札響第571回定期演奏会(2014年8月)

札幌交響楽団第571回定期演奏会(昼公演)

2014年8月30日(土) 14:00開演  札幌コンサートホール Kitara大ホール

通常、コンサート会場には開演20分前ぐらいに到着するようにしている。札響のメンバーは大ホールで定期演奏会が始まる30分前に1階ホアイエで「ロビーコンサート」を開催している。今日は偶々13時30分少し前にホアイエに入った。手渡されたプログラムを見るとロビー・コンサートの曲目が早坂文雄作曲の「弦楽四重奏曲(1950)第1、第2楽章」と書かれていた。
8月の定期は札幌ゆかりの早坂文雄の生誕100年記念の演奏会であった。(早坂は同じ1914年生まれで札幌出身の伊福部昭とも交流があった。5月の定期は伊福部の生誕100年記念コンサートであった。)
ロビー・コンサートを最初から最後まで傾聴したのは初めてであった。曲の第1楽章は現代曲の感じとは違って、好んで聴く弦楽四重奏曲に似ていて意外に聴きやすかった。第2楽章はピッツィカート奏法で興味深かった。全楽章聴いてみたい気がした。
出演:三原豊彦、福井岳雄(Vn)、三原愛彦(Va)、荒木均(Vc).

Sapporo Symphony Orchestra the 571st Subscription Concert
指揮/ 下野 竜也

下野竜也(Tatsuya Shimono)は1969年、鹿児島生まれ。92年、鹿児島大学教育学部音楽科卒業。93~96年、桐朋学園大学で指揮を学ぶ。96年、イタリアのキジアーナ音楽院でオーケストラ指揮のディプロマを取得。97~99年、大阪フィル指揮研究員を務め朝比奈隆の薫陶を受けた。99年9月より文化庁から派遣されて1年間ウィ―ン国立音楽大学に留学、01年6月まで在籍。2000年東京国際音楽コンク―ルの指揮部門に優勝。01年、ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝して一躍脚光を浴び、その後は国内主要オーケストラだけでなく海外のオーケストラにも客演を重ねた。06年読売日本交響楽団正指揮者に就任。以降、目覚ましい活躍ぶりで日本の若手指揮者のトップに躍り出た。09年にはチェコ・フィルに客演。10年、サイトウ・キネン・オーケストラのニューヨーク公演に登場し、カーネギーホール・デビューを飾った。

私が初めて聴いた下野指揮による演奏会は04年2月の札響名曲シリーズ。07年2月の名曲シリーズに続いて、12年3月の札響定期に初登場。12年12月の2日続きの読売日響連続演奏会は会場が熱狂的な雰囲気に包まれた記憶が生々しい。今回で6度目となる。
13年4月、読売日響の首席客演指揮者に就任。14年4月、京都市響常任客演指揮者に就任。07年から上野学園大学教授を務める。

〈プログラム〉
 J.ウィリアムズ:組曲「スター・ウォーズ」
 早坂文雄:交響的組曲「ユーカラ」(1955) ≪生誕100年記念≫

ジョン・ウイリアムズ(John Williams)(1932~ )はアメリカの作曲家、指揮者。ジュリアード音楽院、UCLAで学ぶ。1950年代後半からハリウッドでピアニスト・編曲者として活動、1960年代から映画音楽やテレビ音楽を手がけた。代表的な映画音楽は「ジョーズ」(75年)、「未知との遭遇」(77年)、「スター・ウォ―ズ」シリーズ(77年~ )、「E・T」(82年)、「シンドラーのリスト」(93年)、ハリー・ポッターと賢者の石」(01年)などがある。ボストン・ポップスの指揮者としても活躍し(80-93年)、管弦楽曲や協奏曲も作曲している。

映画「スター・ウォ―ズ」は77年に公開され世界的に大ヒットした。コンサート用に映画の代表的な場面の音楽を編集して組曲版が作られた。5曲から成る。第1曲「メイン・タイトル」は壮麗な音楽で、誰でも耳にしているメロディで親しまれている。極めてドラマティックで、序曲のような曲。第2曲:「レィア姫のテーマ」ではフルートが優美な旋律を奏でる。第3曲:「インペリアル・マーチ」は金管楽器が活躍する勇壮な音楽。第4曲:「ヨーダのテーマ」。第5曲:「王座の間とエンド・タイトル」。最終曲に第1曲の輝かしい音楽が再現され、ファンファーレが響いて歓喜のフィナーレで終結。

札響は「スター・ウォーズ」を抜粋も含めて133回も演奏してきたと言う。第1曲が欠かさず演奏されているのは確かであろう。尾高音楽監督によると、この曲はプロのオーケストラにとっても決してやさしい曲ではないそうである。
偶にはこんな音楽を聴くのも気分転換にはなる。

早坂文雄(Fumio Hayasaka)(1914-55)は仙台生まれ。幼いころ札幌に移住し、旧制北海中学を卒業。15歳で作曲家を志し、独学で学ぶ。1939年、東宝映画に映画監督として入社し、数多くの映画音楽を担当。雅楽を素材とした「左方の舞と右方の舞」(42年)、「管弦楽のための変容」(53年)など民族色ゆたかな名曲を残した。

交響的組曲「ユーカラ」は東京交響楽団の委嘱により55年に完成し、同年、東京響定期演奏会で初演された。それから4ヶ月後に、早坂は結核のため41歳で死去した。彼はアイヌの叙事詩「ユーカラ」を金田一京助の訳で読んで、およそ20年に亘って構想を練っていた作品と言われる。演奏に1時間近くかかる大曲である。
6曲構成。各曲にアイヌの叙事詩に基づく副題が付いていて、絵巻物風の構成になっている。第1曲:「プロローグ」はクラリネット独奏による瞑想的で情感あふれるメロディがかなり長く奏でられ、聴く者を惹きつけた。第2曲はホルン、ファゴットが主題を奏でた。第3曲は弦楽合奏。 第4曲では打楽器群のリズムが弾む。打楽器奏者(8名)と指揮者の掛け合いが面白かった。指揮者と打楽器奏者との一体感が感じ取れ、指揮者がまるで演奏者になった印象を受けた。打楽器に続いて管楽器の旋律が絡み、次々と楽器が増えて、曲も盛り上がってクライマックスへ。この楽章での気迫みなぎる下野の指揮ぶりが特に印象に残った。第6曲の「荒熊を懲らしめる話」では打楽器と弦楽器、管楽器が見事に掛け合って、緊張感あふれる終曲となった。

演奏終了後、下野は楽譜を手に聴衆へ作曲家に対する敬意を表し、拍手に応えてステージに出てくるたびに楽譜に感謝の礼をした。再三にわたって賛辞を惜しまない彼の態度も改めて印象に残って、早坂の偉大さを教えられた気がした。
早坂文雄は映画分野では「羅生門」、「七人の侍」などの黒沢明作品、「雨月物語」などの溝口健二作品など数多くの作品の音楽を手がけた。東京交響楽団が準・メルクル指揮で9月に川崎と新潟で「左方の舞と右方の舞」を演奏する予定になっている。

下野竜也は札響でヒンデミットの作品を以前に指揮したことがあった。今日は珍しい現代作品をプログラムに取り上げて独自性を出している充実した指揮ぶりを目にして、日本の指揮界のトップに躍り出た理由が判ったような気がした。
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オクタヴィアン・ソニエ フェアウェル オルガンリサイタル

Kitara第16代専属オルガニスト、オクタヴィアン・ソニエの1年間の任期の締めくくりとなるサヨナラ公演。

2014年8月24日(日) 14:00開演 札幌コンサートホール Kitara大ホール

〈プログラム〉
 メシアン:永遠の教会の出現、 天上の宴
 J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
 ヴィヴァルディ(J.S.バッハ編曲):協奏曲 ニ短調 BWV596
 J.S.バッハ:トリオ・ソナタ 第6番 ト長調 BWV530より 第1楽章
 ヘンデル(ギュー編曲):オルガン協奏曲 ニ短調 作品7-4 HWV309より 第2楽章
 メシアン:キリストの昇天
 デュリュフレ:オルガン組曲 作品5
 ヴィエルヌ:幻想的小品集より 「ウェストミンスターの鐘」 作品54-6

オクタヴィアンは昨年9月の専属オルガニスト就任以来、東京・京都でのコンサート・ホールや道内の教会での演奏会を含めてこの1年間で30以上ものコンサートに出演してエネルギッシュな活動を続けてきた。本日が文字通りのサヨナラ公演。

13年10月のデビューリサイタルではメシアンの曲で締めたが、今日はメシアンの曲から始まった。
メシアン(1908-92)は2008年の生誕100年記念で「トゥ-ランガリラ交響曲」など彼の曲を聴く機会が増えた。鑑賞が難しい作曲家と思っていたが、この2つのオルガン曲は意外と心に沁みた。
パリ音楽院でメシアンの教えを受けた加古隆が数年前にパリを訪れ、メシアンが弾いていたノートルダム大寺院のオルガンに耳を傾けるテレビ番組を見た。その時の教会のイメージを目を閉じながらオクタヴィアンの演奏に聴き入った。普段のKitaraのオルガンと違った聴き方が出来た。現代のオルガンの持つ音量や演奏者の高度な演奏技法とはあまり関係のない宗教音楽が美しく流れた。 純粋で清楚な温かい響きがした。

打って変って、最も馴染みのあるオルガン曲である「バッハ:トッカータとフーガBWV565」は今まで何十回と聴いてきた演奏で一番印象に残った。前2曲と対照的な演奏となったので、なおさらこの曲がダイナミックで新鮮に感じられたのだと思う。

ヴィヴァルディ(1684-1741)からイタリア音楽の影響を受けたバッハ(1685-1750)のこの編曲は明るい雰囲気でヴィヴァルディらしさがあると感じた。何となく聴いたことがあると思ったら、この曲は第15代の専属オルガニストのマグダレナ・カチョルが録音したCDに入っていた。

休憩直後の2曲はオルガン曲としては大曲になると思う。

メシアンの「キリストの昇天」はその一部を聴いたことがあるが全曲は初めてである。オクタヴィアンの解説によると、この曲集は元々オーケストラのために書かれたものがオルガン用に編曲されたと言う。この曲は何度か聴かないと良さが伝わってこないと感じた。

デュリュフレ(1902-86)の名はオルガン曲は好みではなくても判るほどになった。何度か彼の小品は演奏会で耳にしている。《オルガン組曲 作品5》は彼の最も有名な作品のひとつだそうである。「前奏曲」、「シチリアーナ」、「トッカータ」の3つの楽章から成る。ドラマティックで緊張感に満ちた「前奏曲」に続いて、清らかな旋律で詩情豊かな「シチリアーナ」。最後の「トッカータ」は技巧的で非常に力強い主題が足鍵盤で演奏された。
第11代の専属オルガニストのシンディ・カスティーヨが「シチリアーナ」の楽章をCDに録音していた。オルガン曲は詳しくないので手元のCDで演奏会前後に聴いて親しむようにしている。

ヴィエルヌ(1870-1937)の名もKitaraでオルガン曲を聴いて知った。彼は小品を多く作曲しているためか、オルガンリサイタルで演奏されたり歴代の専属オルガニストがCDに好んで録音している。
「幻想的小品集」は4つの組曲がある。作品51~54。オクタヴィアンによると、彼の小品集の作曲によって「コンサートのためのオルガン音楽」が普及したそうである。
「ウェストミンスターの鐘」は作品54の終曲である。ヴィエルヌはチャイムのメロディをモチーフとして作曲した。荘厳で力強い作品になっている。
日本で学校などで放送されている「キーンコーンカーンコーン」のチャイムのメロディとして知られている。(ウエストミンスターの鐘は日本では学校のチャイムとして始業、終業のチャイムとして親しまれ、今日でも使っている学校があるのではないか。)
 
演奏終了後に日本語で丁寧な挨拶があり、彼のオルガン伴奏に合わせて聴衆が「金子詔一:今日の日はさようなら」を歌った。日本のメロディと歌詞が気に入って日本の聴衆と一緒に音楽を楽しみたいと思ったようである。「今日の日はさようなら またあう日まで」の最後の歌詞に想いを込めたのではないだろうか。

アンコールとして上記の曲を最後にした方が良かったと思ったが、最後のアンコール曲として「モーツァルト:アンダンテ ヘ長調 K.616」を演奏した。この曲は〈自動オルガンのための〉曲として作られた。誰でも耳にした曲としてそのメロディが親しまれている。自動オルガンのため長々と続いた感があったのが少々気にかかった。本人にとっては時間がまだまだ欲しい演奏会だったのだろう。終演時間が16時半近くになっていた。彼のCDを購入しようかと思ったが、時間的余裕がなかったので別の機会にすることにした。多分、サイン会に多くの人が並んだのではないかと思った。5、6年前にKitaraボランティアとして演奏会当日にサイン会を開いたらどうかと提案したことがあった。

異文化に接し、日本語、日本の数々の文化を積極的に吸収した意欲的な日本でのこの1年間はオクタヴィアンにとって掛け替えのない経験になったことに祝意を表したい。 きっとKitaraに帰ってこれるだろうし、帰ってきてほしいと願う。

***ロンドンにあるウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)に付属する時計塔(ビッグ・ベン)が奏でるメロディが「ウェストミンスターの鐘」。時計塔は1859年に創設され、正式名は“Clock Tower”。通称“Big Ben”として親しまれている。ビッグ・ベンは中にある鐘の名前であるが、現在では時計塔全体、時計本体の名称として知られている。2012年6月にエリザベス2世の在位60周年を記念して、同年9月に時計塔の正式名が“Elizabeth Tower”に改称された。ただ「エリザベス・タワー」が正式名になったとは言え、長年に亘ってロンドン市民に親しまれてきている「ビッグ・ベン」の愛称が変わらないかも知れない。
「札幌市時計台」(旧札幌農学校演武場)でボランティア活動に携わって6年目になる。札幌市時計台の時計は米国ボストン市ハワード社製で1881年に設置された。133年を経た現在も、重り巻き上げ方式で正確に時を刻んでいる。明治時代に創設された唯一の日本最古の塔時計である。
上記の「クロック・タワー」の正式名を知らなかったイギリス人も、現在では「エリザベス・タワー」と呼ぶ人が増えていると思う。今後、定着するかどうかはわからない。今月、ボランティア活動でたまたま話題が時計塔に及んだ時に初耳だという人が多かったのでここで言及してみた。






HIMES オーケストラ Vol.3

HIMES (Hokkaido International Music Exchange Society)オーケストラ Vol.3
    ~第3回ハイメスオーケストラ演奏会~

北海道国際音楽交流協会は1988年8月に音楽家、一般市民、企業・団体が協働して設立された。会の設立以来、毎年開催される音楽コンクールにおいて優秀な成績を収めた若手音楽家に海外研修の機会を与えている。2005年からはオーケストラ事業をスタートさせ、2012年にアーティスト会員を軸とする「ハイメスオーケストラ」を結成して第1回演奏会を開催した。

ハイメスオーケストラはハイメスアーティスト会員、札響メンバー、同OB、その他札幌で活躍しているプロ奏者と一般公募で参加されるアマチュア奏者により組織されている。
2012年8月の第1回演奏会に始まって、今年で第3回目を迎える。

2014年8月14日(木) 17:00開演  ちえりあホール(札幌市生涯学習センター)
 
指揮者:新田 ユリ
コンサートマスター: 大平 まゆみ(札幌交響楽団コンサートマスター)

〈プログラム〉
 シベリウス:交響詩「トゥオネラの白鳥(レンミンカイネン組曲第2曲 Op.22)」
        ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 Op.47(ソリスト:大平まゆみ)
 チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 Op.36

新田ユリ(Yuri Nitta)は1961年生まれ。国立音楽大学、桐朋学園大学で学ぶ。1990年、ブサンソン国際指揮者コンクールファイナリスト、91年、東京国際音楽コンクール・指揮部門第2位。91年4月、東京交響楽団にデビュー、その後、国内主要オーケストラへ客演。2000年よりフィンランド・ラハティに留学し、オスモ・ヴァンスカの薫陶を受けた。シべリウスをはじめとする北欧音楽紹介・演奏のスペシャリスト。09年よりハイメスのオーケストラ事業に関わり、演奏会で指揮活動を続けている。15年、愛知室内オーケストラ常任指揮者に就任予定。

大平まゆみ(Mayumi Ohira)は1957年、仙台生まれ。東京藝術大学入学3ヶ月後、サンフランシスコ音楽院に招待留学。大学卒業後、室内楽活動の後、シラキュース響、バンクーバー響でヴァイオリン奏者を務める。89年、帰国して東京響(90-95)で活動、ゲストコンサートマスターとして読売日響、九州響、札響などに客演。98年より札響コンサートマスターに就任し、現在に至る。札幌で地道な音楽活動を実践して、近年は定期的に年数回Kitaraでリサイタルを開催し、CDも数枚リリースしている。09年、札幌芸術賞受賞。12年、ソロプチミスト日本財団社会貢献賞受賞。

最初の演奏曲目「トゥオネラの白鳥」が去る7月6日に亡くなられた竹津宣男氏(ハイメス副理事長)への追悼曲として演奏された。(*彼が6月21日に開催された札響くらぶサロンで講師を務め、交流会で親しく懇談した時の様子はブログに書いた。その僅か2週間後の急逝であり、信じられない日々が続いた。)

曲はシベリウスが途中で諦めたオペラの序曲として書かれたが、レンミンカイネン組曲の4楽章の第2楽章に使った。トゥオネラはフィンランドの「黄泉(よみ)の国」のことで、そこを流れるトゥオネラ川が現世と死者の世を隔てている。白鳥(*英文の解説ではblack swan が行き交う)の浮かぶ川の神秘的で不思議な美しい光景が描かれている。
曲を聴きながら、今は亡き竹津氏を偲び、改めて心からの冥福を祈った。

4大ヴァイオリン協奏曲は40年前からLPレコードで親しんでいたが、シベリウスのヴァイオリン協奏曲は今世紀に入ってから聴くようになった。CDも7枚はある。ジョシュア・ベルや諏訪内のCDで何十回も聴いて親しむようになった。録音が60年代がスターン、90年代がレーピン、ヴェンゲーロフなど、02年が諏訪内。コンサートでも聴く機会が多くなった曲。

シベリウス(1865-1957)の唯一のヴァイオリン協奏曲は1903年に書かれた。交響詩のように幻想的な協奏曲は比較的初期のドイツ・ロマン派音楽の影響が感じられるが、華麗な雰囲気はなく、シベリウス特有の内省的な傾向の強い、北欧的な渋い幽玄的な作品と言えよう。
第1楽章は全曲のほぼ半分を占める長大な楽章。寂寞感が漂う主題とオーケストラの力強い主題で独特で壮大な曲が展開された。第2楽章は緩徐楽章。第3楽章はティンパニと低音弦楽器の激しいリズムに乗って独奏ヴァイオリンが鮮やかに高度な技巧を発揮する。

ホールの前2列に空きがあったが、開演10分前に入場した時には、ほぼ満員状態。幸い前から6列目に席を取れた。ところが4列目の年輩のご婦人が何か開始前から明確でない独り言を発している様子。隣のご主人と思われる方が口に手をやって注意していたが一向に収まらない。何か病気を患っている感じでもあった。一曲目が終わって2列目の空席に移動する配慮はあったが、2曲目が終わるまで様子は変わらなかった。
ソリストや演奏者が気にならないかと思ったりして、曲への集中力が途切れてしまった。札響コンサートマスターの黒いドレス姿しか見ていない大平さんがソリストとして美しい銀色のドレス姿で最後までこの難曲を弾き切った。彼女の演奏にも支障があったのではと余計な雑念が頭をよぎった。彼女自身にとっても大曲で少々ミスがあって最高の出来ではないなと感じた。それでも全体的に力強い演奏ではあった。
演奏終了後、贈呈された花束を彼女はステージ上手のヴィオラ奏者の空席の椅子の足元に捧げた。(竹津さんはヴィオラ奏者として参加する予定だったのだと推測した。)このような心遣いが素晴らしい。

チャイコフスキー(1840-93)の「第4交響曲」は彼の音楽としてやや珍しい諧謔を表している曲として知られる。チャイコフスキーの6曲の交響曲は第6番「悲愴」が最も有名で、若い時はこの曲ばかり聴いていた。他の交響曲は親しく聴く機会がなかったのである。今ではCDで第1~3番を聴くこともあるが、一時期第4番、第5番がとても気に入った。第5番はコンサートで聴く機会が最近では多くなった。
今日は久しぶりで「第4番」を聴いた。1838年の作曲で、初演のモスクワの演奏会でニコライ・ルビンシテインの指揮で行われ成功を収めた。金管群によって始まる「運命の主題」はこの曲の悲劇性を強調し、情熱的な第1楽章となっている。第2楽章は悲哀にみちた旋律でメランコリックな気分と安らぎの表情が混じった感じ。このメロディは親しみがある。第3楽章で弦楽器はピッツィカート奏法での演奏のみ。(これほど徹底した演奏法だと気付いていなかった。)管楽器のみで演奏される中間部のおどけた民俗舞踊のようなパートが興味深かった。このスケルツォの楽章で明確に生き生きと諧謔性が表れている。第4楽章は憂鬱な気分を一掃する激しく勇ましい主題とロシア民謡による素朴な主題が交互に展開され、祝祭的なフィナーレへと向かう。
新田の指揮は追悼曲と協奏曲の際と違って大きな動作で伸び伸びとした指揮ぶりであった。
最初から最後まで音楽に集中できて、この曲の良さが味わえた。オーケストラの響きも充分満足のいくものであった。合同練習が充分とは言えなかったのではないかと思うが、札響メンバーや札響OBの参加も増え「ハイメスオーケストラ」のレベルが間違いなく向上している印象を受けた。最後の曲を楽しめたので、前半のもやもやしたフラストレーションが吹き飛んだ。

演奏終了後、指揮者の挨拶。09年から「オーケストラワークショップ」で竹津氏と協力して音楽活動に携わり、引き続き12年に「ハイメスオーケストラ」が発足して、今回で6回目の登場となった指揮者の想いが披露され、彼女もヴィオラ席に花を一輪手向けた。

アンコール曲に「ヨハン・シュトラウス:騎士のマーチ」。曲の後半で聴衆に手拍子を求めて客席に向かって指揮。手拍子は聴衆と共に今は天国にいる竹津さんに拍手を送って感謝の意を示しているように思えた。演奏会の最後も良い思い出に残るシーンとなった。

***前述の客の件であるが、後半の曲はオーケストラの音にかき消されて彼女の奇声に煩わされなくて済んだ。休憩時間中に座席を変えた人もいたようだが、大部分の客は寛容的な対応をしていたように見受けた。本人や家族は音楽を楽しみにして来ているのだろうから、どこまで許容されるのかは難しい問題である。余り神経質にならずに、お互いに音楽を楽しめる環境を考え直すことも必要かなと思った。



木野雅之 ヴァイオリンの魅力 Vol.5

木野雅之は日本フィルハーモニー交響楽団が札幌公演を行なっていた時にはコンサートマスターとして活躍していたと思う。日フィルは毎年9月に北海道公演を行なっていた。(残念ながら毎年恒例の北海道公演はなくなってしまった。)
木野の名を知っていたが、彼のヴァイオリン演奏を聴いたのは札幌でイヴリー・ギトリスのリサイタルの三度目の公演がKitaraで開かれた2007年であった。
Ivry Gitlisは1922年イスラエル生まれで、90歳を越えた現在でも現役最長老として活躍して日本公演を続けている。東日本大震災があった年には多くの演奏家の相次ぐキャンセルの中で公演を行い日本を音楽で勇気づけた。「パガニーニの再来」と謳われ、札幌には2003年6月に初登場。ヘンデルやブラームスのソナタの他に、「タイスの瞑想曲」、「亜麻色の髪の乙女」、「ツゴイネルワイゼン」などの名曲を弾いた。素晴らしい気迫と情熱で天使のような声をヴァイオリンで聴かせて人々の感動を呼んだ。
07年10月、ギトリスのリサイタルでは〈無伴奏のプログラム〉で体力面を考慮してか、木野雅之が共演して、プログラムの後半を彼とピアニスト岩崎淑が演奏した。

このコンサートが切っ掛けとなって、09年8月、《木野雅之ヴァイオリン・リサイタル》を聴くこととなった。「第1回 パガニーニの魅力」とサブタイトルが付いていた。オール・パガニーニ・プログラムで「24の奇想曲」などが演奏された。

前置きが長くなったが、今回は木野がKitaraで開催する5回目のリサイタルであった。

2014年8月11日(月) 7:00PM開演 札幌コンサートホール Kitara小ホール

Masayuki Kino Violin Recital

木野雅之は1963年、東京生まれ。77年の全日本学生音楽コンクール中学生の部第1位、80年の日本音楽コンクールで入賞。桐朋女子高校(男女共学)を卒業後、ロンドンのギルドホール音楽院に留学。卒業後、ミルシテイン、リッチ、ギトリスに師事。85年メニューイン国際コンクール第1位などを受賞した後、ロンドンを本拠地にして活動。
名古屋フィルのコンサートマスターを経て、93年、日本フィルのコンサートマスターに就任。02年より同フィルのソロ・コンサートマスターを務める。室内楽奏者としても国際的に活動している。ヨーロッパの色々な音楽祭に参加し、03年のフランス・カシス音楽祭ではギトリス、リッチ、アルゲリッチと共演。13年より東京音楽大学教授。
使用楽器は恩師ルッジェーロ・リッチ(1918-2012)から譲り受けた1776年製ロレンツォ・ストリオーニ。

〈曲目〉
 イザイ:悲劇的な詩
 ルター:ヴァイオリン・ソナタ ト長調
 スコット:タラハシー組曲、
 ショパン(リピンスキ編):ノクターン 第1番 変ロ短調 作品9-1
 ロッシーニ(テデスコ編):フィガロ~歌劇「セビリヤの理髪師」より
 グラッセ:波の戯れ  
 エンゲル(ジンバリスト編):海の貝殻
 サラサーテ:「ファウスト」幻想曲

珍しいプログラムを用意したということで、短い解説を入れながらの演奏。
前半の2曲はベルギーの作曲家による曲。
イザイ(1858-1931)は6曲の「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」が有名でCDも所有しているが、この曲は知らなかった。イザイはベルギーが生んだ偉大なヴァイオリニストで、現在[エリザべート王妃国際音楽コンクール」として知られる国際的なコンクールは以前は「イザイ国際コンクール」となっていた。
「悲劇的な詩」は死をテーマにした曲であるが、悲愴感ただよう旋律が奏でられるが、美しい旋律でピアノのリズムに乗ってドラマティックに演奏された。この曲はフォーレに献呈されたと言う。

ルクー(1870-94)がイザイから依頼されて完成させた曲。曲が完成した年にイザイ夫妻によって初演された。ルクーの師であったフランクのソナタと並ぶ傑作と評されているそうだが、初めて聴いた。この曲の完成後に早逝した。瑞々しい抒情、若々しい情熱とロマンティシズムが溢れた作品。フランドル地方の民謡が入っていた第2楽章が特に良かった。

ピアノの藤本史子は国立音楽大学卒業。2008年、国際ピアノ伴奏コンクール優勝、09年、日本ピアノ歌曲伴奏コンクール優勝。現在、フリーのピアニストとして活躍。国内外の著名な演奏家や声楽家と共演。木野雅之とは第1回から共演を続けている。
前半の2曲では伴奏と言うより堂々とヴァイオリンと渡り合った演奏。ピアノとヴァイオリンそれぞれの良さが色濃く出た作品として鑑賞できた。

プログラム後半はハイフェッツが好んで演奏した曲が中心であった。

スコット(1879-1970)はイギリスのピアノ奏者、作曲家。文学者、哲学者でもあったと言う。実はコンサートが始まる前からこの曲がどんな曲なのか関心を抱いていた。
“Tallahassee”は米国フロリダ州の州都で私が1966年から1年間国際ロータリー財団の大学院課程奨学金を得て留学していた場所であった。(当時の人口は5万、半分近くが大学生、現在は20万弱。地名はhaにアクセントがあって発音は片仮名表記では「タラハッスィ」に近いが、日本では“タラハッシ”と表記されることが多いようである。)
木野の解説では「フロリダ半島の市の地名」と言っていた。スコットが若い時に訪れた当時の印象を綴った組曲は〈過ぎ去りし思い出〉、〈日没後〉、〈黒人の歌と踊り〉。今から約100年前の1910年の作品で、物憂い曲想がノスタルジーを惹き起こす抒情的な作品に仕上がっていた。50年前のTallahasseeとは雰囲気は似ても似つかないが、100年前の南部アメリカにおける“良きアメリカ”の雰囲気は伝わってくる感じがした。何だかほのぼのとする心温まる作品。
ハイフェッツのCDは何枚も持っているが定番の有名な曲でなくて、隠れた曲をプログラミングした木野の選曲がこの曲以降でも紹介された。

ショパンはピアノの名曲が編曲されても、正直言って余りピンとこなかった。

ロッシーニの「フィガロ」はテデスコ(1885-1968)がハイフェッツに捧げた作品で、ハイフェッツはしばしばこの曲で演奏会を締めくくったと言われている。高度な演奏技巧が必要とされる編曲で、聴かせる曲に仕上がっている。

グラッセ(1884-1954)はアメリカのヴァイオリン奏者、作曲家で幼少時から盲目だった。彼のこの可愛い小品はハイフェッツが好んでアンコール・ピースとして取り上げたそうである。

サラサーテ(1844-1908)の「ツゴイネルワイゼン」は聴く機会が断然多いが、「ファウスト」幻想曲は初めて聴いたかもしれない。グノーの代表作「ファウスト」からアリアなどの旋律を選んでヴァイオリン曲として編曲した幻想曲。様々な名旋律と技巧に彩られた華麗な作品で、今夜のプログラムの最後を飾るにふさわしい曲。

アンコール曲は「ポンセ:エストレリータ(小さな星)」、「ハチャトリアン:剣の舞」。
「剣の舞」は超絶技巧の迫力ある演奏で聴衆をうならせた。

5割程度の客入りだったが、音楽を専門にしている人も目立ち、毎年のように聴いている人たちが多いように思えた。前半の演奏が終ると、“ヴァイオリンが今までのと違うのかな?”と印象を述べている人がいたが、多分リッチから譲り受けた楽器を使用した為かも知れないと思った。そんな違いが判る聴き方が出来たら良いのだが、、、。
最小限の適度なトークでプログラムも面白くて、来年8月にも聴いてみようと思わせるコンサートになった。



PMF2014 ピクニックコンサート 

Picnic Concert
〈レナード・バーンスタイン・メモリアル・コンサート〉

PMFピクニックコンサートには以前はよく通った。自家用車を持たない事にした5年前から地下鉄とバスで芸術の森に来るのが、天候や年齢の関係もあって少し大義になっていた。今日は3年ぶりのピクニックコンサート。好天にも恵まれて、妻と共に10時過ぎには家を出て会場に向かった。
昨年はPMFプログラムに9回参加したが、会場はすべてKitara。今年は10回のプログラムのうち、Kitaraが8回、芸術の森が2回となった。開会式&記念コンサートは椅子席を利用したが、以前から野外コンサートは芝生席で鑑賞するのが常であった。芝生に座ったり、寝転んだりして半日を過ごす醍醐味はピクニックコンサートならではの楽しみ方なのである。

2014年8月3日(日) 12:00noon-18:30p.m. 札幌芸術の森野外ステージ 
                  (レナード・バーンスタイン・メモリアル・ステージ)

PMFアカデミーのトランペット奏者によるファンファーレで開幕。

〈曲目〉
 モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲
 レズニチェク:歌劇「ドンナ・ディアナ」序曲
 ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲
〈出演〉
 尾高忠明(指揮)、 札幌交響楽団

薄緑のTシャツを着た札響メンバーが、歌劇の序曲を威勢よく演奏。レズニチェクという作曲家の名も曲も知らなかった。初めて聴く曲であったが結構面白かった。
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 ≪PMFアメリカのトークコンサート〉
〈曲目〉
 ブラームス:セレナード第2番 イ長調 作品16
 ストラヴィンスキー:プルチネルラ組曲
〈出演〉
 ダニエル・マツカワ(指揮)、 PMFアメリカ、 PMFオーケストラ・メンバー

PMFアメリカのコンサートが少なかったこともあって、1時間のプログラム。マツカワの日本語でのトークで始まった。「毎年、PMFアメリカはピクニックコンサートを楽しみにしている。世界中でつらいことがあるが、音楽が一番大切なものと思う。PMFでは世界中の音楽家が仲良くやっている。逃避しないで音楽を楽しんでください。」と話があって、曲が演奏された。

ストラヴィンスキー(1882-1971)のバレエ組曲「火の鳥」、「春の祭典」、「ペトルーシュカ」の3部作が有名。この3大バレエ音楽とは違って、バロック調の音楽作品になっているのが「プルチネルラ」。18世紀のバロック音楽に基づいていても、ストラヴィンスキーならではのオリジナリティが発揮され、変化に富んだリズミカルな曲。
この曲を聴いたアカデミー生から一人一人のPMFアメリカの教授に歓声が沸き起こっていた。
タイトルの「プルチネルラ」はナポリの4人の瓜二つの道化師。音楽は序曲と全8場から成る。数年前にこの曲を聴いてCDを買ったので覚えていた。
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〈曲目〉
 モーツァルト:ディヴェルティメント ヘ長調 K.138
 レスピーギ:リュートのための古風な舞曲とアリア 第3組曲
〈出演〉
 ダニエル・マツカワ(指揮)、 PMF弦楽アンサンブル

モーツァルトが16歳の時にザルツブルクで作った3曲のディヴェルティメントの1つ。ディヴェルティメントは普通は管楽器と弦楽器を組み合わせた編成で演奏され、多楽章構成。 3曲は3楽章構成で、楽器編成もヴァイオリン、ヴィオラとコントラバス。

レスピーギ(1879-1936)はイタリアの作曲家。彼の代表作は交響詩「ローマ三部作」で演奏される機会の多い人気曲。《リュートのための古風な舞曲とアリア》は第1組曲(1917)、第2組曲(1923)、第3組曲(1932)から成る。
第3組曲は弦楽器だけの編成。レスピーギは16世紀と17世紀の頃のリュートのための音楽を現代に復活させた。弦楽合奏の特質が生かされて、「イタリアーナ」、「シチリアーナ」のような美しい旋律が入った曲。数回、この曲をKitaraで聴いたことがある。
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14:30pm.に始まった《ラフマニノフのヴォカリーズ》以降のプログラムは前日のガラ・コンサートと全く同じプログラム。

ホールに歌声が響くのとは違って、澄み切った青空と森の中に天羽の美しい天使のような声が消えていく感じは戸外で味わえる特別なもの。

14:40pm.からのブラス・アンサンブルは弦楽器の演奏と対照的な金管楽器の演奏とあって会場の雰囲気を変えた効果があった。小中高校生には特に気分転換になったのではないか。「リトル・ロシアン・サーカス」の組曲は前日の演奏時間の半分で15分間になった。組曲の数を時間の関係で減らしたのだろう。

25分間の休憩の後、15:20分から《東儀秀樹の笙と篳篥による演奏》。オーケストラをバックに日本の古代から伝わる楽器を使用して心に響く素晴らしい演奏を展開。東儀は昨日の演奏時に次のように述べていた。「現在の地球は病んでいる。でも地球の美しさは何時か戻ってくると確信している。」 その想いを曲にしたと言う:《地球よ優しくそこに浮かんでいてくれ(Dear Earth, Floating Gently Over There)》。シルクロードの旅を思い起こさせる実に美しい調べは天にも届きそうな感じがした。札幌芸術の森に拡がる音楽は空を伝わってはるか遠くの地球の何処かに優しく響き渡るのではと空想してみた。
“誰も寝てはならぬ”はトリノ・オリンピックのフィギュア・スケートで優勝した荒川静香選手が使った曲。“ヒチリキ”という邦楽器を使ってオーケストラと共に奏でる音は一層美しくどこまでも拡がっていった。1400年前から伝わる楽器を使っての曲に聴衆は大喜び。退場の際の東儀の投げキッスに一層大歓声が沸き起こった。

15:40pm.からナカリャコフの登場に会場は湧いた。一週間で3回も彼の演奏を聴いたことになるが何か幸せな気分。《「ヴェニスの謝肉祭」の主題による変奏曲》はトランペットの名曲になっていているようだ。昨年はホルンのバボラーク、今年はトランペットのナカリャコフを充分に堪能した。

司会者は東儀とナカリャコフの二人のイケメンに接してその演奏と共に彼らの姿にウットリしている様子は昨日と同様。二人とも確かに格好の良い容姿を保っていることは確かである。

私はマツカワの精力的な指揮ぶりに驚嘆した。12時40分から連続で3つのプログラムを2時間、15時20分から2つのプログラムの指揮を30分間に亘って続けた。本番に備えての練習時間も含めると大変なエネルギーを費やしたことになる。芸術家として本望だろうが、その労に感謝したい。
「指揮者としては全ての楽器の音に気を配るが、ファゴット奏者としては自分の楽器だけに集中する。」と前日のKitaraで司会者のインタビューに答えていた。

PMF賛歌の合唱に備えて、天羽の合唱指導。指揮者の佐渡の紹介があると会場から歓迎の大拍手。
北海道大学混声合唱団と会場に集まった数千名がオーケストラを伴っての賛歌を歌い上げた。

《PMFオーケストラ演奏会(プログラムC)》 

いよいよPMF2014の最終公演が16:30pm.からスタートした。
〈曲目〉
 バーンスタイン:「キャンディ―ド」序曲
 チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲 作品33
 ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 ニ短調 作品47
〈出演〉
 佐渡裕(指揮)、セルゲイ・アントノフ(チェロ)、PMFオーケストラ

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札幌コンサートホールの座席で聴くのと、野外で芝生席から聴くのとは全く趣きが違って、極めて興味深い鑑賞の仕方を楽しんだ。昨日はRA席からステージを見下ろせて楽器編成や奏者の表情を観察しながらの鑑賞であった。今日は芝生席の真ん中の中央あたりの違った空間で、いろんな角度から鑑賞してみて、音の拡がりが感じられた。

横になったり、薄雲の陰から光り差す空を見上げながら聴いたのは何とも言えない清々しい気分であった。曲の一時的な暗さなど吹き飛んで明るく聴こえさえした。

PMFアメリカの教授陣やナカリャコフがショスタコーヴィチの曲が始まるころには芝生席に腰を下ろして鑑賞している姿も目に入った。

過去のピクニックコンサートでは終了時間が7時ぐらいで暗闇の中を家路に着いたが、今日は6時半前に終った。高齢者が増えてきて終了時間にも配慮する状況なのだろうと思った。

今年のPMFも無事終了。3週間余りの音楽祭をたっぷり楽しめて良かった。

PMF・GALAコンサート(佐渡裕指揮PMFオーケストラ) 2014

2014年8月2日 15:00開演  札幌コンサートホール Kitara 大ホール

第1部 (15:00~17:30)
 天羽明惠(司会、ソプラノ)
天羽明惠(Akie Amou)は2012年に始まったガラ・コンサートで司会を務め、明るい進行役で祝祭に相応しい楽しい雰囲気を作っている。

≪PMFブラス・アンサンブル演奏会≫
〈曲目〉
 ディロレンツォ:リトル・ロシアン・サーカス
〈出演〉デンソン・ポール・ポラード(指揮)、マーク・J.イノウエ(トランペット)、
     PMFブラス・アンサンブル

デンソン・ポール・ポラード(Denson Paul Pollard)はメトロポリタン歌劇場管のトロンボーン奏者。PMFにはアカデミー生として1995年に参加。教授としては5回目、指揮は初めて務める。イノウエはサンフランシスコ響の首席トランペット奏者。PMFには7回目の参加。
ミラノ・スカラ座ブラスクィンテッドの来日公演キャンセルのため急遽プログムが変更になった。
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〈曲目〉
 ラフマニノフ:ヴォカリーズ 作品34-14
〈出演〉
 ダニエル・マツカワ(指揮)、天羽明惠(ソプラノ)、PMF弦楽アンサンブル

ダニエル・マツカワ(Daniel Matsukawa)はフィラデルフィア管首席ファゴット奏者。PMFアカデミー生として92~94年に参加。PMF教授として01年から14回目の参加。PMFで09年に指揮者としてデビュー。アシスタント・コンダクターを務める。

天羽明惠は東京藝術大学卒業後、ヨーロッパ各地の歌劇場や音楽祭、日本の主要オーケストラと共演。08年に札響と共演してKitaraに初登場。PMFではガラ・コンサートの司会を兼ねて12、13年に続いて3回目の参加。先日のオペラ公演ではツェルビネッタ役で大活躍。

「ヴォカリーズ」は歌曲として聴くのは初めてである。母音だけによって憂いに満ちた旋律が連綿と歌われた。声楽の発声練習にも適していると思った。オーケストラ版はラフマニノフ自身が書いている。様々な楽器に編曲されていて聴く機会が多い名曲。曲のタイトルから判断すると直ぐ判るはずだが、今まで原曲が歌曲とは意識していなかった。
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〈曲目〉
 リスト:愛の夢 第3番 変イ長調 (ピアノ:小山実稚恵)

小山実稚恵(Michie Koyama)はチャイコフスキー国際とショパン国際の両方のコンクールで入賞した日本人で唯一のピアニスト。12年間・24回のリサイタルシリーズ「音の旅」(2006ー2017)の壮大なプロジェクトを全国7都市で進行中。彼女のコンサートを聴くのは25回目。PMFには昨年に続いて4回目の参加。

「愛の夢 第3番」はリスト自身が作曲した歌曲に基づいたピアノ曲。「おお、愛しうる限り愛せ」というロマンティックな内容を小山はピアノでこの上なく美しく表現した。ピアノのアンコール曲として聴くことの多い名曲。(*歌曲で聴いたのは半年ぐらい前のことであった。)
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≪宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」から 語り・チェロ・ピアノによる≫
〈曲目〉
 エルガー:愛のあいさつ 作品」12
 ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」第5楽章から
 シューマン:「子供の情景」から “トロイメライ”
 ポッパー:妖精の踊り 作品39
(出演〉名取裕子(朗読)、セルゲイ・アントノフ(チェロ)、小山実稚恵(ピアノ)

セルゲイ・アントノフ(Sergey Antonov)は1983年、モスクワ生まれ。09年、第13回チャイコフスキー国際コンクール優勝。09年に東京交響楽団、10年に新日本フィルと共演。現在はボストンを拠点としてアメリカ、ヨーロッパで活動。Kitaraに初登場。
 
宮沢賢治(Kenji Miyazawa)は詩人・童話作家。昨日の朝日新聞夕刊で読者の最も好きな詩人の作品として彼の作品「雨ニモマケズ」が上げられていた。「セロ弾きのゴーシュ」も有名な作品。現代では「チェロ」と呼ばれる楽器が以前は「セロ」とも言われた。英語での綴りは“cello”である。チェロ奏者の物語をテーマにして、ナレーター役を映画・テレビで活躍中の女優が務めた。チェリスト、ピアニストとの異色のコラボレーション。小山は昨年ヴァイオリニストのレーピンと共演、今年は注目の若手セロ弾きと共演。朗読を担当した名取裕子(Yuko Natori)はさすが経験豊富で何役もこなすナレ‐ター役。司会者のインタビューに答えて「素晴らしいセロ弾きゴーシュ(Cellist)に駄目だしをするのは心苦しかった」と言っていた。アントノフと小山の演奏が聴きごたえがあったのは言うまでもない。宮沢賢治の世界がコンサートで表現されたのは大変面白かった。

名取は物語の最後に、アントノフのアンコール曲を紹介。サン=サーンスの「白鳥」の演奏によるチェロの音色に聴衆は何度も聴き惚れることになった。
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〈曲目〉
 東儀秀樹:地球よ優しくそこに浮かんでいてくれ
 プッチーニ:歌劇「トゥ―ランドット」から “誰も寝てはならぬ”
〈出演〉
 ダニエル・マツカワ(指揮)、東儀秀樹(篳篥、笙)、PMFオーケストラ
 
東儀秀樹(Hideki Togi)は1959年、東京生まれ。東儀家は奈良時代から雅楽を世襲してきた楽家。86年から10年間、宮内庁楽部に勤務。96年、デビュー・アルバムをリリース。様々なジャンルの音楽活動を行い、ヒチリキ(hichiriki )やショウ(shou)などの1400年前から伝わる伝統の邦楽器と洋楽のコラボレーションでKitaraにも頻繁に登場。彼は音楽以外の分野でも多彩な活動を行っている。
現代のフルートやクラリネットという西洋の楽器の元祖とも言える邦楽器を誇り高く守って伝えている東儀の音楽家としての使命が伝わってきた。私自身は十年以上前から東儀のコンサートを何回か聴いていて、その特徴を知っていた。司会者の天羽は今回、この邦楽器の持つ素晴らしさと彼のイケメンぶりと演奏に凄く感激した様子であった。
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〈曲目〉
 アーバン:「ヴェニスの謝肉祭」の主題による変奏曲
 ディニク:ホラ・スタッカート
〈出演〉
 ダニエル・マツカワ(指揮)、セルゲイ・ナカリャコフ(トランペット)、PMFオーケストラ
 
セルゲイ・ナカリャコフ(Sergei Nakariakov)は7月27日の特別コンサートに出演して驚異的な超絶技巧を披露して聴衆を魅了したばかり。司会者は彼の人まねできない循環呼吸法による超絶技巧を聴衆に紹介していた。瞬きも出来ないほどの演奏に聴衆はウットリ!

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〈曲目〉
 ホルスト(田中カレン編):PMF賛歌~ジュピター
〈出演〉
 佐渡裕(指揮)、天羽明惠(ソプラノ)、PMFオーケストラ、北海道大学混声合唱団
 
佐渡裕は2013年4月、BBCフィルwith辻井伸行との共演以来のKitara登場。PMFには90年の第1回でバーンスタインのアシスタント・指揮者、92~97年レジデント・コンダクターを務め、98、99、01年は指揮者として参加。今回は13年ぶりで11回目の参加。ヨーロッパではベルリンを本拠地として活動し、11年にベルリン・フィルと初共演で注目を浴びた。2015年9月からオーストリアのトーンキュンストラー管の音楽監督に就任予定。

天羽は休憩時間にホアイエに聴衆を集めて歌唱指導。PMF賛歌(井上頌一作詞)を聴衆が起立してPMF合唱団と共にオーケストラの演奏で合唱。東儀も演奏に加わり、小山と名取も歌に加わるハプニング。これには天羽も驚いた様子。コンサートの感動が皆に伝わった姿と言えよう。
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第2部 17:00~19:00
 
《PMFオーケストラ演奏会プログラムC》

〈曲目〉
 バーンスタイン:「キャンディード」序曲
 チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲 作品33
 ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 ニ短調 作品47
〈出演〉
 佐渡裕(指揮)、セルゲイ・アントノフ(チェロ)
 PMFアメリカ、 PMFオーケストラ

バーンスタイン(1918-1990)の作品はPMFで数多く演奏されているが、この序曲はPMFオーケストラ演奏プログラムとして過去98、02、08、12年に続いて5回目となる。華やかなファンファーレとともに始まり、劇中の歌を交えて快活に展開する。200年前に出版されたヴォルテールの小説「キャンディ―ド」を現代と重ね合わせて作り上げたオペレッタ。94年のPMFで佐渡が札響を指揮して日本人だけの歌手陣による日本語上演を演奏会形式で行った。
バーンスタインは89年12月にロンドンでこの「キャンディ―ド」を再演した。佐渡はアシスタントとして演奏会と録音に立会っていた。バーンスタインはロンドンでひいた風邪がもとで体調を崩し、札幌でのPMFをはさんで、相次いで演奏会をキャンセルして、90年10月に亡くなった。ロンドンと札幌での演奏会にかける彼の情熱を感じ取っていた佐渡のこの曲に対する想いは容易に想像できる。

今日の演奏はテレビ収録されるために客席が約50席売りに出されずに最近では珍しい大々的な録音が行われた。
「キャンディ―ド」は得意の曲とあって、佐渡の躍動感あふれる指揮ぶりは面目躍如という感じだった。人気の高い指揮者に対する聴衆の反応は凄かった。

チャイコフスキー(1840-93)は有名な「ピアノ協奏曲第1番」を完成した翌年の1876年に「チェロ協奏曲」と呼べるような作品を書き上げた。オーケストラの序奏に始まり、チェロが華麗な旋律の主題を提示。続いて7つの変奏が繰り広げられる。テーマが魅力的で、とても親しみ易いメロディ。
第1部でのチェロの音色の美しさを今度は協奏曲で堪能。

ショスタコーヴィチ(1906-75)の「第5番」は彼の15曲の交響曲の中で最も有名な曲。PMFオーケストラ演奏曲として94、02、06年に続いて4回目のプログラムになる。第11番も99.、04年と2回、第10番が11年に演奏された。ショスタコーヴィチをマゼールが選曲したことに少々意外だと思っていたが、佐渡は94年のPMFオーケストラを指揮して、3年前のベルリン・フィルとの初共演でも演奏していた曲なので納得がいった。
1936年初頭の頃、ショスタコーヴィチの音楽はスターリン独裁のソ連政府から「反社会主義」の名のもとに糾弾されていた。「交響曲第5番」はこのような複雑な状況下で作曲された。翌37年にムラヴィンスキーの指揮で初演が行われて大成功を収め、ショスタコーヴィチは危機を脱した。(*73年東京文化会館でのムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルのライブ録音が手元にあり、私がショスタコーヴィチに親しむきっかけのCDとなった。)しかし、彼の信念に基づいた作曲活動ができない中での作品で、発表当時から曲に対しての様々な解釈が行われてきた。未だ不明の点は多いが、この曲は一番注目度の高い曲として定着している。
「第5番」は他のどの交響曲よりも解りやすい旋律や親しみを抱かせる響きがある。第1楽章は第2次世界大戦が始まろうとしている暗い世の中が描かれている感じ。第2楽章は諧謔性の濃いスケルツォ。第3楽章は深い悲しみに満ちた緩徐楽章。コントラバスのパート・ソロの響きに無残な死を遂げた人の姿が浮かんだ。木琴の鋭い音色も印象的。第4楽章はティンパニの連打で闘争が始まり、勝利への道が開かれる。

RA席から楽器編成と演奏者の表情を含めて興味深く鑑賞した。教授陣が演奏に加わって実質的に5管編成となった。チェロがヴァイオリンの対抗配置。ハープ2、ピアノとチェレスタは1名で担当、打楽器7を含めて130名以上の大編成のオーケストラは圧巻。コンサートマスターのDavid Chanはメトロポリタン歌劇場管のコンマスで、PMFには08年以降5回目の参加。
教授陣が加わっての演奏は一層オーケストラの輝きを増した。特にフルートを始め木管楽器奏者の教授陣の演奏が目立った。佐渡の体躯を生かしたスケールの大きい、表情豊かな指揮ぶりは印象深かった。
CDで聴いているのとは違うダイナミックな曲の展開に改めて生演奏の素晴らしさを味わった。

演奏終了時間が7時過ぎの予定が8時近くになったが、演奏が終わると拍手の嵐。佐渡は何度もステージに登場し、最後にコンマスを連れて退場。アカデミー生たちは互いにステージ上で握手を交わし、木管奏者たちは全員の記念写真に収まっていた。観ていて彼らの感激の様子が伝わってきた。今日は彼らのKitaraでの最終公演であった。
プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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