札幌交響楽団 第560回定期演奏会(2013年6月)

札響第560回定期演奏会 Sapporo Symphony Orchestra The 560th Subscription Concert

指揮/ ドミトリー・キタエンコ   ヴァイオリン/ ヴィヴィアン・ハーグナー

ドミトリー・キタエンコ(Dmitri Kitaenko)は1940年、レニングラード(現サンクトペテルブルグ)生まれ。1969年、第1回カラヤン国際指揮者コンクール優勝(*2位や入賞の記事もある。この年、日本の飯森泰次郎が4位)。76~90年までモスクワ・フィルを率いた後、フランクフルト放送響、ベルゲン・フィル、ベルン響などの首席指揮者を務めた。モスクワ・フィルの芸術監督であった当時は同フィルがチャイコフスキー国際コンクールの本選での演奏を担っていたこともあって世界に名が広まった。彼が芸術監督であった時に同フィルが洗練味を加え、マーラーの「交響曲第8番」、メシアンの「トゥランガリラ交響曲」のロシア初演も行った。
Kitaraがオープンして1年目の98年2月にノルウェーのベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団を率いて日本公演を行ない、Kitaraに初登場している。グリーグの「ペール・ギュント」第1組曲、「ピアノ協奏曲」(ピアノ:中村紘子)、チャイコフスキーの「交響曲第6番」を演奏した。15年前のことであるが、1765年創立の歴史あるオーケストラの都会的で洗練された音楽に接した記憶は未だ残っている。(ベルゲン・フィルとは93年と98年に2度の来日公演)
ソ連時代は偉大な先輩の指揮者が多かったせいで、やや地味な存在になっていた印象を受ける。ロシアとの繋がりが無くなってしまったのが残念ではある。これまでにベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトへボウ管、ロンドン響、バイエルン放送響、ミュンヘン・フィルなどのヨーロッパ各地の一流オーケストラを客演指揮。アメリカではフィラデルフィア管、ピッツバーグ響、シカゴ響など、日本ではN響にも客演した。札響とは7年ぶりの共演とのことであるが、前回の公演の情報は分からず聴けなかった。
現在はベルリン・コンツェルトハウス管(旧東ドイツのベルリン交響楽団)の首席指揮者。ショスタコーヴィチの生誕100年を記念して録音したショスタコ―ヴィチ交響曲全集がきっかけとなって、その実力が見直されていると言われる。09年ケルン・ギュルツェニヒ管から名誉指揮者の称号が贈られている。(このオーケストラとの「マンフレッド交響曲」の録音盤があるとのことで何時か手に入れたい)
今シーズンの札響の外国人客演指揮者の中で群を抜く知名度で国際的に活躍している偉大な指揮者。

ヴィヴィアン・ハーグナー(Viviane Hagner)はミュンヘン生まれ。プロフィールによると、12歳で国際デビュー。13歳の時、ズービン・メータ指揮イスラエル・フィルとベルリン・フィルのジョイント・コンサートに出演。ミュンヘン・フィル、フィルハーモニア管、シカゴ響、ニューヨーク・フィルなど世界の一流オーケストラと共演。N響、読響とも共演を重ねて、10年1月の札響定期のソリストとして〈メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲〉を弾くことになって期待していた。残念ながらキャンセルになったが、いよいよ待望のKitara初登場。10年11月、東京で内田光子とデュオ・リサイタルを開いたほどの若き俊英。

プログラム
 ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 二長調 op.61
 チャイコフスキー:マンフレッド交響曲 ロ短調 op.58

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は40年以上前にLPレコードでメンデルゾーンの協奏曲と共に最も多く愛聴してきた曲である。この15年ほどはパールマン、クレーメル、チョン・キョン=ファなど10人ぐらいのCDを聴いたり、演奏会で聴いた回数も数えきれないほどの名曲である。
ティンパニが静かに刻む4音で始まる第1楽章。木管楽器、弦楽器に続いて独奏ヴァイオリンの登場。カデンツァで美しい旋律が奏でられる。何度聴いても魅力的なメロディに直ぐ心を奪われる。第2楽章では安らかな美しさに溢れた旋律が主題となって様々な変奏が繰り広げられ、独奏のロマンティックな短いカデンツァも入る。第3楽章は明快で躍動感に富み、甘美で哀切なメロディにうっとりする。壮麗なクライマックスを迎えて華麗なフィナーレ。
ハーグナーが奏でるヴァイオリンの音色はとても美しくて表情が豊かである。どことなく女優“石田あゆみ”に似た風貌で、細身ではあるが、彼女の作り出す音楽は瑞々しく芯があり生き生きとしている。アンコールに応えて、バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 サラバンド」を弾いた。聴く者の琴線に触れ、心の奥深くに染み入る演奏であった。

「マンフレッド交響曲」はバイロンの詩による〈4つの場面からなる交響曲〉であるが、私はこの曲のCDは持っていない。札響の演奏歴は1回だけで、今回が17年ぶりで2回目の演奏となる。非常に新鮮な気持ちで曲を鑑賞。
第1楽章あるいは第1場は「アルプス連峰を彷徨うマンフレッド」。絶望の呵責と罪深い過去に苦悩の日々を送るマンフレッド。悲しみに包まれた楽章。第2場は「アルプスの山霊」。マンフレッドにはアルプスの山霊が瀑布の上にかかった虹の中に現れたように見える。第3場は「山人たちの単調だが幸せな生活の絵」。最後・第4場の絵画的表現の標題は「地下にあるマリアーネの宮殿、悪霊の酒宴、マンフレッドが愛した今は亡きアスタルトの霊の出現、マンフレッドの苦悩の終わりを告げる彼女の予言、マンフレッドの死」。
チャイコフスキーのマンフレッドは、バイロンの主人公のように傲慢な、だが気高い謀反人として死なず、寿命で世を去ったことになっている。物語の展開がはっきりと解らないが、どことなくベルリオーズやムソルグスキーと結びつきそうなストーリーではある。
音楽そのものは間違いなくチャイコフスキーのもので、違和感は感じない。60分もかかる演奏の最後の5分にオルガンが大音響でホールに響き渡る最終楽章のフィナーレ。とても印象的なフィナーレだが、第1主題に戻るのは〈マンフレッドの贖罪〉を表すのだろうか。
初めて聴いて音楽は楽しめるが、物語の筋を理解していないとチョット難しい。

西欧の音楽では交響曲でも最終場面でパイプオルガンが演奏に加わる曲は、以前R.シュトラウスの「ツァラトゥラはかく語りき」を聴いても解ったが、オルガンの出番は少ないが重要な役割を果たしている。Kitaraのホールを作るときにオルガン不要の意見もあったが、オルガン曲だけでなく、今日のような交響曲にも欠かせない楽器であることを改めて痛感した。札響もこの曲の演奏が2回目だが最後のオルガンの響きでこの曲の持つ重みが格段と違うことを当時の関係者は実感したと思う。

キタエンコの指揮は協奏曲ではヴァイオリニストを支える役に徹していたようだが、チャイコフキーでは思う存分に札響の音を引き出していたように思った。的確な手や腕の動きで楽団員を惹きつけて品格のある指揮ぶりの印象を持った。好感度の高い指揮者である。

Kitara専属オルガニストのマグダレーナ・カチョルにとって8月のフェアウェル・オルガンリサイタルは残っているが、オーケストラと壮大な曲を演奏する機会があって貴重な体験ができたことは良かった。

今日の聴衆の入りは、RA,LA席がほぼ満席で最近の演奏会では一番多くておよそ9割ぐらいではなかったか。ベートーヴェンは何と言っても集客力のある作曲家だと思う。




スポンサーサイト

フジコ・ヘミング&モスクワ・フィルハーモニー交響楽団

フジコ・ヘミングの名が日本のマスコミで大きく取り上げられてから15年ぐらいになる。1999年NHK教育ETV特集の放映で大反響を呼び、何回も再放送されて彼女の人気は一気に沸騰。特にリストの「ラ・カンパネラ」は彼女の代名詞となるほどの曲となってCDが大ヒットとなった記憶が残っている。
私自身はテレビで何度かその様子を見た程度で、札幌での公演も聴いてみるほどの意欲は湧かなかったが、今回の公演は妻と共に聴いてみることにした。チケットは昨年12月に売り出されたが、早々と完売となった。今も衰えない彼女の人気ぶりに改めて驚い

フジコ・ヘミング(Ingrid Fujiko Hemming)は1932年ベルリン生まれ。父はスウェーデン人建築家、母は日本人ピアニスト。5歳から日本で暮らしピアノを始めた。16歳で右耳が失聴。ハンディを克服して東京芸術大学卒業後、日本フィルなど数多くのオーケストラと共演。留学を志すも国籍を失っていて難民扱いで海外へ。ベルリン留学後ヨーロッパ各地で演奏活動を行ったが、度々左耳故障に苦しんだ。バーンスタインから絶賛されたが、大事な演奏会の直前に風邪薬の副作用で残る左耳の聴力を失った話はよく知られている。左耳聴力はある程度回復し、ストックホルム移住。1995年、30数年ぶりに日本に帰国して演奏活動を再開。テレビ出演でその数奇な運命が人々の関心を呼び、彼女が得意とするショパンとリストの演奏で人気沸騰。現在、幅広い音楽活動だけでなく目覚ましい社会貢献活動も行なっている。
プログラムによると、2013年に彼女のCD“Mozart & Chopin”がスペイン最大のラジオ局で第1位に選ばれたそうである。

ユーリ・シモノフ(Yuri Simonov)は1941年ロシア生まれ。ムラヴィンスキーのアシスタントを務め、1969年にボリショイ歌劇場の史上最年少での首席指揮者就任。98年にはモスクワ・フィルの音楽監督に就任。モスクワ・フィルとの来日公演も多く、N響にも客演。ロシア人指揮者特有の豪快なアプローチが人気の的。

モスクワ・フィルハーモニー交響楽団(Moscow Philharmonic Orchestra)は戦後の1951年創設の比較的歴史の新しいオーケストラ。1960年からキリル・コンドラシンが音楽監督に就任してから世界的に広く知られるようになったと言われている。コンドラシンは58年の第1回チャイコフスキー国際コンクールの本選で指揮をして優勝者クライバーンのアメリカ凱旋公演にも招待されて有名になり、ショスタコーヴィチをはじめ、数多くのロシアの作曲家たちの作品を取り上げ世界各地で公演を行い、録音も行った。(キリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクールの第1回(1984)の優勝者は日本の広上淳一である。)尚、コンドラシン退任(1976)後のモスクワ・フィルの芸術監督(76~90)は今週末の札響定期公演で客演指揮をするドミトリー・キタエンコ。

2013年6月、モスクワ・フィルの日本公演は全国12都市12公演。ソリストはフジコ・ヘミング、福間洸太朗、清塚信也、及川浩二の4人のピアニスト。フジコ・ヘミングの公演はKitaraの他はサントリーホール、佐賀市文化会館とフェスティバルホール。

本日のプログラム
 グリンカ:幻想的ワルツ 
 ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11
 リスト:ラ・カンパネラ
 チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」ロ短調 作品74

予定の曲目には入っていなかったグリンカの曲。“ロシア国民音楽の父”グリンカ(1804~57)は歌劇「ルスランとリュドミラ」で有名であるが、この曲は初めて聴く。哀愁を帯びたロシア的なワルツ。

ショパンの「ピアノ協奏曲第1番」は演奏会で何十回も聴いているが比較的に若いピアニストばかりで、フジコ・ヘミングのような高齢のピアニストの曲としては先例が無いかもしれない。でも全然年齢を感じさせない若々しいピア二ズムは素晴らしい。今でもいろいろな外国のオーケストラと海外公演を行っている様子が実感できた。80歳以上の海外のピアニストが現役で活躍して来日公演を行っているのは珍しくないが彼女もその一人と考えれば不思議ではない。左耳も殆ど聞こえない状態でコンチェルトを弾くのは物凄いハンディキャップだろうが、その不自由さを微塵も感じさせない演奏は見事そのもの。自由闊達に演奏する彼女の音楽が作り出す世界は特別なものがる。

拍手と歓声の後で弾いた曲はラフマニノフの「プレリュード」。(前奏曲のどの曲か彼女は演奏の前に話したが聞こえなかった。ホールの出口のボードに曲の詳しい説明が書かれてなかったので不明)。これがアンコール曲のつもりだったのかも?、
すぐにチラシで案内の曲目になっていた「ラ・カンパネラ」。僅か5分ばかりのこの名曲の演奏に全神経を集中させる聴衆。今や多くのピアニストが演奏曲目に入れて親しまれているが、フジコ・ヘミングがこの曲を日本に広く紹介したピアニストではないかと思う。本家本元の曲を聴いて満足感を味わった。名曲と言ってもピアニスト個人との繋がりの深い曲は鑑賞の心構えが違ってくるのを実感。(日本公演の札幌会場のプログラムには「ラ・カンパネラ」は載っていなかったので、招聘元としてはアンコール曲が結果的に2曲の扱い。)

チャイコフスキーの「悲愴」はやはり彼の交響曲で一番魅力があるのではと確認を迫られたようなシモノフ指揮のモスクワ・フィルの演奏。人間誰でもが心に抱えている“Pathetique”な感情を抽象的に表現した曲として捉えるとこの曲の素晴らしさがより深く鑑賞できる気がした。
第1ヴァイオリンとチェロを対抗配置にした効果はこの第1楽章の甘美で、どことなく哀しみを秘めた主題を2つの楽器が歌うところから現れていた。間奏曲のような第2楽章はロシア民謡の旋律で美しいが不安な雰囲気も醸し出される。第3楽章はスケルツォと行進曲を合わせたような楽章。金管楽器とティンパニーの一段と強い音で行進曲も活気に満ちているが、苛立たしさも感じさせる。3楽章までの流れがかなり明るいものにも捉えられ第3楽章の終結が壮大なので、指揮者の力の入った動作から曲の終了と勘違いして思わず歓声や拍手が起こる場面もあった。
第4楽章は一転して重い雰囲気で打ちひしがれた気持ちになるフィナーレ。3楽章までの速度と違って極めて遅いテンポで、指示にあるように“悲しげ”に演奏される。最後は音が永遠の静けさの中に消えて行く。

シモノフの指揮ぶりはワルツでは踊るような仕草で、時には指揮棒を大きく廻して金管奏者、打楽器奏者への合図をしたりして、〈ブラス・セクションを大きく鳴らし、打楽器を炸裂させる〉と紹介されているが正にその通りで、指揮ぶりに大きな変化があるのが特徴である。観客を乗せる術を心得ている。

演奏会終了が9時半近くになったが、アンコ―ル曲に2曲も演奏してくれた。
 チャイコフスキー:バレー音楽≪白鳥の湖≫より「情景」
 ドボルジャーク:スラヴ舞曲第8番

ほぼ満席の聴衆も帰りの交通手段のためアンコール曲を聴けずに席を立つ人も多かったが、盛り上がりのある演奏会に満足げな表情であった。どんなアーティストも客に喜んでもらうエンタティナーとしての要素も必要なのだろう。今日の指揮者は客が喜ぶコツを知っている。
昨年の12月にチケットが売り出され半年前には完売となったが、発売後半年も経つと事情で聴きに来れなくなる人がいるのは当たり前である。今夜もあちこちに少し空席があって《もったいない》。チケット販売のシステムが改善されることを待ち望んでいるが、果たしていつになったら《もったいない》空席が解消されるのか関係者の努力の成果を見守りたい。


 

 



 

第14回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール ファイナルと入賞者

本選(Final Round)の演奏が始まった。1人2曲のコンチェルト演奏が1日3人の割合で4日間に亘って繰り広げられる。

◎ベアトリチェ・ラナ(イタリア):ベートーヴェン第3番、プロコフィエフ第2番
◎ニキタ・ムンドヤンツ(ロシア):プロコフィエフ第2番、モーツァルト第20番
◎フェイ・フェイ・ドン(中国):ラフマニノフ第3番、ベートーヴェン第4番
◎阪田知樹(日本):モーツァルト第20番、チャイコフスキー第1番
◎ショーン・チェン(アメリカ):ベート-ヴェン第5番、ラフマニノフ第3番
◎ホロデンコ(ウクライナ):プロコフィエフ第3番、モーツァルト第21番

13名の審査委員は6人のうちで1位に最もふさわしい出演者の名前を書き、7人以上の審査員から名前を挙げられた人が自動的に1位となる。7人の審査委員から名前が挙がらなかった場合は上位2名の間で審査員が再投票する。審査結果の発表と表彰式は最終日に行われる予定。2013年の栄冠は誰の手に?

指揮はレナード・スラットキン(Leonard Slatkin)でオーケストラはフォートワース交響楽団。
スラットキンは1944年ロスアンゼルス生まれ。国際的に広く知られたアメリカ人指揮者。現在はデトロイト響の音楽監督。1979~96年までセントルイス響の音楽監督を務め、ニューヨーク・フィルの常連指揮者としても活躍した。1988年10月にはロンドン・フィルを率いて札幌公演を行った。度々、来日してN響と共演を重ねている。
地方のフォートワース響との今回のコンクールでの共演に些か驚いたが、オンデマンド・ビデオで見る楽しみが増えた。

ファイナル第1日と第4日がアメリカ音楽協会との協定でオンデマンドが無くなってしまい残念だった。ホロデンコの「プロコフィエフ第3番」の演奏には驚嘆! プロの領域に入る圧倒的な迫力ある演奏は聴く者の心を捉えて離さない。第3楽章などは楽しんで弾いている様子が見てとれた。優勝に異論を挟む余地は無いほどの感動的な演奏。ラナの「プロコフィエフ第2番」も凄かった。予選とは全く違う曲調で強烈な印象を与える見事な演奏。〈月刊ぶらあぼ〉が彼女の演奏に“Brava”とツイートしていて面白いと思った。(イタリアでは女性には{ブラーバ}と叫ぶと聞いている。)

最終日に結果発表と表彰式があり、3位までの受賞者が決まった。
 第1位 ヴァデイム・ホロデンコ(26歳) 室内楽賞、現代作品演奏賞を受賞。
 第2位 ベアトリチェ・ラナ(20歳) 聴衆賞を受賞。
 第3位 ショーン・チェン(24歳)
*日本の阪田知樹(19歳)は惜しくも入賞を逃した。6人のファイナリストを称えてツイッターで“Bravi”とつぶやいている人が結構いるのに注目した。(アメリカでは日本と同様に“Bravo”が一般的かなと思っていた。イタリアでは複数の人には{ブラービ}と声を掛けるらしい。)

*ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの優勝者で現在、最も有名になっているピアニストはラドゥ・ルプー(1966年)。 近年は2005年優勝のアレクサンダー・コブリン以降の出演者のレヴェルが高くなっているように思われる。1989年優勝のスルタノフは95年ショパン国際コンクールで1位なしの2位に入賞して活躍を期待されたが早逝した。このコンクールの知名度は今後一層高まるものと確信する。前回優勝の辻井伸行とハオチャン・チェンは順調に成長しているので大成して有名なピアニストになることが期待される。

*次のURLでオンデマンドが見れます。
http://www.cliburn.org/landing.html
THE CLIBURN, On Demand Video の欄をそれぞれクリックすると第1次予選からのコンサートを日程と出演者名を選んで見ることができます。

札響名曲シリーズ2013~2014 vol.2 ヴェルディ VS ブリテン

ヴェルディ200年 VS ブリテン100年 

今年1月12日に開かれた札幌交響楽団のニューイヤー・パーティで今回のコンサートのプログラミングはある程度予想できていた。2013年がワーグナー、ヴェルディの生誕200年・ブリテンの生誕100年に当たるので、当日のプログラムにその予兆があったからである。

今回のコンサートは札響名曲シリーズで指揮は尾高忠明、ソリストは若手チェリスト横坂源。宮田大と共に将来を嘱望されるチェリストのKitara初登場である。期待して聴いてみることにした。

横坂 源は1986年生まれ。99年、13歳で東京交響楽団とサン=サーンスのチェロ協奏曲を共演。02年チェロの登竜門である全日本ビバホール・チェロコンクールに史上最年少の15歳で第1位受賞を初め、コンクールでの受賞歴多数。05年出光音楽賞受賞。10年、ミュンヘン国際音楽コンクール・チェロ部門で第2位受賞。これまでにN響、日本フィル、読売日響、バイエルン放送響などの主要オーケストラと共演。室内楽にも出演して幅広い活動を展開している。

プログラム: 
 ブリテン:シンプル・シンフォニー
 ハイドン:チェロ協奏曲第1番(チェロ独奏:横坂源)
 ヴェルディ:オペラ序曲・前奏曲集~「ナブッコ」序曲、「シチリア島の夕べの祈り」序曲、
                  「椿姫」第1幕への前奏曲、「ルイザ・ミラー」序曲、
                  「運命の力」序曲

ベンジャミン・ブリテン(Benjamin Britten)は20世紀イギリスを代表する作曲家。「青少年のための管弦楽入門」が最も有名な作品である。08年9月、札響定期の演奏会形式で公演した尾高忠明指揮による歌劇「ピーター・グライムズ」は稀に観る名演であった。今年の9月の定期では「戦争レクイエム」がマエストロの下で上演予定である。
ブリテンがまだ10代の頃にしたためたピアノ曲や歌曲を20歳の時にまとめたのが「シンプル・シンフォニー」。弦楽オーケストラのための4楽章から成る楽曲。カントリー風でイギリスの雰囲気が漂う曲。第2楽章で全弦楽器がピッツィカート奏法で演奏するのが興味深い。6分余り指が痛くならないかと心配するくらいである。曲想が若々しく純真な美しさがある。リズミカルな曲が印象的。哀愁が漂う感傷的な旋律もある。
ヨーロッパ大陸の音楽とは一味違って英国の雰囲気が出ている感じ。イギリスの作品が得意なマエストロ尾高の指揮ぶりが冴えた。いつもより力強い印象をうけたが、演奏終了後の彼の表情に満足した様子が見て取れた。

ハイドンが250年前に作った曲が200年経って楽譜が見つかって、1962年の〈プラハの春〉音楽祭で歴史的な蘇演が行われたという。横坂は協奏曲演奏の経験が豊富とあってチェロの高度な技巧が必要とされる曲を殆ど休むことなく力強く豊かな音色をホールに心地よく響かせた。ミッシャ・マイスキー演奏のCDをしばしば聴いてメロディに親しんでいるので楽しく聴けた。弦楽器奏者が40名に対して木管・金管楽器奏者が各2名で出番も少なく意外であった。弦楽曲のようで、CDだけ聴いていては判断できないと改めて感じた。

アンコール曲はカザルス/カタロニア民謡:鳥の歌  *チェロ・アンサンブル用編曲(文屋治実)
横坂が弾き始めた瞬間、無伴奏の曲かと思ったら札響の6名のチェリストのアンサンブルが入った。「鳥の歌」は何度も聴いているが、いつもと違った角度からこの名曲を楽しめた。チェロの響きは実に美しい。このような札響チェリストとのコラボレーションは素晴らしい。若いチェリスト横坂にとっても実りある公演になったと確信する。

ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi)はイタリア・オペラの大御所で26作のオペラを遺している。私が実演で観たのは「椿姫」、「リゴレット」、「アイーダ」ぐらいだが、序曲は偶々聴くが本日の演奏曲の「ルイザ・ミラー」序曲は何度か聴いていてもメロディを覚えていない。日本ではコンサートは欧米に追い付いても、歌劇は比べようもないのが残念である。それでも今年はヴェルディやワーグナーに触れる機会の多い年である。2000年にミラノ・スカラ座の内部を観光で見ただけだが、お土産になったスカラ座の額を眺めながらムーティ指揮のスカラ座フィルのCDを多く聴いて少しでもヴェルディの世界に浸るのが関の山である。東京では9月にミラノ・スカラ座の公演があるようだが、今日はオーケストラの序曲・前奏曲集で歌劇の物語の筋はともかく、壮大なヴェルディの音楽の一端に触れれた。

尾高忠明指揮の札響演奏会をP席で聴いたのは今回が初めてである。マエストロは指揮台で余り派手な大袈裟な動きはなく常に安定した落ち着いた的確な指揮ぶりが定評であるが、今日のブリテンはメリハリがはっきりして機敏な指揮ぶりで今迄より動きの多い力が入った印象を受けた。P席の真正面から見ていて、顔の表情、手や腕の動きが後姿からでは見れない指揮ぶりを見れてとても良かった。巨匠という名に相応しい存在感を肌で感じ取るには今日の座席は自分にとって良かった。札響定期ではいつも同じ座席であるが、私はコンサート毎にいろいろな座席から鑑賞することを原則にしている。

アンコール曲に生誕150年のマスカーニ作曲の「カヴァレリア・ルスティカーナ」を演奏した。

6月に入って札幌も暖かい日が続き、ここ数日は好天でやっと夏が訪れた感じ。Kitaraの行き帰りに通る中島公園の美しさは格別である。今日、土曜日の午後は晴天で25度を越える心地よい日和。緑を映す水面ではボート遊びに興じる若者の姿。通り沿いの緑の木々の間のあちこちに咲いている黄色やオレンジ色のつつじの花。紫色のライラックや藤棚の藤の花。その花の見事さに思わず立ち止まってシャッターを押す人の姿。
自然環境に恵まれた場所に立地するKitaraの素晴らしさをコンサートの行き帰りに満喫できる特別な午後となった。




加古 隆 40thアニヴァーサリー・ピアノ・コンサート

加古隆(Takashi Kako) 40th Anniversary Piano Concert                
加古隆は毎年のようにKitaraの小ホールでコンサートを開いている。一度は聴いてみようと思っていたが今日の午後初めて彼のコンサートに出かけた。会場はほぼ満席で空席は2・3席しか見当たらなかった。女性客が約8割を占めていて些か驚いた。

プログラム
 第1部は「ジブラルタルの風」、「森と人の約束」、「チトン通り11番地」、「古代より星は」、「キルトの家」、≪シネマ・メドレー≫、「湖沼の伝説」。
 第2部は「ポエジー」、ピアノ組曲≪クレー≫より「秋を告げる使者~冬の山」、白梅抄ー亡き母の、 組曲≪パリは燃えているか≫ 〈イントロダクション〉、〈ザ・サード・ワールド〉、〈睡蓮のアトリエ〉、〈パリは燃えているか〉。

彼は1973年、当時パリ国立高等音楽院でオリヴィエ・メシアンに作曲を学んでいて、メシアンの講義に出ることは余りなくてピアニストとしてパリでデビューした話は知っていた。メシアンに興味を持った時に、他のクラシック音楽のピアニストに加えて彼の名を知ったのは5・6年前のことである。
昨年だったと思うが、彼がパリで過ごした生活とメシアンゆかりの教会を訪ねる特集番組をテレビで観て、今年は必ず加古隆のコンサートを聴いてみようと計画に入れたのである。(授業には出なかったが、メシアンに認められて目を掛けられていたらしい。)

テレビで自分の思い出の地をたどりながら語る姿とピアノを弾きながら、これまでの40年を振り返る姿は一貫している。非常に物静かな雰囲気が滲み出ていて、謙虚で知的で上品である。ピアノを弾く姿も気品が漂う。同じジャズでも彼の音楽は一味違う曲になっている。

曲の説明に頷きながら、曲に深く想いを寄せている客がかなり目立った。私自身は≪シネマ・メドレー≫の〈白い巨塔〉、〈博士の愛した数式〉、〈最後の忠臣蔵〉を聴いて、テーマ曲が加古隆作曲なのかと思ったくらいである。第2部の最初の曲でイギリス民謡「グリーンスリーヴス」のメロディの部分は聴いたことがあった。〈パリは燃えているか〉は詳しくは知らないが、テレビ番組で話題になって題名だけは記憶にあった。
そんな程度の知識しかなかったが、どの曲も澄んでいて透明な感じがした。彼の紡ぐ音は美しい。アンコール曲は「鎮魂歌」、「黄昏のワルツ」。

《ピアノの詩人》と呼ばれるに相応しいピアニストのコンサートであった。 



北海道交響楽団 第72回演奏会

,北海道交響楽団(Hokkaido Symphony Orchestra) The 72nd Concert
 
 2013年2回目の北海道交響楽団の演奏会が2月に続いて、今回は札幌市教育文化会館大ホールを会場にして本日6月1日(土)開催された。演奏曲目が珍しく普段聴く機会が余りない曲目だっだので、会場が最近のコンサートでは行くことがめったに無くなった教文会館ではあったが足を運んだ。
 
 指揮・音楽監督(Conductor・Music Director):川越 守(Mamoru Kawagoe)

PROGRAM
 チャイコフスキー:幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」
 ラロ:チェロ協奏曲(チェロ独奏:津留崎 直樹(Naoki Tsurusaki)
 チャイコフスキー:交響曲第1番 ト短調 「冬の日の幻想」
   
このオーケストラとしてはチャイコフスキーの定番である第4番から第6番までは何度か演奏経験があるので新しい曲に取り組んだものと推察できる。プロでもチャイコフスキーのチクルスと言っても実際のプログラムを展開するのに限界がある。ゲルギエフがマリインスキー歌劇場管弦楽団と2007年11月にKitaraでチャイコフスキーの交響曲第2番「小ロシア」を演奏したことがあった。私もその時に第1番~第3番、幻想曲「フランチェスカ・デ・リミニ」のCDを早速買って聴いてみる気になったのである。プロでもアマでも、そういう意味では音楽の啓発活動に深く関わっていると常日頃から考えている。

≪フランチェスカ・ダ・リミニ≫はダンテの「神曲」の「地獄篇」の中のフランチェスカの悲劇。第1部「地獄の描写」、第2部「フランチェスカとパオロの悲劇」、第3部も「地獄の描写」。架空の世界の話とばかりとは言えない話が音楽的に忠実に表現される。
クラリネットを初めとする木管楽器、ホルンやトランペットなどの金管楽器、シンバルやティンパニの打楽器、弦楽器群のすべての特徴がうまく表現されていた。難しい演目だと思うが、後半が特に盛り上がって印象的な演奏になったと感じた。

第41回演奏会(2001年9月)で津留崎直樹のドヴォルザークの「チェロ協奏曲」を聴いていたので、彼の演奏を聴くのは2回目になる。ラロのヴァイオリン協奏曲とも言える「スペイン交響曲」は余りにも有名であるが、「チェロ協奏曲」を耳にするのは初めてかもしれない。
スペイン風の独特のリズムと情熱的な旋律は異国情緒たっぷり。チェロ特有の侘しい、憂いの漂うメロディは何とも言えない心地よい響き。スペインの陽気な明るい雰囲気も伝わる曲。チェロという楽器の特徴が生かされた曲は美しい。

津留崎直樹は1953年北海道滝川市生まれ。東京芸術大学在学中にフランス政府給費留学生として渡仏。パリ国立高等音楽院卒業。 2012年、それまで30年あまり在籍したリヨン国立オペラ座を退団。現在は東京とリヨンを拠点にソロ、室内楽、指揮者として活動している。

アンコール曲はガスパール・カサド:無伴奏チェロ組曲Ⅱから「サルダナ」

ロシアの自然を描いたチャイコフスキーの交響曲第1番。第1楽章は「冬の旅の夢」と題され、フルートとファゴットによるロシア民謡風の主題が感傷的。第2楽章は「陰気な土地。霧の土地。」と題され、この楽章でも北の自然の厳しさがロシア民謡風の主題で歌われる、オーボエ、フルートが美しい旋律を奏でる。第3楽章のスケルツォの中間部ではヴァイオリンとチェロがチャイコフスキー特有のワルツ風の旋律を歌う。第4楽章は序奏は悲しげにロシア民謡風。主部は明るく若さに満ち溢れる華やかなロシアの祝祭。全楽器のリズミカルな演奏の後でヴィオラとファゴットの演奏。やがて華やかなクライマックスへを移り力強いフィナーレ。
弦楽器も木管・金管も打楽器すべてオーケストラとしてバランスのとれた演奏。アマチュア・オーケストラとして一流の演奏だったと思った。音楽の専門的観点からは判断できないが素晴らしい演奏であった。

* 曲の終了5分ほど前から異変が起こった。慌てた2人の楽団員の動き。指揮者に異常が発生し様子であった。演奏が最後まで何とか無事に終わって盛大な拍手が起きようとした瞬間、指揮者に団員が駆け寄り、身体を支えて退場。川越先生が退院後の間もなくの出演で疲労困憊の状態に陥ったとのこと。

アンコール曲にチャイコフスキーの≪くるみ割り人形≫から〈トレパーク〉を演奏して、楽団員は何とか最後まで予定通りに演奏会を終えたが、心の中はかなり動揺していたはずである。聴衆の大部分も指揮者のその後の容体を心配したと思う。楽団の代表もそれなりの対応をしたが、最後に観客に「本日のご来場ありがとうございました。」の一言があれば、われわれも道響の演奏に対して盛大な拍手を送って演奏会を締めることができたのにと少々心残りであった。最後の締めが大切で、オーケストラも称賛に値する演奏だったのである。何はともあれ、指揮者の川越先生の一日も早い回復を祈りたい。北大交響楽団の演奏を50年前から聴かせてもらっている北海道の偉大な指揮者・教育者に寄せる想いは多くの道民が共有していると信じます。(それにしても、曲の終わりまで指揮台を離れなかった川越先生の精神力には感服のほかない。)



 
  
 
 
  
 
プロフィール

Author:fsuterry
年間60回以上札幌コンサートホールKitaraに通うクラシック音楽ファン。クラシック全般に関心があるがオーケストラ・ピアノ曲が特に好きである。 

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR