PMF-GALAコンサート(指揮:準・メルクル、ヴァイオリン独奏:レーピン) 2013

PMF-GALA CONCERT
 
PMF-GALAコンサートは2012年から最終日のピクニックコンサートの前日にKitara大ホールを会場にして第Ⅰ部、第Ⅱ部に分けての開催となった。第Ⅱ部がそれまで開催されてきた「PMFオーケストラ演奏会」となる。今年は昨年と同じスタイルでの開催。

第Ⅰ部
 司会:天羽明恵(ソプラノ)
 準・メルクル(指揮)、 ワディム・レーピン(ヴァイオリン)、 小山実稚恵(ピアノ)、
 ダニエル・マツカワ(指揮)、カナディアン・ブラス、 新国立劇場オペラ研修所修了生、
 PMFオーケストラ・メンバー、 PMF-GALA合唱団

《演奏曲目》
  シャイト:音楽の諧謔 第Ⅰ部ー第21番 戦いのガイヤルド
  J.S.バッハ(ロム編):フーガ ト短調 BWV578 「小フーガ」 
  ガーシュイン(ヘンダーソン編):必ずしもそうじゃないぜ
  リムスキー=コルサコフ(ライデノー編):
   歌劇「皇帝サルタンの物語」から「くまんばちの飛行」 (演奏:カナディアン・ブラス)

  チャイコフスキー:ワルツ・スケルツォ(レーピン(vn), 小山(p))
  べりオ:「フォーク・ソングズ」から (天羽(S),マツカワ,PMFオーケストラ・メンバー)
  リスト:「巡礼の年 第2年 イタリア」から第7曲「ダンテを読んで」(小山(p))

  ヘンデル:楽劇「エジプトのジュリアス・シーザー」から クレオパトラのアリア(吉田和夏)
  モーツァルト:歌劇「魔笛」から 夜の女王のアリア(倉本絵里)
  マスネ:歌劇「エロディア―ド」から サロメのアリア(立川清子)
  プッチーニ:歌劇「つばめ」から マグダのアリア(柴田紗貴子)              
   *ソプラノ歌手4名は新国立劇場オペラ研修所の修了生、準・メルクル指揮PMFオーケストラ
  
  ホルスト(田中カレン編):PMF賛歌~ジュピター~
   準・メルクル指揮PMFオーケストラ、天羽明恵、上記4名のオペラ研修所修了生、
   PMF-GALA合唱団(北海道札幌旭丘高等学校合唱部)

ガラ・コンサートの最初のプログラムは「カナディアン・ブラス」。この金管五重奏団は40年以上にわたって世界中でファンが多いスーパー・ブラス・クインテットとして知られているらしい。25日の演奏会は特に中学生・高校生の吹奏楽部の生徒を含めたブラス・ファンで賑わったようである。ステージではスニーカーを履いて演奏。(動きながら演奏するのに靴音を立てないためとのこと)

ヴァイオリンの巨匠レーピンと日本を代表するピアニスト小山実稚恵の共演はガラ・コンサートならではの豪華なコラボレーション。小山実稚恵は99年、01年のPMFプログラムでN響との共演以来PMFには3回目の参加。Kitara小ホールで06年から12年間にわたる全24回のリサイタルシリーズを毎年2回開催している。

天羽明恵はソプラノ歌手として活躍しているが、昨年のガラ・コンサートでは司会も担当して本業の歌以外でも優れた才能を発揮した。

4人の新人オペラ歌手のプログラムもガラ・コンサートの魅力。オペラ研修所は音楽大学卒業資格が入所条件で4人とも大学院修了後に入所した。3年間の課程を今年修了して、海外でのオペラ歌手を目指していると夢に燃えていた。

PMF賛歌~ジュピター~のプログラムは昨年から始まったが、とても良い試み。音楽祭に参加した聴衆を含む全員が心を一つにして歌うのが素晴らしい企画。今年は全日本合唱コンクールで文部科学大臣賞を受賞した北海道旭丘高等学校合唱部と聴衆が共に歌うことになったのも嬉しい。《ホルスト作曲の組曲「惑星」より》の格調の高い音楽を希望と喜びを込めてみんなで一緒に歌い上げるなんて何と素晴らしいことか!(休憩時間中にホアイエに天羽明恵の指導で札幌市長を始め多くの人が集って予め練習した。)

第Ⅱ部
 PMFオーケストラ演奏会(プログラムC

 ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調(ヴァイオリン独奏:ワディム・レーピン)
 ベルリオーズ:幻想交響曲
 
ワディム・レーピン(Vadim Repin)は1971年ノヴォシビルスク生まれ。樫本大進と同じザハール・ブロン門下で兄弟のように育った世界の逸材。弟弟子のヴェンゲーロフもロシアのノヴォシビルスク(札幌の姉妹都市)出身で彼らは10代の頃からヴァイオリン界では有名な存在。レーピンは弱冠11歳でヴィエニャフスキ国際コンクール全部門で金賞。14歳で東京デビュー。17歳で、エリーザべト王妃国際コンクールに史上最年少で優勝。オイストラフの時代以来のロシアの星として世界の名門オーケストラと共演を重ねている。
レーピンは85年から度々来日公演を行っているが、Kitaraにはこれまで3回登場している。最初は99年6月、フェドセーエフ指揮チャイコフスキー・モスクワ放送交響楽団と共演。チャイコフスキーの協奏曲を弾いた。(この時の日本ツアーのソリストに小山実稚恵の名前があった。お互いに会う機会があったかも知れないと思った。)2回目の06年11月はリサイタルで、今日の午後第1部で弾いたチャイコフスキーの「ワルツ・スケルツォ」の他にブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番、ショーソンの詩曲、ワックスマンのカルメン幻想曲などを演奏した。 その折に買ったCDにサインを貰った。精悍な顔つきで頑固そうな外面とは大違いで、演奏後にサインをしてくれた時はとても優しい人だと強い印象を受けた。その時のサインが下記の画像。09年にはクラウス・ペーター・フロール指揮マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団との共演でブラームスの協奏曲を演奏した。欧米各地の著名音楽祭に招かれているが、今回のPMF初出演は喜ばしい限り。
   
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ブルッフ(1838~1920)はドイツの作曲家。彼の作品で最高傑作として頻繁に演奏される曲の1つがこの「ヴァイオリン協奏曲第1番」。1867年に完成して、当時の大ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムに献呈された。独奏ヴァイオリンがカデンツァのように甘美な旋律を奏でて始まる楽章は、切れ目なしに第2楽章に続き、美しい旋律に満ち溢れたロマンティックで瞑想的な世界が広がる。第3楽章は生き生きとして、華やかなクライマックスが繰り広げられるフィナーレ。
4大ヴァイオリン協奏曲の次に位置づけられる曲をレーピンは繊細で優美に魅力的な演奏を行なった。年齢を重ねて、気品が出てオーラを発している様子はさすがヴァイオリン界の巨匠と言えよう。

ベルリオーズ(1803~69)はフランスの作曲家で、彼の代表作が「幻想交響曲」。PMFでは08年にもファビオ・ルイジが演奏曲目に選んだ。昨年11月のゲルギエフ指揮のマリインスキー歌劇場管の演奏曲にもなってブログで書いた。最近は聴く機会が多くなって、すっかり馴染みの曲になった。
ベルリオーズが、ある女性への恋に破れてアヘンで服毒自殺を図るが死ねずに、奇妙な幻想を見るという自分自身の体験を作品にした。
第1楽章「夢・情熱」。ベルリオーズが夢の中で描いた恋人の理想像。ヴァイオリンとフルートで表される。第2楽章「舞踏会」。交響曲にワルツが使われた初めての曲、華やかな舞踏会で芸術家は恋人に出会う。第3楽章「野の風景」。田園にやってきた主人公の青年は夕暮時2人の羊飼いが笛を吹き合っているのを聞いた。イングリッシュ・ホルンとオーボエの二重唱と田園の風景が彼の心を和ませ、恋人の面影が心に浮かぶ。笛の応答が無くなると最後には孤独感に襲われる。第4楽章「断頭台への行進」。彼は夢の中で恋人を殺してしまった。そして死刑を宣告され、断頭台へと向かう。死の直前に恋人のイメージがよぎるが、行列の荒々しい気分に消されてしまう。第5楽章「悪魔の祝日の夜の夢」。彼の葬儀に集まった魔女たちの宴。恋人も現れるが、今度は醜い姿となっている。やがて、弔いの鐘が鳴り響き、魔女の踊りも狂乱化して壮絶なクライマックスとなる。

今回とても印象的だったのは、第3楽章のイングリッシュ・ホルンとオーボエの応答の演奏。片方の奏者を探してみたがステ―ジ上にいなくてなかなか見つからなかった。第3楽章のハイライトであったが、教授の信頼の厚いアカデミー生が演奏を担ったのだろう。演奏終了後、舞台に出てきて拍手喝采を浴びていたが、面白い演出であった。鐘の音も下手のドアーを開けて、舞台裏からの演奏であったが、他の演奏会でも鐘が舞台裏から鳴ることは経験していたので驚きはなかった。

今日がPMF2013のKitara公演の最終回。午後3時開演で休憩をはさんで終了が7時半。明日、芸術の森でのピクニック・コンサートで札幌ではPMF2013も幕を閉じる。私は、昨年は芸術の森のコンサートに2回足を運んだが、今年は芝生の上で楽しむ機会を持たなかった。Kitataの会場だけのコンサートで済ませたが、9回も楽しんだ。今迄のPMF鑑賞は年5回ほど、昨年が7回、今年の9回は最多だったが、来年からは減ることになるだろう。いずれにしても安い料金で多くのコンサートを楽しませてもらった。PMF2013の開催に関わった関係者に心から感謝したい。
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New Kitara ホールカルテット 7th Concert with 伊藤恵

〈Kitara弦楽四重奏シリーズ〉は年2回開催のNew Kitara ホールカルテットの公演のほかに、海外の弦楽四重奏団を招いての公演も小ホールを会場にして毎年開催されている。

《New Kitara ホールカルテット》の第7回公演となる今回はピアニストの伊藤恵を迎えて、≪ピアノ五重奏曲≫のコンサート。

[出演]  ヴァイオリン/伊藤亮太郎、大森潤子、 ヴィオラ/廣狩 亮、 チェロ/石川祐支
    ピアノ/伊藤 恵

[プログラム]  シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調
        ブラームス:ピアノ五重奏曲 ヘ短調
 
伊藤恵は1979年のエピナール国際コンクール第1位、80年のバッハ国際コンクール第2位、81年のロン=ティボー国際コンクール第3位および特別賞と活躍の後、83年のミュンヘン国際音楽コンクール第1位。第1位がめったに出なくて難関と言われるこのコンクールで日本人ピアニストとして初めての優勝。このコンクールの褒賞としてヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管との共演でミュンヘン・デビュー。84年にはN響と共演して日本デビュー。札響とは84年5月に渡辺暁雄指揮で「ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番」、85年には岩城宏之指揮で「グリーグのピアノ協奏曲」を演奏した記録が残っている。
シューマンのピアノ独奏作品全曲録音を07年に完成し、これは≪シューマニアーナ≫として知られている。彼女は幅広いレパートリーを持っているが、08年からはシューベルトを中心としたリサイタルを開いているそうである。

私が彼女の演奏を聴いたのは今迄に4回。最初は99年のKitaraレクチヤーコンサート~ショパンの音楽と生涯。黒川武のレクチャーで小ホールで入門講座のようなコンサートであった。2回目は01年9月、当時93歳の朝比奈隆指揮大阪フィルとの共演で「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番《皇帝》」を弾いた。3回目は03年11月、ジャン・フルネ指揮チェコ・フィルと「ラヴェルのピアノ協奏曲」。ジャン・フルネはソリストに伊藤恵を起用することが多かったと記憶している。4回目は08年4月の札響定期、ラドミル・エリシュカ指揮で「モーツァルトのピアノ協奏曲第24番」。

New Kitara ホールカルテット全員にとっても5年ぶりの共演で、オーケストラの時とは全く違った経験を積むことになるのではないか。聴衆としても何かワクワクするものがあって、期待大である。

シューマン(1810~56)は、40年にクララ・ヴィークとの結婚が転機となりこれまでのピアノ音楽の世界から更に広い範囲へと彼の創造力を伸ばし、「ミルテの花」などの多数の歌曲を作曲し始めた。40年はシューマンにとっての「歌曲の年」と呼ばれている。41年は更に、大規模な形式の楽曲の創作に移り「交響曲の年」、42年は「室内楽曲の年」と呼ばれるように、これまでにない分野で曲を作った。メンデルスゾーンに「3つの弦楽四重奏曲」を献呈し、「ピアノ五重奏曲」、「ピアノ四重奏曲」もこの年に作曲された。
「ピアノ五重奏曲」のCDが2枚手元にあった。そのうちの1枚がレナード・バーンスタイン(ピアノ)とジュリアード弦楽四重奏団による珍しい組み合わせ。録音が64年、LPが84年、CDが07年に制作された輸入版で、今夜のコンサート前に聴いてみる気になった。

第1楽章はピアノが奏でる美しい旋律がテーマとなって展開するのがとても印象的。第2楽章ではヴァイオリンが葬送行進曲風の旋律を提示して、何処となく悲しげな不安な表情。第3楽章はスケルツォで活発な楽章。第4楽章は第1楽章とフィナーレのメインテーマの変化が対照的に表現されて印象深い最終楽章。ピアノの華やかさがこの曲を一段と惹きたさせたと思った。クララを意識してピアノ・パートを作っており、メンデルゾーンの助言もあって初演から大好評だったと言われている。数回しか聴いていないが素晴らしい曲で、シューベルトの「ます」のほかにピアノ五重奏曲の気に入りの曲になりそう。

ブラームス(1833~97)は交響曲は少ないが、室内楽曲の数がかなり多いのを今回初めて確認することになった。モーツアルト、ベートーヴェン、シューベルトなどと比べると弦楽四重奏曲は少ないが、様々な楽器編成による多様な室内楽曲を生涯にわたって作曲したことが判った。ブラームス自身がピアノの名手だったこともあってピアノとの三重奏、四重奏、五重奏が多いのも特徴的。本日の演奏曲目のCDを所有しているのを今朝まで気付いていなかった。アンドレ・プレヴィン(ピアノ)とキュッヒル率いるウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団が1984年に録音したCDが出てきた。5年前に購入していたものだったが、久し振りに聴いてみた。何となくベートーヴェンの曲に似ている感じがした。

第1楽章は少し重々しい感じ。第2楽章では曲調が抒情的。第3楽章はスケルツォで生き生きとした楽章。第4楽章は素朴で力強い。喜びに満ちてフィナーレへと向かう。
ブラームスの室内楽曲には慣れていないので、よく解らないがハイドン的なところもあった。交響曲の時と同じように、室内楽曲を作る面でもベートーヴェンをかなり意識したのではないかと勝手に想像した。ただ、弦楽四重奏より重量感のある弦楽六重奏やピアノとの室内楽曲で彼の特徴を出そうとしたとも思われる。

弦楽四重奏曲に少し親しんだ後でピアノ四重奏曲やピアノ五重奏曲を聴くと、ピアノが目立って華やかな印象を強く受ける。今日のプログラムではシューマンの演奏が特に心に響いた。

演奏終了後、ゲストのピアニストが3日間のリハーサルと今夜のコンサートを通して札響のカルテットのメンバーの音楽への情熱に刺激を受けながら、室内楽の楽しさを味わって感動した様子を語った。伊藤恵は現在、東京藝術大学教授、桐朋学園大学特任教授として後進の指導に当たっている。日本を代表するピアニストが久しぶりの室内楽で北海道の第一線で活躍している若い演奏家との交流が持てたことは彼女にとっても素晴らしい体験になったようである。室内楽の演奏を通して音楽を一緒に作り上げた感動が最後の挨拶に良く表現されていて、彼女の気持ちが伝わってきた。

アンコール曲にショスタコーヴィチ/ピアノ五重奏曲 ト短調 作品57 から第3楽章「スケルツォ」。
5分程度の〈勢いのある〉短い楽章。ショスタコーヴィチの曲としては印象がいつもと違った明るい楽章であった。







PMFアメリカ・アンサンブル演奏会 (2013.7.22)

PMF AMERICA Ensemble Concert(アメリカ教授陣のアンサンブル演奏会)

〈出演〉PMFアメリカ(ディヴィッド・ヘイレン(vn),ダニエル・フォスター(va),マーク・コソワー(vc),ハロルド・ロビンソン(cb),マーク・スパークス(fl),ユージン・イゾトフ(ob),スコット・アンドリューズ(cl),ダニエル・マツカワ(fg),アンドリュー・べイン(hrn),マークJ・イノウエ(tp),デンソン・ポール・ポラード(tb),シンシア・イェ(perc),安楽真理子(hp)。&PMFピアニスト(南部麻里)

〈演奏曲目〉
  トゥルニエ:ハープのためのソナチネ 第1番
  ドビュッシー:フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ
  プーランク:オーボエ、ファゴットとピアノのための三重奏曲
  サミュ:マリンバ、クラリネットとコントラバスのためのザッピング・トリオ
  カステレード:コンチェルティーノ
          (トランペット、トロンボーン、ピアノ)
  ラインベルガー:九重奏曲 変ホ長調
          (ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、オーボエ、
           クラリネット、ファゴット、ホルン)

トゥルニエ(1879~1951)はフランスのハープ奏者、パリ音楽院の教授として30年以上にも亘って後進の指導を行った。ハープのための独奏曲や室内楽曲を多く作曲した。
彼の作品はハープ奏者に広く親しまれているが、この曲も華麗で優美な旋律を持つ。

ドビュッシー(1862~1918)の三つの楽器の珍しい組み合わせの曲。やはりドビュッシー独特のセンスが漂う。

プーランク(1899~1963)は管楽器のための室内楽曲を多数作曲している。この曲は20代に完成させたもので、モダンで活力に満ちている。

サミュ(1968~ )はフランス生まれで、89年にリヨン国立歌劇場管弦楽団の首席打楽器奏者に就任。マリンバ奏者として世界で活躍して、多彩な活動を行っている。日本でもファンが多いらしい。98年、パリ管弦楽団の首席奏者。
この曲は極めて特殊な楽器編成であるが、マリンバの4本スティックの扱いが巧みで見ていても楽しいリズム感のある作品。

カステレード(1926~ )はパリ生まれの作曲家、教育者。ジャズやロックなどの音楽に着想を得た作品が数多い。
この曲は1957年に書かれた「トロンボーンとピアノのためのソナチネ」に基づく2本の金管楽器とピアノのための編曲によって演奏される。

*上記3人の作曲家による演奏は、18・19世紀の伝統的なヨーロッパの音楽とは違うモダンなジャズ風のリズムや旋律でPMFアメリカの教授陣ならではの選曲の面白さが出ていたように思った。

ラインベルガー(1839~1901)はドイツの作曲家、オルガン奏者、教育者。彼の音楽は近年になって再び注目を浴びているとのことである。
この九重奏曲も40分ほどの長さの曲でかなり聴きごたえのある作品。今夜のコンサートの締めに相応しい各楽器の独奏もあり、変化のある合奏で躍動感に富む終曲であった。

10日に行われたPMFヨーロッパ・アンサンブル演奏会とは対照的なアメリカ的なプログラミングで興味深かった。教授陣の教え方もヨーロッパとアメリカでは少し違いがあると言われているが、アカデミー生もそれぞれの良さを吸収してテクニックや表現力を身に着けて行っているのだろう。

今日の演奏会では鑑賞に来たアカデミー生の教授陣の演奏に対する反応は口笛と歓声の混じった例年通りの称賛の仕方が見られた。10日のアンサンブル演奏会におけるアカデミー生の反応が例年と違っていたのが、未だ気に掛かっていたので、かえって安心した。日本人の好みの反応ではないが、アメリカ人の若者の特徴なのである。



PMFオーケストラ演奏会(指揮:準・メルクル)〈プログラムB〉(2013.7.20)

PMFオーケストラ演奏会(プログラムB)

出演: 準・メルクル(指揮)
    ダニエル・フォスター(ヴィオラ)
    PMFアメリカ、 PMFオーケストラ
演奏曲目:
    武満徹:ア・ストリング・アラウンド・オータム
        ヴィオラとオーケストラのための
        (A String Around Autumn for viola and orchestra)
    マーラー:交響曲 第5番 嬰ハ短調

PMFの後期のプログラムが昨夜の苫小牧公演から始まった。

首席指揮者に準・メルクルを迎え、14人の教授陣はアメリカの名門オーケストラ奏者たち。彼らの多くはここ数年連続して参加して指導に当たっている。PMF初参加は5人。

PMFオーケストラのメンバーは今年は108人。6割はアメリカと日本(アメリカ35%、日本25%)。毎年ほぼ10倍の競争率でアカデミー生が選ばれている。ポーランド人が毎年のように参加して過去の統計でもヨローッパ出身では意外と多い(今年は3人、昨年は4人)。韓国からは今年はわずか1人で日韓関係の悪化がこんなところにも表れているのかと危惧する状況。(一時的な状況であってほしい)。

準・メルクルはドイツ人であるが、15年ほど前からN響に客演する機会が増え、水戸室内管弦楽団とも共演を重ねていることは前回のプログにも書いた。
新情報が入ったので記しておく。3.11の東日本大震災後に彼自身は日本のために何か出来ることはないかと考え、昨年、音楽家であった亡き父親が遺したヴァイオリン4挺を水戸芸術館の財団に寄贈した。財団では茨城でヴァイオリンを学んでいる若者を対象に希望者を募った結果、4人に2年間ヴァイオリンを貸与している。今年、財団は更にヴィオラ2挺の寄贈を受けたということである。
7月6~8日、マエストロは水戸室内管第87回定演&東京公演で指揮を務め、札幌のPMFに出演する直前の14日には国立音楽大学第119回オーケストラ定期演奏会で指揮をした。宮田まゆみ(笙)や久保田巧(vn)がソリストで出演するオーケストラなのでアマチュアでもレヴェルの高いオーケストラなのだろうが、世界的な指揮者が日本の音楽家志望の学生に寄せる並々ならぬ想いを感じ取った次第である。

武満 徹(1930~96)は海外で演奏される機会の最も多い日本人作曲家。1989年11月の「パリの秋」芸術祭の委嘱作品で、今井信子のヴィオラ独奏とケント・ナガノ指揮パリ管弦楽団によって初演。
武満と親交のあった詩人大岡信による詩の一節にもとづく作品で「弦」(String)と「秋」(autumn)をキーワードにして作曲。とても透明感に溢れた曲。様々な旋律が混ざりあって静かに響き合い、美しい秋景色を織りなしていく情景を心に描けた。

ダニエル・フォスター(Daniel Foster)はワシントン・ナショナル交響楽団首席奏者。PMFには06年以降8回目の参加。ヴィオラの持つ楽器の特徴が広がりを見せていた。

マーラー(1860~1911)の「交響曲第1番」が私にとっては今迄は彼の交響曲の中で一番親しみの持てる曲であった。「第5番」は最も親しまれている作品の1つとされているが、有名な〈第4楽章のアダ―ジェット〉に焦点を合わせすぎて全体の良さが把握できていなかった。今日の午後は「マーラーの第5番」の醍醐味をたっぷり味わえた。一挙にお気に入りの曲の仲間入り。
PMFアメリカの教授陣を中心とするPMFオーケストラの迫力は圧巻であった。RA席の左側の最前列から管楽器奏者の演奏を視覚的な面からも堪能した。
楽器編成:フルート4、オーボエ3、クラリネット3、ファゴット4(コントラファゴット1)、ホルン7、トランペット5、トロンボーン4、チューバ1、ハープ2、ティンパニほか打楽器5、弦楽5部。フルートでピッコロ持ち替えや、バス・クラリネット持ち替えも、その様子をしっかり確認できた。
 
第1楽章の葬送行進曲。葬送を告げるトランペットのファンファーレが印象的。強烈な悲壮感が漂う演奏が始まる。テーマの旋律が繰り返し奏でられる。第2楽章も嵐のように激しく、力強い演奏が続く。第3楽章に入ってホルンの音が響き、木管が舞曲のような旋律を奏で、ヴァイオリンが田園風景を描く。第1・2楽章での主題の旋律も現れる。第4楽章は弦楽合奏とハープのみの演奏。映画に使われたこともあって《アダージェット》として有名になった。透明な抒情と悲しみに満ちた音楽で、しばしば単独で演奏される。第5楽章では、楽章を越えての主題の再登場と変容。〈ロンド、フィナーレ〉。ファゴット、オーボエ、ホルン、クラリネットが主題の断片を奏でる。ホルン・ソロの活躍が目立った。

全体的に木管・金管のファカルティ(=教授陣)のソロが今日の演奏レヴェルを引き上げ、素晴らしい演奏を繰り広げたと言える。マエストロ・メルクルのエネルギッシュで的確な指揮ぶりもあって極めて感動的な演奏会となった。マーラーの曲にしては大ホールの客席が9割ほども埋まったのはPMFならではの関心の高さだったのかも知れない。演奏終了後も聴衆の拍手が鳴り止まずに、マエストロは何度もステージに登場。儀礼的な拍手ではなく心からの表現と読み取れる聴衆の反応は心地良かった。会場を後にする人々の歩く姿も、土曜日の午後とあってゆったりとして満足げであった。




   

PMFホストシティ・オーケストラ札幌交響楽団演奏会(2013)

PMF札響コンサートPMF Host City Orchestra-Sapporo Symphony Orchestra Concert (July 17)

指揮:準・メルクル
管弦楽:札幌交響楽団

準・メルクル(Jun Markl)は1959年、ミュンヘン生まれ。父がドイツ人、母が日本人。93年、ウイーン国立歌劇場で「トスカ」を指揮。99年、メトロポリタン歌劇場で「イル・トロヴァトーレ」を指揮。2000年ウイーン国立歌劇場日本公演に登場。歌劇場音楽監督・芸術監督の経験を積んで、フランスのリヨン国立管弦楽団の音楽監督に就任(05~11年)。ミュンヘン・フィル、パリ管、ボストン響、シカゴ響などに客演。日本のN響とは定期公演で客演が多く、水戸室内管との共演も度々ある。13年4月、日本の国立音楽大学の教授に就任して後進音楽家の教育にも並々ならぬ関心を示す。
PMF参加は3回目。05年にはN響演奏会でベルリオーズの「幻想交響曲」を指揮、08年にはPMFオーケストラ演奏会でメシアンの「トゥランガリラ交響曲」で話題を呼んだ。

演奏曲目:
  
 ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲 第1番(チェロ:ヴィルヘルム・プレーガル)
 ブラームス:交響曲 第1番

ヴィルへルム・プレーガル(Wilhelm Pflegerl)はオーストリア出身の新星のチェリスト。04年にPMFアカデミー生として参加し、今回は教授陣としての参加。「PMFウィ―ン弦楽四重奏演奏会」などでのチェロ奏者としての活躍は見事であった。今晩はソリストとして活動。

ショスタコーヴィチ(1906~75)は2曲のチェロ協奏曲はロストロポ―ヴィチのために作曲した。第1番は1959年に作曲され、同年10月にロストロポーヴィチが初演を行なった。前衛的で斬新な感じでありながらも、全体に軽快な印象を受ける。しかしながら、彼の戦後の作品には次のような共通の特徴がある。ソ連という当時の政治体制の中で、体制を支持する姿勢を装いながら、表面的な楽しさの裏に人々の不満や苦悩をそれとなく描いている。
第1楽章の冒頭は何処となく、おどけた感じ。第2楽章は悲しげなメランコリックな表情。第3楽章は長大なカデンツァ。プレーガルの技巧が光る。第4楽章には第1楽章の第1主題が反復されて、この曲の諧謔的な印象づけが深まる。ホルンの聴かせどころが多く、ソロ・ホルンが奏でる旋律が非常に印象的であった。チェレスタがこの曲で使われるのも興味深かった。ショスタコーヴィチの曲に対する距離感がかなり縮まったような気がする。

「ブラームスの第1番」を札響は昨年《夏の特別演奏会》で小林研一郎指揮で演奏しており、12月の定期でもアレクサンダー・シェリー指揮で演奏した。指揮者の指示は違っても慣れた曲なので札響にとって得意の曲になっているかも知れない。この曲は〈ベートーヴェンの第7番〉と共に聴衆のお気に入りの交響曲のようだ。
 今日のプログラムは当初、特別首席指揮者を予定されていたイルジー・コウトが選曲したと思うが、準・メルクルは忙しいスケジュールを調整して代役をこなした。今回は指揮者の様子がよく見てとれるP席の正面から鑑賞した。メルクルは極めて丁寧で上品な指揮ぶり。

ブラームス(1833~97)が「交響曲第1番」を完成させるのに長い時間を要したことはよく知られている。1862年に第1楽章の初稿は完成していた。その後、中断して全楽章が完成したのが76年。
第1楽章はティンパニの連打を伴う印象的な序奏は「ベートーヴェンの第5番」を想起させる。ドラマティックな曲の展開で交響曲としての面白さに引き込まれる。第2楽章は緩徐楽章、第3楽章は間奏曲のような感じで、ブラームスの誠実な人間性が読み取れる気がする。それぞれ美しい旋律が魅力的であるが、いよいよ私が好きな第4楽章に入る。最終楽章では第1楽章と同じような序奏部は長大で、疑念を捨て去り希望に燃える姿が歌われる。ホルンの響きがこだまして「歓喜の音楽」が奏でられる。「ベートーヴェンの第9番」を想起した。苦悩を通してから得た歓喜の表現。第4楽章でやっと登場した金管楽器。3本のトロンボーンが輝きを添えた。
何度も聴いている曲ではあるが、このような聴き方をしたのは初めてかも知れない。金管奏者の楽譜が見える席で、最終楽章まで彼らの出番がないのに今迄気付いていなかった。そういう意味でもいろいろな座席から聴くと違った角度から曲を鑑賞できる面白さを味わった。

PMFオーケストラ演奏会《プログラムA》(2013、7、13)

PMFオーケストラ演奏会《オール・ドヴォルザーク・プログラム》

PMF2013 の特別首席指揮者として当初イルジー・コウトが予定されていたが、健康上の理由で参加できなくなった。イルジー・コウトはチェコ出身でプログラムS・プログラムAは彼が立案したと思われる。今年のPMFオーケストラ演奏会のプログラムの1つが《オール・ドヴォルザーク・プログラム》となっていた。ロシアの指揮者ヴェデルニコフが代役を引き受けてプログラムは変更せずに指揮した。

出演:アレクサンドル・ヴェデルニコフ(指揮)
   ヴェロニカ・エーベルレ(ヴァイオリン)
   PMFヨロッパ、 PMFオーケストラ

演奏曲目《オール・ドヴォルザーク・プログラム》
  ドヴォルザーク:交響詩「真昼の魔女」作品108
          ヴァイオリン協奏曲 ィ短調 作品53
          交響曲第8番 ト長調 作品88

交響詩のジャンルはリストによって確立されたと言われるが、ドヴォルザーク(1841~1904)は9曲の交響曲を書き上げた後に交響詩を作曲した。彼は1895年にアメリカから帰国したが、1896年にチェコの国民的詩人カロル・ヤロミール・エルベンの「花束」という詩集に収められたバラード4編をもとに4曲の交響詩を書いた。12年4月の札響定期(548th)で第4作「野鳩」、13年4月の札響定期(558)で第1作「水の精」をエリシュカが取り上げた。今日の「真昼の魔女」は第2作である。
「母親がむずがる子どもを叱る時に、昼間に出る魔女を呼び覚ますと脅かすと、本当に魔女が現れ、気を失った母親が抱いている子どもの命を奪ってしまう」という話。ドヴォルザークはこの話の筋を忠実にメロディ化した。(ちなみに第3曲は「金の紡ぎ車」)

ヴェロニカ・エーベルレ(Veronika Eberle)は1988年ドイツ生まれ。サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルと17歳で初共演。これまでニューヨーク・フィル、ロサンゼルス・フィル、ロイヤル・コンセルトへボウ管などと共演。08年に初来日でN響と共演。

ドヴォルザークが残した唯一のヴァイオリン協奏曲。最も有名なチェロ協奏曲と比べて日本では聴く機会が少ない。オイストラフ、ミルシテインの古い録音とイヴァン・フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管で諏訪内晶子が演奏するCDを聴くくらいで、この十年は生演奏で聴いた記憶がない。
ブラームスやメンデルスゾーンの曲に近い感じもするが、チェコ独特の民族舞踊や民謡の旋律に彩られている。ドヴォルザーク独特の美しいメロデイに溢れた曲。当時のヴァイオリンの名手、ヨーゼフ・ヨアヒムに献呈された。
エーベルレはこの曲の美しさを存分に表現。若手の俊英として爽やかな響きを届けてくれた。

PMF会期の前半は教授陣の出演の場面、特に管楽器の教授陣の出番が多い年もあるが、今年は休憩前のプログラムには教授陣は殆ど参加していなかった。つまり、アカデミー生だけでの演奏になっていた。それだけアカデミー生のレヴェルが高くなったとも言えよう。ところが実際にPMFヨーロッパ全員が揃った時の演奏とは、演奏のレヴェルがかなり違う印象。それも当然と言えよう。

今日も1時40分過ぎにKitaraのエントランス・ホールに着く頃に、前方を歩くキュッヒルさんの姿を目にした。今日は手ぶらであった。奥様とアーティスト・エントランスの方に向かって行った。その様子を見て午前中のリハーサルを終えて一端ホテルに戻り、今日の後半のプログラムにだけ出演するらしいことが推測できた。
 
第8交響曲は1889年の夏の終わりから秋の初めにかけて作曲された。その時期の自然に対する彼の愛情が最大限に表現されている。ボへミアの自然の美しさ、農民の姿、小鳥たちの様子がいろいろな楽器を通して歌われる。スラヴ民族特有の性格や色彩感が豊かに見られる。牧歌的で明るい活気に満ちた雰囲気。ドヴォルザークはまさに素晴らしいメロディ・メーカーである。美しい旋律が次から次へと生み出される。第4楽章はトランペットのファンファーレで始まり、この曲の主要主題の変奏で多種多様な面を描き、一体感を生み出している。この「第8番」は第9交響曲と共に名曲と言える。何度聴いても飽きない。
さすが、各パートを教授陣が率いるとオーケストラの安定感が断然違う。

今日で5日連続でKitaraに通ったが、こんな事は今までに無かった。何とか元気で、いつもと変わらす音楽鑑賞を楽しんだ。健康であることの幸せをかみしめた次第。長いブログが各コンサートの後に書けるか自信が無かったが何とか書き続けることができた。
「PMFウイーン弦楽四重奏演奏会」のブログだけがgoogleに載って、他のブログが見つからない。バボラークやキタエンコなどはgoo検索から見れる。http://teruoblog687.blog.fc2.com/blog-entry-115.html迄はすべて読めるが、最近のブログは直ぐ見つからないのが多い。探している方が結構いるようだが、blog-category-1.htmlから入ると、一覧があるのでアクセスしやすい。現在、125.htmlまで公開しているが、一応探すと、すべて読める。
自分自身はアクセス数にあまり関心が無いが、楽しみに読んでくれる人がいると書き甲斐があるということだけである。

*14日の芸術の森・野外ステージでのPMFオーケストラ演奏会で前期のプログラム終了になると思う。今回初参加の教授陣が多かったが、多分彼らは来年の第25回にも参加が期待される。例年にない暑さに見舞われた日々であったが、教授陣の皆様、お疲れ様でした。アカデミー生も疲れているでしょうが、直ぐ気分転換を図って、後期のプログラムに備えてくれると思います。また来週からのコンサートを楽しみにしています。 


佐藤美枝子 & 堀内康雄 Joint Recital

7月はPMFのコンサートが沢山あり、札幌コンサートホール主催のプログラムも加わって忙しいスケジュールになっている。チラシで上記のコンサート開催を知って聴き逃せないという想いが強く、キャンセルのコンサートが出たこともあって思い切ってチケットを購入した。7月は13回Kitaraに通う予定。

佐藤美枝子は1998年、第11回チャイコフスキー国際音楽コンクール声楽部門で日本人初の第1位を受賞。03年9月、Kitaraで開かれたソプラノ・リサイタルに出かけた。
丁度10年前のことで、当時のプログラムを見ると團伊玖磨、山田耕筰の日本の歌のほかに、ロッシーニ、ヴェルデイ、ドニゼッティなどの歌劇のアリアが歌われている。ヘンデルの「懐かしい木陰で」はいろんな歌手の歌で聴いたことあるので懐かしい。彼女の歌声が響いてくるほどの印象は残っていない。
日本の歌手では90年代から《佐藤しのぶ》の歌声は4・5回聴いていることもあり、その歌のイメージが湧いてくる。《中丸三千繪》も3回ほど聴いている。やはりオペラ歌手は華やかな雰囲気も求められるので、歌声と共に彼女のステージに期待したい。

堀内康雄はKitaraのステージには、イヴェントの折のソリストとして度々登場している。Kitaraがオープンした頃、北海道出身の歌手と共にバリトン歌手として客演した時の彼の歌声に惹きつけられた。その時から一度リサイタルで聴いてみたいと思っていた。慶応大学卒業後、ミラノ・ヴェルディ音楽院へ留学して音楽の道に進み、トゥ―ルーズ国際声楽コンクールほか数々の国際コンクールで優勝。海外で活躍していたが2年ほど前に武蔵野音楽大学教授に就任して日本を活動の本拠地にした。

二人ともに海外でのオペラ出演も多く、国内では藤原歌劇団団員として活躍している様子は想像できた。今回は武蔵野音楽大学同窓会道央支部主催のコンサートで幸いに彼らのリサイタルを聴くチャンスに恵まれた。堀内康雄は今年の初めモーツァルトの「皇帝ティートの慈悲」で主役をこなしたはずである。

本日のプログラム:
 
 佐藤 美枝子(ソプラノ)、 堀内 康雄(バリトン)、 三ッ石 潤司(ピアノ)

[第1部]
 平井康三郎:≪日本の笛≫より 「祭りもどり」、「親船小船」
 畑中良輔:まるめろ                      (Br)

 山田耕筰:赤とんぼ、 小林秀雄:落葉松            (S)
 グルック:ああ、私の優しい熱情が、 ヴェルディ:孤独な部屋で (Br)
  
 チェスティ:私の偶像のまわりにある人よ、  ドナウディ:ああ愛する人の (S)
 トスティ:君なんかもう                    (Br)
[第2部]
 ドニゼッティ:オペラ≪シャモニーのリンダ≫より 「おお、この魂の輝きよ」 (S)
 ドニゼッティ:オペラ≪愛の妙薬≫より 「愛らしいパリスのように」(Br)
 ベッリーニ:オペラ≪夢遊病の女≫より「ああ、信じられないわ」  (S)
 ヴェルディ:オペラ≪椿姫≫より「プロヴァンスの海と陸」     (Br)
 ヴェルディ:オペラ≪椿姫≫より「天使のように清らかな娘が」   (S, Br)

彼らは大ホールの3階まで届くほどの声量を持ち合わせている。第1部は声量は十分すぎるぐらいであったが、堀内の声に力が入り過ぎているのか、勢いのある歌詞の為か、抒情味が足りないような感じがした。日本の歌や歌曲は言葉が特に大事なので、伝え方や聴き方が難しいこともあって、いまひとつ心に響かないものがあった。

ところが第2部に入ると、オペラのアリアなので聴かせどころがたっぷりで、バリトンの歌声も声量に加えて極上のつややかさが伴って素晴らしい響き。歌うごとに乗ってきた感じ。堂々としていて貫禄充分。海外での活躍ぶりが判る歌唱力と演技力。
ソプラノは声質が何種類かに分けられるが、いくつかの歌では《佐藤しのぶ》と同じような声質を持っているように感じた。勿論、いろいろな声の出し方が出来るので、コロラトゥラとしても相当な声が出ていて、普通の人では出せない範囲まで伸びやかに声が出るのは流石であった。彼女は華やかさも持ち合わせていた。

本日の圧巻は何と言っても「椿姫」。第2幕、第5場。ここで歌われるジェルモンとヴィォレッタの二重唱はオペラ全体の中でも聴きどころでもあり、その後の展開の重要な場面。息子と別れてくれと頼むジェルモン。心からアルフレードを愛していると告げ、ヴィオレッタは拒むが最終的には受け入れる。実際のオペラの場面が17分ほど演じられたが、迫力に満ちたオペラの情景であった。

1人だけのリサイタルでは味わえない感動。日本を代表するバリトンとソプラノのジョイント・リサイタルを聴きに来た甲斐があった。実はこれと全く同じ場面が昨年のPMFのマリス・ペーターゼン(S)とロベルト・セルヴィーレ(Br)のデュオ・リサイタル(ピアノ:ファビオ・ルイジ)でも演じられて感動したのである。今日のプログラムには具体的な内容が載っていなかったので、二重唱が入るとは思っていても歌の展開が判っていなかった。それだけに予想もしない展開と海外で身に着けた彼らの熱演が聴く者の心を揺さぶった。交互に1曲ずつ歌うやり方は単調に陥りがちである。プログラム最後の演目に満員の聴衆全員が満足感を覚えたと思う。

当日券を売り出していたので、客入りは大したことがないのかと思ったら、指定席(453席)では売り出さない予備の席まで用意しなければならないほどの状態。小ホールには今迄120回は来ていると思うが、ステージ横2階の予備席が使用されたのを見たのは2回目で珍しいことである。(予備席は20席ある。)指定席で売り出す場合は多分こんな事はなく、自由席でチケットを売り出した時に予備の席を使うのかなと思った。全席完売でも、予備の席は売り出さないのを不思議に思っていたが、どうやら自由席の際に満席になった場合に予備席を使用するのかも知れない。

バボラークと木管の名手によるアンサンブルコンサート(2013.7.11)

バボラークと木管の名手によるアンサンブルコンサート
(PMF Virtuosi Ensemble - with Radek Baborak -)

出演:ラデク・バボラーク(指揮/ホルン)、
   PMFヨーロッパ木管教授陣(ワルター・アウアー(fl)、ヤナ・ブロジュコヴァ(ob)、                      ラスロ・クティ(cl)、ミヒャエル・ヴェルバ(fg))
   PMFオーケストラ・メンバー、PMFピアニスト(沢木良子)

教授陣でウィーン・フィルのミヒャエル・ヴェルバはPMFには93年以降8回目の参加。他の管楽器の教授陣はPMF初参加。

演奏曲目: 
 グノー:小交響曲(指揮:バボラーク、フルート:アウアー、オーボエ:ブロジュコヴァ―、
          クラリネット:クティ、ファゴット:ヴェルバ、
          PMFオーケストラ・メンバー)
ベートーヴェン:ピアノと木管のための五重奏曲 変ホ長調 作品16
          (ピアノ、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン)
 モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」から 序曲
 ドヴォルザーク:セレナード ニ短調 作品44 

バボラークのホルンを堪能しようと期待していた演奏会だったが、彼のホルン演奏は1曲だけであった。正直なところ少々ガッカリ。指揮をすることは判っていたが「演奏しながら、指揮もする」と思っていた。指揮に専念したのが結果的に3曲もあった。
勿論、演奏会はそれなりに満足できるものであった。バボラークの指揮ぶりも非常に丁寧で、まるで楽器を演奏している雰囲気も感じ取れた。

グノーの「小交響曲」は9人の管楽器奏者のための曲。教授陣以外のFl. Ob. Cl.の各1、Hrn2はアカデミー生。フルートの美しいソロもあり、リズミカルな管楽アンサンブルが満員の小ホールに響き渡った。

Beethoven:Quintet for Piano, Oboe, Clarinet, Bassoon and Horn in E-flat major Op.16
が英語名で、日本語訳の場合「管楽器のための、、、」か「木管のための、、、」か煩わしい。元は木管であったものが現在は金管になっている楽器があるので日本語訳は曖昧になる。
いずれにしても、本日の演奏曲でPMFピアニストとPMFヨーロッパの教授陣だけの演奏はこの曲が唯一であった。ピアノが加わると管楽器の演奏が一層華やかに輝いて、いろいろな楽器の組み合わせで作曲したベートーヴェンの偉大さを感じた。

後半は、今日のコンサートの最初の曲に予定されていたモーツアルトの「フィガロの結婚」序曲。5分程度の曲だったので、前半の最初が適当だったが事情あっての変更は止むを得ない。聴衆にとって今日の演奏曲目で唯一つの聴き慣れた曲だったのではないだろうか。私もその一人である。

最後に演奏された「セレナード」は有名な「弦楽セレナード」を「管楽セレナード」として編曲したものを演奏するのかも知れないと思っていた。プログラム・ノートを読んで勘違いに気付きました。
楽器編成は2Ob. 2Cl. 2Fg. Cfg. 3Hrn. Vc. Cbで12人。Cfg.はコントラファゴット。「弦楽セレナード」と同じようにチェコの民俗的要素が出ていて民族舞曲のメロディも多く見られ快活で魅力的な曲になっている。
管楽器だけでなく、チェロ、コントラバスの低音弦楽器も使用されているので曲が深みを増している。

最後に記しておきたいが、当日のプログラムや曲順に変更がある場合には、必ず放送をして客への周知徹底を心がけてもらいたい。
私は幸いホールに入る前に案内板に貼ってある紙を見て入場したのでプログラムの曲順の変更は承知していた。どのくらいの人がその紙を見たかは定かでないが、ごく一部の人だと想像する。私はここ数日毎日Kitaraに来ているが、同じアナウンスが繰り返し流されている。当日の客に一番必要な情報が放送を通じてなぜ知らされないのか極めて疑問に思う。
目の不自由な人への配慮はどうなっているのだろうか? 今迄にも似たような出来事が無いわけではない。
不測の事態が発生した場合に放送できちんとした指示が流されるのか不安になってしまう。
(予め録音しておいたアナウンスを決まった時間に流している感じを受けたのであるが、誤解だろうか。)











PMFヨーロッパ・アンサンブル演奏会(2013.7.10)

PMFヨーロッパ・アンサンブル演奏会

出演:PMFヨーロッパ、 PMFオーケストラ・メンバー、沢木良子(ピアノ)

演奏曲目:
 アルビノーニ:トランペット協奏曲(トランペット:タマ―シュ・ヴェレンツェイ)
                 (トロンボーン:マーク・ガール)
                 (PMFオーケストラメンバー)
 モーツァルト:フルートとオーボエのための「魔笛」から
          (フルート:ワルター・アウアー)、(オーボエ:ヤナ:ブロジュコヴァ―)
 ドゥメルスマン:「ウイリアム・テル」の主題による華麗なる二重奏曲
          (ワルター・アウアー、ヤナ・ブロジュコヴァ―、沢木良子)
 テーリヒェン:ティンパニ協奏曲(ティンパニ:アントン・ミッタ―マイヤー)
                (ピアノ:沢木良子)
 シューベルト:八重奏曲(ライナー・キュッヒル(vn)、ダニエル・フロシャウアー(vn)、
         ハンス・ペーター・オクセンホーファー(va)、ヴィルヘルム・プレーガル(vc)、
         ボルスラヴ・フルトーク(cb)、ラスロ・クティ(cl)、
         ミヒャエル・ヴェルバ(fg)、ラデク・バボラーク(hrn)。

アルビノーニはヴィヴァルディと同時代のヴェネツィァの作曲家。後期バロック音楽の優雅な響きで管楽器10本による躍動感にあふれる演奏だった。
ヴェレンツェィはPMFには6回目だが、ベルリン・フィルからは10年から連続して唯一の参加者。

有名な歌劇を題材に編曲した器楽曲。馴染みのメロディが出てくる箇所も多く、とても楽しかった。ドゥスメルマンは「フルートのサラサーテ」とも言われたヴィルトゥオーゾだったそうである。
2人ともPMF初参加。

テーリヒェンは5月の札響定期演奏会で聴いたばかりだったが、ウィーン・フィルのソロ奏者の演奏は大きな体躯を生かしての演奏はさすがであった。テーリヒェンはベルリン・フィルのソロ・ティンパニ奏者でベルリンと東京で多くの日本人奏者を育てたそうである。
ミッタ―マイヤーはPMFには2000年以降6回目の参加。

後半のプログラムは演奏時間50分を要する大曲。楽器編成が興味深い。室内楽の楽しさは演奏者側からも、いろんな組み合わせが出来てより楽しいのかも知れないと思った。長時間の演奏でも聴衆の集中力は大したもの。日本の聴衆が外国の演奏家から鑑賞態度を褒められるのを実感できた気がした。ステ―ジ全体を見ているつもりでも、つい第1ヴァイオリンとホルンの音に耳が傾いているようだった。
演奏終了後も鳴り止まぬ拍手に応えてステージに何回も登場して、最後は「サヨナラ」のポーズ。

教授陣の演奏会にはアカデミー生も夜の時間は自由らしく、毎回会場で多くの姿を見るが、今日はその数が少なかった。アメリカ人特有の歓声や口笛での称え方が今回は無かったので気付いた。多分、日本の古典芸能「バイリンガル狂言」の公演を観に行った人が多かったのではないかと思った。(昨年、この時期に教育文化会館で同じ公演があってかなり多くのアカデミー生が来ていた。)

今夜の演奏会に出かける途中、思いがけないことがあった。地下鉄の中島公園駅を出てKitaraに向かう道で、後姿がキュッヒルさんらしき人がヴァイオリンのケースを持って歩いていた。6時40分頃で、楽屋入りには遅い時間かなと一瞬思った。公園内の自然を楽しみながら、奥様と思われる方とコンサート前にリラックスしている様子がうかがえた。
プログラムを考えると弦楽器の出番は休憩後なので、むしろ早く楽屋入りしたのかとさえ思い直した。後半のプログラムの前にリハーサル室でリハーサルをしていたのではないかと想像した。アカデミー生の指導や、演奏会などのスケジュールで体力もかなりいると思った。少しでも自由な時間は心安らぐ過ごし方をしているのかなと改めて想像してみたりした。

キュッヒルさんはインタビュ―で「自分はソリストになることを考えたことも無い」と答えた記事を読んだことがあるが、室内楽やオーケストラで他の音楽家と一緒に演奏することに喜びを感じているとのことである。演奏家にもそれぞれの生き方があり、固定観念は持たない方が良いと思う。



PMFウィ―ン弦楽四重奏演奏会(2013.7.9)

PMFウィーン弦楽四重奏演奏会

PMFの創設者レナード・バーンスタインの遺志を継いで第2回のPMFからウイーン・フィルハーモニー管弦楽団首席奏者たちが教授陣に加わりPMFを支え始めた。1991年からウィ―ン・フィルのメンバーによる室内楽演奏会がスタートしたのである。

当時はオーケストラやソリストのコンサートを聴きに行っていたので、室内楽を聴くことは殆ど無かった。室内楽を初めて聴いたのが、98年の「PMFウィ―ン弦楽四重奏演奏会」だった。札幌コンサートホールKitaraが出来た翌年に大ホールで行われた。出演者は“The Vienna String Quartet ”(ウィーン弦楽四重奏団)のメンバー。ヴェルナー・ヒンク(vn)、フ―ベルト・クロイザマー(vn)、ハンス・ペーター・オクセンホーファー(va)、フリッツ・ドレシャル(vc)。彼らの室内楽は03年にも聴いた。

08年にはライナー・キュッヒル率いる“The Wiener Musikverein Quartett”(ウイーン・ムジークフェライン四重奏団)による「PMFウィーン弦楽四重奏演奏会」。このカルテットはPMFでは同じ名称になっているがウィーンでは別の団体である。メンバーはキュッヒル(vn)の他はエックハルト・ザイフェルト(vn)、ハインリッヒ・コル(va)、ゲルハルト・イーベラー(vc)。この弦楽四重奏団は“キュッヒル・カルテット”と呼ばれることもある。

PMFの室内楽では弦楽四重奏の他に、いろいろなアンサンブルの演奏会も開かれてきた。

今日のPMFヨロッパのメンバー:
 ライナー・キュッヒル(vn)、ダニエル・フロシャウアー(vn)、
 ハンス・ペーター・オクセンホーファー(va)、ヴィルヘルム・プレーガル(vc)。

キュッヒルは1950年生まれ。71年、21歳でウィ―ン国立歌劇場管弦楽団とウィ―ン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターに就任。77年、ウィ―ン楽友協会弦楽四重奏団として知られるキュッヒル・カルテットを結成。PMFには93、96、02、05、08に続いて6回目の参加である。05年にはサッシャ・ゲッツェル指揮PMFオーケストラ演奏会でソリストとして「ベート-ヴェンのヴァイオリン協奏曲」を演奏した。
オクセンホーファーはPMFには96年以降11回目の参加。彼は1948年生まれで、来年は定年を迎えるので今年が最後になるかもしれない。他の2人はPMF初参加である。

本日の演奏曲目:
 ハイドン:弦楽四重奏曲 第30番 変ホ長調 作品33-2 Hob.Ⅲー38「冗談」
 モーツァルト:弦楽四重奏曲 第21番 二長調 K.575「プロイセン王第1番」、
        ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調 K.478(ピアノ:沢木良子)
 ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第15番 変ホ短調 作品144

ハイドン、モーツァルトの時代は宮廷や貴族の屋敷で弦楽四重奏曲の演奏が行われていたと考えられる。
膨大な弦楽四重奏曲が作曲されているが、何となく明るくて澄みきった簡潔な曲が多いのが特徴のように思われる。余りに作品が多くて作品番号を入れないと区別できない程である。
キュッヒルがリードする室内楽の素晴らしさは最初から際立っていた。鳥肌が立つような演奏が始まった。今日のハイドンの第4楽章のフィナーレはユーモアがある曲調で、ジョークが感じ取れた。

モーツァルトの曲は優しい、柔らかな曲調で、第3楽章でのチェロのメロディの美しさが印象的であった。ピアノ四重奏曲は弦楽四重奏曲と雰囲気が変わって、四重奏曲の面白さを味わえた。
ピアニストの沢木良子が世界の一流奏者と渡り合える演奏は凄いと思った。(彼女は07~09の3年間PMFピアニストとして参加していたが、ソリストの伴奏者のイメージを持っていた。)

プログラム前半に3曲、休憩後にショスタコーヴィチの曲が演奏された。彼の弦楽四重奏曲は第3・8・11番の3曲が入っているCDを数回聴いていたが、現代曲でも思っていたほどの違和感はなく、今までの演奏会でも何となく聴いていた。ところが、今日の後半の曲が始まった途端に今までにない魔力に惹かれた。小ホールで聴く音の受け取り方とキュッヒルの魅力によるものなのか。不思議である。6つの楽章は、すべてアダージョで書かれ切れ間なく演奏された。第1楽章エレジー、第2楽章セレナード、第3楽章インテルメッツォ、第4楽章ノクターン、第5楽章 葬送行進曲、第6楽章エピローグ。〈ソ連の国家体制と苦闘した作曲家〉として注目して、彼の生誕100年の2006年から一時集中して聴いたことがあった。
今日の曲は各楽章に標題が書かれていることもあり、国家の個人に対する抑圧を受けながら人間性を守り抜く強さの必要性がカルテットの演奏を通して迫ってくる感じがした。前半の四重奏曲とは対照的なプログラミングに、鑑賞の切り替えが出来て深みのある演奏に感動した次第である。

アンコール曲は一転して明るい曲。
ハイドン:弦楽四重奏曲 第37番(?)ロ短調 作品33-1 Hob.Ⅲ―37 第1楽章。
(作品33の6曲は《ロシア大公に献呈》と書かれているので「ロシア四重奏曲」の名で呼ばれていると言う。今日の最初の演奏曲目が作品33-2 Hob.Ⅲー38だった。それ故、会場でボードに書かれていた「第37番」は変ではないかと思った。)

今日の演奏会はKitara小ホールが会場で午後2時から行なわれた。この種のコンサートがウィークディのアフタヌーンに開催されたのは珍しい。1階に空席が少しあったが2階席は満席状態であった。休憩時間中に男性用トイレが列を作って並ぶ状態は小ホールではあまり記憶にない。

昨年のPMF弦楽四重奏演奏会は「東京クヮルテット」の演奏会で盛り上がって忘れ難いものとなったが、今日の演奏会では≪室内楽≫の良さをじっくりと味わえてとても良かった。聴衆も心地よい気分でコンサート会場を後にしたようである。

追記:アンコールのハイドンの曲番は正しいようですね。信じられませんが、プログラムの番号の30番が間違いで「38番」が正しいように思われます。素人にとっては、どうでもよいことですが、音楽を専門にする人には正確であってほしい。(私は素人ですから、正確なところは解りませんが、、、)


 

PMFオーケストラ演奏会(プログラムS)(2013.7.7) 

PMFオーケストラ演奏会(プログラムS)
 
Pacific Music Festival 2013 SAPPORO(北海道・札幌、苫小牧、千歳、美唄、奈井江、仙台、東京など)が7月6日、札幌芸術の森・野外ステージで≪PMFオープニング・セレモニー&コンサート≫が行われて幕を開けた。24回目の国際教育音楽祭が7月31日まで開催される。

1990年の第1回からバーンスタインが創設した音楽祭を毎年楽しみにして聴いている。今年の首席指揮者は準・メルクル、客演指揮者はアレクサンドル・ヴェデルニコフで、教授陣としてウイーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターのライナー・キュッヒルをはじめウイーン・フィルのメンバー7人を含むPMFヨーロッパ(会期前半)やPMFアメリカ(会期後半)が参加する。

札幌コンサートホールKitaraでの7月7日(日)の演奏会

出演者:アレクサンドル・ヴェデルニコフ(指揮)、ラデク・バボラーク(ホルン)、
    PMFヨーロッパ、PMF祝祭合唱団、PMFオーケストラ。
[演奏曲目]
 モーツァルト:歌劇「魔笛」から 「序曲」
        ホルン協奏曲 第3番(ホルン独奏/ラデク・バボラーク)

 ワーグナー:歌劇「ローエングリン」から 「第1幕への前奏曲」、「第3幕への前奏曲」、
                     「婚礼の合唱」
       歌劇「タンホイザー」から 「序曲」、「入場行進曲」
 ヴェルディ:歌劇「アイーダ」から 「前奏曲」、「エジプトに栄光あれ」、「凱旋行進曲」

アレクサンドル・ヴェデルニコフ(Alexander Vedernikov)は、1964年モスクワ生まれ。2001年ボリショイ劇場の音楽監督に就任。03年にはロシア国立管の首席客演指揮者にも就任。09年6月、突如ボリショイ劇場の音楽監督を辞任。PMFには初めての参加。

ラデク・バボラーク(Radek Baborak)は、1976年チェコ生まれ。現在、世界最高峰のホルン奏者と称せられるほど評価の高い演奏家。94年、ミュンヘン国際音楽コンクール金管部門で優勝。弱冠16歳でチェコ・フィルのホルン首席(94~96年)、96~00年はミュンヘン・フィル、00~02年はバンベルグ響、02~11年はベルリン・フィルのホルン首席を歴任。ソロ・ホルン奏者としての活動に加えて、チェコ国内で室内楽の団体を作って室内楽の活動も行い、10年にはチェコ・シンフォニエッタを創設して指揮活動も行っている。日本の水戸室内管やサイトウ・キネン・オーケストラのメンバーとして毎年来日している。現在はフリーランス。PMFには初めての参加。

バボラークはKitaraには札響との共演のほか、昨年3月にヤクブ・フルシャ指揮のプラハ・フィルハーモニア管との共演で登場している。モーツァルトの「ホルン協奏曲第1番と第3番」を聴いて感動したことは今でも忘れられない。今回のPMFで最大の楽しみはバボラークの奏でるホルンの音色を耳にすることである。

モーツァルトのホルン協奏曲は4曲あるが、彼の生誕250年に当たる2006年に初めて聴いた以外は聴くことはめったに無い。昨年のバボラークが自由自在にその楽器から生み出す素晴らしい音色に魅せられてしまった。「ホルン協奏曲」はとても親しみのある曲になった。今日も彼の演奏に聴き惚れた。ホルンからあんな美しい音が出てくるのが信じられないくらいである。特に息継ぎも難しいカデンツァの演奏は特筆もので驚嘆するばかり。詳しくは解らないが、ベルの中に手を入れて音色を変化させるらしい。11日には、小ホールでステージの近くから鑑賞できるので楽しみである。
聴衆の割れんばかりの拍手と歓声に応えて、アンコールに「ブラドルリチェ:アルペン・ファンタジー」を演奏してくれた。作曲者名は全然知らないが、曲名からイメージ出来るようなメロディ。

次のプログラムは、2013年が記念年のワグナーとヴェルディの特集。

「ローエングリン第1幕への前奏曲」は純粋無垢な若者の物語が静かな美しい音楽で紡がれる。幻想的な雰囲気に包まれる。「第3幕への前奏曲」は、ローエングリンとエルザの結婚式の直前に演奏されるので明るく力強い音楽。「婚礼の合唱」が声高く歌われる。前奏曲は単独で演奏会でしばしば演奏されるが、合唱は久しぶりである。

≪タンホイザー≫は中学生の時から曲名だけは覚えているが、オペラは観たことが無い。CDで序曲やオペラの一部は聞いているので、合唱の伴う「入場行進曲」は耳慣れている。残念なことに映像として頭に明瞭に描けない。

プログラムの最後は≪アイーダ≫。オペラを実演で2回、映画で1回観たことがあるので、有名な「凱旋行進曲」はオペラでの場面を思い浮かべながら聴いた。P席後方からトランペット16本がホールに響き渡る様子は壮観。大合唱を伴って力強い音楽がKitara大ホールに響き渡るのを聴くと実に爽快な気分になるものである。

指揮者のヴェデルニコフはボリショイ劇場の音楽監督を10年も勤め、ミラノ・スカラ座やフェニーチェ歌劇場などヨーロッパの歌劇場への客演も多くて、オペラが得意なようでドラマティックな指揮ぶりが印象的であった。

今日は期待以上の演奏会で大いに楽しめた。例年PMFのコンサートは5・6回聴いているが、今年は過去最多の9回聴く予定である。









札響夏の特別演奏会 ザ・プリンシパルズ~札響管楽器首席奏者たち~

Sapporo Symphony Orchestra The Pricipals
 ~札幌管楽器首席奏者たちとボレロの祭典~

[指揮] 尾高忠明  [管弦楽] 札幌交響楽団
 
[独奏] 札幌交響楽団首席奏者たち
  [フルート] 高橋 聖純  [クラリネット] 三瓶 佳紀 
  [オーボエ] 金子 亜未  [トロンボーン] 山下 友輔

曲目
  尾高尚忠:フルート協奏曲
  モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K.622
  グレンダール:トロンボーン協奏曲
  モーツアルト:オーボエ協奏曲 ハ長調 K.271k
  ラヴェル:ボレロ

数年前から札響のコンサート・マスターやヴィオラ・チェロの各首席奏者たちが札響定期演奏会でソリストを務めるのが珍しくなくなっているのは、札響楽団員のレヴェルが高くなっている事を示している。
今回、札響管楽器首席奏者たちがソリストとして札響特別演奏会の舞台に登場することは極めて喜ばしい。彼らの演奏技術や音楽性が高まっている証で、お互いに切磋琢磨していく上でこの上ないプログラムである。期待して彼らの演奏会に臨んだ。
 
尾高尚忠(おたか ひさただ)は札響音楽監督の父君(1911~51)。戦前から戦後にかけての日本のオーケストラ界で指導的役割を果たした作曲家・指揮者。現在、優れた作曲活動に対して《尾高賞》が設立されている。2009年6月、Kitaraで開催された〈第10回現代日本オーケストラ名曲の夕べ〉で尾高忠明札響音楽監督指揮の下で≪尾高尚忠:交響曲第1番≫が演奏された(管弦楽:札響を中心とするオールジャパン・シンフォニーオーケストラ)。 
フルート首席奏者の高橋聖純はモーツァルトの協奏曲の方が得意であったかも知れないが、指揮者と繋がりのある協奏曲を演奏する機会を与えられたのは、技量を高く評価されてのことではないかと思った(勝手な推量ですが、、、)。
この曲は現代曲とは言っても、美しい旋律も繰り返し現れて躍動感に満ちている曲で親しみやすい。プロだから当然かもしれないが、暗譜で吹くのだから大変な練習時間を要したと思われる。高橋聖純はフルートの美しい音色を素晴らしいテクニックで響かせ、その繊細で且つ堂々たる演奏ぶりは頼もしさを漂わせた。指揮者も父親の曲の演奏に感慨深いものがあったに違いない。

モーツァルトのクラリネット協奏曲はクラリネットの傑作として親しまれている。彼の死のわずか2ヶ月前に作曲された。クラリネットの持つ陰影に富んだ音色が限りなく美しい広がりのあるメロディを作り上げている。澄みきった天空に安らぎが広がっていくさまが感じ取れる。簡潔であるが明るく天国的な気分に満たされる。聴いていて気持ちが晴れやかになる曲。
三瓶佳紀はこの曲の演奏経験も豊富な様子で、曲の持つ良さが充分に伝わってきた。Kitara大ホールでソリストとして演奏する気分は最高だろうと思った。

トロンボーン曲のCDは1枚も持っていなくて、グレンダールの名も初めて聴く名前である。吹奏楽でトロンボーンの演奏を聴いたことがあっても、クラシック音楽のコンサートでトロンボーン協奏曲を聴いたのは初めて。力強いリズムだけでなく抒情性もあるメロディもあって面白い曲だった。
山下友輔はこの楽器の持つ楽しさを身体から発散させる魅力を持ち合わせている音楽家。

「オーボエ協奏曲 ハ長調」は《フルート協奏曲 第2番 ニ長調》に書き換えられ、フルート曲として演奏されることが多い。そのためにメロディはクラシック・ファンには親しまれている名曲である。原曲はオーボエ曲であるが調性が違うので、別な曲と勘違いされやすい。ケッヒエルの番号も違うので、一見すると間違えやすいが曲を聴くと直ぐ同じメロディと判る。
金子亜未は2012年の第10回国際オーボエ・コンクール・軽井沢で日本人最高位の第2位となり、一躍脚光を浴びた注目の若手オーボエ奏者(90年生まれ)。落ち着いた演奏で高音木管楽器から生み出される美しい音色を駆使して幅のある音色をホールに響かせた。第1楽章からかなり長いカデンッァを見事に披露した。独奏ソロの見せ所は今後は経験と共に尚一層聴く者の心奥深くに響かせることになるだろう。とにかく将来の逸材であることを聴衆に知らしめる演奏であった。聴衆の心を揺り動かす演奏に一段と拍手も長く続いた。

協奏曲集の最後は、管楽器奏者たちのソロが次々にリレーされて、複数楽器の組み合わせの演奏もあってクライマックスへ向かう様々な楽器の大合奏。弦楽器は控えめに、管楽器に主に焦点を合わせた演奏で少し趣の変わった「ボレロ」。フィナーレでは打楽器、弦楽器、管楽器がフルに活躍する大団円。≪ボレロの祭典≫の名がピッタリの終曲。

尾高音楽監督がソリスト4人をひとりずつステージに呼んでのインタビュー。マエストロの人柄がにじみ出るソリストたちとりとのやり取り。札響を市民に親しんでもらう気持ちも良く表された微笑ましい場面であった。
今日のコンサートを通して、大平コンサート・マスターを初め札響の全楽団員がソリストたちを心から支える演奏とその応援ぶりに心も和むのを覚えた。

今回のような演奏会の試みや様々な活動を通して、若い世代の人々が札響のコンサートにもっと足を運び、札響定期会員が増えることを長い目で見守りたいと思う。



バーゼル歌劇場がおくる モーツァルト5大オペラ 夢のガラ・コンサート

〈Kitaraワールドオーケストラ&オペラシリーズ〉

当初、≪スイス・バーゼル歌劇場 初来日記念ガラ・コンサート~カルメラ・レミージョのモーツァルト~≫が予定されていたが、レミージョが出演できなくなったためにプログラムが変更を余儀なくされた。彼女は2001年5月のチョン・ミョンフン指揮ローマ・サンタチェチ―リア国立アカデミー管弦楽団との共演でKitara初登場の予定になっていたが、その時に次いで2度目のキャンセルで残念である。レミージョを目当てにチケットを購入したので、キャンセルしようかと思ったが気持ちを入れ替えて聴くことにした。

スイス・バーゼル歌劇場はモーツァルトの「フィガロの結婚」の日本上演で初来日であったらしい。先月末に愛知、富山、東京、滋賀で4公演を終えた後、札幌でのガラ・コンサート。

≪モーツァルト 5大オペラ 夢のガラ・コンサート≫と題した新しいプログラムもそれなりの魅力がある。

出演:ソプラノ/ジャクリーン・ワグナー、マヤ・ボーグ、ローレンス・ギロ
   メゾ・ソプラノ/フランツィスカ・ゴットヴァルト
   バリトン/エフゲニー・アレクシエフ、 クリストファー・ボルダック
   指揮/ジュリア―ノ・ベッタ  管弦楽/バーゼル・シンフォニエッタ

曲目:歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」より 序曲
                     ご婦人方はよく浮気をする;
                     風よ、穏やかであれ; 他2曲。
   歌劇「魔笛」より    愛の喜びは霧と消え; 
                 パパゲーナ!~パ、パ、パ; 他1曲。
   歌劇「ドン・ジョバンニ」より 序曲
                  恋人よ私を不親切な女と思わないで;
                  酒でみんなが酔いつぶれるまで「シャンパンの歌」;他3曲。
   歌劇「皇帝ティートの慈悲」より 序曲
                  私は行く、だが愛しい人よ; 他2曲。
   歌劇「フィガロの結婚」より 序曲
                  愛の神よ、安らぎを与えたまえ;
                  恋とはどんなものかしら; スザンナ、出てきなさい;
                  早くおいで、恋人よ;
                  そよ風に寄せて「手紙のニ重唱」; 
                  もう飛ぶまいぞ、この蝶々; 他3曲。

オペラは1600年頃にイタリアのフィレンツェで生まれた。モーツァルト(1756~1791)は、11歳で劇音楽を作り始めたが、オペラ作曲の技は3度のイタリア旅行(1769、70、71年)によって手に入れたようである。モーツァルトはイタリアに学び、イタリア・オペラを書いて、イタリアで受け入れられた。しかし、72年以後はイタリアを訪れることはなかった。

「フィガロの結婚」は1786年、「ドン・ジョバンニ」は1787年、「魔笛」(原語はドイツ語)は1791年の作曲で、いわゆる≪モーツァルトの3大オペラ≫と称せられている。今回はこの3つのほかに、「コジ・ファン・トゥッテ」(1790年)、彼の最後のオペラ作品「皇帝ティートの慈悲」(1791年)を加えて《5大オペラ》としてのガラ・コンサート。
バーゼル歌劇場が札幌のために特別に用意してくれたスペシャル・プログラム。モーツアルトの名作オペラに登場する人物たちが歌うアリアとアンサンブル。

幸いこれらのオペラはすべて観たことがあり、聴き慣れたアリアや序曲のメロディを親しみを持って聴くことができた。6人のソリストたちが、モーツァルトの聴きどころを24曲も歌ってくれて、それぞれのオペラの場面を思い浮かべながら聴けたのはめったに無い機会で心から楽しめた。特に「皇帝ティートの慈悲」は今年の1月にMETビューイングで観たばかりなので、より親しめた。このオペラは最近、日本人のキャストで上演されていることもあり、普及して行くのではないか。序曲も単独で「フィガロの結婚」に次ぐ演奏会での曲目になっても良いくらいの親しめる曲である。

ヨーロッパの歌手は粒ぞろいで、歌唱力は勿論、演技力が優れていて、歌を通しての表現が優れている。同じソプラノ、バリトンであっても、それぞれの個性が出ていて声の幅が違う。若手ソプラノのワグナーは美声と共に役柄によってがらりと変える表現力は抜群であった(特に伯爵夫人の役)。ケルビーノ、セストなどの男役をメゾ・ソプラノが演ずるのは何の違和感もない。(ゴットヴァルトはヴェテランの領域に達しているかも)。スザンナ役のボーグの機智に富んだ温かみのある歌唱・演技が印象に残った。6人のソリスト全員がそれぞれの魅力を持ち合わせている。
今回はオペラを《声楽》の分野で演ずるのに多少の苦労があったと思うが、衣装や小道具で工夫を凝らしたり、舞台での演技力でカバーして、それなりのオペラの場面作りをしていたのは流石であった。

正味2時間、休憩時間をはさんで2時間半の公演。終了後、指揮者が日本人のホルン奏者を通訳にして挨拶をした。バーゼル歌劇場は6月18日に来日してから2週間、今日の札幌が最後の公演。無事終了とあって感謝の言葉。アンコールに、最後の曲目であった≪フィガロの結婚の第4幕フィナーレより 「妻よ、許してくれ」≫を再びソリスト全員で歌って終った。それほどの客入りではなかったが、聴衆は普段とは違った趣向の本日のプログラムに満足した様子で終了後も拍手がしばらく鳴り止まなかった。出演者は何度もステージに登場して、観客の拍手に応え日本での最後の公演終了に別れを惜しんでいる様子がうかがえて良かった。

2013年はヴェルディ、ワーグナーの記念年であるが、モーツアルトのオペラ・プログラムをこのように楽しめたのは期待以上であった。



プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

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