METライブビューイング2014-15 第10作《カヴァレリア・ルスティカーナ》&《道化師》

今シーズン最後のMET Live Viewingはマスカー二《カヴァレリア・ルスティカーナ》とレオンカヴァッロ《道化師》の2本立て。両作品ともに新演出。イタリア語上演。これらのオペラのタイトルは知っていても「間奏曲」やアリア「衣装をつけろ」を聴いている程度であった。
この2作品は「ヴェリズモ・オペラ」(現実主義オペラ)の代表作として知られ、現在も人気作で今回のように組んで上演されることが多いと言う。(それぞれの初演が1890年、1892年)。登場人物が王侯・貴族でなく一般庶民で彼らの生活や出来事をありのままに描いた。)

《カヴァレリア・ルスティカーナ》 全1幕。
19世紀のシチリア。居酒屋の息子トゥリッドゥは兵役中に恋人ローラを資産家の馬車屋アルフィオに奪われてしまう。トゥリッドゥは村娘サントゥッツァと親しくなったが、嫉妬したローラは再びトゥリッドゥと逢引きを重ねる仲になった。トゥリッドゥに捨てられたサントゥッツァはアルフィオに告げ口する。アルフィオは激怒して復讐を誓うが、サントゥッツァは直ぐに告げ口したことを後悔する。ここで有名な「間奏曲」が流れる。教会のミサが終って男たちがトゥリッドゥの母の酒場で乾杯する。アルフィオはトゥリッドゥが勧める杯を断り、決闘を申し合わせて店を出る。トゥリッドゥは母に彼が死んだらサントゥッツァの面倒を見ることを頼んで店を出る。しばらくすると“トゥリッドゥが殺された。”という女の悲鳴が響き、村人の驚きの声と共に幕が下りる。

約75分の1幕もので舞台装置は簡素だったが、各歌手の歌声に味わいがあって感銘を受けた。ソプラノのヴェストブルックの女心を歌い上げる迫真の演技と美しい歌唱力は素晴らしかった。感情の起伏の激しい繊細な役回りを表現する演唱には心を打たれた。(オランダ出身のスター歌手らしい。)
マルセロ・アルヴァレスは名高い世界的テノール歌手。情熱的で圧倒的な歌唱力は聴く者を魅了する。2本立ての作品に25分の休憩で出演というタフな仕事をいとも簡単にこなしたエネルギーには驚いた。(彼はアルゼンチン出身らしい。)
ルチッチの代役で急遽出演したバリトンのギャグニッサは当初から出演予定だった「道化師」のト二オ役とともにアルフィオ役を見事に演じた。
世界的な高いレヴェルの歌手ばかりの演唱に今までにないほど強烈な印象を受けた。合唱も素晴らしかった。舞台装置や衣装などが豪華でなく歌唱力が際立ったせいかもしれない。

2本立てで指揮台に立ったのがファビオ・ルイージ。PMFで馴染みの指揮者ということもあって親近感が湧いた。叙情的な音楽が多かったが、オーケストラから色彩豊かな音を引き出し、歌手の感情に添う音楽を作り出していたように思う。演奏において心がけていることは「色を付ける」と述べたのが印象に残った。

《道化師》 全2幕。幕が上がる前に旅一座のトニオが道化師の姿で登場。「道化役者も普通の人間で悲しみや苦悩を感じるのも皆さんと一緒です。」と前口上を述べるプロローグ。
19世紀後半のシチリア。ある村に道化師カニオが率いる旅回りの一座がやってきた。一座のスター女優ネッダはカニオの妻だが、嫉妬深い夫に嫌気がさして愛人をつくる。ネッダはシルヴィオと駆け落ちの約束をした。ネッダに想いを寄せていたトニオから情報を得て妻の逢引きの現場を目撃したカニオは激怒して相手の名を妻に問い詰める。芝居の準備を迫られて芝居小屋に戻り、カニオは開演前に道化師の衣装をつけ、顔に白粉を塗りながら己の苦悩を自嘲しながら独白するアリアを歌う。(METの会場から万雷の拍手が沸き起こった)。
芝居が始まると、夫の留守中に妻が恋人を家に呼んだ時に夫が帰宅すると言う実生活と全く同じ場面になる。カニオは芝居と現実の区別がつかなくなってしまい、妻をナイフで刺し、観客の中から飛び出してきたシルヴィオも刺し殺してしまった。カニオは“喜劇は終わりました”と叫んで幕が下りた。

第1幕45分、第2幕25分。ロバやプロの道化師も登場してのオペラ。劇中劇のアイディアが秀逸。テノールの絶唱「衣装をつけろ」は名場面。カウフマン、グリゴーロと共に名高いテノール歌手アルヴァレスのエネルギッシュな演唱には驚くばかり。さすがプロという印象!

ネッダ役のラセットは極めて個性的で味のあるパフォーマンスを披露した。声量豊かで魅力的なソプラノ歌手。インタビューで米国以外の歌手が自国に向けて行う挨拶がなかったので多分アメリカ生まれではないかと思った。

※プッチーニもヴェズリモ・オペラの作曲家で《トスカ》、《ボエーム》、《蝶々夫人》、《トゥーランドット》などの作品を観ると現実主義オペラの範疇が理解できそうである。ただ狭い意味でリアリズムと言っても内容に暴力を伴うオペラを「ヴェズリモ・オペラ」と定義する場合には本日上演の2作品が同じ範疇に属する作品と見做されているようである。










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札幌フィルハーモニー管弦楽団 第53回定期演奏会

札幌フィルの定期演奏会は2007、2013、2014年にKitaraで聴いた。今回はKitaraが休館中で会場が「札幌市民ホール」。このホールでコンサートを聴くことは殆ど無いが、今月は3日、16日に続いて3回目。昨年は1度も無かったから、今年は珍しい状況。市の中心部に位置する会場で交通の便は良い。平成31年3月末日までホールの愛称が「わくわくホリデーホール」となっている。収容人数は1500人。(札幌市教育文化会館大ホールの収容人数は1100人。ニトリ文化ホールは2300人収容できる。ちなみにKitara大ホールのキャパシテイは2008.。)

2015年5月24日(日) 14:00開演  わくわくホリデーホール(札幌市民ホール)

指揮の松浦 修は13、14年に続いての登場。

〈プログラム〉
 ニールセン:序曲「ヘリオス」
 シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 (ピアノ:タニャ・エカナヤカ)
 チャイコフスキー:交響曲第4番

ニールセン(1865-1931)はデンマーク出身の近代北欧の偉大な作曲家として知られる。彼もシベリウスと同じ年に生まれて、今年は生誕150年。ニールセンは6曲の交響曲の他に多くの作品を残した。シベリウスと比べて演奏される機会は少ないが、交響曲第4番「不滅」は有名である。アマチュアの北海道交響楽団が2007年10月の定期演奏会でニールセンの第4番を取り上げた。この選曲に注目してコンサートに出かけたのを記憶している。アマチュアならではの選曲であった。

札フィルがニールセンの序曲を演奏したことを評価したい。「ヘリオス」とはギリシャ語で「太陽」の意味。ニールセンがギリシャ旅行の折にエーゲ海の日の出に感動して作曲したと言われる。日が昇って沈むまでの様子が描写されている。金管楽器の出番が多いが、ソロのパートは難しいようであった。この曲をいつか聴き直してみたい。

タニャ・エカナヤカ(Tanya Ekanayaka)は1977年、スリランカ生まれ。スコットランド在住の国際的なピアニスト・作曲家という。12歳でリサイタルを開き、世界各地で演奏活動を行っているらしい。2012年の米国ケネデイセンターのリサイタルでアメリカ・デビュー。エジンバラ大学で教鞭を執っている音楽学者・言語学者でもある。

シューマン(1810-56)のピアノ曲で真っ先に親しんだのが「ピアノ協奏曲」。15年ほど前に買い求めたアルゲリッチのCD。すっかりお気に入りのピアノ協奏曲になった。グリモー、ツィメルマンなど10人近くのピアニストが演奏するCDを持っているが、アルゲリッチを聴くことが断然多い。
コンサートでこの名曲を聴くのは久しぶり。エカナヤカの名は初めて耳にした。プロフィールによると彼女の実績は日本では余り知られていないが相当な経験を積んでいて国際的評価が高いようである。

第1楽章は幻想曲風でシューマンの激しく変化する心情が描かれる。カデンツァも入るがオーケストラとピアノが対等に掛け合う。クララに対する愛情あふれる想いを感じ取る。第2楽章は落ち着いた雰囲気の間奏曲。第3楽章は色彩豊かで幸せなフィナーレ。木管楽器とピアノの掛け合い、ピアノと弦楽器の掛け合いなど調和のとれた演奏は見事だと思った。かなりの練習を積んだ成果が表れていた。昨年に続いて外国人の共演で良い刺激を得て素晴らしい演奏に繋がった印象を受けた。
ピアニストの演奏も素晴らしかったこともあり、アマチュア・オーケストラとして水準の高い演奏を楽しめた。1・2階席はほぼ満席で3階席もかなり埋まり関心の高さがうかがえた。演奏が終了すると万雷の拍手! ソリストはアンコール曲を演奏する前に2・3分話したが、残念ながら彼女の声が3階まで明瞭に届かなかった。「アダハス」という曲名から判断すると彼女自身の作曲によるものだろう。魅力的な演奏に思えた。

チャイコフスキーの「第4番」も久しく聴いていない。2009年12月のゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管による2夜連続の演奏会を思い出す。第4・5・6番とピアノ協奏曲第1番(ピアノ:ユンディ)が演奏された。その後、2010年にパリでレコーデイングされた交響曲3曲のDVDが手元にあるので早速聴いてみようと思っている。
今日の札フィルの演奏はエキストラ15名も加わって総勢84名の演奏は力強かったが、少し音量があり過ぎたように思えた。金管の音が高すぎて少々気になったが、音響のせいもあり全く個人的な感想である。オーケストラ全体としては若い人材が入って、指揮者との信頼関係も出来て良い音楽作りをしている姿が見えるのは喜ばしい。

チャイコフスキーが大富豪メック夫人に述べた手紙がある。第1楽章の金管の主題は全曲の核となる「運命」を表すと言う。第2楽章は「仕事に疲れ帰宅して椅子に座っている時に感じる憂鬱」が描かれている。第3楽章は「ほろ酔い状態の時に感じる気まぐれな想像」。第4楽章は「孤独で悲しみに沈む自分とは違う人々のお祭り騒ぎ」で、その中に「運命」の主題が現れる。

「第6番」を聴き慣れていたが、15年ほど前に「第4番」の音楽に触れてすっかり魅せられていた。今日はシューマンの後で、何となく集中力が途切れて鑑賞力が落ちていた。ストーリーの流れに拘ってしまった気がする。純粋な音楽として聴き直したいと思う。

オーケストラのアンコール曲は  チャイコフスキー:《眠りの森の美女》より「ワルツ」。








五嶋 龍 ヴァイオリン・リサイタル 2015

五嶋 龍(Ryu Goto)は1988年、ニューヨーク生まれ。
PMF1995でデビュー。 2006年と2012年のリサイタル、2013年のミュンヘン・フィルとの共演に続いての札幌公演。
06年、12年のリサイタルのチケットは完売で超人気のヴァイオリニスト。

未熟児で生まれたが、母親が歌うモーツァルトの子守歌を毎晩聴いて育ち、絶対音感が備わっていた。2歳半で小さなヴァイオリンを渡され、正しい音階で弾くことができたという。7歳で佐渡裕指揮PMFオーケストラと「パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番」を演奏。96年から10年間に亘って、フジテレビのドキュメント番組で成長過程が紹介され、その間に世界のオーケストラや日本国内の主要オーケストラと共演。2001年1月1日、東京のカザルスホールで初のリサイタルを開催して、同ホールでの10回の公演が全て満席となった。アメリカ以外でメキシコ、チェコ、ノルウェ―などでもリサイタルを開いた。
2006年5月にニューヨークのトリニティ高等学校、ジュリアード・プレカレッジをそれぞれ卒業。同年9月、ハーバード大学に入学して物理学を専攻し、11年5月に卒業。
演奏と学業の両立を目指し、さらに幅広い趣味(空手、鉄道、ギター)を持ちながら人間形成に大切な活動をしながら成長してきた様子が2006年の日本国内リサイタルの折に発売された公演プログラムを読めば大変良く解る。インタビュー応答では彼の飾らない人柄や前向きな生き方が明らかになっていて大変面白かった。日本での国内ツアーを本格的に展開したのは高校卒業後で彼の将来の進路の目処がある程度ついてからである。12年のリサイタルも大学を卒業してからの日本国内ツアーであった。この頃はアーティストになる決意をしたようである。
今回のリサイタルに備えて、06年プログラムの中味の濃い内容記事を改めて読み返してみて彼の母親の子育てや彼自身の考え方がより深く理解できたように思えた。

2015年5月16日(土) 16:00開演  わくわくホリデーホール(札幌市民ホール)

〈PROGRAM)
 ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 Op.47 「クロイツェル」
 サーリアホ:トカール
 フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
 ヴィエニャフスキ:創作主題による華麗なる変奏曲 Op.15
 
今回のプログラムは前2回と比べて聴衆を意識したのか、極めてポピュラーで正統派の選曲。今まではどちらかと言えばRyu好みの曲だったように思う。今回は満を持してヴァイオリン・ソナタの大曲2曲に挑んだとも言える。ヴァイオリン・ソナタの中でコンサートで演奏される機会が多くて人々に親しまれている名曲である。

ピアノは前2回と同じくマイケル・ドゥセク(Michael Dussek)。ロンドンでデビュー以来40年以上にわたり室内楽に携わり、多くの世界トップクラスのアーティストと共演し、世界中の主要コンサート・ホールに登場している。五嶋龍とはデビュー・アルバム以来の共演を続けている。多岐にわたる演奏活動のほか、ドゥセクはロンドン王立音楽院教授として後進の指導にもあたっている。

「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」はベートーヴェンではタイトルの通り、ピアノとヴァイオリンが同等の役割を果している。第5番と第9番は断然聴く頻度が高い。CDもオボーリンとオイストラフ、シェリングとルービンシュタイン、アルゲリッチとクレーメルなど偉大な『ピアニストとヴァイオリニスト』の協演盤で聴いている。
今までのRyu はヴァイオリンが目立つ選曲が多かったように思うが今回は共演のドゥセクの活躍も印象的だった。
「第9番」は当時の最高のヴァイオリニスト、クロイツェル(1766-1831)に捧げられたが、精神的な重圧感のため結果的にクロイツェルは一度も演奏することはなかったという。

「クロイツェル」の第1楽章はヴァイオリンとピアノの掛け合いが面白い。満席のホールで第1楽章が終ると曲が終ったと勘違いして拍手をする人が結構いたが止むを得ない。第2楽章は叙情的な主題と4つの変奏。第3楽章はタランテラ風のリズムを持った華麗で変化の多い楽章。ベートーヴェンの全10曲の中で何度聴いても素晴らしいと思える曲。

サーリアホの名は最近耳にしたばかりでフィンランドの現代作曲家だと思うが、詳しくは知らない。曲は10分足らずの小品。本日のプログラムに新しく載っていた曲で、耳にするのは初めて。

休憩時間中に昨年9月にニューヨークで録音された今回の日本ツアーのプログラムとほぼ同じ2枚組のCDを購入した。サイン会があるということで出来れば言葉を交わしてみたいと思ったが結果的に無理だった。

フランク(1822-90)はベルギー生まれの作曲家。有名な作品が60歳を越えて生まれている。「ヴァイオリン・ソナタ」が1886年、「交響曲ニ短調」が1888年作曲。彼はヴァイオリン・ソナタを1曲しか書いていない。作品はヴァイオリンの名手、イザイに捧げられ、1886年に初演された。4つの楽章の主題が互いに関連を持ち、ロマンティックなメロディが曲全体を支配して心地良い音楽となって響き渡る。ヴァイオリンが優雅で叙情的な調べを紡ぐ。同じ主題が繰り返し現れるので親しみ易い。
モーツァルトのヴァイオリン・ソナタも聴く機会が多いが、彼の作品は沢山あるので、最近は特定のソナタ曲ではフランクの曲が気に入っている。何度聴いても飽きない曲。
曲が終ると万雷の拍手が巻き起こってブラボーの歓声も沸いた。
 
ヴィエニャフスキ(1835-80)はポーランド出身のヴァイオリニスト・作曲家。華麗で優美な作品が多く、超絶技巧が必要でヴェンゲーロフやレーピン演奏のCDが手元にある。この変奏曲は彼が十代の時に書いた作品。哀愁を帯びたテーマがドラマティックに変化していく様が高度な技巧で描かれる。叙情的で美しい変奏曲。この曲も今日手渡されたプログラムで知った演奏曲であるが何となく覚えていた曲名。
演奏が終了すると満席の聴衆から感動の拍手が会場全体に広がった。本日の演奏への満足度を示す拍手とアンコールを促す拍手が入り混じっていたと思う。五嶋龍の演奏は何時も伸び伸びとして自由闊達なのが良い。楽しんで演奏すると観客にもその楽しさが伝わる。

アンコール曲は3曲。
 グルック(クライスラー編曲):メロディ
 ハチャトリアン(ハイフェッツ編曲):剣の舞
 クライスラー:美しきロスマリン

聴衆は満足した様子で、帰りにCDを買い求める人でホアイエは大混雑。サイン会の場所もわからない状態で、そのまま外に出ざるを得なかった。入場開始前の会場入口の整列も含めて、大勢の客が押し寄せる状況での主催者の対応に配慮が足りないと感じた。客の自制心で何とか騒ぎにはなっていないのが現状のようである。

函館、札幌、音更と北海道での3公演でスタートした日本ツアーは5月31日の盛岡まで成功裡に続くことを願う。

※五嶋龍の使用楽器は2014年以降、日本音楽財団より貸与されたストラディヴァリウス「ジュピター」であるが、それ以前はNPO法人イエローエンジェルより貸与されたストラディヴァリウス「エクス・ピェ-ル・ローデ」を長年使用していた。その好意に報いるためか、彼はこの数年年末の数日間、名古屋の宗次ホールでコンサートを開いているようである。
 彼はボランティア活動にも取り組み、「五嶋龍“Excellence in Music”(音楽優秀賞)」を設立し、2010年より毎年ニューヨーク市内公立高校生に奨学金を授与する社会貢献活動も行っている。




劇団四季 ミュージカル “CATS”

ミュージカルを鑑賞する機会は多くない。定年退職する前年に妻の希望で東京帝国劇場で西田敏行、本田美奈子主演の「屋根の上のヴァイオリン弾き」を観たのは覚えている。

ヨーロッパで盛んだったオペラ、オペレッタがアメリカではミュージカルとして19世紀から広がっていったらしい。明るい、溌剌とした歌と踊りとコーラス・ガールの群舞によるミュージカル・ショーが盛んになっていったと言われる。《王様と私》、《ウエストサイド・ストーリー》などの多くのミュージカルがニューヨーク・ブロードウェイの劇場から第二次世界大戦後に生まれている。その後、ミュージカルはロンドンや他のヨーロッパの都市に逆流していった。

アメリカではブロードウェイでヒットしたミュージカルが映画化されて世界で広く親しまれている。近年で最も印象に残っている映画は「マンマ・ミーア」、「レ・ミゼラブル」。今年3月に上映されたメリル・ストリーブ出演の「INTO THE WOODS」もミュージカルを映画化した作品だそうである。(:*現在、ブロードウェイの劇場に日本の渡辺謙が「王様と私」で王様の役で出演中で話題となっている。)

劇団四季が1991年、1997年に続いて3回目の[キャッツ札幌公演]を今年の1月から行っている。前2回の公演はJR札幌駅の敷地にテントを張ってのロングランで評判を呼んだ。私は今回初めて“CATS”を観た。

本格的な〈北海道四季劇場〉が2011年1月にオープンしてから⦅ライオン・キング》、《美女と野獣》、《オペラ座の怪人》に続いての演目が《CATS》である。2012年1月に初めて劇団四季のミュージカルを観て、昨年10月にはフィギュア・スケートで特に話題沸騰になった作品を鑑賞した。作品名は何十年前からも知っているが余り好みではなかった。コンパクトな会場で、舞台装置、衣装、音響効果など1年に1度くらいなら、演目によって鑑賞しても良いと思うようになった。

T.S.エリオットは有名であるが、キャッツの内容には通じていなかった。このミュージカルは1981年にロンドンで初演され、世界各国で大ヒットした。日本では劇団四季が1983年に初演して大成功を収めた。主催者発表によると、これまでの日本各地での通算公演回数は8800回、総入場者数は880万人。札幌での前2回の公演の入場者は合わせて60万人。

[STORY] 満月が青白く輝く夜、街の片隅のゴミ捨て場。たくさんのジェリクルキャッツが集まってくる。人間に飼い馴らされることなく強く生き抜き、自らの人生を謳歌する考えを持つ猫。今夜は長老猫が最も純粋なジェリクルキャッツを選ぶ特別な舞踏会。猫たちは各々の人生を歌い踊りアピールする。やがて夜明けが近づき、天上に上り新しい人生を生きることを許される一匹の猫の名前が宣言される。その猫は・・・。

長老猫は肥満だが、知性的。各々の猫は細身で、動きも俊敏で体の線が美しい。猫好きでなくても、その魅力に引きつけられる。生命力に溢れる猫の姿が生き生きと表現される。舞台装置、24匹の猫の住む場所、移動する様子が的確に描かれ、限られた空間の利用が巧みである。開幕の舞台の転換、マジックのような猫の入れ替わり、天上に上る舞台の仕組みなど見どころ満載! ホールはコンパクトで出演者と観客の一体感が生まれやすい作り。
歌唱力があるのは当然と思ったが、身のこなしが素早くて凄かった。バレリーナのようなダンスは素晴らしくて強烈な印象を受けた。抜群の運動能力は普段から鍛えていないと困難だと思った。体力的にもきつい演技。
フィナーレは極めて印象的で、観客の心を掴んだ。平日昼公演は込み合うらしくて、今日は中学生の団体鑑賞があったようで超満員。S1席は女性客が大部分だったのは昼公演のせいだろうか。

猫の飼い方はそれぞれの国の文化で違うようである。日本は海に囲まれていることもあって、猫を外に放している状況が多いようである。外国では家の中で飼って、外には出さないとされる。日本に来る外国人は猫を外で目にすると意外と思うらしい。人の生活圏でも違うだろうが、この1・2年は外で猫を見かけることが少なくなった気がする。ペットとして大事に飼う人が増えていて変化しているのかも知れない。
私は個人的には犬の方に親しみを感じ、猫は触るのも好まない方である。子どもの頃に野良猫を見ることが多かったことが影響しているのではないかと思う。今日のミュージカルを観て猫に親しみが湧いた。不思議なものである。最近、テレビで猫好きの人の様子を見たりして、好き嫌いに変化が見られると自分でも思っている。



札響シンフォニックブラス2015

札響特別演奏会 

Kitaraが休館中のため、今年度は6月まで札響定期演奏会の開催がないので、この空白期間中に札響に親しんでもらう趣旨で会員特別招待公演が企画された。定期会員は無料で、指揮が金聖響なので出かけることにした。

会員受付で入場整理券をもらって開場時間に備えて長蛇の列に本を読みながら待つこと10分。列が動き出すと後ろから名を呼ばれ声をかけられた。札響くらぶのメンバーだった。昨年11月、日本オーケストラ・ファンクラブの山形大会の旅の機内で座席が隣りになった彼女と会話がはずみ、旅行中に話す機会が多かった。その後、会合で顔を合わせる機会があっても挨拶する程度だった。今日は偶然に半年ぶりにコンサート会場で開演時間まで1時間近く会話を楽しんだ。待ち時間に読もうと思っていた本は読まずに済んだ。あっという間に開演時間が来た。
会場は吹奏楽部所属の大勢の中高生で賑わっていた。

2015年5月10日(日) 15:00開演  ニトリ文化ホール

指揮: 金 聖響
トロンボーン: 中川 英二郎
演奏: 札響スペシャル・ブラス&札幌交響楽団
特別共演: 東海大学付属第四高等学校吹奏楽部メンバー6名

[ PROGRAM ]
第1部 札響メンバーを中心とした《札響スペシャル・ブラス》
 J.ウイリアムズ:映画「スター・ウォーズ」 メインテーマ
 2015年度 全日本吹奏楽コンクール課題曲 全5曲
 ブルジョワ:トロンボーン協奏曲(トロンボーン独奏:中川英ニ郎)
 
第2部 オーケストラの響きー札幌交響楽団
 ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」 Op.9
 レスピーギ:交響詩「ローマの祭」

第1部の「スター・ウォ―ズ」のテーマは吹奏楽版であっても耳に馴染んだ曲。輝かしいファンファーレで別世界に運ばれる感じがしてコンサートのスタートを飾るに相応しい曲。

今年度の吹奏楽コンクールに備えて練習を積み重ねている生徒を意識したプログラム。課題曲全5曲に取り組んでいる学校もあるようだが、各学校で選曲して取り組むのだろう。第3曲と第5曲はハイレヴェルの吹奏楽部が取り組みそうな曲。指揮者と演奏者の代表は第5曲が難曲と指摘していた。いずれにしても今や日本の吹奏楽部のレヴェルはかなり高度な域に達している印象を受けた。

金 聖響は1970年、日本生まれの在日韓国人。ニューイングランド大学院を経て、タングルウッド音楽祭に参加し小澤征爾に師事。その後、ウィ-ン国立音楽大学に学ぶ。98年、コペンハーゲンで開催のニコライ・マルコ国際指揮者コンクールに優勝。国内外のオーケストラと共演し、私自身は04、05、06年の札響との共演に続いて、12年シエナウインドオーケストラの公演を聴いていた。09年ー14年まで神奈川フィル常任指揮者、10-12年シーズン、ベルギー・フランダース響首席指揮者を歴任。09年12月よりオーケストラ・アンサンブル金沢のアーティスティック・パートナー。

トロンボーン協奏曲はコンサートで聴く機会はめったに無い。ソリストの名も初めて聞くが、中川英二郎は日本を代表する世界的トロンボーン奏者ということで主としてジャズの世界で活躍しているとの事。今朝放映された「題名のない音楽会」に登場したくらいのその道の有名人。高度な技法を駆使した演奏ぶりは聴きごたえがあった。

前半の木管・金管楽器を中心とする音楽も勢いがあって新鮮に感じた。聴衆も制服を着た生徒が圧倒的に多く若さに溢れたコンサートで会場の空気にも熱気が感じられた。

第2部は札響全メンバーと客演奏者による〈賑やかなローマの祭りの曲〉が2曲。
ベルリオーズ(1803-69)はフランスの作曲家。26歳で「幻想交響曲」を完成させた後、ローマ大賞コンクールで第1位となり、大賞受賞者の義務としてイタリアに留学した。「イタリアのハロルド」などイタリア滞在中の経験を曲に表した。ローマの街の賑わいが輝かしいブラスの響きで最高潮!

レスピーギ(1879-1936)はローマのサンタ・チェチ―リア音楽院で作曲科教授を務め、イタリア楽壇の重鎮となった。彼の作品で《ローマ3部作》が名高いが、その第3作「ローマの祭」が3曲中、最も通俗的で親しまれている。
第1部「チルチェンセス」、第2部「五十年祭」、第3部「十月祭」、第4部「主顕祭」が切れ目なく演奏されるのは、ローマの歴史に想いを馳せる基本姿勢なのかどうかなとふと思ってみた。 
第1部における舞台の外でのトランペットグループ(バンダ、高校吹奏楽部員)によるファンファーレが印象的で目を引きつけた。今後、さらに成長を遂げる彼らの姿を見て頼もしく思った。鉄琴、木琴、マンドリン、オルガンも加わって多彩な音色を生み出すオーケストラの合奏は壮観だった。普段のコンサートから受ける印象とは違う活力を得れて良い気分に浸れた。

Kim Seikyou の指揮は経験豊富なブラスの指揮よりも、個人的には第2部に入っての指揮ぶりが堂々として力強く感じた。ブラスとオーケストラでは指揮も少々異なるのかと思った。
Kimの活動を近年耳にしなかったが、困難な状況に陥った過去があったらしい。以前の活躍できる環境を早く取り戻してほしいと切に願う。






クラウディオ・アバド&ジョージ・セルの初来日公演

クラシック音楽ファンでクラウディオ・アバドの名を知らない人はいないと思う。アバドは昨年1月に逝去した。惜しまれて亡くなる指揮者は数多くいるが、彼ほど仲間の音楽家から敬愛された指揮者はいなかったのではないだろうか。
1990年、アバドはカラヤンの後任としてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督に迎えられた。2002年までの在任中、世界の指揮者の頂点に立つ活動を展開した。40代後半からECユースオーケストラやグスタフ・マーラー・ユーゲントオーケストラを設立して世界の様々なユースオーケストラ設立の先鞭をつけ、ベルリン・フィル芸術監督辞任後も後進の育成に力を注ぎ、その音楽作りと共に新しいタイプの巨匠と称されていた。

Claudio Abbado(1933-2014)はイタリア・ミラノの音楽一家に生まれ、ヴェルディ音楽院で作曲とピアノを学び、ウィ-ン国立音楽アカデミーで指揮をスワロフスキーに師事。63年ミトロプーロス国際指揮者コンクールに優勝。68年~81年の間、ミラノ・スカラ座首席指揮者、同音楽監督、同芸術監督を歴任。79-83年ロンドン響首席指揮者、82-85年シカゴ響首席客演指揮者、86-91年ウィ-ン国立歌劇場音楽監督を歴任。90-02年ベルリン・フィル芸術監督。03年からルツェルン祝祭オーケストラ首席指揮者兼芸術監督を務め、14年秋には来日公演と東日本被災地訪問が予定されていた。04年にモーツァルト管を設立して亡くなるまで現役として意欲的に活動した。、

私はアバドの演奏会を聴いた記憶はあったが、どの演奏会で聴いたのかが不明であった。69年4月~88年3月まで旭川に住んでいたが、オペラを観たりコンサートを聴くため偶に札幌に来ていた。
旭川在住時の荷物から音楽関係の書類が出てきて、最近やっと証拠が見つかった。アバドがウィ-ン・フィルを率いて1973年3月20日~4月9日まで日本ツアー、9都市13公演を行っていた。札幌は最終日の4月9日。会場は71年に開館した北海道厚生年金会館。曲目は「ジュピター」と「英雄」。残念ながら、この時のことは記憶に残っていない。
その時期は職場も新学期の始まる忙しい頃である。始業式・入学式が終って夜のコンサートに今は亡き音楽好きの同僚に誘われて聴きに来たらしい。当時はアバドの名は知らなかったし、自分から積極的に行動していなかったと思う。彼とは度々札幌までコンサートを聴きに来たことが懐かしく思い出される。
(*アバドは1971年からウィーン・フィルの客演指揮者の任にあったのを把握していたら迷うことは無かったかも知れない。なお、ウィ-ン・フィルは1933年から常任指揮者を置いていない。)

札幌コンサートホールKitaraが開館した97年10月10日に初めてウィ-ン・フィルを聴いたと思っていた。この時の指揮者はハイティンクで、演奏曲目は「シェ―ンベルク:五つの管弦楽曲」と「ブルックナー:交響曲第7番」で聴き慣れない難しい曲だった。振り返ってみると、ウィ-ン・フィルの弦楽器の美しさは今でも脳裏に残っている気がする。18年前の演奏がどれほど理解できたのかは別として、音楽を鑑賞する心の余裕が鑑賞後の記憶に大きく関わっていると思える。

ベルリン・フィルのCDはカラヤン指揮のものは多く所有しているが、アバド指揮のCDは少しだけである。CDも現在千枚に達したが、一番最初に購入したCDが「アバド指揮ベルリン・フィル、五嶋みどり演奏による「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番」で思い出の多い1枚(1998年12月購入)。チャイコフスキーの「悲愴」はアバド指揮シカゴ響で何度も聴き親しんだ。アバド指揮ベルリン・フィルでポリーニの「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番・第5番」も懐かしい。

この機会にクリーヴランド管弦楽団をアメリカ五大交響楽団の一つに育て上げたジョージ・セルについても書いておきたい。
セル(1897-1970)はハンガリー・ブタペスト生まれ。3歳でウィ-ンに移り、ウィ―ン音楽院でピアノ、作曲などを学んだ。1908年、ウィ―ン響と共演してモーツァルトのピアノ協奏曲でデビュー。14年、同響を指揮し、さらに同年ベルリン・フィルを指揮して自作品を発表。24年にベルリン国立歌劇場の第1指揮者、29年にはチェコ・フィルの音楽監督などを歴任し、セントルイス響、スコティッシュ管などに客演。39年にオーストラリア演奏旅行の帰途、第2次世界大戦勃発のためアメリカに渡り、帰化。戦後はNBC響、ニューヨーク・フィルなどを指揮。46年にクリーヴランド管の音楽監督に就任して同管を世界的水準のオーケストラに仕上げた。

1970年は大阪万博が開かれ世界的なオーケストラや音楽家が日本を訪れた年であった。この年の5月25日、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団が札幌でも公演を行った。会場が忘れもしない「中島スポーツセンター」。2300人収容のホールが完成していなかったためであろう。「特別なコンサート会場」と「帰りの列車で一緒になった音楽仲間の語らい」で思い出に残るコンサートとなった。セルがアメリカに帰国後の7月30日に逝去のニュースが入って衝撃を受けた。 そんなこともあって、この時のコンサートは忘れ難いものになっている。
演奏曲目は「モーツァルト:交響曲第40番」、「シべリウス:交響曲第2番」他。

※2010年にGEORGE SZELL “LIVE IN TOKYO 1970” (札幌公演と同じプログラム)/[ドヴォルザーク:交響曲第9番、スラヴ舞曲]のDISC2枚が発売されているのが判って手に入れた。

※1970年にマリア・カラスやリヒテルも札幌で公演していたことを知った。カラスが来札していた時期に、彼女と交際していたジュゼッペ・ディ・ステファノが旭川で佐藤陽子と共演。佐藤は当時ヴァイオリニストとして有名であったが、この時はステファノが折紙をつける歌手として出演した。世界で名高いテノール歌手が旭川に来演したのが嬉しくもあり、大々的な宣伝もなく何となく不思議な思いをしたのを覚えている。

[追記]
 1973年のウィ-ン・フィルの来日記念プログラムに若杉弘が「アバド讃」の文を載せていた。1963年のミトロプーロス国際指揮者コンクールにおけるエピソードを綴ったものである。コンクール参加者の一人が急性盲腸炎になり、決勝出場を断念して手術の必要があった。若杉は入賞しなかったが、仲間たちと病院に見舞いに行った。授賞式で優勝賞金をもらったアバドは、他の入賞者と計らい、「彼も出場していたら入賞して賞金を手にしていたかも知れない。俺たちの賞金を出しあって彼の分の賞金を作ってやろう。」と言って、病院に届けたと言う。
合宿同然のコンクール期間中、参加者全員が国籍の壁を越えて和気あいあいの雰囲気の中で生活したと言うが、アバドの人間性が伝わるエピソードの一つと言えよう。
 ※若杉弘(1935-2009)は読売日響常任指揮者(72-75)、ケルン放送響首席指揮者(77-83)、ザクセン州立歌劇場及びシュタ―カペレ・ドレスデン常任指揮者(82-92)、都響音楽監督(85-95)などを歴任。びわ湖ホール芸術監督(96-07)を務め、新国立劇場の芸術参与を経て、07年からオペラ部門芸術監督に就任したが任期半ばで他界。日本のオペラ界の重鎮だった。








札幌西区オーケストラ 第29回定期演奏会

2015年5月3日(日・祝) 開演18:30 わくわくホリデーホール(札幌市民ホール)

札幌市民ホールは2008年12月、多目的ホールとして開館した。2015年4月1日からは会社が命名権を獲得して「わくわくホリデーホール」という愛称を持つようになった。
このホールはコンサート会場としても使われているが、私自身はKitara以外の会場でコンサートを聴くことは殆ど無くて、今回は数年ぶりである。
札幌西区オーケストラは年1回の定期演奏会の会場を札幌コンサートホールKitaraで開催しているが、Kitaraが休館中のため今回は札幌市民ホールが会場となった。
指揮はこのオーケストラの常任指揮者、鎌倉亮太。

〈プログラム〉
 シベリウス: 交響詩『フィンランディア』 作品25
 シベリウス: 交響曲第3番 ハ長調 作品52
 ブラームス: 交響曲第1番 ハ短調 作品68

札幌西区オーケストラは他のアマチュア・オーケストラと比べて、より地域に根差した活動を行っている。「西区」の音楽愛好家の呼びかけでスタートして、純粋に趣味の音楽を追求するスタイルを続けているのが特徴で、現在のメンバーは約100名である。入場料は無料で毎年定期演奏会を開催して札幌市民に親しまれている。

今年はシベリウスの生誕150年記念年でシベリウスに取り組んだ。
尾高忠明札響名誉音楽監督が過去3年間で札響との定期演奏会で《シべリウス全交響曲演奏会》を行なった。3回に亘るシリーズは記憶に残る名演となった。2013年3月のシリーズ第1回の曲目は「フィンランディア」、「交響曲第3番」、「交響曲第1番」であった。その時のブログにシベリウスの生涯や、演奏曲目について比較的に詳しく書いたので重複は避けたい。
(*第557回札響定演 teruoblog687.blog.fc2.com/blog-entry-86.html)

今回は指揮者の鎌倉氏がシべリウス音楽院で学び、アイノラにも滞在した様子がプログラムに書かれていて大変興味深く読ませてもらった。特に「フィンランディア賛歌」の歌詞が載せられていたのが参考になった。(訳詩者の堀内敬三の名も戦後のNHKラジオ日曜朝8時の「音楽の泉」番組で馴染みの音楽評論家で一層懐かしさに駆られた)
「フィンランディア」の当初の曲名が「フィンランドは目覚める」であったことを知ったのは最近で、両方の曲を聴き比べしても簡単には違いが判らないほどである。

「交響曲3番」は2013年3月の演奏が札響初演だったそうですから、人気曲と違って演奏に取り組むのも難しかったのではないかと思った。札響は北の風土に根差した音楽をフィンランドとの長い関係のマエストロ尾高の下で作り上げることに成功している感がある。
 
指揮者の熱意と楽団員の演奏環境がまだ十分に整わない状況があったのでしょう。シベリウスの記念年に取り組んで頑張っている様子は伝わってきた。木管楽器、特にフルート奏者の演奏が光った。

シべリウス作曲の「フィンランディア」、「交響曲第2番」、「ヴァイオリン協奏曲」、「カレリア組曲」などは有名であるが、私も交響曲4番・6番のCDは所有していなかった。最近、コリン・デイヴィス指揮ロンドン響によるシベリウス全集を購入した。「クレルヴォ」という5楽章から成る大曲は知らなかった。CD7枚分は一通り聴いてみたが、今年中にあと何回か聴いて親しんでみようと思っている。

ブラームスの「交響曲第1番」についても、今まで何回か言及しているので重複は避けたい。
いつもの会場と違うので音響面や会場の雰囲気にどことなく物足りないものを感じたのは止むを得ない。

アンコール曲の「シベリウス:カレリア組曲 第3曲 行進曲風に」はとても軽快で心地よく聴けた。

かなりの年輩の方、小さいお子さんを育てながらご夫婦で頑張っておられる方、病を抱えて参加している方など、いろんな環境の中で音楽を楽しんで地域の中で繋がって音楽作りをして、市内で無料発表会を毎年開催している活動に感動します。オーケストラのメンバーだけでなく、西区の関係者が裏方として多くの方が支援してしている姿にもこのオーケストラを支える地域の様子が伝わります。

入場時間を早めて入口に並ばなくてもスムーズに入場できる配慮は良かった。入場整理券となる葉書を送っていただいた配慮にも感謝いたします。都合のついた妻と久しぶりに一緒に出かけたが、長年Kitaraボランティアをしていて、今年3月末で辞めた方(*案内葉書を貰って来場したとのこと)と帰りにお会いでき元気なお姿を拝見できて地下鉄までご一緒できたのも良かった。




















プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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