoru Nojima)は1945年、横須賀生まれ。3歳からピアノを始め、井口愛子に師事。10歳でN響と共演。桐朋学園高校、同大学に進学。高校3年の63年には日本音楽コンクールで第1位。66年、ソヴィエト文化省の招きでモスクワ音楽院に留学し、レフ・オボーリン(第1回ショパン国際音楽コンクールの覇者)に68年まで師事した。69年ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで第2位となって世界的な注目を集めた。70年、カーネギー・ホールでニューヨーク・デビュー。以後、東京とニューヨークを拠点に世界各地でリサイタル、オーケストラとの共演、室内楽などで活躍。
81年からヴァン・クライバーン・コンクールなど世界的なコンクールの審査員を務め、06年からは「野島稔よこすか・ピアノコンクール」が創設されて審査委員長を務めている。現在、東京音楽大学学長、桐朋学園大学院大学特任教授。
2014年には『平成25年度、日本芸術院賞を受賞。
札響には65、82、89、94年に客演。

2015年7月10日(金) 開演時間 19:00~  ふきのとうホール

ベートーヴェンの夕べ

〈PROGRAM〉
 ピアノ・ソナタ 第19番 ト短調 作品49-1
 ピアノ・ソナタ 第11番 変ロ長調 作品22
 ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 作品111

ベートーヴェン3大・4大・5大・7大ソナタと言われる曲はいろいろなピアニストのCDを持って親しんでいるが、ベートーヴェンの32曲のソナタがほぼ全曲入った全集はシュナ‐ベルの演奏だけ。第11番、第19番は1・2度聴いてみただけでメロディには殆ど親しんでいない。演奏会前に一応聴いて出かけた。
第19番は1804年作曲で2楽章構成。第1楽章はアンダンテでゆっくりした軽やかな曲。第2楽章は一転アレグロで手の動きが素早く明朗軽快な感じ。(10分弱)
第11番は1800年作曲で4楽章構成。全体を通して明朗活発な雰囲気の曲。(約25分)

大御所とはいえ、久しぶりのリサイタルで緊張しているのか、聴衆の面前で顔を余り合わせずに入退場。もちろん、演奏は重厚で曲の良さが伝わってきて、親しみ易い曲に聞こえた。曲にタイトルでも付けば演奏機会が増えそうな曲に思えた。

第32番は1822年作曲で2楽章構成。ベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ作品で偉大な作品。今まで演奏会で聴く機会があったが、この曲の偉大さが解るようになって日が浅い。リヒテルのCDで聴く機会を持ったが、2012年に後期ピアノ・ソナタをサントリーホールで演奏したポリーニを聴いて、その機会に彼のCDを購入した。
第1楽章は緊張感に満ち溢れ、荘重な感じが漂う。第2楽章で精神が高揚して浄化される過程が描かれる様は感動的である。
野島稔は深みのある重厚な演奏で聴衆の心を揺さぶった。(約25分)

演奏終了後に拍手喝采でアンコールを期待したが、全精力を集中して、力を使い切った様子で残念ながらアンコール曲の演奏はなかった。最後にはホール正面の聴衆に顔を向けての挨拶をしたが、これだけのピアノの巨匠でも場を踏んでいないと緊張するのだろうと余計なことを考えてしまった。

予想通り、コンサート開始前に5階でコーヒーやケーキのサービスがあった。コンサートに来た人は5階で降りる案内があったが、ビルに入って6階や7階でエレベーターを降りて、サービスに気付かなかった人たちもいた様子。開演時間前に会場に到着して時間的に余裕のある人にはオープンフェスティバル期間中は続くと思われる無料の喫茶コーナーはお得である。

※野島稔は1981年から4年毎に開催されているヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの審査委員を現在も続けているようである。このコンクールで2009年に辻井伸行が優勝したことは記憶に新しい。過去の優勝者で現在も活躍している最も有名なピアニストはラド・ルプー(1966年)。若手のピアニストではアレクサンダー・コブリン(2005年)、ハオチャン・チェン(2009年)。







イシザカ・ダンジュウロウの世界

昨日オープンした六花亭札幌本店の10階建てビル(6階~8階がコンサートホール)に初めて入った。ビル入り口の間口は広くはない。1階に2台のエレべ―タ―があり、6時半過ぎで乗り合わせる人も多かった。6階のボタンを押したが点灯しない。当分の間、5階が受付になっているようだった。5階の受付を通って部屋に入るとコーヒーやお茶の無料サービス。6階のホールに移動する前の特別な接待がなされていた。ショートケーキのサービスもあってビックリ! 開演前のサービスらしい。ひょっとしたら、オープンフェスティバルの期間中ずっとサービスが提供されるのかも知れない。時間に余裕を持ってゆったりと過ごす心構えで来館したらどうだろう。尚、7月のコンサートのチケットは全て完売というから超人気である。

木のぬくもりがあって素敵なホール。座席の幅が広くて脚の長い人は特に楽である。座っている人の前を通るのに支障のないような空間が充分にある。座り心地の良い椅子に座って2時間余りをゆったりとした気分で過ごせる快適なホール。入り口が一つだけで退場時に混みあうが、このくらいの不便は止むを得ない。

ふきのとうホールでの室内楽第1弾が始まった。

2015年7月6日(月) 開演時間 19:00~   ふきのとうホール

イシザカ・ダンジュウロウ(Ishizaka Danjulo)は1979年、ドイツ生まれ。4歳からチェロを始める。98年カサド、99年ルトスワフスキ、01年ミュンヘン、02年ベルリン・フォイアーマンと全ての国際コンクールに優勝して国際的な注目を集める。04年N響と共演して日本デビュー。日本では「石坂団十郎」として有名であったが、今回カタカナの名前で札幌登場。これまで多くの世界的な指揮者、オーケストラ、ソリストと共演。11年からドレスデン音楽大学教授。

ピアノのシャイ・ウォスナ‐(Shai Wosner)は米国はじめヨーロッパのオーケストラと共演。モーツァルト生誕250周年記念音楽祭ではウィ-ン・フィルと共演。07年からBBC響に定期的に客演し、プロムス音楽祭にも出演。ハーグナー、エーベルレなどのヴァイオリニストとは頻繁に共演。室内楽出演も数多いピアニスト。

〈Program〉
 ベートーヴェン(1770-1827):チェロ・ソナタ第1番 ヘ長調 作品5-1
 シューマン(1810-1856):民謡風の5つの小品 作品102
  コダーイ(1882-1967):チェロ・ソナタ 嬰ハ短調 作品4
 グリーグ(1843-1907):チェロ・ソナタ イ短調 作品36
 
前半は古典派とロマン派の作品。ベートーヴェンの時代にはチェロが独奏楽器として使用される機会が少なかった。ベートーヴェンはチェロ・ソナタは5曲しか残していない。2週間前にKitaraでチェコのミハル・カニュカが5曲全曲演奏会を開く珍しいコンサートがあった。第3番が一番有名だが、先月はじめて第1番を聴いた。チェロとピアノが対等に弾く曲は第3番以降で、第1番はどちらかと言えばチェロが控えめな演奏の印象だった。ベートーヴェンが20歳の時の作品。
ダンジュウロウの楽器から奏でられたチェロの音色は際立っていた。ピアノの活躍は確かにあったが、チェロの魅力ある響きが最初から心に響いた。もう最初から「イシザカ・ダンジュウロウの世界」に入った感じだった。多分、演奏会で聴くのは2度目で聴きやすかったのかも知れないが1曲目から彼の魅力にはまった。

シューマンの「民謡風の小品」はユーモアもあり、楽しい雰囲気の曲だった。帰宅して気付くとその作品のCDが全集の中に入っていた。

コダーイはハンガーリーの作曲家で、その名を知っている程度の知識しかない。20世紀初頭の現代音楽の雰囲気を持った作品。

グリーグはノルウエーが生んだ最も有名な作曲家としてその作品は知られているが、管弦楽曲、ピアノ曲、ヴァイオリン曲はCDを何枚か持っていて親しんでいるが、「ピアノとチェロのためのソナタ」は聴いたことが無かった。グリーグが1883年に作曲した作品。
早速CDを買って親しんでみたいと思えた曲であった。

「石坂団十郎」は一度聴いてみたいと思っていたチェリストであったが、今回やっと実現した。彼の奏でるチェロの音色は実に凄かった。世界一流の心に響く音色だった。「イシザカ・ダンジュウロウの世界」が少し見えた感じがした。

アンコール曲は「グリーグ:間奏曲」。聴衆の拍手に応えてもう1曲アンコール曲を披露したが、曲名不明。

※イシザカ・ダンジュウロウの使用楽器は日本音楽財団貸与のストラディヴァリウス1696年製作の“ロード・アイレスフォード”とクロンベルク・アカデミー貸与のW・シュナ‐ベル1997年製作。本日はどちらの楽器を使用したかは判らない。




ふきのとうホールの誕生

2015年7月5日の今日、札幌駅近くの六花亭札幌本店(札幌市北4条西6丁目)に「ふきのとうホール」がオープンした。10階建てビルの6階~8階がコンサートホールとなる。音響技術の粋を極めた本格的なコンサートホールとなる。221席と小さな室内楽専用ホールであるが、舞台は広くて独奏から室内オーケストラまで多種多様な編成の演奏が楽しめる。とにかく札幌駅から会場まで地下通路が使えて便利な場所に位置する。
ホールには音楽監督を置き、弦楽四重奏とピアノ三重奏の若手グループをふきのとうホール・レジデンスアンサンブルとして迎える。

7月5日の杮落しコンサートはウィ-ン・フィルのコンサートマスター、R.ホーネックと神戸市室内合奏団を迎えてスタートした。7月5日~7月31日までオープニング・フェスティバルとして殆ど毎日のように25回のコンサートが開催される。杮落しコンサートはチケット発売早々完売となった。魅力あるコンサートが盛り沢山で私は一月末に6種類のコンサートのチケットを購入していた。
1ヶ月に亘るオープニング・フェスティバルは壮大なプロジェクトであると思う。オープニングを迎える前に7月のチケットは全て完売。

ふきのとうホールでのコンサート・シリーズは9月からスタートする。

※音楽監督:岡山 潔
 岡山潔は東京藝術大学大学院修了後、ドイツ政府給費生としてハンブルク音楽大学に学ぶ。1971~84年、ボンのベートーヴェン・ハレ管弦楽団の第1コンサートマスターを務め、その間に各地でソリストや室内楽奏者として活躍。1984年ドイツ政府より功労十字勲章授与。同年、読響の第1コンサートマスターに就任。これまでにJTが育てるアンサンブルシリーズやアフィニス音楽祭音楽監督を歴任。現在は神戸市室内合奏団の音楽監督。リゾナーレ音楽祭、真駒内六花亭ホールなどのプロデュ―スなどでも意欲的な活動を展開している。 東京藝術大学名誉教授、ウィ-ン音楽演劇大学客員教授。

※レジデンスアンサンブル
 クァルテット・ベルリン・トウキョウ(Quartet Berlin-Tokyo)
ゼッパール・トリオ(Sepperl Trio)
 

Kitaraのバースディ 18th Anniversary ~オルガン&ヴァイオリン&コーラス~

オルガン、ヴァイオリン、合唱の共演で祝うKitara18回目のバースディ

2015年7月4日(土) 15:00開演  札幌コンサートホールKitara 大ホール

オルガン/ マリア・マグダレナ・カチョル(第15代札幌コンサートホール専属オルガニスト)
ヴァイオリン/大平まゆみ(札幌交響楽団コンサートマスター)
合唱/札幌市立琴似中学校、手稲東中学校、西野中学校、北陽中学校

[Program]
〈オルガンソロ〉
 J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ハ長調 BWV545
 ベートーヴェン:オルガン・トリオ第1番 ト短調
         笛時計のための5曲WoO33より メヌエット:アレグレット、アレグロ
 ハチャトゥリアン/カチョル編曲:バレエ音楽「ガイ-ヌ」より ワルツ
〈合唱とオルガン〉
 モーツァルト:モテット「アヴェ・ヴェルム・コルプス」 K..618
 木下牧子作曲/三好達治作詞:鷗
〈合唱とピアノ〉
 寺島尚彦:さとうきび畑
 中島みゆき/田中達也編曲:麦の唄
〈ヴァイオリンとオルガン〉
 ハチャトゥリアン/カチョル編曲:バレエ音楽「ガイ―ヌ」序曲
                バレエ音楽「ガイ-ヌ」より ヌーネとカレンの踊り
 ラフマニノフ:14の歌曲 作品34より ヴォカリーズ
 ガ―シュウィン:3つの前奏曲
 ヴエーバー:聖なるミサよりべネディクトゥス
 サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン 作品20
 シュタム:谷と丘の向こうに
 ハキム:奇想曲
〈ヴァイオリンと合唱とオルガン〉
 J.S.バッハ:カンタータ「心と口と行いと生活で」BWV147より コラール「主よ、人の望みの喜びよ」

マグダレナ・カチョルは2012年9月~2013年8月、Kitaraのオルガニストを務め、札幌だけでなく東京、京都などを含めて積極的な活動を展開したポーランド出身のオルガニスト。帰国後、ポーランド各地の演奏会に出演し、オランダ・フランス・イタリア・リトアニアなどの音楽祭にも参加しており、2年ぶりに来札した。任期中の「オルガン・サマーナイト・コンサート」で札響コンサートマスター大平まゆみと共演してお互いに意気投合。昨年3月にはルクセンブルグの教会で一緒にCD録音を行なったというほどの音楽仲間。

カチョルはKitaraのオルガンの音色の豊かさを存分に生かした幅広い演奏を繰り広げた。編曲も得意で聴衆の心を掴むプログラムを随所に見せた。ガ―シュウィンの曲はオルガンで演奏するのは難しいようだが敢えてチャレンジしたそうである。
任期中に中学生と共演する機会もあって今回のプログラムに合唱も加えたのではないかと思った。
約240名の合唱団は爽やかな歌声でレヴェルの高さを披露して大ホールを埋めた聴衆の拍手喝采を浴びた。

ヴァイオリンとオルガンの作品では聴き慣れた曲やメロディがホールに流れて、大平まゆみの人気もあって各曲の演奏後に拍手が起こり、アンコールの声も上がった。特に「ツィゴイネルワイゼン」は有名な作品で、弾きごたえのある長さの曲でヴァイオリニストの技量が発揮された。シュタムとハキムは初めて聞く作曲家の名前。現代曲なのだろうが、案外と親しめる作品。シュタムはカチョルが札幌にいた時に友人に彼の作品を勧められたと言う。彼女が帰国後に参加したドイツでのコンサートで彼に偶然会って、彼の作品を今回のプログラムに入れたそうである。

バッハの数多いカンタータの中で全10曲からなる第147番。第6曲と第10曲は同一曲だが歌詞を変えて歌われる。第10曲の歌詞の冒頭部分を取って呼ばれる作品。ピアノ曲や管弦楽曲としても親しまれている名曲。今回はヴァイオリン&合唱&オルガンの形式で美しい旋律が荘厳な曲となって聴衆の心に響いた。コンサートの最後を飾る感動的な演奏! ワン・コインで楽しめた素晴らしいコンサート。

1997年7月4日、札幌コンサートホール落成記念式典に参列してから、《Kitaraのバースディ》コンサートは「Kitara 開館5周年記念」、04年、06年、「Kitara開館10周年」、08年と鑑賞。前回は12年の「オリヴィエ・ラトリー・オルガンリサイタル」だったが、今回も印象に残る《Kitaraのバースディ》になった。17年7月4日の20周年記念プログラムが楽しみである。


 

小山実稚恵 「音の旅」 第19回 2015年 春

小山実稚恵 ピアノリサイタルシリーズ 
「音の旅」 第19回 2015年 春 ~想い出のアルバム~
イメージ: くすんだ水色、素朴な郷愁・心ほだされて

 2015年7月2日(木) 19:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール

J.S.バッハ:カプリッチョ 変ロ長調 「最愛の兄の旅立ちに寄せて」 BWV992
シューマン:フモレスケ 変ロ長調 作品20
アルベニス:組曲「旅の思い出」 作品71より 第6曲「入り江のざわめき」
ショパン:ノクターン 第17番 ロ長調 作品62-1
シューベルト:ソナタ 第19番 ハ短調 D.958

小山実稚恵の壮大なリサイタルシーリズも10年目に入った。最後の3年間はシューベルトの最後のソナタ3曲、ベートーヴェンの最後のソナタ3曲で締められる。2006年に始まったシリーズを毎年一度は聴き続けてきた。今回が13回目になる。

今回のバッハの曲は意外な選曲だが、普段のバッハとは趣の違う曲で興味深かった。1703年、バッハが19歳の時に兄のスウェーデンへの旅立ちの折に作曲された。別れの心情が情緒的に描かれた曲。当時の馬車や御者のラッパの音など説明付きの7・8分ほどの曲で面白かった。

シューマンがウィ-ン滞在中(1838-39)に作った曲。結婚前にクララに寄せる愛、揺れる心情が5部に分かれて描かれるが、曲は切れ目なく演奏される。ドヴォルザークの「ユモレスク」“Humoresque”が親しまれていて耳にすることが多い。ラテン語系の言語では最初の綴りのHは発音しないのが普通であるが、いろいろな言語で違いがある。この曲も「ユモレスク」、「ユーモレスク」、「フモレスケ」など日本語にする場合、何通りかの呼ばれ方をしている。
小山はシューマンが毎回のように取り上げられるお気に入りの作曲家と思われる。

アルベニス(1860-1909)はスペインの作曲家で、「イベリア」と「入り江のさざなみ」の2曲が特に有名。ラローチャの弾く「入り江のさざなみ」をカセット・テープで以前はよく耳にした。今日は十数年ぶりに聴いた。1887年にマドリードでピアノ曲として作られ、現在はギターの編曲で親しまれているという。南スペイン一帯に伝わる3拍子の民謡曲「マラゲーニャ」で港町の雰囲気が出ていた。

ショパンの36歳の時の作品で、ノクターンとしては作品62は最後の作品。第19番以降のノクターンは遺作である。孤独感の漂う曲ではあるがショパンの作品全体を覆う美しさがある。

曲調の違うアルベニス、ショパンの小品は続けて演奏した。シューベルトの曲に入る前に、一度呼吸を整えたが中断せずに集中して30分はかかるシューベルトの曲を弾き始めた。演奏者の集中力を妨げる不規則な拍手がなくて、今日の聴衆の鑑賞態度は素晴らしいと思った。皆、心を一つにしてピアニストの演奏に聴き入った。 後半の作曲家の異なる作品を3曲続けて演奏する試みに些か驚いたが、集中力を切らしたくなかったのではないかと思われた。その様子をくみ取ったオーディエンスにも感心した。

シューベルトの死の2ヶ月前(1828年9月)に、わずか20日間で最後のソナタ3曲が書き上げられた。その1曲目が「第19番」である。シューベルトと言えば「歌曲」を通してしか親しんでこなかった。シューベルトのソナタの良さが解り始め、ラド・ルプーのCD全集で聴く機会が増えた。
「D958」は暗い悲劇的な曲。悲しみ、不安、心配の感情が曲全体を支配している。それでも聴いていて美しさを感じれる。

演奏終了後の聴衆の心のこもった拍手は小山の音楽が聴衆一人一人の心に深く響いた証でもあった。
会場のファン3名からそれぞれブーケが贈られた。

アンコール曲はシューベルトの即興曲3曲。①作品142-2 変イ長調  ②作品90-2 変ホ長調  ③作品90-3 変ト長調。3曲はいづれも15年前からアンドラ―シュ・シフのCDで何十回も聴いていたので慣れ親しんだメロディであった。(シフはKitaraがオープンした1997年に演奏会を開いてくれた。彼のCDを通してシューベルトのピアノ曲に親しむようになっていた。) また、2011年6月の「音の旅」の折には小山実稚恵の「即興曲集 作品90」が入ったCDを購入してサインをもらっていた。






プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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