及川浩治ピアノリサイタル 2013

不滅のベートーヴェン
  5大ピアノ・ソナタ+「エリーゼのために」

及川浩治は1967年宮城県生まれ。84年ヴィオティ・ヴァルセイジア国際音楽コンクールで第1位。85年国立音楽大学入学。86年にブルガリア国立ソフィア音楽院に留学して、4年間研鑚を積む。90年、第12回ショパン国際音楽コンクールで最優秀演奏賞を受賞。91年国立音楽大学に復学し、日本でのコンサート活動を開始。95年サントリーホール・デビュー。同年、佐渡裕指揮ラムルー管弦楽団との共演でパリ・デビュー。97~99年に五嶋みどりとデュオを組み全国各地の小学校や養護学校などで演奏。99年のショパン・イヤーを記念して企画された「ショパンの旅」でブレイク。その後の目覚ましい活動は言をまたない。

私が初めて及川の演奏を聴いたのは98年のPMFのピクニックコンサート。札幌芸術の森 野外ステージでの佐渡裕指揮札幌交響楽団との共演による「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番」。この時はメイン・プログラムではなかった上に、後方の芝生席から見ていたので余り強い印象は受けていなかった。

何と言っても強く印象に残ったのが、99年の「ショパンの旅」。昨年10月のブログに書いた。01年から毎年Kitaraでリサイタルを開いているが、私にとって今回が13回目である。

プログラムはショパンとベートーヴェンが圧倒的に多い。01年に「悲愴・月光・テンペスト・熱情・エリーゼのために」、07年に「月光・ワルトシュタイン・熱情」、昨年は「熱情」。

本日のプログラム。
 「悲愴」、「月光」、「ワルトシュタイン」
 「エリーゼのために」、「テンペスト」、「熱情」
 
一晩に5大ソナタをプログラミングするとは恐るべきエネルギー。15分の休憩は取ったが、正味2時間にも亘る熱演。12年前の演奏とどの様に変化しているのかなと思いながら彼の音楽に耳を傾けた。

最初から入魂のベートーヴェンが始まった。以前、作曲家の生涯をたどりながら解説を交えて演奏に入ることもあったが、今回は、演奏に全精神を集中して鍵盤に向かっていた様子が一貫して見て取れた。
「月光」はベートーヴェンが「幻想曲風ソナタ」と呼んでいたこともあって、第1・第2楽章はゆっくりと音を紡いだが、終楽章に向かっての展開は心が揺さぶられる。前半3曲の激しい感情に満ちた曲の終わり方のメリハリのある動作はこれぞプロという舞台慣れした仕種に聴衆は惹きつけられる。

後半は誰にも耳慣れているが、リサイタルではめったに聴く機会のない曲から弾き始め、休みなしでソナタへ移動。どの曲も素晴らしかったが、何と言っても「熱情」の圧倒的な演奏が聴衆の心に感動を呼び起こした。

及川浩治は「ベートーヴェンの音楽には、たまらないロマンと美と情熱が詰まっている。」とベートーヴェンの魅力を語っている。また「過酷な人生を生き抜いた彼の音楽は、苦しい時こそ私たちを救ってくれる。こんな時代だからこそ、ベートーヴェンが必要だと思う。」とベートーヴェンを弾き続ける姿勢を述べている。

2013年のリサイタルは6月から半年間、全国スケジュールを月1・2回のペースで組んでいるようだが、体力的にも、精神的にも強靭なものがないと実施できないプログラムではないかと思った。

全曲が終って全力を使い果たして精根尽きた状態だったが、ブラボーと喝采の嵐に応えて、アンコール曲を弾く余力を残していたのにも感嘆。改めて彼の持つエネルギーには称賛するばかりであった。
アンコール曲は「ショパン:ノクターン第1番」。

今晩のコンサートの前には、ベートーヴェンの後期ソナタをプログラムに入れてほしいと思っていたが、次回以降の楽しみにしたい。彼の「オール・ラフマニノフ・プログラム」も聴いてみたい。

とにかく今晩は今迄の及川浩治のベスト・コンサートになった。彼の表情、手の動きを通して心の中まで読み取れるような聴き方で感情移入が出来た。
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パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマ―フィルハーモニー管弦楽団

〈Kitaraワールドオーケストラ&オペラシリーズ〉

「世界一のベートーヴェン」と絶賛されるP・ヤルヴィ&ドイツ・カンマ―フィルハーモニー・ブレーメンのオール・ベートーヴェン・プログラム

パーヴォ・ヤルヴィは1962年、エストニア生まれのアメリカ人。父親のネーメ・ヤルヴィは偉大な指揮者。(02年スウェーデン国立交響楽団を率いてKitaraで公演。)弟のクリスチャン・ヤルヴィも07年3月に札幌交響楽団を客演指揮。ヤルヴィ一家は80年アメリカ移住。パーヴォはジュリアード音楽院やカーティス音楽院で学ぶ。95年ロイヤル・ストックホルム・フィル、96年バーミンガム市響の首席客演指揮者に就任。

01年、シンシナチ響の音楽監督に就任して、11年に退任するまでに同楽団をアメリカ有数のオーケストラに育て上げて世界の注目を浴びた。03年11月にKitara初登場。04年からドイツ・カンマ―フィルハーモニー・ブレーメンの芸術監督。06年からフランクフルト放送響の音楽監督も務める。10年からパリ管弦楽団の音楽監督も兼務して、世界中を飛び回って活躍している。一時期は4つのオーケストラのシェフを務め八面六臂の活躍に世界が驚いた。15年から日本のNHK交響楽団の首席指揮者就任が決まっている。

今月はパリ管とドイツ・カンマ―フィルの2つの楽団を率いての日本ツアー。歴史と特徴の違う楽団を同時期に率いての異なった指揮ぶりに注目が集まる。

ドイツ・カンマ―フィルハーモニー・ブレーメン(Deutsche Kammerphilharmonie Bremen)は創設が1980年。当初の本拠地はフランクフルトであったが、92年に本拠地をブレーメンに移した。今回の来日公演では「ドイツ・カンマ―フィルハーモニー管弦楽団」とか「ドイツ室内管弦楽団」と呼ばれている。30年余りの歴史しかない新しいオーケストラであるが、現在「メジャー・オーケストラ・トップ10」に入るほどの世界で評判のオーケストラである。

95年にヘンゲルブロックを芸術監督に迎えて優れたアンサンブルを誇る音楽集団となり、99年からダニエル・ハーディングが音楽監督になって更に進化を遂げ、04年にヤルヴィが2代目の芸術監督に就任。09年ザルツブルク音楽祭でベートーヴェンの交響曲チクルスを行うほど、ベートーヴェンの交響曲全曲の演奏と録音で世界的な反響を巻き起こした。

この話題のオーケストラをこんなに早くKitaraで聴けるとは予想していなかったので喜びも一入である。

《オール・ベートーヴェン・プログラム》
 歌劇「フィデリオ」作品72より 序曲
 交響曲 第4番 変ロ長調 作品60
 交響曲 第3番 変ホ長調「英雄」作品55


歌劇「フィデリオ」はベートーヴェンの唯一のオペラであるが、このオペラのために書いた4つの序曲がある。「レオノーレ」第1番、第2番、第3番と「フィデリオ」である。歌劇の内容はレオノーレという女性が男装して、フィデリオと名を変え捕らわれの身になっている夫を救い出す話。「レオノーレ第2番」、「レオノーレ第3番」を聴く機会が多かったので、序曲だけ耳にしているとレオノーレとフィデリオの区別がつかない時期があった。「フィデリオ」序曲は比較的に短い曲で久しぶりに聴いた。

「第4番」は2管編成で、フルートが1本しか使われず、9つの交響曲で最少の編成。
偶数番号で第6番を除いて演奏される機会も少ないが、カルロス・クライバーの名盤を聴いたりしているとエネルギーに溢れた曲である。今日の生演奏でも活気に満ち溢れたメロディが展開され、生き生きとした音楽が繰り広げられた。軽快で明るい曲で、特に木管のソロが美しい旋律を奏でた。
第1バイオリンの対抗配置に第2バイオリン、コントラバスが下手、ティンパニが上手で弦楽器の後に配置。ステージの楽器配置や管楽器奏者の演奏が見易い1階後方中央の座席から鑑賞。
めったに聴く機会のない「第4番」を大いに楽しんだ。第1楽章が終って拍手をする人もいたが、指揮者がそのお客さんを見て、どんどん拍手を続けさせる仕種を見せて会場が和む場面もあった。
絃5部27名。管楽器11名。打楽器1名。39名から成る室内管弦楽団の演奏が充分に発揮された印象を受けた。

前半が終了して大拍手はあったが、ブラボーの声が上がらなかったのは最近のコンサートでは珍しい現象。
休憩時間中にホアイエでパーヴォ・ヤルヴィ関連のCDや雑誌が販売されて指揮者のサインが演奏会終了後に貰えるとあって賑わっていた。私も普通ならCDを買い求めるのだが、今回はその気分にならなかった。

実はパーヴォ・ヤルヴィがKitaraで指揮をするのは今回で3回目なのだが、彼は2003年にKitaraでシンシナチ響と公演を行なったのをすっかり忘れているらしい。Kitara Clubのインタビューに答えて、彼は「2012年5月にフランクフルト放送交響楽団との演奏会で初めて札幌を訪れた」と7月発行の情報誌で述べている。ゲルギエフやマゼールは初めてKitaraを訪れた時にホールの素晴らしさに感動して、彼らは度々Kitaraで演奏会を開いている。海外の指揮者や演奏家はKitaraを絶賛している。大ホールだけでなく、指揮者用の楽屋もステージの真ん前にあって印象に残るのが普通である。パーヴォ・ヤルヴィの父や弟もKitaraで指揮を行なっている。それだけに彼が12年に初めてKitaraを訪れたというのは信じ難いと思った。だが、出版社の話ではインタビューの録音で確かめたが、彼の発言通りに記事を載せたとのことであった。
こんなことがあって、この指揮者への憧れの気持ちが一瞬萎えてしまったのである。

後半の「第3番」の楽器編成が少し大きくなるかと思ったが、ホルンが3本になっただけで、基本的に2管編成で総勢41名。最初は何となく物足りないと感じていたが、気分も高揚してきて、ホルンの三重奏があった第3楽章スケルツォあたりから盛り上がった(これは個人的な気分の問題だったが、、、)。マエストロの動きも大きくなり、踊るような仕種を見せて第4楽章のフィナーレへ向かう盛り上げかたは流石一流のマエストロを感じさせてくれた。「英雄」でこんなリズム感を味わったのは初めてかも知れない。

プログラムの前半はオーケストラ、特に管楽器奏者に目がいっていたが、後半は指揮者に注目する場面が多かった。演奏スタイルが「英雄」では明らかに違っていた印象を受けた。大編成で圧倒的な迫力のある演奏を期待しがちだが、ベートーヴェン時代の2管編成での交響曲演奏の魅力が伝わってきた。ドイツ・カンマ―フィル・ブレーメンが世界の注目を浴びる所以が判ったような気がした。

曲が終ると聴衆の拍手の音も一段と大きくなって、ブラボーの声も上がった。オール・ベートーヴェン・プログラムは人々を魅了したようだ。自由自在にオーケストラを操る世界最高の指揮者の一人の演奏に魅せられた。

アンコール曲が2曲。
 ブラームス:ハンガリー舞曲第1番
 シベリウス:悲しきワルツ

異なった趣の曲でいやが上にも聴衆の感動の想いが深まった様子。家路につく人々がコンサートの余韻を楽しみながら公園内を歩く姿は心地よいものであった。





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札幌交響楽団第564回定期演奏会(11月)

定期演奏会は昼公演を聴いているが、今月は8日(金)夜公演に振替えた。ルイサダの出演を楽しみにしていた。

指揮/マックス・ポンマー(Max Pommer)
ピアノ/ジャン=マルク・ルイサダ(Jean-Marc Luisada)

〈演奏曲目〉
 新実徳英(Tokuhide Niimi):風水~弦楽、打楽器とチェレスタのために
 モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調K.466
 シューマン:交響曲第2番 ハ長調

マックス・ポンマーは1936年ライプツィヒ生まれのドイツの指揮者。ライプツィヒ音楽院と大学でピアノ、指揮、音楽学を学び、さらにカラヤンにも教えを受けた。78年にゲバントハウス管メンバーと共に新バッハ合奏団を設立しバロック音楽、特にバッハの声楽曲を演奏して名を広めた。ライプツイヒ放送響首席指揮者(87~91)を務め、ドイツを中心に数多くの楽団に客演。00年にオランダ・シンフォニアの初代定期客演指揮者に就任し、バッハ「マタイ受難曲」をコンセルトへボウで演奏。
現代音楽の録音活動も行い、新実作品はドイツでも紹介するほど彼のレパートリーになっている様子。今回の来日公演は札幌の他に山形交響楽団の定期演奏会が予定されている。

ルイサダは1958年チュニジア生まれのフランスのピアニスト。パリで音楽教育を受け、10代の初めにイギリスのメニューイン音楽院に学び、74年パリ国立高等音楽院に入学。ピアノ部門一等賞および室内楽部門一等賞を獲得して卒業。81年からパウル・パドゥラ=スコダに師事。85年に2度目の挑戦でショパン国際コンクール5位に入賞して一躍有名になった。(優勝はブーニン、小山実稚恵が4位)。その後の演奏や録音などでのユニークな活動で多彩な音楽性が注目され、来日公演も毎年のように行われている人気のあるピアニスト。
札響との共演は88年6月、93年11月の定期演奏会。私は89年11月、教育文化会館大ホールでピアノ特別演奏会を聴いた。当時のプログラムによるとブラームス、ショパン、シューマンなど19世紀ロマン派の作曲家の小品が演奏された。札響とは20年ぶり3回目の共演。Kitaraには初登場。

新実徳英は1947年生まれの現代日本を代表する作曲家だそうであるが、今回初めてその名を聞いた。外国の指揮者が彼の作品を演奏して紹介していて札響初演となる。自分が無知なのがおかしいのだろうが、日本の音楽界は如何なっているのかと疑問に思った。新実は東大工学部卒業後、東京芸大に学び同大学院修了。歌劇、交響曲、合唱曲など数多くの作品を作曲。
バルトークが1936年に作曲した「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」というCDを持っているので、新実の作品に親しみを覚えた。ステージ後方の多くの打楽器が見えなかったのは残念だったが、その多彩な音は弦楽器の特殊な演奏法と相まって面白かった。

1曲目が終わって打楽器の片付けとピアノの搬入など舞台つくりが始まった。いつもと違ってステージの段差を作るのに電動セリが作動。電動セリがコンサートの合間に作動する様子を初めて見た観客が多かったようだった。(私自身はボランティア活動で見たことが数回ある。)

いよいよルイサダの登場。待ち続けて20年。昔とあまり変わらぬ姿だったが、楽譜を持ってステージに出てきたのには少々ビックリ。背の高いルイサダの後から、譜めくりすと(多分、彼の娘(?))も現れた。今迄3回聴いたうちで楽譜を見ながら弾いていた記憶がなかったが、協奏曲の場合は楽譜を見ながら弾く習慣だったのかも知れない。

モーツァルトの曲の調性は大部分が長調である。ピアノ協奏曲で短調は20番と24番だけである。長調は明るい雰囲気の明快な曲が特徴である。先月の定期と名曲シリーズのエリシュカの曲目「ベートーヴェン第6番」、「ブラームス第3番」が両方ともヘ長調であることに気付いた。ヘ長調は田園的、自然的、明快な曲。普段、調性を意識することはめったに無いが今回はたまたま意識した。
モーツァルトは1785年の予約演奏会で従来の明るい耳あたりの良い音楽と違う、暗くて悲しい感情を表現する作品を演奏した。娯楽音楽的な要素の強い協奏曲に初めて短調を持ち込んだ作品。この20番以降27番までの作品が特に彼の協奏曲でも演奏される機会が断然多い。

オーケストラは協奏曲の演奏でも珍しいほどの小編成でソリストの要望かと思った。ピアノが浮き立つ効果があってルイサダの魅力が存分に発揮されていて結果的にはとても満足した。ドラマティックな第1・第3楽章の間に美しい緩徐楽章も入るが、中間部で表情が変わって深刻になる。緊張感みなぎる旋律を堂々たる演奏で余裕綽々の表情。今はピアノの巨匠と言えるルイサダの演奏を堪能した。ただ、予想外のアシスタント(ガムらしきものを噛みながらの譜めくり)の行動は少々気になった。

シューマン第2番はPMFでバーンスタインが指導した曲で、その後もPMFでは演奏されたことがあったが、札響の演奏歴は3回とは意外に少ないと思った。シューマンの交響曲はピアノ曲と比べて演奏機会が少ないかも知れない。第1・2・4楽章はハ長調で、第2楽章のスケルツォでシューマンらしい旋律も聴けたが、何と言っても第3楽章のハ短調のアダージョが注目された。美しいが憂いが漂うエレージ風の緩徐楽章。少々短調に着目して聴いたきらいがあるかもしれない。

ポンマーの指揮は派手さはないが落ち着いた丁寧な指揮ぶりであった。ルイサダは現在ではブーニンより世界では人気のピアニストだと思うが、今回の演奏会では指揮者・ソリストの名をあまり知らず、日本の現代音楽家の作品も含めて、プログラムに魅力を感じなかったせいか客席があまり埋まらなかった。やはり満席状態でないとコンサートに熱気がなく盛り上がりに欠ける気がする。私自身は、ルイサダを聴けたのに満足したが、近いうちに彼のリサイタルを是非聴いてみたい。とにかく魅力的なピアニストである。

 
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METライブビューイング2013-14 第1作《エフゲニー・オネーギン》

2013-14シーズンのメトロポリタン・オペラがニューヨークで幕を開けた。恒例のMET Live Viewingは昨シーズンは全10作のうち5作品を鑑賞した。今シーズンも半分ぐらいは鑑賞したいと思っている。

今シーズンの第1作は チャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》

歌劇「エフゲニー・オネーギン」は1996年のPMFオーケストラ演奏会(演奏会形式)で外国人歌手を招いて上演されて聴いたのだが、残念ながらオペラのストーリーを全く覚えていない。そんな訳で今回は見逃さないで観ようと思った。

アンナ・ネトレプコ主演、ワレリー・ゲルギエフ指揮とあって鑑賞意欲もいやが上にも高まった。
ネトレプコは3シーズン連続の第1作出演だそうである。昨シーズンは「愛の妙薬」でコケティシュな役を演じて、それなりに満足したが、今年はヒロイン役の歌唱・演技ともに一層の魅力を放って大満足。公爵夫人としての振る舞いは見事な演技力。さすが世界のプリマドンナ・ネトレプコは他の一流歌手と一味違うところを見せてくれた。

ロシアのプーシキンの有名な韻文小説「エフゲニー・オネーギン」をオペラ化した作品。題名がロシアのあらゆる読書階級に知れ渡っていたことと、チャイコフスキーの甘美なメロディに溢れた音楽と相まって人気の歌劇となったようである。「スペードの女王」とともにチャイコフスキーの歌劇として最も有名な作品となっている。

タチヤーナとオリガの姉妹とオネーギン、レンスキーをめぐる恋愛模様を描いた『愛のすれ違い』の悲劇。
空想的で内気な夢見るヒロインのタチヤーナの想いがほとばしる〈手紙の場〉、タチヤーナとオネーギンの美しい二重唱、ピョートル・ペチャワが演じるレンスキー役のテノールの心の底に染み入るような〈悲しみのアリア〉が特に印象に残った。冷血な教養のある厭世的遊蕩児オネーギンを演じるマリウシュ・クヴィエチェンの演技と歌唱力も堂々たるもの。二人のテノール歌手はポーランド出身のようであった。向こう見ずで明るいオリガ役のオクサナ・ヴォルコヴァも好演。公爵役のバリトンの惚れ惚れとする歌声にも感動。

ロシア語上演で時代は19世紀後半の新演出。舞台はロシアの田舎とペテルブルグ。別荘の庭園を望む部屋、冬の田園風景、ペテルブルグの豪華な宮殿(?)での舞踏会場面などの舞台転換が素晴らしかった。
それにしてもメトロポリタン歌劇場の舞台・舞台裏の広さにはいつも感嘆する。休憩時間中での舞台裏の仕事を見るのも興味深い。
ゲルギエフ指揮のメトロポリタン歌劇場管弦楽団はドラマティックな場面を含めて全体的に優美で、感傷的過ぎない音作りで美しい旋律を奏でた。舞踏会でのポロネーズ、エコセーズの曲はオーケストラの軽快な音楽で何となく気分が高揚した。

カーテンコールで最後にゲルギエフが舞台に上がる時にネトレプコが駆け寄る姿は彼女が20歳の時からゲルギエフに見い出されて育てられたことを思い起こさせた。ゲルギエフはレーピンやキーシンを始めロシアの若手ソリストを伴っての海外公演など、ロシアの優れた若い音楽家を世界に紹介してきた。彼がネトレプコを世界のソプラノ歌手に育て上げた話は特に広く知れ渡っている。

*“Evgeny Onegin” が英語名かと思っていたら、タイトルが“Eugene Onegin”となっていた。発音すると「ユージ―ン・オネーギン」になるのだろう。

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Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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