前橋汀子 アフタヌーン・コンサート 2013

昨年9月30日(日)に続いて、今年も前橋汀子のアフタヌーン・コンサートが札幌コンサートホールKitaraの大ホールで開かれた。
日曜の午後、暖かな日差しを浴びながら緑豊かな中島公園の中をKitaraに向かう人々の姿は美しく見えた。いつもよりゆっくりとした足取りで余裕を持って歩きながらも、ホールに近づくと人々のコンサートへの期待感が広がっていた。久し振りで名ヴァイオリニストを聴く人が多いような感じがした。P席と3階席は販売していなかったが、客席はかなり埋まっていた。ウィ―クディの午後なら聴きに来れない若い人の姿も見られた。1階、2階の正面の席は満席、1,200人程度の入りで、最近では大入りの方。開演前から聴衆の熱気が感じられた。

昨年と同じような企画のコンサートではあったが、今回演奏されるヴァイオリンの小品が人々の耳に馴染んだ親しみ易い曲ばかりだったので、普段クラシック音楽にそれほど興味がない人も聴きに来ていたように思われた。

前半のプログラム;
 クライスラー:美しきロスマリン
 モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第24番 ハ長調 K.296
 ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 「春」

モーツァルトやベートーヴェンの時代のヴァイオリン・ソナタはピアノとヴァイオリンが対等に演奏される。ピアノが伴奏の役割ではないということである。
ピアニストの松本和将(Kazumasa Matsumoto)は1979年岡山生まれ。全日本学生音楽コンクール中学生の部で優勝して初リサイタルを開催。98年、東京芸大1年生の時、第67回日本音楽コンクールに優勝。ホロヴィッツ国際第3位、ブゾーニ国際第4位、エリーザべト王妃国際第5位入賞など海外のコンクールでも顕著な成績を収め、国内外のオーケストラと共演。前橋汀子、趙静、漆原啓子、渡辺玲子などと共演。09年にはデビュー10周年としてオール・ショパン・プログラムで全国ツアーを行ない、10年のショパン・イヤーにはショパン・アルバムをリリースした。東京芸術大学、くらしき作陽大学で後進の指導にもあたっている。 今回は昨年に続いて前橋との共演。

モーツァルトは22歳の時、当時ピアノを教えていた少女のために3楽章から成るヴァイオリン・ソナタを作曲した。快活で明るい溌剌とした曲。

ベートーヴェンは全部で10曲のヴァイオリン・ソナタを書いているが、第5番と第9番がその中で最も広く親しまれている。前回は第9番「クロイツェル」を弾いたが、今回は「第5番」。第1番~第4番までは3楽章構成であったが、第5番で4楽章制へ拡げ、このジャンルで「スケルツォ」を初めて登場させた。ハイドンやモーツァルトの影響から脱して、ヴァイオリン・ソナタに新しい境地を開いたといえる作品。
この曲は全編にわたって明るい。当時ベートーヴェンは恋をしていて明るい気分に満ちていたからと言われている。
(第1楽章が力強く終ったところで拍手が起こったが、余り気にはならなかった。楽章間の拍手は偶にあっても、いちいち気にしないようにしている。)
前半が終わって、“Bravo”の声もあがり演奏者も満足した様子。

後半のプログラム;
 パガニーニ(クライスラー編):ラ・カンパネラ
 クライスラー:愛の喜び
 マスネ:タイスの瞑想曲
 サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ
 ドヴォルザーク(クライスラー編):ユーモレスク
 シューベルト(ヴィルへルミ編):アヴェ・マリア
 モンティ:チャールダッシュ
 ブラームス(ヨアヒム編):ハンガリ舞曲第1番、第5番

「ラ・カンパネラ」はピアノ曲で聴き慣れているためか、今日の演奏曲の中でヴァイオリンの音が今一つ心地よく響いてこなかった。金属的な高い音を出そうとする鐘の音色に感心しなかったせいかも知れない。
「タイスの瞑想曲」はオペラの間奏曲だが、単独でヴァイオリン独奏とオーケストラ、またはヴァイオリンとピアノで演奏されることが多い名曲。心休まる美しく綺麗な曲。
「序奏とロンド・カプリチオーソ」はヴァイオリンの名手サラサーテに献呈された。ヴァイオリンの華麗なテクニックとスペイン風の哀愁を帯びたメロディが魅力的な曲。後半のプログラムは各曲5分程度でアンコール・ピースであるが、この曲だけは10分近くかかるのでアンコール曲には長過ぎるようである。
「ユーモレスク」はピアノ曲集《8つのユーモレスク》の第7番。ボヘミアンの5音階が用いられているので、日本人がより親しみ易い曲なのかも知れない。
「アヴェ・マリア」は原曲は歌曲。ドイツのヴァイオリニストがヴァイオリン独奏用に編曲。
モンティの「チャールダッシュ」はハンガリー・ジプシーの民俗舞曲。フィギュア・スケートの浅田真央が使用した曲で有名になった。
「ハンガリー舞曲」は原曲はピアノ連弾用の作品。オーケストラ曲に編曲されて、オーケストラでアンコール曲として使われることが多い。全部で21曲。ハンガリー舞曲と呼ばれているが、内容的にはハンガリー・ジプシーの民俗舞曲で4分の2拍子のチャールダッシュに準拠している。ブラームスの親友で有名なヴァイオリニストのヨアヒムがヴァイオリン曲に編曲。情熱的で哀愁を帯び、静と動が織りなすジプシーの独特な旋律が特徴。

後半のプログラムはすべてポピュラーな曲で誰でもどこかで耳にしたことがあるメロディ。こんなに気持ちを楽にして聴いたのも久しぶり。勿論、そういうつもりで今日のコンサートを聴きに来たのだが、、、。

アンコールに3曲。エルガー:愛の挨拶、シャミナーデ:スペインのセレナーデ、ファリャ:スペイン舞曲。
シャミナーデは初めて聞く名前だったが、曲は魅力的であった。ステージから下がらずに続けて2曲を演奏。拍手に応えて、気持ちよく3曲目を演奏してくれた。「愛の挨拶」は別にして、あまり良く知らない曲を弾いてもらって却って新鮮な感じもした。

前半は白、後半は赤のドレスに身を包んで登場。年齢を感じさせないエネルギッシュな演奏で1年ぶりのコンサートを締めくくった。渡されたチラシによると、来年4月に「バッハ無伴奏ソナタ&パルティ―タ全曲演奏会」と銘打ってKitaraのステージに再び立つことになる。次回が今から楽しみである。



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ダネル弦楽四重奏団

Kitara弦楽四重奏シリーズ
ダネル弦楽四重奏団(QUATUOR DANEL)

ダネル弦楽四重奏団は1991年ベルギー・ブリュッセルで結成。アマデウス、ボロディン、ベートーヴェン各弦楽四重奏団などの下で学び、結成後数年で国際的に活躍の幅を広げた。93年サンクトベルクのショスタコーヴィチ国際弦楽四重奏コンクール第1位を初め、いろいろな弦楽四重奏コンクールで上位入賞してヨーロッパ各地でコンサートを行なっている。特にショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全曲演奏は注目を浴びた。

05年に札幌コンサートホールの招聘により初来日を果たし、札幌・釧路・新潟・東京で演奏。札幌では06、07、09、11年に続き今回で6回目の公演となった。
私は09年8月の小ホールで彼らの公演を初めて聴いた。
演奏曲目はハイドン:弦楽四重奏曲 第47番、モーツァルト:弦楽四重奏曲 第19番「不協和音」、シェーンベルク:弦楽四重奏曲第4番。
比較的に若いカルテットで親しみ易い印象を受けた。レパートリーがハイドンから現代作曲家まで幅広い取り組みをしている。Kitara主催のコンサートへの出演を契機に、この年は所沢と福岡でも公演を行なった。
11年10月には「カルテット傑作集」と銘打って民衆に親しまれている「ハイドン:皇帝」、「モーツァルト:不協和音」、「ドヴォルザーク:アメリカ」がプログラミングされていた。私は急に旅行の計画が入ったために、チケットをワイフに譲って代わりに楽しんでもらった。

今回は前回までのQuatuor Danelと違ってチェロが新メンバーになった。
第1ヴァイオリン:マルク・ダネル(Marc Danel)
第2ヴァイオリン:ジル・ミレ(Gilles Millet)
ヴィオラ:ヴラッド・ボグダナス(Vlad Bogdanas)
チェロ:ヨヴァン:マルコヴィッチ(Yovan Markovitch)

本日のプログラム
 ハイドン:弦楽四重奏曲 第3番 ニ長調
 ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調
 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第13番 変ロ長調(オリジナル版) 

今日に伝わっているような弦楽四重奏曲を作り上げたのがハイドン(1732~1809)と言われている。交響曲と同じような4楽章を持つ様式を作り上げた。70曲近い弦楽四重奏曲の中で「第3番」は最も初期の作品である。当時、それぞれが短い全5楽章から成るディヴェルティメントのような作品で、娯楽性に富んだ室内楽であり、貴族が宮廷で楽しむ雰囲気の曲。

ラヴェル(1875~1937)はパリ音楽院に在学中に、「グロテスクなセレナード」、「古風なメヌエット」、「亡き王女のためのパヴァ―ヌ」、「水の戯れ」などの独創的なピアノ曲を作って注目されていた。ローマ大賞を目指して作品を何度も提出していたが、審査員の教授陣に認められずに受賞できずにいた。
古典的形式に囚われない曲作りが特徴なラヴェルに「弦楽四重奏曲」の作品があるのには気付いていなかった。それ故、今日のラヴェルの弦楽四重奏曲は新鮮に感じた。ラヴェル本来の作曲技法が存分に生かされていて、特に第2楽章のピチカートによる活発なスケルツォ風と抒情的な調べの対比が印象的であった。是非、後程CDを買って聴いてみたい魅力的に思える曲であった。
この「弦楽四重奏曲」でも新進作曲家としての評判が高まっていたので、ローマ大賞の落選問題はジャーナリズムの大きな問題となり、いわゆる《ラヴェル事件》で音楽院の院長の引責辞職に繋がった。(1905年にラヴェルを陰で支援していたフォーレが院長となってこの事件は決着した。)

ベートーヴェン(1770~1827)はハイドン、モーツァルトの影響を受けながらも、独自の作品を作り上げ最終的に16曲の弦楽四重奏曲を書いた。亡くなる前の4年間で5曲の弦楽四重奏曲と大フーガを作曲した。後期の作品群は後期のピアノ・ソナタ作品とともに、深い精神性を表現した偉大な作品として知られている。
第13番は幽玄、長大で6つの楽章を持ち、第6楽章は巨大なフーガであった。初演の時にこの「大フーガ」による終楽章が長すぎて難解であるとの声が多くて、ベートーヴェンは後に10分程度の長さの楽章に差し替えた。
通常、この13番は短い楽章を加えたもので演奏され、最初に書かれたオリジナル版の「大フーガ」は独立した作品として演奏されることが多いようである。今日は16分程のオリジナル版(Op.133)で演奏された。
アダージョの序奏とアレグロ(*プログラムに抜けていた)の対立する要素が効果的に展開する第1楽章、スケルツォ風の短い舞曲の第2楽章、美しい旋律の緩徐楽章、ドイツ舞曲風の第4楽章、深い精神性を持つ意欲的な試みでベートーヴェン自身も満足したと言われる第5楽章、晩年になっても創作意欲が枯れることなく激しい表現を試みた最終楽章。演奏に約45分もかかる大曲であるが、第5楽章のあとにポーズを置いて弾いてくれたこともあって、最後まで集中力を持ち続けて聴くことができた。
リーダーのDanelの指導力が一際目立ち、見事なアンサンブルが展開された。Kitaraには馴染みのカルテットで固定ファンも増えたのか、ほぼ満席の各席から大きな歓声も起こり盛り上がったコンサートになった。

力の入った大曲演奏後にも拘らず、アンコールを2曲。
ワインベルク:ストリング・カルテット 第5番 第3楽章 スケルツォ。
ハイドン:弦楽四重奏曲 第3番 二長調 第1楽章 アダージョ。

ショスタコーヴィチの友人としても知られるワインベルクの弦楽四重奏曲の全曲録音に取り組んでいるとのことで、「スケルツォ」はアンコール曲として特に魅力的であった。今日の全演奏曲目の中でも、第1ヴァイオリンが主導するスケルツォに好印象を持った。ともすれば退屈になりやすい弦楽四重奏で、変化に富んだスケルツォは曲全体に与える影響が大きいように思う。聴き慣れない作曲家の作品の場合は特にそのように感ずる。勿論、曲全体の重みとは違うのは当然のことである。

*《ローマ大賞とラヴェル事件について》
パリ音楽院の作曲科で学ぶ生徒はローマ大賞(Grand Prix de Rome)を目指した。1803~1968年迄続いた賞でフランスの才能ある作曲家たちがこの栄誉を求めて競い合った。優勝するとフランス国家から奨学金が授与されローマに数年間留学できる制度であった。ベルリオーズ、グノー、ビゼー、マスネ、ドビュッシーなどが受賞し、落選したが大成した有名な作曲家にはラヴェルのほかにサン=サーンスがいる。ラヴェルはパリ音楽院に14歳から30歳まで在籍して、01,02,03,05年と4度落選した。05年にコンクール主催当局は30歳になった学生は応募資格が失われると称してラヴェルを予選で落とした。これが明るみに出て大問題となった。ロマン・ロランや文部大臣をも巻き込む出来事となり、審査員も面目丸つぶれでパリ音楽院長も辞任。これが《ラヴェル事件》。以後、ラヴェルは重要な作品を作曲して発表することで音楽院やアカデミーの不明を一般大衆に確認させたのである。

 

札幌交響楽団第562回定期演奏会

ブリテン生誕100年記念

ブリテン:戦争レクイエム

英国が他のヨーロッパ諸国と比べて芸術の分野で優れた作曲家があまり排出しなかったことは不思議である。ヘンリー・パーセル(1659~95)以来の偉大な英国の作曲家はエドワード・エルガー(1857~1934)とベンジャミン・ブリテン(1913~76)である。札響の尾高忠明音楽監督はエルガーとブリテンの音楽を日本に紹介している第一人者と言える。
Britten は「青少年のための管弦楽入門」の作品が最も良く知られていた。マエストロ尾高は08年9月の札響定期でオペラ「ピーター・グライムズ」を演奏会形式で上演し大成功を収め、日本の音楽界でも話題を集めた。今回はブリテン生誕百年記念年に満を持しての「戦争レクイエム」。

正直言ってブリテンの「戦争レクイエム」について知識はなかった。ブリテンは1939年に兵役を拒否してアメリカに渡った。日本政府から紀元二千六百年(西暦1940年)奉祝曲の委嘱を受けて作曲した作品が日本での初演を拒否されたことは知っていた。「シンフォニア・ダ・レクイエム」という作品が祝典の曲に相応しくないという理由だったようである。平和主義者であったブリテンの曲が当時の日本政府の意に添わなかったことが今では容易に想像できる。
小澤征爾が10年12月にニューヨークのカーネギー・ホールでサイトウ・キネン・オーケストラと収録した“War Requiem”のCDを購入して2回ほど聴いてみたが、あまり良く曲が解らなかった。レクイエムの歌詞が解らずに聴いていても、漠然とした印象しか受けなかったのである。
実際にライブで聴いて見ないとこの大曲の感動は伝わってこない。

指揮:尾高忠明
独唱:サビーナ・ツヴィラク(Sabina Cvilak)(ソプラノ)
   ティモシー・ロビンソン(Timothy Robinson)(テノール)
   シュテファン・ローゲス(Stephan Loges)(バリトン)
コンサートマスター:大平まゆみ
          伊藤亮太郎(室内オーケストラ)
合唱:札響合唱団、札幌アカデミー合唱団、札幌放送合唱団
児童合唱:HBC少年少女合唱団 

3人のソロ歌手はいずれも外国の一流歌手で、この作品の初演当時と同じく英国人テノール、ドイツ人バリトンが歌う「戦争」はブリテン作曲当時の時代背景を強く想い起こすことになった。この2人の男性歌手は10年7月に尾高忠明指揮のメルンボルン響で共演しているとのことで、気心もお互いに知れての札響共演に繋がったようである。

曲はラテン語で歌われる典礼文の部分は、大オーケストラと混声合唱、ソプラノ独唱。オルガンつき児童合唱がホールの外の廊下から天上の声のように歌われる。一方、戦争のおぞましさを歌うオーウェンの英詩部分は別の1管編成室内オーケストラと、テノール独唱、バリトン独唱が担当する。
音響的にも視覚的にもはっきりと対比されるので、ステージを観ていると理解しやすかった。

独唱者3名の重みのある説得力に満ちた歌、150名の合唱団の堂々たる歌の迫力、児童合唱団40名のジュニア部員の清らかな歌声はそれぞれ素晴らしかった。私の座席から近いところに陣取った室内オーケストラは首席奏者が中心に構成されていたが、各パートの演奏には聴き惚れてしまった。特にオーボエの金子亜未の巧みな演奏ぶりをたっぷり聴かせてもらった。歌詞の内容は別にしても、室内オーケストラと歌手の演奏場面の曲の美しさが心に響いた。

休憩なしで90分近い演奏。今演奏会が札響初演。楽団員も終了後お互いに健闘を称えあっていた。

帰りにホアイエで大学時代の恩師ご夫妻にあった。思いがけない場所で感激の再会。とはいっても、10名足らずで毎年6月にご夫妻を囲んでホテルで会合を開いていて20年以上になる。居合わせた旧友と4人で暫く語らい、91歳になる恩師の提案でコーヒーでも飲みながら歓談しようとしたがKitaraレストランもパークホテルでも喫茶室は満員。中島公園内をゆっくり歩きながら渡り鳥のカモの話題をとりあげたり、7月のキュッヒル夫妻の公園内での様子のことを話したりしてホテルのロビーの椅子に腰をおろして暫し歓談。定例の会合とは違った雰囲気に包まれてコンサート後のひと時を楽しんだ。

こんな時間や空間を持てるのもKitaraがもたらしてくれる楽しみなのだろうと改めて思った。戦争のない平和な世界は日本では当たり前になっているが、今も戦争の脅威におびえながら暮らしている人々や子どもたちがいることに想いを馳せる瞬間も必要であろう。

            



東京都交響楽団 札幌特別公演(2013)

東京都交響楽団は1961年東京都知事の発案で東京オリンピック(1964年)の記念文化事業として1965年2月に創設された。既存のオーケストラからメンバーを募らずに、若いプレイヤーをオーディションで採用して発足し、現在では日本を代表するオーケストラになっている。
Kitaraには東京都交響楽団創立40周年特別演奏会で2005年9月に初登場。金聖響指揮で「チャイコフスキー:交響曲第5番」、ブラームス「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」(矢部達哉、古川展生)、他。

その後、石原前都知事の2回目の東京オリンピック開催に向けての文化事業として日本各地やアジアでの幅広い演奏活動に繋がったものと推測している。

07年9月の札幌特別公演は小泉和裕指揮で「ベートーヴェン:交響曲第5番」、「ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(樫本大進)」、他。
09年1月の北海道公演はレオシュ・スワロフスキー指揮で「ドヴォルザーク:交響曲第9番」、「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲(ウート・ウーギ)、他。
09年9月の札幌特別公演は小泉和裕指揮で「ビゼー:アルルの女」、「ラヴェル:ボレロ」、「ブラームス:ヴァイオリン協奏曲(竹澤恭子)」、他。
11年9月の札幌特別公演はレオシュ・スワロフスキー指揮で「ブラームス:交響曲第1番」、「メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(松田理奈)」、他。

2012年のオリンピック招致は実を結ばなかったが、ついに2020年に56年ぶりの東京オリンピック開催が実現する。結果的に1年おきに札幌での公演があったことになり、東京に8つある主要プロ・オーケストラの1つが札幌で聴ける機会が増えて喜ばしいことであった。
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上記の画像は12年11月に東京を訪れた際に都庁前に掲げられていた、「2020年オリンピック立候補都市TOKYO」の旗を映したものである。 

2013年9月15日 14時開演 東京都交響楽団 札幌特別公演
指揮/小林研一郎、 ヴァイオリン/三浦文彰

小林研一郎は1940年生まれ。74年第1回ブダペスト国際指揮者コンクール優勝。78~83年東京都響正指揮者、85~90年京都市響常任指揮者、88~07年日本フィル首席指揮者・常任指揮者・音楽監督等(一時期を除く。)などを歴任(現桂冠指揮者)。海外では88~97年ハンガリー国立響(現ハンガリー・フィルの音楽総監督・常任指揮者を務め(現桂冠指揮者)、06年からオランダのアーネム・フィルの常任指揮者。02年の「プラハの春」国際音楽祭の開幕演奏会でチェコ・フィルを指揮して話題を呼んだ。
現在、読響の特別客演指揮者、九州響の首席客演指揮者、名古屋フィル桂冠指揮者。東京芸術大学・東京音楽大学・リスト音楽院名誉教授。

小林研一郎の演奏会には出かけることが多い。30年以上も前に旭川市民文化会館で聴いたのが初めてだと思う。その演奏会で来旭の折に彼の友人の依頼に応じて高校の吹奏楽部の指導に当たったエピソードを鮮明に記憶している。ここ20年では93、98、99、00、02、05、11、12年に聴いているが、日本フィルが4回、読響が2回、ハンガリー国立響、札響が各1回であった。11年はサントリーホールで日フィルの定演を聴いた。12年8月の札響夏の特別演奏会では「コバケンの2大B~べト7&ブラ1」。札響定期会員に人気の交響曲で「炎のコバケン」と呼ばれる情熱的な指揮ぶりで聴衆を魅了した。

三浦文彰は東京生まれ。ザハール・ブロン、ジャン=ジャック・カントロフらに師事。09年、ハノーファー国際コンクールにおいて史上最年少の16歳で優勝。12年、プラハ・フィルとの日本ツアー。将来が嘱望される若手ヴァイオリニストのひとり。現在、ウィーン私立音楽大学に学ぶ。12年4月のトヨタ・マスター・プレイヤーズ、ウイーンの札幌公演で「モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第2番」を弾いた。控えめな選曲かと思ったが、ヴァイオリンが美しく響く二長調の曲で、第1楽章のカデンツァで見せ場を作り、小気味よい演奏で強烈な印象を残した。13年にはシュトゥットガルト響、フィラデルフィア管と共演を果し、既に欧米の主要オーケストラとの共演も予定されている。

本日のプログラム。
 ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 二長調
 ブラームス:交響曲第4番 ホ短調

ヴァイオリン協奏曲の第1楽章はティンパニが刻む4つの音で始まるが、三浦の粋の良いカデンツァが力強いテンポで曲を引き立てる。第2楽章は安らかで美しい旋律の変奏がいくつか繰り広げられる。第3楽章は躍動感にあふれ、生き生きとした雰囲気で曲が綴られて最後を飾るに相応しい華麗なフィナーレ。三浦のヴァイオリンは粋の良さとともに艶やかさも感じさせた堂々たる演奏。曲の性格もあるが、未来の大器を思わせる若々しくて怖れを知らない新鮮な演奏が印象的であった。
聴衆の万雷の拍手とアンコールに応えて「バッハの無伴奏パルティータ第2番より サラバンド」。指揮者がステ―ジから下がらずに、オーケストラの楽団員とともに椅子を共有して聴く姿が微笑ましかった。

ブラームスは交響曲1番に10年も費やしたが、第2番・第3番はそれぞれひと夏で完成している。第4番の完成には2年を要したが、ブラームス最後の交響曲とあって、この曲には晩年の彼のロマン的古典主義を守る作曲姿勢もあって回顧的な作品で円熟味が漂っているように感じた。彼はこの交響曲完成後に亡くなるまで12年の歳月を生きているが、何となく第4番が最晩年の作品のように思ってしまう。彼の4曲の交響曲はどれも優れた作品だと思う。
マエストロ小林の指揮ぶりは常に情熱的であり、気迫に満ちている。オーケストラを鼓舞して、聴衆をも彼の音楽に引き込む魔力を持つ指揮者と言える。ステージ上での楽団員に対する礼儀正しさも際立つ、愛すべき人柄の持ち主。

アンコール曲にブラームス:ハンガリー舞曲第5番。

16日は同じプログラムで帯広公演。東京都交響楽団は音楽監督に15年4月から大野和士が就任するのは楽しみであるが、都響との実演でエリアフ・インバル指揮のマーラーの交響曲を聴く機会がなかったのが心残りである。

ジョルディ・サヴァール ヴィオラ・ダ・ガンバ リサイタル

〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉
Jordi Savall Viola da gamba Recital

日本の古楽器奏者でバロックヴァイオリンの第1人者の寺神戸亮(てらかど りょう)の名は良く知られている。2001年12月には「復元古楽器で奏でるバッハ」の演奏会を札幌ザ・ルーテルホールで聴いたことがあった。その時は「無伴奏チェロ組曲 第1番、第2番、第6番」をヴィオロンチェロ・ダ・スパッラなどの古楽器を使用して演奏した。10年以上も前のことだが、その時の様子が目に浮かんでくる。

バッハの時代にはヴィオローネ、コントラ・バス、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴィオロン・チェロ、ヴィオロンチェロ・ピッコロ、ヴィオラ・ポンポーザなどいろいろな大きさの低音弦楽器があったらしい。
チェロという楽器が生まれたのが1660年頃と言われている。ヴィオラの大きいものがヴィオローネ、ヴィオローネの小さいものがヴィオロン・チェロ(現在のチェロ)と呼ばれていた。

ヴィオローネよりも小型の低音楽器は様々な大きさがあり、構え方も違っていた。縦に構えて、膝の間に挟んだり、台の上に乗せたりして演奏するのが、ヴィオラ・ダ・ガンバ。横に構えて,紐やバンドなどを用いて肩や首から楽器をぶら下げて演奏するのはヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ
上記の説明で想像できると思うが、寺神戸亮はヴィオロンチェロ・スパッラをギターのように横に構えて弓で弾いたが、チェロよりはヴァイオリンに近いテクニック奏法だったと記憶している。

ジョルディ・サヴァールの名は耳にしたことが無かったが、各地の演奏会でもチケットが完売するほどの人気ぶり。彼は人間の声に最も近い楽器と言われているヴィオラ・ダ・ガンバの世界的名手だそうである。今晩のKitara小ホールも当日券は発売されたが、予備席が使われていたので結果的に満席のようだった。

Program 〈人間の声〉
 
前半は「祈り」、「哀惜」、「人間の声」と三つのテーマに分けて演奏。知っている作曲家名はバッハだけ。他はいずれも17~18世紀にかけての作曲家の曲。語りかけるような優雅な響きが印象的。

後半はイギリスの曲で16~17世紀に作曲された作品。独特の風貌からにじみ出る人間性と、抜群の技巧で紡がれる音の響きに終了後“Bravo”の歓声があちこちから上がった。鳴り止まぬ拍手に応えてアンコール曲も披露。サヴァ―ルはスペイン出身の演奏家であるが、最後にフラメンコのリズムがほんの少し奏でられた。

演奏中に不思議に思ったのが手の使い方。手の甲が下になって弓を弾く感じで一見不自由そうに見えたが、楽器から奏でられる音は心を揺さぶった。珍しい楽器の演奏に興味があって聴きにきたが、心から満足して満たされる高みにまでは至らなかった。



プロフィール

fsuterry

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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